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美しさは流れて伝わる

Takekuni

武邦彦が「武豊の父」と呼ばれ始めた時代に競馬を知った私にとって、武豊が「武邦彦の息子」であった時期がどのくらいあったのか分からない。私にとって武邦彦騎手は調教師であり、かといって保田隆芳や野平祐二、福永洋一のようなビッグネームの騎手ではない。武豊という日本一のジョッキーをこの世に誕生させた功績は計り知れないと思いつつも、騎手としては息子の偉大さに隠れてしまい影が薄い。そんな印象を武邦彦騎手に抱いていた。

しかし、訃報を耳にして、もう2度とその姿を拝むことができないのかと思った途端、実は武邦彦騎手のことを私は何も知らないのだという事実を不意に突き付けられた。改めて武邦彦とはどのようなジョッキーだったのか、知りたいと強烈に思えた。「ターフの魔術師」と称されるまでなった名騎手は、どのような馬と一緒にどのようなレースを繰り広げたのか。この目に焼き付けておくべきだと、過去の映像に見入った。

はじめて観る武邦彦騎手の騎乗は、ひと言でいうと、美しかった。こんなにも美しく馬に跨り、操り、駆り立てる騎手を私は見たことがない。もちろん彼の乗った数々のレースを見ていなくはなかったのだが、実際にはトウショウボーイやキタノカチドキ、ロングエースなどを観ていただけで、武邦彦騎手を観ていなかった。私の中で武邦彦騎手の記憶の影が薄いのは、おそらくその騎乗スタイルのせいだろう。美しすぎて、馬の背から消えてしまっているのだ。

武邦彦騎手の勝ったレースを観ると、彼はほとんど動いていないことが分かる。スタートしてから勝負所まで、頭のてっぺんからつま先まで、寸分たりとも動いていないように見える。手綱の握りや重心の位置など、細かな操作はしているのだろうが、外から見ると、何もしていないかに映るのである。勝ち方によっては、ほとんど馬を追わずして先頭でゴールさせているレースもある。

1974年の皐月賞は、武邦彦騎手が主戦を務めるキタノカチドキが、史上初めての単枠指定馬に選ばれたレースであった。それだけ圧倒的な人気に推されていたということであり、競馬ファンからの過大なプレッシャーを受けながらも、武邦彦騎手は同馬を勝利に導いた。武邦彦騎手はよく「馬と話しながら」と表現するが、まさにその通りの身体的・物理的な刺激を介することのない、馬と人間との相互理解の上にのみ成立する騎乗であった。このような勝ち方が大レースでも可能なのだ、と驚嘆せざるをえない。

この話には続きがある。7戦無敗で皐月賞を美しく制したキタノカチドキは、当然のことながら、日本ダービーも勝って当たり前という雰囲気になった。武邦彦騎手はこの時のジョッキーとしての緊張感を、「不安を通り越して、恐怖を感じた」と表現した。厩務員のストライキによる日程変更や7枠19番という外枠発走など、様々な要因が重なり、日本ダービーの最後の直線でキタノカチドキはヨレた!

このロスが致命傷となり、キタノカチドキは1馬身差の3着に敗れた。直線でヨレるという弱点(癖)を分かっていれば、もしかしたら武邦彦騎手ならばなんとかできたかもしれない。本番まで弱点を見せることなく順調に来てしまっていたから、いや、見せていたのだろうが、致命傷にはつながっていなかったからこそ、いざ本番という極限の状況において、どうすることもできなかったのだ。極限の状況だからこそ、弱点が噴出しやすく、また挽回が利きにくいということである。

今となっては、無敗であることはリスクでもあることを私は知っている。何と言っても、無敗であることの最大のリスクは、弱点が分からないまま、日本ダービーまで来てしまったということだ。武邦彦騎手のレース後のひと言に、そのことは表れている。

「馬にすまないことをしたと思いました。生涯に1度のチャンスを生かしてやれなかったことを詫びましたよ。もし、キタノカチドキがダービーまでに1度でも負けていれば、僕はダービーを勝てていたのではないかと思っているんですよ」

勝たなければならないレースがあるとすれば、負けるべきレースも存在するのだ。武邦彦騎手は美しく勝つことだけではなく、美しく敗れることの大切さも示してくれたのである。

武豊は兄弟子の河内洋を見て覚え、河内洋は武邦彦を手本として育ったとされているように、そのあらゆる美しさの源流は武邦彦騎手である。騎手としての実績では逆転するかもしれないが、あえて言うならば、美しさという点では武邦彦騎手が最も美しい。血がつながっているということではなく、競馬の騎手という世界の中で、武邦彦流の美しい騎乗法や美学は、息子たちや弟弟子たちに脈々と流れ伝わっているのだ。

Photo by fakePlace

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Comments

なるほど!確かにアチーブスターの桜花賞などあまり追ってるように見えません。人馬一体ってこういう騎乗を言うんですね。素人の僕が見てもはっきり解るくらい美しいです。
彼の技が騎手から騎手へ脈々と受け継がれていき、サンデーサイレンスの血と同じように広がっていく時代に立ち会えることを幸せに感じます。

Posted by: ヒロシレス | August 16, 2016 at 10:28 PM

ヒロシレスさん

いつもありがとうございます。

強い馬の推進力をそのまま生かす騎乗が見事ですね。

ただ父親や兄弟子だったのではなく、武豊騎手や河内洋騎手が生まれる伏線は武邦彦騎手にあったのです。

これからもよろしくお願いします!

Posted by: 治郎丸敬之 | August 17, 2016 at 08:38 AM

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