怪物であれ

Kanehikiri_2 by Ichiro Usuda

カネヒキリが「砂のディープインパクト」と呼ばれていたのが、ずいぶん前のことのように思える。毛色こそ違え、あのディープインパクトと同世代であり、かつ同一馬主のため勝負服が同じ、そして、ダートで無類の強さを誇ったことから付けられたニックネームである。あれから6年の歳月が流れ、英雄ディープインパクトは引退し、新しいヒロインが次々と現れては去っていった。その間、カネヒキリは幾度の病や怪我、そして手術を乗り越えて、今でもターフで戦い続けている。今やカネヒキリを「砂のディープインパクト」と形容する者は誰一人としていない。

衝撃的なデビューを飾ったディープインパクトに比べ、カネヒキリは実に平凡に、競走馬としてのキャリアに幕を開けた。芝コースを走った新馬戦が4着、続く芝の未勝利戦でも11着と惨敗。馬主や調教師は頭を抱えたに違いない。とにかくまずひとつ勝たなければ、その先はない。競走馬としてのキャリアを失ってしまうことは、サラブレッドにとって死を意味する。どうやって1勝させるか。陣営による試行錯誤と妥協の末、戦いの場は芝からダートに移された。

カネヒキリは、ダート初戦でいきなり7馬身差の圧勝を飾った。ダート馬としての資質に満ち溢れていたのである。血統的には母父のデピュティミニスターが色濃く出たのだろう。その後、ジャパンダートダービーで初G1レースを勝ったのを皮切りに、3歳にしてJCダートを制し、翌年のフェブラリーSを圧勝すると、世界最高峰のドバイワールドカップにも挑戦し、4着と健闘した。華々しいキャリアと栗毛の明るい馬体に、多くの競馬ファンが魅了された。

実を言うと、カネヒキリは強さを感じさせない馬であった。武豊騎手は常々、カネヒキリについて、「力でねじ伏せるような強さは感じない。強いって感じさせるところが全然ない」と語っていた。この言葉を聞いた時、不思議だなと私は思った。500kgを超える雄大な馬格を誇り、歴戦のダート馬たちを相手に一歩も引かないカネヒキリに、力でねじ伏せるような強さが全くないとは。乗った人間にしか分からない何かがあるのだろうか。皮肉なことに、この謎が解けたのは、カネヒキリが窮地に追い詰められてからのことであった。

ドバイからの帰国緒戦の帝王賞で2着した後、カネヒキリはサラブレッドにとっては不治の病である屈腱炎を患ってしまった。これまでの道程から見ても、普通の馬ならば引退のケースである。が、哀しいかな、最強のダート馬にとっても、種牡馬への道は開けなかった。そうである以上、カネヒキリにとって残された道はただひとつ。病を背負って走り続けること。当時としては珍しい、臀部の脂肪細胞にある幹細胞を右前脚の腱に移植する手術が施された。カネヒキリは走り続けることでしか、生きることが出来なかったのだ。いや、あの時から、カネヒキリにとって、走ることが、生きる、ということになった。

プロレスラーの小橋健太は、ガンを患って右の腎臓を失ったという。腎臓がひとつしかない小橋にとって、プロレスの全てが悪い。筋肉を鍛え上げると体に老廃物がたまり、腎臓の負担は大きい。それでも、回復のことばかり考えて10年生きるより、1年しか生きられなくてもいい、と迷いなくリングに復帰した。全力で生きる1年を積み重ねていけば、10年、20年と悔いのない人生が続いていく可能性もあるじゃないかと。主治医は「プロレスをするために手術をしたのではない。生きるためにしたのです」と言ったが、試合後には「あなたには、リングに上がることが、生きる、ということなんですね」と分かってもらえたという。

「プロレスラーは怪物であれ」とは、小橋健太の師匠であるジャイアント馬場の言葉である。その意味が、最大のライバルである病と闘うようになった今、身に染みて分かるようになったという。小橋健太にとってもカネヒキリにとっても、生きることが目的なのではなく、闘うことが生きるということなのだ。彼らの身体のコンディションは、かつての全盛期のそれにはない。思うように身体が動かないこともあるだろう。それでも、彼らが全盛期の強さを保ち続けているのは、精神的な強さを失っていないばかりか、前にもまして強い気持ちを抱くようになったからである。屈腱炎だけではなく、骨折さえも克服してしまったカネヒキリが私たちに見せてくれているのは、レースではなく、生き方なのである。だからこそ、私はカネヒキリのことを未来に語り継ぎたいと思う。明日の夜、門別の砂の上で、怪物はどのような生き様を見せてくれるのだろうか。

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キープザストレート

Keepthestraight

武豊騎手がターフに帰ってきた。これまでも何度か戦線を離脱したことはあったが、驚異の回復を見せて瞬く間に復帰していただけに、今回の127日ぶりというブランクからは事の重大さが分かる。もちろんそれだけ重度のケガであったこと、さらには武豊騎手ももう41歳と、アスリートとしては晩年にさしかかっているということ。あの武豊騎手でさえ、肉体的には衰えを隠せないということではないだろうか。アイドルジョッキーとして取り上げられていた頃から、武豊騎手を見てきている競馬ファンの胸には、複雑な想いが去来したに違いない。

昨年は遂に、大井競馬からやってきた内田博幸騎手に力でねじ伏せられる形で、16年間にわたって守り続けてきた最多勝騎手の座を奪われてしまったという伏線もある。JRA賞の授賞式で内田博幸騎手に語った、「来年はもっとレベルの高い争いをしよう」という言葉さえ、空々しく聞こえたのは私だけではないだろう。地方競馬や外国から来たジョッキーたちに中央競馬の門戸が開放された時、武豊時代は終わりを告げ、群雄割拠の時代が始まったのだ。2005年に挙げた212勝をピークにして、武豊騎手の勝利数は昨年の140勝まで右肩下がりに減っている。

実戦的なことを言うと、地方競馬や外国から来たジョッキーたちだけではなく、若手ジョッキーまでにも有利なポジションを奪われてしまうレースが目立つようになった。かつての武豊騎手は、抜群のスタートセンスで楽々と好位を確保してレースを進め、また届きそうもない位置から全馬を差し切ってしまうこともあった。それが今となっては、道中のポジションを悪くした挙句、外々を回して、最後は届かずというレースがあまりにも多い。馬券を買っていなくても、目を覆いたくなってしまうような競馬も少なからずあった。なぜもっと積極的に内を狙わないのか、技術的に難しいのか、いや武豊騎手にとってはそんなことはない、と私は自問自答を繰り返した。

その答えは、“キープザストレート”という言葉にあった。競馬の世界では、真っ直ぐに馬を走らせることが最も大切とされている。それが競馬の安全であり、公正であり、そして美しさにつながってゆく。競馬法規の中に、「前の馬のお尻から後の馬のハナ先まで2馬身以上なかったら、前の馬はみだりに進路を変えてはいけない」という文章がある。馬を御して真っ直ぐに走らせることは意外に難しく、若手ジョッキーがフラフラと走ってベテランジョッキーに怒鳴られることなど、日常茶飯事の風景である。ジョッキーには、“キープザストレート”、馬を真っ直ぐ走らせることが求められるのである。

武豊騎手は“キープザストレート”を貫くジョッキーである。勝つために走りたいポジションがあるとしても、そのために前後構わず進路を急激に変更したり、斜行したりしない。たとえ勝利から遠ざかろうとも、まず馬を真っ直ぐに走らせる原則を優先するのである。そうすることが、長い目で見ると、日本の競馬にとって良いことだと知っているからなのだろう。目先の1勝よりも、日本の競馬の安全、公正、そして美しさのために。日本の競馬の発展に誰よりも貢献してきた騎手だからこその美学があるのだ。

武豊騎手が日本一のジョッキーであることを私は疑わない。だからこそ、彼には長く太く、いつまでも活躍してもらいたい。そのために、ひとつだけ提案できることがある。ぜひもう一度、世界を目指して欲しい。ヴィクトワールピサに乗って凱旋門賞に挑戦するということではなく、海外の競馬場に行って、1人のジョッキーとして戦って欲しいのだ。あの岡部幸雄元騎手はずっとそうしていた。アイルランドの田舎の田舎の、これが競馬場か?という場所へもスッと行って、乗って、勝っていた。だからこそ、50歳を超えても第一戦級の現役ジョッキーでいられたのである。そう、武豊騎手にも、もう一度、真っ直ぐに前を向いて、真っ直ぐに上を目指して欲しいのだ。

photo by ede

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「未来に語り継ぎたい不滅の名馬たち」

Yusyun_2

雑誌「優駿」の8月号が発売された。今月号でなんと創刊800号だという。終戦前後に休刊したこともあったらしいが、1941年5月からおよそ70年にわたり、1ヶ月に1冊のペースで定期的に刊行されてきたことに驚きを隠せない。私も現在、新しい競馬の雑誌を創ろうと、日々、悪戦苦闘しているにもかかわらず、まだ1号すら出せていないのだから、800号の重みは痛いほど良く分かる。そして、私もぜひとも800号続くような雑誌を創りたいし、生きている間に何号まで出せるのかと要らぬ心配までしてしまう。

さて、創刊800号記念として、「未来に語り継ぎたい不滅の名馬たち」という企画が掲載されている。「優駿」のオフィシャルウェブサイト内の応募フォーム、もしくは官製はがきによるファンからの応募を集計した結果、1位のディープインパクトから100位のトゥザヴィクトリーまで、さすがコアな競馬ファンらによる投票だけあって、なるほどと思わせられる名馬が実に煌びやかに並んでいる。ウオッカの2位は当然として、3位には意外にも(?)ナリタブライアンが入っていて、3冠馬のインパクトの強さを改めて知らされた。

Photostudによるオリジナルのポストカード(ディープインパクト、ウオッカ、ナリタブライアン)も3枚入っている。ディープインパクトの宝塚記念やウオッカのダービーも名作なのだが、個人的にはナリタブライアンのこの写真が最も好きだ。ナリタブライアンのまだあどけない表情とあっという間にこの世からいなくなってしまったことが重なって、なんだかとても神秘的に見えてしまうのである。この写真の中の彼はどこを見つめているのか。そして、彼はどこから来て、どこへ行ってしまったのか。その答えは誰も教えてくれない。

Naritabrian

ちなみに、私の未来に語り継ぎたい不滅の名馬たちは以下のとおりである。

1、オグリキャップ
2、サイレンススズカ
3、エルコンドルパサー
4、ライスシャワー
5、ヒシアマゾン
6、カネヒキリ
7、ナリタブライアン
8、ブラックホーク
9、ツインターボ
10、ダイタクヘリオス

ディープインパクトやウオッカはもうすでに人口に膾炙しているし、キングカメハメハやエアグルーヴなど種牡馬や繁殖牝馬として活躍している馬たちは、その産駒たちが自然と語り継いでいってくれるだろうから、敢えてランキングには入れなかった。どちらかというと不遇な時代を生き抜いた馬や、早世してしまった馬や個性派など、私たちの記憶に残しておきたい馬たちをピックアップしてみた。もちろん、私が実際にこの目で見たことのある馬、ということが条件である。

お気づきの方もいるかも知れないが、実は1頭だけ現役の馬が混じっている。そう、屈腱炎や骨折を克服して、現在8歳馬ながらにして闘い続けているカネヒキリである。この馬こそ、現在進行形の未来に語り継ぎたい不滅の名馬ではないだろうか。できれば、近いうちにカネヒキリのことを書いてみたいと思う。

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生き残れ!

Zennorobroi

新種牡馬として華々しくデビューし、今年のセレクトセールでも1億円超えの産駒を出したゼンノロブロイだが、現役時代はどちらかというと晩成の馬であった。皐月賞には間に合わず、青葉賞を勝った勢いで挑戦したダービーでは2着に破れ、雪辱を期して臨んだ菊花賞では内に包まれてしまい4着と惨敗。続く有馬記念でも古馬の壁にぶつかり、健闘もむなしく3着、と結局3歳時には大きなレースを勝つことができなかった。年が明けた4歳の春も詰めの甘さは相変わらずで、天皇賞春はイングランディーレに逃げ切られ2着、宝塚記念はタップダンスシチーの強さにひれ伏した形の4着という走りであった。

ところが、4歳の秋を迎え、ゼンノロブロイは覚醒した。休み明けの京都大賞典こそ2着と惜敗したが、その後の天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念と3連勝。それまでにはあのテイエムオペラオーしか成し遂げたことのない大記録を、勝ち味に遅かったゼンノロブロイがあっさりと達成してしまったのだ。しかも、テイエムオペラオーのようなヒヤヒヤの辛勝(特に有馬記念)ではなく、いずれのレースも安心して見ていられる完勝であった。当然のことながら、この年はJRAの年度代表馬に選出された。

「いつも無敗の馬がいるわけじゃないし、さんざん負けても残っていればチャンピオンになれるんだ。その間にたくましくもなってくるし。あの馬のほうが強かったなんていうのは話にならない。無事にきているのがいいんだから」

ゼンノロブロイを管理した藤沢和雄調教師は上のように語った。この世代の筆頭格であり、皐月賞とダービーを制したネオユニヴァースは、天皇賞春で大敗を喫した後、宝塚記念を目標に調整されたが、右前浅屈腱炎と右前球節部亀裂骨折を同時に発症して引退してしまった。菊花賞馬かつジャパンカップを2着した実績を持つザッツザプレンティは、宝塚記念後に右前脚屈腱炎を発症し戦列を離れていた。タップダンスシチーは凱旋門賞に挑戦したものの、飛行機のアクシデントに見舞われていた。そして、何よりも同厩舎の先輩であるシンボリクリスエスが、幸いにも前年の有馬記念で引退していた。

ちょうどこのタイミングでペリエ騎手に乗り替わったこと、夏の休養を経て体力がついてきたことなど、秋の古馬G1を3連勝した要因は他にもあるだろうが、最大の理由は、ゼンノロブロイが生き残っていたからである。たとえ自分自身の力は変わらなくとも、他のライバルたちがケガや引退などで戦列を離れていく中で、ターフで走り続けることが出来ていればチャンスはいずれ訪れるのである。これが無事是名馬の本当の意味である。サラブレッドにとって大切なのは速く走ることだけではないのだ。

私が初めてこのことを教えてもらったのは、ビワハヤヒデと岡部幸雄騎手によってである。ゼンノロブロイと同じく、ビワハヤヒデも大きなところをなかなか勝ち切れない馬であった。2歳時には朝日杯3歳S(現在の朝日杯フューチュリティS)では圧倒的な1番人気に支持されながらも2着に破れ、翌年の皐月賞が2着、そしてダービーも2着と勝てそうで勝てないレース振りに同情と共感が集まった。頭が大きく、サラブレッドとしてはどちらかというと不恰好であるところが可愛らしく、芦毛ということもあり、同世代のG1を勝ったナリタタイシンやウイニングチケットよりもファンは多かった。ビワハヤヒデの屈託ない走りに、菊花賞こそはと私も応援した。

ビワハヤヒデは菊花賞を5馬身差で圧勝した。ウイニングチケットやナリタタイシンが馬群に沈む中、あの詰めの甘さは何だったのだろうと思わせる、まるで別馬のような走りを見せてくれたのだ。ここから先はビワハヤヒデの独壇場で、有馬記念こそトウカイテイオーに負けたものの、翌年の天皇賞春と宝塚記念を連勝して、古馬の頂点に立った。菊花賞の勝利ジョッキーインタビューにおける、「生き残っていれば必ずチャンスは来る」という岡部幸雄元騎手の言葉が忘れられない。

生き残っていれば…はそれ以降、私の人生の哲学にもなった。サラブレッドも人間も、それぞれの能力はそれほど大きく変わらない。たとえ今、力が劣っていたとしても、良い結果が出ていなくても、ふてくされることなく、その場に立ち続ける。それがいかに難しく、生き残ることのできない馬や人のなんと多いことか。どれだけ負けても、生き残って、その場で戦い続けていけば、最後にはチャンピオンになれるのである。競馬も人生もサバイバルレースなのだ。

Special photo by Photostud


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友よ

Uguric by ede

あなたと会ったのは今からちょうど20年前まえ。
怪物と呼ばれていたあなたをひと目見ようと、
わたしは初めて競馬場に足を運びました。
立錐の余地もないほど
たくさんのファンが詰めかけていました。

あなたが府中の魔物に捕らえられてもがいていたとき、
わたしは人々の背中と頭の間から
必死であなたの姿を探していました。
「ヤエノムテキだ!」、「4-4か!」という叫び声から、
まさかの敗北を知ったのでした。
最強の馬がこうも簡単に負けてしまう
競馬の残酷さを私は知りました。

あなたは次のジャパンカップでも走りませんでした。
いや、走れなかったのですよね。
限界を超えて走ってきたことによる疲労が、
あなたを蝕んでいたのでした。
でも、その当時、競馬についてなにも知らなかったわたしは、
こんなものかと高を括っていたことを正直に告白しておきましょう。

あなたはもう終わったという内容の記事を、
アルバイトの休憩中にスポーツ新聞で読みました。
誰もが新しいヒーローの誕生を予感していたのでしょうか。
引退レースという響きも、あなたの生命力の枯渇を示しているようでした。
新しいジョッキーを背に迎えたとしても、
それはあくまでも花を添える役割としか思えませんでした。

あなたの最後のレースを私は後楽園のウインズ観ました。
道中、燃え尽きたはずのあなたの手応えがずっと良かったことは覚えています。
3コーナーを回るあたりから、皆もそれに気付き始めて、
4コーナー手前で、誰かが我慢できずにポロっと「オグリだ…」と言いました。
そうしたら、堰(せき)を切ったように、「オグリだ…、オグリだ…」って、
まるで山びこのように後楽園ウインズに連鎖していきました。

あなたが直線で先頭に立ったときは、誰もが「オグリー!オグリー!」
勝ったときには、「オグリが来た!オグリが来た!」
皆、大興奮状態で、中には放心状態の人もいました。
私も、今までに味わったことのない、体が震えるようなドキドキを味わったんです。
もちろん、あなたの馬券は買っていませんでしたよ。
それでも、競馬ってスゴイ…、ってその時のインパクトは強かったです。

あなたの引退レースの熱狂を語る面白いエピソードがあります。
有馬記念とかオグリキャップとか競馬とかを全く知らない外国の人が、
たまたまタクシーの中でこの実況を聞いて、
涙を流して感動したという逸話があるのです。
競馬とかオグリキャップとか、実況で何を言ってるかすら全く知らない外国人がですよ。
それぐらい、何か人の気持ちとか色々なものが、
全て凝縮されて爆発したレースだったんですよね。

あなたが踏ん張った最後の直線の途中で、
解説者の大川慶次郎さんが「ライアン、ライアン!」と、
自分の買っていたメジロライアンという馬を応援していた声が入っていて、
こんなオグリが復活した素晴らしいレースで、
お前は自分の買った馬のことしか考えていないのか、
とひんしゅくを買ったのも有名な話ですね。

あなたは最後まで私たちのために走りました。
自分のためではなく、周りにいる人々のために。
その走りを観て、感動して、わたしは一生の競馬ファンになりました。
あのレースの血の滾る(たぎる)感覚を味わっていなければ、
ここまで競馬を続けてこられたか分かりません。
あなたには今でも感謝しています。

あなたが府中競馬場に来てくれた一昨年のこと。
どうしても外せない仕事が入ってしまい、私はあなたに会いにいけませんでした。
最後のチャンスになると知っていたなら、万難を排して駆けつけたはずです。
今となってはそれだけを悔やんでいます。
私の人生を変えてくれたあなたにひと言、ありがとうと言いたかった。
その代わりに、リチャード・ルーリィの「天国のどこか」という詩を贈ります。

天国のどこかにある、その競馬場はいつもいいコンディション
花の香りが漂い、内馬場の池はまるで鏡のよう
太陽は光り輝き、優しい風が吹く
ごらん、あのエメラルドの海は枯れることのない深い芝だ

ほら、パドックに馬たちがやって来る
あの芦毛はネイティブダンサー
あの黒い馬はダークスター
あのちっちゃいのはノーザンダンサー
いつも堂々としているスウェイル

この競馬場では
誰も苦しまない
誰も傷つくことはない
馬たちはただ全力で走るだけだ
ここでは誰もラシックスなんか使わない
鞭打たれることもなければ
注射を打たれることもない
病気も骨折も苦痛も死も
もう馬たちには追いつけない
さあ走っておいで
友よ
きみが地上で走るのを止めたところから

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「けいけん豊富な毎日」

こういう人を博覧強記というのだろう。競馬においては、いや、おそらく競馬だけではないのだろうが、その対象を極めようとする姿勢がハンパではない。本人も活字中毒を自認していて、活字から情報を得るだけではなく、自らの思いや考えを活字として表現しなければ、居ても立ってもいられないのだ。だから、もちろんのこと、インプットだけではなくアウトプットの量も凄まじい。

かつては自身のブログを1日に5回も6回も更新していたが、あまりの速さに読者がついていけなくなり、今は1日に3回ぐらいの更新に控えているという。それでも、これだけ更新量の多い個人ブログって、世の中広しといえども、あるだろうか?その情報量の多さを知ってもらうには、彼のブログを見てらうのが一番手っ取り早い。

けいけん豊富な毎日はこちら
Keikennhouhunamainiti

けん♂さんとは、現在、「ガラスの競馬場」CLASSICにて、毎週の重賞展望を対談している。彼が死ぬほど忙しいことはかねてより知っていたので、依頼するときにはずいぶんと勇気が要った。そんな私のためらいを見透かすように、けん♂さんは私の無茶なお願いをふたつ返事で受けてくれた。

私が一緒に何かしようとお願いする時に、私なりの基準があって、それは競馬に対するリスペクトがあるかどうかということである。どれだけ競馬に詳しくても、どれだけ個性的な予想ができても、どれだけ予想が的中しても、競馬を自己の内なる陶酔の手段としてしか見ていなければ、つまらないのである。

正直に告白すると、この対談に参加してもらうずいぶん前から、けん♂さんとは一緒に何かしたいと考えていた。私はけん♂さんがブログを始めた時から知っているので、その競馬へのリスペクトと情熱を、否が応でも思い知らされている。5年以上の長きにわたって、競馬にこれだけ無償の愛を注ぎ込める人は極めて少ない。この人となら、どんなことがあっても続けていけると。

オークスから対談をさせてもらっていて、私自身も多くのことを学ばせてもらっている。オークスでは、私がかつて「馬券のヒント」で書いた“馬体重の12%理論”を用いて、馬体重からの切り口を提案してくれた。しかも、カワカミプリンセスが勝った年は例外的な扱いということを記憶しているのだから凄い。

安田記念では、香港のレーティングを用いた香港馬の取捨の方法を教えてくれた。さらに、香港ジョッキーズクラブのサイトを使って、馬体重に至るまで調べているという。私などは香港馬の馬体重の調べ方さえ知らなかったのだから、もし香港馬が勝っていたらお手上げだったに違いない。そして、先週のエプソムCでは9番人気のキャプテンベガに本命◎を打った。

繊細かつ大胆、これからもけん♂さんから目が離せない。


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巡り合った

Meguriatta

武豊騎手がいないダービーは寂しい。ダービーでの復帰を目指して、懸命にリハビリを重ねてきたが、驚異的な回復力を持つ武豊騎手でも、さすがに今回ばかりは間に合わなかった。ヴィクトワールピサの手綱は岩田康誠騎手に委ねられ、この時点で、武豊騎手が今年のダービージョッキーの栄誉を手にする可能性は消えた。ダービーに乗れないということは、そういうことを意味する。

ところで、ダービーを目指して復帰しようとする武豊騎手を見て、ある種の違和感を覚えたのは私だけだろうか。数多ある競馬のレースの中で、ダービーが頂点であることは認めるとしても、他のレースはどうでも良いと受け取られかねないのではないか?そもそも、長いブランクから復帰して、いきなりダービーのような大レースに乗って、本当に期待に応えられる騎乗ができるのか?もしかすると、「ダービーを勝つだけで1000万近く稼げるから」と曲解する競馬ファンも出てくるのではないか?なぜそこまでしてダービーを目指すのか、武豊騎手の気持ちを私は理解できなかった。

しかし、高橋英夫元調教師のこんな言葉が頭に浮かんだ時、その疑問は消失した。

「ダービーを制するには、技術や力だけではなく、巡り合わせが必要なんです。何千分の1かで名馬に巡り合う幸運。それこそがダービーでは試されているように思います」

武豊騎手は巡り合ったのだ。もしかすると、ダービーを制することができるヴィクトワールピサという名馬に。どれだけ騎手としての技術や力があっても、巡り合わせがなければダービーは勝てない。あの岡部幸雄元騎手でも、たった1度だけ。野平祐二元騎手のように、腕はあってもダービーを勝てずに鞭を置いたジョッキーの方が圧倒的に多い。だからこそ、たとえエゴイストと思われようとも、武豊騎手はジョッキーとしての幸運を手放したくなかったのだろう。誰にだって、この世の中で、絶対に手放したくないものがある。

岩田康誠騎手だって、本当は手放したくなかったに違いない。たとえ代打であっても、ヴィクトワールピサに巡り合ってしまったのだから。それでも、皐月賞で見事に役割を果した後、「豊さんにはこの馬でダービーを勝って欲しい」と語った。岩田康誠騎手は軽やかに幸運を手放したのだ。ところが、幸運は再び岩田康誠騎手の元に戻ってきた。運命のいたずらである。

武豊騎手の無念を胸に、岩田康誠騎手はヴィクトワールピサに跨る。岩田康誠騎手にとっても、1番人気に推されたにもかかわらず、惨敗を喫してしまった昨年のリベンジである。あのダービーを境にして、大スランプに陥ってしまったほど落胆が大きかったのだから、ダービーを勝ちたいという想いは相当に強いはず。そして、今年はひとりではないのだ。「豊さんと一緒に走る」と言った岩田康誠騎手が、どのような手綱捌きを見せてくれるのか、しかとこの目に焼き付けたい。

Photo by ede

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眠れない夜

Keibagakuhenosyoutai

ダービーの週はなかなか寝付けない。仕事で疲れ果てていたとしても、ダービーのことを考えてしまうと夜も眠れないのだ。もしかしたらあの馬が勝つのではないか、などと想像を膨らませているうちに、心臓はドクドクと脈打ち、遠足前の小学生のように居ても立ってもいられなくなる。馬券を買うだけの私でさえそうであるから、ダービーを前にした、もしかしたら自分にも勝てるチャンスがあるのではないかと思っている騎手は、どんな心境でいるのだろうといつも思う。

ダービーを前にしていつも思い出すのは、この本のあるくだりである。騎手にとってダービーを勝つことは、宇宙飛行士が月面を歩くことと、どこか似た内的体験をするのではないかという一節である。この本の中で私が最高に好きな部分なので、長くなるが引用したい。

「宇宙飛行士の中でも月に行った経験を持つ24人と、他の宇宙飛行士とでは、受けたインパクトがまるで違う。さらに、月に行ったといっても、月に到着して、月面を歩いた人間とそうでない人間とでは、また違う。宇宙船の内部しか経験できなかった人と、地球とは別の天体を歩いた経験を持つ人とでは違うのだ。宇宙船の中は無重力状態だが、月の上は六分の一のGの世界で立って歩くことができる。この立って歩くことができるという状態が、意識を働かす上で決定的に違う影響を与えるような気がする。月を歩くというのは、人間として全く別の次元を体験するに等しい。」

上になぞらえて、山本一生はこう言い換える。

「騎手であることと、ダービーに出走経験のある騎手になることでは、受けたインパクトはまるで違うだろうし、さらにダービーに出走することと、ダービーの優勝ジョッキーになることでは決定的に違っていて、「全く別の次元を体験するに等しい」のである。」

騎手にとって、ダービーを勝つことがどれだけの意味を持つかを、これだけ上手く説明した喩えを私は他に知らない。騎手はダービーを勝つことによって、全く別の次元に昇華する。もしかすると、ダービーを勝つことによって得られる内的体験を求めて、人は騎手になるのかもしれない。

今年のダービーは主役ばかりの混戦である。岩田康誠、横山典弘、藤田伸二、安藤勝己、内田博幸、四位洋文ら、ダービーを勝つチャンスを胸に秘めた騎手たちは、果たして今夜は眠れるのだろうか。断腸の思いでダービーの騎乗を断念した武豊騎手は、どのような思いで今夜を過ごすのだろう。騎手だけではない。有力馬を出走させる調教師、厩務員、馬主、牧場関係者もまた、眠れない夜が続くだろう。そしてあなたも、今週は眠れぬ最高の夜を過ごすに違いない。

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死闘

Sitou_3 by ede

イギリスやフランスでは、競馬場にピクニックに行くという。文字通り、たとえばコースの内側の芝生に敷物を広げ、柔らかな陽射しに包まれながら、家族や友だちや恋人と話して過ごす。馬券を買うこともあるが、決してそれが目的ではない。たまたまそこで馬券を売っているというだけであって、その日の重賞の勝ち馬さえ知らずに帰ることも多いという。

ヴェルメイユ賞やオークスなど、女性のためのレースがある日は、競馬場はピクニックから社交場へと様変わりする。目に鮮やかな衣装を身にまとい、とびきり縁の大きな帽子を被った女性が、ハイヒールで競馬場を闊歩する。ひと昔前の日本では考えられなかったこんな風景が、最近では日本の競馬場でも少しずつ見られるようになってきた。私の競馬友だちの女性は、昨年のヴィクトリアマイルの日、JRA主催のドレスアップパーティーに参加して、華やかな衣装を身にまとい、縁の大きな帽子を被って、7階席のベランダから観戦したという。

ヴィクトリアマイルは、古馬牝馬による春の女王決定戦という位置づけで創設された。秋のエリザベス女王杯が3歳馬と古馬の世代交代という意味合いが強いレースであるのに対し、春のヴィクトリアマイルは今まさに成熟した女性だけによる華やかなレースである。ダンスインザムード、コイウタ、エイジアンウインズ、そしてウオッカ。過去のどの勝ち馬を見ても、今にも踊って歌い出してしまいたくなるような名ばかりだ。

しかし、レースが始まってしまえば、一転、競馬はモノクロの世界に様変わりする。華やかな衣装に身を纏っていたはずの美しいサラブレッドは、500kgの筋肉の塊のアスリートと化す。息遣いは激しく、目をむき出し、互いに体をぶつけ合い、蹄鉄同士が擦り合わさって火花が散る。人生にチャンスはたった一度だけ。女の意地に賭けても負けられない。そんな心意気に応えるように、ジョッキーも必死の形相で馬を追い、鞭を振るう。競馬はピクニックであり、観劇であり、スポーツであり、そして死闘でもある。それでいいのだ。

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予想する音楽

予想をする時、皆さんはどんな音楽を聴くのだろうか?

モーツァルトを聴くと、活性化された脳がアルファ波を誘発し、深いリラクゼーションや脳力を存分に発揮しやすい状態になるのは有名な話である。もちろん、モーツァルトに限ったことではなく、その人にとって心地よい音楽を聴くと、それだけで右脳が刺激され、予想をするのに適した脳の状態になる。

私にとって、予想する際に聴く音楽の条件はひとつだけ。それは、「歌詞が入っていないこと」である。歌詞が入っていると、どうしても言葉に引きずられてしまい、予想することに集中できないからだ。

一般的に人間の左脳は言語、概念、論理的思考を司り、右脳はイメージ、図形、空間パターン認識力などを司るといわれている。予想をするという行為には、言葉を用いながら左脳を駆使して、論理的に読んでいくことが多く含まれている。私のような単純な脳構造では、歌を聴きながら予想をするというように、同時に2つの情報を処理することができないのだろう。

また、予想をするという行為は、左脳を駆使することは必要不可欠だが、それだけでは不十分である。右脳が司るイメージ、図形、空間パターンの認識力も大切になってくる。馬の個体をイメージしながら、データなどの数字を図形的に整理し、実際のレースをシュミレートしなければならない。

Brain

なんと言っても、創造的な発想は右脳から生まれてくるものである。論理的でしかない予想ではなく、創造的な予想をするには、右脳が絶えず活性化されている状態を保っておかねばならないのだ。つまり、左脳は論理的に読みながら、右脳は音楽を聴きながらリラックスした状態で創造的なサポートをするというのが、理想的な“予想する音楽”のイメージである。

そして、私にとっての“予想する音楽”は、以下の3曲に行き着く。音楽に関してはド素人なので、批評などするつもりなどサラサラないが、あくまでも私にとって心地よく、予想にイイと思われる楽曲を挙げるとすれば、ジョン・コルトレーンの「Love Supreme」、ジョシュア・レッドマンの「Jazz Crimes」、そして、グレン・グールドの弾く、バッハ「ゴルトベルク変奏曲」である。

まず始めは、ジョン・コルトレーンの「Love Supreme」である。ジョン・コルトレーンほど短期間で大成長を遂げたプレイヤーはいないとされる。マイルス・デイビスやセロニアス・モンクといった巨匠たちに揉まれながらも、独自の斬新な演奏を極め、築き上げていった。晩年の音楽は難解すぎて理解されなかったが、それでもコルトレーンが最高のサックス奏者のひとりであることは、万人の認めるところである。残念ながら、40歳の若さにして惜しまれながらこの世を去った。

こうした背景を知るにつけ、どうしてもエルコンドルパサーという馬がダブって見える。サイレンススズカに胸を借り、グラスワンダーやスペシャルウィークと競い合いながらも、一気に世界の頂点に上り詰めようとしたエルコンドルパサー。凱旋門賞2着という、世界に最も近づいた馬。毎日王冠を勝ってからの歩みは、斬新であり、かつ求道的ですらあった。海外に渡ってさらに強くなった、不世出の名馬である。この馬も、わずか3年間の種牡馬生活を送っただけで他界してしまった。

ジョン・コルトレーンの傑作「至上の愛」を聴くと、そのイントロの凄まじさに衝撃を受ける。ゲートが開くよりも先に飛び出たのではないかと思わせる、抜群のスタートダッシュ。そして、中盤から後半に差し掛かっても、その勢いはとどまるところを知らない。まさに「テンよし、中よし、終いよし」と3拍子が揃った究極のアルバムである。このアルバムを聴きながらエルコンドルパサーのジャパンカップを観るのもよし、ジャパンカップを観ながらコルトレーンを聴くのもよし。

次に、ジョシュア・レッドマンの「Jazz Crimes」である。私にはどうしてもジョシュア・レッドマンとアドマイヤドンが重なって見えて仕方ない。アドマイヤドンはダートの天才であった。2歳時に芝のG1である朝日杯フューチュリティSを勝っているが、3歳秋を境になんとダート路線へと進路を変更した。それ以降、ダート馬とは似ても似つかない華奢な体ながらも、G1勝利を6つも積み上げ、ついにはドバイワールドカップにも挑戦した。アドマイヤドンのベストレースは、2004年のフェブラリーSであろう。まるで調教のように余裕綽々と走り、進化したダート馬の誕生を印象付けた。芝を走ってもG1クラスではあるが、ダートでこの馬の右に出る者はいない。

ジョシュア・レッドマンが、ハーバード大学を首席で卒業し、イエール大学での法律修士課程を経て、弁護士の資格を持っていることは有名な話である。「学業エリートをフレコミにして売れたサックス奏者か」「大人しく弁護士やってりゃいいのに」等、一側面だけからの批評(批判)など、彼は軽々と超えていく。勉強も出来るし、弁護士にもなれるが、サックスはそれ以上に巧い。その道にのみ秀でていることが、必ずしも天才の条件にはならないのだ。ジョシュア・レッドマンはサックスで<世界>を見て、サックスで<世界>を理解する、サックスの天才である。

最後は、グレン・グールドの弾くバッハ「ゴルトベルク変奏曲」。グレン・グールドは、「極端に速く弾き、一方で極端に遅く弾く」、という両極端のテンポで演奏することをスタイルとした。極端に速く弾くことも難しいが、極端に遅く弾くことはさらに難しい。遅く弾くと、それだけ正確かつ明晰でなければ、音楽として成立しなくなるからだ。

競馬の馬券に言い換えると、銀行馬券である1.5倍の単勝を当てながら、次のレースでは300倍以上の3連単を的中させるといった極端さであろうか。特に1.5倍の単勝は外すことが許されないため、かなり正確かつ明晰な予想が求められる。本命党や穴党と自称し、単に人気のあるなしで馬券を買うような輩とは、グレン・グールドのスタイルは一線を画している。極端に速く弾けるのも、遅く弾けるのも、それを支える技術があってこそである。

グレン・グールドと競馬がごっちゃになってしまったが、いずれにせよ、卓越した技術と創造性をいやがおうにも目にする、とびきりの1曲である。神と対話するように弾くグレン・グールドのように、とまではいかないだろうが、とびきりハイな気分で悦に入りながら予想できること間違いなしである。

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「推定後半3ハロン」

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「コダマはカミソリ、シンザンはナタの切れ味」という武田文吾調教師の言葉がある。

カミソリとナタとはどちらも切れるのだが、その切れ方が違う。カミソリはスパッと切れるのに対し、ナタはザクッと切れる。つまり、カミソリの方がナタよりも鋭く切れる。かといって、カミソリの方の切れ味が良いかというと、そうとは限らない。たとえば大きな木をカミソリで切っても切れないように、切る対象物によっては、カミソリよりもナタの方が切れる。カミソリが鋭く、ナタが鈍いということではなく、あくまでも切れ方が違うのである。

これをそのまま競馬に当てはめると、カミソリの切れ味とは一瞬で鋭く切れる末脚のことで、対するナタの切れ味とは良い脚を長く使える末脚ということになる。いわゆる、「瞬発力型」と「持続力型」であり、ほとんどの場合、レースの勝負どころである、ラスト3ハロンにおける末脚のタイプを指す。

たとえば、総合力は同じだが、スピードとスタミナのバランスが違う2頭のサラブレッドがいるとする。Aという馬はスピードが勝っていて、そのスピードを一瞬の末脚に生かすタイプであり、Bという馬はスタミナが豊富で脚を長く持続させるタイプである。この2頭によるラスト3ハロンの末脚を計測すると、以下のようなラップが刻まれるだろう。

A 11.0→10.3→12.6
B 11.3→11.3→11.3

結果として、Aの馬もBの馬も上がり3ハロンのタイムは33秒9と同じである。何が違うかというと、レースでの末脚の切れ方が異なるだけである。Aがラスト2ハロンで10.3という一瞬の鋭い末脚を披露したのに対し、Bは11秒3という良い脚をコンスタントに3ハロン続けて使っている。言うまでもないが、Aがカミソリの切れ味、つまり「瞬発力型」であり、Bがナタの切れ味、つまり「持続力型」である。

さて、賢明な方はすでにお気づきになられたと思うが、Aの馬とBの馬が同じポジションでラスト3ハロンを通過したとすると、ゴールでは同着になるのだ。ということは、「瞬発力型」であろうが、「持続力型」であろうが、レースの勝敗にはほとんど関係ないということにならないか。そう、最も勝敗を分けるのは、勝負における位置取りとラスト3ハロンをどれだけのタイムで走られるか?ということなのである。

その重要さは分かっていても、いざレースを予想すると、どの馬がラスト3ハロンをどれだけのタイムで走られるのか見当が付かないという方も多いのではないだろうか。そこで開発されたのが、「ハイブリッド競馬新聞」の久保和功さんによる「推定後半3ハロン」である。現在、サンスポでも連載中の「推定後半3ハロン」は、各馬がどれぐらいのタイムでラスト3ハロンを走ることが出来るか?を数字で示したものである。

Sanspo
*クリックすると新聞が読めます。

前置きはこの辺にして、実際に先週の天皇賞春を例に取ってみたい。出走馬中、「推定後半3ハロン」の上位5頭は以下のとおりであった。

1位 ジャガーメイル  34秒0
2位 マイネルキッツ  34秒4
3位 フォゲッタブル  34秒6
4位 エアシェイディ  34秒7
5位 ナムラクレセント 34秒8

「推定後半3ハロン」の上位2頭でワンツーだけでも凄いのだが、何よりも私が驚かされたのは、マイネルキッツが2位にランクインされていたことだ。ジャガーメイルは京都記念で33秒3、過去の他のレースでも速い上がりを出しているから1位になるのは分かる。しかし、マイネルキッツは過去にも速い上がりを使うイメージがなかっただけに、フォゲッタブルやエアシェイディを差し置いての2位には違和感を覚えたのだ。

久保和功さんは、マイネルキッツについてサンスポ上でこう書いた。

マイネルキッツは昨年と同じく日経賞からの参戦。今年は59kgの酷量を背負いながらも、最速上がり34秒7で1位は価値が高い。

なるほど、各競馬場、各距離、馬場状態ごとに基準タイムを設定し、各馬の後半3ハロンの価値を計算しているからこそ、マイネルキッツの末脚を評価できるのだ。単純な上がり3ハロンの時計や切れるというイメージだけでは掴み切れない、各馬の本当の末脚の強さを、「推定後半3ハロン」は非常にシンプルな数字で示している。これを活用しない手はないだろう。

NHKマイルCが行われる東京のマイル戦は、最後の直線が長く、ラスト3ハロンの上がりの速さが結果に直結する舞台である。果たして、どの馬が「推定後半3ハロン」最速馬なのだろうか。「ハイブリッド競馬新聞」にて公開されているので、ぜひご確認あれ。

■ハイブリッド競馬新聞はこちら
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祐一よ、リーディングを目指せ!

Yuiti

あの落馬事故から31年の歳月を経て、5月10日、高知競馬場にて、「第1回福永洋一記念」が行われる。レース当日には、福永洋一、祐一の親子がプレゼンターとして来場する。厳しいリハビリを乗り越えた福永洋一元騎手が、再び私たちの前に姿を現す。この知らせを聞いた瞬間、私の小さな心臓はドクドクと脈打ち始めた。

福永洋一元騎手については語るまでもないだろうが、日本競馬史上に残る伝説のジョッキーである。伊藤雄二元調教師は、武豊騎手のことを「何千年に1人の名手」と評価しながらも、「日本競馬最高の騎手は福永洋一」と断言する。福永洋一騎手を乗せると、能力的に足りないと諦めていた馬でも走ってしまったそうだ。しかも、レースの内容が他の騎手を乗せていたときとは全く違い、追っ付けても進んで行かなかった馬をスイスイと逃げさせたり、先行してはバタバタになっていた馬を最後方から一気で勝たせてみたりして、周りは呆気に取られた。エリモジョージで逃げ切った天皇賞春などが有名である。

同じ騎手の立場から見ても、なぜ福永洋一騎手の乗る馬が走るのか分からなかった。「武豊は天才ではない。なぜなら、武豊が勝った理由は説明できるからだ。福永洋一が勝った理由は説明できなかった」と田原成貴元騎手が語っていたが、おそらくその通りなのだろう。天才福永洋一は、全ての騎手にとって、今でも遠いところにいる。それほどに卓越した技術、もしくは並みのジョッキーとは違う何かを持っていたということである。

Yoiti_3その福永洋一騎手を不幸な落馬事故が襲ったのは、福永祐一がまだ2歳の頃であった。頭蓋骨骨折、脳挫傷、舌裂傷という大怪我を負って、それでも奇跡的に一命を取り留めたのだが、それ以降、今もリハビリの日々が続いている。福永祐一は中学生になって競馬のことを知るまで、父がなぜ怪我をして、どうしてこんなに頑張っているのかも分からなかったそうだ。福永祐一が小さい頃からずっと見てきた父の姿とは、母と一緒に懸命にリハビリに取り組んでいるところであった。

「それだけで僕にとって父は尊敬できる存在だった」と福永祐一は言う。

福永祐一が騎手になりたいと言った時、母親はもちろん大反対した。しかし、福永祐一が「僕も騎手になるよ」と父に耳打ちした時、父洋一はにっこりと笑い返してくれたそうだ。この笑顔に支えられて、現在の福永祐一ジョッキーが誕生したのである。

デビューから12年目の2008年9月27日、福永祐一騎手は父洋一に並ぶ983勝を挙げた。

「福永洋一の息子でなければ、騎手の道を選んでいませんでした。その背中をずっと追いかけてきましたが、勝ち星が並んだからといって胸を張ることはできません。乗れば乗るほど、おやじの存在は遠くなります。一生超えられません」とウイナーズサークルで福永祐一騎手は語った。

正直に言って、福永祐一騎手はジョッキーとして父ほどの素質を持ち合わせてはいない。近づきつつあるが、まだまだ足りないところがたくさんある。それは本人が一番分かっているはず。それでも、父のおかげもあり、たくさんの人々にサポートしてもらいながら、その期待に少しでも応えられるように懸命に騎乗しているのが伝わってくる。手の届かない父の背中と、父のおかげで恵まれている環境と、騎手としての自分の力の間にある蜃気楼をいつも彷徨っているのだ。福永祐一騎手の右目と左目は形が違う。葛藤を物語っている彼の目が私は好きだ。

先日、京都競馬場にて、天皇賞春のレース後、「ファンと騎手との集い」が行われた。このイベントも今年で16年目になるのだが、現在は福永祐一騎手を中心として運営されている。ファンから集まったアンケートに全て目を通して、毎年、新しい企画を考えるらしい。ファンあっての競馬、競馬があっての自分、そして父親。今回の「福永洋一記念」もその一環である。そして、今年の福永祐一騎手は現在33勝と絶好調である。全てはつながっている。

福永祐一よ、リーディングを目指せ。私の尊敬するミスター競馬こと野平祐二氏の「祐」と、伝説のジョッキーである福永洋一の「一」を名に持つあなたは、リーディングに相応しい。

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中山競馬場のベストポジション

私が初めて中山競馬場に行ったのは、競馬を始めてからおよそ3年経ってからのこと。府中は開催ごとに通っていたのに対し、中山は地理的に行きにくかったということもあり、実際に足を運ぶ機会がなかったのだろう。初めて中山競馬場でG1レースを観たのも、マヤノトップガンが勝った、いやヒシアマゾンが負けた1995年の有馬記念だったように記憶している。

それから後、暮れの有馬記念だけは中山競馬場に行くという行為を数年続けてみたが、毎年、身の凍る思いをして、オケラ街道を歩いて帰ることに私は疲れ果ててしまった。競馬場に行ったにもかかわらず、あまりの人の多さに、馬そのものを自分の眼で観られないことにも辟易した。競馬場に居ながらにして、モニターでレースを観るなんて、これ以上の皮肉とナンセンスはないだろう。中山競馬場に対して、私は自然とそういう感情を抱いてしまっていた。

先週の皐月賞、そんな私の偏見は見事に払拭された。今年は出来るだけ現場で競馬を楽しみたいと思っていて、自宅から中山競馬場までなんと2時間も掛かるのだが、電車に揺られ、ポールオースターを読み、時には居眠りしながら、なんとか辿りついた。長旅に疲労を隠せなかったが、4コーナーの芝生のポジションから見えたレースの風景に、私は息を吹き返した。

ここからならば、4コーナーの激しい攻防が手に取るように見える。


しかも、皐月賞が行われる芝2000mは、ちょうど目の前からのスタートなのだ!


一緒に競馬を観戦した川島さんはラチに噛り付くようにして叫び、たまバスさんは望遠カメラのシャッターを切りまくり、そしてGachalingoさんは額に汗をかきながら、大迫力のライブをそれぞれに楽しんでいた。皐月賞の結果はさておき、美味しいランチの店を見つけた時のように、私は嬉しい気分であった。これから中山競馬場に来るときは、ここで観戦しようと心に決めた。これからずっと、私はここで競馬を観るだろう。いつまでここで競馬を観続けられるだろう。こんな素敵な場所を教えてくれたスカイポットさんありがとう。

中山競馬場からの帰り道、歩きながらりゅうさんと話した。彼は私と同じぐらいの時期に競馬にのめり込み、ありとあらゆる成功や失敗を繰り返してきたはずなのに、未だに競馬について学ぼうという姿勢を崩さない稀有の人であった。15年くらい前のエリザベス女王杯の話をしても、「ああ、あの時、私はチョウカイキャロルという馬を買っていましてねえ」と見事に呼応してくれる。話せば話すほど、お互いが全く別の人生を歩んできて、同じ時代に競馬を観てきたことが感じられた。また競馬場で会いましょう。

りゅうさんの「Classic Report」はこちら
Classicreport
念には念を入れた、丁寧な予想の過程はとても参考になります。
ダービー、オークスへ向けて必見のブログですね。

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「ウオッカのすべて」

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ウオッカが引退してはや1ヶ月が経つ。まだ心のどこかに、ウオッカが残してくれた感動のようなものが漂っている気がするのは私だけだろうか。ウオッカのいないG1シーズンをこれから私たちは過ごすことになる。ディープインパクトからウオッカに渡されたバトンを、今度はどの馬が受け継ぐのか。おそらく誰もいないだろう。スターホースはそうやすやすと現れるものではない。ディープインパクトからウオッカの流れがあまりにも見事であっただけだ。スターホース不在の時代を、私たちはあてもなく彷徨う。つまり、競馬そのものを楽しまなければならない時代がやってきたのである。本物の競馬ファンかどうか、これから問われるということだ。

優駿特別編集による「ウオッカのすべて」が発売された。表紙の写真は故今井壽惠氏によるもの。滅多に見せることのないウオッカの女性らしい表情が見事に切り取られていて、背景に映る花の色の鮮やかさが、ウオッカの美しさをさらに引き立てている。そして、裏表紙の写真はPhotostudによるダービー優勝時のゴール前のシーン。優駿編集部ではPhotostudの最高傑作との呼び声も高い作品だが、なるほど、光と影のコントラストがウオッカのすべてを物語っている。新旧世代のベストカメラマンたちによる作品に見惚れつつ、私はしばしウッカの現役時代の走りに酔いしれた。

「ウオッカのすべて」を読んで、最も印象に残ったのは、谷水雄三オーナーと角居勝彦調教師の手記である。ウオッカという1頭の馬に深く携わった2人の言葉を、それぞれの手記から紹介したい。

谷水雄三オーナー 「競走馬となったウオッカと過ごした4年間は、人生最大の至福のときでした。レースでは興奮もしましたし、望外の幸福な時間だったと思います。私にとって、ウオッカは夢をかなえてくれる存在でした。ウオッカとの出会いを経て、私自身の考え方も変わってきました。自分ひとりの力だけでは何も成就しない。人も馬も含め、様々な出会いがあり、皆さんに支えてもらい、さらに運にも味方してもらって、初めて何かを成し遂げることができるのです。

それにしても、ウオッカは、身体能力も高かったのですが、それ以上に心の強さが秀逸でした。牝馬ですし、心が折れてしまっても不思議でないようなことがたくさんあったと思います。でも、その都度乗り越え、さらに強くなり、それをレースで証明してくれました。常々、苦しみのない楽しみなどないと思ってはいましたが、これほどまでに実感させられるとは思いもよりませんでした」

角居勝彦調教師 「この4年間、長かったような短かったような、楽しかったような辛かったような…。ウオッカには、挑戦する、我慢する、あきらめない、ということの素晴らしさを教えてもらいました。もちろん、辛いこと、がっくりくるようなこともたくさんありましたが、それ以上に素晴らしい瞬間をたくさんもたらしてくれました。厩舎全体が勉強させてもらいましたし、かけがえのない経験をさせてもらいました。角居厩舎にとって、“特別な存在”であることに間違いありません」

この男たちは誰よりもウオッカの走りに一喜一憂したに違いない。ウオッカの競走生活は挑戦の連続であった。通算26戦10勝。勝った回数よりも負けたそれの方が多い。時には胸が張り裂けるようなこともあっただろうし、爆発するような喜びを味わったことも一度や二度ではないだろう。失敗が多かったからこそ、大きな成功があった。大きな成功をするためには、たくさんの失敗が必要であったともいえる。そうしてウオッカと共に歩んだ歳月を、谷水雄三オーナーは「雲の上を歩いているようだった」と語った。

私はどうだったのか。新馬戦から振り返ってみて感じたのは、これはあくまで個人的な感想ではあるが、ウオッカの馬券(単勝)を意外にも買っていないということだ。実際にウオッカの単勝を買ったのは、桜花賞と最後のジャパンカップだけ。私の最愛の馬ヒシアマゾンにウオッカを重ね(実際に良く似ている)、その一走一走に気持ちを入れながら見守っていたつもりだったが、馬券は買っていない、もしくは他の馬を買っているということが多かった。

ヒシアマゾンの時は気持ちと馬券が常に一緒だったが、ウオッカではそうではなかった。いろいろと難くせをつけては、心ではウオッカを応援しながらも、頭では勝ち馬を探していた。それを成熟と解釈することもできるが、私は少し悲しい。長い年月を経て、私も頭と心が違ってきてしまったのだろうか。負けることが怖くて頭で馬券を買ってしまっている。だからこそ、外れた悔しさは和らいでも、当たった喜びを存分に味わうことも出来なくなったのだろう。たくさん負けてもいい。そして、心から応援する馬と馬券も一緒の方がいい。ここにスターホース不在の混迷の時代を生き抜くヒントがある気がする。雲の上を歩くように、これからも競馬を楽しんで生きたい。

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半熟卵たちの冒険

競馬歴1年9ヶ月にして、ここまで登り詰めた人間を私は知らない。私がGachalingoさんと出会ったのはちょうど1年前だったのだから、その時は競馬を始めてわずか9ヶ月であったことに今さらながら驚く。な、なんとディープインパクトを知らない、ディープインパクト後の世代ということである。彼の知識欲は底知れない。競馬を始める前は文学少年で、年間で100冊ぐらいは小説を読んでいた活字中毒者であったという。そのエネルギーがある日突然に競馬に向いたのだから恐ろしい。

私のライブCDやDVDは全て聴いてくれていたし、今は「ガラスの競馬場CLASSIC」の聞き手としても活躍していただいている。もちろん、他の馬券師の方々のノウハウも余すところなく吸収していて、今はラップの研究に勤しんでいるという。競馬を始めて1年9ヶ月の頃の私を思い出してみると、今の彼ほどの知識の幅と深さがあったとは到底思えない。ありとあらゆる環境を利用して、知識ゼロの地点から、一気に駆け上がってきたのだ。

将棋の羽生善治氏は、将棋の世界で起こっている変化をこう語った。

「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。でも高速道路を走り抜けた先では大渋滞が起きています」

この言葉を聞いて、競馬の世界でも同じことが起こっていると感じた。私が競馬を始めたおよそ20年前は、競馬関連の情報を得るには、雑誌か本しかなかった。どちらにしても、ある特定の人々による限られた考え方やノウハウが供給されていたにすぎなかったのである。もちろん、今では手に入らないような本質的な内容もあったが、そのバラエティにおいては、現代とは比べ物にならないほど少なかった。レース結果を知るためには、深夜の競馬番組まで待たなければならなかった時代である。

対する今は、ITとネットの進化により、ありとあらゆる情報が即座に手に入る。上の羽生善治氏の言葉の“将棋”を“競馬”に置き換えてみてもよい。競馬が強くなるために必要な情報、つまりレースの傾向やコースの設定から、データベース、ニッチな情報、そして様々な理論や法則に至るまで、ありとあらゆる情報の整理はここ10年驚くべきスピードで進んだ。もはや知らない情報などないと言っても過言ではないだろう。しかも、馬券もネット上で買えるようになったのだから、競馬場やウインズに行かずとも、簡単に実戦の経験を積むことも出来るのだ。

彼はそんな時代の寵児だと私は思う。知識欲を総動員して競馬に立ち向かい、高速道路に乗って一気にやってきた。彼と話していると、「この馬どうですか?」と聞かれてドキッとさせられることがある。ボクシングで言うところの、当て勘がよいという感じ。たとえば、中山記念のトーセンクラウンや阪神大賞典のトウカイトリック、日経賞のマイネルキッツ、チューリップ賞のショウリュウムーン、産経大阪杯のテイエムアンコールなど、彼が着目する馬はそのレースで得てして好走することが多い。決して人気馬ではなく、そんな馬券を彼はエロい馬券と呼ぶ。確かにちょっとしたエロさは馬券には必要なのだ。彼には馬券のセンスがある。

ただ、このまま突っ走れるとは彼も思っていないだろう。高速道路を抜けたその先には大渋滞が待っている。カーナビゲーションが利かない世界で、どのようにして大渋滞を抜けるのか。その答えは羽生善治氏が十代の頃に、「詰むや詰まざるや」という詰め将棋の問題集を何年もかかって全問解いたというエピソードにある。「詰むや詰まざるや」は200~300手詰めはザラで、最高は611手詰め、全部で200問もある、江戸時代に作られた問題集です。この問題集を全部解き終えたら四段になれると言われているが、あまりに難しいため、普通の人は「これは作り物だから実戦には出ない。1問解くのに何日もかけるくらいなら、最新の棋譜を何局かならべて研究するほうがはるかに良いのではないか」と考えて途中でやめてしまう。しかし、羽生善治はあえて回り道をして、何年もかけて全問解いたのだ。そして、「あれには大変な意味が隠されていますね。毎日毎日将棋を考えていることが大事で、その情熱を失わないことが大事なんですね」と語ったという。

最後にもうひとつ。彼は「新しい競馬の雑誌を創りたい」という夢を私に与えてくれた。彼は本作りのプロフェッショナルでもあり、彼と話をしていると競馬の雑誌を作りたいという想いがふつふつと沸いてきた。私と同じように、競馬について書くことで生きていきたいと決意する新しい書き手のためにも、競馬の雑誌を創りたい。雑誌不遇の時代ではあるが、だからこそ、いつまでも手元に残しておきたいと思わせる雑誌を。たくさんの競馬ファンに読んでもらい、競馬の雑誌を通して、競馬という冒険の旅を提供したい。それがまだ半熟である今の私と彼の夢である。

Gachalingoさんのブログ「半熟卵の冒険」はこちら
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ウオッカの背中を追って

Dubaigo

今週末、レッドディザイア、ブエナビスタ、ローレルゲレイロ、グロリアスノアの4頭がドバイ国際レースに出走する。新設されたメイダン競馬場で、全8レースの総賞金が2625万ドルという高額賞金を巡って、想像を絶するほどのハイレベルな争いが繰り広げられる。ヨーロッパ、アメリカ、南アフリカ、アジアの各国から、選りすぐりのサラブレッドが集結するのだから、まさにワールドカップデイと呼ぶに相応しい1日になるだろう。

メインレースとなるドバイワールドカップに出走するレッドディザイアは、前哨戦で見事な差し切り勝ちを演じ、有力候補の1頭として臨むことになる。前哨戦を勝った知らせを受けた時、私は耳を疑ってしまった。どちらかというと、ウオッカがどのようなステップレースを踏むかに注目していただけに、レッドディザイアの勝利は嬉しくも悲しい誤算であった。レッドディザイアは速い時計をあまり出しておらず、ひと叩きしてドバイの競馬に慣れさせるために使ったはずで、それがあんなにも強い勝ち方をしてしまったのだから。

よく考えてみれば、3歳の身にして、レベルが高かった昨年のジャパンカップで3着した馬である。ウオッカの影に隠れていたが、すでに国際級の能力を証明していたということだ。そこからの成長分を考えると、前走の走りは驚きではなく、当然として迎えられるべきであったのかもしれない。シーマクラシックに出走する予定だったところを、この鮮やかな勝利を受けて、より熾烈な争いが予想されるワールドカップに矛先を変えてきたのだが、その選択が正しかったかどうかは神のみぞ知る。もちろん勝機はあるだろう。

しかし、前走で仕上がっていない状態で激走してしまったことによる反動が心配である。特にレッドディザイアのような気の良い牝馬は、馬体が仕上がっていなくても、レースに行くと走ってしまうことがある。人間の計画とは裏腹に、馬の気持ちにスイッチが入ってしまい、仕上がり切っていない肉体からあらん限りの力を振り絞って走ってしまうのだ(そもそも馬はステップレースと本番の区別はつかない)。そうすると逆に、本番に向けて気持ちが下がり、無理をしたツケが肉体から噴出してしまうことになる。そう、つまり、2走ボケの原理である。

それに対し、シーマクラシックに出走するブエナビスタは、全てにおいて上向きで本番に臨めるだろう。昨秋はオークスの疲れを引きずって、勝ち切れないレースが続いたが、前走の京都記念でようやく復活した。ロジユニヴァースがダービーを勝った反動から立ち直るのにおよそ1年の時を要したように、3歳馬が春の時期に、府中の2400mを勝ち切ることによる肉体面に与えるダメージは少なくない。ブエナビスタは肉体の不調に耐えながらも、秋華賞、エリザベス女王杯で3着、札幌記念、有馬記念で2着したのだから凄い。速く走る才能と我慢強さは、もしかするとウオッカ以上かもしれない。ドバイの馬場を経験していないというビハインドはあっても、負けられないし負けてほしくない。

ゴールデンシャヒ―ンに挑戦するローレルゲレイロも厳しいレースを強いられるだろう。日本馬にとって最も壁が厚いドバイのG1のひとつである。これまでは昨年のバンブーエールの4着が最高着順であり、実際のレースを見ると、なおさら上位馬たちとの力差を痛感させられる。ただ、今回からオールウェザーで行われるので、多かれ少なかれチャンスは訪れるかもしれない。昆貢調教師が「10年に1度の馬」と評するローレルゲレイロが勝てなければ、これから先、誰が勝てるというのか。ゴドルフィンマイルに出走するグロリアスノアと小林慎一騎手は、人馬ともに貴重な経験を積めるはずである。

ウオッカの背中を追って、世界の大舞台に挑戦する精鋭たちの走りを、この目に焼き付けたい。

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「ガラスの競馬場」:Keiba is beautiful.

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Keiba is beautiful.

Vodkalast

「心が震えたレースベストテン2009」の第1位は、ウオッカが勝ったジャパンカップである。ジャパンカップが行われた当日、私は競馬場にいた。なんとか間に合ったという表現が適切だろう。仕事を終えて、川崎駅から南武線に飛び乗り、府中本町の駅から長いアスファルトのコースを走って、発走時刻までに競馬場にたどり着いた。もうすぐ12月にしては暖かく、晴れわたった青空の下に緑のターフが広がっていた。

友人らと約束をしていて合流するつもりでいたが、いつもの場所に彼らを探したが見当たらない。場所が取れなかったのかもしれないと思い、携帯電話のボタンを押そうとしたその瞬間、私の指が止まった。このあと何かが起こる。そんな予感がした。そして、今日は、たったひとりで、ウオッカを見よう。そう思ったのだ。着いたら連絡すると言ったのに申し訳ないとひとり謝りつつ、私は携帯電話を胸のポケットにしまった。

スタンドからの声援を一斉に受けて、スタートが切られた。ウオッカは私が思い描いていたポジションを走っている。前進意欲をかき立てながら、がっちりと上腕だけで馬を抑え込むルメール騎手の騎乗技術は素晴らしい。アクセルをふかしつつ、ブレーキを踏んでいるからこそ、引っ掛かっているように見えて、ウオッカの脚は溜まっている。手綱を放せば、いつでもウオッカは飛んでゆくだろう。ウオッカを応援する誰もが、今日こそ、いつもの強いウオッカが見られる。そう感じていた。

直線半ばまで追い出しを我慢されたウオッカは、ゴーサインが出るや、後続との差を一気に突き放した。その力強い伸び脚を見て、勝ったと思った。しかし、坂を登り切ったあたりから、ウオッカの脚が一気に鈍った。外からもの凄い脚で1頭だけ伸びてくる馬が目の端に入った。どうしたウオッカ、頑張れ。ルメール騎手もムチを持ち替え、ウオッカの最後の力を振り絞らさんと叱咤激励した。悲鳴に近い歓声が最高潮に達したところがゴールであった。

私には勝ったと見えた。コンマ何秒ではあるが、ウオッカがギリギリ粘り切ったと確信していた。それでも、結果が発表されるまでの長かったこと。周りに友人がいれば、レースの興奮を分かち合うことで、少しは気を紛らわすことが出来ただろうに。「勝っている」、「いや差されているかも」、私は自問自答を繰り返した。

5番の文字が電光掲示板に灯った瞬間、ワーッという大きな歓声が競馬場を包んだ。その雰囲気に包まれながら、勝ったと信じていたにもかかわらず、不覚にも私の目からは涙がこぼれた。自分の馬券が当たった悦びではなく、安堵の涙であったと思う。ウオッカの陣営が感極まって泣いている姿が映し出され、ふと見ると、周りの誰もが泣いていた。今日はひとりで良かった、そして競馬場に来て良かったと私は思った。人前で感情を出すことが苦手な私は、ひとりでなければ泣けなかっただろうし、この競馬場の臨場感がなければ心が震えたかどうか。

ジャパンカップ後、ウオッカは鼻出血を発症し、有馬記念への出走を取りやめた。そのまま引退を囁かれたが、最後にもう一度、悲願のドバイにチャレンジする運びとなった。いつでもウオッカは私たちの夢を背負って走ってくれる。しかし、前哨戦ではレッドディザイアに負けてしまったものの、本番へ向けて順調に来ていると思っていた矢先に、引退が発表された。またもや鼻出血だという。ウオッカの肺はジャパンカップの激走で深く傷ついてしまったのだろうか。ドバイの地に眠るホクトベガが、ウオッカをそっと止めたのかもしれない。それにしても、なんと静かで美しい引き際だろう。

夢にはいつか終わりがくる。
夢の途中で倒れたとしても、そこで過ごした時間は確実に存在する。
そして最後に意味を持つのは、結果ではなく、過ごしてしまったかけがえのないその時間である。
(「オーロラの彼方へ」星野道夫)


私の心に残る一生の宝

ウオッカ、長い間ごくろうさまでした。そして、たくさんの感動をありがとう。あるとき、競馬とは無関係の雑誌に載っていた角居調教師のインタビュー記事を読み、ウオッカが牝馬として64年ぶりにダービーを勝利したことを初めて知りました。でも、そのときは、競馬という世界を少しばかり知った、ただそれだけでした。それまでも、それからも、自分のことで悩んでばかりの毎日。インタビュー記事を読んでから半年以上も経って、ふと見た新聞のテレビ欄にウオッカの名前がありました。2008年安田記念の日でした。ダービーの栄光後、勝てない時期が久しく続いていたことはそのライブ中継の中で初めて知りました。そして、目にしたのは、あの鮮やかな復活勝利!悩む日々の中、出口がなかなか見えなかった私に大きな大きな勇気と希望とを与えてくれました。あれから、勝っても負けてもウオッカの競馬をみつめてきました。そして、負けが続いても、これというレースではドラマチックに勝利する姿に、自分もがんばらなければ、と心が奮い立ちます。これからもきっと何かのときには、ウオッカのレースを思い出して勇気をたくさんもらうことでしょう。数々の感動の記憶は、全ていつまでも私の心に残る一生の宝です。ありがとう、ウオッカ!

Santiagoさん

今度はいい子供を産んでください
君は少女の頃から強かったですね、そして男の子と走った日本ダービーみんなびっくりしました。その後、先生達に海外を勧められ頑張ろうとしたがまだ幼かった君はとても苦労しましたね。年が明けて女性になった頃、新しいパートナーと復活しました。それからの君は、とても強く見えまさに敵なしって感じがしました。秋の天皇賞の同期スカーレットとの激走は歴史に残ると思います。そして、先生たちにもう1年やろうということで、君は同期のスカーレットは辞めてしまい、責任感がある君は、もう一度走る決意をしました。大人の女性になった君はまさに呆れるほどの強さを見せてくれました。秋になりちょっと疲れた君は・・・あれほど強かった君が・・・負ける君を見たくなかった。「もう辞めちゃってもいいかな」きみはそう思ったけど、君は外国の男の子には負けたくない。その一心でまた走る気をおこし頑張ってくれましたね。すごく感動しました。最高の女の子。そう君は女だったんだよね。もう、無理しなくていよ。お母さんになる準備をして今度はいい子供を産んでください。最高の感動をありがとう。そして、おつかれさまでした。

神山さん

自分で撮ったウォッカの写真は大切な宝物にしたい
ウォッカのファンになったのは、去年の天皇賞(秋)からでした。もともとはダイワスカーレットを応援していた私でしたが、ローテーションなどいろいろな条件からあの時だけはウォッカが勝つと信じ、能力でダイワスカーレットが押し切ると言い張る競馬友達と激論をかわした事がきっかけでした。競馬において1着と2着の差は後になって比べられないほどの差が出るということは十分承知していたため、あの2cm差の勝利は本当に素晴らしいものでした。それからというもの、心からウォッカを応援するようになり、今年になって充実した今なら海外でも十分勝ち負けができると信じて見ていたドバイでは直線で失速・・。もう終わってしまったのか・・と思い見ていたヴィクトリアMでは相手が一線級ではなかったとはいえ、G1とは思えない7馬身差の圧勝劇。そして勝つと信じて見ていた安田記念では直線前が詰まったまま負けてしまう!と思った瞬間に馬体を接触させながら、ものすごい勢いで突き抜けての勝利。関係者の「今が一番充実期なのでは」という言葉を信じてどんなレースを見せてくれるのか期待した秋は毎日王冠・天皇賞(秋)と連敗。そして距離が長いと言われたジャパンCで、またもや2cm差という劇的な勝利。終わってみれば人気に応えたということですが、これをレース前からウォッカの勝利を信じて見ていたファンにしか味わえない格別な勝利で、本当に感動しました。競馬歴は15年ほどですが、ここまでハラハラ・ドキドキさせられたり、ワクワクしてガッカリさせられたりと、いろいろな気持ちを味あわせてくれたサラブレッドは今までいませんでした。G1 7勝という記録だけではなく、記憶に残る 素晴らしい走りを見せてくれたウォッカは間違いなく私の一番好きな馬です。一眼レフで自分で撮ったウォッカの写真は大切な宝物にしたいと思います。最後はドバイワールドCを引退レースにするそうですが、結果はどうあれ無事に走り終えて欲しいです。そして繁殖という第二の人生を無事に迎えてもらいたいものです。

ブラスポさん

一生忘れないでしょう
この秋は自分の中でも、多分この3レースが最後になるのではなないかと思い競馬場に足を運びました。 JCまで何事もなく走り終えることが出来て、しかも最高の形で終わったことを本当に嬉しく思っています。鼻出血はきっと神様からのサインではないでしょうか? もう十分だよと・・・今回私は、初めて葉書で指定席が当たり最後までウオッカを見送ることが出来たんですよ。とても嬉しかったです。 ほんとうに。強くて、美しくて、ここぞと言う時にいつも期待を裏切らないその勇姿を一生忘れないでしょう。この先、母馬の欄にウオッカの名前を目にしたときは、どこかにその姿が見られる事を楽しみにまた私は出掛けて行くでしょう。 お疲れ様。 そして、感動をありがとう。

ろびんちさん

ウォッカ派で後悔していません
ダイワスカーレット派とウォッカ派と分かれたと思います。私はダービーの走りが忘れられず、ウォッカ派で通しました。お陰様でかなりハズレ馬券が増えました。ダイワスカーレット派だったら、連対率100%ですのでかなり高的中だったと思います。でも私はウォッカ派で後悔していません。彼女の走りは人々をワクワクさせました。出血してよかったと思います。そうじゃなきゃ有馬を走らされたことでしょう。有馬では大負けだったと思います。

モネさん

あなたに会えて、本当によかった
競馬のことは未だによくわかりませんが、理屈抜きで、感動を与えてくれる1頭と出会えたことがうれしい。1頭のサラブレットにこんなに魅せられるとは思わなかった。また、ウオッカを信じ、支え続けたチーム角居は素晴らしい。鞍上も含め周囲が衰えを指摘する中、「絶対に衰えはない」と断言し、迎えた2009JCでの勝利。調教助手の方が号泣する姿に、ウオッカに対する思いと愛情がみえ、もらい泣き。本来は、鞍上との関係を表す言葉なのでしょうが、『人馬一体』という言葉が、ぴったりだなと思いました。(可能であれば、ウオッカの引退までの軌跡と支え続けたスタッフをドラマにして欲しい位です。)あなたに会えて、本当によかった。どうかその血を後世につないでください。

エルモさん

母として偉大な記録を残すことを信じて
ウオッカ、きみのその女王としての毅然とした姿はいつまでも私の目に残ることでしょう。いままで本当におつかれさま。次は母として偉大な記録を残すことを信じて待っているよ。

わたさん

大好きなウオッカ姫
貴女は何時でも何処でも一生懸命走って強い男馬どもを蹴散らした。ドバイでは結果は出なかったけれど、私は貴女が世界最強牝馬だと信じている。私は貴女の子供が、貴女の最大のライバルで親友のダイワスカーレットの子供と、再び対決するのを今から願っています。大好きなウオッカ姫、素敵な夢をありがとうございます。

ミスターケリーさん

「在来牝系」の血を後世に
競馬歴1年半の私にとってウオッカとの出会いはこれから先の競馬人生に多大なる影響を与えてくれるものだと思っています。その牝系に脈々と流れる日本独自の「在来牝系」の血を後世にまた、私達ファンの眼前に新たな生命体として現れてくれる事を、心から祈ってやみません。ありがとう。そして、また会いましょう。

葬馬党 党首さん

名牝でなく名馬ですね
ウオッカは人を惹きつける力が飛びぬけている競走馬で、私がこれまで見てきた中でもトップランクに位置するスーパーホースです。走るたびに勝っても負けても興奮した記憶があります。間違いなく名牝でなく名馬ですね。ほんとにこれまで感動ありがとう!!!と言いたいです。二世が楽しみで仕方ありません。ウオッカ、おつかれさま(*^_^*)

ぽんでらいおんさん

まるできのうの事のように
あなたのおかげで僕は競馬の本当の面白さを知る事が出来ました。あなたが出走したどのレースも印象的で記憶に残っているのですが、特に2008年の天皇賞秋と2009年のジャパンカップは、まるできのうの事のように思い出されます。感動をありがとう。本当にありがとう。そして、お疲れさまでした。

dibluesさん

スカーレットがいたからこそ
自分はダイワスカーレットのファンだったんですが、ウオッカがいたからこそのスカーレットだったし、スカーレットがいたからこそウオッカだったなぁと最近よく思います。今度はスカーレットとウオッカの子供がいいライバルになれたら最高です!ウオッカ今まで感動ありがとう!

たあさん

歴史的名牝
「感動をありがとう」それしか思いつきません。競馬を夢中にさせてくれたウオッカ、毎回単勝馬券を購入し応援していました。本当に素晴らしい歴史的名牝です。引退は悲しいですが故郷でゆっくり休んで下さいね。

vodka2007さん

混じり気など感じさせないあの闘争心
ウオッカの馬主は谷水さんです。谷水さんといえば持ち馬には「タニノ○○○○」という冠名を付けるのが常だとおもっていましたがウオッカに限っては「名酒を個人名の谷水で割っては味を損なう」という理由で止めにした、本人が言っていたというのをどこかで見ました。成る程、ハナ差で制した2008年天皇賞(秋)、そして2009年ジャパンカップ混じり気など感じさせない、あの闘争心はそこから生まれたのかもしれないなぁと思わされました。

ハロさん

きっと素晴らしい子供を
本当にお疲れ様。ダービーを勝った時は半信半疑で見ていたけれど、こんなに偉大な牝馬になるとは思いもよらなかった。きっと素晴らしい子供を送り出してくれることを信じて待っています。

nantanさん

長い間、私たちに夢を与え続けてくれましたね。でも、そろそろ、静かな毎日を牧場で送って下さい。あの澄んだ瞳、いつまでも忘れません。
T.Eさん

もう十分に強さを示せたと思うので、牧場でゆっくり休んでください。良い子を期待しています。
ADC

好きな馬はたくさんいますが、信じて悔いのない特別の貴女に出逢えて幸せでした。
ERIKOさん

記憶に残るレースを数多くしてくれた
マイルとクラシックという二つの距離を東京という地力のでるコースで勝利を挙げたのは素晴らしいの一言に尽きます。2年連続でのマイルGIの勝利。天皇賞・JCと中長距離のGI制覇。そして早い時計でのレース戦績の素晴らしさ等、歴史に残る名馬として相応しいものだと思います。GI7勝の輝かしい記録、けどそんな記録よりダービー制覇、ダイワスカーレットとの天皇賞など、記憶に残るレースを数多くしてくれたことに感謝一杯です。ありがとう。

さくらさん

一所懸命
私も今回のレースのウォッカだけは、目頭がじわーと熱くなりました。たぶん最後という予感が、そうさせたのかもしれません。前にも話しましたが、ウォッカの走りはいつも、「一所懸命」。 特に今年のJCは、ウォッカの強さの集大成を見た思いです。まさに、「ウォッカのウォッカによるウォッカのためのレース」でした。強さとやさしい眼差しを持つ仔は、ウォッカだけから引き継ぐことが出来るものと思います。素晴らしい、2世を期待します。 いつも一所懸命なウォッカに心より「ありがとう!!」

Matsuoさん

涙がでました
競馬は、ギャンブルとして楽しんでましたが、ウオッカの顔を見たとき、話しかけられたような気がして、それ以来ウオッカの走るレールは倍率が低く儲けが少ない時でもご祝儀馬券として、単勝だけを買い続けています。ほかの馬のことは関係なく、ウオッカの競馬に感情移入をしてレースを見てしまいます。ジャパンカップでもなかなか着順が出ない状態の中、結果を待ちながら復活の走り感動し、に2着でも1着でも関係ないと思いました。そして結果が出たとき、涙がでました。ウオッカはたぶん引退するでしょうが、ウオッカと競馬ができたことに感謝いたします。ありがとうウオッカ。そして、2世の牝馬もみたいな。

NORIOさん

糸を引くように真っすぐ坂路を駆け上がる姿は実に綺麗でした。競馬ファンとしてその走りを目撃できたのは幸せの一言。あの爆発的な末脚は一生忘れません。
Mahmoudさん

多くの競馬ファンが胸を熱くしました
天皇賞(秋)で敗戦した時、私はもう貴女が精神的にも肉体的にも疲れ切ってしまったのだと思いました。そしてJCでの限界を超えた貴女の頑張りに、多くの競馬ファンが胸を熱くしました。引退となったのは、最後の力を振り絞った結果であり、必然なのだと思います。貴女の走りをターフで見れないのは残念ですが、やっとウオッカも休めるんだなぁ~と思うと嬉しい気持ちもあります。長い間、感動をありがとう!

テッチィーさん

今度は自分を超える8冠馬となる子供を産んで欲しい
たくちちさん

いつも感動と元気をありがとう。本当に感謝です。
たすくさん

その額に刻まれたイナズマ形の流星を一生忘れることはありません。あなたの美しい走りとともに。
DIVAさん

私の競馬の主役はいつも貴方でした
貴方の名前を初めて知ったのは、阪神ジュベナイルFの週の新聞でした。名前の響きが気に入りました。それから、3年半、私の競馬の主役はいつも貴方でした。ラストランがドバイのようですが、頑張ってください。

アカミズさん

開いた口が塞がりませんでした
一番驚かされたレースは今年のヴィクトリアマイル。直線、馬なりで上がっていく様子を見て、文字通り開いた口が塞がりませんでした。来年、ドバイWCを走って引退との報道がありますが、何より無事に競走生活を全うして良い仔を生んでほしいです。

Photostudマニアさん

感動をありがとう
あられちゃん7070さん

神は微笑んだのでしょう
ジャパンカップ後あるブログのなかで「その場所は神がウォッカを選んだ場所だったのかもしれません」とありました。まさしく同感を覚える言葉ですね。一回や二回敗れたとしても自分を鍛えあげて挑む姿に神は微笑んだのでしょう。我々にも言えることでしょうが、なかなか微笑んでくれないんですよね。(笑)

いまさらのハニカミ王子さん

あなたの走りを見ると頑張れます
私が生まれて初めて競馬場へ行った日は、あなたのダービーでした。馬の見方なんて何も判らず、ターフビジョンにひたすら流れ続ける調教映像があたなを知った最初のコンタクトでした。とてもキレイな馬だ。。。私の第一印象です。後になってから、そのキレイな馬がただ1頭だけ挑戦する女の子だと知りました。 同行者の予想もジンクスも関係なく、馬券をうことにしました。そしてレースが始まり、最後の直線、あなたの虜になりました。それ以来、あなたは私のNO.1スターです。あなたの走りを見ていると、何故か元気になれます。落ち込んでいる時は、あなたの走りを見ると頑張れます。ありがとう、ウオッカ。

RINたんさん

競馬が大好きになりました
2009年のジャパンカップはしびれました。本質はマイラーだとか、5歳牝馬は終わったと評価されていた中での優勝。これ以上ない感動でした。私は、初めて当てた馬券が2007年のダービー。ウオッカに出会えたおかげで競馬が大好きになりました。競馬での楽しい日々をありがとう!おつかれさまでした。

vodka☆LOVEさん

ディープインパクトのような、無類の強さではなかったところが、また愛すべき馬でした。私にとっては、テスコガビーとヒシアマゾン以上の牝馬に出会えたようです。
Hanumanさん

新馬のころからずっと好きなウオッカから買っても、相手を違えて、ほとんどあたらなかった。息子、娘-ズブロッカ、アクアヴィットに期待します。
Hrimfaxiさん

寂しいようなほっとしたような
2歳の頃から、あなたのレースを見ています。3歳の日本ダービーであなたのことを大好きになって、それからずっとファンで、そして競馬を知れば知るほど、あなたが好きになります。私が競馬を始めた年に、あなたはデビューしました。何頭も応援したきて馬がいるけど、あなたは別格です。あなたのレースを生で観戦できたことに誇りすら感じています。ジャパンカップでは、たまたま隣り合わせた知らない人と手を叩き合って喜んだんだよ。あの時、東京競馬場は不思議な一体感に包まれていました。引退するのは、寂しいようなほっとしたような不思議な気持ちです。どうか、無事で、最後までウオッカのレースができますように。祈っています。今度はあなたの血を受け継いだ子供たちを、この目で見れる日を楽しみにしています。

あんさん

長い間お疲れ様でした
Sunflowerさん

「だいすきだよ!!」
ウオッカのくれた感動は、永遠。引退しようが、それは無くならない。伝説となる、人の心に残るものをくれました。文字通り「男勝り」で、お酒の名前のついた気の強い女の子。
私も同じく竹を割ったような性格の酒豪女なので、初めてそういう馬がいると知った時には、親近感を覚えずにはいられませんでした。そんなウオッカが、がんばっている姿を見てとても勇気づけられました。そして「完璧じゃない」。そこも惚れ込む要素。たとえ負けても、次は三倍にして返す、「転んでもただでは起きない」。そんな心意気がかっこいい。何より、いつかの実況での言葉、「ウオッカが勝つところには必ずドラマがある」。その「小さくまとまらない」ウオッカに、とても憧れています。最近は「尊敬する人」と聞かれると、間髪入れずに「ウオッカ!」と答えます。すごく可愛くてかっこいい女の子。私もその心意気を受け継いで、ウオッカのような存在になれたらいいな。もう語りだしたらキリがないので、最後にこれだけ言っておきます。走っても、走ってなくても「だいすきだよ!!」

みずきさん

ギムレットのファンで、ずっと応援してました。夢を見せてくれてありがとう。
白ちゃんさん

次の世代にモーレツに期待してます
Saitoさん

国内レースはもうないとのことなのでおつかれさまでした。有馬に出れなかったのは非常に残念ですが最後にドバイで有終の美を飾ってくれること祈っています。
Momoharuさん

史上最強牝馬
ウオッカは僕に初のダービ馬券的中をもたらしてくれた馬です。その後も何度かお世話になりました。牝馬ながらダービーを制しただけでなく、G1 7勝で牝馬で史上最多勝。(現役時代をリアルタイムでは知りませんが)名実ともにエアグルーヴを越えて史上最強牝馬だと思います。とくに2008年の天皇賞秋は後世まで語り継がれるでしょう。この稀有な名馬を時代を共有できたことをありがたく思います。ジャパンカップの鼻出血によって、残念ながら現地観戦する有馬記念で勇士を見ることは叶わなくなりましたが、ドバイで頑張ってください。そして無事に帰国して元気な子供を産んで下さい。子孫も応援します。

貧困馬券士さん

誰もが泣いていた
まだ、競馬に興味が無い頃、たまたま、つけていたテレビで、ダービーの 追いきり調教VTRが流れていました。 走っている姿が、ものすごく印象的で、かっこよく、まさか牝馬とはそのときは知りません でしたが、ウオッカという名前は、そのとき、覚えました。素人ながら、この馬がくると直感し、ウオッカの馬券を買ってもらおうと、友達に頼むか ものすごく悩みましたが、馬券代を立て替えてもらうのを遠慮して、頼むのをやめました。ダービー当日は、ウオッカがどうなったか、とても気になりましが、オンタイムにレースを 見ることできず、あのすばらしい勝利をあとで、テレビで見て、涙が出るぐらい感動しました。そして、それから、私は、ウオッカにはまってしまい、ウオッカが出るレースは、東京まで 足を運ぶようになりました。毎回、「引退したらウオッカと会えなくなるから」という思いで。新幹線に乗るときは、ウオッカに会えるという、ものすごく高揚した気持ちと、怪我しないで! という心配な気持ちが入り混じり、すごく緊張して東京競馬場に行っていました。 パトックのウオッカは、毎回落ち着いていて、しっぽのあの赤いリボンは、ウオッカのために あると言っていいぐらいよく似合っていて、ウオッカの品格の高さと優美さにほれぼれします。ウオッカは、美しさと強さを持つ、すばらしい馬だと思います。 今年の天皇賞秋では、3着でしたが、優勝しなかったことで引退がささやかれましたが、負けて 強しの内容だったので、優勝しか許してもらえないウオッカをかわいそうと思いました。今年のジャパンカップは、強敵が揃っている中、見事優勝し、ウオッカはやっぱり強かったと証明できたと思います。JCで優勝したとき、ウオッカの5番が1位で掲示板にのったとき、東京競馬場では、皆がよかったと拍手してくれていました。ウオッカファンは多いとうれしかったです。「誰もが泣いていた」です。ウオッカは、私が競馬にはまったきっかけであり、心の支えであり、引退しても、私の心にウオッカは永遠に在り続ける存在です。ウオッカありがとう。よく頑張ったね。 ドバイでラストラン後、アイルランドのようですが、日本にもどってきてね。ウオッカが日本にいるというだけで、それでいいから...。

lovely vodkaさん


以上、引退するウオッカに対する皆さまからのメッセージを掲載させていただきました。ディープインパクトと同じ、もしくはそれ以上に、私たちの心を動かした馬なのだと改めて感じました。メッセージを寄せてくださった皆さま、ありがとうございました。そしてお疲れさま、ウオッカ。

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弥生賞は勝って欲しくないレース

弥生賞は勝って欲しくないレースである。このレースを勝つということは、素質や能力、そして完成度が高いということの証明ではある。しかし、今後のクラシック戦線を考えると、敢えて勝たなくても(勝とうとしなくても)良いレースなのではないだろうか。

弥生賞は皐月賞と同じ中山2000mという舞台で行われるが、弥生賞を勝って、そのまま皐月賞をも制する馬は思いのほか少ない。その世代の素質馬が集結するハイレベルの弥生賞を制した馬は、普通に考えて、弥生賞と同じ走りができれば皐月賞はほぼ当確である。それでも、過去10年で弥生賞と皐月賞を連勝した馬は、アグネスタキオンとディープインパクトの2頭しかいない。

なぜこのような現象が起こるかというと、以下の2つの理由が考えられる。
1、弥生賞はかなりの状態に仕上がっていないと勝てない
2、弥生賞では厳しいレースを強いられる

クラシックを狙う有力馬が一堂に会する弥生賞は、当然のことながら、中途半端な仕上がりでは勝つことはできない。弥生賞を勝つためにはかなりの仕上げを施さなければならず、本番前に仕上げられた(仕上がってしまった)馬は、本番に向けて下降線を辿ってしまう。サラブレッドのピークはそれほど長くない。つまり、弥生賞を勝つために仕上げてしまうと、そのあとが続かないということである。さらに、それまでは楽な相手と楽な競馬しか経験してこなかった馬が、弥生賞で初めて厳しいレースを強いられるので、その肉体的、精神的な反動が次のレースで噴出してしまう。

その典型的な例は、平成12年の弥生賞を制したフサイチゼノンではないか。田原成貴元調教師と関口オーナーの間で一悶着あった馬であるが、フサイチゼノンは弥生賞の時点で既に仕上がってしまっていた。田原調教師はフサイチゼノンにかなりの素質を感じていただろうし、初年度である厩舎を盛り上げるためにも、弥生賞も勝って本番に臨みたかったに違いない。

しかし、その勝ちを焦る気持ちが、フサイチゼノンを追い詰めてしまったのだ。肉体的にも精神的にもピークを過ぎてしまったフサイチゼノンは、もはや皐月賞に出走する状態にはなかった。関口オーナーに相談をしなかったのは田原元調教師の落ち度だが、出走を取りやめたのは英断であったと思う。

本番のクラシックで力を出し切ってほしいという思いを込めて、弥生賞は勝ってほしくないレースである。昨年はロジユニヴァースが弥生賞を勝ち、本番の皐月賞で惨敗をしてしまった。昨年の弥生賞は厳しいレースではなかったので、1のパターンに当てはまってしまった典型である。皐月賞惨敗後、奇跡的なV字回復を遂げてダービーを制したので結果として良かったが、決して本番のクラシックにおける体調は万全とは言えなかった。

今年はヴィクトワールピサが3連勝で臨んでくる。昨年のロジユニヴァースの臨戦過程と似ているが、唯一の救いは、一度負けているという点だろう。無敗のままクラシックに突入してしまうと、陣営はおろか馬にも余計なプレッシャーが掛かってしまう。無意識のうちに、ギリギリに仕上げようとしてしまうのだ。角居勝彦調教師はその辺りは知り尽くしているはずなので、今回は負けても良いぐらいの仕上げで出走してくれることを願いたい。

Victoirel_2

Photo by Scrap

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ムチを使うことなく

Tsunoda

今月末で角田晃一騎手が22年にわたるジョッキー人生にピリオドを打つ。デビューしたのが1989年だから、私が競馬を始めた年とほぼ同じで、そういう意味では、私の知っている競馬にはいつも角田晃一騎手が乗っていたことになる。その角田晃一騎手がムチを置くことには正直驚かされたし、アスリート人生の短さと歳月の流れる速さには、感傷的にならざるを得ない。

角田晃一騎手は高度な技術に支えられたジョッキーである。中央の騎手たちの中では、馬を勝利に導くという巧さにおいては、おそらく5本の指に入ったのではないか。もともと筋が良かったのだろう。それに加え、デビューしたばかりの頃から、シスタートウショウ、ノースフライト、ヒシアケボノ、フジキセキといった一流馬に跨り、調教をつけ、G1レースを勝った経験が、彼の才能を一気に開花させていった。全重賞38勝中10勝がG1レースであったことは、角田晃一騎手が心の強い騎手だったことだけではなく、彼の技術がより厳しいレースでこそ発揮されたことを示している。

私の記憶に最も鮮明に残っているのは、1994年に牝馬ノースフライトで勝利したマイルCSである。前走のスワンSで、快速サクラバクシンオーにスピードで圧倒されたにもかかわらず、このマイルCSは1番人気に推されての出走となった。距離が200m延長されて逆転が起こる、というのが大方の予想であった。私もそのように思っていたし、また実際にその通りの結果となったのだが、今振り返ると、この負けられない1戦に角田晃一騎手はわずか24歳で臨んでいたのである。大きな期待と大金を背負って、若かりし彼は何を想って乗っていたのだろうか。

スタートしてからゴール板に至るまで、角田晃一騎手は完璧であった。ゴールから逆算したのではないかと思わせるほどの緻密な手綱さばきと絶妙な仕掛けで、小島太サクラバクシンオーを歯牙にもかけなかった。重圧など微塵も感じさせないあっさりとした勝利に、心臓に毛が生えているのではないかと思わせられた。最後の直線で左ムチを振りかざす姿からは、ただ勝つだけではなく、魅せなければならないという自意識さえ伝わってきた。

勝気な性格を表すエピソードとして、フジキセキで朝日杯3歳ステークスを制した時の勝利ジョッキーインタビューがある。ゴール前で武豊騎手が乗るスキーキャプテンに迫られたことを指摘されるや、「こっちはムチを一度も使っていませんから」と言い放ったのである。あなたたちはヒヤヒヤしたかもしれないけど、俺とフジキセキは余裕だったんだよ。俺たちに触ると火傷するぜ、という激しさがヒシヒシと伝わってきた。フジキセキの強さに対する自負とジョッキーとしての矜持が、思わず言わせたひと言だったのだろう。レースを観てみると、確かにムチを使っていない。これはフジキセキがムチを使わずにG1レースを勝てる馬だったと同時に、角田晃一騎手もムチを使うことなくG1を勝たせることのできるジョッキーだったことを意味する。

もっともフジキセキの気性の激しさを考えると、ムチを使ってしまうと、どこに飛んで行ってしまうか分からないという危うさがあったからなのだろうが、そういう難しい馬を御すことにも長けていたということだ。彼の晩年にダービー3着に導いたアントニオバローズという癖馬もそうであった。角田晃一騎手が乗っていなければ、アントニオバローズはダービー3着はおろか、重賞すら勝てたかどうかあやしい。簡単に乗っているように見えるのは、彼のジョッキーとしての技術が卓越しているから。競馬を知っている者であれば、そのことを誰もが知っている。角田晃一騎手の調教師としての活躍を見守りたい。

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星を見上げて

Seethestars

「心が震えたレースベストテン2009」の第2位は、シーザスターズが勝った凱旋門賞である。

シーザスターズの兄弟には、英ダービー、アイリッシュダービー、キングジョージを連勝したガリレオがいる。名伯楽エイダン・オブライエンをして、「彼は水の上でも走ることができる」と言わしめたサラブレッドの中のサラブレッドである。母アーバンシーは牝馬ながらに凱旋門賞を制した名牝であり、1993年のジャパンカップにも出走したこともあるように、日本の競馬ファンにとっても縁深い。シーザスターズは母仔で凱旋門賞を制覇したことになるが、これはデトロワ(母)とカーネギー(仔)に続く史上2頭目の快挙となった。母系はドイツ最強の血統Aラインであり、そこにはドイツ競馬のヒーローであるアルヒミストがいる。地味に積み上げられてきた華々しい血統というべきだろうか。

戦績も凄まじい。デビュー戦で4着に負けて以降は、凱旋門賞まで負けなしの連勝街道を突っ走り、史上初となる英2000ギニー、英ダービー、凱旋門賞の同一年制覇を成し遂げた。1989年のナシュワン以来となる英2冠達成であるとともに、過去の伝説の名馬たちをも凌駕したことになる。イギリス3冠馬のニジンスキーは凱旋門賞で、ミルリーフは英2000ギニーで、ダンシングブレーヴは英ダービーを取りこぼしているのだ。日本の競馬でいうと、皐月賞とダービーを勝ち、返す刀で宝塚記念を勝ち、天皇賞秋を勝ち、最後にジャパンカップを制したようなものである。シーザスターズという馬が、単に強いだけではなく、どれだけタフな馬であったかが分かる。

その血統的な背景や戦績から注目しないわけにはいかなかったが、レースでは期待以上の圧倒的な強さを見せてくれた。

ひとつ目の試練は、スタートしてから最初のコーナーに向かう直線。調教師も2000mがベストと語るだけに、あまりのスローペースに、シーザスターズは行きたがって首を上げてしまったのだ。あのシーンを観て、ディープインパクトが走った凱旋門賞を思い出した方もいただろう。しかし、マイケル・キネーン騎手は少しも慌てることなく、シーザスターズを馬群の中で我慢させて折り合いを付けた。逃げるように外に出してしまったディープインパクトとは対照的であった。人馬共に自信があり、信頼が厚かったということだろう。

最後の直線に向き、狭くなりかけた馬群をシーザスターズが一瞬にして突き抜けてきた時には、背筋がゾクッとするほどの衝撃を受けた。筆舌に尽くしがたいと言えば陳腐になるだろうか。「熱いナイフでバターを切り裂くようだった」と書いた記者もいた。生涯にわたって手綱を取り続けたマイケル・キネーン騎手は、レース後、「シーザスターズが凄いのは、わずか3歩でトップギアに入るところです。そんな加速の仕方は他の馬では味わったことがない」と語った。数々の名馬に跨ってきた名ジョッキーがそう言うのだから間違いはない。

私が同時代に観てきた凱旋門賞の中で、サラブレッドとしての強さを最も感じさせられたレースであった。強さに純粋に心が震えるという体験であった。シーザスターズはあと数年もすれば、歴史的名馬とされるニジンスキーやミルリーフ、ダンシングブレーヴと同じか、それ以上の評価を受けていることだろう。それは血脈が残っていくという意味でもある。ウオッカをはじめ、多くの名牝たちが繁殖牝馬として手を挙げている。世界各国のホースマンたちは、シーズザスターズにサラブレッドとしての究極形を見ているのだろう。それは私にも良く分かる。シーザスターズと同時代を生きることが出来た私は幸せである。


シーザスターズ(黄色い勝負服)の強さをもう一度

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最後は心臓で勝負する。

Derby01

「心が震えたレースベストテン2009」の第3位は横山典弘騎手がロジユニヴァースで勝ったダービーである。横山典弘騎手は私が初めて好きになったジョッキーである。競馬を始めた頃、ナムラコクオーやヒシアマゾンなど好きな馬は何頭かいたが、好きなジョッキーはいなかった。好きになる理由がなかったのだろう。実際に走っている馬には感情移入できても、その背に跨っているジョッキーにまで意識が向かなかった。競馬は馬が主役なのだから、当然といえば当然のことだ。

きっかけは突然に訪れた。1995年の札幌記念、横山典弘騎手は1番人気のトロットサンダーに騎乗した。勝てるものだと思い、私はトロットサンダーの馬券を買っていたが、横山典弘は小回りコースを意識してか、早目に動き出したものの、直線では伸び切れずに7着と惨敗した。「ジョッキーは何やってるんだ、下手くそだなあ」とド素人の私は小声でつぶやいた。

レース後、横山典弘騎手のコメントが私に衝撃を与えた。正確には覚えていないが、「俺が下手に乗ったせいで負けてしまった…」という旨の発言をしたのだ。今となっては私のこの衝撃は伝わりにくいだろうが、当時、自分のミスで負けたなどとコメントするジョッキーなど皆無に等しかったのだ。そんなことをすれば、馬券を買ったファンからどれだけ野次られるか分からないし、騎乗依頼が減ってしまう恐れもある。そんな時代の中、正直に己の非を語った横山典弘騎手に、私は男としての潔さと職人としての強い矜持を感じ取り、このジョッキーを応援したいと素直に思ったのだ。

今年、横山典弘騎手がダービーを勝てた理由は2つあると思う。

ひとつは騎乗観の変化である。こちらにも少し書いたように、騎乗に対する考え方が変わってきたということだ。もう少し具体的に述べると、ポジションについての意識が変化してきた。今年に入ってからの(特に重賞などの)大レースにおける騎乗を観ると、それが良く分かる。馬のリズムを大切にしながらも、勝つためのポジションを積極的に取りに行っている。腕っぷしが強く、追えるジョッキーと評され、芝の追い込み馬が好きだと語っていた横山典弘騎手が、ロジユニヴァースで内を突いて勝った事実が全てを物語っている。

もうひとつは心である。「変な言い方かもしれないけど、勝っちゃダメだったんだ。怖さも知らずに。こんな重みは感じなかったかもしれないし、あのころなんてはっきり言って感謝の気持ちなんてなかったから。ここまで勝てなかったのが、自分なりに分かった気がする」、とダービージョッキー横山典弘騎手は語る。ここでいう心とは感謝の気持ちではない。そんな単純なものではなく、横山典弘騎手はメジロライアンで勝てると思って2着に敗れたダービーから、長い歳月をかけて心を鍛えたのだ。極限の状況で最高のパフォーマンスが出来る強い心を。19年前の横山典弘はロジユニヴァースを同じようにゴールまで導けただろうか。

馬は「肺で走り、心臓で頑張る」という。それは競馬の予想をする私たちも同じではないだろうか。将棋の羽生善治はその著書の中で、「私は心臓(ハート)で考えるという概念がとても好きです」と語る。ここでいう心臓で考えるとは、私流に解釈すると、直観を信じて賭けるということだ。そして、直観を信じるだけではなく、その直観を即行動に移してみるということに他ならない。これがやってみると実に難しいことに気づく。それは無欲、無心ということでもあり、ダービーでの横山典弘騎手の心境にもつながってくるだろう。

私たちが頭(脳)で考えることなんか、たかがしれている。

サラブレッドも、ジョッキーも、そして予想をする私たちも、
最後は心臓で勝負するのだ。


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強烈な努力

Tokyodaisyoten01

「心が震えたレースベストテン2009」第4位は、昨年の最後の最後に行われたG1レース、東京大賞典である。運命のいたずらか、それとも皮肉と言うべきか、このレースの人気を分け合ったヴァーミリアンとサクセスブロッケンの鞍上にいたのは、今年のリーディングジョッキーを最後まで争った武豊騎手と内田博幸騎手。しかも枠順は隣り合わせと、これでお互いを意識しないはずがない。内田博幸騎手としては、勝って自身のリーディングジョッキーと古巣の大井に錦を飾りたかっただろうし、武豊騎手としても、リーディングジョッキーの座を奪われた内田博幸騎手になんとしても一矢報いたかったに違いない。

ゲートが開き、年の瀬の人々の忙しさや熱狂を秘めるかのように、レースは淡々と流れた。大井競馬場の2000mコースはスタートから第1コーナーまでが長いため、大外枠を引いてしまったヴァーミリアンとサクセスブロッケンも、比較的スムーズにレースの中に溶け込んでいった。レースが動いたのは、ルメール騎手が操るゴールデンチケットが4コーナー手前から捲くりをかけた瞬間である。スタンドからは、「こうでなくっちゃ」とばかりにどよめきが湧いた。

ここからの2人のジョッキーの動きが対照的であった。先に動き始めたのは、サクセスブロッケンの内田博幸騎手。動き始めたというよりは、前にいる馬たちを射程圏に入れるために距離を詰めなければならなかった。思いのほか、サクセスブロッケンが大井競馬場の砂を苦にしていたのかもしれない。対する武豊騎手の手綱はほとんど動かない。自分の下で疾駆するヴァーミリアンの力を信じていたのだろう。大敗した前走のJCダートの時とは違い、手応えの良さを手綱から感じ取っていたのかもしれない。静と動。直線に向いた時には、武豊騎手は勝ったと思い、内田博幸騎手はなんとか2着を死守するのが精一杯と感じたに違いない。

フォームなど気にかけることもなく、馬を叱咤激励し、手綱を押し続ける内田博幸騎手の姿を見て、あの頃の記憶がふと蘇ってきた。私が競馬を始めて数年が経ち、時間だけはたくさんあった学生時代に、地方競馬場に通ったあの頃。当時の南関東には石崎隆之、的場文男、佐々木竹見という百戦錬磨のベテランジョッキーが君臨していて、この3人を馬券に絡めなければ、まず当たらなかった。それほどの寡占状態において、当時20代半ばであった内田博幸騎手でさえ、その他大勢の中のひとり、ワンオブゼムに過ぎなかった。

それでも、私が内田博幸騎手を鮮明に覚えているのはなぜだろう。おそらく、私が彼の馬券をよく買ったからではないだろうか。人気馬でもなく、全く力が劣るという馬でもない、ソコソコの人気の馬に内田博幸騎手はよく乗っていた気がする。何をやっても上手くいかない貧乏学生の私が、人気で磐石のベテラン騎手ではなく、人気薄の馬に乗る若手ジョッキーに肩入れしたのは当然だろう。高く厚い体制の壁をブチ壊して欲しいという願望から、勝手にシンパシーを感じていたのかもしれない。だが、私のそんな願いなどもちろん叶うはずもなく、内田博幸騎手はいつも直線で馬群に沈んでいった。だから、私にとって、内田博幸騎手はあまり上手くないジョッキーであった。いや、事実そうだったのだろう。

Tokyodaisyoten02その内田博幸騎手が、中央競馬の大舞台でリーディングジョッキーとなり、中央の馬を擁して東京大賞典で必死に馬を追っている。あの頃から10年以上の歳月が流れ、彼はその間にどれだけの強烈な努力を重ねたのだろうか。劣勢に思われたサクセスブロッケンが、中央競馬の天才が脚を伸ばすヴァーミリアンに一歩一歩近づいていく。「努力すれば天才をも超えられる」と彼は語った。努力を惜しんだ私は、何も変わらない平凡な人生を送っている。寒風吹きすさぶ競馬場のモニター越しに、私はあの頃と変わらない精一杯の声援を送った。「ウチダッ、ウチダーーァ!」ウイニングランで何度も何度もスタンドに向かってガッツポーズをする内田博幸騎手を見て、彼の勝利がまるで自分のことのように誇らしかった。


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地図を燃やせ。

Company

「心が震えたレースベストテン2009」の第5位は、横山典弘騎手が乗ってカンパニーが勝ったマイルCSである。前人未到の8歳馬によるG1制覇を成し遂げた後、今度は負けられない立場として、この引退レースに臨んできた。そんな周囲のプレッシャーをはねのけるように、カンパニーは横山典弘騎手がゴール前では手綱と頬を緩める余裕さえ見せて楽勝した。そして、これは見逃されがちなことだが、8歳馬によるG1連勝も快挙である。ただでさえ消耗の激しいG1レースを、8歳馬が中2週で連勝してしまうことの凄さ。もしかすると、こちらの方がより偉業と呼ばれるに相応しいのかもしれない。

カンパニーの昨年秋の覚醒を見るにつけ、音無調教師は若い頃から変わっていないことを強調するが、私はその馬体の変化が最も大きな要因だろうと考える。それまではコロンとして映ったカンパニーの特徴的な馬体が、この秋はとてもスリムになっていた。悪く言えば貧弱、良く言えば軽量化に成功したということ。つまり、競馬の世界で言う、「枯れた」ということだ。速く走ることにとって不必要な部分は削ぎ落とされ、必要な部分だけが残った。8歳馬にしてようやく枯れた馬体を生かして、カンパニーは8歳馬によるG1連勝を成し遂げた。

もうひとつ、血統にも触れておかなければならない。無理をさせることなく大切に使ってきたからこそ高齢になるまで走り続けられたという論調があるが、諸手を挙げて賛成するわけにはいかない。だって、生涯で35戦も走っているのだから。しかも、そのうちのほとんど(32戦)が重賞レースである。3歳でデビューしてから、常に一戦級の厳しいレースの中で揉まれてきたのである。ちなみに、今年産駒がデビューするあのディープインパクトはわずか14戦のキャリアで引退している。はっきり言ってしまうと、カンパニーは血統的に恵まれておらず、種牡馬としての道がなかったからこそ、皮肉にもこれだけ現役を続けることが出来たのだ。そう、まるでセン馬のように。

しかし、その血統の中にこそ奇跡(ミラクル)があった。カンパニーの母系を辿っていくと、クラフティワイフという牝馬で指が止まる。クラフティワイフは仔出しが良いことで有名な繁殖牝馬で、初仔のブリリアントベリーからなんと10年連続で産駒をターフに送り出した。しかも、その仔たちは現役で長く丈夫に走り続けたのだ。ビッグショウリ39戦、イブキハイシーザー49戦、クラフティシャルム23戦、キョウエイフォルテ39戦、クラフティゴールド32戦などなど、バトルバニアンは現在30戦を走り、これからもまだキャリアを積み重ねていく。カンパニーの鋼のような肉体と屈強な精神力には、このようなファミリーとしての背景があったのだ。

作家・沢木耕太郎が書いた「地図を燃やす」というエッセイがある。若かりし頃の沢木耕太郎が世界的な指揮者である小沢征爾にインタビューをした時、「30までは何でもできると思っている。ところが30を過ぎると自分に可能なことが、地図のようにはっきり見えてくるんですよ」という言葉に強い印象を受けたという。その後、沢木も30を過ぎて、小沢の言葉どおりの生々しさで地図が浮かんできたという。だが、と沢木は続ける。「前に進もうとすると、見えていたはずの地図の道が陽炎のように消えていた」。40代に入った小沢に再び会った時、そんな話が聞けるのではないかという幻想がある、どうしたら脳裏に浮かぶ地図を燃やし尽くせるのだろう、と沢木は締めくくった。

私が心を動かされたのは、カンパニーが単なる頑張るオヤジのシンボルだったということではない。年齢を重ねると衰えるという、私たちがごく自然に持っている思い込みに気付かされたのだ。携わる人間の思い込みによって、陽の目を見る前に淘汰されてしまったサラブレッドは星の数ほどいるに違いない。そして、私たち人間にもそれは当てはまり、自分自身の人生に対する思い込みにもつながりかねない。

10代の頃は自分が何をしてよいのか先のことなど全く見えず、20代の頃は夢中になって人生の地図を探し求め、30代になってようやく地図がはっきりと見えたかと思いきや、あっという間に私たちの青春は終わる。だが、自分の人生はこんなもんだとあきらめたり、高を括ったりすることこそが、私たちの未来を奪っていることに気づかねばならないのだろう。カンパニーはその旅の途中で、何度地図が見えたり、陽炎のように消えたりしたことだろう。それでも走り続けて、競走生活の最後の最後に、自分の力で種牡馬への道を切り拓いた。

もしカンパニーが話すことができたなら、きっとこう言うに違いない。

「地図を燃やせ」


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「心が震えたレースベストテン2009」

Mybest10 by ede

今年初めの企画として、恒例の(といっても2007年以来だが)「なんでもベストテン」、今年は「心が震えたレースベストテン2009」をテーマとて書いてみたい。

競馬を始めてからはや20年。かつて競馬の全てがキラキラと輝いていた頃と比べ、どうしても競馬を観て純粋に感動したり、驚いたりすることが少なくなってきた。それはそれで自然なことなのだが、もう一度、あの頃のドキドキを取り戻したいという気持ちはいつも忘れていない。

そんな私にとって、昨年はずいぶんと心を動かされたレースが多かった。競馬をやっていて良かったと思わせられるレースをたくさん観た気がする。そんなレースの中でも、私の独断と偏見で選んだベスト5を掲載していきたい。

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ばんえいのウオッカ

Hukuizumi

フクイズミという馬をご存知だろうか。もしご存知であれば、あなたはかなりの競馬好き、いや、ばんえい競馬好きであると思われる。フクイズミは9歳牝馬でありながら、これまで135戦48勝という実績を誇る、ばんえい競馬界のトップホース。ばんえいのウオッカと呼ばれ、牡馬を相手に激闘を繰り広げ、帯広記念、旭川記念、ばんえいグランプリなど多くの大レースを勝っている。フクイズミとウオッカは姿形こそ違え、その愛くるしい瞳は競馬界のアイドルとして通ずるものがある。

ばんえい競馬は、およそ1トンの馬がおよそ1トンのそりを引いて走る障害レースである。レースは直線で行われるが、スタートからゴールまでの間に2つの障害が待ち受ける。もちろん、第2障害の方が遥かに険しい。第1障害はなんとか乗り越えられても、第2障害を前に立ち尽くしてしまう馬、山の途中で力尽きてしまう馬は数知れない。ゴールまで完走すること自体が難しいのだ。

フクイズミは障害と障害の間にはさまれた平地での脚で勝負する馬である。特に第2障害を越えた後のゴールまでの平地での末脚が郡を抜いているのだ。私もばんえい競馬に関しては詳しいことは分からないのだが、おそらく牝馬だけにパワーではなくスピードが優っているということなのだろう。まさかという位置から、最後の直線で牡馬をナデ斬りにするレースは爽快である。

思い返せば、今から4年ほど前、私は新婚旅行で帯広に行ったのだった。3月の帯広は想像以上に寒く、生まれて初めてマイナスの世界を体験した。ホテルから一歩でも外に出れば、味わったことのない寒風がいとも簡単に身体から体温を奪っていく。タクシーに乗り込むまでのわずか数十秒、息をするのも苦しかった。それでも、帯広競馬場につくや、私の競馬好きの血が騒ぎ出し、寒さなど忘れてしまった。おそらく妻は、相当に寒い思いでそんな私を見ていたことだろう。

何もかもが新鮮だった。ばん馬の大きさはもとより、見ても全く分からないパドックから歩きながら観戦できるレースまで、全てが大迫力であった。競馬場で食べたラーメンが、これほど美味しいと感じたこともなかった。それとともに、暖房のきいた競馬場内から外に出ると、居ても立ってもいられない自分に情けなさを覚え、極寒の地域で生活をしている人々の我慢強さに尊敬の念を抱いた。やっぱり世界は広い、ここに来て良かったと思えた。

1月2日、フクイズミが帯広記念を連覇した。昨年の秋は凡走が続き、あのフクイズミにも衰えが来たのか、いよいよ引退かと騒ぐ外野の声を封じるかのように、まさかの先行策で再び頂点に立ったのである。フクイズミが2番手で第2障害を越えれば、これに勝てる馬はいないだろう。昨年の帯広記念はゴール後に座り込んでしまったほどであったが、今年は堂々とした勝利であった。毎日王冠、天皇賞秋とまさかの敗戦を重ね、瀬戸際に追い詰められながらもジャパンカップで鮮やかに勝利したウオッカと通ずる復活劇ではないか。年齢を重ねると共に、ますます強さを増してゆくところも似ている。フクイズミのファン、そしてばんえい競馬のファンにとっては、年始から暖かい競馬になった。これからも、まずは無事に、「きまぐれ娘」の勇姿を見せてほしいと願う。


昨年の帯広記念の追い込みは圧巻でした。ゴール後は座り込んでしまうぐらい。


関連リンク
「ガラスの競馬場」:輓馬(ばんば)

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陽気で軽やかな脚取りで

Tokaiteio日本競馬史上、ダービーを勝った牝馬は3頭いる。ヒサトモ、クリフジ、そしてウオッカ。ヒサトモとクリフジが優勝したのは戦前のことであり、クリフジとウオッカの間にはなんと64年の歳月が流れている。ウオッカと同時代を生きる競馬ファンは幸せである。私たちが生きている間に、一度出るか出ないかという次元の牝馬なのだ。私たちがウオッカを愛してやまない理由の根源は、そこにあるのかもしれない。

当然のことながら、日本ダービーを勝った3頭の牝馬は強い。先日負けてしまったが、ウオッカの強さは周知の通りである。クリフジについても、ミスター競馬こと故野平祐二氏が最強馬と称して憚らなかった。しかし、牝馬にして初めてダービーを制したヒサトモについてはどうだろう。名前すら知る人の方が少ないのではないか。ということは、ヒサトモの輝かしい戦績だけではなく、その後に辿った数奇な運命についても知る人は少ない。

ヒサトモの父はトウルヌソルというイギリスから輸入された種牡馬である。産駒から6頭のダービー馬が出たことだけを以っても、トウルヌソルが現代のサンデーサイレンスのように日本競馬の一時代を席巻したことが分かるだろう。当時の良血として生まれたヒサトモは4戦2勝の戦績を引っさげてダービーに果敢に挑戦し、見事に牡馬たちを蹴散らした。レコードのおまけ付きであった。その後も6連勝して、華やかな現役時代を送った。

ところが、繁殖牝馬としては受胎率が悪く、11年間で4頭の仔を出したのみにとどまった。ブリューリボンとヒサトマンの2頭がわずかに勝利したのみで、とても日本ダービーを制した名牝の仔とは見ても見つかなかった。その後も不受胎が続き、繁殖牝馬としては半ばあきらめられてしまっていた頃、ヒサトモのオーナーの元にこんな知らせが届いた。

「ヒサトモを走らせてみないか?」

戦後の混乱期でもあり、オーナーはヒサトモを養うことはもちろん、自分の暮らしもままならない生活が続いていた。そんな貧況においては、たとえ自分にダービー馬のオーナーという栄光をもたらしてくれた牝馬でさえ、売るという決断をせざるをえなかったのだろう。ヒサトモは15歳にして、再び競馬場で走らされるため、南関東の厩舎に入った。

11年ぶりのレースに出走したヒサトモは、初戦こそ5着に敗れたものの、2戦目は持ったままで楽勝した。老いてもさすがはダービー馬と関係者は手放しで喜んだ。次走、ひとつ上のクラスで走るため、さらに強い調教がヒサトモに課せられていった。ヒサトモはダービー馬の意地を持ってこれに耐えた。しかし、悲劇は突然に起こった。調教が終わり、厩舎に帰る途中、ヒサトモは突如崩れ落ちたのだ。心臓麻痺。息はすでになかった。そして、亡骸は処分されてしまったという。日本ダービーを制した初の牝馬、ヒサトモの眠る墓はどこにもない。

今、東京競馬場に来ているトウカイテイオーは、ヒサトモから1本の血筋を引き受けている。完全に消えてしまったと思われたヒサトモの血が、かろうじてつながったというべきか。わずかに残した4頭の仔の1頭であるブリューリボンからトップリュウ、トウカイクインへと、大きなレースこそ勝てなかったが、中下級条件で秘かに血脈をつないでいった。トウカイテイオーのオーナーである内村正則氏が初めて持った馬が、実はそのトウカイクインである。配合種牡馬の割に走ったトウカイクインの血に、ヒサトモの影響を見出したのもこの内村氏であった。内村氏はヒサトモの血を復活させるべく、ファバージ、ナイスダンサー、シンボリルドルフという当時の一流種牡馬との配合を続けた。そうして20年近い年月をかけて誕生したのが、トウカイテイオーなのである。

皇帝シンボリルドルフの仔であり、気品溢れる馬体や雰囲気から、おぼっちゃまというイメージを持たれがちなトウカイテイオーであるが、その母系には馬と人のオドロオドロしいまでの情念を宿している。完膚なきまでに敗れても、何度も立ち上がり、最後には私たちを驚かせる復活劇を見せてくれたトウカイテイオーの強さの源泉はここにあったに違いない。あの走りはトウカイテイオーだけのものではなかったのだから。岡部幸雄騎手が思わずガッツポーズをしてしまったジャパンカップにせよ、1年という長いブランクを克服して勝利した涙の有馬記念にせよ、全てが人智を超えていた。ヒサトモの暗い影を微塵も感じさせない、あの陽気で軽やかな脚取りで歩く姿を久しぶりに見せてほしい。


■Photo Stable
Photostable
上のトウカイテイオーの写真は、土曜日に東京競馬場でのぶたさんが撮影されたものです。写真は超初心者と謙遜されていますが、実は競馬歴は15年という上級者です。ちなみに好きなジョッキーは角田晃一騎手(これまた渋い!)。そんな彼の目に映る競馬の風景をぜひご覧あれ。ほぼ毎日、素敵な競馬の写真が更新されています。
http://photostable.blog37.fc2.com/

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自分から動ける馬ダイワメジャー

「よく競馬の雑誌などで、自分から動ける馬、動けない馬という表現があります。そういった馬の違いはどういった点なのでしょうか?」という質問を、ある読者の方から頂戴した。シンプルにお答えしようと思ったのだが、意外や返答に窮してしまった。当たり前のように使われている言葉でも、一筋縄では説明できない、定義の曖昧な表現が競馬にはたくさんある。「自分から動ける馬」、対して「自分から動けない馬」とは、一体どういう馬のことを指すのだろうか。

「自分から動ける馬」として、パッと思い浮かぶのはダイワメジャーである。皐月賞や天皇賞秋を勝ち、マイルCSを2連覇したダイワメジャーが、私の中では「自分から動ける馬」の代表ということである。そこで、ダイワメジャーの特徴を挙げていくことで、「自分から動ける馬」の正体をあぶり出してみたい。

まず、ダイワメジャーには豊富なスタミナがあった。2000mの天皇賞秋や皐月賞を制したように、マイラーの範疇には収まりきらない中距離馬としてのスタミナを有していた。なぜ自分から動くためにはスタミナが必要かというと、他馬よりも先に動くということは、それだけゴールまでに必要とされるスタミナが多くなるからである。スタミナに自信のない馬であれば、ギリギリまで仕掛けを遅らせて、ひたすら脚を溜めることに努めるだろう。自ら動いてレースの主導権を握るためには、そのレースに出走している他馬を圧倒するスタミナがなければならない。

ということは、当然のことながら、同じ馬でも出走するレースの距離によって、自分から動けるかどうかは決まってくる。ダイワメジャーは2000mまでのレースならば自分から動くことは出来るが、それ以上の距離のレースになると苦しいだろう。さすがのダイワメジャーでも、2000mを超える距離になると、スタミナに不安が出てくるからだ。たとえば、ダイワメジャーが2500mの有馬記念を走った時のことを思い出してほしい。2006年も2007年のいずれのレースも、得意の距離で見せるような、4コーナーで自ら動いてレースを支配する走りは見られなかった。

次に、ダイワメジャーはハミをしっかりと取り、自ら前へ前へと進みたがる馬であった。馬とジョッキーはハミと手綱を通してお互いの意思を伝え合う。ジョッキーがここで動きたいと思っても、ハミをしっかりと取って走っていない馬には、その指示が伝わりづらい。デビュー戦のパドックで寝転がってしまったという逸話を持つダイワメジャーだが、その前向きな気性から、ハミを通してゴーサインにすぐに反応できるという意味では、レースに行くと案外乗りやすい馬だったのではないだろうか。自分から動くと言っても、馬が自らの意思で動くわけではないので、ジョッキーからの指示に素直に反応できるかどうかが重要なのである。

最後に、ダイワメジャーは折り合いを欠くことのない馬であった。前進意欲のかたまりのような気性の持ち主であったが、ジョッキーのコントロールが利かなくなるほどの馬ではなかった。日々の調教やジョッキーの腕に加え、ダイワメジャー自身が競走馬としてのセンスの良さや心臓の強さを持ち合わせていたということだろう。我を忘れて暴走してしまうような危うさはなかった。ゴーサインに過剰に反応して、ガーッと行き過ぎてスタミナを失ってしまうような馬では、自分から動くことは心もとない。勝負どころで少しずつ脚を使って、馬群の外からポジションを上げていく、2007年マイルCSにおけるダイワメジャーのような走りが、自分から動くということなのだ。

もう一度整理すると、「自分から動ける馬」には以下の特徴があるということだ。

・豊富なスタミナ
・ハミをしっかり取って走る
・折り合いを欠かない

つまり、裏返して考えると、これらの特徴を持たない馬が「自分から動けない馬」ということになる。スタミナに不安のある馬は、ギリギリまで仕掛けを遅らせて、一瞬の脚で勝負しようとするので、他馬が先に動くのを待つだろう。また、ハミをしっかりと取って走っていない馬は、たとえ騎手がゴーサインを出したとしても、瞬時に反応することが出来ないので、自分から動いてレースを作ることは難しい。そして、わずかな挙動に馬が反応してしまうことを恐れ、ジッとしていることに終始し、ジョッキーが自分から動こうとは思ないはずだ。「自分から動けない馬」には、そういったマイナスの要因がある。

これは余談だが、あのシンボリルドルフは「自分から動かなかった」馬である。勝って当然の存在として日本ダービーに臨んだシンボリルドルフだが、3コーナー過ぎで岡部幸雄騎手が先行集団との差を少し詰めようと合図を送ったところ、全く反応しなかったという。圧倒的な1番人気に推されていただけに、岡部幸雄騎手もさすがに顔面蒼白になり、最悪の結果を覚悟した。しかし、4コーナーを回り、最後の直線に向くや、シンボリルドルフはエンジンを一気に全開にして、前を走っている全ての馬を抜き去ったのだ。岡部幸雄騎手はこのことに触れ、鞍上のはやる気持ちをシンボリルドルフが察知して、「焦るな、動くには早すぎる」と教えてくれたのだと語る。直線で一気に加速した時、シンボリルドルフが「そら行くぞ。落ちないようにしっかり掴まっていろ!」と言ったような気がしたという。シンボリルドルフのように自らの意思で動ける馬はそうはいないが、ひとつ言えることは、「自分から動ける馬」とはすなわち強い馬であるということだ。


自分から動いて勝利を勝ち取ったダイワメジャーの走りをご覧ください。

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武藤きすいの世界

Mutoukisui0
「I love your smile」 パステル画

絵画に決して詳しいわけではない私でも、ドガやデュフィらが競馬について描いた絵を目にすると、つい足を止めてしまう。フレッド・ストーンの詩的な絵にはうっとりと見とれてしまう。競馬という対象ゆえではあるが、そこには競馬について絵を描けることへの尊敬と、絵を描いてくれることへの感謝の念があると思う。私は競馬について書くことはできても、競馬について描くことができない。

先日、東京競馬場で開催された「プレミアムギャラリー」にてご一緒させていただいた武藤きすいさんも、私には逆立ちしてもできないやり方で、サラブレッドの世界をこの上なく美しく描く。彼女の描くサラブレッドには、愛情と愛着が満ちている。技術的なことは分からないが、その作品を観るだけで、サラブレッドの心が浮かび上がってくるような気がする。それまで見えていなかったサラブレッドの心が、きすいさんの作品を目の前にすると見えるのだ。まるで彼らのいる場所に入りこんでしまった住人のように。素晴らしい絵とはそういうものではないだろうか。

Mutoukisui02 「White Face」 パステル画

Mutoukisui04 
「Montjeu」 パステル画

きすいさんと私は、同じ時代の競馬を生きてきた。場所こそ違え、同じ時間に同じ気持ちで競馬を観てきた。だからこそ、彼女の作品を観ると、どこかでデジャブ(既視感)を覚える。ああ、たしかこんなシーン、こんな表情あったよなと。たとえば、ウッドバーニングという製法で描かれたスペシャルウィークの横顔は、どこかで見覚えがあり、どこか懐かしさを感じるのである。そして、その時代に抱いていた感情のようなものまでが思い起こされ、胸が締め付けられる。

Mutoukisui03 
「真摯な横顔」 ウッドバーニング画 モデル:スペシャルウィーク

きすいさんはライスシャワーの大ファンでもある。それでも彼女、最初の頃は、ミホノブルボンの3冠を阻止したり、メジロマックイーンの天皇賞春3連覇を阻んだりしたライスシャワーを憎たらしく思っていたという。その気持ちに少しずつ変化が芽生え、最強であったミホノブルボンやメジロマックイーンが引退した後、残されたライスシャワーにたすきをつないで欲しいと思うようになった。1年間のブランクを経て、ライスシャワーは京都の最後の直線で先頭に立ち、ステージチャンプの追撃をハナ差で凌ぎ切った。その時、きすいさんがどれほど誇らしかったか、同時代の競馬を生きてきた私にはよく分かる。

■武藤きすいさんのHP「彼らのいる場所」はこちら
http://www.rcctv.jp/orientalcity/
Mutoukisui01_2

ちなみに、きすいさんは愛犬オスカーとの生活を「ごまぐらし」というブログに綴っている。イングリッシュコッカーという種類の犬らしい。犬といえば、柴犬とゴールデンレトリバーぐらいしか知らない私でも楽しく拝見している。イラストと写真とユーモアが満載で、犬のいる暮らしが羨ましくなってしまう、そんなブログである。犬関係のグッズを販売する「ごまいち」を、次回は9月下旬に開催される予定だそうなので、犬好きの方は立ち寄ってみてはいかがだろうか。

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競馬で負ける理由

Keibademakeruriyuu_2アメリカの競馬評論家アレックス・バウアーは、競馬には負ける1001の理由があるとアイロニカルに語った。馬主がお互いの自慢馬を持ち寄り、ヒートレースという形で競わせることから始まった競馬は、これまで常に勝者と敗者を生み出してきた。もちろん後者の方が圧倒的に多く、勝てなかった馬にたずさわったジョッキーや調教師らは、有史以来、いつも負けた理由を探してきたのである。

かつて、あまりにも調教師やジョッキーがいい加減な理由ばかり並べるので頭にきて、これまで聞かされてきた奇妙な言い訳の数々を、スポーティングライフという雑誌にぶちまけた馬主がいたらしい。その投稿に反応する形で、他の馬主たちからも憤りの声が集まり、さすがに1001には及ばないが、数多くのトンデモない言い訳が誌上に掲載された。それらのいくつかを紹介したい。

・馬が空気を飲み込んだ
・馬場の隅で馬がうさぎの穴に脚を突っ込んだ
・飛んできた芝のかたまりを馬が飲み込んだ
・スタート直後に馬が虫に刺された
・馬の口の中に腫れ物が出来ていた
・馬が競馬場の馬房を嫌った
・馬が強風を嫌った
・レース前夜に厩舎近くで打ち上げられた花火で今が興奮してしまった
・血球数が少ないのかもしれない
・厩舎にウイルスが蔓延していた

なかには思わず笑ってしまうものもある。「馬場の隅で馬がウサギの穴に脚を突っ込んだ」はさすがに日本の馬場ではありえない。「血球数が少ないのかもしれない」とか「厩舎にウイルスが蔓延していた」はもっともらしくて面白いが、レース前に言えよという話。また、「スタート直後に馬が虫に刺された」と言われたら反論する気も失せるだろう。「馬が競馬場の馬房を嫌った」は、ダイワメジャーが宝塚記念で惨敗した際に聞いたことがある気がする。阪神競馬場の出張馬房が騒がしくて馬が入れ込んでしまったらしい。風嫌いの私としては、「馬が強風を嫌った」には深く共感できる。

個人的に最も記憶に残っている理由は、1995年の有馬記念で3番人気を背負ったジェニュインが10着に敗れた際、岡部幸雄元騎手が「4コーナーでカラスが飛んでいたのを気にしてまともに走らなかった」と語ったものである。私はジェニュインの馬券を持っていなかったが、馬券を買っていたファンの心中はいかにと思ったものだ。天下の岡部幸雄ではなく、他のジョッキーの口から出たものであったら、「ふざけるな!」という罵声と怒声の嵐に見舞われていたかもしれない。補足しておくと、この理由は決してウソではないが、本当のところはジェニュイン自身の体調が優れず、カラスが気になるほどレースに集中出来ていなかったということだろう。

競馬を楽しみ始めてこのかた、1001とまではいかないかもしれないが、ありとあらゆる負けた理由を聞かされ続けてきた。もっともだと納得させられる理由や、なるほどと感心させられる理由から、いくらなんでもそれはないんじゃないと笑ってしまいたくなる理由まで。そして、ようやく最近分かってきたのは、これだけ競馬で負ける理由があるのならば、私たちが馬券で負ける理由もそれと同じくらい、いやそれ以上にあるという真実である。

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海外のステップレースを使う意義(続き)

海外のステップレースを使う最大の意義は、馬が変化することである。もう少し正確に述べると、海外のステップレースを使うために、現地に長期滞在し、調教を施し、レースに出走することによって、馬が向こうの馬場を走るのに相応しい走り方をするようになる。それによって、馬の肉体そのものが、その土地の競馬に適するように生まれ変わってゆくのである。仕上げやすいレース間隔や現地のレースに慣れておくこと以上に、馬が生まれ変わってゆくことの意義は大きい。

海外遠征の先がけとなったスピードシンボリという馬がいる。天皇賞春、宝塚記念、有馬記念を制した後、野平祐二騎手を背にして、当時としては極めて珍しく、アメリカ、イギリス、フランスへの遠征を敢行した。凱旋門賞に挑戦するにあたって欧州に約3ヶ月滞在し、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスとドーヴィル大賞典を使ったのだが、その間におけるスピードシンボリの変化について、野平祐二氏はこう語った。

向こうの馬場を見ると、草が深い上に地盤も硬くて重い。そんな馬場を、日本のように大きく飛ぶ走りをすると、キック力が大きくかかるので、遠くへ飛べば飛ぶほど足に負担がかかることになる。スーちゃんも最初は、日本的な走り方をしたために、早く疲れてしまった。

(中略)

しかし、向こうで走っているうちに、スーちゃんの走り方も変わっていった。小刻みに走るようになった。小刻みに走りながら、いかに長く耐えて走るかが決め手になるのだ。そのためには、馬にそういう走り方に慣れさせて、疲れがたまらないようにし、そして最後の直線に入ったところで、なおかつ爆発力が発揮できるように、調教していくことだ。そのへんの肉体的条件を整えると同時に、精神力の強さも要求される。
(「馬の背で口笛吹いて」より)

日本の軽い馬場を速く走るには、大きく飛ぶ走りが相応しい。だからこそ、日本のトップホースには手先が軽く、ストライドが大きい馬が多い。逆説的ではあるが、日本で強く速いということは、欧州の馬場に対する適性がないということを暗に意味してもいる。どれだけ強く速い馬でも、野平祐二氏の言う「日本的な走り方」をすると、欧州では勝負どころでバテてしまうことになる。伸び伸びと走るのではなく、小刻みに走りながら、我慢に我慢を重ねてスタミナを溜め、最後の直線で爆発させるのである。ヨーロッパの大レースを勝つために必要とされる資質を、野平祐二氏はスピードシンボリと共に、身をもって経験した。

それから30年の時を経て、スピードシンボリと野平祐二氏の苦い経験を生かしたのが、あのエルコンドルパサーである。エルコンドルパサーについて語られる時、あまり言及されないことだが、エルコンドルパサーほど向こうに行って変わった馬はいない。およそ1年間にわたる滞在の過程において、エルコンドルパサーの肉体や走法は見事にヨーロッパ仕様に造り変えられた。3歳にしてジャパンカップを制した頃のエルコンドルパサーと、凱旋門賞に臨んだ頃の彼を比べると、とても同じ馬とは思えない体つきに成長し、走り方も小刻みになりグッと力強さが増した。作家の浅田次郎氏が「スピードシンボリ号がいたからこそ、エルコンドルパサーもあるのだという歴史を知って欲しい」と書いたのはそういうことである。

現地に長期滞在し、調教を施し、レースに出走することによって馬が生まれ変わらなければ、海外の大レースを勝つことは難しい。あのハーツクライが後ろから差された、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを覚えているだろうか。大きく綺麗なフットワークで、手応え十分に先頭に立ったハーツクライには、実は見た目ほどの余力は残されていなかった。「欧州的な走り方」をして爆発力を溜めていた、ハリケーンランやエレクトロキューショニストに差し返されてしまったのは、当然といえば当然の結果である。ハーツクライの敗因は、ルメール騎手の早仕掛けや4ヶ月ぶりの実戦だったこと以上に、「日本的な走り方」にあったのではないか。ディープインパクトしかりである。海外のステップレースを使うことの意義を、私たちはいつの間に取り違えてしまったのだろうか。書けば書くほど、ブエナビスタの脚を引っ張っているような気がするので、今回はこのあたりで筆を置きたい。


2頭の強烈な差し返しに唖然とした日本の競馬ファンは多かったはず。

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海外のステップレースを使う意義

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ブエナビスタが札幌記念をステップとして凱旋門賞へ向かう。いつもこの時期になると話題に取り上げられるのは、海外の大レースを使うにあたってのステップレースの意義である。もし本気で海外の大レースを勝ちたいと思うなら、本番前に一度現地のレースを使っておくべきだ。いきなり行って勝てるほど、海外の大レースは甘くない。1965年のシーバード以降、3ヵ月以上の間隔が開いた馬は勝ったことがない。あのディープインパクトでさえ、最後の直線で失速してしまったではないか。そのような論議が毎年のように繰り返される。

しかし、実際には海外のステップレースを使われる馬は少ない。お金の問題もあるだろうし、滞在期間の関係もあるのだろう。何と言っても、大切な馬を意思疎通がどこまで図れるか分からない海外の厩舎に預けておくより、ギリギリまで自分の手元に置いておきたいという陣営の気持ちは痛いほど分かる。何ヶ月も前に現地に馬を輸送して、ステップレースを使って本番へ向かうことは、周りが簡単に言うほど単純ではない。

私たちが考える、海外(現地)のステップレースでひと叩きすることの意義とは、おそらく以下の2点であろう。

1、適切なレース間隔を維持できるため仕上げやすい
2、現地のレースにおけるあらゆる条件を経験することができる

1については、ステップレースから本番のレースまで、中2~3週の間隔があった方が、サラブレッドの体調をピークに持っていきやすい。どれだけ腕の立つ調教師であっても、ぶっつけ本番で臨むよりも、現地のレースをひと叩きする方が仕上げやすい。だからこそ、前述した3ヵ月以上の間隔が開いた馬が勝っていないというデータが出現するのだ。ただし、ローテーションに関して言えば、札幌記念を使うことでブエナビスタはなんとかクリアできる。札幌記念から凱旋門賞までは中5週となるから、輸送を考慮に入れると、適切なレース間隔となるだろう。

2については、フランス競馬のペースや雰囲気に慣れておくということである。フランスのレースはテンが極端に遅くなることが多く、あのディープインパクトが引っ掛かって行きそうになったように、日本のペース感覚が染みついてしまったままだと、序盤からリズムを崩されてしまうことになる。もちろん、レースが行われる競馬場をスクーリングしておくことも大切である。たとえ前哨戦であっても、実際のレースの雰囲気を体験しておくことが、馬の精神面の安定に与える影響は大きい。

ところが、海外のステップレースでひと叩きすることの意義は、実はこれら2つだけではない。現地に1日でも早く入り、日本とは全く異なった環境に慣れ、かの地で調教を施し、できれば現地のステップレースを使っておくことの意義は、私たちが想像するよりも遥かに大きいのだ。もしかすると、この意義が私たちに誤解されていて、それゆえ関係者にもないがしろにされているからこそ、海外のステップレースを使われる馬が少ないのかもしれない。

海外のステップレースを使う最大の意義とは…


(次回へ続く)

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それでも彼らは

Soredemokareraha

三浦皇成騎手が今秋、英国への長期遠征を計画中だという。デビュー2年目という異例の速さでの海外遠征となる。騎手になることだけを考えて少年時代を過ごしてきた三浦皇成騎手にとって、この時期の海外遠征が尚早だと私は思わない。ただ単純に、素晴らしい挑戦だと思う。

かつては故野平祐二ジョッキーが先陣を切り、岡部幸雄騎手や武豊騎手、そして蛯名正義騎手、後藤浩輝騎手、松岡正海騎手など、多くのジョッキーが海の向こうへと戦いの場を求めた。それがたとえわずかな期間であったとしても、彼らはまるで別人のように成長して海外から帰ってきた。欧米の競馬はそんなにも騎乗技術が進んでいるのか、そう思ったこともあるぐらい、彼らは変わった。

今はその理由が分かる。彼らが変わったのは、海の向こうから技術を持ち帰ったからでも、刺激を受けて帰ってきたからでもない。そうではなく、彼らが変わったのは、ひと時として彼らが所属する場を失ったからである。どこかに所属するという安心感を捨て、もしかしたらどこにも戻られないかもしれないという不安を抱え、それでも鞭一本を持って挑戦した。これまでの日常では考えられなかったような世界へ、思い切ってジャンプすることによって彼らの内的風景が変わったのだ。そんな彼らにとっては、手綱の感触や、股下から伝わってくる馬の鼓動、呼吸のリズム、蹄鉄の音、全てが今までとは違って見えたはずだ。

私たちは生まれた時から、常にどこかに所属しているという安心感を持って過ごしている。それは母親の胸であったり、学校であったり、職場であったりする。そして、特に日本社会という文脈の中では、どこかに所属していないことを悪とみなす傾向が強い。そうして、私たちは社会の文脈から外れないよう、履歴書に1日たりとも穴が空かないよう振舞い、汲々とした人生を送ることになる。それは、たとえジョッキーという特殊な職業に就いた者とて同じで、彼らも常にどこかに所属して生きてきたはずなのである。

しかし、どれだけ澄んだ水でも留まれば濁る。だからこそ、ある時、彼らは安定した地位と名誉と賞金を捨て、どこにも所属することなく、わざわざ全くの当てもない世界へ単身で飛び込んで行くことを決めた。もしかすると、そう決めた時点で彼らは変わっていたのかもしれない。苦しいだけで、馬にさえ乗せてもらえず、無一文で帰ってくることもあるだろう。戻ってきても、もう自分の居場所はないかもしれない。それでも彼らは、競馬社会の文脈に所属することを捨て、自分の文脈を求めて旅立ったのだ。今までは乗り切れなかったような壁を超えるために。

「今ここ」という自分の文脈に没入し、
他のことは考えず、
まだ登っていない高みを目指す。
そして、後悔しない。
結局、そうすることが、
人生における最大のよろこびにつながるのだ。


*一昨年、松岡正海騎手のアイルランド遠征について書いた内容に、一部加筆修正を加えて再掲させていただきました。松岡正海騎手もあれから大きく成長しましたね。天皇賞春のマイネルキッツでの騎乗は、見事のひと言でした。

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次世代を担う

Akiyamasinitiro久しぶりに良いものを見せてもらった。函館記念における秋山真一郎騎手の騎乗である。大外枠からの発走であったが、好スタートから馬群を縫うようにして切れ込み、最初のコーナーまでに内ラチ沿いを確保すると、道中はピタリと折り合い、内々の経済コースを進んで脚を溜め、最後の直線で綺麗に外に持ち出しながら、先に抜け出していたマヤノライジンをゴール前でキッチリと差し切った。勝つためにはこれしかない、絶妙な騎乗であった。

少しだけタネ明かしをすると、この乗り方が札幌芝2000mを勝つためのポジション(勝ちポジ)なのである。もちろん、馬の能力や特徴、レースの展開などによって勝負のポイントは異なるが、実は札幌芝2000mならではの勝ち方というものが存在するのである。勝つための教科書のような乗り方と言ってもよい。強い馬にこういう乗り方をされると、弱い馬では勝ち目がなくなり、弱い馬がこのように乗られると、強い馬に対して勝つチャンスが大きくなる。札幌競馬場はこういったいわゆる勝ちポジがコース毎に存在するからこそ、ジョッキーの腕が問われる競馬場なのである。

秋山真一郎騎手のスタート後の動きを見る限り、レース前から狙っていたコース取りに違いない。スタートから第1コーナーまでの直線が400m以上と長いため、大外枠からでも内に進路を狙うことが出来たのだ。もう少し前に行くつもりだったのかもしれないが、道中で前がポッカリと開いたことにより、理想的なポジションを走ることが出来たという面もある。

それでも、腕達者が揃う札幌競馬場で、これだけ完璧なレースが出来たということが感動的である。デビューした頃から、陰ながら応援してきたジョッキーだけに、その着実な成長を感じることが出来て嬉しい。G1ジョッキーの称号を手に入れる日も近いことを予感した。ベッラレイアで負けたオークスでは批判させてもらったが、今回の騎乗には素直に拍手を送りたい。

もう一人、12番人気のブラックアルタイルを4着に持ってきた丸田恭介騎手にも目を奪われた。好枠を生かし、思い切って馬を出しながら、攻めの騎乗に徹していた。もう少し馬の調子が良かったり、もう少し他の騎手がミスをしてくれていたら、勝ち負けに持ち込めていただろう。今回の函館記念だけではなく、この夏、札幌開催が始まってからの活躍は目立っている。北海道出身ということもあるかもしれないが、札幌で一流のジョッキーたちに囲まれて、メキメキと腕を上げているのだろう。

丸田恭介騎手のプロフィールを調べてみると、騎手を目指したきっかけが、スペシャルウィークが勝った天皇賞秋だという。スペシャルウィークが大外から底力だけで差し切ったレースを観た時の、当時13歳の丸田恭介くんの興奮が私には手に取るように分かる。また、目標とする騎手がL・デットーリ騎手、横山典弘騎手であることからも、彼がどのようなジョッキーを目指して日々奮闘し、これからどのようなジョッキーになってゆくのか想像できるというものだ。U22(アンダー22)には属さない彼だが、次世代を担っていく一人になるかもしれないと夢想している。


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ワスレナグサ

ホゲットミーノットという思い出の牝馬がいる。この名前を聞いてピンと来た人は、かなり昔から競馬を楽しまれている方だろう。英語にすると、forget-me-not。忘れな草のことである。フォゲットミーノットとしたかったが、9文字という馬名制限のため、ちょっと寸詰まりの、それでいて可愛らしい響きの名前になったと思われる。

ホゲットミーノットの出会いは1990年。競馬を始めたばかりの私は、目の前で行われているレースの全てが新鮮で、朝10時前には後楽園ウインズに到着して、1レースからしっかりと競馬を楽しんでいた。そんな中、とあるレースで、全く予想だにしていなかった馬が、想像を絶する後方の位置取りから突っ込んできた。枠連しかなかった当時としては珍しい万馬券であった。

大穴を開けた馬の成績欄を新聞で確認すると、前走は11着、前々走は8着、その前は11着とある。しかも、いずれも勝ち馬から10馬身以上離された大敗。専門家の誰一人として印を打っていない。どこをどう見ても、この馬が好走する理由などなかった。私は途方に暮れて、その馬の名前をふと見てみた。「ホゲットミーノット(私を忘れないで)」。その瞬間、私は彼女のファンなった。

それ以来、1ヶ月に2度のペースで出走を繰り返す彼女に私は賭け続けた。しかし、追い込んで届かずというよりは、後方そのままといったまるで見せ場のないレースばかり。いくら好きになった馬とはいえ、そんなレースを見せ続けられると、人間というもの少しずつ気持ちが薄らいでいく。そうしたある日、ふとした都合で彼女のレースを見逃してしまった。後日、ホゲットミーノットが10番人気で大穴を開けたということを聞いた時、私は自分の想いの弱さにがっかりした。ちょうど私に忘れられた頃、忘れないでという名の彼女はやって来たのだった。

私の大好きな写真家であり、アラスカを旅する冒険家でもあった星野道夫さんの書いた「ワスレナグサ」というエッセイがある。このエッセイを読んだのは、ホゲットミーノットと出会う前だったか後だったか忘れたが、今となっては私の中では同時に連想されるほど密接につながっている。私の拙文の後に引用するには気が引けるほどの名文だが、それでもホゲットミーノットとワスレナグサの想いを共有したいので、ぜひお読みいただきたい。

ワスレナグサは、英語でforget-me-not、このいじらしいほど可憐な花が、荒々しい自然を内包するアラスカの州花であることが嬉しかった。

「アラスカ州の花って知ってる?」

と幾分自慢げに、これまで何人の人に話してきただろう。一瞬の夏、その限られた持ち時間の中で一生懸命開花しようとする極北の花々は、ワスレナグサにかぎらずどれだって美しいのだが…。

もう何年か前、北極海沿岸で過ごしたベースキャンプの近くでもワスレナグサは咲いていた。こんな地の果てで、誰に見られることもなく、淡いブルーの花びらをひっそりと開かせていた。

その時ぼくは、ある自然番組を作りに来たテレビ局のスタッフと一緒だった。が、さまざまな悪条件が重なり、撮影はうまくはかどらず、時間だけがどんどんと過ぎていった。番組を撮ってかえらなければならないという焦る気持ちは、わかり過ぎるぐらいわかっていたが、誰もがそのことで頭がいっぱいで、自然を本当に見てはいないような気がした。ギクシャクとした雰囲気の中で、ある時少し心配になり、ディレクターと2人だけで話すことにした。

これだけ一生懸命やったんだし、相手は自然なんだから、それはしようがないんじゃないかと。たとえば、あと十年とか二十年たった時にふりかえってみて、その番組が少しうまく撮れたとか、撮れなかったなんて、きっとそれほど大した問題ではないと…それよりも1日のうち15分でも30分でもいいから、仕事のことをすべて忘れて、今ここに自分がいて、花が咲いていたり、風が吹いていたり、遥かな北極海のほとりでキャンプしていることをしっかり見ておかないと、こんな場所にはなかなか来れないんだし、すごくもったいない気がすると…風に揺れるワスレナグサもそんなことを語りかけているような気がした。私たちが生きることができるのは、過去でもなく未来でもなく、ただ今しかないのだと。

(中略)

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。

頬を撫でる極北の風の感触、夏のツンドラの甘い匂い、白夜の淡い光、見過ごしそうな小さなワスレナグサのたたずまい…ふと立ち止まり、少し気持ちを込めて、五感の記憶の中にそんな風景を残してゆきたい。何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。あわただしい、人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい。そんなことを、いつの日か、自分の子どもに伝えてゆけるだろうか。
(「旅をする木」より)

ホゲットミーノットは競馬の難しさ、そしてサラブレッドの不思議さを私に教えてくれた。来そうだと思えば全く見せ場なく惨敗し、どう考えても来ないと思えば後方から突っ込んで来る。芝・ダート、長距離・短距離問わず、好走し凡走した。馬券的な相性は全くと言ってよいほど良くなかったが、私は彼女を追っかけたことで、競馬の世界には私たちの手の及ばない神の力のようなものが働いていることを知った。競馬は私たちが頭で考えるよりも、もっと複雑で豊かなのだと。それは諦めではなく、未知の世界に対する希望のようなものであった。

私たちが生きることができるのは、過去でもなく未来でもなく、ただ今しかないのだ。

Fogetmenot

最強牝馬ウオッカ壁紙無料プレゼント企画にてご協力いただいた、「あなたの好きな牝馬は?」というアンケートに対する、皆さまからのお答えを以下に掲載させていただきます。

ウオッカ
ダービーの頃、親の介護が終末期に入りとても辛い時期でした。
莫大な治療費に喘ぎ、自分の時間もとれず、
楽しみは自宅で見る週末の競馬番組。
息の詰まるような日々の中、ウオッカが直線で出た時、
そんな気分がスカッと一掃されました。
ウオッカが走る度、その時の気持ちが蘇ります。

Eriko

ウオッカ
ウオッカのおかげで競馬が好きになりましたし、競馬界全体も盛り上がってますよね。
vodka2007

ダンスインザムード
クラッシックもさることながら、3歳秋の古馬相手の激走は本当に恐れ入りました。
その後のスランプでもう終わってしまったかと思いきや、ヴィクトリアマイルでの
G1制覇は本当にうれしくて泣いてしまいました。
美しさと気高さを感じられた牝馬で今でも大好きです。
産駒のデビューが本当に待ち遠しいです。

K

ホクトベガ
エリザベス女王杯のときにレース前に「ベガはベガでもホクトベガ」なんて言ってきたりしてと思って買ったら当たってしまったから。
たくちち

ウオッカ
強さを裏切らない所が大好きです!負けることもあります。でも、勝ち方が一味違うんです!牝馬ダービー制覇から始まり、死闘の天皇賞・秋、復活のヴィクトリアマイル、絶体絶命の安田記念とドラマ有りの勝ち方をしてくれんです^^新馬戦の時初めて見て、牝馬というのが嘘のようでした。そこから好きになり、ずっと単勝を買って応援し続けています。ダービー勝った時は泣きそうでした(笑)
バルトス

ヒシアマゾン
まずは牝馬らしくないゴツい名前と名前に違わぬゴツい末足ですね。個人的には逃げ馬が好きなんですが、ヒシアマゾンとトウカイテイオーは別格なんですよ。
クローザー

ダイワスカーレット
あんなに強い牝馬は見たことがありません!史上最強牝馬だと思ってます。
たぁ

エリモシック
秋でしたが襟裳に春が来たとどなたか実況でおっしゃってたのが印象的でした。前年のエリ女以降あまり良い思いをしてなかったので個人的にもかなり嬉しかったのを覚えています。
まさやん

ウオッカ
ただ強い。これ以上下手な仕上げ、ローテで負けさせないで関係者さん
マックマン

ウオッカ
初めてちゃんと見た競馬が、天皇賞秋でした。純粋に感動しました。ウオッカの走る姿、容姿に魅せられ、それから、彼女のことを調べ、64年ぶりにダービーを制した牝馬である
ことや血統背景等を知り、大好きになりました。今後も、子孫まで応援しつづけます!

ヒシアマゾン
簡単に言うと中舘とのアンバランスなコンビですね。「あなたはなにもしなくていいのよ」みたいな気の強そうなアマゾンの声が画面を通して聞こえてきそうでした。
橙 料理長

ウオッカ
華があって素敵。例えるならウオッカ→長島 ダイワスカーレット→王 自分の中でのイメージです。
青いカナリア

ウオッカ
栄光も挫折も味わいながらも、1着を目指す姿がかっこいいからです。ダイワスカーレットという最大のライバルがいながら、G1での対決では、負け続け、最後の対決となった天皇賞・秋は、歴史的一戦で、後世に語り継ぎたいです。
ウオッカインパクト

ウオッカ
無事これ名馬という言葉がありますが、まさにこの言葉がピッタリではないかとおもいます。ライバルのスカーレットは故障してしまいましたが、期待されながら勝ち続け故障知らず。しかも人間の勝手な価値観のなかで黙々と走る。素晴らしいじゃないですか。ゆえに、宝塚は回避してほしい、、、、。
松浦

ビリーヴ
僕が生まれて初めて見た
GⅠで牡馬相手に勝った牝馬
しかし、その記憶が鮮烈すぎて
短距離でしか牝馬は牡馬に勝てないという
刷り込みが僕の中に生じてしまいました
ヘヴンリーロマンスも
スイープトウショウも
ダイワスカーレットも
ウオッカも買えませんでした
ウオッカの馬券を買い始めたのは
今年になってからですかね・・・
サンデーサイレンスの血脈の
可能性を広げてくれたビリーヴ
安藤勝己騎手に
初めてGⅠの勝利をプレゼントしたビリーヴ
イイ仔をたくさん産んでおくれ!

ワシヲ

ウオッカ
先日の安田記念で、初めてウオッカを生で見ました。その時、彼女の存在感に圧倒され鳥肌が立ちました。あの勝ち方もそうですが、出で立ちが美しくかっこいい。そして、やっぱり女の子(女性?)なんだ、と思わせる可愛らしい表情も魅力です。
diblues

ダイワスカーレット
牝馬でありながらレースパフォーマンスは圧巻、有馬は完璧なレース運び。昨年天皇賞秋は休み明けにもかかわらず、あわやの2着。ウオッカは叩き2戦目であり目標にもされ厳しいレースだったと思う。それで鼻差の2着だったのでもっと順調なら逆転もあったのではないか、2頭の対決もっと見たかったが残念です。 名馬はライバルがいて引き立つもの、ウオッカよスカーレットの分まで駆け抜けろ
神山

ウオッカ
勝ち方も 負け方も ドラマチックで、ドキドキするから  
ウオッカ大好き

好きになった牝馬はエアグルーブにウオッカにファインモーション、ダンスパートナーにイソノルーブルにカワカオミプリンセスにファビラスラフィン・・・・。他にも沢山いますが、VTRではなくてナマのクリフジのレースが見てみたかったです、クリフジとエアグルーブにウオッカ、ダイワスカーレットを闘わせたかったです。
和人

ウオッカ
ダービーは残念ながら観ていませんが、去年の秋の天皇賞は府中競馬場で観戦しました。ダイワスカーレットとの大接戦にとても感動しました。牝馬でありながらG1を6勝もあげ(さらに7勝目もあるかも?)歴史にのこるであろうウオッカをずっと応援していきたいと思います。
ウオッカLOVE

全く生で見ていませんが、子供心に新聞で見ていたテスコガビーの強さはカブラヤオーとともに思い出です。また、馬券に勤しむ以前ではありますが、ヒシアマゾンの逞しさへの羨望はテスコガビーと甲乙つけがたい思いがあります。
Hanuman

ウオッカ
競馬を見て鳥肌が立つくらい興奮できるレースをしてくれるから
がんぽん

ウオッカ
ダービーで牝馬のウオッカを見つけて思わず応援のつもりで投票したのが私の競馬デビューです。そして、ウオッカはそんな応援に答えてくれて、すっかりウオッカと競馬にはまってしまいました。それからは、おばさん3人組みで競馬場に繰り出しては楽しんでいます。好きな理由は額の模様と強さです。
ろびんち

ヒシアマゾン
ネスは今で言えばウオッカのような存在。全盛期のナリブーに2着になってしまうくらい強い馬ですから。エリ女での幻の2着には涙しました。嬉しいような悲しいような、安堵したけど淋しい気持ち。渡米前に出羽牧場で休養している時に毎日見学しに行って、大量のおしっこに迎えられて喜んでました。渡米後産駒に恵まれずにがっかりしてます。日本に戻してくれないかな。
ともきち

ウオッカ
牝馬に見えない馬体かな?
ゴン太

ファレノプシス
競馬に興味を持ち始めたときに、名前の美しさと強さに魅せられました。
いなば

ウオッカ
昨年2008年の安田記念のビクトリーランでウオッカに魅せられ、競馬に興味を持つようになったので、最も好きな牝馬は今ももちろん「ウオッカ」のみです。
トトキチ

ウオッカ
牝馬ながら牡馬を圧倒する強さに惚れ惚れします。
あぷろ~ち

ローズバド
あの小さな体で一生懸命に走っていたのがとても感動しました。産駒の成績はイマイチですが、是非とも母の悲願だったG1制覇を達成してほしいと思います。
ハロ

ダイワスカーレット
強さです。3歳時にはマスコミがウオッカを祭り上げ、スカーレットの評価は不当に低かったですが、戦績が示すようにあの安定感は素晴らしいです。牝馬ながらに信頼度は常にバツグン。馬券的にも最高のパートナーでした。ドバイでの戦いが楽しみだったので引退の仕方は流石に残念でした。競馬歴が長くないので過去の名牝の強さがどの程度なのかは知りませんが、私の中ではスカーレットが最強馬です!
スカーレットvsウオッカ

シーザリオ
スペシャルウィークが大好きな私にとって、初年度産駒の成績が散々だったことには大きなショックを受けていました。そんな時、2世代目で出てきたのがシーザリオです。クリスマスに出走した新馬戦のパドックで初めて見て、その漆黒の馬体にひと目で魅了されました。
その後の寒竹賞ではアドマイヤフジを破り、負けて強しの桜花賞を経てのオークスで、とても届かない位置から差し切ったシーンは今でも忘れられません。

この年のシーザリオの活躍がなかったらビワハイジにスペシャルウィークは種付けされてなかったかもしれませんよね。そう考えると今年のオークスでブエナビスタがあの位置から差しきれたのはシーザリオの見えざる力が最後に一押ししたのではないか。。私は本気でそう思っています。

そのシーザリオはアメリカンオークス圧勝後、『どこまで強いのだろう』という思いを我々に抱かせたままターフを去ってしまいました。この思いはブエナビスタに継ぎたいと思います。
うめっくす

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ライオンのハートを持つジョッキー

Dettori

ラフランコ・デットーリ。世界最高のジョッキーの名である。L・ピゴット、R・ピンカイ、C・マッキャロン、C・アスムッセン、Y・サンマルタンなど、世界的、歴史的に名だたるジョッキーは多けれども、デットーリ以上のジョッキーを私は知らない。これは比較論ではなく、私のイマジネーションの限りにおいて、デットーリは唯一無二の存在なのである。私と同時代に、競馬に青春を捧げてきた方であればお分かりいただけると思う。それほどの衝撃を持って、デットーリ騎手は私の競馬人生に立ち現れたのである。

私が初めてデットーリという名を知ったのは、彼がまだ20代前半、ヤングジョッキーシリーズにムチ一本持って来日した時である。世界各国の将来有望な若手ジョッキーが集まる中、彼は圧倒的な存在感を示した。来るはずのない馬を当たり前のように勝たせてしまう。条件戦で全く勝負になっていなかった芦毛の馬が、まるでオグリキャップのような走りで快勝した。そういう奇想天外が、ただ1度の話ではなく、2度、3度と続いた。競馬は馬が走っているのではなく、もしかすると騎手が馬を走らせているのではないか。10代の私はそう直観させられた。

それからかなりの歳月が流れ、私の直観が消え入りつつあったちょうどその頃、衝撃は再びやって来た。2002年、JCダートとジャパンカップでイーグルカフェとファルブラヴを勝たせ、日本競馬史上初の2日連続G1レース制覇を達成したのだ。少しは競馬が分かるようになっていた私は、その2つのレースを観て、競馬は馬が走るのではなく、騎手が馬を走らせていると確信した。その確信は3年後のジャパンカップで信奉へと変わっていく。

馬を動かす技術やポジション戦略の巧さ、関節の柔らかさなど、デットーリ騎手の長所を挙げればキリがないが、ジョッキーとしての最大の強みは、馬が動くということである。たとえ同じ馬でも、ある騎手が乗れば全く動かず、別の騎手が乗れば全く別馬のように動くという。乗馬をやったことがある方ならピンと来るだろう。機嫌を損ねたり、ナメられてしまうと、馬は背にいる人間の言うことを一切聞かず、テコでも動かなくなる。競馬のサラブレッドと騎手の間にも同じことが当てはまる。騎手が持っている何かが馬に伝わり、それを感じて馬は走る。

その何かがなんであるのか、最近になって少しずつ私にも分かってきた。それは心(ハート)ではないだろうか。ジョッキーとしての心が馬を動かす。ゴール前の叩き合いでも、ジョッキーの心が馬にも伝わり、ハナ差だけ前に出すのである。ちなみにデットーリ騎手はジャパンカップをシングスピール、ファルブラヴ、アルカセットで3勝しているが、いずれもハナ差の接戦である。別にロマンを語っているわけではなく、これが競馬の真実なのだ。サラブレッドもジョッキーも最後は心(ハート)で走る。ぶっつけでダービーを制した神の馬ラムタラを、「彼はライオンだ」とデットーリ騎手は称したが、それは彼自身にも当てはまる。ラフランコ・デットーリ。ライオンのハートを持つジョッキーの名である。

special photo by Ichiro Usuda

関連リンク
「ガラスの競馬場」:心を動かした騎手デットーリ
「ガラスの競馬場」:世界をナメるな!!
「ガラスの競馬場」:動じることなく

今年のダービー壁紙プレゼント企画にて、「あなたの好きな騎手は?」というアンケートで頂戴した皆さまからのお答えを、以下に掲載させていただきます。

岡部幸雄騎手
競馬というスポーツの存在を知ったとき
すでに偉大な騎手だった岡部騎手
ひざの故障を乗り越えて
坊主頭で復帰した岡部騎手

ダンスインザムードが勝った桜花賞での
武豊騎手へ乗り替わりには
競馬の厳しさを教えられたような気がします

好きな理由は
強いていえば名前ですかね
とてもカッコいい名前だと思います

ワシヲさん

横山典弘騎手
はっきりした理由があるわけではないのですが(あまりにG12着が多いからですかね?)、
ダービー勝ったときは馬券を離れて嬉しかったです。決して馬の状態は良くなかったはずで、おそらく馬場が渋らなければ勝てなかったでしょう。横山騎手の競馬に対する真面目な姿勢に神様が微笑んだというところでしょうか。

Mhさま

10年位前の武豊騎手
→馬を巧く操っていたと記憶している(調教でも巧いと思ったことが何度も有った)
安藤勝己騎手
→見ていて安心感がある
万券を演出してくれる騎手全て
→自分の買った馬券に絡んでくれる騎手
鬼太郎(キタロウ)さん

横山典弘 騎手
競馬を始めたのがライアン4歳の春。
で、初めて好きになった馬もライアンです。
クラシック戦線でライアンを応援するに自然と横山騎手も好きになっていました。

当時は武 騎手絶頂の時代。
横山騎手は、1年後輩の偉大なライバルに対して闘争心を剥き出しにしていた感じです。
自分もかなり勝ち気な性格ですので、そんな横山騎手を共感をもって応援していました。

ライアン引退後、横山騎手を特集したビデオが発売され購入しました。
そのビデオの中で、彼は騎乗スタイルに関して
「格好良く乗って、格好良く勝つこと」と確か話していました。。。
今の彼からは想像もできない事ですよね。

つちーさん

武豊騎手
まだ競馬を始めて日が浅い(5年?)ので、騎手の個性まではよく分かりません。ですが、基本的にはどのようなスポーツでも「天才」タイプが好きです。
タビノナカマさん

武豊騎手
豊のデビューと私が競馬を見始めたのが同じで、豊がいなければ今でも競馬好きな自分がいないかも・・・やっぱりファンを大切にする姿がほんと格好良いです。また、ベタですが騎乗フォームが一番格好良いからかなぁ・・・メジロマックイーン、スキーパラダイス、ナリタタイシン、ベガ。この4頭に乗ってる豊は最高でしたね(笑)
ぽんでらいおんさん

三浦皇成騎手
若くしてJRA通算100勝を達成し、これからもどんどん伸びる可能性のある騎手だから。加えて某テレビ番組で見た、素直なキャラクターに惹かれたから。
Dibluesさん

横山典弘騎手
どこかの自称(?)男、と違って本当の男だから
もろこしさん

江田照男騎手
テンジンショウグンを日経賞で勝たせてくれた。そもそも穴馬を持ってくるとんでもない騎手。
はやひでさん

戸崎圭太騎手
中央の騎手ではなくて、ルール違反かもしれませんが。前開催の東京競馬場でも騎乗何鞍かあったのであえて選びました。南関東リーディングにもかかわらず、勝利騎手インタビューでは、まるで新人騎手のようなひたむきな話がきけるのが好きです(南関東の重賞を勝った時ですが)。先日は、東京競馬場のフリーウェイステークスでロールオブザダイスを先行して3着に持ってきまいたが、ダイオライト記念の時にフリオーソの直後につけていたこの馬の持ち味をしっかり見ていたいたんじゃないかと思いました。10年後がとても楽しみな騎手です。
むまきちさん

武豊騎手
同世代というか同い年です。学生の頃に同学年の武君が天皇賞を穫ったりするのを見ていて驚き、あこがれていたものでした。最近元気がないので寂しいですが、もうひとがんばりしてほしいものです。
Saitoさん

田中勝春騎手
はずしても憎めないところ
たくちちさん

藤田伸二騎手
昔はどうだったかわかりませんが、今は良き兄貴という感じで好感がもてます。
京都のスワンさん

浜中俊騎手、北村友一騎手
若いこと。浜中は小倉で、北村は札幌で積極的に力試しをしていることが何よりですね。あとはタカビーにならないでくれればおのずと結果がついてくると思います。昔はかわいかったあのマツオカでも最近はチョリーッスってG1勝っちゃいますからね。あれでは伸びないでしょう。残念です。
ともきちさん

小牧太騎手
感情に素直なところでしょうか。とはいっても「チョリース」みたいなものとは別で(笑)"泣き虫太"という本も出てるように泣き虫となってますが、 念願のレースを勝てて泣ける騎手は好きですね。なんだかすごく身近なとこに感じるのも好きなとこですね。園田では勝ちまくってたらしいですが、移籍後は苦しみぬいていて、漸くサマージョッキシリーズ優勝したりと光が差し始めてる。最近はもうずっと注目です!怒涛の追い込みを決める独特のフォームも流石小牧!と思ってたりします。
BJさん

伊藤工真騎手
伊藤騎手の出身が、現在私が住んでいる郡山というので競馬学校入学から注目していました。中央の騎手免許取得の同期生には、あの武豊騎手のデビュー年の勝利数記録を更新した三浦皇成騎手や年間最多勝記録の524勝を持つ内田博幸騎手(現在2009年リーディング)などがいるという錚々たる顔ぶれが揃っています。彼の尊敬する騎手は横山典弘騎手とミルコ・デムーロ騎手との事。治郎丸さんが初めて好きになったという横山騎手の名前が出てきていますね!!今の伊藤騎手は、その昔の横山騎手のように『追える騎手』というイメージが強いです。これから、どのように進化していくのかを楽しみにしています。
ハロさん

戸崎圭太騎手
最近中央競馬にもよく乗りにきているのですが、よく人気より上位に持ってきてくれますし、穴馬券で一番お世話になっている馬券相性のいい騎手なので選びました。地方ではよくアドマイヤの馬に乗っているので中央入りしたら近藤さんの馬にもよく乗るようになるのかなーなんて思ってます。
たぁさん

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最後は心臓で走る。

Logiuniverse01

横山典弘騎手は私が初めて好きになったジョッキーである。競馬を始めた頃、ナムラコクオーやヒシアマゾンなど好きな馬は何頭かいたが、好きなジョッキーはいなかった。好きになる理由がなかったのだろう。実際に走っている馬には感情移入できても、その背に跨っているジョッキーにまで意識が向かなかった。競馬は馬が主役なのだから、当然といえば当然のことだ。

きっかけは突然に訪れた。1995年の札幌記念、横山典弘騎手は1番人気のトロットサンダーに騎乗した。勝てるものだと思い、私はトロットサンダーの馬券を買っていたが、横山典弘は小回りコースを意識してか、早目に動き出したものの、直線では伸び切れずに7着と惨敗した。「ジョッキーは何やってるんだ、下手くそだなあ」とド素人の私は小声でつぶやいた。

レース後、横山典弘騎手のコメントが私に衝撃を与えた。正確には覚えていないが、「俺が下手に乗ったせいで負けてしまった…」という旨の発言をしたのだ。今となっては私のこの衝撃は伝わりにくいだろうが、当時、自分のミスで負けたなどとコメントするジョッキーなど皆無に等しかったのだ。そんなことをすれば、馬券を買ったファンからどれだけ野次られるか分からないし、調教師からの騎乗依頼が減ってしまう恐れもある。そんな時代の中、正直に己の非を語った横山典弘騎手に、私は男としての潔さと職人としての強い矜持を感じ取り、このジョッキーを応援したいと素直に思ったのだ。

今年、横山典弘騎手がダービーを勝てた理由は2つあると思う。

ひとつは騎乗観の変化である。こちらにも少し書いたように、騎乗に対する考え方が変わってきたということだ。もう少し具体的に述べると、ポジションについての意識が変化してきた。今年に入ってからの(特に重賞などの)大レースにおける騎乗を観ると、それが良く分かる。馬のリズムを大切にしながらも、勝つためのポジションを積極的に取りに行っている。腕っぷしが強く、追えるジョッキーと評され、芝の追い込み馬が好きだと語っていた横山典弘騎手が、ロジユニヴァースで内を突いて勝った事実が全てを物語っている。

もうひとつは心である。「変な言い方かもしれないけど、勝っちゃダメだったんだ。怖さも知らずに。こんな重みは感じなかったかもしれないし、あのころなんてはっきり言って感謝の気持ちなんてなかったから。ここまで勝てなかったのが、自分なりに分かった気がする」、とダービージョッキー横山典弘騎手は語る。

ここでいう心とは感謝の気持ちということではない。そんな単純なものではなく、横山典弘騎手はメジロライアンで勝てると思って2着に敗れたダービーから、長い歳月をかけて心を鍛えたのだ。極限の状況で最高のパフォーマンスが出来る強い心を。19年前の横山典弘はロジユニヴァースを同じようにゴールまで導けただろうか、いや。

頭で考えることなんてたかが知れている。
最後は心臓で走るのだ。
馬もジョッキーも、そして私たちも。


Logiuniverse02

今年のダービーの壁紙を無料でプレゼントします。「優駿」で活躍中のPhotostudと「ガラスの競馬場」によるコラボレーション作品です。ゴールした瞬間の横山典弘騎手の恍惚の表情がなんとも言えません。壁紙は2サイズ(「1024*768通常版」と「1280*768ワイド版」)で用意しております。ご希望の方にはどちらのパターンも差し上げますので、お気軽にお申し出ください。

また、壁紙をプレゼントさせていただくにあたって、いつもアンケートにお答えいただきありがとうございます。今回のアンケートは、「あなたの好きな騎手は誰ですか?」です。好きな理由もぜひ教えてください。頂戴した声は「ガラスの競馬場」に掲載させていただきますので、その際のハンドルネームも教えてください。

■応募方法は以下の通りです
件名を「横山典弘ダービー初制覇記念壁紙プレゼント企画」とする。
本文に、
①ご希望のサイズ「1024*768」か「1280*768」を必ずご記入ください。
②簡単なアンケートに答えください。
「あなたの好きな騎手は誰ですか?」
③好きな理由も教えてください。
④「ガラスの競馬場」に掲載させていただく際のハンドルネームを教えてください。

内容が確認でき次第、壁紙画像(JPG)を添付して返信いたします。

→ご応募はこちらから

・応募期間は6月末日までとさせていただきます。
・メールアドレス(個人情報)を第三者に開示をすることは決してありません。
・画像の著作権はPhotostudが所有します。また、商用目的の無断複製、転載を禁止します。

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馬が消えた日

1998年の天皇賞秋をどこで観ていたのか、私は覚えていない。毎日王冠は府中で観たが、天皇賞秋は?と聞かれると迷ってしまう。競馬場だったような、ウインズだったような、また新宿アルタ前のオーロラヴィジョンだったような気もする。大きなレースや印象深いレースにおいては、ほとんどの場合、どこで誰とどんな馬券を買って観たか覚えているものだが、どれだけ記憶の糸を辿ってみても思い出せない。記憶にないのだ。

人は忘れなければ生きていけないというが、この天皇賞秋の場合、忘れたい記憶だから覚えていないということではない。記憶にないというよりも、記憶がないと言った方が良いのかもしれない。1998年天皇賞秋の記憶自体が、どこか彼方へとなくなってしまった感覚である。あの瞬間から後の記憶がないのだ。そう、サイレンススズカが走ることをやめた、あの瞬間から。

馬が消えた。そう感じたのは私だけではないだろう。「オーバーペースがマイペース」と言い切った武豊騎手とサイレンススズカは、まるで二人旅を楽しむかのように、スタートから軽快に飛ばし続けた。前半の1000mが57秒4。サイレンススズカにとってのマイペース。何の前ぶれもなかった。しかし、3コーナーすぎの大欅を通り過ぎたところで、突然、サイレンススズカの膝がガクッと落ちた。視界から、サイレンススズカが消えた。夢や希望やロマンを託し、ゲートが開いてからサイレンススズカだけを見つめていた私たちにとって、あの瞬間、馬が消えた。そこから先のことは覚えていない。

「今でも不意に思い出すことがあります。あんなことになってなかったらなぁって。天皇賞は間違いなく勝っていたんだろうなぁとか、そのあとのジャパンカップはとか、ブリーダーズカップも行っていただろうなぁとか、考えてしまいますね。サンデーサイレンス産駒の種牡馬がいま活躍しているじゃないですか。そういうのを見ると、余計に『いたらなぁ』と思います。『きっと、凄い子供が出てくるんだろうなぁ』って」

私も武豊騎手と全く同じことを、今でもふと思う。あのまま走り続けていたら、天皇賞秋はどれぐらいのタイムで勝っていただろうか。そのあとのジャパンカップでは、エルコンドルパサーと歴史に残る名勝負をしたのではないか。ブリーダーズカップで、サイレンススズカの大逃げを見たアメリカの競馬ファンはどう思っただろうか。アグネスタキオンやネオユニヴァースのように、G1レースで活躍するような産駒を出せただろうか。サイレンススズカが消えた日から10年以上が経った今でも、ふと考えてしまう。突然に消えた馬だからこそ、サイレンススズカは、私たちの記憶の中で、永遠に、走り続けるのかもしれない。

サイレンススズカ 天皇賞秋

ラジオ実況になります。ぜひ聴いてみてください。

伝説のレースとなった2008年天皇賞秋の壁紙無料プレゼント企画のアンケートにて、最も投票の多かった「伝説のレース」は、サイレンススズカの毎日王冠と天皇賞秋でした。皆さまからの想いをここに分かち合いたいと思います。

当時の新聞も未だに残してます
伝説というべきではないでしょうが、最も印象に残っているレースを素直に挙げます。サイレンススズカは弥生賞から追いかけていたのですが、外枠発走やダービーのかかりっぷりから、馬券ではずっと痛い目を見ていました。それが、武騎手を鞍上にしてからの見違えるような折り合いと美しい大逃げ。そして、もう勝って当然の認識で見ていた天皇賞の衝撃は忘れられません。当時の新聞も未だに残してますし。

KZさん

競走馬の一生を改めて考えさせられた 
自分の能力を超えて前へ前へ行こうとする馬を見たのはサイレンスが初めてだったから。また華やかな勝利とは裏腹に競走馬の一生を改めて考えさせられた馬だから。
K.Kさん

強さがどれだけかは、わかると思います
9頭立てでしたが、サイレンススズカ・グラスワンダー・エルコンド    ルパサーの3頭のGⅠ馬の対決にわいたレース。レースは1つ年上のサイレンススズカが後続に影をも踏ませぬ、まさしく横綱相撲のレースでした。負けた2頭のこの後の活躍を見ればこの強さがどれだけかは、わかると思います。

強かったですね・・・
H10・毎日王冠 サイレンススズカ対エルコンドルパサー、グラスワンダー、サイレンススズカを誰も捕らえることができなかったレースで一番だと思っています。トップハンデ、 57秒7のハイペース 強かったですね・・・
 
完璧な馬
この後の秋の天皇賞で無類の強さを見せられずに翔ていってしまいました。非常に残念です。私は、こんな馬を初めて見ました、逃げて強し。どの馬よりも先にいて、それでいて最後も脚が使えまさに完璧な馬でした。もうこんな馬はなかなか出でこないだろうと思ってました。が、うれしいことにダイワスカーレットが天皇賞で見せたパフォーマンスはまさにそれ。スカーレットの今後の活躍期待しています。
Y.Kさん

毎年秋天になると思い出します
伝説のレースとは、少し意味合いが違うかもしれませんが、僕にとっては、サイレンススズカの秋天ですね。どこまでも走り抜けそうな爽快感。一転競争中止。たられば、は無いのですが、あのレースの結果はどうなったんだろう?毎年秋天になると思い出します。今年は、上村騎手のGI初制覇って事もあり、いつも以上に思い出しました。

競馬は競走馬あってのもの
まだ競馬始めたばかりで、たくさんのレース見ているわけではありませんが、いくつか印象に残ったレースあります。リアルタイムで見たものではやはり今回の天皇賞が一番です。園田のJBCクラシックも興奮しましたが…。過去のレースでも動画サイトなどで少しずつ見ていますが…サイレンススズカの天皇賞は衝撃でした。競馬って怖い。そう思えるレースです。同時に、やはり競馬は競走馬あってのもの。馬のことを第一に考えなければいけない、と思わせてくれました。スズカの故障は特に原因があったわけではないですが、過酷ローテなど聞くと心配になります。最近ではサンアディユのゲートの問題が胸が痛みました。あれが原因とは言い切れないですが。。

忘れてはいけない
もっと過去の名馬たちのエピソード読んでも、テンポイント、ハマノパレードなどなど心が傷みます。そんな悲しいエピソードもたくさんありますが、それ以上に感動と興奮を与えてくれるのが競馬だと思います。その一方で悲しいニュースもある。まだ競馬ファン歴の浅い僕に、それを忘れてはいけないと考えるさせるきっかけを与えてくれたレース。98年天皇賞秋です。
Y.Kさん

あの強さと速さは
エルコンドルパサーとグラスワンダーを相手にしなかったあの強さと速さは忘れられません。そして、ビワハイジが勝った京都牝馬特別です。デビューしたときから大好きでチューリップ賞でエアグルーヴに負けて以降、ダービーに出走したりして勝てなかったけれども、最後にペリエが乗って逃げ切ったこのレースは勝った瞬間涙が溢れ出ました。確かファイトガリバーも出走してたと思います。2頭ともこのレースで引退だったかな。

Y.Kさん

史上最強なのかな
やっぱり1998年の毎日王冠ですかね、エルコンドルパサーとグラスワンダーに全く影を踏ませること無く、サイレンススズカがらくらくと逃げ切ってしまったレースですかね??その後のエルコンの凱旋門やグラスの成績を考えると、このサイレンススズカこそが史上最強なのかなと思ってしまいます、子供達の活躍がみたかったですね。それとディープインパクトの春の天皇賞、残り1000メートルの超ロングスパートでレコードタイムは、常識ハズレの”京都の坂”の使い方でした、それとトップガンの春の天皇賞も印象に残っています。ローレルとマーベラスの叩き合いの外を、見た事の無い足で駆け抜けて行く姿は衝撃的でした、トウショウボーイとテンポイントのマッチレースとなった1977年の有馬記念も見応えありましたね。
和人さん

「どこまでいっても逃げてやる」
伝説のレースは数知れずありますが、98年毎日王冠。グランプリホースのサイレンススズカ、後の凱旋門賞2着馬エルコンドルパサー、後のグランプリ三連覇グラスワンダー。G2にもかかわらず、G1なみの観客の多さ。フジテレビの実況も言葉にならないのではなく、言葉のいらないくらいのレース。「どこまでいっても逃げてやる」という言葉が、サイレンススズカの次走を期待させました。しかし、次走、彼は、天馬になってしまいました・・・
K.Kさん

けやきの向こうで衝撃が
レース自身が伝説であり自分自身の強烈な思い出のレースはサイレンススズカの秋天ですね。その時期入院しており高熱にうなされながらベットでテレビ観戦。けやきの向こうで衝撃が走りました。僕もこのまま・・・ なんて(笑)。さらにさらにオフサイドトラップの馬券持ってたんですが、相手がいな くてこれまた強烈!
Sさん

このタイミングでしか出会うことのなかった奇跡
私にとっての伝説のレースは'98毎日王冠です。後に有馬記念を連覇するグラスワンダー。JCを勝ち海外でも結果を出したエルコンドルパサー。そして天皇賞で散ったサイレンススズカ。数ある3強対決の中でもこのタイミングでしか出会うことのなかった奇跡だと思います。
K.Kさん

関連リンク
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ディープスカイの無類の末脚が

ディープスカイとスペシャルウィークが重なって見えて仕方ない。馬体や雰囲気や似ているということではない。ディープスカイは栗毛で派手な流星を携えたグッドルッキングホースであり、ゴムマリのような馬体からは爆発力が溢れている。対して、スペシャルウィークは黒鹿毛のスラリとした薄手の馬体で、まさに究極のマラソンランナーのそれである。姿かたちこそ異なれ、ダービー馬としての後の戦績において、私には両者の姿がダブって見えるのだ。

スペシャルウィークは武豊騎手に初のダービー制覇をプレゼントした後、休養に入り、青写真どおり京都新聞杯で始動した。当然のようにステップレースを快勝したが、必勝を期して臨んだ菊花賞では、セイウンスカイに逃げ切りを許し、まさかの敗北を喫してしまった。続くジャパンカップでも、3歳馬ながらも1番人気に推されたものの、最後の直線でフラついてしまい伸び切れずに3着に敗れた。ファンであった私にとって、3歳の秋の走りは、どうにも不甲斐ないという表現しか見当たらなかった。まだ完成されていなかったというよりも、何かスペシャルウィーク本来の力を発揮できていないように感じていた。

ディープスカイも同じような軌跡を辿っている。ダービーを大外一気の脚で差し切った後、秋緒戦の神戸新聞杯を完勝して復帰戦を飾った。しかし、距離適性が考慮され、菊花賞ではなく天皇賞秋に矛先を向けたところは異なるが、ひと叩きされた本番では、古馬牝馬を相手に3着と敗れてしまった。天皇賞秋は超がつくハイレベルのレースとなったものの、それでも牝馬に追い比べで負けしてしまった走りには少し不満が残った。さらに続くジャパンカップでは、上がりの競馬になり、後方からレースを進めたディープスカイには不利な展開となったが、それでも直線で交わせそうで交わせない末脚に不甲斐なさを感じた人も少なくなかっただろう。

それもそのはず。ダービーを勝つことによる反動は凄まじいのである。ダービーを勝つためには、極限の仕上がりが要求される。目一杯の調教に耐え、レースでは自身の持つ力の全てを使い切るほどでないとダービーを制することはできない。ダービーとは、それほどまでに苛酷なレースなのである。そして、ダービーで全ての力を使い果たした馬を、わずか数ヶ月で再び元の状態に持って行くことは至難の業である。

さらに難しいのは精神面での回復である。極限の状態で苛酷なレースを制した馬は、その後、精神的に燃え尽きてしまうことが多い。それが一時的なものになるか、完全に燃え尽きてしまうかはそれぞれだが、他馬に抜かれまいとする闘争心、苦しくても走り続ける気力が失われてしまうのだ。肉体的な疲労に精神面での燃え尽きも加わって、ダービー馬はダービー後に一時的なスランプに陥ってしまうのである。スペシャルウィークやディープスカイが見せた不甲斐なさは、今から考えれば、トップアスリートの宿命である一時的なスランプだったのだ。

スペシャルウィークとディープスカイの凄さは、そんなスランプの状況においても、厳しいレースの中で格好をつけていたということである。肉体的にも精神的にも、決して良いコンディションではなかったにもかかわらず、自分自身に鞭打ってライバルや歴戦の古馬に食い下がったのだ。スペシャルウィークはジャパンカップ後に一旦休養に入り、完全にリフレッシュされてからは、まるで馬が変わったかのような蘇りを見せた。天皇賞の春秋連覇、ジャパンカップの栄冠を手に入れ、ラストランとなった有馬記念でもグラスワンダーと死闘を繰り広げた。

ディープスカイもジャパンカップ後に休養に入り、今週の産経大阪杯から始動する。あの状態でウオッカとダイワスカーレットに食らい付いたのだから、肉体的にも精神的にも疲れが完全に抜け切った暁には、とてつもない強さを見せてくれるに違いない。日本で天下を獲るだけではなく、スペシャルウィークの果たせなかった海外への道をひた進んで欲しい。昆貢調教師は高松宮記念を勝ったローレルゲレイロを「10年に1度当たるかどうかの馬」と称したが、ディープスカイは何十年に一度の馬なのだろうか。どこまでも伸びゆくディープスカイの無類の末脚が、今から楽しみでならない。

Deepsky_2 by fakePlace

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あなたにとっての伝説のレースは?

Legendrace
Special photo by fakePlace

誰にとっても心に残る伝説のレースがあるはずで、それは一人ひとり違うはずです。そのレースがなぜかいつもあなたの心の奥深くにあって、そのレースの名前を聞くだけで、あの時代のあの日のことが思い出されてしまうようなレース。競馬について話そうとすると、いつの間にか熱く語ってしまうレース。それが名勝負を超えた伝説のレースです。

伝説のレースとなった天皇賞秋の壁紙無料プレゼント企画のアンケートにて、皆さまから教えてもらった「伝説のレース」をここに分かち合いたいと思います。スペシャルウィークとグラスワンダーがハナ差の勝負を演じた有馬記念、ウオッカが勝ったダービーという声も多かったのですが、最も投票の多かったレースについては、私の思い出と共に後日語りたいと思います。どのレースだったかはお楽しみに。


「あなたにとっての伝説のレースは?」

2007年の東京優駿
オグリキャップの有馬記念、サイレンススズカの毎日王冠、近年ではディープインパクトのレースも心に残る大切な思い出ですし、今回の天皇賞(秋)も素晴らしかった。でも、私にとっての伝説のレースは「ウオッカのダービー」です。最後の直線、若さゆえか右に左にヨレて走る牡馬達を尻目にだた一頭真っ直ぐに駆け上がりそのまま先頭を切ってゴールしたウオッカの姿には本当に感動しました。涙が出るほど美しかったし、勇気をもらいました。私事ですが、病気治療中で色々問題も抱えている状況の為、馬達の走りにはいつも励まされている様に思いますが、このレースは格別でした。現在も転移・再発に怯える身ですが、ウオッカの頑張る姿を見る度に、健康を取り戻してライブでレースを観たいと強く思います。
Yさん

2008天皇賞 秋、2007日本ダービー
私は競馬暦が2年程でして、最近のレースになってしまうのですが、どちらもウオッカが素晴らしい勝利で決めてくれたレースで感動しました。ダービーではTVの前でウオッカの単勝馬券を握り締め思わず「ウオッカいけー!」と叫んでしまいました。牝馬のダービー馬誕生、勝利後の四位騎手の皇太子様への礼など素晴らしかったです。天皇賞 秋は、ウオッカとダイワスカーレットの最強馬の対決が本当に楽しみで、ウオッカが勝利することしか考えていませんでしたから、レコード勝ちでウオッカが勝利した時には本当に嬉しかったです。
VODKAさん

昨年のチューリップ賞で初めてウォッカを見ました、そのときなんて綺麗な馬だと思いました。さらに2007年東京優駿は強すぎて感動しまた。私にとっては、ウォッカは最強の牝馬いや、最強伝説作ってくれる馬だと思います。Yさん ディープインパクト勝利の宝塚記念(京都競馬場)理由は初めてのリアル観戦G1でした。
T.Kさん

ローズバドが勝ったフィリーズレビュー
競馬はギャンブルという側面だけでなく、いつも感動&興奮させられています。その中でも特に!!というとローズバドが勝ったフィリーズレビューが僕の中で伝説のレース!?となっています。このレースでは小牧騎手が騎乗し、直線では驚くような末脚で他馬を抜きざりにしました。そしてゴール前、なんと小牧騎手はTVカメラに向かってVサイン!!(笑)ここからローズバド&小牧騎手を好きになってしまいました。ローズバドはその後、惜しいレースが続くものの、結局G1は勝てず…小牧騎手は今年、レジネッタで見事にG1制覇をされました。桜花賞のゴール前でもVサイン見たかったなぁ(笑)

A.Fさん

2007年有馬記念
馬を始めて1年ぐらいしか経たないので正直そこまで多くのレースを知りませんが、そんな僕の中での伝説のレースは昨年の有馬記念です。強豪馬が多くいるなか、スルリスルリと内をついてあっという間に勝ってしまったマツリダゴッホの姿が今でも忘れられません。

T.Tさん

天皇賞『春』ディープインパクト
競馬始めて数年ですので、伝説とはちょっと違うのでしょうが、やはりディープインパクトです。天皇賞『春』ディープインパクトの桁違いの強さに驚愕したことです。S.Oさん 2006年 阪急杯 ブルーショットガン松永幹夫騎手の引退の日で、最終レースに圧倒的人気のフィールドルージュを控え、このレースを勝てば通算1400勝が見えるというレースで、人気のなかった馬が、騎手やファンの気持ちが乗り移ったように直線するすると抜け出して快勝したのが印象に残っています。


天皇賞秋は自分の中で忘れられないレース
競馬を始めてからまだたかが3年ほどしか経っていないので、昔のことは良くわからないのですが、やはり今回の天皇賞秋は自分の中で忘れられないレースになると思います。ウォッカはダービーを制覇してから先なかなか活躍できず、片やダイワスカーレットはウォッカが低迷しているときに最強牝馬としてどんどん名をあげていました。人によって違いはあると思いますがこの2頭の間にはかなり差が出来てしまった、と感じていた人は多かったはずです。 しかし、今回のレースでウォッカは健在であり、また負けたとはいえダイワスカーレットもまた最強であることに疑いようはなく、この2頭が熾烈を極めるレースを観戦できたことは本当に幸運でした。この2頭による伝説がさらに続いていくことを祈ります。

Tさん

競馬の原点
1992天皇賞春オグリで競馬を知り、それ以来、枠・馬連の多数買いばかりしていました。この時だけは違い、直感の様なものが働き、生まれて初めて単勝一点で勝負しました。当時、無敗であるトウカイテイオーを切り的中した瞬間の感動は、今でも思い出すと鳥肌がたちます。初めて、馬・騎手と勝利を分かち合うような感動を覚えました。このレースが自分にとっての競馬の原点です。

NIさん

1997年 天皇賞 春
あのレースほど騎手の腕に痺れたレースはありません。よく田原ジョッキーが1頭、馬を使って勝負が付いたところを狙うと聞いてたので、まさにこのレースを見て、感動したのを覚えております。あのレースはほんと3強が100パーセント力を出し尽くした伝説のレースだと思っております。
Hさん

上村Jの姿が忘れられません
私は競馬をやり始めたのが2007年なので、リアルタイムで過去の大レースを見ていません。ですから最近のレースにはなってしまいますが、今年の天皇賞春とスプリンターズステークスが私の中では印象的です。天皇賞春は父子四代制覇のかかるホクトスルタンが、スプリンターズステークスはスリープレスナイトと上村Jが印象的でした。特にスプリンターズステークスでのスリープレスナイトの強い勝ち方と、ゴール手前でステッキを振り上げた上村Jの姿が忘れられません。伝説というには語弊があるかもしれませんが、ギャンブルを越えた血統ロマンや人間ドラマというのが好きです。
R.Mさん

平成9年の天皇賞・春
ガラスの競馬場でもとりあげていましたが、平成9年の天皇賞・春です。ターバラとマヤノトップガンのコンビ。改めて映像を見ると最近の近代競馬は何?という感じです。今では安勝がこういう競馬をしてくれるのでは?と思っているのですが、最近の負けっぷりが気になります。とにかく、ターバラ・マヤノトップガン。体が震えました。先日の天皇賞もすごかったですが・・・・上記には負けるかなと。
M.Tさん

アストンマーチャンが勝った未勝利戦(GCで観戦)
最終コーナーを周った時(前には逃げていた馬がいたんだけど)マーチャン遊んでいたんですね。その時、鞍上の和田騎手は、前の馬との距離を確認して、後を二度確認してから(左、右)追ったんですが。その時、自然と笑いが込み上げてきて、マーチャンがゴール板を貫けた時には、大笑いしながら[ヨッシャー]と叫んでいました。競馬の厳しさを知らない仔馬が見せた圧倒的なパフォーマンスが、私の心に今も暖かさを灯しています。
K.Kさん

外から風が吹いた
競馬歴が浅い私の中では一昨年の菊花賞ですね。今でも携帯の待ち受けにしていますし(笑)メイショウサムソンの3冠か、ライバルのドリームパスポートか、はたまた武豊のアドマイヤメインか。戦前から楽しみにしていました。思えば、私はこの年からクラシックのレースに最初から最後まで参加し始めたわけです。レースでは「高田の分も勝つ」といっていた横山騎手が直線抜け出したところを更に外から風が吹いたところがゴールでしたね。 簡単には勝てないし、何が起こるかも分らない。改めて競馬の魅力に触れたような気がしたレースです。前哨戦含めたレース前からの攻防からレース後までクラシックは夢でありドラマなんだなぁと感じたのを思い出します。長くなりましたが、魅力がたっぷりだった2006年の菊花賞が私の伝説のレースですね。ドリームパスポートは種牡馬になれませんでしたが、オグリキャップみたいに長くファンに愛され続けてほしいと願うばかりです。

94年の有馬記念
ナリタブライアンの94年の有馬記念です。僕の中でナリタブライアンはディープインパクト、ビワハヤヒデとの兄弟対決が見られなかったのは残念でしたが、2着のヒシアマゾンといいとんでもない化け物世代だと思い知らされたレースでした。
S.Hさん

グラスとスペシャルウィークの有馬
今回もそうですが、競り合いとなると「ブライアンとトップガンの阪神大賞典」多少おとりますが、グラスとスペシャルウィークの有馬。リアルで生きてたなら直ぐにテンポイントとトウショウボーイの有馬記念などでてくるのでしょうが。(本当にマッチアップで驚きました)独走となると「セクレタリアトのベルモント」「テスコガビー」「サイレンススズカの金鯱賞」「クロフネのダート」になります。
H.Yさん

「生っぽい」ウオッカに惚れました
実は、真面目に競馬を見るようになったのは、ここ最近という初心者ですので、あまり含蓄の深い内容は申し上げられないと思いますが…やはり、先日の天皇賞(秋)でしょうか。動物好きが転じて競馬の世界に入ったので、ギャンブルというより馬に対しての思いになってしまいますが。安定しない成績、牝より牡相手の方が結果を残すという、完璧ではないけれどやるときはやる、そんな「生っぽい」ウオッカに惚れました。そのため、最近のレースということもありますが、2センチの接戦は心に残っています。牝馬のダイワスカーレット相手に、大舞台でよくやった!とも思います。
Aさん

第57回日本ダービー
私が初めて競馬場に足を運んで見たレースがこのダービーです。まだ競馬のけの字も知らない時でしたがその当時の雰囲気と興奮、そして何とも言えない余韻。もうあれから18年も経ちますがまだ色褪せない残像が頭の隅に残っています。ラップを見るようになってからこの日本ダービーを見直してみると本当に凄いレースだったということがよく分かります。残り1000mから仕掛けてラストはほぼ止まっているものの凌ぎきったレース。向正面からアイネスフウジンと中野がなかなか戻って来なかった理由がはっきりわかります。多分、余力はなくもうからっぽだったのでしょう。その状況にもどかしくなったファンと冷めやらぬ興奮、そんなところから自然発生となった「あの中野コール」19万人の中の一人だったことは私の競馬人生で一番の誇れることだと思っています。Yさん トウカイテイオーの勝った有馬記念競馬というものを始めて初めてのグランプリでした。結果的に最後のレースになってしまいましたが長期休養明けの1年ぶりの復帰レースを勝ったということがなによりも感動というか凄さを感じました。
Eさん

1997年の天皇賞(春) 
それまで前目でレースをしていたマヤノトップガンがサクラローレルやマーベラスサンデーよりも速い上がりで差しきった乗りかたで田原にびっくりさせられた。
Aさん

1999年凱旋門賞
スタート直後から日本馬エルコンドルパサーが果敢にハナを奪い、4コーナーでも抜群の手応え。直線半ばでさらに後続を突き放し、欧州以外の調教馬による初の凱旋門賞制覇がいよいよ現実味を帯びた時、何かに導かれるようにモンジューの前が開き、圧巻の末脚で追い込んでくる!結果はモンジューが半馬身差し切り勝ち。。。負けはしましたが、日本が世界へ確実に近づいていると感じさせてくれたレースでした。

テンポイントの悲劇があった日経新春杯
悲しいことですが、テンポイントの悲劇があった日経新春杯です。あの日、祖母宅からの帰りの電車の中で、チラチラと降ってきた雪に馬場が凍って、テンポイントが故障しないといいけどな……とふと思ったんです。その時、レース中に骨折したハマノパレードという馬の事も思い出し、妙に胸騒ぎがしました。帰宅後、日経新春杯を見たら……。当時まだ純粋な女子高校生だったので、立ち直れないくらいショックでした。

1989年プリークネスステークス
サンデーサイレンスとイージーゴーアの叩き合いです。完全に2頭が抜けた存在だったとしても、その2頭が直線ずっと叩き合いを演じるレースは珍しいと思います。3コーナー過ぎから、待ちきれずにイージーゴーアが先頭に立ち、サンデーサイレンスも4コーナーから並んで、何度も馬体を併せて、お互いに引かないまま、ゴール前でわずかにサンデーサイレンスがハナ差抜ける。歴代のスターホースと比べたら、それは色あせるかもしれませんが、競馬って凄いものなんだと思ったのは、あの映像を見てからです。もしかしたら、競馬はこういうレースを生むために、日々行われているのかもと感じたりしました。サラブレッドの意味通りに。血統的な背景(物語)も合わさって、より印象を深くしているかもしれません。あとは、やはりディープインパクトの若駒ステークス。軽く追っただけで異次元の走りをしたレースは、ベストレースではないものの、衝撃的なレースと思います。
K.Yさん

2008天皇賞秋
文句なしに心と体が興奮し、そして満たされたから。
K.Sさん

96年の阪神大賞典
ブライアンとトップガンの一騎打ちです。明日の3代ダービー馬対決も伝説になるかと思いますが、当時の年度代表馬対決も素晴らしかったです。復活にもがき苦しむブライアンと飛ぶ鳥を落とす勢いのトップガン…。一時はルドルフを超えたと讃えられた最強馬ブライアンの意地と執念での勝利。怪我がなかったらどれだけ強かったのだろうとあのレースを見て思いましたし、4コーナーを2頭で回ってきたときのあの興奮!これが競馬の醍醐味か!!と現地で鳥肌をたてたのを鮮明に覚えています。競馬を始めたころにああいうレースに出会えると長く競馬を楽しめるようになりますね。治郎丸さんにとっては、オグリの有馬記念だと思いますが、是非次点も聞かせてくださいね。
ONIONさん

ネオユニヴァースのダービー
ウイニングランが心に残ったから

2007年の日本ダービー
ウオッカ本命で現地で観戦していたため。

94年のダービー
馬券的な意味では、94年のダービーですね。ナリタブライアンとエアダブリンの馬連1点を5000円持っていました。これほど自信を持った1点勝負は先にも後にもこれだけです。
M.Yさん

第44回有馬記念
グラスワンダーとスペシャルウィークとの名勝負。騎手武と的場の名勝負 これはいいレースだとか、応援してた馬がいい形で勝てたとか、見事な復活劇をかざってくれたとかいろんな場面で、何度も競馬を見て感動したんですが、やはり、僕の中での伝説のレースは99年の有馬記念でしょうかね。当時、僕は的場騎手のファンでありグラスワンダーでのファンでもありました。あの年の春、抜群の安定感で春の天皇賞を制覇しその後に海外遠征を控える同期のダービー馬スペシャルウィークを一瞬で突き放した宝塚記念をみた時は、戦慄を覚え、エルコンドルパサーに勝つのはこの馬しかいないと思いました。しかし、その秋調整がうまくいかずJCを回避し有馬記念でも大幅なプラス体重での出走、かたやライバルのスペシャルは天皇賞、JCを制し秋の古馬の王道三戦を完全制覇に磐石の態勢でした。宝塚記念とは逆に、今回はスペシャルにマークされる形になり苦しい展開になり、最後も外から力強く伸びてきたスペシャルに交わされたと思いました。しかし、グラスと的場さんはあきらめていなかったのか3センチだけ、スペシャルをしのぎきり見事グランプリ3連覇という偉業を達成しました。当時のチャンピオンに勝ち、後のチャンピオンホース、テイエムオペラオーも寄せ付けない見事なレースでした。そう思えばこれは、今年の天皇賞に似てますね。ディープスカイを競り落とし、チャンピオン2頭の大激戦。違うのは、今回は僕が応援していたダイワスカーレットが負けたことでしょうかww
Michaelさん

有馬記念(1999年)
私の伝説のレースは、グラスワンダー4歳の有馬記念(1999年)です。捲り上がったグラスワンダーとスペシャルウィークの叩きあい、そして一度止まったか!と思った後の二枚腰(と友人と私は言ってます)でスペシャルウィークを挿し返した気迫。そしてその2頭に迫るテイエムオペラオー。今でも、最も心に残るレースです。そういえば、今回の天皇賞になんか似てるような。来年は、ディープスカイがテイエムオペラオーみたいになるんじゃないでしょうか。
Lupinさん

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寸止めの美学

Sundome02なぜ安藤勝己騎手がこれほどまでに馬を走らせられるかというと、それは馬の気持ちが分かるからである。もちろん、他のジョッキーも馬の気持ちは分かるのだろうが、安藤勝己騎手はそれ以上に深く分かるということだ。技術的には他の一流騎手と大きく変わることはないのだが、馬の気持ちが分かるという極めて曖昧な部分で、安藤勝己騎手は大きく秀でているのだ。

ところで、昨年の天皇賞秋のゴール前、ウオッカとディープスカイの壮絶な叩き合いに、内から食い下がるダイワスカーレットを駆った安藤勝己騎手が、ゴール板手前の最後の一完歩で追うのをやめてしまったことについて批判の声が上がったらしい。ウオッカとの着差がハナである以上、もし安藤勝己騎手が最後までしっかりと追っていれば、せめて同着もしくは逆転の目もあったのではないかということだ。確かに目を凝らしてゴール前を見ると、そう見えなくもない。あと一完歩、手綱をしごいていれば、結果は違っていたのかもしれない。

しかし、安藤勝己騎手はそうはしなかった。交わされたと思ったから追うのをやめた、という意見もあるようだが、そうではないだろう。神の視点を持つ百戦錬磨のジョッキーが、天皇賞のようなレースで、そんなボーンヘッドをやらかすはずがない。

ふと、2003年のスプリンターズSのことを思い出してしまった。ゴール前で一瞬追うのをやめたように見えたあのレースで、デュランダルにハナ差で差されてしまい、ビリーヴの引退レースを飾ることが出来なかった。あのレースの後も、最後までビッシリと追っていたらという批判があった。「最後は止まってしまった。引退レースを飾らせてあげられなくて残念」とだけ安藤勝己騎手は言葉を残した。つまり、馬が止まってしまったから追わなかった、あそこから追っても追わなくても変わらない。ただそれだけのことだ。

Sundome by M.H

いや、それだけではないのかもしれない。安藤勝己騎手が止まってしまっている馬を最後まで追わないのには、もっと深い思想があるのではないか。たとえばダイワスカーレットの天皇賞秋を考えてみると、もしあそこで追って勝っていたとすると、有馬記念での究極の走りは見られなかったのではないか。7ヶ月の休み明けで、レコードラップを自ら刻み、最後まで走り切ってしまえば、どんな馬でもサラブレッドとしての限界を超えてしまうだろう。ましてダイワスカーレットは牝馬である。ビリーヴについても同じで、繁殖牝馬としての未来があるからこそ、あそこで最後の一滴まで搾り取らない選択をしたのだろう。

賛否両論はあると思うが、安藤勝己騎手は常に馬の気持ちを優先して乗っているのだ。馬の気持ちが分かるからこそ、限界に達して悲鳴を上げようとしている馬たちを、勝つ格好を付けるためだけに最後まで追ったりはしない。安藤勝己騎手ほどの技術を持っていれば、その馬の限界を超えさせて、目の前のレースだけを勝つことぐらい朝飯前である。しかし、そのことによって馬が肉体的にも精神的にも壊れてしまえば、元も子もないだろう。馬に100%の力を出し切らせることは騎手の使命だが、100%を超えさせてはならない。馬の呼吸を聞き、全身から語りかけてくる心の声に耳を澄ませなければ、その境目は分からないだろう。安藤勝己騎手の寸止めには、まさしくジョッキーとしての美学があるのだ。

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安藤勝己VSルメールの対談を読んで(後編)

最後に、JRAとフランスにおける処分や降着制度の違い、そしてレースの厳しさについて2人は語る。

安藤勝己
「制度についていえば、JRAも来年度処分についての規定が変わる。その内容には、向かっている方向が違うんじゃないかと思うものがある。フランスでの処分や降着制度はどうなっているの」

ルメール
「日本とは少し違います。レース中に寄って行ったことなどはあまり問題にはなりません。日本では降着になるようなケースでもね」

安藤勝己
「そうだろうね。今年の凱旋門賞なんて、ユタカちゃんは全然競馬をさせてもらえなくて、だけど審議にもならなかったでしょう。あれがふつうなわけでしょう。日本は安全だけど、周りに気を遣うばかりで競争をしている感じじゃない。よその国に行ったら、それじゃ間に合わないよね。そういうところから来ているんだから、外国人ジョッキーにしたら日本の競馬はラクだろうね」

ルメール
「フランスに比べると、とてもイージーです(笑)。ぶつけられたくなかったら外に行けばいい」

安藤勝己
「ああ、そうか。フランスで乗るためには、ふだんからそういう競馬をしていないと難しいということだよね」

ルメール
「ええ。すごくタイトで、スペースのない競馬です。ただ、それはすごくいい経験になると思いますよ」

安藤勝己
「いい経験にはなっても、勝てないでしょう(笑)」

ルメール
「(笑)でも、僕自身はフランス競馬が好きです。そこで闘ったあとに日本へ来ると、やっぱり乗りやすい(笑)。気持ちも開放されるし、調教師の指示もないのでやりやすいし、日本のレースはいつも多頭数だからたくさんのチャンスに繋がりますしね。たとえばG1だと16頭が当たり前に走りますけど、フランスはたった5頭だったりするんです。なぜ日本の騎手は外国に行って騎乗しないのですか。僕には理解できません」

安藤勝己
「行ったって、乗せてもらえないでしょう。もし僕が調教師だったら、やっぱり地元の騎手に乗せるよ。ああいう競馬なら当然、そこに合った競馬をしないといけないからね。地方競馬も、今は中央競馬に倣って変わってきたけど、昔は勝つためには厳しい競馬で当然だった。日本の競馬はだんだん変わってきてしまったと思う。寂しいよ」

「寂しいよ」という安藤勝己騎手の言葉に、全てが集約されていると私は思う。勝つための「厳しさ」が、いつのまにか「危険」にすり替えられ、安全安心に乗ることだけが求められる。勝ちに行けば危ないと罵られ、知らないところでありもしない誹謗中傷をされる。あれもダメ、これもダメでは、勝つためにジョッキーはどうすれば良いのか。ただ馬に掴まって回ってくるだけであれば、ジョッキーはただのギャンブルの駒に成り下がってしまう。郷に入っては郷に従え、中央では中央のルールがあるのだから仕方ないと言ってしまえばそれまでだが、それではあまりにも寂しすぎる。

安藤勝己騎手がダイワスカーレットで桜花賞を勝った時、直線でウオッカの顔を鞭で叩いたという風の噂が広まったことがあった。あまり大きな声では言えないが、ジョッキーは鞭をそのような目的で使うこともある。相手の顔を叩くという意味ではなく、抜かされまいとして鞭を振るって威嚇するのである。中には、進路が開いているように見せかけて、そこに入ってきた馬の顔面にわざと鞭を振り下ろすようなジョッキーもいるかもしれないが、そこまで行ってしまうと、勝つための「厳しさ」ではなく「粗暴」な行為である。安藤勝己騎手は断じてそのようなことはしない。

しかし、後ろから追い上げて来た馬を、コーナーリングを利用して外に張るぐらいのことは平気でやる。自分が乗っている馬が大柄な牡馬で、相手の馬が小柄な牝馬であれば、馬体をぶつけるように併せに行くこともある。直線を向いて、1頭分しかスペースがなく、そこを通らないと勝てないと判断した場合は、容赦なく馬を突っ込ませるだろう。危険を伴うのかもしれないが、勝つためには必要な厳しさである。ジョッキーは、生産牧場から育成場、厩舎へと渡ったバトンを最後に受け取るアンカーである。だからこそ、命がけで勝つことを求められる。人の命が掛かっているからという論理はジョッキーの世界には通用しない。

少し話が逸れたので元に戻すと、レースにおける安全さばかりを求めると、最終的には自分たちの首を絞めてしまうことにつながるのだ。特に問題になるのは、レースにおける各馬の走る間隔だろう。これはかなり前から言われ続けてきたことだが、競馬先進国とされる欧米などに比べ、日本の競馬ではレースで馬と馬との間にスペースを開けて走らせすぎる。コースロスに対する意識が低いことが最大の原因だが、その上、危険を伴うとなればわざわざ身を削ってまで間隔を詰める意味はない。そもそも、内の馬にピッタリと併走させるだけの馬を御す技術にも欠ける。そのような競馬を続けて来たジョッキーが、突然厳しいレースの中に放り込まれて勝てるはずがない。日本でトップクラスの実績と技術を持った武豊騎手でさえ、海外のビッグレースでは競馬をさせてもらえないのだ。

今だから言おう。メイショウサムソンで負けた昨年もそうだが、あのディープインパクトで臨んだ2006年の凱旋門賞こそ典型である。好スタートを切って、内から最高のポジションを取れたはずの武豊ディープインパクトは、馬群に閉じ込められるのを嫌い、レースの流れを遮り、馬のリズムを崩してまでも、外に馬を出した。普段から厳しいレースをしていなかった武豊騎手とディープインパクトが、安心安全を求めて、日本と同じような競馬をしようとしたのは必然と言えば必然である。ただ、それでは凱旋門賞は勝てない。決して武豊騎手やディープインパクトを責めているわけではない。日本の馬は強くなり、日本人ジョッキーも少しは上手くなったが、それもまだ幻想に過ぎないということだ。昨年のスミヨン騎手とザルカヴァの凱旋門賞を観ればそれが分かる。

もちろん明るい光もある。これまで述べてきたことと矛盾するようではあるが、安藤勝己騎手のように地方から這い上がってきたジョッキーや、ルメール騎手のような外国人ジョッキーに刺激を受けて、少しずつ日本の競馬も変わってきている。先輩騎手に遠慮することなく勝ちに行ける若手ジョッキーが少しずつ現れ、中堅、ベテランジョッキーも勝ちに行かなければ勝てないと自らを動かしつつある。日本のジョッキーたちの意識が少しずつ変わりつつあるのが私には見える。いつまでもポッと来日した外国人ジョッキーに簡単に勝たれてばかりではならないだろう。世界との間には、まだまだ大きな溝が存在する。それでも、少しずつでも、その溝を埋めて行こうではないか。

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安藤勝己VSルメールの対談を読んで(中編)

続いて、ルメール騎手に対する、安藤勝己騎手の技術論に話は及ぶ。

安藤
「彼はバランスがいいのかな。馬に対してのあたりも違う。真似しようなんて思っていないけど、持って生まれたものが違うような気がします」

ルメール
「僕自身、それは分からないけど、いいコンタクトを馬に対して取っているとは思います。馬の気持ちを感じる力があるというか…手や体で感じる感覚的なことだから説明するのは難しいな」

安藤
「僕も馬の気持ちは分かるような気がする。だけど、いい位置を取ろうとすると掛かったりする。それを外国人ジョッキーは自由に操れる。彼らの、日本人ジョッキーより優れているところだと思う。何かしら、違う部分を持っているような気がします」

安藤勝己騎手の言う“持って生まれたもの”とは、つまり練習とか訓練によっては乗り越えることの出来ない技術のことである。技術には目に見えて習得できるものとそうでないものとがあって、てっぺん(頂上)の世界では後者の有無が勝敗を隔てる。たとえば同じ馬に2人の異なるジョッキーが乗ったとして、ひとりが跨った時は全く動かず、もう一人が跨った時には別馬のように動く。客観的には同じように乗っていても、何かが違う。両者の間には、持って生まれた技術の違いが厳然と横たわっているのである。

その最たるものとして、「引っ掛からずに良い位置を取りに行けること」を安藤勝己騎手は挙げる。ジョッキーであれば誰しも、レースを有利に進められるポジションを取りたい。しかし、ほとんどのジョッキーはそれが出来ない。良い位置を取るために馬を無理に動かすと、馬に余計な気合が入ってしまい、抑えが利かなくなってしまう。たとえ良い位置は取れても、道中は馬とずっと喧嘩し通しで、直線に向いた時には既に手応えは残っていないという羽目に陥ってしまうのだ。もう少し具体的に言うと、「脚を使わせないように先行する技術」と「馬を抑える技術」がなければ、ただ前に行っただけで終わってしまうということである。

安藤勝己騎手自身も、一昨年あたりから、今まで以上に馬をコントロールする乗り方をするようになった。日本のジョッキーによくある長手綱ではなく、ハミをガッチリと掛けながら馬を御す外国人ジョッキーのスタイルを目の当たりにして、刺激を受けたからだという。ドリームパスポートで引っ掛かって2着に破れてしまった阪神大賞典のような失敗はあっても、ダイワメジャーやダイワスカーレットなどをしっかりと御して、それ以上の大きな成功を導いた。進化を遂げた安藤勝己騎手でさえ、外国人ジョッキーは馬を自由に操れるという点において優れていると言う。

ルメール騎手がハーツクライで勝った有馬記念やリトルアマポーラで勝ったエリザベス女王杯は、まさにその典型的なレースである。これまでずっと追い込んでいた馬を先行させるのは、私たちの想像以上に難しい。スタートから馬を出して、いい位置を取りに行っているのだが、決して無理をして脚を使ってはいない。また、いつもとは違うリズムに戸惑う馬をガッチリと抑えて流れに乗せている。馬を御す技術、つまり「脚を使わせないように先行する技術」と「馬を抑える技術」があるからこそ、前に行っているにもかかわらず、いつもと同じだけの差し脚が残っているのである。

平成17年有馬記念

ディープインパクトが唯一国内で敗れた衝撃のレース。
ルメール騎手の「脚を使わせないように先行する技術」と「馬を抑える技術」に注目。

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ジョッキーを夢見る子供たち

Jockeywoyumemiru01フランスで唯一の国立の騎手・厩務員養成の寄宿学校「ル・ムーラン・ナ・ヴォン」には、ジョッキーになることを夢見て誰もが入学してくるが、本当に夢を実現させるのはほんの一握りだけ。しかも、その中でもトップジョッキーとなれるのはまた一握り。厳しいという言葉だけでは表現できないほどの淘汰の世界で、それでもジョッキーを目指して3年間を過ごす、14歳の個性的な少年3人の青春を追ったドキュメンタリーである。

教官「素早く走らせろ。ただし脚は使うな」
少年「どういう意味だ?」

馬を走らせる訓練の中、少年は教官からこんな指示を受ける。当然、少年は教官の言葉の深い意味など知る由もない。素早く走らせなければならないにもかかわらず、脚を使ってはいけないという、まるで禅問答のような、矛盾を孕んだアドバイスに困惑する。しかし、その矛盾を乗り越えられた者こそが夢を掴むのだ。ある者は、生まれ持った素質を生かしてその矛盾に立ち向かって行く。ある者は、矛盾を抱えながら自分の目指している世界を疑い始める。ある者は、矛盾に押し潰されそうになりながらも好きだからこそしがみついていく。最後には誰がチャンピオンになるのか、誰も分からない。

映画のワンシーンで、昨年の暮れにエリザベス女王杯とJCダートを制したフランスのクリストフ・ルメール騎手が登場する。騎手の卵たちが凱旋門賞を観戦に行った際に、あこがれのトップジョッキーにサインをしてもらう場面である。かつてペリエ騎手が、フランスではジョッキーなどほとんど無名なので街を歩いていても誰も気づかない、と語っていたことを思い出した。これだけの伝統に支えられたフランスの競馬でもそうなのかと落胆した記憶がある。それでも、ジョッキーを目指す少年たちにとって、凱旋門賞に騎乗するようなジョッキーは憧れの存在なのである。少年は憧れを通して成長する。

ドキュメンタリーという性格上、私たちの心を躍らせる感動のラストシーンやどんでん返しなどは用意されていない。そこにあるのは、小さな挫折であったり、儚い恋心であったり、眠さと戦う少年たちの精神や肉体であったりする。そんな一つひとつのシーンを通して、私たちは自分たちがかつて乗り越えてきた(もしくは乗り越えられなかった)試練を思い出しながらも、これからの少年たちの未来を応援する。そして、いつしか私たちは自分自身の未来を応援していることに気が付く。自分の子どもの未来を応援する人もいるだろう。私たちはいつまでも夢を追い続ける少年なのだ。1等賞になれなくても、人生は続く。

■「ジョッキーを夢見る子供たち」オフィシャルHPはこちら
Jockeywoyumemiru
現在、渋谷でしか上映されていないのは残念ですが、
オフィシャルHP内の「STORY」をご覧頂くだけでもかなり堪能できると思います。

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安藤勝己VSルメールの対談を読んで(前編)

競馬ブックで毎年恒例の「新春ジョッキー対談」にて、ルメール騎手と安藤勝己騎手がフランスと日本の競馬の違いについて語り合った。その対談の内容が、日本競馬の現状を鋭く指摘していて非常に面白かったので、ここに紹介したい。

まず、日本の調整ルームについて話が及ぶ。

ルメール
「フランスにはレース前日から入らなきゃいけない調整ルームはないし、レース当日のジョッキールームではお互いにライバル同士なので、フレンドリーな感じにはなりません。それに、ジョッキー同士がふだん一緒に時間を過ごすことはあまりないんですよ」

安藤
「その感覚は分かるような気がする。プロなら本来、そうあるべきだろうね。日本はふだんから一緒にいるから友達みたいな感覚がけっこうある。僕は、フランス型の方がいいな」

ご存知の方も多いので詳しくは説明しないが、日本の調整ルームには、原則としてレースの前日の18時までの入室が求められる。調整ルームにいる間は、外部との連絡は一切禁止である。何をしているかというと、当然、各自の好きなことをしているのである。競馬新聞を読んで明日のレースに備えるジョッキーもいれば、小説を読んだり、音楽を聴いたり、テレビを観たり、ゲームをしたりする者もいる。そのような状況の中、プロフェッショナルであると同時に、彼らも人間であるから、ジョッキー同士が一緒に話したり、遊んだりすることがあっても自然だろう。

そのようなシステムに対して、安藤勝己騎手は違和感を覚えている。日本の調整ルームがダメということではなく、プロとしてはフランス型の方が良いのではないか。その理由として、以下のように語る。

安藤
「そうね。それに、日本では先輩後輩がいつも一緒にいて、その人たちが一緒にレースに乗る。上下関係がレースのやりにくさを生み、若手が伸びないことにつながっていくような気がする。レースでは本来、先輩も後輩も関係ないはずだけどね。フランスではどうかな?」

ルメール
「フランスではいつも一緒にいますよ。レースは毎日あるからです(笑)。ただ、人間関係は違う。ゴルフや野球を一緒にしたりしないし、レース中は相手が先輩であろうが後輩であろうが関係ない。だって闘いの場ですから。レース後にジョッキールームで話す時は、相手の年齢に合わせた話し方をしますけどね」

安藤
「やっぱり、そっちの方がいいな。外国人の方が総じて明るいしね。調整ルームにしたところで、なくしたほうが若手が伸び伸びやれるような気がする。」

レース中に上下関係がどのようなやりにくさを生むのかという疑問はさておき、それによって若手が思い切ったレースが出来ないというのであれば、それは大きな問題だろう。本来闘いの場であるはずのレースで、勝ちに行かず、ただ回ってくるというレースを繰り返してしまう若手ジョッキーの将来は決して明るくない。調整ルームの存在が(もちろんそれだけではないが)、ジョッキー間の上限関係を増長し、若手ジョッキーの成長を阻むだけではなく、レースそして競馬そのものをつまらなくしている可能性があるのである。(続く→)


関連リンク
「競馬ブック」:異色対談・安藤VSルメール

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変わってゆくことだ

今年の6月8日、ディープインパクトの顕彰馬選出記念セレモニーを見るため、私は府中競馬場にいた。ディープインパクトが飛ぶように私の人生を駆け抜けてから、気が付けば1年以上の歳月が経っていた。久しぶりに当時の日記を読み返してみると、そこには恥ずかしいくらいに感情的になっている私がいた。凱旋門賞前後のあの熱い思いが蘇ってくるようだった。


Deepimpac01


2006年10月1日 
ディープインパクトが凱旋門賞を勝つことは難しいだろう。競馬を知っている者であればあるほど、その難しさは分かる。なぜ難しいかというと、それがヨーロッパナンバーワンを決める凱旋門賞だからである。ディープインパクトの背負う斤量や、間隔が開きすぎたローテーションなどの問題ではない。それらは凱旋門賞という戦いの意味を考えれば、ごく僅かなことでしかない。凱旋門賞はヨーロッパの舞台で争われる、ヨーロッパ最強馬を決する戦いなのである。

日本の競馬とヨーロッパの競馬では、最強馬に求められる資質が違ってくる。具体的に言うと、日本の競馬はスピードや手脚の軽さ、瞬時にスピードを爆発させる激しいながらも鋭敏な気性が求められるのに対し、ヨーロッパの競馬ではスタミナやパワー、我慢強さ、最後まであきらめない集中力を必要とされる。

つまり、ヨーロッパの最強馬は日本の最強馬ではなく、日本の最強馬はヨーロッパの最強馬ではないということである。極端に言うと、日本で活躍できたディープインパクトの資質が、ヨーロッパではマイナスの資質に転化してしまうこともあり得るのだ。

さらに言うと、ヨーロッパの最強馬は、ヨーロッパの最強馬たちの「血」を脈々と受け継いで誕生している。ヨーロッパ競馬の歴史が培ってきた「血」の凝縮が、凱旋門賞という舞台で爆発して、その「血」がさらに受け継がれていく。これだけ世界が小さくなった現代においても、競馬とはその「地」に適した種牡馬が最強馬を生み出していくという、「血」の局地戦であることは否めないだろう。強い馬はどこに行っても強いという考え方は、「血」と「地」を軽視した、あまりにも傲慢な発想なのである。

それでも、たとえ傲慢と言われようが、ディープインパクトには勝ってほしいと思う。

理由なんてどうでもいいのだ。


Deepimpact02


2006年10月2日
ディープインパクトの敗因について、今さら述べる必要もないだろう。今回の凱旋門賞に限っては、戦いが終わってから敗因を挙げることには全く意味がない。なぜなら、そんなことは戦前から誰もが分かっていたことだからだ。あれだけから騒ぎをしたマスコミが、負けたとなるや敗因を口にするのは、当事者でない私でも腹が立つ。「よくやった」と褒め称えるだけでよいのではないか、と個人的には思う。まあ、そんなことはごく些細なことではあるが。

それよりも、私が最も恐れるのは、今回の敗戦によって、「ディープインパクトをもってしても世界の壁を破ることが出来なかった」という結論に達してしまうことだ。

そもそも、世界の壁とは何なのか。かくいう私も錯覚していたのだが、凱旋門賞を世界一決定戦と位置づけてしまうこと自体に大きな問題がある。凱旋門賞はヨーロッパ一を決定するレースかもしれないが、決して世界一を争うレースではない。

ヨーロッパと日本の競馬は全くもって別物である。それぞれの土俵で求められている資質が違う以上、どちらが最強ということはない。戦う場所が異なれば、勝者も違ってくるのだ。ここを取り違えてしまうと、日本近代競馬の結晶であるディープインパクトの敗北という悲観論に達してしまう。日本競馬のレベルが既に世界に追いついたことが明らかな今、凱旋門賞を最終目標に据えてしまうこと自体がナンセンスである。日本の最強馬が凱旋門賞を制することによって世界の最強馬となる、というマッチョな思想からは、悲劇の結末しか生まないだろう。

私たちは堂々と胸を張って、ディープインパクトの健闘を称えるべきなのだ。

競馬はまだまだ社会的には傍流にすぎないが、今回は大きな注目もあった。そんな中、私たちはディープインパクトが無事に出走できるよう祈り、その走りに一喜一憂することができたのだ。もしかすると自分たちもが認められるかもしれないその日を待ち望み、心をひとつにディープインパクトを応援できた夢のような日々を、決して私は忘れない。


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2006年11月25日
ディープインパクトの動きが、ここに来て一変している。先週今週とDWコースで見せた動きは、まるでかつて走ることを楽しんでいたディープインパクトのそれであった。ひと言で言うと、ディープインパクトに走る気が戻ってきているのだ。おそらく、フランス遠征により環境が変わったことが、良い刺激になったのだろう。馬にとってはストレスの少ないフランスでの生活が、ディープインパクトに再び英気を養わせたに違いない。

一連の問題については、私たちの過度な期待と注目が引き起こしてしまった部分も少なからずあるのではないかと個人的には思う。いずれにせよ、これから二度と同じ誤りを繰り返さぬよう、事実は事実として受け入れるべきである。

だからといって、ディープインパクトにとって、今回のジャパンカップが汚名を払拭するための戦いになるとは決して思わない。

ディープインパクトは、もはやそういう低い次元で走る馬ではない。


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2006年12月24日
最後の有馬記念は、ウインズ広島から駅に向かう地下道にあるオーロラビジョンで観た。普段は競馬など観ないであろう人々も皆、足を止め、ディープインパクトの最後の走りを見守っていた。こんなにも多くの人たちが競馬に関心を示してくれていることが、まるで自分が認められたかのように嬉しかった。スタートが切られ、各馬が1周目にスタンド前を通り過ぎる時点で、不覚にも涙が出てきた。それは幸福の涙であり、また癒しの涙であった。言葉にならない感情たちが、涙となって溢れ出てきたのだ。

ディープインパクトについて語ろうと思えば思うほど、なぜか言葉にできない。ただの馬ではないかと思われるかもしれないが、私にとってはただの馬ではなかった。日本の競馬だけではなく、私自身の人生も、この2年間で大きく変化した。転勤先で無我夢中に働き、楽しくも孤独な夜を過ごした。結婚し、新しい生命の誕生もあった。ディープインパクトを通じて、いろいろな人たちと出会うこともできた。そういえば、今の妻と初めて競馬場に行ったのも、ディープインパクトのダービーだった。ディープインパクトの走りは、まるで挿絵のように私の人生を彩っている。


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2008年6月8日 ディープインパクト顕彰馬選出記念セレモニー
もしディープインパクトが凱旋門賞に勝つようなことがあれば、競馬が変わっていたかもしれないと今でも私は思っている。青臭いと言われてしまえばそれまでだが、競馬のスポーツとしての素晴らしさを、まるで野球やサッカーをそうするように、自然と語ることのできる日常がすぐそこまで来ていると思い、私は夢のような日々を過ごしていたことを思い出す。

残念ながら私たちの夢は叶わなかったが、それでもディープインパクトやその関係者たちが果たした、日本の競馬に対する功績は計り知れないほど大きいはずである。ディープインパクトに対する感謝の気持ちは、あまりにも大きすぎて言葉にならない。どうすれば、私はこの気持ちを伝えることが出来るのだろうか。ディープインパクトのいない府中競馬場で、そんなことを考えた。

アラスカの地を冒険した写真家である星野道夫さんによる、こんな詩がある。

「いつか、ある人にこんなことを聞かされたことがあるんだ。

たとえば、アラスカのこんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?」「写真に撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、いや、やっぱり言葉で伝えたらいいのかな。」「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって。・・・・その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって。」(「オーロラの彼方へ」)

ディープインパクトが教えてくれた競馬の素晴らしさを、同時代に生きた私たちは、伝えていかなければならない。ディープインパクトという偉大なる挑戦者と共に生きた、あの夢のような日々を伝えていかなければならない。そのためには、自分が変わってゆくことだ。ディープインパクトの走りを見て、感動した私たちが、変わってゆくことだ。


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オグリに会いたい

天皇賞秋は心に残るレースであった。心に残る伝説のレースはたくさんあるが、あえてひとつだけと言われれば、1990年の有馬記念を選ぶ。ちょうど私はこの年から競馬にのめり込み、その年の暮れの有馬記念が、そう、あのオグリキャップの引退レースであった。

この有馬記念は後楽園のウインズで見ていたが、歩くスペースがないくらい、今では考えられないほどの競馬ファンが押しかけていた。この時のオグリキャップは、前々走の天皇賞秋も前走のジャパンカップも惨敗を喫していて、専門家筋ではもうオグリは終わったと言われていた。あのオグリキャップがなんと4番人気であった。

身動き取れない状況の中、モニターでレースを見たのだが、オグリキャップの手応えが道中ずっと良い。3コーナーを回るあたりから、皆それに気付き始めて、4コーナー手前で誰かが我慢できずにポロっと、「オグリだ…」とつぶやいた。そうすると、堰を切ったように、「オグリだ…、オグリだ…」と山びこのように連鎖していき、直線で先頭に立ったときには、誰もが、「オグリー!オグリー!」と叫び、勝ったときには「オグリが来た、オグリが来た」と皆、大喝采、大興奮。中には放心状態の人もいた。今までに味わったことのない、体が震えるようなドキドキを私は体験した。もちろん、オグリの馬券は買っていなかった。それでも、競馬ってスゴイ…、と。このレースだけは、今みても鳥肌が立つ。

1990年有馬記念

このレースの凄さについては、有馬記念とかオグリキャップとか競馬とかを全く知らない外国人の人が、たまたまタクシーの中でこの実況を聞いて涙を流して感動したという逸話がある。実況で何を言ってるかすら全く知らない外国人がである。それぐらい、何か人の気持ちなど色々なものが全て凝縮されたレースであった。また、最後の直線の途中で、解説者の大川慶次郎さんの「ライアン、ライアン」という声が入っている。自分の買っていたメジロライアンという馬を応援した声で、オグリが復活したこんな素晴らしいレースでお前は自分の買った馬のことしか考えていないのか、とひんしゅくを買った(笑)のも有名な話である。

そのオグリキャップが日曜日に府中競馬場にやって来る。

久しぶりにオグリに会いたい。そう思う。


関連リンク
「ガラスの競馬場」:馬は誰のために走るか?
「ガラスの競馬場」:ジョッキーマスターズ
「JRAホームページ」:オグリキャップ、東京競馬場に登場!

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「三本木農業高校、馬術部~盲目の馬と少女の実話~」

Sanbongibajyutubu02つまらない映画を観るとつい寝てしまう私が寝なかった。と言えば、この映画の面白さが分かってもらえるだろうか。いや、馬という生き物が好きだからこそ、興味深く最後まで観られたのかもしれない。出産や子別れの場面、そして愛する馬を安楽死させなければならないシーンなど、心を動かされないわけにはいかなかった。あまり期待値を上げてがっかりされるのもイヤなのでソコソコにしておくが、馬が好きな方であれば十分に楽しめる映画である。

私はこの映画に出てくるひとつの言葉が好きだ。病気で視力を失いかけているタカラコスモス(父はサクラシンゲキ!)を担当する主人公の少女、菊池香苗に対し、獣医である坂口が言った、「馬は人間の信頼に応えようとする生き物なの」という言葉である。この言葉に支えられて、主人公の香苗はタカラコスモスのために生きることを決意し、互いの絆を深め合う。そして、「私がコスモの目になる」と周囲の反対の声を押し切って、高校生活最後の馬術大会に、香苗はなんとタカラコスモスをパートナーにして臨むのだ。

「馬と人の歴史全書」の序文にこんな下りがある。

馬は忍耐力に富む忠実な僕で、仕事であれ遊びであれ、主人の要求に応えようという欲求が限りなく強い。(中略)このように多才で献身的な動物に心から敬服できないとすれば、冷酷な人間といわれても仕方がない。優れた騎手は馬を理解しようと努め、パートナーたる馬に学び、共同で仕事を遂行する。(「馬と人の歴史全書」キャロライン・デイヴィス著)

人類の歴史に最も大きく関わってきた動物は馬にちがいない。馬はそういう生き物は、どれだけ苦しい労苦であろうとも、どれだけ無理矢理に速く走らされようとも、自分を信頼してくれている人間の気持ちに応えようと、私たちと共に耕し、共に旅し、共に戦ってきた。だからこそ私たち人間は、まず馬を理解し、信頼しなければならない。それは馬に携わる人間の最低条件だろう。

南関東から転身し、現在、中央競馬の関東リーディングジョッキーの座についている内田博幸騎手が、競馬の魅力について、ある雑誌で下のように語っていたことが印象に残っている。

「生き物と呼吸を合わせるというのはスポーツの中でも特殊ですよ。それは美しいスポーツのひとつじゃないかと思います」

競馬にしても馬術にしても、種別を超えた結びつきがこれほど要求されるスポーツも珍しく、だからこそ美しい。そして、私たち競馬ファンは馬券を買うことで、その信頼関係に主体的に関わることができ、勝利や敗北を共に味わうことが出来るのだ。これが競馬はギャンブルだけではないと言い切れる理由のひとつである。

「三本木農業高校、馬術部」公式サイト
http://sannou-bajutsu.com/index.html

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サムソンよ、いざ凱旋門賞へ

Meishosamson

来月5日、メイショウサムソンが凱旋門賞に出走する。一昨年のディープインパクトの時のような熱狂はないが、日本のトップホースが昨年の悔しさを乗り越えて海を渡るのだから、注目しないわけにはいかない。フォア賞でひと叩き出来なかったのは残念だが、仕上がりの早い馬だけに、満を持して臨んでくれるだろう。あとはこの馬が本番一発でヨーロッパの競馬にアジャストできるかどうかである。1年越しの思いを胸に、怪力サムソンの走りを見せつけてきて欲しい。

と、ここまではあくまでは一般的な応援であり、実際には、メイショウサムソンの気持ちの部分を大いに心配している。今年に入ってからの負け方、アドマイヤジュピタに差し返された天皇賞秋、そしてエイシンデピュティを差し切れなかった宝塚記念、どちらのレースを観ても、もしかしたら気持ちが切れてしまったのかという思いを拭い去ることが出来ない。肉体的な能力が高いので好走はするが、最後の一歩を踏ん張り切るだけの気持ちが失われている、そんな感じだ。

もともとメイショウサムソンは、他馬よりも前に出ようという強い気持ちで頂点に上り詰めた馬である。皐月賞にしても、ダービーにしても、昨年の天皇賞春にしても、一滴の体力も使い果たしてしまった中で、最後の最後でグッと前に出ることが出来たのは、メイショウサムソンの心の底に宿る狂気のようなものが爆発したからに他ならない。思えば、父を同じくするテイエムオペラオーも同じようなタイプの馬であった。僅かな差で勝つということは、身体的な能力が他馬よりも秀でているのではなく、一歩でも先へ出ようとする気持ちが僅かに勝っていることの証明である。

そういうタイプの馬は、気持ちが切れてしまうと惜敗を繰り返すことになる。あれだけ強かったテイエムオペラオーも、天皇賞春連覇を最後に勝てなくなってしまった。宝塚記念でメイショウドトウの2着負けてからは、その年の秋シーズン、天皇賞秋はアグネスデジタルの2着、ジャパンカップはジャングルポケットの2着と惜敗を繰り返し、最後の有馬記念は完全に気持ちが切れたのか、5着と惨敗してしまった。気持ちで勝ってきた馬の気持ちが切れてしまえば、勝利に手が届かなくなるのは偶然ではなく必然である。メイショウサムソンの春2走を観ると、晩年のテイエムオペラオーの姿が重なる。

だが、わずかな希望の光もある。フランス・シャンティの静かで広大な土地で、自然の空気に身を任せてリラックスした生活を送ることにより、かつてディープインパクトもそうだったように、肉体的にも精神的にもリフレッシュされることもあるかもしれない。ディープインパクトの場合、凱旋門賞には立派すぎる体で走ることになってしまったのだが、そのおかげで帰国後のジャパンカップと有馬記念では最高の体調で臨むことができた。メイショウサムソンも帰国後の有馬記念あたりが狙い目なのかもしれないが、フランスでの新しい環境は、もしかすると燃え尽きてしまったかつての闘争本能にもう一度火を灯す可能性があるということだ。

そうなれば、父オペラハウス、父の父サドラーズウェルズ、母の父ダンシングブレーヴというヨーロッパのヨーロッパによるヨーロッパのために血脈が黙っていないだろう。母系には名牝ガーネットを通じてフローリスカップに至る、日本古来の血統というスパイスもある。ヨーロッパの重い芝をこなせるだけのパワーもあるし、どちらかというと脚に力を入れてはしるピッチ走法もヨーロッパ向きである。かつて凱旋門賞に挑戦した日本馬たちの中でも、適性という面であれば1、2を争うと言っても過言ではないだろう。個人的には、凱旋門賞というレースは、メイショウサムソンのような適性のある馬が、何気なく挑戦した時にポロっと勝ってしまうような気がして仕方がないのだ。

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再掲:「インサイダー情報の罠」

Insider_1「インサイダー(競馬関係者)情報が知りたい」という声を耳にすると、つい私は悲しくなってしまう。そういった願望につけこんだ商売が横行していることを嘆いているわけではなく、インサイダー情報を知れば馬券が当たると思い込んでいる競馬ファンが、まだ多くいることに愕然としてしまうのである。

インサイダー情報を頼りに馬券の予想をしていたのは、もはや戦前の話である。現在と比べると限られた情報しか与えられていなかった競馬ファンが、どこからともなく流れてくる風の噂を大きな根拠として、馬券を買わざるを得ない時代が確かにあった。「あの調教師が絶対に勝てると言っている」とか、「あの馬はエビ(屈腱炎)が出ているらしい」等々、聞き捨てならない情報がまことしやかに人口に膾炙したのである。兎にも角にも、予想する上での拠り所が、嘘か本当かわからないはずのインサイダー情報にしかなかったのである。

しかし、戦後、私たち競馬ファンは、自分たちのイマジネーションを用いて馬券を買うことができる、ということを知ることになる。故大川慶次郎氏による「展開」の発見である。「展開」という概念は、今となっては当たり前のように用いられているが、当時は画期的な予想法であった。それぞれの脚質を分析し、実際のレースが行われる前に、仮想上のレースを想定するのである。競馬ファンひとりひとりが、自分の頭の中で、あらゆるイマジネーションを活用して、レースを予想するのである。これが競馬予想の民主化の走りである。

現代において、インサイダー情報などあるはずはない。競馬記者たちは毎日のように取材に来るし、馬体重はレース毎に発表されてしまうし(なんと今後は木曜にも!)、調教タイムも毎回公表されてしまう。何かを隠すことは難しく、そもそも無意味である。もしインサイダー情報というものがあるとすれば、恐ろしくニッチな情報か、もしくは嘘である。そんな時代に、インサイダー情報を元に、馬券を買おうと考える発想はあまりにも古すぎるのである。

とはいえ、やはりインサイダー情報という響きは魅力的で、私もその罠にハマリそうになったことがある。少し昔の話になるが、キングカメハメハのダービー祝勝会に招かれて行った時のことである。宴たけなわの時、私は席を外して、男性用のトイレで用を足していた。すると、若者二人が何やら楽しそうに話しながら一緒に入ってきて、私の隣の便器で、こんな会話をしながら用を足した。

「菊花賞はハーツクライで間違いないですよ。」
「確かにネ。」

帰り際に後姿をチラッと見たところ、おそらくその二人はノーザンファーム、もしくは社台ファームの牧場(育成)スタッフであった。キングカメハメハの祝勝会で、菊花賞はハーツクライで間違いないとは大っぴらには言えないが、トイレの中での会話だけに、かえって私には真実味を帯びて感じられた。しかも、この情報は私から聞き出したわけではなく、たまたま偶然にも私の元に降りてきたのである。この情報を知るものは、私以外にはいない。私はこの時点で、菊花賞はハーツクライで間違いないと確信してしまった。

結論から言うと、ハーツクライは菊花賞で1番人気に推されるも惨敗してしまった。そして、実は私もハーツクライの馬券を買うことはなかった。なぜなら、夏を越しての成長を期待していたにもかかわわず、馬体は相変わらず華奢なままで、ステップレースの神戸新聞杯でも力なく3着に破れていたからだ。

とはいえ、インサイダー情報の誘惑から抜け出すのは、容易なことではなかった。どう考えても、夏を越しての成長がないハーツクライは勝つ確率が低いのだが、「菊花賞はハーツクライで間違いないですよ。」というあの牧場スタッフの情報が邪魔をするのである。今から考えれば、牧場スタッフの主観的意見に過ぎなかったわけだが、当時はほとんど核心的な情報として、私の予想を占拠してしまっていた。せっかくの情報を切って捨てるのはもったいない、という感覚もあったように思う。いずれにせよ、あの時、ふと耳にしてしまった何気ないひと言が、私の菊花賞の予想を最後まで揺り動かしたのである。

もう一度言おう。現代において、インサイダー情報などはない。もしあるとすれば、恐ろしくニッチで主観的な情報か、もしくは嘘である。こんな時代に、インサイダー情報を元に、馬券を買おうと考える発想はあまりにも古すぎるのである。答えは与えられるものではなく、自分の手で見つけ出すものである。答えはいつもあなたの頭の中(インサイド)にある


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ご要望に応えて再掲「武豊論」:日本一“押せる”ジョッキー

Ikkannpo by M.H

サラブレッドのスピードは、「一完歩の長さ(ストライド)×頻度(ピッチ)」で決まる。もちろん、疲労してバタバタになった馬は脚が伸びないように、同じ馬でも状況によって一完歩の長さは変わるが、走る頻度(ピッチ)が同じであれば、当然、一完歩(ストライド)を長く走った馬の方が先にゴール出来る。

一完歩の長さ(ストライド)は馬の持って生まれた肉体的特徴によるところが大きいのだが、数センチ位の長さであれば、実は騎手の技量によって補うことが出来るのだ。ゴール前1ハロンの完歩数は平均27完歩であり、もし一完歩が10cm長くなったとすると、27完歩×10cm=270cmで2.7m。つまり、ゴール前1ハロンだけで、なんと1馬身の差が生じることになる。このことからも、一完歩を少しでも長く走らせることが、一流騎手の仕事だといっても過言ではないだろう

日本のジョッキーでは、やはり武豊騎手が、この一完歩を少しでも長く走らせる技術に長けている。たとえば、ロジックを勝利に導いた2006年のNHKマイルCのラスト1ハロンには、武豊騎手の馬を伸ばす技術が凝縮されているといってよい。あれだけの接戦の中で、ほとんど鞭を使うことなく、馬の走るリズムに合わせて、ストライドを少しでも長く走らせることに集中している。そのストライドのわずかな差が、ゴール前のクビの差に結果的につながっているのである。もし他の騎手であったら、負けていても不思議ではなかったレースである。

日本では馬を“追う”というが、海外では“押す(PUSH)”という。馬を“追う”とは、ムチでビシバシ馬を叩くことではなく、手綱を通して馬を“押す”ことである。もう少し具体的に描写すると、馬が着地する時に、もう何センチか先につかせることによって、一完歩を長く走らせるのである。そのためには、馬の走りのリズムに合わせて手綱を引きつけ、タイミング良く解き放つことによって、馬体を最大限に収縮させなければならない。馬のリズムを崩さないように、少しずつ重心を下げて、ストライドを長く伸ばして走らせるのである。武豊騎手は追えないという筋違いの評価があるが、全くの誤解である。あえて言うならば、武豊騎手は“押せる”騎手なのである。


ちょっと余談
このCMシリーズはJRAの最高傑作だと思う。全力で追っていないため、馬を「押す(PUSH)」感覚は伝わってこないと思うが、武豊騎手の長身を馬の背に折畳んだ美しいフォームや、華麗な鞭捌きを堪能して欲しい。小田和正の歌声も最高!

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宝塚記念で悩めるあなたのために再掲:「自己克服という」

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私はビリヤードが好きでかなりの時間とお金を費やしてきたが、どうにもこうにもなかなか上手くならない。なぜ上手くならないかというと、目線と一致するようにキューが振れないからだ。

私たちは両方の目を均等に使って物を見ているように感じているが、実は人間には利き目というものがあって、どちらか一方の目を中心として物を見ているのである。利き目でない方の目は補助的な役割をしていて、利き目とは微妙にずれた目線を持っている。

ビリヤードでは、顔の中心(両目の間)かもしくは利き目の下でキューを振るのが基本であり、そうでないと自分がショットしたいと考えるラインと実際にショットするラインがズレていることになる。野球のバッティングでいうと、ピッチャーの投げた球に対してバットを当てようとする軌道と、実際にバットを振る軌道がズレているということだ。どちらの場合においても、ほんのわずかなズレが成功と失敗を分けることになる。

なぜ目線と一致するようにキューが振れないかというと、それは私の肉体的な構造に原因がある。腕の長さ、関節の柔らかさ、肩の筋肉のつき方など幾多の要素が重なりあって、私にとって自然なフォームは出来上がり、その結果として、たまたまビリヤードという競技においては、私の目線とキューの振りが一致しないのである。野球のバッティングで、向かってくるボールに対して正確な軌道でバットを振れないとすれば、それはまさにヘタクソということなのであって、私もそういった意味においてはビリヤードがヘタクソなのである。生まれ持ったものがビリヤードとはあまり馴染まないというやさしい言い方もできる。

しかし、それは私だけに限ったことではないだろう。私たちは大かれ少なかれ<世界>で求められている形とは違っているのではないだろうか。それを「ズレ」とか「違い」とか「境遇」とか言ってみたりする。生得的なものであろうが、後天的なものであろうが、私たちが<世界>で求められている形と、初めから一致することは少ない。私たちはまずそこから始めなければならないのだ。

<世界>が人間のためにあるのではなく、<世界>があってこそ人間は存在する。<世界>は何者によっても動かされることはない。私たちは常に<世界>未満なのである。私たちに課されていることは、<世界>を変えることではなく、<世界>と私たちのあいだにある大きな溝をひたすら埋めていくことなのである。<世界>は私たちに自己克服を求めるのだ。

スポーツが私たちにとって自己克服であることが多いのは、その<世界>で求められている形に、いかにして自らに固有の肉体を変形もしくは適応させていくかという課題を突き付けてくるからである。そういった意味において、ビリヤードは私にとって自己克服なのである。

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海外のビリヤード場で、車椅子に乗りながらプレーする人、杖をつきながらプレーする人を何人も見たことがある。彼らの肉体的特徴は、ビリヤードをプレーする上でマイナスにしかなりえない。テーブルにもたれ掛かるようにしてショットするのだが、下半身が安定しない分、どうしても手打ちになってしまう。土台がない大砲のようなもので、ミリ単位の狙いを要する状況では命取りになりかねない。上半身だけで届く範囲は限定されていて、どうしても手の届かない場所がテーブル上に多く出てきてしまう。そういう時はブリッジという棒を使うのだが、この棒が不安定なのはいうまでもない。さらに、的球がポケットされると、次のショットの位置まで移動しなければならないが、長時間プレーを続けていると、彼らにとってはこの移動が少しずつ疲労として蓄積されていく。

それでも彼らは的球を狙い、手玉を突く。的球がポケットされると、次のショットに向かう。9個のボールを番号順にポケットしていくという法則に、彼らは全身全霊を捧げる。たとえ彼らが<世界>と自らのあいだにある大きな溝にはまってしまい、悔しそうな表情を浮かべていても、私にはそれでも彼らが嬉々としてプレーしているようにしか見えなかった。

ビリヤードは、どれだけ正確に的球をポケットし、手球をコントロールできるかの連続性を競うスポーツである。たとえ<世界>の求めている形と彼らがいくら異なっていても、的球をポケットして手球をコントロールすることができれば、<世界>と彼らのあいだにある溝は埋まることになる。<世界>に忠実に生きることの難しさには、自己の実現や表現といった甘えが入り込む余地は一切ない。ビリヤードは彼らにとっても自己克服なのである。

そして、私たちは肉体的だけではなく、精神的にも自己克服を迫られることがあるだろう。私にとって、競馬は精神的な自己克服なのかもしれない。競馬を予想すると、私の心の弱いところをまざまざと目の前に突きつけられ、それを覆い隠そうとしてますます弱さを露呈することになる。自惚ればかりで、意気地がなくて、優柔不断で、保身的で、思想に一貫性のないみじめな自分を私は確認することになる。それでも私は、<世界>と自分自身のあいだにある溝を埋めようとして、高いのか安いのか分からない授業料を払い続けるのだ。

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考えてみれば、世の中は自己克服に満ちている。少なくとも私にとっては、自己克服を迫られることばかりだ。幸せそうな人を見ると嫉妬してしまうし、上司に嫌味を言われると顔がひきつってしまう。目覚まし時計通りに朝起きることもできない。<世界>が求めている形と私との間にある溝はまだまだ深く険しい。

自己実現なんて大それたことはできないし、自己表現なんてこっ恥ずかしい。<世界>と自分とのあいだにある溝を埋めていく、<世界>に離されないよう追いついていく、それだけでも私にとっては苦しく楽しい道程なのである。自己克服の持つそんな響きが、今の私にはしっくりとくるのだ。

今年の宝塚記念で、私、そしてあなたは、果たして自己克服できるのだろうか。

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名勝負とは?

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名勝負とは何だろうか?

かつて、田原成貴という騎手が、「平成8年の阪神大賞典でのナリタブライアンとマヤノトップガンのマッチレースは、言われるほど名勝負ではない」と言っていたことを、ふと思い出した。田原氏は、あの阪神大賞典は、「マヤノトップガンがただカウントを取りにゆくようなストレートを投げ、それをブライアンが打ち返しただけのレースである」と主張する。お互いが100%の力を出し合った上で、鎬を削ったレベルの高いレースではないというのだ。

それに対して、今度は武豊騎手が、平成9年のマヤノトップガンがサクラローレルやマーベラスサンデーをまとめて差しきった天皇賞春を、「マヤノトップガンはハマッただけ」と言っているのも面白い。横山典弘サクラローレルと武豊マーベラスサンデーが互いに意識をして早めに仕掛けた中、後方で待機して漁夫の利を得たのが田原成貴マヤノトップガンであったということである。

田原氏の主張も、武豊騎手の意見も、お互いに間違ってはいないだろうし、そういう見方も当然あると思う。そして、騎手である以上、自分の負けたレースを名勝負とは認めたくないということでもあろう。つまり、1つのレースを取っても、観る人の視点や立場が異なれば、名勝負ともなり、凡レースともなるということである。

それでも、名勝負とは、「それぞれの背景をもつ役者が揃ったレースで、その役者たちがあらん限りの力を出し切って死闘を繰り広げたことにより、観客に感動を呼び起こすこと」であると私は思う。

勝負である以上、勝ち負けが存在するわけだが、名勝負に勝ち負けはほとんど関係ない。阪神大賞典のマヤノトップガンは負けはしたが、ナリタブライアンに最後まで食らいついたことにより、壮絶なデットヒートを演出した。一方の天皇賞春では、サクラローレルとマーベラスサンデーが火花の散るような意地の張り合いをしたことにより、マヤノトップガンの奇跡の豪脚を演出した。

そして、名勝負に何よりも大切なことは、どれだけ観客の心を動かしたかどうかということである。たとえばボクシングでも、鮮やかに勝った試合よりも、たとえ負けたとしても、何度倒されても立ち上がった試合の方が観客の心を動かし、名勝負とされることが多い。そういう意味では、平成8年の阪神大賞典も平成9年の天皇賞春も、どちらのレースも名勝負であると私は思う。

あれから10年以上の年月が経ち、日本馬のレベルは海外に匹敵するほど格段に上がった。しかし、その反面、私たちの心を動かす名勝負が繰り広げられることが少なくなった気がする。今年の安田記念こそは、競馬って最高!と思える名勝負を久しぶりに観てみたい。

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眠れぬ夜は

Keibagakuhenosyoutai

昨日の夜はなかなか寝付けなかった。仕事であれだけ疲れ果てたにもかかわらず、ダービーのことを考えてしまうと夜も眠れなかった。もしかしたらあの馬が勝つのではないか、などと想像を膨らませているうちに、心臓はドクドクと脈打ち、遠足前の小学生のように居ても立ってもいられなくなる。馬券を買うだけの私でさえそうであるから、ダービーを前にした、もしかしたら自分にも勝てるチャンスがあるのではないかと思っている騎手は、どんな心境でいるのだろうとふと思った。

ダービーを前にしていつも思い出すのは、この本のあるくだりである。騎手にとってダービーを勝つことは、宇宙飛行士が月面を歩くことと、どこか似た内的体験をするのではないかという一節である。この本の中で私が最高に好きな部分なので、長くなるが引用したい。

「宇宙飛行士の中でも月に行った経験を持つ24人と、他の宇宙飛行士とでは、受けたインパクトがまるで違う。さらに、月に行ったといっても、月に到着して、月面を歩いた人間とそうでない人間とでは、また違う。宇宙船の内部しか経験できなかった人と、地球とは別の天体を歩いた経験を持つ人とでは違うのだ。宇宙船の中は無重力状態だが、月の上は六分の一のGの世界で立って歩くことができる。この立って歩くことができるという状態が、意識を働かす上で決定的に違う影響を与えるような気がする。月を歩くというのは、人間として全く別の次元を体験するに等しい。」

上になぞらえて、山本一生はこう言い換える。

「騎手であることと、ダービーに出走経験のある騎手になることでは、受けたインパクトはまるで違うだろうし、さらにダービーに出走することと、ダービーの優勝ジョッキーになることでは決定的に違っていて、「全く別の次元を体験するに等しい」のである。」

騎手にとって、ダービーを勝つことがどれだけの意味を持つかを、これだけ上手く説明した喩えを私は他に知らない。騎手はダービーを勝つことによって、全く別の次元に昇華する。もしかすると、ダービーを勝つことによって得られる内的体験を求めて、人は騎手になるのかもしれない。

横山典弘、柴田善臣、安藤勝己、蛯名正義ら、ダービーを勝つチャンスを胸に秘めた騎手たちは、果たして今夜は眠れるのだろうか。川田将雅、松岡正海などの若手ジョッキーはどのような思いで今夜を過ごすのだろう。これまで4勝をしている武豊騎手や昨年のダービージョッキーである四位洋文騎手もまた、今夜は眠れないだろう。そしてあなたも、今夜は眠れぬ最高の夜を過ごすに違いない。

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私の名馬

Meiba_2「8頭のサラブレッドが出走するならば、そこには少なくとも8編の叙事詩が内包されている」とは故寺山修司の言葉ですが、「8頭のサラブレッドが出走するならば、そこには少なくとも8編の叙情詩が存在する」のもまた事実です。私たちはサラブレッドに自分の人生を重ね合わせ、まるで自分自身を応援するかのように、その走りに一喜一憂することがあります。

私もブラックホークという馬に自分を重ねていたことがあります。重ねていたというよりも、私の場合、ブラックホークに憧れたのでしょう。当時、自分のやっている仕事が気に入らず、嫌々働いていた私にとって、どんな状況でもひたむきに走り続けるブラックホークは純粋に男らしくて、カッコよく映ったのです。また、どちらかといえば晩成であったブラックホークに、自分自身の姿を重ねて、淡い希望を抱いていたのかもしれません。ブラックホークが勝つことは、すなわち私の勝利でした。

今年の新春企画にて、『あなたにとっての思い出の名馬とその理由』を皆さまから募集したところ、懐かしの名馬から最近の名馬、そしてアッと驚く名馬までが挙がりました。それぞれのサラブレッドに、それぞれの思い出が重なっていて、競馬ファンの数だけドラマがあることを改めて実感しました。

ミスターシービー 
あの末脚が子供ながらに物凄いと思った。3冠馬だが、翌年シンボリルドルフが出てしまい、影が薄くなってしまったことが悲しかった記憶がある。
たーくんぱぱ

サクラバクシンオー
競馬をやり始めてはじめて当たったG1がスプリンターズステークスでした。そのとき対抗にソビエトプロブレムだっけかな?がいたのですが自分は迷わずビコーペガサスとの馬連で勝負しました。あまりの美しい勝ち方に感動したことを昨日のように覚えています。その後、サクラの名がつく馬ばかりを応援したことも覚えています。いつもあり得ない後方からの追い込みを見せるサクラチトセオーも好きでしたが、やっぱりサクラバクシンオーのインパクトの方が大きいですね。今、サクラバクシンオーの子どもたちががんばっているので、とても嬉しいです。ディープの子との対戦を早く見たいですね。
タケロー

ダイワスカーレット
初めてペーパーオーナーゲーム所有馬でGⅠを勝ってくれたから。桜花賞を現地阪神競馬場で観戦していたのですが、直線でウオッカを突き放したときは応援はしていたもののびっくりした(チューリップ賞ではこてんぱんにやられましたから)と同時にすごくうれしかったのを今でもよく覚えています。その後の戦績もすばらしいのですが、今となってはもう自分の馬ではなく、みんなの馬という気がしています。(最初から自分の所有馬ではないのですが…)
風とともに去りぬ

テンジンショウグン
アイリッシュダンスが勝った新潟記念からずっと追いかけ続けた。1回目の日経賞では馬連GETまで届かず3着に・・・。(カネツクロスが嫌いな理由がコレ)ホッカイルソーとの馬連1000円分を握りしめて、雨の場外京都競馬でテンジンショウグンの名前を叫んでたのは私だけだったかも?その後、不調続きでついに障害へ転向そして障害から戻ってきた日経賞。引退レースと思って単勝、複勝、馬連を買うつもりだったが、渋滞に巻き込まれて買えず・・・。車の中で怒り心頭・・・。今でもその時に隣に乗っていた嫁に「怖かった」と言わしめてます。このレースでは、渋滞のお陰で200万以上を損失した事になりますから♪結局、馬券的に還元無しでそのまま引退。去勢して警察の誘導馬になったと聞くが、3年近く追いかけてデカイ配当のチャンスをくれた馬でした。今でもあんなデカイ配当のチャンスはなかなかお目にかかれない・・・。
はやひで

ビワハヤヒデ 
競馬を本格的に見出した頃に安定して活躍していて、初めて連をはずしたレースで怪我をして引退してしまったのが、非常に心に残っている。今でも自分が好きになる馬は、ビワハヤヒデやダイワスカーレットのように常に連を外さず安定した馬が多い・・・
まる

ライスシャワー
当時種牡馬の価値を上げるために、宝塚記念を是非とも勝ちたいという関係者のエゴで淀に散った名ステイヤー。ミホノブルボンの3冠、メジロマックイーン天皇賞春3連覇を阻止し、どれだけ強くなるかと思いきや、以降勝てずに2度目の天皇賞春で復活、1番人気で臨んだ宝塚で予後不良。大切な人を亡くしたみたいに、胸にポッカリ穴が空いたようになってしまい、とても悲しくて何日かボーとしてた記憶があります。馬が好きだったのです、走るためだけに生まれ研ぎ澄まされたサラブレットが好きだったのです。この馬以降、今でも私は好きな馬を作らないでいます。あなたと競馬か、100年続きますように。この言葉か好きな訳はそこから来ています。子が走り、孫が受け継ぎ、ずっと血筋を受け継げるよう無事で走ってもらいたいと願っています。
神山洋

サイレンススズカかな・・・
レースでありながら、1頭だけで、気持ちよく走っている姿。背筋がぞくぞくする感覚。(すいません、文字でうまく言いあらわせません)
かずぼん

タイジョイナー
かなり古い馬かつ最後は下級条件でレース中に骨折→安楽死となった馬ですが、まだ若かった私にとっては応援する楽しさを教えてくれた1頭でした。
iwaki_h

ナリタブライアン
おそらく僕らの世代(20代前半)にとっては、最も印象的な最強馬だと思います。ダビスタ97での反則気味の強さといったら…ッ!!もちろん、正当な好きになり方ではないかもしれないですが、ゲームや伝聞からスタートして映像を見て感動するというのもありだと思うんです。実際、DVD買っちゃいましたし

ディープインパクト
僕を競馬場へ連れて行ってくれた馬です。アグネスタキオンやキングカメハメハですら、なせなかったコトです(笑)
ごろろ

アグネスタキオン
競馬を始めて間もないころで、その走り、毛色の美しさに魅了されました。またあの時のラジオたんぱ杯3歳Sは史上最高のG3だと思っています。
緋色の桜花賞馬

グラスワンダー
グラスワンダーが名馬なのは,やはり的場騎手がレース後に残したコメントが物語っていると思うのです。
・グラスワンダー引退後の的場騎のコメント
「この馬の本当の強さを皆さんに、一度も見せることが出来なかったのが残念だ。」
・1999年の有馬記念でスペシャルウィークとの死闘を演じたレース
「馬の状態は、本来の出来には程遠く、デビュー以来一番苦しい状態であった」

1998年の春に骨折し、毎日王冠・アルゼンチン共和国で惨敗し、有馬記念で復活したレースは、今でも印象が非常に強いレースです。ファン投票では14位ながら、本番では単勝4番人気におされ、誰もが復活して欲しいと願った結果、見事に復活してくれました。やはりファンがついてる馬こそ名馬だと思っています。

BATTU

エルコンドルパサー
ディープで競馬を知った私には同馬を生で見たことはないですが2年前からのエルコン産駆の逆襲!に興味を持ちDVDでその強さを知りました。SS産駆に反抗するかの如くのエルコンドルパサーの仔達が穴をあけ続けた。同馬だけでなく血の繋がりを含めて名馬です。
努馬

クロフネ
武蔵野Sの1分33秒台の時計、ジャパンカップダートの3角からの大まくりのレコード圧勝どちらも生で競馬を観戦し、最初に衝撃を受けた馬だからです。今でもダート最強馬だと思っています。
Aqua

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モーゼの奇跡のように

Iwatajc「名騎乗ベストテン2007」栄光の第1位は、岩田康誠騎手がアドマイヤムーンで制したジャパンカップである。岩田康誠騎手は馬が道中で引っ掛かってしまったことを反省し、松田博調教師は最後の直線で仕掛けたタイミングが速かったと指摘するが、それでも私はベストレースだったと思う。スタートからゴールまで徹底的に攻め抜いて、アドマイヤムーンを紙一重で勝利に導いた、岩田康誠騎手の真骨頂とも言うべき騎乗であった。ほんのわずかでも守りに入る気持ちが出てしまえば、その分だけポップロックとメイショウサムソンの餌食になっていたはずである。

アドマイヤムーンが道中で折り合いを欠いたのは、岩田騎手がゲートからシッカリと出したからこそである。折り合いを欠く可能性のある馬や距離が少し長いと思われる馬にハミを当ててゲートから出すことは、とても勇気の要る行為である。府中のチャンピオンディスタンス(2400m)ということを考えても、ポップロックほどにスタミナの裏づけのないアドマイヤムーンを、ゆったりとゲートから出したかったに違いない。しかし、岩田騎手は迷うことなく好位を取りに行ったのだ。あのポジションが取れていなければ、勝ちはなかっただろう。

最後の直線でゴーサインを出したタイミングも、あれはあれでベストだったのではないだろうか。4コーナーを回って直線を向いた瞬間、まるでモーゼの奇跡のようにアドマイヤムーンの進路が大きく開き、馬が行く気になったのだから、あれ以上我慢させてしまえばかえって伸びあぐねてしまうことも考えられる。結果的にゴール前でクビ差だけ残ったのではなく、あのタイミングで仕掛けたからこそ、僅かに残すことが出来たのではないだろうか。それにしても、当日の馬場状態を正確に把握し、他の騎手が外を回す中、ピッタリと内を決め打ったコース取りも見事であった。

ところで、岩田康誠騎手を含め、ここ数年は地方から移籍してきた騎手たちの台頭が目立つ。そして、彼らが活躍するのは、強力なエージェントの後ろ盾があるからと揶揄されることもあるが、そうではないと私は思う。彼らには毎日の競馬で培った馬を勝たせる技術や判断力があり、何よりもその人となりが優れている。最初から大企業に入って周りからチヤホヤされながら育った人間よりも、光の見えない深い井戸の中から必死に這い上がってくる中で磨かれた人間を、少なくとも私は尊敬する。エージェントの力が強いから彼らが勝つのではなく、彼らに卓越した技術があって、さらにその人間性が優れているからこそ、多くの騎乗依頼が集まる。ただそれだけのことだ。

サラブレッドには多くの人々の血と汗と涙と愛情が注ぎ込まれていて、騎手は最後の襷を受けたアンカーにすぎない、とは多くの騎手が語ることである。周りの人々の力添えがなければ、ジョッキーは馬に跨ることさえ許されない。しかし、体でそのことを知って、心からそう思える騎手は意外に少ない。

「すいません、前を通ります!」

Photostud(私の友人でもあるプロカメラマン)が内ラチギリギリの所でカメラを構えていた時、岩田康誠騎手はそう声を掛けて、目の前を駆け抜けて行ったという。普通ならば、「どけどけ!」とか「アブねえぞ!」とか怒声を上げられることもある場面だが、岩田康誠騎手は大舞台を前にしながらも、路上のカメラマンに対する心遣いを忘れなかった。アドマイヤムーンの背で見せた岩田康誠騎手の涙も本物であった。


2007年ジャパンカップ

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神の視点を持つアスリート

Kaminositen

「名騎乗ベストテン2007」の第2位は、安藤勝己騎手が勝った安田記念である。

最後の直線、手綱を通して伝わってくるダイワメジャーの手応えを感じながら、前を逃げるコンゴウリキシオーの脚色を測りつつ、後続の差し馬の動きを背中の目で見る。コンゴウリキシオー1頭に相手を絞って馬体を併せに行くか、それとも後続の差し馬か。両者が内外に大きく離れている以上、ターゲットを誤ればすなわち敗北に繋がる。ほんのコンマ1秒の判断の遅れさえ命取りになるのだ。下手をすれば、コンゴウリキシオーを捕らえられないばかりか、後ろの馬にも差されてしまうという最悪の事態にもなりかねない。

そのような状況の中で、安藤勝己騎手は極めて冷静に、後続から差し馬が迫ってこないと瞬時に判断するや、コンゴウリキシオー目がけてダイワメジャーの手綱を解き放った。最後はまるで全てを計算しつくしたかのように、ダイワメジャーが首だけ前に出たところがゴールであった。この神がかり的な騎乗を見て、私は世阿弥の「離見の見」という言葉を思い出した。

舞の心得に、「目前心後」というのがある。これは「目では前を見て、心を後ろに置け」ということだ。見物席から見られるわが舞台姿は、いわば自分にとっての「離見」である。それに反して自分の意識は「我見」である。「「離見」に立った「見る」ではない。離見の見とはなにかというと、それは観客席から舞台上を見るのと同じに自分を見ることが出来るのだ。わが姿を見ることができてはじめて、左右前後も見ることが可能となろう。「離見の見」の真理をしっかりと体得してこそ、美しい舞が舞えるだろう。(「花鏡」)

「離見の見」は、一流のアスリートであれば誰もが経験することだろう。たとえば、元F1レーサーの中嶋悟は、調子の良い時は、時速300kmを超えるレース中においても、自分の前後左右の車の位置関係が手に取るように分かったという。サイドミラーやバックミラーで確認しているわけではなく、まるでレースを真上から見ているような感覚があったそうだ。そのような視点があってこそ、初めて美しいパフォーマンスが生まれてくる。中嶋悟も安藤勝己も、さながら神の視点を持つアスリートなのである。

また、安田記念に代表される一連のレースにおいて、あたかも安藤勝己騎手の意のままに馬が動いているような感覚に陥ることがあるが、そこにも卓越した馬を御する技術があることは言うまでもない。特に2007年は、これまでに比べ、さらに手綱を短く持ちながら馬を御することを意識して試みていたように見えた。

日本のジョッキーは、馬が引っ掛かってしまうのを恐れて、つい手綱を長く持ってしまうものだが、安藤勝己騎手は敢えて手綱を短く持ち、手綱を通してしっかりとコントロールすることで馬を御そうとチャレンジした。春先には京都金杯のキンシャサノキセキや阪神大賞典のドリームパスポートなど、引っ掛けられて失敗したレースも目に付いたが、その試みが結果として最高勝率、年間G1レース6勝という記録に結びついたと思う。

それからもうひとつ。引っ掛かっているように見えても最後までバテないのは、実は安藤勝己騎手がエンジンをかけながらブレーキも踏んでいるというテクニックを使っているからである。ある程度ハミをかけて馬を怒らせながら、かつ一方では手綱をガッチリと抑えて行かせないという絶妙なバランスの上に成り立つスタイルである。これはあの岡部騎手が全盛期に見せてくれたスタイルとかなり似ている。

安藤勝己騎手は「技術的には止まっている」と謙遜するが、そんなことはないだろう。安藤勝己騎手は今なお進化しつつ、いよいよ円熟の域に達しようとしているように私には思える。もし岡部幸雄騎手を知らない新しい競馬ファンがいるとすれば、これから数年の安藤勝己騎手の騎乗を見ればいいと思う。そんな幸せな時代に、私たちは生きている。

2007年安田記念

たまには中国語の実況でお楽しみください(笑)

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天国のどこか

先日の根岸ステークスで、トウショウギアが競走を中止した。関係者にとって、馬は家族の一員であり、愛する家族を失った悲しさは私たちの想像を絶するだろう。サラブレッドはレースで走るために生まれてきたことは分かっていても、悔やんでも悔やみきれない思いがあるに違いない。

競走馬の怪我や故障は、年齢、性別、クラス、ジョッキー、枠順、レースの間隔、気温など、様々な要因が複雑に絡み合って発生する。*詳しく知りたい方はこちら(英文PDF形式)

その中でも、馬場状態は大きな要因となる。芝コースにおける怪我や故障の発生率は、馬場状態が良から不良になるほど低くなり、一方、ダート馬場におけるそれは、良から不良になるに従って逆に高くなる。つまり、道中のスピードが速くなればなるほど、骨折のリスクが高くなるということだ。特にダートの不良馬場は、スピードが増加するだけでなく、滑ってバランスを崩しやすくなるから、最もリスクの高い馬場状態のひとつと考えてよいだろう。

だからといって、開催を1週間延期していれば…、などと野暮なことを私は言わない。どうするかというと、いつも一編の詩を思い出すのだ。「競馬漂流記」(高橋源一郎著)の中で紹介されている「天国のどこか」という詩のさわりの部分。

天国のどこかにある、その競馬場はいつもいいコンディション
花の香りが漂い、内馬場の池はまるで鏡のよう
太陽は光り輝き、優しい風が吹く
ごらん、あのエメラルドの海は
枯れることのない深い芝だ

ほら、パドックに馬たちがやって来る
あの芦毛はネイティブダンサー
あの黒い馬はダークスター
あのちっちゃいのはノーザンダンサー
いつも堂々としているスウェイル

この競馬場では
誰も苦しまない
誰も傷つくことはない
馬たちはただ全力で走るだけだ
ここでは誰もラシックスなんか使わない
鞭打たれることもなければ
注射を打たれることもない
病気も骨折も苦痛も死も
もう馬たちには追いつけない
さあ走っておいで
友よ
きみが地上で走るのを止めたところから

Keibahyouryuuki

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いつでも変わることが出来る

Sii by M.H

「名騎乗ベストテン2007」の第3位は、四位洋文騎手がアサクサキングスで勝った菊花賞を挙げたい。もちろん、ウオッカで制したダービーも素晴らしいレースであったが、巧く乗ったという点に関してはこちらのレースの方を評価したい。

60秒6-63秒7-60秒5 
60秒7-63秒6-60秒8

菊花賞(3000m)のラップタイムを、前半中盤後半の1000mずつに分けたものである。上は平成15年に安藤勝己騎手がザッツザプレンティで勝った菊花賞、下は四位騎手がアサクサキングスで勝った菊花賞である。驚くほどに、ラップ構成が酷似していることが分かる。

京都3000mは、前半と後半の1000mが60秒台のフラットで中盤が極端に緩む展開になると、後ろから行く馬にとっては差し込みづらいレースとなる。スローに落として逃げるよりも、ある程度のペースで前半部分を引っ張った方が、瞬発力勝負にならないということ。また、中盤の緩んでいる部分で逃げ・先行馬がスタミナを回復するため、容易には止まらないということである。

そんな展開の中、ザッツザプレンティに乗った安藤勝己騎手が早めに動いて押し切ったように、四位騎手もアサクサキングスに残り800mの時点でゴーサインを出した。この時点で勝負あったと言ってもよいだろう。この展開を読み切っていたとしても、G1レースで、あの時点から動き出すのは勇気と決断力が要ることだ。ダービーを勝った四位騎手の自信がもたらした名騎乗であった。

デビュー当初より、四位騎手の馬乗りとしての評価は高かった。四位騎手は馬上でのバランス感覚が特に優れていて、どの馬に乗っても、馬と四位騎手の重心がピタリと落ち着く。俗に言う「鞍はまり」が良いということである。「鞍はまり」が良いからこそ、馬は背中に負担を感じることなく走ることが出来る。人馬一体となって走る姿は見た目にも美しく、四位騎手が乗っている馬はすぐ判別出来たほどである。

ただひとつだけ、インタビューでの受け答えがどうしても好きになれなかった。勝利ジョッキーインタビューで、嬉しさを表さなかったり、つれない返答をしたりと、見るに堪えないことが多かったように記憶している。悪気はなかったのだろうが、競馬を知らない人が見る可能性もあるテレビ等でのインタビューにもかかわらず、ああいう受け答えをすることに憤りに近いものを感じたこともある。競馬の騎手は当たり前の受け答えすら出来ない奴らだと思われるのは、一競馬ファンとして悔しい。

しかし、ある雑誌の対談で、四位騎手と松岡騎手との間にこんなやり取りがあり、私は感激した。(以下、敬称略)。

四位
「それにしても、昨日の皐月賞は惜しかったねえ。」
松岡
「悔しかったです。」
四位
「レース後、ヘルメットを叩きつけていたもんね。」
松岡
「はい、つい興奮してしまって…。」
四位
「自分でもわかっていると思うけど、命を守る道具を叩きつけたらダメだよ。まあ、まだ若いし、直線では一旦、ヴィクトリーを交わしていたわけだから、熱くなる気持ちも分かるけどね。」

関東の若手のホープに対し、命を守る道具の大切さを優しく諭した四位騎手に、私は大きな成熟を感じた。その後のダービーにしても、菊花賞にしても、その立ち振る舞いは堂々とした見事なものであった。喜びを噛み締め、馬を労い、関係者に敬意を表し、競馬ファンに感謝する。ダービーを勝つと、人間はこうも変わるものなのだろうか。いや、変わったからこそ、ダービージョッキーになれたのだ。人間はいつでも変わることが出来る。

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ミスター小倉

先週の土曜日、メイショウカイドウの誘導馬としてのお披露目が小倉競馬場で行われた。種牡馬になれなかったのは残念だが、武豊騎手も驚くほどに落ち着き払っていたようで、誘導馬としては頼もしい限りだろう。小倉で初勝利を挙げ、小倉大賞典、北九州記念、小倉記念という小倉3冠レースを制した「ミスター小倉」が、小倉競馬場で誘導馬として第二の人生を送るなんて、何と粋な計らいだろうか。これからもずっとメイショウカイドウを見守ることの出来る小倉競馬場のファンは幸せだなと思う。

Meisyokaido
*写真は2005年北九州記念での返し馬です。河野様、ありがとうございました。

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道を悟った修行僧

「名騎乗ベストテン2007」の第4位は、中舘英二騎手のスプリンターズSである。来ると分かっていても交わせないミルコ・クロコップの左ハイキックのように、中舘騎手が逃げると分かっていても誰も止められなかったのだから、これほど痛快な勝利はないだろう。中舘騎手の顔で逃げ、意地で逃げ切ったようなレースであった。必殺技が決まる瞬間というのは、かくも静かで美しい。

私はヒシアマゾンという1頭の牝馬と出会い、競馬人生が大きく変わったが、中舘騎手もまたヒシアマゾンに競馬人生を変えられた一人であった。

ヒシアマゾンと共に、阪神牝馬S、エリザベス女王杯のG1レースを2勝し、古馬に混じった有馬記念とジャパンカップは2着と好走し、G1以外の重賞でも多くの勝ち星を挙げた。しかし、ヒシアマゾンが強くなればなるほど、鞍上に対する不安の声は大きくなり、後ろから行くレース振りにも批判の声が大きくなっていった。高松宮杯で逃げて惨敗する頃には、ヒシアマゾンの雄大な馬体に対し、中舘騎手の身体の小ささが目立ち始めた。

Nakadateeiji Photo Data:(C)Carrot Lunch

中舘騎手が逃げを専門として、小回りのローカル競馬場を主戦場として戦うことを決めたのは、ちょうどこの時期からだろう。正確に言うと、ヒシアマゾンが彼の手から離れ、彼女がターフから去ってしまった後である。このまま中央場所で乗り続けて、再びヒシアマゾンのような馬に巡り合うのを待つか、それともローカル競馬場に都落ちしてでも勝つチャンスを求めるか。

中舘騎手は後者の生き方を選んだ。自分を大きく見せるのではなく、小さくても勝って生き残っていくことを選んだ。そこにはしたたかな計算もあっただろうが、それよりもヒシアマゾンという馬に出会い、自らを知ることが出来たことが大きかったのではないか。ほとんどのジョッキーがゼネラリストを目指す中、中舘騎手はローカル競馬場を主戦場として逃げるスペシャリストとして生きることを決意した。それ以降、コーナーリングの技術が要求される小回りのローカル競馬場で、逃げないと本来の力が出せない精神的に弱い馬や、逃げることに活路を見出さんとする頭打ちの馬たちの手綱を任されることが多くなった。中舘騎手はひたすら逃げる技術を磨き、陽の当たらない競馬場で勝ち星を重ねていった。

「最初の1完歩、2完歩でハミが抜けるかどうかが勝負でした」

スプリンターズSのレース後の中舘騎手のコメントである。スタートしてからガツンとハミをかけて一気に逃げるのではなく、最初の数百メートルはわざとハミを抜いて、馬をリラックスさせる。スタートしてから中舘騎手が大きなアクションで馬を追っている一方で、実はアストンマーチャンのハミは抜けているのである。この大きなアクションによって、他の騎手に“俺が逃げる!”とアピールすることも出来る。無理をしてハナに立ったと思わせつつ最後まで持たせてしまったのは、中舘騎手が地道に築き上げた「逃げの技術」でもあった。

ヒシアマゾンに出会ってから10年以上の年月が過ぎ、スプリンターズSの表彰台に立つ中舘騎手は大人になっていた。かつてマルコメと呼ばれ、小さく丸めた背中でヒシアマゾンに跨っていた面影はもはやなく、生き続けることを選び、己の技術を磨いてきた男の風格すら漂っていた。相変わらず子供のままで大人になれない私には、生き方を決めた中舘騎手はまるで道を悟った修行僧のように見えた。


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競馬好きのバラッド

競馬の楽しさを表現するのは本当に難しい。

予想だけでは空虚だし、
理論だけでは味気なく、
ロマンだけでもどこか物足りない。
競馬が好きなだけではダメなこともよく分かっている。

せっかくこうして競馬について書いているのだから、
予想と理論とロマンの行間にある何かを、
上手く表現できないものかといつも思う。

それでも、私に出来ることは、
ただ心の声に身を任せ、
頭の中を空っぽにして、
競馬について語ることなのだろう。

小手先の技術や誇大表現でごまかすのではなく、
本当の競馬を書き続けていけばそれでいい。

6年前に「ガラスの競馬場」が立ち上げて以来、
今もこうして書き続けていられるのは、
競馬の楽しさをひとりでも多くの方々に伝えたいという気持ちと、
それに応えてくれる人々の熱い想いがあるからだと思う。

競馬について語ることは難しいことじゃない。


この曲にインスパイアされてみました(笑)

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「馬券道場」

何を隠そう、今までの馬券人生において、私はインターネット投票というものをやったことがない。もうかなり昔のことになるが、友人が電話回線での投票に抽選で当たった時は、たまに使わせてもらったことはあったが、あのゲーム感覚にはどうしてもなじめなかった(ファミコンのコントローラーで操作するという感覚的な問題もあったのかもしれないが)。

それ以来、もし馬券を買うならば、競馬場かウインズに足を運び、間違わないようにマークカードを塗りつぶし、なるべくならば可愛いお姉さんのいる窓口に並び、自らの財布から札束を握り出し賭けてきた。買う価値のある馬券がなければ、ビタ一文たりともJRAには渡さない。そういう硬派な馬券の買い方をずっとしてきたのだ。

とはいっても、それほど大仰なポリシーがあるわけでもない。幸いにも競馬場やウインズが近くにある場所に住み続けてきた、というのが最大の理由だろう。もし馬券を買いに行くために片道1時間以上もかかるのであれば、何の迷いもなくインターネット投票に申し込んだはずである。競馬場で買っても、ウインズで買っても、インターネットで買っても、外れる時は外れるのが馬券というものだ。そういう軟派な考え方でずっと賭けてきたのだ。

前置きが長くなってしまったが、今さらではあるが、ようやく私も「即PAT」に申し込むことを決心した。銀行口座は既に持っているので、もはや準備万端である。今週から始めて、G1以外のレースはPATから買ってもいいなと秘かに思っている。

それに伴い、「馬券道場」にも参加してみることにした。この「馬券道場」は、各開催で「5レース(1レース200円)×8日間」の単勝または複勝、合計最大8000円の馬券を購入し、払戻金額が8000円以上になったら昇段という簡単なルールである。初段、2段、3段・・・と昇段を続け、昇段の条件を年間で10回クリアすると、何と名人位に輝くことが出来るそうだ。8000円賭けて8000円以上戻ってくれば昇段ということは、回収率100%で昇段ということだ。

簡単そうで難しいのだろうが、普通にやっても面白くないので、私は重賞競走だけに賭けることにする。つまり、各開催で多くとも10レースほどしかないで、2000円(10レース×200円)賭けて8000円以上戻ってくれば昇段ということになる。回収率にして400%。これぐらいのハンデがないとやる気が起きない(笑)。しかも今開催はもう既に始まっていて、残すところあと日経新春杯と京成杯、アメリカジョッキーズカップ、平安Sの4レースのみ。うん、これで楽しくなってきたぞ。まあ最大の問題は、私が飽きたり忘れたりすることなく、馬券道場の馬券を買い続けることが出来るかどうかということなのだろうが…。

Bakendojyo
■「馬券道場」の詳細(ルールや賞品等)はこちらから
http://jra-dojo.jp/

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競馬はいつでも血の滾る

Demuro_2 by fake Place

友人同士の企画で「なんでもベストテン2007」を提出することになったので、少し考えて、私は「名騎乗ベストテン2007」を書くことに決めた。競走馬ではなく、ジョッキーに焦点を当てつつ、これは!と思わされた手綱捌きを10レース、あくまでも私の独断と偏見で選んでみた。そのうちのベスト5を掲載していきたい。

まず、第5位はミルコ・デムーロ騎手の有馬記念である。デムーロ騎手といえば、中日新聞杯での“ヒコーキポーズ”や2003年の皐月賞のゴール後、田中勝春騎手の頭を思いっきり叩いた事件が記憶に新しい。当時、私は皐月賞の件については言及しなかったが、ゴール後に嬉しさの余り、相手の頭をブッ叩いたデムーロ騎手の心理もなんとなく分かる気がしていた。今回の“ヒコーキポーズ”に関しても、危険極まる行為である以上、処分がデムーロ騎手に課せられたのは当然だが、私はいち競馬ファンとして、「デムーロよ、またやってくれたか、ありがとう。」と思っている。

この過激なまでの動物的本能が、デムーロ騎手の魅力なのである。日本の競馬はヌル過ぎるよ、とデムーロ騎手が暗に示してくれているように私には思えてならない。競馬ってもっとエキサイティングで、もっと血の滾る(たぎる)ようなスポーツじゃなかったのかい、とイタリアから来たこの若者は教えてくれているのだ。

そもそも日本のジョッキーは少し大人しすぎるのではないか。フェアプレーが最も大切であることに疑問の余地はないが、それをある程度前提にした上で、もっと暴れても良いのではないだろうかと思う。もちろん、それはターフの上でのことであって、一歩馬から下りたら誰よりも謙虚でなくてはならない。外で暴れてターフでは優等生的な騎乗をするジョッキーがいるが、それでは暴れる場所が逆なのである。ソツのない騎乗ばかりではなく、もっともっと貪欲に勝ちを目指して欲しい。

デムーロ騎手のジョッキーとしての技術は極めて高い。数字だけを見ても、勝率22.5%という数字はあの安藤勝己騎手(23.8%)に次いで第2位である(2007年度データ)。他のジョッキーと比べると分母(騎乗回数)が少ないのは確かだが、それでも100鞍以上乗っての数字であり、それほど大きな誤差はないはずである。武豊騎手の21.9%や後藤騎手の13.5%よりも上だし、ペリエ騎手(14.7%)やルメール騎手(8.2%)など他の外人ジョッキーたちと比べても、圧倒的である。もちろん、数字上だけではなく、実際に巧い。

その中でも、最も特徴的なのは、馬をしっかりとコントロールして走らせられる技術だろう。騎座が安定していることが大きな理由だが、ハミや手綱を通して、騎乗馬との意志の疎通をキッチリと図り、手の内に見事に入れてしまっている。馬は行けと言えば行くし、行くなと言えば行かない。右に行きたいときは右に、左に行きたいときには左に。当たり前のようなことだが、馬をしっかりと真っ直ぐ走らせることは一流ジョッキーでも案外難しいものだ。ほとんどの馬がテン乗りであるにもかかわらず、デムーロ騎手はその難しいことをいとも簡単にやってのける。

だからこそ、馬と馬との間のわずかな隙間にもデムーロ騎手は入って行ける。デムーロ騎手は何でもかんでも入って来て危ないと言われることがあるが、その多くは馬群の隙を突けない未熟な騎手たちの僻み(ひがみ)であろう。そもそも世界の競馬では、少しでも隙があれば突っ込まれてしまうのであり、突っ込まれたのは隙を作った騎手の責任でもある。

そんな馬をしっかりとコントロールして走らせられる技術が見事に発揮されたのが、ダイワメジャーに騎乗した有馬記念ではないだろうか。このレースでの位置取りとコース取りは本当に素晴らしい。わずかに距離不安のあったダイワメジャーを少し下げた位置で息を抜きながら追走させ、しかも馬場のわずかに良い内ラチ沿いギリギリの部分を敢えて走らせている。ダイワメジャーの馬体がラチにこすってしまうのではないかと思わせる見事なコーナーリングである。あれだけパワーの溢れた大型馬のダイワメジャーを、ここまでコントロールしてしまう手綱捌きに、他のジョッキーはグウの音も出ないだろう。

「もう少し早めに攻めれば2着はあった」というデムーロ騎手の言葉からは、ジョッキーとしての矜持が感じられた。安藤勝己騎手が選んだダイワスカーレットとは競り合わない、潰しにいかないというのはオーナーサイドからの要望ではあったが、それでもデムーロ騎手としては、もうひとつ上を狙いたかったのだろう。頭では分かっていても、彼の動物的本能がそれを許したくなかったのだ。年の瀬に不完全燃焼を感じ、彼は日本を後にしたに違いない。彼にとって、競馬はいつでも血の滾るエキサイティングなスポーツなのだ。

■デムーロ騎手の見事な手綱捌きを全周映像でご覧ください(内から4頭目)。
http://www.jra.go.jp/JRADB/asx/2007/06/200705060809a.asx

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今こそ、女性を競馬場へ

Imakosojyoseiwo by fake Place

「これからは競馬も女性の時代かもしれませんね。」

もしミスター競馬こと野平祐二先生が生きておられたら、昭和18年のクリフジ以来、43年ぶりとなる牝馬ウオッカのダービー制覇について、優しく微笑みながらこうおっしゃったに違いない。そして、自ら最強馬と称するクリフジを引き合いに出して、ウオッカがどれだけ強いかを弁舌爽やかに教えてくれたはずである。競馬はギャンブルだけでは滅びてしまう、と繰り返し主張された野平先生にとって、牝馬によるダービー制覇が嬉しくないはずがないのだ。

かつて競馬場は賭博場であったらしい。観客席を見渡しても、今のようにカラフルな女性の姿はどこにも見えず、男性ばかりのモノクロの世界であったらしい。ギャンブル特有の殺気が競馬場を占め、時には耳を覆いたくなるような罵声怒声が飛び交っていたらしい。全てに“らしい”と付け加えたのは、オグリキャップが引退した年に競馬を始めた私にとって、賭博場であった競馬場はあくまでも伝聞の域を出ないからである。しかし、そんな私でも、かつての競馬場の様子を深く嘆いておられた野平先生のお気持ちはよく分かる。社会悪として批判を受け、いつ廃止に追い込まれてしまってもおかしくないという危機感と、手塩に掛けたサラブレッドたち、そしてジョッキーとしての自分自身さえギャンブルのひとつの駒として扱われてしまう悲しみ。ギャンブルがなければ競馬は廃れてしまうが、ギャンブルだけでも競馬は滅びてしまうという野平先生の確信は、今の競馬を生きる私にとっても真実である。

女性は競馬の健康状態を示すバロメーターのようなものだ。先日、シンガポールに旅打ちに行った折、そんなことをふと思った。シンガポールの競馬はここに来て急速に発展しているが、競馬場に女性の姿を見ることはほとんどなかった。馬は番号を背負って走り、ジョッキーはオッズを背負って鞭を振るっていた。ガラス張りのスタンドに乱反射するナイターの光は眩しかったが、ひとたび光を失えば、そこにはモノクロの世界と社会悪としての後ろめたさだけが残っているような気がした。女性はそういうところに敏感である。競馬がギャンブルだけであり続ける限り、女性は決して競馬場には足を運ばない。裏を返せば、競馬場に女性がいる限り、競馬が滅びてしまうこともないだろう。たくさんの女性が楽しめる競馬は健康である。

一昨年、ディープインパクトという21世紀の最強馬が引退した。社会に対する競馬の認識を変え、多くの新しい競馬ファンを連れてきてくれた彼の功績は果てしなく大きい。私たちは、少しずつ競馬の話をすることが出来るようになった。競馬の本当の楽しみ方に気付いた人もいた。そして今年、ダービー馬ウオッカの誕生。誰にも文句を言わせない圧勝劇で、牝馬が3歳馬の頂点に立った。ウオッカだけではない。ウオッカを桜花賞と秋華賞で退け、エリザベス女王杯では古馬牝馬を完封し、有馬記念では古馬牡馬を相手に一歩も引けをとらなかったダイワスカーレット、NHKマイルCで牡馬をひと飲みにしたピンクカメオ、遅れてきた大物ベッラレイア、ハイレベルのオークスを差し切ったローブデコルテ、そしてスプリンターズSを影も踏ませずに逃げ切ったアストンマーチャンなど、個性豊かな女馬たちが、今年の3歳世代には勢揃いしている。さらに見渡してみると、若い女には負けじと戦い続ける熟女たちの色気も相当である。こんなチャンスを逃してはならない。

今こそ、ひとりでも多くの女性を競馬場へ連れてこようじゃないか。強く美しい牝馬たちが緑のターフを駆け巡る姿を見れば、彼女たちが競馬を好きにならないはずがない。そして、それからロマンを語ればいい。サラブレッドは500キロもある体重をあの細い脚で支えながら、時速60キロのスピードで力尽きるまで全力疾走すること。生まれて数ヶ月で母親から引き離され、競走馬として生きる強さを求められること。編まれたタテガミは厩務員さんの愛情の証であること。初めてのレースでは、寂しくて思わずいなないてしまう若駒もいること。芦毛の馬は年を重ねるごとに雪のように白くなること。額に刻まれた意思の強さを表すような模様は流星と呼ばれること。牝馬として初めてダービーを勝った悲劇の名牝ヒサトモのこと。ヒサトモが生涯で最後に残した1頭の牝馬から血が繋がり、トウカイテイオーという名馬が生まれたこと。トウカイテイオーが奇跡の復活を遂げた有馬記念の涙のこと。父はシンボリルドルフというディープインパクトと比肩する20世紀を代表する最強馬であったこと。その母スイートルナの父はスピードシンボリという野平祐二騎手に愛された馬であったこと。そして、その昭和の大騎手は、「牝馬の祐ちゃん」と呼ばれるダンディな男だったことを。

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私たちが競馬を好きな理由

「なぜ競馬が好きなのか?」

この質問を皆さまにしてから、かれこれ半年以上が経ってしまった。お答えをまとめて、私にとっての答えと一緒に掲載しようと考えていたが、どうしてもこれという答えが見つからなかった。自分で尋ねておいて言うのもなんだが、これほど難しい質問はないのかもしれない。もはや競馬は私の日常にまるで空気や水のように存在しているので、競馬が好きな理由を改めて問うてみるまでもなかったからである。

たとえば、答えがありそうでない難問に挑戦する苦しみと、自分の決断と現実の結果が一致したときの喜び。それから、サラブレッドのアスリートとしての美しさと、生き物としての可愛らしさ。または、競馬場という劇空間で起こる、人間と馬が織り成すドラマチックかつ示唆的な物語。さらに、一発勝負の感情的な高揚と、それに伴って表れてくるもうひとりの自分。などなど。

どの答えも私にとっては正解なのだが、どの答えもそれだけでは物足りない感じもする。これら全てだとも思うし、他にもまだあるような気もする。なぜ競馬をやるのか、なぜ競馬が好きなのかという問いは、私にとっては「あなたはなぜ生きているのか?」と同じぐらい深い意味を問われているような気がする。

かつて相撲の貴花田が、「全ては相撲の中にある」と言っていたことを思い出す。この世に生を受けて以来、彼の人生の全ては相撲に捧げられてきた。喜びも悲しみも挫折も栄光も、人生の中で我々が経験する全てが、貴花田にとっては相撲の中にあったということだろう。貴花田その人が、相撲の中にあった。

これと同じような思いが私の中にもあった。ありとあらゆる経験や事柄を競馬につなげてきたわけで、また全ては競馬に通じるとも考えていた。寺山修司は「競馬が人生の比喩なのではない。人生が競馬の比喩なのだ」と書いたが、それに近い意味で、「競馬の中に宇宙が見える」と私は思っていた。「俺にとっては競馬が全てだ」などと青臭く公言したこともあった。

しかし、今は少し違う感覚を持っている。

ある番組で、「あなたにとってサッカーとは?」との問いに、中田英寿が「サッカーが全てではない」と答えていたことが新鮮で、今ではその意味がとても良く分かるような気がする。いくら中田英寿であろうとも、サッカーが人生の全てではない。決してサッカーのことしか考えていないわけではなく、他にも楽しいことや大切にしたいことがあり、守らなければならない人たちや流儀もある。サッカーが全てではないのだ。

しかし、これは逆説的ではあるが、「サッカーが全てではない」と言えるぐらいに、中田英寿はサッカーに彼の人生の全てを賭けてきたということでもある。全てを賭けてきたからこそ、全てではないということがおぼろげながら分かったということだろうか。その根底に流れる思いは、貴花田のそれと同じだと思う。全てではないということは、全てであるということだ。それでも「全てではない」と言うことで、何かが救われる気がするのかもしれない。

「競馬が全てではないと思う。」

答えになっていないかもしれないが、これが今の私なりの答えだ。

Reazonwhy

スパンの短いブラッドスポーツだから。
ひろちん様

やはり血統の繋がりで何世代にも渡って楽しめる所ですね^^
ユニック様

背筋がゾクゾクするようなレースを見たときのその感覚に虜になってます。
Dai様

私の場合、競馬は予想することが楽しいからでしょうか。予想した展開どおりに馬券が的中したときの爽快感は、日曜日の午後を幸福な時間にしてくれます(晩御飯のメニューも豪華になりますが・・)私のこれまでの会心の予想は・・・・と、どうでもいいですね、わたしのことは^^
みのいば

馬が好きだから。走っている姿、筋肉、素晴らしいかっこいい動物だと思います。
もちろん、馬券が当たって儲けることができれば越したことないです。

川田 潤一郎様

馬の頑張る姿を見逃したくないですし、やっぱり大好きな馬が走る姿を見たいからです。父親との会話が弾むのも競馬です。だから好きなのかもしれません。もちろん的中させる楽しさもあります!
3F

ディープインパクトに惹かれたクチです。
だぼちゃん

馬券(推理)も好きですがディープのような常識を超えた走りをみたときのようなワクワク感を求めてかな。
Mh

中学生の頃親戚に連れられて京都競馬場で初めて目の前を駆ける馬を見た時の感動と衝撃を忘れることができなくて、今に至ってます。ギャンブルというよりも走ってる姿を見るのが好きで競馬場までかよってますね。
KOUKOU

”趣味”だからです。

生まれた家から歩いていけるところにあったので、レースのない日は柵の割れ目から入りこんでやぐらに上り、池や土手でよく遊んでいました。ほとんど生まれてすぐから父に連れられて競馬に出会い、馬券と付き合うのも今年で35年目です。インターグロリアやストロングエイトが好きです。カネミノブが紛れ込んだりオグリが復活した有馬記念をこよなく愛しています。エリモジヨージがお気に入りの、大学時代の友達は何十年も前に先にゴールしてしまいました。ただただ、競馬と付き合い続けていられる幸せに感謝しています。休むことなく馬券を買い続けてきた自分に少々誇りを持っています。今年のダービーには世のおやじたちと一緒に新聞を振りまわしたいという婚約者を連れて、息子がはじめて府中に脚を踏み入れるそうです。亡くなった父と三歳くらいの息子と実家のそばの海の見える競馬場に遊んだのが昨日のことのようです。
bull-87

競馬を始めてみたときのサラブレッドがひたむきに走る姿。あとそれに見せられる観衆。盛り上がり。競馬での儲けよりもその現場を競馬ファンみんなと共有したいために自分が可能な限り競馬場で競馬を、サラブレッドの懸命な姿を見ることが生きがいとなっています。
サウザー

最初は単なるギャンブルだったのですが、やっていくうちに馬が好きになっていました。
しか

友人に初めて連れられていった中山競馬場でスプリンターズステークス(2005)が行われていました。自分の本命にしてたカルストンライトオが4コーナー先頭。普段声を出さない私ですが、「逃げろ!逃げろ!」と声を張り上げ応援していました。結局負けてしまいましたが、レースが終わったあと両手には大量の汗とともに抑えることが出来ない振るえが・・・・・・それ以来病みつきになってます。
two_well

サラブレットが好きなんですただ走るため、より速く走るためにとぎすまされた馬体、そして表情が好きなんですレース中の故障は見たくないものです馬券はIPATに加入してからですいろいろ情報会社利用しましたが、結果ダメでした今は自分の相場眼?のみでやってます常に穴をねらっています
神山 洋

当たるからですかね(笑)日本の競馬を予想するときは、相手が誰であろうとライバルですよね。それが日本調教馬の海外遠征となると、みんなで日本馬を応援できる。その日本馬が勝ってくれたときに、競馬ファン全員で喜びを味わうことができる。みんなで応援できる馬を探す作業・・・これが本当に楽しいです。
田島晴

平日の何があったとしても、必ず週末に競馬がある!そう思って毎日仕事をしています(笑)ちなみに一番好きな馬はサイレンススズカです。毎日王冠でエルコンドルパサー、グラスワンダーという稀代の名馬に圧勝したあのレースは忘れられません。もちろん、その後の天皇賞も忘れられませんが…
ねこ

元々は友達がやっていたので自分もやってみよと思ったのですが、今では自分の方が詳しくなってしまいました。今となっては理由は無いですね。生活の一部です。
スナフキン

おもしろいから
まーくん

ファンである自分を含め、いろいろな関係者(生産者・オーナー・ジョッキー等)の思いが、競争馬という具体的な形になって表れ、純粋に応援できることがすばらしいと思う。また、競馬を通していろいろな人(友人・職場・親)とコミュニケーションできることもすばらしいと思う。
シルクロングロード

ギャンブルと名の付くものは、ほとんどやってきましたが、お金を賭ける前にあれだけ悩むものは他にはないし、お金を賭けなくともスポーツ観戦としても楽しめ、もし競馬場で観戦すれば、あの迫力は他のスポーツを圧倒すると思います。
キリ丸

面白いからですかね、今日も位置取りとかが疑問な豊のファンでもありますし、もう20年も好きだから自然と当たり前のように金杯から始まりますからね、一年カ゜。
和人

勝ってお金を増やしたいというのと、予想が当たったときの快感ですね。
TAICHI

なぜ競馬をするのかと聞かれれば確かに競馬はギャンブルであり、お金が儲かる(時もある。)という事も理由の一つですが私の場合、トウカイテイオーの一年ぶりの復活の有馬記念を見た(テレビでですが・・・)ことが大きな理由となっています。ゴール後男泣きする田原ジョッキーを背に雄叫びをあげながらウイニングランをするテイオー。そしてスタンドからは数万の競馬ファンの地鳴りの如きテイオーコール。とにかくこの時、足元から震えるほどの感動を体験しました。ディープのブームも凄かったのですが、最近のギャンブル性重視の理不尽な高配当が飛び交う競馬はどうも好きになれません。それでも競馬を続けるのはもう一度、ギャンブルだけではない本当の感動が味わえるのではないか。と言う期待があるからです。
ジムカーナ

パチンコのように機械に依存していないギャンブル。馬という生き物が主体で不確定要素が多いから、極めることが難しいので極めたくなる。
だっち

それは、馬の毛艶や筋肉の肉体美が好きで、その目に付いた馬を頑張って応援したいからです。もう1つは、パチンコやパチスロなどに比べて、思考凝らしてじっくりと楽しめるからです。
アマ

考えてみると競馬を始めた理由も定かではないです。親が競馬をやっていたわけでもなく、近くに競馬場があったわけでもない・・・。でも何故か競馬に惹かれ、引き込まれていきました。馬券なんて全く買っていなかったので、ギャンブルに惹かれたというよりも、競走馬の美しさそのものに惹かれた気がします。
かず

めったに当たらないが、当たったときのゴ-ルの瞬間のなんともいえない快感を味わいあいため。
三輪

予想したとおりの結果になったときの爽快感。サラブレッドの力強さ
やまと

競馬を始めたのがゼンノロが勝った有馬記念からでした。もともとギャンブルは嫌いではなかったのですが、競馬はオヤジくさいと思っていたのであまり好きではなかったのですが、ディープの皐月賞を見て初めてギャンブルで感動しました。競馬暦は短いんのですが、あの馬(ディープ)に出会ってからは狂ったように競馬にのめり込んでいます。
Kiyo

長い期間の熟成された血の結晶の戦いに浪漫を感じる為
ようじ

やはり、四角からストレートに入ってきてからのレース終盤のあのワクワク感と自分の応援している馬が追い上げてきたときの「がんばって差してくれ!!」っていう思いだと思います。
りぽぴたんA

走るために完成されたサラブレットという馬の馬体・競争するドラマを見て更にどの馬が勝つか予想する楽しみがあるため。
ササ

馬を選んでいるときのスリルと、レースが始まる前の緊張感が好きだから。
まろ

推理、読みの要素が盛り込まれているギャンブルとしてのおもしろさ、 でしょうか?単なるカン、ひらめきで勝負するものでない(したほうが当たるかも ^^;)ところかな。
Saito

ひたむきに頑張って走る姿が可愛いし、格好いい。自分が大好きだった馬の子供が走るのが楽しみだから。毎年の二歳新馬が楽しみでたまりません。ある意味G1よりも・・・馬の走る姿はどの動物よりも綺麗で、勇気付けられます。
うまっこ

競馬にはたくさんの伝説がある。人間と馬とのさまざまなドラマがある。それが自分にとっての最高の魅力であり、競馬をやる一番の理由です。
小林 健太

もう16年競馬ファンを続いていますから、日常と化していますが。きっかけはオグリキャップのラストランでしたね。当時競馬のことをよく知らない私でさえ、最後のオグリの頑張り、そして大観衆のオグリコールには感動し、涙を流しました。きっかけがそんなだったからか、今でもギャンブルとしての競馬ではなく、「感動系のスポーツ」として競馬を見ています。レースものには車や船などさまざまなものがありますが、競馬はやはり「生きている」馬が主役なのがいいところだと思います。機械では計れない要素を多分に含んでいると思います。また1頭の馬には数多くの人が携わっていて、それぞれにドラマがあります。久々に心を熱くさせられたディープインパクトでしたが、もともと私は強い馬が当たり前のように勝つレースは好きではありませんでした。しかしディープインパクトは違いました。こんなに「魅せられた」馬は初めてだったかもしれません。早め先頭で押し切った春の天皇賞などは今見ても鳥肌が立ちます。ディープインパクトがターフを去ってまだ半年も経っていませんが、競馬界はスター不在でなんとなく寂しい感じもします。早くディープ級とはいかないまでもスターが誕生して、ディープから競馬を始めた人達がずっと競馬を楽しんで頂けたら良いと私は思います。
河野 義男

4年くらい前に、職場の同僚から競馬の話を聞いて、興味を引き馬券を買ったことがきっかっけです。馬券が当たったときのうれしさもあり、馬が走る躍動感に惹かれたこと、また予想をあれこれめぐらすこと自体も好きです。時々、地元の競馬場へ行き、ライブで競馬観戦することも楽しみです。馬の姿を見ることも好きですね。ギャンブルでありながら、ロマンのようなものを感じるところが魅力です。
まさやん

私が競馬をする理由ですが、それは馬が生き物であるからです。生き物であるが故に、レース当日のコンディションによって着順が大きく左右されたり、レース中のその一瞬の騎手の判断で勝負が決まってしまう、このようなスポーツ的な要素が自分は非常に好きです。自分はサッカーをやっているのですが、コンディション管理の難しさ、日々のトレーニングの重要さなど、自分に通ずるものもあり、競走馬は関係者の方々の努力の賜物であると思いながらレースをいつも見ています。 ましてやG1レースとなると、国の頂点を決める決戦ですから、非常に熱い思いで見ている次第であります。
福山

私は2002年天皇賞秋で初めて競馬を見たのですが、直線に入った瞬間にシンボリクリスエスの迫力とその綺麗さに魅入られてました。その次の週から毎週競馬中継を見るようになってましたね。今年はそのシンボリクリスエスの産駒がデビューなのでいまからワクワクしてます。
アルフレッド

ただ大好きなのは間違いないです.ただ予想して馬券買って当たるのが楽しいだけではないような気はしてるんですが。
琴座

競走馬の走る姿の芸術的な美しさ
KENPOINT

G1を勝ちきる馬の強さが見たいから。
ピロッコ

オグリキャップフィーバーで競馬に興味を持ち、初めて馬券を買ったのがトウカイテイオーのダービーでした。それ以来、競馬に嵌ってしまったわけですが、やはりサラブレッドという生き物の美しさ、懸命にゴールを目指す時の激しさのようなものが魅力なんだと思います。長く競馬を続けていると何世代にも渡って人馬が作り上げるドラマにめぐり合えるという点もまた競馬のすばらしさだと思います。もちろん、ギャンブルとして、自分の予想した結果が的中すると見返りがあるという点は外せない魅力ですね。これからも競馬と長く、うまくつきあっていけたらなあと思っています。
とらふぁん

私が競馬をする理由ですか。何なんでしょうね、目的は一攫千金なんですが・・・(笑)初めて競馬をしたのはもう30年前、岩見沢のばんえい競馬でした。 5000円の配当がついた単勝馬券を特券(懐かしいことばです。^^;)で手にしたのが競馬に嵌る入り口でしたね。おりしも、TTGの時代。関西出身の私はテンポイントに魅せられ、歓喜の有馬記念から悪夢の日経新春杯と・・・二十歳前の多感な時期にギャンブルとしての競馬から人生の中のひとコマとしての競馬へと変化していきましたね。社会に出てしばらく(15年くらい)は競馬からも離れていたのですがいつの間にか戻ってきました。 ひたむきに走る馬の姿、裏に渦巻く人間たちの欲、そんなコントラストが競馬の魅力なんだと思います。ただのギャンブルだけじゃない。人を魅了するる走りをする馬がいる。ひたむきに応援する人がいる。『ガラスの競馬場』ってうまく表現してるなって勝手に思い込んでいるのですけど、その危うさと脆さ。そしてさまざまな光を映す美しさ。競馬の魅力ってそこにあるんじゃないのかなって思います。あくまで、競馬をする理由は一攫千金ですけどね!(笑)
トウフクセダン

競馬が他のスポーツと違うところは、あっという間にその時間が終わってしまうことでしょう。つまり時間が凝縮されているのだと思います。大一番のために長い時間をかけて準備をする関係者や、何日も前から予想をする人々の意識がレースの一点に集中する。そして新しい歴史が作られる瞬間に立ち会うことができる、ということが私が競馬を好きな理由です
Karimero

自分なりにデータを集め、結果を推理して、それが思い通りになったときの快感。世間とは異なる考え方をして、穴馬券を的中させたときの快感。 その自己満足感と、さらにそのときにご褒美として付いてくる払戻金。なんだかんだキレイゴトを言っても結局はそれが競馬の魅力・・・と思っていましたが、ディープインパクトのレースを見て、アスリートとしての競走馬の姿、スポーツとしての競馬の魅力に改めて感動しました。強い馬が強いレースをする、そのシンプルな魅力と美しさは、やっぱりすごいものだと実感しました。最後の有馬記念での4角を捲ってくる姿を見たときの鳥肌は、今でも忘れられません。(生ではなく、映像でしか見ていませんが・・・)ということで、なんとなく八方美人的ではありますが、ギャンブルとしての面白さとスポーツとしてのエンターテイメント性、その両方とも、競馬の魅力としてなくてはならないもとだと思います.
れじー

圧倒的な強さでの戴冠,一完歩の煌めきでの勝利,いろいろな馬がいて,いろいろな勝負の形がある。一言では書けませんが,私の競馬を観る魅力・理由はそこにあるように思います。いつの時代,どのスポーツも強いヒーローが楽しませてくれるものです。ディープインパクトは間違いなくヒーローでした。これからも周りのおじさんのロマン話を聞きながら,楽しく競馬を続けていきます。
シルク親父の息子

様々なデータを駆使して、挑める博打だから。
ねるぞう

テイエムオペラオーがいたから。どこが好きなのか、何がそんなに良かったのか、言葉では言い表せないものです。ただ、彼が走ると胸が高鳴り、動悸がし、涙が出ました。今でもあのころの高揚感を思い出すと、体が震えます。あんな馬にまたあいたい。その思いが競馬に向かわせるのかもしれませんね。
ゆくおう

永遠に終わらない血統のドラマが好きだから。
m.inaba

寡黙な僕でも思わず声をあげてしまう。弱気な僕でも思わず拳を振り上げてしまう。そんな所が好きです。
ワシヲ

昔から武豊騎手が好きで見ているうちに競馬も好きになりました。最近はG1の日に競馬場に行ってファンファーレに手拍子したりG1の雰囲気が楽しみです。それで武騎手が勝てば最高です
柿木

競馬をする理由は、もちろん馬券もありますが、一円も買っていない馬がゴールした時でも、全身がゾクゾクする感覚を味あわせてもらえるからでしょうか。
加藤

私が競馬が好きな理由はサラブレッドが走っている姿がとても綺麗なことです。初めて競馬場でサラブレッドを見たときはとても感動したことを覚えています。また「血統」も魅力の1つです。応援していた馬の仔が出走してきたらやはり応援してしまいます。今からディープインパクトの仔たちがとても楽しみです。
そーとー

『走っている馬がカッコイイ』というのもありますが、一番は『真剣に考えて予想したのが当たった時の爽快感が、他に代え難いから』ですね。ああでもない、こうでもないと一週間悩んで悩んで出した結論が、見事にハマった時の爽快感。アレに代わるものは他にそうありません。

私が、競馬を好きな理由は、血のドラマであります。応援していた馬が引退しても、その子が走り永続する。子だから少し違うのだけど応援した馬の生きた証を感じる。そして活躍してくれれば、永遠に姿を見れるところです。
Hiro

私が競馬を好きな理由は、なんといってもあの「スピード感」です。それを究極的に体現した馬がディープインパクトだと思っています。4コーナーでの加速は忘れられません!!果たして産駒にも「究極のスピード」が遺伝するのか…今から楽しみです!
Mika

競馬を始めたきっかけは、友達に突然競馬場へ連れていかれて、「なんておもしろいんだぁぁ~」と感動し、それ以来毎週賭け、ギャロップを隅々まで読み、今に至るという感じです。これって多分「惚れた」って感情と同じなんだと思います。惚れるのに理由も何もありません・・。(←って、こんな理由じゃダメですか?)でも、競馬歴1年半も経つと「万馬券獲って、ちょっとおいしい思いもしたいかも・・」と、初めの頃の純粋な気持ちが薄れてる所もあり、ですけどね・・。
とす坊

うーん、なんででしょう・・・昔は配当金目当てでしたが、このところそれはあくまでも副産物で、レースを見ること自体が楽しくなってきました。いや、副産物は手に入ればそれはそれでいいんですがwとは言え当たらない事(またそれが続く事)は非常に苦痛です。もう買うのをやめようかと最近思っていたんです。買う事を義務と考えていたのも、苦痛に思っていた要因の一つではあります。ですが、何も義務とまで思う必要は無いんですよね。買いたい時だけ買う、そうし始めたところ一気に気が楽になりました。最近は欲など出さす、気の向くまま競馬と言うレジャーを楽しめるようになって来ています。馬と言う生き物が見せるダイナミックさ。その馬に携わる人たちの思い。競馬場の規模やレースの大小に関わらず、それらは変わらないんですよね。周囲の競馬を知らない人間に、その事を少しでも伝えられたらなと思ってます。あ、「こんなバカな馬券を買った」って話を肴に酒を飲むのも楽しいです。人の話も笑えるんですよね~wって理由になってますかねこれは・・・。
渡辺篤

賭け事として始めた競馬ですが、今では競走馬に魅せられている自分がいますね。頑張って走るお馬さん。それから騎手の駆け引き、関係者の想い・・そういうのもひっくるめて、競馬を楽しんでます。あとは自分の予想が、はまった時の爽快感でしょうかね(これが一番かも)。ほとんどありませんが。。。
今出川

色々考えていたんですが自分でも結論が出ません。考えていると競馬が好きな(好きになる)要素って色々ありますよね。好きな馬が勝つ時予想が的中した時競馬場で馬を見る事 (今のJRAのCMはグッドです)友人と予想をしている時プラス馬券買って叫んでいる瞬間 ←この瞬間の時は一番競馬が好きな理由です(笑)優柔不断がにじみ出てます(汗最近は、自分の応援していた馬の子供がたくさん走り始めて違う楽しさも。でも本当にその時その時が楽しいんですよねえ。この前、5月5日に京都競馬場へ友人と二人で足を伸ばしてたんですけど、メインでタスカータソルテ←好きな馬 が勝った事に大満足で帰りました(馬券は赤字)絶叫しました、岩田~!と(笑)う~ん、これで上記の要素を全て含んでると思ってます。競馬場好き→ 競馬場が好きでないと高知くんだりから京都は行けません(笑)(そういえば治郎丸さん、黒船賞見に来られたんですよね、私は行けなかったんですけど。お勧めは串かつです、食べられました?)でも言い換えれば、これだけ「楽しい=好き」になる要素を含んでいるからこそ競馬がやめられないんだと思います。死ぬまで競馬と付き合いたいです。
Lupin

以上が、「なぜ競馬が好きなのか?」に対する皆さまからのお答えです。どの理由も、私にとっての競馬が好きな理由でもあり、ひとつひとつ共感しながら拝読させていただきました。競馬好きが十人いれば、十の競馬が好きな理由があるって本当だったのですね。アンケートに丁寧にお答えいただき、本当にありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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スイープトウショウ引退式

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少し時間が経ちましたが、スイープトウショウの引退記念壁紙にたくさんのご応募を頂きまして、本当にありがとうございました。私の考えていた以上に反響があり、改めてスイープトウショウの人気の高さに驚かされました。そこで、紆余曲折を経ながらも、長きにわたって激しく走り続けたスイープトウショウに感謝の意を込めて、「ガラスの競馬場」で引退式を静かに行いたいと思います。

以下に、皆さまからスイープトウショウへの「ありがとう」を掲載させていただきます。

かけがえのない馬に

今までで一番好きになった馬が彼女です。敵との戦いというよりも、自分との戦いを繰り返しているスイープがようやく秋華賞を勝った時には、競馬をやるようになって、初めて号泣しました。ちょうどその頃、上手くいかないこと、落ち込むことが重なり、家から出られなくなってしまいました。競馬場へも行けなくなっていたので、テレビで見ていたのですが、こんなにもひとつのレース、走りに感動することがあるのかと驚き、それから私にとって、かけがえのない馬になりました。辛い調教、本場場入場、ゲート入れを乗り越え(笑)走る姿は、辛い毎日を過ごしていた自分への、大変な励みになりました。自分の弱さを乗り越えることのむずかしさ、困難。そういうものを振り切って走るスイープの美しい姿や、強いレースぶり。その他の色々な事件も(笑)言葉では表現できない、たくさんの魅力が詰まった特別な馬です。引退はとても寂しいですが、彼女の子供に会える日を楽しみにしています。

える

いつもハラハラドキドキでした

長い間の競走馬生活ご苦労様でした。思えば貴女の本馬場入りは、いつもハラハラドキドキでした。大人しく入ってくれと毎回祈っていました(大袈裟)。どこかでヘソを曲げて動かなくなるんじゃないかと心配ばかりしてテレビを見ていました。宝塚記念では、万馬券をプレゼントして貰った事、一生忘れません。これからは、丈夫な仔をドンドン生んで、第二第三の女傑スイープが誕生する事を心より願っています。

Hokutoboy

「これから?」っていう時に引退とは

私は、なかなかスイープ様とは相性が良くなくていつもイライラさせられていましたが、昨年のエリ女から応援をさせていただきました。(^^;「これから?」っていう時に引退とはつくづく縁がなかったですが、これからは私のPCの中で走り続けさせていただきます

あねまん

母親という次のステージが待っています

スイープトウショウのレースで一番印象に残っているのは、05年エリザベス女王杯です。オースミハルカをただ一頭追いかけて、差し切った姿が脳裏に焼きついています。あれはすごかった、強かった。そして05年天皇賞(秋)池添騎手を振り落とし、すたすた歩くスイープトウショウと、とことこスタートまで歩く池添騎手。これぞスイープ!と拍手拍手、周りと一緒に大声援をあげたことです。走る姿でも、それ以外でも個性を見せてくれた馬でした。競馬場からは姿を消しますが、母親という次のステージが待っています。ディープインパクト×スイープトウショウ、今から楽しみで仕方ないですね。3年か4年後に、母 スイープトウショウ の馬が調教で駄々をこねるのを楽しみに待ちたいと思います。

Lupin

これまでの感動をありがとう

これまでありがとうございました。現役馬では特別に好きな馬だったので、寂しさはあります。でも、これからの第二の人(馬)生での素敵な子供に期待します。わがまま娘でしたが、レースでは一所懸命走ってくれましたね。宝塚記念で馬群を割ってきた時には、鳥肌が立って震えが止まりませんでした。彼女が一時でも女傑と言われた時代を築いたのは、彼女自身のレースでは一所懸命走る姿勢もそうですが、オーナーであるトウショウ殿、調教師である鶴留氏、調教助手(すみませんお名前存じません)、騎手の池添J、他関係者の尽力だと思います。オーナーがここで引退の決断をしたこと、ヘグッタことがあっても池添ジョッキーを信じて乗せ続けた調教師、日々の調教の苦労をいとわなかった調教助手、また、最後の最後で、勝つために内を選択し最高の騎乗を見せた池添J。まだまだ、他にも関係者の努力と決断には賛辞を惜しみません。ありがとう、スイープトウショウ。関係者の皆さん、ほんとにお疲れさまでした。併せて、これまでの感動をありがとうございました。彼女のこれからの活躍を期待しています。そして、彼女はいつまでも、僕の心に残るでしょう。僕の中では歴代の名馬としていつまでも、、、。

はずれっち

いいお母さんになってください

宝塚記念制覇には、ほんとに驚きました。天皇賞・秋も勝ってほしかったですがこの馬、左回りはダメなんですかね?。2着が最高で勝ち星がありません。子供に盾の制覇を託すとして、いいお母さんになってください。長い間お疲れ様でした。

神山 洋

彼女のおかげで全国デビューできました

宝塚記念ではハーツ、タップ、スイープのBOXで勝負して近年まれにみる雄叫びをあげました。ゴール前で高々と拳を上げている自分が帰宅後のVTRで発覚!彼女のおかげで全国デビューできました。ありがとうスイープ!

キノP

最後にもう一度鬼脚を!!

競馬をはじめたのが去年の秋です。スイープをはじめて見たのが天皇賞・秋…1番人気でした。競馬についてほとんど何も知らないで見ていた僕がこの1番人気に対して感じたことは競馬は男も女も大差は無いものなのかな?という印象でした。そうでないことは後々分かりますがおそらく、宝塚記念がファンに与えた衝撃は凄まじかったんでしょうね。僕も知っているウォッカがダービーを勝ったように。。エリ女でも一瞬期待してしまう自分がいました。引退ということを知っていたため最後にもう一度鬼脚を!!と。        

jun

女王様だったスイープ

調教を嫌がったり、枠入りを嫌ったりと違う意味で女王様だったスイープ。もう一度天皇賞秋でみたかったなぁ。ディープインパクトの仔を産んで最強の追い込み馬を期待します()

スペシャルインパクト

一番大好きなお馬さん

競馬を始めたきっかけが、スイープトウショウの宝塚記念を勝った日でした。それ以来応援しています。一番大好きなお馬さんです。

すだれん

わがままだったけど、すごい足で差して行く所がすきでした。

マサコウ

この馬にとっての1番の思い出は宝塚記念で馬連を1点で的中出来た事です(^^d) ク゛ッ!!

ハロ

母親譲りの末脚と個性を受け継いでいたらいいなぁ

競馬を始めてまもない私が、初めてスイープを見たのが2005年の天皇賞秋でした。それ以来、おてんばだけど強いスイープのファンになりました。今度は子供が走る日を楽しみにしています。できたら牝馬で、母親譲りの末脚と個性を受け継いでいたらいいなぁ。

くっきー

自分の一番最初に好きになった馬

スイープトウショウは自分の一番最初に好きになった馬です。調教をごねるスイープ、関西では確実に走る堅実さ、そして牡馬を一閃する鬼脚今回は一着はないと思ってても自然と馬券を買ってる自分がいて、馬券には私情を入れてはダメだと思っ ているけどやっぱり好きなんだと。ラストランもあの年齢であの着順は強い!無事に回ってきて本当に良かった。いい子を産んでほしい!!

鬼脚

このレースを見れて良かったと思いました

2005年のエリザベス女王で見せた末脚は反則です (≧∇≦)。オースミハルカの単勝馬券を買っていた人間からすると、怒り心頭のハス゛・・・でも、怒るより、このレースを見れて良かったと思いました。なんなんでしょうね(笑)

ナルトーン

何かと話題の多いジャジャ娘でした

競馬を始めたのが確か2005年のダービー。ディープインパクトがダービーをとった年でした。そんな競馬初心者の僕を虜にしてくれたのディープではなくスイープトウショウでした。ダービーの数週間後に行われた安田記念で、僕はアサクサデンエンを軸に数頭の馬単を買いました。相手候補にスイープトウショウもいました。そのまま行けば、万馬券です。でも、、直前でスイープじゃなくてダンスインザムードに変更してしまいました・・・。新聞にダンムーとか書いてあるばっかりに(笑)レースは2着にスイープが来て、荒れました。自分を信じて馬券を買っていれば。。。「次は絶対に買う」それ以来、僕はスイープを応援することにしました。調教拒否、馬場入り拒否、でもレースでは切れのある差し。何かと話題の多いジャジャ娘でしたが、いつの間にかそれが楽しくなっていました。これから繁殖牝馬としてどんな仔を産むのでしょうか。楽しみでなりません。

shin

彼女にはいくつか大きな馬券をプレゼントされました。好きな馬だったけど、大好きではなかった。私が彼女のファンになったのは今年のエリザベスのゴール後、引退を知ったとき。現役引退でこんなに悔しい気持ちになったのは初めてです。なぜ現役時から応援できなかったのか・・・。お疲れさま。元気な子供を育ててね。今度はきちんと応援するよ!

スパーク 

初めて牝馬を「女」だと感じた馬がスイープトウショウでした

スイープトウショウに対するメッセージをお寄せください。競馬を始めて6年程度の若輩者の私が、こんなことを言うのは痴がましいとは思うけど、初めて牝馬を「女」だと感じた馬がスイープトウショウでした。これからは、存在感を感じさせる「お母さん」として頑張ってください!!

IskwUMA

恋に落ちました

長くブランクのあった競馬に私が戻った時に、既にスイープトウショウ様のお稽古の記事に「坂路で立ち止まること数分」と有りました。同じ年のヘヴンリーロマンスが優勝した天覧競馬でジョッキーを下馬させた上、ゲートまで鎌田厩務員さんに連れて行ってもらうというハプニング。これで恋に落ちました。出ればちゃんと走れる。しかし、なんてかわいい牝馬なんだろうか~と。牧場に帰っていいお母さんになって下さい。健康で長生きしてネ。

アリッサ☆

おてんばな子供たちを

パドックで暴れているのを見て、消して泣きを見たこととか軸にして飛んで泣きをみたこととか思い出深いです。おてんばな子供たちを生んでくれることを楽しみにしてます

スリーパー

スイープお疲れ様。長生きして、よい子を残してください。

ぼうず

絶対に追い込んでくると信じて応援していました

夢中になった馬でした。出走するレースは必ず軸で買い、絶対に追い込んでくると信じて応援していました。引退は寂しいですが、それ以上に彼女には競馬を楽しませてもらいました。ゆっくり休養して元気な仔を産んでほしいです。

ベル

ドキドキをくれた愛しい子

04年のエリザベス女王杯で、よそ見をして思い切り出遅れたスイープに心を奪われて、以来ずっと追いかけてきました。レースでもレース以外でもドキドキをくれた愛しい子でした。追い切りが出来ただけで記事になる子は、もう当分出ないことでしょう(笑)。長い長い現役生活を無事終えてくれただけでも満足なのに、最後までスイープは誇り高い女王らしい走りを私達に見せてくれました。お疲れ様、スイープ。ゆっくり休んで、どうか良いお母さんになってくださいね。

デビューから応援してました。なかなかG1勝てませんでしたが、色々良い思い出ももらいました。

もろこし

私も頑張っていきたいと思います

スイープ引退のエリ女から2週間。毎日毎日ネットで彼女の姿を探しながら、涙している毎日です。もう走らなくていいんだよ、よかったね、と思う反面、やっぱりもう少し彼女の姿を見ていたかった、というわがままな自分もいます。ネットのいろいろな書き込みを見て、スイープはみんなに愛されていたんだと思い、本当にうれしく思っています。彼女の2世がまた剛脚とわがままぶりを発揮してくれる日を信じ、私も頑張っていきたいと思います。今までおつかれさま。そして、ありがとう。

すいっぷー

牧場の女帝として君臨して欲しい

長い間、本当にお疲れ様でした。エリ女が最後になるかと思い、長距離輸送で京都競馬場へ駆けつけた甲斐がありました。レース中は初めから最後までスイープ!池添!と絶叫。自分の大声で耳鳴りがする程でした。あの末脚や、お騒がせ記事とも、もうお別れかと思うと寂しいです。スイープのおかげで競馬ファンになりました。これからは、牧場の女帝として君臨して欲しいです。シーイズに負けないで!今まで本当にありがとう。牧場に会いに行くからね

オッシー

32秒台で追い込んでくるんですから

スイープトウショウは近年稀な個性的な馬でしたね。特に馬場入りを嫌ったりしてお騒がせな馬でした。何と言ってもこの馬の最大の長所は末脚の凄さでしたね。私たちが競馬を始めた頃は速くて上がり3F34秒台。(たまに33秒台を見ると驚いてました)時が経って競馬が進化して33秒台なんて当たり前になってしまいましたが。それが32秒台で追い込んでくるんですからね。そりゃ凄いですよ。一番印象に残っているレースは秋華賞ですね。「この馬の瞬発力を最大限に発揮できるのは内回りコースだ!」と自信を持って本命にしたのを憶えています。最後2戦はスイープらしい末脚は見られませんでしたが、よく頑張ったんじゃないでしょうか。あとは繁殖に上がって、自身に負けないくらい個性的な馬を産んで欲しいと思います。

ちゃんまん

あなたに出会えたことに、ありがとう

先日23日、正式にスイープトウショウの登録が抹消されましたね。勤労感謝の日に抹消というのがまた、彼女の約4年間の現役生活を締めくくるのにふさわしいなあと思うのです。競馬ファンとしては彼女の走る姿を望み、彼女自身のファンとしては、もう嫌がることはさせたくないとも思う。そんなジレンマに悩み続けた日々にも、やっとピリオドが打たれました。本当に、スイープには感謝の言葉を言い尽くしても足りません。 「人間のために凄く嫌な思いをしたのに、感謝なんてされたくないわ!」スイープはそう言うかもしれませんね。でもありがとうという言葉以外、出てこないです。走ってくれて、ありがとう。あなたに出会えたことに、ありがとう。お疲れ様でした。スイープトウショウへ、本当にありがとう。

かしみや

追いきり後のスポーツ紙の見出しを楽しみにしてました

競馬を始めて間もない私にとって、彼女はキョーレツでした。競馬の事をわからない状態で見た宝塚記念の勝利・・・(ほ~牝馬でも勝てるレースなんや~ )とのんきな感想を持ったのが大間違いで、少しずついろいろな情報を集め勉強を進めていくと!!!すごい強い牝馬だ!!!という結論に達し、ファン街道へ・・・そういえば追いきり後のスポーツ紙の見出しをいつも楽しみにしてました。。。      

ロデン号

精一杯の愛を込めて!

この世代では元々ラインクラフトが大好きで追いかけていたのですがラインはあんな事になってしまって。それで、同じエンドスウィープ産駒という事で注目し出したのが秋華賞をあの末足で勝ち、印象に残っていたスイープでした。追いかければ追いかける程、素晴らしい才能と、美しい姿に。何よりその強い性格にのめり込んで行きました。一挙手一投足に、これだけ注目した馬はスイープだけです。競走馬でありながら、これほど自分の確固たる意志を表に出ししかも強い馬は、もう出て来ないのではないかと思います。最後まで誇り高いサラブレッドだった彼女に今はただありがとうと言いたいです。精一杯の愛を込めて!……実は彼女の事を考えると未だに涙腺がゆるみます

桂華

あの気まぐれぶりにますます好きになってしまった

ディープインパクトとの子どもだそうでとても楽しみにしています。思えばジュベナイルフィリーズの敗戦からずっと追いかけ続け、レーズぶりもさることながら、あの気まぐれぶりにますます好きになってしまったように思います。本当にお疲れさまと、そしてありがとうと言ってあげたいと思います。

ハムハムセブン

皆さまからの声をお聞きすると、2005年のエリザベス女王杯の末脚に魅了された人は多いようです。確かに凄まじい末脚でしたね。逃げたオースミハルカの型になったにもかかわらず、前年の覇者であるアドマイヤグルーヴを置き去りにして伸びた別次元の末脚は、私たちに鮮烈な印象を与えました。確かフジテレビだったと思うのですが、このレースの最後の直線を別のアングルから捉えた映像が流れ(スイープトウショウ専用カメラのような)、後肢のキックが生み出す迫力に圧倒されてしまった記憶が残っています。まさに飛んでいるという表現が適切な、最後の直線での走りでした。

最後までお疲れさま、スイープトウショウ。

ゆっくりと休んで、ぜひ素晴らしい仔を産んでください。

2005年エリザベス女王杯

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こんな男に私はなりたい

馬を尊敬しているなんて言うと、頭が変だと思われてしまうかもしれないが、それでも私はブラックホークという馬を尊敬している。見た目は牛のような体つきで、普段も牛のように大人しいのだが、いざレースになると、まるで闘牛のように闘志を漲らせて走る。とにかく男らしい馬だった。ブラックホークを見ると、なぜかいつも私は、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を思い出してしまう。

「雨ニモマケズ」

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたい

サラブレッドは走るために生まれてくるのだが、それでも競馬のように目一杯走るのが好きな馬はいない。自分の走りたいように走りたいのだ。人間に走らされるのは大嫌いで、なんとかしてサボろうとするのが普通である。

Blackhawk_2

しかし、ブラックホークは違った。彼は調教でもレースでも、ロケットスタートを決め、常に前へ前へと進み、走ることを決して嫌がらない馬であった。たとえ苦しくとも、脚が痛くとも、展開が向かなくとも、いつも明るく前向きに、口笛を吹きながら、8歳まで走り続けた。そして最後のレースで、念願のマイルのG1を手に入れた。こんな男に私はなりたい。

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あの頃のように

Vodka02_3

口に出してしまうと引き返せなくなりそうで黙っていたが、ウオッカは私が10年以上前に夢中になった名牝ヒシアマゾンに似ていると思う。毛色も馬体のラインも違うが、走り出すとフワーっと溜息が漏れるようなあの雄大さが似ている。ウオッカがダービーを勝った時、まるでヒシアマゾンがダービーを勝った夢を見たような気がした。

もうあの頃のように1頭のサラブレッドに夢中になることは出来ないかも知れないけれど、これからはウオッカという牝馬を素直に心から応援してみたいと思う。勝ったら喜び、負けたら悔しがる。そんな競馬に戻れたら。あの頃には感じなかった何かが見えるかもしれない。

以下は、ダービーを優勝時の壁紙プレゼント企画で皆さまからいただいた、ウオッカに対する応援メッセージです(タイトルは勝手に付けさせていただきました)。

これからも凛とした姿を魅せてください
「いつも堂々としていてお行儀がよくて、才能があって美しい。四位騎手が手綱をとった2006年11月12日からずっと応援しています。ウオッカが走る時はいつもドキドキして無事にゴールを駆け抜けることばかり願っています。オーナー、厩舎スタッフ、四位騎手、みんなに愛されて成長していくウオッカをずっと見守って行きます。これからも凛とした姿を魅せてください。」
マキマキ

あのレースを見て感動し、競馬ファンになった人がいます
僕自身、牝馬がダービーを勝てるとは思っていませんでした。僕の周りであのレースを見て感動し、競馬ファンになった人がいます。これからもあんなレースを続けてくれたらと思います。
M.I

同じ女性として とても嬉しかったです
牝馬のダービー制覇 同じ女性として とても嬉しかったです 凱旋賞がんばって下さい応援してます (^・^)
Akira

男勝りの競馬を見せてくれ~
ウオッカが出るレース全て単勝購入しました!新馬戦から応援している馬なので、これからも勝ち続けてほしいです。あのディープインパクトでさえ勝てなかった凱旋門賞で、男勝りの競馬を見せてくれ~
3F

日本牝馬の実力を世界に見せ付けてほしい
海外GⅠ目指してがんばってほしい。凱旋門賞挑戦もすばらしいが古馬牝馬のGⅠがあるのなら、それを征して日本牝馬の実力を世界に見せ付けてほしい。ダービーの時の馬体は本当にすばらしかった。
ミラクルヤン

ぞくっとする色気のようなものを感じました
ウォッカに対するメッセージ:ダービーのパドックを見たとき、ぞくっとする色気のようなものを感じました。この壁紙に、私が主観で感じた「色気」が見事に表現されていたのでとても驚きました! 同性として、ウォッカの勝利には盛大な拍手を送りたいと思います。
Satokichi

見事な勝ちっぷりでした
やはりダービーのウオッカでしょう。完勝といっていい見事な勝ちっぷりでした。予想で相手候補にも入れなかった自分が恥ずかしく思います。宝塚記念も登録しているようですが、でも、大事をとって休ませてあげたいようなそんな気もします。出走すればもちろん盛り上がるのは間違いありませんが。
川田 潤一郎

強いとしかいい様がありません
ウオッカですが、府中でレースを見てましたwいや~、強いですね、ウオッカ。強いとしかいい様がありません。一頭、明らかに違う足で走ってました。馬券はフサイチホウオー軸だったので見事に散りましたが(汗ジュベナイルから買い続けてるのに、ここで裏切った罰が当たったんですかねえ・・・(言い訳をすると相手本線はウオッカだったんです)。あの強さなら、仮に宝塚記念でてきても勝負になるんじゃないかと思います。というか見たい、というのが本音です。凱旋門狙いなら、現地のステップが絶対いいとは思いますが。とりあえず、記念馬券を大切に保管したいと思いますw
Lupin

脱帽です
2歳女王が、まさかダービー馬になるとは思いませんでした。脱帽です。これからも常識を覆すような走りを期待しています。
神山 洋

牝馬がダービー勝つなんて怪物過ぎる!!!
たぁ

歴史的瞬間を見せてくれる
距離が伸びて、しかも牡馬相手に才能を爆発させるとは…。最近は強い牝馬が多く誕生していますが、1番のインパクトでした。これから先も、ウオッカが歴史的瞬間を見せてくれると信じております。ウオッカ頑張れ!
しか

ディープの分まで頑張って欲しい
今年も凱旋門賞で夢が見れるとは思いませんでした。ディープの分まで頑張って欲しい。国内のレース(JC以外)はもう出なくて良いので今年いっぱいのつもりで海外挑戦して欲しい。ペースがスローならチャンス十分でしょう。
Mh

俺は信じてました
桜で敗れて、いろいろ言われてきましたが俺は信じてました。ダービーを勝つのも不思議ではないくらいの強さだと信じてました。ウオッカありがとう。これからも無事に競走馬生活を送り、華やかな活躍を期待してます。がんばれ!!ウオッカ&四位ジョッキー
Umauma

ダービーはびっくりしたし感動しました
馬券は外れたけど、ダービーはびっくりしたし感動しました。個人的には、トライアルから凱旋門賞のローテーションが良いと思います。ネオユニバースもダービーの後、宝塚記念出走で将来を棒にふったように思うので・・・・
Masayoshi

非常に意義のあるダービーだった
ダービーというレースで牝馬が勝つということについての葛藤は確かにありました。ある程度競馬を長く続けていると、やはり伝統や格式に捉われ・・・つまり「ダービーはこういう馬が勝つべきなんだ」みたいな固定観念が根底にあるものです。ただそうあってほしいと思う反面、いや・・・待てよ。。。という思いもありました。今までのダービーの歴史を振り返ると、本当に勝つべき馬が必ずしも勝っているわけではないし、ましてや牝馬という理由だけで「ウオッカ」は勝つべき馬ではないと決め付けることが出来るのか???悩んだ末にダービーというレースの意義をもう一度考え直す意味でも、ウオッカにすべてを賭けて今回のダービーに臨みました。結果、見事勝利を飾ったわけですが、はっきりとした答えは自分の中で出ていません(苦笑)ただ自分の心の中のモヤみたいなものが、スッキリととれましたね。そういう意味で非常に意義のあるダービーだったと思います。まあ現金なだけかもしれませんが(苦笑)
カズキング

ペーパーオーナーだったので、馬券は外れたがとてもうれしかった。
たーくん

鳥肌がでた
競馬で鳥肌がでたのは、いつ以来でしょうか。2着が抜けて馬券は外しましたが、感動したレースです。海外でも成果をあげている厩舎だけに、凱旋門も期待しちゃいますね!
kino-P

満足感となぜか親近感
昨年のジュベナイル、阪神競馬場で間近にみた。前走マイネルソリストと走った”黄菊賞”での好走が記憶にあり、本命と決めていた。今ではダービー馬。未来のダービー馬を間近で見ていたという満足感となぜか親近感を持っている馬なのである。
かずぼん

dear Vodka
「女のクセにって言ってゴメンなさい」
ワシヲ

最強牝馬に
今年の牡馬が弱いことが、ウオッカの強さを相対的に際立たせているが、宝塚記念、凱旋門賞での結果次第では、最強牝馬になるのかな。そうしたらダイワスカーレットの立場はどうなるのだろう。 
いつかミリオン

ディープに変わるスター
私がウオッカを知ったのは阪神JFでした。某競馬週刊誌のPHOTOパドックを見ながら「これは凄い、この馬は良い!」と感じた馬、それがウオッカとの出会いでした。特に馬体を見る専門知識も持たない私ですが、バランスが良くまた力強さも感じるウオッカの馬体に惚れ込みました。何より、写真からオーラが出ていましたね。その阪神JFではもちろんウオッカを本命にしました。だからなおさら印象に残っています。だからこそダービーで本命にしなかった自分に悔いが残ります。エルフィンS、チューリップ賞と強い勝ち方をして、「これは近年最強牝馬だ」と煽っておきながら、桜花賞で敗れただけで「この程度なのかなぁ?」とウオッカの強さを信じ切れていなかった自分が恥ずかしいです。ダービーではそのような自分を嘲笑うかのような圧勝でした。先日のメールで、「競馬界に早くディープに変わるスターを」と書きましたが、ウオッカはもうスターに位置に立ってしまいましたね。これからもウオッカには注目しなければいけません。自分の眼で見て「良い」と感じた馬だからこそ、最後まで追わなければいけない気がします。凱旋門賞は楽しみです。昨年の凱旋門賞を見てもやっぱり3歳馬有利のレースだと思うので、牝馬らしくない牝馬のウオッカならかなりチャンスがあるんじゃないかと思います。その前に宝塚記念はどうするんでしょうね?51㌔って凄い斤量ですね。出てくれば凄く盛り上がりますね。
ちゃんまん

宝塚ではなく凱旋門で頑張ってほしい
19番

阪神ジュベナイルの走りでファンになりました!
阪神ジュベナイルの走りでファンになりました!ダービーに出るって聞いたときは、大丈夫かな、なんて思ったけど見事な走り。宝塚→凱旋門とすごいチャレンジ続きですが、やってくれそうな期待でいっぱいです。頑張れ!!!
イッシー

テレビの前であっけに取られて呆然としてしまいました
ダービーは圧勝でした。桜花賞で2着に敗れたとき、まさかダービーには出てこないだろうと思っていました。ジュべナイルフィリーズを勝った馬だから早熟だったんだろうとも思いました。それがなんと、牡馬を相手にして2400mであの圧勝・・・テレビの前であっけに取られて呆然としてしまいました。宝塚記念にも出走の予定があると聞きますが、まともなら勝ってしまうのではと思います。(ただダービーではびっしり仕上げたようですので反動による入れ込みなどが心配です。)ともあれ秋にはまた大きな舞台で強い姿を見たいと思います。(ディープがいなくなって、こんなに早く世界制覇の夢を抱かせる馬が出てきてくれたことを大変うれしく思っています。)
まーずあたっく

ダービーの走りは感動した
おかげさまで初めてダービーの馬券が当たりました。ありがとう。ダービーの走りは感動した。ラスト3F33.0秒で3馬身差は凄い。強すぎる。未だ誰も成し遂げていない凱旋門賞制覇の栄誉を勝ち取ってくれ!
中島

何か大きいことをやってくれそうな感じがします
ウオッカが凱旋門賞に挑戦すると聞いてとても楽しみにしています。ディープのような馬でも勝てなかった凱旋門賞なのでもし日本の馬が勝つならディープと同じかそれ以上の馬に勝って欲しいと思っていました。ウオッカはまだGIの数など実績ではディープには及びませんが牝馬でダービーを勝ったりして普通の馬とは違う雰囲気があり何か大きいことをやってくれそうな感じがします。凱旋門賞でも3歳牝馬ということで斤量も有利になるのでぜひ体調万全で望んで欲しいです。
まさる

牝馬ダービー勝利!単勝ゲット
だぼちゃん

ひじょうにくやしかったです
私は、ウオツカは強い馬と思ってました。桜花賞では、単勝で勝負しましたが2着で馬券はとれませんでした。当初、ダ-ビ-でも単勝で勝負するつもりでしたが、新聞等の情報ではフチイチホウオ-が一番人気であり結局単勝は買いませんでした。ひじょうにくやしかったです。宝塚では、単勝で勝負するか迷ってます。買えば1着にこない気もしますし、買わなければきそうな気がします。競馬ってむつかしいですね。どうも私には競馬の才能がないようです。
三輪

どこまで強くなるのでしょうか・・・
m.inaba

まさに人間社会同様女性上位ですかね(笑)
牝馬でのダービー挑戦だけでも凄いのに勝つとは…まさに人間社会同様女性上位ですかね(笑)秋は凱旋門賞に挑戦と言う事で期待してますが宝塚記念に出走すれば古馬相手にどんな走りをするのか楽しみです。
ヤエノムテキ

最近、お父さんのレース映像を観てその走り方や仕草などがそっくりだなあと改めて感じました。もちろん宝塚も期待しています。
ライス

一所懸命さがこの馬の魅力
ひたむきに走る3歳の牝馬に応援せざるを得ません。一所懸命さがこの馬の魅力だと思います。一所懸命に走った結果、気がついたら他馬をよせつけないくらいぶっちぎっていた・・という感じでしょうか?がんばってほしいと思います。
松尾

女子プロレスラーをイメージしてしまいます
牝馬とは思えないー女子プロレスラーをイメージしてしまいます。けれども、好きな馬です。女ディープインパクトと言われるのも判る気がします。私が好きになる馬は強くてもどこかハラハラさせる馬です。それは、その馬の置かれている状況と才能のタイプの組み合わせのようです。ちょっと気楽に応援できないところがあって、とにかく無事にと祈るばかりです。反面すごい才能を見せつけてほしいとも思ってしまいます。
ロク

歴史的牝馬になることを願います
ひでき

美しく駆け抜けましたね
紅一点でがんばってるのが健気な気がして、パドックでも男馬に囲まれてはどうなることかと心配し通しでした。女の子の中に入れば、なんとがっしりした仔だろうと思っていたけど、なんとなく男の子たちと比べるとやっぱり華奢にも見えたりして、がんばれがんばれと応援しつつ、でも馬券はホウオーから買ったり(笑)←むちゃくちゃ直線で抜け出してきたときには、馬券はおいといてウォッカを大応援しました。美しく駆け抜けましたね。彼女。凱旋門賞へ挑戦するそうですが、またドキドキしてしまうでしょうね。
ゆくおう

凱旋門賞ついてきます
しんいちろう

ウォッカが登場して楽しみが増えました
ディープが引退したあと、次の伝説の馬はカワカミかと思っていましたが、ウォッカが登場して楽しみが増えました。是非無事に凱旋門賞に出走して欲しいですね。出走出来れば好走間違いなし。ティナ これからどんな競馬を魅せてくれるの牝馬がダービーを制する。夢のような出来事だと思って いただけにウォッカという馬の能力の高さには改めて驚かされました。これからどんな競馬を魅せてくれるのか、とても楽しみにしています。
Matsu

そのとおりの結果に
あるブログにウォッカの生産牧場さんの話として「距離が伸びてからが本領発揮だろうと思う。だから阪神JFを勝ったのはむしろ驚きだった。」という発言の記事を前に読んだことを思い出しました。そのとおりの結果になりましたね。なんか宝塚にでそうですが、ディープと同じ道のようで心配です。

新たな伝説を作ってほしい・・・
カクテルが大好きな私は名前を聞いた時から、ウオッカの大ファンになりました。しかも強い!! ダービーでは思わず興奮してしまいました。まさか宝塚記念に出馬するとは思ってもみなかった・・・。でも走るからにはまた新たな伝説を作ってほしい・・・。 私の夢・・・ウオッカ!!
千代蔵

秋の本番に支障が出るほど劇走しないで欲しいですね。

記録にも記憶にも残る馬に
阪神JF、桜花賞、ダービー、宝塚記念と、毎回大レースではドラマを作ってくれる馬ですね。その中でもダービーは今思い出しても衝撃のレースでした。予想は外れましたが、あのレース見せつけられてしょうがないですね。また、宝塚記念は残念な結果に終わりましたが近年随一の豪華なメンバーのなかよくがんばったと思います。凱旋門賞は脚質からちょっと疑問なところは有りますが、がんばって欲しいと思います。このまま記録にも記憶にも残る馬になってくれると思ってます。
菊池 潤也

こんな馬に勝てるわけがない
エルフィンSの時にニシノマナムスメを応援しに行き、いくらウオッカがG1馬だろうが休み明け+斤量2kg増+ローテーション?で付け入る隙はあるだろうと思ってました。しかし、ウオッカを一目生で見た瞬間にこんな馬に勝てるわけがない…と思わされてしまい、その時からずっと応援してます。
ラグーン

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「我が初恋の馬ヒシアマゾン」

好きな馬がいると、世界はキラキラと輝いて見える。私が初めて本当に好きになったのは、ヒシアマゾンという牝馬であった。黒鹿毛の馬体は薄い皮膚で覆われていて、その艶やかな黒さがほんのりとした色気を漂わせる。いざ走り出すと、完歩の大きなダイナミックなフォームで他馬をごぼう抜きにする。スタートがあまり良くないため後ろから行くことが多かったが、3コーナーから4コーナーにかけてスッと上がっていくあのスッという瞬間がたまらなく好きだった。
 
ヒシアマゾンに初めて出会ったのは、平成5年の阪神牝馬ステークス(今の阪神ジュべナイルフィリーズ)。競馬を教えてくれた友人はタックスヘイブンという馬を勧めてくれたのだが、とくに何の根拠もなく、なぜか私はヒシアマゾンを本命にしてレースを見守っていた。最後の直線で他の乙女たちが2完歩で走るところを1完歩で走ってしまったかのような豪快なフットワークで楽勝したのを見て、私の心の中でカランコロン!と鐘が鳴った。

この牝馬は私たちが今まで見たことのないような強い馬になる!ナリタブライアンとナムラコクオーの力の差が分からなかったほど、競馬を始めたばかりの私の一方通行な思い込みによって、私たちの恋はスタートした。友人のタックスヘイブンはハナ差で3着に敗れてしまい、彼はよほど悔しかったらしく、「もう競馬やめようかと思う」と愚痴っていたのを記憶の片隅に憶えている。友人と私の競馬は、ここで大きく二つに道が別れたのかもしれない。

ヒシアマゾンは私の期待どおりに走ってくれた。クリスタルカップでは追い込み列伝に名を連ねる強烈な末脚で快勝し、ニュージーランドトロフィーでは府中のマイル戦で牡馬を胸で受ける横綱相撲で圧勝した。秋になっても、クイーンステークスとローズステークスは回ってくるだけで楽勝し、エリザベス女王杯は大外を回って2400m以上の距離を走ったが辛勝した。

そして、暮れの有馬記念も、最盛期のナリタブライアンには歯が立たなかったものの、古馬との初対戦であったにもかかわらず、2500mという距離で歴戦の古馬を完封した。この牝馬は私たちが今まで見たことのないような強い馬になる!今から思うと、私の期待過剰以外の何ものでもないのだが、その青い想いにヒシアマゾンは必死で応え続けてくれた。
 
1年後、ヒシアマゾン4歳時の有馬記念には彼女と行った。高田馬場から始発の地下鉄に乗って中山競馬場へと向かった。ナリタブライアンを買うと言った彼女に、「ナリタブライアンは体調が戻っていないから、買うなら複勝にしておけ」とうんちくを垂れると、「うん、分かった、複勝にしておく」と彼女は素直に頷いた。前走のジャパンカップで2着したヒシアマゾンが、有馬記念で負けるはずがないと私は思っていたのだ。日本馬最先着したヒシアマゾンが、日本馬同士の有馬記念を勝利することに相当な確信があったのだろう。前日に前売りオッズが4倍もついているのを見て、「クリスマスイブに行われれる有馬記念だから、オッズもダブルアップチャンスなんだ。JRAも粋なことをするな」と本気で思ったほどだ。私は彼女と二人で地下鉄に揺られながら心地よい眠りについた。
 
私は迷うとほぼ必ずと言ってよいほど間違った方を選択してしまう情けない若者であった(今でもそうなのだが)。平成11年のNHKマイルカップでは、お決まりのように2頭で迷った挙句、結局、シンボリインディの単勝を買った。私が最後まで迷いに迷っていたのは、同じ藤沢和雄厩舎のマチカネキンノホシ。こちらの方が人気も素質も上であったので、シンボリインディを選択したことは当時の私としては大英断であった。レースではシンボリインディが直線内から抜け出し、私は久しぶりの勝利に大喜びした。

彼女は私と共に喜びながら、「あーあ、マチカネキンノホシ負けちゃった」と単勝馬券を見せてくれた。「マチカネキンノホシは来ないでしょ。俺も最後まで迷ったんだけどね。」と私は誇らしげに語った。私がシンボリインディに賭けたのと同額が賭けられた馬券に込められた彼女の気持ちに、当時の私は気付くことはなかった。

平成10年の有馬記念では、グラスワンだーと迷ってメジロブライトに賭けてしまった私を慰めるように、彼女は「これで美味しいもの食べに行こう!」とグラスワンダーの単勝馬券を私に手渡してくれた。私をよく知る彼女は、これは後から気付いたことなのだが、私が迷って買わなかったもう一方の馬の馬券を買ってくれていたらしい。

Kotonanonaisekai02
 
また私は、すぐに勝負を捨ててしまう、あきらめの早い若者でもあった。彼女から借りたお金で大勝負を賭けたレースの途中で、クルりと振り返って競馬場を後にすることもあった。平成11年の朝日杯3歳ステークス(今の朝日杯フューチュリティステークス)はさすがの彼女にも怒られた。私が賭けた1番人気のレジェンドハンターは4コーナー手前から動いてしまい、敗北を確信した私はレースが直線に向かったところで競馬場をあとにあした。

「なぜ最後まで応援しないの?」
「いくら中山でもあれだけ早く動いてしまえば間違いなく差される」
「そんなの分からない。諦めないで最後まで応援していれば差されなかったかもしれない。諦めたから差された。」
「いや、俺には分かる。あそこから動いて差されなかった馬はいない。負けると分かっているのに応援できるかよ!」
「もしそうだとしても、勝負しているんだったら、最後まで一生懸命応援するべき!」

中山競馬場のオケラ街道で繰り広げられた、この笑ってしまうような会話は今でも私の心に残っている。
 
ファンファーレが寒空に鳴り響き、思ったよりも静かにスタートは切られた。ターフビジョンで見る限り、ヒシアマゾンは少し出遅れたようだ。まあいい。いつもスタートはよくないのだから。先頭を切ったのはマヤノトップガンで、それにタイキブリザードが続く。ヒシアマゾンは後ろから数えて数頭目を走っていた。馬群は1週目の3コーナー、4コーナーを回って、スタンドの前をまさに通過しようとしていた。  

次の瞬間、今でも鮮明に思い出す、人混みをかいくぐるように背伸びをしていた私と、馬群の一番外側を走っていたヒシアマゾンの目がピタリと合った。私の瞳にヒシアマゾンの瞳が映り、ヒシアマゾンの瞳に私の瞳が映った。その時、私は自らの間違いを悟った。あらんかぎりの力を出し尽くした彼女の瞳には、悲しみに似たあきらめが宿り、包み隠すことのない涙がうっすらと浮かんでいた。

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なぜ分からなかったのだろう。いや、なぜ分かろうとしなかったのだろう。出来ることなら、もう一度やりなおしたかった。私は黙って目を逸らし、そのままうつむいた。  

私は言葉を失った。「メリークリスマス!!」という田原成貴流のエンターテイメントも、沈黙の石と化した私にはもはや何も伝えなかった。目の前で起こった現実世界と私とのあいだには、途方もなく深い漆黒色の断絶が広がっていて、なんとかその隔たりを言葉によって埋めようとしてみたが、私の抑圧された心はそれを決して許さない。私の世界から言葉がすっかり消えてしまっていた。自分を揺り動かすために何かを口に出そうとするものの、終に言葉は思い浮かばず、紙のようなものが喉に張り付いたように声すら出ない。私はひたすらに歩いた。華やかなりしクリスマスツリーに目もくれずに歩き続けた。

私たちは言葉によって世界とつながっていると思う。言葉があるから世界は存在するとか、世界ははじめから存在するとか、そういうことではなくて、自分というそれだけで完結してしまいそうな存在を、言葉によって果てしない広がりを持つ世界となんとか結び付けているのではないだろうか。そうして初めて、私たちはこの世界で生きているという実感を得ることができる。言葉を失ってしまえば、私たちはこの世界との関係を保ち続けることができずに、その場に立ち尽くしてしまうだろう。

私たちはただ生きようという意志によって生きているのではない。世界で起こっているただそれだけでは意味のないことがらに、言葉によって意味を与えていくことによって、生きている意味を感じることができるのだ。だからこそ、世界が意味のないものとして突然目の前に現れたとき、私たちはそれを語るべき言葉を失ってしまうのかもしれない。  孤独とは言葉のない世界のことである。もし語るべき言葉がみつかったとしても、語るべき「誰か」がいなくては言葉がないことと同じであり、伝えたいという想いに乗せて本当の言葉を紡ぐことができる「誰か」がいなければ、私たちは世界とひとつになることができない。

それは自分の心の中にいる「誰か」であってもいい。自分の見たこと、感じたこと、聞いたこと、考えたことを言葉にすることのできる「誰か」は、自分の外にいる必要はないだろう。もっとも、私たちは自分の心の中にいる「誰か」に対して言葉を紡いでいることの方が多いのかもしれない。そういった「誰か」がいなかったり、いなくなってしまったときに、私たちは言葉を失い、世界から放り出されてしまう。言葉のない世界に私たちは意味を感じない。言葉のない世界に私たちはいないのだ。

私はその最後の瞳を決して忘れることができないだろう。
失うことによって、言葉さえも失われてしまうこと。
言葉のない世界を、これからどうやって生きていこう。

*「ガラスの競馬場」がホームページだった時代に書いたエッセイに手直しを加えて、今年(2007年)の優駿のエッセイ賞に応募したものの落選した作品です。かなりクサイと思うのですが、それは今から6年以上前に書いたということでお許しください(笑)。

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レッドラムの詩

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レッドラム
競馬の本場イギリスで最も愛された馬。
完走さえ難しいと言われる、
世界で最も苛酷なレースを3度制覇した伝説のジャンパー。
決して良血ではなく、
生まれつき肉体的に恵まれていたわけでもない。
脚部には慢性の病を抱えていた。
勝ったレースよりも負けたレースの数の方が圧倒的に多い。
それでも生涯で100戦を走り抜き、
「グランドナショナル」という宝石を3つ手に入れた。
目の前にどれだけ大きく高い壁がたちはだかろうとも、
一度たりとも逃げることなく、
敢然と立ち向かって行った。
人生で苦しく辛い局面におかれたとき、
人々はレッドラムのことを思い、
自らに勇気を奮い立たせる。



レッドラムが制した3つの「グランドナショナル」の模様はこちら。
3連覇のゴール前はあまりの興奮に観客が…。
*レッドラムはシャドーロールを付けた馬です。


こういうのを見ると、サラブレッドとの距離の違いを感じてしまいます↓
それでも、だいぶ近づきつつあるのかな…

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G1シリーズが始まる前に

ようやく沈静化したとされている馬インフルエンザ騒動について、これからG1シリーズを迎えるにあたってどうしても書いておきたいことがある。それは、やはりJRAは疫学調査の結果「陽性」と出た馬については、その実名をファンに公表すべきではないかということである。

正確に述べると、今回の件で私が知りたいのは、「陽性」と反応が出た馬ではない。私が本当に知りたいのは、「陽性」と出た馬の中でも発症した馬である。感染していても発症しなければ競走能力に影響しないという観点からは、検査で「陽性」と出た馬を公表することに意味はないと思われる。しかし、「陽性」と出た馬を公表しないことには、「陽性」と出た馬の中で発症した馬も分からないこともまた事実であろう。

もしJRAが「陽性」と出た馬の名を公表すれば、おそらくメディアはその馬の症状についてのヒアリングを行うだろう。感染していたけれど、発症していないのかどうかと。そこで真実が出てくるかどうかはまた別の話ではあるが、少なくともこれから巨額の金が投じられるG1シリーズに出走する馬たちの体調を占う材料になることは確かである。たとえばメイショウサムソンについては、一時、陽性と出たが、発症することなく既に陰性反応が出たことが報道により分かっている。これを全ての馬に対して行うことは難しいが、まずJRAが陽性反応を示した馬についての情報を開示しなければ何も始まらない話なのである。

なぜ「陽性」と出た馬の中でも発症した馬かというと、馬インフルエンザに感染して発症した馬が、のちに症状が治まり、陰性反応が出てから出走したレースで激走した場合、どうしてもその反動が次のレースに出てしまうからである。この考え方は、「馬体重は語る」で示したものとほぼ同じであり、また熱発した馬に対する考え方とも同じである。

熱発明けは走らないというのは競馬界によくある迷信であって、熱発明けに無理して走った馬は次走で走らないというのが本当である。つまり、競走馬というのはその場ではなんとか我慢して走ってしまうのだが、レースが終わった後にガクッと疲労が出てしまうことが多いということだ。それは目に見える形で出る場合もあるし、そうでない場合もある。

ここ最近の如実な例として、アグネスラズベリとフサイチパンドラがこれに当てはまる。アグネスラズベリはキーンランドCの中間に熱発があったとされた。こちらは馬インフルエンザとは無関係と報道されているため、ここではあくまでも熱発したという括りで捉えたい。しかし、アグネスラズベリはキーンランドCで外を回されながらも2着と好走した。これを“熱発明けでも2着に好走した”と捉えてはいけない。繰り返しになるが、基本的には熱発明けでもそのレースは走るのであって、“熱発明けで2着に激走した反動から次は危ない”と考えるべきなのである。アグネスラズベリは、その後、中1週でセントウルSに挑戦し、マイナス20kgの馬体で9着に惨敗した。

フサイチパンドラは札幌記念に臨む中間に2度熱発し、1度は馬インフルエンザの陽性反応が出た。しかし、熱発明けの札幌記念では、唯一のG1馬の貫禄を見せ、逃げ切り勝ちを収めてみせた。熱発明けだから負けたというのは馬券が外れたときの都合の良い言い訳になるが、そうではなくて、熱発明けでも競走馬はなんとか走ってしまうのであり、心配するのはその後のレースにおける反動なのである。その後、フサイチパンドラはエルムSに出走し、前走同様に気持ちよく逃げたにもかかわらず、4コーナーではすでに手応えがなくなり11着に惨敗した。

もしかしたら、私の知らないところでも、このような激走→凡走が繰り返されているのかもしれない(ちなみに、上の2頭に関しては、メルマガでもあらかじめ警告していたもので、決して後付けではないことはお断りしておく)。検査の正確性自体が疑わしきものであることや、感染馬を公表することによるさらなる混乱を考慮したとしても、馬券を買ってもらう立場であるJRAには、ぜひとも陽性馬を公表してほしい。この騒ぎに乗じて、まことしやかな情報を流す悪質な者が現れてこないとも限らない。何よりも、これから始まるG1シリーズにおいて、人知れず熱発したにもかかわらず前走を激走した馬が、人気を背負ってポロポロと惨敗していく姿を私は見たくないのだ。

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1cm

1cm。最も接戦だったG1レースでの1、2着馬の着差である。平成8年スプリンターズS。1番人気に推されたフラワーパークは、エイシンワシントンとの火の出るような追い比べをわずか1cmの差で制した。定規を手に取ってみてほしい。1200mを走って、たったこれだけの差で勝敗が決してしまったのだ。そして、この1cmの差を生んだのは、田原成貴騎手の見事な手綱捌きであった。

距離が短ければ短いレースであるほど、ひとつのミスが致命傷になる。たとえば、G1レースであるスプリンターズSにおいては、よほど馬場が悪くならない限り、1分7秒から8秒前半のタイムでの決着となる。そうすると、出遅れてしまったり、前が詰まってしまったり、コーナーで大外をブン回してしまったりすると、もう物理的に間に合わないということになる。過ちをどこかで挽回する時間や空間がないということだ。

それと同じ意味において、距離が短ければ短いレースであるほど、ほんのわずかな「技術」が勝敗を分けることもある。平成8年のスプリンターズSのわずか1cmは、エイシンワシントンに乗った熊沢騎手のミスが生んだわけではなく、フラワーパークを操った田原成貴騎手のハンドルワークに拠るところが大きい。

映像をぜひご覧いただきたいのだが、直線坂を登る前(残り200m)とゴール前数メートル時点で、田原成貴騎手は2度にわたって手綱を短く持ち替えている。直線坂を登る前(残り200m)は映像が途切れてしまって分かりにくいが、ゴール前数メートル時点で、もう一度さらに手綱を短く持ち替えているのが良く分かる。追い比べになった熊沢騎手の手綱の長さと比べてみて欲しい。その違いは一目瞭然だろう。

田原成貴騎手が魅せた「技術」とは、短く持ち替えた手綱を強く“引く”ということだ。“矢は弓を引いてこそ遠くまで飛ぶ”、“ゴムマリは一旦縮むからこそ大きく弾む”と田原成貴騎手は表現する。ゴール前のもうひと伸びを引き出すためには、手綱を押すのではなく引かなければならないという。そのためには、手綱をより短く持って、馬の噛むハミとの距離を詰めておかなければならない。

言うのは簡単だが、実戦で使うのは難しい。まして僅かな失敗が許されないG1レースの土壇場の追い比べで、一旦、手綱を強く引くことはどれだけ勇気が要ることか。普通なら、気持ちばかりが焦って、これでもかと手綱をしごき、ムチを振るって、前へ前へと馬を押すことに躍起になってしまうものだ。そういった気持ちを抑え、ゴールまでの残りの完歩数を確認しつつ、手綱を短く持ち替え、ハミの支点への当たりを強める。そして、強く引く。この“引き”が最後の1cmに繋がったのだ。

平成8年スプリンターズS

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「馬検」を受けてきました。

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昨日、「馬検(G2)」を受けてきました。思っていたよりもたくさんの人たちが来ていて、ビックリしました。先ほど、記憶を辿って自己採点してみたところ65点でした。合格が70点だから、あと一歩(悔しい!)。

こんな問題が印象に残っています。
Q,ディープインパクトは規定一杯の9文字馬名ですが、勝ったレースで2着馬も9文字馬名だったケースは何回?
①3回
②4回
③5回
④6回

必死に2着馬の名前を書き上げましたよ(笑)。若駒Sの2着馬の名前だけ思い浮かなかったのですが、結果オーライ。答えは③の5回です。一応名前を挙げておくと、以下の通りです。
新馬戦   コンゴウリキシオー 9文字○
若駒S   ケイアイへネシー  8文字
弥生賞   アドマイヤジャパン 9文字○
皐月賞   シックスセンス   7文字
ダービー  インティライミ   7文字
神戸新聞杯 シックスセンス   7文字
菊花賞   アドマイヤジャパン 9文字○
阪神大賞典 トウカイトリック  8文字
天皇賞春  リンカーン     5文字
宝塚記念  ナリタセンチュリー 9文字○
JC    ドリームパスポート 9文字○
有馬記念  ポップロック    6文字

もうひとつ。これは引っ掛け問題だと思うのですが、まんまとやられました。
Q,菊花賞の最多勝調教師は?
①武田文吾
②池江泰郎
③久保田金造
④尾形藤吉

これがなぜ引っ掛けなのか分からない方は、ぜひ勉強して「馬検」を受けてみることをお勧めします。ちなみに、正解は④です。

受けた感想としては、かなりマニアックで難しかったです(受験された皆様、どう思いますか?)。とはいっても、こういう企画自体は非常に面白いと思います。今までとは違った側面から競馬を深く見ることができますし、私自身とても勉強になりました。次回こそはリベンジしてやる~。

第1回の過去問と解答がオフィシャルホームページにアップされていますので、興味のある方はご覧になってみてくださいな(G3もあります)。

■「馬検」のオフィシャルHPはこちら
http://www.kentei-uketsuke.com/baken_info.html

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またいつか、どこかで

Vodka01ウオッカが凱旋門賞を断念したことは、馬のことを考えれば当然の判断だが、やはり心情的に非常に残念である。なぜなら、父母共に日本で走ったことのある純内国産馬ウオッカが、凱旋門賞のような海外のビッグレースに挑戦して勝つことがあれば、これまでの勝利とはまた違った大きな意義があったと思うからだ。

振り返ってみると、日本馬による海外遠征は1958年のハクチカラに始まり、数々の紆余曲折を経て、ようやく1998年にシーキングザパールによるG1モーリスドゲスト賞制覇に至る。その直後、タイキシャトルがジャックルマロワ賞を制し、翌年には鬼門であった凱旋門賞でエルコンドルパサーが僅差の2着と好走した。勝利への扉が開かれるや、堰を切ったように日本馬は海外でG1レースを勝ち始めたのである。

しかし、海外でG1レースを勝ったどの馬も純内国産馬ではない。父か母かどちらかが日本のレースで走った馬ならば、シーザリオ(父スペシャルウィーク)、ハーツクライ(母アイリッシュダンス)、ステイゴールド(母ゴールデンサッシュ)、コスモバルク(母イセノトウショウ)、シャドウゲイト(母ファビラスターン)が挙げられるが、その他の海外で活躍した馬たちの父や母はいずれも海外で生産され、海外で調教を積み、海外のレースで鍛えられた馬なのである。私たちの期待を一身に引き受けて戦った、あのディープインパクトも同じである。

もちろん、彼ら彼女らが海外で走った時には心から応援してきたし、日本の生産、調教技術が世界レベルにまで達していることを否定するつもりは毛頭ない。そもそも血統を遡っていけば、結局は3頭の馬に辿りつくことを考えれば、直近の父母が日本で走ったかどうかにこだわる必要もないかもしれない。が、しかし、どこか借り物のような気持ちがしていたのは私だけではないだろう。その馬は本当に私たちの手だけで作り上げたものなのだろうかと。

その点から見れば、ウオッカは紛れもない純内国産馬である。父タニノギムレットはカントリー牧場で生産され、松田国英厩舎で調教を積み、武豊騎手に導かれて東京優駿を制した。ついでに言うと、タニノギムレットの母系にはタニノクリスタル、タニノシーバードとカントリー牧場のゆかりの血が流れている。ウオッカの母タニノシスターも同じくカントリー牧場で育ち、森秀行厩舎で鍛えられ、5つの勝ち星を挙げた。こちらもついでに言うと、タニノシスターの母系はあの名牝シラオキの血を引いている。

もう一度述べるが、ウオッカが凱旋門賞のような海外のビッグレースに挑戦して勝つことがあれば、これまでとはまた違った意味での快挙となっただろう。もちろん、今回の回避で全てが潰(つい)えたわけではない。しかし、私たちの心のどこかにある空虚が埋まるその時が、まだだいぶ先の話になってしまったようで、非常に残念なのである。ぜひともウオッカには、またいつか、どこかで挑戦して欲しいと切に願う。

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美しいレース

「今まで観てきた中で、最も美しかったレースは?」と聞かれたら、私は迷うことなく平成10年の毎日王冠と答える。凄いと思わせられるレースは幾多とあるが、レース後に「美しい…」と呟いてしまったのは、後にも先にもこのレースだけだろう。

サイレンススズカにとって、この毎日王冠は秋初戦のレースであった。宝塚記念を含む破竹の4連勝中で、古馬最強の看板を背負うサイレンススズカとしては、負ける訳にはいかない戦いであった。急仕上げや59kgの斤量など、不安な点がないといえばウソになるが、サイレンススズカが負けるシーンなど想像することなど出来ない、と言っても決して過言ではなかった。

そのサイレンススズカに立ちはだからんとしたのが、3歳(当時4歳)のマル外馬2騎、エルコンドルパサーとグラスワンダーであった。ここまでエルコンドルパサーは5戦無敗、グラスワンダーは4戦無敗。いまだ負けを知らない2頭の外国馬が、どれだけのポテンシャルを秘めているのか、この時点では誰も知る由はなかった。そして、この2頭が負けるシーンも到底想像できなかった。

しかし、3頭の名馬が一緒に走れば、どうしても2頭分の幻想は崩れる。グラスワンダーは1年近い休み明けが堪えたのか、4コーナーで見せ場を作ったものの直線で力尽きた。サイレンススズカを捕まえに自ら動いたのは、苦渋の決断の末にグラスワンダーを選んだ的場騎手のプライドだろう。グラスワンダーはその後、有馬記念に勝利し、翌年には宝塚記念と二度目の有馬記念を制した。

エルコンドルパサーは最後までサイレンススズカに迫ったが、ゴール前では逆に突き放された。夏を挟んで、この馬自身も急激に成長していたにもかかわらず、サイレンススズカには追っても追っても辿り着かなかった。エルコンドルパサーはその後、ジャパンカップに勝利し、翌年には海外に長期遠征し、日本馬として最高の凱旋門賞2着という快挙を成し遂げた。

サイレンススズカは、まるで一本の線の上を走るモノレールのように、スタートからゴールまで走り抜けた。「府中の千八展開いらず」と言うが、強い馬が強いレースをして、まさに他馬には影さえ踏ませなかった。武豊騎手はムチを抜くこともなく、サイレンススズカとのわずか1分44秒の旅を楽しんでいたかのようであった。

それだけではなく、毎日王冠はG2レースであるにもかかわらず、武豊騎手はサイレンススズカをウイニングランに誘ったのだ。まさかこれが最後になるとは思いも寄らなかったが、府中競馬場にいた私と13万の観衆、そしてテレビ中継を観ていた日本全国の競馬ファンは、この一部始終のあまりの美しさに酔いしれた。

そもそも絶対的な美などは存在しない。それそのものだけで美しいといいうことはあり得ず、ある文脈の中にあって初めて私たちは美を感じるのだ。この毎日王冠が美しいのは、サイレンススズカの逃げ切りが理想的だったからだけではなく、私たち競馬ファンにとってのあらゆる文脈が見事に絡み合ったからである。サイレンススズカとエルコンドルパサーとグラスワンダーという3頭の奇跡的な邂逅があったからこそ、この毎日王冠は美しい。

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それでも彼らは行くのだ。

Soredemoikunoda松岡正海騎手が、今年もアイルランドへ旅立つ。ただ単純に、素晴らしい挑戦だと思う。アイルランドで修行したからコイウタでヴィクトリアマイルを勝ったとは思わないが、アイルランドに行っていなければ勝てたかどうかは分からない。常に前を向いている松岡騎手だからこそ、海外にも行けたし、ヴィクトリアマイルも勝てたのだろう。

かつては故野平祐二ジョッキーが先陣を切り、岡部幸雄騎手や武豊騎手、そして蛯名正義騎手、後藤浩輝騎手など、多くのジョッキーが海の向こうへと戦いの場を求めた。それがたとえわずかな期間であったとしても、彼らはまるで別人のように成長して海外から帰ってきた。欧米の競馬はそんなにも騎乗技術が進んでいるのか、そう思ったこともあるぐらい、彼らは変わった。

今はその理由が分かる。彼らが変わったのは、海の向こうから技術を持ち帰ったからでも、刺激を受けて帰ってきたからでもない。そうではなく、彼らが変わったのは、ひと時として彼らが所属する場を失ったからである。どこかに所属するという安心感を捨て、もしかしたらどこにも戻られないかもしれないという不安を抱え、それでも鞭一本を持って挑戦した。これまでの日常では考えられなかったような世界へ、思い切ってジャンプすることによって彼らの内的風景が変わったのだ。そんな彼らにとっては、手綱の感触や、股下から伝わってくる馬の鼓動、呼吸のリズム、蹄鉄の音、全てが今までとは違って見えたはずだ。

私たちは生まれた時から、常にどこかに所属しているという安心感を持って過ごしている。それは母親の胸であったり、学校であったり、職場であったりする。そして、特に日本社会という文脈の中では、どこかに所属していないことを悪とみなす傾向が強い。そうして、私たちは社会の文脈から外れないよう、履歴書に1日たりとも穴が空かないよう振舞い、汲々とした人生を送ることになる。それは、たとえジョッキーという特殊な職業に就いた者とて同じで、彼らも常にどこかに所属して生きてきたはずなのである。

しかし、どれだけ澄んだ水でも留まれば濁る。だからこそ、ある時、彼らは安定した地位と名誉と賞金を捨て、どこにも所属することなく、わざわざ全くの当てもない世界へ単身で飛び込んで行くことを決めた。もしかすると、そう決めた時点で彼らは変わっていたのかもしれない。苦しいだけで、馬にさえ乗せてもらえず、無一文で帰ってくることもあるだろう。戻ってきても、もう自分の居場所はないかもしれない。それでも彼らは、競馬社会の文脈に所属することを捨て、自分の文脈を求めて旅立ったのだ。今までは乗り切れなかったような壁を超えるために。

「今ここ」という自分の文脈に没入し、他のことは考えず、まだ登っていない高みを目指す。そして、後悔しない。結局、そうすることが人生における最大のよろこびにつながるのだ。

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『馬検』にチャレンジ!

Bakentei行きつけの書店で、たまたま目にした「馬検」の文字。一瞬、我が目を疑った。「馬券」ではなく『馬検』。恐る恐る、その公式問題集を手にとってみる。

■ディープインパクトに関する問題
Q、ディープインパクトの全14戦中、レコードタイム(レースレコードのみのケースを除く)をマークしたのは何回?
①1回 ②2回 ③3回 ④4回

(天皇賞春をとてつもないタイムで勝ったのは覚えているけど…。うーん、①の1回!)


正解。
①の1回。ちなみにこのレコードは2マイル(約3219m)も含め、3200mの世界レコードホルダーである可能性が高い。

(ふゥ、助かった。でも、他のレースの細かいこと聞かれても分からんぞ。)

■競馬の歴史に関する問題
Q、総取得賞金で日本競馬初の1億円馬となった馬は?
①シンザン ②タケシバオー ③ハイセイコー ④スピードシンボリ

(③ハイセイコーは違うのは分かるけど、①シンザンか②タケシバオーのどちらかかな?いや、④のスピードシンボリもあり得るか?なんとなくだけど①シンザン!)


不正解。
正解は②のタケシバオー。
タケシバオーは昭和44年に春の天皇賞と毎日王冠に勝ち、わが国初の1億円馬になりました。その年の年度代表馬でもあり、平成16年には顕彰馬にも選出されました。(父チャイナロック、母タカツナミ、29戦16勝、うち海外2戦0勝)

(タケシバオーってそんなに強い馬だったんだねぇ。それにしても、昭和44年って、オレまだ生まれてないよ。)

自宅に帰って、『馬検』オフィシャルサイトに行ってみる。そこでも練習問題を解いてみたが、分からない問題の方が圧倒的に多い。正解率40%。しかも、まぐれ当たりも含めて。

■『馬検』オフィシャルサイト(練習問題もあるよ)
http://www.kentei-uketsuke.com/baken.html

悔しかった。競馬について、実は何も知らない自分が。特に、自分が競馬を始める前のことについてはほとんど知らないのだ。競馬の歴史を知らないのだ。単なる知識かもしれないが、やっぱり大好きな競馬について、知らないことがあるのであれば知りたい。

『馬検』にチャレンジしようと思った。

点と点がどこかで線としてつながるかもしれない。

試験とか資格とか勉強とか、昔からあまり得意じゃないけど、やってみよう!

『馬検』公式問題集を読み解く限り、出題されるジャンルは以下の8つに大きく分けられる。
・レースの記録に関する問題
・JRA記録に関する問題
・国内外の競馬場に関する問題
・生産地に関する問題
・競馬好き著名人に関する問題
・競馬の歴史に関する問題
・騎手・調教師に関する問題
・ディープインパクトに関連する問題

かなり幅広いが、とにかくこれら8つのジャンルに絞って考えたい。まずは、公式問題集の中に入っている予想問題を完璧にこなすこと。

試験日は2007年9月9日(日)。あと2ヶ月以上もある。目指すは、当然G2の2級。おそらく、この後の展開として、G2を受かった人のみが受けられるG1が設けられるはず。G1を制するためには、ステップレースであるこのG2を、まずは勝っておかなければならない。

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宝塚記念で悩めるあなたのために再掲:「決断してますか?」

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私は競馬の予想をすると、必ず自分の決断力のなさに辟易することになる。ああでもない、こうでもないと考えた挙げ句に、結局決まらない。一旦これだと決めても、すこし時間が経つと、やはり違うのではないかという疑惑が心の中に浮かび上がる。始めは思考という形を取っていた予想も、だんだんと悩みに姿を変え、ついには私を半狂乱の状態に陥らせる。

競馬の予想に答えはないと私は思っている。もちろんレースが終われば結果は出るのだが、レースが始まる前には答えは存在しない。たとえ自分が考え出した答えがレース後に分かる結果と一致したとしても、それはたまたま、もしくはまぐれであることが多い(私たちが考えている以上に)。予想が当たったというよりも、レースの結果の方が予想に当たったと考える方が実は自然である。そんな混沌としたデタラメな世界において、答えなど出せるわけがないのである。答えがない世界で答えを出すということの難しさに、私はいつも戸惑い、打ちひしがれてしまうのだ。

そんな「決断」できない私は、答えがある世界で生きてきたのかもしれない。ものごとの全てに答えがあり、その答えを見つけていけば幸せになれるという幻想を抱いていたのかもしれない。受験勉強などはそんな幻想の典型的な例だろう。設問には確実に答えが存在し(答えがなければ設問として成立しない)、ただひたすら答えを出すことに集中すればよかった。「氷が解けると何になるか?」という設問には、「水」という答えが前提としてあるわけで、間違っても「春」などと答えるような逸脱は許されなかった。答えを見つけた者は成功者で、見つけられなかった者は落ちこぼれと揶揄された。

ketudan02それは社会に出ても変わらない。どんな仕事にも、ほとんどの場合、こうすればよいという答えが必ずあり、答えまで出す必要がない仕事がほとんどである。始めはどれだけ知的に見えた作業でも、自ら経験を積み、的確な判断ができるようになれば、本人にとっては右から左へとモノを動かすような単純な作業となんら変わりはなくなる。だからこそ、代わりの人間はいくらでもいるし、私たちは歯車として回り続けなければならない。私の「こうしたい」という想いは、「こうあるべき」という理性によって屈服させられてしまうことになる。もし私ではなく他の誰がやっても同じ答えに辿り着くのであれば、私の意志はそこにはない。つまり、答えのある世界では私は「決断」する必要がなく、「選択」を繰り返していけばいいことになる。

私たちは大きな決断から小さな決断まで積み上げてここまで生きてきたと錯覚しがちであるが、実は私たちはほとんど「決断」していないのである。意識的であっても、無意識的であっても、すべてあらかじめ決められたレールの上に乗ってものごとを「選択」しているのにすぎない。思い出してほしい。本人は頭を抱え込んで悩んでいるつもりでも、内心では明らかに答えが出ていることが多かったのではなかろうか。なぜなら本人のことが一番分かっているのは、誰が何と言おうと本人自身なのだから。そんな答えのある世界でずっと生きてきた私たちが、答えのない世界に突然放り出されて立ち尽くしてしまうのは当然といえば当然のことである。

けれども、本当のことを言うと、私たちは答えのない世界に生きているのだ。明日世界がどうなっているか分からないし、明日自分の心がどうなっているかも分からない。明日の天気でさえもまともに分からないのである。なぜいくら考えても分からないかというと、私たちの生きている世界に元々答えなどは存在しないからである。答えのない世界では答えを出すことは難しい。難しいというよりも、答えのない世界で答えを出すことなど不可能である。いくら頭をひねって考えようが、先生に質問しようが、参考書をめくろうが、ないものを見つけることはできない。

ないものを延々と探し続ける私たちが苦しむのは当然のことであり、私たちが答えを探し求めている限り「決断」することはできない。答えのない世界では答えを探してはいけない。いや、探してはいけないということはないが、答えが見つかると思ってはいけない。たとえ答えが見つからなくても、いずれ私たちは「決断」しなければならないのだ。答えのない世界で、答えを探し求め、結局答えは見つからないのだが、それでも私たちは「決断」することを求められる。

答えが分からないのに「決断」するということは、つまり「決断」とは<どうするか決めること>ではないことを意味する。「決断」とは<自分が選び取った状況に腹をくくること>なのである。AとBという選択肢の中で<どちらかを選び取ること>が「決断」ではなく、もしAという選択肢を選び取ったときに、<Aという選択肢を選び取ったという状況に腹をくくること>が「決断」なのだ。

ketudan03

卑近なたとえになるが、「この人と結婚していいのか」という問いがあるとする。それが彼女の彼に対する問いであれば、彼の人柄、経済力、男性としての魅力、健康、将来性、などの基準をもとに「結婚する」か「結婚しない」かの答えを出すことになる。与えられた情報をもとに答えを出すという図式は、受験勉強のそれとなんら変わりはない。答えのある世界で生きてきた彼女は、この時点で「結婚する」という「決断」をしたと思い込んでしまう。だからこそ、結婚式とはああも重大で厳かで感動的でもある。

だが、「結婚する」「結婚しない」は単なる「選択」にすぎない。「選択」は答えを出すだけでいいが、「決断」には答えがないだけでなく、そこから先が問われる。「結婚する」という「決断」は、結婚するという自分で選び取った状況に腹をくくること、つまり「結婚する」という「決断」から生まれるべき全ての状況に、腹を据えて正面から向き合わなければならないということである。それは決して一時的な行為ではなく、「決断」した時点から未来へと続いていく継続的な行為なのである。

「思想の値段は勇気で決まる。間違った思想でも、大胆にそして明晰に表現されているなら、それだけで十分な収穫といえる。」というヴィトゲンシュタインの言葉がある。「決断」にもし値段が付けられるとしたら、それも勇気によって決まるのではないだろうか。どれだけの勇気を持って「決断」したかが、その「決断」の価値を高めるのだ。たとえ結果的にその「決断」が間違っていようとも、勇気をもってなされたものであれば、その「決断」は正しかったということになる。答えのない世界で「決断」をする以上、私たちは勇気をもって臨まなければならない。「決断」とはかくも美しい行為なのである。

追記
このエッセイは5年前に書いたもので、今とは少し考え方が違っていたり、随分と大上段に構えていて恥ずかしいのだが、宝塚記念に迷うあなたのために再掲させていただきました。

Special thanks to StudioU

宝塚記念の現時点での本命馬◎はこちらで公開しています→競馬ブログランキング

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幻の光

ウオッカ陣営が宝塚記念に登録をしたことには、正直驚かされた。秋の凱旋門賞を目標にしているにもかかわらず、休養に入らずに、古馬との対決を選択したことに対してではない。そうではなく、ダービーからわずか2週間ほどしか経っていないにもかかわらず、宝塚記念に出走する意欲を陣営が見せられるほど、ウオッカの体調が回復していることに対してである。

ダービーであれだけの激走をすれば、並みのダービー馬であれば(変な言い方だが)、ようやくまともに歩けるようになったぐらいの回復しか望めないはずである。それだけ、ダービーという頂点を極めるレースを勝つことの、肉体的、精神的な負担は大きい。ダービーを勝ったことによる反動で、大きく調子を崩してしまう馬もいるし、またそのキャリア自体を失ってしまう馬もいるのだ。

そんな中で、もしウオッカが無事に能力を発揮できると判断されたのであれば、宝塚記念に出走するのも悪くはない。そちらの方が誰にとってもワクワクするのは確かだし、そういうチャレンジ精神があったからこそウオッカはダービー馬になった。しかしもちろん、何度でも言うが、無事に能力を発揮できると判断されたのであればという前提である。

Tokinominoru_1トキノミノルというダービー馬がいる。皐月賞とダービーをレコードで圧勝し、10戦10勝の戦績でダービー馬となったが、その17日後に破傷風を発症して死亡してしまった。実はトキノミノルは慢性の膝の疾患に加え、裂蹄の持病も抱えていたそうだ。満足に調教を施せなかっただけではなく、爪と蹄鉄の間にフェルトを挟んで出走したほどであった。ダービーを走ったその時には、既に破傷風にその体を犯されていたという。

「初出走以来10戦10勝、目指すダービーに勝って忽然と死んでいったが、あれはダービーを取るために生まれてきた幻の馬だ」と作家の吉屋信子がトキノミノルに寄せた追悼文は有名である。以来、「幻の馬」という肩書きはトキノミノルだけのものである。

「人間は、精が抜けると、死にとうなるんじゃけ」

はれ、また光りだした。風とお日さんの混ざり具合で、突然あんなふうに海の一角が光始めるんや。ひょっとしたらあんたも、あの夜レールの彼方に、あれとよく似た光を見てたのかも知れへん。

じっと視線を注いでいると、さざ波の光と一緒に、ここちよい音まで聞こえてくる気がします。もうそこだけ海ではない、この世のものではない優しい平穏な一角のように思えて、ふらふらと歩み寄って行きとうなる。そやけど、荒れ狂う曽々木の海の本性を一度でもみたことのある人は、そのさざ波が、暗く冷たい深海の入り口であることに気づいて、我に返るに違いありません。

(「幻の光」宮本輝)

私たちは誰でも、幻の光を見てしまうことがある。死への誘い(いざない)ということだけではなく、たとえようもなく美しいものを見て、ふらふらと歩みよって行きたくなる誘惑に駆られることがある。そこで我に返るかどうかは私たちにかかっているが、しかしまた、こちらに返ってこなかった人間を私たちが責めることはできないだろう。谷水オーナー、角居調教師、そしてウオッカが見る光が、幻の光でないことを切に願う。

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特別寄稿:「安藤老子」

Ankatu01
special photo by M.H

岩田「中央で勝つにはどうしたらよいでしょうか?」
安藤「勝つ気で乗らんことや」

今や日本を代表するジョッキーになった安藤勝己騎手と岩田康誠騎手の間で、岩田騎手の中央移籍に際して、こんな言葉のやりとりがあった。まるで禅問答のような安藤勝己の騎乗論であるが、これはまさに老子の説く「無為(何もしない)」の思想である。

世界中で最も柔らかく弱々しいものが、実は世界中で最も堅くたくましいものを思いどおりに走らせる。水が岩石を流すようなものだ。また実体のないものであってこそ、少しの隙間もないところまで入ってゆける。水がきまった形をもたないからこそ、どこへでも浸みこむようなものだ。わたしは、このことによって、ことさらなしわざをしない「無為」の立場ことが有益であることを知った。 「老子道徳経 下編」第43章

50kgそこそこの体重の騎手が、500kg前後のサラブレッドを駆る。腕力で抑え込もうとしても、鞭を使って駆り立てても、所詮その力たるや微々たるもの。思い通りには動いてくれない。どうするかといえば、「無為(何もしない)」の立場を貫くことだ。つまり、勝とうとして余計な小細工をしないことだ。

大前提として、騎手は馬を気持ちよく走らせ、持てる能力を全て発揮させなければならない。そのためには、人間(騎手)が馬を動かすのではなく、馬のリズムに合わせて人間(騎手)が動かなければならない。つまり、そこで人間の『勝ちたい』という意識は邪魔になり、(自らは)何もしないという態度を貫かなければならなくなる。

2006年に安藤勝己騎手が勝利した3つのG1は、勝つ気で乗らなかったからこそ勝てた。桜花賞はキストゥへヴンで臨んだが、道中は折り合いだけに専念し、終いの脚を生かすことだけを考えていた。ハイペースを読んでいたというよりも、馬の気持ちに逆らわないように乗った結果が、たまたま1着だったということだろう。

また、ダイワメジャーで天皇賞秋とマイルチャンピオンシップを連覇したが、体の大きい割に繊細な馬の気持ちを読み取って、ムチを使わずに手綱だけで追い通した。後続から差を詰められても、慌てず騒がず、ダイワメジャーをファイトさせ続けることだけを心掛けた、ベテランらしい落ち着いた騎乗であった。

その教えを受けた岩田康誠騎手も、勝つ気で乗らなかったからこそ、オセアニアのメルボルンカップを勝つことができた。レース前に現地メディアからその騎乗振りを酷評され、完全にアウェーとしての戦いの雰囲気に飲まれ、レース前は緊張で震えるほどのプレッシャーだったという。

それでも、いざ馬に跨ってしまえば、あとはデルタブルースの競馬をするだけだった。バテない地脚の強さを武器とするデルタブルースを、あわや逃げるかと思わせるほど積極的に先行させ、大きなフットワークを最大限に生かすため、道中は馬群の外々を伸び伸びと走らせることに集中した。

「勝つためには勝つ気で乗らないこと」

分かっていても、実際そのように乗れる騎手は少ない。ペースが遅ければ動いてしまうし、前に行く馬の手ごたえが良く見えれば焦って仕掛けてしまう。ほんのわずかでも、騎手が『勝とう』と思ってしまうと、馬は敏感に反応して動いてしまうのだ。勝つために乗っているのに、『勝とう』という意識を捨て去ることは常人に為せる業ではない。

もしかすると、馬券も同じなのかもしれない。

「勝つためには勝つ気で賭けないこと」

そういえば、老子はこのようにも説いている。

戸口から一歩も出ないでいて、世界のすべてのことが知られ、窓から外をのぞきもしないでいて、自然界の法則がよくわかる。外に出かけることが遠ければ遠いほど、知ることはますます少なくなっていくものだ。それゆえ「道」と一体となった聖人は出歩かないですべてを知り、見ないでいてすべてをはっきりとわきまえ、何もしないでいてすべてを成しとげる。「老子道徳経 下編」の第47章

安藤勝己は中央競馬のトップジョッキーとして君臨している今なお、地元である笠松を離れない。調教のある日には笠松の自宅から栗東トレーニングセンターに向かい、レースのある日は笠松の自宅から競馬場に足を運ぶ。「道」と一体となった聖人は、どのような状況に於いても足もとを見失うことがない。こんなところでも、本人が意識しようとも、しまいとも、老子の教えを見事に体現している。安藤勝己は老子である。

*この稿は数年前に書いて未発表であったものに若干の修正を加えております。

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ジョッキーマスターズ

ジョッキーマスターズを観に、府中競馬場まで行ってきました。メモリアルスタンドの前でたまバスさんと出会い、その後、ぶぎーさん爆走機関車さんが合流してくれました。お昼過ぎに到着したこともあり、馬券も買わず彼らと競馬について話し込んでいると、あっという間にフローラSが発走。ベッラレイアの大外一気に興奮。その後、ピザを食べながらコーヒーを飲んでいると、いよいよパドックに往年の名ジョッキーが大集合です。

パドックも大変な混雑ぶりで、マスターズが馬に跨ると、「しっかりー!」「頑張れー!」など、たくさんの声援が。松永幹夫元ジョッキーが、まるで12Rを乗った後に駆けつけたような自然な姿だったのとは対照的に、岡部幸雄元ジョッキーや河内洋元ジョッキーの勝負服姿を見ると、やはりその時代の何か懐かしい感情がこみ上げてきます。

本馬場入場も、まるでG1レースさながら。シンボリの勝負服を着た岡部幸雄元ジョッキーが登場した時には、さすがに場内もヒートアップ。柴田政人元ジョッキーがスターターとして旗を振ると、ファンファーレが鳴り響き、私たち競馬ファンの夢を乗せた杉本清アナウンサーの実況でレースはスタートします。

結果はインでロスなく乗った河内騎手が、直線で抜け出して快勝。オークスのベッラレイアには河内騎手が乗った方が良いのでは、という声が周りからも聞こえてきたように、現役時代と変わらない腕達者ぶりを見せてくれました。個人的には岡部騎手の最後の直線に向いて1頭だけ馬なりで左右チラッチラッをどうしたも観たかったのですが、今回は次走につながるように馬優先主義に徹したようです。

最後の直線の映像


いやー、久しぶりにJRAに楽しませてもらいました。たくさんの競馬ファンが最後まで残っていたことが驚きでしたし、何よりもその熱狂ぶりはこれまでにないものを感じました。馬券を売らなくても、企画次第ではこれだけの競馬ファンを呼べるんですね。売り上げ至上主義、予想至上主義が蔓延る競馬界にとって、新たな可能性を示してくれたイベントとなったのではないでしょうか。今回のイベントを実行に結びつけた関係者の方々と、勇気を持って参加された(笑)元ジョッキーの9人には敬意を表したいと思います。また来年も行きたいと思える素晴らしいイベントでした。

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岩手競馬廃止とかいばおけ支援金と

地方競馬の巨人、岩手競馬が事実上廃止の方向へ向かっている。330億円の融資案も岩手県議会で否決され、県競馬組合管理者の増田知事も、16日夜、本年度限りで岩手競馬を廃止する方針を改めて伝えた。1日に2億円を売り上げる地方競馬の廃止には驚かされたが、300億円以上の負債を抱えている現状では、遅すぎた当然の結末とも言えるのかもしれない。

致命傷となったのは、平成8年に盛岡競馬場を移転して新設されたオーロパークの建設費の見込み違い(見込み236億円→実際は404億円)とされている。また、今回の件に至るまでにも、岩手競馬の危機は何度も叫ばれていたが、その場しのぎの対策しか打ち出すことしか出来ず、結局、単年度の売り上げを黒字化することすら叶わなかった。想像を絶するほどの負債を抱えながらも、競馬を行えば行うほどさらに赤字が増えていくのである。

廃止となった場合にも、2000人以上の人々が職を失い、400億円に上るであろう廃止処理費など、地域の経済に与える影響は底知れない。岩手が育んだ競馬文化が失われ、生産の現場における特に中小牧場にとっては大きな問題となるだろう。そして、次は高知か佐賀かと、廃止が飛び火することも十分に考えられる。ピラミッドの地盤沈下が起こる以上、一人勝ちのJRAとて安泰ではない。

しかし、このまま岩手競馬を続けても、天下りの役人と土建業者が甘い汁を吸い続けて終わりだろう。競馬を愛するどころか、知ることさえない連中が利権やお金の流れを握っている以上、今の競馬組合や関係者ではこの流れを変えることはできない。それ以外の関係者は、どれだけ真面目にやろうとも報われることなく、その腐りきった構造の中で、自分たちをも腐らせていってしまうことになる。このような社会の構造は私たちの周りにもいくらでもあって、岩手競馬の現状を見るにつけ、私たちにとっても他人事ではないと感じた。

岩手競馬廃止問題について詳しく知りたい方は
融資案が1票差で否決 岩手競馬は今月で廃止へ「馬券日記オケラセラ」
岩手県競馬組合への融資の行方?「劇場競馬日記」
岩手競馬廃止の危機!事ここに至るまでの系譜と希望「地方競馬に行こう!」
【岩手競馬】存続の道は本当に閉ざされたのか?「そのまま、そのままっ!」

岩手競馬にまた新たな動きが出てきたようです(3月18日追記)。
【岩手競馬】奇跡は起こるのか?一筋の光明さす「そのまま、そのままっ!」
岩手競馬廃止 再検討?「王様の耳はロバの耳」
岩手存廃は再び議会へ 身の丈にあった経営を「馬券日記オケラセラ」
岩手競馬存続の可能性も「デイリースポーツ」

追記
21日(祝)に行われる黒潮賞の賞金として、高知競馬が「かいばおけ支援金」を募集するという暴挙に出ている。一般の方々から一口1000円を支援金という形で、銀行口座へ振り込んでもらうというものだ。話題作りという意味を含めた募集だろうが、その手法はあまりにも稚拙である。正直に言うと、支援するメリットも明記されていないのにもかかわらず、現在421万円もの支援金が集まっていることを不思議に思う。

とまあ、勝手なことを書き綴ってしまったが、

私も地方競馬が好きです。

だから、黒船賞が行われる21日(祝)に高知競馬場に行くことに決めました。

競馬場に行って馬券を買う

これが私たち競馬ファンに出来る最善の行為だと信じて。

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馬を“動かす”三位一体モデル

武豊騎手は馬を“追える”騎手である、と私は過去に書いたが、【ケイバライフ】のblandfordさんがまた違った視点から武豊騎手の“追える”について書かれたエントリーを読んで、大変面白かった。武豊騎手の、あのスッと馬を動かせることも、“追える”ことだとされている。なるほど、馬を“動かす”ということも、ある意味では馬を“追う”ということなのである。さらに、blandfordさんは、ノーザンファーム空港の調教主任の方や中村騎手の言葉を借りて、武豊騎手は下半身で馬を動かしているとされるが、まさにその通りだと思う。

私が大学生の頃(かなり昔…)、乗馬をかじったことがあるのだが、初心者の頃は全く馬が動かなかった思い出がある。動かないといっても、競馬でいう動かないのレベルではなく、まさに馬が立ち止まったまま動こうとしないということである。馬の腹をどれだけ踵(かかと)で蹴ろうが、馬は頑として動こうとしないのだ。しかし、同じ馬に上級者が乗ると、動けの合図を送っていないように見えるにもかわらず、馬はなぜか自然と歩き始める。

この違いはどこから生まれるか当初は全く分からなかったが、今となってはおおよそ理解できる。上級者は馬の腹を下半身(足)で押し出すようにして、動けのサインを送っていたのである。大きなアクションではないため、ちょっと見た目には分からない。ムチで叩いたり、踵(かかと)で蹴ったりしなくとも、ちょっとしたコツさえ分かれば、下半身の動きだけで馬を動かすことができるということである。これは競馬で馬を動かす時にも当てはまり、「一流の騎手とは」でも書いたように、馬を追う時にも大切なことなのである。

ただし、武豊騎手のあのスッと馬を動かす技術は、下半身の動きだけではないだろう。ここからはあくまでも推測の域を出ないのだが、武豊騎手は「下半身の動き」に加え、「ハミの操作」、そして「馬の気持ち」の3点を見事に一致させることによって馬を動かしているのではないだろうか

そして、中で最も大切なのは、最後の「馬の気持ち」だと思う。「下半身の動き」や「ハミの操作」だけでは、あれだけ馬は動かない。スタートしてから道中にかけて、馬の気持ちを優先しながら走らせ、馬が「行きたい!」と思ったタイミングで「下半身の動き」や「ハミの操作」を使って馬を動かすからこそ、無理なく最高のスピードに乗ることができるのだ。これぞ、馬を“動かす”三位一体モデルである。

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追記
【ケイバライフ】は「競馬のある生活は楽しい」というコンセプトのもと、blandfordさんを筆頭として、中村騎手覆面厩務員竹島牧場、そして猫ブログ(?)まで、ほぼ毎日更新されている競馬総合WEBマガジンです。競馬を多角的に切り取った世界は興味深く、blandfordさんの確かな経験、知識、そして馬券技術に裏打ちされたコラムは必見ですよ。

【ケイバライフ】はこちらからどうぞ→http://www.passet.jp/keibalife/index.php

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「エプソム、ダービーの行進」

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「Epsom,le défile du Derby」 1930 Raoul Dufy

ラウル・デュフィという画家をご存知だろうか?ゴッホとかピカソは知っていても、ラウル・デュフィを知っている方は少ないと思う(この絵を観るまで、もちろん私も知らなかった)。ラウル・デュフィは北フランスの港町で生まれ、フランスで活躍した、フランス人にとって正真正銘の自国が誇るアーティストなのである。というのも、同じ時代にフランス画壇で活躍した画家たちが、ゴッホ(オランダ)、ピカソ(スペイン)、シャガール(ロシア)、フジタ(日本)と、なぜか異邦人が多かったからである。

デュフィが好んで描いたモチーフのひとつが競馬場であった。実はデュフィが最初に競馬場を訪れたのは、女性のファッションを研究するためだったそうだ。当時、競馬場には、最新のファッションを身に纏った淑女たちが溢れていた。が、しかし、デュフィの心はいつの間にか競馬に奪われてしまい、それ以来、競馬場に足繁く通うようになったそうである。このエピソードを聞いて以来、私はラウル・デュフィという画家に妙な親近感を感じ、彼の作品を好きになってしまった。

この作品ではエプソム競馬場が描かれていて、画面右下の円形の標識がゴール地点となり、スタジアムの前を、競走馬たちがスタート地点へ向けて行進している。競馬場の華やかさと広大さ、そして生きる喜びが、明るく洗練された色彩で見事に描かれていると思う。デュフィは「色彩の魔術師」と呼ばれていたが、この「エプソム、ダービーの行進」はまさにデュフィの真骨頂と言ってよい。この絵を観るたびに、今年こそ、エプソム競馬場へThe Derbyを観に行きたいなあと思ってしまうのだ。

*上の絵をクリックすると大きいサイズでご覧になれます。

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もっと好きに

好きな馬がいると、世界はキラキラと輝いて見える。私が初めて本当に好きになったのは、ヒシアマゾンという牝馬であった。黒鹿毛の馬体は薄い皮膚で覆われていて、その艶やかな黒さがほんのりとした色気を漂わせる。いざ走り出すと、完歩の大きなダイナミックなフォームで他馬をごぼう抜きにする。スタートがあまり良くないため後ろから行くことが多かったが、3コーナーから4コーナーにかけてスッと上がっていくあのスッという瞬間がたまらなく好きだった。

ヒシアマゾンが有馬記念で負けた時は、ショックで言葉が出なかった。比喩としてではなく、何か言おうとしても、言葉が口から出てこなかった。まるで世界と私が断絶されてしまい、その溝を言葉で埋めようとしても埋められないような感覚であった。華やかなりしクリスマスツリーと、田原成貴のインタビューを傍目に、当時付き合っていた彼女と一言も口を利かずに、船橋法典から高田馬場まで地下鉄で帰った記憶がある。

彼女が走った他の全てのレースにも、その時代の私のありとあらゆる感情が詰まっている。クリスタルカップの鬼脚は今でも語り草にしているし、ニュージーランドT4歳Sの府中のゴール前で、誰よりも叫んでいたのは私である。エリザベス女王杯は心臓が止まるかと思ったし、京都大章典ではその強さに酔いしれた。マイルまでならばナリタブライアンにも勝てると信じていたので、友人と言い争いをしたこともあった。どのレースも10年以上前のことであるが、その時の心象風景は、まるでつい昨日のことのように浮かんでくる。

好きな馬がいるということは、本当に素晴らしいことだと思う。投資競馬とか、勝ち組とか、競馬予想ソフトとか、いろいろと喧しい世の中であるが、1頭の馬の走りに自己投影をしてしまうことは、競馬を楽しむことの本質に最も近いのではないだろうか。あらたさんのヒシアマゾンに対する淡い思い出や、バランスオブゲームに対するUPUPさんの想いや、onyxkissさんのスウィープトウショウに対する思い入れを目の当たりにして、1頭の馬を好きになることがほとんどなくなってしまった自分に気付かされた。競馬に対する私の後ろめたさを癒してくれたディープインパクトにはとても感謝しているが、彼は私が自らを自己投影するには強すぎる馬であった。好きな馬は好きになろうとして見つかるのではなく、なぜか好きになってしまうものだ。好きな馬ができたことで、今を好きになり、人を好きになり、そして世界が輝き出すのだ。

私は、競馬の世界を心から楽しめているのだろうか。


■UPUPさんの読者参加型ブログはこちら
http://blog.livedoor.jp/upupdesu/
■onyxkissさんの妄走ブログはこちら
http://love.ap.teacup.com/onyxkiss/
■あらたさんの親バカ(笑)ブログはこちら
http://blog.livedoor.jp/aratazzz/

ちなみに、2006年に私が最も好きだった邦楽ポップ曲はBankBandの「to U」でした。最初に聴いた時は普通の曲だなぁと思ったのですが、聴けば聴くほど味わい深い名曲です。あなたの好きな馬、好きだった馬との想い出と一緒にご試聴くださいな。

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勝己の凄み

Katuminosugomi

日経新春杯を勝った安藤勝己騎手に、凄みを感じたのは私だけだろうか。ジョッキーとしての最高峰にいる者のみが放つ、ある種の凄み。普通に乗っては勝ち目のなさそうなトウカイワイルドを、まるで別馬が走っているかのように、その手綱で蘇らせてしまったのだ。

12.5 - 11.2 - 11.0 - 13.0 - 12.8 - 13.0 - 13.8 - 12.8 - 11.7 - 11.7 - 11.6 - 12.3

これがレースのラップタイムである。京都の2400mは、スタートしてから1コーナーまでの距離が597mと長いため、今回のレースのように逃げ・先行馬が気分良く行き過ぎてしまうと、前半の3ハロンまで速いラップが刻まれることがある。その反動で、1コーナーから2コーナーにかけてペースが落ち、引き続き向こう正面もゆったりとしたペースでレースは進んだ。レースが動き出したのは3コーナー過ぎのラスト4ハロンからで(少し速かったか)、ラスト200mはどの馬も失速している(トウカイワイルド以外)。まさに、コーナーを基準にペースが変わる典型的なラップ構成である。

このようなラップで流れるレースを、どのように乗るかを説明するのは簡単である。テンの速いところではゆっくりと行き、道中でペースがガクンと落ちた時に無理なく前との差を縮め、ラストで再び各馬のペースが上がり始めた時には手綱を抑えてゆっくりと仕掛ける。つまり、全体の流れが速くなったら遅く行き、遅くなったら速く行くのである

「全体の流れが速いときには遅く行き、遅いときには速く行く」

誰もが分かっていても出来ない乗り方である。今回の日経新春杯でも、こんな当たり前の乗り方が出来ていたのは安藤勝己騎手だけであった。とはいっても、安藤勝己騎手が何か特別なマジックを使った訳ではない。もしひとつだけマジックがあるとすれば、安藤勝己騎手はトウカイワイルドの走るリズムを崩さないことだけを心掛けて乗っていたということである。スタートからゴールまで、トウカイワイルドのリズムで走らせた結果、全体の流れが速いときには遅く行き、遅いときには速く行くという乗り方になっただけなのである。そして、気が付くとゴールでは先頭に立っていただけなのである。これが安藤勝己の凄みだ。

日経新春杯のレースをもう一度
→http://www.jra.go.jp/JRADB/asx/2007/08/200701080511h.asx

Special photo by Ichiro Usuda


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言葉にできない

Morethanwordscantell

最後の有馬記念は、広島ウインズから駅に向かう地下道にあるオーロラビジョンで観た。普段は競馬など観ないであろう人達も皆、足を止めて、ディープインパクトの最後の走りを見守っていた。こんなにも多くの人たちが競馬に関心を示してくれていることが、まるで自分が認められたかのように嬉しかった。スタートが切られ、各馬がスタンド前を通過する時点で、不覚にも涙が出てきた。それは幸福の涙であり、また癒しの涙であった。言葉にならない感情たちが、涙となって溢れ出てきた。

あなたに会えて本当に良かった。
嬉しくて 嬉しくて
言葉にできない。

ディープインパクトについて語ろうと思えば思うほど、なぜか言葉にできない。ただの馬ではないかと思われるかもしれないが、私にとってはただの馬ではなかった。「ガラスの競馬場」だけではなく、私自身の人生も、この2年間で大きく変化した。新しい生命の誕生もあった。ディープインパクトを通して、いろいろな人たちと出会うこともできた。ディープインパクトの走りは、まるで挿絵のように私の人生を彩っている。

ありがとう、ディープインパクト。

自分に取っては失恋の淡い思い出
まず、綺麗な瞳、小柄ながら雄大なフォーム、純粋に応援したくなる馬。そして、自分に取っては失恋の淡い思い出・・・当時付き合ってた彼女もディープのファンで一緒に応援していました。有馬でのラストランで苦い思い出にもピリオドを打ちたいです。がんばれディープ!がんばれ俺!
キノPさん

凱旋門賞の時は正座してみてました
私が競馬をちゃんと始めた(馬券を買うようになった)のは、去年の6月に近くにウインズが出来てからです。それまでは時々G1をテレビで見ていただけでした。ディープについては6月頃からすごい馬がいるらしいと、皐月賞やダービーの映像を見て知りました。大外から直線の切れがすごく、いっぺんに好きになり、神戸新聞杯から先日のジャパンカップまでずっと勝つと信じてテレビを見てました。凱旋門賞の時は正座してみてました。ジャパンカップを勝った時、武騎手が馬上でディープをいとしいそうに抱いている時は涙が出てきました。この一年半、競馬のことをいろいろ知って、勉強して、ちょうどその時にディープが現役で走っていて、とても幸運だったと思います。10年後、20年後にきっとディープのことを今までで最高の馬と話していることでしょう。
内 義輝さん

私の永遠はディープインパクトです
私には2年前から大好きな彼がいます。その彼が競馬好きという縁から私も競馬の世界にじょじょに入りこむようになりました。その1年目のクラッシックでディープインパクトと出会いました。本当にそれは衝撃的な出会いでした。馬という動物の感覚とははずれて、大好きな友人という感覚でレースがはじまる前は自分の馬券の事を忘れていつもドキドキ☆ディープのひたむきな走り、ゲートはいつも出遅れけして、競馬は上手くないけれど、走るという才能に甘んじる事なく私たちの胸を熱くしてくれます。誰が相手でも駆引きのない走りに魅了されます。人生に1度忘れられない競走馬に会えるといいますが、私の永遠はディープインパクトです。彼との仲が深まったのも感動を共有出来る事が大きくそういう意味でもディープインパクトは忘れる事の出来ない存在です。
きょんさん

競馬で感動すると思っていませんでした
自分は去年の皐月賞の時に競馬と言うものに出会いました。それまではほとんど知りませんでしたが、その時テレビで放送していたのを見てびっくりしました。こんなに強い馬がいるんだなぁと思いました。それからいろいろ探してみたらその馬はディープインパクトと言う馬だと分かり、その後もディープが出るレースを見続けてきました。いろいろ調べていくうちに競馬が好きになりました。

たくさんのレースを見てきましたが、ジャパンカップはゴールの瞬間、思わず涙が出てきそうになりました。薬物騒動など全てを振り切って勝ったんだなと思ったら自然とこみ上げてきました。自分は去年の今頃は競馬で感動すると思っていませんでした。こうやって感動できたのもディープのお陰です。そして競馬に出会えたのもこの馬のお陰です。人生が少し変わった気がします。ディープに感謝ですね。次は最後です。最後も感動を与えてくれるようなレースを期待します。
Keigoさん

私たち夫婦の記憶に残ると思います
私にとってのディープインパクトは,とても有り難い存在でした。昨年結婚したのですが当時日本はディープの3冠達成に向け、異様なほどの盛り上がりを見せていました。ギャンブルというものに女性はあまり好感をいだかない物ですが,ディープインパクトの登場でそれが一変しました。アイドルスターを応援するといった形となり、嫁も一緒に競馬を楽しむようになりました。春の天皇賞でディープからリンカーンに馬単1点1万円を買おうとお互いの小遣いから出し合ったこともあります。ただこの時は欲張って3連単にまで手を広げてしまい,結局馬券は外れました。

でも,ディープが勝ったことでお互いとてもすっきりとした気持ちでウィニングランを見ることができました。有馬記念で引退してしまいますが,私たち夫婦が共通の趣味を共有するきっかけとなったディープインパクトは生涯忘れることのできない存在として、私たち夫婦の記憶に残ると思います。ありがとう,ディープインパクト。
しんぴょんさん

家族の絆をも取り戻してくれた
私が初めてディープインパクトを知ったのは、若駒Sのときです。最後の直線で彼以外が止まって見えるほどの末脚に鳥肌がたったのを覚えています。それ以来彼のレースを見るごとに、私はその走りに魅了されていきました。あるときは衝撃を、あるときは感動を、またあるときはせつなささえ感じさせてくれる彼の走りは、意外なところで自分に影響を与えてくれました。

私は学生で、現在東京で一人暮らしをしていますが、実家の家族とは普段連絡をとることもなく疎遠になっていました。しかし彼が走る日になるとそんな家族から「ディープすごかったね。」とか「ディープ残念だったね。」といったようなメールが届くようになったのです。凱旋門賞のときは珍しく電話で話したりもしました。彼はその走りで、家族の絆をも取り戻してくれたのです。そのようなこともあり私は彼がただ好きなだけではなく、その存在に感謝もしています。

今年で引退というのは本当に残念ですが、有馬記念ではぜひ中山競馬場に足を運んで、その最後の勇姿を目に焼き付けるとともに「ありがとう」とお礼を言いたいと思っています。
K.Mさん

「HERO」というような雰囲気をディープに感じる
私、競馬を本格的に始めたのは、今年の春からです。学生の頃に地方競馬を数戦したことがあるのですが、当たらない当たらないですぐにやらなくなりました。そんな私ですが、昨年の秋からディープのことは先輩から聞いていたのですが、「なんでこんな率の悪いギャンブルをするのだろう」程度にしか考えていませんでした。

ところが、昨年の秋、勧められるがままに初めてテレビでディープを見たとき、びっくりしました。こんな後から一気にいけるものかと。当時は知識も興味もなかったので、「よほど実力差がある馬が走ってるレースなんだな」と今思うと恥ずかしい勘違いをしておりました。

そえからちょっとづつ競馬をかじり始め、約一年がたち、JCの前に2つの気持ちがありました。1つは「早熟でほんとうは終わりなんだろうな。フランスで終了か。」もう1つは、「絶対的な強さってものを見せてほしい」。2つの気持ちを持ちながら買った馬券は、ディープ1着固定にウィジャ2着、3着の3連単です。(おかげで小銭を稼がせてもらいました。)

有馬で終わるのは非常に残念ですが、また絶対的な強さを見せてほしいものです。負けるのが見てみたい強さではなく、いつまでも強いところを見ていたい、「HERO」というような雰囲気をディープに感じる私です。

ざきさん

ディープインパクトはアントニオ猪木である
ディープインパクトは最強馬!凱旋門賞前にマスコミが煽りまくったことで、アンチディープ派はこぞって異議を唱えた。「ハーツクライに負けたのになぜ最強馬なのか?」確かにそのとおりである。

ならば私はこう断言する。ディープインパクトはアントニオ猪木である。プロレスは勝敗だけで最強は決まらない。勝敗は強さを決めるひとつの要素ではあるが、それだけで「最強」を決めてしまうのはあまりに安易である。「最強」をキャッチフレーズにしていたのはUWFインターの頃の高田延彦だが、過去から現在にいたるプロレスラー全体の中でもっとも「最強」に近いのはアントニオ猪木ではないだろうか。ここで言う「最強」とは強さうんぬんではなく、突出したキャラクター、相手を光らせた上で自分もさらに光り輝かせる技術(風車の理論)。そういったパフォーマンスの積み重ねにより相手にまいったを言わせてしまう凄み。何をしても許されてしまう器量。そういった意味ではアントニオ猪木はまさに「最強」である。

ディープインパクトはアントニオ猪木そっくりである。というのも、ディープはこれまでに数多くの風車の理論を体現している。

弥生賞…初の輸送、前日まで雪が積もっていた湿った馬場(発表は良)を克服して勝利。
皐月賞…落馬寸前の出遅れをはねのけての勝利。
ダービー…パドック周回中、終始尻っぱねをし、入れ込んでると思わせておいて楽勝。
神戸新聞杯…2冠馬の夏休み明け初戦は負けるというジンクスをはねのけて圧勝。
菊花賞…スタート直後から2週目に入るあたりまでずっと頭をあげてひっかかりっぱなし。でも楽勝。
有馬記念…ハーツクライの予想以上の成長、ルメールの好騎乗には、本調子ではない状態ではさすがに負け。 しかし、 結果的に一度負けることにより市民権を獲得。
阪神大賞典…休み明け、道悪馬場、58キロの長距離を克服して勝利。
天皇賞・春…調教の併せ馬で遅れをとり、走る気がなくなったと見せかけておいてレコード勝利。 しかもレースは常識ではあり得ない3コーナーから仕掛けてのもの。
宝塚記念…今までに経験したことのない不良馬場での圧勝。   
これだけ魅せて勝つという競馬ができる馬は国内はもちろん、海外を探してもいないのでないか。

さらに、他陣営のレース前のコメントのほとんどは最初から白旗を揚げている。「もしディープが菊花賞の時みたいに掛かる面を見せるようなら付け入る隙はあると思っているんですけどね」(有馬記念直前、橋口調教師談)「1頭強い馬がいるけど他の馬には負けたくないね」(菊花賞直前、松田博資調教師談)

戦う前に戦意を喪失させる。これも実にアントニオ猪木的である。そんなアントニオは凱旋門賞で3着に敗れてたあと、薬物疑惑を浮き上がらせ世間をさらに巻き込んだ。こんなシナリオは神様でも思いつかないだろう。持って生まれたスターとしての資質が飛びぬけている。当然のごとくジャパンカップは圧勝。満員の東京競馬場のスタンドで万歳が起きたことは未だかつて、ない。ラストランとなる有馬記念。最後にこの馬はどんなドラマを魅せてくれるのだろうか。
ギャロップUSAさん

ディープの伝説を作ってもらいたかった
馬券的にはあまり当っていないが、新馬戦から走る一戦ごとにディープインパクトの末脚のように加速的に惹きつけられた。来年の凱旋門賞で圧倒的な大差で勝ってもらい、ディープの伝説を作ってもらいたかった。
たーくんさん

自然と出た万歳三唱
スペシャルウイーク好きの私は、ディープは有馬記念まで「レース運びが下手等」の言いがかりをつけて「アンチ」な方だったのですが、武騎手のディープに対する思い入れや、凱旋門賞後のJCに向けての武騎手のコメント。そして完全勝利。自然と出た万歳三唱。正直感動しました。このまま有馬記念も爆走し伝説の名馬になってほしいです。
スペウイ&武好きさん

今度はディープの子供の走りに熱狂できると信じています
ディープインパクトは私が競馬を始めて最初に出会ったスターホースでした。アガリ33.1の末脚に度肝を抜かれた新馬戦。100円の単勝馬券を握り締めたダービー。現地まで見に行き、熱狂した菊花賞。鳥肌が立つようなマクリを見せてもらった天皇賞。並み居る強豪を直線だけで交わし去ったジャパンカップ。ディープの走った全レースが胸に焼き付いていますね。あと一戦しか見ることはできませんが、有馬でもディープらしく飛んでもらいたいと思います。そして今度はディープの子供の走りに熱狂できると信じています。
Shigeさん

またこういう馬にめぐり合えたら幸せなのですが…
ジャパンカップは感動しました。勝つ為に遠征した凱旋門賞。そこでの敗戦。そして思いもよらぬ薬物違反での失格。いろいろなことがあったからこそ、それを乗り越えての勝利に感動しました。今更ですけど、凱旋門賞は勝ってくれるだろうと思っていました。みなさんもそう思っていたでしょう。JRAもCMを作るくらいですしね…。今思えば、陣営にはかなりの期待が重圧となって圧し掛かっていたのでしょうね。毎日インターネットでディープ情報を見ても、「順調」「順調」を書いてありました。しかし凱旋門賞敗退後、薬物疑惑が発覚したときに判明した、「レース5日前まで喉の治療をしていた」という新事実。おそらくこの情報は凱旋門賞レース前には流れてなかったと思います。

ここで想像できるのは、凱旋門賞でディープは本調子ではなかったのではないかということ。では何故レース前に情報が流れなかったのか?個人的な推測ですが、池江師は聞いていなかったと言っていますが、愛馬の状態を把握していないなんて有り得ないと思います。我々ファンやマスコミ、そしてJRAの期待が大き過ぎて、凱旋門賞になんとしても良い状態で出走させたい、という思いがそうさせたのだと思います。「不調」なんて語れるわけがありません。

最初は凱旋門賞敗退を「競馬の質の違い」だと思いました。もちろん、それは一番高い可能性だと思います。しかし、もしディープが敗れたのは体調不良の所為だとしたら、もしディープが万全の状態なら、いつもの飛ぶような走りでレイルリンク以下を突き放していたのではないか、と思ってしまいます。

そういうことがあってのジャパンカップでしたので、外国馬がたったの2頭で頭数が少なくても、ディープが走るということがただ嬉しかったです。最後の直線は、私の目には「圧倒的に強い」印象は受けませんでした。しかし陣営の、そしてディープの意地で勝ったように感じ、それがまた感動しました。

この走りが見られるのもあと一戦となってしまいました。この馬をリアルタイムで実感出来て幸せだと思います。競馬を見続けて16年になります。今までも沢山強い馬を見てきました。ナリタブライアンは本当に強かったです。力強さではディープより上かもしれませんね。しかしディープインパクトはこれまでに見たことがないタイプの馬でした。レースのパフォーマンスもさることながら、レース後に見るラップや上がりなどの数字。いままでに見たことがない驚きの数字だらけでした。こういう馬がまたいつか出現してくれるのでしょうか?まだまだ競馬はずっと続いていきます。これからの人生、またこういう馬にめぐり合えたら幸せなのですが…。

最後のレースはしっかりと目に焼き付けておきたいと思います。最後のレースでも「ディープらしい走り」で期待に応えてくれると信じています。
ちゃんまん(河野義男)さん
「ちゃんまんの競馬ブログ」→ http://chanman.at.webry.info/

ディープの子供も無敗3冠達成してほしいですね
JCは現地で観戦してきました。素晴らしい衝撃でしたね♪パドックでは一際目立った馬体で堂々と周回していたのを鮮明に覚えています。武豊騎手がまたがった時にわざと他馬よりも1周多く周回するファンサービスがあって、デジカメで沢山撮る事が出来ました。出来はイマイチでしたがw。しかし、次の有馬記念で引退してしまうのは非常に残念でなりません。1着固定で応援したいと思っています。また、ディープの子供も無敗3冠達成してほしいですね。
Sakaguchiさん
「A self-satisfied Page」→ http://sakayou936.exblog.jp/

一つ一つのレースは自分の心から離れることはないでしょう
僕は長年、POGをやっていて、ディープを他の人が持っていました。過去にも強い馬を、選ばれたときにはその馬を毛嫌いしていました。しかし、ディープはそんな自分の気持ちを全て吹き飛ばす馬でした。ナリタブライアンの時も熱くなりましたが、無事に古馬になって、強さを発揮するディープにはただただ感心させられるばかりです。引退は決まっていますが、一つ一つのレースは自分の心から離れることはないでしょう。
栗山さん

天の恵みだと思う
ダービーで震えた。天の恵みだと思う。
じじさん

大好きな競馬を見続けていきます
私にとってこの2年間は十数年の競馬暦の中で最も熱いものでした。ただ強いだけではなく、ファンを魅了させるその走りがあと1回しか見ることができないのは寂しいとしか言い様がありません。できることなら凱旋門賞に再挑戦してほしいという気持ちもありますが、それは欲張りですよね。3コーナーから徐々に進出し、4コーナーで先頭集団を次々と飲み込んで直線に入るとその末脚を爆発させる、その異次元の走り。スペシャルウィーク、ダンスインザダークなどの数々の名馬が果たせなかった三冠達成。ナリタブライアンが果たせなかった三冠馬の古馬になっての活躍。クロフネが果たせなかった世界一への挑戦。数々の願望を十分に満足させてくれた彼には本当に感謝しています。これからは、その子供が世界一の座についてくれることを夢見て、大好きな競馬を見続けていきます。
にゃろめさん

ここまで1頭の馬を好きにさせてくれたディープに感謝
史上最強馬はどの馬か?ということがいろいろなところで論議されていますが、べつにディープインパクトがそれにあてはまらなくてもいいです。もちろん、私的には最強だと思っていますが。そんなことよりも、ここまで1頭の馬を好きにさせてくれたディープに感謝です。あのかわいい顔、楽しそうに駆ける姿、そして圧倒的な勝ち方。ディープの走りを見るたびに鳥肌がたち、感動し、勇気づけられます。残りあと1戦、しっかりとこの眼に焼き付けたいです。しっかり飛んで、何事もなく無事に着陸してね。
ぽん吉さん

「神馬」
菊花賞の季節・時間帯の京都競馬場は、4コーナー出口からゴールに向かって西日が差します。あの日は午前中小雨が降っていましたが、メインレースが近づくにつれて雲が晴れ、菊花賞ゴールのときはきれいに陽が射してました。私はアドマイヤジャパンの単勝を持っていたのに、直線ではディープしか見えませんでした。そういう馬だと思います(ちなみに菊花賞前日、私と連れが京都市内で飲んだ店は「神馬」という名前でした)。

ジャパンカップでは、所用で遠方にいたのでリアルタイムでは観戦できず、帰りの機中のNHKニュースで結果を知ったのですが、ディープの馬券は買っていなかったにもかかわらず、「ああ、よかった」という感想を抱きました。
タビノナカマさん

たくさんの勇気をこの馬にもらいました
なぜ、この馬がこんなにも人気するのか不思議に思うことがあります。過去にも強い馬はたくさんいたのに、さらにその上を行くような実力と人気を兼ね備えたディープインパクト、本当に不思議な力を持っていると思います。私を含め、世の中は今、ヒーローの出現を待ちわびていると思います。何の力にも屈しない本当に強いもの。完璧な形のヒーロー。彼はあと一戦で完璧なヒーローになろうとしています。だからこそ有馬記念は勝ってほしい。何があっても。本当にそう思います。今までたくさんの勇気をこの馬にもらいました。最後くらいはディープの力になれるように精一杯応援します。がんばれディープ!
M.Iさん

出遅れてつまずいても
とにもかくにも強い!速い!名前がピッタリ?!だからみんなに支持されるんでしょうね。やっぱり皐月賞が一番印象に残ってます。出遅れてつまずいても最後の直線だけで「飛ぶ」走りで勝ったときTVで見てて鳥肌ものでした。そこから完全にファンになりましたね。欲を言えばもう一度海外で見てみたい気はしますが・・・その期待は子供に託して。無事に有馬を走り終えてください。
COTODAさん

年甲斐もなく涙腺がうるうると・・・
若駒Sの衝撃で一気に虜に、3冠達成で狂喜乱舞し、有馬惜敗で激しく落胆し、天皇賞での圧勝劇にただただ驚愕、そして凱旋門賞での敗戦、失格etc...わずか13戦のキャリアのなか、本当にいろいろ魅せてくれたディープ。JCでの完勝時には、年甲斐もなく涙腺がうるうると・・・。強いものは強い! やっぱりディープが最高!!!その彼のレースも後1戦を残すのみ。長く語り継がれる英雄をリアルタイムで観ることのできた御礼とともに、最後の飛翔、存分に応援&楽しみたいと思います。
おいらさん

社台スタリオンステーションに来たら絶対に見に行こう
私が競馬を始めたのは、ipatがスタートしてから・・去年の6月19日でした。もったいないことにその後に、ディープインパクトを知りました。すでに皐月賞、ダービーは終わっており、すごく後悔しています、あんなにすばらしいサラブレッドを知らなかったなんて・・もっと前から競馬をやっていたら、もっともっとディープインパクトのレースを見て凄さを感じられたのに・・残念です。これから引退して種牡馬になって、産駒が活躍してくれることを祈ってます。今期活躍し始めた同じ凱旋門賞に挑戦した「エルコンドルパサー」の子供達みたく・・

最後の一戦も負けないように、最後までディープらしい競馬をしてもらいたいです。北海道に住んでいるので最後の一戦も生で見に行けないのがツライ・・だから引退して北海道の社台スタリオンステーションに来たら絶対に見に行こう。そしてありがとうと伝えてあげたいです。
ドリームインパクトさん

今でもどうにかしたら勝てたんじゃないかと夢想にふけます
ディープインパクト、それは翔ぶ馬。馬券をやってると「馬が飛ぶ」なんていうのは人気して惨敗することをいうんだけど、この馬は負けなかった。だから、凱旋門賞にしたって馬場なんかの心配もあったはずなのに、勝つと思っていました。だけど負けた。今でもどうにかしたら勝てたんじゃないかと夢想にふけます。

10年程度の競馬歴でありながら、1頭の馬の競争生活をはじめから最後まで見届けたのは初めてで、1走目を見た時からG1級と確信。そして、皐月賞を見て歴史的な馬だと確信。ダービー前ぐらいから「ディープインパクトという馬が来年の凱旋門賞に出走し、なおかつ優勝する」という条件でイギリスのブックメーカーに持ち込めれば、けっこうな儲けが出るんじゃないかと真剣に考えてしまうぐらいのスケールでした。

結果的に世界の歴史に名を刻むことはできませんでしたが、どうにもこの馬は世界レベルで他にない功績を残す気がしてならず、また、それはまだ達成されていないと考えています。それならば、競走馬としては半ばの夢でも子供が成し遂げてくれるかもしれない、そう信じてみたくなります。自分の勘を信じ続ける意味でも、この馬の種牡馬生活も見届けていきたいと思います。
Halemetさん
「当てない競馬予想」→ http://blog.goo.ne.jp/shastasheen/

競馬一年目で無敗の3冠馬誕生を見させてくれた
私は、昨年から競馬をはじめました。競馬をはじめた私は、無敗である事の凄さや、3冠馬の凄さにいまいちピンときませんでした。しかし、競馬を楽しんでいくにつれ、学んでいくにつれ、上の2つことが非常に凄いことであることが分かりました。さて、そんなディープに起こった薬物問題。もちろんディープが悪いわけではありませんが、今回の薬物問題で少なからずディープ陣営、JRAに疑問をもったファンはいるとおもいます。私もそのうちの一人です。しかし、私はディープを応援します。競馬一年目で無敗を3冠馬誕生をみさせてくれたディープを応援します。たとえ負けたとしても、構いません。それがディープインパクトだったと納得がいきます。私はディープインパクトが大好きなので、負けたからといって嫌いになることはないです。ラスト2500M、がんばれディープインパクト!!!
Shinさん

スタンディングオベーションをしていました
まだ競馬歴が3年と、まだまだビギナーな私が初めて現地で見たG1が彼の菊花賞でした。一週目のスタンド前で行きたがる素振りを見せた彼でしたが、能力の違いを見せた圧勝劇に私はため息をつくことしか出来ませんでした。たしかに、この馬は父SS、母ウィンドインハーヘアという超一流血統で、そこまで気合を入れて応援しようとは思っていませんでしたが、近年はクラシック有力馬が次々と故障でターフを去るなかで、ここまで無事に管理された池江調教師をはじめ、息子さんなど関係者の皆さんに表彰式で私はスタンディングオベーションをしていました。

この後、天皇賞・春、宝塚記念と彼の走りを生で見て日本馬による凱旋門賞制覇という夢が叶うって期待していたのですが、現実はやはり厳しかったですね。ドーピング問題に関しては、いままで散々ディープ、ディープと持ち上げていたJRAまでもが批判的な立場にわまり逆風が強くなっていきましたが、先日のJCでは見事な勝利を飾って、その強さを再びアピールしました!個人的には、あと1走とは言わず来年も凱旋門賞にリベンジして欲しいという気持ちのほうが強いですが、今度は自身の産駒で再び世界に挑戦してほしいものです! 
曼城喫茶さん
「曼城喫茶(有)」→ http://blog.goo.ne.jp/cesario-0412/

ディープで笑って、ディープで泣いた2年間
ディープで笑って、ディープで泣いた2年間でしたね。有馬記念は絶対に目に焼き付けたいと思います。そしていつの日か子供が3冠を達成することを願っています。
追記:エアグルーヴとの子供を是非見たいです!

フサイチハマーさん

JRAの特別扱いが嫌です
ビワ、チケット、タイシンの3強の時からです。先ずはディープ派ではありません。世間が盛り上がるの良いのですが、JRAの特別扱いが嫌です。特にディープアングルのカメラワークには???です。必ずアップになりますね、しかも結構長い時間アレ望んでいる人いるんでしょうか?印象に残っているレースは若駒Sと皐月賞です。前者は直線最後方から追込んで、更に5馬身突き抜けたレースぶり。後者は4コーナで先団に取り付いたと思ったら、直線向いた時にはワープしたかの様に、あっという間に抜け出していた足にびっくりしました。有馬はJC同様ドリームパスポート単勝が私の夢です。
Tomokanさん

すごい坊ちゃんから、王者になった
JCは朝からすごい人だかりで人気のすごさを痛感しました。前日、JCDも観戦に行きましたが、その際の席取りの長蛇の列にびっくりです。カメラ持っている方がたくさんいましたのでPhotostudの方もひょっとしてあの中に?いつものとおり?そろりとゲートから発馬、私の中で負けるとしたら落馬くらい(笑)だと思っておりましたので一安心です。

レースは定位置の最後方を進み、4コーナーを曲がり、さあやってこ~いと見ておりました。直線を向いて伸びていた所で他馬と接触、(後でメイショウサムソンと発覚、レース中は冷静に見ることができていません。サムソンからみの馬券も買っていたのに)「邪魔するな~!」と叫んでおりました。しかしながら、ディープインパクトはそのままグイグイと伸びゴールしました。一言、強かったです。武豊ジョッキーの派手なガッツポーズが飛び出し、万歳まで一緒にやり(笑)、さらに馬券も久々大的中と、大満足なレースでした。

ディープインパクト、JCでも「飛んだ」という言葉がよく紙面等で使われていますが、私はそれ以上に、走りに「強さ」と感じました。今までも強いレースをしてますので、いまさら強いというのはおかしいかも知れませんが、イメージとしては、すごい坊ちゃんから、王者になった。しかし、走るたびに強くなっていくような気がします。武豊ジョッキー、ゴール後に派手なガッツポーズ。あんなにうれしそうな豊ジョッキーを久しぶりに見ました。万歳まで飛び出すとは。ディープインパクト関係者の苦労が報われた結果ではないでしょうか。

いよいよ1ヶ月後にはラストランとなります。惜しいのは山々ですが、最後にどんな走りを見せてくれるのか楽しみです。JCの馬体減は仕上げもあったと思いますが、私はやはり疲れもあったのではと考えています。ですので、究極の仕上げをすると言っていますが、まずは無事に回れる体を作ってほしいです。そうすればきっと一番になっているのでしょうから。
Lupinさん

子馬も跳んでほしい
日本最強馬!種馬になっても跳んで、子馬も跳んでほしい。
Hagiさん

飛ばなくていいから 無理しないで デープ君!!!
デープへの思いは、なんといっても去年の有馬です。わたしてきには あのローテーションで有馬は出てほしくなかったです。それに、あの雪で、前日輸送で土曜に到着、それも雪道により、かなり輸送時間がかかったそうではありませんか!考えられない出走ですよね。かなりストレスや疲労があったと思います。あの時点で回避しないのは、オーナーのわがままと言うか無知なんですね。 案の定、有馬は初の黒星。ほんとに可哀相で涙がでました。いよいよラストランですが、私的には 勝っても負けても無事レースを走り終えてもらいたい。ただそれだけです。・・飛ばなくていいから 無理しないで デープ君!!!
古馬のママさん

ディープには私の夢がかかっている
ディープには私の夢がかかっているのです。私はディープを見て、競馬を見るようになりました。最初はこんな馬がいるんだなとびっくりしただけでしたが、父が借金をつくった競馬で感動するなんて、ほんとに自分も親の血を引いているんだなって気づかされました。夢というのは1000万をディープに注ぎ込み自分の夢をかなえることです。
藤本さん

俺の考えは間違っていなかった
忘れもしない去年の有馬記念。何も疑わずにディープの単勝をしこたま買い望んだレース。しかも馬連でも自信を持って外したハーツに敗れはや一年。この一年いや、一年弱。競馬に絶対は有る!!!!ハーツには絶対負けない!!そして優勝する!!!!!!JCも去年と変わらず何も疑わずに単勝をしこたま買った。今年一番の大賭けをしました。俺の考えは間違っていなかった。
喉鳴り馬さん

すっかりTEAMディープの虜
弥生賞で初めて生でみてからというもの、すっかりTEAMディープの虜です。去年の有馬記念は負けてしまいました。馬券負けたのもありますが、ディープが負けた事が非常に悔しく感じました。今年はリベンジ相手が居ませんが、引退レース、是非勝ってほしいです。鞍上が飛ぶと称す、あの鬼脚を再び・・・。
Peaceさん

本気で殴ってやろうかと思ったそうです(笑)
凱旋門賞の件では、本当に残念な結果に終わってしまいましたが、あのヨーロッパ特有の慣れない深い芝で、3歳馬が勝つためのレースといわれている中で、最後の直線で粘っての3着は立派なだと思います。失格してもあの走りに嘘はありません。私の中ではずっと3着です。先日、主人が美容室に行ったときのこと、カットをしてくれた美容師のお兄さんと凱旋門賞の話になり、「ディープインパクトって、クスリ使っても負けたんですねー」と軽~い口調で言われたらしく、本気で殴ってやろうかと思ったそうです(笑)確かに、競馬をやらない人にはギャンブルの一種に過ぎないです。マスコミも面白おかしく書き立てるので仕方のない事なのかも知れません。

だからジャパンカップでの勝利は本当に嬉しかった!!本当に好きな馬は馬券を買いたくなくなります。配当が安いからとかそういう理由ではなく、金がらみの目線で見たくない(銭ゲバの私が!)それよりもレース中にケガをしないだろうか、事故に遭わないだろうか(最悪、骨折なんてしてしまったら!)そっちのほうが心配で心配で…。あと1戦で引退、必ず“飛んで”くれる事を願ってます。
N.Mさん

馬券が外れても納得できる
馬券が外れても納得できるのはディープだけです。
ばつねこさん

王者らしくないギャップが大好きです!
ディープは弥生賞で初めて見たんですが、あんな楽勝でトライアルを制した馬は初めて見ました。あんな強いのに顔はどこか幼い。そしてやんちゃ坊主。そのなんともいえない王者らしくないギャップが大好きです!一番印象に残っているレースはやはり菊花賞!三冠最後で究極のプレッシャーの中、四コーナーまでかなり後方。直線だけでゴボウ抜きした姿は今でも心に焼き付いています。またこんな強い馬見られるのは、あと何年後のことなんだろう、とふと考えてしまいます。稀代の名馬、ディープの最終戦。しっかりと記憶に焼き付けようと思っています!
おすぎさん

かわいい怪物に会えたことを神に感謝します
ディープインパクトのレースは、気持ちよく見られるレースの一つです。走るのを楽しみ、小型の馬体で直線で一気にライバルを抜き去る姿は、爽快です。自分が生きている時代に、かわいい怪物に会えたことを神に感謝します。
Hiroさん

今でも世界一強い馬はディープだと思ってます
凱旋門賞は残念ながら敗れてしまったけど、今でも世界一強い馬はディープだと思ってます。引退レースである有馬記念は、シンボリクリスエスの引退レース以上にインパクトのあるレースを期待します。
Waddyさん

ルメールのバカ
競馬と出会って13年になります。サンデーサイレンスの子供たちは、普通に走ってました(飛んではなかったです・・・)好きなサラブレッドは、スペシャルウィーク・サイレンススズカ・ダンスインザダーク。好きなレースは、スペシャルウィークの天皇賞・秋と有馬記念、サイレンススズカの毎日王冠、ダンスインザダークの菊花賞。ディープインパクトとは関係ないけど、言いたかった。ミーハーなんで、サンデーサイレンス+武豊Jばっかりですけどね。タイキシャトル、テイエムオペラオーが大活躍のころは、もう競馬はやめようと思うほど面白くなかったです。強いのは認めますよ。でもドラマがなかったかな。関係者の方、ゴメンナサイ。

新馬戦から、衝撃が走ったのは久しぶりでした!「ディープインパクト」。みんなに負けないくらい熱い想いはありますが、言葉にするのが下手なのと、ディープインパクトのレースで、今まで一度も馬券取ったことないんでキライかも・・・天皇賞・春は誰もまね出来ないでしょうね。残すは有馬記念!ディープインパクトからすべて買います。ほんとはディープインパクト-カワカミプリンセスの1点勝負したかったです。カワカミプリンセス有馬記念出てこい。最後に一言。なんでハーツクライに負けたんや~、ルメールのバカ。
ぽんこさん

有馬は単勝で勝負します
最後となりましたが、優秀の美を飾ってくれると信じています。有馬は単勝で勝負します。デ-プ頑張れ!
30.lupinさん

スタンドのお客さんの一体感に感動し目頭を熱くさせられました
デビューの時から現在に至るまで単勝馬券を持っています(凱旋門賞も)。デビューの強烈なインパクトが忘れられず、昨年は学生と言う身分であったため、ダービー、神戸新聞杯、菊花賞、有馬記念と遠く九州から現地に行き生ディープを見に行くほど強さに惹かれました。今年は社会人となり都合がつかず、天皇賞のみの現地観戦でした。あのジャパンカップのスタンドのお客さんの一体感に感動し目頭を熱くさせられました。ぜひ、有馬記念を勝って有終の美を決めていただきたいです。
TheDeepestImpactさん

「Belive me」から「I Belive」へ
Photstudが手がけた壁紙を見た瞬間、思わず唸りを上げてしまった。さりげなく書かれた「Belive me」という言葉・・・。凱旋門賞の一件で、ディープを信じられなくなったファンも居るだろう。馬には罪は無い。ただ人の期待に応えようと一生懸命走るだけだ。これだけの名馬が、マイナスのイメージがついたまま引退するのはあまりに悲しい。そんなイメージを払拭するには皆を圧倒する走りしかないと、誰もが考えたと思う。そしてその期待に応えたディープインパクト。今回の走りこそが、ディープを信じる何よりの材料になるのではないだろうか。「Belive me」から「I Belive」へ。
Prestonさん

一番大きな衝撃を与えてくれた馬
私にはディープの最後の直線での末脚は飛ぶというよりは、滑るような感じを受けました。特にデビューからの2戦の走りはそう見えました。それだけ、無駄なく前に進む走りができていたということなのでしょう。それと、ディープの走りを見て凄いと思えるのは、コーナーでのスムーズな加速力です。いかに鋭い末脚を持っていようとも、最後の直線だけで最後方からごぼう抜きを繰り返すことは、ほとんど不可能なことです。ディープの場合も、道中は最後方であっても3コーナー過ぎからスムーズに加速し、4角では先行馬を射程圏に捕らえる競馬が出来ていました。これが、追い込み馬であるにもかかわらず安定して勝利を重ねられた所以ではないかと思っています。

いずれにしても、トウカイテイオーのダービー以来、競馬を見続けてきた私の記憶の中では、間違いなくディープは一番大きな衝撃を与えてくれた馬です。まだ4歳。ようやくサラブレッドとして完成の域に到達したこの時期に引退してしまうというのは残念ですが、現役を退いた後にも大仕事が待っています。是非、サンデーサイレンスのような素晴らしい父となってもらって、欧州や米国で活躍する産駒を数多く出してもらいたいと思います。
とらふぁんさん
「ハッピースポーツブログ」→ http://blog.goo.ne.jp/hide0704_2004

種牡馬になってから子供を応援したいと思います
歴代の三冠馬の中でも1・2の強さであり、実力はご存じの通りだが、馬券となると話は別で、常にディープを買うにしても穴馬を見つけBOX購入していましたので、けしてディープは応援したことはなかったです。同世代で圧勝しましたが、相手が弱いのではないかとか思ったりしました。初の古馬との対戦も負けましたし、馬券を買う以上一頭の馬に思い入れはしないことに決めました。

しかし、凱旋門賞だけは応援せずにはいられませんでした。レース中馬券買っているときと同じように、胸は高まり落ち着きませんでした。結果は残念でしたが、やはりトライアルを使っていればまた違った結果だったのではないかと思います。そして、ジャパンカップも負けられない一戦での勝利。勝ってほっとしました。以前ほどの、ものすごい勝ち方ではありませんでしたが、道中のペースがディープペースに運んだので勝てたのだと思います。応援はここまでです。有馬はまた敵役としてみたいと思います。種牡馬になってから子供を応援したいと思います。熱い思い?かどうかわかりませんが、これがディープに対する気持ちです。ちょっと偏屈でしたかね。
神山洋さん

思わず涙が出てしまいました
若駒Sでディープインパクトを初めてみたとき、その圧倒的な強さ、そしてその名前から驚きを覚えると同時に、その後の動向を注目するようになりました。これほど一頭の馬に思いを馳せるのはテイエムオペラオー以来な気がします。その後、社会現象になるほどの活躍を見せた後、凱旋門に挑戦。3着そして失格。非常に残念な結果でしたが、JCにて見事な勝利。最後の直線及びゴールの瞬間の実況「勇気の翼をいっぱいに広げて~」には、思わず涙が出てしまいました。突然で引退発表。ラスト一線ですが、可能であれば中山に行きたいと思っています。
ちびろくさん

最大の功績は競馬を熱くしてくれたこと
JCでディープが勝つことはずっと前から予想していました。天皇賞を回避したことにより、確信に近い思いになりました。ハーツクライには失礼ですが、馬そのものの力ではディープの方がレベルが一つ上です。有馬記念はハーツに有利な事が多く重なった(運があった)おかげです。歴代の日本馬において2000m以上ではディープが最強だと思っています。問題は力を出せるかどうかだけです。東京競馬場なので、アクシデントでも起こらないかぎり勝てると予想していました。8冠馬になる偉業の可能性を捨ててまで、プライドと名誉回復のために取りに来たJC。有馬ではなくJCが最大の勝負レース。それぐらい強く思っていたので、前日の晩まで、まだ出馬表すら見ていませんでした。その他の馬レベルは何が来ているかさえチェックしていませんでした。超直観思考です(笑)。こんな風に構えられるのはもう無いかもしれません。それぐらいディープを高く評価しています。

ディープは感動をはじめ、私たちに様々なものをもたらしてくれました。最大の功績は競馬を熱くしてくれたことです。新規ファンも増やしてくれました。彼ら新規ファンが競馬を愛する真のファンになってくれることを願うばかりです。
中島靖章さん

最初で最後の特別な馬
競馬を始めて10年以上になりますが、ディープは僕にとって最初で最後の特別な馬になりました。ディープはかわいいし、強いしそして何よりみんなの期待を一身に背負って走り、そして勝つあの姿にとても感動します。特に薬物問題でディープに対して少しダーティなイメージがつき始めていたJCの勝利は今までの勝利の中でも特にうれしく、「ディープは悪くない!悪いのはディープの回りの人間や!」と心の中で叫んでしまいました。来年も当然凱旋門賞に挑戦すると思っていたのであと1戦で引退すると思うととてもさみしいのですが、有馬もダイワメジャーやスイプートウショウ等JCにも劣らない出走メンバーが揃いそうなので最高のラストランを見せて欲しいと思います。ディープ、今までありがとう。
まさるさん

夢のような日々を、私は忘れない
ディープインパクトが無事に出走できるよう祈り、その走りに一喜一憂することができた。ディープインパクトを応援できた夢のような日々を、私は忘れない。今は、ラスト有馬記念の勝利と無事を祈るのみ。
あきらさん

ありがとう。ただ、ただ、ありがとう、ディープ
第26回ジャパンカップ、色んな人達の様々な思いが交錯する中、君がトップでゴールを駆け抜けた瞬間、どれだけ大勢の人達の心を揺らしたことだろう。ずっと待ち続けてきた、ずっと信じてきた、その瞬間。溢れんばかりの興奮と感動の後、私はゆっくりと呼吸をし「良かったあ、やっぱりディープは最強だ」と、改めて君の凄さを思い知らされながら、心地良い安堵感に包まれた。

もはや日本に敵なし、最速で最強の君はみんなの夢と期待を、その小さい体で一身に背負って、凱旋門賞へ臨んだ。君は良く頑張った、頑張ったんだよねえ。無事に帰国して、元気な君でいてくれてほっとしたんだ。それなのに、あんな結末になるなんて・・・。事実は事実として受け止めよう。批判や中傷が出るのもある程度仕方がない。しかし誰もが分かっている、ディープインパクト自身には何の罪も責任もないことを、何も悪くはないことを。管理ミスなどで一人責任を負った池江調教師をはじめ、厩舎スタッフの方々の心中を思うと何とも切ない気持ちになる。ディープをここまで強くし、愛情たっぷりに育んで、誰よりもディープが大好きな人達なのだから。

ジャパンカップ、このレースで君達にかかる重圧は今までにもない異常なものだった。勝たないといけない、勝つしかない。日本一の天才騎手心強い相棒武豊と共に、君はそのプレッシャーをいとも簡単に跳ね除け勝利を掴んだ。それは君がいつも通りの走りをしたに過ぎなかったのかもしれない。けれど、私は忘れそうになっていた大事な何かを取り戻したような気がした。そして、この勝利によってたくさんの思いが救われたのだ。

記録と記憶に残る最強の競走馬。その名は「ディープインパクト」。記録はいつしか破られても、記憶は永遠に色褪せることはない。有馬記念でのラストラン、君はどんな素敵なドラマを見せてくれるのかな?勝っても負けても無事に走り終えた君に、今までの感謝と惜別の気持ちを込めて、盛大な拍手と声援を送ろう。名前の通り、君は私達に強烈な衝撃を与え続けてきた。本当にありがとう、ディープ。これからも君の未来が、みんなに愛され輝かしいものであることを願います。
ミカン3世さん

その名の通り「ディープインパクト」
とてもきれいな馬、そして飛ぶような走り、私は競走馬に初めて、強い衝撃を受けました。その名の通り、「ディープインパクト」。あと1戦で引退するのは、早すぎます。
hokkainokumaさん

凱旋門戦は心臓がバクバクした
どんなに優秀な競走馬でも3回に1回しか勝てないものだ。だから、競馬の予想は確立と血統とコースとその日の天候で変わってしまうものなんだ、と思っていました。でも、彼デープが出現してから彼の出走するレースだけは別のものになりました。圧倒的に強い馬が出現し、皆を、私を熱狂させる。凱旋門戦は心臓がバクバクした。本当に久しぶりの感覚。常識を超えた圧倒的なパフォーマンスはいつまでも私の記憶の中に生き続けるでしょう。
☆デープインパクト 素晴らしい感動を本当にありがとう 君の姿はいつまでも忘れないよ

しゅうさんさん

感動しました
ジャパンカップは感動しました。有馬記念も飛んで欲しいです、あと1戦ですからね。
加藤和人さん

天馬行空
ディープインパクト、この馬には本当に沢山の思い出があります。最初に注目していた理由は単純なものでした。POだったというだけです。その時にはレディブロンドの妹、ブラックタイドの弟という様な状態でした。今では全くの逆になってしまいましたね。そのデビュー戦、見ていて名は体を現すではありませんが衝撃(impact)が走りました。もう、この走りをみて一気にファンになってしまいました。その年の年賀状には、今年のダービーを勝つのはディープインパクトとまだ1戦1勝の馬ながら書きました。

その後も連戦連勝で2冠を獲得して迎えた菊花賞その日は友人の結婚式の日でした。しかし僕はディープインパクトの無敗での3冠達成の瞬間をリアルタイムで見たいが為に、その友人の結婚式をキャンセルしてまで見てしまいました。直線を向いた時には『これは届くのかな?』と正直焦ってしまいました。しかし、そこからは他の馬が止まって見える程の圧倒的な衝撃で駆け抜けました。

『天馬行空』、僕はこの馬の走りにはこの言葉がぴったりだと思っています。『天馬行空』とは奔放な着想、あるいは何者にも拘束されることのない自由闊達な思想や行動を形容した言葉で「天馬(てんば)空(くう)を行(ゆ)く」と言います。天才武豊をして『空を飛んでいる様だ』と言わしめたその奔放な走りは何者にも拘束されるものでは無いし、捉える事の出来ないものであると思っていました。

しかし、3冠を達成した後の有馬記念。年末の大団円を信じた多数のファンの悲鳴が聞こえる中、ディープインパクトはハーツクライの前に敗戦を喫します。ここからディープインパクトの第2章が始まりました。年明けの阪神大章典から宝塚記念まで、国内に敵はいないと言わんばかりの圧勝の連続そして空を飛び遠くフランスはロンシャンへと。

「英雄のいない時代は不幸である。しかし英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」ハイセイコーが世間に祭り上げられた時に寺山修司が良く引用していたベルトルド・ブレヒトの名言です。あの小さな体で酷量とも思える斤量を背負い、日本のファンの期待を一身に受けタフなロンシャンの競馬場で欧州の強豪馬を迎えて走るのを考えると、それだけで感極まってしまいそうでした。結果は残念でしたが、日本では見られなかった後ろから交わされる姿必死にもがいて、また差し返そうとするのを見て胸が熱くなりました。

そして帰国してからの薬物疑惑、JRAの理事長による『『世界最高峰のレースとして栄誉ある凱旋門賞に汚点を残す結果となり、誠に残念でなりません。』という発言。そして、フランス・ギャロからの失格処分の発表。ディープインパクト自信に非はないのに、それを取り巻く環境、視線は一気に変化してしまいました。そして迎えたJC、全てに対する答えを出さんとする気迫の走りで大外から衝撃はやってきました。

Deep Impact

その走りを見れるのもあと1戦。しっかりと最後の走りを目に焼け付けたいと思います。
管理人 ハロさん
『週末は競馬で楽しもう』→ http://blog.livedoor.jp/kurt_cobain0408/

競馬への熱い想いを呼び覚ましてくれた存在
ディープインパクトは、私にとって再び競馬への熱い想いを呼び覚ましてくれた存在です。小さい頃から競馬を見続けてきた私は、ここ数年少々競馬から離れていました。特に理由はなかったのですが、昔ほど競馬に夢中になることが少なくなっていました。しかし、若駒ステークスを見て以来競馬の魅力を再認識することができました。このような名馬にまた出会えたことに感謝しています。
ハットさん

「夢をありがとう」
初衝撃の若駒Sからクラシック3冠を経て、2回目の衝撃は有馬記念での惜敗(3冠が衝撃でないのが彼の彼たる所以です)。古馬になって復活してから3回目の衝撃は凱旋門賞(社会的にはレース後の方が衝撃になってしまいましたが)。そして今回のJC。僕にとっての彼は天才や王者ではなく、敗北を糧にしてその度成長する、復活する強い精神力=『勇者』のイメージです。

何人もの方が指摘されているように、仏から帰ってJCで見た彼の姿は競走馬として『完成』に近づいていることを納得させられるものでした。もしも来年も走ることになれば距離、斤量、コース、展開関係なく『衝撃』を見せつけてくれるのではないかと思いました(敗戦という衝撃は見られないかもしれませんけど)。但し、それは裏返せば『神』を見てしまうことなのかも。。。 ※彼の存在を神格化するつもりはありませんが、世界的な競走馬として、心身とも完成の域に達しつつあるという意味ではこの表現が一番近いと思います。

そういう意味では今年限りの引退は競馬ファンにとって、そして彼にとってもよかったのかもしれません。いつかきっと、日本馬が凱旋門賞、ブリーダーズC等世界の名だたるレースで栄冠を勝ち取るようになれる、そんな期待を抱き続けることができるのも、『神』に近づきつつあった彼のおかげです。陳腐な言葉かもしれませんが、今これ以外に思い浮かびません。「夢をありがとう」
tm720kさん

史上最強馬はアナタです
新馬戦で「ダービーを獲る」と直感し注目していましたがまさかここまでとは・・・という気持ちです。若駒Sでの驚異の末脚に心を打ち抜かれて以来ぞっこんです。競馬を始めて12年、僕の見た中では間違いなく史上最強馬はアナタです。有馬も当然買います。将来の子供も当然応援します。あと1戦。その走りを目に焼き付けます。夢をありがとう。
競馬は男のロマンださん

ディープがいたから競馬をこんなにも楽しめました
自分が競馬を始めるきっかけになった馬「ディープインパクト」JCを見て数年ぶりに泣きました。本当に引退してしまうなんて信じられません・・・有馬記念絶対に見に行きます。ディープがいたから競馬をこんなにも楽しめました。ありがとう「ディープインパクト」
友ちゃんさん

あまりの強さに感動して拍手をしていました
率直な感想として、10年くらい競馬を見てきましたがダービーの時にレース後、初めてあまりの強さに感動して拍手をしていました。凱旋門賞は残念でしたが本気で勝つまで期待ができる馬が見れてとても幸せだったと思います。レースはあと有馬記念1戦のみとなりましたが、ここはシンボリクリスエスの引退レース以上のパフォーマンスを見せていただき、その後の種牡馬での活躍に期待したいです。
競馬庶民さん

まさに芸術に値すると思う
ディープは決して大きい馬体ではないけど大きく見える。特に走っている時のフォームはストライドが大きくピッチが速くなにより美しい。まさに芸術に値すると思う。自分が陸上競技をやってるから特にフォームが気になる。これから先、こんな馬にめぐり合えるかどうかわからない・・・有馬記念はぜひ羽ばたいてほしいと思う。
石橋 佑介さん

「かわいい」と思える
1973年からの競馬のキャリアで、これほど強い馬で「かわいい」と思える馬は記憶にない。ジャパンカップの後の池江調教師の談話にも感動しました。武豊騎手の話はいつもながらきがきいていてシャレている。
ハマノパレードさん

歴史的名馬
ディープはやはり歴史的名馬だと思っています。ディープインパクトという馬は、展開に左右されやすいはずの差し馬にして最強という。今まで最強馬としてはありえなかったタイプではないでしょうか。今までの最強馬のイメージは、シンボリルドルフやナリタブライアンあたりのイメージが強いのですが、基本的に先行タイプの馬ではなかったかと思うのです。それを、ディープは何が何でも最後方につけ、どの馬よりも圧倒的に速い上がりで残り3~4ハロンですべての馬を差しきる。一回のレースならともかく、これを毎回やっているわけですから、やはり歴史的名馬なのでしょう。

まあウンチクはともかく、ディープが超トップギアに切り替わって飛んでいく瞬間には何度見ても毎回痺れます。あと一回しか見れないのが残念ですが、血統を残す責任もある馬だと思いますので仕方ないことだと思います。有馬記念は目に焼き付けておこうかと思います。
菊池潤也さん

これほど競馬で熱くなれたのは久々でした
ディープインパクトという一頭のサラブレッドが出現したことで、大種牡馬サンデーサイレンス最後にして最高の後継の血が残される喜び。私自身もディープには歓喜したり、号泣したり、これほど競馬で熱くなれたのは久々でした。引退レースの有馬記念は当然、応援に行きます。最後の直線は悔いのないように叫びたいです。
ライスさん

ステキな思い出をありがとう
数々のステキな思い出をありがとうと言いたいですディープインパクトのカードフォルダーを京都競馬場で買い、それに社員証を入れて毎日首からぶら下げて仕事に励んでおります。ディープインパクトからやる気をいっぱい頂いてまぁ~す (^_^)v引退しても 私とディープインパクトはいつもいっしょです♪有馬記念のファン投票の結果がでました。ジャパンカップで頂いたあの感動を・・・・・・もう一度・・・・・。また武騎手と万歳をしましょうヾ( ~▽~)ツ
Akiraさん

どこか危うさを持っている所が、僕にとって大きな魅力
競馬に目覚めたのが1995年と、そんなに暦が長いわけではないのでこう言うのも何なのですが、今までこんなにワクワクさせてくれる馬はいませんでした。シンボリルドルフが成し遂げた『無敗で三冠馬』なんて、今後もうないだろうと思っていましたし、『日本産馬による凱旋門賞制覇』なんて、夢のまた夢だと思ってました。しかし驚くような強さで、無敗での3冠制覇を達成し、凱旋門賞も本当に惜しいところまでいってくれました。

でもこの馬、いつもどこかでハラハラもさせてくれました(笑)。それは馬体重だったり、出遅れだったり、かかる気性だったり。だからこんなに強いのに、僕はいつもレース前に今回は大丈夫かと不安になり、レース後に“やっぱりこの馬スゴイ!”と鳥肌を立ててました。ただ単にものすごく強いだけじゃなく、どこか危うさを持っている所が、僕にとって大きな魅力だったのかなあと思います。

今でも、今年で引退してしまうのは勿体無いと思いますが、何事も引き際が肝心。ラストランの有馬記念も強さを見せつけて、格好良く引退して欲しいです。

Mさん

「競馬ってすごい!」と感動
私が競馬を観るようになったのは1年半くらい前です。何気なく観ていたTVの競馬中継で、後ろからぐんぐん他馬を抜いて1着になったディープインパクトという馬を観て「競馬ってすごい!」と感動し、毎週TVの競馬中継を観るようになりました。ディープが走る時はドキドキしながら観ます。残念な結果になった凱旋門賞のあと、さらにショックだった引退発表。来年も走りを観られると思っていたのに・・・。来週で引退とはほんとに残念ですが、有馬記念で最高の走りを見せてくれるのを楽しみにしています。
高橋さん

異次元の強さだった
私がディープインパクトのレースの中で一番印象深いのは天皇賞(春)。私が競馬を始めて、一番最初に好きになった馬がマヤノトップガンで、そのマヤノトップガンのレコードが更新されたレース・・・当然、マヤノトップガンのレコード記録が更新されて残念という気持ちもあったのですが、そんな気持ちもしょうがないと割り切れるくらいの衝撃的なレースだった。高速馬場の恩恵があったとはいえ、残り800mからスパートし、直線手前先頭でそのまま突き放してレコードをたたき出したしまう異次元の強さだった。本当に、史上最強だと確信した。
 
そんな確信を証明してくれると信じて観戦した凱旋門賞挑戦・・・結果は、いろんな意味で残念な結果になってしまった・・・できれば、もう一度挑戦してほしかった気持ちが強い。引退と決まってしまったことはしょうがないので、末永くいい産駒を出してくれることを祈りたい

KndTsktさん

Let Deep Impact Be Deep Impact
私の競馬暦は10年とあまり長いほうではないのですが、ディープインパクトによって「勝つための常識」をことごとく壊されていきました。皐月賞では落馬寸前の出遅れ、ダービーでは激しいイレ込み、菊花賞では致命的とも言える引っ掛かりなどなど挙げていくときりがないくらいです。一番印象に残っているのは天皇賞(春)での超ロングスパートで、あの上がりタイムを見たときの衝撃は今でも生々しい感覚として残っています。JCでの走りを見る限り本当に引退がもったいないと感じますが「Let Deep Impact Be Deep Impact」ラストランでは彼らしい走りを見せてほしいと思っています!!
M.Hさん

競馬のすばらしさを教えてくれてありがとう
僕は2004年有馬記念から競馬を始めました。そして迎えた次の年いきなりディープインパクトというスターホースがとうじょうしてきました!若駒ステークスをみて衝撃がはしり、皐月賞生で見て、また衝撃が走り、もちろんダービーも観戦にいき、感動しました。埼玉に住んでいるんですが、菊花賞も思わず行ってしまいました。三冠が達成された瞬間は、なんともいえない安心感、本当おつかれさまという気持ちになりました。馬券は全てはずれてしまいましたが、そんなことはどうでもよかったです。いきなり現れたスターホースも、次で最後とはとても残念ですが、競馬のすばらしさを教えてくれてありがとう、種牡馬として競馬場でまた出会えることを楽しみにしてます。という気持ちです。
ジャンボさん

言葉にし難い魅力を感じ続けるのでしょう
私にとってはドラマチックな結末・・・そして・・・残念な結果が同時に存在したレースがありました。昨年の有馬記念。昨春からずっと応援してきた、ハーツクライ。私が競馬を始めて初めて現れたリアルヒーロー、ディープインパクト。この一戦を見るため、大阪から中山競馬場へ。私の予想は・・・・「ディープインパクトがハーツクライに差される事など想像すらできない!」しかし!「ハーツクライがディープインパクトに差される事も想像できない!」

私は、以前、ディープが負けるなら最強の先行馬と馬券の師匠はじめ、競馬仲間に叫んでいました。神戸新聞杯は、ストーミーカフェ単勝を高らかに宣言。(結果は散々でしたが・・・)神戸新聞杯で初めて生でディープを見た際に覚えているのは、彼がパドックに現れた時に訪れた一瞬の静寂。(今では、黄色い声援が多いのですが、当時は彼が噂の・・・と、いったイメージが強かったせいだと思っています。)

話が反れました、有馬記念の1週目。先行するハーツクライ・・・あぁ、やったよ、ハーツ。念願のG1制覇・・・・2週目は、ほとんど覚えていません。どちらも相手が差すことは出来ない実力なのだから・・・応援していたハーツクライが勝ったであろう喜び。そして、あれだけのオーラを放っていた、負ける事などないと信じていたディープインパクトが敗れる寂しさ。この2つの思いが、ただひたすらに交錯しました。昨年の有馬記念で無敗ではなくなった・・・凱旋門賞で3着・そして失格・・・それでも、私は、一点の曇りもなくディープに対し、言葉にし難い魅力を感じ続けるのでしょう。
ぼへみあんさん

今年も一年ありがとうございました。ディープインパクトは引退しても、「ガラスの競馬場」はこれからも続いていきます。これからも一緒に競馬を楽しんでいきましょう!

今年1年、応援ありがとうございました。
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ディープインパクト号引退に寄せて-ルドルフおやじ特別寄稿-

Deeprudolf_1

サンデーサイレンスが、当時16億円もの巨費を投じられて、種牡馬として日本に導入されたときには驚いた。

あのイージーゴーアと死闘を繰りひろげた、人気者サンデーサイレンスを英雄好きのアメリカ人がよく手放したものだ。

サンデーサイレンスという名を耳にするとふと思い出す。

どんな国際ニューズよりも
天気予報が気がかりだった日曜日
いま評判のサラブレッド四歳馬を見ようとして
十万にのぼる人々が
せまい競馬場の入口に殺到してくる・・・

鮎川信夫か、なつかしい。

「日曜日の沈黙」は最後に10万にのぼる人々を集める馬を世に送り出したというわけか。

まるで2006年12月24日の日曜日のことが分かっていたような詩じゃないか。

今日の朝刊は核爆弾を抱えてチキンレースをやっている人たちのことを書いている。

2003年6月21日、小さな場外のモニターが5歳にして初めてレースをする1頭の牝馬を映していた。

レディブロンドという名だった。

気になって血筋を見てみると、この馬が大切にされていた理由はすぐにわかった。

母Wind in Her Hair。

女王陛下のもち馬、ハイクレアの血統か。

すごい血統だな。

レディブロンドは、その年の夏を走り抜いてスプリンターズSのゲートに立っていた。

デュランダルとレディブロンドの馬券は捨てられ、彼女もこのレースを最後にターフを去った。

だがそのスピードは深い印象を残していた。

2005年4月17日、父に「日曜日の沈黙」と母に女王陛下の名牝という血統の小柄な馬はゲートで躓いた。

小柄な馬はその物語の始まりでも人をはらはらさせていたのだ。

他の馬より何馬身も早くゴールに辿り着いた鞍上は、とても冷静なことで知られていた。

だが、この日曜日は満面の笑顔で高く1本の指を突き上げた。

誰もがこの小柄な馬が3本の指をこの騎手に挙げさせるだろうと信じた。

そして3本の指が掲げられた後、物語は死と再生の物語としてつむがれていく。

それは人が最も信じたい物語なのだ。

2005年12月25日、雪が小柄な馬を苦しめていた。

2006年4月30日、たとえようもない美しい姿で小柄な馬は芝の上にたたずんでいる。

今日、この日曜日で物語が終わるとどんなに幸せか。

2006年10月1日、景気に陰りが見え始めたとニュースは言っていた。

良いことは長く続かないなんて子供にでも分かる話だ。

競馬のお好きな女王陛下に、日本からフランスに渡った小柄な馬のことを、誰か伝えてくれただろうか、それだけが気になった。

陛下の持たれていた名牝の子孫です。

2006年11月26日、勝利だけを課された騎手の気持ちなど知るよしもないが、精密機械のような頭脳をもっている騎手の目が潤んでいるのに気づいてよかった。

2006年12月24日、夕。祭りの興奮はさめ、日曜日に再び沈黙が戻った。
明日の朝刊は何を伝えるのだろうか。

人間に記憶というものがあるかぎり物語は永遠につむがれる。


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スプリント界の低迷と阪神カップを占う

先週の香港スプリントの結果(シーズトウショウ10着、メイショウボーラー競走中止)に象徴されるように、日本のスプリント界の低迷は誰の目にも明らかである。海外のレースで結果を出せないのはもちろん、ここ2年はサイレントウィットネス、テイクオーバーターゲットという外国勢にスプリンターズSのタイトルすら持って帰られてしまった。そして、おそらく、この状況はこれからも続くはずである。

これは日本の馬にスピードがないということでは決してなく、ただ単純に、香港やオーストラリアに比べ、日本のスプリント界の層が薄いということである。香港やオーストラリアの一流と呼ばれるスプリンターたちは、苛酷なサバイバルレースを勝ち残ってきたエリート中のエリートスプリンターなのである。

さらに、スプリンターズSの開催時期の変更によって、スプリンターとマイラーの分極化が進んでしまった影響は大きい。スプリンターズSは1990年にG1レースに昇格し、それ以降、師走のスプリント王決定戦として定着していたが、2000年から秋の中山開催へと時期が変更された。2000年までの日程だと、スワンS→マイルCS→スプリンターズSという短距離馬の王道があったが、スプリンターSを秋口に持ってきたことによって、マイルCSを目指す一流のマイラーたちがこのレースに出走しなくなってしまったのである。

その結果、スプリントの専門家がスプリンターズSで好成績を挙げることができるようになった反面、一流マイラーが参戦してこないことによる出走馬のレベルの低下は免れ得ない。過去のレースを見ても、ダイイチルビー、ニシノフラワー、タイキシャトルらの馬は、この開催日程では出走していなかったのではないだろうか。つまり、かつては短距離としてひと括りにされていた路線が、二極化してしまったことにより、もとより層が薄かったスプリント路線の地盤が沈下してしまったのである。

そのような状況にテコ入れをすべく(かどうか分からないが)、阪神カップ(GⅡ、阪神1400m内回り)が新設された。まさに、開催時期が変更される前にスプリンターズSが行われていた日程である。この日程であれば、マイルCSに出走した、スタミナと底力に富んだマイラーも出走できることになる。今さらスプリンターズSの開催時期を戻す訳にもいかないのだろうが、阪神カップがこの時期に行われるのであれば、スワンS→マイルCS→阪神カップという短距離馬の王道が出来上がるのかもしれない。

最後の直線に急坂が待ち構えるコースでは、たとえスプリント戦とはいえ、一介のスピード馬では勝ち切ることは出来ない。スタミナと底力に支えられた短距離馬でなければ、ゴール直前でふるい落とされてしまうからだ。かつてのスプリンターズSがそうであったように、阪神カップもマイラーが台頭する舞台になるはずであるたとえこれから海外の一流スプリンターが押し寄せようとも、マイルCSで好走した馬が順調に出走してくれば、高い牙城として立ちはだかることが出来るのではないだろうか


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変わってゆくことだ

ディープインパクトの動きが、ここに来て一変している。先週今週とDWコースで見せた動きは、まるでかつて走ることを楽しんでいたディープインパクトのそれであった。ひと言で言うと、ディープインパクトに走る気が戻ってきているのだ。おそらく、フランス遠征により環境が変わったことが良い刺激になったのだろう。馬にとってはストレスの少ないフランスでの生活が、ディープインパクトに再び英気を養わせたに違いない。

今年に入ってからのディープインパクトは、調教で全くといってよいほど動かなくなってしまっていた。調教と実戦の違いを分かっていたのではなく、ただ単に、厩舎での生活や、走ること自体に嫌気が差していたのである。デビュー以来、放牧に出されることなく厩舎にて管理され、ストレスの多いG1戦線で勝ち続けることを常に求められたツケが溜まっていたのだろう。絶対能力が圧倒的に高いため、勝つには勝っていたが、今年の春のディープインパクトは、いつどこでプツリと糸が切れてしまってもおかしくないような精神状態で出走していた。

陣営は120%の出来と証言しているが、凱旋門賞のディープインパクトは、精神的にも肉体的にもやや余裕がある状態での出走ではなかったのか。思えば、パドックでも馬が良く見えすぎていたし、返し馬での表情もやや虚ろであった。凱旋門賞というレースの結果だけを見れば非常に残念だが、日本での疲れをフランスで噴出し、皮肉にもかえってリフレッシュした状態で戻ってくることになったのである。

Jcdeepもしディープインパクトが凱旋門賞に勝つようなことがあれば、競馬が変わっていたかもしれないと私は思っている。競馬のスポーツとしての素晴らしさを、まるで野球やサッカーをそうするように、自然と語ることのできる日常がすぐそこまで来ていたと。青臭いと言われてしまえばそれまでだが、競馬が変わるかもしれないという希望を胸に、私は夢のような日々を過ごしていた。残念ながら私の夢は叶わなかったが、それでも、ディープインパクトやその関係者たちが果たした、日本の競馬に対する功績は計り知れないほど大きいはずである。

アラスカの地を冒険した写真家である星野道夫さんによる、こんな詩がある。
「いつか、ある人にこんなことを聞かされたことがあるんだ。たとえば、アラスカのこんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?」
「写真に撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、いや、やっぱり言葉で伝えたらいいのかな。」
「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって。・・・・その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって。」
(「オーロラの彼方へ」星野道夫 PHP)

一連の問題については、私たちの過度な期待と注目が引き起こしてしまった部分も少なからずあるのではないかと個人的には思う。いずれにせよ、これから二度と同じ誤りを繰り返さぬよう、事実は事実として受け入れるべきである。だからといって、ディープインパクトにとって、今回のジャパンカップが汚名を払拭するための戦いになるとは決して思わない。ディープインパクトは、もはやそういう低い次元で走る馬ではないのだ。

かのフランスの地で、ディープインパクトや武豊騎手や池江調教師は、何を見て、何を感じたのだろう。私のちっぽけな言葉で表すことなんて、到底出来ない。彼らは変わってゆくことだ。そして、その姿を見て、感動して、また私たちが変わってゆくことだ。

special photo by Ichiro Usuda

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夢のような日々を忘れない

ディープインパクトの敗因について、今さら述べる必要もないだろう。今回の凱旋門賞に限っては、戦いが終わってから敗因を挙げることには全く意味がない。なぜなら、そんなことは戦前から誰もが分かっていたことだからだ。あれだけから騒ぎをしたマスコミが、負けたとなるや敗因を口にするのは、当事者でない私でも腹が立つ。「よくやった」と褒め称えるだけでよいのではないか、と個人的には思う。まあ、そんなことはごく些細なことではあるが。

それよりも、私が最も恐れるのは、今回の敗戦によって、「ディープインパクトをもってしても世界の壁を破ることが出来なかった」という結論に達してしまうことだ。

そもそも、世界の壁とは何なのか。かくいう私も錯覚していたのだが、凱旋門賞を世界一決定戦と位置づけてしまうこと自体に大きな問題がある。凱旋門賞はヨーロッパ一を決定するレースかもしれないが、決して世界一を争うレースではない。

何度も言うが、ヨーロッパと日本の競馬は全くもって別物である。それぞれの土俵で求められている資質が違う以上、どちらが最強ということはない。戦う場所が異なれば、勝者も違ってくるのだ。ここを取り違えてしまうと、日本近代競馬の結晶であるディープインパクトの敗北という悲観論に達してしまう。日本競馬のレベルが既に世界に追いついたことが明らかな今、凱旋門賞を最終目標に据えてしまうこと自体がナンセンスである。日本の最強馬が凱旋門賞を制することによって世界の最強馬となる、というマッチョな思想からは、悲劇の結末しか生まれないだろう。

私たちは堂々と胸を張って、ディープインパクトの健闘を称えるべきなのだ。

競馬はまだまだ社会的には傍流にすぎないが、今回は大きな注目もあった。そんな中、私たちはディープインパクトが無事に出走できるよう祈り、その走りに一喜一憂することができたのだ。もしかすると自分たちもが認められるかもしれないその日を待ち望み、心をひとつにディープインパクトを応援できた夢のような日々を、決して私は忘れない。

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Our Dream

Ourdream

ディープインパクトが凱旋門賞を勝つことは難しいだろう。競馬を知っている者であればあるほど、その難しさは分かる。もしかすると、最も難しいということを知っているのは、武豊騎手であり、池江調教師であり、金子オーナーであり、市川厩務員などの、現地に行って直接に関わっている人たちなのかもしれない。ヨーロッパのG1レース中のG1レースを、日本馬が制するということの恐ろしいほどの意味を、今彼らは身をもって実感しているはずである。

なぜ難しいかというと、それがヨーロッパナンバーワンを決める凱旋門賞だからである。ディープインパクトの背負う斤量や、間隔が開きすぎたローテーションなどの問題ではない。それらは凱旋門賞という戦いの意味を考えれば、ごくわずかなことでしかない。凱旋門賞はヨーロッパの舞台で争われる、ヨーロッパ最強馬を決する戦いなのである。

ヨーロッパの競馬は、たとえ同じ競馬であっても同じ競馬ではない。ヨーロッパの競馬場は、アップダウンが激しく、膝まで埋まりそうな深く重い芝を走るのに対し、日本の競馬は、高低差が極めて小さく、軽くて硬い、速い時計の出やすい馬場で行われる。舞台がこれだけ違う以上、ふたつの競馬は全く別物だと考えるべきなのである。

それによって、ヨーロッパの競馬と日本の競馬では、最強馬に求められる資質が違ってくる。具体的に言うと、ヨーロッパの競馬がスタミナやパワー、我慢強さ、最後まであきらめない集中力を必要とされるのに対し、日本の競馬ではスピードや手脚の軽さ、瞬時にスピードを爆発させる激しいながらも鋭敏な気性が求められる。つまり、ヨーロッパの最強馬は日本の最強馬ではなく、日本の最強馬はヨーロッパの最強馬ではないということである。極端に言うと、日本で活躍できたディープインパクトの資質が、ヨーロッパではマイナスの資質に転化してしまうこともあり得るのだ。

さらに言うと、ヨーロッパの最強馬は、ヨーロッパの最強馬たちの「血」を脈々と受け継いで誕生している。ヨーロッパ競馬の歴史が培ってきた「血」の凝縮が、凱旋門賞という舞台で爆発して、その「血」がさらに受け継がれていく。たとえ優秀な種牡馬であっても―たとえばサンデーサイレンスやサドラーズウェルズのように―、世界のリーディングサイヤーにはなれない。これだけ世界が小さくなった現代においても、競馬とはその「地」に適した種牡馬が最強馬を生み出していくという、「血」の局地戦であることは否めないだろう。強い馬はどこに行っても強いという考え方は、「血」と「地」を軽視した、あまりにも傲慢な発想なのである。

それでも、たとえ傲慢と言われようが、ディープインパクトには勝ってほしいと思う。

いや、勝ってくれると思う。

もう理由なんてどうでもいいのだ。


凱旋門賞特集
武豊の雪辱
グラディアトゥールとディープインパクト
斤量がこたえるぜ
凱旋門賞を占う

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凱旋門賞を占う

Gaisenmon by StudioU

世界一決定戦である凱旋門賞に、日本最強馬であるディープインパクトが出走する以上、なんとしてでも勝ってほしいし、出来ることなら負けてほしくない。そういった期待や希望や夢を乗せて、馬券から離れ、ディープインパクトの勝利を心から応援する競馬もまた楽しいと思う。それでも、せっかくの世界一決定戦だからこそ、他の出走メンバーにも着目しながら、客観的にレースを占ってみたい。

凱旋門賞は3歳馬の活躍が目立つレースであることは、周知の通りである。過去10年で3歳馬がなんと8勝もしている。これには様々な理由が考えられるが、最大の理由としては斤量の問題が挙げられる。4歳以上牡馬の59.5kgに対し、3歳牡馬は56kgと、3.5kgの負担重量差があるのである。これに3歳馬の成長度が加わることによって、ますます3歳馬が有利になっている。

つまり、この時期の3歳馬の成長曲線が古馬の実力を上回ろうとしているにもかかわらず、3.5kgの斤量差が設定されているということである。古馬になってから凱旋門賞を勝利するには、グングンと成長をして勢いに乗っており、なおかつ自分よりも軽い斤量を背負った若駒たちに立ちはだかるほどの実力がなければならないのだ。

そういった意味では、おそらく1番人気に推されそうなハリケーンランには分が悪い。ハーツクライを破ったキングジョージは強いレースをしたが、今年に入ってすでに2戦を取りこぼしているように、古馬になってからの成長力という面においては疑問が残る。

また、凱旋門賞を連覇するということは至難の業である。凱旋門賞がレースとしての評価が高くなった1945年以降の優勝馬を見ても、凱旋門賞を連覇したのは以下の3頭しかいない。

1950年→51年 タンティエーム
1955年→56年 リボー
1977年→78年 アレッジド

もちろん、ヨーロッパではトップクラスの牡馬は早目に引退する傾向が強いのだが、それよりも、3歳から4歳までトップクラスの力を維持することがどれだけ難しいかということである。もしハリケーンランが人気どおりに凱旋門賞を勝つことがあれば、それはそれで約30年ぶりの快挙になる。

私はどちらかと言うと、ハリケーンランよりはシロッコの方が上位に来るのではないかと考えている。シロッコは古馬になってから猛然と強くなった馬である。まさに遅れてきた大物といった感もあり、前走のフォア賞ではハリケーンランを完封して見事4連勝を飾っている。きっちりとしたローテーションで、ここ(凱旋門賞)が最大目標であることは間違いなく、その勢いを止めることは容易ではないだろう。

今年は3歳勢のレベルが低いというのが大方の評価であったが、ここに来て不気味な馬たちが次々と頭角を現してきた。まずは、デットーリ騎手が騎乗する可能性が高いとされるレイルリンク(牡・父ダンシリ)はニエル賞の勝ち馬で、ハリケーンランやシロッコと同じA・ファーブル厩舎所属である。夏を越して力を付けてきた、凱旋門賞を制する3歳馬の典型のような馬で、私が日本の競馬ファンでなければ、この馬を優勝候補に挙げるかもしれない。もちろん、ヴェルメイユ賞を勝ったマンデシュ(牝・父デザートスタイル)や、シックスティズアイコン(牡・ガリレオ)など、その他の3歳馬からも目を離してはならないだろう。

追記
凱旋門賞を楽しむためには、過去のレースを見ておくことをおすすめしたい。1986年のダンシングブレーヴが勝った凱旋門賞は、何度見ても鳥肌が立つ。ディープインパクトのこんな末脚が見てみたいと思った。その他のレース映像については、けん♂さんがきちんとまとめてくれているので、こちらからどうぞ→「けいけん豊富な毎日・凱旋門賞に向けて」

苦しくなってきたここからが勝負所!↓

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グラディアトゥールとディープインパクト

凱旋門賞が行われるフランスは、これまでに2頭の歴史的名馬を生み出した。シーバードとグラディアトゥールである。シーバードが1962年生まれで、グラディアトゥールが1862年生まれ。ちょうど一世紀の年月を経て現れた両馬は、まさにフランス百年に1頭の名馬ということになる。

19世紀最強馬の呼び声も高いグラディアトゥールは、イギリスの3冠レースとフランスのパリ大賞(当時の欧州最大のレース)を勝った唯一の馬である。19世紀後半を迎えても、フランスの馬はイギリスの馬に太刀打ちできないという状況が続いていたが、そこに突然現れた英雄グラディアトゥールがイギリスの大レースを次々と制覇していったのだ。

Gladiateur by John Miller

ディープインパクトも百年に1頭の名馬である。いや、もしかすると、それ以上なのかもしれない。非の打ち所のない強さという面を考えると、日本にとって、シンボリルドルフに次ぐ歴史的名馬であることは間違いない。もし凱旋門賞を勝つようなことがあれば、あと94年を残して、ディープインパクトが21世紀最強の馬になることに異論を唱えるものはいないだろう。

グラディアトゥールがイギリスの競馬の歴史を打ち破ったように、日本の歴史的名馬ディープインパクトが、フランスの競馬の歴史、そして世界の競馬の歴史を動かす瞬間がすぐそこまで迫っている。10月1日、ロンシャン競馬場のスタンド前に立つグラディアトゥールの銅像は、日本の英雄ディープインパクトをどのような想いで待ち受けるのだろうか。


この実力馬2頭を乗り越えられるか?↓

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武豊の雪辱

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私たちはどうしても武豊騎手の栄光にばかり目を奪われてしまうが、彼ほど栄光と同時に大きな挫折を味わってきたジョッキーは少ないだろう。有名なメジロマックイーンの降着事件、その後、全く勝てない時期もあり、海外に遠征に行ったもののレースにさえ乗せてもらえない時代も乗り越え、そして糧にしてきた。騎手とは負けることの方が圧倒的に多い職業であるように、武豊騎手の眩いばかりの輝きの中には、忘れたくても忘れられないほどの悔しい思いや屈辱が詰まっている。

1994年の凱旋門賞も、武豊騎手にとっては、忘れたくても忘れられないレースのひとつであろう。凱旋門賞初騎乗にして1番人気の馬(ホワイトマズル)に乗るというプレッシャーに加え、「勝ちたいから武君に依頼するんです」と断固乗り替りを拒んだ吉田照哉氏ら関係者の期待、そして海のものとも山のものとも分からない日本人ジョッキーに注がれる、現地メディアの冷ややかな視線に耐えながらのレースであった。

しかし、ホワイトマズルはスタートから行き脚がつかず、後方から3番手の位置取りに加え、先行した馬もなかなか止まらない不利な流れ。いくら武豊騎手とはいえ、万事休すの展開である。最後まで諦めることなく追い続けたものの、結果は6着と期待と人気を大きく裏切ってしまったのだ。

もちろん誰よりも悔しい思いをしたのは、武豊本人に違いない。

「凱旋門賞で1番人気の馬に騎乗して負けること。」

ジョッキーにとって、これ以上の屈辱があるだろうか。

あの時以来、武豊騎手の青白い炎はメラメラと燃え続けている。もうどれくらい、この時を待ち焦がれたことだろうか。彼にとって、凱旋門賞はただ勝つだけでは物足りないレースなのである。

「凱旋門賞を1番人気の日本馬に騎乗して勝つこと。」

それこそが、武豊の雪辱なのだから。


Photo by fake Place

この戦いは負けられない。↓

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競馬は日常を超えた祝祭

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競馬場に一歩足を踏み入れると、そこには非日常的な空間が広がっている。速く走るためだけに生まれてきたサラブレッドに、勝負服を身にまとった騎手が跨り、まるで古代ローマ帝国のコロセウムのように、その一挙手一投足に観客は熱狂する。競馬は私たちの日常を遥かに超えた祝祭であるからこそ、そのひとコマひとコマが絵になるのだ。

そんな非日常的な競馬の空間を、「fakePlace」という競馬写真ブログは、非常に見事に切り取っている。集中連載「サラブレッドはコースで演技する」でも多くの写真を使わせていただいていたのだが、色調の美しさや余白の残し方などが秀逸で、いつの間にか引き込まれてしまい、いつまでもうっとりと観てしまう作品ばかりである。

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たまには馬券を離れて、競馬の美しさを感じてみてはどうだろう?
→fake Placeへの入り口はこちら

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あなたにとっての名勝負とは?

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名勝負とは何だろうか?

かつて、田原成貴という騎手が、「平成8年の阪神大賞典でのナリタブライアンとマヤノトップガンのマッチレースは、言われるほど名勝負ではない」と言っていたことを、ふと思い出した。田原氏は、あの阪神大賞典は、「マヤノトップガンがただカウントを取りにゆくようなストレートを投げ、それをブライアンが打ち返しただけのレースである」と主張する。お互いが100%の力を出し合った上で、鎬を削ったレベルの高いレースではないというのだ。

それに対して、今度は武豊騎手が、平成9年のマヤノトップガンがサクラローレルやマーベラスサンデーをまとめて差しきった天皇賞春を、「マヤノトップガンはハマッただけ」と言っているのも面白い。横山典弘サクラローレルと武豊マーベラスサンデーが互いに意識をして早めに仕掛けた中、後方で待機して漁夫の利を得たのが田原成貴マヤノトップガンであったということである。

田原氏の主張も、武豊騎手の意見も、お互いに間違ってはいないだろうし、そういう見方も当然あると思う。そして、騎手である以上、自分の負けたレースを名勝負とは認めたくないということでもあろう。つまり、1つのレースを取っても、観る人の視点や立場が異なれば、名勝負ともなり、凡レースともなるということである。

それでも、名勝負とは、「それぞれの背景をもつ役者が揃ったレースで、その役者たちがあらん限りの力を出し切って死闘を繰り広げたことにより、観客に感動を呼び起こすこと」であると私は思う。

勝負である以上、勝ち負けが存在するわけだが、名勝負に勝ち負けはほとんど関係ない。阪神大賞典のマヤノトップガンは負けはしたが、ナリタブライアンに最後まで食らいついたことにより、壮絶なデットヒートを演出した。一方の天皇賞春では、サクラローレルとマーベラスサンデーが火花の散るような意地の張り合いをしたことにより、マヤノトップガンの奇跡の豪脚を演出した。

そして、名勝負に何よりも大切なことは、どれだけ観客の心を動かしたかどうかということである。たとえばボクシングでも、鮮やかに勝った試合よりも、たとえ負けたとしても、何度倒されても立ち上がった試合の方が観客の心を動かし、名勝負とされることが多い。そういう意味では、平成8年の阪神大賞典も平成9年の天皇賞春も、どちらのレースも名勝負であると私は思う。

あれから10年の年月が経ち、日本馬のレベルは海外に匹敵するほど格段に上がった。しかし、その反面、私たちの心を動かす名勝負が繰り広げられることが少なくなった気がしていた。そんな中、先日のキング・ジョージVI&クイーン・エリザベスDSでハリケーンランとエレクトロキューショニスト、そしてハーツクライの3強が繰り広げたデッドヒートは、まさに名勝負であった。久しぶりに競馬って最高だと思った。

あなたにとっての名勝負はどのレースですか?

☆私が選ぶ名勝負ベスト3☆
①平成9年天皇賞春 マヤノトップガン×サクラローレル×マーベラスサンデー
②平成5年天皇賞春 ライスシャワー×メジロマックイーン
③平成6年マイルCS ノースフライト×サクラバクシンオー

平成9年天皇賞春

Photo by fake Pace

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インサイダー情報の罠

Insider_1「インサイダー(競馬関係者)情報が知りたい」という声を耳にすると、つい私は悲しくなってしまう。そういった願望につけこんだ商売が横行していることを嘆いているわけではなく、インサイダー情報を知れば馬券が当たると思い込んでいる競馬ファンが、まだ多くいることに愕然としてしまうのである。

インサイダー情報を頼りに馬券の予想をしていたのは、もはや戦前の話である。現在と比べると限られた情報しか与えられていなかった競馬ファンが、どこからともなく流れてくる風の噂を大きな根拠として、馬券を買わざるを得ない時代が確かにあった。「あの調教師が絶対に勝てると言っている」とか、「あの馬はエビ(屈腱炎)が出ているらしい」等々、聞き捨てならない情報がまことしやかに人口に膾炙したのである。兎にも角にも、予想する上での拠り所が、嘘か本当かわからないはずのインサイダー情報にしかなかったのである。

しかし、戦後、私たち競馬ファンは、自分たちのイマジネーションを用いて馬券を買うことができる、ということを知ることになる。故大川慶次郎氏による「展開」の発見である。「展開」という概念は、今となっては当たり前のように用いられているが、当時は画期的な予想法であった。それぞれの脚質を分析し、実際のレースが行われる前に、仮想上のレースを想定するのである。競馬ファンひとりひとりが、自分の頭の中で、あらゆるイマジネーションを活用して、レースを予想するのである。これが競馬予想の民主化の走りである。

現代において、インサイダー情報などあるはずはない。競馬記者たちは毎日のように取材に来るし、馬体重はレース毎に発表されてしまうし、調教タイムも毎回公表されてしまう。何かを隠すことは難しく、そもそも無意味である。もしインサイダー情報というものがあるとすれば、恐ろしくニッチな情報か、もしくは嘘である。そんな時代に、インサイダー情報を元に、馬券を買おうと考える発想はあまりにも古すぎるのである。

とはいえ、やはりインサイダー情報という響きは魅力的で、私もその罠にハマリそうになったことがある。少し昔の話になるが、キングカメハメハのダービー祝勝会に招かれて行った時のことである。宴たけなわの時、私は席を外して、男性用のトイレで用を足していた。すると、若者二人が何やら楽しそうに話しながら一緒に入ってきて、私の隣の便器で、こんな会話をしながら用を足した。

「菊花賞はハーツクライで間違いないですよ。」
「確かにネ。」

帰り際に後姿をチラッと見たところ、おそらくその二人はノーザンファーム、もしくは社台ファームの牧場(育成)スタッフであった。キングカメハメハの祝勝会で、菊花賞はハーツクライで間違いないとは大っぴらには言えないが、トイレの中での会話だけに、かえって私には真実味を帯びて感じられた。しかも、この情報は私から聞き出したわけではなく、たまたま偶然にも私の元に降りてきたのである。この情報を知るものは、私以外にはいない。私はこの時点で、菊花賞はハーツクライで間違いないと確信してしまった。

結論から言うと、ハーツクライは菊花賞で1番人気に推されるも惨敗してしまった。そして、実は私もハーツクライの馬券を買うことはなかった。なぜなら、夏を越しての成長を期待していたにもかかわわず、馬体は相変わらず華奢なままで、ステップレースの神戸新聞杯でも力なく3着に破れていたからだ。

とはいえ、インサイダー情報の誘惑から抜け出すのは、容易なことではなかった。どう考えても、夏を越しての成長がないハーツクライは勝つ確率が低いのだが、「菊花賞はハーツクライで間違いないですよ。」というあの牧場スタッフの情報が邪魔をするのである。今から考えれば、牧場スタッフの主観的意見に過ぎなかったわけだが、当時はほとんど核心的な情報として、私の予想を占拠してしまっていた。せっかくの情報を切って捨てるのはもったいない、という感覚もあったように思う。いずれにせよ、あの時、ふと耳にしてしまった何気ないひと言が、私の菊花賞の予想を最後まで揺り動かしたのである。

もう一度言おう。現代において、インサイダー情報などはない。もしあるとすれば、恐ろしくニッチで主観的な情報か、もしくは嘘である。こんな時代に、インサイダー情報を元に、馬券を買おうと考える発想はあまりにも古すぎるのである。答えは与えられるものではなく、自分の手で見つけ出すものである。答えはいつもあなたの頭の中(インサイド)にある


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決して信じてはならない

Donotbelieve

「競馬の世界において、“絶対”という言葉は禁句である」、とメルマガ「馬券のヒント」で私は述べた。“絶対”に勝てると調教師が宣言した馬が負け、“絶対”に当たると豪語した馬券が外れたりするのを、私は幾度となく見てきているからだ。競馬という絶対がない世界で、“絶対”という言葉が発せられること自体、何かがおかしい。その思考の過程において大きな錯覚をしているからこそ、“絶対”という極めて主観的な言葉が発せられるのである。

これは「コントロール幻想」と呼ばれるものであるが、コントロールできない領域において、あたかも自分は世界をコントロールできているような錯覚に襲われることである。初心者はその世界についていくだけで精一杯であるし、上級者は世界を大局的に見られるので、どれだけ個人にとって正解に近いと思われるものであっても、本当の答えは神のみぞ知るということを理解している。だからこそ、「コントロール幻想」は、その世界が少しずつ分かり始めてきた中級者こそが取り憑かれる。

そして、それとは別に、“信じる”という言葉も、競馬予想の世界では禁句ではないかと、最近になって思い始めた。

私たちが“信じる”という言葉を使うときの心境を思い浮かべてほしい。何かを“信じる”とき、私たちはそのこと・もの・人に対する明らかな証拠や根拠を持ち合わせていない。明らかな証拠や根拠に支えられていないからこそ、自らの衝動に身を任せ、その対象を信じようと決意する。つまり、“信じる”ということは、自ら知らないことを信じようと決意することなのである。それゆえ、“信じる”とは、もはや信じていないことである

卑近なたとえになるが、たとえば自分の大切な人が浮気をしているかも知れないとする。そういう状況において、浮気をしていないという明確な証拠や根拠を持ち合わせていないとすると、私たちはこう言うだろう。「私は“信じる”」、もしくは、「私は“信じている”」と。しかし、この時点で、私たちは疑っている。つまり、“信じる”とは希望的観測に過ぎず、もはや信じていないことなのである。

詭弁のようになってしまったが、何が言いたいかというと、私たちが予想をする上で“信じる”という言葉が出てきた時点で、その予想を疑ってかかった方がいいということである。「○○が勝つと信じて賭ける」とか、「○○騎手を信じて賭ける」とか、もしかすると私もどこかで使っていたかもしれない。そして、おそらくその予想は外れていたに違いない。“信じる”という言葉が発せられるということは、その予想の過程のどこかがおかしく、馬や騎手を信じていないだけでなく、自分の予想すらも信じていない、ということである。競馬を予想する上で、私たちは決して信じてはならないのだ

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キングジョージはハーツクライに託す

Heartscry

いよいよハーツクライがキングジョージに挑む。今となっては、ディープインパクトと比較しても、どちらが強いか分からないだけの実力を秘めているが、その飛躍の最大の理由は、これまで物足りなかった後肢(トモ)、特に臀部(でんぶ)に十分な筋肉が付いてきたということである。

それまでのハーツクライは、ヒョロっとして頼りなさを感じさせる馬で、どうしてもレースでは道中で置いていかれてしまうことが多かった。走る資質が高いので最後は差を詰めてくるが、届かず惜敗という走りを繰り返していた。ところが、昨年夏の放牧を境にして、体がシッカリとした上に、後肢(トモ)に豊富な筋肉が付いたのである。

母のアイリッシュダンスも、古馬になってから完成した馬で、血統的にも奥手であったのだろう。奥手の馬を絶妙なタイミングで放牧に出すと、驚異的な成長を遂げる馬がいるが、ハーツクライはまさにそのタイプである。様々な原因で完成されないまま終わってしまう馬も多い中、ハーツクライは見事に晩成の花を咲かせたといえる。

後肢(トモ)が充実してくれば、ジョッキーが無理に押さえ込まない限り、自然な形で先行してしまうのは当然といえば当然である。ルメール騎手が前に行こうと思ったから先行できた訳ではなく、ハーツクライの後肢(トモ)に十分な筋肉が付いてきたからこそ、無理をすることなく前に行けるようになったのだ。別の言い方をすると、前に行こうと決めたのはルメール騎手であるが、もうその時点で、ハーツクライは前に行ける馬になっていたということである。

さて、キングジョージであるが、ハーツクライにとっては苦しい戦いになりそうである。最大の理由としては、ハーツクライ自身の体調が万全ではないかも知れないからである。気候の違うドバイへの遠征は、我々が考える以上にハードなものであり、さらにハーツクライはドバイで勝っているのである。目に見えない疲れは当然あるだろうし、回復してきたとはいえ、輸送によってトモの張りが落ちていたことはとても気になる。それに対し、ライバルであるハリケーンランやエレクトロキューショニストは、前走で負けている分、逆に上積みが期待できる。前走の状態を維持するのに精一杯のハーツクライと、このレースに向けて体調が上向いてくるであろうライバル2騎の差は、ゴール前でどういう形で表れるだろうか。

そして、アスコット競馬場については、1年8ヶ月に渡る改修期間を経て、素晴らしい馬場になったようである。馬場の凸凹も舗装され、何と言っても、絨毯のように走りやすい馬場だと聞く。時計自体は以前と変わらないようだが、アクシデントの少ない馬場であることは間違いない。そもそも、ジャパンカップの2分22秒1という時計が速すぎるのであって、ドバイの2分31秒の時計は普通であるし、極端に時計が掛からない限り、ハーツクライにとってマイナス材料になることはないだろう。欧州の一流馬を相手に、どこまで力と力のガチンコ勝負が出来るか興味深い。この後に続く、日本の英雄のためにも、ハーツクライには先頭でゴールを通過して欲しい。


■出走馬8頭の情報はこちらから→【けいけん豊富な毎日】
■ハーツクライの詳細情報はこちらから→【今日のハーツクライ】

Special photo by Ichiro Usuda(Photostud)

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今、信じること

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先日、NHKの「プロフェッショナル-仕事の流儀-」という番組で、将棋の羽生善治の特集を観た。羽生善治は弱冠25歳にして栄光の頂点に立ってしまうのだが、その後の知られざる苦悩の10年間で、羽生善治の思考法は大きく変わったという。10代や20代の頃に比べ、衰えた記憶力やひらめきの力を、全体の流れを読む「大局観」によってカバーするというのだ。1000手先を読むと称された羽生善治が、今はあえて手を読まない手を読まないでどう決断するかというと、自分の中から浮かび上がってくる直感を信じるというのだ

ここ最近、年齢や経験によって、予想する際の思考法が変わっていかなければならないことを、私も痛切に感じていた。この変化は、どの道の達人たちも、必ず通ってきている道である。もちろん、私が達人ということでも、年を取っているということでも、競馬の道に熟練しているという意味でもないが、それでもこの春のG1シリーズの自分の不甲斐なさを見ると、ついにそういう時期が来たのかと感じていた。ちょうど私の考えていた思考法の変化と、羽生善治のいう「大局観」の意味合いが一致したので、まさに的を射た気持ちで番組を見ていた。

私も、10代、20代の頃は特に、レースに出走してくる全ての馬を念入りに調べ上げていた。5走くらい前のレースからビデオでチェックして、Gallopや競馬ブックを引っ張り出しては、騎手や調教師のコメントを比較する。調教をつぶさに見たり、パドックで直前の気配を確認したりもしていた。これらの作業を1頭1頭行い、それを材料に縦にも横にも比較するのである。将棋で言えば、全ての手を読んでやろうという気持ちで、私も競馬の予想に臨んでいた。

しかし、この予想法(思考法)には、いつか限界が来るのだ。知識や経験が増えるにつれ、もちろん精度は高くなるのだが、それ以上に、不安や怖れが増幅してしまう。今までであれば考えもしなかった、ありとあらゆる可能性が見えてきて、比較をすればするほど複雑になり、訳が分からなくなってしまう。知識や経験が増えたとしても、必ずしも良い結果には結びつかないのだ。考えれば考えるほど、知れば知るほど当たらないという経験は、誰しもが味わっているのではないだろうか。

全ての手を読んでから、ひとつの手を選ぶという思考法をボトムアップだとすると、直感的に思い浮かんだひとつの手の正しさを読んでいく思考法はトップダウンである。私たちの思考法は、たとえどの道を志そうとも、ボトムアップからトップダウンへと向かわなければならない宿命にある。羽生の言うように、直感はこれまでの経験から浮かび上がってくる以上、いきなり初心者がトップダウンの思考法を用いることは難しいだろう。徹底的なボトムアップから初めて、少しずつ意識的にトップダウンへと思考法を変えていくべきなのである。そして、どれだけ徹底的にボトムアップに取り組めたかによって、トップダウンの精度が違ってくるのではないかと、今ひそかに信じている。

P.S 
同じく羽生善治の思考法に興味を持つあらたさんへ。この番組、ビデオに録画して2回観てしまいました。最後の局面で羽生の手が震える場面ですが、ゴール前で単勝を買っている馬が抜け出してきた時の興奮と同じなのでしょうね。私は全身が震えますから(笑)。

photo by fake Place

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ドバイワールドカップとばんえい記念

dubaiwc明日、日本では高松宮記念が行われるが、海の向こうではドバイワールドカップが本日行われる。出来れば日本のG1シーズンとぶつかって欲しくなかったというのが本音だが、今日は高松宮記念のことも考えつつ、ドバイワールドカップも気合を入れて観戦したい。

もちろん最も注目すべきは、フェブラリーSを制してドバイワールドに挑戦するカネヒキリに他ならない。これまで幾多の名馬が敗れ去った、過酷なダートレースに挑戦する、その気持ちを素直に応援したい。

地元ドバイでの評価は4番手あたりで、この評価が高いか低いかすら分からないほど、カネヒキリは未知の領域での戦いを強いられることになる。

それでも、カネヒキリにはいいレースをしてほしい。もちろん、ハーツクライ、ハットトリック、アサクサデンエン、スターキングマン、フラムドパシオン、ガブリン、アグネスジェダイ、ユートピアも同じである。こういった国際舞台では、彼らとその関係者たちは、否が応でも日本の競馬を背負っている。日本という“国”まで背負う必要はないが、王ジャパンが“野球”を背負ってWBC戦ったように、彼らも“競馬”を背負って走る。私たちが大好きな競馬の素晴らしさを、世界に知らしめてほしい。

背負うといえば、1トンの馬が1トンのそりを背負って走る、ばんえい競馬最大のレース「ばんえい記念」が、北海道帯広競馬場で明後日(3月26日)に行われる。史上初の4連覇を狙うスーパーペガサス、2年連続2着の鬱憤を晴らせるかミサキスーパー、帯広記念を制し勢いに乗るミサイルテンリュウなど、こちらも白熱した過酷なレースが期待できそう。ばんえい競馬のHPからライブ中継が観られるはずなので、高松宮記念が終わったらどうぞ。

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Special thanks to StudioU !


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自己克服という

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私はビリヤードが好きでかなりの時間とお金を費やしてきたが、どうにもこうにもなかなか上手くならない。なぜ上手くならないかというと、目線と一致するようにキューが振れないからだ。

私たちは両方の目を均等に使って物を見ているように感じているが、実は人間には利き目というものがあって、どちらか一方の目を中心として物を見ているのである。利き目でない方の目は補助的な役割をしていて、利き目とは微妙にずれた目線を持っている。

ビリヤードでは、顔の中心(両目の間)かもしくは利き目の下でキューを振るのが基本であり、そうでないと自分がショットしたいと考えるラインと実際にショットするラインがズレていることになる。野球のバッティングでいうと、ピッチャーの投げた球に対してバットを当てようとする軌道と、実際にバットを振る軌道がズレているということだ。どちらの場合においても、ほんのわずかなズレが成功と失敗を分けることになる。

なぜ目線と一致するようにキューが振れないかというと、それは私の肉体的な構造に原因がある。腕の長さ、関節の柔らかさ、肩の筋肉のつき方など幾多の要素が重なりあって、私にとって自然なフォームは出来上がり、その結果として、たまたまビリヤードという競技においては、私の目線とキューの振りが一致しないのである。野球のバッティングで、向かってくるボールに対して正確な軌道でバットを振れないとすれば、それはまさにヘタクソということなのであって、私もそういった意味においてはビリヤードがヘタクソなのである。生まれ持ったものがビリヤードとはあまり馴染まないというやさしい言い方もできる。

しかし、それは私だけに限ったことではないだろう。

私たちは大かれ少なかれ<世界>で求められている形とは違っているのではないだろうか。それを「ズレ」とか「違い」とか「境遇」とか言ってみたりする。生得的なものであろうが、後天的なものであろうが、私たちが<世界>で求められている形と、初めから一致することは少ない。私たちはまずそこから始めなければならないのだ。

<世界>が人間のためにあるのではなく、<世界>があってこそ人間は存在する。<世界>は何者によっても動かされることはない。私たちは常に<世界>未満なのである。私たちに課されていることは、<世界>を変えることではなく、<世界>と私たちのあいだにある大きな溝をひたすら埋めていくことなのである。<世界>は私たちに自己克服を求めるのだ。

スポーツが私たちにとって自己克服であることが多いのは、その<世界>で求められている形に、いかにして自らに固有の肉体を変形もしくは適応させていくかという課題を突き付けてくるからである。そういった意味において、ビリヤードは私にとって自己克服なのである。

jikokokuhuku03海外のビリヤード場で、車椅子に乗りながらプレーする人、杖をつきながらプレーする人を何人も見たことがある。彼らの肉体的特徴は、ビリヤードをプレーする上でマイナスにしかなりえない。テーブルにもたれ掛かるようにしてショットするのだが、下半身が安定しない分、どうしても手打ちになってしまう。土台がない大砲のようなもので、ミリ単位の狙いを要する状況では命取りになりかねない。上半身だけで届く範囲は限定されていて、どうしても手の届かない場所がテーブル上に多く出てきてしまう。そういう時はブリッジという棒を使うのだが、この棒が不安定なのはいうまでもない。さらに、的球がポケットされると、次のショットの位置まで移動しなければならないが、長時間プレーを続けていると、彼らにとってはこの移動が少しずつ疲労として蓄積されていく。

それでも彼らは的球を狙い、手玉を突く。的球がポケットされると、次のショットに向かう。9個のボールを番号順にポケットしていくという法則に、彼らは全身全霊を捧げる。たとえ彼らが<世界>と自らのあいだにある大きな溝にはまってしまい、悔しそうな表情を浮かべていても、私にはそれでも彼らが嬉々としてプレーしているようにしか見えなかった。

ビリヤードは、どれだけ正確に的球をポケットし、手球をコントロールできるかの連続性を競うスポーツである。たとえ<世界>の求めている形と彼らがいくら異なっていても、的球をポケットして手球をコントロールすることができれば、<世界>と彼らのあいだにある溝は埋まることになる。

<世界>に忠実に生きることの難しさには、自己の実現や表現といった甘えが入り込む余地は一切ない。ビリヤードは彼らにとっても自己克服なのである。

そして、私たちは肉体的だけではなく、精神的にも自己克服を迫られることがあるだろう。

私にとって、競馬は精神的な自己克服なのかもしれない。競馬を予想すると、私の心の弱いところをまざまざと目の前に突きつけられ、それを覆い隠そうとしてますます弱さを露呈することになる。自惚ればかりで、意気地がなくて、優柔不断で、保身的で、思想に一貫性のないみじめな自分を私は確認することになる。それでも私は、<世界>と自分自身のあいだにある溝を埋めようとして、高いのか安いのか分からない授業料を払い続けるのだ。

jikokokuhuku02

考えてみれば、世の中は自己克服に満ちている。少なくとも私にとっては、自己克服を迫られることばかりだ。幸せそうな人を見ると嫉妬してしまうし、上司に嫌味を言われると顔がひきつってしまう。目覚まし時計通りに朝起きることもできない。<世界>が求めている形と私との間にある溝はまだまだ深く険しい。

自己実現なんて大それたことはできないし、自己表現なんてこっ恥ずかしい。<世界>と自分とのあいだにある溝を埋めていく、<世界>に離されないよう追いついていく、それだけでも私にとっては苦しく楽しい道程なのである。自己克服の持つそんな響きが、今の私にはしっくりとくるのだ。

*4年前にHPに載せていたエッセイ(?)です。あれから少しは自己克服できたのでしょうか…。

special thanks to StudioU !


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幻想の最強馬ナムラコクオー

誰しもが、“この馬こそ最強”という幻想を抱いた馬がいるのではないだろうか。特に競馬を少しずつ知り始めた時期に、そういった幻想に取り付かれることが多い。私にとっては、ナムラコクオーがそうであった。

ナムラコクオーの走りに戦慄を覚えたのは、2歳時(当時3歳時)のラジオたんぱ杯3歳ステークスであった。前走はダート戦で圧勝も、6番人気と評価は低かったが、それをあざ笑うかのように4馬身差の圧勝。他馬とは脚力が違い、直線の末脚は、まるで“飛んでいる”ように当時の私には見えた。ナムラコクオーは強いと、友人知人に触れ回ったのを覚えている。

その思いが確信に変わったのが、次走のシンザン記念である。2着馬になんと7馬身もの差をつけて、楽勝してしまったのだ。直線での脚力はさらに迫力を増し、“ジェット機が飛んでいる”ように当時の私には見えた。後楽園ウインズのモニターの前で、その強さに私はしばし震えが止まらなかった。

しかし、次走の弥生賞は、フレグモーネで3日間ケイコを休んだせいか、3着とまさかの敗戦。さらに悪いことに、クラシック本番の皐月賞を前にして、なんと屈腱炎を発症してしまう。競走馬にとって屈腱炎がどれだけ致命傷になるかは、ナムラコクオーに教えてもらったのだが、この頃は、またすぐに強いナムラコクオーに戻ると楽観していた。

そんな私の期待に応えてか、ナムラコクオーは不治の病である屈腱炎を克服し、NHK杯で見事に復活してしまう。もうこの時点で、私の幻想はピークに達していた。あのナリタブライアンに勝てるかもしれない。いや、出走してくれば絶対に勝てる。ナムラコクオー必勝の思いは、ダービーの日が近づくにつれて大きくなり、もはや自分の胸の内に抑えておくことすらできなくなっていた。おかげで、私の周りにいた競馬仲間も、ダービーではナムラコクオーがナリタブライアンを倒してアッと言わせるといつしか信じ切っていた。あれほどまでに、ダービーまでの時間が長く待ち遠しく感じたことはない。

その後のナムラコクオーの競走成績は、ご存知の通りである。今であれば、能力が圧倒的に高い、パワー型の短距離馬であったことは容易に分かる。仮にナムラコクオーが絶好調だったとしても、芝の2400mではナリタブライアンの影も踏むことができなかったであろうことも。しかし、頭では分かっていても、やはりナムラコクオーの方が強かったという想いを自分の中から消し去ることができない。たとえ幻想であろうが、思い込みであろうが、私の中のダービーでは、ナムラコクオーが圧勝している。ナムラコクオーの名を聞くと、そんな甘く切ない競馬熱中時代を思い出す。

ナムラコクオーは、プロキオンステークスがJRA最後の重賞勝ちとなったが、1996年に高知に移籍後も黒潮スプリンターズカップ、建依別賞を勝利した。14歳で競走生活を終えるまでの47戦で27勝を挙げた。最後は馬主の自宅牧場で調整をして再起をかけていたが、自宅のブロックで脚を打ち(?)、競走馬登録を抹消した。

こんな生き様もあってよい。

kokuo03 photo by Pheno Photo Place

<ナムラコクオー競走成績>
 JRA 14戦 6勝 地方 33戦21勝

おまけ

復活のシーンは何度観てもジーンとくる。

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「決断」してますか?

ketudan01

私は競馬の予想をすると、必ず自分の決断力のなさに辟易することになる。ああでもない、こうでもないと考えた挙げ句に、結局決まらない。一旦これだと決めても、すこし時間が経つと、やはり違うのではないかという疑惑が心の中に浮かび上がる。始めは思考という形を取っていた予想も、だんだんと悩みに姿を変え、ついには私を半狂乱の状態に陥らせる。

競馬の予想に答えはないと私は思っている。もちろんレースが終われば結果は出るのだが、レースが始まる前には答えは存在しない。たとえ自分が考え出した答えがレース後に分かる結果と一致したとしても、それはたまたま、もしくはまぐれであることが多い(私たちが考えている以上に)。予想が当たったというよりも、レースの結果の方が予想に当たったと考える方が実は自然である。そんな混沌としたデタラメな世界において、答えなど出せるわけがないのである。答えがない世界で答えを出すということの難しさに、私はいつも戸惑い、打ちひしがれてしまうのだ。

そんな「決断」できない私は、答えがある世界で生きてきたのかもしれない。ものごとの全てに答えがあり、その答えを見つけていけば幸せになれるという幻想を抱いていたのかもしれない。受験勉強などはそんな幻想の典型的な例だろう。設問には確実に答えが存在し(答えがなければ設問として成立しない)、ただひたすら答えを出すことに集中すればよかった。「氷が解けると何になるか?」という設問には、「水」という答えが前提としてあるわけで、間違っても「春」などと答えるような逸脱は許されなかった。答えを見つけた者は成功者で、見つけられなかった者は落ちこぼれと揶揄された。

ketudan02それは社会に出ても変わらない。どんな仕事にも、ほとんどの場合、こうすればよいという答えが必ずあり、答えまで出す必要がない仕事がほとんどである。始めはどれだけ知的に見えた作業でも、自ら経験を積み、的確な判断ができるようになれば、本人にとっては右から左へとモノを動かすような単純な作業となんら変わりはなくなる。だからこそ、代わりの人間はいくらでもいるし、私たちは歯車として回り続けなければならない。私の「こうしたい」という想いは、「こうあるべき」という理性によって屈服させられてしまうことになる。もし私ではなく他の誰がやっても同じ答えに辿り着くのであれば、私の意志はそこにはない。つまり、答えのある世界では私は「決断」する必要がなく、「選択」を繰り返していけばいいことになる。

私たちは大きな決断から小さな決断まで積み上げてここまで生きてきたと錯覚しがちであるが、実は私たちはほとんど「決断」していないのである。意識的であっても、無意識的であっても、すべてあらかじめ決められたレールの上に乗ってものごとを「選択」しているのにすぎない。思い出してほしい。本人は頭を抱え込んで悩んでいるつもりでも、内心では明らかに答えが出ていることが多かったのではなかろうか。なぜなら本人のことが一番分かっているのは、誰が何と言おうと本人自身なのだから。そんな答えのある世界でずっと生きてきた私たちが、答えのない世界に突然放り出されて立ち尽くしてしまうのは当然といえば当然のことである。

けれども、本当のことを言うと、私たちは答えのない世界に生きているのだ。明日世界がどうなっているか分からないし、明日自分の心がどうなっているかも分からない。明日の天気でさえもまともに分からないのである。なぜいくら考えても分からないかというと、私たちの生きている世界に元々答えなどは存在しないからである。答えのない世界では答えを出すことは難しい。難しいというよりも、答えのない世界で答えを出すことなど不可能である。いくら頭をひねって考えようが、先生に質問しようが、参考書をめくろうが、ないものを見つけることはできない。

ないものを延々と探し続ける私たちが苦しむのは当然のことであり、私たちが答えを探し求めている限り「決断」することはできない。答えのない世界では答えを探してはいけない。いや、探してはいけないということはないが、答えが見つかると思ってはいけない。たとえ答えが見つからなくても、いずれ私たちは「決断」しなければならないのだ。答えのない世界で、答えを探し求め、結局答えは見つからないのだが、それでも私たちは「決断」することを求められる。

答えが分からないのに「決断」するということは、つまり「決断」とは<どうするか決めること>ではないことを意味する。「決断」とは<自分が選び取った状況に腹をくくること>なのである。AとBという選択肢の中で<どちらかを選び取ること>が「決断」ではなく、もしAという選択肢を選び取ったときに、<Aという選択肢を選び取ったという状況に腹をくくること>が「決断」なのだ。

ketudan03

卑近なたとえになるが、「この人と結婚していいのか」という問いがあるとする。それが彼女の彼に対する問いであれば、彼の人柄、経済力、男性としての魅力、健康、将来性、などの基準をもとに「結婚する」か「結婚しない」かの答えを出すことになる。与えられた情報をもとに答えを出すという図式は、受験勉強のそれとなんら変わりはない。答えのある世界で生きてきた彼女は、この時点で「結婚する」という「決断」をしたと思い込んでしまう。だからこそ、結婚式とはああも重大で厳かで感動的でもある。

だが、「結婚する」「結婚しない」は単なる「選択」にすぎない。「選択」は答えを出すだけでいいが、「決断」には答えがないだけでなく、そこから先が問われる。「結婚する」という「決断」は、結婚するという自分で選び取った状況に腹をくくること、つまり「結婚する」という「決断」から生まれるべき全ての状況に、腹を据えて正面から向き合わなければならないということである。それは決して一時的な行為ではなく、「決断」した時点から未来へと続いていく継続的な行為なのである。

「思想の値段は勇気で決まる。間違った思想でも、大胆にそして明晰に表現されているなら、それだけで十分な収穫といえる。」というヴィトゲンシュタインの言葉がある。「決断」にもし値段が付けられるとしたら、それも勇気によって決まるのではないだろうか。どれだけの勇気を持って「決断」したかが、その「決断」の価値を高めるのだ。たとえ結果的にその「決断」が間違っていようとも、勇気をもってなされたものであれば、その「決断」は正しかったということになる。答えのない世界で「決断」をする以上、私たちは勇気をもって臨まなければならない。「決断」とはかくも美しい行為なのである。

Special thanks to StudioU

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「MOMENTUM」 ジョシュア・レッドマン

momentum
アドマイヤドンはダートの天才であった。2歳時に芝のG1である朝日杯フューチュリティSを勝っているが、3歳秋を境になんとダート路線へと進路を変更した。それ以降、ダート馬とは似ても似つかない華奢な体ながらも、ダートのG1勝利を6つも積み上げ、ついにはドバイワールドカップにも挑戦した。ベストレースは、【平成16年のフェブラリーS】であろう。まるで調教のように余裕綽々と走り、進化したダート馬の誕生を印象付けた。芝を走ってもG1クラスではあるが、ダートでこの馬の右に出る者はいなかった。

ジョシュア・レッドマンが、ハーバード大学を首席で卒業し、イエール大学での法律修士課程を経て、弁護士の資格を持っていることは有名な話である。「学業エリートをフレコミにして売れたサックス奏者か」「大人しく弁護士やってりゃいいのに」等、一側面だけからの批評(批判)など、彼は軽々と超えていく。勉強も出来るし、弁護士にもなれるが、サックスはそれ以上に巧い。その道にのみ秀でていることが、必ずしも天才の条件にはならないのだ。ジョシュア・レッドマンはサックスで<世界>を見て、サックスで<世界>を理解する、サックスの天才である。

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コンピューターは競馬を超えるのか

computer021997年に、チェスの世界王者であるカスパロフ氏が、スーパーコンピューター「ディープブルー」との対戦に敗れてしまったのは有名な話である。「ディープブルー」は、1秒間に2億通りの指し手を読み、局面ごとに平均14手先までの変化を検索して決めることができる。カスパロフ氏は対局を終えたあと、「新しい知性を感じた」と感想を語ったそうである。誕生から約半世紀を経て、コンピューターが人智を超えた瞬間であった。

また、日本古来のゲームである将棋においても、凄まじい勢いでソフトの開発が進んでいる。現在のコンピューターのレベルはアマチュアの4段程度とされているが、2010年には、将棋の第一人者である羽生善治とコンピューターの真剣勝負が実現するとされる。チェスや将棋に限らず、オセロや囲碁など、人間の歴史が作り上げてきた全てのゲームにおいて、コンピューターが人間の知性を脅かす時代がついにやってきた。

もちろん、競馬においても、たくさんの予想ソフトや予想支援ソフトが開発されている。果たして、競馬の予想というゲームにおいても、コンピューターが人間を超える日がすぐそこまで来ているのだろうか。競馬新聞の馬柱欄を、人間の予想ではなく○○○というソフトの予想が占める日が。もしかすると、百発百中のソフトが開発され、競馬がギャンブルとして成立しなくなるなんてこともあり得るのだろうか。

私の結論から言うと、競馬の予想において、コンピューターが人間を超えることは難しく、百発百中のソフトが開発されることは未来永劫にない。なぜなら、競馬の予想は無限を扱うからである。

チェスも将棋も、限られたマス目の中で限られた駒(石)を動かすクローズド(閉鎖系)なゲームである。限りなく無限に近い変化を持つ将棋でさえも、煎じ詰めれば有限のゲームである。それに対し、競馬はオープン(開放系)なゲームであり、血統、馬の能力、展開、コース設定、馬場、枠順、騎手などの数々の要素が複雑に絡み合う。そこから生まれる変化は無限であり、どれだけコンピューターの計算能力が進歩しようとも扱いきれないのだ。

computer01

かつて、興味本位で予想ソフトを試してみたことがあったが、二度とは使う気にならなかった。うまく表現できないが、予想がトンチンカンなのである。人間性がにじみ出る的外れな予想ではなく、非常に機械的に的外れな予想なのである。あるプログラミングに沿ってポンと弾き出した、もの凄く短絡的な予想には、競馬という世界に対するリスペクトは全く感じられなかった。

誤解されると困るが、私は決して予想ソフトを批判しているわけではない。優秀な開発者が、ある要素だけに限定して作成すれば、そこそこのモノができる可能性は否定しない。たとえば、血統に焦点を絞って分析をして、「このレース条件に強い血統の馬」を弾き出すことはできる。また、全体の走破時計や道中のラップを用いて、各馬の「スピード指数」のような数字を示すこともできる。

しかし、それらは競馬の全体から見るとごくごく一部分に過ぎない。ある一部分が分かったからといって、全体の予想が当たることはない。予想が当たったように見えても、それは偶然に結果が予想に当たっただけである。勘違いをしていると、もう次のレースではカスリもしない予想をすることになる。

コンピューターが進化すればするほど、競馬予想の本質が明らかになるだろう。近い将来、コンピューターは人間と同じ、もしくはそれ以上の思考能力や感情を持つことになる。そうして、全ての面で人間を超越したコンピューターでさえも、競馬の予想を当てることはできない。

競馬の予想の本質とは、「わからないことをわかる」ということである。人間にもコンピューターにも分からない神の領域がある、ということを分からなければならない。競馬の奥行きや深さは測り知れないのだ。

Photo by StudioU

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「至上の愛」 ジョン・コルトレーン

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ジョン・コルトレーンほど短期間で大成長を遂げたプレイヤーはいないとされる。マイルス・デイビスやセロニアス・モンクといった巨匠たちに揉まれながらも、独自の斬新な演奏を極め、築き上げていった。晩年の音楽は難解すぎて理解されなかったが、それでもコルトレーンが最高のサックス奏者のひとりであることは、万人の認めるところである。残念ながら、40歳の若さにして惜しまれながらこの世を去った。

こうした背景を知るにつけ、どうしてもエルコンドルパサーという馬がダブって見える。サイレンススズカに胸を借り、グラスワンダーやスペシャルウィークと競い合いながらも、一気に世界の頂点に上り詰めようとしたエルコンドルパサー。凱旋門賞2着という、世界に最も近づいた馬。毎日王冠を勝ってからの歩みは、斬新であり、かつ求道的ですらあった。海外に渡ってさらに強くなった、不世出の名馬である。この馬も、わずか3年間の種牡馬生活を送っただけで他界してしまった。

ジョン・コルトレーンの傑作「至上の愛」を聴くと、そのイントロの凄まじさに衝撃を受ける。ゲートが開くよりも先に飛び出たのではないかと思わせる、抜群のスタートダッシュ。そして、中盤から後半に差し掛かっても、その勢いはとどまるところを知らない。まさに「テンよし、中よし、終いよし」と3拍子が揃った究極のアルバムである。このアルバムを聴きながらエルコンドルパサーのジャパンカップを観るのもよし、ジャパンカップを観ながらコルトレーンを聴くのもよし。

【平成10年ジャパンカップの映像はこちら】

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「ゴールドベルグ変奏曲」 グレン・グールド

goldbergvariations

グレン・グールドは、「極端に速く弾き、一方で極端に遅く弾く」、という両極端のテンポで演奏することをスタイルとした。極端に速く弾くことも難しいが、極端に遅く弾くことはさらに難しい。遅く弾くと、それだけ正確かつ明晰でなければ、音楽として成立しなくなるからだ。

競馬の馬券に言い換えると、銀行馬券である1.1倍の単勝を当てながら、次のレースでは300倍以上の3連単を的中させるといった極端さであろうか。特に1.1倍の単勝は外すことが許されないため、かなり正確かつ明晰な予想が求められる。本命党や穴党と自称し、単に人気のあるなしで馬券を買うような輩とは、グレン・グールドのスタイルは一線を画している。極端に速く弾けるのも、遅く弾けるのも、それを支える技術があってこそである。

グレン・グールドと競馬がごっちゃになってしまったが、いずれにせよ、卓越した技術と創造性をいやがおうにも目にする、とびきりの一枚である。演奏の途中でグレングールドのうめき声(?)も聞こえるので、ヘッドフォンをしながらこのCDを聴くことをお薦めする。グレン・グールドのように、とまではいかないだろうが、とびきりハイな気分で悦に入りながら予想できること間違いなしである。

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ゼンノロブロイよ、勝って帰って来い!

zennorobroi by Ken

ゼンノロブロイが武豊騎手を背に、イギリスのヨーク競馬場で行われるインターナショナルSに出走する。あえて“出走”としたのは、もはやゼンノロブロイ、武豊、そして藤沢厩舎にとって、インターナショナルS程度のG1は“挑戦”ではないからだ。かつてタイキシャトルでジャックルマロワ賞を制した時と同じような、“勝たなければならない”というプレッシャーを、陣営は相当に感じているはずである。

そして私も、ゼンノロブロイがインターナショナルSを勝つ可能性は高いとみている。

なぜなら、ゼンノロブロイが前走の宝塚記念で負けているからである。

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予想する音楽

予想をする時、皆さんはどんな音楽を聴きますか?

モーツァルトを聴くと、活性化された脳がアルファ波を誘発し、深いリラクゼーションや脳力を存分に発揮しやすい状態になるのは有名な話です。もちろんモーツァルトに限ったことではなく、その人にとって心地よい音楽を聴くと、それだけで右脳が刺激され、予想をするのに適した脳の状態になるのです。

私にとって、予想する際に聴く音楽の条件はひとつだけあって、それは「歌詞が入っていないこと」です。歌詞が入っていると、どうしても言葉に引きずられてしまい、予想することに集中できないからです。

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ディープインパクトの凄さを知る者は

deep01 by Ken

ディープインパクトの凄さを、多くの人々が語っている。ある人は、バネのような柔軟な走法が凄いとし、ある人は、鞍上の意のままに動ける気性の素直さが凄いとする。そのほかにも、バランスの取れた無駄のない馬体や優れた心肺機能など、ディープインパクトの凄さを挙げていくとキリがない。

しかし、武豊騎手以外は、ディープインパクトの凄さを本当の意味では決して知り得ない。なぜなら、超一流だという感覚は、レースで乗った騎手でないと分からないからだ。先日に紹介した「競走馬私論」(藤沢和雄著)に、こんなくだりがある。

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インティライミの逆襲

Intiraimi by shirley heights

今年のクラシック戦線は、ディープインパクトの圧倒的な強さが目立ち、他の馬の存在は霞んでしまった。秋に向かうにあたって、ディープインパクトの3冠達成ばかりにスポットライトが当たってしまうのも当然といえば当然のことである。しかし、そんな中、伏兵としてのインティライミの存在に、私は秘かに注目している。

なぜかと言うと、ダービーでのレースぶりに、インティライミの一流ステイヤーとしての資質を見たからである。スタートから積極的にレースを運び、4コーナーではすでに先頭に立ち、そこからジワジワと脚を伸ばし続けた、あのレースぶりである。ディープインパクトのように爆発的ではないが、ステイヤーらしい息の長い末脚を持つことを、京都新聞杯に続き再び証明した。これはあくまでも個人的な感覚ではあるが、かつての名ステイヤーであるライスシャワーがダービーで見せたパフォーマンスを、ふと思い起こしてしまった。

さらに決定的なのが、ダービーに至るまでの馬体重の推移である。

インティライミは前哨戦である京都新聞杯を勝ち、ダービーへの最終切符を手にしたが、その際の馬体重は前走比マイナス6kgで、デビュー以来最も軽い464kgであった。この数字を見るだけで、京都新聞杯ではギリギリにまで絞り込んだつくりでの出走であったことが窺い知れる。ダービーへの出走を確実にするために、100%の状態にまでキッチリと仕上げて臨んできたのである。

このようにギリギリの状態にまで仕上げられた馬は、大抵の場合において、次のレースでは凡走をすることになる。なぜなら、ピークの状態を保つことは難しく、体調は下降線を辿り、また、前のレースで激走した反動が次のレースで出てしまうからだ。

それでもインティライミはダービーで好走した。

インティライミが力を発揮することができたのは、ダービーまでピークの状態を保つことができていたからに他ならない。ピークが長いことこそ、ステイヤーたるゆえんである。普通の馬であれば、ダービーでは体調が落ち目になってしまい、力を発揮できないだろう。あくまでも結果論ではあるが、3番人気に推されたダンスキッチョウの凡走の理由は、前走の青葉賞で急激に仕上げすぎた反動である(当時、私はどちらかと言うとインティライミの反動の方を心配したのだが・・)。それに対し、インティライミはステイヤーだからこそ、京都新聞杯でのピークの体調をなんとかダービーまで保つことができ、あれだけのパフォーマンスをすることができた。

かつて、名ステイヤーのライスシャワーは、3冠が懸かったミホノブルボンを菊花賞で破った。ダービー時点では圧倒的な力差があったミホノブルボンを、夏を越し、ステイヤーの成長力と距離への適性を生かし、菊花賞で逆転してしまったのである。

ディープインパクトの強さは誰もが認めるところだが、これからはそう簡単には勝たせてもらえなくなるだろう。意外に近いところで、刺客は牙を研いで機をうかがっているのだ。うかうかしていると、寝首を取られてしまうかもしれない。一流ステイヤーであるインティライミの逆襲は、もうすでに始まっている。

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サンデーサイレンスの後継者は?

今年の2歳世代で、サンデーサイレンス産駒は最終世代となる。それに伴い、これからは父サンデーサイレンス一辺倒ではなく、様々な血統構成を持つ馬たちの活躍が期待される。どのような馬が活躍するかというと、非常にオーソドックスな考えではあるが、以下の2パターンの血統構成の産駒たちが台頭してくるだろう。

1、サンデーサイレンス系種牡馬の産駒
2、母父にサンデーサイレンスを持つ産駒

1、のサンデーサイレンス系種牡馬の産駒は、既にG1馬を輩出しているダンスインザダーク、スペシャルウィークを筆頭に、新種牡馬のアグネスタキオン、ステイゴールドの産駒まで、続々とその活躍馬の数を増やし続けている。

2、の母父にサンデーサイレンスを持つ産駒も、NHKマイルカップを制したラインクラフト(父エンドスウィープ)を筆頭に、プレシャスカフェ(父ハートレイク)、マイソールサウンド(父タマモクロス)など少しずつ活躍馬が出始めている。

linecraft by o-uma.net

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ディープインパクトVSキングカメハメハ

競馬ファンであれば、スターホース同士の対決を一度は夢見たことがあるだろう。

シンボリルドルフとナリタブライアンはどちらが強いのか?オグリキャップとタイキシャトルのマイル王決定戦や、エアグルーヴとヒシアマゾンの女傑対決など、実現し得なかった夢の対決を空想することは競馬の楽しみ方のひとつでもある。

「サラブレ」8月号で、昨年のダービーを制した安藤勝己騎手がキングカメハメハとの比較を通してディープインパクトを語っている記事を読み、「ディープインパクトVSキングカメハメハ(府中芝2400m)」という夢対決が私の空想の中で展開された。

deepvskinkame by ken

結論から述べると、ディープインパクトの勝利である。外を回って、最後の直線で飛ぶように伸びたディープインパクトが、喰らいつくキングカメハメハに1馬身半の差をつけて余裕のフィニッシュ。武豊騎手の控えめなガッツポーズと、安藤勝己騎手のゴーグルの下に隠された悔しさが目に浮かぶ。

ただし、これは3歳春のダービー時点という設定でのものである。ダービー時点であれは、ディープインパクトの才能、素質、そして完成度が、キングカメハメハのそれを明らかに凌駕している。

安藤勝己騎手いわく、「ディープインパクトに唯一注文をつけるとしたら、これから秋にかけての成長力がどうか、ということ。キンカメの場合は、秋以降の成長力をすごく期待させる馬だったけど、ディープインパクトは現時点で十分に強いと言い切れる馬だから。これから伸びるとかなんとかじゃなくて、今の力を維持するだけで十分強いわけです。そこがすごい。」。このコメントを借りるまでもなく、現時点(ダービー終了時点)でのディープインパクトの強さは周知の事実である。

しかし、それ以降、つまり夏を越して3歳の秋以降であれば、2頭の力差は限りなくゼロに近づいていくのではないかと思う。キングカメハメハについても、私は最高級の評価をしていて、2004年ダービーの観戦記では、「世界のどこを探しても、これほど強いサラブレッドは見つからないだろう」「最高の賛辞を並べ尽くしても余りある、サラブレッドの完成形がここに誕生した」と述べている。それ以上に強いサラブレッドが1年後に出現してしまった訳だが、安藤勝己騎手の言うように、キングカメハメハは秋以降の成長力を相当に期待できた。新馬戦から圧倒的な強さを示していたディープインパクトと比べて、キングカメハメハはレースを使うごとに成長していたからだ。

3歳の秋以降には互角の勝負になるはずなのだが、そうなると、距離やコース設定、または芝かダートかによって勝敗が違ってくるだろう。キングカメハメハは途中でリタイアしてしまったし、ディープインパクトはこれから秋以降を迎えるので、あくまでも推測の域を出ないが、距離は2400mまでなら互角、それ以上ならディープインパクトに軍配が上がるだろう。コースは東京競馬場、京都競馬場なら互角、それ以外の競馬場ならディープインパクトが有利だろう(キングカメハメハは器用さに欠けるところがある)。芝・ダート別では、芝なら互角、ダートではキングカメハメハが圧勝するだろう(キングカメハメハは蹄の形さえ適性があれば、ダートは鬼であろう)。

以上は好き勝手な空想に過ぎないが、この2頭は全くと言ってよいほど馬のタイプが違っているからこそ比べ甲斐がある。ディープインパクトが「柔」なのに対し、キングカメハメハは「剛」なのである(もちろん、どちらも「柔」でありながら「剛」、「剛」でありながら「柔」の部分も秘めているのだが)。ディープインパクトは全身を使って水面を飛ぶように走り、キングカメハメハは大きなストライドでエンジンの違いを生かしながら力強く走る。そして、「柔」のディープインパクトの方がレース前にカーッと燃えやすいのに対し、「剛」のキングカメハメハはおっとりと落ち着いているという気性面での違いも面白い。

とにかく、ディープインパクトにはまずは無事に夏を越して、いつかは海外へと挑戦をしてほしい。そして、キングカメハメハの果たせなかった夢の分まで、世界の舞台で活躍してほしい。ディープインパクトが走れば、キングカメハメハも走る。凱旋門賞のゴール前で、馬体を併せてデットヒートを繰り広げるディープインパクトとキングカメハメハが、私の中でいつまでも走り続ける。

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