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馬を抑える本物の技術と自信が問われている


エリザベス女王杯2016―観戦記―
外枠から人気薄のプリメラアスールが先頭に立ち、それをメイショウマンボとシングウィズジョイがマークする形で序盤は流れた。前半1000mが61秒8、後半が58秒5という究極のスローペース。マリアライトに道中の不利があったことで、まくってペースを上げる馬が失われたことが、レースの流れを大きく変えてしまったと言える。とにかく前に行った馬にとって圧倒的に有利な、ラスト3ハロンの瞬発力勝負となった。

勝ったクイーンズリングにとっては、スタミナを問われる流れにならなかったことが最大の勝因である。これだけのスローでもかからない折り合いの良さがあり、上がってゆくべきときに鞍上の指示に反応できる素直さがあり、最後まであきらめない真面目さがある。体型的にもスタミナが豊富なタイプではなく、決して肉体的に恵まれている馬でもないが、今回はクイーンズリングの良さが全て良い方向に出たレースであった。

2着に粘り込んだシングウィズジョイは明らかに展開に恵まれた。体調が整って、自分の型にはまれば大崩れはしない馬だが、それにしても今回は楽に行けたことに尽きる。クリストフ・ルメール騎手はテン乗りということもあり、思い切って馬を出していけたのだろう。たまたま展開に恵まれたというよりは、展開に恵まれることを期待して前を攻めたところ、思っていた以上に恵まれたということである。

デムーロ騎手とルメール騎手のワンツーフィニッシュとなり、今回のレースに騎乗して、または観て、他の日本人騎手たちはどう感じたのだろう。馬を抑えて、脚をためる技術は目に見えにくいものだが、彼我の間には天と地ほどの差がある。認めたくないかもしれないが、彼らは意図的に出してポジションを取りに行っているのに対し、多くの日本人騎手たちは馬任せでポジショニングをしている。このようなヨーロッパに近い流れは彼らの得意とするところだと分かっていても、自らは動けないというジレンマがある。馬を抑える本物の技術と自信が日本人騎手に問われているのである。

ミッキークイーンは良い体つきになっており、肉体的にはリフレッシュされていたが、その分、最後は伸び切れなかった。浜中騎手はソツない騎乗をして、同馬の力を出し切っている。どのような状況でも好走するのがこの馬の良さであり、ひと叩きされた次走は、かなりの確率で勝ち負けになるのではないだろうか。3歳馬のパールコードは積極さが生きて、4着に粘り込んだ。これだけ流れに乗って、展開に恵まれての結果だから、現時点では古馬とは力が劣る。

1番人気に推されたマリアライトは最初のコーナーにおける不利が痛かった。ポジションを下げてしまっただけではなく、脚を失ってしまったのか、この馬の得意なまくりの作戦を打つことができなかった。上がり勝負になってしまうと苦しい馬だけに、昨年同様に途中から自らペースアップしたかったところだが、蛯名正義騎手は馬のダメージを気にしてためらってしまったのだろう。宝塚記念を牡馬相手に勝った馬がエリザベス女王杯で敗れるとは、競馬は本当に何があるか分からない。

マリアライトと同着のシュンドルボンも道中のポジショニングが悪かった。マリアライトがまくって行く、その後ろからついてゆく作戦だったのか分からないが、このペースであれだけ後ろを走っても勝つチャンスすらない。タッチングスピーチはスタミナ型の馬だけに、同じく今回のようなレースでは良さが全く生きなかった。

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Comments

治郎丸さん、こんばんは。

実は最近になって田原成貴さんの古い書物を読み漁る機会があったのですが、「馬任せのポジショニング」ということについてそこで頻繁に出てくるんですよね。それも肯定的な意味で。

急かして出しても末が甘くなるからダメで馬の気持ちのいい位置につけないとダメだとか、一度決まったレースの流れは先に動いて壊しちゃダメなんだとか。

現代競馬を見慣れた自分の目からはちょっと違和感を感じました。
11/12土曜の東京7Rでは圧倒的1番人気のハナズレジェンドに対して、僅差の2番人気のアップクォーク騎乗のムーア騎手が、先行して築いたマージンを活かして押し切りました。
素人目には、アップクォーク自身はそんなに前に行きたくなさそうに見えましたがムーア騎手は7分くらい押っ付けて押っ付けて前に行かせてましたね。
田原騎手や、その座談会で同意してた若き日の藤田騎手や四位騎手なら「馬に任せて」後方に控えて同じような位置からの瞬発力比べにして僅差で負けていたのではないでしょうか?

恐らくこういう「人が(レースに勝つために)馬を支配するのではなく、馬の気持ちよさ走りやすさに合わせてレースをするのがいいんだ」というレース観は、長い間先輩から後輩へと受け継がれて来たスタイルで、武騎手でさえもその手の呪縛から逃れるのに苦労してる部分でなかなか変えるのは勇気がいるのでしょうね。

Posted by: シンプル | November 14, 2016 at 09:15 PM

シンプルさん

おはようございます。

まさにおっしゃる通りだと思います。

私も田原騎手の時代に競馬を覚えましたので、長らく騎手の美学というものを刷り込まれてきました。

それは実は正しい正しくないでも、美しい美しくないでもなく、レースの変化によって変わってゆくものなのです。

田原騎手が活躍していた時代から、20年やそこらで、あらゆる変化が起こり、その一つにレースのスロー化があります。

競馬が大きく変わってしまった以上、騎手に求められる技術やそもそもの思想も変わってしまった、変わるべきなのだということですね。

馬任せで、いかに馬に負担を掛けずに乗るかに重点を置いた騎乗は、馬を御して勝ちにいく騎乗に勝てなくなっているのです。

ゲームのルールが変わると、強者が弱者になるということもあり、騎手はそこまでは行っていませんが、なかなか適応できない騎手たちは鞭を置かざるをえないのかもしれません。

Posted by: 治郎丸敬之 | November 15, 2016 at 10:26 AM

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