もし本気で凱旋門賞を勝ちたいなら

凱旋門賞への前哨戦フォア賞にて、サトノダイヤモンドが4着と惨敗した。そのこと自体は大きな問題ではないし、特に何も思わない。サトノダイヤモンドが肉体的にも精神的にも仕上がっていなかったことに加え、ただでさえ深い洋芝に、雨が降ったことで馬場が極端に重くなったことが影響しての凡走である。フォア賞で仕上げすぎても凱旋門賞に向けての上積みはなくなるし、馬場に関しては、本番前に良い経験ができた、また本番が今回のような重馬場でなくて良かったと考えることもできる。前哨戦はあくまでも前哨戦であり、凱旋門賞でサトノダイヤモンドの走りができればそれで良いのだ。

とはいえ、私は今年に入ってから、凱旋門賞を勝つのは私たちが考えている以上に難しいのではないかと思うようになった。そんなことはずっと昔から分かっている、と言われるかもしれない。古くは野平祐二氏がスピードシンボリで凱旋門賞に臨んだ時代から、エルコンドルパサーやディープインパクト、オルフェ―ヴルを経て、昨年のマカヒキまで、日本馬がヨーロッパ競馬の頂点に立つことの困難は十分に承知の上で、だからこそ高い壁を乗り越えようとして挑戦し続けてきた。その間に日本の競馬は大きくレベルアップし、すぐそこの手の届くところに凱旋門賞の栄冠があるように感じられるようになった。気がつかぬうちに、日本の馬はすでに世界レベルまで達してしまったのだ。ただし、そのことと日本馬が凱旋門賞を勝つことは全く別の話なのではないか。

私は小さい頃から野球が大好きで、今でもWBC(ワールドベースボールクラシック)だけは毎回欠かさず楽しみに観ている。今年の日本チームの準決勝における敗戦に対する桑田真澄氏の見解を読み、はっと驚かされた。私がずっと不思議に思いつつ、モヤモヤと心にかかっていた霧が一気に晴れたような気がした。日本馬の凱旋門賞への挑戦にもまさに同じことが当てはまるのである。

小久保裕紀監督が言うように、日本の選手はみんなよくやっていたと思います。課題として挙げるとしたら、選手のプレーを取り巻く環境面についてですね。

WBCの決勝トーナメントはアメリカで行われます。それが事前にわかっているにも関わらず、日本球界は環境の違いに適応する準備が至らなかった。準決勝のエラーも、野手の経験不足が誘発したものだと思います。
 
大一番を落とさないためには、たとえば広島のマツダスタジアムのように内野を天然芝にするとか、土も黒土ではなく硬いアンツーカーを採用するとか、できるだけアメリカと同じ環境を整えないといけません。現状では各球団、球場で考え方に任せているのでしょうが、日本球界が本気になって世界一奪還を掲げるのであれば、選手に頑張れと言うだけではなく、関係者が一丸となってプレー環境を整備することも大事ではないでしょうか。

国際大会のたびにマウンドの硬さやボール、グランドの違いに慣れないといけないのは選手にとっても酷ですし、そういう作業は正直ムダです。国際試合を通じて日本の競技力を高めるというより、アメリカを中心とした海外の環境に適応するだけで大会が終わってしまう。そんなムダを省く努力が、日本球界では急務だと僕は思っています。
(Sportsnavi「桑田真澄氏が見たWBC」より)


札幌記念を使って、日本である程度まで仕上げてから、ぶっつけ本番で凱旋門賞に臨むのと、現地にできるだけ長く滞在して、フォア賞などのステップレースを叩いてから本番に臨むのと、勝つためにはどちらが良いのかというレベルの議論ではないということだ。個人的には後者がより勝つチャンスは広がると考えているが、2013年に完璧な準備をして挑んだ最強馬オルフェ―ヴルが2着に敗れたとき、それだけでは足りないのだと知らされた。

その答えはつまり、できるだけ凱旋門賞が行われるヨーロッパ競馬と同じ環境に日本の競馬を近づけるということだ。ぶっつけ本番かステップレースを使うかという小手先の議論ではなく、芝の種類から丈、コースの起伏など、普段行っている日本の競馬の環境自体をつくり変えるぐらいの転換をしなければ、凱旋門賞は勝てないということだ。気候や風土が違うと言ってしまえばそれまでだが、もし本気で凱旋門賞を勝ちたいならば、遠征する馬や騎手、調教師に頑張れと言うだけではなく、日本競馬界の関係者が一丸となって環境整備をしなければならないのである。

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ギャンブル教育のすすめ

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現代の日本の(学校)教育において足りないのは、介護・福祉教育とお金に関する教育、そしてギャンブル教育だと私は考えている。前の2つの教育に関してはその必要性を理解してくれる方がほとんどだが、ことギャンブル教育については理解どころか、頭ごなしに反対されてしまうことが多い。ギャンブルは忌み嫌われており、まして自分の子どもには触れさせることさえも拒絶したいと思うのが親の本音だろう。その深層心理には、できる限りリスクのない安全な道を歩ませたい(歩みたい)という、自分の子どもに対する、そして自分自身に対する過保護がある。

私は四半世紀にわたって教育の分野にたずさわってきており、自分の子どもには、どのような分野の教育にも先んじて、ギャンブル教育を施したい。私がここで言うギャンブル教育とは、ギャンブル依存症を予防するための教育ではなく、正しいリスクの取り方を身をもって学んでもらうための教育である。個人的には競馬が望ましいと考えているが、知的なゲームであれば、カジノであっても麻雀であっても何でも良い。

ゲームのルールを知り、プレイヤーとしての自分を知る。自分が賭けた金額の何割かが手数料として胴元によって控除され、残った金額をめぐって互いに考えをぶつけ合う。確率の高そうな(人気のある)方に賭けると勝ってもリターンは少なく、その逆も然り。他者と自分をどのように差別化するべきか、自分の判断をどこまで信じるべきか、そもそもこのギャンブルの期待値はいくらなのか、答えのない世界で私たちはどのように決断して行動するべきなのか、などなど。そして何よりも、こてんぱに負けることを知る。それはたった1度しかない自分の人生をどう生きるかに思案を及ばせるに極めて近い。適切なサポートや教材があれば、私たちは正しく学ぶことができるはず。

そのような教育や環境がないまま、大人になってからいきなりギャンブルにのめり込むと大きな代償を払うことになる。多少の授業料など大したことはない。ギャンブル教育を受けずに大人になると、リスクを取ることができなくなるのだ。つまり、負けることを過剰に恐れて、自分を賭けることができなくなる。自分の人生を賭けることに比べたら、ギャンブルでの勝ち負けなどはミニチュア版であり、本当に大切なのは自分の人生で勝つことだ。自分を賭けることなしに成功はない。

何かを手にしたければ、何かを賭けるべきである。お金を手に入れたければ、お金を賭けなければならない。時間を手に入れたければ、時間を投じなければならない。信頼を得たければ、まずは他者を信頼することから始めるべき。愛情を手に入れたければ、まずは愛さなければならない。当たり前の話だが、何も賭けなければ、何も生まれない。そこには少なからずリスクは伴い、負けてしまうこともあるし、失うものもあるかもしれないが、まずは自らが与えることから始めるべきなのだ。自分は受け取るだけで、おこぼれを頂戴して、安定・安心な道が歩める時代はすでに終わった。自ら賭けなければ、何かに隷属するしかなくなるのだ。私たちにはそろそろギャンブル教育が必要なのである。

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それでもデムーロ騎手が好きだ

Demuro

ミルコ・デムーロ騎手が皐月賞のレース後、勝った松山弘平騎手に向けて中指を立てていたシーンが話題になった。その中指に対し、どのような意味を読み取るかは競馬ファンそれぞれであり、様々な解釈があって良いと思う。私自身もそのシーンを見た瞬間は、非道徳的であり、相手を意図的に侮辱している、競馬には相応しくない風景だと感じた。なぜそこまでデムーロ騎手が怒りをあらわにするのか不思議に思い、もしかすると松山騎手のラフプレーによって勝機を失ったのかもしれないとパトロール映像を繰り返し観てみたが、たしかに進路をめぐる争いはあったものの、常軌を逸するような不利や妨害があったようには見えなかった。

その事実を確認したとき、デムーロ騎手の中指は私が最初に思ったのと違うメッセージが込められているのでは、と考えが一変した。デムーロ騎手は松山騎手を侮辱したり、悪態をついているわけではなく、「やられたよ、こんちくしょー!」という裏返しの称賛や祝福を、あの状況や場所において、彼らの間で最も伝わりやすい方法で伝えたのではないか。そう考えると、まるでだまし絵のトリックに気づき、老婆が美女に見えたときのように、デムーロ騎手の中指のシーンが微笑ましく思えてきた。

そういえば、デムーロ騎手の行動が物議をかもしたのは、2003年の皐月賞をネオユニヴァースで勝った瞬間、隣で最後まで競り合ったサクラプレジデントの田中勝春騎手のヘルメットを思いっきり引っぱたいたのが最初ではなかったか。あのシーンもいろいろな解釈があったが、「ひやっとしたぜ、やるじゃねえか!」という感情の爆発であったと私は思っている。有名なヒコーキポーズについては、絶妙なボディーバランスがあるからこそできると書いた(「競馬はいつでも血の滾る」)こともあり、危険という意見はその通りだとして、私は日本の競馬に対するデムーロ騎手なりのアンチテーゼではないかと拡大解釈している。

デムーロ騎手は競馬のレースに乗ることを心から楽しんでいる。勝ったときには全身で喜びを爆発させ、馬や関係者に最大限の感謝や愛情を示し、負けたときには全力で悔しがり、頑張って走った馬を労う。それは私たち競馬ファンがジョッキーに求めている姿ではないのか。彼が馬に乗って速さを競い始めたときから、根底に流れているジョッキーとしての感情は変わらない。それはものすごく稀有なことなのではないか。日本の(良い意味でも悪い意味でも)管理された競馬社会で生きてきた騎手たちに足りない部分でもあり、それゆえにデムーロ騎手の存在は際立っているのである。こんなことを書くと、反論や不快に思われる方もいるかもしれないが、それでも私はデムーロ騎手が好きなのだ。

Photo by 三浦晃一

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新しい種牡馬たち

Newsires2017年度の種付け料が発表され、今年から来年にかけて、日本の種牡馬界や生産界が変動期を迎えると直感した。まずはディープインパクトによる独占化である。種付け料ランキング1位のディープインパクトの種付け料は3000万円であり、続くキングカメハメハのそれは1000万円と、1位と2位の間でなんと3倍もの差が生まれている。種付け料とは、単に種付けをするために掛かる費用ということだけではなく、それだけの種付け料を払っても受胎させたい、(血統)レベルの高い繁殖牝馬が集まるということを意味する。つまり、これからも世界トップクラスの繁殖牝馬を肌に持つディープインパクト産駒が続々と誕生するということ。しかもディープインパクトは母系の良さを引き出すタイプの種牡馬だけに、より好循環に拍車をかけることができる。

これに輪を掛けるのが、種付け頭数の増加である。ディープインパクトの昨年時の種付け頭数は230頭とゆうに200頭超えを果たしており、あのサンデーサイレンスでさえ、初年度は77頭であり、200頭を超えたのは2001年のみ。種付け管理技術の発達により、20年前に比べると、安定して多くの頭数に種付けができるようになっている。とはいえ、サラブレッドの生産頭数が増えているわけではないのだから、一部の人気種牡馬たちに集中しているということであり、その頂点にいるディープインパクトに質量ともに一極集中していると言っても過言ではない。話はそんなに単純ではないのは確かだが、それでもディープインパクトの仔が日本ダービーの出走馬の大半を占めたり、掲示板を独占したりする日がいつ来ても不思議ではない。

それから、サンデーサイレンスの孫にあたる種牡馬と海をわたって結果を出した新種牡馬たちによる世代交代である。ステイゴールドやフジキセキ、マンハッタンカフェ、ゴールドアリュールなど、一世を風靡したサンデー直仔の種牡馬たちが亡くなり、その子どもたちに活躍馬が出ることで、血のバトンタッチが行われつつある。オルフェ―ヴルを筆頭にして、ゴールドシップやキンシャサノキセキなど、サンデーサイレンスの孫が種牡馬として台頭する時代が来ている。

またスクリーンヒーローのように、母の父にサンデーサイレンスを持つ種牡馬にも同じことが当てはまる。ドゥラメンテがそうである。それとは対極にあるのが、サンデーサイレンスの血を3代以内に持たない種牡馬たちである。ルーラーシップを筆頭に、ロードカナロアやモーリスなども、種牡馬としての未知の魅力があり、大きく成功する者とそうでない者にこの先分かれてゆくだろう。

ディープインパクトによる独占は避けられないだろうが、どれだけ他の種牡馬たちが太刀打ちできるのか、そして新種牡馬たちの中からどの馬がディープインパクトの牙城を脅かす存在になるのか、興味は尽きない。おそらく2020年ごろには、今の私たちが想像していたのとは少し違った種牡馬の産駒が、新馬戦を悠々と勝ち上がり、大きなレースを続々と制したりしているのではないだろうか。

Photo by 三浦晃一

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戸崎圭太騎手とクリストフ・ルメール騎手のリーディング争いを見て

Tosakikeita

2016年のリーディングジョッキーは戸崎圭太騎手であった。これで2014年からの3年連続となる。騎手になるために生まれてきたような天才型のジョッキーであり、もともとダート競馬よりも芝向きのスタイル(あえて言うならばハイブリッド型)であったため、中央競馬で頭角を現すのも時間の問題であった。美浦を所属としたことも上手く機能している。それにしても、と思う。それにしても、3年連続で全国リーディングを獲ってしまうとは、驚き以外のなにものでもない。特に今年は、クリストフ・ルメール騎手とミルコ・デムーロ騎手がほぼフル参戦しての争いであり、前年を大きく上回る187勝を挙げてのものだけに、文句をつけようがない完勝であった。

戸崎圭太騎手の騎乗をひと言でいうと、道中はソツがなく、勝負所からが多彩ということか。ミルコ・デムーロ騎手や川田将雅騎手、岩田康誠騎手のように、積極的にレースのベストポジションを狙って馬を出してゆくタイプではなく、スタートしてから勝負所に至るまではひたすら静に徹している。余計なことをせず、その馬のリズムで走らせて負担を最小限に抑えて回ってくる。自分が馬券を買っている馬であれば、ときとして不甲斐なさや物足りなさを覚えることもあるが、客観的に見れば、騎乗馬の力を100%引き出すことに長けているということだ。

特筆すべきは、勝負所からの馬の追い方である。馬のタイプや馬場状態、同じレースであっても騎乗馬の余力や他馬との手応えの違いなどに応じて、馬を追うスタイルを変幻自在に変えている。たとえば、中央競馬の競馬学校で習うような正統派スタイルで追ってくることもあれば、馬の動きに合わせて自分の重心を動かして激しく追う、いわゆるブランコ乗りと呼ばれる追い方をすることもある。どちらが良いということではなく、それらを組み合わせて、馬が最も力を発揮できるように走らせるのである。このあたりの柔軟性を持つことは案外難しい。

たとえば、昨年のG1オークスにおける騎乗を例にとってみると、最後の直線ではチェッキーノをヨーロピアンスタイルで激しく追っていた。結果的には惜しい2着ではあったが、距離が少し長いと思われていたチェッキーノの脚を最後までグッと伸ばしたのは見事であった。限界まで力を出し切らされたチェッキーノはその後、ターフに戻ってくることなく引退してしまったが、裏を返せば、それだけ戸崎騎手はビッシリと追うことができるということである。対して、ヴィクトリアマイルにおいては、ストレイトガールのスピードを殺すことのないよう、スタートからゴールまでピタリと馬の背に張り付くようなアメリカンスタイルで騎乗していた。馬のタイプや余力によってスタイルを使い分けることができるのだ。

別に戸崎圭太騎手の素晴らしさを語るために、この記事を書いたわけではない。そんなことは競馬ファンならば百も承知だろう。私が言いたかったのは、地方競馬出身の戸崎圭太騎手とフランスからやってきたルメール騎手の2人がリーディングを争ったという事実を見て、誰がどう考えても、もうそろそろ日本の騎手免許制度や競馬学校のあり方を見直す時期が来ているのではないかということである。守るべきものがあることも分かる。しかし、一部の者たちにしかチャンスが与えられず、そうして生まれた限られたパイを培養して守ってゆく時代ではない。いきなり全てを変えるということではなく、変化を恐れることなく少しずつ変化し、誰にでもどこからでも頂点を目指せるシステムを完成させるべきではないだろうか。

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藤田菜七子騎手への提言

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有馬記念や東京大賞典が終わり、年始ぐらいはゆっくりとしたいところではあるが、2016年の競馬を振り返ってみたいという衝動に駆られている。今年の日本の競馬は、小さくも大きく変わったところがあり、後世から見ると歴史の転換点となったと思われる出来事も多かったのではないだろうか。思いつくままに書くと枚挙に暇がないが、それらを5つの論点に分けて綴ってみたい。

まずはJRAの女性騎手としては16年ぶりになるという、藤田菜七子騎手のデビューについて。3月に川崎競馬場で初騎乗したことを皮切りに、4月10日には中央競馬の福島競馬場で初勝利(サニーデイズ)を飾り、その後も騎乗を積み重ね、今年度は地方競馬を合わせて307レースに騎乗した。計7勝、2着12回という成績には確かに物足りなさが残るが、個人的には307回のレース経験を積むことができたことに価値があると思う。

藤田菜七子フィーバーというべきか、所属した厩舎や調教師だけではなく、JRAからマスメディアまでが全面的にサポートした結果、藤田菜七子騎手は武豊騎手と並ぶ、競馬界のアイドルにまで登りつめた。藤田菜七子騎手より前にも、たくさんの女性騎手たちがデビューしたものの、大したサポートを受けずにターフを去っていったことを考えると、彼女の出現と時代がマッチしたからこその一大現象になったのだと思う。競馬の人気を回復させたい競馬関係者たちと、愛くるしいルックスを備えた女性騎手が、お互いを利用し利用される関係を築くことができたのである。

それはそれで良いことであるが、作られた現象は一過性のものになりやすい。藤田菜七子騎手は今のうちにひと鞍でも多く乗り、様々な経験を積み、騎手としての技術を磨いてもらいたい。藤田菜七子だからとか、女性騎手だからという理由ではなく、馬を勝たせてもらいたいから騎乗依頼をされる騎手になってもらいたい。一刻も早く。人々の熱が冷めるのはあっと言う間であり、スキャンダルが表に出たりすれば追い風は逆風に変わるかもしれない。彼女がタレントとしてではなく、騎手として生きていたいと思っている純粋な気持ちは、楽しそうに馬に跨っているその姿を見れば伝わってくる。だからこその提言である。

藤田菜七子騎手の目標とするリサ・オールプレス騎手は8歳の頃から乗馬を始め、20歳の時に見習い騎手として修行を始めた。ハードな見習い時代を経て、2000/01年のシーズンにはニュージーランドのリーディングで3位に入る活躍を見せ始める。見習い騎手としての修業時代を振り返った彼女の言葉は重い。

「お酒はもちろん、車の運転も控えるように厳しく指導されました。毎日、朝から晩まで仕事尽くし。馬に乗るだけではなく、馬房の掃除や餌やりや馬体のチェックなど厩舎作業の全般をこなしました。見習いの4年間は午後の休みが週に1回だけ、本当にハードな毎日だったけど、こなさなければ生き残っていけない。そういう世界ですよね。若い頃は体力をつけるために体も鍛えなければならない。厩舎作業は重たい物を持ったり、本当に大変な毎日でした。母が心配して何度も様子を見に来てくれたりしたけど、そのたびにボス(調教師)に説得されたんですよ」

見習い期間の4年間は、週末や土日も関係なく、休みは1週間に1日の午後のみ。ブラック企業も真っ青なハードワークだが、この時代があるからこそ今があるとリサ・オールプレス騎手は語る。現役の騎手たちだけではなく、世の多くの女性や男性にとっても耳が痛くなるような話である。健康管理や安全管理を徹底せよ。遊んでいては生き残っていけない、何かを捨てなければ何も成し遂げることはできない。彼女がこの4年間で学んだことは、もちろん厩舎の仕事や競走馬にたずさわる知識など多岐にわたるはずだが、何よりも自分の仕事や人生への向き合い方ではなかったのか。自分を信じ、自分の仕事に打ち込むことだ。

幸か不幸か、藤田菜七子騎手には4年間も猶予は与えられていない。誰も見ていない劇場でデビューすることができなかった藤田菜七子騎手は、仕事に臨む姿勢から自分自身に対する信頼まで、成功も失敗も全て見られてしまうのだ。願わくは、彼女の周りに厳しく指導できる大人がいてほしい。そして、繰り返しになるが、藤田菜七子騎手には人一倍、馬に触れて、乗って、学んでもらいたい。遊んでいる時間はない。日本の競馬の未来の一端はあなたにかかっている。

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競馬の神様よ、ありがとう。

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11月3日はJBCを観戦しに川崎競馬場に行ってきた。今年のJBCクラシックは、日本ダート界の頂上決戦とうたうに相応しい、素晴らしメンバーが揃った。JBCクラシック3連覇がかかったコパノリッキーやダートGⅠ10勝の記録を持つホッコータルマエ、そしてダート路線に転向して負け知らずの5連勝で臨んでくるアウォーディー。さらにフェブラリーS、帝王賞を2着と勝てそうで勝てないノンコノユメ、前走で韓国G1コリアカップを制したクリソライトなど、まさに群雄割拠である。

私が競馬場に到着した頃には、JBCレディスクラシックのパドックを各馬が周回していた。入場門をくぐった瞬間から、いつもの川崎競馬場ではないことがひしひしと伝わってくる。コロッケを買うための長い行列や2階スタンドからパドックを見下ろす競馬ファンの密度に驚かされた。好天のもと、1日にG1レースを3つも観られるとは、なんと私たちは幸せなのだろう。

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レディスクラシックはレッツゴードンキの扱いが難しく、馬券は買わずにパスすることにした。前走のスプリンターズSで逃げる戦略を期待して本命を打っただけに(実際は後ろから行って前が詰まって負け)、今回は初ダートということも含め、どのようなポジションを走るか掴みみ切れなかったからである。第1コーナーにかけてレッツゴードンキが外からスルスルと上がってきたときには、「そうだ岩田!」と心の中で叫んでしまった。ホワイトフーガの横綱相撲に押し切られてしまったが、この馬の力は出し切ったと思う。

続くJCBスプリントは内枠に人気馬が集まった。ダノンレジェンドやベストウォーリア、地方代表のソルテなど、とにかくパワーとスピードに溢れている面々。パドックをずっと見ていると、人気馬たちも悪くはないのだが、なぜか5番のレーザーバレットが良く見えて仕方がない。実績や近走のレース振りを見る限り、勝ち負けはさすがに難しいと思えるが、もしかしたら3着はあるかもしれない(ルメール騎手の腕込みで)と思い立って、つい複勝を買ってしまった。最初のコーナーでの不利によってポジションを下げてしまったのが痛く、差して届かずの4着に終わってしまった。勝ったダノンレジェンドは内枠を利して、スピードを生かしたデムーロ騎手の思い切りの良さが光った。

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いよいよメインレースであるJCBクラシックの時刻が迫ってきた。何を隠そう、わざわざ今日、川崎競馬場まで足を運んだのは、このレースでクリソライトに騎乗する藤井勘一郎騎手の勇姿をひと目見るためである。「ROUNDERS」vol.2において、海を渡ったジョッキーを取り上げた企画でインタビューさせてもらって以来、シンガポール、韓国、オーストラリアと、どの国で彼が乗っていても陰ながら応援させてもらってきた。その藤井騎手の騎乗を日本国内のG1レースで観られるチャンスである。

前走のレースに騎乗していなかった藤井騎手は、ひと足早く、パドックに到着し、ノーザンファームの吉田勝己代表と話をしていた。クリソライトの話だろうか、海外競馬についての情報交換だろうか、それとも他愛のない世間話だろうか。ジョッキーたちが横一列に並ぶと、藤井騎手の隣には武豊騎手がいた。競馬少年だった藤井騎手にとって、憧れの存在であった武豊騎手と隣に並んでパドックに立つなんて、心躍る瞬間だったに違いない。

騎乗の合図が送られると、藤井騎手は真っ先にクリソライトに駆け寄って、鼻面を優しく撫で、その背中に軽やかに飛び乗った。近くにいたおやじさんが「誰だ、藤井って?」と大きな声でひとりごちていたのが耳に入ったので、「藤井勘一郎騎手は、日本の騎手学校にわずか1kg体重が重くて入学できず、オーストラリアの騎手学校に渡って…」と思わず教えてあげたくなったがやめておいた。これから先、藤井騎手が世界中のターフで活躍することで、いつか彼のような日本人騎手がいることを知ってもらえるはずだから。

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馬券はもちろんクリソライトの単勝を買った。玉砕覚悟と言うと、藤井騎手やクリソライトの関係者に失礼になるかもしれないが、今回のメンバーで勝ち切るのはさすがに難しいだろう。どうせ外れるなら、思い切って単勝で敗れた方がいい。この単勝馬券を持っている限りは、藤井騎手が万が一にも勝ったとき、共に喜びを分かち合える。

それにしてもアウォーディーは強かった。コパノリッキーを外から捲り切り、内で抵抗するホッコータルマエを歯牙にもかけず、着差以上の圧勝であった。3着にはサウンドトゥルーが突っ込んできて力のあるところを見せた。ノンコノユメは小さい体ながらも良く走っている。藤井騎手が騎乗したクリソライトは、スタートしてからすでに行きっぷりが悪く、勝負所で早めに手応えもなくなり、力尽きて惨敗してしまった。海外遠征の疲れも残っていたのだろう。見せ場すら作ることができず、藤井騎手も悔しかったのではないか。

馬券も全く当たることなく、寒風が身に沁みながら、私は帰途に就いた。川崎駅まで歩いて帰る中、これだけ負けたにもかかわらず、どこかで納得している自分がいた。実は今日、競馬場に来るまでに、仕事で上手く行かないことがあって、やや感情的になってしまっていたところを、「世の中、おまえの思うとおりになんかいかないよ」と競馬の神様にたしなめられたような気がしたのだ。「そうですよね、思い通りにいかなくて普通ですよね」とつぶやいてみると、私の心のさざ波はすっと静まっていった。私ぐらいの年になると、正面切ってそう言ってくれる人がいなくなる中で、競馬の神様だけはいつも、いつまでも教えてくれる。競馬の神様よ、ありがとう。

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あれから

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あれから10年もの歳月が流れたのかと不思議に思う。ディープインパクトが凱旋門賞に出走し、誰もがその勝利を信じていたあの日。ひねくれ者の私は、ヨーロッパの馬場が合わないなんていう小賢しい理由を述べて、ディープインパクト一辺倒の報道に異を唱えたが、心の底では勝ってくれと願っていた。日本中の注目を集めたディープインパクトが凱旋門賞を勝つことで、日本における競馬がメジャースポーツとして認められるのではないか。野球やサッカーについて語るように、競馬を語ることができる社会になるのではないかという淡い期待を抱いていた。もちろんそんなことはないし、現実にディープインパクトが凱旋門賞を勝つこともなかった。

フランスから帰国したディープインパクトはジャパンカップを勝ち、有馬記念がラストランになった。最後の有馬記念は、当時住んでいた広島のウインズから駅に向かう地下道にあるオーロラビジョンで観た。普段は競馬など観ないであろう人達も皆、足を止めて、ディープインパクトの最後の走りを見守っていた。こんなにも多くの人たちが競馬に関心を示してくれていることが、まるで自分が認められたかのように嬉しかった。スタートが切られ、各馬がスタンド前を通過する時点で、不覚にも涙が出てきた。それは幸福の涙であり、また癒しの涙であった。言葉にならない感情たちが、涙となって溢れ出てきた。これで良かったのだと思えた。

今年の凱旋門賞には、ディープインパクトの仔であり、日本ダービー馬でもあるマカヒキが出走する。二エル賞を快勝し、中間の調整も順調で、ここまでは青写真通りに来ている。金子真人オーナーの勝負服や、ディープインパクトをひと回り大きくしたような馬体を誇ることもあり、今回のマカヒキの挑戦が10年越しのリベンジマッチに思えてならないのは私だけではないはず。ディープインパクトの関係者はどのような想いで、このディケイドを過ごしてきたのだろうか。

あのときに味わった屈辱と経験を金子オーナーは忘れていなかったようだ。凱旋門賞は古馬よりも3歳馬にとって有利な斤量設定になっていること。ぶっつけ本番ではなく、前哨戦を使うべきであること。ヨーロッパ競馬におけるコースや馬場、戦略を知り尽くしているジョッキーに手綱を委ねるべきこと。全幅の信頼と安全が確保されている厩舎に入れること。今回こそは、全てにおいて妥協を許していない。当たり前だと思われるかもしれないが、勝ちにきたのだ。金子オーナーのことだから、顔では笑っているだろうが、心の中では本気で勝ちに来ている。私たちは10年前の忘れ物を奪い返しに行くのだ。


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秋のG1戦線を占う(3歳牝馬クラシック編)

Sinhalight

続いて、3歳クラシック牝馬路線について。牡馬と同じく、この路線も実力が抜けている馬が3頭いる。メジャーエンブレムとシンハライト、ジュエラーの3強である。特に、この時期の牝馬に関しては、夏を越して力関係が大きく逆転することはまず考えにくいため、有力馬たちが肉体的にも精神的にも順調に来ているかどうかが全てである。現時点では、戦線離脱したメジャーエンブレム以外の2頭は秋華賞に向けて順調に来ているようで何より。

オークスを勝ったシンハライトは、見た目以上に強い馬である。420kg台という小さい馬体という意味だけではなく、レースに行って他馬を大きく離すような勝ち方をするわけではないという意味でも、見た目以上に強い馬ということだ。新馬戦以外に勝利した3つのレース(紅梅S、チューリップ賞、オークス)共に、2着馬とはコンマ1秒もない僅差であった。敗れた桜花賞だってハナ差であり、勝っても負けても見ている側にインパクトを与えないタイプの馬である。

シンハライトについて、勝負強いという見解もあるようだが、私は全く逆の見かたで、本気で走っていないと考えている。つまり、レースでまだ全力を出し切っていないというか、最後の直線で他馬と馬体が併さってからようやく本気になって走る馬である。それはメンコを付けているため分かりにくいが、シンハライトの耳を見ていれば分かる。道中は耳を前に立てて走り、勝負所でジョッキーからゴーサインが出てようやく耳を後方に傾け始め、他馬と競り合いになるとギュっと耳を絞って、走ることに集中する。このようなタイプだからこそ、決定的な力差があるわりには、他馬との着差に現れない。そして、桜花賞のように、気を抜いたところを外から一気に来られてしまうと、足下をすくわれてしまうのだ。

このようなタイプの馬は、出し抜けを食らいにくい分、東京競馬場のような直線が長いコースの方がレースがしやすい。秋華賞が行われる、京都競馬場の内回り2000mは紛れが多いコースであり、シンハライトの気性的な盲点を突かれないような細心の注意を払った騎乗が必要だろう。そういう意味では、最後方から他馬の動きを見てひと捲りする戦法が理想的だが、最後の直線の長さを考えると前残りが怖いため、おそらく正攻法で前を捉えつつ、後ろから来る馬を受けるという形になるだろう。搭載しているエンジンは、この世代では随一であり、秋華賞が普通のレースになれば、この馬が負ける姿は想像しにくい。

桜花賞を勝ったジュエラーは、馬体的に恵まれた牝馬である。スピードとパワーを父ヴィクトワールピサから譲り受け、ダイナミックなフォームでこれから先の活躍も十分に見込める。とはいえ、桜花賞はミルコ・デムーロ騎手の乗り方が見事にはまったゆえの勝利であり、シンハライトとの間には一枚ほどの力差がある。まともに競り合っては分が悪い。ローズSの結果次第ではあるが、秋華賞でも奇襲作戦を取るはずで、府中であれば10回走って1回ぐらいしか勝ち目はないが、京都内回りコースならば3回ぐらいはチャンスはあるかもしれない。いずれにしても、思い切って勝つための騎乗ができるデムーロ騎手に全幅の信頼と手綱を委ねるしかない。

メジャーエンブレムとシンハライトはタイプが真逆であり、正直に言って、どちらが強いのか分からない。秋華賞はメジャーエンブレム向きのレースであり、シンハライトとのガチンコ勝負を見てみたかったので残念である。無事に回復して、レースに復帰してくれば、この馬のパワーとスピードが古馬と混じって走ってどのくらい通用するのかが見どころとなる。マイルCSや暮れの香港マイルも視野に入れておくべき実力を秘めた牝馬であることは間違いない。

Photo by 三浦晃一

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秋のG1戦線を占う(3歳牡馬クラシック編)

Dmajesty

毎年恒例となった、秋のG1シーズンを占うシリーズを今年も書いていきたい。クラシック戦線に登場する3歳馬たちの力関係がある程度はっきりとしてきている分、春シーズンに比べると占いやすいのが秋シーズンである。とはいえ、出走できるかも分からない中ではあるので、あくまでも妄想、いや現時点での予測として読んでいただければ幸いである。まずは3歳クラシック戦線の牡馬について語っていきたい。

今年の3歳牡馬のトップホースであり、日本ダービー馬であるマカヒキは凱旋門賞に挑戦するため、秋は王者不在の中での争いとなる。そんな中でも、マカヒキとタイプこそ違え、マカヒキに匹敵する能力を秘めていると私が評価しているのが、皐月賞馬のディーマジェスティである。マカヒキが父ディープインパクトをそのまま大きくしたような、日本競馬の結晶である父をスケールアップした理想的な馬(体)であるのに対し、ディーマジェスティはどちらかというと母系の血が色濃く出ており、スピードよりもスタミナ、軽さよりも重厚さやパワーを備えている馬(体)である。

そのことは共同通信杯のレースを観ればよく分かる。あれだけ道中の手応えが悪そうな格好をしながらも、最後までしぶとく伸びて差し切った走りは、ヨーロッパの競馬でこそ通用しそうなスタミナとパワーを示していた。だからこそ、ペースが極端に速くなって上がりが掛かった皐月賞が向いたのは頷けるし、ラストの瞬発力勝負になった日本ダービーで3着に来たことに驚かされた。ロンシャン競馬場で行われる凱旋門賞ということであれば、ディーマジェスティの特性がプラスに転じるため、来年に挑戦する決断は正しい。その前に、クラシックレースである菊花賞が待ち構えているが、スタミナを生かせるレースであり、後ろから捲り上げていくレースができれば勝利には最も近い馬である。

対抗馬としては、もちろん日本ダービー2着のサトノダイヤモンドであろうか。皐月賞3着、日本ダービー2着と、着順を上げてきており、菊花賞こそは1着を獲りたいはずだが、距離適性という点ではディーマジェスティに劣る。日本ダービーで本命にした私が言うのもなんだが、サトノダイヤモンドは手脚がやや短く、重心がやや低い体型であり、距離が延びて良いタイプでは決してない。古馬になれば、2000m前後がベストな距離になるであろう。古馬になればと書いたのは、日本ダービーは2400mほどの、菊花賞も3000mほどのスタミナは問われないレースになるからである。最も問われるのは折り合いであり、完成度の高さであり、その点においてサトノダイヤモンドは勝ち負けになる馬ということだ。ただし、菊花賞において、ディーマジェスティと最後の底力勝負になったときにはやや分が悪い。

リオンディーズやスマートオーディンが秋の天皇賞に照準を向ける以上、上記の2頭が最有力候補になるのは当然であり、順調にいけばそのまま穏当な結果が出るだろう。あえて挙げるとすれば、阿寒湖特別を勝った上がり馬のカフジプリンスは、いかにもステイヤーらしく、外から捲って上がってゆくディーマジェスティの後ろから、どこまで付いて行けるかによっては2、3着に食い込む可能性もある。

Photo by 三浦晃一

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マカヒキはディープインパクトを大きくしたような

Makahiki

マカヒキが無事にフランスに到着した。6週間後にはもう本番かと思うと、私の心は一気に秋へと近づき、凱旋門賞を走っているマカヒキの姿を鮮明に想像してしまう。凱旋門賞に日本馬が出走するだけで胸が高まるが、今年からは凱旋門賞の馬券を買えるようになり、私はどの馬の単勝を買い、どのような気持ちで最後の直線の攻防を観戦するのだろうかと今から妄想は膨らむ。ただの応援や観戦ではなく、予想もしなければならない以上、メディアにおける凱旋門賞の取り上げ方から私たちの視点まで変わってくるはずである。そして、最後にはどのような結末が訪れるのだろうか。

マカヒキは父ディープインパクトをそのまま大きくしたような馬で、ストライドもスケールも大きい。ディープインパクトのバネとエンジンの良さを持ちながら、手脚の枝が長く、馬体が大きくなったのだから、サラブレッドとしてこれ以上は求めようがない。陸上のウサイン・ボルト選手が強いのは、搭載しているエンジンが優れているだけではなく、他の選手と比べて手足が長く、肉体のスケールが大きいからである。おそらくフランスの競馬ファンは、10年前に凱旋門賞を勝ち損ねたディープインパクトが、そっくりそのまま大きくなって、スケールアップして、リベンジしに帰ってきたと思うのではないか。

正直に言うと、マカヒキという馬に対して、若駒Sの頃まではそれほどのインパクトは感じなかった。しかし、ディープインパクト産駒によく見られる傾向として、3歳の春に急激な成長を遂げたのだろう。3戦目の弥生賞を勝ったときの美しい馬体やその走りからは、父を彷彿せざるをえなかった。すでに日本ダービーを勝つに相応しい馬になっていた。その反面、マカヒキのような大きなストライドで走る馬が、馬場の深い欧州仕様のピッチ走法に変わってゆくには時間が掛かるし、難しい。軽さとスピードを兼ね備えた、マカヒキは理想的なサラブレッドであるからこそ、やや馬場の軽いシャンティ競馬場で行われる今年の凱旋門賞に出走するのは正解だと思う。能力的には十分に勝てるチャンスはあるはず。

ひとつだけ気がかりなのは、日本ダービーを勝った直後の秋シーズンだということだ。これはもう何度も主張してきているが、ほとんどのダービー馬たちは日本ダービーを勝つために全ての力を使い果たしてしまうため、ダービー後には大きな反動に見舞われる。そのまま回復することなく引退してしまう馬もいれば、長い歳月をかけて復調する馬もいる。ダービー馬は負けてはならないという使命を負うため、秋緒戦は無理をして仕上げて勝つことがあっても、その先が続かずに凡走してしまう。マカヒキにも同じことが当てはまるかもしれない。最終追い切りが素晴らしい動きであったように、日本ダービーに臨むにあたって、マカヒキには究極の仕上げが施されていた。レース後には間違いなく大きな反動があったはずだ。凱旋門賞までに、どこまでその反動から立て直すことができるだろうか。たとえ前哨戦の二エル賞を勝ったとしても浮かれてはならない。疲れ癒えていない場合には、日本ダービーの反動が噴出してしまうのは凱旋門賞なのだから。

Photo by 三浦晃一

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美しさは流れて伝わる

Takekuni

武邦彦が「武豊の父」と呼ばれ始めた時代に競馬を知った私にとって、武豊が「武邦彦の息子」であった時期がどのくらいあったのか分からない。私にとって武邦彦騎手は調教師であり、かといって保田隆芳や野平祐二、福永洋一のようなビッグネームの騎手ではない。武豊という日本一のジョッキーをこの世に誕生させた功績は計り知れないと思いつつも、騎手としては息子の偉大さに隠れてしまい影が薄い。そんな印象を武邦彦騎手に抱いていた。

しかし、訃報を耳にして、もう2度とその姿を拝むことができないのかと思った途端、実は武邦彦騎手のことを私は何も知らないのだという事実を不意に突き付けられた。改めて武邦彦とはどのようなジョッキーだったのか、知りたいと強烈に思えた。「ターフの魔術師」と称されるまでなった名騎手は、どのような馬と一緒にどのようなレースを繰り広げたのか。この目に焼き付けておくべきだと、過去の映像に見入った。

はじめて観る武邦彦騎手の騎乗は、ひと言でいうと、美しかった。こんなにも美しく馬に跨り、操り、駆り立てる騎手を私は見たことがない。もちろん彼の乗った数々のレースを見ていなくはなかったのだが、実際にはトウショウボーイやキタノカチドキ、ロングエースなどを観ていただけで、武邦彦騎手を観ていなかった。私の中で武邦彦騎手の記憶の影が薄いのは、おそらくその騎乗スタイルのせいだろう。美しすぎて、馬の背から消えてしまっているのだ。

武邦彦騎手の勝ったレースを観ると、彼はほとんど動いていないことが分かる。スタートしてから勝負所まで、頭のてっぺんからつま先まで、寸分たりとも動いていないように見える。手綱の握りや重心の位置など、細かな操作はしているのだろうが、外から見ると、何もしていないかに映るのである。勝ち方によっては、ほとんど馬を追わずして先頭でゴールさせているレースもある。

1974年の皐月賞は、武邦彦騎手が主戦を務めるキタノカチドキが、史上初めての単枠指定馬に選ばれたレースであった。それだけ圧倒的な人気に推されていたということであり、競馬ファンからの過大なプレッシャーを受けながらも、武邦彦騎手は同馬を勝利に導いた。武邦彦騎手はよく「馬と話しながら」と表現するが、まさにその通りの身体的・物理的な刺激を介することのない、馬と人間との相互理解の上にのみ成立する騎乗であった。このような勝ち方が大レースでも可能なのだ、と驚嘆せざるをえない。

この話には続きがある。7戦無敗で皐月賞を美しく制したキタノカチドキは、当然のことながら、日本ダービーも勝って当たり前という雰囲気になった。武邦彦騎手はこの時のジョッキーとしての緊張感を、「不安を通り越して、恐怖を感じた」と表現した。厩務員のストライキによる日程変更や7枠19番という外枠発走など、様々な要因が重なり、日本ダービーの最後の直線でキタノカチドキはヨレた!

このロスが致命傷となり、キタノカチドキは1馬身差の3着に敗れた。直線でヨレるという弱点(癖)を分かっていれば、もしかしたら武邦彦騎手ならばなんとかできたかもしれない。本番まで弱点を見せることなく順調に来てしまっていたから、いや、見せていたのだろうが、致命傷にはつながっていなかったからこそ、いざ本番という極限の状況において、どうすることもできなかったのだ。極限の状況だからこそ、弱点が噴出しやすく、また挽回が利きにくいということである。

今となっては、無敗であることはリスクでもあることを私は知っている。何と言っても、無敗であることの最大のリスクは、弱点が分からないまま、日本ダービーまで来てしまったということだ。武邦彦騎手のレース後のひと言に、そのことは表れている。

「馬にすまないことをしたと思いました。生涯に1度のチャンスを生かしてやれなかったことを詫びましたよ。もし、キタノカチドキがダービーまでに1度でも負けていれば、僕はダービーを勝てていたのではないかと思っているんですよ」

勝たなければならないレースがあるとすれば、負けるべきレースも存在するのだ。武邦彦騎手は美しく勝つことだけではなく、美しく敗れることの大切さも示してくれたのである。

武豊は兄弟子の河内洋を見て覚え、河内洋は武邦彦を手本として育ったとされているように、そのあらゆる美しさの源流は武邦彦騎手である。騎手としての実績では逆転するかもしれないが、あえて言うならば、美しさという点では武邦彦騎手が最も美しい。血がつながっているということではなく、競馬の騎手という世界の中で、武邦彦流の美しい騎乗法や美学は、息子たちや弟弟子たちに脈々と流れ伝わっているのだ。

Photo by fakePlace

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脈々とその血を

Yushun08

今月号の雑誌「優駿」にて、「名馬に魅せられて」という旬の種牡馬特集が組まれている。現役馬と比べて、種牡馬はどうしても上がってしまった馬たちということもあり、これまであまり興味深く読み入ることはなかった。また、サンデーサイレンス全盛期には、その他の種牡馬は泡沫扱いになってしまうため、真剣に引退後の生活をウオッチする気も起きなかった。しかし、昨年は日高の生産馬から多くのG1ホースが出たように、種牡馬においても群雄割拠の状況が生まれつつある。日本馬の血統レベルの向上に伴い、サンデーサイレンスを起点として枝分かれする種牡馬たちは底上げされ、まさに脈々とその血を広げ伝えようとしている。

今回の特集で取り上げられているのは、ゴールドシップ、キズナ、ディープインパクト、オルフェ―ヴル、スクリーンヒーロー、ブラックタイド、ヴィクトワールピサ、ロードカナロア、ダイワメジャーなど、新種牡馬から実績のある種牡馬まで、これからの日本の競馬をさらに進化させるであろう可能性を秘めた馬たちばかり。私が2016年を境にして、日本の競馬におけるシンギュラリティ(のようなもの)が起こるのではないかと書いたのは、彼らの血のポテンシャルにも理由がある。サンデーサイレンスという偉大な種牡馬を得た幸運を、大当たりの一発で終わらせるのではなく、先細りさせることなく、むしろそこから豊かに枝分かれし、葉を茂らせ、大輪を咲かせようとしているのが感じ取れるのだ。

そんな宝石のような種牡馬たちの個性や種牡馬としての仕事ぶりが、実に細かに書かれている。特に、(以前からそうであったが)社台スタリオンステーション事務局の徳武氏の各種牡馬に対するコメントは的確でそのキャラクターを分かりやすく伝えてくれている。たとえばキズナについて、

「普通、お母さんが年をとってから生まれた仔はすぐにわかるのですが、キズナにはそれがない。骨量も、栄養状態も、血統表どおりに素晴らしい。そういうところを見ていると、馬というのは授かり物なんだな、と思います」

ヴィクトワールピサに関しては、

「結果的によりサンデーっぽい馬が出ましたね。ジュエラーの差し脚を見ると、完全にぼくの見方が間違っていた。ともあれ、父寄りではなく、ネオ寄り、おじいさん寄りの馬が出て、タイトルを獲ったのは嬉しい誤算です。今後の光が見えてきました。相馬眼的には馬が良すぎるというか、理想的すぎるので、子供がお父さんより崩れるのではないかという心配があったのですが、それも考えなくてもよかった。ただ、パワータイプもたくさんいるので、そうした馬たちが勝ちあぐねている可能性もありますね」

など、実際に扱っている人の言葉から浮かび上がる種牡馬像が面白い。

そんなことを思っていると、社台スタリオンステーションなどに行きたくなってきてしまった。私が社台スタリオンステーションを最後に訪れたのは、もうかれこれ10年ぐらい前。当時、種牡馬入りしたてのマンハッタンカフェとシンボリクリスエスを間近で見せていただき、その美しさと漂うオーラに圧倒された思い出がある。目の前に立つと分かることも多い。案の定、その2頭は数多くの活躍馬をターフに送り出した。今年の夏は、歴史を塗り替える種牡馬たちに会ってみたい。すでに予定がびっしりと書き込まれた手帳を片手に、私は会えるか会えないか分からない恋人に会いたいと恋焦がれている。

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新しい競馬の未来

Newworld

ラニがケンタッキーダービー、プリークネスS、ベルモントSというアメリカ3冠レースに出走し、9着、5着、3着と健闘した。スキーキャプテンがケンタッキーダービーに挑戦し、レースについて行くことさえできず、真っ白い馬体を泥んこで真っ黒にして戻ってきたシーンが思い浮かび、この20年間における日本競馬の確実な進歩を肌で感じ、じわじわと喜びがこみ上げてくる。ラニだけではない。エイシンヒカリもフランスのイスパーン賞を10馬身差で圧勝し、ロンジンワールドベストホースランキングで世界首位に立った。香港マイルとチャンピオンズマイルを勝ったモーリスもそうだ。

これらの3頭に共通しているのは、サンデーサイレンスの血が入っていることである。ラニは母の父に、エイシンヒカリは父の父に、モーリスは父の母の父に、サンデーサイレンスが鎮座している。これはサンデーサイレンスの血が日本の競馬を席巻したことの現れであり、かつサンデーサイレンスの血を引く馬たちが、その血脈をさらに発展させていることを意味している。世界に通用するする馬たちの体内に、サンデーサイレンスの血が確実に流れていることを偶然と見るか、必然と見るかは、人の解釈によって異なるだろう。私はこうしてサンデーサイレンスの血があらゆる血脈の末端まで及び、新しい血をさらに活性化し、異系の古びてしまっていた血を蘇らせていることに素直に驚いている。

サンデーサイレンスを中心とした血統だけではない。生産や馴致、調教、海外遠征の技術やノウハウが格段に進化している。社台グループが牽引し、その社台に打ち克たんと、日高の競馬関係者たちは走る馬を出そうと切磋琢磨し、社台を超えようと、ひと握りのオーナーブリーダーは独自の手法を貫いて名馬を誕生させている。それぞれの生産者やオーナー、騎手が自らの矜持を賭け、世界中の競馬場で真っ向勝負を繰り広げ、勝利を持ち帰ってきている。彼らの素晴らしいところは、ずっとやってきたことだ。来る日も来る日も、ほんの少しずつではあるが、確実に技術や知識を積み重ねてきた。その継続の結果として、ラニやエイシンヒカリ、モーリス、ドゥラメンテらがいる。

今年、2016年を起点として、日本の競馬におけるシンギュラリティ(技術的特異点)のようなものが起こるのではないかと私は考えている。昨年暮れあたりから、厚くて高くて重かった世界の扉に、ようやく手が掛かったように感じている。あとはこじ開けるだけ。野平祐二騎手とスピードシンボリに始まり、エルコンドルパサーやタイキシャトル、ディープインパクト、シーザリオ、オルフェ―ヴル、ヴィクトワールピサらの挑戦によって、幾度となくその扉は開いたり閉じたりを繰り返してきたが、いよいよ開き放たれるときがすぐそこまで来ている。凱旋門賞だけではなく、ケンタッキーダービーやブリーダーズカップもそう。その扉が完全に開いてしまったあと、何が起こるのか私たちはまだ知らない。世界はもっと近く、ひとつになった、新しい競馬の未来がやって来るのだ、とおぼろげながらも私は想像している。

Photo by 三浦晃一

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R.I.Pカネヒキリ 「怪物であれ」(再掲)

Dubaiwc

カネヒキリが「砂のディープインパクト」と呼ばれていたのが、ずいぶん昔のことのように思える。毛色こそ違え、あのディープインパクトと同世代であり、かつ同一馬主のため勝負服が同じ、そして、ダートで無類の強さを誇ったことから付けられたニックネームであった。あれから6年の歳月が流れ、英雄ディープインパクトは引退し、新しいヒロインが次々と現れては去っていった。その間、カネヒキリは幾度の病や怪我、そして手術を乗り越えて、今でもターフで戦い続けている。今やカネヒキリを「砂のディープインパクト」と形容する者は誰一人としていない。

衝撃的なデビューを飾ったディープインパクトに比べ、カネヒキリは実に平凡に、競走馬としてのキャリアに幕を開けた。芝コースを走った新馬戦が4着、続く芝の未勝利戦でも11着と惨敗。馬主や調教師は頭を抱えたに違いない。とにかくまずひとつ勝たなければ、その先はない。競走馬としてのキャリアを失ってしまうことは、サラブレッドにとって死を意味する。どうやって1勝させるか。陣営による試行錯誤と妥協の末、戦いの場は芝からダートに移された。

カネヒキリは、ダート初戦でいきなり7馬身差の圧勝を飾った。ダート馬としての資質に満ち溢れていたのである。血統的には母父のデピュティミニスターが色濃く出たのだろう。その後、ジャパンダートダービーで初G1レースを勝ったのを皮切りに、3歳にしてJCダートを制し、翌年のフェブラリーSを圧勝すると、世界最高峰のドバイワールドカップにも挑戦し、4着と健闘した。華々しいキャリアと栗毛の明るい馬体に、多くの競馬ファンが魅了された。

実を言うと、カネヒキリは強さを感じさせない馬であった。武豊騎手は常々、カネヒキリについて、「力でねじ伏せるような強さは感じない。強いって感じさせるところが全然ない」と語っていた。この言葉を聞いた時、不思議だなと私は思った。500kgを超える雄大な馬格を誇り、歴戦のダート馬たちを相手に一歩も引かないカネヒキリに、力でねじ伏せるような肉体的な強さが全くないとは。乗った人間にしか分からない、何か別の強さがあるのだろうか。皮肉なことに、この謎が解けたのは、カネヒキリが窮地に追い詰められてからのことであった。

ドバイからの帰国緒戦の帝王賞で2着した後、カネヒキリはサラブレッドにとっては不治の病である屈腱炎を患ってしまった。これまでの道程から見ても、普通の馬ならば引退のケースである。が、哀しいかな、最強のダート馬にとっても、種牡馬への道は開けなかった。そうである以上、カネヒキリにとって残された道はただひとつ。病を背負って走り続けること。当時としては珍しい、臀部の脂肪細胞にある幹細胞を右前脚の腱に移植する手術が施された。カネヒキリは走り続けることでしか、生きることが出来なかったのだ。いや、あの時から、カネヒキリにとって、走ることが、生きる、ということになった。

プロレスラーの小橋健太は、ガンを患って右の腎臓を失ったという。腎臓がひとつしかない小橋にとって、プロレスの全てが悪い。筋肉を鍛え上げると体に老廃物がたまり、腎臓の負担は大きい。それでも、回復のことばかり考えて10年生きるより、1年しか生きられなくてもいい、と迷いなくリングに復帰した。全力で生きる1年を積み重ねていけば、10年、20年と悔いのない人生が続いていく可能性もあるじゃないかと。主治医は「プロレスをするために手術をしたのではない。生きるためにしたのです」と言ったが、試合後には「あなたには、リングに上がることが、生きる、ということなんですね」と分かってもらえたという。

「プロレスラーは怪物であれ」とは、小橋健太の師匠であるジャイアント馬場の言葉である。その意味が、最大のライバルである病と闘うようになった今、身に染みて分かるようになったという。小橋健太にとってもカネヒキリにとっても、生きることが目的なのではなく、闘うことが生きるということなのだ。彼らの身体のコンディションは、かつての全盛期のそれにはない。思うように身体が動かないこともあるだろう。それでも、彼らが全盛期の強さを保ち続けているのは、精神的な強さを失っていないばかりか、前にもまして強い気持ちを抱くようになったからである。屈腱炎だけではなく、骨折さえも克服してしまったカネヒキリが私たちに見せてくれているのは、レースではなく、生き方なのである。だからこそ、私はカネヒキリのことを未来に語り継ぎたいと思う。

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競馬があったから生きてこられた

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競馬を始めた頃は、馬券が外れてはふて寝をしていた。悔しくて仕方なく、自分の感情を抑えることができず、ただ眠りに落ちるのを待つしかなかった。ときには胃液が逆流しそうになるほどの苦しみを味わうこともあったし、しばらくの間、言葉が発せなくなるほど動揺することもあった。ちょうど全能感に溢れていた年頃でもあり、こちらが激しく思えば思うほど、馬券が外れたときの反動もそれだけ激しかった。たまに馬券が当たって有頂天になることもあるが、ほとんどはそうではなく、世の中と自分との間にある溝の大きさに絶望していた。競馬を始めて以来、週末になると、私は奈落の底に突き落とされ、一週間かけて再びはい上がる。そんなことを繰り返して、すでに20年以上が経ってしまった。

良かったと思えることは、自分が傷つけられることにたいそう慣れたことだ。毎週末、自分の考えが間違っていることを知らされ、思い込みを指摘され、現実は自分の思っているとおりにはならないことを叩きこまれる。本気で想えば思うほど、傷つけられるのだ。傷つけられるという表現では生やさしく、私の実感としては、ときに殺される。傷つけられ、自分を殺され、もうそんなことさっさとやめてしまえば良いのに、やめるという選択肢はなかった。やめるのは生きるのをやめることに近いから。何度傷つけられ、何度殺されても、何度でも立ち上がって、とにかく生きる。20年もこんなことをしていると、慣れるのだ。

競馬以外のことで、多少の苦しいことや辛いことがあって、傷つけられ、殺されそうになっても、耐えられるようになった。私は氷河期世代の真っ只中に社会に出たが、世の中で思い通りに行かないことが多くても、そんなものだと受け取れるようになった。どれだけ激しい苦難が襲ってきても、しばらく静かに眠っていたら悲しい感情は少しずつ薄れていくと悟れるようになった。自分の負の感情をある程度はコントロールできるようになった。そして同時に、いつかは上手く行くチャンスが巡ってくるかもしれないと微かな希望を心のどこかで抱くことができるようになった。こんなときは競馬をやっていて良かったと思えた。競馬がひ弱な私を鍛えてくれたのだ。競馬があったから生きてこられた。

ところが最近は、傷つけられることに慣れ過ぎてしまっている気もする。昔であれば寝込んでも不思議ではないようなことでも、深く私の身体には入り込んでこない。あの頃のような感情の起伏がないのだ。いい歳をして傷つけられるなんてみっともないと思っているからなのか、激しく傷つけられないように期待値をあらかじめ下げているのかもしれない。競馬に鍛えられた私は、麻痺して鈍感になってしまったのか。それはそれで悲しい。もしかすると今の私に必要なのは、激しく思い、激しく負けることなのかもしれない。高松宮記念の日、久しぶりに人生において激しく傷つけられ、あとからレースを見てみるとアルビアーノが敗れていた。それでも私は負けないで生きていこうと思う。

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ゴールドシップは本当にゴールドシップだったのか?

Goldship02

ゴールドシップが引退式を行った昨年暮れの有馬記念から、もうすでに2か月以上が経ったにもかかわらず、競馬関連の雑誌やインターネットには彼の名前や姿に溢れている。アーティストが亡くなってから讃えられるのとはまた違って、ゴールドシップという存在が競馬ファンからどれだけ純粋に愛されていたかを物語っている。私にとってゴールドシップは現役時代に応援する馬の1頭でしかなかったが、なぜか今になって、彼の偉大さが分かり、そしてその血に秘めたドラマを知ったことで、彼のことが頭から離れなくなってしまった。もうゴールドシップの勇姿をターフで見ることはできないが、彼の血やこれから彼が残すであろう後継者たちを通し、彼のことを改めて好きになりたいと思う。

血に秘めたドラマとは、今月号の「優駿」で語られていたスイートフラッグのことである。下総御料牧場が生産した同馬を和田共弘氏が購入し、野平祐二騎手が騎乗した。野平祐二騎手のファンであった小林英一氏は、彼の乗るスイートフラッグに心を奪われ、将来馬主になったときにはこの馬の系統を持ちたいと心に誓ったそうである。


「野平の祐ちゃんの騎乗に、これから競馬は変わるのではないか、と可能性を感じたわけですよ。競馬から離れられなくなったのは、あの人のせいじゃないかと思うんですよね。だから63年も続けてきたわけです」

小林英一オーナーが野平祐二騎手のファンであったことに驚き、スイートフラッグの系統を探して見つけたパストラリズムにメジロマックイーンを配合し、そこにステイゴールドの血が入ったことで飛び出してきたのがゴールドシップだったことにまた驚愕した。もとを辿ってゆくと、ゴールドシップは野平祐二騎手から生まれた馬であったのだ。名馬は生産者の第6感のひらめきから誕生するものだが、まさか野平祐二騎手がそのきっかけとなっていたとは思いも寄らなかった。それを知ってからは、ゴールドシップがまた違ったゴールドシップに見えるようになった。

ゴールドシップは本当に私たちが思うゴールドシップだったのだろうか。引退後の彼の黒い瞳や愛らしい仕草を見るにつけ、私たちが彼に抱いていた凶暴で気難しくて、人間の言うことを聞こうとしない我がままな馬というイメージとは対極にある、頭が良くて、大人しくてユーモアに溢れる優しい馬ではなかったのかと思えてならない。ゲートでいきなり立ち上がったり、全く本気で走ろうとしなかったり、ジョッキーを振り落そうとしたりと、横暴に映った行動にも彼なりの意味や理由があって、それを私たちが理解できなかったのだろう。おそらく彼は、これから私たちの期待を超えた子どもたちをターフに送り込んでくるはず。なぜなら、ゴールドシップは本当は私たちの知っているゴールドシップではなかったからである。

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藤田菜七子という原石

Nanako_2藤田菜七子騎手が中央競馬でデビューした3月5日(土)の第2レース、直線で馬群に沈んだかと思わせて、最後に伸びてきて2着を確保したシーンを見て、なぜか目頭が熱くなった。たとえば女子マラソンのゴールシーンで泣けてきたり、(なぜか男性ではなく)女性がひたむきに何かに取り組んでいる姿を見ると、胸が熱くなってしまう。正直に言って、今の彼女は騎乗技術云々を言うレベルにはない。しかし、長い目で見てサポートしていけば必ず洗練されていくはず、と思わせる何かを持っている。それは今まで中央競馬でデビューした女性騎手にはなかった何かである。

女性だからといって祭り上げるのは愚の骨頂だが、藤田七菜子騎手には、かつての武豊騎手がそうであったように、人気は追い風にしつつ、その裏では騎手としての自分を高めていってもらいたい。最後に評価されるのは、騎手としての技量であり、その在りようである。そこを求める気持ちがあれば、これから先、大きなスキャンダルが待ち受けているとしても、世間から見放されたとしても、騎手として生きていけるだろう。巧ければ何をやってもいいということではないが、騎手として立つことができていれば、過去はすべて笑い話になる。

こんなことを書くと怒られるだろうが、潰される人、潰れてしまう人はもともとその世界に向いていなかったのだ。私もいろいろな世界を見て来たけど、結局、トップに立ち続けている人はそうあるべき人であった。才能はあったけど運や環境が悪かったよね、なんていう人は実は才能しかなかったのだ。才能なんてものは、多かれ少なかれ、誰しも持っている。それを最後まであきらめることなく、磨き続けることができるかどうかが、最後には問われる。自分がこうと決めた好きなことをやり続ける。もしそういう野心や情熱を持ち続けられないならば、華のように散っていくしかない。

藤田菜七子騎手の「週刊Gallop」におけるインタビューや競馬場での立ち振る舞いを見ていると、本能的にそれが分かっているのではないかと感じた。彼女は馬に乗ることが好きなのだろう。馬に乗ることを楽しんでいる。騎乗技術はあとからついてくる。周りの関係者たちは、この先何があっても、彼女がずぶとく明るく騎手生活を送れるようにサポートしてもらいたいし、そのためにも藤田菜七子騎手にはひたむきに騎手としての己を磨きあげていってもらいたい。ひさしぶりに楽しみな女性騎手が中央競馬に誕生した。その笑顔を見続けるためにも、大きな期待を込めつつ温かい心で見守りたい。

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ルメール騎手とデムーロ騎手の対談を読んで

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「クリストフ・ルメール×ミルコ・デムーロ 外国人JRAジョッキー対談」を先々週号の週刊『Gallop』にて読んだ。この2人の対談は、つい最近、雑誌『Number』でも読んだことがあり、それはそれで興味深かったが、今回はホスト役を合田直弘氏が務めていることもあってか、より奥深く、多岐にわたった内容となっており、とても読み応えがあった。海外の競馬だけではなく、日本の競馬をも知り尽くした2人による語りの中には、世界から見た日本、日本から見た世界の競馬という視点が交錯している。そのダイナミックさこそが、ルメール騎手が対談中で言う、「競馬はインターナショナルビジネス」ということなのだろう。

まず2人の昨年の成績が素晴らしい。ルメール騎手は昨年、年間112勝を挙げて、勝率0.195という数字で最高勝率騎手に輝いた。2002年の武豊騎手の勝率0.291と比べると大きな違いはあるが(当時の武豊騎手の独占ぶりが良く分かる)、これだけジョッキー間の競争が激化している中でおよそ2割に近い勝率、3割5分の連対率を叩き出したことは驚異的である。ルメール騎手の巧さは、騎乗馬の能力がそのレースや展開の中で最も発揮されやすいポイントにはまり込むことができること。勝つか負けるかという競馬ではなく、その馬にとって100%の競馬をする。その結果がたとえ2着であったとしても(勝てなかったとしても)、関係者は納得し満足するし、それもジョッキーの巧さのひとつなのである。

デムーロ騎手は年間で28億円を超える賞金を獲得し、最多賞金獲得騎手になった。欧州では勝利数よりも賞金のランキングが最も評価される傾向にあるため、デムーロ騎手としては最高の栄誉と感じているのではないだろうか。競馬がG1レースを頂点としたピラミッド型の競走体型になっている以上、最も数多く勝った騎手よりも、大きなレースを勝つ馬に乗って勝利したジョッキーが評価されるのは当然のことだろう。調教師のランキングにも同じことが言えるが、獲得賞金順に並びを替えることで、本当の勝者が見えてくるし、また勝ち星を稼ぐための出走ラッシュも少なくなるかもしれない。デムーロ騎手の凄さは言うまでもなく、勝ちに行く競馬をして勝利できること。その勝利は彼の騎乗技術や知識、経験や感性に支えられている。

そのデムーロ騎手が「ボクはクリストフと一緒に競馬に乗るのが怖い」と語るのは本音だろう。なぜなら、勝ちに行ったデムーロ騎手の足下をすくえるのは、我慢したルメール騎手だからである。勝ちに行く競馬は、もちろんいつも成功するわけではなく、裏目に出てしまうこともある。そんなときに虎視眈々とチャンスを狙って、生かせるのはルメール騎手なのである。今年も勝ちに行くデムーロ騎手、その力を利用して足下をすくうルメール騎手というレースは数多く見られるのではないだろうか。

最後に、日本の若い騎手にはチャンスが多いという話には、私たちの認識を改めざるを得ないと感じた。JRAの若手騎手は、海外や地方から有力なジョッキーたちが参入する中で、土曜日と日曜日にしか競馬が開催されておらず、チャンスのある馬に乗る機会が少ないと考えていたが、そうではないのだ。欧州の方が日本よりも乗るチャンスは少ないという。たしかに言われてみれば、1レースの頭数は6、7頭と少ないため、リーディング上位のジョッキーたちが乗ってしまえば、若手は1日1鞍がやっとになる。若手がそこからはい上がっていくのは、日本人の騎手以上に欧州の方が難しい。それは騎乗機会が増えれば若手が伸びるという話でもないということである。技術を磨くのであれば調教を頑張るべきだし、何よりも2人が強調するのは海外に出ていくということ。

「なかなか海外に出ても競馬に乗るチャンスは少ないかもしれないですけど、そこで見たこと、聞いたことは、必ず自分の中に吸収されます。それを持って帰って日本で乗れば、全然違ってきますよ」(ルメール騎手)

「ボクは17歳のときに米国に行きました。レースにも乗せてもらえましたし、その経験を持ってイタリアに帰ると、乗り方も全然違ってきましたね。3年前に英国に行ったときも凄く勉強になったし、2年前にフランスに行ったときも、香港に行ったときもそうです」(デムーロ騎手)

簡単に言ってしまえば、広い視野を持って、学んで、経験し、吸収するということ。分かっていても、日常に埋没してしまい、半径5メートルぐらいのことしか知らない私たちには耳の痛い話である。そういう視点でいうと、欧州だけではなく世界中の国々から、トップジョッキーたちが来日して騎乗する機会が多くなった現在の日本の競馬は、パイが減ったとかそういうケチ臭い話ではなく、若手ジョッキーからベテランにとっても学ぶ機会が増えてというとであろう。世界は広いのである。それは物理的な世界という意味でもあるし、私たちが極めたいと願う世界もまた広いのだ。

Taidan02


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縮こまることなんてない。

先週は東京新聞杯の最後の直線における落馬事故について、「遅すぎてはいけない」、「譲り合いは観たくない」という2つのエントリーを書いた。岩田康誠騎手は個人的にとても好きなジョッキーであり、今年に入ってから特に精彩を欠いていることを知りつつも、敢えて厳しい書き方をしたつもりである。決して批判をしたかったわけではなく、岩田騎手らしくない中途半端な騎乗が事故を招く遠因となった面もあると伝えたかった。これまでの岩田騎手であれば迷いなく抜け出したはずのところを、なぜタイミングを逸してしまったのか、もしかしたら後進に道を譲ったのではと訝しがってもみた。

しかし昨日、敬愛してやまない安藤勝己元騎手のツイートを読んで、私は胸が締めつけられたように感じた。

Ankatsutweet

安藤勝己騎手らしい、岩田康誠騎手に対する温かい言葉。同じく地方の競馬場からはい上がってきた騎手同士だから分かる、今の岩田騎手の心情や状況を察した上で、「先週の岩田は悪くない」、「縮こまることなんてない」とエールを送ったのである。この発言によって、安藤騎手に矛先が向くこともあることも覚悟した上であろう。この種の問題に触れると、ほぼ確実に、パトロール映像の審議委員会メンバーが独自の解釈を振りかざし、絶対安全神話論者が登場し、岩田騎手を脊髄反射的に叩く輩が現れる。正解はない世界に一歩足を踏み入れようものなら、不毛な論争に巻き込まれる。それでも、安藤勝己騎手は勇気を持って己の信じるところをツイートしたのである。

それに比べて、私はどうだったのか。「遅すぎてはいけない」や「譲り合いは観たくない」とネガティヴな駄文を書き連ね、彼らを励ますことをしなかった。言葉の裏には、岩田騎手らしくない、もっと思い切り乗ってもらいたいというニュアンスを込めたつもりだが、表向きにはそうではなかった。このブログを始めてから、20年近くにわたって、競馬の世界を盛り上げたいと思って書いてきたにもかかわらず、先週のエントリーはあんまりにも情けない。そんなこと書いて、誰がいったい喜ぶのだろうか。誰に何が伝わるというのか。安藤勝已騎手と同じように、岩田騎手は悪くない、縮こまることなんてないと私も素直に書くべきだったのだ。

最近のニュースや報道を見るにつけ、批判されるべき対象とそうではないものとの区別がないことに驚く。世間が悪いと決めた者を正義の名の下に徹底的に叩く。私もそんな時代の風に流されてしまっていたのだろうか。自分の頭で考えて、正しいものとそうではないものをしっかりと見極め、できるだけ人を励ますような、褒めるような、盛り立てるような文章を私は書きたい。「オレからすればまだ41歳。縮こまることなんてない」という安藤勝己騎手のひと言に、私は救われた。私ももうすぐ41歳、まだまだ縮こまることなんてない。

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譲り合いは観たくない。

東京新聞杯の落馬事故について、先日、「遅すぎてはいけない」というエントリーを書いた。何でもかんでも、慎重に安全を期して乗ってしまうと、かえって危険になるという主旨である。どこまでが危険で、どこからがそうではないのか、外から見ただけでは分かり得ないことは多く、当事者たちにしか察することのできないこともあるとは百も承知である。それでも私たち競馬ファンは、ある程度の知識や見解を持っていることで、競馬のレースにおいて騎手と馬たちが鎬を削る、ギリギリの闘いの凄さを深く知ることができる。今は誰もがパトロール映像を見ることができ、立体的に競馬の醍醐味を楽しむことができるのだ。

エントリーを書いたあとに、さらに何度もパトロール映像を見返してみると(ほとんど趣味に近い)、私の中に新たな見解が浮かび上がってきた。なぜ勝ち馬の直後にいて、手応えが抜群だった岩田康誠騎手が、抜け出すスペースがあったにもかかわらず、待ってしまったのか。私は岩田騎手の動作を表面的に見て、周囲の状況を鑑みて安全を期することに意識が行ってしまい、躊躇してしまったと考えた。結果的には、その一瞬の判断の遅れが渋滞を呼び起こし、浜中騎手が落馬をするという大事故につながってしまった。だから遅すぎるといけないと書いたのである。

しかし、そうではなかったのかもしれない。直線に向いてから、1度目の左後方確認をしたとき、それは岩田騎手による安全確認のためではなく、後ろから浜中騎手の声が聞こえたからであろう。「岩田さん、内を開けてください!」といった内容の大きな声が左後ろから聞こえ、岩田騎手はその声が浜中騎手のものであることを知り、しかも1番人気の馬に乗っていることも知っているからこそ、内を譲ろうとしたのではないだろうか。そう考えるとしっくりくる。あれだけのスローペースを内で追走し、2番手で直線を向いて、隊列的にもあそこで抜け出せば勝てる。先に抜けた者勝ちであり、普通に考えれば、抜け出さない理由はない。つまり、抜け出さなかったのではなく、抜け出せなかったのでもなく、譲ろうとしたのである。

自身は浜中騎手が抜けた後を追う形で抜け出せば、連対は確保できる。6番人気で2着ならば上々であろう。ところが、ダッシングブレイズが思いの外、スパッと切れずに抜け出すのに時間が掛かっていたところを、外から寄られたことにより、エキストラエンドが少し内に押し込められ、内の進路が狭くなってしまったということである。かつての岩田騎手であれば、自分がどれだけ人気のない馬に乗っていても、がむしゃらに勝ちに行っていたし、今回のように譲ってしまって、みすみす勝ちを逃すこともなかったはずだ。

私は安全や危険という観点で見てしまっていたが、実は勝ちを可愛い後輩に譲ろうとしたということであれば、それはそれでつまらない。M・デムーロ騎手やC・スミヨン騎手ならば、迷うことなく抜けていたであろう。人馬が無事に回ってくることを何よりも願うが、安全がいつの間にか勝ち星の譲り合いにすり替わり、エキサイティングな競馬が観られなくなってしまうことを私は願わない。

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遅すぎてはいけない。

東京新聞杯の最後の直線にて、浜中俊騎手が乗ったダッシングブレイズが内ラチに接触し、人馬ともにターフに放り出された。浜中騎手は内柵を乗り越える形になり、4箇所の骨折と脳震とうで戦線離脱となってしまった。今回の落馬事故の直接の原因は、浜中騎手が狭いスペースにダッシングブレイズを通そうとしたことだが、なぜ前が詰まったのかと遠因を辿っていくと、岩田康誠騎手が待ちすぎて渋滞を引き起こしてしまったこと、さらにスマートレイアーが直線で左右にふらついたことに行き着く。

スマートレイアーについては、吉田隼人騎手が初騎乗であり、馬の癖を掴み切れていなかったためか、もしくは逃げる形になり、先頭で府中の長い直線に向いたことに馬が戸惑ったのか分からないが、直線に向いたところでまず右に大きくよれた。それを修正するために、吉田騎手が右ムチを入れると、それに敏感に反応し今度は左によれた。直後にいた騎手たちから見ると、どちらが開くのか(安全なのか)、次の予測が難しい動きであったように見える。

すぐ後ろにいたのが岩田騎手であった。彼はあの事故以来、ずいぶんと周りに気を遣いながら、目に見えるぐらいに慎重に馬込みを捌くようになった。今回も騎乗馬エキストラエンドの手応えが抜群で、いつでも抜け出せる勢いであったにもかかわらず、ひと呼吸置いて、左後ろを確認する作業までしている。本当は、今回に限っては、スマートレイアーが外(右)によれた瞬間に、迷うことなくその内を抜ければ、安全に勝つことができたはずなのである。かつての岩田騎手ならば、そうしていただろうし、そういった瞬時の判断と行動に極めて優れていた。

そうすることなく、周りの状況を見渡した上で、慎重に後方の確認までしている間に、スマートレイアーが内(左)にササってきて、今度はエキストラエンド自身の抜け出すスペースがなくなってしまった。外の馬たちからも圧力を受けて、エキストラエンドがやや内に押し込められたタイミングと浜中騎手が狭いスペースを突いたそれが運悪く重なったことで、アクシデントは起こった。今回に限っては、岩田騎手が先に抜け出さなかったことが渋滞を巻き起こしてしまったとも言える。

みだりに進路を変えたり、狭いスペースに突っ込んだりすることは確かに危険だが、それ以上に、実は動きや判断が遅いことの方が危ないのである。脚がある馬よりも、脚がない馬の方が危ない。上がっていく馬よりも、下がってくる馬や遅い馬の方が危ない。危険をギリギリで避けてスパッと動く騎手よりも、慎重すぎて何もできずにチンタラしている騎手の方が実は危ないのである。

たとえば、人ごみの中を歩くと分かるだろう。私は歩くのが速い方なので、人と人の間を縫うように抜けていくが、その中で危ないと感じるのは、流れに沿わずにゆっくりと歩いている人もしくは突然立ち止まる人である。良い悪いの問題ではなく、危ないか危なくないかの問題。ものすごく渋滞が起こっていて、誰もが前の人にぶつかりそうに、歩きにくそうに歩いているその先を見ると、そこには必ずものすごく遅く歩いている2人か3人組がいる。街中を歩くことと競馬のレースは違うところもあるが、つまり行くときにはスパッと行くことも大切だし、脚がなくなった馬をきれいに下げていくのもまた技術なのである。

こういう話をすると、必ずと言ってよいほど、人や馬の命がかかっているんですよと批判を受けることもあるが、絶対的な安全などあり得ないと私は思う。その考えを突き詰めていくと、競馬などやらない方が良いという結論になってしまうし、やるとしてもセパレートコースで行う方が安全ということになる。そうではない競走をしているのだから、危険と安全は常に隣り合わせであり、何が安全で何が危険か、どのようにすればより危険で、より安全なのかを知った上で、私たちは競馬やジョッキーたちを盛り上げていくべきなのだ。

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春のクラシック戦線を占う(牡馬編)

Classicspring

続いて、牡馬クラシック戦線を占いたい。今年は誰がどう見ても混戦であり、団栗の背比べというよりは、極めてハイレベルな争いになりそうだ。その理由のひとつとして、ディープインパクト産駒の素質馬が早い段階から軌道に乗り始めてきているということが挙げられる。サトノダイヤモンドやハートレー、マカヒキ、ロイカバード、プロディガルサン、何が大きく変わったということはないのだが、生産や育成、調教の過程における少しずつの改善を経て、ディープインパクト産駒が続々と花開いたということだろう。それに対して、キングカメハメハも昨年に続いて大物を出し、まさに両者とも一歩もあとに引かないという白熱した状況だ。

その中でも、ディープインパクト産駒のサトノダイヤモンドを今年の横綱として考えている。2戦2勝の戦績や圧巻の勝ち方を見るだけでも、この馬の強さは伝わってくるが、私の個人的に評価しているのは、その馬体であり顔であり身体の使い方である。この馬の馬体は誰が見ても最高品質のものであり、これまでのディープインパクト産駒の中でも最も伸びがあって、ゆったりとした造りであり、その意味ではディープインパクト産駒らしくない馬体である。顔つきには気品が溢れており、彼の肉体のバランスの良さがそのまま顔にも凝縮されている。ただ単なるグッドルッキングホースでなはく、実際に走らせてみても力強い走りをする。特筆すべきは、しっかりと上体を起こして(胸を張って)走れるという点だろう。サクラローレルがこういうフォームで走っていたことを思い出す。距離が延びてさらに良さが出るだろうし、騎手も乗りやすいタイプである。この馬が未来のダービー馬である。

朝日杯フューチュリティSを勝ったリオンディーズも、超がつく大物であることは間違いない。スローペースをほぼ最後方から差し切った朝日杯FSの勝ち方は尋常ではなかったし、2着のエアスピネルもかなり良い馬ではあるが、格の違いを感じさせるものであった。しかも、あの時点において、馬体は幼く、成長途上であったことが末恐ろしい。エアスピネルの完成度の高さに対して、リオンディーズはまだ半分ぐらいの成長の余地を残したままの馬体で勝利してしまったのだ。母父スペシャルウィークであるからスタミナは豊富であり、父シンボリクリスの兄エピファネイアがジャパンカップを勝ったのだから、この馬はさらに距離が延びても大丈夫であろう。兄と違って折り合いに苦労するような面も今のところ見られないし、レースを勝ちながら、道中でリラックスして走ることを教えていることも素晴らしい。とはいえ、いつまでも後ろから行って外を回すような競馬は通用しないので、どのあたりから勝つための競馬を始めるかが難しい。その切り替えが上手く運べれば、サトノダイヤモンドの上にくるだけの器である。

ホープフルSを勝ったハートレーは、上記の2頭に比べると、小粒というか器が小さい印象を受ける。ディープインパクト産駒特有の脚の速さやバネの強さが武器であり、はまると強い競馬ができる反面、真っ向勝負になるとやや不安が残る。相手の隙を突いて、一気に差し切るような奇襲が合っているが、どこまでその戦法が通用するだろうか。乗り方が難しい馬であり、騎手の選択がこの馬の命運を分けるかもしれない。それ以外の馬たちもレベルは高いのだが、何だかんだ言っても上の3頭は強いだろう。この馬たちが順調にクラシック戦線を歩むことができれば、1冠ずつを分け合うかもしれないし、もしくはどの馬かが3冠を独占するかもしれない。そんな想像をするだけで、今年もまた1年生きていけるという幸せな気持ちになる。

もう1頭、伏兵といおうか、現時点の完成度では上記3頭に劣るが、将来が楽しみな1頭を挙げておくとメートルダールである。初戦はもっさりとしていて3着に敗れたが、少しずつレースというものを覚えてきて、身体に気持ちがついてきて2連勝を挙げると、前走の京成杯では後方から猛烈に追い込んで3着に入った。上位2頭よりも、私にとっては、強い印象を残したレースであり、その素質の片鱗を垣間見た気がした。血統的には奥手のステイヤーだろうから、夏以降かまたは来年の春あたりに本格化するとしても、春のクラシック戦線でもある程度のところまでは食い込んでくるかもしれない。イメージが似ているのは同じ戸田厩舎のフェノーメノである。

Photo by M.H

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ダイワスカーレットが蘇る

今年のクラシックレースを勝つような馬は少なくとも昨年度にデビューして勝っている、という前提に立って、今年のクラシック戦線を占ってみたい。3月にもなれば前哨戦が終わり、ほぼ明確に勢力図が見えてくるのだが、それから占ってみても、それはほぼ予想に近い。おぼろげながらも見えている地図を片手に、期待と妄想を膨らませながら、未来に先回りしてみるとことが面白いのだ。

私の過去の実績から言うと、ロジユニヴァースが札幌2歳Sを勝ったときに横山典弘騎手がダービージョッキーになることを予言し、ディープブリランテの東京スポーツ杯2歳Sの走りを見て日本ダービー馬であることを宣言したことがある。牡馬は日本ダービー、牝馬は桜花賞を勝つような馬は、やはり2歳の時点できらりと輝く特別な素質を見せていることが多く、飛び抜けて強い部分がある。あとは本番まで順調に行くかどうか、いや、本番に間に合うかどうかは運次第。

まずは牝馬から占いたいところだが、今年に関してはメジャーエンブレムという怪物がいるので、他の牝馬が霞んで映る。メジャーエンブレムは暮れの阪神ジュベナイルFで本命に推し、その期待以上の走りを見せてくれた。その走りがあのダイワスカーレットと重なったのは私だけではないはず。ダイワスカーレットの兄ダイワメジャーの仔なのだから、似ていてなんの不思議もないのだが、それにしてもダイワスカーレットが再びターフに蘇ったような不思議な感覚にとらわれた。

恥ずかしながら、私は当時、ダイワスカーレットの強さが分からなかった。ウオッカの強さは知っていたつもりだが、ダイワスカーレットのそれは最後の最後まで分からなかった。どれぐらい分からなかったかというと、桜花賞でウオッカを負かしたときも、秋華賞やエリザベス女王杯を逃げ切ったときも、有馬記念で2着したときも、スローの展開に恵まれたものとして片づけてしまっていた。ダイワスカーレットは私が大好きなウオッカよりも強いかもと感じたのは、天皇賞秋でウオッカの2着に粘ったレースであり、ラストランとなった有馬記念でダイワスカーレットの尋常なる強さをはっきりと悟ったのだ。それぐらい最後まで、私には彼女の内に秘めたサラブレッドとしての凄みが分からなかった。

名馬の凄さが分からなかったという悔いはいつまでも引きずるものであるが、だからこそメジャーエンブレムの強さを肌で感じることができたのかもしれない。一般論でいうと、ダイワメジャーの産駒は脚元が丈夫な馬が多く、調教でも必要な負荷を掛けることができ、しかも仕上がりが早い。また、馬体が大きく出る傾向にあるため、特に若い牝馬としては、(たとえばステイゴールドやディープインパクト産駒の牝馬にあるような)カイバをしっかり食べられるかどうかという心配や不安の種がほとんどないのが心強い。ダイワメジャー産駒の2歳牝馬戦線における安定した強さは、これからも続くはずで、メジャーエンブレムについては何よりも搭載されているエンジンが凄い。府中2400mの距離も全く心配なく、牝馬3冠を狙える馬であることは間違いない。

メジャーエンブレムの影を一瞬でも踏むことができるとすれば、シンザン記念で2着したジュエラーであろうか。この馬の末脚の切れは3歳牝馬離れしており、例年であればクラシックの有力候補の1頭、もしくは1つぐらいタイトルが獲れるかもしれない器である。それでもメジャーエンブレムと比べてしまうと、気性面での危うさがある。燃えすぎてしまったり、気難しさもあったり、もたれて走ってしまったりと騎手にとっては乗り難しい馬である。爆発力という1点だけをとればメジャーエンブレムに匹敵するが、総合力では大きくビハインドを負っている。この2頭の間にある見えない力差は実はかなり大きい。

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ONCE AGAIN

Tensai

今週号の週刊Gallopにて、新春恒例の武豊騎手のロングインタビュー「武豊 希求の‘16」を読んだ。昨年は前人未到のJRA通算3700勝、JRA重賞300勝、6年ぶりとなるJRA年間100勝、8年ぶりの海外G1制覇を成し遂げ、今年はいよいよ武豊騎手がデビューして30年の節目となる。あどけなさが残る長身の若手ジョッキーがスーパークリークで菊花賞を制してから、もうそんなにも長い歳月が経ったのかと思うと感慨深く、見開きの扉に写る武豊騎手の姿には、今の日本の競馬を背負ってきた男の生き様が現れている。

光り輝く才能を天才と祭り上げるのは簡単だが、その者が常にトップであり続けることは難しく、第一線で活躍し続けることさえ困難である。それは勝負の世界における倒木更新の掟でもあり、少しでも調子を崩したり、衰えを見せたりすれば、あっと言う間に堕ちてしまうことになる。そういう意味においては、時や時代の試練に耐えて、最後まで残っていた者こそが天才と称されるべきではないのだろうか。

武豊 「よく人からも言われるんだけど、『もういいかな』というのがないですね。これ去年も一昨年も言ってますよね。いつそうなる(意欲が衰える)んだろ(笑)。だから年を取らないし、1年が早いわけだわ。去年の冬にイチローと食事をしたんだけど、彼も全く同じことを言うんですよ」

今回のロングインタビューと並行して、「羽生善治 戦う頭脳」(文藝春秋)をたまたま読んでいて、こうして表舞台に立ち続けた天才には共通する何かがあると私は感じた。羽生善治氏について、同じく棋士である島朗氏が書いた「乱調の中に美を探る天才」という評論の中に、羽生善治の底知れぬ体力について言及する文章がある。長くなるが、身震いをせざるをえなかった箇所があるので引用させてもらいたい。

この春の名人戦、相手は小学生の頃からのライバル、森内俊之名人(当時)だったが、決着局となった対局は千日手(引き分け)、即、再対局となり、終了は深夜の一時半を超えていた。それから2局分の感想と解説で、時刻はもう3時過ぎ。相模灘に面した、熱海の朝日が東から上ろうとしていた。

報道陣の多くが居眠りをしている中、2日間戦いきったにもかかわらず羽生は、将棋を覚えたての子どものように、眼をらんらんと輝かせて未開の局面を調べ続ける。ふだん、周囲への配慮を欠かさない彼が、唯一、時間という概念を忘れる至福のひととき。自分の納得いく見識をこの局面に植えつける作業に、研究者が没頭しきっている姿がそこにある。高揚を感じ、一期一会の局面の軌跡を勝負のごとに繰り返す。そんな幸せな時間があっていいのだろうか…。

体力に自信のある森内でさえ、ふと目の前の羽生を見て(まさか徹夜で感想戦をやる気じゃないんだろうな…)と思ったという。同世代の強力なライバルたちが畏れるのは、羽生の頭脳もさることながらそこに根づく体力(スポーツにおける体力とは異なる、盤に向かい、考え続ける根気を伴った体力。数百手、時間をかけて読んだ蓄積を、相手の予想しない1手ですべて無駄にしたあとに、また1から読み進めていく集中力のすばやい回復)でもある。

この秋の王座戦では、70年生まれの羽生が初めてひと回り年下の新鋭、渡辺明5段の挑戦を受けた。劣勢を予想された渡辺は実によく戦い、あと1勝でタイトル奪取というところまで羽生を追い詰め、さらにその将棋も優勢に進めていた。しかしわずかの遺漏から羽生に千日手に持ち込まれてしまう。

夜間の指し直し、通常であれば条件は若者に有利と思われがちだが、棋士の認識は違っていた。谷川浩司王位言うところの「タイトル戦を戦ううちに、体力がついてくる」のである。緊張の中にもゆとりある瞬間を見せながら羽生は制勝し、指し直し局の開始から4時間後(当然ながら、深夜と言われる時間帯になっていた)に羽生はいつものように楽しげに感想戦を行い、渡辺もまたあの時の森内と同じように、羽生よりも少しだけ疲れていた。そしてその「少し」が思考の消極性、読みの効率・判断の悪さにつながる。精悍な森内も、若い渡辺も、指し直し局に関しては、はっきり体力負けの兆候があった。

ここで言う体力を、そのまま武豊騎手やイチローに当てはめるわけではなく、また気力や根気という言葉と置き換えるつもりもない。ただ、もし天才という者がいるとしたら、こうした底知れぬ体力を持った人間のことを言うのではないだろうか。努力する天才、勇気と意志を継続する天才、柔軟な思考を持つ天才。それは他の者と比べて少しの違いなのかもしれないし、また一瞬のものではなく、長く静かに光るたぐいのものであろう。どれだけ厳しい状況に置かれても、あきらめずに楽しめる力がある者こそが最後に天才になるのである。

武豊騎手は、インタビューの中で自分に言い聞かせるように語っていた。

「ジョッキーは、いいも悪いも自分。いい馬に乗っていないというジョッキーもいるけど、いい馬に乗っていないのは自分がそうさせているんだと思う。アイツはいい馬に乗っているというのは、いい馬の騎乗を頼まれるだけのことをしているから。成績は、自分の頑張り次第。だから、もっと頑張りたい」

Photo by 菅原秀彦

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あの日、彼らと共に走った

1998年11月1日、この日付だけを見てピンと来た方もいるだろう。サイレンススズカの命日である。この日に行われた天皇賞秋において、私はサイレンススズカの単勝馬券を買って観戦した。オッズが1.2倍だったので買うべきかどうか迷ったが、サイレンススズカと一緒に走りたかったので買った。毎日王冠の美しい逃げ切りを現地で観て、もう1度あの滑らかな背中を味わいたいと思ったのだ。私の興味はサイレンススズカが勝つかどうかということよりも、どれだけ離して勝つかという点にあった気がする。

パドックから返し馬に至るまで、私はサイレンスズカを見続けた。文句を付けようがないほどの出来にあったのか、サイレンススズカの周りには常に笑顔が溢れていたし、幸せのオーラが発せられていた。武豊騎手もその背にいることの幸せを噛み締めているようであった。まさかわずか数分後に、あのような結末を迎えてしまうとは誰が想像しただろうか。第118回天皇賞秋は、美しく幸せに満ちて終わるはずであった。武豊騎手も「理由なんかない」と語っていたように、サイレンススズカが躓いて倒れる理由なんて、これっぽっちもなかった。競馬の中で起こる現象には全て理由があると考える私も、理由なんてなかったと思うし、そう思いたい。

それでも、たったひとつだけ、あれから17年の歳月が経った今でも、私の胸につっかえていることがある。それは武豊騎手の手の動きである。スタートしてから最初の1ハロンにおける、武豊騎手のサイレンススズカに対する「行こう」という手綱を通した合図が、1回もしくは2回ほど毎日王冠のそれと比べて多かったように感じられたのである。たった1回か2回の、ほんの僅かな手の動きではあったが、私はそれを見て一抹の不安を覚えたことをはっきりと記憶している。どれぐらい離して勝つかと楽観していたにもかかわらず、実際のところは恐れていたのだろうか。あまり飛ばして行くと、さすがのサイレンススズカもバテちゃうよと。何が起こるか分からないのが競馬であり、ステイゴールドやエアグルーヴに迫られた宝塚記念のこともあるし、さすがにG1レースともなると簡単には勝たしてくれないと慎重になっていたのかもしれない。

それは鞍上の武豊騎手だって同じことだっただろう。そして、あの天皇賞秋における最大のポイントはスタートしてから先頭に立つまでの数秒間にある、と武豊騎手が考えたのは当然だろう。誰か無理にハナを奪おうとする騎手はいないか、玉砕覚悟で競ってくる馬はいないか、そんな不安がなかったと言えば嘘になるはず。さらに、その当時の天皇賞秋が行われていた東京2000mコースの設定が輪をかけた。スタートしてから最初のコーナーまでの距離が極端に短く、しかも急激に左に曲がることから、ポジション争いは熾烈になり、幾度も大きな不利を巻き起こしてきたコースなのである。

奇しくも、鞍上の武豊騎手は7年前の天皇賞秋で断然の1番人気メジロマックイーンに跨り、スタート後に内側に斜行したとして降着(18着)となっている。「魔物が住んでいる」と呼ばれる天皇賞秋の府中2000mコースの怖さを、身を以って知るひとりなのである。だからこそ、とにかく何事もなく、無事に先頭にサイレンススズカを立たせることさえできれば、と武豊騎手は念じたのだろう。その気持ちが、毎日王冠の時とは僅かに違う、手綱の動きとして現れたのだろう。どの馬よりも敏感なサイレンススズカはその意を汲み取った。

馬場状態こそ違え、毎日王冠の前半1000mが57秒7であったのに対し、天皇賞秋のそれは57秒4であった。スタート直後の武豊騎手の僅かな手の動きが、サイレンススズカを僅かに速く走らせたのである。決して非難しているのではなく、僅かに急かせてしまったのだろう。そう感じてしまったのは、私がサイレンススズカただ1頭を見続けていたからである。しかも、単勝馬券を片手に、極度の思い入れを持って、生の時間で観たからである。

今、天皇賞秋のリプレイを見てみても、その違いには気づけない。それは私の主観であり、もしかすると妄想なのかもしれない。それでも、私は1頭の馬や騎手だけをその瞬間に観ていなければ見えないことがあると思っている。サイレンススズカと武豊騎手に愛情を持って、見続けてきたからこそ、観えたのだと信じている。私はあの毎日王冠や天皇賞秋において、サイレンスや武豊騎手と一緒になって走ったのだ。身体はいつもここにあるけれど、それ以外のすべては彼らと共に走った。だからこそ、サイレンススズカや武豊騎手の不安や焦りが分かった。もちろん痛みも。

世界はとてつもなく不条理なことばかりのようにも見えるし、奇跡のように美しい出来事もある。そんな世の中で、私も取り返しのつかない過ちばかりを犯してきたし、時には喜びを味わうこともあった。そうして私たちは立ち止まったり、苦しんだり、前に進んだりする。ところで、「1頭の馬を見続ける」という視点においては、やはり馬券は単勝が基本となるだろう。今となっては、馬券の種類は片手に余り、両手が必要なほど増えたが、この考えは変わらない。儲かる儲からないではなく、あくまでも視点や思想の話である。

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さらば藤田伸二

Photo_3騎手の世界で綺麗に乗るということは、騎乗フォームやアクションが美しいだけではなく、フェアに乗るということを意味する。自分が勝つために、他の騎手や馬の危険を顧みず、レース全体の調和を乱してしまうような乗り方をするのではなく、競馬というスポーツが誰にとってもスムーズかつ公正に行われるように乗るということだ。ただ馬につかまってジッとしているだけであれば、それは安全安心ではあっても、勝利からは遠ざかってしまう。逆に、他の人馬を妨害したり、無理な進路変更やポジション取りをしたりすれば、自分の馬が勝つ可能性が高まることもある。「綺麗に乗る」と「勝つ」、どちらか一方だけを選択するのだとすれば、さほど難しいことではない。両方を同時に行うことが難しく、騎手として最高の技術と英知が求められるのである。

「特別模範騎手賞」を2度受賞した藤田伸二騎手は、綺麗に乗りながら勝つことを最も体現した騎手のひとりであろう。「特別模範騎手賞」とは、勝利数か獲得賞金、勝率のいずれかの部門で全国リーディング5位以内に入る優秀騎手賞を手にし、なおかつ制裁点数が0でなければ取れない賞である。1980年に創設されて以来、この賞を獲得したのは、藤田伸二騎手以外には、柴田政人元騎手と河内洋元騎手だけなのである。これだけを見ても、綺麗に乗りながら人より多く勝つことがどれだけ難しいかが分かる。

藤田伸二騎手の騎乗で印象に残っているのは、逃げて勝ったレースであり、その中でもローレルゲレイロで制した2008年の高松宮記念と2009年のスプリンターズSは彼の真骨頂であった。スタートしてから大胆なアクションでハナに立ち、道中は馬と喧嘩することなくキッチリと抑え込み、最後の直線ではムチを豪快に振るう。レース前からの口撃のようなものがあるとは思わないが、絶対にハナを取ってやる、下手に絡んでくる奴は許さないぞ、という無言の圧力がほとばしっているような逃走劇であった。誰にも迷惑をかけず、邪魔をしない、綺麗な勝利でもあった。

その藤田伸二騎手が中央競馬界を引退する。派手な外見や言動とは裏腹に、繊細さを秘めたジョッキー。競馬場の外ではなくターフの上でもっと暴れてほしいと思った時期もあったが、藤田伸二騎手のこだわりが見えてくるにつれて、彼がターフの上では自らを厳しく律していることが分かった。レースに行って、ソツなく乗らせたら、右に出る者はいない。彼のミスをしない騎乗スタイルを考えると、人気のある実力馬に乗ってこそのタイプであり、良い馬が回ってこなくなった時期は苦しかったはずだ。

とはいえ、晩年のJRAやエージェント制に対する批判から始まり、後輩ジョッキーたちに向けた辛辣な苦言やダメ出しに至るまでの一連の言動には、藤田伸二騎手を昔から知る競馬ファンですら興ざめせざるを得なかったはず。藤田伸二騎手が大活躍していた時代には強力なエージェントに支えられていたことなど、競馬関係者なら誰もが知っている話であり、外国人ジョッキーや地方出身の騎手に良い馬が回るのは、彼らの騎乗技術や人間性が磨かれて、より光っているからである。平日にゴルフ三昧をする暇もなく、彼らは1年365日、馬に乗り続けてきたからこそ今があるのだ。日本競馬のレース自体のレベルも、かつてに比べると格段に高くなっている。世の中、上には上がいるのだ。藤田伸二騎手が心配する、一生懸命に調教を頑張っている騎手たちには、いつかチャンスが巡ってくるから安心してほしい。本来はそういう時期を乗り越えてこそ、本物のジョッキーになれるのだから。

「元々いいものを持っている騎手なんですからね。31歳のいま、それに気付いたとしてもそれは少しも遅くはないんです。若いときに多少の無茶をしたり、あるいは人生経験の拙さから自分自身をいびつな木に育ててしまったとしても、ある瞬間に本人の危機感や自覚のハサミできちんと剪定し直したなら、一瞬にして素晴らしい木に変わるんです。」

かつて藤田伸二騎手のことを高く買っていた伊藤雄二元調教師の言葉である。彼が偉大な調教師に愛されていたことが伝わってくるだろう。言動は支離滅裂であり、矛盾を抱え、裏腹なことも多くあったが、彼は偉大な騎手になる可能性を秘めていたのである。愛すべき部分と憎らしい部分が共存していたのは、彼が正直な人間であったことの証ではないかとも思える。おそらく一緒にいたら楽しくて、清々しい人間なのだろう。でも時折めんどうくさくて、厄介で、憎たらしいところもある。あなたの周りにもそんな友だちいないだろうか。さらば藤田伸二。

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Monopoly,or die.

Sweeptousho

トウショウ牧場の閉鎖が発表された。来るときが来たというか、メジロ牧場のときと同じ、時代の移り変わりを感じざるをえない。紫の下地に黄色のダイヤが散りばめられた、あの勝負服をもう見ることができないのは寂しい。オールドファンたちが語ってやまないトウショウボーイ、私にとって初めての桜花賞を勝ったシスタートウショウ、エリザベス女王杯の末脚が目に焼きついて離れないスイープトウショウなど、競馬ファンの記憶に今も深く残る名馬たち。私たちは彼ら彼女らの名前と共に、トウショウ牧場についても語り継いでいくだろう。

トウショウ牧場のオーナーである藤田正明氏やメジロ牧場の北野豊吉氏は、日本ホースメンクラブの一員であった。日本ホースメンクラブは、昭和47年に野平祐二騎手(当時)と9名の馬主が共同出資して結成され、ヨーロッパ競馬への第一歩を踏み出した。このクラブが購入した馬に野平祐二騎手が騎乗し、本場のダービーやオークスを制覇するという大きな夢を抱えて発足したのである。当時の日本競馬界の状況を考えると、それはそれは壮大な計画であり、「外国かぶれ」などと揶揄されても何ら不思議はなかったが、かつて隆盛を極めていた彼らの夢や遊びや気取りがなければ、もしかすると日本の競馬はずっと閉鎖的なままであったかもしれない。

一時代を築いた牧場の閉鎖が伝えられると、どうして社台グループ一辺倒の現在の状況を危惧したり批難したりする声が聞こえてくる。同じ勝負服の馬ばかり走っていてもつまらないとか、社台の運動会などと言われるが、別に勝負服で競馬を観ているわけではなく、たとえ同じ系列の牧場で生産されたとしても1頭1頭の馬はそれぞれに全く違う個性を持っているのだから、それで競馬がつまらなくなったなんて屁理屈にしか聞こえない。もちろん、私だって知り合いの牧場の生産馬が勝てば嬉しいが、ほとんどの競走馬に生産者の顔が見えているわけではない。競馬の世界においては、やはり速くて強い馬を生み出すことでしか生き残っていけない。

そして、私は独占が悪いとは決して思わない。不法な行為をしたり、相手を攻撃したりして独占を築くようなケースは除き、ある競争原理の下での独占は良いことである。なぜなら、目先のお金や利益しか見えない非独占グループや牧場と、目先のお金や利益以外のことも見える独占グループや牧場との間には大きな違いがあるからだ。後者は新しい挑戦ができるし、未来へ向けての投資ができる。大きいところでは、凱旋門賞など海外の競馬に挑戦することができる。海外の繁殖牝馬を買い求め、血統のレベルを向上させ更新することができる。小さいところでは、施設環境を整備し、育成者や騎乗者などのホースマンを育てることができる。独占することができず、ギリギリの競争にさらされてしまうと、できないことがあまりに多いのだ。

独占に至るまでの過程には、地道な努力や実力だけではなく運の要素も大きい。社台グループでいうと、ノーザンテーストやサンデーサイレンスを導入できたことが、ひとつの独占のきっかけとなった。とはいえ、そこから先は、独占ゆえの産物と考えることができる。ディープインパクトもオルフェ―ヴルも、ジェンティルドンナもヴィクトワールピサも、社台グループによる独占があったからこそ誕生し、海を渡って、新しい地平を切り開くことができた。私たちに大きな夢を見させてくれたのである。そして毎年のように、凱旋門賞に挑戦し、勝つか負けるかのレースを期待できるのも独占のおかげである。私だってトウショウやメジロの馬が消えてしまうのは悲しいが、それ以上に社台グループの功績には拍手を送りたいし、その社台グループですら10年後は他の牧場やグループの独占に取って代わられているかもしれない。いつだって私たちは、悲しみを乗り越えて、この先へと進んでいかなければならないのだ。

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変わらないためには変わり続けなければならない。

Keepchanging

10代の頃から、競馬について読み、書き、語ってきた。馬という文字の入った情報であれば、手あたり次第に身体の中に取り入れた時代もあったし、競馬について表現できる場がなく、もがき、苦しんだ時代もあった。なぜ自分が好きになったのが競馬だったのか、と自己嫌悪に陥ったこともある。競馬でない、何か他のものであれば、青春を謳歌できたかもしれないのに、と世を恨んだこともある。それでも競馬について考えることを止めることはできなかったし、自分には競馬について語る資質があると根拠なき自信に漲っていた(本当はそんなものはなかったけれど)。だからこそ、ここまでやってこられた。

20年以上にわたって競馬に寄り添ってきて、大きな時の流れというものを感じざるをえない。時代の変化というべきだろうか。たとえば戦争を経験したような方々が、生きて、現代に感じるような時代の移り変わりに比べると、私の感じるそれは大したことないのかもしれない。それでも私は、自分の感じるものに抗うことができない。自分自身が少しずつ、しかし大きく変わったこと(これを成長と呼ぶのかどうかは分からない)、そして、周りの環境がこれも少しずつ、大きく移り変わったこと。この2つの変化によって、時代が大きく動いたように感じるのだろう。

いつごろを境にか、競馬の産業は縮小し続けている。馬券の売り上げを基準にして1998年がピークだと言う人がいる。だとすると、バブルの崩壊や氷河期世代、それに伴う人口動態の問題、さらにインターネットの急速な普及とほぼ軌を一にする。私の世代は高度経済成長の恩恵を受けて育てられた一方で、いざ社会に出ようとしたときに梯子を外された。豊かさを知っているがゆえに、自分たちもこの手で豊かさを掴めるという幻想に憑りつかれ、誰もが落ちまいともがき続けなければならない。インターネットやSNSやスマートフォンに私たちが取り込まれるのは何ら不思議ではなく、そんな時代に競馬は取り残される。

競馬が小さくなるとどうなるのか。すぐに必要ではない文化やスポーツとしての部分が失われてゆき、目に見えやすい馬券としての部分が残る。それは本質的な部分以外が削られていくということではない。衰えると、人間の肉体から筋肉が減って脂肪が残り、終いには骨と皮だけになってしまうように、競馬も本当は大切なところから失われてゆく。書店には読みたい競馬の本がない。競馬を語る文化人も少なくなり、他に活躍の場を移していった。彼らが悪いわけではなく、彼らも時代と共に変化せざるを得ないのだ。そのうち、何もなくなり、誰もいなくなるかもしれない。そんな競馬の姿を見るのはつらい。

私たちはどう生きるべきだろう。競馬とこの国の姿はよく似ている。競馬ファンと国民も同じ。私たちは受け入れなければならない。もしかしたら、大切な何かを失ってしまったかもしれないことを。経済的にも文化的にも貧しくなっていくことを。それはそれで仕方のないことだ。過去を懐かしみ、今を嘆くということではない。大きな河の流れに身を任せるのだ。そうして漂い着いた先には、競馬はもうないかもれないし、もしかすると新しい競馬の未来があるかもしれない。それが何なのか、もちろん私には分からない。そのときにも、私がまだ競馬を語れていれば喜ばしいが、それも分からない。変わることには悲しみが伴う。しかし、私たちは変わらないためには、変わり続けなければならない。競馬もそう。変わらないためには変わり続けなければならないのだ。

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マイヒーロー、マンハッタンカフェ

今週の札幌記念に向けて「週刊Gallop」の連載を書き終え、久しぶりの夏休みを取ってのんびりしていると、編集部から「ルージュバックが出走回避しました」との連絡があった。やはりルージュバックには荷が重かったかと心の奥底で反省しつつ、慌てて一から原稿を書き直し、なんとか締め切りに間に合った。発熱するような状態では、勝ち負けにはならなかっただろうし、もう少し休ませてほしいという馬からのサインを見逃さなくて良かったと思う。そんな経緯もあってか、翌日、ルージュバックの父マンハッタンカフェが亡くなったと聞き、禍福は糾える縄の如し、良いことも悪いこともつながっているものだと実感した。

最も印象に残っているマンハッタンカフェのレースは、2002年の天皇賞春である。ジャングルポケットやナリタトップロードとの3強対決を制し、サンデーサイレンスの血の凄さと自身が最強のステイヤーであることを証明した一戦である。菊花賞はもちろん馬券を持っていなかったし、有馬記念は彼のせいで寒空の下のオケラ街道を歩いて帰らされることになったにもかかわらず、天皇賞春はマンハッタンカフェが勝つと信じて疑わなかった。この時点ですでにマンハッタンカフェの強さを認めていた、いや認めざるを得ないほど強かったということだろう。そして、実際に大枚をはたいて単勝を買った。

早めに先頭に立ったマンハッタンカフェからは、絶対に抜かせないという気迫が伝わってきた。私は勝利を確信し、馬券を片手に安心して狂喜乱舞することができた。勝って当然、負けるわけがないと私は思っていたが、あとから小島太調教師のエピソードを聞くと、実はそんなに簡単ではなかったということが知れて、冷や汗が出たものだ。マンハッタンカフェは蹄が薄くて苦労した馬で、天皇賞春のときはその蹄の状態が思わしくなく、出走するかどうかさえ悩んでいたという。そんな薄氷を踏むような勝利であったとは露知らず。そう言われてみれば、直線で脚を引きずって走っているように見えるし、いつものマンハッタンカフェらしい鋭さに欠けたのもたしかである。

マンハッタンカフェが現役を引退し、種牡馬入りした年、たまたま社台スタリオンステーションを訪れた。次から次へと現れる豪華絢爛な種牡馬たちの中でも、マンハッタンカフェとシンボリクリスエスの馬体の美しさには驚かされ、その場に立ち尽くして見惚れてしまったことを思い出す。2頭ともつい最近までターフを走っていたからかもしれないが、彼らが種牡馬としても成功したことは、あの神秘的な馬体を知る私にとっては何ら不思議ではない。

そんな美しい馬体を誇ったマンハッタンカフェも、最期は骨と皮だけになっていたという。腹腔内腫瘍、つまり人間でいうガンを患っていたそうだ。それでも生きようとする生命力には感心させられた、と小島太調教師は語った。その言葉を聞いたとき、私には天皇賞春の最後の直線で、蹄の傷みに耐えながらも抜かせまいと踏ん張るマンハッタンカフェの姿が浮かんだ。あのときと同じように、ガンに冒されながらも、最期まで生きようと力を振り絞ったのだと思う。彼は最後の最期まで走り続けたのである。そして彼は勝った。

マイヒーロー、マンハッタンカフェ。

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海外競馬の馬券が買えるようになることで

Gooversea

早ければ来年度から、日本馬が出走する海外の大レースの馬券が買えるようになるらしい。年間20レース程度ということであり、凱旋門賞やドバイワールドカップ、メルボルンC、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、香港Cなどがパッと思い浮かぶが、他にはどのようなレースが選ばれるのだろう。そもそも日本馬が出走しなければ馬券は売られないのか、オッズや発売する馬券式別は独自に設定されるとはどういう形になるのか、など雲を掴むような話ではあるが、日本の競馬ファンにとっては世界の競馬へと目を向ける良いきっかけとなることは間違いない。

私たち日本の競馬ファンは、歯に衣を着せずに言うと、海外競馬のことにほとんど興味がない。これは競馬のブログを曲がりなりにも15年間運営してきた私の実感である。ひと頃、海外の競馬場に足を運び、レポートを書くという企画をしたことがあり、その足掛かりとしてシンガポールに渡ったことがある。かなりの時間やお金をかけてシンガポールの競馬について書いたつもりであったが、実際にはあまり読まれていなかった。その他、海外の競馬に関するエントリーを書いたこともあったが、その時も反応はイマイチであった。日本馬が出走しない海外の競馬やレースには日本の競馬ファンは興味を示さない、というのが私の結論である。

なぜかというと、馬券が買えないからである。日本の競馬は文化的にも興行的にも成功を収めているが、それは馬券というシステムに支えられている。ミスター競馬と称された故野平祐二氏は、「競馬は文化であり、スポーツである。単なるギャンブルではない。『競馬とばく』と呼ばれていた時代から『ギャンブル一辺倒からの脱却』、その実現のために苦しんできた。ギャンブルだけでは競馬は滅びてしまう。そういう恐怖におびえていたからだった」と語り、彼を筆頭とした多くのホースマンたちの多大な貢献によって、日本の競馬はギャンブル一辺倒から脱却し、ここまでの発展を遂げたのだ。日本の競馬の素晴らしさは、あやうく絶妙なバランスの上の、ギャンブルと文化、スポーツの見事な融合にある。

馬券が買えるようになることで、私たち日本の競馬ファンは世界の競馬も大いに楽しむことができるようになるだろう。文字通り世界に目を向けて、世界の競馬やレースを語り、それがきっかけとなって、実際に世界の競馬場に足を運んでみるという人も増えるはず。それは本当に幸せなことだ。世界の競馬の奥深さを知ることができ、競馬を通して私たちの地図が広がるだけではなく、競馬にもいろいろあって、様々な人々がいることを身をもって感じることができる。そして何よりも、日本の競馬の素晴らしさを知ることができる。私が海外の競馬場に足を運び、骨の髄まで遊びつくし、最後の最後に感じるのは、日本の競馬はなんて素晴らしいのだということだ。

Photo by 三浦晃一

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一口功労馬主

Hitokutikourouba

今週号の週刊Gallopの特集「功労馬に会いに行こう」にナムラコクオーの名を見つけたとき、思わず前のめりになって読み入ってしまった。生きていたのかというのが正直な感想であり、土佐黒潮牧場で悠々自適な生活を送っていると知り、何とも言えない嬉しさがこみ上げて来た。牧場を走るナムラコクオーの後ろ姿を見て、私が自由な身であれば、今すぐにでも高知に飛んでいきたいとさえ思えた。現在ターフで闘う現役のサラブレッドに光が当たるのは当然として、かつての英雄たちの元気な表情を見ると、いかに自分が競馬と共に生きて来たかを思い知らされる。

あの馬はここにいるのか、ああ懐かしい名前だなあと思いつつ、付録の全国功労馬MAPを見てみると、これだけの功労馬が日本全国のあちこちに繫養されていることに驚かされる。もちろん、こうして引退後も功労馬としてのんびりと生活できるのは、ごく限られた馬たちであることも確かである。それでも、彼ら彼女らが周りの人々の愛情によって支えられて生きていることは喜ばしいというか、私たち競馬ファンはそういうところまで想いを馳せ、感謝したいと思うのだ。そして、できれば1人でも多くの人々が、功労馬を支援する活動に関わることができることを願う。

2015年度の助成額としては、中央競馬の重賞優勝馬は月額2万円、地方競馬のダートグレード競走優勝馬は月額1万円になるそうだ。これだけでも全く足りないはずだが、重賞を勝つことができなかったような馬を繫養していくのは、なおさら難しいことが分かる。個人的には馬主が責任を持って天寿を全うさせてもらいたいと思う。とはいえ、サラブレッドは経済動物であることも確かであり、だからこそ馬1頭に数千万から億単位のお金が投じられ、競馬産業が成り立っている以上、走らなくなった馬を全て功労馬にすることが経済合理性に反することもよく理解できるから悩ましい。

そこでひとつ提案なのだが、一口馬主ならぬ一口功労馬主を募集してはどうか。里親やサポーターというよりは、一口功労馬主として自分にとっての名馬を支えていく。現役の頃はとても手の届かなかった名馬でも、一口1000円から3000円ぐらいで功労馬としては馬主を名乗れるということだ。それはそれで名誉なことではないか。具体的なメリットがほしいという方には、牧場を訪ねたときに口取り写真を撮影したり、乗馬としてその背に乗ることができる馬もいるかもしれない。一口馬主のように、実際のレースで走ったり、あわよくば賞金を稼いできたりすることは万が一にもないが、馬代金を回収できないという悲劇はなく、必要なのは維持費だけである。

結局、活躍馬だけが功労馬になれるということかもしれないが、一口馬主がこれだけ一般の競馬ファンの間に浸透した今ならば、自分が一口を出資していた馬の引退後、功労馬としても一口を持つという流れをつくっていくことで、多くの無名な馬たちも救われることもあるかもしれない。そうなるためには、もっと馬と人間の距離を縮めなければならない。サラブレッドと私たち競馬ファンを近づけなければならない。たった一口しか持っていなかったとしても、そこに動物同士としての愛情や愛着があれば、現役を引退したあともつながりを失いたくないと思うのが自然な感情であろう。流行りのPOGや一口馬主のシステムが、馬の誕生から競走馬としてターフで走るまでだけではなく、現役を引退して余生を過ごすところの流れまでフォローできると、競馬の本当の奥深さが私たち競馬ファンにも分かるかもしれない。

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ブラックホークはもういない。

ブラックホークのような男に私はなりたい。プロフィールにも書いているように、私の大好きな馬の1頭だが、好きと言うよりはむしろ憧れていると言ってよい。尊敬するという意味でもある。頭がおかしくなったのかと思われるかもしれないが、本当にそうなのだから仕方ない。憧れたり、尊敬する人がいるように、憧れたり、尊敬する馬がいてもいいだろう。うまく言えないが、たとえば空手をやっている人がアンディ・フグをそうするように、テニスプレイヤーが錦織選手をそうするように、私はブラックホークに憧れて、ブラックホークを尊敬する。

そんなブラックホークが心臓発作で亡くなった。現役引退後は社台スタリオンステーションで種牡馬入りしたが結果を出せず、ブリーダーズスタリオンステーションから最後は熊本の牧場に移って種牡馬生活を続けていたそうだ。種牡馬入りした当初は、母父サンデーサイレンスの繁殖牝馬との間に大物が生まれるのではと期待していたが、キングカメハメハを筆頭とした非サンデーサイレンス系の種牡馬が続々と誕生し、現実はそう上手くはいかなかった。客観的に考えると、ブラックホークの血にはスタミナが足りなかったと思う。スピードもスタミナもある他の種牡馬たちに総合力で負けてしまい、その血を広く残すことは叶わなかった。

それでも、ブラックホークは記憶に残る馬であったことは間違いない。日本の競馬が最も盛り上がった時代の名マイラーであり、アグネスワールドやトロットスターらとの死闘は記憶に新しい。個人的にも、1レースに10万円の単勝を賭けていた時代であり、負けが続いて大変な借金を背負った苦しい過去でもあるが、だからこそブラックホークがスプリンターズSを勝ってくれたときの爆発的な喜びやひと時の安堵感は忘れようがない。あの頃は、私も命がけで競馬や馬券と向き合っていたからこそ、ブラックホークと心からつながり合えたのかもしれない。

ブラックホークに教えてもらったのはとにかく前へ進めということ。苦しい事から逃げずに、楽しんで走ること。あきらめずに走っていれば、チャンスは巡ってくること。思い出を語ればきりがなく、あの時代の心境と共にたくさんのブラックホークのレースが蘇ってくる。そして、ブラックホークがいなくなって思うのは、あれはもうずいぶん昔の話なのだということ。ブラックホークに励まされ、彼のように前に前に進んできたつもりだが、振り返ってみるとちっとも前に進んでいない気もする。彼に会わせる顔がないし、合わせようと思っても彼はもういないのだ。


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けもの道を行こう

Joefujii

7月1日~9月31日の期間限定ではあるが、藤井勘一郎騎手がホッカイドウ競馬にて騎乗することになった。藤井勘一郎騎手が日本の競馬場で騎乗するのは初めてとなる。これまで南関東や中央競馬の騎手免許を取ろうと挑戦しては、立ちはだかるシステムや壁に阻まれてきたが、短期免許という形にせよ、ようやく彼が日本で馬に乗る日がやってきたのだ。かつて安藤勝已騎手がそうしたように、外国の騎手免許を持つ日本人ジョッキーたちのために風穴を開ける、ひとつの足掛かりとなることを願う。今回の藤井勘一郎騎手の騎乗を生で見られる人はぜひ観ておいたほうがいい。

藤井勘一郎騎手のように、日本の騎手学校に入ることができず、それでも諦めることなく海外に渡ってジョッキーになった日本人は多い。王道というべきか分からないが、日本においては騎手になるためのレールというのが確かにあって、そこから外れた人々である。レールに乗ってしまえば比較的順当に騎手という職に就くことができる一方で、一旦、一本のレールから外れてしまうと(藤井勘一郎騎手はたった1kg体重が重かったことでJRAの騎手課程を受験できなかった)、そこにはけもの道が待っている。

徹底的に結果重視の実力主義の世界である。外国人としてのコミュニケーション等のハンデを考えると、他のジョッキーよりも明らかに力が上でなければ乗せてもらえないだろう。それでも海外で戦わざるを得なかった者たちは、たえず争い、腕を磨いてきた。その進化のスピードたるや、王道を行く騎手たちの比ではない。藤井勘一郎騎手について言えば、「ROUNDERS」vol.2でインタビューさせてもらったときから4年の歳月が流れ、韓国におけるさらなる実績と経験を積み重ね、日本に戻って騎乗するという夢の第一歩を踏み出そうとしている。王道とけもの道がどこかで交わることがあれば、そのときには自分の足で歩いてきた者が果たしてどちらなのか分かるものだ。

藤井勘一郎騎手のインタビューの中で、いまでもはっきりと覚えている会話があり、それは彼が初めて競馬のレースに乗ったときのことだ。

実戦のレースに乗る前に、地方競馬でいう能力検定試験のようなレースに40回くらい乗っていました。それでも、違いやプレッシャーは感じましたね。たとえば、実戦で使う騎手の鞍は、調教で使うそれと比べるとすごく小さいです。それから、田舎競馬で全くお客さんがいないような競馬場だったのですが、ジョッキーとして初めて勝負パンツをはいて、パドックを回って、返し馬をして、ゲートの裏で待機して、というジョッキーからの視線を味わいました。今までは観客や厩務員として競馬を見ていたわけです。それが最も印象的でしたね。そういう意味では、結構、冷静だったのかもしれません。

いざレースで走ってみると、誰もが勝ち来ているわけですから、もうシビアですよね。能力検定試験は勝つためではなく馬のためにやっているので、馬と馬の間隔は空いていますし、ペースもそこまで速くなく、緊張感もほとんどありません。しかし、実戦のレースでは、どんどんフェンス沿い走って、内を突いてきますし、前の馬との間隔も思っていたよりもギリギリでした。レースが一旦始まると、ジョッキールームでそれまで優しくしてくれた先輩も別人だと思いました(笑)。
(「ROUNDERS」vol.2より)


藤井勘一郎騎手はもともと競馬が好きで騎手を志したこともあって、それまでいち競馬ファンとして外から競馬を観てきたが、初めてジョッキーからの視線を味わったという彼の感覚がありありと分かる気がしたのだ。その話を聞いているとき、まるで私も藤井勘一郎騎手になって、ジョッキーとして競馬を味わったのだ。それはジョッキーだけにしか味わえない僥倖であった。そんな彼が韓国でG1レースまで勝ったのだから、これもまた不思議な感覚である。そしてこの先、藤井勘一郎騎手が日本の競馬場で乗り、重賞もしかするとG1レースを勝つようなことがあれば、私はどんな感覚になるのだろう。ぜひ味わってみたい。

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乗り越えて出てくると思いたい

Lisaallpress_2週刊Gallopの今週号に、リサ・オールプレス騎手のロングインタビューが掲載されている。来日して騎乗するのは今回で2度目となる女性ジョッキーであり、通算1000勝という実績を引っさげてやってきた。女性というだけではなく、私と同じ40歳の年齢にして、第一線で騎乗している事実だけで尊敬できるし、そのインタビューの内容を読んでもアスリートとしての矜持に満ちていて素晴らしい。ジョッキーの仕事において、男女間の性別による優劣があるかどうかは意見が分かれるところだが、リサ・オールプレス騎手の放つ言葉の前ではほとんど意味を成さないだろう。

リサ・オールプレス騎手は8歳の頃から乗馬を始め、20歳の時に見習い騎手として修行を始めた。ハードな見習い時代を経て、2000/01年のシーズンにはニュージーランドのリーディングで3位に入る活躍を見せ始める。見習い騎手としての修業時代を振り返った彼女の言葉は重い。

「お酒はもちろん、車の運転も控えるように厳しく指導されました。毎日、朝から晩まで仕事尽くし。馬に乗るだけではなく、馬房の掃除や餌やりや馬体のチェックなど厩舎作業の全般をこなしました。見習いの4年間は午後の休みが週に1回だけ、本当にハードな毎日だったけど、こなさなければ生き残っていけない。そういう世界ですよね。若い頃は体力をつけるために体も鍛えなければならない。厩舎作業は重たい物を持ったり、本当に大変な毎日でした。母が心配して何度も様子を見に来てくれたりしたけど、そのたびにボス(調教師)に説得されたんですよ」

見習い期間の4年間は、週末や土日も関係なく、休みは1週間に1日の午後のみ。ブラック企業も真っ青なハードワークだが、この時代があるからこそ今があるとリサ・オールプレス騎手は語る。現役の騎手たちだけではなく、世の多くの女性や男性にとっても耳が痛くなるような話である。健康管理や安全管理を徹底せよ。遊んでいては生き残っていけない、何かを捨てなければ何も成し遂げることはできない。彼女がこの4年間で学んだことは、もちろん厩舎の仕事や競走馬にたずさわる知識など多岐にわたるはずだが、何よりも自分の仕事や人生への向き合い方ではなかったのか。自分を信じ、自分の仕事に打ち込むことだ。

現在、JRAには現役の女性騎手がいない理由について、日本の男性社会の強さをリサ・オールプレス騎手は挙げているが、彼女の本音はそこにはないだろう。なぜなら、これまで世界の競馬で活躍してきた女性騎手は、恐ろしいまでの男性社会や差別や偏見を突き破ってきたからである。「ROUNDERS」vol.2でハイランド真理子さん(リサ・オールプレス騎手を日本に連れてきた人物)が書いた女性騎手ジュリー・クローンの逸話が興味深い。

「She could coax horses to win instead of pushing them.(彼女は馬を無理やり前に出すのではなく、馬を励ますことで勝たせるのである)」――ジュリーの技術はしばしば調教師たちにこう評された。彼女の忍耐力と手綱を持つ手が、馬を励まし優勝に導いたということだ。馬を操るには剛腕でなければならないという説がこれでくつがえせるだろう。しかし、だからといって、ジュリーが剛腕でなかったというわけではない。彼女の剛腕はむしろトラック外で発揮された。レース中に彼女の馬を鞭で殴ったり、彼女を叩いたり、プールに押し倒したり、彼女に対してさまざまな暴力的な行為を働いた男性騎手たちのほぼ全員が、彼女に「反省を促され」ている。つまり、ジュリーから殴り返されたらしい。なかには歯を失った騎手もいた。彼女の反撃行為に対して罰金を科せられたときもむしろ、周囲からは「やるじゃないか」と賞賛を得たらしい。

競馬界だけではなく、日本の社会では(特に若い)女性というだけですぐに下駄を履かせてもらえる。過保護に育てられ、守られる。たとえば、競馬学校時代に妊娠が発覚したとしても、厳重注意のみで退学にはならない。男社会であるがゆえの希少価値が高いからという気持ちは分からなくはないが、そうしている間は本当の一流は絶対に現れない。誰もが生き残るのに必死の世界においては、女性というだけで優遇されることはない。競馬にたずさわる女性が増え、その中から騎手を目指す者が出始め、いつの日か私たちの目の前に本物が登場することが理想的なシステムではあるが、それには時間がかかるし、日本の馬文化を考えると現実味に欠ける。そうなると唯一の期待は、システムや壁を乗り越えて突然変異的に出てくる1人の女性なのである。最後に、ハイランド真理子さんからの女性騎手に対するメッセージを添えて終わりたい。

日本の中央競馬には、ジュリー・クローンはもちろん、ヘイリー・ターナーもいないし、クレア・リンドップもいない。しかし、ジュリー・クローンと彼女の母親が、タンパベイ競馬場に着いた時のことを思い出して欲しい。二人は競馬場のガードマンに入門を拒否された時、諦めて帰るのではなく、競馬場の裏手に回ってフェンスをよじ登って中に入った。そして、「君は騎手になりたいんだって?」と聞かれ、「なりたいんじゃないわ。騎手になるのよ」とジュリーは答えた。「フェンス(障害)は乗り越えるためにある」とジュリーは語った。障害(フェンス)を越える勇気、夢を実現する断固とした精神力と、そのための努力を惜しまない女性が日本にも出てくれば、もしかして日本にもジュリー・クローンや、ヘイリー・ターナー、クレア・リンドップが出てくるかもしれない。いや、出てくると思いたい。 (『ROUNDERS」vol.2「世界で最も成功した女性騎手」より)
Roundersvol2cover300

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浅き川も深く渡れ

Asakikawamo

先日、ユートピアが繫養先のトルコで亡くなった知らせを受け、2006年のゴドルフィンマイルが鮮明に蘇った。まだ明るさの残る中、道中はテレビ中継車を気にする素振りを見せつつ、最後は突き放してあっさりと逃げ切ったレースを見て、その後に向けて良い予感がしたものだ。この年の秋にはディープインパクトの凱旋門賞挑戦も予定されていて、その切り込み隊長としてのユートピアの勝利に日本の競馬ファンの心は躍った。そして、ハーツクライがドバイシーマクラシックを圧勝した姿を見て、日本の競馬がようやく世界に追いついたと確信した関係者も多かったはずである。そういった意味において、ユートピアも歴史をつくった日本馬の1頭であった。

その夜、大井競馬場で行われたジャパンダートダービーをノンコノユメが制した。前走のユニコーンSに続き、桁違いの末脚で他馬を差し切った。C・ルメール騎手がユニコーンSのレース後、「簡単だった。もっと上のクラスでも十分に通用する」と語っていたとおり、現時点では3歳ダート馬たちの中では力が抜けている。いかにもダート馬という馬体からは程遠い、牝馬のような繊細なシルエットからは、どこにこれだけの爆発力を秘めているのか知り得ない。ノンコノユメの父トワイニングはユートピアの父でもあるフォーティーナイナーの直仔であり、初めて大物と言える産駒を誕生させたことになる。そういえば、ユートピアはジャパンダートダービーでは惜しくも2着であった。

つながっているような、つながっていないようなユートピアの死とノンコノユメの登場を見ると、競馬の世界のサイクルの速さを思う。ユートピアが世界の扉を開き、ゴドルフィンに華々しくトレードされたことをつい最近のように思っていると、いつの間にか種牡馬としてアメリカからトルコに活躍の地を移し、最期は残念なことに心臓発作で命を落としてしまった。彼に聞いてみなければ分からないが、波瀾万丈な馬生だったのではないだろうか。サラブレッドとして生を受け、幼いうちに母親から引き離され、背中に鞍を載せ、厳しい馴致を施され、苦しい調教で鍛えられたのちに競走馬としてデビューする。わずか数戦、多くても数十戦を走り抜くと、その後はそれぞれの余生が待っている。サラブレッドの世界では光と影、誕生と死は常に隣り合わせであり、手を伸ばせば届くようなすぐ傍にある。

「浅き川も深く渡れ」とは、私の大好きな写真家であり冒険家でもある星野道夫さんが、小学校の卒業文集にしたためたことわざである。文字通りの、安全に見える浅い川でも深い川を渡るつもりで注意して渡れという意味ではなく、小学生の星野道夫さんがどこかで感じていたのは人生の短さ、または命のはかなさではないだろうか。サラブレッドの馬生はそうだが、人の一生も実は短いのだろう。私は競馬という体内時計を持っていて、毎週土日の競馬開催から始まり、G1レースが行われる季節や応援している馬の年齢まで、私の人生を正確に刻んでくれる。ときにはこうして、ユートピアのように、過去のレースを思い出させてくれて、一生の短さを教えてくれるのだ。それではどうすれば浅き川を深く渡ることができるのか、と問われると、私には答えはない。

あらゆる生命が、ゆっくりと生まれ変わりながら、終わりのない旅をしている。

ひとりの人間の一生の記憶の中で、光を放ち続ける風景とは、一体何なのだろう。
忘れ難い思い出がうそのように遠く去り、何でもない一瞬がいつまでも記憶の中で生き続けることが、きっとある。

あらゆるものが目まぐるしいスピードで消え、伝説となってゆく。
が、ふと考えてみると、アラスカ北極圏の原野を、幾千年前と変わることなくカリブーの大群が今も旅を続けている。

ほおをなでてゆく風が、移ろいゆく人の一生の不確かさを告げていた。
思いわずらうな、心のままに進めと…。

(「カリブー 極北の旅人」星野道夫)

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ゴールドシップはなぜ立ち上がったのか?

Goldship01

先週の宝塚記念は、勝ったラブリイデイよりも大敗したゴールドシップが主役のようなレースであった。ゲート内で立ち上がり、タイミング悪くスタートが切られ、10馬身以上出遅れてしまったゴールドシップの姿ばかりが印象に残っている。さらに輪をかけて、レース後にはあらゆる意見や批難がメディアでも飛び交い、私たち競馬ファンはゴールドシップという久しぶりに現れた異物に心を奪われてしまったように見える。競馬とは何なのか、馬券を買うとはどういうことなのか、サラブレッドとはどういう生き物なのか、そういった問いを私たちに突き付けてくる、稀有な馬であると私は思う。ゴールドシップについて、私たちは考えざるを得ないのである。

まず今回の宝塚記念のゲートのタイミングは、結果的には悪かった。隣にラブリイデイが入った途端にゴールドシップが大きく立ち上がり、ゆっくりと着地した次の瞬間にゲートが開かれた。そのタイミングと2度目に立ち上がったそれがほぼ一致したため、ゴールドシップは大きく出遅れることになった。私も最初に見たときは、ずいぶんと間の悪い、いやそれどころか最悪のタイミングでボタンを押したなと感じた。発走を焦ってしまったのかとも思った。たしかにそういう面もあったかもしれないが、その後、自分が発走委員であったらと考えれば考えるほど、どのタイミングでゲートを開くかは判断が極めて難しいことが分かる。

最高のタイミングと最悪のタイミングは紙一重である。あのタイミングでゲートを開かなかったとして、もう少し未来を想像してみると、私の目にはゲート内でゴールドシップがさらに大暴れしている姿が映る。とにかくゴールドシップは走りたくないのだから、何とかしてゲート内から逃げ出そうとするはずで、2、3度立ち上がって落ち着くなんてことはないだろう。それは気性の激しいサラブレッドを扱っている者ならば分かる。ゴールドシップは横山典弘騎手を振り落し、ゲートを突き破って脱出するまで暴れ続けるだろう。上手く外に出られれば良いが、変な体勢になったり、脚が絡まったりして、人馬ともに命に関わる大怪我を負った可能性も十分にある。

だとすれば、なるべく早いタイミングで危険を回避させることを考えれば、ゲートを開くチャンスはたった1度だけ。そう、ゴールドシップが立ち上がって着地したその瞬間である。その瞬間にゲートを開けば、ゴールドシップが真っ先に飛び出した可能性もあった。もしそうなっていれば、日本競馬界の裏歴史に残る最高のタイミングでスタートを切ったと称賛されただろう(一般の競馬ファンは当然と思うだろうが)。一か八かではあるが、発送委員は最高のタイミングを狙ってボタンを押したのだと思う。ゴールドシップに懲罰を課そうという邪悪な想いなど露ほどもない。運が悪かったのは、ボタンを押してゲートが開くまでに僅かな時間差が生じたことと、それによってゴールドシップが着地して、ゲートが開くことを認識する前にすぐにまた立ち上がってしまったことだ。

今回の事件で何が悲しいかというと、結果論として起こった事態に関して、主催者のJRA側を責め、その元々の原因には目をつぶるというマスメディアや競馬評論家(ライター)の姿勢ではないか。たしかに今回のJRAの説明報道には首をかしげる部分もあるし、ゲートボーイなどの導入はかなり昔から検討されているにもかかわらず着手されていない問題だ。そういう改善を求める意見は強く挙げていくべきである。しかし、ゴールドシップの問題になると、「あの馬らしいね」という論調で取り上げ、それでも愛されると終始する。なぜゴールドシップがあれほどまでにゲート入りを拒むのかについて、その本質に誰も言及しようとしない。自分の仕事を守りつつ、叩きやすいところだけを叩く大御所たちによるマスメディアは本当につまらない。

ゴールドシップは最も人間的な馬だと私は思う。決して気性が悪いわけではなく、むしろ賢くて繊細で、人間のために走る馬。ラブリイデイが最後にゲートに入ったとき、彼は隣に馬がいることを嫌がったのではなく、出走全馬がゲートに入るとスタートが切られることを知っているから立ち上がって抵抗しようとしたのではないだろうか。そこまで分かっている馬がいるのだろうかと不思議に思うが、ゴールドシップは私たちが考える以上に競馬について理解しているのかもしれない。ということはもちろん、彼は自分が走って勝つと人間が喜ぶことも知っている。だからこそ、肉体の限界を超える苦しさの中でも、耳を絞って反抗しながらも、あらん限りの力を振り絞って走る。阪神大賞典も天皇賞春も驚くべき心臓の強さで走り抜いた。そして、次のレースではもう走る気力も体力も残っていなくて、(彼はそれを恥じるだろうが)とてつもない凡走をしてしまうのである。

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オルフェ―ヴルの種牡馬としての挑戦

Orfevre

早くもオルフェ―ヴルの初年度産駒がセレクトセールに登場する。集中連載「血統を語るとき、私の語ること」において、「競馬のレースで圧倒的に強い(強かった)だけでなく、その血を後世まで残して初めて最強馬である。そういった意味においては、キングカメハメハやディープインパクト、ハーツクライらは本当の意味で強く、オルフェ―ヴルもその血を確実に伝えていくことで、自らの最強説を証明していくだろう」と書いた。オルフェ―ヴルが私たちの目の前で見せてくれた3冠制覇や凱旋門賞における2度の2着が、いかに偉大なことだったのかを私たちが知るのは、これからということだ。

オルフェ―ヴルには、キングカメハメハやディープインパクト、ハーツクライと違い、日本の競馬を走った馬たちの血が父系にも母系にも流れている。父ステイゴールド×母の父メジロマックイーンという、いわゆる黄金配合であり、オグリキャップ世代から競馬を始めた世代の競馬ファンにとっては、時の重さと深さを感じることのできる、わびさびのある血統構成。ディープインパクトが21世紀の近代競馬の結晶であるなら、オルフェ―ヴルは日本で走った名馬たちによる最高の創造物といっても過言ではない。むしろ凱旋門賞におけるパフォーマンスを観た世界のホースマンらにとっては、ディープインパクトよりもオルフェ―ヴルの方が種牡馬としての魅力は大きいかもしれない。

そんな期待を込めつつ、今夏のセレクトセールに上場予定のオルフェ―ヴル産駒のリストを眺めていると、あるところで私の目が止まった。上場番号384番の母タイキクラリティの牝馬である。タイキクラリティといえば、今年のNHKマイルCを勝ったクラリティスカイの母であり、その兄のクラリティシチ―も重賞戦線で活躍している。同じことは上場番号454番のラヴインザダークの牡馬でも起こっている。タイキクラリティの父はスペシャルウィーク、ラヴインザダークの父はダンスインザダークなのである。もうピンと来た方も多いはずだが、サンデーサイレンスの3×3のインブリードになる。オルフェ―ヴルクラスの種牡馬であれば、サンデーサイレンスの血が入っていない繁殖牝馬と配合されるのだとばかり思っていたので、不意を突かれた格好となった。

オルフェ―ヴル ステイゴールド サンデーサイレンス
ゴールデンサッシュ
オリエンタルアート メジロマックイーン
エレクトロアート
タイキクラリティ スペシャルウィーク サンデーサイレンス
キャンペーンガール
タイキダイヤ オジジアン
パテントリークリア

どちらもパカパカファームの生産馬であり、よほどオルフェ―ヴルに惚れ込んだのだろうか、かなり実験的で思い切った配合だと思う。これまでもミヤビジャスパー(父アドマイヤムーン、母父スペシャルウィーク)のようなサンデーサイレンスの3×3というインブリードを持つ馬も出るには出たが、まだ数は少なく、配合の常識からはリスキーであると考えるのが一般であろう。そもそもオルフェ―ヴル自身がノーザンテーストの3×4というインブリードを持っており、あの栗毛の美しい馬体を見ると(産駒にも伝わっている気がする)、ノーザンテーストが強く発現しているように思えてならない。まさに日本の近代競馬を支えてきたノーザンテーストとサンデーサイレンスの血を濃く受け継ぐ2頭のオルフェ―ヴル産駒が、2年後にどのような走りを見せてくれるのか、少しの畏れを感じつつも楽しみでならない。

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アファームドからアメリカンファラオまで

アメリカンファラオが37年ぶりのアメリカ3冠馬に輝いた。1978年のアファームド以来だというから、誕生しそうでなかなかしなかった待望の3冠馬であり、私も久しぶりにアメリカのクラシック3冠に興味をそそられ、全てのレースを観てみた。アメリカンファラオにとって、最も厳しかったは外枠からの発走となったケンタッキーダービーぐらいで、他のプリークネスSとベルモントSは先頭に立ってそのまま押し切るという楽なレース。アメリカンファラオ1頭の力が抜けていたとみることもできるし、アメリカンファラオを負かすライバルとなるような馬が不在であったとすることもできる。私はどちらかというと後者だが、それはこれまでのアメリカ3冠レースにおける肉と肉がぶつかり合うような壮絶な死闘を見せられてきたからであろう。

アメリカ3冠レースの厳しさは、その苛酷なローテーションもさることながら、アメリカ全土からパワーとスピードを併せ持ったダートの鬼たちが集い、最後は心臓の強さで勝負するようなレースを繰り広げるところにある。タフなローテーションにへこたれない肉体的、精神的な強さが求められつつ、同じように屈強な馬たちをレースで打ち負かさなければならない。自分に克つだけでは足りなくて、相手にも勝たなければならないのだ。少しばかり能力が抜けていたら3つ勝てるわけではなく、誰にも負けることなく、1ヶ月のうちで3つのレースを走り抜ける必要がある。

今年に関していうと、3冠レースすべてに出走したのはアメリカンファラオのみであった。他の馬たちは、ケンタッキーダービーには出走しても、ローテーションのタイトさを嫌い、プリークネスSをパスしてベルモントSへ直行する馬が多かった。つまり、アメリカンファラオ以外の馬たちは3つのレースを走っていない以上、3冠馬になる資格を持っていたのはアメリカンファラオだけだったということである。それでいてプリークネスSは7馬身、ベルモントSは5馬身半も後続を離したのだから、誰もアメリカンファラオを止められなかったということだ。アファームドが3冠を達成したときに執拗に食い下がったアリダーのような馬はいなかった。

たとえ3冠馬になれなかったとしても、未来の血統地図を塗り替えるような名馬もいる。私がアメリカ3冠レースで最も記憶に残っているのは、サンデーサイレンスとイージーゴアの争いである。サンデーサイレンスが直線でヨレながらも勝ったケンタッキーダービーを勝ち、プリークネスSは2頭の歴史にのこる激しいマッチレースの末、サンデーサイレンスが2冠を制し、最後のベルモントSはイージーゴアが圧勝して3冠を阻んだ。この2頭の物語はこれで終わらず、同年のブリーダーズCクラシックでは、サンデーサイレンスが再びイージーゴアを打ち負かしてリベンジを果たしてみせたのだ。特に、プリークネスSの直線の馬体をぶつけ合う叩き合いは、競馬の原点を見ているようで、何度見ても胸が熱くなる。こうしたイージーゴアとの死闘を経て、サンデーサイレンスは日本にやってきて、今があるのだと思うと、競馬がまた違って見えてくるから不思議である。

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眠れぬ夜を

Nemurenuyoruha

ダービーの前夜はなかなか寝付けない。仕事で疲れ果てていたとしても、ダービーのことを考えてしまうと夜も眠れないのだ。もしかしたらあの馬が勝つのではないか、などと想像を膨らませているうちに、心臓はドクドクと脈打ち、遠足前の小学生のように居ても立ってもいられなくなる。馬券を買うだけの私でさえそうであるから、ダービーを前にした、もしかしたら自分にも勝てるチャンスがあるのではないかと思っている騎手は、どんな心境でいるのだろうといつも思う。

ダービーを前にしていつも思い出すのは、「競馬学への招待」という本のあるくだりである。騎手にとってダービーを勝つことは、宇宙飛行士が月面を歩くことと、どこか似た内的体験をするのではないかという一節である。この本の中で私が最高に好きな部分なので、長くなるが引用したい。

「宇宙飛行士の中でも月に行った経験を持つ24人と、他の宇宙飛行士とでは、受けたインパクトがまるで違う。さらに、月に行ったといっても、月に到着して、月面を歩いた人間とそうでない人間とでは、また違う。宇宙船の内部しか経験できなかった人と、地球とは別の天体を歩いた経験を持つ人とでは違うのだ。宇宙船の中は無重力状態だが、月の上は六分の一のGの世界で立って歩くことができる。この立って歩くことができるという状態が、意識を働かす上で決定的に違う影響を与えるような気がする。月を歩くというのは、人間として全く別の次元を体験するに等しい。」

上になぞらえて、著者である山本一生はこう言い換える。

「騎手であることと、ダービーに出走経験のある騎手になることでは、受けたインパクトはまるで違うだろうし、さらにダービーに出走することと、ダービーの優勝ジョッキーになることでは決定的に違っていて、「全く別の次元を体験するに等しい」のである。」

騎手にとって、ダービーを勝つことがどれだけの意味を持つかを、これだけ上手く説明した喩えを私は他に知らない。騎手はダービーを勝つことによって、全く別の次元に昇華する。もしかすると、ダービーを勝つことによって得られる内的体験を求めて、人は騎手になるのかもしれない。

偉大な騎手であった父福永洋一でさえ勝てなかったダービーの栄冠が、手を伸ばせばすぐに届きそうなところまで来ている福永祐一騎手は、どのような心境で日曜日の朝を迎えるのだろうか。故郷を離れ、異国のターフで戦うことを選んだM・デムーロ騎手やC・ルメール騎手、日本のダービーを勝つチャンスを胸に秘めた2人の騎手たちは、果たして今夜は眠れるのだろうか。恩師である松田博資調教師の最後のダービーの夢を託された川田将雅騎手は、直線で叩き合いを演じる姿を何度想像するだろう。騎手だけではない。有力馬を出走させる調教師、厩務員、馬主、牧場関係者もまた、ダービー前夜は眠れないだろう。そしてあなたも、ダービー前夜は眠れぬ最高の夜を過ごすに違いない。

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死闘

Sitou

イギリスやフランスでは、競馬場にピクニックに行くという。文字通り、たとえばコースの内側の芝生に敷物を広げ、柔らかな陽射しに包まれながら、家族や友だちや恋人と話して過ごす。馬券を買うこともあるが、決してそれが目的ではない。たまたまそこで馬券を売っているというだけであって、その日の重賞の勝ち馬さえ知らずに帰ることも多いという。

ヴェルメイユ賞やオークスなど、女性のためのレースがある日は、競馬場はピクニックから社交場へと様変わりする。目に鮮やかな衣装を身にまとい、とびきり縁の大きな帽子を被った女性が、ハイヒールで競馬場を闊歩する。ひと昔前の日本では考えられなかったこんな風景が、最近では日本の競馬場でも少しずつ見られるようになってきた。私の競馬友だちの女性は、昨年のヴィクトリアマイルの日、JRA主催のドレスアップパーティーに参加して、華やかな衣装を身にまとい、縁の大きな帽子を被って、7階席のベランダから観戦したという。

ヴィクトリアマイルは、古馬牝馬による春の女王決定戦という位置づけで創設された。秋のエリザベス女王杯が3歳馬と古馬の世代交代という意味合いが強いレースであるのに対し、春のヴィクトリアマイルは今まさに成熟した女性だけによる華やかなレースである。ダンスインザムード、コイウタ、エイジアンウインズ、ウオッカ、ブエナビスタ、そしてヴィルシーナ。過去のどの勝ち馬を見ても、今にも踊って歌い出してしまいたくなるような名ばかりだ。

しかし、レースが始まってしまえば、一転、競馬はモノクロの世界に様変わりする。華やかな衣装に身を纏っていたはずの美しいサラブレッドは、500kgの筋肉の塊のアスリートと化す。息遣いは激しく、目をむき出し、互いに体をぶつけ合い、蹄鉄同士が擦り合わさって火花が散る。人生にチャンスはたった一度だけ。女の意地に賭けても負けられない。そんな心意気に応えるように、ジョッキーも必死の形相で馬を追い、鞭を振るう。競馬はピクニックであり、観劇であり、スポーツであり、そして死闘でもある。それでいいのだ。

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春のG1戦線を占う(牡馬クラシック路線)後編

Realsteal

以下、スプリングSが終わった直後に書いた内容だが、掲載するタイミングを失してしまっていた。「春のG1戦線を占う(牡馬クラシック編)」を皐月賞の直前にアップするのは気が引けるが、せっかくリアルスティールとダノンプラチナについて述べているので、参考にしてもらえれば幸いである。

スプリングSが終わり、牡馬クラシックの勢力図がほぼ確定してきた。日本ダービー以降は別の話だが、日本ダービーまでのクラシック戦線を勝ち抜くには、現時点で競走馬として完成していなければならず、能力や才能が溢れんばかりに示されていなければならない。その片鱗が見える程度では、日本ダービーを勝つのは難しいということだ。もちろん、今から皐月賞まで、また皐月賞からダービーまでの間に大きく成長を遂げる馬もいるが、この段階においてはっきりとしたベースがあってこそ。そういった意味において、皐月賞や日本ダービーを勝つ馬は私たちのすぐ目の前にいるということである。

スプリングSは例年になくレベルの低いレースであった。最近の傾向としては、弥生賞よりもスプリングSの方がスピードとスタミナの絶対値を問われる、トライアルとしては相応しいレース内容になることが多かったが、今年は逆となった。弥生賞の方がレベルの高いレースであり、少なくとも皐月賞においては弥生賞組を重視して考えるべきであろう。スプリングSを勝ったキタサンブラックは、スローペースの流れに2番手で乗り、絶好のポジションを走って勝利した。北村宏司騎手の好騎乗が光ったものの、再度同じようなレースができるとは言い難く、本番で問われるスピードやスタミナがあることを証明したレースではなかった。馬体に幼さを残している馬であり、レースセンスの高さは評価するとしても、クラシックを勝てるほどの器ではない。

2着に敗れたリアルスティールは負けるべくして負けた、いや負けるべきレースを負けたと言ってよい。八百長ということではなく、陣営としては負けても良いと思っていたレースではないだろうか。日本ダービーという大目標を考えると、この段階で馬を追い詰めて勝っても、最後まで持たない。かといってレース間隔が開きすぎるのも調整が難しいので、レースを使いつつ体調を保ち、なおかつ馬がレースで経験を積むことができれば最高である。そんな思惑が良い形で結果となったレースであり、対外的にはどうコメントするか分からないが、陣営としては負けて納得のレースであったに違いない。さすが矢作調教師という負け方であった。

陣営にとっての唯一の不安材料としては、リアルスティールが道中で苦しがる姿を見せていたことだ。共同通信杯ではスタート直後に少しだけバカついたに済んだが、今回のスプリングSでは随所にレースを嫌がって、首を上げる素振りを見せていた。良い解釈としては、完全に仕上げていない余裕残しの馬体ゆえに馬が苦しがっている、悪い解釈としては、この馬の潜在的に持つ気性がレースを重ねるごとに表面化してきているということだ。今の段階では、どちらとも言えないが、前者であれば、リアルスティールがクラシックホースになる可能性は高く、後者であれば、今後のレースで(能力は高くとm)かなり操縦の難しい馬となるだろう。

2歳王者であるダノンプラチナは好仕上がりで臨み、道中もしっかりと折り合って完璧なレースをしたが、最後のひと伸びを欠いて3着に敗れた。ステップレースとしては最適に思えるが、3歳になっての成長がいまいち感じられず、叩いて大きく変わりそうな印象は受けなかった。もちろん、ひと叩きされて、次の皐月賞に向けて上向いてくるだろうが、ダービーまで突き抜けてしまうような強さが見られなかった。負けて強しという内容ではなかったということだ。今年こそ蛯名正義騎手がダービージョッキーになるかもしれないと考えていたが、一旦白紙に戻さなければならない。陣営にとっても、期待外れの負け方であり、ここからどう巻き返していくのかという難題が残された。

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そろそろペースの違いにも目を向けた方がいい。

Dubaiworldcup2015今年のドバイワールドカップには、ジャパンカップを圧勝したエピファネイアとチャンピオンSと東京大賞典を連勝したホッコータルマエが出走する。芝のチャンピオンディスタンスの頂点を極めた馬とダートでは向かうところ敵なしの馬という、芝とダートの最強馬が揃って臨むのだから、現時点における最高の布陣と言ってよいだろう。それでも、ドバイワールドカップというレースには、シーマクラシックや他のレースとは違い、絶対の自信を持って臨むことのできない、摩訶不思議な怖さがある。日本の芝とダートの両雄が揃って大敗を喫してしまうのではないか、という不安を拭うことができないのだ。

ドバイワールドカップは1996年に開幕され、当時のダート最強馬であったライブリマウントが意気揚々と挑んだものの、11頭立ての6着と大敗した。それ以降、トゥザヴィクトリーの惜しい2着はあったものの、着順以上の大敗を喫してしまう我が国のダートの鬼たちを見て、同じダートの競馬でも世界のレベルは恐ろしく高いということを痛感した競馬ファンもいたはずだ。その壁の高さは、日本馬がケンタッキーダービーやブリーダーズCクラシックに出走したときに感じたそれであり、つまり全く競馬をさせてもらえないという絶望感でもあった。

光が射し始めたのは、2010年からメイダン競馬場に舞台が移され、レースがオールウェザーで行われるようになった頃のこと。その予感は翌年2011年にヴィクトワールピサがドバイワールドカップを勝利し、2着にもトランセンドが入ったことで的中した。馬場がオールウェザーであれば日本馬も力を出し切ることができるという確信に変わった。ところが、2012年にはエイシンフラッシュは6着、スマートファルコンは10着、トランセンドは13着に大きく敗れ、昨年はベルシャザールもホッコータルマエも2桁着順に甘んじてしまった。この結果だけを見て、やはりオールウェザーは芝馬の方が合っていると考えるのは早計であろう。そして、今年からまたダートに戻る以上、今度はダートが得意な馬を連れていくべきだと考えることも短絡的だ

馬場を問うことは決して間違ってはいないが、それは結局のところ、エピファネイアはダートが合うのかどうかという発想に終始してしまう。もちろんエピファネイアは血統的にも馬体的にもダートで走れるだけの下地はあり、ダート向きのパワーと前進気勢も溢れていて、角居調教師の言うように、芝よりもダートの方が強い可能性だってある。日本競馬は芝のレース体系が充実しているから芝を使っているだけであって、状況や所が変われば、走る馬場も変わって当然である。こればかりは、走ってみなければ分からない。また、日本のダートとメイダンのそれを比較して、メイダンの方が力を要するという分析も同じように一面的であって、日本の最強のダート馬たちがダートで行われたドバイワールドカップで凡走を繰り返したこと、そしてこれからもそうなることの説明にはならない。

前置きが長くなってしまったが、ドバイワールドカップの謎を解き明かすには、ペースという要素を取り入れなければならないのである。いわゆる道中で刻まれるラップや流れということ。馬場うんぬんよりも、ペースの方が重要なのではないか。日本馬がなぜケンタッキーダービーやブリーダーズCクラシックやドバイワールドカップで大敗を喫してしまうのか、レースに参加させてもらないのかというと、馬場が合わないというよりも、アメリカ型のペースで流れる競馬を経験したことがないからである。スタートからガンガン行って、途中で脱落していく馬もいて、最後は心臓でもうひと踏ん張り、ふた踏ん張りできる馬が抜け出すという競馬である。ヨーロッパ型の道中で我慢して我慢して、最後に爆発させるという競馬とは対極にあるそれだ。現代の日本の競馬はヨーロッパ型のレースに傾いていて、日本の馬たちは(ダート馬も含め)本当の意味においてアメリカ型のレースをしたことがない。だからこそレースに付いて行けず、または楽に付いて行っているように見えても直線に向くと余力が残っていない。それは中央交流レースで地方馬が競馬にならない(レースに付いていけない)ことに似ている。能力に大きな差があるというよりも(それも多少なりともあるが)、そういう流れの競馬をした経験がないことが大きい。

アメリカ型の競馬に慣れるには、少なくとも半年か1年をかけて、現地のレースで数戦することが必要になる。それは現実的ではないので、ドバイワールドカップを日本馬が勝つにはアメリカ型のレースにならない、つまりペースが落ち着いてくれる必要がある。ヴィクトワールピサが勝ったときのように、日本馬がレースの主導権を握り、誰からも妨げられることなくペースを落とし、自分たちの得意な型の競馬に持ち込まなければならない。それは作戦であり戦略でもある。馬場が合うかどうかばかりに気を取られていては勝ち目がない。それは走ってみなければ分からないことであり、それよりもレースの主導権をどう握るか、ペースをどうつくるかに着目すべきだろう。そろそろ私たちは馬場ではなく、ペースの違いが結果を大きく左右することにも目を向けた方がいい。

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牡馬クラシック路線を占う(前編)

Satonocrown

続いて、牡馬のクラシックを占ってみたい。まずはすでに終わっている弥生賞組から。弥生賞を勝ったサトノクラウンは異質なタイプの強い馬である。何が異質かというと、その血統背景と走りが一致しないということ。父はラストタイクーン系のMarju(マルジュ)。Marjuはアイルランドの生産馬で、自身は英ダービーを2着、セイントジェームスパレスSを勝利した程度の実績しかないが、姉にサルサビルという英1000ギニー、英オークス、愛ダービー、ヴェルメイユ賞を勝った名牝いて、その良血を買われて種牡馬となったのだろう。母ジョコンダⅡはアイルランド産馬。繁殖牝馬としての価値を認められ、日本に輸入されてからステイゴールド、ディープインパクトと種付けされている。

つまり、サトノクラウンは本来、日本の競馬向けの軽さを持った血統ではない。まさかこのような活躍を見せるとは思われていなかったのではないか。しかし、その馬体にも走りにも軽さがあり、奥が深い馬という印象を受ける。血統的にはスタミナがあるのは明らかで、距離が延びてさらに良さが出るはずだし、逆にデビュー2戦目で1800m、3戦目で2000mの重賞を勝っていることが驚きだ。サトノクラウンの特徴としては、賢さ(レースに行ってからの操縦性の高さ)が挙げられる。スタートが上手で、道中で力まずリラックスして走れるので、無駄な力を使うことがない。ゴーサインを出すと、手脚が軽く、馬体が沈むように伸びていくフォームも素晴らしい。上がり33秒台の瞬発力勝負にも対応でき、弥生賞のような上がりが掛かる競馬になれば、この馬のスタミナがより強調される。

現時点では、ほぼ隙がない馬であるが、この先の懸念材料をひとつだけ挙げるとすれば、馬体をつくりすぎてしまうことだ。堀厩舎の管理馬は、サラブレッドの絵画から抜け出てきたような理想的な馬体をしている馬が多く、それは飼料から調教法に至るまで、独自のメソッドに則って馬をつくることを意味する。ただ、サトノクラウンに関しては、あまり馬をつくりすぎてしまうと、長所を消してしまうことにもつながりかねない。現時点でのサトノクラウンを見ると、良い意味での馬体の緩さがあるからこそ、血統的背景がもつ本来の重さを打ち消している。もし馬体をつくりすぎて、緩さが失われてしまうと、軽ささえも失ってしまうことになりかねない。そうなると、日本の軽い馬場に合わない走りになり、欧州の重さが足かせになってしまうだろう。この馬に関しては、できるだけ馬を軽くつくるように調教を施したほうが良い。それからもうひとつ、連勝はいつか止まる。クラシック本番に向かうにあたって、負けていないということは逆に不安材料になるだろう。

弥生賞で圧倒的な1番人気ながらも7着に敗れたシャイニングレイは、個人的にはそれほどの大物ではないと感じる。ディープインパクト産駒にしては、筋肉が硬く、母系のパワーが前面に出ている。弥生賞はキャリアの浅さが露呈してしまったのだろう。距離が延びて良いタイプでは決してないが、皐月賞が行われる2000mまでは問題なく、馬場が重くなってくる皐月賞の舞台は合うはずだ。今年のメンバーで皐月賞を勝てるイメージはないが、巻き返しは可能である。ブライトエンブレムは、気性面の難しさもあり、末脚一辺倒の競馬しかできないことがネック。調教でももう少しきちんと走られるようにならないと、G1レベルのレースでは通用しない。

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牝馬クラシック路線を占う2015

Catcoin

チューリップ賞が終わる前に書いておきたかったのだが、後藤浩輝騎手のことがあって、書きそびれてしまっていた牝馬クラシック路線について。なぜチューリップ賞の前が良かったかというと、チューリップ賞が行われた後では、大体の勢力図が決まってしまうからであり、たとえばブエナビスタやハープスターのような別格の馬がいる場合はなおさら、その路線の未来を占うことにさほどの意味がなくなってしまうからである。ただ、今年はそれほど抜けた存在がおらず、チューリップ賞の結果もおよそ予測通りであったが(重馬場で行われた以外は)、未だに混沌としているのも確かである。

混沌としていると言っても、今年の牝馬クラシックは良い意味で粒ぞろいである。一枚力の抜けた存在の馬が数頭いて、むしろ百花繚乱と言ってもよいぐらい。その中でも、阪神ジュベナイルFを勝ったショウナンアデラは素晴らしい素質を秘めている馬だ。2歳の牝馬にしてあれだけの脚を使える馬は滅多にいないし、それはブエナビスタやウオッカのそれとは違い、どちらかというとハープスターのそれに近い、私はドリームジャーニーが朝日杯フューチュリティSで使ったそれを想起したが、ゴール間際に外からトップスピードで飛んで来るような末脚である。ディープインパクト産駒としては心配な馬体重も460kg台と申し分ない。あとは自身の体質の弱さとの戦いとなる。本番に直行というローテーションになるのは大きなハンデだが、そこは名門二ノ宮厩舎の腕の見せ所だろう。

同じ二ノ宮厩舎のキャットコインの素質も相当だろう。肉体的にはまだまだだが、柔軟な可動域とバネの良さを最大限に活かして走っている。レースに行ってからは素直に鞍上の指示にも従って走れるように、レースセンスも高い。母父ストームキャットという、ディープインパクトに優先権がありそうな馬がステイゴールドに回ってきて、ステイゴールドの種牡馬としての良さがさらに証明できそうな血統でもある。ナカヤマフェスタ、ナカヤマナイトなど、ステイゴールド産駒を扱わせたら右に出る者はいない二ノ宮敬宇調教師が管理していることも頼もしい。あとはもう少し馬体重が増えて、パワーアップを望みたいところだが、それは一朝一夕で成しえることではなく、時間を掛けて力をつけていくものなので、その過程でクラシックに出走し、タイトルを手にすることができるかどうかという話である。

3連勝と負け知らずのルージュバックも強い。新馬戦からきさらぎ賞まで、レースのレベルが上がりつつ、それに伴ってパフォーマンスも上がっていくという底知れなさ。馬体だけを見ると、正直に言って、それほどの馬には見えないが、この馬の良さは走り出してみると分かる。とにかく前駆のかき込みが力強くてかつ軽い、素晴らしいフットワーク。やや首を高く保って走る姿は父マンハッタンカフェ譲りか。表情からも気性の良さが伝わってくるようで、無駄なことに力は使わないだろうし、輸送などによる精神的負担も少ないタイプだろう。もちろん、馬体的にはまだ成長の余地は大きく残しているが、現時点でも相当に安定感がある。上記の2頭がローテーション的には順調に行っていない分、そういった点では一歩リードしている。

最後にもう1頭は、チューリップ賞を勝ったココロノアイである。重馬場をスイスイと走って勝利したが、たとえ良馬場でも結果は同じであったはず。阪神ジュベナイルFを3着したあと、休養が上手く行ったのだろう、プラス10kgの馬体重で出走してきた。馬体を見ても、筋肉が柔らかくふっくらと保たれており、ただ単に体重を増やしたということではなく、しっかりと充電ができたことが見て取れた。しかもこれで2度目の関西遠征であり、精神的にもタフなのだろう。血統的には母の母が懐かしいマックスジョリーであり、母系はスタミナの権化である。距離が延びてより良さが出るのでオークスが最高の舞台だが、阪神のマイル戦であれば好走は間違いない。あとは普段から気持ちのコントロールができるよう、極めて慎重に調教が進められることを願う。

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追悼:後藤浩輝騎手 【再掲】あえて苦言を呈する 

半年間の米国滞在を決めたとき、彼はまだ勝ち鞍も通算100勝に満たない、若手騎手のひとりだった。大リーグを例に取れば、高校中退後、すぐにメジャーリーグを目指して米国に移り住んだ、鈴木誠投手に似ているかもしれない。

後藤はなぜ、あのとき米国競馬に飛び込んでいったのか。

その理由を本人から聞いたことがないのでわからないが、日本では得られないものを米国で得よう、という気持ちだったのだろうか。

それにしても、デビュー5年目にして単身で米国へ渡ったのだから、勇気があるというか、たいしたものだ。しかも、彼は米国競馬を吸収し、かなり大きくなって、アメリカをそのまま全部もって帰ってきた。その姿は完全なアメリカンスタイルといえる。

そう簡単に騎乗スタイルを変えられるものではないので、天性の素質が高かったのだろう。日本では見つけられなかった素質を、アメリカで発掘してきた、といえる。また、帰国後の彼の大きさを見ていると、それなりのことを米国でしてきたことがわかる。

気になることもある。あまりにも米国流をやりすぎているように見えるのだ。

3コーナーから一気に押し切るアメリカ型競馬を日本でやり、後ろの馬に差されるケースが目につく。

「あまりアメリカ一辺倒でもまずいよ」と話したこともあるのだが、いまでも彼はステッキの使い方、姿勢、勝つレースなど「これぞアメリカ」という競馬を貫いている。

日本の競馬は欧州と米国の中間といえる特殊なスタイルであり、そこでアメリカ一辺倒の競馬をしても限界がある。日本にあった騎乗を頭の中に入れて、もう少し柔軟になってもいいのではないか。

彼ならさらに飛躍できる、と信じているからこそ、あえて苦言を呈する。

(「口笛吹きながら」より)

Nohirayuuji

今、こうしてしっかりと騎手の乗り方について苦言を呈することができる人はほとんどいない。いや、昔からいなかったのだが、祐ちゃん先生だけは例外だったと言うべきか。祐ちゃん先生がかつて騎手であり、実績があったからではない。日本の競馬の中で、騎手の乗り方に表立って口をはさむことは、ある種タブーであったのだ(今もそうありつづけている)。他のスポーツでは当たり前に行われているような指摘も、それが騎手に向けられると批判や非難となってしまう。日本の競馬の世界では、ジャーナリズムが機能しにくいのだ。そこには競馬村の閉塞感があり、日本の競馬は文化であり、スポーツであると胸を張って言えない状況がある。

祐ちゃん先生が苦言を呈したのは、後藤浩輝騎手ではなく、後藤浩輝騎手の乗り方に対してである。あまりにもアメリカ流をやろうとしすぎて、仕掛け(動き出し)が早くなってしまいがちな点を指摘したのだ。アメリカの競馬ならばそれで押し切れても、日本の競馬はアメリカ型とヨーロッパ型のレースが玉虫色的に混在しているため、ひとつの型ばかりだとどうしても勝ち切れないレースが出てくる。もしどんなレースにも対応したいと望むなら、日本に合ったスタイルに柔軟に変化させてゆく必要があるということだ。後藤騎手にとっては厳しい指摘かもしれないが、そこには日本競馬の将来を担うべき後藤騎手への期待と愛情が込められている。

もっとはっきりと言うと、後藤騎手に足りなかったのは、道中で脚をためて、最後の直線で爆発させる力である。これは完全にヨーロッパ流の乗り方であり、実は祐ちゃん先生も欧州の競馬に長期滞在したときにぶつかった壁であった。あのスピードシンボリをして、最終コーナーまで抜群の手応えで回ってきたにもかかわらず、勝ったと思ったその瞬間に、並ぶ間もなく抜き去られた。静と動のギアチェンジにおける、日本とヨーロッパの騎手の技術の違いを肌で感じた瞬間であったという。道中で同じように馬に乗っているように見えても、ヨーロッパの騎手が“溜める”だとしたら、日本の騎手は“抑える”だとも語った。

京成杯で1番人気のアドマイヤブルーに跨った後藤騎手の騎乗を見て、祐ちゃん先生のそんな話をふと思い出した。後藤騎手がアメリカ流をやりすぎているとは思わないが、道中で脚をためて、最後の直線で爆発させるのが不得手だとどこかで感じているからこそ、意識的にもしくは無意識的に早めから動いてしまう、または馬が察して動いてしまうのだろう。じっくりと脚を溜めて、びっしりと追った方が良いタイプのアドマイヤブルーとは、馬が合わなかったということだ。もちろん一方で、そうして積極的に動いて、ゴールまで我慢させて勝ちを拾ってきたレースがたくさんあることも事実である。そして、おそらく、当時まだデビュー5年目であった後藤騎手が、単身でアメリカに渡った理由もここにある。アメリカ競馬に対する単なるあこがれだけではなく、静と動のギアチェンジにおいて分が悪い騎手としての自分を冷静に見極めて、早めに動いて我慢させるアメリカ流に賭けてみたのではないか。その試みは見事に成功したといえる。自分の弱点を補って余りある強みを身につけて、後藤騎手は日本に戻ってきた。それからさらに強みを磨き、通算1300勝(2012年1月17日時点)を積み上げて、一流と呼ばれる騎手に成長したのだ。祐ちゃん先生の目は確かであった。

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騎手・後藤浩輝の分まで生きる。

Theansweris

ヌ―ヴォレコルトがゲートから飛び出した瞬間、私の視線は岩田康誠騎手に釘づけになった。中山記念は馬券を買っていなかったので、何の先入観もなく観るつもりでいたが、不意に胸を衝かれた。これから何かが起こる。岩田康誠騎手の身に何か大変なことが起こるのではないかと予感したのだ。競馬ファンはもちろん、誰しもが見たくないような大きな事故。誤解を恐れずに書くと、私の脳裏には、突然に崩れ落ちた馬に巻き込まれ、私たちの想像を絶するような凄惨な姿となってターフに横たわる岩田康誠騎手が浮かんでは消えた。雨が降りしきり、ぬかるんだ馬場という最悪のコンディションで競馬が行われている中、先日の故後藤浩輝騎手の一件もあったからに違いないが、何とも良いようのない不穏な空気を察知してしまったのだ。

その重苦しさは、第1コーナー、第2コーナーと、コーナーを回るごとに強くなっていく。岩田康誠騎手の乗っているヌ―ヴォレコルトは、今にも前の馬に乗り掛からんばかりに気持ちが乗っている。私の胸は張り裂けそうになった。もしかしたら、岩田康誠騎手はそういった形で自分を傷つけることで、何らかの責任を引き受けようとしているのではないか。そんな愚かな考えさえ去来した。とにかく何ごとも無くレースが終わってほしい。そればかりを念じた。勝ち負けなんてどうでもいい。もう誰ひとりとして死んでほしくない。私の思考は振り切れてしまいそうであった。

最終コーナーを回り、直線の攻防に向いたところで、ひと足先に先頭に踊り出たロゴタイプと内ラチの間にある、1頭分あるかないかというスペースに岩田康誠騎手が突っ込んだ。私の目からは、岩田康誠騎手とヌ―ヴォレコルトの姿が消えたように見えた。まるであちらの世界に行ってしまったかのように。それはずいぶん長い時間のように私には思えた。私が正気に返ったのは、彼らの姿が再び現れ、そこから岩田康誠騎手の渾身の追い出しに応えるように、ヌ―ヴォレコルトがグイッと前に出た瞬間であった。

普通ならあそこのスペースには入ってはいけない。あのスペースは空いているように見えて、入ろうとすると閉められるそれである。これからというところで減速してしまうと致命傷になるし、なおかつ狭いところで詰まってしまうと危険でもある。それは何が起こるか分からないからという意味であり、だからこそ誰もリスクを承知であそこには入ろうとはしない。それは暗黙のルールのようなものであり、C・デムーロ騎手も日本の競馬場であそこを突かれることはないという油断があったかもしれない。その一瞬の隙を、岩田康誠騎手は見逃さなかったのである。

ゴールの瞬間、私は思わず手を叩いてしまった。力強く、2度、3度。これが私の見たかったものだ。これが答えなのだ。後藤浩輝騎手のために乗るとはこういうことなのだ。外国人ジョッキーたちと一緒に乗るとはこういうことなのだ。実はこの2つの事象は密接につながっていて、共に切磋琢磨してきた騎手としての弔い方であり、これからの騎手として戦い方なのである。岩田康誠騎手は重賞だからこう乗ったのではなく、騎手として園田競馬場でデビューしたときから、毎レース毎レース、常に危険と隣り合わせで命を削って乗ってきたのだ。口先だけの評論家や仲良しグループはまた危ないとか責任だとか言うかもしれないが、本当の意味において、騎手・後藤浩輝の分までこれからも生きるというのはつまりこういうことなのだ。

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僕たちは生きてゆく

Wearestillalaive by M.H

後藤浩輝騎手が亡くなった。ついこの間、もしかしたらと思って「拝啓 後藤浩輝様」を書いたが、私の想いは彼には届かなかったようだ。後藤浩輝騎手が再びG1レースのゴールを先頭で駆け抜けるとき、私の手に単勝馬券が握られていることはもうない。それぞれに生き方があるように、死に方もそれぞれだ。なぜだと問うても、それは本人にしか分かり得ないことだし、意味がない。残された家族のことを考えたら死ぬべきではない、なんて口が裂けても言えない。それでも、ひとつだけ分かることは、男が四十を越えると、明日も生きているかどうかは分からないということだ。そう思って、僕たちはこれからも生きてゆく。後藤浩輝騎手、安らかに。

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春のG1戦線を占う(スプリント路線)

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もうすぐ3月を迎え、気がつくとG1戦線の季節が近づいてきた。春の到来を肌に感じつつ、今年はどのような白熱したレースが観られるのかと想像が膨らむ。ドバイなどの海外に渡る馬もいれば、春は国内に専念する馬もいる。今年はディープインパクトやオルフェ―ヴル、ロードカナロアのような大物が不在であり、日本国内のG1レースのどの路線を見渡しても、これといった中心的存在がはっきりとは見えてこない。だからこそ、余計に想像は膨らみ、妄想となる。その妄想の一端ではあるが、春のG1戦線を占うという主旨で書いてみたい。毎年、ここで書いたことは結構当たっているのだが、書いたことに自分の予想が縛られないように、あくまでもざっくりと。

まずはスプリント路線から。もうすぐ目の前に高松宮記念がある以上、真のスプリンターはすでに動き始めている。高松宮記念をステップにしつつ、本当の目標は安田記念なんていうスタミナも兼ね備えたロードカナロアのような馬は見当たらないので、今年はスプリント路線とマイル路線を分けて考えてみたい。

2014年のスプリントG1を振り返ってみると、高松宮記念は中京競馬場、スプリンターズSは新潟競馬場と、いずれも左回りのコースで行われたことからも、例年以上に参考レースとなるだろう。スプリンターズSの覇者スノードラゴンは脚部不安ということで、残念ながら春は全休らしい。そうなると、高松宮記念3着、スプリンターズ2着、そして香港スプリントでも3着に入ったストレイトガールが最有力となる。が、ステップレースを使わずに(使えずに)、高松宮記念に直行するという。ぶっつけでも走るタイプではあるが、香港遠征を含めた昨年秋シーズンの疲れが癒えてから調教を開始すると、ステップレースには間に合わなかったというのが実際のところだろう。それでも勝ち負けになる能力は十分にあるが、最後の詰めの1、2完歩でひと叩きできなかった差が出るかもしれない。

全体的に見て、有力なのはスプリンターズS3着のレッドオーヴァルだろう。昨年のスプリンターズS時は、夏に使われてきたこともあり、肉体的にも精神的にもギリギリの状態での出走であった。もう少しフックラとしている方が走る馬なので、スプリンターズSでは評価しなかったが、それでも3着に入ったように、スプリンターとしての資質は高い。そういう意味で、その後の京阪杯は余計であったと思う。惜しいレースをして悔しい気持ちは分かるが、そこをグッと我慢して、来年に備えるのが正しい選択である。幸いにして、レッドオーヴァル自身が無理をしなかったので(9着)、今年へと望みはつながった。馬体重が450kgを超えてくるのが理想で、休み明けの阪急杯ではその点をしっかりとチェックするべきである。

昨年の高松宮記念の覇者コパノリチャードにもチャンスはある。雨が降ったらの話ではあるが。コパノリチャードのようなタイプは、スプリントでもなくマイルでもない1400mのレースが最も力を発揮できるので、良馬場のスプリントG1ではややスピード負けしてしまう。昨年は雨が降って上がりが掛かる競馬になったことが幸運であった。阪急杯が良馬場で、高松宮記念が不良馬場、これがコパノリチャードにとっての理想だろう。さすがのコパさんの風水を使っても、そんなに上手く事が運ぶとは思えないが。同じことはミッキーアイルにも言えて、この馬もベストは1400mの距離ではないか。肉体的に成長を遂げれば別だが、現時点では帯に長し、襷に短しというタイプである。

阪急杯に出走するダノンシャークは、スプリント路線に矛先を変えても面白い存在になる。大久保調教師が大事に使ってきたことで、ここにきて馬体重が安定して、さらにパワーアップしてきそうだ。とはいえ、すでに7歳を迎えており、衰えは否めない。高齢になるとスピードが落ちるというよりも、むしろ集中力が落ちる。それゆえに、年齢を重ねるにつれ、距離適性が短くなったりする馬もいるが、そのことを逆に利用するのも手である。ダノンシャークは本質的にはマイラーだが、集中の持続が難しくなる年齢だけに、距離を短縮した方が馬の力を出し切りやすいのである。

もう1頭挙げておくと、シルクロードSを勝ったアンバルブライベンにも注目である。なにせあの高校生の頃には名前を口にするのも憚られたチェリーコウマンの仔である(笑)。昨年の秋から使い詰めで来ているので大きな上積みはないが、母譲りの渋太さと根性はある。行き切って、そこまで粘れるかだが、掲示板には載れるぐらいの好走は期待できる。

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ローブティサージュの気持ち

Robetissageローブティサージュが京阪杯でゲート入りを拒み、発送委員がムチを数回入れたことが朝日新聞でも取り上げられ、問題になった。あの映像だけを見て、動物虐待だとまで叫ぼうとは思わない。人間よりも10倍ほど大きい馬に対して、ある程度は毅然とした姿勢を持って接するべき役割の人がいることを一般のファンはもう少し知っておくべきだが、今回はメンコを被せれば素直にゲートに入るはずのローブティサージュに対する発送委員の対応がまずかったことも確かである。ムチを使うことで言うことを聞く馬もいれば、メンコを被せることで従順になる馬もいるということ。そして、映像に見事に収められてしまった最後のひとムチは余計だった。

この問題について考えるとき、私たちがまず想いを寄せるべきなのは、ローブティサージュの気持ちである。発送委員にムチを入れられたことは問題の一面であり、表面でしかなくて、その背景にはもっと暗い闇がありそうな気がするのだ。そもそも、なぜローブティサージュはあれほどまでにゲート入りを拒んだのだろうか。普通にゲートに入っていれば、発送委員もムチを振るってまで馬を追い込むことはしなかったし、今回のようなことは起こらなかったはず。順番に考えていくと、ムチを振るわれる前からすでに、ローブティサージュはレースで走りたくなかったことになる。

レースや競走そのものが嫌いな馬もいるし、体調が優れないゆえに今回は走りたくないという馬もいる。肉体を極限まで酷使して走りたい馬など、ほとんどいないと言ってよい。あのメジロマックイーンがでさえ、ライスシャワーに負けた天皇賞春で枠入りを拒んだことは有名な話である。頭が良い馬ほど、これから自分の身に何が起こるのか知っているものだ。苦しい思いをするのが分かっているからこそ、ゲートに入ろうとしない。それは実に分かりやすい意思表示であり、私たちはまず彼ら彼女らの気持ちを理解しようとしなければならない。

ローブティサージュはたまたま京阪杯でゲート入りを拒んだのではなく、普段は馬場入りもゴネるそうだ。そういう話を聞くと、そもそもローブティサージュは競馬をすること自体に嫌気が差していたということだと思う。そういう反応を示し始めたのはいつ頃からなのか。そもそも原因は何なのか。もし原因があるとすれば、それを取り除いてあげることはできないのか。普段からの接し方を変えたり、調教の強弱を調整することで改善することもあるし、適度に休ませることで、肉体的にも精神的にもリフレッシュさせることもできる。

ムチを使って強制的に馬をゲートに誘導することは動物虐待であって、嫌がる馬を無理に走らせ続けることが動物虐待ではないという理はない。その線引きは実に難しく、サラブレッドが経済動物でもある以上、私たちは常に人間のエゴと馬の気持ちとのバランスを取っていく必要がある。競馬を愛することと馬を愛することがイコールで結ばれるのが理想であり、そのためにも私たちは、目に見える一面からだけではなく、その背景にあるものも含めて、馬が人間に語りかけてくる心の声に耳を傾けなければならないのだ。

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参考エントリ
「ガラスの競馬場」:馬を止めるのも騎手の仕事

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人生は宝くじなんかじゃねえ

Staygold

ステイゴールドは最後まで人間の思うようにはならない馬であった。種牡馬としての実績を積み上げ、絶頂を極め、これからさらなる活躍を期待されている最中に、突然、天国に逝ってしまった。彼のことを意外性の馬という人もいれば、人智を超えた馬という人もいる。つまり、表現が違うだけで、よく分からない馬だったということだ。それは理解しがたいということではなく、私たちのサラブレッドを計る尺度において、理解を超えていたということである。少なくとも私は、現役時代には彼がそれほど強い馬だと思っていなかったし、サラブレッドとしての資質の高さも見抜けなかった。

私はステイゴールドのファンでもなかったが、レースの記憶の片隅には彼がいる。サイレンススズカが初めてG1レースに出走し、どれだけ大差をつけて勝つのか胸が張り裂けそうだった宝塚記念にて、エアグルーヴと2着争いを繰り広げたのがステイゴールドであった。また、サイレンススズカが競走を中止した天皇賞秋でオフサイドトラップと接戦を演じたのもステイゴールド。京都大賞典を惨敗し、燃え尽きたかと思われたスペシャルウィークが後方一気で差し切って、見事に復活を果たした天皇賞秋で2着したのもステイゴールドである。私の視線は常にサイレンススズカやスペシャルウィークを追っていたが、その片隅には確かにステイゴールドが映っている。

それでも、ステイゴールドが種牡馬として成功しなければ、それらの記憶は風化してしまっていたに違いない。彼は自らの力で運命を切り開き、私たちの記憶を鮮やかに蘇らせた。サラブレッドは現役時代の成績だけではなく、血を後世に残していくことでこそ、その強さを証明する(される)と私は考えるが、ステイゴールドほど私たちを見返した馬はいないだろう。気性の激しさゆえに、レースでは力を十全に発揮することができなかったが、本当のところは、相当に強い馬だったはずである。ステイゴールドの産駒が競馬で勝てば勝つほど、「おまえの馬を見る目なんて節穴だなあ」と彼に言われている気がする。

サラブレッドが種牡馬として成功するためには、今の日本競馬でいえば、社台スタリオンステーションに繫養され、優秀な繁殖牝馬をあてがわれなければならないと私たちは錯覚していたが、そうでもなかったのである。たしかにアグネスタキオンもディープインパクトもそうして成功したように思えるが、それは物事の一端を見ているにすぎない。ステイゴールドは決して肉体的に恵まれた馬ではなかったし、サンデーサイレンス直仔が鎬を削る、競争相手の多い、厳しい時代に生まれてきた。彼は決して運が良かったわけでも、環境に恵まれていたから成功したわけでもない。

あえて言うならば、彼は父や母から受け継いだ優秀な遺伝子を持ち、どんなレースでも他馬に負けたくないという強い気持ちで最後まであきらめず走った。その積み重ねが50戦7勝という競走成績であり、種牡馬としての成功につながったのだ。生い立ちや肉体的ハンディキャップや身の周りの環境や運のなさを言い訳にし、成功や挑戦を半ばあきらめ、人生をシニカルに見て努力できない私たちに、ステイゴールドは活を入れてくれる。

「人生は宝くじなんかじゃねえ。Stay gold.」


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デムーロ騎手とルメール騎手の騎手試験合格に思う

Kisyugoukakuniomoukoto

ミルコ・デムーロ騎手とクリストフ・ルメール騎手が2015年度の新規騎手免許試験に合格し、JRA所属初の外国人騎手が誕生した。この日がいつかは来るとは思っていたが、いざ現実を目の当たりにすると、私にとっても衝撃であり、競馬関係者にとってはさらなる大きな衝撃を持って受け止められたに違いない。私が競馬を始めたおよそ25年前には、地方競馬出身の騎手のみならず、外国人ジョッキーが中央競馬所属の騎手となるとは考えもしなかっただけに、まさに隔世の感がある。世界的に見ると遅々とした歩みであったが、重い門戸が少しずつ開かれ、日本競馬の歴史にとっての大きな変換点となるだろう。ここまで来ると次は、JRA所属の外国人調教師が誕生する日もそう遠くないかもしれない。

M・デムーロ騎手とC・ルメール騎手の素晴らしさや凄さは、これまで散々書いてきたので、主なところを下にまとめておくにとどめる。彼らは30代半ばと円熟期に入っており、ジョッキーとしての資質や技術には並はずれたものがあり、どこが特に優れているということではなく、トータルとして付け入る隙のない完成形のジョッキーたちだ。そしてどちらも日本の文化や生活にも溶け込んでおり、M・デムーロ騎手などは日本人騎手よりも日本人に見えてしまうことさえあるぐらい。東日本大震災の直後、ドバイワールドカップをヴィクトワールピサが日本馬として初めて制したとき、その背で日の丸の旗を掲げたのがデムーロ騎手であったことに、私は何の違和感も覚えなかった。

彼らのような卓越したジョッキーが年間を通して日本の競馬で騎乗することは、長い目で見れば日本競馬にとって大きな財産になるはずだし、その手綱さばきを常に日本の競馬場で観られることは競馬ファンにとっても好ましい。しかし、それは現時点ではM・デムーロ騎手とC・ルメール騎手に限った話であることも確かだ。彼らのように人間的にも優れていて、他の騎手たちにとって手本となり、かつ長期的に日本の競馬で乗り続ける気持ちがあり、周囲からの相互理解も獲得している場合である。逆説的に言うと、日本の競馬でも勝ち続けられるジョッキーたちでなければ、福永祐一騎手の指摘するように公正競馬という意味合いにおいても、私たちの考えもしなかった問題が発生する可能性がある。

日本と世界の競馬とのスポーツとしての構図の歪み(賞金水準と競技レベルの乖離)がある以上、一気に大胆にではなく、日本的に映るかもしれないが、少しずつ様子を見ながら手探りで外国人ジョッキーに参入してもらうべきだろう。そのために短期免許制度を活用しながら、お互いにとって日本の競馬が相応しい舞台かどうかを見極めていくといい。外国人ジョッキーに対する崇拝や偏見があるのも確かだが、時間をかけて付き合っていると見えてくるものはあるはずだ。たとえ腕が達者でも人として尊敬できなければ、やはり騎乗依頼は少なくなるはずで、実はそういったところで相応しくないジョッキーは淘汰されていくし、それは日本人騎手も例外ではない。もしかすると、ジョッキーほどアスリートとしての能力と人間性を同時に問われる職業はないのかもしれない。

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・「世界へ飛び出せ、若手騎手たちよ」
http://www.glassracetrack.com/blog/2013/12/post-db7a.html
・「安藤勝己VSルメールの対談を読んで(前編)」
http://www.glassracetrack.com/blog/2009/01/post-acfb.html
・「安藤勝己VSルメールの対談を読んで(中編)」
http://www.glassracetrack.com/blog/2009/02/vs-c4e6.html
・「安藤勝己VSルメールの対談を読んで(後編)」
http://www.glassracetrack.com/blog/2009/02/vs-85c0.html
・「競馬はいつでも血の滾る」
http://www.glassracetrack.com/blog/2008/01/post_e179.html
・「デムーロ、卓越した騎乗技術」
http://www.glassracetrack.com/blog/2010/11/post-bce5.html

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競馬は孤独なスポーツ

2015年度のJRAのブランドCMがなかなか感じ良い。やはり競馬の魅力は、サラブレッドが走る姿の美しさであり、レースの興奮や躍動感であり、競馬場の開放感である。それらを凝縮し、ターゲットを絞らずにブランドCMをつくると、大体これが完成形に近いはずである。出演している役者やタレントたちも、変に浮世離れしたところがなく自然体なのも良い。瑛太や笑福亭鶴瓶は競馬場に普通にいそうだし、有村架純は個人的に大好きだ(笑)。彼らや彼女の魅力でファンを競馬場に連れてくるというよりは、競馬の魅力の中に彼らや彼女がいるという構図が成り立っている。

JRAのCMで記憶に最も残っているのは、故高倉健と裕木奈江のそれであり、武豊騎手のそれである。健さんが馬券を買ったことがあるのかどうか知らないが、彼からは不思議と競馬や馬に対する愛情が伝わってきた。武豊騎手の「最後の10完歩」は芸術的といって良いほど美しい映像であり、詩的といって良いほど深みのある作品であった。このCMのメイキング映像を見て私は、日本の競馬を背負ってきた武豊騎手の偉大さを垣間見ることができたのだ。

今年のJRAのブランドCMには続きがあるだろうから、ひとつだけ提案させてもらいたい。それは今回のCMに登場した人物たちがどこかでつながるという、ありがちな物語だけはやめてほしいということだ。今回のように、それぞれは別々の人生を生き、それぞれに競馬を楽しんでいて、彼ら彼女らは隣り合っても決して交わることがない。それが現実だし、実はそこに競馬の魅力も隠されていると思う。ふとした偶然で知り合って、競馬を媒介とした仲間になって、競馬場に一緒に行くことになんて「CLUB KEIBA」みたいな流れは勘弁してもらいたい。

競馬は本来、孤独なスポーツである。競馬というと定義が広いので、ここでいう競馬とは、競馬を観たり、予想したり、馬券を買ったり、競馬場に行ったりという、ファンにとっての競馬を指す。私たち競馬ファンにとって、競馬とは知的なゲームであり、本質的にはひとり遊びと言ってよい。ひとりで無我夢中になって考える時間こそが醍醐味である。競馬場はそれぞれの思考とレースの結果を照らし合わせる場であり、手を取り合って遊びに行く場ではない。たまには友人同士や競馬仲間と群れるのも良いが、せっかく自分自身と向き合える貴重な時間と場所を無駄にするのはもったいないと思うのだ。携帯電話やSNSが発達した、孤独を恐れる時代には合わないかもしれないが、競馬は自分と向き合う孤独なスポーツであるとPRしてみてはどうだろうか。

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拝啓 後藤浩輝様

Haikeigotouhirokisama

拝啓 後藤浩輝様

「Gallop2014」のレース回顧における、アドマイヤコジーンに対する愛情溢れる手紙を読んで、思わず筆を執りました。実は私もあなたと同じような想いで、あのレースを振り返っていたのです。新潟競馬場で初めて行われたG1レースを現地まで観に行き、あなたとアドマイヤコジーンに本命を打ち、武豊騎手とビリーヴのあまりの強さに完膚なきまでに叩きのめされました。東京まで帰る車中の苦々しい空気は、今でも鮮明に覚えています(笑)。おそらくあなたたちも同じ気持ちだったと思います。今となっては良い思い出ですね。

私はあなたの中央競馬における初G1レース勝利(安田記念)に立ち会うことができ、しかもあなたたちの単勝馬券を手に握っているという幸運を得ました。馬群の外を綺麗に回って、直線で早目に先頭に立ち、そのまま押し切ったレース運びは見事のひと言でした。直線では、何度あなたの名を叫んだことでしょうか。ただでさえ長い府中の直線が、いつもに増して長く感じたのは、あなたたちだけではありませんでしたよ。

あの安田記念は、後藤浩輝とアドマイヤコジーンの真骨頂であり、あなたたちらしいレースでした。スタンドに帰ってくるアドマイヤコジーンの背で、あなたが涙を隠そうとせず喜ぶ姿を見て、私も胸が熱くなりました。あなたの競馬に対する一途な想い(少し不器用なところはありますが)や向こう見ずな挑戦、そして乗り越えてきた数々の試練や誤解を、僅かばかりですが知っていたつもりでしたので、長い冬を越してようやく春が来たのだと感じました。ピンク色のヘルメットがそれを象徴していました。その後もマイネルレコルト、アロンダイトなどでG1レース勝利を重ね、たまにしか予想が当たらない私もなぜかあなたとは馬券の相性が良く、勝った嬉しさを共有させてもらいました。

ミスター競馬こと故野平祐二さんも、あなたのことを随分と買っていたと記憶しています。デビューして5年目にアメリカに武者修行に行った勇気を称え、その成長に驚き、さらに上を目指してほしいと苦言を呈しもしました。あなたが2007年には関東でのリーディングジョッキーに登り詰めたことを知ったら、さぞ喜んでくれたことでしょう。

しかし、成功とは一筋縄ではいかないものですね。2008年に内田博幸騎手が中央競馬に移籍して、関東に所属することになったことをはじめ、短期免許を得た外国人ジョッキーたちの活躍や若手騎手たちの台頭、2013年には戸崎圭太騎手が中央競馬の関東を主に乗るようになり、大いなる逆風が吹いています。そんな中、2度の落馬事故にも巻き込まれ、もうこのまま引退してしまおうかと思ったことも一度や二度ではなかったはずです。それでもあなたが今こうして馬の背に跨って、レースに乗れているのは、あなたの競馬に対する激しい情熱と負けず嫌いと少しの運、そしてあなたが騎乗する姿を見たいと応援するファンの存在があったからだと思います。

あなたと最後にお会いしたのは、2010年の伊藤正徳調教師の忘年会でした。可愛らしい奥さまを伴い、関係者ひとり1人に挨拶をして回られていた姿を見て、その物腰の低さと爽やかさもあなたの一面なのだと見直しました。他人が自分をどう見ているのか良く分かっている。あなたが過剰なまでにファンサービスをするのも、自分の言動のひとつ1つが見られていて、それが競馬と一括りにして語られることを自覚しているからですよね。あなたがFACEBOOKのページにアップした、岩田康誠騎手とのツーショットの写真は最高の一枚でした。幾多の試練を乗り越えて成長した後藤浩輝と岩田康誠いうふたりの偉大な人間の素顔が映し出されていました。

私の大好きな写真家であり冒険家である星野道夫さんが、アラスカの冬についてこんなことを書いています。

僕はアラスカのそれぞれの季節が好きだ。もちろん冬もである。マイナス50度まで下がる寒い季節だが、冬は、この土地が一番アラスカらしい顔をするときなのだ。

アラスカの一年は、きっと冬を中心に動いていると思う。半年もの長く暗い冬とのかかわりで、ほかの季節を感じてゆく。

それを別の言葉で言えば、人の暮らしを含めたアラスカの自然は、太陽とのかかわりで動いてゆくということだ。この土地ほど太陽の存在を感じ、その位置を見つめながら暮らしてゆく人はいないだろう。

暗黒の冬、その季節でさえ人々は太陽を見つめている。この土地で冬を越すつらさは、決してその寒さではない。あまりにも短い日照時間だ。その中で、12月の冬至は人々の気持ちの分岐点になる。冬至を過ぎれば日照時間が少しずつ伸びてくるのだ。本当の寒さはこれからなのに、人々は1日1日春をたぐり寄せる実感を持つ。

(中略)

アラスカに暮していると、人も自然も、太陽にただ生かされているということをストレートに教えられる。暗黒の冬、太陽が沈まぬ白夜の夏、そしてつかの間の春と秋、自然の営みは太陽の動きとともにドラマチックに進行し、ある緊張感を持っている。人々の暮らしも、動き続ける自然を見つめずには成り立たない。

アラスカの自然は、結局、人間もその大きな秩序の中に帰ってゆくという、当たり前のことを語りかけてくる。アラスカ体験というものがあるならば、きっとそういうことなのだろう。
(「THE GOLD」より)

アラスカの冬が辛いのは、決してその寒さではなく、太陽が当たらないことだと星野道夫さんは言います。ここでいう太陽を、希望と言い換えても良いし、支えてくれる家族や応援してくれるファンと考えても良いかもしれません。逆に考えると、どれだけ寒くても、太陽の存在さえ感じることができれば、私たちはその寒さや冬の辛さをしのぶことができるということです。私はあなたがたくさんの太陽を感じられる人であると思いますし、あなたこそが、多くの人々にとっての太陽となるのです。落馬事故による再起不能とも言われた怪我から、2度もターフに返り咲いた記憶に残るジョッキーとして。そして近い将来、あなたが再びG1レースのゴールを先頭で駆け抜けるときには、私の手にあなたたちの単勝馬券が握られていることを願います。

敬具

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世の中は思い込みに満ちている

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ジェンティルドンナが有馬記念でラストランを飾ったとき、やられたという悔しさとやっぱりという既視感が交錯した。実はその思いの根っこは同じで、他の有力馬が揃いも揃って外枠を引いていた(今年は選ばされた)のに対し、ジェンティルドンナだけは絶好の枠順を得て、思いつく限り最高のポジションでレースを進めることができていたからだ。馬の脚質やジョッキーの技量を含め、走るポジションとそれを規定する枠順が勝敗を大きく左右してしまう現代の日本競馬を象徴しているようなレースであった。レースレベルが上がれば上がるほど、その傾向はさらに強まる。そのことは良く分かっていた。

それでは、なぜ私はジェンティルドンナを買えなかったのだろうか。自分に問うてみると、答えはすぐに見つかって、ジェンティルドンナは昨年よりも力が衰えていると考えていたからだ。その根拠は単純で、2013年の天皇賞秋はハイペースを前で受けての2着だったにもかかわらず、2014年の天皇賞秋はスローを先行して(しかも内できっちり脚を溜めて)の2着であったからだ。同じ2着でも内容が全く違った。2013年のジェンティルドンナであれば、休み明けでも2014年の天皇賞秋は勝っていた(もしくはもっと踏ん張っていた)はず。力が落ちてきていると見込んだからこそ、3連覇がかかっていたジャパンカップでも本命には推さず、さらに4着の結果を見て、ジェンティルドンナは競走馬としては終わりを迎えたと確信を深めた。石坂調教師やR・ムーア騎手が馬場の悪さを敗因に挙げても、たしかにそれも一因だが、ジェンティルドンナに衰えが来ているのがそもそもの要因だと見限った。

それがどうだろう。こうしてジェンティルドンナに勝たれてみて、枠順の利があったのは確かではあるが、少なくとも力が衰えた牝馬にはできない芸当であったことも認めざるを得ない。そう思いつつも、有馬記念の数日前に届いた雑誌「優駿」の有馬記念特集ページに、もう一度目を通してみた。そこには確かに読んだはずの、しかし私の記憶には全く残っていない、ジェンティルドンナの調教助手のコメントが載っていた。

「今秋は3歳時のように元気なんですよ。天皇賞前、僕が振り落されたほど」

私はこのコメントを読んだとき、息を飲み、自分が思い込んでいたことを思い知った。2013年の天皇賞秋と2014年の天皇賞秋の走りを比較して、かつてオルフェ―ヴルを競り落としたり、ドバイで世界の強豪をねじ伏せたときのジェンティルドンナはもういないと思い込んでいたが、そうではなかったのだ。調教助手が言うように、3歳時ほどの勢いがあったかどうかは定かではないが、少なくとも衰えているわけではなく、今年は天皇賞秋からジャパンカップへという良化のスピードが遅くなっている程度のものであったのではないか。そう考えていたとしたら、有馬記念でジェンティルドンナは本来の力を出し切れるはずだし、枠順に恵まれたら勝つチャンスは十分にあると判断できたはずだ。

私の周りにも、ジェンティルドンナに対する思い込みはたくさんあった。ジェンティルドンナは右回りが走らないと思い込んでいる者、有馬記念では牝馬は勝てないと思い込んでいる者、今年の最終目標であったジャパンカップであの負け方を喫した時点で終わったと思い込んでいる者など。特に、右回りが走らないという思い込みは結構多く、おそらく桜花賞や秋華賞を見ずして、宝塚記念での大敗を見てそう思い込んでいるのだろうが、あれはまさに力の要る(ジェンティルドンナの最大の武器である一瞬の脚が生きない)馬場が合わないということであり、右回りとは全く関係がない。こうは言ってみても、残念なことに、他人の思い込みは分かるが、自分の思い込みは分からなかった。

世の中は思い込みに満ちている。競馬に限った話ではない。私たちの生きている世界は思い込みだらけだ。自分で勝手に思い込んで、自分の世界を狭くして、間違った選択をしてしまっている。思い込みがゆえに、ますます不自由になり、身も心も病み、経済的にも精神的にも貧しくなってゆく。私はつい最近まで、そういう思い込みに囚われて、世の中には1本しか道はないと信じ込んでいたが、ようやく今になって、押し付けられていた思い込みから逃れ、自分の枠を拡げつつあるが、それでもまだ思い込みが激しい。

ただ私が幸せなのは、競馬をやっているがゆえに、こうして自分の思い込みに気がつかせてもらえることだ。残酷ではあるが、競馬は私たちが思い込みに満ちていることを教えてくれる知的なスポーツなのだ。競馬をやっていない人は、よほどのことがない限り、自分の思い込みに気がつかずに人生が終わる。競馬のレースも1回きりだが、人生も1回きり。今年もできるかぎり自分の思い込みに気づき、意識的に自分の思い込みとは違った情報を公平に取り入れ、そして、思い込みから自由になるために、もっと学んでいきたいと思う。私たちの世界は、おそらく私たちが思い込んでいるようなものではない。

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Photo by 三浦晃一

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盛岡競馬場に行ってきた(後編)

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ドリームバレンチノの勝利に気を良くした私は、食べられなかった昼食を求めて、場内を歩き回ってみた。盛岡の三大麺というものがあることを知り、チャグチャグ馬コを見て、焼いたホタテをつまんだ。そうしていると、岩田康誠騎手のインタビューが聞こえてきた。相変わらず単調で抑揚のない、良く言えば朴訥で、悪く言えば空気の読めない受け答え。岩田騎手はもっと自分をさらけ出していい。こうあるべきという騎手像に自らを収めようとしなくていいし、周りも枠をはめないであげてほしい。こんなことを考えていると、無性に武豊騎手だったら何と言うのだろう、武豊騎手の勝利ジョッキーインタビューを聞いてみたいと思うようになった。

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だからなのか、JBCクラシックのパドックではワンダーアキュートがバカに良く見えた。帝王賞以来の休み明けにもかかわらず、馬体は黒光りしていて、手脚がスラリと伸びている。この馬を直にパドックで観るのは、およそ2年ぶりになるが、全く衰えを感じさせない、老いてますます盛んという感触を得た。4歳馬のクリソライトはやや入れ込んでいたし、コパノリチャードもこれと言って訴えてくるものはなかった。4歳馬を買うつもりでやってきたが、急きょ8歳馬を買うことに決めた。外を回される心配のない内枠も良いと考えた。

私が思っていた以上にコパノリチャードは力をつけており、スタートから第1コーナーに向かうまでの直線ですでに耳を立ててリラックスして走れていたし、ゴール前ではさらに伸びて他馬を突き放してみせた。休み明けでびっしり仕上がっていたわけではなく、これだけのレースができるのだから、チャンピオンズカップや年末の東京大賞典に向けて楽しみが広がった。クリソライトは、負けはしたものの、前走のレコードによる反動を少し引きずっていたようにも思えるので、今後もコパノリチャードを脅かすライバルになるはずである。ワンダーアキューとは自身の力を出し切っている。私の期待が上回ってしまっただけの話だ。

競馬場からのバスに乗り、盛岡駅へ向かう中で、私は競馬に対する物足りなさを感じた。誤解しないでもらいたいのは、競馬が物足りないのではなく、私にとって競馬が物足りなくなってきているということだ。少し前から感じていたものであり、もしかすると、だいぶ昔から心のどこかにあったものかもしれない。

夕食は盛岡でも有名な老舗「肉の米内」に食べに行った。ロース焼肉定食と冷麺を食べた。そこには競馬関係者らしき人々も来ていて、自分の生産馬が4着に入ったといった話をしていた。食事が終わり、会計をしているその生産者の背中がとても大きく見えた。私はもっと近いところで競馬を楽しみたいと思った。それは生産に近いところという意味でもあり、育成や調教に近いところという意味でもあり、競馬場に近いところという意味でもある。ブリーダーズカップという名のレースで私がそう強く感じたのは、決して偶然ではないだろう。

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こんなときばかりはさすがに競馬が嫌になる

アドマイヤラクティがメルボルンCのレース後に馬房で倒れ、そのまま亡くなってしまった。最下位で入線してからわずか5分後のことで、あっと言う間の出来事であった。詳しい症名は分かっていないが、心臓発作か心臓内出血らしい。最後の直線に向いてこれからというとき、バートン騎手のゴーサインに応えるどころか、ズルズルと後退して行ったレースぶりを見て、故障でないことを願ったが、まさかこのような結末が待っていようとは。コ―フィールドCを勝ち、1番人気に推されていたこともあって、その死は地元のメディアでも衝撃をもって伝えられた。

今回のアドマイヤラクティの死に関しては、不慮の事態だと考えるべきであろう。誰が悪いとかいうことではなく、何かこれといった原因があるわけでもない。中1週のローテーションは向こうでは普通だし、斤量の問題でもない。後方から脚を伸ばすいつものレースではなく、番手を追走したのは、多頭数で1番人気を背負っているがゆえの積極策である。勝ちに行ったことが裏目に出たかどうかは、アドマイヤラクティが最後まで走ってみなければ分からなかったことだ。馬を止めるタイミングとしても、決して遅かったわけではない。むしろよくぞあの重要な場面で異変に気づいて、追うのを止められたと思う。いや、そう思いたい。誰も責められないことを一番良く知っているのは、アドマイヤラクティの関係者たちだろう。

私はふと、二ノ宮敬宇調教師から聞いたダイワカーリアンの話を思い出した。

「ダイワカーリアンには、いまだに10月11日になると、ファンの人が花を贈ってきてくれるんですよ。あれは引退レースでした。東京競馬場のアルゼンチン共和国杯。レースが終わって、地下馬道で柴田善臣騎手が降りて、鞍を下した矢先のことでした。地下馬道を歩いていると、厩務員の大きな声がしました。慌てて向かうと、厩務員が座りこんで泣きそうな顔していました。そこにはダイワカーリアンが倒れていました。

それが最後のレースで、これが終わったら種牡馬になろうっていうことだったんですよ。本当に最後の最後のレースで、あんなことに。レースのときは騎手を怪我させないで、鞍を下してから100メートルくらい歩いて、バッタリ倒れたそうです。今は自宅に持ってきましたが、ダイワカーリアンのお墓には「友」と書いてあります。友だちのような存在だったんでね。どうせ馬に携わる仕事をしているんだったら、それぐらいの気持ちでやりたいと思っています」

ほとんどの人々にとって、サラブレッドは経済動物である。メルボルンカップの華やかさやお祭り騒ぎ、喧噪、レースが終わったあとのゴミが散らかった競馬場の風景を見るにつけ、そう強く思うし、今さらそれを否定するつもりなどない。彼ら彼女らは、明日はもう競馬や馬のことなんか忘れてしまって日常に戻る人々である。それはそれでいい。しかし、馬に携わっている者たちにとって、サラブレッドは経済動物ではない。ひとりの家族であり、ひとりの友である。ここに競馬ファンと関係者との間にはどうやっても埋められない大きな溝がある。異国の地で突然に倒れた家族であり友の死を、彼らはどうやって受け止めるのだろうか。私には想像することしかできない。こんなときばかりはさすがに競馬が嫌になる。

関連エントリ
「Melbourne Cup 2014: Last-placed Admire Rakti dies」
「天国のどこか」
「馬を止めるのも騎手の仕事」

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いざ盛岡競馬場へ

Jbc

今年の第14回JBCは盛岡競馬場で行われる。2002年以来、なんと12年ぶりの盛岡競馬場での開催となり、この間には不況による生産界の縮小や競馬場の存廃問題、そして東日本大震災があり、それら数々の試練を乗り越えてきて(もちろん問題が解決したわけではないのだが)、ようやく今日に至ったのだ。地元の競馬関係者や競馬ファンは否が応でも盛り上がらないわけにはいかないだろうし、私も競馬場に足を運んで応援し、何よりも馬券を買うことで支援したいと今朝ふと思い立って、盛岡競馬場に行くことにした。

JBCはアメリカのブリーダーズカップにならって2001年に創設された。ダート競馬における各カテゴリーのチャンピオン決定戦として、1日に複数の最高峰のレースを行う、競馬の祭典という意味がひとつ。そして名前のとおり、生産者の主導による実施という視点で、地方の競馬場を持ち回りで行うということがひとつ。つまり、生産者としての競馬の現状に対する危機感と、ひとりでも多くの人々に競馬の素晴らしさを伝えていこうという想いからレースが生まれた。そういった意味でも、盛岡競馬場はまさにJBCに相応しい舞台だ。

現地に行くと、予想を書いている暇もないだろうから、先に展望しておきたい。まずはJBCクラシックから。今年のJBCクラシックに出走するメンバーは、実に多彩であり、抜けた力を持った馬がいないだけに激戦となりそうだ。例年は歴戦の猛者が中心になることが多いが、今年は珍しく4歳馬に実力馬が揃っている。その中でも、前走の日本テレビ盃をレコードで圧勝したクリソライトに勢いがある。JDDを制してから長期の低迷に陥ったが、時間をかけて立ち直ってきた。脚質的にも枠順的にもがっちりと番手を確保できそうであり、好勝負は間違いない。父がゴールドアリュール、母父がエルコンドルパサーという血統構成は、まさにダートの鬼と呼ばれるに相応しい。

同じゴールドアリュール産駒であり4歳馬のコパノリッキーは、今年フェブラリーSを勝ち、帝王賞を2着したように、これからのダート戦線を引っ張っていく存在となった。地脚の強さで勝負するタイプなので距離自体はそれほど心配ないが、この馬に関してはぶっつけ本番がどう出るかだろう。ベストウォーリアーは前走を叩いて、中2週で完璧な状態で臨んでくるが、この馬は距離にやや不安がある。前走はコーナー2つの競馬だったが、今回は馬場を1周する形になり、レースの緩急も体感ペースも異なるだけに、どこまで対応できるか。実績のあるワンダーアキュートとホッコータルマエはどちらも休み明けであり、強さと巧さは認めつつも、どこまで勢いのある4歳馬に対する壁となれるのかが見どころ。

JBCスプリントは大井の東京盃組が主力となりそう。その中でも、3着以下を離したノーザンリバーとドリームバレンチノが中心となる。どちらも休み明けを叩かれて、さらに上昇して出走してくる以上、甲乙つけがたい。前走のレースぶりを見ると、ドリームバレンチノの逆転があると考えていたが、枠順を見ると、隣のコパノリチャードが行って内にできるスペースを追走できるノーザンリバーに分があるようにも思えてくる。そもそもそのコパのリチャードもダートにどれだけ適性があるのか未知数であり、高松宮記念を勝ったときの芝の不良馬場とダートはまた別物だとは分かっていても、まさかの圧勝劇もあり得ない話ではない。

JBCレディースクラシックはワイルドフラッパーとサンビスタとアスクビューティの争いだが、最もポジションを楽に取れる枠を引いたワイルドフラッパーが有利である。1800mはスタートから第1コーナーまでの距離が短いため、他の2つのレースよりも枠順が結果に与える影響が大きい。

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凱旋門賞の勝算

今週号の週刊「Gallop」では、凱旋門賞回顧の特集が6ページにわたって組まれている。凱旋門賞における敗戦を冷静な目で検証・分析し、未来へとつなげようとする試みは素晴らしい。私が「文化が足りない」と書いたのは、凱旋門賞をただのお祭りとして消費してしまうのではなく、第三者の視点を交えた建設的で活発な批評や論議がもっと必要であるということが第一義であった。その主役を担うのはマスコミであり、挑戦した関係者への敬意や称賛は当然抱きつつ、それでも勝てなかったのはなぜか、これからどうすべきなのかを意見をぶつけ合わなければならない。お互いを高め合うような対等な関係にまだないのだとすれば、それは日本の競馬に文化が足りないということである。

さて、今年の凱旋門賞における敗因において、大きく分けて2つの分析があったと思う。ひとつは前哨戦を使わなかったことに対するもの、もうひとつは現地のジョッキーではなく日本人騎手をそのまま起用したことに対するものである。前者は表面的なものでしかなく、後者は主にレースにおける位置取りを理由とした机上論でしかなかった。しかもどちらも既に結論が出ていることであって、今さらという感もある。沢田康文氏は週刊「Gallop」誌上にて、「経験と戦略としたたかさが足りなかった」と指摘しているが、それはつまり何もかも足りないということではないのか。

前哨戦を使うことがほぼ絶対条件であるのは、過去の凱旋門賞を好走した日本馬たちが教えてくれた。前哨戦を使うことには多くのメリットがある。本番に向けて、ひと叩きして体調のピークを合わせるのは当然であり、追い切りだけよりもレースを使った方がより仕上げやすい。それ以上に、前哨戦を使うということは、現地に長く滞在するということでもあり、その間に馬と人が環境に慣れることができる。環境とは周りの雰囲気であったり、気候であったり、馬場であったりする。具体的には、スピードシンボリやエルコンドルパサーがそうであったように、馬自身の走り方がヨーロッパの馬場に合わせて少しずつ変わってゆく。つまり、現地の競馬に適応するには、現地にいる時間が長ければ長いほど良いのだ。

今年の日本馬の位置取りが3頭ともに後方だったからといって、もっと前に行っていればと思うのはにわか競馬ファンだけだろう。ハープスターの良さを引き出すためにはほぼベストの騎乗であったし、ジャスタウェイとゴールドシップは体調が万全でなかったがゆえに前に行けなかっただけのことだ。騎手の技術云々の話ではない。今回の3頭に関しては、もし海外のジョッキーが乗っていたとしても、それほど大きく着順は変わらなかったはず。それでも、やはり現地の競馬場を知り尽くしているジョッキーに乗ってもらうのがベストだろう。安藤勝已騎手も指摘していたように、向こうのジョッキーと日本人騎手では馬の動かし方や抑え方がそもそも違う。あえて日本人騎手を乗せるとすれば、武豊騎手や横山典弘騎手ではなく、岩田康誠騎手か川田将雅騎手である。

前哨戦を使うことの重要性はエルコンドルパサーの頃から、海外のジョッキーを乗せるべきなのはディープインパクトのころから分かっていたことである。そういった過去の失敗や反省を全て生かした上で勝ちに行ったのが昨年のオルフェ―ヴルであり、逆に言うと、勝算が十分にあったからこそできたことでもあった。それゆえに、あのレースを負けたことに私は深く絶望したのだ。今年は時計の針が逆に回ったような後戻りをして、エルコンドルパサーの凱旋門賞からすでに15年の時が流れたにもかかわらず、全くと言って良いほどプロセスにおいて前進していなかった。なぜか?

勝算がないからだ。勝算がないからこそ、本気で勝ちに行けない。現地に長期滞在することなく、前哨戦も使わず、日本人騎手をそのまま乗せ続ける。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタで2度2着し、凱旋門賞に最も近いホースマンのひとりである二ノ宮敬宇調教師によると、現地に滞在すると諸々含めて1ヶ月に2000万円ぐらいの費用が掛かるらしい。勝算がなければ、何か月も現地に滞在できないのだ。どうするかというと、勝算のある日本のレース(たとえば宝塚記念や札幌記念)を使って賞金を稼ぎ、できるだけ海外遠征に掛かる経費を相殺した上で、ぶっつけで凱旋門賞に臨むのだ。フォア賞と札幌記念の賞金額を比べれば比べるほど、それは現実的なローテーションに思えてくる。海外のジョッキーに依頼しないのも同じ発想で、今回の3頭は日本に戻ってきてからが本番であり、そこで乗るのは結局のところ日本人騎手だからである。

フランスまで渡って凱旋門賞に出走するからには、勝ちに行っていないホースマンなどいないことは百も承知で厳しいことを言っている。それでも、結果論ではなく、そのプロセスにおいて、本気で勝ちに行っていないことが証明されてしまうのだ。それは関係者の総意として、勝算がない、つまり凱旋門賞を勝つ自信がないと心のどこかで感じている表れだ。全てを捨てて凱旋門賞を本気で勝ちに行ったのか、関係者はもう1度、自問してもらいたいし、マスコミはそう問わなければならないだろう。彼らが挑戦してくれたからこそ、こうした議論も生まれたことは確かであっても、表面的な称賛や慰めや未来への期待だけでは何も生まれないのだ。

最後に、もしもう一度、日本の超一流馬を連れて、本気で凱旋門賞を勝ちに行くならば、守らなければならない3つのルールを書き添えておきたい。

1、宝塚記念は使わない
2、現地に長期滞在し、前哨戦を使う
3、ヨーロッパのトップジョッキーに騎乗してもらう

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凱旋門賞へ向けて2014-ラスト-

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ここまでどちらかというと悲観的な論調で書いてきたが、最後ばかりは、明るい側面から今年の日本馬の凱旋門賞挑戦を見てみたい。何と言っても、今年は3頭の最強クラスの名馬が無事に出走することができるのだ。スピードシンボリと野平祐二による初挑戦から昨年のオルフェ―ヴルまで、2頭まではあっても、3頭の日本馬が揃って走ったことはない。ここに日本馬にとっての大いなるチャンスがある。毛利元就の三矢の教えのように、3頭が束になって戦えば負けないという意味ではなく、1頭よりも2頭の、2頭よりも3頭の、それぞれに勝とうという明確な意思を持った馬たちがゴールを目指すことで、勝つ確率が圧倒的に高くなるということだ。

実質的にも、日本馬だからといって執拗なマークをされることが軽減され、それぞれが自分の競馬を貫くことができるだろう。あえて戦略的に言えば、ジャスタウェイは先行、あわよくば逃げてみてもらいたい。ゴールドシップは気分に任せて道中は進み、フォルスストレートをも有効に使いながら最後の直線に向くまでに捲り上げてもらいたい。そして、ハープスターは道中、最後方から、馬群から離してポツンと走らせ、最後の直線における爆発的な切れ味を引き出してもらいたい。これは私の願望ではあるが、おそらく陣営もそのように考えているだろう。だからこそ、細かい指示が伝わりやすい日本人ジョッキーが騎乗することが、今年はプラスになる。

最も凱旋門賞の舞台に合うのはゴールドシップだろう。パワーと底なしのスタミナを兼備している同馬は、もしかすると日本よりも欧州の競馬場の方が走りやすいかもしれない。フランスの広大な調教場でリラックスしたゴールドシップが本気になり、直線での消耗戦にもちこめれば、この馬の強靭な身体能力に敵う馬はいない。私がゴールドシップを精神的にムラがある馬と評したのは、本当に理由なくランダムに走る気になったりそうでなかったりするからだ。そう考えると、前走の札幌記念で行きっぷりが悪く、ハープスターに敗れたことは、今回にプラスに出る可能性が高い。今度は走る気になる番である。

ジャスタウェイは2400mの距離が心配されているようだが、全く心配はいらない。そもそも父ハーツクライはステイヤーを出す傾向にあり、今年のオークスでもダービーでも、ハーツクライ産駒が距離延びて勝ったように、距離は長ければ長いほど良い。ジャスタウェイも勝ち鞍こそ2000m前後に集中しているが、その馬体を見れば、はっきりとステイヤーのそれである。首がすらりと長く、手脚も胴部にも十分な長さがあり、決してマッチョではなく胴体が薄い。これまではトモに実が入り切っていなかったため、一瞬の切れ味で勝負していたが、馬体が完成された今、マイル戦でも勝てるだけのスピードと切れ味を秘めたステイヤーとなった。もしこの馬が逃げたとき、そのスピードの持続力についてこられる馬はいない。

ハープスターは前述したように、周りに馬がいると気を遣ってしまい切れ味が削がれるタイプであり、できるだけ馬群から離してポツンと走らせることで、恐ろしい末脚を引き出すことができる。札幌記念のようなレースもできなくもないが、この馬本来の良さを生かすには最後方で馬群の外がベストだ。つまり勝ちにいくのではなく、一発を狙う競馬をするということだ。そもそも競馬はやり直しがきかない一発勝負なのである。もう1度戦ったら勝てるはずのディープインパクトやオルフェ―ヴルも、1度きりの勝負では負けてしまった。裏を返せば、わずか一瞬の勝負に賭けて、勝つこともできるということだ。今年は一発勝負に賭ける馬が3頭もいることが期待であり希望であり、その最も大きな賭けに出られるのが、斤量の恩恵を受けて走る3歳牝馬のハープスターである。

そして、何よりも、全ての馬たちが、無事に戻ってきてくれることを心から願う。

Photo by 三浦晃一

関連リンク
凱旋門賞へ向けて2014-その1-
凱旋門賞へ向けて2014-その2-
凱旋門賞へ向けて2014-その3-
凱旋門賞へ向けて2014-その4-

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なぜ日本ダービー馬は好発進するも、その後不振に陥るのか?

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過去の日本ダービー馬を思い返してみると、その年の秋シーズンは、不振に陥っている馬が多いことに気づく。ディープインパクトやオルフェ―ヴルといった3冠を獲るような馬は別にして、ほとんどの普通のダービー馬は、極度の疲労から回復するのに時間が掛かって秋シーズンを棒に振ってしまったり、ひどいケースだとさっぱり走らなくなったり、怪我をしてそのまま引退してしまうこともある。日本ダービーで極限のレースを強いられ、肉体的にも精神的にも燃え尽きてしまうからである。

そんな中でも、なぜか秋初戦だけは走る馬が多い。スペシャルウィーク、アドマイヤベガ、キングカメハメハ、ディープスカイは、秋初戦(神戸新聞杯や京都新聞杯)だけは勝利した。その後のレースにおける走りを見ても、なぜ初戦だけは走ったのか不思議である。秋初戦のレースの方が、その後のG1レースよりもメンバーが弱いということは確かにあるが、そういう問題を抜きにしても、あまりにも秋2戦目以降のふがいなさが目立つ割には、秋初戦は好発進したかのように見せる日本ダービー馬が多いということである。

たとえば、スペシャルウィークは、菊花賞で圧倒的な1番人気に推されながらもセイウンスカイの影も踏めず、続くジャパンカップでは最後の直線でフラつく素振りを見せてエルコンドルパサーに一瞬にして突き放された。アドマイヤベガも同じで、菊花賞で見せ場なく6着に惨敗し、再び走ることはなかった。キングカメハメハは故障してしまい早々に引退し、ディープスカイは天皇賞秋、ジャパンカップと古馬に挑むも勝ち切れなかった。昨年の日本ダービー馬であるキズナをこのパターンに当てはめるべきかどうかは難しいところだが、二エル賞を快勝し、凱旋門賞では4着に敗れた。

なぜ秋初戦だけは走って、その後のレースでは凡走するかというと、日本ダービー馬を負けさせるわけにはいかないという陣営の意識が、ダービー後も馬体をあまり緩めることなく、疲労を表に出さないように引っ張ってこられる限界が秋初戦ということなのだろう。さすがにそれ以降は馬も耐えられず、それまでの疲労が一気に噴出してしまい、本来の走りができなくなってしまう。どれだけ調教技術が進歩しても、究極に仕上げられたレースの後は体調が下がり、落ちるところまで落ちてからまた回復してゆくという体調のバイオリズムに抗うことはできないのだ。

ワンアンドオンリーはこのパターンに当てはまるのではないか。日本ダービー馬であることは確かだが、決してディープインパクトやオルフェ―ヴルのような超一流馬ではない。実力でいえばイスラボニータの方が一枚もしくは二枚上であり、日本ダービーは枠順の良さと究極の仕上げによってなんとか勝つことができた。目に見えない疲れは当然あるはず。調教であまり動かない馬だけに、もしかしたら神戸新聞杯も負けてしまうこともあるかもしれないが、勝ち負けには持ち込んでくるだろう。そして、私が最も杞憂しているのは、いかにも好発進したように見えるワンアンドオンリーが菊花賞で惨敗してしまうシーンなのである。

Photo by 三浦晃一

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天に唾を吐き続けた騎手

Satotetsuzo佐藤哲三騎手が現役復帰を断念し、引退する声明を発表した。2012年11月の落馬事故により全身に大けがを負い、それでも6度の手術を乗り越え、リハビリを続けてきたが、ついに鞭を置く決断をした。「待ってくれている人たちもいる」と語っていたように、まだやり残したこともあったはず。ジョッキーとして、これから円熟期に入ろうとしている矢先の、無念のリタイアとなってしまった。競馬において落馬や事故は避けられないとはいえ、何とも惜しい。できることならば、まだその騎乗を観ていたかった。

佐藤哲三騎手は26年間の騎手人生の中で、6つのG1レースを勝利した。タップダンスシチ―、アーネストリー、エスポワールシチ―とのレースは記憶に新しく、またいずれも名コンビであった。とはいえ、佐藤哲三騎手が勝ったレースよりも、敗れたレースの方が記憶に刻まれているのは私だけだろうか。印象に残っている佐藤哲三騎手の騎乗を挙げると、私の場合、13番人気のタップダンスシチ―に乗って惜敗した2002年の有馬記念であり、インティライミでディープインパクトの前に砕け散った2005年の日本ダービーである。

いずれも2着に敗れたレースであるが、共通しているのは、大本命馬を負かさんと立ち向かい、私たち競馬ファンをあっと言わせたという点である。2002年の有馬記念は、牝馬ながらも1番人気に推されていたファインモーションから道中でハナを奪い、そのまま粘り込もうとした寸でのところをシンボリクリスエスに差し切られてしまった。2005年の日本ダービーは、あのディープインパクトよりも前を積極的に攻め、直線ではあわや押し切ろうかという勢いで先頭に立ったが、最後は力尽きてしまった。本命馬に乗ることが少なかったせいもあるだろうが、そう簡単には負けないという気迫や気概を感じさせる数少ないジョッキーであった。

実はもうひとつだけ、佐藤哲三騎手の忘れがたい騎乗がある。2008年にインティライミを背にして挑んだ宝塚記念である。2度にわたる落馬骨折の末、ようやく完全に復帰した時期のレースであった。インティライミは11番人気に過ぎなかったが、好枠を引いて、スタートしてから最後の直線に向くまで、佐藤哲三騎手の思い描いていた通りの騎乗であった。最初から最後まで佐藤哲三騎手とインティライミだけを観ていた私には、「勝てる」という無言の想いが彼の背から伝わってきたのだ。ところが、ゴール前で馬群から抜け出そうと思ったその瞬間、見事にパッチンを食らってしまったのだ。インティライミはスパッと切れるタイプの馬ではないので、あのタイミングでの不利は痛かった。やっとの思いでターフに帰ってきたのに、ここぞという場面で神に見放された彼の無念が痛いほどに分かった。

競馬は2着や3着では意味がないというのは正論であり、勝ち馬や勝利ジョッキー以外の人馬の名は人々の記憶からも消えていくというのはある意味正しい。ほとんどのレースや馬や騎手の場合は、実際にその通りであるからだ。しかし、佐藤哲三騎手が騎乗して敗れたいくつかのレースや馬の名は忘れたくても忘れられない。正直に言って、勝ち馬や勝利ジョッキーよりも記憶に残っている。それは彼らが敵わないはずの相手に真っ向勝負を挑んだからであろう。お金を探して下を向いてばかりいる騎手が多い中、佐藤哲三騎手は天に向かって唾を吐き続けたのである。それを良かれと思わない人もいただろうし、熱狂的な支持者もいたはずだ。あの有名なインタビューは、彼の挑戦者としての負の側面だと私は考えている。そして、彼の吐いた唾が天に届くのではと思う瞬間があって、そんな時、私たち競馬ファンはいつもの予定調和的なレースのつまらなさにハッと気づき、ついには心を動かされるのである。佐藤哲三がいなくて、私は寂しい。

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凱旋門賞へ向けて2014-その4-

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今週はグランドオープンした札幌競馬場にて、G2札幌記念が行われる。敢えてG2と入れたのは、今年の素晴らしいメンバーを見て、札幌記念はやはりG1にすべきという意見が上がっているからだ。全体的には、札幌記念をG1レースに格上げすることに私も賛成である。世界の競馬では重要な価値が置かれる古馬による2000mのG1レースは、天皇賞秋以外にもう1つあってもよいだろうし、何と言っても、この時期にG1レースがあることで、競馬関係者だけではなく、競馬ファンの気持ちが引き締まるはず。

ただし、細かいことを言うと、真夏のオフシーズンに行われるレースだけに、たとえG1と銘打ったとしても、このレースに向けて本気で仕上げてくる馬は少なく、蓋を開けてみると、G1級のメンバーは揃っても勝ち馬はG1馬とは言い難いという可能性もあるだろう。G1を勝ち切れる力はないG2クラスの馬が、本気で勝ちに来るレースになるかもしれない。つまり、ゴールドシップやハープスターのようなG1馬であり、これから先もっと多くの価値あるG1レースを勝とうと目論む馬たちにとって、札幌記念は実に微妙な位置づけにある難しいレースなのである。

勝つためにキッチリ仕上げてしまっては、本番である秋シーズンにピークアウトしてしまうことになるし、逆にあまりに余裕を残して出走させて大敗してしまっては、G1馬としてみっともないし、馬自信や関係者たちが自信を失ってしまっては元も子もない。余裕残しで勝つのが理想的なのだが、相手が揃ってしまうとそれもなかなか叶わない。そうなると、どの陣営も考えることは同じで、80%ぐらいの仕上げで臨んで、それでも見せ場をつくり、勝ちはしないまでも2、3着の接戦になってくれればそれでいい。もちろん声に出しては言えないが、心のどこかでそう考えているはずである。という前提に立って札幌記念を観るとまた面白い。

ゴールドシップは、精神的なムラがある馬ではないかと最近思い始めている。馬体の立ち写真を見る限りにおいて、どのレースもほとんど変わらない姿を披露してくれていて、肉体的には好不調の波が極めて小さく、安定した体力の持ち主である。にもかかわらず、急に前に進まなくなったり、大きく出遅れてしまったりと、レースに行っての不安定さが目立つ。あてにならないということでもあり、馬券を買うファンだけではなく管理する人間にとっても難しく、横山典弘騎手の言うように「走ってくださいとお願いするぐらいしかできない」ということなのである。こういったムラ駆けタイプは、好走と凡走を繰り返すのが特徴であり、宝塚記念快勝後の今回は凡走の可能性も十分にある。

対するハープスターは、肉体的にも精神的にも繊細すぎるほど繊細な馬である。肉体的な疲労が精神面にも大きく影響するため、陣営にとっては、走るときと走らないときの理由が分かりやすい。ローテーションをきっちり決めて、本番に向けて調整を進めていけば、その通りに仕上がり、仕上がった分だけ力を発揮してくれるはずだ。もちろん、100%からそれ以上に仕上げるのは凱旋門賞だから、その前にもう1レース叩くか、それとも札幌記念か直行するかによって少し違ってくるが、今回は80%~90%の仕上げで構わないし、無理をして勝つ必要もない。変に極限の切れ味を発揮してしまうと肉体的な反動が怖いので、今回は敢えて中団の馬群の中での競馬を試みてはどうだろうか。

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凱旋門賞へ向けて2014-その3-

前置きはこのあたりにして、現地の有力馬に触れてみたい。英国のブックメーカーによって現時点で1番人気に支持されているのは、イギリスダービー、アイルランドダービーを連勝したオーストラリアである。かのエイダン・オブライエン調教師が「特別な馬」と評価しているように、正直に言って、この馬は強い。両ダービーの走りを見ても、スピードが一枚上であり、勝負所で他馬が動き始めているにもかかわらず、この馬は持ったままでいられるほどである。道中は折り合いがつき、最終コーナーでスッと上がってくることができる反応の良さ(操縦性の高さ)は特筆ものだ。また、父ガリレオ、母はジャパンカップでディープインパクトと好勝負をしたこともあるウィジャボードという超がつく良血も見逃せない。

かといって、モンジュ―やシーザスターズ並みに強いかというと、そうではない。追い出してからの力強さや馬体の重厚さという点において、まだ上記の2頭の名馬の域には達していない、もしくは達しないだろう。個人的には、イギリスダービーを勝った時点で、レース間隔をあけ、肉体的な成長を促した方が良かったのではないかと思う。アイルランドダービーが余計だったのではないかということだ。これらのことを考慮に入れると、日本の超一流馬が決して敵わない相手ではない。付け入る隙はどこかにあるはずだ。

昨年の覇者トレヴは、何といっても、昨年の凱旋門賞の激走による反動から立て直せるかどうかがポイントである。牝馬をあそこまで究極に仕上げてしまったあとは、特に精神的に燃え尽きてしまうことが多く、立ち直ることができる馬は稀である。もし奇跡的に回復を遂げたとしても、再び昨年のような仕上げを施せるかどうか疑問である。それに加えて、斤量も増えるのだから、連覇を遂げるのは至難の業である。

昨年のトレヴと同じ匂いがするのは、フランスオークスを制したアヴニールセルタンか。新種牡馬ルアーヴルの初年度産駒であり、距離が延びてどうか、夏を越しての成長力はどうかといった、未知な部分が多く、そのことがかえってアヴニールセルタンの魅力を高めている。首を低く保ちながら走るフォームも素晴らしく、牝馬らしく、かなり切れるタイプである。このまま順調に行って、凱旋門賞をピークとして渾身の仕上げを施すことができれば、チャンスはある1頭である。

ドイツダービーを制したシーザムーンも未知の魅力がある馬だ。道中はスローの流れを自らつくり出し、最後は外ラチを頼って走り、大差をつけて勝利した。スミヨン騎手の好騎乗が光ったレースでもある。この馬も母父にモンズンがいて、父はあのシーザスターズというように、オーストラリアに負けず劣らずの良血である。まだ4戦4勝と使い込まれておらず、成長の余地を十分に残している。11馬身という着差をそのまま信用することはできないが、この夏の過ごし方次第では最有力候補に名乗りを挙げるかもしれない。

最後に、全体的な展望だけ記しておくと、今年も日本馬にとっては厳しい凱旋門賞になるだろうということ。日本の超一流馬(ジャスタウェイもゴールドシップもハープスターも超一流馬だと私は思っている)が負けるパターンとしての1と3に当てはまるからだ。前述したように、ジャスタウェイとゴールドシップは本番に向けて、自身にとってもピークの出来になるように仕上げていくのは難しいだろう。そして、アヴニールセルタンという3歳牝馬の存在もある。もちろん、オーストラリアやシーザムーンが夏を越して、成長を遂げ、シーザスターズやモンジュ―のような風格を備えてターフに戻ってくるという可能性だって十分にある。そんな厳しい状況で、針の穴に糸を通すように、雨垂れが石を穿つように、勝つチャンスを探すとすれば、後先のことを考えることなく、究極に仕上げられたハープスターが最後方からポツンと競馬をして終いの切れ味に賭けたときだろう。それは私たち日本の競馬関係者たちが、凱旋門賞の呪縛から解き放たれるときでもある。

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凱旋門賞へ向けて2014-その2-

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先日、ひと足先に、今年の凱旋門賞に挑戦する3頭の日本馬の活躍を占ってみたが、今回は現時点で出走を予定している外国馬についても触れておきたい。というのも、これまでの日本馬による凱旋門賞への挑戦の歴史を顧みて、やはり相手関係があっての競馬だと思うからだ。当たり前のことだが、日本馬が海外のレースに出走するとなると、どうしても日本馬の状況ばかりに目が行ってしまう。日本馬だけでレースをするわけではなく、むしろ世界から見れば、日本馬は有力馬や伏兵馬の1頭でしかない。相手関係を知らなければ、なぜエルコンドルパサーやディープインパクト、オルフェ―ヴルらが敗れたのか、正確に理解できないのである。

近年、日本馬の競走馬としてのレベルは格段に上がり、日本のトップホースは海外の大レースで一緒に走っても引けを取らない、という前提で話をしたい。まず、そのトップホースの中でも10年に1頭の馬たち、つまりエルコンドルパサーやディープインパクト、オルフェ―ヴルらの超一流馬であっても凱旋門賞を勝てないパターンは3つある。

ひとつは、自身の体調が優れなかったり、仕上がりが悪かったりするパターン。そのほとんどは、その年の春シーズンに3戦して、その3戦目に宝塚記念を勝っている。たとえば、2006年のディープインパクトは宝塚記念からの回復を待って、ぶっつけで本番に臨んだが本来の飛ぶような末脚を発揮できなかった。2012年のオルフェ―ヴルは前哨戦を使ったものの、体調が下降線を辿ってしまい、しかもレースでは大外を回されて、最後は大きく失速してしまった。このパターンは、現地における調教やそこに至るまでのローテーションを見直すことで防げるはずである。

ふたつ目は、勝った相手も歴史に残るような超一流馬であるパターン。これは仕方がないというか、相手が悪かったとあきらめるしかない。具体的に言うと、1999年にエルコンドルパサーが負けたときのモンジュ―である。エルコンドルパサーはこの年、春シーズンからヨーロッパに身を移し、サンクルー大賞とフォア賞を勝ち、今から考えても画期的な、そして完璧な過程を経て、凱旋門賞に臨んだ。個人的な感覚だが、エルコンドルパサーが最も凱旋門賞制覇に近かったのではないかと思う。現地の超一流馬であるモンジュ―に地の利を生かして立ちはだかられては、悔しいかな、わずかに及ばなかった。近年で言うと、シーザスターズやフランケルのような最強クラスと向こうの競馬場で走っては勝ち目はない。

最後の3つ目は、3歳牝馬の大駆けに遭ってしまうということだ。早い時期にサラブレッドとしてのピークを迎えた3歳牝馬が、究極の仕上げを施されて、斤量差を生かし、恐ろしいほどの末脚を発揮するパターンである。たとえば、2013年にオルフェ―ヴルが敗れたときのトレヴがそうである。トレヴは決して弱い馬ではないが、今年に入って勝てていないことからも分かるとおり、あの凱旋門賞では持てる力を120%発揮したような、ある種、異常な走りであった。条件が揃えば、3歳牝馬にはこういった大駆けがあり、古馬の超一流馬の足下を掬うことができる。もちろん、このパターンを逆手に取れば、ハープスターのような3歳牝馬の挑戦には、大きなチャンスがあるということでもある。

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関連リンク
ガラスの競馬場:「凱旋門賞に向けて2014-その1-」

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凱旋門賞へ向けて2014

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今年は過去最多の3頭の日本馬が、凱旋門賞に出走することになりそうだ。宝塚記念を連覇したゴールドシップ、国際クラシフィケーションランキング1位のジャスタウェイ、そして桜花賞を勝って3歳馬して挑戦するハープスター。3頭の父はそれぞれステイゴールド、ハーツクライ、ディープインパクトと異なり、競走馬としてのタイプや性格も全くもって違うが、秘めている潜在能力や資質の高さという点では一致する。これだけ多士済々なメンバーで挑めるのは初めてのことであり、まるでステイゴールドとハーツクライとディープインパクトが揃って凱旋門賞で走るような感慨と興奮を覚えるのは私だけだろうか。少し気が早いが、凱旋門賞に向けて展望してみたい。

まず凱旋門賞で問われるはずのスタミナとパワーを最も備えているのはゴールドシップだろう。父ステイゴールドの産駒は軽い芝コースでも十分に走るが、他馬が苦にするような力を要する馬場を滅法得意とする。とにかく、筋肉の質が強いということだ。ダートを走らないのは、ただ単に砂を被ってしまうと走る気を失ってしまうような気性の難しい馬が多いからである。凱旋門賞が行われるロンシャン競馬場の深い芝、かつアップダウンの激しいコースを最後まで伸びるのは、現在の日本の主流となっている血統としてはステイゴールドの血が相応しい。ただし、コインの裏として、ステイゴールド産駒は気難しさがあることも事実である。

ジャスタウェイは父同様に、トモが完成したことによって、どんなポジションで走っても確実に爆発的な末脚を使えるようになった。それまでは好位を取りに行くと末脚を失い、脚をためるとポジションを悪くしてしまい届かないのジレンマがあった。今ならば、先頭に立ってそこからさらに伸びて引き離す芸当も可能であろう。切れる印象がある馬だけに、距離適性が疑われることもあるが、血統的にも馬体的にも2400mぐらいで失速する馬ではない。ハーツクライの産駒はステイゴールド以上に長距離を得意とし、距離が延びれば延びるほど良さが出る。さらにジャスタウェイの馬体は首も細く、胴部から手脚などの各パーツが長く、まるでステイヤーのそれである。

実は、この牡馬2頭には大きな弱点もある。何度も書いてきたので詳しくはこの記事を読んでもらいたいが、つまりは宝塚記念(や安田記念)を勝つローテーションを組んだ馬は凱旋門賞を勝てないということだ。勝てないと宣言するのは早急すぎるとしても、凱旋門賞で100%の仕上がりにもっていくことは極めて難しい。本気で凱旋門賞を取りに行くならば、宝塚記念や安田記念は捨てなければならない。宝塚記念や安田記念を勝ったら挑戦するではなく、凱旋門賞を勝つためには宝塚記念や安田記念をパスする勇気が必要なのだ。

最も可能性がある(勝ち目がある)馬は、実はハープスターではないかと私は考えている。血統的には母父ファルブラヴでパワーが補強されている反面、スタミナに不安を感じさせるのは確かであるが、そこは末脚に賭ける競馬をするしかない。オークスは変に馬群に入れようとして末脚を削いでしまったが、この馬はポツンと走らせた方が圧倒的に切れるはず。3歳牝馬は斤量も軽いので、見たこともないほど切れるかもしれない。オークスを無理をして勝たなかったのも結果的には良かった。札幌記念は80%程度の仕上げで、勝っても負けても、凱旋門賞に向けて仕上げていけば良い。

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ドバイワールドカップ2014を振り返って

ドバイワールドカップデーは、ジャスタウェイが桁違いの末脚を繰り出して圧勝、ジェンティルドンナは昨年2着の雪辱を見事に晴らし、日本馬によるG1レース2連勝という結果となった。日本の競馬ファンの期待に応えただけではなく、世界のホースマンたちに向けて日本馬のレベルの高さを証明してみせた。欧州の競馬と比べても、ドバイは長距離輸送の消耗が少なく、競馬場もトリッキーではないため、きっちりと仕上げられた日本馬にとっては計算が立つ舞台となったということだ。デューティーフリー、シーマクラシック、ワールドカップの3つのG1レースを振り返ってみたい。

まずはデューティーフリーから。トウケイへイロ―が速いペースで引っ張り、それに他馬もついて行くように進んだことで、全体の流れが引き締まったレースとなった。腰に力がついたジャスタウェイは、もう少し前にポジショニングすると思っていたが、思いのほか後ろの位置取りに。それだけペースが速かったということであり、ジャスタウェイの切れ味がより一層引き出された結果となった。トウケイへイロ―にとってはペースが速すぎ、ロゴタイプは完調一歩手前という段階であったが、ジャスタウェイにこれだけの競馬をされてしまっては、他馬も含めてグウの音も出ないだろう。

シーマクラシックは、ジェンティルドンナらしい強い勝ち方であった。大きく離すわけではないが、前の馬を捕えて交わすときの一瞬の脚が素晴らしい。昨年の反省を生かし、京都記念を完全な叩き台にして、疲れを残さず今回をピークになるように仕上げた。レースに行っても、昨年は外を回されたことが響いたが、今年はR・ムーア騎手のギリギリの騎乗で内に潜り込み(1コーナーまでのトラブルに関してはパトロール映像を見ていないので善悪の判断はしかねる)、最高の形で道中を運ぶことができた。最後の直線で前が詰まり、ヒヤッとさせられたが、脚をためていたからこそ、抜け出すことができた。デニムアンドルビーは人馬共に、慣れないレースの雰囲気に飲まれた格好で、先頭に立たされてしまい、気を遣って万事休す。馬群の内を走られれば、この馬にも好走のチャンスはあったはず。

ワールドカップは、日本から一流のダート馬2頭が挑戦したが、道中のペースが速くなってから全くついて行けなかった。どちらも体調自体は悪くなかっただけに、揃って惨敗を喫してしまったのには訳があるはず。純粋なパワーだけではなく、強靭なスタミナとスピードの持続力が極めて高い次元で要求されるレースであることに加え、タペタの馬場が要求する走りに合わなかったということだ。やはりこういった特殊な馬場では、走り慣れている地元の馬が有利になる。

最後に、ジャスタウェイ(父ハーツクライ)とジェンティルドンナ(父ディープインパクト)は、どちらもサンデーサイレンスの孫にあたるように、一世代を経てもなお世界レベルの産駒を生み出す、サンデーサイレンスの遺伝力の強さに改めて驚かされる。これだけ競馬の世界がグローバルになった以上、サンデーサイレンスの血が飽和してしまうことは考えにくい。それよりもサンデーサイレンスがいたからこそ、日本馬のレベルは格段に向上し、国際化の波の中で日本の生産界が救われたことに感謝しつつ、ネアルコやボールドルーラーに匹敵するような、この世界的な名血をこの先どう生かしていくかが私たちに問われているのだ。

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ドバイワールドカップ2014を占う

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今週末、日本では高松宮記念が行われるが、海の向こうではドバイワールドカップが行われる。2006年にカネヒキリが挑戦したとき、私はこのブログで初めてドバイについて言及した。その時、私はこう書いた。「こういった国際舞台では、彼らとその関係者たちは、否が応でも日本の競馬を背負っている。日本という“国”まで背負う必要はないが、王ジャパンが“野球”を背負ってWBCを戦ったように、彼らも“競馬”を背負って走る。私たちが大好きな競馬の素晴らしさを、世界に知らしめてほしい」。それから5年後の2011年、ヴィクトワールピサがドバイワールドカップを制し、M・デムーロ騎手が日の丸の国旗を高々と掲げたことは記憶に新しい。やはり国際舞台で勝つことには、いろいろな意味や価値があるのだと思う。

ドバイワールドカップは、総額賞金が1000万ドル、1着賞金が600万ドルという世界最高の賞金額でも知られるレースである。同日にドバイミーティングとして行われる他のレースの賞金額も極めて高く、シーマクラシックやデューティーフリーは総賞金500万ドル、1着賞金300万ドルと、ジャパンカップ(1着賞金2億5000万円)よりも高いのだから驚きである。凱旋門賞と比べると、歴史も浅く、格式も高くないレースではあるが、この賞金の高さによって各国の競馬に少なからぬ影響を与えてきていることを最近つくづく感じる。分かりやすく言うと、日本の一流馬の中でも、春の最大目標がドバイにある馬が現れてきているのである。

たとえば、ジェンティルドンナはその典型であろう。秋の最大目標はジャパンカップであり(すでに2連覇を果たした)、春の最大目標はヴィクトリアマイルでも宝塚記念でもなく、ドバイシーマクラシックとなる。国内外を問わず、賞金が高くて、勝てるチャンスのあるレースに照準を合わせているということだ。特に、種牡馬としての価値を考えなくてよい古馬牝馬に、この傾向はより顕著に表れるはず。これには古馬の中距離G1である宝塚記念の開催時期や馬場状態という問題が大きく影響しているのだが、いずれにせよ、このままでは春の古馬G1戦線が空洞化してしまうだろう。

ジェンティルドンナは昨年の雪辱を果たすことができるのだろうか。11月末に行われるジャパンカップをピークに仕上げた馬を、ドバイシーマクラシックで再びきっちり仕上げるのは案外難しい。2月のステップレースを使うとすれば、ジャパンカップ後にそれほど長い休養を取ることはできない。あと1か月あれば、というのが正直なところだろう。昨年はほとんど体を緩めずに過ごした疲れが2着という結果に出てしまったが、京都記念の惨敗を見る限り、今年はある程度休養を取っての仕上げであり、好結果につながる可能性は十分にある。そしてもう1頭、ディープインパクト×キングカメハメハという最強配合であるデニムアンドルビーにも未知の魅力を感じる。

デュ―ティーフリーに出走する3頭の牡馬も心強い。簡単には止まらないトウケイへイロ―に皐月賞馬ロゴタイプ、そして天皇賞秋を破壊的な末脚で制したジャスタウェイ。外国馬も素晴らしいメンバーが揃った。それでも、今のジャスタウェイを負かすのは難しいだろう。トモに実が入り、馬体が充実したジャスタウェイを負かすことができる馬がいたとすれば、その馬は相当に強い。それぐらいジャスタウェイ陣営にとっては自信を持って臨めるレースである。ドバイワールドカップにはペルシャザールとホッコータルマエといった、日本を代表する現役最強ダート馬2頭がこぞって出走する。日本の砂であれば間違いなく好勝負になるのだが、オールウェザーという馬場がどう出るか。ヨーロッパの馬が多く出走してきているように、純粋なパワーというよりも、どちらかというと強靭なスタミナやスピードの持続力が問われるレースになるのではないか。極端なスローに流れない限り、スピードの絶対値が足りずに終わってしまうという結末が待っているような気がしてならない。そう考えると、オールウェザーの2000mこそが、芝とダートを統一して、世界競馬の頂点を決めるレースに相応しい設定なのかもしれない。

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2014年春の古馬中長距離路線を占う

Goldship

毎年、阪神大賞典そして産経大阪杯のレースが近づいてくると、いよいよ一流馬たちの走りを見られる時期がやってきたかと胸が高まる。クラシック路線については、牡馬牝馬ともに年明け早々に占ったので、今度は古馬路線、その中でもオルフェ―ヴルがターフを去ったあと、高いレベルで実力が拮抗している中長距離戦線について展望してみたい。天皇賞春から宝塚記念という日本の春競馬の王道ではなく、ドバイや香港に有力馬が枝分かれするケースが今年は目立つが、海外遠征組も最後には宝塚記念で集結するという期待を込めつつ。

まずは古馬牡馬の筆頭格はゴールドシップをおいて他にいない。ゴールドシップは、同じステイゴールド産駒であるオルフェ―ヴルと似て、気力で走る馬であり、気持ちが走ることに向いていない(精神的に消耗してしまっている)ときは、あっと驚く凡走をしてしまう。惜敗ではなく大敗を喫してしまうタイプの分かりやすい馬である。昨年の秋シーズンは、それまでに蓄積されていた疲れが噴出し、精神的に大きく崩れてしまったが、あそこまで走らなかったことで、かえって疲れが抜けたかもしれない。父ステイゴールドは晩年まで闘争心を失わなかった馬であり、その長所は産駒にも遺伝しているので、この春は完全復活したゴールドシップを見ることができるのではないか。

ゴールドシップを負かすことのできる実力をつけたのが、同じ須貝厩舎であり、昨年の天皇賞秋の覇者であるジャスタウェイ。この馬も父ハーツクライと似て、古馬になってようやくトモに実が入ってきた。それまでは後方から行って、鋭い末脚を使うものの、差して届かずもしくは不発に終わっていたレースが多かったが、後駆が充実してきたことで自然と前の位置につけられるようになった。楽に先行して、直線では力強い末脚を繰り出すのだから、今のジャスタウェイを負かすのはそう簡単なことではない。8分以下の仕上がりであった中山記念を勝ったのだから、かなり高い確率で、ドバイデューティーフリーでも好走するであろう。むしろ注目は、ドバイデューティーフリーを勝ったあと、宝塚記念に出走してきたときのゴールドシップとの同門対決である。

エピファネイアはスタミナの裏付けはあるが、気性的には2000mがベストの馬であるため、菊花賞を勝ったことによる反動は少なくなかったのではないだろうか。そのあたりはさすが天下の角居調教師だけあって、ジャパンカップや有馬記念には目もくれず放牧に出した。この春は肉体的にも精神的にもリフレッシュしているだけに、産経大阪杯から香港のクイーンエリザベス2世Sまでは、角居調教師の思い描くとおりに運ぶのではないか。そこから先、2か月の期間が開いての宝塚記念というローテーションをどう乗り越えるか、特にきっちり仕上げて香港のG1レースを勝ったあとの調整は難しいだろう。同じ道程を辿ったルーラーシップの経験を活かせるかどうか。

キズナはどう出るか分からない。日本ダービーを勝った反動、そしてフランスに渡り、凱旋門賞で激走した疲れがあって当然である。その疲れが本当に癒えているのかどうかの見極めが大切である。もしかすると、この春は自慢の末脚が不発に終わってしまうレースを繰り返すことになるかもしれない。もちろん、これだけの苛酷な試練を乗り越えれば、日本を代表する名馬として秋には再び凱旋門賞に挑戦してもらいたいし、それだけの馬だと考えている。

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関連エントリ
「ガラスの競馬場」:2014年のクラシック路線を占なってみる(牡馬編)
「ガラスの競馬場」:2014年のクラシック路線を占なってみる(牝馬編)

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オンザブライドル

Prayandoreal

プレイアンドリアルが京成杯を制した際、馬主である岡田繁幸氏が「アルゼンチン式の調教法を取り入れたことが良かった」とコメントしていた。200~300mほど走ってから、一度完全に馬を止め、そこからまた200~300mほど走らせて止める。これを繰り返すことで、馬が走りのメリハリを覚え、騎手の指示に従うようになり、道中で折り合いをつけやすくなるという。アルゼンチンで広く行なわれているこうした調教に対し、馬に我慢することを教えるために、イギリスでは縦列で坂路を駆け上がる集団調教が伝統的に行なわれている。

イギリスの坂路調教では、馬を一杯に追い切ることはしない。馬を縦に並べて5ハロンから7ハロンの自然勾配の坂路を走らせる。集団の中で走るため、いくら自分が速く走ることができようとも、前との間隔を守るために我慢しなくてはならず、逆に自分が苦しくなって集団から遅れそうになっても、最後まで踏ん張り通そうと頑張らなければならない。自分のペースではなく、集団のペースで走ることを求められるのだ。そういった日々の訓練を通して、馬の肉体と精神を鍛え上げていくのである。

騎乗者は基本的にはムチなど使わず、馬がハミを取った状態を保つことに専念する。これをオンザブライドルと呼び、ハミから伝わってくる手応えを通して、その馬の能力や仕上がりや状態を把握する。オンザブライドルの状態で坂路を楽々1本走り切ることができるようになれば、次からは2本に増やす。2本目もオンザブライドルで問題なく上がってくることができるようになれば、その次はレース出走に向けて、リードホースの後ろを追走させ、ラスト2ハロンは併走して目一杯に走らせる。人間の意志で馬に速く走ることを無理強いするのではない。

このような調教法を通して、肉体的には溜めをつくることを教え込むことができる。目一杯走らないため、馬の馬体全体は収縮し、後躯の踏み込みが増し、瞬発力を発揮する溜めのある走法となる。精神的にも走りたくて仕方がないというハッピーな状態を維持することが目的となる。馬は極限まで絞り込まれることがなく、また走りたくないのに走らされているというストレスを抱えることも少なく、どちらかというと我慢することを教えられるため、もっと走りたいという前進気勢が湧いてくる。リラックスしつつも、前向きな気持ちをレースに行って爆発させることができれば、その馬の持っている能力以上の何かが発揮されることになるのだ。

エリザベス女王杯を2連覇したスノーフェアリーは、まさにこのイギリスの伝統的調教法、オンザブライドルで育てられた1頭である。折り合いの素晴らしさと直線での瞬発力は桁違いであった。特に2010年のエリザベス女王杯で、1頭だけ内を突いて、弾けるようにして伸びた一閃の末脚は今でも脳裏に焼きついて離れない。あれこそがヨーロッパの真の一流馬の瞬発力であった。昨年の凱旋門賞を勝ったフランスのトレヴも同じだろう。それぞれの国に独特の調教法があり、どれが正しいということではなく、世界にはたくさんの強い馬たちがいて、それだけ世界は広いということだ。

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日本人騎手に必要な騎乗技術とは(後編)

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日本人騎手に必要な騎乗技術のもう1点は、溜める技術である。ここでの溜めるとは、脚を溜める、つまり道中で競走馬のスタミナやパワーを温存するということ。競走馬は常にトップスピードで走ることはできないため、騎手は脚を溜める必要がある。いや、レース全体として考えても、馬を追う時間よりも脚を溜めるそれの方が長く、結果(着順)に与える影響は明らかに後者の方が大きい。傍目からは同じように走っているように見えても、脚が溜まっている馬は最後の直線に向いてから弾けるが、脚が溜まっていなければいくら追えども失速してしまう。

ここで敢えて溜めるという表現にこだわったのは、脚を溜めるのと馬を抑えるのでは全く違うからだ。脚を溜めるのがスタミナやパワーを温存することである一方、馬を抑えるのはスピードを制限する、つまりブレーキをかける行為に他ならない。脚を溜めているように見えて、実は馬のやる気を削ぎ、馬とケンカしながら、ただ単に力づくで馬を抑えているにすぎないケースもある。海外のトップジョッキーと日本人騎手の道中の違いは、同じ行為をしているように見えても、脚を溜めると馬を抑えるとの差ぐらいある。日本人騎手に求められるのは、脚を溜める技術なのである。

脚を溜める技術の差は、直線に向いてヨーイドンの超スローペースのレースでこそ如実に出る。スローペースでは道中で行きたがる馬を馬群の中でなだめ、手綱やハミ、そして騎座を通して馬をコントロールしながら、肉体的、精神的なスタミナとパワーを温存しなければならない。日本競馬に特有の上がり3ハロンが32~33秒台のレースにおいて、意外にも外国人ジョッキーが力を発揮するのは脚を溜める技術が高いからである。

たとえば、2013年のジャパンカップは、前半の1000mが62秒4、後半が58秒1という究極のスローペースとなり、R・ムーア騎手、W.ビュイック騎手、C.ウィリアムズ騎手、J.スペンサー騎手といった外国人ジョッキーが、混戦の中で上位を占めた。馬の力や体調如何はあるにせよ、R・ムーア騎手は勝ちきれなかったジェンティルドンナを勝利に導き、W.ビュイック騎手は11番人気、J.スペンサー騎手は13番人気の馬を掲示板に持ってきたのだから、単なる偶然ではないだろう。最後の直線で、わずかハナの差、首の差だけでも馬を前に出せるのは、この脚を溜める技術の賜物である。


それでは日本人騎手はどうすれば良いのだろうか。正直に言うと、私は元ジョッキーではないし、騎手のインストラクターでもないので、これといった具体的な方法は知らない。それでも、ひとつだけ言えるとすれば、やはりヨーロッパに行ってレースに乗ってみなければならないということだ。最後に、故野平祐二さんの言葉を借りて締めくくりたい。

―馬をキープさせる技術の差は、どういうところから生じてくるのでしょうか? 野平祐二(以下、敬称略) 毎日の調教の積み重ねからくるものでしょう。日本の場合、単走か、もしくは併走ですが、ヨーロッパでは横に並んでの調教はまずないんです。常にタテ、一列縦隊の形をとるんです。たとえば5頭の馬が馬場に出たとします。先頭の馬、2番手の馬、3番手の馬という風に順番が決まっていて、うしろにつけた馬は泥を被っても、その位置をキープしなければいけないんです。もし隊列を崩して、2番手の馬が先頭の馬に並びかけようものなら、あとで調教師からこっぴどく怒られますからね。乗り手はどんなことをしてでも抑えつけなければならないわけです。どこの厩舎でも、競馬学校を卒業してきた若い騎手が10人ぐらいはいるんですけど、毎日こうした訓練をするんですから、抑える技術が巧になるのは当然です。

―その隊列を崩さずに抑える技術というのは、どこにポイントがあるんですか?
野平祐二
うーん、それが難しいんですよ。とにかく乗り手の重心が、馬の背から移動させませんからね。日本の騎手というのは、どうしてもうしろに引いて、重心が動いてしまう人が多いですからね。そのため馬の後躯の方に人間の重心がかかってしまうわけです。馬の重心はキ甲を中心にしてあるから、これでは溜めるというのではなく、ブレーキをかけているようなものなんです。溜めたからには、あとで爆発させなければならないんですからね。ヨーロッパの騎手は、馬の中心に合わせて溜めて乗っているんです。絶対に重心を後ろに移動させません。

―そのあたりは、どこをどうやって操作しているんですか?
野平祐二
腕力でということもあるかもしれません。向こうの騎手の上半身は、日本の騎手よりも強いですからね。ただそれだけでもないでしょう。やはり普段からの訓練の結晶としかいいようがありません。日本でも行きたがる馬を抑えるのが達者な騎手がかなりいますけど、では、しまいに溜めた力を爆発させて伸ばせるかというと、案外伸ばせないんです。(中略)私がこうやって言葉でいくら説明しても、理解できないと思うんです。実際に向こうでレースを経験してみないと分からないことなんです。ですから、とにかくヨーロッパでレースに乗ってみなさい、としかいいようがありません。そうすれば、ああ、こうも違うのかと痛感するはずです。
(「名騎手たちの秘密」より)

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日本人騎手に必要な騎乗技術とは(前編)

Japanjockey若手のトップジョッキーが腰を据えて海外に挑むべきだ、と私は常々主張してきた。あらゆるリスクを取らなければならないことは百も承知だが、誰かが最初のペンギンにならなければ、それに続く者も現れない。このまま茹でガエル状態が続くならば、日本でも海外の競馬場でも、日本馬に跨った外国人ジョッキーがG1レースを勝利するという風景が日常になってしまう日が来るだろう。日本馬のレベルアップは著しいが、それに日本人騎手の技術が追いついていかない。そんな歪んだ構造がますます明らかになってしまうということだ。

それでは、日本人騎手に必要な騎乗技術は何なのか。トップレベルの外国人ジョッキーたちと比べ、どの点において、(たとえリーディング上位であっても)日本人騎手は劣っているのだろうか。細かいことを言えばキリがないし、それぞれの騎手たちによって課題は異なってくるはずだ。一戦で活躍しているジョッキーでなければ分からないレベルの技術差も大いにあるだろう。そうではなく、もっと根本的ところ、本質的なところで、外国人ジョッキーたちが優れている2点がある。決して悲観論ではなく、これらの技術が向上すれば、日本人騎手は外国人ジョッキーに近づくことができる。もしくは、いつの日か追い抜くことができるかもしれない。私はそう考えたいのだ。

1点目は騎座である。ジョッキーは馬の上に置かれた鞍の上に座るが、太腿の内側や膝を使って、馬に人間の意思を伝えることができる。手綱やハミ、鞭などの馬具を通してのコミュニケーションと同じか、それ以上に、騎座によって多くのことを人間は馬に語ることができるのだ。

「ハミ(手綱に接続された、馬の口に噛ませる金属製の馬具)も重要なコミュニケーションの道具ですが、なによりも大事なのが、騎座です。進め、止まれはもちろんのこと、方向やスピードを変える指示も、微妙な体重移動と騎座からの圧力、つまりすべて下半身の動きで伝えているんです。馬が跨られた瞬間に、その人間がうまいか下手かわかるというのは、騎座の違いなんですよ。一度でも馬に乗ったことがある人ならわかると思うんですが、初心者は落とされないようにと思うあまり、変に力が入り過ぎてしまうでしょ。馬はそれを瞬時に背中で察知することができる。乗るのが下手なのはすぐにバレてしまうんです。逆に、騎座で馬を完全にコントロールできる人は、力の入れ具合が全然違う。馬はそこで、乗っている人間が言うことを聞かなきゃいけない相手か、自由にしていい相手か、判断してるんだと思います。

でも、騎座が最初からできる人はそうはいないでしょう。もしいたら、その人こそまさに天才です。競馬学校で3年間みっちりと仕込まれたあとでも、できている人のほうが少ないくらいです。

こんなことを言う僕にしたって、完全に制圧できる馬が多くなったのは、一昨年くらいからなんです。それからは、事前に思い描いていたレースを実際にできる確率が高くなりました。レースでうまくいく必然性が増したというか、手の内に入っていない馬で思い通りに乗れる確率はやっぱり低いわけですよ。それが成績という形で現れているのがうれしいですね」
(「Number」795号)

私も大学生のころ、1年間だけ乗馬をやっていたことがあるので、福永祐一騎手が言う騎座の意味はよく分かるつもりだ。馬に乗ることを始めた者にとって、最初に難しいと感じるのは、馬を動かす(歩かせ始める)ことではないか。馬のお腹をかかとで蹴って合図を送ってくださいと教えられ、その通りにしても馬はなかなか動いてくれない。少なくとも私はそうだったし、私の周りの初心者も同様であった。不思議だったのは、私たちに替わって指導者の方が跨った途端、そのまさに同じ馬が動き始めたのだ。しかも、その指導者は馬の腹をかかとで蹴ってもいないのに、だ。今だから分かるが、あれこそが騎座の違いということであった。

同じことがジョッキーたちの間でも起こっているのだろう。馬を歩かせ始めるという初歩的な問題ではなく、馬を掌握する、手の内に入れる、レースに行って自分の思い通りに馬を動かす(走らせる)という次元において。騎手たちにとって、最も難しく悩ましい問題、それが騎座ということだ。そして、その感触は長い時間をかけて体得されるものなのだろう。だからこそ、小さい頃から馬の背中に跨り、馬と共に生活をしてきた海外のホースマンたちには大きなアドバンテージがある。それは文化の違いというよりは、時間の違いということである。この騎座の差を日本人騎手が克服するためには、一見効率の悪い方法に思えるかも知れないが、できるだけ多くの時間を馬に乗って過ごすしかないのではないだろうか。

(後編に続く→)

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2014年のクラシック路線を占なってみる(牝馬編)

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続いて牝馬のクラシック戦線を占いたい。今年は牡馬よりも牝馬の方が簡単である。なぜかというと、朝日杯フューチュリティSとラジオNIKKEI杯2歳Sと分かれてしまう牡馬路線よりも、阪神ジュベナイルFへと一本化されている牝馬路線は力関係が分かりやすく、さらに今年は阪神ジュベナイルFの上位組の力が抜けているからだ。特に、レッドリヴェールとハープスターの力は圧倒的であり、それに続くフォーエバーモアーも相当に強いはず。そして何よりも3頭共にクラシック血統であるというおまけつきである。

まずは阪神ジュベナイルFを勝利したレッドリヴェールについて。この馬に関しては、阪神ジュベナイルFの前にも書いたとおり、新馬戦で上がり3ハロン33秒3、続くG3レースの札幌2歳Sで上がり3ハロン41秒3という、全く異なる資質が要求される2つのレースを連勝したことだけで、この馬の凄さが手に取るように分かる。しかも阪神競馬場と札幌競馬場の異なる環境で、2戦目は牡馬を相手に力の要る馬場を楽勝したのだ。父ステイゴールドも心強い。ここから成長していくことが見込まれるだけではなく、距離が延びてさらに良さが出るはず。

唯一の心配材料は馬体重である。ステイゴールド産駒の牝馬が意外にも走らないのは、精神面の繊細さや気性の激しさから、飼い葉を食べなくなって、やせ細ってしまう牝馬が多いからだ。体が小さいのは能力でカバーできるが、あまりにも飼い葉を食べないと、調教で負荷を掛けづらくなる。思い切った調教をしても飼い葉をしっかり食べてくれるようでないと、さすがにG1戦線を勝ち抜くのは難しくなる。幸いにして、レッドリヴェールは素直そうな顔つきからも、それほど気性が難しいタイプではないだろうから、そこさえクリアできれば将来は明るい。

ハープスターは切れ味を生かすタイプの牝馬で、レッドリヴェールとはまた強さが異なる。新潟2歳Sがあまりにも強い(強く見える)勝ち方だったので過剰人気してしまったが、阪神ジュベナイルFの着差が一線級に入っての力関係である。つまり、この馬だけが抜けて強いということではなく、これからの成長力やレースの仕方によって、クラシックを勝つチャンスがあるということだ。でぃぷインパクト産駒は春のクラシックの入り口に向けて、グッと成長する傾向が強いので、この馬も休養を挟みながら上手く成長を促すことができれば、ステップレースを叩いて、ちょうど本番の桜花賞ぐらいで頭ひとつ抜け出す馬になるかもしれない。レースの仕方としては、好位を取りに行くのではなく、この馬のリズムで後方からポツンと運んで、直線の脚に賭けるレースがベストだろう。そうすることで、肉体的にも精神的にも、この馬の一瞬の切れ味を生かすことができるはず。

フォーエバーモアは見た目以上に強い馬なのだろう。手脚が長いのは父ネオユニヴァース産駒の特徴だが、まだ馬体自体も顕著で、阪神ジュベナイルFの好走は驚きであった。あの時点での馬体の完成度であそこまで走ったのだから、走る素質は2頭に匹敵するか、もしかするとそれ以上の器なのかもしれない。スタミナのありそうな馬体と成長力や将来性を含めて考えると、桜花賞というよりはオークスで真価を発揮しそうな馬である。関東馬ということも輸送のハンデがない分、オークスこそが狙い目か。

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2014年のクラシック路線を占なってみる(牡馬編)

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クラシックで活躍するような馬は年内にデビューしていることがほとんどだから、年が明けた時点で今年のクラシックを占なうことは十分可能である。もちろん休養に入っている有力馬の冬の過ごし方によっては大きな誤差が出てきてしまうが、各馬のおおよその力関係が把握できるということだ。それは牡馬にも牝馬にも当てはまる。さすがに菊花賞や秋華賞までは難しいかもしれないが、皐月賞から日本ダービー、桜花賞からオークスへと続く春のクラシックロードはおぼろげながらも見え始めている。

まずは牡馬クラシックから占なってみたい。その上で鍵となるレースは、2013年で最後になってしまったが、ラジオNIKKEI杯2歳Sである。2000mの距離、阪神競馬場というコース。たとえG3の格付けであったとしても、朝日杯フューチュリティS(G1)よりもクラシックにはつながりやすい。むしろ中山競馬場で行われる朝日杯フューチュリティSは、若駒に負担を強いたり、急いで(焦って)追走する悪いリズムを植えつけてしまう面があるため、クラシックを狙えるような素質馬であればあるほど避けられる傾向にあった。道中で我慢することを教えながら、勝っても負けても比較的負担の少ないレースを期待できるのがラジオNIKKEI杯2歳Sということだ。

ワンアンドオンリーはクラシック有力馬の筆頭ということで素直に評価したい。昨年のラジオNIKKEI杯2歳Sは、例年のそれと比べてペースが速く、最終的にはスタミナを問われるレースであった。そうしたレースを一味違う脚で抜け出したのだから、潜在能力が高いことは疑いようがない。父ハーツクライは自身がそうだったように、長距離を得意とし、どちらかというと晩成の産駒を出す傾向があるため、実戦で使われつつ、少しずつ良さが出てきたということだろう。こうしたタイプの馬は、肉体的にも精神的にも仕上がるまでに時間が掛かるので、ひと叩きして皐月賞ではなくて、その先の日本ダービーあたりでピークを迎えるのではないか。

アジアンエクスプレスは、負け知らずの戦績からも夢は広がるが、朝日杯フューチュリティSを勝ったということは、スピードとパワーが優先のタイプであることは間違いない。その朝日杯フューチュリティSも鞍上の腕で持ってきたという感も拭えず、また強引に持ってこられてしまった反動が今年に出ないかという心配もある。ローテーション的には、使い出しのレースには細心の注意を払うべきだろう。マイルよりも長い距離のレース(毎日杯もしくは弥生賞あたり)から使い、朝日杯フューチュリティSのリズムをリセットすべきだ。潜在能力の高さは確かで、気性的に柔軟性のある馬だけに、中距離仕様につくり変えていけるかどうかが全てである。

東京スポーツ杯を勝ったイスラボニ―タは、手脚を綺麗に伸ばして走る、実に収縮性の高い走りをする馬である。フジキセキ産駒にしては珍しいタイプで、だからこそ距離が延びても対応できる。前進気勢に優れたタイプであるが、道中で脚を溜めることもできる器用なタイプ。とはいえ、皐月賞の中山2000mが適距離かつ上限であり、日本ダービーの東京2400mはさすがに長いだろう。

未知の魅力ということで言えば、エリカ賞を勝ったバンドワゴンか。雄大なフットワークで先頭に立ち、そのまま押し切るという力任せのレースで2連勝。追走した他馬が直線ではバテてしまっているように、肉を切らせて骨を断つ強い勝ち方である。さらに上のクラスに行って、目標とされてどうかだが、それらのプレッシャーを撥ね返すだけの能力の高さはある。問題としては、気性的に難しいところが表面化し、鞍上の和田竜二騎手とケンカするようになることぐらいか。バンドワゴンに新馬戦では敗れたが、その後、2連勝しているトゥザワールドも将来性は高い。特に前走の黄菊賞は速い流れを前々で追走し、最後は余力十分に突き放した。この2頭は上記の有力馬たちをまとめて負かすほどの資質を秘めている可能性がある。

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JRA60周年を迎えるにあたって

JRAの2013年の売り上げが2兆4049億3351万3200円と、前年をわずかに上回った(4%増)。これで昨年に次ぐ2年連続での売り上げ増。2012年は東日本大震災の影響があった2011年と比較しての数字だけに、2013年の売り上げ増をもって初めて、久しぶりに売り上げ減に歯止めが掛かったと言ってよい。落ちるところまで落ちたと見るか、さらに底があると見るか、そもそも今までが異常だったと見るか、その人の立場や考え方によって解釈は違うだろうが、私はようやく落ち着くところに落ち着いたと考えている。

かつては売り上げ2兆円を目指してJRAは頑張っていた時代もあった。それを思うと、今の売り上げが決して少ないわけではなく、その過程で膨れ上がってしまった様々なものを維持するためには、売り上げ2兆円では足りなくなってきているというのが現状であろう。いくら売り上げが上がったとしても、その分、広告宣伝費をかけているとしたら、実は何ひとつ根本的な解決になっていないことになる。わずかな光としては、お金をかければ、今年の日本ダービーのように競馬場に人は集まることが分かったぐらいか。

なぜピーク時に比べてここまで売り上げが下がり、競馬ファンが少なくなってしまったのかという話は複雑できりがないので一旦置いておいて、今回はどうすれば売り上げが(たとえわずかでも)アップし、競馬ファン離れを防ぐことができるのかという建設的な提案をしていきたい。もしかしたら分かっているけど現実的にはできないという耳の痛い話かもしれないが、それでもやらなければならないときはいつしか来るだろう。以下3点が、一競馬ファンの私からJRAへの提案である。

1、馬券を4種類に
JRAにとって馬券こそが商品である。商品の種類が多すぎて、既存の競馬ファンもどの馬券を買うべきか分からなくなっている。新規の競馬ファンはなおさらだ。商品の選択肢が多すぎるとお客は何も選ばない(買わない)という選択をする傾向もある。そして、買うにしてもローリスクハイリターン(のように見える)3連単を選択されてしまい、一人当たりの購入単価は減ってしまう。何よりもまず先に手をつけるのは、現在の9種類(単勝・複勝・枠連・馬連・馬単・ワイド・3連複・3連単・WIN5)から4種類へ減らすこと。どの4つを残すかが難しい問題だが、単勝、枠連、馬連、3連単が適当か。

2、競馬場を4つに
これは人が大きく関わる問題だから簡単には行かないだろうが、売り上げの8割近くを占める4つの競馬場(東京、中山、阪神、京都)に絞りつつ、各場の開催日数は増やして行なっていくということだ。競馬ファンの本音としては、2場でも多いぐらいで、3場同時開催はいくらなんでも多すぎる。ひとつのレースについてじっくりと考え、予想する競馬ファンの時間が失われてはならない。その醍醐味を奪ってしまうと、知的ゲームとしての競馬の特徴は消え去ってしまう。

3、30代を訴求対象へ
以下のグラフは、拙ブログの読者の年齢別である。昨年(2013年)1年間の読者を対象としているだけに、かなり精度の高い数字であると考えられる。この結果にはさすがに驚かされた。30代、40代が多く、50代、60代と20代は少ないと想像していたが、30代が60%を占めているように圧倒的に多い。もちろん私が(かろうじて)30代であることから、そうした年代に読まれやすいことはあるが、ここまでの偏りが出てしまうのは、コアな競馬ファンの年齢層もほとんどこれに近いからだ。つまり、これから数十年は団塊ジュニアの層に訴求対象を定めていくべきだろう。

Nenrei

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世界へ飛び出せ、若手騎手たちよ。

Totheworld

今年も外国人ジョッキーが大いに活躍した年であった。桜花賞のデムーロ兄弟のワンツーに始まり、M・デムーロ騎手による皐月賞、R・ムーア騎手によるジャパンカップと朝日杯フューチュリティS、C・ルメール騎手によるJCダートまで、多くのG1レースを海外から来たジョッキーが制したことになる。O・ペリエ騎手が本格的に来日し始めた2000年前後の衝撃から10年以上が経ち、外国人ジョッキーが中央競馬に騎乗し、勝利するのは日常の風景となった。

これだけ外国人ジョッキーの活躍が目立つと、それに対して異を唱える者も出てくる。このままでは未熟な若手騎手を中心に騎乗機会が奪われてしまうことで、日本人騎手が育たなくなってしまう、というのがおおよその論である。また、外国人ジョッキーばかりでは競馬ファンが離れてしまう、という見方もある。週刊「Gallop」の創刊20周年記念企画のひとつとして、吉田照哉氏(社台ファーム代表)と吉田勝己氏(ノーザンファーム代表)と前田幸治氏(ノースヒルズ代表)による超BIG対談が掲載され、その中で前田氏はこのように語っていた。

前田(以下、敬称略)
「外国といえば、実は私、お2人にお願いがあるんです。少し外国人騎手を使うことを控えていただきたいのです。相撲界を見ていて、つくづく感じます。外国人力士が多くなりすぎて人気がなくなったように、外国人騎手ばかりが勝つと相撲と同じようになりかねません。それに、同じ勝負服ばかりというのもファンに飽きられます。…」

私はこの手の考えがどうしても理解できない。競馬人気がなくなってきた理由が、なぜ外国人ジョッキーが多くなったことや同じ勝負服が増えたこととつながるのだろうか。1998年をピークとして中央競馬を始めとする競馬産業が縮小しつつあるのは、人口動態の変化や経済状況といった大きな流れの中で、あらゆる要因が複雑に重なり合って起こっている現在進行形の事象であって、外国人ジョッキーや勝負服の問題はそのひとつにすぎない。馬と人のドラマがなくなったという面は確かにあるが、昔だって良い馬は一握りの一流騎手に乗り替わりになるのが必然であった。外国人だと思い入れができないというのは、最終的には個人の思想に帰結する問題である。勝負服に関していえば、もし気になるならば(必要ならば)、馬ごとに勝負服を変えてもよい制度にすればよいだろう。よく考えていくと、問題の本質はそこにはない。

前田氏の提案に対して、吉田勝己氏はこう答えている。

吉田勝己
「ですが、日本のジョッキーにも、もっとうまくなってもらわないと…」

前田
「それはそうです。若手のなかには、芸能人と勘違いしている騎手もいます。それについては、本人たちが自覚を持って改めてほしいです。それに今の若い日本人騎手には、外国人騎手が持っているようなハングリー精神が足りないですね」

吉田勝己
「技術差もありますよ」

前田
「それもそうですが、勝てばいいと外国人騎手ばかり乗せるのも…。ファン離れの一因になっていると思います。お二人には、ぜひこの2点を理解していただきたいです。

吉田勝己
「馬を走らせなきゃ、私らはやっていけませんから。生産馬を売るためには、すべてにおいて最善を尽くさないといけません。技術に優れた外国人騎手が入ることで日本人騎手の腕も上がるはずです。それに、海外の一流騎手が来て、その技術が見られるのは日本の競馬ファンにとって幸せなことですよ」

ここまで言われてしまうと、反論の余地はない。前田氏と吉田勝己氏の対話から、彼らに見えているものの違いが浮かび上がってくる。吉田勝己氏には「技術」が見えているが、前田氏には見えていないのである。正直に言うと、それは私も含めた競馬ファンも同じで、日本人騎手と外国人ジョッキーの技術の違いが見えないのである。私たちは吉田氏ほど命がけで騎手の技術を見ていないし、海外のあらゆる競馬場であらゆるジョッキーたちの技術を目の当たりにしていない。分からなくて当然なのであるが、だからこそ外国人ジョッキーを巡る議論は平行線を辿って交わることはない。ビジネスライクなんて言葉で片付けてしまうのは、自分たちの無知をさらけ出しているようなものなのだ。

吉田勝己
「日本の競馬がトップになるというのが一番なんです。トップになりますよ。なれると思います。トップにしないと、私らは生きていけないですよ」

日本の競馬が頂上を目指して、これからも生き残っていくのであれば、技術が高いところに騎乗の依頼が行く流れには抗いようがない。M・デムーロ騎手は今年、騎手免許の一次試験に落ちてしまったが、いずれは年間を通して騎乗する外国人ジョッキーが現れ始めるだろう。そうなったとき、日本人騎手はどうすればよいのだろうか。地方と中央競馬の垣根を取り払い、貪欲さがあればできる限り多くの騎乗機会を得られるシステムにするのは当然として、もっとも大切なことは、(できるならば)才能のある若手騎手たちが、海外の競馬で腕を磨くために長期間にわたって世界へ飛び出すことだ。磨かれれば輝くダイヤの原石は、実は日本人騎手の中にもたくさん眠っているはず。今年、藤岡佑介騎手が1年近くフランスに遠征したことには大きな意味があるし、もっと欲を言えば、活躍するまで帰ってくるなという気持ちで私たちも送り出さなければならない。吉田勝己氏の言葉を借りれば、誰かがトップにならないと、日本の騎手たちは生きていけないのだ

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ジャパンカップを世界最高のレースへ

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21世紀の最強馬であるオルフェーヴルが引退した。日本の3冠馬でありながら、ヨーロッパの最強馬を決める凱旋門賞を2年連続で2着したのだから、当然の称号と言えるだろう。決して身びいきではなく、外国の競馬評論家でも(少しでも競馬について知っていれば)そう考えるはずだ。過去10年ではシーザスターズかフランケルが文句なしに強いと感じさせられたが、オルフェーヴルはそれ以上である。想像してみてほしい、シーザスターズやフランケルがジャパンカップや天皇賞秋に出走して、2年連続で2着を確保できるだろうか。オルフェーヴルはそれをやってのけたのである。

それだけの馬が結局のところ凱旋門賞を勝てなかった(しかも今年に限っては、完璧なローテーションと仕上がりで臨んでも勝てなかった)のだから、もう日本馬が凱旋門賞を勝つことはできないと考える方が賢明である。いわゆる無理ゲーというやつである。野平祐二さんの頃から凱旋門賞にあこがれ、高い目標を自らに課して、馬づくりに励んできたからこそ、今の日本の競馬の発展があることは間違いない。しかし、そのシンボルである凱旋門賞が今となっては呪縛である以上、いつまでも自虐的に振舞うのではなく、私たちはそろそろ新しい物語を紡ぐべきなのである。

もちろん、種牡馬としての価値を高めるため、日本競馬のレベルの高さを世界に示すためという目的があっての出走はありだろう。その場合は、勝つことだけが至上命題ではなく、負けたから日本の競馬は世界に及ばないという結論にもならない。たとえばオルフェーヴルのように2年連続で2着することができれば、そのサラブレッドとしての資質の高さは分かる人には分かる。もし凱旋門賞というレースを勝つことだけに一点集中するのであれば、ブエナビスタやウオッカのような牝馬を3歳時に連れていくしかない。オークスやダービーを勝ってしまうと疲れが残るので、桜花賞を使ってすぐに海外に移動させて秋に備える。でもそんなこと現実的ではない。

話を戻すと、ひとつの提案はジャパンカップを世界最高のレースにという新しい物語である。いつまでも海外のレースに出向くばかりでなく、世界の最強馬たちにジャパンカップへと挑んでもらうように向きを変えるのだ。ドバイワールドカップがそうなりつつあるように、ジャパンカップを勝った馬こそが最強という価値観の転倒を起こすのだ。夢のような話ではなく、実は茨(いばら)の道である。賞金をさらに高くしたり、1日にジャパンカップ以外の複数のG1レースを開催すればなんて、そんな単純な問題ではない。ジャパンカップを世界最高のレースにするためには、日本の競馬そのものにメスを入れなければならなくなるからだ。

たとえば、検疫の問題。臼井の競馬学校で検疫を受けてから、東京競馬場に移動するのに5日間もかかるなんて、あまりにも長すぎる。そして馬場の問題。日本のターフは管理のしやすさを優先してか、あまりにも硬すぎる。たとえばジャパンカップを勝ったジェンティルドンナの今年の上がり3ハロンは33秒9、昨年は32秒8である。ドンナレースダヨ!と外国のホースマンに言われても返す言葉もない。レースの時計が速すぎるという以上に、馬場が硬すぎることが嫌われているのである。それから厩舎の問題。外国人調教師にも厩舎を開放すべきである。今年の凱旋門賞ではフランスに厩舎を開業している小林智調教師がいたからこそ、オルフェーヴル陣営は万全の出走態勢を整えることができた。日本における調教のノウハウを身に付けた自国の調教師がいれば、なおさら日本における滞在は楽になるはずだ。他にもたくさんあるが、総じて言えば、日本競馬はもっと開かれていかなければならなくなるということだ。それこそが、今後、真の意味での日本の海外への挑戦ということになるのではないだろうか。

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第5回ジョッキーベイビーズへ

Ooikehayatokun_2今から2年前のちょうど今頃、私は北海道の別海にいた。別海と言われてもピンと来ない方が多いかもしれないが、羽田空港から中標津空港まで飛行機に乗り、そこから車で1時間ほどのところにある。騎手の原点を探し求めるために、浦河ポニー少年団が参加するレースを別海まで見に行ったのである。そこには現在、中央競馬の騎手課程でデビューを目指している木村拓己くんや弟の和士くん、福久紗蘭さん、大池悠梨香さんら、北海道地区の草競馬の錚々たるジョッキー少年、少女たちがいた。その中の1人として、当時最年少であった大池駿和くんもいたのだ。

 駿和くんは今回参加した浦河ポニー少年団の9人の中では最年少にあたる。6人兄弟の真ん中であり、1番上のお姉さんは第3回ジョッキーベイビーズに出場することになった大池悠梨香さん。お父さんは装蹄師という競馬一家である。

 「レースを見たけど、かなり速いよね。怖くないの?」と駿和くんに尋ねると、「全然怖くないよ」と強気な答えが返ってきた。
「でも、馬に初めて乗ったときは怖かったでしょ?」
「最初から怖くなかった。馬に乗ってから一度も怖いと思ったことはないよ。たぶんバランスがいいんじゃない。バランスはいい?」  
逆に質問をされた。私は返答に困って、
「うーん、昔はよかったかもしれないけど、今はダメだな」  
とだけ返した。
「そっか、子どもはバランスがいいからね」  
と彼は妙に納得してくれたようだ。  

あとでその話を彼のお父さんにしたところ、駿和くんも最初は相当にビビッていたとのこと。でも、今はジョッキーを目指しているそうだ。

(「未来を生きる子どもたちへ」ROUNDERSvol.2より) 

今週の日曜日に行なわれる第5回ジョッキーベイビーズの出走表には彼の名前がある。あの小さかった駿和くんが…、ポニーレースが終わったあとの自由時間には仮面ライダーのショーを見て喜んでいた駿和くんが…、卵と酢とサラダ油を容器に入れてどっちが早くマヨネーズをつくれるか競争した駿和くんが…、東京競馬場の広大なターフを駆ける日が来るなんて。あのときは想像すらできなかった。子どもたちの未来に向かうスピードの速さに驚きつつ、遅れを取り戻すためにも、東京競馬場で疾走する駿和くんに会いにいきたいと思う。

せっかくなので、「ROUNDERS」vol.2に書いた「未来を生きる子どもたちへ」を無料で公開したい。ひとりでも多くの競馬ファンに読んでいただき、私が別海の地で浦河ポニー少年団に教えてもらったことを知ってもらいたい。かつて私たちも子どもだったということを。

☆無料PDFダウンロードはこちら
Miraiwoikirukodomotatihe
プリントアウトして読んでいただけると嬉しいです!

☆第5回ジョッキーベイビーズの詳細はこちら
http://www.jra.go.jp/news/201310/102601.html#3_2

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武豊の雪辱2013ver.

Takeyutakanosetujyoku2013私たちはどうしても武豊騎手の栄光にばかり目を奪われてしまうが、彼ほど栄光と同時に大きな挫折を味わってきたジョッキーは少ないだろう。有名なメジロマックイーンの降着事件、その後、全く勝てない時期もあり、海外に遠征に行ったもののレースにさえ乗せてもらえない時代も乗り越え、そして糧にしてきた。最近は落馬による怪我から調子を崩し、昔ほど乗り鞍にも恵まれなくもなった。騎手とは負けることの方が圧倒的に多い職業であるように、武豊騎手の眩いばかりの輝きの中には、忘れたくても忘れられないほどの悔しい思いや屈辱が詰まっている。

1994年の凱旋門賞は、武豊騎手にとっては、忘れたくても忘れられないレースのひとつであろう。凱旋門賞初騎乗にして1番人気の馬(ホワイトマズル)に乗るというプレッシャーに加え、「勝ちたいから武君に依頼するんです」と断固乗り替りを拒んだ吉田照哉氏ら関係者の期待、そして海のものとも山のものとも分からない日本人ジョッキーに注がれる、現地メディアの冷ややかな視線に耐えながらのレースであった。

ホワイトマズルはスタートから行き脚がつかず、後方から3番手の位置取りに加え、先行した馬もなかなか止まらない不利な流れ。いくら武豊騎手とはいえ、万事休すの展開である。最後まで諦めることなく追い続けたものの、結果は6着と期待と人気を大きく裏切ってしまったのだ。もちろん、誰よりも悔しい思いをしたのは、武豊本人に違いない。

そして、日本の競馬ファンの記憶にも新しい、ディープインパクトでのまさかの敗北。ディープインパクトの馬体が立派すぎたり、薬物検出の問題があったりと、敗因はひとつではないが、武豊騎手の騎乗にもミスがなかったかと問えばそうとは言いきれない。馬群に包まれるのを嫌い、第1コーナーに至るまでの間に無理に外に出そうとしたことが、ディープインパクトが引っ掛かるきっかけをつくり、早仕掛けの遠因にもなった。

「凱旋門賞で1番人気の馬に騎乗して負けること」。ジョッキーにとって、これ以上の屈辱があるだろうか。あの時からずっと、武豊騎手の青白い炎はメラメラと燃え続けている。もうどれくらい、この時を待ち焦がれたことだろうか。彼にとって、凱旋門賞はただ勝つだけでは物足りないレースなのである。「凱旋門賞を1番人気の日本馬に騎乗して勝つ」ことが、武豊の雪辱であったのだ。

今はもうそんなことを言っている場合ではないだろう。それはあきらめたとか、プライドを捨てたとか、そういうことではなくて、ただ単純に凱旋門賞を勝ちたいということだ。できることなら日本の馬であれば良いが、1番人気にこだわる必要はない。格好良くなくても、勝つことに意義がある。ここ数年の苦境の中で、武豊騎手が学んだことのひとつだろう。綺麗に外を回さなくても、内でジッと我慢していればいい。命を賭けて内を突いてほしい。自分のために勝つのではない。絆のために勝たなければならないのだ。

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英雄たちよ

Gladiateur

凱旋門賞が行われる国フランスは、これまでに2頭の歴史的名馬を生み出した。シーバードとグラディアトゥールである。シーバードは1962年生まれで、グラディアトゥールは1862年生まれ。ちょうど1世紀の年月を経て現れた両馬は、まさにフランス100年に1頭の名馬ということになる。

19世紀最強馬の呼び声も高いグラディアトゥールは、イギリスの3冠レースとフランスのパリ大賞(当時の欧州最大のレース)を勝った唯一の馬である。19世紀後半を迎えても、フランスの馬はイギリスの馬に太刀打ちできないという状況が続いていたが、そこに突然現れた英雄グラディアトゥールがイギリスの大レースを次々と制覇していったのだ。

オルフェーヴルも100年に1頭の名馬である。いや、もしかすると、それ以上なのかもしれない。桁違いの強さという面を考えると、日本にとって、シンボリルドルフとディープインパクトに次ぐ歴史的名馬であることは間違いない。もし凱旋門賞を勝つようなことがあれば、あと87年を残して、オルフェーヴルが21世紀最強の馬になることに異論を挟む余地はなくなる。

グラディアトゥールがイギリスの競馬の歴史を打ち破ったように、日本の歴史的名馬オルフェーヴルが、フランスの競馬の歴史、そして世界の競馬の歴史を動かす瞬間がすぐそこまで迫っている。10月6日、ロンシャン競馬場のスタンド前に立つグラディアトゥールの銅像は、再び現われた日本の英雄オルフェーヴルをどのような想いで待ち受けるのだろうか。

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秋のG1戦線を占なう:マイル路線

Mile

続いて、マイル路線は難解である。それは安田記念をロードカナロアが制したことからも分かるように、確固たる中心馬不在、この距離の層が薄いことが原因だ。この現象は長らく続いてきており、ダイワメジャーがマイルCSを2連覇した年を境として、超1流のマイラーが私たちの目の前から姿を消している。さらに言うと、タイキシャトル以降、世界に通用するマイラーが現われていない。あらゆる理由が考えられるが、分かりやすいところでは、サンデーサイレンスの血の影響だろうか。溜めてラストで爆発的な瞬発力を発揮する競馬を得意とする、サンデーサイレンスの産駒とその後継者たちの仔が、最も得意とする舞台は、パワーとスピードが要求されるマイル戦ではなく、それ以上の距離のレースだからだ。

そう思いつつ有力馬を辿っていくも、やはり不在である。安田記念を2着したショウナンマイティにとって、マイルはやや距離不足の感があり、スッと前に行けるようにならないと勝ち切るまでは難しい。昨年は期待していたダークシャドウだが、6歳になってやや翳りが見えつつある。グランプリボスは掛かり癖が顕著になってきており、年齢を重ねたことで、マイルの距離で集中力を持続させることが難しくなっている(そのことを逆に利用してスプリント戦に向かうことは前回書いたとおり)。昨年のマイルCSの覇者であるサダムパテックは、気ムラな面があり、昨年と同じレースが再びできるかというと大いに疑問である。

そうなってくると、変わる可能性も含めて、チャンスがあるのはダノンシャークとカレンブラックヒルだろうか。

ダノンシャークは昨年の秋からずっと注目してきたが、マイルCSと今年の安田記念の両方で致命的な不利を受け、力どおりの着順を得られずにいる。陣営の胸には忸怩たる思いがあるはずだ。そもそも440kg台と牡馬にしては馬体が小さいがゆえに、勝負所でぶつけられたダメージが大きかったこともあり、やはりこの馬にとっての課題は馬体を少しでもパワーアップさせることである。そういった意味では、デビュー以来始めて450kg台に馬体重が乗った今年の春は成長を感じたが、秋緒戦となる京成杯でマイナス4kgと減ったのは残念に思う。ここはもう1度間隔を開けて、スワンSでは馬体重を増やして走り、マイルCSに臨めれば、G1に手が届く力はある。

カレンブラックヒルは、マイル戦(特にG1レベルのレース)ではどうしてもハイペースに巻き込まれてしまい、それを撥ね返すだけの力がついていない。NHKマイルCを勝ったとはいえ、スローペースを逃げ切ったものであったし、毎日王冠では止まらない馬場を味方に勝利した。父ダイワメジャーのような横綱相撲で勝ったわけではない。いざ天皇賞秋や安田記念のように厳しいレースになってしまったとき、脆さが露呈してしまうのである。成長を遂げてこの壁を超えなければG1を勝つのは難しく、秋緒戦のレースが試金石となるだろう。

Photo by 三浦晃一

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秋のG1戦線を占なう:凱旋門賞路線

Orfevreキズナがニエル賞で接戦を制し、オルフェーヴルがフォア賞を圧勝と、日本馬が同日にフランスで2つの重賞を勝利した以上、マイル路線、中長距離路線、ダート路線をすっ飛ばして、凱旋門賞への展望をしなければならないだろう。それにしても、2頭の日本ダービー馬がそれぞれの良さを発揮した、日本の競馬ファンにとっては胸のすくようなレースであった。前哨戦とはいえ、凱旋門賞まで中2週ということを考えると、ここで勝ち負けしていないと話にならない。まずはひとつめの関門を無事にクリアし、悲願の凱旋門賞制覇に向けて一歩前進というところか。

キズナの最大の強みは決して引っ掛からないこと。スローに流れやすいヨーロッパのレースでは、走りたい気持ちを我慢できる精神力の強さが求められる。道中で僅かでも折り合いを欠くことがあれば、ロンシャン競馬場の深い芝に瞬く間にスタミナを奪い取られる。キズナの天性の賢さに加え、武豊騎手が徹底的に教え込んできたこともあり、初めて訪れる海外の競馬場でもバッチリと折り合ってみせた。凱旋門賞に臨むジョッキーにとって、道中でブレーキを掛ける心配をしなくて良いほど安心なことはない。常に攻めることだけを考えられるということだ。

キズナの心配材料はやはり日本ダービーの疲れだろうか。ディープインパクトやオルフェーヴルのような飛びぬけた能力を持つ3冠馬を例外として、ダービー馬たちがこぞって秋に凡走を重ねたり、リタイアしてしまうのは、日本ダービーが極限のレースだからである。日本ダービー馬にしか味わうことのできない、肉体的、精神的な疲労がレース後に襲いかかってくるのだ。そして、それは目に見えない。もちろん、キズナにもダービーの疲れがないわけがなく、重要なのは、それがどの程度のものかということだ。

実はその答えが出るのは、秋2戦目であることが多い。秋緒戦まではダービーの緊張を維持して、好発進しても、2戦目でガタっと崩れてしまうのだ。つまり、キズナにとっては凱旋門賞こそが自身との戦いとなるということだ。個人的には、キズナは肉体的に未完成の状態で日本ダービーを勝ち、また真正面から全馬を受けとめて倒すような勝ち方ではなかったので、もしかすると余力と成長分があるかもしれないという期待を抱いている。そうであれば、3歳馬にとっての恩恵となる56kgの斤量が生きてくる可能性は十分にある。

オルフェーヴルが凱旋門賞を勝てる力を持っていることは疑うべくもない。今年のフォア賞の勝ち方は、昨年よりも数段良かった。それには理由がある。宝塚記念を使わなかったからである。幸運にも(私にはそう思える)、宝塚記念を前に肺出血を起こし回避したことで、凱旋門賞を勝つためのローテーションが完成したのだ。これは何度も書いてきているが、ローテーション的に、宝塚記念を勝った馬は凱旋門賞を勝てない。もしオルフェーヴルが宝塚記念に出走していたら、ほぼ間違いなく勝っていたが、そうなるとその疲れを取って、10月頭の凱旋門賞に向けて仕上げることは極めて難しかったはずだ。

そんなことは、池江泰寿調教師ならばもう分かっているはずで、それでも宝塚記念を使おうとしたのは、サラブレッドはオーナーのものでもあるからだ。リスクの高い海外遠征をするために、目の前の宝塚記念を勝って金銭的なリスクを軽減したいと考えるのは世の常である。そういった意を汲みつつ、もちろん出走するからには宝塚記念も凱旋門賞もどちらも勝つつもりで、池江泰寿調教師は断腸の思いで宝塚記念に向けて調整していたはずだ。そこに降って湧いたようなオルフェーヴルの肺出血。迷いはなかったはず。宝塚記念をスキップできる口実ができたのである。昨年はまだ完調ではない状態で臨み、さらに大外を回されて最後の直線で力尽きたが、今年はもうオルフェーヴル自身に負ける理由はない。勝つべくして勝つ凱旋門賞になるだろう。

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秋のG1戦線を占なう:スプリント路線

Lordkanaroa毎年恒例となった「秋のG1戦線を占なう」。なぜ秋かというと、春に比べて秋のG1戦線の方が予見しやすいからである。春と秋のG1は少なからず連動性があって、春のレースが秋のそれへの布石、もしくは伏線になっている。もちろんこれまでに占なってきたことで、当たったこともあるし、当たらなかったこともある(当たり前か笑)。たとえば、昨年はロードカナロアがカレンチャンを逆転すること、ローマンレジェンドがダート戦線の惑星になること、ゴールドシップの菊花賞の勝ち方まで予言していたのに対し、秋華賞で負けると断言したジェンティルドンナは3冠牝馬に輝き、大きな期待をかけたワールドエースやゴルトブリッツはターフに現われることはなかった。たとえ1ヶ月先の未来を占なうことさえ難しいという認識の下に書いていきたいし、そう思って読んでもらいたい。

まずはスプリント路線から。春の短距離戦線を制圧したロードカナロアは、実力的にも実績的にもこれ以上は負けられない存在である。高松宮記念を勝利したとき、「サクラバクシンオーに匹敵する」と書いたように、冷静に見ても、10年に1度現われるかどうかの短距離馬であることは間違いない。サクラバクシンオーと違ってタメが利くタイプであるゆえ、マイルG1(安田記念)まで手が届いたが、搭載しているエンジンと手脚の軽さの比率が他馬とは桁違いである。セントウルSで連勝がストップしてしまったが、良い方向に考えると、負けるべきレースで負けたということ。勝ち続けることは難しいのだ。

ただし、連勝が途切れてしまったことで、気持ちの面でガタっと崩れてしまわないかだけが心配だ。特に短距離馬は燃えるのも早いが、燃え尽きるのも早いので、気持ちのケアは非常に重要になってくる。ずっと張り詰めてきたものが切れてしまわないようにケアができて、もう1度、気持ちを巻き直すことができれば、残りの2走では、最強の短距離馬が歴史に残る走りを見せてくれるだろう。香港スプリントは昨年勝っているので、スプリンターズSを連覇した暁には、香港マイルを陣営は狙ってくるはずであり、もちろんマイル戦線でも世界に通用だけの力は十分にある。

もし万が一、ロードカナロアの気持ちが切れてしまい、足元をすくわれるようなことがあるとすれば、その相手はグランプリボスだろう。グランプリボスはNHKマイルを勝っているが、道中で力んで走る癖があることからも、スプリント戦で追走に苦しむとは考えにくい。スプリント戦ばかりを使っているとタメが利かなくなるだろうが、1400m~1600mを中心に使ってきて、今回スプリント戦をポンと走らせるのは極めて有効である。年齢を重ねるごとに集中して走ることができる距離は短くなってくるので、もしグランプリボスがもうひとつG1を勝てるとすれば、スプリントG1であるという見立ては、私も矢作調教師と同じである。

セントウルSを勝ったハクサンムーンも力をつけているが、あくまでも夏を使ってきた馬であり、体調を上手く維持できたとしても、秋に向けて調子を上げてくる馬たちとの間で逆転が起こる可能性は高い。脚質的にも、大崩れすることはないが、勝つまでには至らないのではないか。もし勝つチャンスがあるとすれば、それはスプリンターズSの当日に雨が降ったときである。

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R.I.P.トウカイテイオー

Tokaiteio by 三浦晃一

トウカイテイオーは、私が初めてリアルタイムで観た日本ダービーの勝ち馬である。つまり私は、アイネスフウジンの逃げ切りは観ておらず、中野コールも知らない。どんなオールドファンであれ、どのダービーからは観ていて、どこまでは観ていないという境目があるはずで、私にとっては、それがトウカイテイオーの日本ダービーであった。間に合ったというべきであろう。最後の直線における、あの弾むようなフットワークを生で観ることができたのだ。おかげさまで、当分の間、日本ダービーを勝つことのすごさや難しさが分からなかった。それぐらい、トウカイテイオーは軽々とゴールを駆け抜けた。

ところが、日本ダービー後に骨折が判明してからは、すべてが一変し、己の肉体を傷つけることと引き替えに大きなレースを勝つようになった。日本ダービーまで6連勝した頃の天真爛漫なトウカイテイオーは、もうそこにはいなかった。3歳の秋を全休し、翌年の春にターフに戻ってきたが、天皇賞春ではメジロマックイーンに完膚なきまでに叩きのめされた。秋の天皇賞ではハイペースに自ら巻き込まれるようにして惨敗した。それでもあきらめず、気力を振り絞ってナチュラリズムを競り落としてジャパンカップを勝ったが、続く有馬記念はメジロパーマーの大逃げの前に成す術もなく敗れてしまう。11着という屈辱的な着順。端正な顔立ちや気品のある肉体と、レースに行って走る姿の壮絶さとのギャップが美しく際立っていた。

それから丸1年が経ち、誰もがその存在を忘れかけていた頃、トウカイテイオーはひっそりと帰ってきた。1993年の有馬記念、1番人気に推されたのは、クラシック戦線で活躍し、菊花賞を楽勝して勢いに乗る3歳馬のビワハヤヒデ。その鞍上には、かつてのパートナーであった岡部幸雄騎手がいた。若さと勢いに優るビワハヤヒデを岡部騎手が選んだのは当然のことだった。当時の調教技術を考えると(今でもこの記録は破られていないのだが)、中363日という長期休養明けの馬が、ぶっつけでG1レースである有馬記念を勝てるわけがなかった。

最後の直線、ビワハヤヒデに外から並びかけたトウカイテイオーの姿が視野に入った瞬間、そこにいるはずのない者がそこにいたような、見てはいけないものを見てしまったような、背筋が震える感覚を味わった。そして、なぜか、あのキンシャサの奇跡と同じだと思った。

1974年、アフリカはザイールのキンシャサ。徴兵制を忌避したことでタイトルを剥奪され、最盛期を無為に過ごさざるを得なかったモハメド・アリは、3年間という長いブランクの果てに、7歳年下で37戦無敗34KOという強打を誇るチャンピオン、ジョージ・フォアマンと雌雄を決することになった。峠を越したアリに対し、若さと勢いに優るフォアマンの勝利を疑う者はほとんどいなかった。試合もそのように進んでいった。

しかし、サンドバックのようにパンチを打たれ続けながらも、ロープを背にして、アリは耐えに耐えた。そして、攻め疲れが出てきたジョージ・フォアマンの一瞬の隙を突き、わずか5発のパンチでチャンピオンをマットに沈めたのだ。なぜ若き強打のチャンピオンのパンチをあれだけ受けても、アリはリングに立っていられたのか。まさかの敗北を喫したフォアマンは、のちにこう語った。

「戦う目的があったからだ。それさえあれば、人はどんな苦しみにも耐えられる。アリは、当時の私にはない何かを持っていた。彼には死んでもいいというだけの理由があったのだ」

トウカイテイオーにも戦う目的があったのだろう。メジロマックイーンにいつか雪辱を晴らすためだったかもしれないし、父シンボリルドルフの後継者としての意地、もしくは日本ダービー馬としての矜持だったのかもしれない。ひょっとすると、体内に流れる悲運の名牝ヒサトモの血が騒いだのかもしれない。そうでなければ、1年という長いブランクを経て、一旦はへこたれそうになりながらも、ゴールまで残り数十メートルであのビワハヤヒデを競り落とすなんてあり得ない。彼には死んでもいいというだけの何かしらの理由があり、だからこそどんな苦しみにも耐えられたのだ。

安らかに、トウカイテイオー。

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もっと熱い競馬を見せてくれ

昨日、ニュージーランドで牧場関係の仕事をしている日本人の方と会ってきた。彼が休暇で日本に帰ってきているということで声を掛けてもらったのがきっかけで、お互いに初めてであったが、まるで何年も前に知り合った友人のような感覚で話すことができた(行き過ぎた失礼があればお許しください笑)。馬産の最前線で働いている彼から伝わってくる空気は新鮮であり、話を聞けば聞くほどに、私が知っている競馬の世界の狭さを思い知らされた。

かつて私も、社会に出ようとしたとき、競馬関係の仕事に就こうと探してみたが、どこにもそんな仕事は見つからず、藁をも掴む気持ちでオーストラリアの競馬学校に問い合わせをしたことがあった。競馬の世界に身を置くにはどうすればよいのか、とにかく誰でもいいから教えてほしかった。そのときに親切に答えてくれたハイランド真理子さんとは今でもお付き合いさせてもらっているし、昨日会った彼はその学校の卒業生であった。私は勇気がなくて踏み出せなかったが、もしかしたら私もその道を歩んでいたかもしれないと思うと、彼と私は同じ人間であるような気すらした。

そんな私たちが競馬について熱く語り合ったのだ。ロックドゥカンプが彼の牧場に種馬として来ていること。そのファーストクロップの牝馬をセリで競り落とそうと思ったら負けてしまったこと。彼は血統(特に母系)が大好きで、牧場のマネージャークラスと英語で対等に血統談義ができること。ノーザンファームで働いていたときのこと。藤田伸二騎手の著作のこと。柏木集保さんのこと。コディーノのこと。連闘してもへこたれないオーストラリアの馬がタフなこと。最も盛り上がったのは、世界で活躍しているジョッキーたちのことであった。

彼と話しながら、私の中ではっきりと感じたのは、もっと熱い競馬が見たいということ。名手と名手がゴール前で鎬を削るような熱いレースが観たい。私の思い違いかもしれないが、最近はハナ差で勝敗が決するような激しいバトルが少ないのではないだろうか。どうしても勝ちたいと思うジョッキーたちがムチを振り上げて、全身全霊の力を込めて馬を追う。絶対にあきらめない、あきらめさせない。そんなテンションの高いレースが見たい。そういえば、将棋の羽生善治がこう言っていた。勝負強さとは、テンションの高さと自分への信頼、そして分が悪いときに踏みとどまる根性だと。

熱い競馬を見せてくれるジョッキーとして、私たちが真っ先に挙げたのはデットーリ騎手であった。ヤングジョッキーズワールドチャンピオンシップで初めてデットーリ騎手の騎乗を見たときの衝撃から、イーグルカフェとファルブラヴでJCダートとジャパンカップを2日連続で勝利した伝説の騎乗、そしてアルカセットを駆ってゼンノロブロイとハーツクライを退けたジャパンカップ。日本でのG1レースの勝利は全てハナ差という勝負強さである。もしかすると、日本の競馬に決定的に欠けてしまったのは、勝負強さであり、熱い競馬なのではないだろうか。外国人と日本人ジョッキーとか、エージェント制度とか、どっちでもいいし、どうでもいいんだ。もっと熱い競馬を見せてくれ。


このときデットーリ騎手の出現に誰もが衝撃を受けた。


デットーリ騎手の勝負強さが際立った伝説のレース。

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福永祐一騎手のインタビュー番組を観て

Fukunagayuiti先日放映されたSWITCH「福永祐一×渡辺明」を観た。福永祐一騎手が「昔は馬の邪魔をしない騎乗が良しとされていたけど、今は違う。馬を動かしていかないと、海外のジョッキー達には勝てない」と言い切っていて、ドキッとさせられた。どの騎手もが気づいていたが、表立って言えなかったことだ。地方出身の騎手が言うならまだ許容されるが、福永祐一騎手がそう言い切ったことに意味があると思う。それは中央競馬の伝統的な、つまり大先輩たちが培ってきた騎乗法を否定することにもなるからだ。否定という言葉が誤解を生むとすれば、更新と言い換えてもいい。強烈な危機感から生まれた言葉だと思った。

あらゆる競技やスポーツ、ビジネスからアートに至るまで、あるときルールが大きく(もしくは少しずつ)変化し、それまでの常識が非常識に、非常識が常識になることがある。たとえば、かつて囲碁の世界で日本は圧倒的な強さを誇り、韓国や中国からわざわざ日本まで学びに来る棋士たちが多くいたが、今ではトップの棋士たちは中国であり韓国から輩出されるようになった。競技人口の問題以上に、囲碁の主流が「美しさから、スピードや強さ」に移り変わったのである。日本の棋士の囲碁は美しいが、中国や韓国の棋士のスピードや強さといったスポーツのような囲碁の前に敗れてしまう。ひと昔前まであれば、そんな囲碁は美しくないと一喝して終わっていたはずが、勝ち負けという現実的な尺度には抗えなくなっている。

遅かれ早かれ、ルールが変わったことに気づかない人はほとんどいない。ルールが変わったことに気づいたときに、それに対する反応が違うだけだ。新しいルールに合わせて自分が変化するのが、合理的に見えて案外難しいのは、人はそう簡単に変われないからである。それまで自分が信じてきた思想や培ってきた技術を捨てたり、否定したりするのは極めて難しい。それは一個人としてだけではなく、受け継がれてきた伝統を無に帰するような行為にも思えるからだ。一大決心をして変えようとすると、周りから強烈な非難を受けることもあるだろう。

自己を犠牲にしてでも、美しい(と思われている)やり方を貫く生き方もある。一部の突出した例外を除けば、ほとんどの場合、成績は目に見える形で下降していき、それに伴い騎乗依頼も先細ってゆく。たとえ依頼があったとしても、それは昔からの馴染みや縁故であったり、義理や人情の世界である。ごくまれに自分の乗り方を貫いたことが好結果につながることもあるが、確率としては極めて低い。上記以外の方法としては、新しいルールを徹底的に批判するという反応もあるだろう。今まで幸運にも守られてきた自分を棚に上げ、新しいやり方を危ない、美しくないと批判する。

福永祐一騎手は変わらなければならないと思った。最大のきっかけは、ワールドエースに騎乗して臨み、差し届かなかった2013年のダービーであろう。勝ったのは、引っ掛かるディープブリランテを見事に御し、最後まで粘りこませた岩田康誠騎手であった。福永祐一騎手に欠けている勝負強さを、まざまざと見せつけた騎乗であった。ひとりの騎手のダービーにおける騎乗が、トップトレーナー藤沢和雄調教師の選択ばかりでなく、トップジョッキーの心を動かしたのである。ジョッキーにおける勝負強さとは、すなわち一瞬の決断力とそれを実行する技術である。それは目に見えないものであり、掴んだと思えばスルリと逃げてしまうような儚いものだが、とにかく膨大な学習と準備(練習)に加え、勝負強いジョッキーたちとの実戦を重ねることでしか身に付かない。それまでのやり方を固持したり、新しいやり方を批難している時間などないのである。

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コディーノの憂鬱(後編の後編)

Codino03_2もし私が馬主であったら、馬の成長に合わせて調教で負荷を掛け、レースを選んで走らせる調教師の元に馬を預けたい。たとえば、橋田満厩舎には息長く、コンスタントに走っている馬たちが多い。馬柱の全成績表を見てみると、【3・5・5・6】のように、どのレースでも力を出し切って、しかも無理を強いていないので年齢を重ねつつも数多くのレースに出走できている。大きなレースを勝ったりと見た目の派手さこそないが、走るために生まれてきたサラブレッドにとっては最も幸せな生涯なのではないかとさえ思う。逆に言うと、それはダービーを勝たせないような調教法ということでもある(橋田調教師はアドマイヤベガで1勝しているが)。

コディーノは藤沢和雄調教師が管理してきた馬の中でも、最も完成度が高く(仕上がりが早く)、ほんの少し無理をすると、ダービーのタイトルに手が届きそうな馬の1頭であった。おそらくシンボリクリスエス以来の。だからこそ、藤沢和雄調教師の悩みは深かった。このままではダービーは勝てないが、あと一歩踏み込めば勝てるかもしれない。今までの自分であれば、何ごともなかったかのようにダービーを回避し、馬優先主義を貫いてきた。長い目で見れば、それは自分たちにも返ってくることを知っているからだ。しかし、今回のチャンスを逃せば、確率的にはもう2度とコディーノのような馬は巡ってこないだろう。そう、コディーノだけではなく、藤沢和雄調教師自身にとってもラストチャンスなのである。

藤沢和雄調教師が最後の決断を下したのは、昨年の日本ダービーがあったからであろう。関係者から見れば、どう考えても距離が長かったディープブリランテが勝利したことである。あれだけ引っ掛かって、どうしようもなかったディープブリランテを、岩田康誠騎手が見事に折り合いをつけ、高速馬場を利用してギリギリ粘りこませた奇跡的なレースである。あらゆる競馬関係者やジョッキーたちにとってだけではなく、藤沢和雄調教師にとっても衝撃的なレースであったはずであり、まさにコディーノの置かれている現状と重なって見えてしまったとしても不思議はない。

その時、藤沢和雄調教師の脳裏に浮んだのが騎手の変更であった。確かに横山典弘騎手は馬の力を100%出し切ることができる名手ではあるが、それではコディーノがダービーを勝つことはないだろう。完璧に乗ってくれたとしても勝てない。だとすれば、馬の能力の120%を引き出す可能性のある騎手、そうC・ウイリアムズ騎手のような爆発力を持ったジョッキーに賭けてみるしかない。たとえダービー以降にコディーノがしぼんでしまったとしても、勝つために出走するのであれば横山典弘騎手からウイリアムズ騎手への交代は必須である。そうしないのであれば、横山典弘騎手を乗せてNHKマイルCを勝つ方が良いに決まっている。「気が楽になった」と武豊騎手が語ったのは方便でしかない。馬優先主義からはどこか離れつつあるのを知りながらも、藤沢和雄調教師はリスクを取って、未知の世界へと挑戦してみることにした。

果たしてダービーとはなんなのか。それはなぜ生きるのか?という問いに近い。増田知之氏の言うように、ダービーは競馬史上最大の発明であり、競馬に携わる者であればダービーを目指さない者はいない。つまり、競馬に参加する以上は、誰しもがダービーを頂点とするピラミッドに巻き込まれていかざるを得ないのだ。どうしても勝ちたいという自我を抑え切れないことや、勝たなければならないという無言のプレッシャーに苛まれることもあるに違いない。上を目指せば目指すほど、その葛藤や不安は大きくなる。あの世界的な調教師である藤沢和雄調教師さえを狂わせてしまうほど、ホースマンにとってダービーは魅力的な存在であり、生きる象徴なのである。現実は残酷であり、コディーノや横山典弘騎手は翻弄される形になったが、誰が藤沢和雄調教師を責めることができるのだろう。

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コディーノの憂鬱(後編の前編)

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まさかの敗北を経て、コディーノの休み明けの一戦に、藤沢和雄調教師は弥生賞を選んだ。皐月賞を目指すのであれば当然の選択であり、距離こそ1800mと短くとも実は弥生賞よりもスタミナを問われるスプリングSをスルーしたのも正解であった。そこで横山典弘騎手は前走の反省を生かすべく、徹底してインにこだわる競馬を試みた。馬群の外に出すとゴーサインと勘違いをするコディーノの癖を掴んでいることに加え、2000mという距離に一抹の不安があったからだろう。直線に向くまで、ひたすら折り合いをつけ、スタミナを蓄えることに集中した。

横山典弘騎手の好騎乗もあって、コディーノは3着と健闘した。休み明けとしては上出来と意味での健闘だが、陣営にとっては不甲斐ない結果であり、横山典弘騎手にとってはコディーノの限界を思い知らされたレースであったに違いない。あれだけ脚を溜めても、大して弾けなかったのだ。クラシック路線で勝ち切るには足りないかもと誰もが感じ、この辺りから、藤沢和雄調教師の葛藤は大きくなっていたのではないだろうか。クラシックをあきらめてマイル路線(NHKマイルC)に徹するか、それとも僅かなチャンスを掴むためにクラシック路線にこだわるか。

そんな葛藤を象徴するかのように、コディーノは皐月賞で3着と好走した。このレースでも横山典弘騎手の手綱捌きは安定しており、やや行きたがるコディーノをなだめつつ内に潜り込み、最終コーナーで他馬が仕掛け始めても慌てることなく、極限まで仕掛けを我慢してから弓を解き放った。それでも勝ったロゴタイプとエピファネイアには先着することができなかったのから、さらに距離が延びた日本ダービーの舞台で逆転は望めないというのが冷静な考えである。同じ3着でも、力を出し切れなかったり、展開が向かなかったりという敗因ではないからだ。

皐月賞からダービーに至るまでの期間、藤沢和雄調教師は絶えず頭を悩ませたはず。コディーノの距離適性や絶対能力を考えると、NHKマイルCに出走すれば勝つ確率は極めて高い。自身の厩舎にとっても久しぶりの待ち望んだG1タイトルとなる。しかし、優先出走権を得ている日本ダービーはどうか。リーディングトレーナーとして日本の競馬を牽引してきたにもかかわらず、一度も手にしたことのない勲章である。どの騎手もダービージョッキーを夢見るように、調教師にとってもダービーが勝ちたくないレースであるはずがない。エイダン・オブライエン調教師のように、ダービー以外は意味がない」と考える調教師もいるほどだ。

とはいえ、日本ダービーを勝つリスクも大きい。藤沢和雄調教師がこれまでダービーを勝てていないのは、馬優先主義を貫いてきたからだ。日本ダービーを勝つためには、この時期の若駒を極限の状態まで仕上げ、府中2400mで極限のレースを強いなければならない。たとえ勝負に勝ったとしても、肉体的にも精神的にも大きなダメージが残り、燃え尽きてしまう馬も多い。成長途上の過程として無理を強いることなくダービーを勝てる馬など、シンボリルドルフやナリタブライアン、ディープインパクトなど、ごくごく一握りの超一流馬たちのみである。それ以外の一流馬にとっては、ダービー馬のタイトルと自身の未来の走りを引き換えにしなければならないことになる。

(後編の後編に続く笑→)

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コディーノの憂鬱(中編)

Codino

朝日杯フューチュリティSを使うことで、馬の記憶にマイル戦のリズムが刻まれてしまう。そうなると、ますますスローペース化する現代の日本競馬のクラシック戦線においては、マイナス材料にしかならない。目先のG1タイトルを手に入れることの代償は大きいのだ。

ここ10年ぐらいの間に、調教師を始めとする関係者たちがそのことに気づき始めた。朝日杯フューチュリティSを捨ててクラシックに賭けるか、それともクラシックを諦めてG1を獲りに行くか。どちらが正しい選択ということではなく、その馬の適性や将来性を考えた上での2択ということだ。

かの藤沢和雄調教師がそれを知らないわけがなく、それを承知で、それでも敢えて朝日杯フューチュリティSを使ってきたのはなぜだろう。私はてっきり藤沢和雄調教師がコディーノをマイラーだと判断したからだと考えていた。藤沢厩舎に初のG1タイトルをもたらしたシンコウラブリイの血を引くコディーノに、天性のマイラーとしての資質や狂気を見たのだろうと。

今から振り返ると、そうではなかったのかもしれない。関西に輸送することに不安があり、ラジオNIKKEI杯を嫌ったのかもしれない。もしくは、ただ単に、不確実な未来のクラシックレースよりは、目の前のG1を勝ちたかったのかもしれない。横山典弘騎手を背に乗せて。

いずれにせよ、使った以上は絶対に勝たなければならないレースであった。ところが、なんとなんと、ロゴタイプを捕らえきれずに敗れてしまったのだ。道中で横山典弘騎手が安全策を取り、馬群の外に出したその瞬間、コディーノがハミを噛み、ガツンと持って行かれてしまったことが敗因となった。その後のロゴタイプの活躍を考えると、相手が強かったということでもあるが、あそこで外に出していなければ、出すタイミングをもう少し待てていればというのが本音だろう。

勝ったデムーロ騎手がお互いの健闘を称えるように求めてきた握手に横山典弘騎手が応えられなかったのは当然だろう。2400勝も挙げている百戦錬磨のジョッキーが、絶対勝たなければならない一戦で下手を打ってしまったのだから。絶対に勝てるレースを落としてしまったコディーノ関係者の落胆も大きかったに違いない。

馬の関係者ほど騎手を厳しい目で見ている者はいない。1頭の馬がデビューする前から、その馬と寝食をともにして、1つのレースを目指してトレーニングをする。その成果が試されるのが本番のレースである以上、パドックから返し馬、そしてスタートしてゴールして帰ってくるまで、もう自分の馬とその鞍上の一挙手一投足を、目を皿のようにして真剣に観る。どれだけ小さな挙動さえも見逃さない。自分の馬の体調や実力をある程度は的確に掴んでいるため、ジョッキーの技量も把握しやすいのだ。ジョッキーにとってはごまかしが利かない、嘘がつけない相手というところだろう。

腕達者な横山典弘騎手に任せていたからこそ、口には出さなかったが絶対に勝てると信じていたからこそ、それが成しえなかったときの、あの外に出して持って行かれてしまったシーンが脳裏に焼きついて消えない。またコディーノが引っ掛かって、持っていかれてしまうのではないか。コディーノの距離適性における不安と横山典弘騎手に対する不信感。それはもう半分妄想に近いものではあるが、振り払っても振り払っても、関係者はそこから逃れることができなくなってしまう。

Photo by 三浦晃一

(後編へ続く→)

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コディーノの憂鬱(前編)

Derby13

久しぶりに武豊騎手が日本ダービーのゴール板を先頭で駆け抜けた0・5秒後、4番人気のコディーノが9着でゴールに入線した。競馬ファンの期待(人気)に応えられなかったからだけではなく、その敗北に違和感を覚えたのは私だけではなかっただろう。直前に主戦の横山典弘騎手からC・ウイリアムズ騎手に乗り替わったことについて、「気が楽になった」と武豊騎手が語ったといわれているように、ダービージョッキーでさえもが、コディーノのことが心のどこかで気になっていたのだろう。乗り替わりというダービーにおけるタブーを犯してまで勝ちに行ったつもりであったのに、掲示板にさえ載れなかったのだ。

日本ダービーにおける、コディーノの敗北には深い意味が隠されているような気がしてならない。それはリーディングトレーナーでありながらもかつての勢いを失ってしまったかに見える藤沢和雄調教師と社台の運動会と揶揄されるほどにG1レースを勝ちまくる社台グループとの力関係、それに否が応でも巻き込まれざるをえない騎手の混乱と矜持という浅はかな問題ではない。そうではなく、ダービーとはいったい何なのか?サラブレッドの調教や育成とは?ひいては競馬とは?という現代の競馬が抱える根源的な問いに行き当たるのではないだろうか。

コディーノの戦歴を振り返ってみたい。札幌の新馬戦(芝1800m)でデビューを飾り、返す刀で札幌2歳Sを勝利し、一躍クラシック候補として名乗りを挙げた。この2戦だけを見てみても、他馬とはスピードの絶対値と完成度が違うことが見てとれる。走る気満々の中でも抑制が利いており、騎手にとってもこれ以上乗りやすい2歳馬はいないのではないかと思えるほどであったろう。そんなサラブレッドとしての素質の高さが如実に表れたのが東京スポーツ杯2歳Sであった。完璧なレース振りと横山騎手が瞬間移動と表現するほどの瞬発力で勝利した。このレースを観た関係者は、コディーノが一流馬であることを認めたはずである。

ここまで来れば、どのG1レースをいくつ勝つかという計算が立ち始める。まずは目標を定めて、そこから逆算するようにローテーションを決め、あとはとにかく順調にステップレースから本番までもってゆく。はずであったが、なぜかこのあたりから少しずつ歯車が狂い始め、コディーノの運命が大きく変わり始めた。最大の転換点は、東京スポーツ杯2歳Sの次走に朝日杯フューチュリティSが選ばれたことだ。てっきりラジオNIKKEI杯に駒を進めるのかと思っていただけに、私はその意図を汲み取ることができず驚いた。コディーノは来年のクラシックを目指す馬ではなかったのかと。

なぜ朝日杯フューチュリティSを使ってはいけないかというと、馬は走るリズムを記憶するからである。こころと身体の両方で。特に新馬戦から2、3戦目にかけては刷り込まれやすく、またG1のような極限のレースでの体験の影響は大きい。2歳暮れの時期に、マイル戦を33秒台で走るようなレースを経験してしまうと、そのリズムは生涯にわたって刻まれることになる。もっとも朝日杯フューチュリティSを勝ち負けするような馬は、ナリタブライアンやグラスワンダーのような超大物でない限り、生粋のマイラーであるということでもある。二重の意味において、朝日杯フューチュリティSを使うことで、クラシックレースでは距離が長いことが確定してしまうのだ。

(続く→)

Photo by 三浦晃一

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夢の3強グランプリを占う:ジェンティルドンナ

Gentildonna

オルフェーヴルが回避してもしなくても、4強の中では唯一の牝馬であり、ディープインパクト産駒であるジェンティルドンナについて、最後は書きたい。もしかすると最強牝馬ではないかという声すら挙がっているが、早計だろう。たしかに3冠を制した直後、3歳にしてジャパンカップを勝ったのだから、現時点では牝馬としてそれ以上の実績はない。それでも、もし最強牝馬を名乗るのであれば、古馬になってから牡馬を相手にどれだけの走りができたかが指標となる。もちろん勝ち負けは大切ではあるが、それ以上に、苦しいときにどんな走りを見せたかが極めて重要だと私は思う。

私がブエナビスタの真の強さを思い知ったのは、ブエナビスタが敗れた2011年の宝塚記念のこと。4歳の暮れに天皇賞秋を楽勝し、ジャパンカップは降着になったが実質は勝利し、有馬記念は体調が下降しながらも2着。この秋の3連戦でブエナビスタの凄さは分かったと思っていたのだが、まだ十分ではなかったのだ。現役を続行した翌年はドバイへ遠征し、帰国初戦のヴィクトリアマイルを疲れが抜け切らないまま勝ち、その反動が出ていたはずの宝塚記念の直線で猛然と追い込んできたブエナビスタの姿を見て、私は痺れた。どう考えても、並の一流馬なら凡走してもおかしくない状況で、牝馬であるブエナビスタが体中の力を振り絞って伸びてきたのだ。これが最強牝馬の底力というものだと私は悟った。

今年の宝塚記念で、ジェンティルドンナも同じような状況に置かれている。ドバイから帰国してから、ブエナビスタに比べるとゆったりとしたローテーションを組まれてはいるものの、まだ昨年の疲れが抜け切っていないはずだからである。桜花賞、オークス、秋華賞という、全く条件の異なる3つのG1レースを制しただけではなく、その後、オルフェーヴルとの死闘の末、負けるべきレースをも勝ってしまったのだから、疲れが出ないはずはない。ドバイシーマクラシックの敗因は、(序盤で引っ掛かった、ナイター競馬に戸惑った等)いろいろ言われてはいるが、この馬本来の体調になかったということである。それでも大きく負けなかったことは評価するべきだが、正直に言って、今回も完調とは言いがたい。

ジェンティルドンナの強さは、並ばれたときにスッと前に出る脚の速さにある。その一瞬の脚の速さはもはや神秘的といってもよい。今回、このスッという脚が見られるかどうかは疑問だが、フェノーメノやゴールドシップらの牡馬を相手に、ジェンティルドンナがどのような走りを見せてくれるのか興味は尽きない。もちろん悪いことばかりではなく、良い条件もある。おそらくこの3強の中で、最も道悪を得意とするのはこの馬である。首の高いパワータイプの走法は、道悪巧者のそれである。この季節、雨が降って、滑るような馬場になれば、ジェンティルドンナにとって一気に条件が好転するはずだ。そして、たとえ負けたとしても、絶望的な状況下で強さを発揮したブエナビスタのように、強烈な印象を私たちに与えてくれるのではないだろうか。そう期待してやまない。

Photo by 三浦晃一

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夢の3強グランプリを占う:ゴールドシップ

Goldship

続いては、フェノーメノと同世代の牡馬であるゴールドシップ。他の3頭(オルフェーヴルは残念ながら回避…)との大きな違いは、日高の生産馬であること。つまりそれほど血統が優れている馬ではないということだ。誤解を招かないように付け加えておくと、近親からこれといった活躍馬が出ていない母系ということである。それでもゴールドシップのような名馬が誕生したのは、もちろん突然変異であることは確かだが、よほどステイゴールド×メジロマックイーンの肌という血統構成の相性が良いのだろう。激しい気性が欠点ともなるステイゴールドを、落ち着いたメジロマックイーンが中和してマイルドにするのだ。

それからもうひとつ、この世代の牡馬で生き残った2頭がいずれもステイゴールド産駒というのも興味深い。高速馬場で行なわれた極限のダービーで、上位に食い込んだ馬たちの中で、ディープブリランテ、トーセンホマレボシ、ワールドエースというディープインパクト産駒は総じて脚元を傷めてターフを去ってしまったのに対し、ステイゴールド産駒の2頭は無事に走り続けているだけではなく、さらに成長を遂げているのだから恐ろしい。ダービーの時点ではまだ成長途上にあり、肉体的にも精神的にも、決して無理をして走らせていたわけではないということである。それで掲示板に載ったのだから、改めてゴールドシップとフェノーメノの2頭は能力が極めて高いことが分かる。

ゴールドシップの強さは、心肺機能の強さから来る無尽蔵のスタミナである。バテて止まってしまうことはなく、追えば追うほど伸びてゆく、近年稀に見る典型的なステイヤー。道中はスローに流れて、最後の直線に向いてのヨーイドンのような瞬発力勝負ではなく、ジワジワとレースが動き、なし崩し的に全馬が脚を使わされるようなレースを滅法得意とする。皐月賞や菊花賞、有馬記念を勝ったのは頷けるし、逆に日本ダービーを負けたのは納得で、ジャパンカップをスキップしたのは正解であった。陣営もゴールドシップの強みと弱みをきっちり把握しているということでもある。

それでは、ゴールドシップが天皇賞春で敗れたのはなぜだろうか。勝ったフェノーメノの上がり3ハロンは36秒2であり、決して上がりが速すぎて追いつけなかったというわけではない。むしろゴールドシップにとってはおあつらえ向きの、スタミナと地脚の強さを問われる天皇賞春になったはず。にもかかわらず、6着と凡走してしまったのは、ゴールドシップ自身の精神面の状態が良くなかったからだろう。内田博幸騎手がゴールドシップの背で叫びながら追っているように、もともと気性的に危ういところを秘めている馬であるが、3歳時は歯を食いしばって1年間トップレベルで走り通してきた。特に古馬と初対戦となった有馬記念などは、精神力だけで捲くったような走りであった。そういったレースが続いたことによる、精神的な疲労骨折が天皇賞春で起こったのだ。

一度気持ちが折れてしまった馬を、すぐ次のレースで立て直すことはなかなか難しい。特に、昨年のオルフェーヴルがそうであったように、気性が激しい反面、繊細なところがあるステイゴールド産駒の一旦崩れてしまった精神面のリズムを取り戻すのには、多少なりとも時間が掛かる。世界トップレベルのオルフェーヴルでも、阪神大賞典と天皇賞春と2度も続けて凡走したのは、肉体面というよりは、精神面で噴出した疲労が回復しなかったからである。ここまで気持ちの強さをテコにして良血馬を倒してきたゴールドシップが、今回の宝塚記念でどのような走りを見せてくれるのか、すべては彼の精神面での回復にかかっているのであり、そしてそれは走ってみるまで誰にも分からないのである。

Photo by 三浦晃一

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夢の4強グランプリを占う:フェノーメノ

Fenomeno宝塚記念にしては珍しく、現役最強馬が顔を揃える。3冠馬にして、凱旋門賞にあと一歩のところまで手が届いたオルフェーヴル。3冠牝馬にして、そのオルフェーヴルをジャパンカップで返り討ちにしたジェンティルドンナ。菊花賞を勝ち、有馬記念ではおよそ届かない位置から古馬を捲くり切ったゴールドシップ。そして、3歳時は無冠であったが、古馬になって天皇賞春を制し、ようやく頂点に立ったフェノーメノ。これらの馬の中の2頭が戦うだけでも盛り上がるのに、我が最強といわんばかりに4頭ともが出走してくるのだから、名勝負を期待しないわけにはいかない。

せっかくなので、最強馬4頭それぞれの強みと(もしあれば)弱みを分析しつつ、宝塚記念の予想を繰り広げていきたい。まずは最近G1レースを制したばかりのフェノーメノから。この馬に関しては散々書いてきたが、3歳時は身体が出来ていなかった。黒光りする立派な馬体を外から見ると、完成された、非の打ちどころのない肉体を持った馬と捉えられるが、そうではなかった。柔らかいというか、グニャグニャした感じというか、つまり身体に芯が入っていない状態。走る素質が高いため、一線級で戦うことはできるが、最後の最後でグッと前に出ることができない。突き抜けられない、勝ち切れない馬であった。

日本ダービーがまさにそんなレースであり、あの時点で完成されていたディープブリランテにハナ差及ばず。それでも2着したのだから、この世代では、ワールドエースに匹敵する素質のある馬だという思いであった。それから夏を越して、この馬なりに成長を遂げたが、完成はまだ先と思われる馬体でターフに登場した。秋の天皇賞は流れに乗って2着に粘ったが、ジャパンカップでは32秒台で上がった古馬たちにさすがに付いて行けなかった。身体に芯が入っていない分、グッと力を入れて、一気に加速する競馬だと厳しいのだ。それでも自身は33秒5の脚を使い、掲示板は外さなかった。

この馬の長所は、何と言っても乗りやすさだろう。気が良いのでスッと先行できるが、かといって行きたがるわけでもない。長距離戦でペースが落ち着いても、引っ掛かる素振りは微塵も見せなかったように、とにかく折り合いの心配がなく、走りたいポジションを走ることができるのだ。そして、古馬になってからの日経賞と天皇賞春の2レースを見ると、遂にフェノーメノが充実期に突入したことが分かる。馬体に芯が入り、これまで身体を持て余していたのがウソのように、全身をゴムのように使って走ることができるようになったのだ。

今回の宝塚記念に臨むにあたって、唯一の心配材料は、小回りコースである点だろう。フットワークの大きいフェノーメノにとって、東京競馬場や京都競馬場の外回りコースのように、伸び伸びと走ることができるコースは最適の舞台である。中山競馬場で勝ってはいるが、今回はゆったりとしたペースではなく、小回りのスピードレースになる。それでも、完成されたフェノーメノにとっては大した問題ではないはず。いきなり結論めいてしまうが、宝塚記念で今のフェノーメノを負かすのは相当に難しいだろう。たとえオルフェーヴルやジェンティルドンナやゴールドシップであってもだ。

Photo by 三浦晃一

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武豊騎手は日本一のジョッキーである。

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武豊騎手は日本一のジョッキーである。それはたくさんのG1レースを勝ったからとか、最多勝を挙げたからとか、騎乗技術が優れているからではない。もちろんそれらも素晴らしいことだが、武豊騎手が日本一のジョッキーであるのは、彼が日本の競馬のために生きてきたからである。時代の寵児として日本の競馬を代表する立場となり、自らの騎手としての技量を磨きながらも、日本の競馬や騎手のあるべき姿を体現してみせた。その背中が日本の競馬に与えた影響の大きさは計り知れない。

私も武豊騎手の背中を見て育った世代のひとりである。岡部幸雄、柴田政人、田島良保、小島太、河内洋、田原成貴など、数々の一流騎手たちの技をこの目で見てきたが、それでも騎手といえばやはり武豊であり、武豊といえば日本一のジョッキーである。「ROUNDERS」vol.2に掲載した「一流の騎手とは」という長編コラムも、ほとんどは武豊騎手を下敷きにしている。騎乗技術だけではなく、武豊騎手の研究熱心さ、判断能力、インタビューの受け答え、そして何よりも勝ちたいという意志の強さを書いたつもりである。

その武豊騎手が以前ほどには勝てなくなった。そのことの(私なりの)理由については、これまで何度も書いてきたので省略するが、どうにも社台グループや大物馬主との確執やエージェント制度の導入によるものといった説が流布してしまっている気がしてならない。ともすれば、それが今の競馬を面白くなくしているという論調にまでつながってしまう。面白くないのはその方にとっての競馬であり、昔も今も競馬は面白い。そんな気持ちでファンが競馬を去らないように、これからも私は競馬の魅力について語っていかなければならない。

「武豊騎手が勝てないのは、社台グループや大物馬主との確執やエージェント制度の導入」論が残念なのは、裏を返せば、これまでの武豊騎手は騎乗馬に恵まれていたから勝っていたということを示唆してしまうからである。私はそうは思わない。誰かに梯子(はしご)を外されただけで落ちてしまうほどの騎手ではない。それは生まれてから死ぬまで長い(騎手)人生の中で、人はずっと強者でいたり、あるいはずっと弱者であったりするわけではないということに尽きる。私たちにも経験があるはずだ。ある組織では強者であっても、別の組織に移った途端に弱者になる。その逆もまた然り。そして、実は私たちは、弱き者であるときにこそ、より多くのことを学ぶのである。

武豊騎手がダービーを勝ち、ウイナーズサークルはまるで10年前に戻ったような雰囲気で、「武豊復活」と銘打った新聞もあったが、そうではないだろう。武豊騎手が用いたのは弱者の戦略であった。ラジオNIKKEI杯2歳Sと弥生賞で現時点での力差(完成度の差)を思い知らされた武豊騎手は、もしキズナがダービーを勝てるチャンスがあるとすれば後方一気しかないと悟ったはず。まともに戦っては敵わないのであれば、足元をすくうしかないと。幸いにして、道中がスローペースに流れてくれたおかげで、瞬発力勝負に弱いロゴタイプは力を発揮することができず、エピファネイアは引っ掛かり通しでスタミナを失った。武豊とキズナに天が味方したのだ。

この勝利によって、武豊騎手は真の日本一のジョッキーになった。強者のまま現役を去るのではなく、弱者の立場や屈辱を味わい、それでも闘い続けた。才能とは一瞬の閃きではなく、継続できる力である。ただ勝つために馬に乗るのではなく、競馬を極めるために騎乗する。生涯をかけて、自分の騎乗を極めるからこそ価値がある。迷いと勝てない苦しみの中で、武豊騎手はそう悟ったのではないだろうか。武豊ほどの騎手があきらめずに上を目指そうとしている背中を見て、後進となるべきジョッキーたち、または進退に悩むジョッキーたちは何を感じただろう。

Takeyutaka02

Photo by 太田宏昭

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ジェンティルドンナのもう一段上のギアを見てみたい

Onemoregear

3歳牝馬にしてジャパンカップを勝ったジェンティルドンナが、今週行なわれるドバイシーマクラシックに出走する。3歳春のマイル戦ぐらいまでは、牝馬と牡馬の差はほとんどないとされているが、たとえ負担斤量の差があったとしても、3歳の秋を迎え、しかも古馬の牡馬と戦って勝利してしまったのだから、もはや私たちの想像の領域を超えた牝馬ということになるだろう。その強さは筆舌に尽くしがたいというか、見た目以上の強さを秘めているのである。

ウオッカやヒシアマゾンのように牡馬並みの肉体を誇示するタイプではなく、ブエナビスタのように生まれつき脚が速いタイプでもない。あえて挙げるとすれば、ダイワスカーレットのような底知れない強さである。他馬に並ばれてから突き放す(または追いつく)ときに使う、スッという脚が凄いのだ。トップスピードに乗ったときの速さが桁違いというべきか。それは勝負所の一瞬のことで、大きく離して勝ったり、驚異的な末脚を使ったりするのではないから、なおさら分かりにくい強さなのだ。つまりは搭載しているエンジンが桁違いなのである。

「競走馬私論」(藤沢和雄著)に、こんなくだりがある。

調教のスピードは、どんなに速くても、1000mで数秒はレースよりも遅い。どんなに強い調教でも、馬が苦しがってギリギリになるところまではやらないからである。

しかし、レースではギリギリまで走る。能力の限界に近いスピードで走り、苦しくなったときに鞭が入る。そのとき、どんな動きをするか。それが超一流とそれ以下の馬の違いである。

(中略)

同じスピードで走っているとき、ほんの一瞬で頭だけ前に出るというのは、大変なことである。サラブレッドのスピードは、だいたい1分で1000mだから、時速にすると60kmくらいである。もちろん、緩急があるから、瞬間的にはもっとスピードが出る。

ゴール前の直線、仮に時速60kmで2頭が競り合っているとしよう。単純に考えると、相手が時速60kmなら、時速61km出せば頭くらいは前に出られそうだが、そうはいかない。時速1kmの差で頭だけ前に出るには、20m近く走らなければならない。

ところが、本当に強い馬は、並んだ瞬間にスッと頭だけ前に出ることができる。体の奥深いどこかに神秘的と言ってもいい力が潜んでいる。その能力を見分ける感覚は、レースで乗った者でないとわからない。だから、超一流馬の本当のすごさを実感できるのは、騎手だけなのである。

このスッと前に出る力のことを、「もう一段上のギア」と表現する騎手もいる。もうひとつ上のギアがあると分かっていても入らない馬もいれば、ジェンティルドンナのように、オルフェーブルのような最強馬に並ばれて、ようやく本気になってギアが入る馬もいる。ということは、それまでのレースは、勝っていたとしても、どこか遊びながら、余裕を持った勝利であったということになる。秋華賞でヴィルシーナに負けそうになったとき、フィニッシュラインでは岩田康誠騎手の手綱が緩んでいたように、ジェンティルドンナはガッチリとハミを噛んで走っていたわけではない。だからこそ、騎手にとってもファンにとってもハラハラする競馬を見せるのだが、それが逆に神秘性を生んでいるとも言えないだろうか。一気に来られたりしては嫌だが、世界の強豪に並ばれてから見せてくれるジェンティルドンナのもう一段上のギアのギアを見てみたい。

Photo by 三浦晃一

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違和感の正体が

Iwakanwo

もう来週は高松宮記念が行なわれ、春のG1シリーズの火ぶたが切って落とされようとしている。ということは、3歳クラシック戦線もすぐそこまで迫っているということであり、はやる気持ちを抑えることができそうもない。今年のクラシックを考えてゆく上で、鍵となる2つのレースがある。ひとつは昨年行なわれた阪神ジュベナイルFであり、もうひとつは朝日杯フューチュリティSである。どちらも2歳G1ではないかと言われるとその通りだが、どちらも極めてレベルが高く、かつ違和感を抱いたレースであったのだ。改めて振り返ってみたい。

阪神ジュベナイルFは、前半800mが45秒9、後半マイルが48秒3という超ハイペース。外から差しが決まりそうな展開だが、そうならなかったのは、どの馬もバテて差し脚がなくなっていたからだろう。上位2頭の強さが目立ったレースであった。勝ったローブティサージュは、道中内を進み、馬群の中で我慢して、最後は抜け出してきたが、キャリアわずか2戦の2歳牝馬に簡単にできる芸当ではなかった。豊富なスタミナと強靭な末脚と精神力を兼ね備えている素質馬であることを、この1戦ではっきりと証明したことになる。チューリップ賞は外を回されてしまい、休み明けということもあって伸びあぐねたが、本番で巻き返しは必至である。

2着のクロフネサプライズは、これだけの速いペースを終始掛かり気味に走りながら、最後まで粘り込んでしまったのだから、まさにサプライズであった。しかも最後は差し返していたように、勝負根性という点においても、かなりの器であることは間違いない。チューリップ賞では武豊騎手に乗り替わり、今度は前半マイルが48秒0、後半が46秒9という、阪神ジュベナイルFとは前後半をひっくり返したようなスローを楽に逃げ切った。当然といえば当然の走りであり、逃げられなかった場合の課題は残したが、もちろん本番でも勝ち負けになる。

一方の朝日杯フューチュリティSは、前半の半マイルが45秒4、後半が48秒ジャストという、かなりのハイペースとなった。3~4コーナーの内側が荒れていて、各馬外を回ったことを含めても、底力のない馬は最後に脱落してしまう厳しいレースであった。勝ったロゴタイプは、これだけ速いペースを前々で進みながら、最後の直線ではコディーノに交わさせなかった。しかも、中山マイルコースでは絶対的に不利と言われている外枠からの発走であり、前半はハミを噛んで引っ掛かる面も見せていただけに、驚異的な粘り腰であったと考えざるをえない。例年の朝日杯フューチュリティS馬はクラシックにつながらないが、ロゴタイプに限っては、皐月賞まではもちろん、もしかしたらダービーでもエピファネイアの強力なライバルになるかもしれない。

つまり、この2つのレースにおける3頭の走りには、私の常識の範囲内には収まらない、底知れぬ強さを感じたのである。それがレース終了後の違和感であった。これから、今年1年をかけて、その違和感の正体が解き明かされてゆくのだろう。ローブティサージュもクロフネサプライズもロゴタイプも、まずはクラシックに向けて順調に始動できたようでなにより。強い馬が強いレースをするのが競馬の最大の面白さであり、競馬ファンや関係者にとって最上の喜びとなるのだから。

Photo by M.Koichi

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あなたたちが見たいのは本当は

今年初めて東京競馬場に行ったフェブラリーSの日、久しぶりに競馬博物館に足を運び、「ホースフォトグラフ展~太田宏昭・寺島一郎・松崎博の世界~」を観てきた。かつてPhotostudが取り上げられたこともあるように、今回で10回目の写真展になる。3人の著名な競馬カメラマンが集い、それぞれの持ち味を発揮しながら表現し合う。こういう素晴らしい企画が競馬場内で行なわれているというのに、それほど積極的な宣伝もなく、ほとんどの競馬ファンは競馬博物館の場所すら知らない。せっかくなので、微力ながらでも、紹介させてもらいたい。

太田宏昭氏には、「ROUNDERS」にも多数の写真を提供していただいている。ばんえいカレンダーの写真を撮影されたり、ばんえい競馬の写真のイメージがあまりにも鮮烈なので、ばんえい競馬の写真がメインと思われているかもしれないが、そうではない。「優駿」や「ROUNDERS」等に彼が提供している写真を見ると、そこには人と馬の絆やあふれ出す感情が描かれている。競馬の主人公はサラブレッドであり騎手であるが、それはあくまでも表面的なものにすぎない。その走りを支える、裏方としての仕事人にも太田氏のカメラは光を当てる。あなたたちが見たいのは本当はこういうことじゃないの?太田氏の写真を観ると、そう問われている気がする。

Hohta
何度観ても心が震える太田宏昭氏による一枚

寺島一郎氏にも、「ROUNDERS」の表紙を飾っていただいたことがある。彼がこの写真展で扱ったのは、フランケルという世界最強の名馬である。その幾枚もの写真からは、彼のフランケルに対する鋭いまでの愛情や、ときには畏怖の念さえも伝わってきて、まるで今井壽惠氏がシンボリルドルフを撮ったときのような熱情にうなされているようにも見える。また、フランケルの走りに生で立ち会えたことに感謝しているようでもある。実に神々しいフランケルの姿がそこに立ち上がっているのだ。

松崎博氏のグラスワンダーの写真には驚きを隠せなかった。言葉で説明するのは難しいが、グラスワンダーの四肢がすべて空中に浮いたその一瞬を捉えた写真である。普通の馬だと、ここまで前肢を掻きこんで、跳びあがるようにして走ったりはできない。グラスワンダーのゴム鞠のような筋力の強さが象徴されている奇跡のワンカットであり、これもグラスワンダーに対する並々ならぬ愛情を感じざるをえない。グラスワンダーのことが大好きだからこそ撮れた写真ではないかと思う。

百聞は一見にしかずというが、写真の素晴らしさはやはり見てもらわなければ完全には伝わらない。東京競馬場に行ける競馬ファンという限定はつくが、4月14日(日)まで競馬博物館にて開催されているので、馬券を買いに行ったついでで構わないので、ぜひ足を伸ばしてみてほしい。

「第10回ホースフォトグラフ展 ~太田宏昭・寺島一郎・松崎博の世界~」
http://www.jra.go.jp/news/201211/112701.html

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私のドリームレースを制するのは?

Yushun03「強い勝ち方、そして名レース・名勝負の予感に、私のカメラの視点は武者震いしている」

「優駿」3月号の最初のページを開いたとき、今井久恵先生の写真に添えてある言葉に、私は武者震いしてしまった。「撮影者が本当に感動しているときは、被写体にピントが合っていないことがある」と友人の競馬写真ユニットであるPhotostudが言っていたように、カメラマンの心理状態は如実に写真に現れる。私たちが感動するような名馬の走りや名勝負を観て、競馬カメラマンも冷静ではいられないのだ。

名馬といえば、日本にはこれまで牡馬と牝馬合わせて11頭の3冠馬が誕生した。セントライトからジェンティルドンナまで、牡馬が7頭、牝馬が4頭。私がこの目で実際の走りを観たのは、ナリタブライアン以降の6頭である。それ以前のセントライト、シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、メジロラモーヌの5頭は記録としてしか知らない。つまり、間に合った馬と間に合わなかった馬がいるということだ。それは仕方のないことではあるが、なんとも口惜しいというか、もし全ての3冠馬の走りに間に合った人いるとすれば、非常に羨ましく思う。

そんな私が歴代の3冠馬を比較するのは不相応な気がするが、「優駿」の3冠馬限定のドリームレースに乗っかる形で予想をしてみたい。

3冠馬ドリームレース(東京芝2400m)
1、セントライト 小西喜蔵
2、シンザン  栗田勝
3、ミスターシービー 吉永正人
4、シンボリルドルフ 岡部幸雄
5、メジロラモーヌ  河内洋
6、ナリタブライアン 南井克巳
7、スティルインラブ 幸英明
8、ディープインパクト 武豊
9、アパパネ 蛯名正義
10、オルフェーヴル 池添謙一
11、ジェンティルドンナ 岩田康誠

こうして見ると、ジョッキーも見事に分かれているというか、たとえ3冠に導いた名騎手といえども、3冠馬に巡りあうのは一生に一度なのである(これは調教師にも当てはまる)。どの馬も府中の2400mを力強く駆け抜けた馬たちなので、コース・距離適性はほとんど考慮せず、もっぱら馬の能力の絶対値と枠順とジョッキーの腕を掛け合わせて、独断と偏見で印を打ってみたい。ほとんど競馬が終わったあとの居酒屋と同じタラレバであるが、あくまでも私の夢想としてお付き合いいただきたい。

本命は◎シンボリルドルフに打ちたい。冒頭の今井久恵さんや調教師の野平祐二氏に敬意を払ったというわけではないが、あらゆるホースマンの言葉を聞き、書物を読むにつけ、このシンボリルドルフという馬は特別な馬だったのだという思いを強く抱いているからである。ダービーの道中において、勝ちを急いだ岡部幸雄騎手がゴーサインを出しても全く反応しなかったのに、最後の直線に向いてから「さあ行くぞ。つかまってろ!」とばかりに動き出し、わずか数完歩のうちに前を行く馬を抜き去ったというエピソードは伝説である。人智を超越した部分に加え、レースに行っての器用さから来る安定感も、このメンバーでも随一だろう。

対抗は○ディープインパクト。普通に考えれば、この馬を本命にするのが当然かもしれない。なにせ日本の競馬を世界レベルにまで押し上げたサンデーサイレンスの最高傑作なのだから、能力の絶対値という点では断然だろう。このメンバーでも、後方で折り合いをつけて、ラスト800mあたりから外を捲くってくるシーンを思い浮かべることができる。が、あくまでも器用に立ち回ったシンボリルドルフに僅か届かないのではないかということである。枠順と脚質の差であると考えてもらえば、納得してもらいやすいかもしれない。

▲はナリタブライアン。古馬になってからも含めてトータルで見ると影が薄くなるが、3歳時に限って言えば、ナリタブライアンも最強馬の中の最強であろう。2着馬との差を皐月賞→ダービー→菊花賞と拡げていく走りは圧巻で、その年の有馬記念などは同じサラブレッドとは思えない強さであったことを鮮明に記憶している。ディープインパクトのように脚が速いというよりは、搭載されているエンジンが違うという表現が適切であった。下手をすると、ディープインパクトのさらに外から突き抜けるだけの脚を持っているかもしれない。

△はオルフェーヴル。この枠からでは、脚質的に外々を回らされる羽目になるだろうから、さすがにこのメンバーでは苦しい戦いを強いられる。この馬自身は重馬場が得意というわけではないが、どちらかというと、馬場が悪くなったほうが分は良さそうにも思える。他の3冠馬たちに比べて、重馬場適性は高いのではないか。

迷った挙句、ジェンティルドンナを含め、牝馬には印を打たなかった。たとえ、牝馬が53kg、牡馬が57kgという、4kgの斤量差があったとしても(ここでは設定していないが)、このメンバーに入ってしまうと、線の細さは否めないからである。そして、こんなことを言ったらキリがないのは承知の上で、ここにキングカメハメハと安藤勝己というコンビが登録されていたとしたらと思わざるをえなかった。シンボリルドルフとキングカメハメハが叩き合い、外からナリタブライアンとディープインパクトが強襲する姿が目に浮ぶ。これが私のドリームレースであり、そのとき、私は、武者震いしているのだろう。

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弥生賞は勝ってほしくないレースである。

弥生賞は勝って欲しくないレースである。このレースを勝つということは、素質や能力、そして完成度が高いということの証明ではある。しかし、今後のクラシック戦線を考えると、敢えて勝たなくても(勝とうとしなくても)良いレースなのではないだろうか。

弥生賞は皐月賞と同じ中山2000mという舞台で行われるが、弥生賞を勝って、そのまま皐月賞をも制する馬は思いのほか少ない。その世代の素質馬が集結するハイレベルの弥生賞を制した馬は、普通に考えて、弥生賞と同じ走りができれば皐月賞はほぼ当確である。それでも、過去10年で弥生賞と皐月賞を連勝した馬は、ディープインパクトとヴィクトワールピサの2頭しかいない。

なぜこのような現象が起こるかというと、以下の2つの理由が考えられる。

1、弥生賞はかなりの状態に仕上がっていないと勝てない
2、弥生賞と皐月賞では馬場状態が異なる

クラシックを狙う有力馬が一堂に会する弥生賞は、当然のことながら、中途半端な仕上がりでは勝つことはできない。弥生賞を勝つためにはかなりの仕上げを施さなければならず、本番前に仕上げられた(仕上がってしまった)馬は、本番に向けて下降線を辿ってしまう。サラブレッドのピークはそれほど長くない。つまり、弥生賞を勝つために仕上げてしまうと、そのあとが続かないということである。また、それまでは楽な相手と楽な競馬しか経験してこなかった馬が、弥生賞で初めて厳しいレースを強いられるので、その肉体的、精神的な反動が次のレースで噴出してしまう。

その典型的な例は、平成12年の弥生賞を制したフサイチゼノンではないか。田原成貴元調教師と関口オーナーの間で一悶着あった馬であるが、フサイチゼノンは弥生賞の時点で既に仕上がってしまっていた。田原調教師はフサイチゼノンにかなりの素質を感じていただろうし、初年度である厩舎を盛り上げるためにも、弥生賞も勝って本番に臨みたかったに違いない。

しかし、その勝ちを焦る気持ちが、フサイチゼノンを追い詰めてしまったのだ。肉体的にも精神的にもピークを過ぎてしまったフサイチゼノンは、もはや皐月賞に出走する状態にはなかった。関口オーナーに相談をしなかったのは田原元調教師の落ち度だが、出走を取りやめたのは英断であったと思う。

もうひとつの理由としては、弥生賞が中山開催が始まってすぐの比較的良い馬場で行なわれる(それでもやや重い)のに対し、皐月賞は見た目こそ悪くなくとも、かなり芝が重くなってきている馬場状態でのレースとなるからである。極端にいうと、弥生賞は軽いスピードと瞬発力を生かした馬が勝ちやすいのに対し、皐月賞はパワーとスタミナが求められるということだ。この1ヶ月間で、勝馬に問われる適性が180度違ってくるのだから、勝ち馬が同じでないことにも納得がいく。

本番のクラシックで力を出し切ってほしいという思いを込めて、弥生賞は勝ってほしくないレースなのである。2009年はロジユニヴァースが弥生賞を勝ち、本番の皐月賞で惨敗をしてしまった。ロジユニヴァースの弥生賞は決して厳しいレースではなかったが、陣営の思いとは裏腹に仕上がってしまっていたのだろう。1皐月賞惨敗後、奇跡的なV字回復を遂げてダービーを制したので結果として良かったが、本番のクラシックにおける体調は万全とは言えなかった。

2010年のヴィクトワールピサは弥生賞を勝ち、皐月賞をも制したが、本番の日本ダービーでは不思議な凡走をしてしまった。これも1の理由とつながってくる。弥生賞でかなりの仕上がりにあって、しかも皐月賞も勝つということは、体調のピークが皐月賞にあったということである。たとえ皐月賞を勝つことができても、あくまでも目標が日本ダービーということであれば、弥生賞は勝ってほしくないレースということに変わりはない。

今年は福永祐一騎手をダービージョッキーにすべく、角居勝彦厩舎のエピファネイアが弥生賞に登場する。私の理想としては、弥生賞を僅差で負けて、皐月賞で惨敗を喫し、立て直してダービーを勝つアドマイヤベガローテーションである。アドマイヤベガ世代でたとえるならば、弥生賞を勝ったナリタトップロードのような形ではダービーは極めて勝ちにくい。調教師ら陣営もそのあたりは考え抜いて出走させてくるのは間違いないが、思いようにいかないのもまた競馬である。

さっそく福永祐一騎手が騎乗停止になってしまい、エピファネイアの鞍上には代打でビュイック騎手に乗り替わることになった。この先を見据えて、教育を施しながら騎乗するべきレースで、この乗り替わりは非常に痛い。どうしても目先の勝利にこだわってしまうのが、一流のジョッキーの常であるからだ。全くもって偶然の産物ではあるが、この一手が大局的に悪手とならないことを願う。

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浜中俊騎手と岩田康誠騎手の対談を読んで

Yushun02フェブラリーSの前に書いていればと後悔しているが、2月号「優駿」に掲載されていた浜中俊騎手と岩田康誠騎手の対談は興味深かった。日本を代表する2人のトップジョッキーが、競馬についてざっくばらんに語り合った企画である。もちろん、言いたくても言えないことや、掲載したくても掲載できないことも多々あったはずだが(実はそういうことの方が面白い)、そんな中でもストライクゾーンギリギリのところに決まった、ジョッキーの生の言葉にはドキッとさせられる。

たとえば、昨年はG1レースを6つ勝った岩田康誠騎手が、リーディングを獲りながらも結局G1を勝てなかった浜中俊騎手に向けて発した言葉には、思わず膝を打った。

―G1レースに騎乗する際は、岩田騎手に助言は求めなかった?
浜中
「もちろん求めました。『馬の力を信じて乗れ』と言われたので、そう心掛けたつもりですが、僕自身の経験の浅さが出てしまったかもしれません」
岩田
「そうだね。阪神ジュベナイルFは完璧に乗っているんだけど、あれだと“普通に”完璧なんだよね。G1を勝とうと思ったら、完璧に乗るだけじゃなくて、完璧にエスコートしてあげないとダメ。残り600mから動いた分、末脚が鈍った。2歳牝馬に600mも脚を使わすのは難しいんだから、もう少し我慢させてから追い出すべきだったと思う」
―G1で1番人気を背負って、我慢させるのは勇気がいるのでは?
岩田
「もちろん勇気が必要ですよ。でも、逆にそういった勇気がないと勝てないのがG1なんだと思います」

私は観戦記において、浜中俊騎手の騎乗を“ソツのない”と表現した。もっと内にこだわって我慢をさせるか、それとも馬群の外に出して伸び伸びと走らせるか、どちらか極端なレース運びに賭けてみるべきだったが、浜中俊騎手はそうしなかった。どっちつかずの実に無難な選択をしたため、決して批難される乗り方ではなかったが、コレクターアイテムを完璧にエスコートしたとは言いがたい騎乗となってしまった。その物足りなさを、岩田康誠騎手は的確に指摘してみせたのである。G1レースを勝つには勇気が必要だと。

もうひとつ、浜中俊騎手が岩田康誠騎手から受けたアドバイスが生々しい。

浜中
「朝、遅れたらジュースやコーヒーを箱買いして差し入れるという罰則を決められました(笑)。毎朝、僕よりも岩田さんの方が早く厩舎に来ているから、絶対に遅刻できないと思うようになりました。あと、小倉競馬の際も現地に滞在するのではなく、栗東で調教をつけて週末の競馬だけ小倉に行くことにしました。これも、岩田さんの指導があったからです」
岩田
「若いから小倉に滞在していても遊ぶだけだと思いました。だから、栗東で馬に乗って、競馬だけ行った方が良いだろう、と。調教に乗ることができる頭数も増えることでしょうから」
浜中
「はい、そういった積み重ねで、昨年、JRAリーディングを獲らせてもらえたんだと思います」

彼らは決してエージェントの力関係だけで騎乗馬を得ているのではなく、仕事場に誰よりも早く赴き、自ら率先して調教に跨り、多くの人々とコミュニケーションを重ねた結果として得たチャンスを生かしたのである。職業人としては当たり前の行動に思えるが、おそらくそれが当たり前ではない世界だからこそ、こうしたアドバイスが成立するのだろう。地方競馬から這い上がってきたトップジョッキーが当たり前にできることを、中堅に甘んじている騎手やこれからの若手がなぜやらないのか(できないのか)。ゴルフやサッカーやゲームをやっている暇があれば、1頭でも多くの馬に跨るべきでは、と発破をかけているのである。

こうしたジョッキーたちの生の声を聞いたあとだけに、フェブラリーSにおける浜中俊騎手の勝利が、より一層、色彩を帯びて見える。グレープブランデーは確かに強かったが、浜中俊騎手がスタートからゴールまで完璧にエスコートしたからこその勝利でもあった。こうして切磋琢磨することで、たとえ海外から一流ジョッキーらが大挙押し寄せてきたとしても、彼らはトップに居座り続けるのだろう。そして、その先は、彼らが海外へと飛び出してゆくことで、日本における競馬が新たな局面を迎えることができるはず。どう考えても無理難題ではあるが、日本競馬の未来を救えるのは彼らしかいないと思う。

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騎手になるために生まれてきた

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戸崎圭太騎手が、中央競馬のジョッキーとして第一歩を踏み出す。安藤勝己騎手と入れ替わるような形になったのは偶然だろうが、遂に鳴り物入りの大物がやってきた。昨年まで、5年連続で南関東1位を保ち、そのうち4年は全国リーディングでもある。驚異的な実績をひっさげているにもかかわらず、まだ32歳と肉体的には若い。同じく南関東と全国リーディングの実績があった先輩・内田博幸騎手が中央デビューしたのは38歳のときであったことを考えると、この先どうなるのか楽しみでならない。日本一だけではなく、世界へと挑戦できる器のジョッキーである。

私が地方競馬にどっぷりと浸かっていたのは1995年前後のことだから、1998年にデビューした戸崎圭太騎手の地方競馬時代の騎乗を、あまり良く知らない。内田博幸騎手が、的場文男、石崎隆之、佐々木竹見という高い壁に何度も弾き返されながらも、なんとか這い上がったのは知っていても、戸崎圭太騎手はあっと言う間に頂上へと登り詰めたように感じるのはそれゆえか。戸崎圭太騎手もたくさんの壁に阻まれながらもここまで辿り着いたのだろうが、私には天才型の騎手に思えて仕方ないのだ。騎手になるために生まれてきたということだ。

一次試験に失敗した戸崎圭太騎手が再び挑戦するきっかけになったのは、2011年の安田記念だという。リアルインパクトに騎乗して、初めて中央競馬のG1レースを制したレース。実は私自身も初めて『優駿』に観戦記を書かせていただいたのが、この安田記念であった。『優駿』に文章を書くことは夢だったので、私にとってもひとつの夢が叶ったレースであった(と勝手な縁を感じたりしている)。リアルインパクトの馬体の素晴らしさと戸崎圭太騎手への乗り替りを理由に単勝馬券を買い、滅多にない的中となったこともあり、私は興奮気味に、戸崎圭太騎手の見事な騎乗をこう称えた。

地方競馬の騎手として中央競馬に参戦し続け、ようやく中央GⅠのタイトルを手に入れた戸崎圭太騎手にも賛辞を送りたい。最大の勝因は、迷うことなく勝ちに行ったこと。ペースが速くなるという予測はあったはずだが、斤量が軽いと加速がつきやすいことを利して、スタートから前々を攻めていった。その攻めの姿勢を支えるのは、あらゆる馬たちをゴールまで粘らせてきた、日々の実戦の中で培われた追う技術である。府中の坂を登り切ってから、リアルインパクトを叱咤激励する手綱捌きからは、鬼気迫るものを感じた。

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ここで私が書いた、「日々の実戦の中で培われた技術」こそが、戸崎圭太騎手の真骨頂である。騎手になるために生まれてきた男が、朝の調教から馬に跨り、1日に10近い実戦のレースで騎乗する毎日を14年間も過ごしてきたのだ。それはマルコム・グラッドウェルの唱える1万時間の法則などを遥かに超えてゆく。その道における(あえて言うならば)安易な天才や一流と称されるためには1万時間で十分かもしれないが、既存の枠組みを超えて、世界へと突き抜けていくには1万時間などでは到底足りない。それは限られた時間の中で生きざるを得ない、私たち有限の人間に突きつけられた問いでもある。君たちはどう生きるか、より多くの競馬ファンが見守る中央競馬の舞台で、戸崎圭太騎手はそう問うのである。

Photo by 三浦晃一

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エピファネイアと福永祐一騎手が突き抜ける

クラシックを制する馬のほとんどは年内にデビューを果たす以上、メンバーが揃った中、年末の時点で頂点に立ったラジオNIKKEI杯の勝ち馬に注目しないわけにはいかないだろう。ナリタタイシンから始まり、アドマイヤベガ、アグネスタキオン、ザッツザプレンティ、ロジユニヴァース、ヴィクトワールピサなど、多くのクラシックホースのステップレースとなってきた重賞である。ナリタブライアン以来、クラシック馬を出していない朝日杯フューチュリティS(G1)と比べると、たとえG3であってもラジオNIKKEI杯がどれだけ重要になってきているか分かる。

特に今年は、これまでよりも大きな意味を持つレースになりそうだと予感していた。もしエピファネイアが余力十分に勝つことになれば、2013年のクラシックに向けての展望が大きく開けるからだ。新しいスター候補の誕生。なにせエピファネイアは母シーザリオという超良血であり、名門角居勝彦厩舎に所属し、鞍上には今や日本を代表するトップジョッキーの福永祐一騎手が跨るのだから、あらゆる条件が揃ったと言える。あとは資質が証明されさえすれば、エピファネイアが今年のクラシック戦線の絶対的な本命に躍り出ることに異論はなかった。

結果はご存知のとおり、逃げ粘るバッドボーイをゴール手前で楽々と交わして、エピファネイアの完勝であった。7頭立てという少頭数であり、前半の1000mが66秒ジャストという、歩いているのではないかと思わせる超スローペースであったが、エピファネイアは3連勝でラジオNIKKEI杯を制したのである。7頭立ては、エピファネイアに恐れをなした他陣営が登録さえしなかったことによるものだと思っているし、究極のスローペースは、エピファネイアに我慢を教えるのに最適であったと考えることができる。実際に、ラジオNIKKEI杯の道中で、福永祐一騎手は折り合いつけることに専念していた。

父がシンボリクリスエスだけに、血統的に距離が延びてどうかと思っていたが、折り合いさえつけば全く問題はないだろう。そもそもシンボリクリスエスは有馬記念を2勝した名馬であり、母シーザリオは日米のオークスを勝った名牝である。調教でもレースでも、これだけきっちりと教育されているのだから、もはやクラシックに王手をかけたと言っても過言ではない。父の産駒はダートでも活躍できるほどパワーがあるので皐月賞は問題なく、エピファネイア自身には瞬発力も備わっているので、内枠さえ引くことができれば、日本ダービーは最適な舞台だろう。

そして、ついに福永祐一騎手に順番が回ってきたのだと思う。義理を通してネオユニヴァースではなくエイシンチャンプを選択して以来、牡馬のクラシックには不思議と縁がなかった。そのうち自分の番が回ってくる、そう思って11年の歳月が流れた。クラシック(特にダービー)を勝つには、馬と人の実力がなければならないが、それと等しく、運もなければ勝てない。あの武豊騎手でさえ、日本ダービーを勝つまでに11年を要したのだ。昨年のワールドエースが登場したときには、“そろそろ”かと思えたが、今年のエピファネイアは“ついに”と感じた。日本ダービーの直線で、エピファネイアと福永祐一騎手が、馬群を割って突き抜けるシーンが私には見える。

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競馬のあるべき姿は(後編)

このようなグレーな部分があったにもかかわらず、武豊騎手の勝利インタビューは晴れやかであった。自身にとって久しぶりの中央G1制覇、私たち競馬ファンも待ち望んでいた勝利であったことは確かだが、私は手放しでは喜べない複雑な心境であった。まさか武豊騎手がレース後にパトロール映像を観ていないなんてことはないので、「やってもうた」と思う気持ちが僅かでもなかったはずがない。それでもファンの手前、勝利の喜びを分かち合おうと考えたのだろうか。あのインタビューにおける武豊騎手の真意を、私は測りかねた。

モヤモヤとした気持ちを引きずった中、ジャパンカップの審議が行なわれた。たしかに進路をこじ開けに行っての激突だったが、最後までマッチレースをした同士のやりとりであって、ドミノ倒しのようになったわけではない。オルフェーヴルにとって致命的とは到底思えなかった。岩田康誠騎手には何らかのペナルティは課せられるかもしれないが、着順が変わることはない。もし変わるとしたら、それは空気によるものだろう。そのときは、もしかすると、競馬が初めて嫌いになるかもしれない。そう考えていた。

ジェンティルドンナとオルフェーヴルの着順こそ変わらなかったが、岩田康誠騎手の勝利インタビューからは笑顔が消えていた。壮絶なマッチレースを制してジャパンカップを勝ったにもかかわらず、出てくる言葉は反省の弁ばかり。誰もが素晴らしいレースを観せてもらったことに感謝の拍手を送りたかったのに、まるでお通夜のような雰囲気であった。たしかに強引な部分はあったが、ジェンティルドンナやオルフェーヴルのファイトを帳消しにするようなものであったのだろうか。私には岩田康誠騎手を包む鉛色の空気が見えた。

その空気とは中央競馬村のそれである。武豊至上主義であり(最近の競馬ファンには知らない方もいるかもしれないが、現在の社台グループと同じぐらい、武豊騎手を中心にして競馬が動いていた時代が確かにあった)、脈々と受け継がれる中央競馬の古き良き伝統の名残である。外国人ジョッキーはもちろんのこと、岩田康誠騎手や内田博幸騎手や安藤勝己騎手らは、どれだけ活躍しても外様にすぎない。こういった目に見えない圧力に耐えられなかった地方出身の騎手もいるが、岩田康誠騎手や安藤勝己騎手は空気を読まない(読めない)からここまで成功できたし、内田博幸騎手は外見とは裏腹な強靭な反骨心によって今の地位を築いた。

このブログを読んでくれている読者の皆さまなら、私が武豊騎手のファンであることはご存知だろう。競馬をこれだけのメジャースポーツに変えた立役者であり、日本一のジョッキーである。その栄枯盛衰を見てきた同世代の競馬ファンとして、武豊を誇りに思わない人はいない。問題なのはその周辺の人々の意識である。あらゆる意味で、武豊でメシを食ってきた意識たちが多すぎるのだ。その意識たちは、今の武豊騎手が昔のようには勝てなくなってきている現状を良しとは思わない。外国人ジョッキーや岩田康誠騎手が粗暴な悪者に仕立て上げられるのも、武豊騎手が社台グループに干されたことになっているのも、すべてはその意識に通底している。もしマイルCSのサダムパテックが岩田康誠騎手、ジャパンカップのジェンティルドンナが武豊騎手であったなら、競馬メディアが発するメッセージはまた違うものになっていたはずである。

私は競馬のあるべき姿に迷ったときには、野平祐二先生ならばどうおっしゃるだろうかと考える。それは虎の威を借りるということではなく、自分の心の中で対話をするということだ。野平祐二先生は異端(マイノリティ)の人であったが、決して中立性を欠くような考えはしない紳士だった。武豊騎手のことを誰よりも愛していたし、岩田康誠騎手の騎乗についても絶賛するに違いない。比べようのないぐらい、どちらも素晴らしいジョッキーだと。そして、野平祐二先生は、最近の競馬を見て、こうおっしゃるのではないだろうか。

「日本の競馬もずいぶん変わりましたね。激しく、エキサイティングになった。ほら、ジェンティルドンナとオルフェーヴルが叩き合ったジャパンカップなんて、あのサンデーサイレンスとイージーゴアが激しくぶつかり合った3冠最後のプリネークスSみたいじゃないですか。サンデーサイレンスの孫たちが、こうしてジャパンカップで鎬を削るなんて、ついに日本の競馬もここまできたものだ」

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競馬のあるべき姿は(中編)

2007年の天皇賞秋を思い出してみてほしい。最後の直線でコスモバルクの動きに過敏に反応する形でヨレて、他馬と接触したエイシンデピュティと柴山雄一騎手が審議の対象となり、14着に降着となったレースである。コスモバルクに跨る五十嵐冬樹騎手は批判を受けたものの5着に入線。勝ったのは内を突いたメイショウサムソンの武豊騎手。「コスモバルクは直線で必ず外にヨレる癖を知っていたから、コスモバルクの内側を狙って走らせた」と自身の出演するTV番組で語った武豊騎手を見て、不利を受けないようなコース取りをするのも超一流騎手なのか、さすが武豊と唸らされたことを覚えている。

この2007年の天皇賞秋と照らし合わせてみると、2012年のマイルCSの裁決には不可解さがつきまとう。エイシンアポロンが外に寄ってきたあの時点で、武豊騎手が手綱を引いて内に進路を求めていれば、あの事故は防げていたのではないかと私は思う。決して武豊騎手が悪いわけではなく、判断ミスということでもないが、レース全体を俯瞰してみればそういうことだ。あらゆる物ごとの発端や初動を探っていけば、それはとてつもなく遠いところに行き着くかもしれないし、逆に直接的に影響を及ぼしたからといって全ての責任がそこにあるわけでもない。その線引きは極めて難しいのだが、マイルCSの武豊騎手が完全な白でないことは確かであろう。

何よりもその被害は甚大であった。旧ルールで行われていたはずだから、「走行妨害が、被害馬の競走能力の発揮に重大な影響を与えたと裁決委員が判断した場合、加害馬は被害馬の後ろに降着」することになっていた。最後の直線でのパトロール映像を観ると、武豊騎手が跨ったサダムパテックを発火点として、まるでドミノ倒しのように各馬が外へ外へと張り出されていることが分かる。勝負所の最もスピードが乗らんとしている時点において、このような形でぶつけられることは致命傷となる。なぜなら、隣の馬に横からぶつけられたならまだしも、その隣になると2倍、さらにその隣は3倍といった具合に衝撃が増すからだ。

2007年の天皇賞秋がまさにそのケースである。エイシンデピュティが発火点となり、外へ外へと各馬が弾き出された結果、内から3頭目にいたダイワメジャーは9着、その外にいたアドマイヤムーンは6着に沈んだ。その次走で、ダイワメジャーはマイルCSを勝利、アドマイヤムーンはジャパンカップを勝ったのだから、天皇賞秋の直線で外に弾かれた被害がどれほどのものだったか分かるだろう。あのちょっと接触しただけのように見えたアドマイヤムーンでさえも、実は致命的な不利を被っていたのだから驚きである。

それは2012年のマイルCSにおいても同じ。内からガルボ、グランプリボス、ダノンシャーク、ファイナルフォームと、外へ外へと玉突きのように弾き出された。このような形で不利を受けた馬にとって、特に外にいればいるほど、馬体に受けた衝撃は想像を絶するものとなる。グランプリボスがあそこから伸びてきたのは驚異的としか言いようがないが、一気にスタミナを奪われた馬たちが再び伸びてくることはまずない。その次走を見てみると、グランプリボスはマイルCSで無理をしたことが祟ったのか香港マイルで大敗を喫したが、ガルボは阪神Cで2着、ファイナルフォームは3着、そしてダノンシャークは京都金杯を圧勝している。あの不利がなければと思わせる馬ばかりで、被害馬の競走能力の発揮に重大な影響があったことは間違いがないのである。(続く→)

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競馬のあるべき姿は(前編)

新しい失格・降着のルールが2013年度より適用されている。国際化のためというよりは、2010年のジャパンカップにおけるブエナビスタの降着が引き金となったはずのルール変更であるが、今のところ、私もおおむね新しいルールには賛成である。10年前と比べても、競馬のあるべき姿はやはり少しずつ変わってきており、それに合わせてルールも変わってゆくべきだと思うのだ。旧ルールと新ルールのどちらが正しいということではなく、優先順位をどこに置くかということなのだろう。

人間が馬に乗って、コンマ数秒の単位でゴールを争う競技である以上、競馬におけるスポーツ性と安全性が両立しないことがどうしてもある。たとえば格闘技がそうであるように、表現は悪いが、やらなければやられるという場面が出てくるのだ。私の考えとしては、やらなくても勝っていたということは多いが、それはあくまでも結果論であって、その判断を問われる瞬間には、やらなければ負けると競技者は考えざるをえない。2012年秋のG1シリーズで立て続けに起こった事件は(マイルCSとジャパンカップの審議)、まさにその典型的なケースであった。

この2つのレースにおいて、鍵を握っていたのは武豊騎手と岩田康誠騎手。この2人のジョッキーの動きがレースに大きな影響を与えた。どちらもやらなければやられると思われる場面において、わずかな隙間に突っ込み、結果的に勝利を勝ち取ったわけだが、もし2人の騎手が瞬間的にレース全体の安全性を考慮して手綱を引いていたらどうなっていただろうか。どちらもワンテンポかツーテンポ遅れて追い上げてゆくことになり、武豊騎手のサダムパテックは内田博幸騎手のグランプリボスに及ばず、岩田康誠騎手のジェンティルドンナはオルフェーヴルを最後の最後に差し切っていたのではないか。

そうなると、判断を誤ったのは岩田康誠騎手ということになる。オルフェーヴルを一旦先に行かせてから、ジェンティルドンナを外に出して追い出しても、内ラチにぶつかるようにして走る(であろう)オルフェーヴルを抜き去っていたはずである。それほどにジェンティルドンナにはオルフェーヴルを上回る脚があった。もちろんレースが終わってから分かることであり、あの一瞬で判断せよというのは難しいのだが、結果的に岩田康誠騎手はやらなくても勝てたはずの場面で、ラフプレーと思われるリスクを取ってしまったことになる。逆に、武豊騎手はやらなければやられていたのだから、ある意味において好判断だったと言える。

いや、そもそも武豊騎手は被害者(馬)だという向きもあるが、果たしてそうだろうか。マイルCSの最後の直線における惨事の発端は、たしかに池添謙一騎手のエイシンアポロンの動きにあった。エイシンアポロンの初期微動がレース全体の内容を大きく変えてしまったのだが、その発火装置はサダムパテック武豊騎手の挙動にあった。観戦記にも書いたが、あそこで武豊騎手が手綱を引いていれば、サダムパテックは2着に敗れていたものの、あれだけ多くの馬たちが大きな不利を被ることもなかったはずである。サダムパテックと武豊騎手は、被害者(馬)でもあり、加害者(馬)でもあるのだ。(続く→)

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3冠馬同士のベストバウト

私にとっての2012年のベストバウトはジャパンカップである。実際に競馬場に観に行き、凱旋門賞帰りの3冠馬と3冠牝馬による直線での攻防を目の当たりにして、これは凄いものを見たと感じた。馬券こそ外してしまったが、競馬ファンの盛り上がりを肌で感じ、オルフェーヴルとジェンティルドンナの強さについて友人と語り合った。海外遠征帰りで万全の体調ではなかったにもかかわらず、あそこまで走ったオルフェーヴルの強さを改めて認識しつつ、どこまで行っても抜かせないジェンティルドンナの潜在能力に驚かされた。

究極に上がりの速い決着という意味も含め、1998年のジャパンカップを彷彿させるレースであった。そう、エルコンドルパサーとエアグルーヴ、スペシャルウィークが鎬を削ったあのジャパンカップである。直線に入って、他馬はあっという間に置き去りにされ、3頭だけがまるで瞬間移動したようにゴールしたのを昨日のことのように覚えている。あのレースも実際に競馬場で観ていた。超一流馬同士が、上がり3ハロンだけ本気で競走すると、こんなにも速いのかと衝撃を受けた。

そんなに素晴らしい(という表現がふさわしい)レースであったにもかかわらず、今年のジャパンカップで注目を集めたのは、残念ながら直線における審議の方だったのではないか。ジェンティルドンナとオルフェーヴルのぶつかり合いの末、着順どおりに確定したものの、岩田康誠騎手は騎乗停止の処分を受けることになった。観戦記にも書いたとおり、今年から変更された新しいルールに則ったとしても、正しい裁決だったと思う。他馬(オルフェーヴル)に与えた影響は見た目ほどには大きくなく、たとえあの衝突がなくてもジェンティルドンナはオルフェーヴルに先着していただろう。

もちろん、オルフェーヴル陣営の気持ちも理解できるし、池添謙一騎手の悔しさも分かる。想像を絶するような労力をかけてフランスに遠征し、凱旋門賞に挑み、あとわずかのところで栄光を掴み損ねた矢先のレースである。池添謙一騎手にとっても、一度は降ろされたオルフェーヴルの手綱が再び回ってきた一戦である。負けたくない、負けられないという思いを、誰よりも強く抱いての出走だったに違いない。そして、あくまでもタラレバではあるが、オルフェーヴルが普通の体調で走っていたなら、直線で突き抜けていたはずだ。実際には有馬記念にも出られなかったように、オルフェーヴルの体調は、凱旋門賞の頃からすでに下降線を辿っていた。

あらゆる伏線を考えてみても、2012年のジャパンカップは歴史に残る名勝負であった。どちらが勝ったということよりも、2頭の名馬たちがあらん限りの力を振り絞った名勝負。人間の思惑とは関係なく、ジェンティルドンナとオルフェーヴルはサラブレッドとしての生き様を示してみせたのである。競馬メディアを筆頭として、私たちはまずそこを観るべきだし、褒め称えるべきであろう。そうしないと、岩田康誠騎手の勝利ジョッキーインタビューは喜びのないものになってしまうし、新しい競馬ファンたちにもスポーツとしての醍醐味が伝わらなくなってしまう。自分の立場や利権だけを守るための競馬なんて、もう誰も振り向かないのである。

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藤井勘一郎騎手による韓国G1制覇

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個人的に嬉しかったニュースとしては、「ROUNDERS」vol.2の騎手特集でインタビューさせていただいた藤井勘一郎騎手が、韓国競馬のG1レースを制したこと。インタビューの直後、鎖骨骨折から手術という全治6ヶ月の怪我を負ってしまい、復帰してからもなかなか勝てない日々が続いた。陰ながら藤井勘一郎騎手の活躍を楽しみにして、見守ってきた1人としては、新天地を求めて韓国へという長い道程の末に、韓国の“有馬記念”であるグランプリを勝利したとのニュースを聞いたときは嬉しくて仕方なかった。そして、インタビュー時にも感じた、彼の芯の強さと突き抜けるような明るさがもたらした勝利だと感じた。

藤井勘一郎騎手は、それを自信という言葉で表現していた。

ジョッキーは自信がすべての世界です。心の状態が悪くなれば自信もなくなるし、身体が機能しなくなってしまいます。ジョッキーにとって、精神的なものの影響は非常に大きく、それがしっかりしていないとなかなかレースはこなせません。騎手の自信はもちろん馬に伝わりますし、レースの結果にも如実に表れます。悪い騎乗をしたら騎乗依頼もこなくなります。 (「ROUNDERS」vol.2 インタビュー「大海を知るジョッキー」より)

藤井勘一郎騎手のように、いちど日本の騎手養成課程のレールから外れてしまったジョッキーは、とにかく騎乗できるチャンスを求めて、世界を飛び回ることでしか生きられない。それはとても大変な生き方であり、私のようなサラリーマンが味わうことのない、苦悩や葛藤があるに違いない。またアスリートだけに、怪我や病気は生活を一転させてしまうし、運がなくて勝てなければ、良い騎乗馬が回ってこないという悪循環を辿ることにもなる。

それでも、騎手として生きることをあきらめることなく、こうして新しい道を切り拓いてゆく藤井勘一郎騎手に、尊敬の念を抱かないわけにはいかない。そしていつの日か、いろいろな世界の競馬場であらゆる経験をした日本人ジョッキーが、日本の競馬でも自由に乗れる日が来ることを願いたい。


藤井勘一郎騎手によるグランプリ制覇をぜひご覧ください。
先行して、終始4番手の外を進んでいるのが藤井勘一郎騎手です。

追記
嬉しいニュースもあれば、悲しいニュースもあった。私にとって、なぜか今でも心に残っているのはゴルトブリッツの死である。昨年の夏に、ゴルトブリッツの将来が楽しみと書いたばかりのタイミングだったからか分からないが、誰かが急にいなくなることの言いようのない悔しさがこみ上げてくるのだ。帝王賞の力強い走りを思い出すと、もし生きていたら、どれだけのダート馬になっていたかと思う。秋のダートG1戦線を予想しているときも、レースを観ながらも、そしてレースが終わっても、ゴルトブリッツがいないことが信じられなかった。何かが途中でぷっつりと途切れてしまうことの、なんと悲しいことか。ゴルトブリッツのご冥福を祈りたい。


ゴルトブリッツの最後の勇姿をご覧ください。

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キングカメハメハは強かった

2012年も多くの日本馬が海外に挑戦し、一敗地にまみれて帰ってきた馬もいれば、見事に栄光を勝ち取った馬もいる。昨年、最も印象に残ったのはもちろんオルフェーヴルの凱旋門賞であるが、それについては語り尽くしたつもりなので、今回は香港で歴史的な勝利を収めたロードカナロアについて書いてみたい。その勝利の価値は、日本馬が最も弱いと思われてきたスプリント国際G1を勝ったというところにある。別の言い方をすれば、オーストラリア生産馬のスピードとパワーに真っ向勝負できる馬が、日本から現れたということだ。

コテコテのオセアニア血統ではなく、アメリカ血統でもない。父がキングカメハメハだったからこそ、思わずおめでとうと言いたくなった(ロードカナロアの関係者だけではなく、キングカメハメハに携わった人々に対しても)。キングカメハメハのサラブレッドとしての優秀さが、国際舞台の象徴的な場面にて証明されたのだ。その圧倒的なスピードとパワーは、どの世界に行っても通用するものであり、しかもキングカメハメハやその産駒は2400mのチャンピオンディスタンス何度も制しているように、豊富なスタミナにも裏打ちされている。

そして、何より私がキングカメハメハの大ファンだったからこそ、より一層、喜びは深かった。日本ダービーを勝った時点で、過去に見てきたどの馬よりも強いと確信していたが、秋に1走をしたのみで引退してしまうことになり、しかもその翌年にあのディープインパクトが現れたのだから戸惑ってしまった。本当にキングカメハメハは最強馬だったのだろうか、そしてキングカメハメハとディープインパクトとは一体どちらが強かったのだろうか。その思いが強まって、「ディープインパクトVSキングカメハメハ」という夢想のエントリーを書いたりもした。当時の結論としては、それは種牡馬として血が残ってゆく過程にて示されるはず、ということであった。

今こうして、2頭が種牡馬としてリーディング争いをしていることを考えると、どちらが強かったということではなく、どちらも最強馬であったことが証明されたのだ。もしキングカメハメハが屈腱炎を患うことなく、あのまま古馬になっても走り続けたとしたら、国内のG1レースを総なめにして、そして当たり前にように海外の大レースに向かったことだろう。おそらくその矛先は、真っ先に凱旋門賞に向いたはずだし(そういう噂もあった)、ディープインパクトにはなかったあのパワーをもってすれば、ディープインパクトやナカヤマフェスタやオルフェーヴルが涙を飲む前に、キングカメハメハが凱旋門賞を勝っていたかもしれない。

キングカメハメハはそれほどに強い馬だったということを、ロードカナロアがこのような形で体現してくれたことが素直に嬉しい。スプリンターズSではスプリント女王のカレンチャンをねじ伏せ、香港スプリントでは屈強なスプリンターたちを完膚なきまでに叩きのめした。それにしても、ロードカナロアの昨年の夏を越しての成長は素晴らしかった。秋緒戦のセントウルSで見せた馬体は、筋肉が隆々とした山のようで、馬というよりは怪物。それまでは天性のスピードと切れ味で勝負してきた馬が、キングカメハメハの血に流れる成長力を生かし、誰にも負けないパワーを身につけたのだから恐ろしい。この馬こそ、今年は海外の大レース(スプリントシリーズ)を転戦してほしい。海の向こうには、キングカメハメハとロードカナロアの強さを表現できる相応しい舞台が揃っているのだから。

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Just Wait.

競馬は文化でありスポーツであるが、それと同時にギャンブルでもある。その絶妙なバランスが、私にとって、競馬を他のスポーツやギャンブルとは異なるものに昇華させている。そのことをはっきりと感じるのは、やはり自分が信じて賭けた人馬が、ゴールを先頭で駆け抜けてくれる瞬間だろう。井上オークスさんが、「武豊騎手と一緒にメイショウサムソンを追った」とどこかで書いていたように、馬券を買うことで―その金銭の多寡にかかわらず―、私たちは騎手や競走馬と一心同体になることができる。

2012年の日本ダービーは騎手と一心同体になることができたレースであった。4年前のダービーにて、1番人気のアンライバルドに乗って勝てなかった岩田康誠騎手を、いつかは日本ダービーを勝つジョッキーだと信じ、それ以来、見守り続けてきた。2010年には1番人気のヴィクトワールピサに騎乗して3着、2011年には2番人気のサダムパテックで7着と期待に応えてはくれなかった。それでも、今年こそと思いながら、私も毎年賭け続けてきただけに、彼の日本ダービーに対する想いの一端ぐらいは分かるつもりだ。日本ダービーは実力だけでは勝てない。運もなくては。Just Wait.

私は頭のてっぺんからつま先まで、岩田康誠騎手と同化した。好スタートから、ディープブリランテの行く気に任せて先行し、逃げたくはなかったのでゼロスが来てくれた時には安心し、すぐに直後の内ラチ沿いに馬を収めた。皐月賞のように引っ掛かることなく、第2コーナーを回り、向こう正面でディープブリランテの力がスッと抜けた時には、最高の形になったと直感した。そのまま3コーナー、そして4コーナーを回りつつ、かなり強引に仕掛けたトーセンホマレボシを目標に追い出してからは、全身全霊でディープブリランテを叱咤激励した。ゴールした瞬間、外からやってくるフェノーメノの追撃を凌ぎ切ったことを確信した。

3年間も待ち続けてきただけに、ただ単勝馬券が当たったのとは違い、喜びもひとしおであった。レース後、私はその興奮を書き綴ったり、人に話したりした。ほとんどの人たちは、おめでとうと言ってくれ、岩田康誠騎手の好騎乗を称えてくれた。ところが、翌日、とある競馬雑誌の編集部を訪れ、岩田康誠騎手の日本ダービー初制覇について語ろうと、「いやあ、昨日のダービー、よかったですねえ」と切り出したところ、「どのへんがですか?」と返されたのだ。

私は心の中でぶったまげたと同時に、そうかあのダービーに感動したのは自分が岩田騎手に賭け続けてきたからなのか、と現実を悟った。決してその編集部の方が冷めているわけではない。どちらかというと、青い炎の情熱を以って競馬を支えている方である。同じレースを見ても、それでも、これだけ感情移入の度合いが違うのだから、あまり一方的に想いを熱く語るのもなんだなと思わせられた。しかし、自分の心が動かされていなければ伝わるものも伝わらないと思い直し、またこうして懲りもせず、岩田康誠騎手の感動の日本ダービー制覇について語り続けてゆくのである。


関連エントリ
「ガラスの競馬場」:彼には志があるからだ
「ガラスの競馬場」:勝負師・蛯名武五郎

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秋山真一郎騎手に祝福を

競馬がスポーツである以上、必ずそこには応援する側、応援される側が存在する。応援する側は応援される側に自分自身を重ね、その勝利を自分のことのように喜ぶ。そして最後に、我に帰って、「おめでとう」と声を掛ける。2012年の競馬にも、「おめでとう!」と言えた瞬間がたくさんあった。たとえその人馬の馬券を買っていなくとも、―そうでないことの方が多いのだが―、レースが終わった後には、その走りを心から祝福したくなるのだから不思議だ。競馬と密接に関わる時間が長ければ長いほど、その勝利の背景にあるものが見えるからだろうか。そんな「おめでとう」を振り返って、もう一度味わってみたい。

まずは秋山真一郎騎手のG1初制覇である。カレンブラックヒルに乗って、NHKマイルCを制してみせた。そして、平田修調教師にとっても、父ダイワメジャーとってもその産駒が初めてという、フレッシュなG1勝利であった。これといった逃げ馬がおらず、それまで先行策を取っていたカレンブラックヒルが先頭に立ち、そのまま府中の長い直線を逃げ切った。前半の800mが47秒3という超がつくスローペース。前年の45秒7、前々年の44秒8というペースと比べても、明らかに遅い流れだったことが分かる。結果的に見れば、勝ってくださいと言わんばかりのレースであったが、そういった追い風を受けることができたのも、秋山真一郎騎手が迷うことなく逃げという策を打てたからだ。

秋山真一郎騎手とG1レース、または秋山真一郎騎手と平田修調教師といえば、2007年のオークスを思い出さない競馬ファンはいないだろう。平田修調教師の管理馬である1番人気のベッラレイアに騎乗した秋山真一郎騎手は、ゴール前でハナ差敗れて涙を飲んだ。あのオークスの騎乗に関して、積極的な仕掛けだった、これで負けたら仕方ないと秋山真一郎騎手を擁護する意見もあったが、あれは早仕掛けであった。騎手の勝ちたいという思いが馬に伝わり、人馬ともにふた呼吸ぐらい早く動いてしまい、最後に脚が止まってしまったのだ。

これで負けたら仕方ないというレースをしようと考えることは、積極的であるように見えるが、状況次第では消極的な選択にもなる。たとえば、野球で言えばフォークボールを決め手とする投手が、9回ツーアウト満塁ツースリーという状況で、フォークボールがすっぽ抜けることを恐れて、直球勝負をするようなものだ。直球で向かって行って、打たれたのなら仕方ない。誰もがそう言って納得するかもしれないが、果たして投げるべきは直球だったのだろうか。たとえすっぽ抜けても、フォークボールで勝負に行くべきではなかったのだろうか。直球勝負を賞賛するのは簡単なのだ。

最も大切なのは、その馬にとってどういう乗り方が合っているかどうかということだ。馬の力を最大限に発揮させて、それでも負けてしまったら、これで負けたら仕方ないと言える。それまでギリギリまで溜めて差す競馬をしていたベッラレイアを、G1レースでいきなり自ら勝ちに動いてしまったことが問題であり、秋山騎手も自分の未熟さを嘆いたという。そういった経験が実となり、こうやって5年後に表舞台で現れるのだから、競馬は捨てたものではない。カレンブラックヒルとそれまでの3戦で培ってきた自在性を生かし、レースの主導権を握り、ゴールまで先頭を譲らなかった無心の騎乗が光った。さらに昨年の秋には、ローヴディサージュを見事に駆って、シルクホースクラブに12年ぶりのG1制覇をもたらした。そう、秋山真一郎は、デビューから16年かけて、9回ツーアウト満塁ツースリーという状況でフォークボールが投げられる騎手になったのだ。

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2012年の競馬を振り返って

Gallop2012

今年の年末年始は少しゆっくりと時間が取れそうなので、久しぶりに「週刊Gallop重賞年鑑」を読みながら、2012年の競馬を振り返ってみたいと思う。個人的には、単勝馬券の2、3着が多くて悔しい思いをした年だったが、「ROUNDERS」vol.3で念願の野平祐二先生の特集をすることができ、4月から始めたメールマガジンを書くことを通して競馬を深く見ようとした年でもあった。また、競馬全体を見渡してみても、歴史に残るレースや記憶に残る激闘が多かったと思う。競馬がつまらなかった年などない、と言ってしまえば元も子もないのだが、つまり今年も競馬は素晴らしかったということだ。もちろん、残念なニュースや理不尽な出来事などもあるにはあったので、それについても改めて考えてみたい。そんな想いや憂いや期待を、年始から少しずつ綴れたらと思う。今年も「ガラスの競馬場」に来ていただきありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い致します。

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馬券交流元年にJBCを買ってみる

Jiromaru

JRAのIPAT方式で地方競馬の馬券が買えるようになってから、1ヶ月が経とうとしています。実はタイミングを逃して、まだ地方競馬の馬券を買っていないのですが、ようやくそのタイミングがやってきました。そう、明日はJBCが川崎競馬場で行なわれます!できれば土日もしくは祝日に開催してほしかったのが本音ですが、現地観戦には行けなくとも、こういう時こそIPATの出番ですね。これまでは泣く泣くあきらめていた地方のG1レースも、こうして馬券を買って参加できるのは嬉しいことです。まさに馬券交流元年ということでしょう。

それではJBCはレディスクラシックとスプリント、そしてクラシックの展望を書いていきたいと思います。自分の中では中央競馬のような縛りがありませんので、地方競馬はかなり自由に無責任に予想ができますので、それなりの結果がついてくると信じています(笑)。

まずはレディスクラシックから。このレースはミラクルレジェンドの力が1頭抜けていますね。春シーズンの末は無理に使っていたのが祟って、この馬本来の調子にありませんでしたが、休養を挟んでリフレッシュされた前走は抜群の手応えで楽勝しました。ひと叩きされたことで体調に問題はなさそうですし、55kgという斤量も切れ味を生かしたいミラクルレジェンドにとってもってこいです。唯一の懸念材料といえば、やはり大外枠でしょうか。ただ、川崎の1600m戦はスタートしてから最初のコーナーまで比較的距離がありますし、12頭立てですので外を回らされても許容範囲内のはずです。もし逆転があるとすれば、内枠を引いたクラーベセクレタとの立ち回りの差でしょう。オッズを考えると、おそらくミラクルレジェンドが被りそうなので、妙味という点で、このレースはあまり買いたくはありませんね。

次に、混戦になりそうなスプリント。前哨戦である東京盃でセイクリムズンの連勝が止まり、ラブミーチャンが楽な手応えで圧勝したのですから驚きました。セイクリムズンは連勝が止まった馬の次走は消しの法則に基づいて消したいと思います。ラブミーチャンは前走のようなレースができれば再び圧勝する可能性もありますが、今回はさすがにマークが厳しくなりますし、200mの距離延長や枠が外よりなのが気になるといえば気になりますね。当初は内田博幸騎手のタイセイレジェンドを狙おうと思っていましたが、前走2着とはいえ、ゴール前では突き放されていましたので、200m延びて良いタイプでもなく逆転の目が考えにくいかなと。結論としては、9歳馬の◎ダイショウジェットに本命を打ちます。前走の南部杯はエスポワールシチーの強さだけが目立ったレースでしたが、あのレースでエスポワールシチーについていき、最後は他馬が突き放される中、ダイショウジェットだけは食らい付いていました。高齢でもまだまだ元気ですし、得意の1400m戦であり、しかも1番枠を引きましたので、思い切って乗ればチャンスはあるはずです。

Jbc2012sprint

最後は、最も見応えがありそうなクラシック。トランセンドがドバイワールドカップ遠征後にいよいよ出走してきます。このメンバーでも力が一枚上なのは確かですが、これまで気持ちで走っていた面が強い馬ですので、競られても弾き返せるだけの気持ちが戻ってきているかどうかが全てだと思います。そのあたりは調教だけではどうしようもない部分ですので、走ってみなければ分からないのが正直なところです。そこで本命は◎ソリタリーキングに打ちます。あのヴァーミリアンの弟ということで期待していた馬ですが、ここに来て本格化してきました。東海Sは枠順やレースの流れに恵まれたところはありましたが、前走の日本テレビ盃はランフォルセやサイレントメロディを力でねじ伏せた勝利でした。脚質的にも安定していますし、最後まできっちりと力を出し切れる馬です。5番枠を引けたので、ギリギリ内のポジションに潜り込めるはずです。強敵はさらに内を引いたシビルウォーでしょうか。後ろから行くので取りこぼしというか凡走が多かった馬ですが、この2走はトモに筋肉が付いてきて前に行けるようになってきました。末脚は確かなので、今回も少なくとも中団よりも前につけてくるはずです。最後の直線はソリタリーキングとシビルウォー、浜中騎手と内田騎手の激しい叩き合いが見ものですね。

Jbc2012classic

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凱旋門に挑戦する意義は

オルフェーヴルの凱旋門賞とは一体何だったのだろうか。あの敗北からおよそ1ヶ月が過ぎた今、ひとり困惑している自分がいる。最後の直線における栄光と挫折だけではなく、そこに至るまでの経緯やレース後の競馬関係者やファンからの声が、日本の競馬に対し、何かを問いかけているのではないだろうか。今回のオルフェーヴルの挑戦には、ディープインパクトのときの熱狂や喧騒とは違う何かがあった。悔しさを乗り越え、その何かを希求してゆくことが私たちに求められている。

まず、オルフェーヴルが最後に失速したことについて、あれはソラを使ったものではないだろう。ソラを使うとは、つまり気を抜くということである。確かに競走馬によっては、先頭に立つと気を抜く馬もいるが、もしオルフェーヴルが本当に気を抜いていたとすれば、その耳は後ろに向けて絞られた状態から、前方もしくは横へと向いていたはずである。レース映像を見ればそうでないことは分かるし、気を抜いただけの馬があそこまで急激に内にササるだろうか。たとえば菊花賞や神戸新聞杯の走りを見ると、直線では早めに先頭に立ってしまっているが、大きくヨレる素振りは見せていない。もちろん池添謙一騎手が真っ直ぐに走らせようとサポートしていたのは確かであるが、今回のように極端なササりではなかった。そもそも、オルフェーヴルにはそういう癖のようなものがあるのだが、それはたとえソラを使ったように思えても、決して気を抜いたからではなく、苦しくてレースから逃げようとしてササっているのだ。

このあたりの誤解は、あの阪神大賞典あたりからつきまとっている、オルフェーヴルは人間味がある説である。ゴール後に騎手を振り落としたり、レースで大きく逸走したりしたことを、まるでオルフェーヴルが競走馬を超越した存在ゆえであるかのようにもてはやし、どちらかというと人間側に問題があるかのように考える視点である。そうではなく、オルフェーヴルは苦しくなると(追い込まれると)、その状況から何とかして逃げ出したいという気持ちの強い馬、良く言えば正直な馬なのであって、決してマスコミが報じるような本気を出していない馬ではない。もしかしたら、競馬を少し知っているようなファンにも、そう思っている人も多いのではないだろうか。こういう分かりやすく、幻想を抱きやすい説は信じられやすく、今のインターネット時代には流布されやすい。

オルフェーヴルが苦しがったことについては、あらゆる理由が考えられる。その中でも大きなものとして、大外枠からの発走かつスローペースのため外を回されて脚を使わされたこと、そして、宝塚記念を勝ってからわずか3ヶ月という仕上げの難しいローテーションの2つが挙げられる。後者はほとんど認識されていないかもしれないが、過去の宝塚記念馬の天皇賞秋における成績を見てもらうと分かりやすいだろう。オルフェーヴルは70%の状態で宝塚記念を勝ったのだから、という反論もあるかもしれないが、本当に70%の状態で勝てるほど日本の競馬はレベルが低いのだろうか。陣営としては70%ぐらいまで戻ってきていた感触だろうが、馬自身は宝塚記念に向けて上向いて80~90%ぐらいの出来にはあったはずである。6月末にかなりの状態に仕上げられた馬を、凱旋門賞が行なわれる9月末から10月頭にかけてもう1度ピークにもってゆくのは難しい。

オルフェーヴル自身が失速して差し返されたとしても、差し返した相手がいるのも事実である。今回はペリエ騎手鞍上のソレミアが、オルフェーヴルにしぶとく食らいつき、最後は差し返した。恐るべきしぶとさであり、我慢強さである。ハーツクライが3着に敗れたキングジョージと重なった方も多いはずである。あのハーツクライが後ろから差されたレースである。日本であれば考えられないことであった。ルメール騎手の仕掛けは決して早くなかったが、ヨーロッパにはハーツクライ以上に、バテてもバテても最後まで脚を伸ばし続けることが出来る馬がいたのである。これがヨーロッパだとその当時私は書いた。

まるで地平線のように、挑戦すればするほど、凱旋門賞の勝利は遠ざかる。考えうる手を尽くし、あらゆる条件や不利を乗り越えなければ、日本の馬が先頭でゴールすることはできない。そんな千載一遇のチャンスをモノにすることが果たしてできるのか、私には分からないが、チャレンジし続けなければノーチャンスであることは間違いない。

1998年あたりを境として日本の競馬の売上は下降線を辿り、その業界自体も縮小を続けているが、オルフェーヴルの挑戦がそんな競馬界を一時的にでも盛り上げ、大きな刺激を与えてくれたことは確かである。オルフェーヴルの走りを観て、新たに競馬に興味を抱いてくれた方々もいるかもしれないし、それ以上に、オールドファンの心に再び火をつけたのではないだろうか。勝てる力がある馬が凱旋門に挑戦する意義は、実はそこにあるのかもしれない。オルフェーヴルを凱旋門賞に出走させた関係者の皆さまに心から感謝したい。

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エアグルーヴという宿病

Densetunotenosyo

私の好きな写真家の藤原新也さんは、かつて標高4000mのチベットのこれ以上青くしようのない、真っ青な空の下で暮らして以来、下界に降りて、いかなる土地に行っても空が濁って見えるという宿病を背負ったという。私もかつてエアグルーヴという牝馬と出会い、その競走生活を共に過ごして以来、牝馬のいかなる走りを見せられても霞んで見えてしまうという宿病を背負った。私の名牝の時計は、エアグルーヴから10年間、止まったままであった。

エアグルーヴの強さは、「古馬になってから牡馬と互角以上に渡り合った」ということに集約される。牝馬にとって、古馬の牡馬と戦うことは非常にツラいことである。牝馬と牡馬では威圧感がまるで違うため、ほとんどの牝馬は古馬の牡馬と戦うともみくちゃにされてしまい、3歳時の輝きは色褪せ、古馬になって全く走らなくなってしまう。苛酷な戦いによって、心臓発作や心不全を起こしてしまうことさえある。それほど、古馬の牡馬と戦うこと自体が、牝馬にとっては厳しいことなのだ。逆に言うと、古馬の牡馬と互角以上に渡り合ってこそ、最強牝馬の称号を得るに相応しいということである。

エアグルーヴが4歳時に勝利した天皇賞秋は、サイレンススズカが速く厳しいペースで引っ張り、長い直線でのバブルガムフェローとの叩き合いを制した激しいレースであった。充実期にあったバブルガムフェローを競り落としたことが衝撃的であった。しかも、牝馬特有の切れ味で差し切ったのではなく、最後まで牡馬の超一流とビッシリと叩き合い、競り落としての勝利であった。

あれから11年後の天皇賞秋。ウオッカとダイワスカーレットという2頭の名牝によって、私の宿病はようやく癒された。7ヵ月の休み明けにもかかわらず、前半1000mが58秒7という淀みのないペースでレースを引っ張り、一旦バテたように見えたところから再び差し返してきたダイワスカーレットもさすがなら、古馬の牡馬たちを蹴散らし、勢いのある3歳のダービー馬との400m以上にもわたる叩き合いを制したウオッカの強さは鮮やかであった。霞が晴れた私の目には、ウオッカとダイワスカーレットの間を並んで走るエアグルーヴの姿が映った。3頭の最強牝馬たちはどこまでも駆けてゆく。


もうあの伝説の天皇賞秋から4年も経ったのですね。
今年は現地で観戦する予定ですので、再び激しい闘いが観たいものです。

Photo by Photostud

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ダービー馬が背負うもの

Derbyseoumono

菊花賞を語るには、ダービー馬と菊花賞の関係から述べなければならない。

過去14年のダービー馬の菊花賞での成績は以下のようになる。
     
平成10年 スペシャルウィーク→2着
平成11年 アドマイヤベガ  →6着
平成12年 アグネスフライト →5着
平成13年 ジャングルポケット→4着
平成14年 タニノギムレット →不出走
平成15年 ネオユニヴァース →3着
平成16年 キングカメハメハ →不出走
平成17年 ディープインパクト→1着
平成18年 メイショウサムソン→4着
平成19年 ウオッカ→秋華賞に出走3着
平成20年 ディープスカイ→天皇賞秋に出走3着
平成21年 ロジユニヴァース→不出走
平成22年 エイシンフラッシュ→ジャパンカップに出走8着
平成23年 オルフェーヴル→1着

誰の目にも一目瞭然だが、あの怪物ディープインパクトとオルフェーヴル以外のダービー馬は、菊花賞で凡走を繰り返している。もしくは、出走すら出来ていない。なぜこのような現象が起こるのだろうか。その世代の最強馬であるはずのダービー馬が、なぜわずか4ヶ月後に行われる菊花賞でいとも簡単に負けてしまうのだろうか。
答えは簡単である。菊花賞は、ダービー馬が能力を発揮することが難しい舞台なのである。そして、理由はひとつだけで、それはダービーから菊花賞までの期間の短さである。

ダービーを勝つためには、極限の仕上がりが要求される。目一杯の調教に耐え、レースでは自身の持つ力の全てを使い切るほどでないとダービーを制することはできない。ダービーとは、それほどまでに苛酷なレースなのである。そして、ダービーで全ての力を使い果たした馬を、わずか4ヶ月で再び100%の状態に持って行くことは至難の業である。たとえば、平成10年のダービー馬スペシャルウィークが菊花賞、ジャパンカップと凡走したのは、ダービーの疲れが抜け切れていなかったからである。スペシャルウィークほどの馬でも、ダービー後には一時的なスランプに陥っている。
さらに難しいのは精神面での回復である。極限の状態で苛酷なレースを制した馬は、その後、精神的に燃え尽きてしまうことが多い。それが一時的なものになるか、完全に燃え尽きてしまうかはそれぞれだが、他馬に抜かれまいとする闘争心、苦しくても走り続ける気力が失われてしまうのだ。平成7年のダービー馬タヤスツヨシや平成15年のネオユニヴァースはその典型である。ダービーを勝つほどの能力を持った馬でも、闘争心や気力が失われている状態では凡走を繰り返してしまうことになる。

平成12年から菊花賞の開催時期が前倒しされたことにより、さらにこの傾向は強まっていくだろう。そして、調教師たちも、すでにその傾向には気付いている。

今年はダービー馬ディープブリランテが菊花賞に出走してくる。しかも、ダービーと菊花賞の間に海外遠征(キングジョージ)を挟んで臨んでくるのだから、規格外の挑戦ということになる。かなり厳しいローテーションであり、それを分かってあえて出走してくるのだから、矢作調教師のチャレンジングスピリットには驚嘆せざるをえない。たとえ勝つことが叶わなくとも、勝ち負けを争う好レースをしただけでも、ダービー馬ディープブリランテの肉体的、精神的なタフさを私たちは称えなければならない。それぐらいダービー馬が背負うものは重いのである。

追記
タイミングが良いのか悪いのか分かりませんが、このエントリーをアップしたすぐ後に、ディープブリランテの菊花賞回避が発表されました。さすがのディープブリランテも、背負ったものの重さに耐え切れなかったようです。まずはゆっくりと休んで、いつの日かターフに帰ってきてくれることを願います。

Photo by 三浦晃一

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今すぐフランスに飛んでいきたい

Olfe

もしディープインパクトが凱旋門賞を勝ったら、日本の競馬が変わるかもしれない。そんな想いを胸に抱えながら、日々を過ごしていたことを思い出す。まるで野球やサッカーを語るように、競馬を自由に屈託なく語れる日を想像すると、胸が高まり、苦しくて、居ても立ってもいられず、当時住んでいた広島の地を何の目的もなく歩き廻った。

しかし、私の、そして私たちの想いは実現することはなかった。ディープインパクトが外から交わされた瞬間の落胆は、生涯忘れないだろう。仕方がないとは思えなかった。世の中が変わる唯一のチャンスがすぐそこまで訪れていたのに、私たちの手からスルリと抜け落ちてしまったのだ。あの日から6年の歳月が流れた。

今ではあれで良かったのだと思う。もちろん勝ってほしかったが、もし勝っていたとして、あの時、変わると思っていた世の中が変わらなかったときの落胆は、さらに大きかったのではないだろうか。そう、今回オルフェーヴルが勝つようなことが起こっても、世の中は変わらない。1週間も経てば、日本馬による歴史的快挙などすぐに忘れ去られ、私たちには今までと同じ競馬の日々が訪れる。野球やサッカーを語るように競馬を語る日は来そうもないのだ。

それは決してあきらめではなく、私が大人になったからでもない。日本における競馬とは、そういうものだと思うようになったのだ。もしかすると、だからこそ私は競馬を好きになったのかもしれない。日本の競馬がもっと多くの人々に広く愛されてほしいという気持ちがある一方、そうでなくてもいいんだと思うこともある。そんなアンビバレントな感情こそが、私をここまで駆り立ててくれたのだから。

それでも、オルフェーヴルを応援しないわけにはいかない。日本の3冠馬が世界の凱旋門賞に挑戦するのだ。ステップレースとしてフォア賞を使い、鞍上には現地のジョッキーであるC・スミヨン騎手を迎えた。やるべきことはやった。いい経験で終わってしまっては情けない。期待が大きければ大きいほど、負けたときの落胆も大きいのは経験済みだが、それでもディープインパクトのとき以上の期待を抱いてみたい。本当のことを言うと、今すぐフランスに飛んでいきたい。

Photo by 三浦晃一

以下、オルフェーヴル壁紙プレゼント企画に応募してくださった方々からの、オルフェーヴルへの応援メッセージです(敬称略)。

オルフェーヴルには是非頑張って欲しいです。僕はまだ競馬を初めて2年で、初めて見た三歳世代でオルフェーヴルが三冠をとりました。皐月賞ではその強さに驚かされ、ダービーでは圧巻し、有馬記念では震撼しました。凱旋門賞ではどのような衝撃を与えてくれるのか楽しみです。オルフェーヴルは僕の中での最強馬。オルフェーヴル頑張ってください。
みちる

オルフェ陣営が、オルフェの能力を信じ、オルフェ自身が自分の競馬をする事ができれば、必ず結果はついてくると信じてます。でも、何より無事に帰って来てください。オルフェの能力が最大限に発揮できる舞台である事を心から願い、日本から応援してます。日本のファンの応援がフランスいるオルフェに届きオルフェのプラス@の力になりますように!
Rise

オルフェーヴル、勝つと信じています。ステイゴールドやメジロマックイーンだけでなく、エルコンドルパサーやディープインパクトや、頂点を目指したすべての馬の血がこの馬には流れているような気さえします。それを重荷と思わせない、不思議な強さを感じさせる馬です。強い馬が勝ってこその世界最高峰のレース。オルフェーヴルが、その強さを世界に知らしめてくれると思います。
Mytopgun

現地応援します!!ぼやぼやしているうちに凱旋門賞ツアーが満席になっちゃったので、自力で弾丸ツアーを作成して応援に行きます。できれば、掲示板を一着で駆け抜けて、さらに止まれない暴れる元気なヴルたんがみたいですが、本当は無事に発走ししてけがなく回ってきてくれれば、それで満足です(^^ゞ今までの日本人(馬)とは一味違う彼ならなんかやってくれると信じてます。
ぺんぎん

日本競馬、血統における至宝、オルフェーヴルの戴冠を期待しています。
さっさん

この馬の名前が頭に焼きついたのは忘れもしない東京開催の皐月賞でした。この時はまだ4番人気で私を含めファンの評価は低かったです。ですがレースを終えて「今年は3冠馬が出るな」と友人と言葉を熱く交わしたほど、レースのインパクトは強くその後のオルフェーヴルの活躍を予感してワクワクしました。そして向かえたダービーでは直線に向いた時にナカヤマナイト柴田善臣に内に押し込められ進路を絞られたかに見えたのに、画面が切り替わり後方の叩きあいが写されると進路をこじ開けたのかオルフェーヴルが鬼気迫る迫力で猛走し追いすがるウインバリアシオンを封じ込め完勝を収めました。さらにこの馬の力を垣間見たのは有馬記念。ブエナビスタの引退レースでエイシンフラッシュ、ルーラーシップ、トーセンジョーダン、ヒルノダムール等GI級の古馬をも横綱競馬でねじ伏せました。この時にこの馬はディープインパクトを超えたんじゃないかという思いが生まれました。さらにさらに驚いたのは阪神大賞典です。競馬史に残る逸走からの猛追。とにかく信じられない、規格外の馬だなぁと思わされました。結果がどうあれ、恐らく凱旋門賞がこの馬にとっての集大成になるのではないかと思っています。池添騎手には悪いですがスミヨン騎手は私の中で現在ナンバーワンジョッキーですので、オルフェーヴルの力を十分に発揮できる理想のコンビが結成されたと喜びの方が強かったです。凱旋門賞を勝つかもしれないと素直に思いながら見るのはもしかしたら初めてかもしれません。ディープインパクトの時でさえ半信半疑でしたから。今はとにかくその時を心待ちにしたいと思います。
オルフェー舞竜

スピード、パワー、心肺能力を持ったオルフェーヴルは日本競馬の最高傑作とも言えるレベルに達していると感じます。スロー・ハイに関係なく勝てることを証明し、日本のホースマンや国民の希望となるべく力を出し切ってがんばって欲しいです。
こばやし

過去挑戦した名馬が幾度となく阻まれた壁。その壁はとてつもなく高いが、越えてほしい。メジロマックイーン、ステイゴールド、サッカーボーイとまさに日本の血統の血統の塊。大和魂を見せつけてくれ。
スペシャルインパクト

今回はロマンではなく、本気の勝負。スミヨンJを乗せて、もう負けた言い訳もできなくしている。ぜひとも勝って、凱旋門賞の呪縛を取り払って欲しい。
ダイワカーリアン

君のような暴れん坊に日本の未来を託して乾杯!!
毘沙門悠祥

オルフェーヴルが凱旋門賞に挑戦する。日本の三冠馬が挑戦するだけでも胸が熱くなるのだが、前走のフォワ賞の勝利・鞍上にスミヨン騎手となり、これまでにない状態で日本馬が挑戦できるだろう。頑張れ!オルフェーヴル!
カスパロフ

いつかは日本の馬が凱旋門賞を勝つ日が来るという希望は、この非常に個性的な「オルフェーヴル」という馬で現実味を帯びてきました。
Kenko

パリの空に日の丸を!
シバリン

やんちゃなあいつが歴史を変える!
POG

オルフェーブルは絶対何かやってくれそうな気がします。がんばって、白老の星!
M所長

有力馬が離脱してしまいレースのワクワク感は薄れてしまいそうですが、これも「オルフェーヴルがもっている」からだと思います。あの美しい栗毛の馬が1着でゴールするのを楽しみに、観戦&応援します!
Sさん

もしディープインパクトが凱旋門賞に勝つようなことがあれば、競馬が変わっていたかもしれないと私は思っている。競馬のスポーツとしての素晴らしさを、まるで野球やサッカーをそうするように、自然と語ることのできる日常がすぐそこまで来ていたと。 治郎丸さんのブログを読んでいたら、こんな文章を見つけました。僕が“あの時”、悔しかったり、途方に暮れてしまったのは、こういった気持ちがあったからだと思います。合わせて先日、渋谷に向かう電車の中で書かれていた「日本最強馬 秘められた血統」という本を読みました。前半には海外レースに挑戦した幾多の日本の名馬の「屍」という言葉が出てきています。おそらく関係者を中心としたその悔しさは、僕のそれとは比べ物にならないものでしょう。更には何かの事情やアクシデントで、出走さえできなかった(しなかった)馬もたくさんいます。10/7の凱旋門賞はそんなたくさんの「想い」がオルフェーヴルに託されていると思います。僕も目一杯、応援したいです。
ジャスティ

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オルフェーヴルの闘志に火をつけろ

オルフェーヴルが前哨戦のフォア賞を快勝した。超がつくスローペースの中、前半に掛かる仕草を見せたものの、後半はきっちりと折り合い、最後の直線では突き抜けてみせた。しかもゴール前では両方の耳が立っていたように、余力を残した勝ち方であった。負かしたミアンドルは昨年の凱旋門賞の6着馬であり、今年のサンクルー大賞(G1)ではデインドリームやシャレータを負かしたように、決して弱い馬ではない。あのエルコンドルパサーもフォア賞を勝って凱旋門賞に臨んだことを考えると、意義のある勝利と言えるのではないだろうか。

欧州競馬のペースや馬場、コースなど、あらゆる経験ができたことはオルフェーヴルにとって大きな収穫であり、その中でも特に、最後の直線に向いて、C・スミヨン騎手に導かれて内を突いたことが印象的であった。日本の騎手であれば、おそらくあそこは外に出したはずである。それでも勝っていただろうが、スミヨン騎手はあえて内でギリギリまで我慢して、前が開いた途端に抜け出す競馬を経験させたのだ。おそらく本番でもそういう競馬を強いられるだろうし、外を回しては勝てないことを知っているからである。

スミヨン騎手はダラカニとザルカヴァで凱旋門賞を2度制覇している。どちらも実に冷静な騎乗であったが、2008年のザルカヴァでの勝利は今でも鮮明に記憶に残っている。スミヨン騎手は道中でザルカヴァをいつも通り後方に待機させ、末脚を生かすレースに賭けた。しかし、最後の直線に向いても、前が開かないばかりか、外から内に馬が押し寄せて窮屈になってしまう。万事休すかと思われたその時、スミヨン騎手はザルカヴァの闘志に火をつけて、他馬を外に弾き飛ばすようにして馬群から抜け出したのだ。ザルカヴァは7戦7勝無敗のまま凱旋門賞を制して、そのまま引退した。

オルフェーヴルに同じようなレースができるかどうかは分からない。ただ、スミヨン騎手が言うように、オルフェーヴルの折り合いの難しさは個性であり、その個性である激しさが逆に最後の直線の攻防における勝負根性として生きるのではないだろうか。乗りやすいとか乗りにくいとか、そういう次元ではなく、オルフェーヴルの心に火が灯ったとき、どんな走りを見せてくれるのか。フォア賞のオルフェーヴルの走りを見るにつけ、ザルカヴァの凱旋門賞が頭に浮び、ザルカヴァの凱旋門賞を思い出すにつけ、オルフェーヴルの凱旋門賞の姿と重なるのだ。スミヨンよ、オルフェーヴルの闘志に火をつけろ。

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武豊騎手が勝ってくれて本当に良かった

Yutakatake

武豊騎手がエピセアロームに跨ってセントウルSを勝利した。武豊騎手自身にとっては、京都記念をトレイルブレイザーで勝って以来、今年2つ目となる重賞制覇となった。外から伸びたアンシェルブルーを凌ぎ、ロードカナロアをゴール前で僅かに差し切った追い比べは、往年の武豊騎手の手綱捌きを見ているようだった。勝ちたいと必死になって馬を動かすではなく、馬の完歩に合わせて、リズムを重視しながら冷静に追っていた。

それ以上に見事だったのは、道中のポジショニングである。内の前目にいなければ勝ち目がないことを見抜き、前走とは打って変わって、有力馬を前に見る形でエピセアロームを無理なく先行させた。仕掛けたタイミングも絶妙であった。カレンチャンを意識したロードカナロアの岩田康誠騎手が早めに動いたときにも、内の好位でひと呼吸おいていた。道中のポジションとこのひと呼吸が、最後のアタマ差につながったのだ。

前走の北九州記念もほぼ完璧なポジショニングだっただけに、スタートしてから二の足がつかなかったことが悔やまれた。本当は勝ったスギノエンデバーが走ったポジションを進みたかったのだろう。その反省を生かし、今回のセントウルSではスタートしてから少し仕掛ける感じでエピセアロームを出して行った。少しぐらい追っ付けて行っても、引っ掛かってしまうことはないという計算の元である。前走の敗因をすぐに生かし、2度目の騎乗で結果を出したのだからさすがである。

ところが、そういった技術的なことではなく、武豊騎手が社台グループ(しかも吉田勝己氏)の所有馬で重賞を勝ったことに注目してしまう競馬ファンが多いのも事実である。社台グループと武豊騎手の復縁なんて言葉も散見されるほどだが、そもそもそれほど大きな確執があったのだろうか。ないという立場を取ってきた私だが、どうしても分かってくれない方々もいた。おそらく某競馬雑誌や某チャンネルに書いてあったことを鵜呑みにしてしまったのだろう。

そういえば、ロジユニヴァースの皐月賞の敗因は社台グループの陰謀という説が流れたこともある。ロジユニヴァースの馬主はまだ1年目の新参者であり、いきなりクラシックを獲ってしまえば、長年、社台から馬を買ってくれる古株の馬主に申し訳が立たない。そのため、短期放牧で戻ってきたロジユニヴァースをあえて悪くして厩舎に戻したのだと。人づてにそんな話を聞いて、私は悲しかった。自分の商品に毒を入れるようなことするわけがない。

最終的には競馬ファンのリテラシーの問題ではあるのだが、競馬メディアにも問題はある。もし競馬界を引っ張る社台グループと第一人者である武豊騎手との間に大きな問題があるのであれば、きちんと報じるべきだし、もしないのなら、そう報じるべきだ。面白半分でいい加減なことを書いたり、きちんとした情報を伝えようとしないから、何も知らない競馬ファンは大きな誤解をする。アンフェアな世界に勝手に嫌気を差して、競馬から離れていってしまうファンも少なくはないだろう。競馬ファンの想像力をかき立てるようなファンタジーならば大いに結構だが、無垢な競馬ファンをもて遊ぶのはやめてもらいたい。面白いことを言ったと悦に入るのはその瞬間だけで、長い目で見れば、競馬に携わる自分たちの首を絞めていることに気が付かないのだろうか。武豊騎手がエピセアロームで重賞を勝ってくれて本当に良かったと思う。

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もっと上手くなりたい

Fukunagayuiti

福永祐一騎手のアメリカ競馬武者修行が終わりを迎えた。海外遠征(騎乗)ではなく武者修行と書いたのは、実際のところは、そんなに格好の良いものではないだろうと思うからだ。海外のトップジョッキーが日本にやって来て、G1レースなどの大舞台で華々しく活躍するのとは対照的に、日本ではトップジョッキーの福永祐一騎手であっても、向こうではまともに勝てる馬にはほとんど乗せてもらえないという現実が待ち構えている。もちろん、そんなことは百も承知で福永騎手は海を渡ったのだろう。いや、武者修行だからこそ得られる何かを求めて挑戦したに違いない。

今から10年前の『Number』のインタビュー記事の中で、海外遠征について、福永祐一騎手はこう語っている。

「行けば何かと刺激になるのは分かっている。勉強になることも実際に経験して分かっている。若いうちに行くべきだとも思う。でも言葉が通じないし、生活習慣が馴染めない。日本で、『これ以上、成長できない』ってなったときにいく可能性はあるかな」

当時、日本の騎手たちは海外に目を向けて、武豊騎手や蛯名正義騎手らを筆頭に、アメリカやヨーロッパに遠征して、騎乗するチャンスを得たり、または実際に身を置くことを通じてノウハウを吸収したりすることに貪欲であった。海外に遠征するつもりはないということは、つまり、騎手として上手くなるつもりはないという意味であった。だからこの記事では、福永祐一騎手の発言に対しては、歯がゆいという表現を用いて悲観的な見方で書かれていた。

あとから分かったことであるが、福永祐一騎手の真意は別のところにあった。あの時点での実力の自分が海外に遠征しても、もちろん騎乗依頼などはなく、騎手は実際にレースに乗った経験を積んで上手くなるのだから、そういう意味では、レースに乗ることはできる日本に留まる方が正しい選択だったということだ。確かに、福永祐一騎手は日本でレースに乗せてもらうことでリーディングジョッキーの座に上り詰めたわけであり、あれから10年の歳月が流れたことを思えば、自身の実力の見積もりも正しかったということになる。しかし、あの頃、福永祐一騎手の心のどこかに、もうこれ以上は上手くならないのではと、騎手としての限界を感じていた部分もあったのではないだろうかとも思うのだ。

福永祐一騎手がアメリカに渡る決断をしたのは、つまり、もっと上手くなりたいということだ。新しい刺激を求め、自分にはない何かを得ようとしたのだ。デビュー数年目のあの頃と比べて、騎手としてさらに高みを目指したいという気持ちの強さが上回っているのである。彼には勝たせたい馬たちがいて、喜ばせたい人々がいる。勝ちたいレースもある。ライバルもいるし、尊敬できる大先輩もいる。彼の名は、野平祐二の“祐”と、福永洋一の“一”を取って付けられたのだから、福永騎手がいないと日本の競馬のレースがつまらない、そう言われるようなジョッキーになってほしい。アメリカから帰ってきた福永祐一騎手が再び日本のターフで騎乗する日が、今から楽しみでならない。

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日本ダービーの栄光と屈腱炎はコインの裏表

Kyukyokunoderby

秋のG1シリーズの足音が聞こえてきたと思った矢先、ワールドエースとトーセンホマレボシの両馬が屈腱炎にて戦線を離脱することが報じられた。「秋のG1戦線を占う」にて、“キングカメハメハが勝った年のダービーがそうであったように、スピード決着の厳しいダービーのあとは、体を壊してしまう馬も多い”と書いたが、まさかこれほどまで矢継ぎ早に現実化してしまうとは。秋には大きな期待を寄せていた馬たちだけに、残念で仕方ないし、陣営の落胆は察するに余りある。それにしても、走る馬ほど罹りやすい屈腱炎ほどサラブレッドにとって厄介な病気はないだろう。

屈腱炎の屈腱とは、馬の前肢にある浅指屈筋腱のことである。人間でいうと、中指の付け根から手首までにある骨の手の平側にある腱に当たる。そこの腱の一部が切れたり、出血や炎症を起こしてしまったりすることが屈腱炎と呼ばれる病気の症状である。なぜ屈腱炎になるのかという問いに対しては、一般的には、“屈腱に大きな力(負荷)が掛かることによって”とされているが、未だにはっきりとした答えはない。“長期間にわたって、ある程度の強さを持つ運動を続けることによって”という説もあり、こちらの方が説得力はある。

今回のケースでいうと、日本ダービーにおいて、レコードが出るような高速馬場で激走したから、という理由だけで屈腱炎になったのではないということだ。きっかけとなったことは間違いないだろうが、たった1度のレースだけが原因ではない。育成の段階から、強い負荷の運動をずっと続けてからこそ、屈腱炎を発症してしまったのだろう。走る馬に屈腱炎が多いのは、スピードが出るからそれだけ屈腱に負荷が掛かりやすいということに加え、他馬よりも強い負荷を掛け続けられてきたからこそである。だから世代の頂点を決める日本ダービーという舞台に立つことができたともいえる。

それでも、なぜ日本ダービーの走りが最後のひと押しとなったかというと、それだけ激しいレースだったからである。激しいというのは、高速馬場のスピード決着を意味するのではなく(そもそも高速馬場と競走馬の怪我の相関関係は厳密に示されてはいない)、レース内容のことである。今年の日本ダービーは前半1200mが70秒8、後半が73秒0という、かなりの前傾ペースであった。キングカメハメハが勝った2004年の前半が69秒4、後半が73秒9という驚異的なペースには及ばないが、サラブレッドの極限を強いられるような、厳しいレースであったことは間違いない。

屈腱炎の最大の原因は肉体の疲労であると思う。屈腱という部分に対してではなく、あらゆる意味での肉体的な疲労が、屈腱炎という形をとって表出するのだ。肉体的にギリギリの状態まで鍛え込まれてきたサラブレッドが、本番の日本ダービーで究極のレースを強いられて、それまでは目に見えなかった疲れが堰を切ったように溢れ出す。キングカメハメハしかり、タニノギムレットしかり、そして、今回のワールドエースやトーセンホマレボシしかり、日本ダービーの栄光を目指すことと屈腱炎はコインの裏表の関係にあるのだ。

厳しい現実だけではなく、明るい未来もある。究極の日本ダービーで好走した馬たちは、生き残った者だけではなく、残念ながらリタイアしてしまった者も、その後覚醒した馬が多い。キングカメハメハの種牡馬としての活躍はもちろん、2着のハーツクライはその後、日本国内だけではなく海外のG1レースをも制した。5着のスズカマンボも天皇賞春を勝ち、6着のダイワメジャーは5つのG1タイトルを獲得、8着のコスモバルクはシンガポールのG1を制した。これらの事実を見ても、競走馬としてだけではなく、種牡馬としての資質も問われる日本ダービーであったと言えるだろう。今年の日本ダービーを勝ったディープブリランテはもちろん、フェノーメノ、ゴールドシップ、コスモオオゾラ、グランデッツア、そしてワールドエースやトーセンホマレボシらは、未来の日本競馬を背負ってゆく馬になるのではないか。今、私はそう考えている。

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なぜ海外のステップレースを使うべきなのか

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オルフェーヴルがフォア賞をステップとして凱旋門賞へ向かう。海外の大レースを使うにあたってステップレースを使うことに私は賛成である。もし本気で海外の大レースを勝ちたいと思うなら、本番前にせめて一度は現地のレースを使っておくべきだ。いきなり行って勝てるほど、海外の大レースは甘くない。あのディープインパクトでさえ、最後の直線で失速してしまったではないか。

しかし、実際には海外のステップレースを使われる馬は意外にも少ない。お金の問題もあるだろうし、滞在期間の関係もあるのだろう。何と言っても、大切な馬を意思疎通がどこまで図れるか分からない海外の厩舎に預けておくより、ギリギリまで自分の手元に置いておきたいという陣営の気持ちも痛いほど分かる。1ヶ月以上も前に現地に馬を輸送して、ステップレースを使って本番へ向かうことは、周りが簡単に言うほど単純ではない。

私たちが考える、海外(現地)のステップレースでひと叩きすることの意義とは、おそらく以下の2点であろう。

1、適切なレース間隔を維持できるため仕上げやすい
2、現地のレースにおけるあらゆる条件を経験することができる

1については、ステップレースから本番のレースまで、中2~3週の間隔があった方が、サラブレッドの体調をピークに持っていきやすい。どれだけ腕の立つ調教師であっても、ぶっつけ本番で臨むよりも、現地のレースをひと叩きする方が仕上げやすい。今回のオルフェーヴルの場合、フォア賞から凱旋門賞まで中2週となるので、かなり仕上げた状態でフォア賞を使い、その調子を凱旋門賞まで維持するようなイメージであろう。

2については、フランス競馬のペースや雰囲気に慣れておくということである。フランスのレースはテンが極端に遅くなることが多く、あのディープインパクトが引っ掛かって行きそうになったように、日本のペース感覚が染みついてしまったままだと、序盤からリズムを崩されてしまうことになる。もちろん、レースが行われる競馬場をスクーリングしておくことも大切である。たとえ前哨戦であっても、実際のレースの雰囲気を体験しておくことが、馬の精神面の安定に与える影響は大きい。

ところが、海外のステップレースでひと叩きすることの意義は、実はこれら2つだけではない。現地に1日でも早く入り、日本とは全く異なった環境に慣れ、かの地で調教を施し、できれば現地のステップレースを使っておくことの意義は、私たちが想像するよりも遥かに大きいのだ。もしかすると、この意義が私たちに誤解されていて、それゆえ関係者にもないがしろにされているからこそ、海外のステップレースを使われる馬が少ないのかもしれない。

海外のステップレースを使う最大の意義は、馬が変化することである。もう少し正確に述べると、海外のステップレースを使うために、現地に長期滞在し、調教を施し、レースに出走することによって、馬が向こうの馬場を走るのに相応しい走り方をするようになる。それによって、馬の肉体そのものが、その土地の競馬に適するように生まれ変わってゆくのである。仕上げやすいレース間隔や現地のレースに慣れておくこと以上に、馬が生まれ変わってゆくことの意義は大きい。

海外遠征の先がけとなったスピードシンボリという馬がいる。天皇賞春、宝塚記念、有馬記念を制した後、野平祐二騎手を背にして、当時としては極めて珍しく、アメリカ、イギリス、フランスへの遠征を敢行した。凱旋門賞に挑戦するにあたって欧州に約3ヶ月滞在し、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスとドーヴィル大賞典を使ったのだが、その間におけるスピードシンボリの変化について、野平祐二氏はこう語った。

向こうの馬場を見ると、草が深い上に地盤も硬くて重い。そんな馬場を、日本のように大きく飛ぶ走りをすると、キック力が大きくかかるので、遠くへ飛べば飛ぶほど足に負担がかかることになる。スーちゃんも最初は、日本的な走り方をしたために、早く疲れてしまった。 (中略)

しかし、向こうで走っているうちに、スーちゃんの走り方も変わっていった。小刻みに走るようになった。小刻みに走りながら、いかに長く耐えて走るかが決め手になるのだ。そのためには、馬にそういう走り方に慣れさせて、疲れがたまらないようにし、そして最後の直線に入ったところで、なおかつ爆発力が発揮できるように、調教していくことだ。そのへんの肉体的条件を整えると同時に、精神力の強さも要求される。
(「馬の背で口笛吹いて」より)

日本の軽い馬場を速く走るには、大きく飛ぶ走りが相応しい。だからこそ、日本のトップホースには手先が軽く、ストライドが大きい馬が多い。逆説的ではあるが、日本で強く速いということは、欧州の馬場に対する適性がないということを暗に意味してもいる。どれだけ強く速い馬でも、野平祐二氏の言う「日本的な走り方」をすると、欧州では勝負どころでバテてしまうことになる。伸び伸びと走るのではなく、小刻みに走りながら、我慢に我慢を重ねてスタミナを溜め、最後の直線で爆発させるのである。ヨーロッパの大レースを勝つために必要とされる資質を、野平祐二氏はスピードシンボリと共に、身をもって経験した。

それから30年の時を経て、スピードシンボリと野平祐二氏の苦い経験を生かしたのが、あのエルコンドルパサーである。エルコンドルパサーについて語られる時、あまり言及されないことだが、エルコンドルパサーほど向こうに行って変わった馬はいない。およそ1年間にわたる滞在の過程において、エルコンドルパサーの肉体や走法は見事にヨーロッパ仕様に造り変えられた。3歳にしてジャパンカップを制した頃のエルコンドルパサーと、凱旋門賞に臨んだ頃の彼を比べると、とても同じ馬とは思えない体つきに成長し、走り方も小刻みになりグッと力強さが増した。作家の浅田次郎氏が「スピードシンボリ号がいたからこそ、エルコンドルパサーもあるのだという歴史を知って欲しい」と書いたのはそういうことである。

現地に長期滞在し、調教を施し、レースに出走することによって馬が生まれ変わらなければ、海外の大レースを勝つことは難しい。あのハーツクライが後ろから差された、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを覚えているだろうか。大きく綺麗なフットワークで、手応え十分に先頭に立ったハーツクライには、実は見た目ほどの余力は残されていなかった。「欧州的な走り方」をして爆発力を溜めていた、ハリケーンランやエレクトロキューショニストに差し返されてしまったのは、当然といえば当然の結果である。ハーツクライの敗因は、ルメール騎手の早仕掛けや4ヶ月ぶりの実戦だったこと以上に、「日本的な走り方」にあったのではないか。ディープインパクトしかりである。

過去の日本馬の敗戦の経験を生かし、オルフェーヴルの陣営は、あらゆる面において、現時点での最善の策を取っているように思える。理想を言えば、宝塚記念は使うべきでなかったし、エルコンドルパサーのように1年間ぐらい現地に滞在して、現地の馬になってから出走してほしいが、エルコンドルパサーは個人馬主、オルフェーヴルは共同馬主によって所有されているという事情がある以上、さすがにそうはいかないだろう。それでも、わずかでも勝つチャンスを増やしていこうとする陣営の心意気が伝わってくるのは確かである。「スピードシンボリがいたからこそ、エルコンドルパサーがあって、ディープインパクトやナカヤマフェスタがあって、そしてオルフェーヴルにつながった」と凱旋門賞後に書けることを願いながら、今は筆を置きたい。


2頭の強烈な差し返しに唖然とした日本の競馬ファンは多かったはず。

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秋のG1戦線を占なう(牡馬クラシック路線)

Akinog1sensenwo06最後にクラシック牡馬路線について。皐月賞馬ゴールドシップや日本ダービー馬ディープブリランテよりも先に、春は無冠で終わったワールドエースを取り上げたい。なぜなら、秋こそは、この馬の本領が発揮されると思うからだ。春は能力を出し切っていないかというと、決してそうではない。むしろ春時点での能力を出し切って、あの結果(皐月賞2着、ダービー4着)だったと思う。展開に関して言えば、皐月賞は恵まれたし、ダービーは恵まれなかった。いずれにせよ勝ち切れなかったのは、この馬の春時点での力が足りなかったからである。

「週刊競馬ブック」の写真を見て、夏を越して、肉体的に成長を遂げていることを確認した。春時点では完成度が低く、幼さを感じさせていた馬体は立派に成長し、つくべきところに筋肉がついてきている。後躯の推進力が増して、もう少し前に行って自分でレースを作れるように、もしくは父ディープインパクトのように4角で一気にマクっていけるようになれば、この馬の強烈な末脚を安定して繰り出せる。唯一の心配は、菊花賞の距離3000mだろうか。どちらかというとスピードに長けた馬ではあるが、典型的なステイヤーに足元をすくわれなければ、能力の違いで菊花賞を制するチャンスは十分にある。

典型的なステイヤーとして現時点で思いつくのは、皐月賞馬のゴールドシップである。皐月賞はあらゆる全てが上手くハマって勝つことができたが、本質的にはステイヤーだろう。ダービーのような上がりの速い、高速馬場での勝負になってしまうと厳しいが、菊花賞の舞台は最適だろう。前半は後ろからゆっくりとついて行き、後半1000mあたりからマクりをかけてゆく走りは、菊花賞の勝ちパターンである。内田博幸騎手がオウケンブルースリで勝利したときのように、菊花賞もゴールドシップを導いてくれるだろう。

ダービー2着馬のフェノーメノも広々とした京都競馬場は望むところだろう。血統やフットワークの大きさからも、3000mの距離に不安は全くなく、折り合いのつく気性からはむしろプラスかもしれない。とにかく不器用な馬で、小回りコースは向かないことが分かったので、陣営もそのようなローテーションを組んでくるはず。神戸新聞杯→菊花賞→ジャパンカップが、この馬にとっては理想的である。そうなると、初の長距離輸送がどう出るかが当面の心配材料となる。

トーセンホマレボシはダービーでスピードとスタミナの絶対値を証明した。高速馬場だったとはいえ、あれだけ早めに動いて、最後まで粘り切ったスタミナは衝撃的であった。速い脚はないタイプであり、距離延長自体は望むところだろう。中間の調整遅れが心配されているように、あとは菊花賞に無事に出走できるかどうか。キングカメハメハが勝った年のダービーがそうであったように、スピード決着の厳しいダービーのあとは、体を壊してしまう馬も多い。

ディープブリランテはそのダービー後にイギリスに遠征したのだから、秋のレースうんぬんより、まずは肉体的、精神的な疲れを癒してほしい。体型的にも、距離が延びて良さが出る馬ではないので、もし間に合ったとしても菊花賞や有馬記念は不向きである。天皇賞秋には到底間に合わないだろうから、思い切って秋は全休にしてはどうだろうか。それぐらいしないと、ディープブリランテがまともな状態でターフに復帰するのは難しいと思う。

Photo by 三浦晃一

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秋のG1戦線を占なう(牝馬クラシック路線)

Akinog1sensenwo05_2牝馬路線クラシックに話題を移そう。桜花賞とオークスを勝ったジェンティルドンナは、果たして3冠馬になれるのか。個人的には、かなり難しいと思う。なぜかというと、オークスが激しいレースになったからである。川田将雅騎手が最後までビッシリ追ったことで、5馬身も千切って、強さを見せ付けたことは確かだが、100%もしくはそれ以上の力を出し切ってしまったのだ。強かった反面、余力を一滴も残さない勝ち方であった。

川田将雅騎手にしてみると、オークス後は休養に入ることを計算に入れた勝ち方ということだろうが、それでも桜花賞とオークスであれだけの激走をした反動は必ず出るはず。特に3歳春の牝馬にとって、オークスの2400mという距離を走り切ることは、想像を絶するほど苛酷なのである。秋華賞までに、その反動から回復できるかどうか。最後はジェンティルドンナの生命力にかかっているが、常識的には厳しいだろう。もちろん、それさえも克服してこそ、3冠馬に輝くことができるとも言える。

桜花賞2着、そしてオークスも2着に輝いたヴィルシーナの素質も高い。スローに流れるはずのオークスが意外にもハイペースになったのは、この馬にとって痛かった。春は完成度という点においてジェンティルドンナに軍配が上がったが、ジェンティルドンナが順調さを欠くようであれば、この馬が金メダルを獲る可能性は高い。道中はゆったりと行って、ラストを生かすレースがヴィルシーナには合っているので、秋華賞というよりはエリザベス女王杯という感はある。しかし、それも夏を越しての成長によりけりで、著しいほどのパワーアップがあれば秋華賞でもチャンスはあるはず。

アイアムユアーズは桜花賞3着、オークス4着。つまり、ジェンティルドンナ、ヴィルシーナ、アイアムユアーズがほとんどワンツースリーフィニッシュだから、この世代の中では3頭の力が一枚以上抜けているということだ。よほどのことがない限り、3歳牝馬は春の完成度の違いがそのまま秋につながってしまうため、この3頭を脅かす馬が出現してくることはまずないだろう。アイアムユアーズは実際に古馬相手にクイーンSを完勝しており、2000mまでの距離であれば隙はない。秋華賞ということであれば、ヴィルシーナよりもこちらの方が上かもしれない。

ジョワドヴィーヴルは、今から思うと、阪神ジュベナイルFに滑り込みで出走できて、しかも勝ったことが裏目に出てしまった感がある。キャリア2戦目での勝利は、高い素質の表れではあるが、まだ体が出来上がっていない段階でどこか無理をしていたのだろう。人間からの期待もプレッシャーとなっていたに違いない。とにかく無事にターフに帰ってきてくれることを願う。

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秋のG1戦線を占なう(ダート路線)

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帝王賞を勝った新星ゴルトブリッツが、秋のダート路線を引っ張る存在になるだろう。地方に転厩したり、心房細動で競走中止したりと波乱万丈の馬生を送ってきた同馬が、ようやく頂点に立ったのは喜ばしいことであり、この馬がトランセンドやスマートファルコンを負かすシーンを見たとき、たくさんの馬に携わる関係者たちが競馬に希望を見出すことだろう。そんな未来を思い描けるほどに、帝王賞は実に強い勝ち方だった。やや不器用なところはあるが、前進意欲と溢れんばかりのパワーがこの馬の持ち味である。まさにダートの申し子といってもよい。川田将雅騎手との相性も良い。ゴルトブリッツと川田騎手の豪快なスタイルはベストコンビといえる。

対する王者トランセンドやスマートファルコンはどうだろうか。両者ともにドバイに遠征した疲れを癒しての復帰になる。ダート馬は高齢まで活躍することができるので、きちんと立て直してくれば、急激に競走能力が衰えてしまうことはない。とはいえ、トランセンドは気持ちで走る馬であり、肉体は回復しても精神が燃え尽きてしまうと脆さを見せてしまうだろう。絶好調時の逃げて譲らない気迫のスタイルをどこまで貫けるのか。心配半分、期待半分というのが正直なところだ。

スマートファルコンはさらに厳しい状況にある。ドバイ遠征の疲れに、連勝が途切れて張り詰めていたものが解けたことが加わって、かなりのダメージが出ていることが想像される。無理をして使っても負けてしまうだろうし、回復するまで待っていてもどれだけ時間が掛かるか分からない、そんなジレンマを陣営は抱えているはずである。もし秋の大きなレースに出走してくるならば、またスマートファルコンらしい究極の逃げを見せてほしい。

3歳馬ではハタノヴァンクールが強い。先行有利なダート戦を後ろから行って差し切る珍しいタイプの大物だが、この馬自身は末脚が強いというよりは、前半と後半の3ハロンで同じ脚を使うことができる馬だ。前半の3ハロンを36秒台で走っても、後半も36秒台で上がることができる。芝のレースだと35秒台より速い上がりになり、それには対応できない分、ダートでこそこの馬の良さが生きてくるのである。血統的にもダートに強いキングカメハメハの産駒であり、もちろん成長力にも期待できる。芝のレースに使おうなんて欲目を出さなければ、将来的にはダートの頂点に立てるだけの器である。

キングカメハメハ産駒といえば、ソリタリーキングにも秋の成長を見込んでいる。芝のレースを使ったことが刺激となったのか、続くブリリアントS、東海Sを連勝して休養に入った。東海Sは枠順や展開に恵まれたところがあり、まだ大レースを突き抜けるだけの速い脚に欠けるが、馬肥ゆる秋という格言に期待したい。兄にヴァーミリアンがいる血統的背景だけに、一気に台頭してもおかしくはない。

伏兵馬はローマンレジェンドだろうか。体質が弱く、大事に使われてきたことで、9戦6勝という戦績にどどまっているが、主戦の岩田康誠騎手がG1レースを狙っている馬である。前走のジュライSも強い勝ち方であった。この馬の持ち味はスピードであり、速い時計の出るような馬場のレースが合うはず。ローテーション的にはJCダートまで体調が維持できるかどうか疑問だが、好枠を引いて内々を立ち回ることができれば、昨年のミラクルレジェンドの雪辱を晴らすことができるかもしれない。

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秋のG1戦線を占なう(古馬中長距離路線)

Akinog1sensenwo03_3中距離~長距離路線も面白い。オルフェーヴルの出方次第ではあるが、G1のタイトルを獲れそうな馬が他にも多い。その筆頭はルーラーシップである。今春には香港のクイーンエリザベスCを制し、返す刀で宝塚記念でもオルフェーヴルの2着と完全に本格化した。宝塚記念はやや調子落ちで臨んでおり、完調であれば、オルフェーヴルと互角に渡り合える力をつけている。それだけに、どのレースに照準を絞ってくるかが最大のポイントとなる。

天皇賞秋ならば毎日王冠をステップレースとして使ってくるはずだし、ジャパンカップならば天皇賞秋ぶっつけで使ってくるはず。角居調教師は後者を選択するのではないだろうか。その方が余裕を持って仕上げやすい。また、オルフェーヴルが凱旋門賞に出走する以上、もしジャパンカップに使ってきたとしても100%の出来には持ってこられないことを経験上知っているからだ。賞金やローテーション、そして相手関係を考えると、ジャパンカップを最大の目標に据えるのが得策である。もちろん、サラブレッドは生きものなので、ルーラーシップ自身の体調のバイオリズムに合わせて、その都度、予定を変更していくというのが正直なところではある。ルーラーシップにはぶっつけの天皇賞秋でも勝てる力はあるし、100%に仕上がったジャパンカップは限りなく勝利に近いだろう。有馬記念では、余力が残っていれば、2、3着には食い込めるかもしれない。それぐらい計算ができる馬に成長した。

春は伏兵馬であったショウナンマイティも、夏を越しての成長があれば、秋は中心馬として活躍できる。春は末脚一辺倒の競馬で、勝ったり負けたりを繰り返していたように、自分の型にハマれば強い馬であった。宝塚記念では自分の型を貫いたことで3着を確保したが、そのスタイルのままではG1レースで通用しない、というか、どうしても成績にムラが出てしまう。もうひとつ上を目指すのであれば、肉体面をさらに強化して、自然と前に行ける(先行できる)ようになるべきだ。そうなれば、この馬の末脚が安定して生かせるし、自分でレースを作れることで勝ちにいける。2000mぐらいがベストな馬だけに、狙いは天皇賞秋だろう。

もう1頭注目しておきたいのは、ダンスパートナーの仔であるフェデラリスト。昨年の秋から4連勝して、春はG1レースを前にして体調のピークが過ぎてしまった感はあったが、その能力はG1クラスである。特に中山記念は強いレースであった。切れ味勝負になりがちなジャパンカップよりは、天皇賞秋か有馬記念といったパワーが問われる舞台の方が、この馬の良さが生きるだろう。有馬記念ではオルフェーヴルが走ってくる可能性が高いので、今の時点で目標に定めるとすれば、やはり天皇賞秋ということになる。順調に本番前にひと叩きできれば楽しみな馬である。

マイル戦線のエントリーで触れるのを忘れていたが、3歳馬のカレンブラックヒルは未知の力を秘めた馬である。天皇賞秋を目指すとのことなので、毎日王冠をステップレースとして、早い段階で古馬との対決となる。直線の長い府中のNHKマイルCを逃げ切った馬であり、2000mまでこなせるスタミナはある。ただし、今年のNHKマイルCは例外的にペースが遅く、カレンブラックヒルにとってはかなり有利な展開になっただけに、過信は禁物だろう。古馬と戦う中で、厳しいレースを強いられたときに、初めてこの馬の真価が問われることになる。

オルフェーヴルについては、その後のレースのことなど考えず、とにかく凱旋門賞をピークの出来に仕上げて出走させてほしい。宝塚記念から僅か3ヶ月の期間ではなかなか難しいだろうが、ステップレースを使って、走られる状態にうまく仕上がれば、チャンスは十分にあるはず。スミヨン騎手には、安全に外を回るのではなく、馬群の内で脚を溜めて、最後の直線で爆発させるレースをしてもらいたい。この馬と凱旋門賞について妄想を語り出すと止まらなくなるので、このあたりでやめておく(笑)。

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秋のG1戦線を占なう(古馬マイル路線)

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次はマイル路線。古馬の筆頭格は、やはり安田記念を制したストロングリターンだろう。NHKマイルC馬であるグランプリボスをねじ伏せて、昨年3着の雪辱を晴らした安田記念は見事な走りであった。そして、堀宣行厩舎の管理馬に総じて言えることだが、絵画から抜け出てきたような均整の取れた、これぞマイラーという馬体を誇っている。使い方次第では中距離までこなすだろうが、ベストの舞台はマイル戦だろう。それだけスタミナもある。リアルインパクトのように輸送に極端に弱くもなさそうなので、ひと叩きしてマイルCSに臨めば十分に勝ち負けになる。とはいえ、自分でレースを作れない馬であり、乗り難しさもあるので、アメリカ帰りの福永祐一騎手の絶妙な手綱のサポートが加わってこそ、春秋のマイルG1制覇を達成することができるのではないか。

堀宣行厩舎といえば、今週の札幌記念に出走するダークシャドウが天皇賞秋→マイルCSというローテーションで臨んでくれば、こちらの方を上に取りたい。毎日王冠を勝っているように、マイル~2000mが適距離であるし、昨年の天皇賞秋で、高い次元のスピードとスタミナがあることを証明済み。海外遠征等でリズムが狂ったのは確かだが、もう1度、堀調教師はネジを巻き直すように仕上げてくるだろう。この馬の課題は、ゴール前で苦しくなると尻尾を振って抵抗してしまうこと。この辺りが改善されるようであれば、マイルCSもチャンスは大きい。

別路線組でいうと、ダノンシャークの上昇度には期待したいところだ。安藤勝己騎手が抑えるレースを教え込んできたことで、道中で鞍上の意のままに走る、実に乗りやすい器用な馬になった。まだ肉体的に幼さを残しているだけに、夏を越しての成長が加われば、一気にG1ホースの仲間入りまであってもおかしくはない。本番が良馬場で行なわれたら、ディープインパクト譲りの切れ味も生きるはず。そういえば、ここまでの3頭はどれもが福永祐一騎手のお手馬である。福永祐一騎手が本番ではどの馬に跨ってきて、それ以外の2頭には誰が乗るかにも注目したいところだ。

クラシック路線の菊花賞は距離が長いということで、こちらの路線に方向転換してくる3歳馬もいる。グランデッツアなどはその口ではないか。皐月賞はトリッキーなレースとなり、日本ダービーは距離が長かったように、この馬の良さを出せずに春は終わってしまったが、決してこの程度で終わる馬ではないだろう。秋は馬に自信を取り戻させるようなローテーション(いきなり強いメンバーにぶつけずに、まずは勝利を優先する)を意識しながら、マイル路線に照準を絞っていけばよい。マイル戦であれば、この馬のパワーと先行力は確実に生きる。できれば、鞍上は秋山真一郎騎手に戻してほしいところだが。

その他、グランプリボスは気まぐれなので、よほどスムーズに流れに乗れなければ苦しく、ジョッキーの手綱捌き次第である。関屋記念を勝ったドナウブルーの勝負根性は牡馬相手でも通用するが、馬体が小さく、厳しいレースになると直線でフラつくところがあるので、勝ち負けまでは難しい。穴っぽいところだと、逃げ馬のシルポートだろうか。マイルCSは安田記念に比べて逃げ馬が残りやすい流れになるので、前哨戦で大敗して、人気薄のノーマークで逃げたら、あっと言わせるシーンもあるかもしれない。

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秋のG1戦線を占なう(古馬スプリント路線)

Akinog1sensenwo01_2毎年この時期になると、夏競馬の新鮮さに胸を躍らせつつも、もうすぐそこまで聞こえてきている秋競馬の足音が気になり始める。春に素晴らしい走りを見せてくれた一流馬たちは今、どのようにして夏を過ごし、秋にはどれだけ成長した姿を見せてくれるのだろうか。春は無冠に終わった馬たちの逆転はあるのか、それとも春秋連覇や3冠馬が誕生するのか。私の夢想が現実化したことはほとんどないが(それだけサラブレッドや競馬の未来が移ろいやすいということ)、あくまでも誰しもが抱くサラブレッドたちへの希望や期待として、古馬スプリント、マイル、中長距離、ダート路線、そして牡馬牝馬クラシック路線を占ってみたい。

まずは、G1スプリンターズSが真っ先に行なわれる古馬スプリント路線から。

春の走りを踏まえ、夏のスプリントシリーズでも好発進できたという点においても、ロードカナロアはスプリンターズSに向けてかなり有力である。春は5連勝の勢いで高松宮記念に臨んだものの、あの時点ではG1クラスの壁に阻まれた形で惜敗を喫してしまった。とはいえ、体つきに幼さを残しながら、しかも正攻法の競馬だっただけに、秋に向けての成長があれば、頂点に立てるという手応えを掴んだのは私だけではないだろう。高松宮記念後には、休養を挟んで函館スプリントSで2着とひと叩きされた。負けるべきレースで負けた(連勝した馬が負けた次のレースも負ける)ことも評価できるし、このあとはもう1レース使って、100%の仕上がりで本番のスプリンターズSに臨むことができる。外国馬という不確定要素を除けば、現時点では最も載冠に近いのはこの馬である。

高松宮記念を制して春秋スプリントG1連覇となったカレンチャンのピークの長さには驚かされる。短距離馬は総じて好調のピークが短いだけに(特に牝馬は)、今年の秋も走ったらフラワーパークを超える名牝スプリンターとして称されるだろう。カレンチャンはスプリンターらしからぬ落ち着いた気性だけに、もしかするともしかするかもしれない。スッと先行できる器用さに加え、最後までスピードが衰えない持続力、そして高速馬場でもパワーの要る馬場でも全く意に介さない柔軟性はロードカナロアの上を行く以上、カレンチャンが燃え尽きていなければ、春秋3連覇という偉業が生まれることになるかもしれない。

函館SSを勝ったドリームバレンチノはさすがに勝負にならないだろう。ここにきて3連勝と力をつけていることは確かだが、まだG1クラスで通用するスピード感はない。ローテーション的にも、4月から使われて6月でピークに仕上がっている以上、9月のスプリンターズSを絶好調で迎えるのは難しい。牡馬として初めてのサマースプリントシリーズチャンピオンの座を手に入れるために、相手関係等を綿密に考慮に入れて、ローテーションを決めてほしい。

滞在競馬を苦手としていたパドトロワは、新潟の直線レースで蘇った。この馬ほどスプリンターらしく大型で筋骨隆々の体型をしている馬はおらず、パドックで歩いている姿を見たら、迷わず買ってしまいそうである。スピードとパワーが豊富な分、ワンペースで行き切ってしまう単調な走りをすることは否めないが、そこは百戦錬磨の安藤勝己騎手の腕次第で勝ち負けに持ち込めるだろう。個人的には、スプリンターズSでハナ差負けしたビービーガルダンを思い出してしまうが、あの時の雪辱をぜひとも晴らしてもらいたい。

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未来を生きる子どもたちへ

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「未来を生きる子どもたちへ」を「ROUNDERS」vol.2に書いてから、およそ1年が経った。北海道の別海に飛び、ジョッキーベイビーズを目指す騎手の卵たちを取材させてもらい、レースに立ち会ったことで、私自身の少年時代の原体験が蘇ってきたことを思い出す。私はあれから何一つ変わらない日常を歩んでいるが、子どもたちはひと回りもふた回りも成長して、毎日が驚きと新しい発見の連続なのだろうと想像する。うらやましく思うと同時に、子どもたちの成長や変化を知ることは何よりも嬉しい。

先月28日、第4回ジョッキーベイビーズの北海道予選が浦河で行われ、「未来を生きる子どもたち」にも登場した木村和士くんと大池澪奈さんの2人が代表として選出されることに決まった。木村和士くんは昨年に続く出場となり、今年こそはリベンジを果たしてくれるかもしれない。大池澪奈さんは初出場になる。別海での草競馬のレース後に、馬たちにありがとうの意味を込めてクッキーをあげていたシーンが思い出されて感慨深い。二人とも将来は素晴らしい競馬人になるだろう。東京競馬場で11月4日(日)に行なわれる決勝戦には、応援に行くつもりである。

さらに、第1回ジョッキーベイビーズを制した木村拓巳くんが快挙を成し遂げたというニュースも届いた。国体馬術北海道大会で優勝したというのだ。スピードを競う競馬ではなく、障害飛越の競技で、北海道の代表として国体に臨むことになったのである。競走と競技、つまり競馬と乗馬は全く別ものであり、両方に長けることは難しいのだが、そんな大人が考える枠組など子どもたちには関係ないのだろう。国体では北海道の代表として頑張って、その先にあるJRAの騎手になるという夢をぜひ叶えてほしい。


別海の草競馬における木村拓巳くんと和士くん兄弟のデッドヒートをご覧ください。
ポニー競馬の速さを感じてもらえるはずです。


関連リンク
第4回ジョッキーベイビーズ 北海道地区予選結果
木村拓己君(浦河第一中3年)が優勝 国体馬術道大会で

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日本の競馬は素晴らしい

Deepimpactjc

「勝たなければ解き放たれない」について、たくさんの方々から賛否両論の意見をいただいた。私はディープブリランテ陣営の挑戦を否定したいわけではなく、リスクを取らなければ何も得るものはないとさえ強く思っているが、それでも今回のキングジョージへの出走には違和感があった。そして、その根っこには、ヨーロッパ競馬をひとつ上に見てしまう、憧れという名の自己卑下の精神があると述べた。そもそも、凱旋門賞やキングジョージは世界一を決めるレースなのだろうか。

今から6年前、ディープインパクトがフランスの地で敗れたとき、私はこう書いた。

私が最も恐れるのは、今回の敗戦によって、「ディープインパクトをもってしても世界の壁を破ることが出来なかった」という結論に達してしまうことだ。

そもそも、世界の壁とは何なのか。かくいう私も錯覚していたのだが、凱旋門賞を世界一決定戦と位置づけてしまうこと自体に大きな問題がある。凱旋門賞はヨーロッパ一を決定するレースかもしれないが、決して世界一を争うレースではない。

何度も言うが、ヨーロッパと日本の競馬は全くもって別物である。それぞれの土俵で求められている資質が違う以上、どちらが最強ということはない。戦う場所が異なれば、勝者も違ってくるのだ。ここを取り違えてしまうと、日本近代競馬の結晶であるディープインパクトの敗北という悲観論に達してしまう。

日本競馬のレベルが既に世界に追いついたことが明らかな今、凱旋門賞を最終目標に据えてしまうこと自体がナンセンスである。日本の最強馬が凱旋門賞を制することによって世界の最強馬となる、というマッチョな思想からは、悲劇の結末しか生まれないだろう。

海外の大レースに出走して勝つことには大きな意義があることも分かるし、そのほとんどは負け戦になることも知っている。その過程で環境が大きく変わることによって、馬や人が鍛えられ成長することもあるだろう。井の中の蛙であってはならない。また、ヨーロッパ競馬の歴史や伝統を認め、これまで歯を食いしばって挑戦してきた先駆者たちは大いに賞賛されるべきである。それでも、日本ダービーを勝った馬をキングジョージへ、日本の最強馬を凱旋門賞へという、まるでダービースタリオンやギャロップレーサーのような考え方はそろそろ終わりにしないかと思うのだ。

日本の競馬は素晴らしい。それは海外の競馬場に行って、1ヶ月間も過ごしてみれば分かる。何もかもが新鮮に見えるのは最初だけで、その後はどれだけ日本の競馬が素晴らしいかを思い知ることになるだろう。レースの多様さ、ゲームとしての知的さ、競馬ファンの盛り上がりなど、そこには文化でありスポーツとしての競馬がある。もしそれを感じられないとすれば、ないのではなく、見失ってしまっているだけのことだ。競馬ファンにとってもそうなのだから、関係者にとってはなおさら日本の競馬は素晴らしいはずである。

今月号「優駿」のインタビュー記事にて、日本の生産界を代表する吉田照哉氏と岡田繁幸氏が述べていたように、日本の競馬はすでに世界のレベルに達している。凱旋門賞やキングジョージは、ヨーロッパの舞台で争われる、ヨーロッパ最強馬を決する戦いにすぎない。そのことを知るために、逆説的ではあるが、まず私たちは凱旋門賞を勝たなければならないのだろう。どんな形であれ、勝つことで、ヨーロッパ競馬に対する幻想の呪縛から解き放たれるのだ。それからは、胸を張って世界を目指してもいいし、目指さなくてもいい。

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勝たなければ解き放たれない

Deepbrirante

ディープブリランテのキングジョージにおける大敗を目の前にして、何のために、誰のために海を渡ったのかと思われた方も多いのではないだろうか。何を隠そう、私もその1人である。陣営のチャレンジ精神は尊重しつつも、わざわざこのローテーションで日本ダービー馬を挑戦させる意味があったのか、と正直に思う。日本ダービー馬を連れていく以上、負けることには日本の競馬にとっても少なからぬリスクがあったはず。私はツイッターでこうつぶやいた。

Tubuyaki

後半の部分が分かりにくいと思うので、もう少し分かりやすく説明すると、究極に仕上げられた状態で、極限のレースをして、あらん限りの力を出し尽くして勝利したディープブリランテを、わずか1ヶ月半後のキングジョージに出走させるのはあまりにも酷だということである。馬それぞれに体質の強さに違いがあるのは確かだが、普通に考えて、日本ダービーを勝った後に疲れが出ないはずがない。

過去の日本ダービー馬を思い返してみると、その年の秋シーズンは、不振に陥っている馬が多いことに気づく。ディープインパクトやシンボリルドルフといった3冠を獲るような馬は別にして、ほとんどの普通のダービー馬は、極度の疲労から回復するのに時間が掛かって秋シーズンを棒に振ってしまったり、ひどいケースだとさっぱり走らなくなったり、怪我をしてそのまま引退してしまうこともある。日本ダービーで極限のレースを強いられて、肉体的にも精神的にも燃え尽きてしまうのである。

そんな中でも、なぜか秋初戦だけは走った馬がいる。スペシャルウィーク、アドマイヤベガ、キングカメハメハ、ディープスカイは、秋初戦(神戸新聞杯や京都新聞杯)だけは勝利した。その後の走りを見ても、なぜ初戦だけは走ったのか不思議である。おそらく、ダービー馬を負けさせるわけにはいかないという陣営の意識が、ダービー後も馬体をあまり緩めることなく、疲労を表に出さないように引っ張ってこられる限界が秋初戦ということなのだろう。さすがにそれ以降は馬も耐えられず、それまでの疲労が一気に噴出してしまい、本来の走りができなくなってしまう。どれだけ調教技術が進歩しても、究極に仕上げられたレースの後は体調が下がり、落ちるところまで落ちてからまた回復してゆくという体調のバイオリズムに抗うことはできないのだ。

それではなぜディープブリランテはキングジョージに挑戦したのか。ダービー後も体調が良く、さらに良くなっているように思えたから?それとも、軽い斤量で走れる3歳のうちに走らせたかったから?どんな理由を挙げようと、大敗を喫してしまった後では虚しく響く。間違いなく目に見えない疲れがあったということであり、斤量うんぬんが勝敗を分けるような着差ではなかった。そもそも距離適性にも問題があったのではないだろうか。

私は憧れに理由があったのではないかと思う。ヨーロッパの競馬、特にロイヤルアスコットに対する憧れ。ホースマンとして一度そこに足を踏み入れてしまった者は、ヨーロッパの競馬に対する途方もない羨望と日本の競馬に対する自己卑下の感情を抱く。ヨーロッパの競馬こそが本物の競馬であり、ヨーロッパの大きなレースを勝ってこそ名馬であると。夢見るのはいいことだが、誰よりも馬自身のために、緻密な勝算なきまま出走してはならない。1969年にスピードシンボリがキングジョージに挑戦して以来、43年の年月が経っている以上、「いい経験」では情けない。

私たちは、一刻も早く、ヨーロッパのG1レースを勝たなければならない。

勝たなければ、欧州競馬の呪縛から解き放たれないのだ。

Photo by 三浦晃一


関連エントリ
「ガラスの競馬場」:「いい経験」では情けない

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凱旋門賞を勝つためには

Gaisenmon

オルフェーヴルがクリストフ・スミヨン騎手とのコンビで凱旋門賞に臨むことが発表された。デビュー以来、手綱を取り続けている池添謙一騎手にとっては残念だろうが、池江調教師の言うように、勝つためにはどうすべきかを考えた上での決定であろう。個人的にも、もし本気で凱旋門賞を勝ちたいならば、日本馬に日本人の騎手というロマンは一度捨てて、向こうのジョッキーに手綱を委ねてみるべきだと思う。それは池添騎手よりもスミヨン騎手の方が上手いということではなく、現地の競馬における経験が豊富な騎手に任せるべきだということである。

凱旋門賞ほどの大レースであればあるほど、道中は厳しく隙のないレースになる。スタートしての一歩目から、出して行くか、それとも控えて行くか、右か左か、ゴールするまでが決断と行為の連続である。自身の馬の折り合いやフットワークを気に掛けるだけでなく、常に他馬と周りのジョッキーの動きにも注意していなければならない。わずかなスペースがあれば瞬時に入ってこられるし、気がつくとポジションを下げてしまっていたということになる。道中で内に閉じ込められてしまい、最後の直線に入っても外に出せず、ラスト200mでようやく前が開いたなんてこともザラだろう。

仕掛けどころもまた難しい。最後の直線の前にあるフォルスストレート(擬似直線)では、京都の坂をゆったりと下るように、できるだけ無駄な動きをしてはならない。にもかかわらず、どうしても前との差を少しでも詰めようと、乗り慣れていない騎手は動きたくなるものだ。そして、最後の直線を迎えるにあたって、手応えのない馬ほど先に動き始めるが、その動きにつられてしまう。馬群の外に出していればいるほど、外から仕掛けてくる馬たちのプレッシャーを受け、早いと分かっていてもつい動いてしまうのだ。

日本の競馬とは似て非なる、全く異質なレースを乗り切ることができる騎手は、残念ながら日本人ジョッキーにはいない。10回に1回ぐらいであれば可能性はあるが、ワンチャンスをものにすることのできる騎手はいない。繰り返しになるが、それは技術ではなく経験の問題なのだ。

キングカメハメハの日本ダービーの祝勝会にて、安藤勝己騎手と話したことを今でも覚えている。当時、キングカメハメハは圧倒的な力差でダービーを制し、秋には凱旋門賞を目指そうかという話すら出ている状況であった。私は安藤勝己騎手の大ファンでもあったので、もし凱旋門賞に挑むことがあれば、当然のことながら、安藤勝己騎手が乗るべきだと思っていたし、乗ってほしいと願っていた。そのことを安藤勝己騎手に伝えると、「いや、僕なんかより、向こうの競馬で経験豊富な人に乗ってもらったほうがいいよ(笑)」と彼はあっさりと否定したのだ。その時は、謙遜の一種であり、この人には自分が乗って勝たせてやるぐらいの気概はないのか思ったが、あとから考えると、そうではなかったのである。安藤勝己騎手が言いたかったのは、現地の競馬における騎手の経験である。その経験がどれだけ大切かを、百戦錬磨の騎手である安藤勝己騎手は教えてくれたのだ。

凱旋門賞への挑戦を通じて、現地の競馬における騎手の経験の大切さを私たちは学んだはずである。エルコンドルパサーの2着は勝ったモンジューが強かったから仕方ないとして、ディープインパクトやナカヤマフェスタには明らかな騎乗ミスがあった。日本の競馬メディアは書かないが、それは技術うんぬんではなく、経験不足や不慣れから来た失敗であった。関係者は口にこそ出さないが分かっているのである。だからこそ今回の英断だろう。日本人騎手が経験を積むのを待っている時間はないのだ。3冠馬オルフェーヴルにとっては、おそらく1度きりのチャンスになるのだから。

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ディープインパクトVSキングカメハメハ、その後

競馬ファンであれば、スターホース同士の対決を一度は夢見たことがあるだろう。

シンボリルドルフとナリタブライアンはどちらが強いのか?オグリキャップとタイキシャトルのマイル王決定戦や、エアグルーヴとヒシアマゾンの女傑対決など、実現し得なかった夢の対決を空想することは競馬の楽しみ方のひとつでもある。

「サラブレ」8月号で、昨年のダービーを制した安藤勝己騎手がキングカメハメハとの比較を通してディープインパクトを語っている記事を読み、「ディープインパクトVSキングカメハメハ(府中芝2400m)」という夢対決が私の空想の中で展開された。

deepvskinkame by ken

結論から述べると、ディープインパクトの勝利である。外を回って、最後の直線で飛ぶように伸びたディープインパクトが、喰らいつくキングカメハメハに1馬身半の差をつけて余裕のフィニッシュ。武豊騎手の控えめなガッツポーズと、安藤勝己騎手のゴーグルの下に隠された悔しさが目に浮かぶ。

ただし、これは3歳春のダービー時点という設定でのものである。ダービー時点であれは、ディープインパクトの才能、素質、そして完成度が、キングカメハメハのそれを明らかに凌駕している。

安藤勝己騎手いわく、「ディープインパクトに唯一注文をつけるとしたら、これから秋にかけての成長力がどうか、ということ。キンカメの場合は、秋以降の成長力をすごく期待させる馬だったけど、ディープインパクトは現時点で十分に強いと言い切れる馬だから。これから伸びるとかなんとかじゃなくて、今の力を維持するだけで十分強いわけです。そこがすごい。」。このコメントを借りるまでもなく、現時点(ダービー終了時点)でのディープインパクトの強さは周知の事実である。

しかし、それ以降、つまり夏を越して3歳の秋以降であれば、2頭の力差は限りなくゼロに近づいていくのではないかと思う。キングカメハメハについても、私は最高級の評価をしていて、2004年ダービーの観戦記では、「世界のどこを探しても、これほど強いサラブレッドは見つからないだろう」「最高の賛辞を並べ尽くしても余りある、サラブレッドの完成形がここに誕生した」と述べている。それ以上に強いサラブレッドが1年後に出現してしまった訳だが、安藤勝己騎手の言うように、キングカメハメハは秋以降の成長力を相当に期待できた。新馬戦から圧倒的な強さを示していたディープインパクトと比べて、キングカメハメハはレースを使うごとに成長していたからだ。

3歳の秋以降には互角の勝負になるはずなのだが、そうなると、距離やコース設定、または芝かダートかによって勝敗が違ってくるだろう。キングカメハメハは途中でリタイアしてしまったし、ディープインパクトはこれから秋以降を迎えるので、あくまでも推測の域を出ないが、距離は2400mまでなら互角、それ以上ならディープインパクトに軍配が上がるだろう。コースは東京競馬場、京都競馬場なら互角、それ以外の競馬場ならディープインパクトが有利だろう(キングカメハメハは器用さに欠けるところがある)。芝・ダート別では、芝なら互角、ダートではキングカメハメハが圧勝するだろう(キングカメハメハは蹄の形さえ適性があれば、ダートは鬼であろう)。

以上は好き勝手な空想に過ぎないが、この2頭は全くと言ってよいほど馬のタイプが違っているからこそ比べ甲斐がある。ディープインパクトが「柔」なのに対し、キングカメハメハは「剛」なのである(もちろん、どちらも「柔」でありながら「剛」、「剛」でありながら「柔」の部分も秘めているのだが)。ディープインパクトは全身を使って水面を飛ぶように走り、キングカメハメハは大きなストライドでエンジンの違いを生かしながら力強く走る。そして、「柔」のディープインパクトの方がレース前にカーッと燃えやすいのに対し、「剛」のキングカメハメハはおっとりと落ち着いているという気性面での違いも面白い。

とにかく、ディープインパクトにはまずは無事に夏を越して、いつかは海外へと挑戦をしてほしい。そして、キングカメハメハの果たせなかった夢の分まで、世界の舞台で活躍してほしい。ディープインパクトが走れば、キングカメハメハも走る。凱旋門賞のゴール前で、馬体を併せてデットヒートを繰り広げるディープインパクトとキングカメハメハが、私の中でいつまでも走り続ける。


以上が、私が7年前に書いた「ディープインパクトVSキングカメハメハ」である。

両馬の対決を1度でもいいから見てみたかった、と心の底から思ったものだ。もしその対決が実現されていれば、日本競馬の歴史から見ても、たとえば「テンポイントVSトウショウボーイ」や「シンボリルドルフVSミスターシービー」と同じかそれ以上の、人々の記憶に残り、永遠に語り継がれるであろう名勝負になったはずである。対決が実現しなかった代わりに、私は凱旋門賞のゴール前で、馬体を併せてデットヒートを繰り広げるディープインパクトとキングカメハメハの姿を想像することで自らを納得させ、筆を置いたのだった。

当時のように妄想を膨らますことはなくなったが、今でもその想いは変わらない。2012年7月7日時点でのサイヤー(種牡馬)ランキングを見ていたところ、あの頃の熱き想いがふと瞬間的に湧き起こってきた。1位ディープインパクト、2位キングカメハメハ。産駒の出走回数はどちらも同じ571回。出走頭数もわずか1頭しか違わないのだから、全く同じ条件の下で、競走馬ではなく今度は種牡馬として、ディープインパクトとキングカメハメハは覇を競っている。

走る距離や馬場といった条件別にしてみると、私が見立てていたとおりの強さを2頭とも産駒に遺伝しているといえる。今年、府中の2400mで行なわれたオークスや日本ダービーではディープインパクトの産駒が圧勝したが、ダートでの成績を見るとキングカメハメハに圧倒的に軍配が上がる。キングカメハメハはルーラーシップのように古馬になって強くなる馬を誕生させた一方、ディープインパクト産駒は今のところクラシックにおける強さを示したのみである。

こういう形で再び対決が実現するとは思いもよらなかったのだから、まったくもって驚かされる。もしかすると、凱旋門賞のゴール前のデットヒートさえも、ディープインパクトとキングカメハメハの産駒たちが、いつか本当に見せてくれるのかもしれない。競馬とは壮大なブラッドスポーツであり、また遥かなる空想の物語でもある。それが実現するしないにかかわらず、私たちは夢の対決を空想することでも、競馬を楽しむことができるのだ。

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オルフェーヴルの光と影(その後)

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オルフェーヴルが走るのをやめて逸走した阪神大賞典からおよそ1ヶ月が経ち、競馬ファンの興味はオルフェーヴルが春の天皇賞でどのようなレースをするかに移ってきている。それは当然のことであり、今さら過去をほじくり返しても仕方ないのだが、あの事件の真相が掴めていないまま天皇賞春におけるオルフェーヴルの走りを占うのも何だか気持ちが悪い。せっかくの機会なので、今一度、阪神大賞典におけるオルフェーヴルの逸走について考えてみたい。

まずあの一件について、競馬ジャーナリストや競馬ファンがそれぞれの見解を抱いていたことに驚いた。同じレースを見ても、これだけ解釈が違うものかと改めて知らされたのだ。オルフェーヴルの逸走は池添謙一騎手の油断が原因とするものや、坂路コースでばかりトレーニングをしている環境に理由を求めるものなど様々であった。中には、オルフェーヴルは騎手の指示に従って止まっただけという奇想天外なものもあった。そして、それらおおよそは、オルフェーヴルではなく人間側に非を認めよという向きであった。オルフェーヴルは悪くない、人間が傲慢なのだという。

果たしてそうだろうか。そもそも、池添騎手がオルフェーヴルを外に導いたのは、ナムラクレセントと馬体を併せたくなかったからである。折り合いを欠く馬は他馬と馬体を併せてしまうと余計に引っ掛かるので、他馬(または馬群)から離すのは常套手段である。1頭にして気持ちを落ち着けた後に馬群に戻すという形で折り合いをつけるのだ。手綱を強く引いても前へ前へと突っ走ろうとするオルフェーヴルを、池添騎手が外に導いたのは当然の行為であり、決して操縦ミスはない。

それでも2周目の3コーナー付近で逸走してしまったのは、オルフェーヴルが制御不能な状態になっていたこと、そして、限定的に言うと、馬が先頭に立って1頭になってしまったからである。この状況になって、オルフェーヴルはレースが終わったと勘違いをしてしまったのだろう。しかし、横を見るとレースが終わっていないことを知り、再びレースに戻った。これら一連の現象をオルフェーヴルの闘争心と見る向きもあったが、そうではない。オルフェーヴルが馬群に戻ったのは、本来は集団で生活をする馬としての本能、心細いから馬群に戻りたいという本能である。そう考えると、オルフェーヴルが1頭になってしまうと悪さをするのは、気性の悪さというよりは、ある種のパニックに陥っているからなのかもしれない。

馬が制御不能な状態になっていたことに関しては、それまでのオルフェーヴルの臨戦課程に原因はあるだろう。「オルフェーヴルの光と影」に書いたように、3冠を達成した2ヶ月後に有馬記念で古馬を捲くったのだから、肉体的にも精神的にも疲れが出ないわけがない。引っ掛かることと逸走することはつながっていて、その根底には、苦しいレースから早く逃げたいという競走馬の切実な気持ちがある。オルフェーヴルの場合は逃げたいまで至っていなかったかもしれないが、阪神大賞典での耳の動き(ずっと立って前を向いている)を見ても、レースに全く集中できていなかったことが分かる。これまでに累積したあらゆる目に見えない疲れが、そういう形で表面化したのだ。馬の気持ちに沿って考えると、そういうことになる。

それでは、オルフェーヴルは春の天皇賞でどうなるのか。オルフェーヴルの体力は回復したのか、もしくは走る気持ちが戻ってきているのか、正直に言うと分からない。前走で無理や我慢をしなかったことでガス抜きができたと信じたいが、もしかすると、それはこちらの一方的な想いであって、オルフェーヴルはまだ走りたくないと思っているかもしれない。もしそうであるとすれば、また制御不能な状態に陥ってしまう可能性も十分にある。460kgもある馬のハンドルが利かなくなれば、もはや人間にできることは少ない。人間が馬の全てをコントロールできると考えること自体が人間の傲慢なのだ。それでも、レースで手綱を任されるジョッキーにできる唯一のことは、オルフェーヴルをひとりにしないということだろう。先頭に立たせない、馬群から離さない。これだけを念頭に置いて、あとはオルフェーヴルの生命力を信じて乗るしかない。

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関連エントリ
「ガラスの競馬場」:オルフェーヴルの光と影」

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グランデッツァはアグネスタキオンの最高傑作か

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ゴムまりのような筋肉を豊富にまとったグランデッツァ。前哨戦のスプリングSでは、坂を登り切ってからも真っ直ぐに伸びたように、ようやく本来の力強さを発揮することができた。ラジオNIKKEI杯は中間の調整不足と外を回らされたことが主な敗因だが、スプリングSは馬体もきっちりと仕上がり力を出せる仕上がりにあった。フラワーCを勝ったオメガハートランドもそうであるように、アグネスタキオン産駒は前肢のかき込みが強い馬が多く、走法的には重馬場を苦にしない。もちろん良馬場が悪いはずもなく、つまり馬場不問ということである。中山の1800mを勝ったということは、潜在的なスタミナを有していることを示しており、皐月賞で200m距離が延びてもビクともしない。

「レース前はネオユニヴァースやダイワメジャーに比べると、もう少し様子を見たいなと思っていたが、きょうは強かった。本番でも自信がありますよ」

勝利騎手インタビューにて、過去に自身が騎乗して皐月賞を制したネオユニヴァースとダイワメジャーの2頭を引き合いに出しつつ、ミルコ・デムーロ騎手はグランデッツァの強さを語った。さらに本番の皐月賞に向けて、「自信がある」と半ば勝利宣言とも取れる発言。そして、生産者の吉田照哉氏もグランデッツァを「アグネスタキオンの最高傑作」と称している。デムーロ騎手や吉田照哉氏のコメントは、果たしてリップサービスなのだろうか、それとも本音なのだろうか。

結論から言うと、順調に行けば、グランデッツァが皐月賞を勝つ確率はかなり高い。スプリングSのレース振りを見ても、皐月賞馬に求められる「器用さ」と「スピード」を兼備していることが分かる。昔から「皐月賞は速い馬が勝つ」と言われてきたが、実はスピードだけでは勝つことはできない。スピードに加え、スッと先手を取って、レースの主導権を握ることができる器用さも求められる。そこに加えて「スタミナ」の裏づけがあるからこそ、デムーロ騎手は十分な手応えを感じたのだろう。

アグネスタキオンの最高傑作という評価については、現時点では何とも言えないというのが正直なところである。牡馬牝馬問わずということであれば、ダイワスカーレットで間違いないが、牡馬もしくは種牡馬としてという意味を含むのであれば、ディープスカイやキャプテントゥーレを超える可能性は十分にあると思う。馬体だけを見れば、これらの2頭よりも好素材であるといえる。あとはこれから先の成長力にかかっているということであり、距離が2400mに延びた日本ダービーが試金石となり、古馬になって完成されてから真価は問われるはず。つまり、皐月賞はグランデッツァにとって通過点にすぎないということだ。

とここまで書いたところ、皐月賞の枠順が発表されて驚いた。グランデッツァがまさかの大外枠を引いてしまったのだ。大外枠でなければ確勝のはずだったのに、何という運命のいたずらだろうか。皐月賞の大外枠といえば、1993年の皐月賞でビワハヤヒデが思い出される。18頭中の18番を引き、完璧な立ち回りをしたにもかかわらず、最後の最後にナリタタイシンに差し切られてしまった。レース後に、鞍上の岡部幸雄騎手が敗因を大外枠に求めていたことを私ははっきりと記憶している。あのビワハヤヒデでさえ、皐月賞の大外枠は克服できなかったのである。グランデッツァがアグネスタキオンの最高傑作となるためには、まずは皐月賞の試練を乗り越えなければならないのだ。

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オルフェーヴルの光と影

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今年の阪神大賞典は珍レースとして語り継がれることだろう。今年初戦となったオルフェーヴルはスタートこそバッチリ決めたものの、ナムラクレセントに外から捲くられたあたりから様子がおかしくなり始め、スタンド前では鞍上の池添謙一騎手の制止を振り払うようにして2番手まで上がっていった。一旦は折り合いがつきかけたが、結局は我慢できず、向こう正面ではもはや先頭に立ってしまった。ここまでならば良く見られるレースの風景であるが、オルフェーヴルが最後の3コーナーを回ろうとするとき、事件は起こった。

オルフェーヴルがコーナーを回ろうとせず、逸走し始めたのだ。池添騎手も矯正しようと努めるが、オルフェーヴルは完全にレースをやめようとしている。あっという間に馬群から離され、ほぼ最後方まで下がってしまった。この時点で、何が起きたのか分かっていたのは池添騎手だけ。外からレースを観ている者たちの目には、オルフェーヴルに故障が発生したように映った。ところが、そこから再びオルフェーヴルのエンジンに火が灯る。外から一気に馬群に取り付き、最終コーナーでは大外をブン回して、なんと直線では先頭に踊り出たのだ。内から伸びたギュスターヴクライには半馬身届かなかったが、まるでサーカスのようなオルフェーヴルの走りに、競馬ファンはただひらすら驚かされた。

折り合いを欠いてあそこまで下がってしまった馬が、まるで駆けっこに途中から参加するかのようにレースに戻って勝ち負けしたことなど、私の記憶にはない。新馬戦であれば見られてもおかしくないシーンだとしても、これはG1レースを目指す馬たちが揃った阪神大賞典である。重賞ウィナーたちの中に混じっても、脚の速さというか脚力の違いというか、同じサラブレッドとは思えない走りの違いに、オルフェーヴルの能力の圧倒的な高さを感じざるをえない。昨年の天皇賞春を勝ち、凱旋門賞にまで挑戦したヒルノダムールでさえ、グウの音も出ないほどの性能の違いである。スムーズなレースができなかったからこそ、よりいっそうオルフェーヴルの凄さを体感できたといえる。

しかし、今回の問題はそこではなく、なぜ3コーナーで逸走したかということだろう。逸走しようとするのは、その状況から逃げたいからである。サラブレッドはレースで極限を強いられる以上、そこから逃げたいという気持ちはどの馬にもある。今回、オルフェーヴルは先頭に立って1頭になったことで、そういった気性面の悪さを出してしまったのである。新潟でのデビュー戦、そして3冠馬となった菊花賞でも、ゴール板を過ぎた後に池添騎手を振り落として放馬したことがあるように、オルフェーヴルには潜在的な気の悪さがある。他の馬が近くにいれば走ることに集中することができるが、周りに馬がいなくなったとき、その悪さが顕著に出てしまうのだ。そこを陣営が懸命に矯正したことで、なんとか3冠馬になれた。これまでのオルフェーヴルにとって、ゴールした後に悪さをするのは余裕があることの裏返しでもあったが、今回のようにレース中となると話は別になる。

オルフェーヴルの潜在的な危うさが、休養を挟んでひと息入れたことで表面化したと捉えることができるからだ。サラブレッドにとって、日本ダービーを制するだけではなく、3冠を全て制することの過酷さは私たちの想像を絶する。およそ1年にわたって、オルフェーヴルは肉体的に緩められることなく、精神的にも休まることなく闘いを強いられてきた。過去の3冠馬たちがそうであったように、菊花賞を制した直後のレースはその反動が出ることが多く、あのシンボリルドルフやディープインパクトでも負けている。それでもオルフェーヴルは有馬記念を勝った。道悪のダービー、3冠のプレッシャーが掛かった菊花賞、古馬との初対決となった有馬記念、苛酷な試練を次々と乗り越えたことが、果たしてオルフェーヴルの精神にどのような影響を与えたのだろうか。

もしかすると、もうオルフェーヴルは我慢できない馬になってしまったのかもしれない。激戦の疲労が噴出してしまい、どこか燃え尽きてしまったのかもしれない。気持ちは目に見えないからこそ、サラブレッドが繊細な生きものであることを知ればこそ、そうではないことを願いつつも、心配は尽きない。一時の悪さで終わることを祈る。もしそうであれば、トライアルで危うい部分が出たことは、本番である天皇賞春やその先に見える凱旋門賞に向けてプラスになるのだから。全ては次走の天皇賞春で答えが出る。

Photo by mkoichi

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競馬があってありがたい

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あの日、私は「走れドトウ」の「ROUNDERS」への掲載依頼のため、栗東にある橋田満調教師宅に向かっていた。京都駅で乗り換える際の待ち時間にたまたま開いたツイッターのTL上に現れた、「地震」、「凄い揺れ」などの恐ろしい文字の数々にも、想像力の少ない鈍感な私は、東北で大きな地震があったのかという程度の認識しかないまま、橋田邸へ急いだ。橋田調教師と話をしている間、「なんだか大変なことになっていますよ」という奥様の言葉や、岩手県にある遠野の里の安否を確認するために連絡を取ろうとしている橋田調教師の様子を見て、いつになく不穏な空気を感じ取り、そして、話がまとまった高揚感と何が起こっているのか分からない不安を抱えつつ帰途についた。

京都駅で津波の映像を見たとき、ようやく私は事態の大きさに気づいた。新幹線はもちろん動くはずもなく、京都のホテルは全て満室となり、なんとか大阪まで出て泊まる場所だけは確保することができた。家族の安否はとりあえず確認でき安心したが、いつまた何が起こるか分からない。テレビの衝撃的な映像ばかりを見るのも嫌になり、ラジオに切り替えたものの、音による報道にはかえって想像力をかき立てられた。それでも、知らずにはいられずに、あらゆる情報にしがみついていた。家族がいる場所が揺れているのに、今私がいるここは揺れていない。自分だけが全く別の世界に住んでいるようで、私は懺悔したい気持ちで一杯であった。

競馬の中止が決定されたとき、それも当然かと受けとめることができた。私にとって、競馬がない週末を過ごすのは、馬インフルエンザのときと今回とで2度目である。今回はずいぶん長い中止になるかもしれないなと思った。それぐらいの事態であり、状況でもあった。まず助けを求めている人々に手を差し伸べなければならないし、少しずつでも日常を取り戻さなければならなかった。競馬はそれからでいい。そして私は、競馬が再開される日まで、競馬の素晴らしさを書こうと思い、ツイッターを始めた。私にできることといえば、それぐらいであった。意外に早く競馬が再開されたので、その連載は1章を書き終えたままで終わってしまったが、あの時の気持ちを忘れないためにも、またそのうち書きたいと思っている。

平和な日常があってこそ、私たちは競馬を楽しむことができる。戦時中に競馬が中止になった話を私は何度読んだか分からない。私の競馬観に最も影響を与えた祐ちゃんこと故野平祐二氏は、毎年、有馬記念が終わると、競馬が今年も無事にあって良かったと安堵したという。競馬がなくなってしまった時代を、身をもって知っているからこそ、競馬があることのありがたさを感じることができたのだと思う。もしこの世に競馬がなければ、なんと無味乾燥な人生だろう。こんな言い方は傲慢で偏狭だと言われるかもしれないが、私の人生に競馬がなかったことを想像すると本当にそう思う。私にとって、他のものには替え難いのだ。競馬があってありがたい。

Photo by H.Sugawara

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福永祐一の美しき舞を

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福永祐一騎手が2011年度の全国リーディングを獲得した。前年度の関西リーディングからのステップアップだけに、完全に本格化したといってよい。2010年に「祐一よ、リーディングを目指せ」という記事を書いてから、わずか1年半後の急成長だけに、嬉しさと共に驚きを隠せない。ジョッキーとして父ほどの素質を持ち合わせていない福永祐一騎手が、どのようにして騎手の頂点に立ったのだろうか。その秘訣は、彼の冷静さ、もう少し具体的に言えば、騎手としてのヘッドワークの良さにあると言っても過言ではない。

感性で乗るタイプと、考えて乗るタイプの騎手がいるとすれば、福永祐一騎手は間違いなく後者である。彼が手本として考える武豊騎手も同じく、考えて乗るタイプの騎手である。まだ見習いであった頃の武豊騎手を、「自分で考えて自分で消化するタイプの子」であると評し、「“自分ならこう乗る”とシュミレーションしながら、ずっと僕を見ているのは感じていた」と兄弟子であった河内洋元騎手は語っている。福永祐一騎手も、自分に与えられた騎手としての能力と騎乗馬の力を冷静に見極めて、相手の力を測りながらも、どうやったら勝てるのかを常に考えて騎乗しているのが分かる。唯一、武豊騎手と違うのは、武騎手が“自分ならこう乗る”とシュミレーションするところを、福永祐一騎手は“自分ならこう乗らないと勝てない”とシュミレーションするところであろうか。

もちろん、頭で考えて乗るだけでは限界がある。かつて藤沢和雄調教師がオリビエ・ペリエ騎手について、「瞬時の判断力とそれを実行できる技術力が優れている」と評したことがある。騎手にとっては、頭では分かっていても、実際に動きに移せないということもひとつの課題だ。その課題を福永祐一騎手は数を乗ることで克服してきた。生まれつきの素質に恵まれていない人間は、人よりも数(量)を多くこなすことによって補うことができるということだ。だからこそ、誰もが海外の競馬に活路を見出そうとしていたときも、福永祐一騎手は国内でひと鞍でも多く乗ることにこだわった。視野の狭い若者だったのではなく、できるだけ多くの実戦を踏む方を選んだのだ。

最近の福永祐一騎手を見ると、ゴール前での顔つきが変わってきたことが分かる。その能面のような無表情は、かつてのオリビエ・ペリエや武豊騎手に共通するものである。なぜそのような顔つきになるかというと、身体に力が入りすぎてもおらず、またリラックスしすぎてもおらず、それでいて頭は極めて冷静という状態だからである。

ここで私は、「離見の見」という世阿弥の言葉を思い出す。

舞の心得に、「目前心後」というのがある。これは「目では前を見て、心を後ろに置け」ということだ。見物席から見られるわが舞台姿は、いわば自分にとっての「離見」である。それに反して自分の意識は「我見」である。「「離見」に立った「見る」ではない。離見の見とはなにかというと、それは観客席から舞台上を見るのと同じに自分を見ることが出来るのだ。わが姿を見ることができてはじめて、左右前後も見ることが可能となろう。「離見の見」の真理をしっかりと体得してこそ、美しい舞が舞えるだろう。 (「花鏡」)

「離見の見」は、一流のアスリートであれば誰もが経験することだろう。たとえば、元F1レーサーの中嶋悟は、調子の良い時は、時速300kmを超えるレース中においても、自分の前後左右の車の位置関係が手に取るように分かったという。サイドミラーやバックミラーで確認しているわけではなく、まるでレースを真上から見ているような感覚があったそうだ。そのような視点があってこそ、初めて美しいパフォーマンスが生まれてくる。円熟期に入った福永祐一騎手の美しき舞を、これからも観客として、しかと見させてもらいたい。


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ヒーロー列伝

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日本で洋式競馬が始まってから150年。私たち競馬ファンは、その間、たくさんのヒーローやヒロインに囲まれながら競馬を楽しんできた。ハイセイコー、シンザン、シンボリルドルフ、オグリキャップ、ディープインパクト、ウオッカなどなど、過去の記憶を呼び戻してみると、数え切れないほどのヒーロー、ヒロインが誕生した。現役時代はその走りを見せることで私たちを魅了し、ターフを去ってからは、人々に語り継がれることやその勇姿が収められた写真を介して、競馬の素晴らしさを私たちに伝えてきた。彼ら彼女らなくしては、今の日本の競馬はありえない。

「ヒーロー列伝」ポスターはそのひとつである。競馬場の行き帰りの遊歩道やウインズの館内などに何気なく張ってあり、私たちがいつともなく目にしているあのポスター。ハイセイコーから始まって、現在、72頭のヒーローがいる。それぞれにキャッチコピーもつけられている。目先の華やかさや利益や馬券を追うだけではなく、こうして歴史を語り続けることは大切である。大袈裟でなくていい。どんなヒーローやヒロインが日本の競馬を形づくってきたかを見てもらうだけでもいい。本物のファンは歴史を知りたいと思うものであり、また歴史を知れば知るほどファンになってゆくものだと思うからだ。

先日、ふらりと新橋のGateJを訪れたとき、オルフェーヴルの「ヒーロー列伝」ポスターが目に入った。栗毛を通り越して金色に光り輝く馬体が実に美しく、キャッチコピーには「黄金色の芸術」と書いてあった。オルフェーヴルの名前の由来である、フランス語の「金細工師」から連想したものだろう。今年、これから日本競馬の未来を創ってゆく馬だけに、もうポスターにしてしまうのかとも思ったが、よく考えてみると、すでに3冠馬であった(しかも有馬記念も勝っている)。私たちの夢が大きいだけに、3冠はあくまでも序章として霞んでしまっているのだ。この先、果たして、オルフェーヴルはどれほどの黄金を生み出してくれるのだろうか。私たちのヒーローとしての走りを期待したい。

■JRAポスター「ヒーロー列伝」コレクションはこちら
Heroretuden
過去のヒーローたちの勇姿がご覧いただけます(必見です)。
こうして写真を見ると、マルゼンスキーが当時いかに規格外の馬だったことが分かりますね。

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Futurity Race & Paddock

自分がほしいものを作る。それがクリエイティブさの源泉だと思う。他人が何を喜ぶか、待っているかを知ることは大切だが、それだけでは事足りない。他人の目ばかりを気にして作っていると、いつのまにか自分の情熱が失われてしまう。アップルのスティーヴ・ジョブズが「Stay hungry, Stay foolish.」と言ったのはそういうことだろう。私たちはまずは自分を喜ばせるために何かを成すべきなのだ。

そんなことを改めて教えてくれたサイトがある。その名は「Futurity Race & Paddock」。簡単に説明すると、若駒のレースとパドック映像をまとめたサイトである。このサイトの素晴らしいところは2つあって、ひとつはもちろん若駒戦のレース映像だけではなくパドックの映像も見られるところ。パドックを時系列的に見て、その動きや馬体で各馬を評価するのは難しいが、このサイトを駆使すればそれも可能だろう。パドック派のファンたちにとっては垂涎もののサービスである。

もうひとつは、デザインが極めてシンプルであるところ。ここでいうデザインとは、見た目ということだけではなく、使い勝手ということも含まれ、つまりは誰にとっても使い方が分かりやすいということだ。たとえば、今週の京成杯に出走するアドマイヤブルーの名を検索ボックスに入力してみると、これまでの全てのレースとパドックの映像が出てくる。実際にサイトに行って、あちこちいじってみると、自分にとっての使い道が見えてくるはずだ。

このサイトを作り上げただけではなく、維持していくことの方が遥かに大変なだけに、製作者のchildviewさんには頭が下がる。私も陰ながら応援させてもらいたい。そして、多くの競馬ファンがこのサイトを使ってくれることが、childviewさんにとっては1番の励ましになると思う。明日の京成杯の勝ち馬だけではなく、ぜひ来年のダービー馬までを「Futurity Race & Paddock」で見つけてほしい。

■Futurity Race & Paddockはこちら
Futurityandpaddockimg

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馬を止めるのも騎手の仕事(続き)

「馬を止めるのも騎手の仕事」を書いたところ、ブログやFACEBOOKのコメント、メールにてたくさんのご意見をいただいた。賛否両論があると思ってはいたし、あくまでも問題提起をしてみたつもりだったが、多少なりとも誤解を招いてしまったと感じている。含みを持たせたつもりが、論点がずれて伝わってしまっていること、そして、もしかすると上村洋行騎手の批判として解釈されてしまったのであればと思い、足りなかった分を補う意味でも加筆したい。

まず上村騎手に対する競馬ファンの質問や批判が、「なぜ故障を発生した(と思われた)アドマイヤコスモスをゴールまで完走させたのか?」という点に集まっていることに違和感を覚えた。異常に気がついた時点ですぐに止めていれば、もっと軽症で済んだのではないか、なぜ明らかに怪我をしている馬をゴールまで走らせたのか。確かに、これも小さな問題ではなく、アドマイヤコスモスの関係者のみならず競馬ファンにとっても、実際に騎乗していた騎手に問いたいはずだ。

しかし、結局のところ、上村騎手も自身のブログで綴っているように、除々にスピードを落としながら止めた方が良かったのか、それともすぐにスピードを落として止めた方が良かったのか、どちらが正しかったのかは正直分からない。どちらの止め方にもメリットとデメリットがあり、最後は騎手の判断に委ねるしかないだろう。今回の場合は、上村騎手がゆっくりと減速しながら馬を止めた結果として、最悪の事態は避けられたという事実だけは残っている。

私の論点はもうひとつ手前の段階にある。もっと早く止められなかったのかという問いは、突き詰めて言うと、異常(故障)が発生する前に止めることはできなかったのかということである。脚を痛めたという結果が出てからどう対処したかということよりも、結果が出る前に未然に防ぐことはできなかったのだろうかという問いである。横山典弘騎手の言葉の中にある、「止めてみたけどなんともない」という状況は、決して止めるべきではなかったという誤判断ではなく、異変を感じてすぐに止めたからこそ未然に防ぐことができたということである。なんともなかったのは、横山騎手が馬の心の声を聞いたときに止めたからではないだろうか。

ここで今度は私たち競馬ファンに問いの矛先が向く。もし上村騎手がアドマイヤコスモスの異変に気づいて、すぐその瞬間に馬を止めたとする。そして、その場で検査をしてみると何ともなかったとすると、私たちはどう思うだろうか。なぜ止めたのだという追及は当然のこととして、もしかすると猛烈な批判につながる可能性だってある。八百長だと言う輩も出てくるかもしれない。その論調は下手をするとマスコミにも伝播して、オーナーの耳に届き、上村騎手が騎乗停止になるだけではなく、騎乗する機会を失ってしまうことにつながりかねない。もし馬を止めることに対する競馬ファンの無理解が、騎手の判断を鈍らせることがあるのであれば、これは私たちの問題である。馬を走らせるだけではなく、止めるのも騎手の仕事だと私たちは理解しなければならないのだ。

最後に、競馬ファンからの問いに真摯な姿勢で答えた上村騎手には心から感謝したい。その文面からは、騎手としてではなく、人としての誠実さが伝わってくる。大きな責任を感じつつ、失ったことの苦しさにもだえつつ、真実を伝えようと勇気を振るって書いたはずだ。ブログに公開する前に、何度も繰り返し、自分の書いた文章を読み直したに違いない。大きな誤解を招いたり、誰かを傷つけたりすることがないよう、その表現には細心の注意を払ったはずだ。そうして今回、騎手と競馬ファンがきちんとした形でやりとりができたことは、案外、革新的なことなのかもしれないと思う。

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「うえちんのひとりごと」:アドマイヤコスモスが完走することになった理由

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馬を止めるのも騎手の仕事

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中山金杯にて、断然の1番人気に推されたアドマイヤコスモスが、道中で故障を発生して、大差の16着でゴールインした。第1コーナーまでの入りは完璧だったが、そこから急激に走り方がぎこちなくなり始め、向こう正面では上村洋行騎手が肩ムチを入れるシーンも見られ、その後はズルズルと下がって行った。応援している橋田満厩舎の馬であり、また馬券を買っていたこともあって、初めは驚きと無念を隠せなかった。やはり厳寒期の競馬は恐ろしいと思った。それからしばらくすると、別の感情が湧き起こってきた。

もっと早く止められなかったのだろうか。外から観ていても分かるぐらいに不自然な動きをしていたのだから、もっと早い段階で判断することができなかったのかと。アドマイヤコスモスのこれまでのレース振りを観ても、鞍上の上村騎手と息がピッタリで、流れるように道中を走っていただけに、余計にそう思えた。上村騎手を責めているわけではなく、ジョッキーにとって止め際の判断が難しいことも分かっているつもりだ。それでも、今回は最悪の事態に至らなかったことが唯一の幸いだが、ジョッキーには勇気を持って馬を止めてほしいと思った。

そこで、あるやりとりをフト思い出した。そのやりとりとは、「週刊ギャロップ」誌上で数年前に行われた、横山典弘騎手と四位洋文騎手の対談中の、馬を止めることについてのこんな会話である。かなり長くなってしまうが、とても大切な部分だと思うのでお付き合いいただきたい。

横山
「この前も土曜にアドマイヤカイトを止め、日曜にメイショウオウテを止め、自分の中ではおかしいと思って止めてみる。でも、意外となんともなかったりする。馬運車で運ばれて、診療所で獣医に見せると、なんともないって言う。なんともないって本当かって。その時は止めないで行ったほうがよかったのかって思うけど、2日してやっぱり脚が腫れてきた。そういうのあるからね。オレも若くはないから、いい加減、年食ってくると経験がそういうこと(行かせること)をさせない。経験で出来ないことがいっぱいある。でも、結果を見せなきゃダメ、勝ち負けじゃない結果ね。(脚が)折れるか、ひっくり返るか。そこが一番イヤだ」

四位
「昔、カッちゃん(田中勝春騎手)が馬を止めて騎乗停止になったじゃないですか。あの時、すごい違和感があった。馬がなんともなかったから騎乗停止になったんですよね。でも、ジョッキーって馬の走りを分かっているわけだし、おかしいと思ったら止めてあげるのもジョッキーの仕事。あそこで止めておけば死ななくて済んだのにって思うのいっぱいあるから」

横山
「あるね」

四位
「たしかに止めてなんともなかったら、ファンや関係者は何でって思うかもしれない。でも、ボクは怒られてもいいと思った。ボクはこいつ(馬)の声を聞いたから。ノリちゃんもカイトやオウテの声を聞いたんでしょ。馬の声を聞いている、そういう騎手であり続けたい」

横山
「数勝つのも素晴らしいけど、そういう声を聞けるジョッキーでありたい。言葉を換えると、繊細すぎて情けないかもしれないけど、違うんだって」

四位
「競走馬は細い脚で全力で走るから、故障するのは仕方ないけど、自分らで食い止めることができるんであれば、やっぱりそこで馬の心の声を聞いてあげてね。最後はちゃんと牧場に帰してあげたいよね」

横山
「そうね。仕方のないところもあるかもしれないけど、オレの見える範囲、手の中にいる範囲でそうはさせたくない」

(中略)

四位
「馬を大事にしようってことは、ずっとこの世界にいると麻痺して、そういう感覚がなくなってくる。競馬ではダメでも、そのあと、乗馬や繁殖として大きな可能性があるかもしれないし。最後は牧場に帰してあげたいっていうのはありますよね」

横山
「岡部さんもそうだったけど、四位に教わったな。やっぱり愛情だよ。大事にしていれば、(馬が)助けてくれるんだって。人もそうだと思うよ」

馬をレースの途中で止めることは、ジョッキーにとって非常に勇気の要る行為である。もしどこにも異常が認められなかったとしたら、騎乗停止とまではいかないにしても、巨額のお金が動いている以上、批判は避けられないだろう。八百長を疑われることもあるかもしれない。しかし、そのようなリスクを背負ってでも、やはり止めるべき時には止めるのもジョッキーの仕事だと彼らは主張する。

勝ちたいという人間のエゴが馬を殺してしまうことを、横山典弘騎手はホクトベガに学び、馬に愛情を持って大事にしていれば、いつか馬が助けてくれることがあることも多くの馬たちから教えてもらったのだろう。もちろん、ジョッキーだけではなく、競走馬に携わる全ての人々が、馬の心の声を聞こうとする気持ちを忘れないことが大切である。

そして、当たり前のことではあるが、私たち競馬ファンも、自分が買った馬がレースの途中で止められても仕方ないだけの馬券を買うべきである。そもそも私たちは、運という最も理不尽で不平等で矛盾したものに身を委ねて馬券を買っている以上、いかなる理由であろうとも、自分の買った馬券が紙くずになることを前提に私たちは賭けなければならない。

だからこそ、ジョッキーには遠慮することなく馬を止めてもらいたい。

そうすれば、馬券が外れる以外の、悲しい出来事は少なくなるはずだから。

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来年のダービージョッキー

来年のダービージョッキーを見つけた。先週の土曜日、雨の中で行われた東京スポーツ杯におけるディープブリランテの走りを観ての感想である。横山典弘騎手が2009年の日本ダービーを勝つことを、前年夏の時点で予言していた私が言うのだから、信じてみてほしい。札幌2歳Sにおけるロジユニヴァースの勝ちっぷりを見て、ようやく横山騎手がダービージョッキーになるときが訪れたのだと直感し、ラジオNIKKEI杯での圧勝を見て確信に変わったのである(日本ダービーの予想は外してしまったが…)。そう、来年は岩田康誠騎手がダービージョッキーになる。

ディープブリランテの新馬戦での走りを観たとき、ディープインパクトだと思った。言葉で表すのは難しいが、道中での走るフォームから直線での手前の替え方やフットワーク、そして他馬を大きく離してゆく桁違いのエンジンまで、ディープインパクトの新馬戦において感じたのと同じ衝撃を受けた。あとからタイム的な要素を確認してみてもなかなかのもの。しかも、矢作芳人調教師の管理馬だというからさらに驚かされた。というのも、矢作調教師は新馬戦から仕上げて使わない傾向にあるからである。自身の著書の中で、矢作調教師はこう語っている。

最低でも3回は使いたいと考えて馬の出し入れを行なっている。そうなると、休み明け初戦は3回使ううちのひとつ目になるから、万全の状態とまでは行かず、仕上がり途上で使わざるを得ないケースもある。 (中略) 休み明けを体調一息で使うケースが多いのと同様に、新馬初戦を使うタイミングも他の厩舎よりも早くなることが多い。これに関しては、「新馬戦から仕上がりきった体で競馬を使いたくない」という明確な意思がある。 (中略) これを反対の側面から考えるなら、僕の厩舎で新馬勝ちを収めるような馬は、相当強い馬だと思ってもらって結構だ、ということでもある。(「開成調教師」白夜書房より

つまり、ディープブリランテはそれほど仕上がっていない状態で、あれだけの走りをしたのだ。矢作調教師も何かを感じたに違いない。2戦目でいきなり重賞に挑ませたのも当然の話である。東京スポーツ杯はもちろん勝つだろうと私も思っていた。当日に大雨が降ったことで、不良馬場に対する適性だけが不安であったが、そんな私の心配をよそに、ディープブリランテはスタートからゴールまで悠々と走りぬけた。ディープインパクトの初年度産駒は勝ち上がり率こそ高くとも小粒な感は否めなかったが、2年目の産駒から遂に大物が誕生したのだ。

あとはこの馬をどのように育てていけるかだろう。東京スポーツ杯で前半から行きたがる素振りを見せ、岩田騎手がなんとかなだめていた。「ひとつ間違っていれば、単なるマイラーに終わっていたかもしれない」と武豊騎手も語ったように、父ディープインパクトもそういうタイプの馬であった。他を圧倒する桁違いのスピードは時として諸刃の剣となる。だからこそ、武豊騎手はディープインパクトのリズムで前半をゆったりと走らせ、後半にスピードを爆発させることに集中したのだ。アンライバルド、ヴィクトワールピサ、サダムパテックという人気馬に跨りながらも、いまだ日本ダービーの栄光に手が届かない岩田騎手にとって、ディープブリランテのあり余るスピードをどう制御して走らせることができるかが重要なカギとなるはずである。

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競馬帰りに珈琲とアートが楽しめるお店

東京競馬場でエリザベス女王杯を観戦後、「cafeあおば」に行ってきました。『ROUNDERS』で「走れドトウ」のイラストを描いてくださった武藤きすいさんの個展がカフェで開かれていると知り、駆けつけたのでした。競馬が終わったあとに立ち寄れるカフェがあればいいなあ、とお酒が飲めない私はずっと思っていたので、二重の喜びでした。「cafeあおば」の場所は、府中駅南口から歩いて3分。東京競馬場からの帰り道に寄ることができます。

スターバックスやタリーズとはまた違った大人のシックな雰囲気があり、20人ぐらいは入れそうな広さで、カフェでゆっくりとものを書きたい私にとっては好感の持てるお店でした。グリーンチャンネルが大型テレビで放映されていて、珈琲を飲みながら競馬を楽しむこともできます。ここにセロニアス・モンクのピアノがBGMで流れていれば最高だな、と勝手なことを思ったりしました。珈琲もケーキも美味しかったです。

もちろん、武藤きすいさんの個展も素晴らしかったです。馬が好きだからこそ、これだけ素敵な馬の絵が描けるのでしょうか。絵を描く人も、文章を書く人も、必ず何かに対して深い情念のようなものを抱いているはずですが、武藤きすいさんの絵からはそれが感じられないのです。そういうものを全て打ち消した明鏡止水の心で描いているからでしょう。私の自宅にも、彼女に描いてもらったウオッカの絵が飾ってありますが、いつ見ても違った表情を見せてくれるから不思議です。

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Cafeaoba02
美しい馬の絵に囲まれて美味しい珈琲が飲めます。

Cafeaoba03
ひそかに「ROUNDERS」を置いてくれていました(感謝)。

武藤きすいさんの個展は、好評につき、期間を延長して11月29日(日)まで開催されるそうです。ジャパンカップまでに東京競馬場に行かれる方、特に競馬が終わった後は珈琲を飲みたいというカフェ好きの方は、ぜひ立ち寄ってみてください。えっ、ビールは飲めないのかって?ビールも飲めるそうですよ。

■cafeあおばのHPはこちら
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大人たちが忘れてしまった何かを

Jockeybabys

先週の日曜日、第3回ジョッキーベイビーズを観るため、東京競馬場に行ってきました。昔は第1レースからガッツリ遊んでいたものですが、最近はお昼休み前に競馬場に到着することが珍しくなりました(笑)。あやうく遅刻しそうになりましたが、府中本町の駅から続く長い廊下を急いで歩いて、なんとかセーフ。雨もピタリと止んで、電光掲示板をちらりと見ると、芝コースは“良”と表示されていました。子どもたちにとってのせっかくの大舞台が、雨で台無しになってしまうことを心配していたのですが、まずはひと安心。

各ジョッキーが紹介され、スタートはカウントダウン形式で行われました。今年から鞭の使用は禁止という新たなルールが追加され、子供たちは手綱だけで馬を追うことになります。実際のレースでは、ラチ沿いに馬を移動させて、異次元の伸びを見せた石井李佳さんとさくらのコンビが優勝。アイビスサマーダッシュに出走しても勝てるのでは、と思わせるほどの素晴らしい走りでした。個人的に応援していた北海道代表の木村和士くんと大池悠梨香は残念ながら後方のままでしたが、全員が無事に完走してくれてまた安心。

レース終了後には競馬場に集まったファンから暖かい拍手が送られる中、子どもたちが引き揚げてくるシーンが印象的でした。笑みが絶えない子どももいれば、悔しさを隠し切れない子どももいました。誰しもが勝ちたいという気持ちを抱いていたのですから当然ですよね。表彰式を終えたあとは、全員がすがすがしい表情を浮かべていました。これだけの場でレースができたことは、一生の思い出になるでしょう。大人たちが忘れてしまった何かを、子どもたちは持って帰るのです。ジョッキーベイビーズが、いつまでも続きますように。

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今宵、大井で2頭が決戦!(再掲)

Smartfalcon by M.H

昨年秋から今年にかけての動きを見る限り、今年の秋のダート戦線もスマートファルコンの主役の座は揺るがないだろう。その皮切りとなったのが、昨年秋のJBCクラシックであった。それまでは抑える競馬を試行錯誤していたが、武豊騎手に手綱が渡ってから2戦目となるレースで、あっと驚く大逃げを打ったのだ。大逃げを打ったというよりも、武豊騎手に言わせてみれば、スマートファルコンの気持ちに逆らわずに走らせただけ、ということになるのか。私も現場にいたから分かるが、それにしても気風のよい逃げっぷりであった。後続に影も踏ませないとは、こういう走りのことを言うのだろう。

スマートファルコンの血統に目を移してみると、父ゴールドアリュールの名が浮かび上がってくる。サンデーサイレンスの仔として、ダートのG1(フェブラリーS)を制した唯一の馬である。現役当時は、芝を中心に使われていたことからも分かるように、芝でこそ本領を発揮できそうな、絵画から抜け出てきたような美しい馬体を誇っていた。それでも実際に自身が勝ったのはダートのG1レースであり、ここまでダートの一流馬を誕生させているのだから、ダートに滅法強い何かを持っていたのだろう。それは細部に至るまでの肉体の形であり、気の強さという精神面でもあり、あらゆる全てがダートを走るために授けられたものであったのだ。

その特徴を素直に遺伝した産駒のダートでの活躍は当然のことだ。スマートファルコンに立ち向かう有力馬たちの中でも、ゴールドアリュールの血を受け継ぐ馬は多い。エスポワールシチー、オーロマイスター、シルクフォーチュンといった面子が、後継者争いも含めた戦いを挑んでくる。その中でも最大のライバルになるのは、JCダートとフェブラリーSを制しているエスポワールシチーだろう。今年の春は海外遠征のダメージがあって、本来の走りができなかったが、本来の力が戻ってくればスマートファルコンとマッチレースをしても伍する馬である。脚質的にも同じなので、ぜひともゴールドアリュール産駒の追い比べを見てみたい。

父ということであれば、トランセンドの父ワイルドラッシュにも勢いがある。2004年からシンジケートが日本で組まれ、日本で産駒が走ったのは外国産馬のパーソナルラッシュが最初であり、その後、アメリカに残してきた産駒が次々と活躍したので、買戻しのオファーがあったとされている。自身はそれほどの大物ではなかったが、その仔らにはダートの鬼の資質がはっきりと遺伝している。トランセンドを筆頭に、クラーベセクレタやクリールパッションといった馬たちが、この秋のダート戦線での活躍が見込まれている。クラーベセクレタは、失格になってしまうなどリズムが悪いが、順調に育てばどこまで強くなるのだろうという期待を抱かせてくれる牝馬である。

その他、有力馬であるフリーオーソの父はブライアンズタイム、ランフォルセの父はシンボリクリスエス、そしてヤマニンキングリーの父はアグネスデジタルなど、まさにダートを主戦場として活躍馬を出してきた(もしくはダートで輝かしい実績を積み上げてきた)種牡馬たちが並ぶ。もはやこれは時代を超えたダートを巡る覇権争いと言っても過言ではないだろう。中央と地方のダートG1のローテーションがやや食い違っているため、なかなか全馬が揃って激突するシーンはないが、もしあるとすれば今年暮れの東京大賞典あたりか。

と思いきや、なんとスマートファルコンとトランセンドが、今宵、大井競馬場で激突することになった。ゴールドアリュールとワイルドラッシュのダートの血を賭けての争いでもある。逃げるスマートファルコンをトランセンドがどこで捕まえに動くのか、はたまたこの2頭の間隙を突くことができる馬は果たしているのか。もしかすると、阪神大賞典におけるナリタブライアンとマヤノトップガンばりのマッチレースが観られるかもしれないと思うと心が躍る。


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ありがとう、オルフェーヴル。

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京都競馬場まで菊花賞を観戦しに行ってきました。途中、中之島と中書島を間違えるアクシデントはあったものの、なんとかお昼過ぎまでには競馬場までたどり着き、久しぶりにゆったりと競馬を楽しみました。異常な熱気を予想していたのですが、意外にも人は少なく、まるで普通のG1レースのようでした。たぶん、普通の人にとっては普通のG1レースなのですね。少し拍子抜けしながらも、京都競馬場を訪れたときには必ず立ち寄っている場所に行きました。

Kikkasyo03

『競馬ブック』の「おもひでの名勝負」にライスシャワーの菊花賞を書こうか迷ったぐらい、私にとって彼はおもひでの名馬です。たくさんの競馬ファンがお参りしているようで、ライスシャワーの石碑の前にはいつもたくさんの花や人参が供えられています。本日の菊花賞のために特別に作られた「3冠馬の蹄跡」というパンフレットも誰かによって立てかけてあり、素敵だなあと思いました。ライスシャワーは3冠を阻止した馬でしたが、おそらくオルフェーヴルには声援を送っていたに違いありません。私は手を合わせました。

その後、競馬場のあちこちを回って、食事をしたり、ターフィーショップに行ったりしました。ターフィーショップに「ROUNDERS」の創刊号があるかと思い、探してみたところ、どこにもありません。どうやら売り切れのようですね。ほとんどの競馬場やGateJでも、売り切れてしまっているようです。ありがたいことです。「ROUNDERS」vol.2を置いていただく際には、その横に創刊号も並べていただけると嬉しいなと思いました。

Kikkasyo02そんなことをしているうちに、菊花賞の発走時刻は近づき、空がどんよりと曇り始め、ぽつぽつと雨が降ってきました。なんとか菊花賞まではもってくれと願いつつ、パドックに向かいました。3冠馬をひと目見ようと、さすがに人だかりができていて、遠目にオルフェーヴルを確認するので精一杯。オルフェーヴルにはジワっと程良い気合が乗っていました。後ろを歩いていたウインバリアシオンが恐ろしいぐらいに落ち着いていて印象に残りました。騎乗の合図が掛かり、池添謙一騎手は2、3度軽くジャンプをして、緊張をほぐしてからオルフェーヴルに跨りました。

勝負のポイントは1周目のスタンド前だと思っていましたが、前のポジションにつけながらも、きっちり折り合いが付いている姿を観て安心しました。最終コーナーを回る勢いは、あのナリタブライアンやディープインパクトという過去の3冠馬のそれでしたし、ゴール前は抑える余裕さえありました。ゴールしたあとのオルフェーヴルの黄金の馬体がターフビジョンに映し出されると、京都競馬場の競馬ファンからは拍手が起こりました。私はこの雰囲気を味わいたいがために、京都競馬場まで足を運んだのでした。そう思うと、嬉しくて、自然と涙が溢れてきました。

シンザンが菊花賞を制して3冠馬となったレースの後、祝勝会を終えた武田文吾調教師がシンザンの様子を窺いに馬房に立ち寄ったところ、さすがのシンザンも精根尽き果てて横になっていました。その姿を見て、武田文吾調教師は「酒飲まぬ馬憐れみつつ菊の宴」という句を残したそうです。さすがのオルフェーヴルも今日は疲れ果てて、横になって寝ていることでしょう。オルフェーヴルは私のために走ったわけではなく、日本の競馬のために走ったわけでもないのですが、それでもオルフェーヴルにはありがとうと言いたいのです。

Thankyou

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ばんえいカレンダー

Sunanokiduna01

あっという間に秋のG1シリーズが始まり、来年の手帳やカレンダーのことを考えてしまう季節がやってきました。手帳はまだ決まっていませんが、カレンダーはもう買いました。ばんえい競馬「砂の絆」2012カレンダーです。実は昨年からこのばんえいカレンダーを使っているのですが、ひと月に1度めくるたびに、美しい写真にハッとさせられます。ばんえい競馬の写真は普通の競馬のそれと一味もふた味も違っていて、どことなく別世界の趣があります。忙しい日々の中、ばんえいの写真に癒されてしまうこともありました。

せっかくなので、ばんえい競馬の思い出をひとつ。ばんえい競馬を観たいと思っていた私は、なぜかある日、思い立って3月に北海道の帯広に行きました。一泊して、翌朝、ホテルを出ると、外の世界は生命の危機を感じるほどの寒さ(笑)。寒いとは知っていたのですが、まさに想像を絶する寒さでした。ホテルの入り口からタクシーに乗り込むまでのおよそ20秒が、とても長く感じたことを覚えています。その日の気温はなんと氷点下。このような寒さの中で生活をしている北海道の人々を純粋に尊敬しました。

それでも私はなんとか競馬場に向かい、生まれて初めてのばんえい競馬を満喫しました。1トンちかくあるばん馬がパドックを歩く姿には息をのみましたし、レースで橇(そり)を引いて急坂を登るシーンは圧巻でした。サラブレッドのレースとは違い、馬と一緒に歩きながら、じっくりと応援することができるのもいいですね。

3レースほど手を出したのですが、全く当たらず、いよいよ最終レースを迎えました。少し熱くなっていた私は、3番人気の馬に、もし当たったら飛行機代が出るぐらい賭けてみました。スタートが切られ、私が賭けた馬は3番手で道中を進みました。最終障害をようやく登り終えたとき、前を行く2頭はすでに最後の直線を歩いていました。が、そこから、私が賭けた馬の猛烈な追い上げが始まりました。私は思わず大声を上げながら、一緒に走って応援しました。ゴール前で差し切った瞬間は思わずガッツポーズ!

と思ったのも束の間。写真判定の末、私の応援した馬は負けていたのでした。そのとき、初めて知ったのですが、ばんえいは馬ではなく、引いている橇(そり)がゴール板を過ぎた時点が決勝なのでした…。私の賭けた馬は、馬体こそ出ていたのですが、橇がわずかに遅かったのです。こんな寒~い経験も、今となっては良き思い出です。

■太田宏昭作品集 ばんえい競馬「砂の絆」2012カレンダー
Sunanokiduna03 Sunanokiduna02

北の大地に息づく美しく神々しい輓馬達。そして、そこに暮らす人々や動物達を繋ぐ「笑顔」と「絆」。昨年好評を得たばんえい競馬「光と砂」 2011カレンダーに続く太田作品第二弾、10月1日販売開始。
※このカレンダーの経費を差し引いた収益は、ばんえい競馬振興のために使われます。また、最終的な売上の一部は被災馬支援に充てられます。

B4 28頁 中綴じ 定価1,500円(税込・送料別)
[店舗販売] 
帯広競馬場内 リッキーハウス
大井競馬場内 Champions TCK
川崎競馬場内 Gallop House
JRA主要ターフィーショップ(11月頃より)
[インターネット販売]
ばんばショップ→ http://www.banbashop.com/
全国市場.com → http://www.zenkoku-ichiba.com/

[お問い合わせ]
NPO法人とかち馬文化を支える会(火・金)
0155-67-6890
株式会社賢工製版
03-5442-8562(担当:中山)
nakayama@ken-ko.co.jp

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スマートファルコンを捕まえられる馬は

Smartfalcon by M.H

昨年秋から今年にかけての動きを見る限り、今年の秋のダート戦線もスマートファルコンの主役の座は揺るがないだろう。その皮切りとなったのが、昨年秋のJBCクラシックであった。それまでは抑える競馬を試行錯誤していたが、武豊騎手に手綱が渡ってから2戦目となるレースで、あっと驚く大逃げを打ったのだ。大逃げを打ったというよりも、武豊騎手に言わせてみれば、スマートファルコンの気持ちに逆らわずに走らせただけ、ということになるのか。私も現場にいたから分かるが、それにしても気風のよい逃げっぷりであった。後続に影も踏ませないとは、こういう走りのことを言うのだろう。

スマートファルコンの血統に目を移してみると、父ゴールドアリュールの名が浮かび上がってくる。サンデーサイレンスの仔として、ダートのG1(フェブラリーS)を制した唯一の馬である。現役当時は、芝を中心に使われていたことからも分かるように、芝でこそ本領を発揮できそうな、絵画から抜け出てきたような美しい馬体を誇っていた。それでも実際に自身が勝ったのはダートのG1レースであり、ここまでダートの一流馬を誕生させているのだから、ダートに滅法強い何かを持っていたのだろう。それは細部に至るまでの肉体の形であり、気の強さという精神面でもあり、あらゆる全てがダートを走るために授けられたものであったのだ。

その特徴を素直に遺伝した産駒のダートでの活躍は当然のことだ。スマートファルコンに立ち向かう有力馬たちの中でも、ゴールドアリュールの血を受け継ぐ馬は多い。エスポワールシチー、オーロマイスター、シルクフォーチュンといった面子が、後継者争いも含めた戦いを挑んでくる。その中でも最大のライバルになるのは、JCダートとフェブラリーSを制しているエスポワールシチーだろう。今年の春は海外遠征のダメージがあって、本来の走りができなかったが、本来の力が戻ってくればスマートファルコンとマッチレースをしても伍する馬である。脚質的にも同じなので、ぜひともゴールドアリュール産駒の追い比べを見てみたい。

父ということであれば、トランセンドの父ワイルドラッシュにも勢いがある。2004年からシンジケートが日本で組まれ、日本で産駒が走ったのは外国産馬のパーソナルラッシュが最初であり、その後、アメリカに残してきた産駒が次々と活躍したので、買戻しのオファーがあったとされている。自身はそれほどの大物ではなかったが、その仔らにはダートの鬼の資質がはっきりと遺伝している。トランセンドを筆頭に、クラーベセクレタやクリールパッションといった馬たちが、この秋のダート戦線での活躍が見込まれている。クラーベセクレタは、失格になってしまうなどリズムが悪いが、順調に育てばどこまで強くなるのだろうという期待を抱かせてくれる牝馬である。

その他、有力馬であるフリーオーソの父はブライアンズタイム、ランフォルセの父はシンボリクリスエス、そしてヤマニンキングリーの父はアグネスデジタルなど、まさにダートを主戦場として活躍馬を出してきた(もしくはダートで輝かしい実績を積み上げてきた)種牡馬たちが並ぶ。もはやこれは時代を超えたダートを巡る覇権争いと言っても過言ではないだろう。中央と地方のダートG1のローテーションがやや食い違っているため、なかなか全馬が揃って激突するシーンはないが、もしあるとすれば今年暮れの東京大賞典あたりか。そこでもおそらく逃げるのはスマートファルコンだろう。スマートファルコンを捕まえられる馬はいるのか、もしいるとすればそれは誰なのか、明日の南部杯@東京競馬場を楽しみにしながら、今から年末に向けて想像が膨らんでしまう。

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藤田伸二騎手には迷わずそこに突っ込んでほしい

Sfujita

騎手の世界で綺麗に乗るということは、つまり、騎乗フォームやアクションが美しいだけではなく、フェアに乗るということを意味する。自分が勝つためだけに、他の騎手や馬の危険を顧みず、レース全体の調和を乱してしまうような乗り方をするのではなく、競馬というスポーツが誰にとってもスムーズに公正に行われるように乗る。誰の邪魔をすることもなく、ただ馬につかまってジッとしているだけであれば、安全安心ではあっても、勝利からは遠ざかってしまう。また反対に、他の人馬を妨害したり、無理な進路変更やポジション取りをすれば、自分の馬が勝つ可能性が高まることもある。どちらか一方だけを選択するのだとすれば、さほど難しいことではない。両方を同時に行うことが難しく、騎手として最高の技術と英知が求められるのである。

「特別模範騎手賞」を2度受賞した藤田伸二騎手は、「綺麗に乗る」と「勝つ」を最も体現している騎手のひとりであろう。「特別模範騎手賞」とは、勝利数か獲得賞金、勝率のいずれかの部門で全国リーディング5位以内に入る優秀騎手賞を手にし、なおかつ制裁点数が0でなければ取れない賞である。1980年に創設されて以来、この賞を獲得したのは、藤田伸二騎手以外には、柴田政人元騎手と河内洋元騎手だけなのである。これだけを見ても、綺麗に乗りながら人より多く勝つことがどれだけ難しいかが分かるだろう。

その藤田伸二騎手がヒルノダムールに乗って凱旋門賞に挑戦する。派手な外見や言動とは裏腹に、壮大なこだわりを胸に秘めたジョッキーなのである。ターフの外ではなく上でもっと暴れてほしいと思った時期もあったが、藤田伸二騎手のこだわりが見えてくるにつれて、彼がターフの上では自らを厳しく律していることが分かった。レースに行って、ソツなく乗らせたら、右に出る者はいない。悪い意味ではなく、良い意味において、ミスをしない騎手である。凱旋門賞のようなひとつのミスが許されないレースでは、上手く乗ることではなく、時としてミスをしないことの方が重要になってくるだろう。

ただひとつ、藤田伸二騎手にはお願いしたい。もし「綺麗に乗る」と「勝つ」のいずれか一方を選択しなければならない場面があったとしたら、今回だけは「勝つ」方を選んでほしい。凱旋門賞は世界で有数のレベルが高いレースである。道中では馬群が密集し、各馬の間隔はほとんどないに等しい。道中でバテて下がってくるような馬もおらず、最後の直線に向くまで、いや向いても、全く隙のないレースになることが多い。自分の馬が勝つためのポジションを取るチャンスも、馬群から抜け出すタイミングも、ほんの一瞬しかない。道中は内々でひたすら我慢しつつ、勝負所でたとえ1頭分のスペースもない状況があっても、そこを抜け出さないと勝てないのであれば、今回だけは迷わずそこに突っ込んでほしい。それだけの技術も勇気も藤田伸二騎手にはあるのだから。

Photo by fake Place

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ヒルノダムールが凱旋門賞を勝ってしまうのではないかと思う

Hiruno_damour

今年の春のG1シリーズを観て、凱旋門賞に挑戦してほしいと観戦記に書いた馬が2頭いる。1頭は日本ダービーを勝ったオルフェーヴルであり、もう1頭は天皇賞春を勝ったヒルノダムールである。たとえ日本の一流馬であっても、これまで凱旋門賞で勝負になると思った馬はいなかった。あのディープインパクトでさえ、負けるのではと思っていたし、そのように書いた。決して日本馬が弱いということではなく、日本の競馬とは対極にある資質が求められる以上、日本の馬が凱旋門賞を勝つことは極めて難しいのだ。その難しさは、ドバイワールドカップにおけるそれの比ではない。

それでもオルフェーヴルとヒルノダムールにはチャンスがあると踏んだのは、どちらの馬も日本の一流馬の中では特異な強さを持っているからだ。スピードがあることは大前提であり、この2頭には重い馬場を苦にしないパワーと、無尽蔵なスタミナがある。オルフェーヴルがもし3歳で出走していれば斤量の恩恵もあったはずだし、なんと言っても、昨年、伏兵ながらも2着したナカヤマフェスタと父が同じステイゴールドである。ステイゴールドが日本のG1レースを勝てず、香港やドバイでは別馬のような強烈な走りを見せたのは、力の要る重い馬場への適性ゆえであった。小柄な馬であったが、体内に秘めたパワーは相当なものがあった。

実際に凱旋門賞にチャレンジすることになったのは、ヒルノダムールの方である。この馬にはオルフェーヴルを上回る長所がある。どのような状況においても、「引っ掛からない」こと。それはステイヤーとして優秀な資質であり、日本のレースと大きく異なるペースで流れる凱旋門賞では、「引っ掛からないこと」が極めて重要なポイントになる。あのエルコンドルパサーもディープインパクトも、結局のところ、レースの流れに乗ることができずに敗れているのだ。押して押して進んで行くタイプのヒルノダムールは、どのような流れになってもピタリと折り合えるはずだ。

前哨戦のフォア賞を使えたことも大きい。向こう(現地)ではどうしても満足な調教を積むことができないことが多く、調教だけでキッチリ仕上げることが難しく、馬が思いのほか太くなってしまう。そういった意味でも、フォア賞を叩けた場合と、そうでない場合の間には天と地ほどの違いがある。サラフィナに負けてはしまったが、ステップレースと考えれば上々の併せ馬ができたのである。

また、隠し味としての血統も興味深い。父マンハッタンカフェは天皇賞春を勝ち、凱旋門賞を最後に、屈腱炎を発症してキャリアを終えた馬である。つまり、凱旋門賞で夢破れた馬ということだ。マンハッタンカフェの母系はドイツのSラインであり、重厚なスタミナが脈々と流れている。そして、母の父にラムタラを迎えて、完全無欠のステイヤーが誕生した。ラムタラといえばキャリア2戦にしてエプソムダービーを制し、凱旋門賞を勝って4戦4勝の戦績で引退したのち、日本に種牡馬として輸入された馬である。肺病を患った中でのエプソムダービー制覇やその負けしらずの戦績から「奇跡の馬」と言われることもあるし、デットーリ騎手は「ライオンのハートを持つ馬」と絶賛した。日本に3000万ドル(当時の約33億円)で売られたときには、ヨーロッパの競馬ファンはさぞかしがっかりしただろう。そして、時を超えて、あのラムタラが母の父として凱旋門賞に挑戦してくるなんて、誰も想像しなかったに違いない。そもそも彼らはこのことに気づいているのだろうか。

日本の人馬たちが凱旋門賞に挑戦し始めてから、およそ40年の年月が流れた。スピードシンボリやメジロアサマから、エルコンドルパサー、そしてディープインパクトまで、あらゆる名馬たちがヨーロッパの厚い壁にはね返されてきた。しかし、ドバイワールドカップの壁が破られた今年、凱旋門賞においても最大のチャンスが訪れた。これほど凱旋門賞の舞台に適した馬が、きちんとステップレースを使えて出走できることは、これからも滅多にないはず。サラフィナは想像以上に強く、ソーユーシンクは歴史に残る名馬である。それでも、ヒルノダムールが凱旋門賞を勝ってしまうのではないかと思う。夢が現実になってしまうのではないかと思う。

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オルフェーヴルは3冠馬になれるのか?

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今年の3歳牡馬のクラシックを占うにおいて、最大の焦点は、オルフェーヴルは菊花賞を勝って3冠を達成できるのか?ということだろう。前哨戦から皐月賞、そしてダービーに至るまでの成長力は素晴らしく、その勝ち方を見ると、他馬とは一枚上の力を有していることは明らかである。折り合いさえつけば、ラストの爆発力には目を見張るものがあり、しかも、良馬場と重馬場の両方を制しているだけに心強い。

ただ、そうは言っても、容易には達成することができないのが3冠である。これまで幾多の馬たちが3冠を目前にして涙を飲んできた。およそ7000頭のサラブレッドのうちの1頭が、距離もコースも全く違う3つのクラシックレースを全て制することがどれだけ難しいか(今回、最大の難関であった皐月賞が府中で行われたことがオルフェーヴルにとって救いとなったことは確かである)。夏を越して大きく成長した晩成の馬たちも、秋には続々と登場するだろう。また、菊花賞が行われる3000mという距離のレースを大の得意とする馬たちも、刃を研いで最後の1冠を狙ってくるだろう。

そして何よりも、オルフェーヴル自身にとって最大の敵となるのは、己の体調である。ダービー馬が菊花賞を万全の体調で迎えることは極めて難しい。その難しさについては、ダービー馬と菊花賞の関係に語らせるのが最も分かりやすいだろう。過去13年間のダービー馬の菊花賞における成績は以下のようになる。
     
平成10年 スペシャルウィーク→2着
平成11年 アドマイヤベガ  →6着
平成12年 アグネスフライト →5着
平成13年 ジャングルポケット→4着
平成14年 タニノギムレット →不出走
平成15年 ネオユニヴァース →3着
平成16年 キングカメハメハ →不出走
平成17年 ディープインパクト→1着
平成18年 メイショウサムソン→4着
平成19年 ウオッカ→秋華賞に出走3着
平成20年 ディープスカイ→天皇賞秋に出走3着
平成21年 ロジユニヴァース→不出走
平成22年 エイシンフラッシュ→不出走

誰の目にも一目瞭然だが、あの怪物ディープインパクト以外のダービー馬は、菊花賞で凡走を繰り返している。もしくは、故障や体調不良で出走すら出来ていない。なぜこのような現象が起こるのだろうか。その世代の最強馬であるはずのダービー馬が、なぜわずか4ヶ月後に行われる菊花賞でいとも簡単に負けてしまうのだろうか。その理由は、ダービーから菊花賞までの期間の短さにある。

ダービーを勝つためには、極限の仕上がりが要求される。目一杯の調教に耐え、レースでは自身の持つ力の全てを使い切るほどでないとダービーを制することはできない。ダービーとは、それほどまでに苛酷なレースなのである。そして、ダービーで全ての力を使い果たした馬を、わずか4ヶ月で再び100%の状態に持って行くことは至難の業である。

たとえば、平成10年のダービー馬スペシャルウィークが菊花賞、ジャパンカップと凡走したのは、ダービーの疲れが抜け切れていなかったからである。スペシャルウィークほどの馬でも、ダービー後には一時的なスランプに陥っている。メイショウサムソンが秋シーズンに思わぬ凡走を繰り返したのも、ロジユニヴァースが戦列になかなか復帰できなかったのも、肉体面での疲労が回復していなかったのである。

さらに難しいのは精神面での回復である。極限の状態で苛酷なレースを制した馬は、その後、精神的に燃え尽きてしまうことが多い。それが一時的なものになるか、完全に燃え尽きてしまうかはそれぞれだが、他馬に抜かれまいとする闘争心、苦しくても走り続ける気力が失われてしまうのだ。タヤスツヨシやネオユニヴァースはその典型である。ダービーを勝つほどの能力を持った馬でも、闘争心や気力が失われている状態では凡走を繰り返してしまうことになる。

それでもやはり3冠馬の誕生をまたこの目で見てみたい。シンボリルドルフやナリタブライアン、ディープインパクトなど、過去の3冠馬たちと比べても遜色ない名馬になりうる可能性をオルフェーヴルは秘めている。そして、オルフェーヴルには来年の凱旋門賞に挑戦してほしい。これまでのどの挑戦者よりも、ヨーロッパの競馬が合うタイプだと思うからである。オルフェーヴルはあらゆる苦難や難敵に打ち勝ち、まずは3冠馬に輝くことができるのだろうか。オルフェーヴルに残された時間はあとわずか。

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世界は競馬場だ

「世界は中古レコード店だ」と村上春樹は書きましたが、「世界は競馬場だ」と私は断言できます。村上春樹は世界のどこの国に行っても、暇さえあれば中古レコード店を探して回るそうです。通り一遍の観光をするよりも、中古レコード店を訪れるだけで、その国の何たるかを少しは理解できるような気がするということです。私もある土地に着いても競馬場にしか行かずに帰ってくることもありますし、また競馬場に行きたくてその地を訪れることがほとんどです。競馬が行われている場所こそが、私にとっては世界なのです。

今回は導かれるようにして、先週末に北海道の別海に行ってきました。秋の収穫を祝う産業祭の中の、ひとつの催しとしての馬事技術大会を観戦しに行くためです。中標津空港から車でおよそ40分のところにある別海町。車の免許を更新していない私は、タクシーを使って、現地にたどり着きました。朝9時前に到着したというのに、お祭りに参加する人々だけではなく、馬事競技に参加する馬々まで、たくさんの人馬が集まっていました。1周1000mぐらいはありそうな競技場にも、すでに大勢の見物客が集まっていて、お祭りが主で競馬が従なのか、競馬が主でお祭りが従なのか、この時点で私にはもう分からなくなってきました。

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1日目の土曜日は、トロッターの繋駕(けいが)速足競走やポニー競馬が主でした。繋駕(けいが)速足競走とは、馬の後ろに1人乗りの2輪車を付け、ドライバーと呼ばれる騎手が長いムチと手綱で馬を操縦して、馬は走るのではなく速足で競うレースです。トロットとは右前足と左後ろ足を同時に地に着け、次のタイミングで左前足と右後ろ足を地に着ける速足の方法です。

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日本では大正時代に奨励されて中央競馬でも開催されていましたが、終戦後、スピード感の欠如などの理由から、次第に縮小に向かい、1971年に盛岡競馬場で行われたのを最後に廃止となってしまいました。現在はアマチュアの草競馬として、道東にその文化はかろうじて残っていますが、競技人口はなんと数十人。ドライバーも高齢にさしかかった人が多く、後継者もいないというのが現状ということです。

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お昼休みには、メインの会場で蟹や鮭などたくさんの秋味を食べることができました。競馬を観て、美味しいものを食べ、そしてまた競馬を観るという最高に贅沢な1日。午後にはポニー競馬が2レースが行われました。こちらも道東では競技人口が減っており、毎年、浦河からポニー少年団が遠征して主役を務めています。小さい子で小学校3年生からという少年少女たちが、大人顔負けのド迫力のレースを見せてくれました。

レースごとに勝者が異なるスリリングな展開で、最後のレースでは一昨年のジョッキーベイビーズの勝者である木村拓己くんと、その弟で今年のジョッキーベイビーズに出場することが決まっている木村和士くんの追い比べになりました。最終コーナーでほとんどの人馬が逸走というアクシデントはあったものの、デッドヒート(同着)ではないかと思わせる激しいレースの結末は、弟の和士くんに軍配が上がりました。11月6日(日)に東京競馬場で行われるジョッキーベイビーズでの兄弟制覇を目指して、和士くんには頑張ってもらいたいものです。

これで1日が終了かと思いきや、現地で知り合ったSさんに誘っていただき、野付ライディイングファームに車で移動して、ベストタイアップを見学してきました。知っていますか、ベストタイアップ?父アンバーシャダイという渋い血統ながらも、サンデーサイレンス産駒に負けない切れ味を見せ、1996年と97年の金杯、そして東京新聞杯を勝った馬です。切れる馬にありがちな狂気を内に秘めた馬で、白目がちだった右目を覚えていました。17歳になった今でもあの目は健在で、なんだか嬉しかったです。

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ベストタイアップに別れを告げ、次はAiba中標津を目指しました。そう、ホッカイドウ競馬とばんえい競馬の場外馬券場です。Sさんの動物的な嗅覚でようやく見つけた場外馬券場で、ばんえい競馬の馬券を買い、見事にタテ目を食らって負けました。嗚呼、単勝にしておけば良かったと反省しながら、Sさんに中標津まで送ってもらい、その日は眠りに落ちたのでした。

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翌日の2日目、雨の降りしきる中、ばんえい競馬が行われていました。ばん馬が連なってつながれている光景は、なんだか恐ろしい。でも、ばん馬はサラブレッドよりも気性が大人しい。だから本当は怖くないのです。ポニーによるばん馬も観て、この日はお昼で切り上げ、後ろ髪を引かれながらも空港へと向かったのでした。たくさんの馬文化に触れて、大満足の2日間でした。お世話になりました皆さま、ありがとうございました。やっぱり、世界は競馬場です。

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秋のG1戦線を占う:3歳牝馬編

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次に、前哨戦であるローズSが今週末に行われる、3歳牝馬のクラシック戦線について占ってみたい。牝馬の場合、総じて完成が早い、早熟なタイプが多いため、秋を迎えて大きく成長する馬は少ない。中にはファインモーションのような秋から勝ち上がってくる大物もいるが、あくまでも稀な例として考えてよい。つまり、春の時点での力関係が、ほとんどそのまま秋にも反映されるということである。

そう考えると、桜花賞で1、2着したマルセリーナとホエールキャプチャはオークスでも上位を占めており、この2頭の力上位は揺るがないものがある。それに加え、忘れな草賞を勝って、オークスを制したエリンコートも実績上位である。そして、春のクラシックを怪我で棒に振ったが、クイーンSを勝って最後の1冠に臨むアヴェンチュラも侮れない。もし桜花賞やオークスに出走していたら、好走していたに違いない能力を秘めた馬だと思うからだ。

マルセリーナは、ディープインパクト産駒らしく体の小さなところはあるが、のんびりとした性格の馬で気性のカリカリした面はない。道中は押していかなければ前へ進もうとしないほどで、だからこそ安藤勝己騎手も距離が伸びて良いと考えたはず。ところが、桜花賞で驚くべき切れ味を発揮して、肉体的にはマイラーであることを示した。800m距離が伸びたオークスでは、位置取りが消極的になってしまったことに加え、重馬場に切れ味を殺されてしまい4着と敗れてしまったが、決して距離が長かったということではない。マルセリーナの気性を考えると、たとえ肉体的にはマイラーでも、むしろ少しゆったりと走れる2000mぐらいの中距離の方がレースはしやすいだろう。秋華賞とエリザベス女王杯の王道を進むとしても、距離面での心配は全く要らない。むしろ、ディープインパクト産駒の夏を越しての成長力が期待される。

ホエールキャプチャは勝ち運に恵まれない馬である。完璧なレースをした阪神ジュベナイルFではレーヴディソールという圧倒的に強い馬に差され、100%の状態に仕上がった桜花賞では、外枠を引いて、外々を回されてしまう不運があった。オークスではなぜかスタートで後手を踏んでしまい、池添謙一騎手はそこからは上手く乗ったが、3着に追い上げるのが精一杯であった。絶好調であれば突き抜けていたはずだが、体調が少し下降線を辿っていただけに伸び切れなかった。父は短距離志向のクロフネだが母系はスタミナに富んでいるだけに、2000~2200mの距離自体に不安はない。あるとすれば、春の激戦の疲れが癒えているかどうかという点だろう。

エリンコートは重馬場のオークスで頂点に立ったように、パワーとスタミナに富んだ馬である。デュランダル×エリンバードという血統イメージに囚われてしまうと見誤ってしまうが、実は母系を遡ってみるとスタミナ血脈にも行き着く。この馬のオークス制覇を考えるにつけ、血統の難しさと不思議さを思わずにはいられない。馬体を見ると、オークス時は幼さを含む柔らか味に溢れていたが、夏を越してパワーアップが著しい。馬体が大人になってきた、成長してきたということである。その馬体の成長が良い方向に出るかどうかは、走ってみなければ分からない。

アヴェンチュラは3歳夏の時点で古馬相手に重賞を勝ったことからも、3歳世代のトップクラスの実力を持つことが分かる。しかも、正攻法の競馬で勝っただけに価値が高い。また、春のクラシックを走っていないことで、かえって肉体的なダメージは少ないばかりか、成長の度合いも大きいはず。夏を越し、札幌2歳Sを勝った時から10kg以上も馬体重を増やしているように、数字にも表れるほど肉体が成長している。姉トールポピーは跳びが大きく、ややハミ受けが悪そうな印象を受けたように、秋華賞の芋を洗うようなレースには対応できなかったが、アヴェンチュラは姉に比べて首の使い方が柔軟で、反応が良いことからも、秋華賞は十分にチャンスがあると見る。

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秋のG1戦線を占う:古馬短距離編(ロケットマン)

ダッシャーゴーゴーにとっての最大の敵は、シンガポールのロケットマンである。ロケットマンの凄さは、21戦17勝(そのうち2着が4回)というほとんどパーフェクトに近い戦績だけを見ても分かるだろう。シンガポール国内だけで走ったものではなく、ドバイに遠征して、ドバイゴールデンシャヒーンといった国際G1レースをも制している。しかも、今年に入っては5戦全勝と負け知らずと、競走馬としてのピークが比較的短いスプリンターとしては異例とも言える、6歳にしてさらなる成長と進化を遂げているのだ。

それはロケットマンがセン馬であることにも起因しているはずである。セン馬のスプリンターといえば、スプリンターズSを制した香港馬サイレントウィットネスと姿を重ねてしまう。デビューから17連勝の記録を持つ香港のヒーローであり、日本のスプリンターにはない圧倒的なパワーを備えた馬であった。はじめて570kg台の馬体を見たときには、まるで違う生物なのではないかと、しばし圧倒されたものだ。サイレントウィットネスの走りと馬体を生で見てみると、日本のスプリンターが世界で通用しない理由が分かる。馬体のスケールとパワーが違い過ぎるのだ。スプリント戦は突き詰めてゆくと、爆発的なスピードを生み出すパワーの勝負なのだ。そういえば、ジョッキーもコーツィ騎手と同じである。

ロケットマンは、シャドーロールを着用しているように、頭が高く、首をあまり使わない走り方をする馬である。上半身の力が強く、ロケットスタートからパワーにものを言わせて先行し、そのままスピードを落とすことなく、直線に向いてさらにギアを上げることで後続を突き放す。相撲で言うと、相手にまわしを取られる前に、突っ張りと張り手で土俵の外に押し出している感じ。速くて強い馬にこのようなレースをされてしまうと、切れ味や軽いスピードが武器の馬には付け入る隙がないのだ。

もしロケットマンが普通に出走してくれば、さすがのダッシャーゴーゴーでも厳しいかもしれない。川田将雅騎手が今度こそ完璧にダッシャーゴーゴーを導いたとしても、世界レベルのスプリンターにねじ伏せられてしまう可能性は大いにある。つくづくG1に縁のない馬なのだろうか。もちろん、世界基準でいえば、ロケットマンとダッシャーゴーゴーを並べて語るのもおこがましいのだが、私はそれぐらいダッシャーゴーゴーという馬の力を評価しているということでもある。サクラバクシンオーの後継者として、ショウナンカンプよりも、グランプリボスよりも、私はダッシャーゴーゴーの方に魅力を感じるのだ。競走馬としても、種牡馬としても。

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秋のG1戦線を占う:古馬短距離編(ダッシャーゴーゴー)

暑い夏はまだ終わっていないが、夏競馬が終わり、いよいよ今週から秋競馬が幕を開ける。無事に夏を越せた馬もいれば、そうでない馬もいるだろう。夏を牧場でゆっくりと過ごせた馬もいれば、休養を挟むことなく、夏の間も競馬場で鍛えられた馬もいるだろう。中央競馬に舞台を移し、それぞれが頂点を目指し、秋のG1戦線に向けて、前哨戦で手応えを試すことになる。

この時期に私にできることといえば、G1レースで有力馬たちが激突する姿を空想することや、自分だけの穴馬が激走する妄想をすることぐらい。でも、案外と私はこの時期が好きだったりする。いずれやってくる未来に思いを馳せて、あらんかぎりの想像力を働かせて、自分だけの競馬を創り上げる。ほとんどの場合それらは現実化しないことが多いが、あとで振り返ってみると、もう数ヶ月前に自分がG1馬を予見していたということだって(たまに)ある。そう、競馬場は未来を描く場所なのだ。

前置きはこのあたりにして、この時期だからこそ、秋のG1戦線を占ってみたい。全てを一気にというわけにはいかないので、クラシックと短距離戦、中長距離戦、ダート戦など、カテゴリー別に分けて見てみたい。まずはイの1番に行われるG1スプリンターズSに向けて、古馬の短距離戦線について。

Dassyagogo古馬の短距離戦線の筆頭は、ダッシャーゴーゴーをおいて他にいない。馬体の幼さが残っていた3歳時にもセントウルSで古馬を破り、スプリンターズSでも2着に突っ込んだ(4着に降着)。今年に入ってからは馬体にもまずまずの成長を見せ、オーシャンSで絶好のスタートを切れたと思いきや、高松宮記念ではまさかの降着で11着に敗退。川田将雅騎手の勝ちたいという思いが強く出すぎてしまったレースであった。

川田騎手の気持ちもよく分かる。ダッシャーゴーゴーは短距離馬には珍しく、ズブくて自分からハミを取って前へ前へというタイプではない。また、ビュっと末脚が切れるわけでもないので、第4コーナーを回った時点で、前たちの馬を射程圏に入れておきたいし、後続の切れる馬たちはできるだけ引き離しておきたい。前が詰まったりして、一旦ブレーキをかけようものなら、再びトップスピードに持ってゆくのに時間が掛かる馬なのだ。そのため、騎手自身にとにかく積極的に前へという意識が強く働いてしまうのだ。

それでも、ダッシャーゴーゴーの内蔵しているエンジンは計り知れないほどに大きいのだから、川田将雅騎手は今度こそ、ドッシリと落ち着いて乗ればよいと思う。この馬とがっぷり四つで組み合って、パワーとスピードで敵う馬は日本国内には存在しない。サクラバクシンオー産駒らしからぬゴツさがあり、軽快さではなく力で他を圧倒する迫力を持っている。前走のCBC賞も、ゴール前で耳を立てていた姿を見れば分かるように、余裕のある勝ち方であった。

セントウルSは勝たなければならないレースではあるが、無理をしてまで勝つことはない。夏を使って来た馬には負けても仕方ないとあきらめよう。そして、ひと叩きされた本番スプリンターズSでは、ひとまずは2度の降着事件は綺麗さっぱり忘れて、ダッシャーゴーゴーと共に自然に1200mを回ってくることを心掛けよう。そうすれば、勝利はついてくる。もしひとつ願うならば、スプリンターズSではできるだけ外の枠を引きたい。

Photo by M.H

(後編に続く→)

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競馬の起源を知っているかどうかだ

今年で70周年を迎える雑誌『優駿』。特別企画として、「『優駿』が見た日本競馬70年 あの歴史的瞬間をもう1度!」を行っていて、これが何とも素晴らしい。9月号は1941年から1979年までの前編となる。史上初の3冠馬セントライトから流星の貴公子と呼ばれたテンポイントまで、寺山修司や虫明亜呂無、山野浩一らの名文と共に、日本競馬の歴史的瞬間が蘇っている。

年表をよく見てみると、いかに様々な変遷の結果として今の競馬があるかが分かる。戦前から戦中、そして戦後の激動期はもちろんのこと、競馬法改正案が公布されて控除率が37%から25%に引き下げられたこと、ハクチカラと保田隆芳騎手によるアメリカ遠征、インフルエンザ騒動、ハイセイコーの登場からテンポイントの死など、私にとっては単なる過去であった競馬が、歴史として目の前に現れて来る。実に分かりやすいのである。

かつて私は、競馬の師にこんな質問をしたことがある(不遜にも)。

「本物の予想家とそうでない予想家の違いは?」

師はためらうことなくこう答えた。

「起源(origin)を知っているかどうかだ。」

当時は全く意味が理解できなかったが、今は少しだけ分かるような気がする。私の周りを見渡してみると、競馬だけに限らず、その道に通じている人は必ずその道の起源を詳しく知っている。その道が好きだからこそ、その道がどこから来て、どこへ向かっているのかを知りたいのは当然のことだ。起源を知ることが馬券の当たり外れにどう関わるのかは未だに分からないが、起源を知りたいという知的探究心が本物の予想家とそうでない予想家を隔てるのだろう。

競馬の起源を知りたいと思う方は、ぜひ今月号の優駿を読んでみてほしい。

Yusyun9gatu

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ゲート試験の功罪

Gatetest生まれて間もなく母から引き離され、厳しい鍛錬を施されたサラブレッドたちが、全国のターフで続々とデビュー戦を飾っている。圧倒的な人気に応えて快勝した馬もいるし、レースについて行くのがやっとの馬もいる。競馬は新馬戦で終わるわけではないので、本当の戦いはこれからなのだが、それでも無事にデビューを果たした競走馬たちには心から拍手を送りたい。勝ち負けは競馬の神様が決めるものであり、競走馬はターフで輝くために生まれてきたのだから。

競走馬としてデビューすることは、実はそう簡単なことではない。何らかの形で競走馬がデビューする過程に立ち会ったことがある人ならば、その難しさが分かるだろう。競走馬として生を受けたにもかかわらず、デビュー戦を迎えることなく去っていった馬の何と多いことか。怪我や病気や事故など、あらゆる万難を排して、ようやく競走馬としてターフで走ることができる。競馬場に立つことができた馬は、ある意味ではラッキーと言えるのかもしれない。

デビューするための最後の難関として、ゲート試験がある。ゲートにすんなりと入ることができ、ゲート内で大人しく待っていることができ、ゲートが開いたら飛び出してダッシュできるかどうかを試されるのである。何もかもが初めての体験となる若駒のことでもあり、中には閉所恐怖症の馬もいるので、このゲート試験に合格することは想像以上に難しい。厩舎関係者の中で、ゲート試験に受かることを「競走馬になる」と言うのはそれゆえである。どれだけ速く走ることのできる馬でも、このゲート試験をパスしなければ、競走馬としてデビューすることは叶わないのである。

しかも、ゲート試験は2本連続で行われるため、1本目は成功したとしても、2本目で失敗してしまうと不合格となってしまうのだ。このやり方に疑問を投げかける関係者は多い。たった1回だけでも、若駒にとってゲート試験は肉体的にも大変で、神経をすり減らすものであり、それを2回連続で成功させるとなると、練習を含めると大きな負担となる。ゲート試験だけのために入厩して、合格すると放牧に出す馬が多いことからも、ゲート試験の負担の大きさが分かる。

とはいえ、公正競馬の観点から考えると、仕方がない部分もある。レースにはお金がかかっている以上、競走馬がゲートから出て行かなかったでは済まされない。競走馬は生きものであり、どれだけ試験に合格していても100%ゲートを無事に出る保証はないのだが、たった1回のテストでは心もとない。そう考えると、数回、しかも日にちを分けてテストをしたいところなのだが、馬の負担を考えて2回に限っているのではないだろうか。

それよりも、私にとってゲート試験の最大の問題と思われるのは、あまりゲートの練習をやりすぎて、スタートして全速力でダッシュしてしまうリズムを馬に作ってしまうことである。短距離戦でバリバリ活躍していこうと思う馬ならそれでいい。そうではなく、ミドルディスタンス以上の距離でこそ真価を発揮するような馬が、スタートしてから力んで走るようになってしまえば目も当てられない。松田博資調教師はゲート練習をほとんど馬に課さないという。なるほど、ブエナビスタやレーヴディソールの走りを見ると納得してしまう。長めをゆったりと追い切る調教方法だけではなく、こういう小さなところからも、一介のスピード馬で終わらせない馬づくりの本質が見える。もちろん、それも馬が無事にゲート試験に受かってくれたらの話である。もし不合格が続き、デビューが危ぶまれたとしたら、悠長なことを言っていられなくなるだろう。もしそれで、将来の偉大な馬たちの芽が摘まれてしまうのであれば、それはもったいないことである。今はとにかく、どの馬も無事にゲート試験をクリアして、それぞれのデビュー戦を迎えられることを願いたい。

Photo by ede

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「持ち乗り調教助手の本音半分、建前半分」:ゲート試験

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砂の本

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「セレクトセール」とは、日本最大級の競走馬のセリ市である。今年は7月11日(月)、12日(火)の2日間にわたって、ノーザンホースパークにて行われる。億の値をつける当歳馬が登場したり、毎年のように、このセレクトセールの出身馬からG1ホースが誕生したりしている。今年の3歳世代で言うと、NHKマイルCを制したグランプリボスや弥生賞を勝ったサダムパテックらが、このセレクトセールの出身馬である。ちなみに、グランプリボスの購買価格は2700万円、サダムパテックは1200万円。決して高い馬ではなかったが、どこからでもチャンピオンクラスの馬が出現するという、セレクトセールの層の厚さを感じる。

今、私の手元には、「セレクトセール2011」のセリ名簿がある。この分厚いセリ名簿を手に持ってみると、ある種の無力感が私を襲ってくる。この名簿の中に載っている、1歳馬と当歳馬を合わせて528頭の中に、将来のクラシックホースやG1ホースがいるかもしれない。そう思って、種牡馬別に目星をつけてみたり、立ち写真を凝視してみたり、母系を過去まで遡ってみたりしても、どの馬が未来のチャンピオンなのか、一向に分からない。まるでボルヘスの書いた「砂の本」のように、ページをめくっても、めくっても、どこまでも無限にセリ名簿が終わらないような錯覚に囚われてしまうのだ。

自宅で眺めているだけでもそうなのだから、もし自分が実際に現場に行って、ウン千万かの自腹を切って、競走馬を買うことになったとしたら、どのような心持ちでこの名簿を手にするのだろうか。その心境を想像するだけでも、競馬の壮大さや奥深さが分かる。

セレクトセールに行ってみたいと思いつつ、結局、今年も参加することができなかった。来年こそはと念じつつ、今日、明日はグリーンチャンネルもしくはインターネットライブ中継(AM10:00~)を観ながら、このせり名簿を片手に楽しみたい。

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理想のサラブレッドによる理想的なレース(後編)

武豊騎手は、「アメリカの超一流馬に共通した特徴」とも書いているが、かつて日本にもそういう馬がいた。クロフネである。決して脚を溜めてビュッと切れるタイプではないが、大きなフットワークで、どこまで行ってもバテない馬であった。芝のレースでもNHKマイルCを勝ってはいるが、その特長を生かすにはダートという舞台は最適であった。

たった2戦しかダートを走ることはなかったが、武蔵野Sは9馬身差の圧勝で、1600mを1分33秒3という日本レコード。ジャパンカップダートは7馬身差をつけて、2100mを2分5秒9という世界レコードである。最初からダートだけを走っていたら、この馬は1度たりとも負けなかっただろう。それぐらい、日本で走ったダート馬の中ではポテンシャルが抜けていた。過去のどの最強ダート馬と比べてもだ。

アメリカの超一流馬では、マンノウォー、セクレタリアト、シービスケットなど、他馬を圧倒する天性のスピードがあり、スタートしてから脇目も触れることなくガンガン飛ばし、勝負所でも自ら動き、他馬が脱落していく中でも、最後は気持ちでもうひと伸びして突き放す。アメリカの超一流とされる馬のほとんどは、そうして大レースを勝ってきた。

大昔の名馬ばかり挙げても実感がないという方には、私の思い出の中でのアメリカの超一流馬を紹介したい。スキップアウェイという1997年のブリーダーズカップクラシックを勝った超一流馬。決して良血とはいえない安馬だったにもかかわらず、アメリカ競馬の頂点まで登り詰めた馬である。日本の競馬がまさにこれから世界へと向かおうと意気込んでいた時代だけに、おそらく武豊騎手にとっても、アメリカの超一流馬の中の1頭として数えられているに違いない。有り余るスピードと前向きな気性で他馬を圧倒する様は、“スキッピー”という愛称からは程遠く、これぞアメリカの超一流馬という走りで、今でも記憶に鮮明に残っている。

武豊騎手はサイレンススズカを理想的なサラブレッドと呼んだ。ディープインパクトやオグリキャップなど数々の名馬の背を知る武豊騎手が、である。なぜかというと、たとえば2000mの芝のレースにおいて、前半の1000mを58秒台、そして後半を同じく58秒台でまとめられる馬こそ、理想のサラブレッドだと武豊騎手は考えたからである。

「競馬は、最後にいい脚を残したいから、前半を抑えていくことを考えるわけじゃないですか。でも、本当に理想的な競馬はいきなり先頭に立って、最後もいい脚を使う。これができる馬が理想のサラブレッドなんです。つまり、負けようがない」

理想のサラブレッドによる理想的なレース。その完成を観ることは遂に叶わなかったが、まだ彼はあきらめてはいないのだろう。ジョッキーとしてはあらゆるものを手に入れたはずの武豊騎手が、己の肉体に鞭を入れ、馬の背に跨り続けている理由はここにあるのかもしれない。サイレンススズカやクロフネがターフから去った今、スマートファルコンに私たちの夢は託された。

関連リンク
「ガラスの競馬場」:理想のサラブレッドによる理想的なレース(前編)

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悲しみのダービー

Jiromaru

オルフェーヴルのあまりの強さに圧倒され、馬券は外してしまったものの、未来の凱旋門賞馬を見てしまったような、ある種の恍惚感に浸っていた矢先、Yさんからメールが届きました。

Yさんとは「21世紀の馬券戦略ライブ」でお会いしたことがあり、それ以来、「ガラスの競馬場」の書き手と読者という関係を超えて、競馬の素晴らしさを共有する同志として、やりとりさせてもらってきました。Yさんの競馬を愛する気持ちに1点の曇りもないことを、誰よりも私はよく知っています。

そんなYさんから、「悲しみのダービー」というタイトルのメールをいただいたのです。私はちょっと意表を突かれた気がしました。確かに雨は降っていて残念でしたが、これだけ強い馬が出て来たのだから、競馬ファンとしては喜ばしい、競馬の祭典として終わったのではとどこかで思っていたからです。

ところが、で読み進めてゆくうちに、Yさんのおっしゃっていることの意味を私は少しずつ理解し始めました。そして、競馬の陽の部分しか見えていなかった自分を恥じました。馬は人との信頼関係があってこそ走る、と偉そうに言っておきながら、陰に隠れた馬と人の哀しさを見逃してしまっていたのでした。

懺悔の念も含め、Yさんからのメールを全文ここに掲載し(Yさんも承諾済み)、それに対しての返事を公開する形で答えていければと思います。まずはYさんのメールを読んでみてください。

治郎丸さん、こんばんは。先週のダービー、オルフェーヴルめちゃ強かったですね!雨の府中をあれだけ伸びてくる姿は、タイキシャトルを彷彿とさせましたね。

今日は、治郎丸さんに聞いてほしい話があってメールいたしました。オルフェーヴルの強さが目立ったダービーでしたが、私にとっては少しほろ苦いダービーとなってしまいました。

ダービーの本命馬はトーセンレーヴと書きましたが、実は今年からディープ産駒がデビューということもあり、POGをはじめたんですよ。勿論、私はディープ産駒のみ指名していたのですが(笑)、その一頭がトーセンレーヴだったわけです。

実は先週のダービーにもう一頭指名していた馬がいました。2枠4番のリベルタスです。でもリベルタスの馬券は記念馬券以外、買うことはありませんでした…。というのもリベルタスがとてもまともに走れる状態ではないと思っていたからです…。

リベルタスは2010年10月2日のデビューから2カ月半で4走という過酷ローテを課され、ディープ産駒のお披露目目的か、金子オーナーの未制覇GⅠ奪取が目的かわかりませんが、朝日杯FSに参戦。死に物狂いで3着に健闘した将来性豊かな馬に対して、疲労回復のための放牧や休養をとらせず年明けの若駒S出走という選択を…。

若駒Sは何とか押し切ったものの、陣営からは「状態が悪かった」(当り前です…T0T)とレースに使っておきながら信じられないコメントが…。馬が完全に疲弊してしまい、小手先の休養を挟んだものの十分な仕上げもできずスプリングSに出走して13着に大敗。馬はすでに燃え尽きて前進意欲を失っていたように私には映りました。

私はこの時点でせめてダービーに向けて立て直してほしいと思いましたが、陣営は皐月賞を選択。勿論、この大敗は次のGⅠへの調整と言えなくはない。結局、皐月賞出走したものの追走一杯、とても走れる状態でないと最後の直線で横山Jが大事をとって上がり3F43.2をかけてゆっくりとゴールしシンガリ負け。骨折か心房細動か、リベルタスは大丈夫か?と心配いたしましが、馬体検査の結果、身体的に異常なしということでした。

ケガでもなく、あのような競走になってしまったということは、精神的に競走意欲をなくしてしまっているのではないか?とにかく只事ではないというのは素人目にも明らかでした。

そして、この大差負けで放牧に出してもらえるだろうと思っていたところ、驚愕のダービー出走。馬は中間の調教でも走るのを放棄するかのような悲しくなるような状態で(調教VTRを見たときは泣きそうになりました…)、もうダービーではケガなく無事に完走してくれることしか望むことはありませんでした。
→リベルタスの調教映像はこちら

そしてダービー当日…。スタート直後から走るのを拒否するようにズルズル後退、四位Jが後方で何とか走らせようとするも3コーナー過ぎから姿が消え、ついに競走中止に…。もう私にはリベルタスが、人間でいう鬱状態か競馬に対して心的外傷を負っている状態に映りました。

心配していたことがついに現実に…。パトロール映像を見て胸をえぐられるようでした。皐月賞の尋常でない負け方、馬の状態を総合的に見て、陣営ではダービーへの出否について十分な話し合いが行われたのか、中間の馬の状態をどのように把握していたのか、身体的故障でもなく2走続けてまともに競走できない状態の馬をレースに参加させたことについては、陣営もしくはJRAからファンに対して何らかの説明があってもよいのではないかと思うのですがいかがでしょうか(JRAからは「異常歩様」との発表のみ)。

もし、競走できない状態だと認識した上で競馬に参加させたのであれば、それはある種の「無気力競馬」ではないかと思いますし、それはダービーを目指す他の競馬関係者にも大変失礼であり、馬券を購入するファンに対する冒涜でもあると思います。また、馬にとってはもうそれは「虐待」にあたるのではないでしょうか?

モハメド殿下も観戦に来られるような国を代表するようなレースに、日本では肉体的に異常もないのに競走できないような馬を競走させるのかと思われます。こんなことを続けていてはいつまで経っても日本は競馬後進国のままです。ダービーは出走するだけでも栄誉である…それはわかります。でもこのような暴挙が、牡牝三冠を達成したオーナーと牝馬でダービー制覇を成し遂げるような日本競馬を代表する調教師のコンビで行われたことは本当に悲しいです。人間だけでなく、馬までこんなに生きにくい世の中だなんて競馬に夢も希望もなくなってしまいます。

「単に馬が弱いだけ」と言ってしまえばそれだけかもしれません…。でもデビューから関西のレースは全て観戦に行ってリベルタスを見てきた者としては、決して気性難があるとかいう馬には見えませんでした。逆にすごく真面目で性格も従順そうな素直な印象を受けていました。事実レースでも上手く鞍上と折り合っていましたから…。立派な馬体でもあるので、若駒のときから無理使いをせず、古馬での完成を見届けたいと思っていた一頭でした。トレーナーが角居調教師、オーナーが父ディープを所有していた金子オーナーならきっと大切に育ててくれると思ったのに…。

「ROUNDERS」の「走れドトウ」を読みながら、リベルタスはどんな気持ちでこの春の競走に臨んでいたんだろうと思うともう悲しくてやりきれませんでした…。ちょっと競馬がイヤになった2011年日本ダービーでした。長々と読んでいただいてありがとうございました。どうしても心ある方に聞いていただきたかったのです。

次回、私なりの返事を書かせていただきます。

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眠れぬ最高の夜を

Keibagakuhenosyoutai

ダービーの前夜はなかなか寝付けない。仕事で疲れ果てていたとしても、ダービーのことを考えてしまうと夜も眠れないのだ。もしかしたらあの馬が勝つのではないか、などと想像を膨らませているうちに、心臓はドクドクと脈打ち、遠足前の小学生のように居ても立ってもいられなくなる。馬券を買うだけの私でさえそうであるから、ダービーを前にした、もしかしたら自分にも勝てるチャンスがあるのではないかと思っている騎手は、どんな心境でいるのだろうといつも思う。

ダービーを前にしていつも思い出すのは、この本のあるくだりである。騎手にとってダービーを勝つことは、宇宙飛行士が月面を歩くことと、どこか似た内的体験をするのではないかという一節である。この本の中で私が最高に好きな部分なので、長くなるが引用したい。

「宇宙飛行士の中でも月に行った経験を持つ24人と、他の宇宙飛行士とでは、受けたインパクトがまるで違う。さらに、月に行ったといっても、月に到着して、月面を歩いた人間とそうでない人間とでは、また違う。宇宙船の内部しか経験できなかった人と、地球とは別の天体を歩いた経験を持つ人とでは違うのだ。宇宙船の中は無重力状態だが、月の上は六分の一のGの世界で立って歩くことができる。この立って歩くことができるという状態が、意識を働かす上で決定的に違う影響を与えるような気がする。月を歩くというのは、人間として全く別の次元を体験するに等しい。」

上になぞらえて、山本一生はこう言い換える。

「騎手であることと、ダービーに出走経験のある騎手になることでは、受けたインパクトはまるで違うだろうし、さらにダービーに出走することと、ダービーの優勝ジョッキーになることでは決定的に違っていて、「全く別の次元を体験するに等しい」のである。」

騎手にとって、ダービーを勝つことがどれだけの意味を持つかを、これだけ上手く説明した喩えを私は他に知らない。騎手はダービーを勝つことによって、全く別の次元に昇華する。もしかすると、ダービーを勝つことによって得られる内的体験を求めて、人は騎手になるのかもしれない。

今年のダービーの主役を務める池添謙一騎手は、どんな心境で日曜日の朝を迎えるのだろうか。岩田康誠、安藤勝己、小牧太ら、地方競馬からやってきて、中央のダービーを勝つチャンスを胸に秘めた騎手たちは、果たして今夜は眠れるのだろうか。異国の地からやってきて自らの手綱捌きに計り知れない期待を背負うデットーリ騎手は、どのような思いで今夜を過ごすのだろう。騎手だけではない。有力馬を出走させる調教師、厩務員、馬主、牧場関係者もまた、ダービー前夜は眠れないだろう。そしてあなたも、ダービー前夜は眠れぬ最高の夜を過ごすに違いない。

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WIN5を攻略するためのキーワード

2011年4月24日より、5レース全ての1着馬を当てる馬券「WIN5」がスタートする。単勝派の私としては、勝ち馬を予想するという競馬(予想)の原点に立ち返る方向性を持った馬券であることを歓迎しつつ、キャリーオーバー制度や1レースごとに控除されない点にも魅力を感じる。ただ、この「WIN5」の馬券が登場することによって浮き彫りになるであろう、単勝の多点買い(1レースで複数の馬の単勝を買うこと)という現象について、今の時点から警鐘を鳴らしておきたい。

かつて、「単勝の多点買いについてどう思います?」と尋ねられたとき、「ありだと思いますけど、美しくないですね」と返答した記憶がある。その方がどういう答えを求めて私に聞いてくれたのか分からないが、あとで思い返すと、ずいぶんと正直に答えてしまったと反省した。もしかすると、その方は単勝の多点買いを試みようと思っていたのかもしれない。そうであれば、単勝の多点買いのメリットとデメリットという形で私は伝えるべきであったはずだ。そうしなかった(できなかった)のは、私自身が何度か単勝の多点買いをした経験があり(戦略的にではなく、単に1頭に決められなかったという理由で)、あまり気持ちのよい結果にならなかったからだろう。たとえ当たっても外れても、レース後に後悔の念が湧いてきたのだ。

それは私の「美意識」の問題だろう。1つのレースを予想するにあたって、2頭のどちらかが勝つ、もしくは3頭のうちのどれかが勝つといった予想は精度が高くない。2頭や3頭の馬の単勝を買うのであれば、単勝という馬券を買う必要はないだろう。最後まで残った2、3頭の中から、1頭の馬が勝つことを信じて、リスクを取って賭けることが面白いのであって、それができないのであれば、連複やワイドといった馬券を買った方が良い。いや、むしろわざわざ馬券を買わなくても良いのではないか、とさえ思ってしまう。

「美意識」を考えるにあたって、羽生善治氏と茂木健一郎氏による対談をまとめた「自分の頭で考えるということ」(大和書房)という本の中の一節を引用してみたい。コンピューターになくて人間にあるもの、という話の場面で、この「美意識」という言葉が登場する。

茂木
「羽生さんが将棋を指す上で、「美意識」とはどういう位置づけなんですか?」

羽生
「美意識はものすごくあります。将棋のトッププレイヤーには非常にたくさんのこだわりが…むしろ、それが最大のモチベーションになっていると言ってもいいですね。最も美意識が強いのは谷川浩司さんです。対戦していてわかるんですけど、谷川さんという人は指し手にものすごく制約があるんです。自分の美意識ではこの手は指せないし、この手も指せないし…という制約がすごくたくさんある。だから強いんです。普通は「だから弱い」はずなんですけど」

(中略)

羽生
「コンピューターになくて人間にあるのは、恐怖心みたいなものだと思うんです。それが同時に美意識をも生んでいる。だから美意識や恐怖心を持ちつつ、完璧に自分の中でコントロールできれば、そっちの方がいいとは思うんです」

かねてより私が考えていた、無限の世界と対面した時に、人間はどう振舞うべきなのかという問いに対するヒントが、羽生善治氏によって語られている。なぜあれだけ計算能力の高いコンピューターが、人間に将棋で勝てないのか。そのヒントは「美意識」という言葉にある。「美意識」があるかどうかが最終的な勝敗を分けているということである。

「美意識」とは、人間のこだわりや制約である。無限を扱う世界において、こだわりや制約がある人間の方がコンピューターよりも強いとは、なんとも不思議な話である。ありとあらゆる可能性を網羅的に調べ尽くさんとするコンピューターに対し、こだわりや制約でかんじがらめになって思考の可能性が制限されてしまいがちな人間だからこそ強いのはなぜだろうか。この問いに対する答えも、羽生善治氏の言葉の中にあった。

羽生
「たとえば谷川浩司さんの持ち味は「光速の寄せ」と言われていますけど、彼の思考の仕方はおそらく美意識で結末を決めて突っ走るという感じなんですよ。それはもう、たとえば20手先とか30手先の局面を、30手なら30手だけ読むと。他の変化は読まないで、30手の直線を一気に読み切るという感じです」

無限の世界だからこそ、こだわりや制約がなければ結末まで突っ走れないのである。ありとあらゆる可能性の全検索が可能な世界であれば、人間よりもコンピューターの方が圧倒的な強さを発揮するはずであるが、将棋や競馬の世界はそうではない。だからこそ、私たちは自分なりのこだわりや制約を持ってよい。いや、持つべきなのだ。しかも強く。

たとえば、自分の誕生日馬券しか買わないというこだわりや制約があっても良い。バカバカしいとは思うが、徹底的に自分の誕生日の馬券を買い続ける予想法である。私の誕生日は3月7日だが、ひたすら3-7という馬連を買い続ける。いつから買い始めたとしてもよい。そうすると、なんとマツリダゴッホがあっと驚かせた2007年の有馬記念が的中する。馬連2万2190円が1点で的中するのだ。

さらにこだわりや制約を持たせて、G1レースだけ、しかも馬単で3→7しか買わないとしよう。そうすると、マツリダゴッホ→ダイワスカーレットで馬単6万9020円が1点で的中する。その前後で600回のG1レースに賭ける(賭けていた)としても、収支はプラスなのである。分かりやすくするために極端な例を挙げたが、こんな予想でも勝負には勝てるのだ。

ただし、ひとつだけ条件があって、こだわりや制約を強く持てなければならないということだ。ちょっとやそっとのことであきらめてしまったり、放り投げてしまったりする程度のこだわりや制約であれば、勝利には至らないだろう。さきほどの誕生日馬券の例でいうと、600回ぐらい負け続けたとしても、それ以外の馬券を買うことなく、自分の馬券を買い続けることができるかどうか。そのための前提として、自分なりの根拠を強く信じていなければならない。強く信じているからこそ、こだわりや制約は「美意識」に昇華するのである。そして、その「美意識」こそが、WIN5を攻略するためのキーワードであると私は信じている。

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Against All Odds.

幸英明騎手がJRAに対して不服申し立てを行った。2月27日、阪神6Rでゴールデンアタックに騎乗して6着に入線したが、直線で内に斜行してスマートオーシャンの走行を妨害したとして12着に降着となった件について。幸英明騎手としては、「左前の馬(サミットストーン)が内に寄ってきて、挟まれる形になった。自分が被害馬だと思った」とのこと。この申し立てを受け、JRAは裁定委員会を開いたが、不服申し立てには理由がないとして申し立てを棄却した。あの温厚かつ冷静な幸英明騎手によるものだけに、現場やメディアは大きく動揺した。

ここからはあくまでも私見だが、今回の件にだけ関して言えば、問題は幸英明騎手の側にあると思う。パトロールフィルムを観ると分かるように、幸英明騎手が2頭の間にあるスペースに突っ込む前から、左前のサミットストーンに騎乗している池添謙一騎手は左ムチを振るっており、サミットストーンが左に寄れてくる可能性は十分にあった。それを考慮に入れると、あのスペースに入るのは危険であり、一か八かの賭けになる。それを知っていて(かどうか分からないが)、前が詰まった以上、幸英明騎手による判断ミスと言えるだろう。

2頭の間にあったスペースが十分であったかそうでなかったか、という点だけを論じても、水掛け論になることは否めない。あの状況において、他の馬の動きや手応えを考慮に入れると、やはり十分ではなかったということになる。十分でなかったからこそ、前が詰まったのである。ここまでは明白である。だだし、判断が難しいのは、降着にまですべきかどうかという点である。リスクを取ってあのスペースに突っ込んで、前が詰まって6着に敗れたのだから、もうそれで十分だろう。内のスマートオーシャンもすでに手応えを失っていた。追い討ちをかけるように降着、そして4日間の騎乗停止は重すぎるのではないだろうか。あまりに単純な公正さや正義ばかりを追求すると、どの騎手もあのスペースを突かなくなり、スポーツ性が失われてしまう。

さらに、それよりも怖いのはJRAの密室性であろう。今回は裁定の透明性を高めるために、初めて外部委員3名(そのうちの1人は岡部幸雄元騎手)が出席しての裁定委員会であった。にもかかわらず、審理の過程が全く分からない、1枚の裁定書が手渡されたのみだという。これでは誰が納得するというのだろう。せめて顔の見える人間が表に出て、裁定の過程を具体的に説明する責任があるのではないか。万が一、ミスジャッジがあったのであれば、素直に謝罪して改めればよい。信頼できないのは、誤った判断をしてしまったことではなく、それが分かった(発覚した)にもかかわらず認めない人間や組織である。時が経っても私たちは忘れない。

幸英明騎手を筆頭とするジョッキーたちだけではなく、私たちもまた、日々の仕事や生活に忙殺されながら、あの5センチ、10センチの部分で命をかけている。このままだと競馬がなくなってしまう、と本気で心配しているからこそ言いたい。日本の競馬が好きだから、日本の競馬は世界のどこと比べても素晴らしいのだから、もっとオープンになってほしい。もっと私たちを信頼してほしい。競馬をスポーツや文化として愛するために、たとえどれだけ逆風が吹こうとも、これからも私たちはあのスペースを突いて生きてゆく。その思いはずっと変わらない。

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もうひとつの時間

Takaraboy

子供を連れて、いつかアラスカに行ってみたいと思っている。氷河の上で共に夜を過ごしながら、降るような星を見上げ、星空に浮かぶオーロラを見る。感受性の強い子供の頃にそんな風景を見たなら、どれだけ強い記憶として心に残ってゆくだろう。私の大好きな冒険家であり写真家でもある星野道夫さんは、次のように語った。

子供の頃に見た風景がずっと心の中に残ることがある。
いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、
人の言葉ではなく、
いつか見た風景に励まされたり勇気を与えられたりすることが
きっとあるような気がする。
(「旅をする木」 星野道夫)

先日、写真家の太田宏昭さんに喫茶店でお会いして、ばんえい競馬の写真集を見せていただいた時、ふと星野道夫さんの写真を見ているときのような感覚に浸ってしまった。「未開拓の地」、「大自然の寒さと厳しさ」、「極北」、「雪」、「動物」など、さまざまなキーワードが一致するので、自然なつながりと言ってしまえばそうなのだが、私が最も強く感じたのは、「もうひとつの時間」である。

私たちが東京で日常の慌しい生活の中で暮らしている同じ時間に、アラスカではカリブーやシロクマが呼吸をして、ザトウクジラが海から飛び跳ねている。私たちが毎日を生きているその瞬間、北海道の帯広では体重800~1200kgのばん馬が最高1トンの重量物を載せたソリを挽いている。確実に、ゆったりと流れる「もうひとつの時間」が存在するのである。

私たちは、星野道夫さんや太田宏昭さんが撮った風景を見ることで、「もうひとつの時間」を心の片隅に意識することができる。私たちが生きてゆく中で、そのことを意識をすることができるかどうか、それは天と地の差ほど大きい。そう考えたら、いつの間にか、北海道やばんえい競馬に対しても、アラスカという土地に対するのに似た憧れを抱くようになってしまった。ふと、ばんえい競馬に行ってみたくなった。これから様々な人生の岐路に立った時、励ましたり、勇気を与えてくれたりする風景にきっと出会えるような気がする。

Photo by Hiroaki Ota

■太田宏昭公式サイトはこちら
Chevalblanc
右上のgalleryから入って、もうひとつの時間を体感してみてください。
思わずうっとりしてしまうほど、素敵な写真ばかりですよ。

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福永祐一VSデムーロの対談を読んで(後編)

ミルコ・デムーロ騎手を筆頭とした、外国人ジョッキーへの乗り替わりの急増を受け、日本とイタリアにおけるジョッキーを育成するシステムの違いに話は及ぶ。イタリアでは25の競馬場のうち5つがレベルの高い競馬場であり、見習い騎手はローカル競馬場で乗り始め、上手くなるとメインの競馬場で乗るようになるという。非常に分かりやすい、ピラミッド型の育成システムである。

福永 「日本もイタリアのようにあるべきだと思う。僕は、地方競馬をそういう形で活用するのも1つの方法だと思います。いまのままだと、JRAにいるがゆえに乗るチャンスがない騎手たちがいる。数を乗らないと、巧くなれないですよ。JRAとNARを一緒にして、JRAで勝てないジョッキーがNARに行って乗る。賞金は違うけど騎乗するチャンスが増え、そこで結果を出してJRAに来ればいい。また、ローカルと本場の賞金に格差をつけるのもいいと思います。(中略)そうしたほうが、結果的にはみんなに仕事が与えられるような気がします」

どんな仕事でも量が質に転換するように、騎手の仕事も数を乗らないと巧くなれない。しかも、調教で馬に跨るのではなく、実戦のレースで騎乗することが重要である。同じ素質を持ったジョッキーがいたとしたら、週末の土日2日間だけ騎乗するジョッキーと毎日乗っているジョッキーとでは成長のスピードが圧倒的に違う。もちろん、基本的には土日しか開催がない中央のジョッキーの中でも、土日で2鞍しか乗れないジョッキーと16鞍も乗れるジョッキーでは大きな違いが生まれてしまう。文字通り“乗れる”騎手は、どんどん“乗れる”騎手になってゆく。

昨年、関西リーディングを獲った福永祐一騎手でさえ、デビュー当初は、「騎乗フォームが悪い」「下手くそ」など、愛情深いが口は悪い先輩ジョッキーたちにボロクソに言われていた。それでも、乗り鞍に恵まれてきたからこそ、少しずつ腕を磨き、ようやく一流ジョッキーの座に上り詰めることができた。それはもう、石を1個1個積み上げるような日々だったに違いない。

しかしながら、福永祐一騎手のようなジョッキーばかりではないのも現実である。ほとんどの騎手は、エリート教育を受けて競馬学校を卒業してきたにもかかわらず、乗り鞍に恵まれず、重賞などまるで縁がない現役時代を過ごし、寂しくターフを去ってゆく。レースに乗ることさえままならないのだから、経験や技術が蓄積されることはなく、逆転ホームランのチャンスも皆無である。磨けば光る素質があったとしても、“乗れない”騎手は、いつまでも“乗れない”騎手のままとなる。

そこにもし地方競馬で乗る機会があればどうだろう。ほとんどのジョッキーは、たとえ賞金が少なくとも、馬に乗りたい一心でムチを片手にどこへでも飛んでいくに違いない。NARの方がJRAよりもレベルが低いということではなく、賞金と騎乗機会の問題の話である。逆に、地方競馬の乗れる騎手は中央競馬に来て乗るべきである。勝率が4割近い競馬場で乗っていてもつまらないだろう。安藤勝己騎手や岩田康誠騎手のように、中央の舞台でで大暴れしてほしい。つまり、JRAとNARの間にある垣根を取り払ってこそ、真の意味での日本の騎手間における競争やそれに伴う成長があるのである。もはや日本の騎手を育成し、救済するにはそれしかない。

もしそれが叶わないとすれば、ジョッキーが最後に個人レベルで出来ることはひとつ。自ら海外の競馬場へと出てゆくことだ。現在、イタリアで奮闘中の松田大作騎手のように、内にチャンスがないと見れば外へ目を向けてみるのだ。ぬるま湯から飛び出し、異文化に身を投げ入れることで、ジョッキーにとって最も大切なハングリー精神が鍛えられるはず。乗ることに対するハングリー。勝つことに対するハングリー。ミルコ・デムーロ騎手しかり、福永祐一騎手しかり、それは一流を極めた騎手に共通する精神なのである。


関連リンク
「ガラスの競馬場」:福永祐一VSデムーロ騎手の対談を読んで(前編)

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ハイランド真理子さんと野平祐二先生と私

私は運命論者ではないが、少しは運命というものを信じたくなることもある。先週末、ハイランド真理子さんと初めて会うことができた。私の想像していたとおり、いやそれ以上に素敵な方であった。私たちの出会いは野平祐二先生がアレンジしてくれた、とハイランド真理子さんはおっしゃってくれたが、本当にそうなのだと思う。私にとっては巡り合うべくして会った人なのである。ここから先は、ハイランド真理子さんという女性について、あくまでも私個人的な歴史を含め書くことを、どうかお許しいただきたい。

私が初めて勤めた会社を辞めた後、競馬に携わる仕事がしたくても見つからなくて、悶々とした日々を過ごしていたとき、雑誌「優駿」の片隅の記事でオーストラリアにある競馬学校のことを知った。騎手、調教師、厩務員等の養成コースがあり、オーストラリアに渡ってホースマンになろうという人々のために開かれた民間の機関であった。まだ創立されてから間もない頃だったが、ワラをもつかむような気持ちでいた私は、迷わず資料を請求し、問い合わせをした。どうにか競馬関係の仕事に就けないか、という想いで一杯であった。

今でも忘れない。そのどこの誰かも分からない若者たったひとりの問い合わせに、懇切丁寧に答えてくれたのが、創設者であったハイランド真理子さんであった。FAXだったか手紙だったか記憶は曖昧だが、これから海外に渡って一人前のホースマンになることがどれだけ大変なことか、中途半端な気持ちで来ると大変という旨が、決して悲観的ではなくむしろ前向きに、直筆で書かれて私の元に届いたのだ。見知らぬ他人にこれだけ親身になってくれる人が世の中にはいるのか、と私は衝撃を受けた。世の中が殺伐として見え、自分の心が不安定だった時期だからこそ、余計にその優しさが染み入ったのかもしれない。ハイランド真理子という名は、この時から私の心の片隅にずっと刻まれていた。

勇気のなかった私はオーストラリアの競馬の世界に飛び込むことはできなかったが、あれから10余年の年月が流れ、少しはまともに暮らせるようになり、競馬に対する希望と愛情だけは変わることなく、野平祐二先生の遺志を継ぐつもりで競馬について書き綴ってきた。そして、「女性」、「野平祐二」というキーワードがハイランド真理子さんと私を惹き合わせた。野平祐二先生もハイランド真理子さんも、私が勝手に追いかけてきたつもりが、実はいつも側で優しく見守っていてくれたのかもしれない。「野平先生はまだ生きている」とハイランド真理子さんはおっしゃっていたが、そういうことなのだろう。私たちには祐ちゃん先生の口笛が聞こえる。

■ハイランド真理子さんのブログはこちら
Hylandmariko01
グローバルかつ女性ならではの視点で綴られるブログは必見です。
オーストラリアの競馬についても学ぶことができますよ。

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福永祐一VSデムーロの対談を読んで(前編)

競馬ブックで毎年恒例の「新春ジョッキー対談」にて、福永祐一騎手とミルコ・デムーロ騎手がお互いの競馬観について語り合った。その対談の内容が、日本競馬の現状を鋭く指摘していて非常に面白かったので、ここに紹介したい。

まずは昨年、関西リーディングを獲った福永祐一騎手に対し、ミルコ・デムーロ騎手がネオユニヴァースを引き合いに出して賞賛する。

ミルコ・デムーロ
「彼はいつも笑顔で感じがいいし、競馬に関しては馬との折り合いをつけてなだめるように乗っていて、馬のいいところを引き出して勝つところが印象的です。激しく追うのではなく、彼のように馬と静かに折り合いをつけて持って行く乗り方は、僕の目指している形です。そうそう、彼の乗っていたネオユニヴァースに乗せていただいたことがありますが、扱いやすい馬ではなかったけど、うまく乗れるように馬を作ってくれていたから、なおさらすごくいい印象があります」

最近の関西のレースを見ていると、福永祐一騎手がどこにいるのかすぐに分かる。かつて、オリビエ・ペリエ騎手や武豊騎手がそうであったように、パッとレースを見た瞬間に、あそこにいるのが福永祐一騎手だなと見分けがついてしまうのである。別に、どの枠のどの馬に乗っているかなんて全く事前情報がなくとも、ましてや福永祐一騎手がそのレースに乗っているかどうかさえ知らなくとも、他のジョッキーたちとは違う存在感を持って浮き彫りになってしまうのだ。

これにはいくつか理由があって、ひとつは騎乗フォームが非常に美しくて安定しているからである。騎座がビシッと決まっていて、それゆえに上体にブレがなく、頭の位置が全く動かない。激しく走るサラブレッドの鞍上で、ジョッキーは微動だにせず、まるで止まっているかのように見える。この静の状態のレベルが他のジョッキーと違うため、レースが動いている中でも福永祐一騎手の存在が際立ってしまうのだろう。

もうひとつは、昨年から力のある馬に乗るチャンスが増えたからである。余計な動きをすることなく、スッとポジションを取ることができるため、気がつくと絶好の位置にいる。また、力上位の馬に乗っていると、無理をして馬群の中に入れたりする必要もないため、いつでも安心してゴーサインを出せるような、やや外目のコースを進んでいる。つまり、物理的に目に付きやすいポジションで馬を走らせているということである。

これだけをとっても、福永祐一騎手がジョッキーとして確実にステップアップしたことが分かる。しかも、目の前の勝利を追うだけではなく、先へとつなげてゆく乗り方をしているのだから素晴らしい。将来が有望な新馬(若駒)を彼に任せたい、という関係者の気持ちが良く分かる。

福永祐一
「結果を出していけば、いい馬を依頼されるわけで、今年(2010年)は2歳の新馬戦でいっぱい勝てました。チャンスのある馬の依頼が増えてそこで結果を出していけば自然とG1にたどりつく。その積み重ねだと思います」

実はネオユニヴァースは、新馬戦、白梅賞、そしてきさらぎ賞に至るまで、福永祐一騎手が手塩にかけて育てた馬であった。ところが、朝日杯フューチュリティSを勝ったエイシンチャンプというお手馬とかち合ったため、スプリングSからデムーロ騎手にネオユニヴァースの手綱を渡すことになったのだ。

その後、ネオユニヴァースはデムーロ騎手を背に皐月賞を勝ち、日本ダービーのゴールを先頭で駆け抜けた。デムーロ騎手が外国人ジョッキーとして初めて日本ダービーを制した栄光の影には、すぐ手を伸ばせば届くところにあったダービージョッキーの称号を、福永祐一騎手が手放したという事実があった。サンデーサイレンス産駒のネオユニヴァースとミシエロ産駒のエイシンチャンプ、素人目にも前者の方を選ぶのが合理的であることは明らかであった。福永祐一騎手だって、ネオユニヴァースにクラシック級の手応えを感じていたに違いない。それでも、彼はエイシンチャンプを選んだ。

理由は簡単で、先に頼まれたからである。どちらの馬も瀬戸口厩舎の馬だから、無理をいえばネオユニヴァースに乗ることもできただろうが、決してそうはしなかった。彼は義を通したのである。乗り馬をとっかえひっかえして、目の前のクラシックを勝っても意味はない。それよりも、自分が今、乗っている馬でベストを尽くし、先々へとつながるような騎乗を積み重ねていくことの方が大切である。そして、いつの日か、クラシックを勝てるような馬に乗るチャンスがやってくればいい。そう信じて、福永祐一騎手は生きてきた。あれから8年の歳月が過ぎた。日本ダービーを勝つ準備はできている。

関連リンク
「ガラスの競馬場」:祐一よ、リーディングを目指せ!
「ガラスの競馬場」:福永祐一騎手を応援しないわけにはいかない

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チー坊と菊

Tiboutokiku

1月17日付けで、9名の調教師の開業がJRAから発表された。その中には、角田晃一調教師を筆頭として、名の知れたジョッキー出身の新規調教師がいる。特に、菊沢隆徳調教師と千田輝彦調教師は、知る人ぞ知る職人ジョッキーであった。かつて週刊「Gallop」誌上で行われた横山典弘騎手と武豊騎手との対談の中で、彼らが2人について言及したことがある。

横山典弘(敬称略)
「中には職人みたいなオレらより馬を知っているジョッキーはいる。そういう騎手が調教にまたがって「この馬は走る」って言うと、ほとんど走る。菊(菊沢隆徳騎手)なんかそうだし、関西でもチー坊(千田輝彦騎手)とか」

武豊
「彼らの言うことは本当に信頼できる」

横山典弘
「ホントかよ、こんな血統でか?なんて馬が実際に走るんだから。だから、競馬で勝っている人間が素晴らしいジョッキーと思われているかもしれないけど、それは違う。そういう表に出ないけど、素晴らしいジョッキーはたくさんいるよ」

ここで名前が挙がった菊沢隆徳騎手と千田輝彦騎手の2人。実は競馬学校を同じ時期に卒業している。同期の仲間には、岸滋彦騎手、内田浩騎手、そして故岡潤一郎騎手などもいた。運命に翻弄された世代ともいえるかもしれない。菊沢隆徳騎手や千田輝彦騎手だけではなく、岸滋彦騎手や内田浩騎手も素晴らしいジョッキーであった。ほんの僅かな展開の綾や手綱捌きの違いで、もしかしたらトップジョッキーに上り詰めていた可能性を秘めていた男たち。

その中でも、平成5年の落馬事故で命を落とした故岡潤一郎騎手と千田輝彦騎手はとても仲が良かった。家族ぐるみの付き合いをして、お互いのことを認め合い、励まし合っていた。故岡潤一郎騎手にとって最後となったレースに、千田輝彦騎手は乗っている。千田輝彦騎手のマックスディガーが故岡潤一郎騎手の跨るオギジーニアスに並びかけた時、千田輝彦騎手が岡潤一郎騎手に向かって声を掛けた。「お先に」。これが最後の会話になってしまった。なんという残酷な会話であろう。このレース以降、千田輝彦騎手は競馬をどう解釈して生きてきたのだろう。

勝っているジョッキーはもちろん素晴らしいが、それだけではない。表に出なくても素晴らしいジョッキーがたくさんいることを、私たちは忘れてはならない。素晴らしいホースマンと言うべきだろうか。ひとたび舞台が変われば、彼らは輝き出すのである。日本のトップジョッキーたちが一目置く、菊沢隆徳調教師と千田輝彦調教師が、満を持して調教師としての道を歩み始める。最近は、馬づくりよりも厩舎経営に重きを置く調教師が多い中、誰よりも馬を知る2人が果たしてどんな馬をつくるのか、興味は尽きない。

Photo by Photo Stable

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騎手を間違えた事件

かなり昔のネタになってしまったが、最近見つけて、思わず笑ってしまったので紹介したい。2009年のホープフルSの勝利ジョッキーインタビューにて、ルメール騎手がデムーロ騎手と間違えられてしまったという事件である。インタビュアーの赤見千尋さんの気持ちも良く分かるし、ルメール騎手の落ち着いた切り返しも、さすが世界のトップジョッキーだと感じられる。これが日本のジョッキーであったら、ここまでジェントルで懐の広い対応が出来たかどうか。もしあの騎手があの騎手と間違えられたら…。私の妄想は果てしなく膨らんでゆく。

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お馬さんがいっぱい

もし上手く絵が描けたならば、私は競馬の絵を描いていただろう。日常の中で行われる非日常な世界を、美しく切り取って描きたいと思ったに違いない。小さな頃はマンガ家になりたいと思ったこともあったけど、いつのまにか世間に絡め取られて、絵を描くことなどしなくなってしまった。

自分の子供を見て、人は字を書いたり読んだりするよりも先に、まず絵を描くということを知った。自分に見えている世界を自分の手で再生する行為は、誰にとっても自然であって、誰しもが本来は持っている能力なのであろう。だからこそ、いつの間にかその能力を失ってしまった私は、絵を描くことのできる人に対して、羨望や尊敬の念を抱いてしまう。

どんな場面でも 僕の絵には必ず君が描かれていて
目を閉じたまま深呼吸してみれば分かる
君はいつも 僕のノートに
「Drawing」 詞:Kazutoshi Sakurai

「お馬さんがいっぱい」のもんぺさんは、お馬さんを心の拠りどころにして、中央、地方競馬を問わず、馬のイラストを描いている。もんぺさんに描かれるお馬さんたちは、コミカルで表情豊かで、つい微笑んでしまいたくなるほど個性豊か。そして、何よりも素敵だなと思わせられるのは、勝った馬やジョッキーだけではなく、負けてしまったその他大勢の馬たちも、きちんと描いてあげていること。負けた馬には負けた馬のドラマがあるのだ。そして、安藤勝己騎手とキングカメハメハ産駒を応援していることにもシンパシーを感じざるを得ない。だって、私もそうだから。

■「お馬さんがいっぱい」はこちら
Oumasangaippai
ご覧になってホッコリしてみてください。

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さあ、祭りが始まる。

Deepimpact2011_3 by Scrap

ディープインパクトは新種牡馬として記録づくめのデビューを飾った。10月1週からなんと11週連続で新馬戦からの勝ち馬が生まれ、2歳種牡馬としての「勝ち馬頭数」は26頭、「勝利数」は31勝、獲得賞金は4億円を超えた。あの大種牡馬サンデーサイレンスを超え、アグネスタキオンを抑え、そして、昨年のリーディングサイヤーであるキングカメハメハを抜き去ったことになる。これだけの数字を見せられては、ディープインパクトが種牡馬としても超一流の道を歩み始めたことに、異論を挟む余地はない。

いや、それだけではない。新種牡馬として最高のスタートにしか見えていないとしたら、それは大きな勘違いであろう。その兆候はすでに昨年末に現れ始めた。ディープインパクト産駒は2勝目がなかなか出来ない、重賞に手が届かないと言われた時期もあったが、朝日杯フューチュリティS(G1)では産駒が2着、3着に入り、翌週のラジオNIKKEI賞(G3)ではダノンバラードが産駒として初めての重賞を制覇した。少し時間は掛かったが、産駒には成長力と底力が備わっていることを示してみせたのである。

それもそのはず。ディープインパクトの母系に流れる血脈を見ると、明らかに底力と成長力に優れた、しかもステイヤーのそれである。6代母のフェオラの孫から、ラウンドテーブル、オリオールという2頭の歴史的名馬が誕生し、種牡馬としても今日のサラブレッドに大きな影響を与えている。また、5代母であるハイペリカムは英1000ギニーを勝ち、曾祖母にあたるハイクレアも英1000ギニーと仏オークスを制した。このハイクレアの系統からナシュワン(英ダービー)やネイエフ、そしてディープインパクトの母であるウインドインハーヘア(英オークス2着)などの一流馬が続出した。

さらに言うと、ディープインパクト自身が、最後の引退レースで最高の走りをしたように、成長力に富んだステイヤーであった。最後の有馬記念の4コーナーで披露してくれた次元の違う加速力を、今でも思い出すことができる。クラシックを制したレースでも、古馬になってからのレースでも、十分すぎるほどに強かったが、最後の有馬記念であれだけ強かったことが何よりも驚きである。もし翌年も現役を続けていたとしたら、世界の競馬史を塗り替えていたのではないか。

ディープインパクトの種牡馬としての成功を信じていた者も、またそうではなかった者も、結局のところ、聞こえていた太鼓の音の強弱の問題でしかなかった。近づいてくる太鼓の音がはっきり聞こえていたのか、それとも微かにしか聞こえていなかったのか。ディープインパクトから成長力とスタミナを受け継いだ産駒たちが、クラシックに向けて急激に力を付け、距離延長を味方にして台頭してくるはず。その勢いは誰にも止められない。かつてのサンデーサイレンスがそうであったように、ディープインパクトの仔たちが次々と主要な重賞レースを独占する日は近い。競馬ファンが口々に、「またディープインパクト産駒か!」という囃(はや)す声が聞こえるようだ。さあ、祭りが始まる。


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走る女アパパネ

Hasiruonna

走ることが好きだ。足が速いとか遅いとかではなく、とにかく走ることが好きだ。走り出した時のあの身体に力が漲る感じが好きだし、苦しくなって、もうダメだと思って、それでもまだまだと自分を奮い立たせる感じも好きだ。滅多に味わうことができないランナーズハイも好きだ。そして何よりも、走っている時のひとりぼっちで考える時間が好きだ。そう、走ることで私は自由になれるのだ。

昔と比べると、まとめて走ることはなくなってしまったが、走ることが好きという気持ちは今でも変わらない。自宅から駅まで、駅から職場まで、乗り継ぎがあればそのエスカレーターや階段も走る走る。時間に追われてということがほとんどだが、そうでなくても走る。まるで遺伝子に組み込まれているかのように走る。とある宴会が終わった途端、走って帰ったら、「治郎丸くん、あれはまずいよ。まるで一刻もその場から立ち去りたかったみたいじゃないか」と翌日、上司に怒られたこともあった。もちろん、駅から競馬場まで、競馬場のゲートからパドックまで、パドックから返し馬まで。ひとりで競馬をするときは走る。競馬場で走っている男をみかけたら、それは私だろう。

サラブレッドは走るために生まれてくる。私と違って、速く走るために。ただ、必ずしもサラブレッドは走ることが好きだとは限らない。どちらかというと、走ることが好きではない馬の方が多いのではないか。自分の好きなときに、自分の走りたいペースやフォームで走るのは嫌いではないが、重たい人間に乗られ、手綱で自由を奪われ、ときにはムチで尻を叩かれて走ることが好きなはずはない。だから、角馬場に入るのを渋ったり、調教が終わると一目散に馬房に戻ろうとする馬もいる。レースに行っても、楽をしようと手を抜いて走ったり、途中で走ることを止めてしまう馬もいる。サラブレッドにとっても、走ることは苦しいのである。

「この馬は走ることを嫌がりませんね。喜んで走っている感じなんですよ」という、アパパネに対する国枝栄調教師の賛辞を聞いて、嬉しさがこみ上げてきた。いたいた、久しぶりに、自らの意思で喜んで走る馬が。しかも、クラシックの最前線で3冠を賭けて戦っていた牝馬であり、日々の鍛錬はアスリートとしては極限に達していたにもかかわらず。あの不良馬場で行われたオークスをデッドヒートで制し、燃え尽きてしまった感のあるサンテミリオンに対し、何ごともなかったかのように回復してきたアパパネの秘密はここにあったのだ。本能的に走ることが好きな馬は、精神的に燃え尽きない。そして、私たちの想像を遥かに超える走りを見せてくれる。

このことは私の大好きな馬、ブラックホークに教えてもらった。奇しくも、同じ国枝栄厩舎であり、アパパネの先輩にあたる。幾度の骨折や怪我を乗り越え、ブラックホークは4年半以上に及んだ競走生活を常に全力で走り抜けた。普通の馬なら終わってしまっているはずの状況の中、1年以上の休み明けで関屋記念に向けて調整していたブラックホークの走る姿を見て、国枝栄調教師は目を疑った。「あのクソ暑い中で調教しても元気いっぱいだった。他の牡馬は暑さにフーフーいってるのに、1頭だけうなりを上げていた。34秒台を連発して、とにかく元気がよかったよな。大した馬だなと思ったね」その後、ブラックホークはスプリンターズSを制し、安田記念でまさかの復活劇を演じ、自らの走る人生に幕を閉じた。

あの安田記念における、常識を覆された興奮と感動をもう一度味わいたい。今年、走る年男である私は、走る女アパパネを全力で応援することをここに誓いたい。


追記
2011年新春企画として、アパパネの壁紙を無料でプレゼントします。今回の壁紙も 、あのPhotostudとのコラボレーションになります。Photostudは2006年、2008のJRA大賞パンフレットの表紙を飾った競馬デザインユニットです。昨年度は雑誌「優駿」の表紙も飾り、毎月の連載もハイクオリティな作品ばかりですよね。

Apapaneimg
アパパネの可愛らしさと走ることの厳しさが同居している瞬間です。
後ろの「秋華賞」という文字が、この作品の貴重さを物語っています。

壁紙は2サイズ(「1280*800通常版」と「1366*768ワイド版」)で用意しております。ご希望の方にはどちらのパターンも差し上げますので、お気軽にお申し出ください。

壁紙をプレゼントさせていただくにあたって、アンケートにお答えいただけると嬉しいです。今回のアンケートは、「今年、あなたの応援したい馬は?」です。頂戴したメッセージは、ウオッカが引退するその日が来た時に、「ガラスの競馬場」に掲載させていただきます。また、掲載させていただく際のハンドルネームも教えてください。

■応募方法は以下の通りです
件名を「3冠牝馬アパパネ壁紙無料プレゼント企画」とする。
本文に、
①ご希望のサイズ「1280*800」か「「1366*768」を必ずご記入ください。
②簡単なアンケートに答えください。
「今年、あなたの応援したい馬は?」
③「ガラスの競馬場」に対するご意見やご感想も教えてください。
④掲載させていただく際のハンドルネームを教えてください。

内容が確認でき次第、壁紙画像(JPG)を添付して返信いたします。

→ご応募はこちらから

・応募期間は1月16日(日)までとさせていただきます。
・メールアドレス(個人情報)を第三者に開示をすることは決してありません。
・画像の著作権はPhotostudが所有します。また、商用目的の無断複製、転載を禁止します。

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すべてはまぼろし

府中本町駅で電車を降りたあたりから、いつもとは違う雰囲気が漂っていて、何かが起こるような気がしてなりませんでした。大きな期待と小さな不安を胸に、私は競馬場へ急ぎました。入場門をくぐると、そこにはまるで20年前にタイムスリップしたような熱気に溢れ、久しぶりに競馬が祝祭であることを思い出しました。パドックに寄り添ってみると、隣にいたおじいさんは「ジャカンパックは…、ジャカンパック…」と連呼していて、覚え間違えているのか、それとも入れ歯の調子が悪いのか。そんな中でも、小鹿のようなブエナビスタは悠然とパドックを歩いていました。祭りは残酷な結末を迎えましたが、今こうして文章を書いていると、昨日のことは夢だったのではないかとさえ思えます。

ブエナビスタの幻のウイニングランです。
Mさん、とても良い席を取っておいてくれて、ありがとうございました!
2軒目は競馬カフェ&居酒屋でお願いしますね(笑)。

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最後のワンピース

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彼女の名はゼニヤッタ。19戦19勝。史上初の牝馬によるブリーダーズカップクラシック制覇を含む、G1レース13勝。おとぎ話でもなければ、過去の名馬の戦績でもない。現代競馬において、1頭の牝馬が一線級で走って積み上げた数字である。いつも最後方から追走し、最後の直線だけで他馬をごぼう抜きにする感情の振れ幅の大きい走りで、私たちを常に魅了してきた。

走り続けることだけでも難しい競馬の世界で、消長の激しい牝馬が1度たりとも負けないことの難しさは、筆舌に尽くしがたい。それは最大のライバルと目されながら、最後まで直接対決が実現することのなかったレイチェルアレクサンドラの末路を見れば分かる。強い馬にもいずれ勝てなくなる日がやってくる。勝ち続けるためには、強いだけではなく、ずっと強くなければならないのだ。

ゼニヤッタは全世界的な牝馬優勢の流れの旗手でもある。先述した85年ぶりにプリ-クネスSを勝利したレイチェルアレクサンドラ、ヨーロッパに目を移せば、凱旋門賞を制したザルカヴァ、ブリーダーズカップマイルの3連覇に挑むゴルディコヴァ、そして私たちの国では、ウオッカ、ダイワスカーレット、先週の天皇賞秋を制したブエナビスタと、牝馬の一線級における活躍が目立つ。その国の競馬で最も強い馬が牝馬という事実が厳としてある。

なぜこれほどまでに牝馬が強くなったのだろうか。個体としての能力において、牝馬が牡馬を上回ったということではない。依然として、肉体的な走る能力(スピードやパワー、スタミナ)という点では、総じて牡馬の方が牝馬よりも高いことは明らかである。だからこそ、-あくまでも経験的に決めた平均的な能力差ではあるが-、日本では斤量2kg差というセックスアローワンスが認められている。しかし、初期育成・調教の技術が進んだことにより、強い負荷に耐えられるようになったことや、能力を最大限に引き出せるようになったことで、セックスアローワンスを凌駕してしまう牝馬が出てきたということなのである。

さらに言うと、そうした初期育成・調教の技術の進歩と共に、世界のホースマンたちの意識が変わってきたということが大きい。脳のリミッターが外れたというべきだろうか。たとえば、ウオッカがダービーに挑戦した時、誰もが多少なりとも違和感を抱いたはずである。いくら強いとはいえ、牝馬が牡馬相手にチャンピオンディスタンスで勝負になるのかよと。ほとんどの競馬関係者もそう思っていた。しかし、ウオッカは見事な勝利を収め、私たちのリミッターは外された。その後、ダイワスカーレットは有馬記念で牡馬を従えて勝利を収め、ブエナビスタは天皇賞秋を持ったままで圧勝した。同じことが世界中で起こっている。これだけ世界が小さくなった今、他の国の誰かのもしくはどの馬かの行動が、私たちの意識を一瞬にして変えるのである。牝馬でも牡馬に勝てると。

明日の早朝(日本時間の7時45分)、アメリカ東海岸のチャーチルダウンズ競馬場、世界最高峰の馬たちが集うブリーダーズカップクラシックを最後の舞台として、ゼニヤッタは現役生活に幕を閉じる。しかし、昨年とは打って変わって、今年はゼニヤッタの得意とするオールウェザートラックではなく、スピードと先行力を問われるダートトラックで行われる。アメリカのスポーツの世界では、引退する馬にお膳立てしたりはしないようだ。それとも、追い込みの利きづらい馬場だからゼニヤッタが勝つのは難しいと考えることさえも、私たちの思い込みにすぎないのだろうか。ゼニヤッタがもしここも勝つようなことがあれば、20戦無敗というパーフェクトな大記録が成し遂げられることになる。競馬史上最強馬というジグソーパズルの最後のワンピースが、今まさにはめられようとしている。


関連リンク
「ガラスの競馬場」:Keiba is beautiful.

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画を捨てよ、競馬場へ出でよ。

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「Rennpferde in Longchamp」Edgar Degas

競馬場を描いた画家として、真っ先に思い浮かぶのはエドガー・ドガである。1834年、パリに生まれたドガは、古典主義から出発し、印象派として緻密な構成の中に瞬間的な動きを表現することで名を成した。ほとんどの印象派の画家は屋外で風景を描いたが、ドガは自分のアトリエ内で都会生活の室内風景を描いた。特にバレエの踊り子と浴女を題材とした作品が多い。網膜の病気を患っていたとも言われているが、今でいう引きこもりの画家であった。

そんなドガが唯一、太陽の下に出て、野外の作品を描いたのが競馬場であった。1857年、ロンシャン競馬場がオープンして、パリの社交場となり、ドガはサラブレッドの美しさと競馬場の華やかさの虜となった。それだけではなく、私が思うに、ドガは競馬場独特の緊張感にも魅了されたに違いない。彼が馬券をどれだけ買ったかは知らないが、彼の描いた競馬場の風景を観ると、ジョッキーの息遣いが聞こえてくるようでもあり、それはまさにドガ自身の胸の高鳴りでもある。「画を捨てよ、競馬場へ出でよ」とドガが語っているように聴こえるのは、私だけだろうか。


■ドガ展
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12月31日まで横浜美術館でドガ展が開催されています。ドガの最高傑作として名高い「エトワール」が初来日しています。お近くにお住まいの方は、ぜひウインズ横浜の帰り道にでも脚を運んでみてくださいな。

関連リンク
「ガラスの競馬場」:エプソム、ダービーの行進

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ウオッカの記憶

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グリーンチャンネルで「ウオッカの記憶(前編、後編)」を観た。関係者の証言と共にウオッカの足跡を辿ってみると、私のウオッカの記憶も蘇ってきて、久しぶりにあの頃の興奮を味わうことができた。振り返ってみると、ウオッカをダービーに出走させた陣営の決断は改めて凄いと思う。桜花賞で負けていた馬をダービーに出走させたことは、常識の枠組みを超えた革命であった。

この決断を下した際の、谷水雄三オーナーと角居勝彦調教師のやり取りが非常に印象的である。谷水雄三オーナーは桜花賞で負けた時点で、ダービーへの挑戦はあきらめ、オークスに行くことを四位騎手には伝えていたという。ところが、角居勝彦調教師はそのことを知ってか知らずか、桜花賞後にこう聞いてきたという。

「オーナー、どちらにしますか?」

言葉だけを切り取ると、ダービーとオークスのどちらに出走させるつもりなのか、という問いでしかない。しかし、谷水雄三オーナーは角居勝彦調教師の気持ちを即座に察した。この男はウオッカをダービーに出走させたいのだ!と。そして、「最終的な判断は君に任せるよ」とだけ言い残した。こうしてウオッカはダービーに出走することになり、クリフジ以来64年ぶりの牝馬としてのダービー制覇を成し遂げ、伝説の牝馬となったのである。

それから私も、ずいぶんとウオッカについて書いてきたものだ。改めて私のウオッカの記憶を振り返ってみると、ウオッカという馬はなんと波乱万丈な現役生活を送ったのだろうと思う。その根底に流れていたのは、走ることが大好きというウオッカの想いであった。だからこそ、私たちはウオッカに酔いしれた。勝ったり負けたりを繰り返し、記録だけではなく、記憶に残る名馬であった。私はウオッカを永遠に語り継ぐことだろう。

Photo by ede


■私のウオッカの記憶

・「価値観の転倒さえ」
http://www.glassracetrack.com/blog/2007/05/post_667b.html

・「幻の光」
http://www.glassracetrack.com/blog/2007/06/post_d09c.html

・「あの頃のように」
http://www.glassracetrack.com/blog/2007/11/post_2ff5.html

・「美しすぎる結末」
http://www.glassracetrack.com/blog/2008/11/post-0f81.html

・「天皇賞秋の攻防と冷めやらぬ興奮を」
http://www.glassracetrack.com/blog/2008/11/post-af7f.html

・「不完全ではなく、完全燃焼」
http://www.glassracetrack.com/blog/2009/05/post-f9a1.html

・「100%信じることで」
http://www.glassracetrack.com/blog/2009/11/post-b655.html

・「誰もが泣いていた」
http://www.glassracetrack.com/blog/2009/12/post-abb5.html

・「ウオッカのすべて」
http://www.glassracetrack.com/blog/2010/04/post-3917.html

・「Keiba is beautiful.」
http://www.glassracetrack.com/blog/2010/03/keiba-is-beauti.html

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怪物であれ

Kanehikiri_2 by Ichiro Usuda

カネヒキリが「砂のディープインパクト」と呼ばれていたのが、ずいぶん前のことのように思える。毛色こそ違え、あのディープインパクトと同世代であり、かつ同一馬主のため勝負服が同じ、そして、ダートで無類の強さを誇ったことから付けられたニックネームである。あれから6年の歳月が流れ、英雄ディープインパクトは引退し、新しいヒロインが次々と現れては去っていった。その間、カネヒキリは幾度の病や怪我、そして手術を乗り越えて、今でもターフで戦い続けている。今やカネヒキリを「砂のディープインパクト」と形容する者は誰一人としていない。

衝撃的なデビューを飾ったディープインパクトに比べ、カネヒキリは実に平凡に、競走馬としてのキャリアに幕を開けた。芝コースを走った新馬戦が4着、続く芝の未勝利戦でも11着と惨敗。馬主や調教師は頭を抱えたに違いない。とにかくまずひとつ勝たなければ、その先はない。競走馬としてのキャリアを失ってしまうことは、サラブレッドにとって死を意味する。どうやって1勝させるか。陣営による試行錯誤と妥協の末、戦いの場は芝からダートに移された。

カネヒキリは、ダート初戦でいきなり7馬身差の圧勝を飾った。ダート馬としての資質に満ち溢れていたのである。血統的には母父のデピュティミニスターが色濃く出たのだろう。その後、ジャパンダートダービーで初G1レースを勝ったのを皮切りに、3歳にしてJCダートを制し、翌年のフェブラリーSを圧勝すると、世界最高峰のドバイワールドカップにも挑戦し、4着と健闘した。華々しいキャリアと栗毛の明るい馬体に、多くの競馬ファンが魅了された。

実を言うと、カネヒキリは強さを感じさせない馬であった。武豊騎手は常々、カネヒキリについて、「力でねじ伏せるような強さは感じない。強いって感じさせるところが全然ない」と語っていた。この言葉を聞いた時、不思議だなと私は思った。500kgを超える雄大な馬格を誇り、歴戦のダート馬たちを相手に一歩も引かないカネヒキリに、力でねじ伏せるような強さが全くないとは。乗った人間にしか分からない何かがあるのだろうか。皮肉なことに、この謎が解けたのは、カネヒキリが窮地に追い詰められてからのことであった。

ドバイからの帰国緒戦の帝王賞で2着した後、カネヒキリはサラブレッドにとっては不治の病である屈腱炎を患ってしまった。これまでの道程から見ても、普通の馬ならば引退のケースである。が、哀しいかな、最強のダート馬にとっても、種牡馬への道は開けなかった。そうである以上、カネヒキリにとって残された道はただひとつ。病を背負って走り続けること。当時としては珍しい、臀部の脂肪細胞にある幹細胞を右前脚の腱に移植する手術が施された。カネヒキリは走り続けることでしか、生きることが出来なかったのだ。いや、あの時から、カネヒキリにとって、走ることが、生きる、ということになった。

プロレスラーの小橋健太は、ガンを患って右の腎臓を失ったという。腎臓がひとつしかない小橋にとって、プロレスの全てが悪い。筋肉を鍛え上げると体に老廃物がたまり、腎臓の負担は大きい。それでも、回復のことばかり考えて10年生きるより、1年しか生きられなくてもいい、と迷いなくリングに復帰した。全力で生きる1年を積み重ねていけば、10年、20年と悔いのない人生が続いていく可能性もあるじゃないかと。主治医は「プロレスをするために手術をしたのではない。生きるためにしたのです」と言ったが、試合後には「あなたには、リングに上がることが、生きる、ということなんですね」と分かってもらえたという。

「プロレスラーは怪物であれ」とは、小橋健太の師匠であるジャイアント馬場の言葉である。その意味が、最大のライバルである病と闘うようになった今、身に染みて分かるようになったという。小橋健太にとってもカネヒキリにとっても、生きることが目的なのではなく、闘うことが生きるということなのだ。彼らの身体のコンディションは、かつての全盛期のそれにはない。思うように身体が動かないこともあるだろう。それでも、彼らが全盛期の強さを保ち続けているのは、精神的な強さを失っていないばかりか、前にもまして強い気持ちを抱くようになったからである。屈腱炎だけではなく、骨折さえも克服してしまったカネヒキリが私たちに見せてくれているのは、レースではなく、生き方なのである。だからこそ、私はカネヒキリのことを未来に語り継ぎたいと思う。明日の夜、門別の砂の上で、怪物はどのような生き様を見せてくれるのだろうか。

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キープザストレート

Keepthestraight

武豊騎手がターフに帰ってきた。これまでも何度か戦線を離脱したことはあったが、驚異の回復を見せて瞬く間に復帰していただけに、今回の127日ぶりというブランクからは事の重大さが分かる。もちろんそれだけ重度のケガであったこと、さらには武豊騎手ももう41歳と、アスリートとしては晩年にさしかかっているということ。あの武豊騎手でさえ、肉体的には衰えを隠せないということではないだろうか。アイドルジョッキーとして取り上げられていた頃から、武豊騎手を見てきている競馬ファンの胸には、複雑な想いが去来したに違いない。

昨年は遂に、大井競馬からやってきた内田博幸騎手に力でねじ伏せられる形で、16年間にわたって守り続けてきた最多勝騎手の座を奪われてしまったという伏線もある。JRA賞の授賞式で内田博幸騎手に語った、「来年はもっとレベルの高い争いをしよう」という言葉さえ、空々しく聞こえたのは私だけではないだろう。地方競馬や外国から来たジョッキーたちに中央競馬の門戸が開放された時、武豊時代は終わりを告げ、群雄割拠の時代が始まったのだ。2005年に挙げた212勝をピークにして、武豊騎手の勝利数は昨年の140勝まで右肩下がりに減っている。

実戦的なことを言うと、地方競馬や外国から来たジョッキーたちだけではなく、若手ジョッキーまでにも有利なポジションを奪われてしまうレースが目立つようになった。かつての武豊騎手は、抜群のスタートセンスで楽々と好位を確保してレースを進め、また届きそうもない位置から全馬を差し切ってしまうこともあった。それが今となっては、道中のポジションを悪くした挙句、外々を回して、最後は届かずというレースがあまりにも多い。馬券を買っていなくても、目を覆いたくなってしまうような競馬も少なからずあった。なぜもっと積極的に内を狙わないのか、技術的に難しいのか、いや武豊騎手にとってはそんなことはない、と私は自問自答を繰り返した。

その答えは、“キープザストレート”という言葉にあった。競馬の世界では、真っ直ぐに馬を走らせることが最も大切とされている。それが競馬の安全であり、公正であり、そして美しさにつながってゆく。競馬法規の中に、「前の馬のお尻から後の馬のハナ先まで2馬身以上なかったら、前の馬はみだりに進路を変えてはいけない」という文章がある。馬を御して真っ直ぐに走らせることは意外に難しく、若手ジョッキーがフラフラと走ってベテランジョッキーに怒鳴られることなど、日常茶飯事の風景である。ジョッキーには、“キープザストレート”、馬を真っ直ぐ走らせることが求められるのである。

武豊騎手は“キープザストレート”を貫くジョッキーである。勝つために走りたいポジションがあるとしても、そのために前後構わず進路を急激に変更したり、斜行したりしない。たとえ勝利から遠ざかろうとも、まず馬を真っ直ぐに走らせる原則を優先するのである。そうすることが、長い目で見ると、日本の競馬にとって良いことだと知っているからなのだろう。目先の1勝よりも、日本の競馬の安全、公正、そして美しさのために。日本の競馬の発展に誰よりも貢献してきた騎手だからこその美学があるのだ。

武豊騎手が日本一のジョッキーであることを私は疑わない。だからこそ、彼には長く太く、いつまでも活躍してもらいたい。そのために、ひとつだけ提案できることがある。ぜひもう一度、世界を目指して欲しい。ヴィクトワールピサに乗って凱旋門賞に挑戦するということではなく、海外の競馬場に行って、1人のジョッキーとして戦って欲しいのだ。あの岡部幸雄元騎手はずっとそうしていた。アイルランドの田舎の田舎の、これが競馬場か?という場所へもスッと行って、乗って、勝っていた。だからこそ、50歳を超えても第一戦級の現役ジョッキーでいられたのである。そう、武豊騎手にも、もう一度、真っ直ぐに前を向いて、真っ直ぐに上を目指して欲しいのだ。

photo by ede

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「未来に語り継ぎたい不滅の名馬たち」

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雑誌「優駿」の8月号が発売された。今月号でなんと創刊800号だという。終戦前後に休刊したこともあったらしいが、1941年5月からおよそ70年にわたり、1ヶ月に1冊のペースで定期的に刊行されてきたことに驚きを隠せない。私も現在、新しい競馬の雑誌を創ろうと、日々、悪戦苦闘しているにもかかわらず、まだ1号すら出せていないのだから、800号の重みは痛いほど良く分かる。そして、私もぜひとも800号続くような雑誌を創りたいし、生きている間に何号まで出せるのかと要らぬ心配までしてしまう。

さて、創刊800号記念として、「未来に語り継ぎたい不滅の名馬たち」という企画が掲載されている。「優駿」のオフィシャルウェブサイト内の応募フォーム、もしくは官製はがきによるファンからの応募を集計した結果、1位のディープインパクトから100位のトゥザヴィクトリーまで、さすがコアな競馬ファンらによる投票だけあって、なるほどと思わせられる名馬が実に煌びやかに並んでいる。ウオッカの2位は当然として、3位には意外にも(?)ナリタブライアンが入っていて、3冠馬のインパクトの強さを改めて知らされた。

Photostudによるオリジナルのポストカード(ディープインパクト、ウオッカ、ナリタブライアン)も3枚入っている。ディープインパクトの宝塚記念やウオッカのダービーも名作なのだが、個人的にはナリタブライアンのこの写真が最も好きだ。ナリタブライアンのまだあどけない表情とあっという間にこの世からいなくなってしまったことが重なって、なんだかとても神秘的に見えてしまうのである。この写真の中の彼はどこを見つめているのか。そして、彼はどこから来て、どこへ行ってしまったのか。その答えは誰も教えてくれない。

Naritabrian

ちなみに、私の未来に語り継ぎたい不滅の名馬たちは以下のとおりである。

1、オグリキャップ
2、サイレンススズカ
3、エルコンドルパサー
4、ライスシャワー
5、ヒシアマゾン
6、カネヒキリ
7、ナリタブライアン
8、ブラックホーク
9、ツインターボ
10、ダイタクヘリオス

ディープインパクトやウオッカはもうすでに人口に膾炙しているし、キングカメハメハやエアグルーヴなど種牡馬や繁殖牝馬として活躍している馬たちは、その産駒たちが自然と語り継いでいってくれるだろうから、敢えてランキングには入れなかった。どちらかというと不遇な時代を生き抜いた馬や、早世してしまった馬や個性派など、私たちの記憶に残しておきたい馬たちをピックアップしてみた。もちろん、私が実際にこの目で見たことのある馬、ということが条件である。

お気づきの方もいるかも知れないが、実は1頭だけ現役の馬が混じっている。そう、屈腱炎や骨折を克服して、現在8歳馬ながらにして闘い続けているカネヒキリである。この馬こそ、現在進行形の未来に語り継ぎたい不滅の名馬ではないだろうか。できれば、近いうちにカネヒキリのことを書いてみたいと思う。

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生き残れ!

Zennorobroi

新種牡馬として華々しくデビューし、今年のセレクトセールでも1億円超えの産駒を出したゼンノロブロイだが、現役時代はどちらかというと晩成の馬であった。皐月賞には間に合わず、青葉賞を勝った勢いで挑戦したダービーでは2着に破れ、雪辱を期して臨んだ菊花賞では内に包まれてしまい4着と惨敗。続く有馬記念でも古馬の壁にぶつかり、健闘もむなしく3着、と結局3歳時には大きなレースを勝つことができなかった。年が明けた4歳の春も詰めの甘さは相変わらずで、天皇賞春はイングランディーレに逃げ切られ2着、宝塚記念はタップダンスシチーの強さにひれ伏した形の4着という走りであった。

ところが、4歳の秋を迎え、ゼンノロブロイは覚醒した。休み明けの京都大賞典こそ2着と惜敗したが、その後の天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念と3連勝。それまでにはあのテイエムオペラオーしか成し遂げたことのない大記録を、勝ち味に遅かったゼンノロブロイがあっさりと達成してしまったのだ。しかも、テイエムオペラオーのようなヒヤヒヤの辛勝(特に有馬記念)ではなく、いずれのレースも安心して見ていられる完勝であった。当然のことながら、この年はJRAの年度代表馬に選出された。

「いつも無敗の馬がいるわけじゃないし、さんざん負けても残っていればチャンピオンになれるんだ。その間にたくましくもなってくるし。あの馬のほうが強かったなんていうのは話にならない。無事にきているのがいいんだから」

ゼンノロブロイを管理した藤沢和雄調教師は上のように語った。この世代の筆頭格であり、皐月賞とダービーを制したネオユニヴァースは、天皇賞春で大敗を喫した後、宝塚記念を目標に調整されたが、右前浅屈腱炎と右前球節部亀裂骨折を同時に発症して引退してしまった。菊花賞馬かつジャパンカップを2着した実績を持つザッツザプレンティは、宝塚記念後に右前脚屈腱炎を発症し戦列を離れていた。タップダンスシチーは凱旋門賞に挑戦したものの、飛行機のアクシデントに見舞われていた。そして、何よりも同厩舎の先輩であるシンボリクリスエスが、幸いにも前年の有馬記念で引退していた。

ちょうどこのタイミングでペリエ騎手に乗り替わったこと、夏の休養を経て体力がついてきたことなど、秋の古馬G1を3連勝した要因は他にもあるだろうが、最大の理由は、ゼンノロブロイが生き残っていたからである。たとえ自分自身の力は変わらなくとも、他のライバルたちがケガや引退などで戦列を離れていく中で、ターフで走り続けることが出来ていればチャンスはいずれ訪れるのである。これが無事是名馬の本当の意味である。サラブレッドにとって大切なのは速く走ることだけではないのだ。

私が初めてこのことを教えてもらったのは、ビワハヤヒデと岡部幸雄騎手によってである。ゼンノロブロイと同じく、ビワハヤヒデも大きなところをなかなか勝ち切れない馬であった。2歳時には朝日杯3歳S(現在の朝日杯フューチュリティS)では圧倒的な1番人気に支持されながらも2着に破れ、翌年の皐月賞が2着、そしてダービーも2着と勝てそうで勝てないレース振りに同情と共感が集まった。頭が大きく、サラブレッドとしてはどちらかというと不恰好であるところが可愛らしく、芦毛ということもあり、同世代のG1を勝ったナリタタイシンやウイニングチケットよりもファンは多かった。ビワハヤヒデの屈託ない走りに、菊花賞こそはと私も応援した。

ビワハヤヒデは菊花賞を5馬身差で圧勝した。ウイニングチケットやナリタタイシンが馬群に沈む中、あの詰めの甘さは何だったのだろうと思わせる、まるで別馬のような走りを見せてくれたのだ。ここから先はビワハヤヒデの独壇場で、有馬記念こそトウカイテイオーに負けたものの、翌年の天皇賞春と宝塚記念を連勝して、古馬の頂点に立った。菊花賞の勝利ジョッキーインタビューにおける、「生き残っていれば必ずチャンスは来る」という岡部幸雄元騎手の言葉が忘れられない。

生き残っていれば…はそれ以降、私の人生の哲学にもなった。サラブレッドも人間も、それぞれの能力はそれほど大きく変わらない。たとえ今、力が劣っていたとしても、良い結果が出ていなくても、ふてくされることなく、その場に立ち続ける。それがいかに難しく、生き残ることのできない馬や人のなんと多いことか。どれだけ負けても、生き残って、その場で戦い続けていけば、最後にはチャンピオンになれるのである。競馬も人生もサバイバルレースなのだ。

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友よ

Uguric by ede

あなたと会ったのは今からちょうど20年前まえ。
怪物と呼ばれていたあなたをひと目見ようと、
わたしは初めて競馬場に足を運びました。
立錐の余地もないほど
たくさんのファンが詰めかけていました。

あなたが府中の魔物に捕らえられてもがいていたとき、
わたしは人々の背中と頭の間から
必死であなたの姿を探していました。
「ヤエノムテキだ!」、「4-4か!」という叫び声から、
まさかの敗北を知ったのでした。
最強の馬がこうも簡単に負けてしまう
競馬の残酷さを私は知りました。

あなたは次のジャパンカップでも走りませんでした。
いや、走れなかったのですよね。
限界を超えて走ってきたことによる疲労が、
あなたを蝕んでいたのでした。
でも、その当時、競馬についてなにも知らなかったわたしは、
こんなものかと高を括っていたことを正直に告白しておきましょう。

あなたはもう終わったという内容の記事を、
アルバイトの休憩中にスポーツ新聞で読みました。
誰もが新しいヒーローの誕生を予感していたのでしょうか。
引退レースという響きも、あなたの生命力の枯渇を示しているようでした。
新しいジョッキーを背に迎えたとしても、
それはあくまでも花を添える役割としか思えませんでした。

あなたの最後のレースを私は後楽園のウインズ観ました。
道中、燃え尽きたはずのあなたの手応えがずっと良かったこと