« December 2019 | Main

「覚悟の競馬論」

Kakugonokeibaron競馬本に限らず、良い本は2回読むことにしている。なぜなら、2回目の方がより深く味わうことができるからだ。もちろん、国枝栄調教師の「覚悟の競馬論」は2回読んだ。藤沢和雄調教師はその著書を通じて馬優先主義を伝え、角居勝彦調教師は馬に対する愛情を語り、矢作芳人調教師は競馬ハックの仕方や競馬会への提案を示したのに対し、国枝著教師は全てをバランス良く説明してくれたという印象を受ける。前半はホースファーストの精神に則りつつ競馬の素晴らしさを語り、後半は日本競馬において是正されるべき不公平を論じている。後半になればなるほど深まっていく議論に、読む私たちも覚悟が求められる。

 

国枝調教師は1990年に厩舎を開業した。ちょうど私が競馬を始めた年である。さらに初重賞制覇(ダービー卿チャレンジT)が私の大好きなブラックホークによるものであったことを知り、親近感が一気に湧いた。ちなみにブラックホークは、キーランドセールで宿泊していたトイレで吉田勝己氏と偶然居合わせたことによって、預けてもらうことが決まったそうである。ブラックホークをきっかけとして金子真人オーナーとも知り合ったのだから、ブラックホークは偉大なホースマンたちをも引き合わせたのだ。その後、ピンクカメオやマツリダゴッホ、マイネルキッツなどの活躍馬が出たことで、国枝厩舎は少しずつ存在感を増し、今のアーモンドアイに至るというわけである。

 

本書の中には、馬券に役に立ちそうなヒントもなくはない。たとえば、競馬新聞をどう読むかというテーマに対しては、こう書いている。

 

「私が競馬新聞で重視しているのは、出走馬の血統(父、母、母父)と生産者、馬主だ。どの馬がどこの馬主さんで、誰が生産した、どの血統で兄弟がどうだろう、と探って行く。当然、旧知の調教師がたくさんおり、それぞれの調教師の得意不得意、癖といったものも、そんなに細かくではないがインプットされているので、所属厩舎も注意して見ている。やはり成績が上位の調教師が、どういうところでどういう使い方をしているのかというのも、気にしている。調教師の特徴から「ここではきちんと仕上げて勝負するな」「休み明けはあまり使わない」とか。(中略)エージェントと騎手の動向で、馬の好調を推察できる場合もある。上位の騎手が私の厩舎の馬ではなく、他厩舎の馬を選んでいれば、「要注意」となる。

 

競馬関係者として、生産者と馬主と調教師、そしてジョッキーの思惑が手に取るように分かるからこその競馬新聞の読み方である。休み明けでもきっちりと仕上げて走らせてくる生産者や馬主、調教師もいれば、レースを使いながら仕上げていく彼らもいる。ダートが得意な馬をつくる調教師、前走で惨敗した馬だからこそ次走では思い切った調教で極限に仕上げて激走させる特徴を持つ調教師もいる。生産者も馬主さんも騎手もそれぞれに思想があり、得手不得手があって、競馬界はひとつのエコシステムのように成り立っているのである。国枝調教師ほど内通することはできなくとも、そのような思惑に思いを馳せて推理してみるものまた競馬の楽しさのひとつではないか。

 

馬の体調管理としては、「レース前にとりわけ留意しているのは、私の場合、馬の発汗状態や精神状態、蹄鉄のチェックとなる。レース後に於いては、心房細動の状態やノド鳴り(息づかい)、鼻出血の有無ほか、ふだんの挙動・歩行と違いはないか等、細心の注意を払う」と書いている。レース前(たとえばパドックなど)に見ているポイントは私も同様であり、いかにレースに臨むにあたっての馬の発汗状態や精神状態が重要か分かる。レース後のケアに関しては、レースで完全燃焼してフラフラになってしまうアーモンドアイの様子が想像できるようで、こちらまで胸の鼓動が速くなりそうだ。

 

そして、強い馬を見極める上で国枝調教師が留意しているのは、馬のバランスだそう。「馬全体をパッと見た時の、頭、胴、脚、そのバランスが大事になる。頭がでかすぎるとか、前が勝ちすぎている、つまりトモ(腰から尻、後ろ肢にかけての部分)が小さすぎると、相対的に見た全体のバランス、いわゆるプロポーションがよくない、ということになる。前脚にしても、たとえば歪んでいる箇所があれば、そこに負担がかかって故障の原因になりうる。繋ぎ(蹄から最初の関節<球節>までの部分)の長さや角度、蹄の大きさも良く見ている」と全てのパーツにおいて、極端な形や大きさ、角度ではなく、バランスの良いことを是としているという。このバランスを見るときに大事なのは、パッと見ることだ。じっくり細部を見てしまうと、バランスを見ることはできなくなるからである。

 

その他、外厩の進化やゲートボーイの導入についてなど、付箋をつけた箇所は多くある。そして、この本書の核心である東西格差をどのように解消するのか、という問題については、ぜひ手に取ってじっくりと読んでもらいたい。論旨は明快であり、解決案も具体的である。これだけの提案をされても二の足を踏んでいるようでは、JRAは覚悟が足りないと言われても返す言葉はないだろう。

 

| | Comments (0)

競馬について書くことが好き

2020

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。時の流れは速いもので、私が競馬に出会ってから30年が経ってしまいました。東京競馬場に行って、あの空の広さに驚き、ターフビジョンさえ見えない満員の競馬ファンに囲まれて観戦した1990年の天皇賞・秋から、30回も季節が巡ったのです。競馬場に行ったのにレースを観ることができず、周りの観衆の声からオグリキャップが敗れたことを知ったのです。青い帽子のヤエノムテキが勝ち、2着には同枠のメジロアルダンが入り、4-4というゾロ目の買い方があることも、あのとき初めて学んだのです。

知れば知るほど、競馬の魅力に取りつかれました。これまでに学んできたどんな学問よりも奥が深く複雑で正解がない、未知の世界に足を踏み入れた気分でした。当時、出版されていた競馬に関する本の全てに目を通し、限られていた競馬関連の映像をあさり尽くしました。当時はまだ競馬に対する社会の偏見が残っていましたので、少し恥ずかしがりながら、隠れるようにして競馬を楽しんでいました。30年後、これほどまでに競馬が大衆化し、情報が溢れる時代が来るとは思いもよりませんでした。

良い時代になったなと思いつつ、あの頃を懐かしむ気持ちもあります。限られていたり、隠されていたりするからこそ、大切に思えるものもあるのです。砂漠が一滴の水を吸い込むように、競馬にまつわる一字一句を渇望し、吸収していた頃に比べ、今は情報を取捨選択しなければならない時代です。放っておけば、ツイッターやYouTube、ブログなどから止め処なく情報は流れてきますし、もちろんその中には素晴らしいものもあれば、余計なことも価値のないものもあります。情報が多いことは良いことかもしれませんが、希少性というか、大切さが感じられにくいのは私だけではないはずです。

砂漠の時代にスタートしたこのブログでも20年以上続き、そしてROUNDERSという新しい競馬の雑誌を発行し、気がつくと洪水の時代に突入しました。週刊Gallopや一口馬主DB、キャロットクラブの会報などに連載を持たせていただき、ツイッターをやったり、昨年はYouTubeも始めてみました。自分のためだけに書き始めた競馬が、まさかここまでの広がりをみせるとは。インターネットがなければ、私の競馬の世界は閉じたままだったはずです。今やあって当たり前のインフラになってしまいましたが、インターネットありがとう。

何の脈絡もなく書き連ねてしまいましたが、いろいろやってみて、やはり私は競馬について書くことが好きなのだと改めて思いました。書くためには自分自身の思考を深めなければならず、書いてアウトプットすることで思考を整理することができ、表現できたプロセスや内容を楽しむことができるのです。さらにその文章を読んでくれた方にも何かが伝わり、ほんの1ミリぐらいかもしれませんが、私たちの競馬の世界を変えることができるような気がするのです。そのために私の人生の時間を使うことは決して無駄ではないですし、一生をかけることのできるライフワークだと思えます。いつかはもっと自分の媒体だけに集中して書きたいというジレンマは抱えつつ、今年もできる限りの時間を使って、競馬について考え、感じ、書いていきたいと願います。今年もよろしくお願いします!

| | Comments (2)

« December 2019 | Main