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理解できないレベルの何か

最内枠を引いたキセキが先頭に立ち、2番手には大外から勢い良く飛び出してきたリスグラシューが付けた。前半1000mは60秒ジャスト、後半は58秒9というスローな流れ。コーナーを4つ回りながら、隊列は乱れることなく、そのまま最後の直線を向いての瞬発力勝負となった。

勝ったリスグラシューは、香港遠征をステップにさらにパワーアップしており、スピード、スタミナ、瞬発力、パワーという全ての面において、他の牡馬たちを上回った。父ハーツクライ自身もそうであったように、馬体が充実してトモに実が入ると、それまでの走りが嘘のように自然と先行できるようになる。リスグラシューも全く同じで、5歳春にしていよいよ馬体が完成されたと言える。2歳時にアルテミスSを勝ったときが428kgであり、激しいレースを幾度も使われつつ、今回の宝塚記念を460kgで勝利したように、目に目る形で馬体が成長した典型的な馬である。馬体のフレームが大きく、後ろ肢の伸びが美しい。

D・レーン騎手は先入観なくリスグラシューを先行させ、やや行きたがる馬を御し、道中はピタリと折り合わせた。スタートしてから無理に引っ張らなかったこと、あまり馬群に近づけないように第1コーナーに侵入させたこと、早めに前に行くキセキを捕まえに行ったことなど、細かい好判断の連続であった。D・レーン騎手のどこが凄いかと問われたら、瞬間的な判断の正しさと馬を御す技術の高さのバランスということになるだろうか。世界のトップジョッキーはこれらの2つを合わせて高いレベルで持ち合わせている。どちらかが欠けては勝てないし、バランスが悪くても騎乗にムラが出てしまう。

今年の春シーズンはD・レーン騎手の活躍が目立ち、良い馬がトップジョッキーに集中することで起こるレースの使い分け等も問題視されることがあった。エージェント制の問題なのか、それともノーザンファームの一極集中化が顕在した現象なのか。しかし矢作調教師はかつて著書の中でこう語っていた。

「国際的な見地に立てば、JRAの騎手はまだまだ恵まれている。ヨーロッパでもアメリカでも、一部の騎手への騎乗馬の集中は日本よりも甚だしい。外国人騎手が日本でなぜ優遇されるかというと、それは上手い騎手を求めているから。日本の騎手にはない技術を持っているからである。気持ちや心構えの部分を除いたら、中位以上の日本人騎手の騎乗技術に大きな差は感じない。ただ外国人の一流騎手には、間違いなくプラスαがある。これは僕レベルの騎乗レベルでは理解できないレベルの何か、なのだろう」

つまり、馬に少し乗ったことがあるぐらいの私たちには見えない何かがあるのだ。

キセキは自らレースをつくり出し、早めに来られてしまったにもかかわらず、最後までバテることなく粘り込んだ。自身の力は出し切っての2着であり、今回は勝った馬が強かった。スパッと切れるタイプではないだけに、このレベルの争いの中で勝ち切らせるのは案外難しい。

スワ―ヴリチャードは外の3番手につけ、そのまま粘り込んだ。道中捲るほどの手応えはなく、最後の直線でもジワジワとしか伸びれなかった。馬体はふっくらとして疲れはなかった。兄バンドワゴンもそうであったように、この母系はメンタルの歯車が一旦崩れると、途端に力を出し切れなくなってしまう。

アルアインは大阪杯と同じようなレースをイメージして乗ったが、前が止まらなかったばかりでなく、自身の前進気勢も前走ほどではなかった。この馬も精神的なムラがあるタイプ。エタリオウは返し馬から入れ込んでいたように、レースの苦しさを知って拒絶反応を示して、まだ精神的な幼さが残っている。

レイデオロも気持ちの面で難しさが表面化しており、レース前から苦しそうな素振りであった。ダービーから一度復活しただけでも素晴らしいことであり、これ以上を求めるのは酷なのかもしれない。タイミングとしては悪いが、種牡馬としての未来も見据えて、引退するのもひとつの道である。

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