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藤田菜七子という原石

Nanako_2藤田菜七子騎手が中央競馬でデビューした3月5日(土)の第2レース、直線で馬群に沈んだかと思わせて、最後に伸びてきて2着を確保したシーンを見て、なぜか目頭が熱くなった。たとえば女子マラソンのゴールシーンで泣けてきたり、(なぜか男性ではなく)女性がひたむきに何かに取り組んでいる姿を見ると、胸が熱くなってしまう。正直に言って、今の彼女は騎乗技術云々を言うレベルにはない。しかし、長い目で見てサポートしていけば必ず洗練されていくはず、と思わせる何かを持っている。それは今まで中央競馬でデビューした女性騎手にはなかった何かである。

女性だからといって祭り上げるのは愚の骨頂だが、藤田七菜子騎手には、かつての武豊騎手がそうであったように、人気は追い風にしつつ、その裏では騎手としての自分を高めていってもらいたい。最後に評価されるのは、騎手としての技量であり、その在りようである。そこを求める気持ちがあれば、これから先、大きなスキャンダルが待ち受けているとしても、世間から見放されたとしても、騎手として生きていけるだろう。巧ければ何をやってもいいということではないが、騎手として立つことができていれば、過去はすべて笑い話になる。

こんなことを書くと怒られるだろうが、潰される人、潰れてしまう人はもともとその世界に向いていなかったのだ。私もいろいろな世界を見て来たけど、結局、トップに立ち続けている人はそうあるべき人であった。才能はあったけど運や環境が悪かったよね、なんていう人は実は才能しかなかったのだ。才能なんてものは、多かれ少なかれ、誰しも持っている。それを最後まであきらめることなく、磨き続けることができるかどうかが、最後には問われる。自分がこうと決めた好きなことをやり続ける。もしそういう野心や情熱を持ち続けられないならば、華のように散っていくしかない。

藤田菜七子騎手の「週刊Gallop」におけるインタビューや競馬場での立ち振る舞いを見ていると、本能的にそれが分かっているのではないかと感じた。彼女は馬に乗ることが好きなのだろう。馬に乗ることを楽しんでいる。騎乗技術はあとからついてくる。周りの関係者たちは、この先何があっても、彼女がずぶとく明るく騎手生活を送れるようにサポートしてもらいたいし、そのためにも藤田菜七子騎手にはひたむきに騎手としての己を磨きあげていってもらいたい。ひさしぶりに楽しみな女性騎手が中央競馬に誕生した。その笑顔を見続けるためにも、大きな期待を込めつつ温かい心で見守りたい。

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