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秋華賞よりも楽な競馬で勝った


ジャパンカップ2018―観戦記―
意を決していたのが伝わってくるように川田将雅キセキが先頭に立ち、前半1000mが59秒9、後半1000mが57秒2という超スローペースで流れた。全体のタイムは2分20秒6という、従来のレコードを1.5秒も更新する速いものだが、速い時計の出る馬場状態であったことが全てで、レース全体のレベルは決して高くない。数字ではなくレース内容だけを見れば、単なる行った行ったのレースにすぎない。誤解を招くかもしれないが、それはアーモンドアイが強くないという意味ではなく、絶好のポジションを走ったアーモンドアイにとってみれば秋華賞よりも楽な競馬であったということだ。

衝撃的なレコードタイムばかりが注目されてしまうが、こんなにも速い時計を出す必要性がどこにあるのだろうか。速い時計が出る馬場=硬い馬場=故障が多い馬場ではないにしても、あまりにも世界の基準から外れた特殊な馬場であることは確かである。たしかに世界レコードが出れば、世界の注目を集めることはできるし、JRA馬場造園課の技術力の高さを証明することもできるかもしれない。しかし、競馬において、速いことと強いことは別ものである。内輪の関係者が擁護するのは分かるが、とても世界に門戸を開いているとは思えないのが現実である。走りやすいことをあまりにも追求しすぎると、強さが奪われてしまうということである。

牝馬3冠に次いで4冠目となったアーモンドアイは、普通に回ってくるだけでジャパンカップを勝ってしまった。好スタートを決めて、そのまま2番手を進んだクリストフ・ルメール騎手の好判断はさることながら、アーモンドアイは折り合いを欠く素振りも全く見せず、実にリラックスしてスムーズに走っていた。この後のことを考えず、マイナス8kgとキッチリと仕上げられて、馬自身も絶好調であったのだろう。レース後も涼しい顔をしているように、まだまだ本気で走っていない、余力のある勝ちっぷりであった。これだけ強いと選択肢が広がりすぎて、来年はどこのレースを狙うべきか悩ましい。個人的にはドバイから始動して春は国内、秋は凱旋門賞ではなくブリーダーズカップを目指してもらいたい。

ルメール騎手は、スタートしてからゴールまで、まるでフェラーリに乗っているような心地よさであったろう。前走の秋華賞はポジションが悪く、厳しいレースを強いられたが、今回は内枠を引き当てたこともあり、何も苦労することなく最後の直線に向いてスパートをかけることができた。直線半ばでステッキを入れたときの、もうひと伸びの鋭さは筆舌に尽くしがたいはず。それは馬に乗っているのとは思えない移動であったのだろう。日本で一番強い馬に日本で一番上手い騎手が乗るとこうなるのだ。

キセキは今回も積極的に前に行き、力を出し切ってみせた。菊花賞を後方からの捲り勝ちした馬が、逃げ馬になって復活するのだから、競馬は面白い。不良馬場でG1レースを激走した疲労がようやく抜けて立ち直ってきたことに加え、脚質転換を図ったことでキセキが精神的にリフレッシュして走れていることも好走の要因である。乗り替わってから、思い切った騎乗でキセキを復活させた川田騎手の手腕には脱帽する。騎手の乗り方次第で、馬の気持ちの変化にまでつながってしまうということである。

スワ―ヴリチャードは外枠スタートから内に切れ込み、道中は絶好のポジションを走っていたにもかかわらず、最後の直線では伸びあぐねてしまった。前のとの差を詰めることができなかったばかりか、最後は突き放され、この秋は春ほどの勢いに欠ける。血統的に気持ちの難しいところが表出してしまったのだろか。デムーロ騎手は、スタートから第1コーナーまでのポジショニングは見事であり、勝っていれば神騎乗と称されても不思議ではない。


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Comments

>もうひと伸びの鋭さは筆舌に尽くしがたいはず。
ですが、筆舌に尽くしがたいというのは苦痛や悔しさなど悪い意味での例えで使うのが通常ですよ。「あまりにも伸びなかった」というように受け取られると思います。

Posted by: 日本語 | November 30, 2018 at 01:43 PM

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