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パドックで馬を見て、馬券を当てる!(前編)

Paddock01

今年はパドックを見ることを通して、馬券を買っていきたい。血統や展開、騎手、ポジション、枠順、馬場状態、コース、調教など、馬券を買うための要素は星の数ほどあり、何を重視するかは人それぞれ。予想法には正しいも間違っているもなく、好き嫌いというよりは、自分に合っているかどうかだろう。

私も例にもれず、およそ30年前に競馬を始めて以来、ありとあらゆるファクターを研究し、予想に取り入れてきた。馬体重だったこともあれば、調教であったこともある。厩舎のコメントを重視していた頃もあったし、枠順やポジションばかりを観ていた時期もある。それはそれで、実となり学びとなった。どのファクター(要素)から予想をしても、競馬は面白いし、奥が深い。馬券も当たったり、外れたりする。ひとつのファクターを極めていくことも大切であり、また様々なファクターを通して多面的に競馬を観てみることも大事だと思う。同じレースでも、ファクターが違えば、見えるものが異なるのである。

それでも私が今年、パドックを見ることにこだわろうと考えているのは、それなりの手応えがあるからである。たくさんのファクターの中でも、パドックを見て予想することに関しては、もしかすると、他人には見えていないけれども自分には見えているものがある、という確信めいた感触があるのだ。

ここ数年は、競馬関係者の方々と一緒にパドックを見ることが増えてきた。競馬評論家や予想家、生産者、調教師など、ファクターによっては私なんかより圧倒的に知識も経験も豊富な方々である。彼らと話をしたり、教えてもらったりしながら、自分には見えていない世界がまだまだあることを学んだ。しかし、唯一と言っても良いかもしれないが、パドックで馬を観て、馬券と連動させることにおいては、私に一日の長があるのではないかと思える場面が多かった。それは私の方が馬を見れるということではなく、私の見かたと彼らの見かたが違うということ。それゆえに見えているものが違うのである。

私はパドックにおいて、競走馬の心理や精神状態を見る。馬体の仕上がりや歩様に関しては、ほとんど見ないと言っても過言ではない。おまけ程度である。走る能力自体はパドックを見ても分からない。脚元がモヤモヤしていたり、蹄の具合が悪かったりしても、脚をひきずっていても、走る馬は走ってしまう。

にもかかわらず、競馬やサラブレッドに詳しければ詳しいほど、相馬眼に優れた人であればあるほど、馬の身体や動きを見てしまう。たしかに彼らには馬の筋肉や関節の構造やつき方から、歩様の素晴らしさやぎこちなさまで見えるのだろう。経験や積み重ねの賜物であり、簡単に真似できるものではない。相馬眼があることが、馬券には結びつきづらいことが問題なのである。良い馬と悪い馬を見分けること、走る馬と走りそうにない馬を見極めることが、実際のレースの着順にはつながらないことが多い。パドックで馬の馬体や動きを見て、そのレースで勝つ馬を的中させることは極めて困難なのである。

かつてマイネルの岡田総帥が、パドックで歩く馬を見て予想をするというイベントが渋谷で行われたことがあった。岡田総帥といえば、泣く子も黙る相馬眼の持ち主である。彼に見込まれて大成した安馬は数知れず。岡田総帥がパドックを見て予想をするのだから当たらないわけがない、と誰しもが思った。ところが、結果は散々なものであったという。馬券はほとんど当たらなかったのだ。がっかりした馬券ファンも少なくなかったはず。私も当時はそんなものかと思ってしまったが、今となっては違う考え方を持っている。岡田総帥は馬を見れないのではなく、私たちには見えないものまでが見えているのだ。しかし、そのことが馬券に結びつくかといえば結びつかない。ただそれだけの話である。馬を見れることとパドックで馬を見て予想をすることは、全く違う能力なのである。私たちはどこかでその2つを一緒に考えてしまっているが、そうではない。パドックで馬の馬体や動きを見ても、馬券は当たらないのだ。

馬を良く見れる(見ている)競馬関係者にとって、パドックで良く見える馬がレースでは走らず、私にとってパドックで良く見える馬が好走するのかというと、私は馬体や動きをほとんど見ていないからである。パドックにおいては、馬の心理や精神状態の方が、レースの結果に明らかに結びつくのである。もちろん、馬の肉体面と精神面を切り分けて見ているわけではない。競走馬の肉体と精神は密接につながっているため、完全な切り分けは難しい。どちらをパドックで重視するかというと、私は精神面に重きを置いているということ。肉体的に苦しい・痛いところがあれば、精神的にも表出すると考えている。

見るべきポイントは、その馬がこれからレースに行って、自分の持っている力を出し切れる精神状態にあるかどうか。我を忘れるほど入れ込んでいてもダメだし、走る気が全くないほど落ち着いていても良くない。怖がりすぎても、緊張しすぎても、レースに行っては力を出し切れないで終わってしまう。実はそれほど難しくないパドックの見かたなのである。それでも、見ているものが違うからこそ、それが私のパドックで馬を見て予想をするという点においての差別化になる。馬を見れないと思っている競馬ファンには安心してもらいたい。パドックでは馬体や歩様を見ることができなくても馬券は当たるのだ。

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Comments

また興味深い連載が始まりましたね。ガラスの競馬場に出会ってパドックが予想の中心となり、馬を見ては買いを繰り返す日々。なかなか年間通して勝ちきるには至らないのですが、1レースの出走頭数が平均10頭、1日10レース見たとして毎週200頭、1年でのべ1万頭ほどになるわけですから、その蓄積から導き出される答えは正に自分オリジナルに出来るのではと思いますし、そのヒントが得られるのではと楽しみです。

最近、勝ちきるにはメンタルだなーとつくづく思います。。

Posted by: やっとこ | January 19, 2019 at 12:59 AM

やっとこさん

連載とまでなるか分かりませんが、
パドックについて思うところを書いてみたいと思います。

この後にも書きますが、パドックを見ることは、物理的な問題として結構ハードルが高いのですよね。

モニターで見た200頭と生で観た200頭は少し意味が違ってくるはずです。

馬にとっても、私たちにとっても、メンタルはとても重要な要素ですね。

Posted by: 治郎丸敬之 | January 19, 2019 at 02:41 PM

こんにちは。
tweeterに書かれていた
「パドックは力のある馬が今日は力をきちんと発揮できるかどうかを見極める場であり、能力の劣る馬が激走することを予見できる場ではないと私は思う。つまり、パドックでは穴馬を見つけるのではなく、勝てる能力のある馬たちがどのような走りをするのかを見るのだ。」
には目からうろこでした。
早速今週からこういう目でパドックを見てみます。

新しい発見、そしてトライ&エラーの繰り返し。
だから競馬はおもしろいのでしょうね。

Posted by: アダチ@おかやま | January 23, 2019 at 02:46 PM

アダチ@おかやまさん

そう言ってもらえると嬉しいです。

パドックにはその馬の特に精神面や性格が出るので、見ていて興味が尽きません。

能力を推し測ることができないので、正直、パドックで穴馬を見つけるのは難しいと思います。

今年はパドックを生で見るようにしたいですね。

Posted by: 治郎丸敬之 | January 23, 2019 at 06:57 PM

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