集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第21回)

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「ガラスの競馬場」の読者の皆さまに、この場を借りて重大な報告がある。まさかと驚かれた方もいるかもしれないが、ブログ終了のお知らせではなく、もちろん結婚発表でもない。隠していたわけではなく、ただ単に書くタイミングを逸してきただけにすぎない。実は、2頭目の出資を決めたのである。今度はノルマンディーオーナーズクラブの募集馬。クインアマランサスがデビューしてから現役を退くまで、1頭だけを見守ろうと考えていたにもかかわらず、この段階でさらにもう1頭に出資するなどとは思いも寄らなかったが、これにはれっきとした理由があるので聞いてもらいたい。

昨秋、オータムセールの直前に北海道日高を訪れ、岡田スタッドの岡田牧雄さんにインタビューをさせてもらった。岡田さんの自宅にて、馬体の見かたから昔の思い出話まで、ひと言も聞き漏らすまいと私は耳を傾けた。岡田さんは包み隠すことのない性格で、初対面の私にも心を開いて多くのことを教えてくださった。えりも岬に放牧地をつくってから、生産馬や管理馬たちの成績がみるみるうちに上がって、今の快進撃につながっていると。それだけではない。彼が大物であることは疑いようもないのだが、かといって偉ぶるところはまったくなく、むしろ心の温かさや熱さを感じさせる人柄に私は惚れてしまったのだ。

そして、私が日高を訪れたときには、わざわざ空港まで迎えに来ていただいたり、泊めてもらったり、ラーメンを食べに連れて行ってもらったりと、大変お世話になっている長谷川ファミリーが経営する碧雲牧場がある。今の私には手が届かないとしても、いつの日か、碧雲牧場の生産馬を買って、馬主として走らせてみたいという想いは心のどこかにあった。それはお世話になっているからということだけではない。ホスピタリティや愛情に溢れた人間に育てられたサラブレッドは走る、という確信があるからである。

東京に戻った私は、オータムセール2016の結果をホームページで確認した。碧雲牧場の馬もセリに出ると聞いていたので、果たして売れたのだろうか、いくらの値がついたのかと気になっていたのだ。馬が売れることが、牧場にとっての最大の関心事であり喜びであることは、長谷川ファミリーとの付き合いを通して肌で感じることができるようになっていた。牧場名で探していると、碧雲牧場の文字が目に入った。しっかりと売却されていることが分かり、家族全員の笑顔が脳裏に浮かんで、私まで嬉しくなった。

ふと誰が買ってくれたのだろうと思い、落札者の欄を見ると、なんと「(有)ノルマンディーファーム」の名がそこにあったのだ。なんという偶然だろうか。昨日、お会いした岡田牧雄さんが率いるノルマンディファームが、昨日まで泊まらせてもらっていた碧雲牧場の生産馬をセリで落としたのである。ノルマンディファームが他の牧場の生産馬を購入したということは、十中八九、ノルマンディーオーナーズクラブでの募集馬となるはず。いくらで募集されるか分からないが、できるだけその馬の多くの権利を持ちたいと思った。そうすることで、彼らの馬にかける情熱に少しでも報いたい、分かち合いたいと願ったのだ。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第20回)

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クインアマランサスと私の一口馬主としての初陣が終わった。ほろ苦いデビューと書くと響きは良いが、そのようなものではない。スタートしてからレースの流れに乗ることができず、終始馬群の後ろをついて回っただけの競馬。脚質的に末脚を伸ばす競馬が合っているということではなく、ただ単純に他馬のスピードに追いつくことができないがゆえの後方追走であった。次走につながる感触もなく、素質の片鱗を感じさせる瞬間もなく、夢も希望もない負け方を目の当たりにして、私は一口馬主の厳しさを思い知った。一口馬主の世界にはビギナーズラックなどまったくないのだ。

結果はある程度、覚悟していたつもりだが、そうはいってもレースの前夜から当日は気が気ではなかった。近くのコンビニで普段は買わない競馬新聞を買い、自宅でこっそり開いてみると、やはり人気がない。ほとんど印もついていない。父キングカメハメハ×母ヒカルアマランサスという良血にもかかわらず、これだけ注目されずにデビューするのは逆に難しい気もする。隣の枠順にいる、阪神ジュベナイルフィリーズをソウルスターリングが勝って今や飛ぶ鳥を落とす勢いのフランケル産駒のファヴォ―ラが1番人気に推されている。

この彼我の違いはなんだろう。印が多ければ良いということではないことなど重々承知しているつもりだが、分かっていても自分の馬が評価されていないことに対する、行き場のない無念さを感じないわけにはいかなかった。この感覚はどこかで味わったことがある。そう言えば遠い昔、学期末に渡された通知表を見たときのあの気持ちに似ている。言い訳もやり直しもできない、他者評価の厳しさ。私は馬柱欄を見ていることができなくなり、目をそらし、かつて通知表をそうしたように、競馬新聞をそっと閉じた。

今回のデビュー戦において、何よりも辛かったことは、クインアマランサスの走りを生で観ることができなかったことである。それは現地で応援できなかったということであり、またレースをリアルタイムで観戦できなかったという意味でもある。一生に1度しかないデビュー戦ぐらいは、たとえ日本全国どこの競馬場であっても、現地に駆け付けて観戦したかった。パドックから返し馬まで、自分の馬だけを見て、応援馬券を買う。それは(一口)馬主だけに許された体験であり、競馬の楽しみ方のひとつである。

しかし、私はなぜかその日、他の仕事でとてつもなく忙しく、阪神競馬場に赴くことができなかったばかりか、夢にまで見た愛馬のデビュー戦をレース後にレーシングビュワーで観なければならなかったのである。よりによって、年末の忙しいこの時期のこの日に出走させなくても良いのにと憎々しく思えた。クインアマランサスが最後の直線でもがくようにして走る姿を見て、私は自分が初めて選んだ1頭が凡馬であったことを悟り、さらに一口馬主はレースを生で観戦する自由もない、つまり愛馬が出走するレースを自分で選ぶことができないという不自由を突き付けられたのである。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第19回)

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12月は師走であり、師が走るほどに忙しい季節とされている中、いつもはのんびりムードで年越しをする私だが、今年はなぜか忙しい。あっと言う間に今年も終わりに近づき、あわただしく動いているにもかかわらず、何ひとつ片付いていない。日常生活があまりにも忙しいと、ついぞ出資馬のことなど考えている余裕はなくなる。クラブから届くメールには目を通しているものの、既読スルー状態である。ノーザンファームしがらきから、11月24日に栗東トレセンに帰厩した知らせも読み流してしまったほどだ。それ以降は、栗東トレセンでの調教タイムが送られてくるが、どうにも調教のピッチが上がらないことだけは伝わってくる。

助 手 11.27栗坂不 56.4- 40.6- 26.5- 13.3 馬なり余力
  アレラーモ(新馬)馬なりに0.1秒先行同入
助 手 11.30栗坂重 55.5- 40.4- 26.3- 13.2 末強目追う
  ララオーロ(新馬)一杯に0.1秒先行同入
助 手 12. 4栗坂良 61.1- 44.1- 28.1- 13.6 馬なり余力
  ララオーロ(新馬)馬なりに0.3秒先行同入
助 手 12. 7栗坂良 54.7- 40.3- 26.1- 12.9 一杯に追う
  ショウナンサリュー(新馬)一杯に0.1秒先行クビ遅れ
助 手 12.11栗坂良 58.8- 43.0- 27.4- 12.9 馬なり余力
助 手 12.14 栗坂不 56.4- 40.8- 26.0- 12.6 一杯に追う
  キラービューティ(二未勝)馬なりに0.1秒遅れ
助 手 12.18栗坂良 56.8- 41.2- 26.7- 13.1 末一杯追う
  レクセル(新馬)末一杯に0.2秒先行0.2秒先着

これだけ本数を重ねても、坂路の時計が一向に縮まらない。馬なりで追っているわけではなく、一杯に追っても、最高タイムが54秒台しか出ないのである。もしクインアマランサスの跳びが大きくて、身体全体に力がつくのに時間がかかる、晩成のステイヤーであれば、この時期にこのタイムでも悲観することはない。むしろそれはステイヤーの特徴であり、時計が速すぎるよりも良い傾向であるからだ。でもクインアマランサスはそうではない。馬体的にも胴が詰まって前が勝っていて、ピッチ走法で走る、典型的な(ダートの)短距離馬だと私は思っている以上、坂路で時計が出ないと話にならない。つまり、走る能力に欠けていることの証明になってしまうのだ。

高野友和調教師
「7日に坂路で追い切りました。後半の馬場が悪い時間帯でしたので、時計こそ目立つものではありませんでしたが、先週の追い切りと比較するとだいぶ動けるようになってきています。本数を重ねる毎に良化が窺えますから、時間を掛ければ更に良くなってくると思いますので、もう少し様子を見てからデビューの予定を検討したいと思っています」

高野調教師の歯切れが良くないのは当然である。この時期にこのタイムでしか動けないのは非常にマズい、とは口が裂けても言えないだろう。もちろん、負荷を掛けると前さばきが硬くなってしまったり、トモの実の入りが物足りなかったりと身体上の理由を抱えていることも確かだが、それも含めて競走馬として仕上がってこないことが問題なのだ。時間を掛ければ良くなるだろうが、新馬戦はいつまでも待ってくれるわけではない。

高野友和調教師
「先週より動きは良くなっていますが、まだ動き切れていないところがあるので、今週末と来週の追い切りでどこまで良化してくれるかですね。仕上がれば阪神12月25日の芝1600mでデビューさせることを考えていますので、追い切りの感触を確認して出否を検討したいと思っています」

年内にデビューさせたいという想いは私も同じであるが、さすがにこの追い切りの感触や時計で出走しても勝負にならないだろう。レースで使われたことで、競走馬としての意識が芽生え、急激に馬体も成長する馬もいるにはいるが、むしろ中途半端な状態で出走させて、馬体に疲労を残してしまうばかりではなく、精神的にもダメージを負ったり、自信を失ってしまうケースの方が多い。出走させたいが、出走させられないというジレンマがこの師走はより強くなる。私は忙しくて走り回っているのに、クインアマランサスはレースで走ることができずにいるのだから皮肉なものだ。そう思っていると、クラブから一通のメールが送られてきた。

出走予定
クインアマランサス/25日(日)阪神5R・芝1,600m〔54 佐藤友則〕
(除外の可能性があります)


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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第18回)

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クインアマランサスがノーザンファームしがらきに放牧されてから、音沙汰がなくなった。といっても、音信不通になったとかそういうことではなく、ほとんど動きがなくなったということである。シルクホースクラブは状況を逐一メールで送ってくれてありがたいのだが、馬自身の臨戦態勢がなかなか整っていかないのだろう、この1ヶ月と少しの間、栗東トレセンに戻れそうな気配が一向に感じられない。

9月23日
厩舎長「先週いっぱいは疲れを取るために軽めのメニューで調整し、20日から周回コースで乗り出しを開始しています。捌きの硬さは窺えるものの、姿勢を起こしながら意識して乗ると少しは肩の出がスムーズになるので、出来るだけ意識しながら調教を行っていきたいと思います。馬体重は452kgです」

9月30日
厩舎長「この中間は坂路主体の調教メニューにして、出来るだけ体全体を使って走らせるように心掛けています。歩様の硬さも少しずつ良化が窺えますから、今の感じで進めていきたいと思います。馬体重は469kgです」

10月7日
厩舎長「歩様の硬さも時間をかけてあげれば解れてきますし、普段は坂路で17秒ぐらいのキャンターを2本行い、速い日は終い15秒まで脚を伸ばしています。今のところ変わりなく来ていますし、出来るだけ体全体を使って、前に負担をかけずに走れるよう心掛けながら調教を行っていきます。馬体重は473kgです」

10月14日
厩舎長「この中間も順調に調整することが出来ていましたので、今週から週3回のペースで17秒から15秒まで脚を伸ばしています。ここまで進めている限り、歩様の硬さも変わりなく来ていますし、状態としては上向き傾向にあります。このまま乗り込んでいけば帰厩の目処が立ってくると思いますので、引き続き良化を図っていきたいと思います。馬体重は479kgです」

10月21日
厩舎長「この中間も坂路でハロン17秒から15秒まで脚を伸ばしていますが、歩様も変わりありません。もう少し時間をかけて本数を重ねていけば更に良くなってくると思います。馬体重は475kgです」

10月28日
厩舎長「この中間も坂路でハロン16秒から15秒まで脚を伸ばしていましたが、順調にここまで進めることが出来ましたので、今週はリフレッシュを兼ねてトレッドミルで軽めのメニューで調整しました。乗り込む毎に状態も上向いてきましたし、来週から元のメニューに戻して帰厩に向けて進めていきたいと思います。馬体重は479kgです」

11月4日
厩舎長「先週一杯はリフレッシュを兼ねて軽めの調整でこれまでの疲れを取りましたが、今週から坂路でハロン17秒ぐらいのところで乗り込みを再開しています。このまま変わりがなければ来週からハロン15秒まで脚を伸ばし、帰厩に向けてピッチを上げていきたいと思います。馬体重は476kgです」

馬体重の変化を見ると、クインアマランサスにとって栗東トレセンという新しい環境における生活がストレスフルであり厳しいものであったことが窺える。ゲート試験も含めて、競走馬としてデビューするための最終仕上げが施されるのだから当然といえば当然だが、入厩前と比べると馬体重が15kg減って戻ってきている。この数字だけを見ても、そのままデビューさせるのではなく、一旦ノーザンファームしがらきに放牧に出して立て直してからという判断は正しかったのだろう。

もうこれぐらいの時点になると、馬の欠点もはっきりとしてくる。クインアマランサスにおいては、前駆のさばきの硬さや肩の出の悪さが挙げられる。おそらく前に前にと気持ちが行って、前駆(人間でいうと上半身)だけで走ろうとして、両前肢に負担が掛かってしまうという走るフォームの欠点が顕著なのだろう。上半身を起こして、もっと体全体を使ってゆったりと走れるようにならなければならない。

前駆が勝っていて、トモが弱いという肉体の構造上の偏りがあるからこそ、走るフォームにも不均衡が生まれている面もあるが、逆に走るフォームを矯正することで、肉体の構造上の偏りを均(なら)していくという作業が必要になるのだ。時間が掛かる作業だし、長い目で見ると、時間を掛けるべきだろう。

そうはいっても、もうさすがに11月も半ばを迎えようとしている。かつて私は、クラシック戦線に乗ってくる馬は年内にデビューしているという理由で、年明けに格付けを行っていた。ちなみに、日本ダービー馬であるマカヒキもオークス馬のシンハライトも10月の新馬戦でデビューしている。他のクラシック競走上位馬たちも同じである。残酷なようであるが、年内にデビューできない馬は、能力面や健康面、気性面など何らかの理由があって出走にこぎつけることができていない。それは競走馬としての欠陥と言い換えても良いだろう。この厳然たる事実を、まさか自分の愛馬に突き付けられるとは。残された時間はあと1ヶ月半。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第17回)

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オータムセールの時期がやってきた。昨年、初めて見学させてもらってからというもの、この季節が来るのを心待ちにするようになった。あの仔は、無事にセールまでこぎ着けられるのだろうか、買い手が現れるだろうか、いくらの値がつくのだろうか。競走馬たちの最終セールともいえるオータムセールには数々のドラマがある。私がこれほどに楽しみにしているのだから、関係者たちのこのセールに賭ける想いの強さは、想像して余りある。「仔馬の肢を引っ張ってから、サラブレッドとしてデビューするまで。これほど結果が出るまでに時間が掛かる仕事もそうはないですよ」とある生産者がつぶやいていたように、馬の世界にたずさわる人間は、長い目で気長に待ち続けなければならないのである。

今年もオータムセールに行こうと思っていたところ、急遽、取材が決まったこともあり、オータムセールの前に北海道を訪れることになった。さすがにセール期間中は、関係者は忙しくて、ゆっくりと話すことなどできないだろうから。とはいえ、私も何日も東京を離れるわけにはいかないため、今回の滞在もわずか2日間しか取れなかった。1日目は岡田スタッドやノルマンディファームの岡田牧雄氏、2日目は北島牧場の北島佳和氏にインタビュー、そして初日の晩には、日高地方の競馬関係者たちが10名ほど集まってくださって、話を聞かせてもらうことになった。

岡田牧雄さんと北島佳和さんのインタビューは別の機会に譲るとして、日高の生産者や装蹄師、獣医師さんたちとの飲み会(?)は非常に面白かった。その場にいた全員の生産者が自分で牧場を持って馬を生産し、馬を売ったり、走らせたりしている、いわば牧場主であり社長である。雇われではないため、生産馬の良し悪しが自分たちの生活や人生に直結する。獣医師や装蹄師も同じく、自分の腕ひとつで生きてゆく職業である。しかも、年齢も私と近く、ちょうど父親から牧場を受け継いで、古き良き時代の名残を残しつつ、これから自分たちの世代が大きく変わって、社台グループらの巨大資本に立ち向かっていかなければならないという立場にいる。

こうした人々の生の声を聞ける機会は貴重であり、彼らが日々どのようなことを考えて、馬と向き合っているのかを垣間見ることができた。生産に対する考え方やスタンスはそれぞれに違っていたが、そこにいた全員から伝わってきたのは、馬や競馬が大好きだということ。とにかく1日中、馬のことばかりを考え、悩み、喜び、そして楽しんでいる。馬が走るためなら何でもするという人たち。夢があるなあ、私はそう思った。私も夢を持って仕事をしているから良く分かる。そんな仲間たちと飲むお酒はいつになく美味しかった(私はほとんど飲めないが)。夜遅くまで宴は続き、また話したいと思いながらも彼らと別れた。その日は昨年と同じく、碧雲牧場に泊まらせてもらった。

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翌朝、気がつくと9時を回っていた。部屋の窓からは放牧地を悠々と駆けまわっている馬たちの姿が見える。普段は7時には目が覚めてしまうのだが、深く眠りに落ちていたようだ。夜の牧場は静かである。たしか昨年もそうだったと思いつつ、朝早くから起きて馬の仕事をしている、碧雲牧場の長谷川家の皆さまには申し訳ない気持ちで顔を洗った。昨日の岡田牧雄さんのインタビュー取材や夜の生産者たちとの飲み会を思い出しつつ、ふとしたきっかけや縁がもとになって、なんだか少しずつ馬の生産に近づいてきたという思いが湧き上がってきて嬉しかった。20年前はただの競馬ファンだった私が、あの岡田牧雄さんの豪邸を訪れ、獣医師や生産者たちの生の声を聞き、牧場に寝泊まりしている。手を伸ばせは本物のサラブレッドに触ることができる距離まで、ついに来たのだ。

Hitokuti172

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第16回)

Hitokuti16

クインアマランサスがゲート試験に受かったという朗報が入ってきた。8月末に高野厩舎に入厩し、今月からゲート試験に向けて練習を始めたところ、15日に合格したという。最初は嫌がり、うるさいところを見せたので縛ったところ、観念したのか、翌日からは素直に行えるようになったそうだ。ゲートに縛られた彼女の気持ちを考えると心が痛むが、競走馬としてデビューするには仕方ないのだろう。賢くて素直な気性と評判の馬らしく、狭いゲート内で我慢することを受け入れるや、出るときの反応も良くなり、すぐに試験に合格することができたのだからさすがである。

クインアマランサス
助 手 9. 4栗坂稍 58.4- 42.2- 27.4- 13.9 馬なり余力
ストライクイーグル(古500万)馬なりに同入
助 手 9.11栗坂良 57.2- 41.2- 26.8- 13.2 馬なり余力
リルティングインク(古500万)馬なりに0.2秒先行同入
助 手 9.15栗E良 12.8 ゲートなり

坂路でのキャンターも並行して行われているようで、タイムこそまだまだであるが、しっかりと動けるようになってきているとのこと。しかし、動き出すときと、走るのをやめるときに硬さが見られるようで、そのあたりに心配は残る。おそらく、負荷に対して成長が追いついておらず、筋肉や腱などに疲れが残っているのだろう。疲れが抜けないまま、調教のピッチを上げても、馬体はさらに硬くなってしまう恐れがある。ここは焦らず、もう少し時間を掛けて成長を促していく方向で、再びノーザンファームしがらきに戻ることになった。私もそれが正解だと思う。早くデビューしてもらいたい気持ちは山々だが、無理をして怪我や故障につながってしまっては元も子もない。

競走馬がデビューするまでの道のりは、本当に一歩一歩なのだと改めて思う。近道はないし、遠回りをすることがかえって良かったりもする。ひとつ1つの難関や試練をクリアしていきながら、2歩進んでは1歩下がりつつ、競馬場へと近づいてゆく。一口馬主になることの価値は、この永遠とも思える時間を確かに共有できることなのかもしれない。すぐに結果が出ることを求められ、細切れの時間の中で生きている私たちにとって、表に現れるまでにこれほどまでに時間が掛かる遊びに付き合うことは稀であろう。誰にとっても時間というものは共通して流れていて、それは伸ばすことも縮めることもできない。それが現実なのだと教えてくれる。

クインアマランサスはいつまで放牧されることになるのだろうか。ゆっくりと身体をほぐすことができるだろうか。ノーザンファームしがらきに行けば、彼女と会うことができるのだろうか。彼女に会ってみたい。そう思うようになってしまった。

そんな甘い思いに耽っていると、見透かしたように、シルクホースクラブから2016年度の募集パンフレットが届いた。これでもう1頭選びながら、気を紛らわせなさいということか。初めて出資したクインアマランサスが走り始めるのを見届けない限り、2頭目なんてとんでもないと思っていたし、もう1頭のことを考えるなんてクインアマランサスに悪いと律儀なことを感じていたりもした。とにかくクインアマランサスの生涯をこの目でしっかりと見届けたいのである。そんなこんなで、私はクラブから届いた封筒を開けることなく、机の上にそっと置いた。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第15回)

Hitokuti15

年を取ると時が経つのが速く感じるのは、それだけ時間や歳月に対しての意識が強くなるからであろう。私も例にもれず、最近はますます時間の流れの速さを痛感している。あれから何年も経つのに、何も変わっていないことに対する後悔や、何もできていない自分に対する情けなさばかり。ふとしたことがきっかけとなり、実現したいことと自分に与えられた有限の時間との間にある大きな溝を見下ろしては背筋が凍ることになる。この集中連載を始めてから、もう1年が経とうとしている。あの頃は、自分が選んだ馬が競馬場で走ることなど遠い未来のことに思えたが、私の意識が混濁している間に時は流れ、もうすぐそこまで来ている。そう、クインアマランサスのデビューが近づいているのだ。

8/19
在厩場所:北海道・ノーザンファーム空港
調教内容:週2回屋内坂路コースでハロン14秒のキャンター2本、残りの日は軽めの調整
担当者「この中間から入厩に向けてハロン14秒までペースを上げています。坂路での動きは良いものを感じますし、鞍上の指示にしっかりと反応して瞬発力のありそうな走りをしています。高野調教師と打ち合わせを行い、入厩に備えて来週ノーザンファームしがらきに移動する予定になりました」馬体重467kg

8/26
在厩場所:滋賀県・ノーザンファームしがらき
調教内容:ウォーキングマシン調整
次走予定:未定
厩舎長「25日に無事到着いたしました。長距離輸送の後ですから、今週いっぱいは軽めに調整をして疲れを取ってあげようと思います。変わりなければ環境に慣れさせる為にスクーリングから開始していこうと思います」

8/31
在厩場所:栗東トレセン 31日に入厩
調教内容:
次走予定:未定
高野調教師「北海道からしがらきに到着後は若干疲れが見られたそうですが、翌日はすぐに元気も戻ったようですから、31日の検疫で入厩させてこちらで進めて行くことにしました。まずはゲート試験を目標に明日から調教を開始していきたいと思います」

シルクホースクラブから届いたメールを時系列に並べてみた。8月上旬に入厩の段取りを組み始め、8月19日にノーザンファームしがらきに移動することが決まり、25日に到着し、31日には栗東トレセンに入厩した。もう少し長くノーザンファームしがらきに滞在するのかと思い、取材も兼ねてクインアマランサスに会いに行くことも考えたが、予定を調整する前にすでに栗東トレセンに入ってしまった。ノーザンファームしがらきは本当の意味での馬房が空くまでのワンクッションだったのだろう。初めての長距離輸送を経験し、1週間後にはまた新しい環境に放り込まれる。果たしてゲート試験を無事にクリアできるのだろうか。多くのサラブレッドたちが通ってきている道ではあるが、こと自分の愛馬に関しては些細なことにも気を揉んでしまう。

競走馬としてデビューすることは、実はそう簡単なことではない。何らかの形で競走馬がデビューする過程に立ち会ったことがある人ならば、その難しさが分かるだろう。競走馬として生を受けたにもかかわらず、デビュー戦を迎えることなく去っていった馬の何と多いことか。怪我や病気や事故など、あらゆる万難を排して、ようやく競走馬としてターフで走ることができる。競馬場に立つことができた馬は、ある意味ではラッキーと言えるのかもしれない。

デビューするための最後の難関として、ゲート試験がある。ゲートにすんなりと入ることができ、ゲート内で大人しく待っていることができ、ゲートが開いたら飛び出してダッシュできるかどうかを試されるのである。何もかもが初めての体験となる若駒のことでもあり、中には閉所恐怖症の馬もいるので、このゲート試験に合格することは想像以上に難しい。厩舎関係者の中で、ゲート試験に受かることを「競走馬になる」と言うのはそれゆえである。どれだけ速く走ることのできる馬でも、このゲート試験をパスしなければ、競走馬としてデビューすることは叶わないのである。

しかも、ゲート試験は2本連続で行われるため、1本目は成功したとしても、2本目で失敗してしまうと不合格となってしまうのだ。このやり方に疑問を投げかける関係者は多い。たった1回だけでも、若駒にとってゲート試験は肉体的にも大変で、神経をすり減らすものであり、それを2回連続で成功させるとなると、練習を含めると大きな負担となる。ちなみに、栗東トレセンでのゲート試験の合格率は75%程度だという。ゲート試験だけのために入厩して、合格すると放牧に出す馬が多いことからも、ゲート試験の負担の大きさが分かる。

とはいえ、公正競馬の観点から考えると、仕方がない部分もある。レースにはお金がかかっている以上、競走馬がゲートから出て行かなかったでは済まされない。競走馬は生きものであり、どれだけ試験に合格していても100%ゲートを無事に出る保証はないのだが、たった1回のテストでは心もとない。そう考えると、数回、しかも日にちを分けてテストをしたいところなのだが、馬の負担を考えて2回に限っているのではないだろうか。

それよりも、私にとってゲート試験の最大の問題と思われるのは、あまりゲートの練習をやりすぎて、スタートして全速力でダッシュしてしまうリズムを馬に作ってしまうことである。短距離戦でバリバリ活躍していこうと思う馬ならそれでいい。そうではなく、ミドルディスタンス以上の距離でこそ真価を発揮するような馬が、スタートしてから力んで走るようになってしまえば目も当てられない。松田博資元調教師はゲート練習をほとんど馬に課さなかったという。なるほど、ブエナビスタやハープスターの走りを見ると納得してしまう。長めをゆったりと追い切る調教方法だけではなく、こういう小さなところからも、一介のスピード馬で終わらせない馬づくりの本質が見える。もちろん、それも馬が無事にゲート試験に受かってくれたらの話である。もし不合格が続き、デビューが危ぶまれたとしたら、悠長なことを言っていられなくなるだろう。もしそれで、将来の偉大な馬たちの芽が摘まれてしまうのであれば、それはもったいないことである。今はとにかく、クインアマランサスが無事にゲート試験をクリアして、デビュー戦を迎えられることを願いたい。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第14回)

Hitokuti14

夏競馬に入り、他の2歳馬たちが続々と入厩し、デビューを飾っている中、牧場でのんびりと英気を養っている愛馬を見守っていると、クラブからのメールが届いた。

在厩場所:北海道・ノーザンファーム空港 調教内容:週2回屋内坂路コースでハロン15秒のキャンター2本、週1回周回コースでハロン22~24秒のキャンター3,000m、残りの日は軽めの調整

担当者「引き続きハロン15秒のペースで乗り込んでいます。馬体重はそれほど変わらないものの、付くべきところに筋肉が付いてきており、とてもいい体付きに変わってきましたね。休まず乗り込んでいますが、カイバ食いは良好ですし、脚元も問題ありません。非常に順調に調教を進められていますので、秋口あたりの入厩を考えて進めていきたいです」馬体重462㎏

あまり馬体重が増えていないことを憂慮しつつも、最後の1文に心を奪われてしまった。秋にデビュー!いや、よく読めば、「秋口(あたり)の(入厩)を(考えて)(進めていきたい)です」と書いてあるのだが、私には秋にデビュー!と変換されてしまうのだ。自分の思い込みの激しさをなだめつつ、それでも秋の京都開催の芝1600m新馬戦で走っているクインアマランサスの姿が脳裏に浮かんでくるのを止める術を私は知らないのだ。新馬戦はさすがに現地に観戦に行った方がいいかな。G1レースが開催される週とぶつかると、その時期の京都はえらい混むからなあ、などとさらに妄想は広がってゆく。

そうこうしていると、またクラブからメールが届いた。もしかすると、入厩が決定しましたという旨かと思い、期待を込めてクリックした。

在厩場所:北海道・ノーザンファーム空港 調教内容:週1回屋内坂路コースでハロン15秒のキャンター2本、週1回周回コースでハロン22~24秒のキャンター3,000m、残りの日は軽めの調整

担当者「この中間も順調に乗り込みを進めています。段々とトモに力が付いてきて、自分でバランスを取って走れるようになってきています。走ることに対しては前向きですが、基本的に人に反抗したりすることなく素直な性格ですから、精神的にも持っている資質を活かしながらいい方に成長を促していきたいですね」馬体重472㎏

「トモに力が付いてきて」、「走ることに対しては前向き」、「素直な性格」など、担当者によるポジティブな言葉が並ぶのは嬉しいが、入厩の入の字も、デビューのデの字もなく、しかも秋口という言葉も消えている。調教のペースは変わることなく、強いていえば、馬体重が10kg増加したのが大きな変化である。もしかすると、秋のデビューは延期になったのではないか、そんな不安も湧いてくる。レポートの一言一句に一喜一憂しても仕方ないと頭では分かっていても、文中の微妙な言い回しや“~が”などの逆説の接続詞が妙に気になってしまうのである。

一口馬主のクラブに入ってみて思ったのは、(特にシルクホースクラブの)情報発信に対する熱意には素晴らしいものがあるが、私たちが本当に知りたい情報には手が届きそうで届かない部分があるということである。調教のペースや仕上がり具合や馬の気性はもちろん知りたいが、それだけではない。馬主のはしくれとして、私たちが知りたいのは、愛馬の具体的な行動なのである。そこまでを一口馬主クラブに求めるのは求めすぎなのは分かっているが、敢えて言うならば、一口馬主クラブに足りない点だと思う。

たとえば、「今日は調教に行く途中にいたカラスに興味津々で、しばらく動こうとはしなかった」とか、「最近よく調教を一緒にする○○○○という馬と仲良くなり、2頭でいると安心するようです。お互いのゆったりとした気持ちのリズムが合うのかもしれません」、「今週から15-15を週2本に増やしました。負荷が増えたので、調教後は息が苦しそうでしたが、カイバを一気に食べ終わると、すぐに元気になったようで、隣の馬房の○○○○にちょっかいを出していました」など。その馬のエピソードや馬となりを表す行動などを知りたいのだ。

なぜかというと、私たち一口馬主はあまりに愛馬と離れているからだ。もしかすると、一度も愛馬に会ったことがないという人もいるだろう(私がそうだ)。見学ツアーなどに行ければ良いが、それもなかなか難しい。カタログやスクリーンや文字情報だけでしか知らない愛馬だからこそ、もっと知りたいと思ってしまう。私が大好きな写真家でアラスカの冒険家である星野道夫さんは、「寒さが人の気持ちを暖かくする。遠く離れていることが、人と人の心を近づけるんだ」と語っていた。遠く離れているからこそ、心が近づきたいと思うこともあるのではないだろうか。

Photo by 三浦晃一

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第13回)

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セリの熱狂が忘れられず、千葉サラブレッドセールに行ってきた。本当は北海道のトレーニングセールの広告を見て、そちらに行こうかと思ったが、あまりにも遠い。その広告には、こう書いてあった。

「『北海道市場トレーニングセールに、スクリーンヒーロー産駒の凄いのがいるらしい』という噂が広まったのは2013年春、セール本番を6週間後に控えたリハーサル撮影の前後からだった」

スクリーンヒーロー産駒とはモーリスのことであり、確かにモーリスは2013年の北海道のトレーニングセールの公開調教にて、ラスト2ハロン21秒8の最速時計を出して、ノーザンファームに1050万円で落札されている。今や世界的なマイラーとなったモーリスの走りを目の前で見て、それからセリで購入するチャンスが誰にもあったということだ(しかも比較的安値で)。同じことは千葉サラブレッドセールにも当てはまるだろう。

千葉サラブレッドセールは船橋競馬場で行われている。2001年から始まり、今年で16年目となる。初年度は10頭の上場馬からスタートし、少しずつ増えて、今年は63頭が上場された。しかも2009年以来、社台ファームが市場を支える形で生産馬を多数送り込むようになったことで、売却率も総売り上げも大幅に上昇した。過去最高であった昨年(2015年)は全体で12億4000万円の売上額を叩き出し、関東圏で行われる一大セールになった。2015年はエイシンフラッシュの弟(父ディープインパクト)が1億9000万円の値をつけたように、上場馬の血統レベルは総じて高く、今年も重賞戦線で活躍した牝馬の仔やブラックタイプに埋め尽くされた血統馬がほとんどであった。

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入口で購買者登録を済ませ、カタログをもらい、スタンドに駆け上がってみると、すでにたくさんの競馬関係者たちが集まっていた。自分を棚に上げて、こんな平日に馬を買いに来られるなんて皆さん良い身分だと思いつつも、いつもの競馬場とはまた違った静かな熱気に、こちらも動悸が少しずつ激しくなる。スタンドのど真ん中には、社台グループの吉田照哉氏が座って、真剣な眼差しを登場馬たちに送っていた。最初の組が最終コーナー手前の残り400m標識のところあたりから併走し始めると、全員の目がその2頭に注がれる。誰もひと言も発しない。ただ静かに見守る。聞こえてくるのは、2頭のサラブレッドの息遣いと蹄がダートを蹴る音のみ。2頭がゴール板を通過したあと、2ハロンと最後の1ハロンのタイムがアナウンスされた。それから次々と2頭ひと組みの2歳馬たちが、私の目の前を走り過ぎていった。

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船橋競馬場の砂は深いこともあってか、速い時計を出す馬でも2ハロンが23秒台、1ハロンが11秒台前半であった。目いっぱいに追われている馬もいれば、ほとんど流しているように耳を立てて走っている馬もいる状況でのタイムだけに、時計が速ければよいということではないのだが、それでも速いタイムが出ると場内は騒然とする。それだけの能力の一端を持っているということの証明であることに違いはなく、順調に仕上げられ、デビューできるとある程度の好走は期待できるということである。ちなみに、2ハロンの最速タイムは23秒5、1ハロンの最速タイムは10秒9であった。1ハロンの最速を叩き出したミルルーテウスの14(父ワークフォース)は、前脚がしっかりと伸びてきれいなフォームで走れていたのが印象的であった。飛び切りの大物を掴むということではなく、コンスタントに走る馬を見出す確率を上げるという意味においては、トレーニングセールには一定の有効性があることは間違いない。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第12回)

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募集パンフレットを見ながら出資を決めたときには、デビューなどまだまだ先のことのように思っていたが、年月は私の思っている以上に速く過ぎ去りやって来る。私が前厄と本厄を耐え忍んでいるうちに、クインアマランサスはもう3歳の夏を迎えようとしている。そう2歳の夏といえば、競走馬のデビューの時期である。

私が競馬を始めた頃は、G1レースをにらむような素質馬たちは、無理をして早く仕上げるのではなく、成長を待ちつつ、秋の東京や京都開催でデビューするのが王道であった。夏の時期から走らせようとするのは、鬼の居ぬ間に洗濯というか、強い馬たちが登場する前にとにかく稼いでおこうという意図が垣間見え、また自身が早熟で奥がない馬であることを示すようなものであった。

ところが最近は、育成・馴致・調教の技術が進化したこともあり、馬に負担をかけることなく、成長を促しながら、素質馬を早期にデビューさせることが可能になってきた。たとえば、日本ダービー馬であるメイショウサムソンやエイシンフラッシュ、ロジユニヴァースは7月に、ワンアンドオンリーやオルフェ―ヴルは8月にデビュー戦を迎えている。私の感覚では、ロジユニヴァースが札幌2歳Sを勝って日本ダービーも勝った年あたりから、この傾向は高まっている。夏に新馬戦を迎えたからといって、その馬の能力が低いわけでも、早熟なわけでもないのだ。むしろ脚元に不安がなく、カイバ食いもよく、気性も素直で、仕上げやすいということを意味する。早い時期に初勝利を挙げて賞金を加算しておき、休養に入り、ローテーションに余裕を持たせて秋に備えるのが理想的だろう。

そんな考えもあり、クラブからの報告メールが届くたびに、焦りを感じてしまうことがある。

在厩場所:北海道・ノーザンファーム空港
調教内容:週2回屋内坂路コースでハロン15秒のキャンター2本、週1回周回コースでハロン22~24秒のキャンター3,000m、残りの日は軽めの調整
担当者「この中間からハロン15秒までペースを上げて乗り込んでいます。ペースアップ後も脚取りは変わらず力強く、問題なく対応できています。調教のペースが上がってからも厩舎で非常に落ち着いており、普段は手が掛からずとても扱いやすいですよ。今後もこれぐらいのペースで乗り込み鍛えていきたいと思います」馬体重463㎏

順調なのが何よりだから、クインアマランサスのペースに合わせて、ゆっくりと走る態勢を整えてくれたらいいよと頭では分かったつもりでも、心はざわつくのである。もしかしたら、走る能力が乏しいのではないか、脚元に不安があるのではないか、カイバを食べていないのではないかという漠然とした不安が湧き上がってくる。馬体重も増えているし、調教のピッチも少しずつ上がってきていることは目に見えるのだが、それでも早くデビューしてもらいたいという結果を求めてしまう自分がいるのだ。まだ寝返りができない赤ちゃんを心配するように、他の子どもや一般的な基準と比べてしまい、どうしてもネガティブな面に心を奪われてしまうのである。そのほとんどは杞憂に終わるのに。

良い面を見なければならない。そう思って、調教動画を観ると、胸前の筋肉の盛り上がりの素晴らしさに目を奪われる。この前躯の力強さに比べると、トモの実の入りは物足りなく映ってしまうのは仕方ないとして、このまま前輪駆動で成長したとしても、ダートでは活躍できるのではないだろうか。もともとは血統的にも馬体的にもダートで走りそうということで出資を決めたのだから、イメージ通りに成長してきているということである。さらにトモに実が入ってきたあかつきには、もしかすると芝のレースでも力を発揮できるかもしれない。姉のキモーヴが城崎特別(芝1800m)を快勝し、近親のカレンミロティックが天皇賞・春であわや勝利をという走りを見せたように、このファミリーは馬体が詰まって見えても、案外、距離が延びてよく、芝でこそなのかもしれない。子は親の思い通りには育たないのだ。

Photo by Silk Horse Club

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第11回)

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門別競馬場は日本で最も新しい競馬場である。かつては門別トレーニングセンターとして使われていた馬場を改修し、1997年に競馬場として誕生した。現在では、北海道にある唯一の平地の地方競馬場として、また馬産地日高地方にある競馬場として、その価値は年々高まってきている。特に、2012年に冬季も調教可能な坂路コースが新設されたことで、ホッカイドウ競馬所属馬たちのレベルアップが著しいという。今までは賞金の高い南関東に入厩していた馬たちが、調教施設が充実しているという理由でホッカイドウ競馬にてデビューを迎えることも増えるだろう。ホッカイドウ競馬に所属しながら、中央競馬やシンガポールでも活躍したコスモバルクに次ぐ馬が、これからまた現れるかもしれない。夢のある競馬場なのである。

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門別競馬場では、4月から11月までの期間限定でグランシャリオナイターの開催が行われている。とねっこゲートをくぐると、ちらほらとお店が立ち並び(夏はバイキングもできるらしい)、その先にパドックが見えた。地方競馬特有ののんびりとした空気が満ちており、心が落ち着く。馬券を買わなければという切迫感はなく、まあパドックで馬でも見てから考えようかとなる。パドックを歩く馬たちの姿を何気なく目で追っていると、なんだかいつもと違う。掲示板を見たとき、その違和感の正体が分かった。どの馬も馬体が小さいのだ。そう、このレースは「オータムライト級カップ」といって、馬体重が420kg以下の馬による2歳未勝利戦であった。それにしても、400kg前後の馬と私が普段見慣れている500kg前後の馬たちでは、違う動物ではないかと思えるほどの違いある。100kgの馬体重の差は大きいのである。

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次のレースのパドックには白毛のユキンコが登場した。夕陽とパドックの照明に浮かぶ真っ白な馬体は美しい。中央から門別競馬場に移籍して2戦目。前走は2着に好走しており、今回も人気になったが5着に敗れてしまった。どうしても目立つ馬だけに、人気先行は仕方ないとして、こういう馬が活躍すると、ひと目みたいと競馬場に駆け付ける人も増えるかもしれない。そんな想いに耽っていると、地平線に陽が落ちようとしていた。こんな色彩の空は他の競馬場では見たことがない。また、門別は霧が深いらしく、辺りを見回してみるとたしかに霧が立ちこめ始めている。あっと言う間に、門別競馬場の夜は更けてゆく。いつかこの競馬場で自分の所有馬を走らせてみたいという想いを胸に秘めて、競馬場をあとにした。

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その日は碧雲牧場に泊まらせていただくことになり、長谷川ファミリーと一緒に食事をした。食卓を囲みながら聞かせてもらった牧場を創業したときの話は、まるで冒険劇のようであった。1坪いくらの賃料で四苦八苦している私にとって、ヘクタールという単位には、人間としてのスケールの違いを感じた。その夜、長谷川敏さんに連れられて、夜の厩舎を訪れた。どの馬たちも寝静まっているのか、物音ひとつしない。10月だというのに、日高はもう冬のような冷え込みで、私はセーターを着てきて良かったと心底思った。とはいえ、「今日、雪虫がたくさん飛んでいたから、来週ぐらいには雪が降りそうだ」と聞かされたときには(北海道にはそういう言い伝えがあるらしい)、まだピンと来なかった。そこまでの寒さではなかったからだ。夜空を見上げると、星が手に届きそうなところにある。このような自然の中で生活するのも悪くない。東京に帰った翌週、北海道に初雪が降ったというニュースをたまたま見て、私はアッと驚いた。あの言い伝えは正しかったのだ。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第10回)

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シルクホースクラブからは頻繁にメールで情報が届く。その中に愛馬の成長状況が記されているかどうかを探し、動画があればすぐさま確認する。我が子の保育園における日誌を読むような気持ちである。先日、クインアマランサスに関する、このような内容のメールを受け取った。

在厩場所:北海道・ノーザンファーム空港 調教内容:週2回屋内坂路コースでハロン17秒のキャンター2本、残りの日は周回コースでハロン24秒のキャンター3,000m 担当者「周回コースでの調教量を増やしていますが、調教には非常に前向きに取り組んでいますし、馬力も付いてきてパワフルな走りを見せています。まだ前脚の捌きが硬く、体を大きく使い切れていない感じですが、その点も徐々に良化しつつあります。馬体に張りが出て筋肉量も増えてきましたが、前に比べてトモが少し寂しい感じもあり、前後のバランスがまだ一息なので、もっとトモを使わせて動かすことで、時間を掛けて良化を促していきたいと思います」馬体重454㎏

どうしても悪い点ばかりに目が行ってしまうのは親として、いや一口馬主として仕方ないことなのかも知れないが、「前捌きが硬い」、「トモが少し寂しい」、「前後のバランスがひと息」という言葉に敏感に反応してしまう自分がいることに気づく。募集時の写真では、確かに前が勝ち気味ではあったけど、前後のバランスはそれほど悪くなかったのになあ、と振り返りつつ、成長過程において、前後のバランスが崩れたり、筋肉が硬くなってしまったりすることは、どの馬にとってもあり得ることであると頭では理解してみる。それでも心配してしまうというのが、親ごころならぬ一口馬主ごころなのだろうか。

少し落ち込みながら、桜花賞へのステップレースであるフラワーCの予想をしていると、ある1頭の有力馬の血統表を見たときに、マウスに載せている私の手が止まった。ギモーヴ(父ハービンジャー、母ヒカルアマランサス)。そういえば、クインアマランサスにはひとつ上の姉がいたのだ。自分の愛馬ばかりに気を取られて、姉の存在を忘れていた。改めて戦績を辿ってゆくと、新馬戦は2着、未勝利戦で3着したのち、3戦目の前走で勝ち上がっている。前走の勝ちっぷりを見るとなかなかの末脚があるようだし、未勝利戦で敗れたアドマイヤダイオウがその後2連勝で若葉Sを制したように、強い牡馬とも渡り合っている。

これ以上の朗報があるだろうか。繁殖牝馬として、ヒカルアマランサスは初仔から走る馬を出しているのだ。たとえ名牝であっても、その産駒は全く走らないということなど、競馬の世界ではざらにある。ひと昔前よりも、繁殖や育成のノウハウや技術が進歩して、ベストトゥベストの配合の馬が走る確率は高くなってきたが、それでも走らない名牝の仔たちは数多く存在する。ヒカルアマランサスがハービンジャーを父に重賞級の仔を生んだという事実の意味は大きい。もし父が(ハービンジャーよりも実績がある)キングカメハメハだとしたら、さらに走るのではないだろうかという妄想を膨らませてしまうのは仕方ないだろう。このように、谷から山へ、山から谷へ、気持ちのアップダウンを繰り返しながら、一口馬主の日々は過ぎていくのだ。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第9回)

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シルクホースクラブから馬名が決まったとの知らせが入った。私が初めて出資する馬の名は、クインアマランサス。女王+母の馬名の一部という、穏当な名前に落ち着いた。まあ、このあたりは一口馬主だけに仕方ない。個人的な思い入れの入ったエキセントリックな名前をつけるわけにはいかず、どうしても最大公約数的な名前になる。とはいえ、昔から名は体を表すとも言われ、これまでの競馬の歴史を鑑みても、名馬にはやはりそれなりの名前が付けられている。セントライト、テンポイント、シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ディープインパクト、キングカメハメハ、オルフェーヴル、ウオッカなどなど、挙げていけばキリがない。その強さに後から名前が符号してくることは確かだろうが、どの名馬も立派な名前を有している。

立派な名前をつければ馬が強くなるなんて言うつもりはない。それでも、大切なことは、人間がその1頭の馬に対して思い入れを持つことである。生産から育成、調教から身の周りの世話に至るまで、人間が思い入れを持って馬に接することが、その馬が強くなり成功するかどうかを大きく左右する。これは決して非科学的な話ではなく、どれだけの時間と労力が費やされ、その馬のことを考え、様々なアプローチを試みて、時間をかけて育てられ、心身のコンディションを整えてもらったかにサラブレッドの競走生命は委ねられている。飛び抜けた才能を持つ馬はそうではないかもしれないが、ほとんどの馬にとっては、関わる人間の情熱の量が運命を決めると言っても過言ではない。

「だからこそ、できるだけ高い値段で馬を売りたいんです」とある生産者は言っていた。もちろんビジネスとして高く馬を売りたいと思うのは当然のこととして、実はそれだけではなく、高く売れた馬はそれだけ大事にしてもらえる確率が高いという意味である。すべての馬がそうであるとは言わないが、安く買われて行った馬はそれほど期待されずに、それなりの扱いしか受けない。高値で買われた馬は、それだけの育成場に預けられ、それだけの調教師のもとに入厩する。どの馬にも可能性があって、公平に接するべきと頭では分かっていても、無意識のうちに、いや、自然な感情として、ある一定水準以下の値段で買われた馬には期待が掛けられない。同じ馬であっても、髙値で買われた方が周りの人間の意識が違うため、成功の可能性が広がる。

どんな名前をつけられたかは、人間がその馬に対してどれだけの愛情や情熱を持って関わっているかの一端を表しているのではないか。だから私は冠名のつく馬があまり好きではない。たとえ高値の馬であっても、その馬に対する思い入れが感じられないからだ。そう考えると、穏当な名前の馬は最大公約数的な成績しか残せないのかもしれない。それは共同馬主という制度の限界を示している。それでも、と私は考えを改める。ヒカルアマランサスにとっては初めての仔だし、生産者にとっても、育成のスタッフにとっても、調教師にとっても、1頭の良血馬であることは確かである。値段が高くなかろうが、名前が凡庸だろうが、目の前にいる1頭のサラブレッドに情熱を注ぎこめるのが真のホースマンであろう。そのように信じていれば、クインアマランサスが、その名の意味どおり、枯れることのない女王という名前を立派に体現してくれるかもしれない。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第8回)

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第1部が終わり、お昼休みに入った。この間に軽い軽食として食べたラーメンが美味しかった。馬主しか食べられないコーナーがあり、いつか私もここで食事をしてみたいと感じた。ふと周りを見回すと、休憩にもかかわらず、馬を見ている関係者たちがあちこちにいる。彼らは気になった馬は1頭でも多く見ようと、食事を取る間も惜しんで、馬を出してもらい、つぶさに馬体を観察している。その中に、石橋守調教師や河内洋調教師もいた。セレクトセールなどに比べると、それほど高額馬が上場されるセールではないにもかかわらず、掘り出し物を探しに、馬のいるところならばどこでも行くという雰囲気が漂っている。

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そうこうしていると、セリが始まったのか、必然的に場全体の雰囲気もピリッとしたものに変わる。セリ場に入る前に、順番待ちをしながら引かれている馬もいるし、そのさらに前に屋外で周回している馬もいる。ここではどの馬も多くの人間の視線にさらされる。これだけたくさんの人間に一度に見られることは初めてという馬もいるかもしれない。自分が商品として観察される気持ちはいかようなものだろう。それでも、ほとんどの馬たちは、人間が見ていることなどお構いなしという仕草で堂々と歩いている。むしろ引いている人間の方が緊張しているかもしれない。

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私はセリの会場に入った。満席とまではいかなかったが、空席がちらほら目立つ程度で、人の入りも多い。安田隆之調教師の姿も見えた。主催者から金額が提示されると、それ以上の声が上がり、さらにそれを上回らんと値段が次第に吊り上がっていく。ほとんど主取り(買い手がつかない)になってしまう年もあるが、今年のオータムセールはまさに競り合いという様相を呈しており、人々の馬を買おうという気持ちが高まっていることが手に取るように伝わってきた。今回は馬を買うつもりで来たわけではないにもかかわらず、こうした雰囲気の中にいると、心が躍り、競りに加わってしまいそうになる自分を抑えるので精いっぱい。もしここで私が、「500万!」と声を上げたらどうなるのだろうかと、おかしな妄想で頭の中が一杯になった。

社台グループの創始者であり、ノーザンテーストやサンデーサイレンスを日本に輸入した吉田善哉さんは、名生産者は名バイアーでなくてはならないとして、セリで良い馬を買うためのコツを以下のように指南している。

吉田さんに、こうした良馬を買う方法をたずねると、「まあとにかく、たくさんのセリに出かけて、とことん良い馬を探すことです」という。吉田さんは子供の頃から父親に連れられて各国の馬を観てまわっている。年をとるにつれて、吉田さんは更に多くのセリに出かけていくことになる。キーランド、サラトガ、ニューマーケット、カラ、ドーヴィル、浦河、静内、むろん地元の千葉や胆振はいうにおよばず、セリのあるところ吉田善哉さんの顔があるといっても過言ではないだろう。だが、吉田さんが本当に欲しい馬を買えるようになったのは最近である。「長い間指をくわえて観ていたのですよ。しかし、それがとても重要なことです」と吉田さんはいう。セリで成功する方法の第一は、指をくわえて観ること!セリに出かけていくと、何頭かはどうしても欲しい馬に出合うものだ。何度もセリに出かけて行って、欲しい馬に出合わないのなら、馬産家としての才能がないとあきらめた方がよいだろう。もし、サラブレッドに対する何らかの見識があるならば、絶対に欲しくってたまらない馬に出合うはずである。そして、その馬を他人がセリ合っているのを、じっとがまんの子で観ている。やがて、もうどうしようもなく買わなければならない馬に出合うはずだ。そんな時、お金がなくても何らかの手段を講じて、買いにまわるのである。 (「新しい競馬のビジョン」山野浩一著 より)

それにしてもサラブレッドは美しい。セリ場でスポットライトに光り輝く馬を見ていると、その馬を走らせて賞金を稼がせたいという野心などはちっぽけなものであって、この人間がつくりだした芸術品を手に入れたいという崇高な気持ちが湧いてくるから不思議である。それは所有欲にまみれた、コレクション趣味の男の性なのかもしれないが、競馬が好きな人、馬を愛する人ならば私のこの気持ちを分かってくれるかもしれない。近いうちにまた来てみたい、いつか自分もこの場で競りに参加してみたい、そんな青白い小さい炎が私の心に灯った気がした。私はオータムセールをあとにして、門別競馬場に向かった。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第7回)

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思っていたよりもこの時期の北海道は暖かく、セーターとダウンを着こんで臨んだ私をあざ笑うように、力強い日差しが車のフロントガラスを通して射し込んでくる。この数日、ほとんど寝ていなかった私は、長谷川さんの運転の隣でついウトウトしてしまった。広大な海を右手に見ながら、直線だけで構成されたような道を飛ばして行くと、2時間ほどでオータムセールが行われている静内の会場に到着した。

いよいよこれからセリが始まろうとしていた。最後の最後まで馬を見ている馬主や調教師もいて、馬を買おうという気持ちと売ろうという気持ちがぶつかり合って、静かな緊張感の中にも競馬関係者たちの熱気がひしひしと伝わってくる。私はオータムセールが初めてなので分からないが、何度も来ている方の話を聞くと、今年はこれまでにないほどの活気だという。そう言われてみれば、行き交う人々の間に笑顔が絶えない。向こうから馬を引いてやってきた長谷川慈明さんも笑顔だ。1年ぶりの再会となる。今日はいつもお世話になっている他牧場の馬の出場を手伝いに来ているという。

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実は1頭気になっている馬がいた。ちょうど1年前、長谷川慈明さんから碧雲牧場生産の当歳馬の写真や血統表を見せてもらった中で、個人的に目を付けていた馬がいたのだ。トトノオナリ―の14(父ジャングルポケット)である。私がその馬に興味を抱いたのは、母父にスペシャルウィークを持っていたという点。母父にスペシャルウィークがいることでスタミナが補強されるはず。スピード化した現代の競馬において、もちろんスピードがあることは前提ではあるが、逆説的には最後に問われるのはスタミナである。父ステイゴールドで母父メジロマックイーンが黄金配合とされているように、近い将来、いずれかの種牡馬×母父スペシャルウィークという黄金配合が誕生するのではないかと考えている。

トトノオナリ―の14について私が言及すると、「売れました。良かったです」と長谷川慈明さんは破顔一笑。ドリームジャパンホースレーシングにより280万円で落札されたそう。今回のオータムセールに臨むにあたって、この馬だけではなく他の上場馬についても、コンサイナーに依頼し、馬の歩き方から僅かな動作に至るまで調教してもらい、準備をしてきたという。長谷川慈明さんいわく、「全然違う」。馬がしっかり歩けるようになるし、正しく振る舞えるようになる。だからといって、走るかどうかはまた別物であるが、とにかく馬を買いたいと思ってもらえるような動きができるように躾をするのがコンサイナーの仕事である。そこには特別な技術やノウハウが存在する。驚くべきは、どこどこの誰々が見たら買いたくなるような動きができるようにさえ調教できるという。セリ市は売る側と買う側の公平な場における真剣勝負であるのだ。

ひと昔前のセリ市では、そんなことをしてまで準備をするという考えすらなくて、牧場で走っている馬をそのまま連れて来ていた。毛は伸び放題でも、馬体が汚れていようが、馬が多少暴れてもお構いなし。それでも馬が売れた時代が確かにあった。大げさに言うと、馬であれば売れた時代があったが、今はそういう時代ではない。

たとえば、脚(球節から繋の部分)にソックスを履いているように白い毛が生えている馬がいる。左後一白(さこういっぱく)といって、左後ろ肢だけ白い馬は名馬の証なんて言われたこともあった。この白い部分が汚れやすいのである。糞や土を踏んだ蹄が擦れて、汚れてしまうというという具合に。どれだけ馬体の手入れをしていても、見る人が見たときに、汚れていると、見た目が悪く、印象が下がってしまうのだ。そんなとき、すぐに汚れを落とすスプレーのようなものがある。海外からの輸入品であり、高価なものなので、こういうセリのときぐらいしか使わないが、それでもそこまでするのだ。「そこまでするの?」ではなく、「そうするのが当然でしょ」と関係者の誰もが認識している時代なのである。今年こそ好況であったが、これまでの不況が競馬関係者を鍛えたのであろう。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第6回)

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あれほど馬主に憧れ、憑りつかれていたにもかかわらず、結局のところ、私が今まで一口馬主にすらならずにいたのは、ひとつは前述したように、これという馬がいなかったことがあるが、もうひとつの理由としては、一口馬主ではどこか物足りなさを感じていたからでもある。実は2つの理由はつながっていて、どちらもなぜ私がその馬を所有しなければならないのかという理由が思いつかない、ということだ。それはパンフレットやDVDを観て、付き合う(もしくは結婚する)異性を決めるような違和感というべきか。もちろん実際に会ったりして(馬の場合は見学ツアーに行ったりして)から決める人もいるのだろうが、それでも商品化されたものを買っているような気がしてならない。

そんな違和感を乗り越えて、今回は一口馬主をやってみようと思ったのだが、と同時に、1頭の馬の馬主になるという想いも捨てたわけではない。1頭の馬を自ら所有することで、より近い距離で、馬の生産や育成、調教やレースというものに関わることができる。生産者や育成に携わる人々、厩舎に入れば調教師やジョッキーというプロフェッショナルたちと直接に話をし、育成や調教の報告を受け、レースに出走するタイミングを見計らい、ローテーションも考える。そうしてようやくデビューした馬がレースを走ったときの喜びや勝利したときの興奮は、何ものにも代えがたいはず。もちろん、愛馬が怪我をしたり、いつまで経ってもデビューできなかったり、レースに行っても走らなかったりしたときの落胆も大きいだろう。それでも、そういう全てを含めて味わうことによってはじめて、競馬の世界の仲間に入れてもらうことができるのではないか、と思ったりする。

そこで、知り合いの生産者の招きもあり、馬を買うことが目的ではなく情報収集のために、セリ市に行ってみることにした。毎年秋、北海道市場(静内)にて開催されるオータムセールである。サラブレッドの競り市場は毎年各地で行われ、当歳や1歳馬のセリ市としては、セレクトセールやセレクションセール、サマーセールなどがある。毎年7月にノーザンホースパークで行われるセレクトセールは、1億円を超えるような高額で取引される馬も数多く出るように、あらゆる意味において、日本最大規模のセリ市である。その中でも、オータムセールは年内最後のセリ市として位置づけられている。過去に取引された馬では、アスカクリチャン、クリノスターオーやマイネイザベルらが活躍馬として挙げられる。

朝6時台の飛行機に飛び乗り、9時前には新千歳空港に到着した。今回の遠征を仲介してくださった福永さんと落ち合い、碧雲牧場の創業者である長谷川敏さんの車に乗せていただき、静内へと向かった。実は長谷川敏さんとは初対面であり、噂で聞いていたとおりの、精悍な顔立ちとインテリジェントな雰囲気をまとっている。長谷川敏さんは、学生時代に映画を撮るために牧場に泊まり込んで働いたことがきっかけで、生産の仕事をすることになった。柏﨑牧場時代にはあのスーパークリークを生産し、碧雲牧場から誕生したグラスポジションは重賞こそ勝てなかったが私の記憶には深く残っている。ちなみに、彼がつくった「青春のたてがみ」という映画は、吉永小百合さんがナレーションを手掛け、今観ても秀逸な作品である。

オータムセールは本日2日目。初日は売れ行きが好調だったそうで、碧雲牧場から上場させた3頭のサラブレッドたちも完売したという。手塩にかけて育ててきた馬たちであり、もちろん経済的な意味も含めて、生産者は自らの生産馬に値段が付くことほど嬉しいものはない。買い手がつかなかったときの悲しさと、売れたときの喜びは表裏一体の感情として密接に結びついている。「いい時に来たね」と福永さんが言ったように、長谷川さんからは抑えきれない喜びがポロポロと溢れ出ているように見えた。生産者冥利に尽きる瞬間ということなのだろう。私はすぐにこの人が好きになった。そして、長谷川敏さんの長男であり、碧雲牧場の後を継いだ長谷川慈明さんの顔が早く見たくなった。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第5回)

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私がヒカルアマランサスの14に出資しようと決めたのは、その馬体の素晴らしさゆえである。これまでも毎年、数々の共有クラブのパンフレットに目を通してきたが、私が納得できるような馬体(立ち写真)の馬はひとつのクラブに1頭いるか、もしくは1頭もいないことの方が多かった。それぐらい1歳馬の馬体というのは物足りなく、アンバランスで、今にも崩れてしまいそうなものなのである。たしかに、この時期の馬体のシルエットや骨格などは成長してからも大きくは変わらないため、その馬の馬体の基礎(土台)ではあるが、その後の筋肉の付き方や成長度合いによって、形やバランスが崩れてしまうこともある。だからこそ、1歳馬の馬体の見極めは困難を極めるのだ。

また、馬体のミスを探す方法にも私は疑問を抱いている。トモが緩くて踏み込みが甘かったり、脚が内向(もしくは外向)していたり、筋肉が硬かったりなど、馬体の悪いところを探すと、ほとんどの馬の馬体にはミスがある。あのサンデーサイレンスの飛節が大きく曲がっていたのは有名な話だし、名牝ベガは左前脚が極端に湾曲していたため競走馬になれるかさえ危ぶまれていた。最近でいうと皐月賞を勝ったイスラボニータはフジキセキ産駒にしてはトモが緩くて、ここまでの活躍は期待されていなかったのではないだろうか。つまり、どんな名馬の馬体にもミスはあり、ミスがあるから走らないのではなく、ミスがあっても他の強い部分が補うことで走っているのである。

競馬の専門家や関係者たちは、つい馬体の欠点を見てしまう(見えてしまう)。他の馬を見るときだけではなく、自分たちの携わる馬に関しても。専門家として、それはある意味において仕方のないことだが、だからこそあえて良い部分を見ようとする視点は必要なのである。良いところを強化していくことで、実は欠点さえもプラスに転じることがある。前述のベガなど、幼少の時期にはあれだけ脚元に不安があったにもかかわらず、無理に負荷を掛けずにゆっくりと調整されたことで、一本の線の上を走るような美しいフットワークの競走馬になった。イスラボニータはもしトモがパンとしていたら、距離はマイルまでしかもたない馬になっていただろう。逆説的ではあるが、トモが緩いからこそ距離がもつのである。

ヒカルアマランサスの14の馬体の良さは、その完成度と力強さである。今年度の「サンデーサラブレッド」と「社台サラブレッドクラブ」、「シルクホースクラブ」のパンフレットの中でもトップクラスである。前駆と後躯にしっかりと実が入っていて、しかも前後のバランスが抜群である。前だけが強い馬はたくさんいるが、後ろも同様に強い馬は少ない。ミスがあるとすれば、膝下が短いということであり、これはつまりヒカルアマランサスの14が芝では短い距離、またはダートに適性があるということを意味する。個人的には、ダート路線での活躍が期待できるのではないかと考えている。

というのは、血統的にも母父にアグネスタキオンがいて、最近はダートに強い馬を出す傾向にあるからだ。種牡馬も年齢を重ねるごとに、産駒の傾向が変わってくることがあり、たとえばブライアンズタイムやスペシャルウィークなどが典型的で、最初は芝の大物を輩出していた種牡馬から晩年はダートの鬼が誕生したりする。アグネスタキオンにもその傾向が感じられ、最近では父としてはノーザンリバー、母の父としてはノンコノユメを出している。同じことはキングカメハメハにも当てはまるだろうし、そもそもキングカメハメハは芝とダートの両方で大物を出す種牡馬である。ヒカルアマランサスの14は両親の実績から見ると芝馬のように見えて、実は血統的にはダート馬なのではないだろうか。もちろん、私の推測が外れて、芝の大レースで活躍してくれても全くかまわないのだが(笑)。

そんなことをつらつらと書き綴っていると、シルクホースクラブから私宛の封筒が届いた。小さい封筒だったので、もし落選していたらどうしようという考えが真っ先に頭に浮かんだ。他に出資したい馬を再び探さなければならないし、果たして見つかるかどうかも分からない。そうなると、まさかの連載中止??私の一口馬主ライフが始まる前に終わってしまうとは、夢にも思わなかった。最悪の結果を予期しつつ、書面を取り出してみると、そこには小さく当選の文字があった。まずは第一関門をクリアできた。入会金を含めて馬代金を振り込むと、今度はシルクホースクラブから会員証が送られてきた。新しい競馬の世界へのパスポートである。

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(第6回へ続く→)

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第4回)

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その馬は、ヒカルアマランサスの14、名前はまだない。母ヒカルアマランサスは、京都牝馬S(GⅢ)を勝ち、ヴィクトリアマイルであのブエナビスタと首差で2着した実績を持つ馬である。戦績を見ても、その馬体や走りからも、典型的なマイラーであったと記憶している。そして父はキングカメハメハ。言わずもがなの名馬であり、名種牡馬である。個人的にも、日本ダービーの祝勝会に参加させてもらったこともあり、思い入れの強い馬である。ただ最近は体調が優れず、様子を見ながらの種付けを行っており、あの金子真人オーナーにさえもなかなか順番が回ってこないという。そういった意味でも、これから先、キングカメハメハ産駒の希少価値は上がるだろう。

母ヒカルアマランサスには苦い思い出がある。ヒカルアマランサスというよりは、ヒカルアマランサスが走ったレースにといった方が適切か。2010年の京都牝馬Sにて、私は珍しく3連単の馬券を買っていた。普段は単勝しか買わないのだが、この年に行っていた「ガラスの競馬場Classic」という有料サービスの中で、3連単を1点で予想するという試みをしていたからだ。3連単1点勝負など、確率的にも当たることは滅多になく、この京都牝馬Sも、良い意味において肩の力を抜いて予想をしていた。私の予想は、ベストロケーション(7番人気)→ザレマ(2番人気)→ヒカルアマランサス(1番人気)であった。特にひねったつもりはないが、ベストロケーションが頭というところがミソであったと思う。

雨が降りしきり、力を要する状態の馬場でレースは行われた。大外枠からベストロケーションが好スタートを切り、内からザレマが先頭を奪った。私が思ったとおりの展開となり、2頭がガッチリと先頭と番手を押さえたことで、道中は緩やかに流れ、レースをかき乱す馬も騎手もいない。そこでふと後方を見ると、ヒカルアマランサスが最後方にいるではないか。いかにも差して届かず3着というポジション。そのまま馬群は最終コーナーを回り、粘るザレマをベストロケーションが抜群の手応えで捕らえにかかる。こうなると、あとは大外を回したヒカルアマランサスが心配になってくる。絶望的なところにいるヒカルアマランサスに向かって、「頼む、3着に入ってくれ!」と私は心の中で叫んだ。

私の願いが通じたのか、ヒカルアマランサスはM・デムーロ騎手を背にジワジワと脚を伸ばしてきた。道悪のレースにおいて、M・デムーロ騎手に追われた馬の伸びは凄い。ハミと騎手の手綱の支点が近く、馬の上体をやや引き上げるようにして追ってくるから、馬も下を気にすることなく走りやすいのだろう。ゴール板が見えてきた時点では、もしかしたら3着に入るかもという勢いで追い上げてきた。ベストロケーション→ザレマという並びは完成しているので、もしヒカルアマランサスが来たら3連単が的中することになる。私は馬券を手にしながら、ゴクリと唾をのみ込んだ。もしこの馬券が当たったら、大変なことになる。

あの時、私の胸に去来した思いを書くのは気が引ける面もある。不思議なことに、あの直線の半ばで、私はヒカルアマランサスに届かないでくれと半分願ったのだ。上手く説明することができないが、馬券が当たってほしいという気持ちと、当たらないでほしいという気持ちが同時に混在したということだ。なぜだろうか。おそらく私は怖かったのだと思う。あの3連単が当たったとしたら、私は見たこともない大金を手にするはずであった。一千万には届かずとも、それに近しい金額の配当金になったはず。目の前に突然、想像もしていなかった大成功や夢のような現実が訪れようとしたとき、私たちは恐怖におののくのだ。

ヒカルアマランサスは3着に入るだけではなく、なんと前に走っていた2頭までをもまとめて差し切ってしまった。1頭だけ次元の違う伸び脚であった。私は手の届きそうなところまで来た3連単的中を逃してしまい、目の前が真っ暗になったと同時に、どこかでホッと安心していた。当たらなくて良かったとまでは思わないが、当たっていたらどうなっていただろうと思う。私のような器の小さい人間には扱い切れなかったのではないか。ヒカルアマランサスは、私の中に眠っていた小心者を顕在させて見せてくれたのだ。それにしても、ヒカルアマランサスは強い牝馬であった。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第3回)

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忘れかけていた頃にパンフレットが届いた。「サンデーサラブレッド」と「社台サラブレッドクラブ」は同時にまとめて、それからしばらくして、「シルクホースクラブ」から送られてきた。過去には他のクラブからも送ってもらったことがあるので良く分かるが、どのクラブも写真集やカタログのような素晴らしいパンフレットを送ってきてくれる。印刷代だけでもかなり掛かるのではないかと余計な心配をしてしまうが、それでも馬が売れれば十分に利益が出るのだろう。そう、今や一口馬主全盛の時代なのである。

私が競馬を始めた1990年から25年が経ち、この間にコアな競馬ファンの馬券から(一口)馬主へのシフトがあった。これは大きな潮流の移り変わりである。馬券時代には、ロマンを絡めて競馬が語られた時期もあったし、枠番から馬番への移行に伴い馬券が盛り上がり、3連単等の導入によってその流れが加速したかに見えたが、様々な要因が重なり、馬券の売り上げはみるみるうちに失速し、コアな競馬ファンは馬券に対しての興味を次第に失いつつある。

海外の競馬を範にして、多様な種類の馬券を売り出したことが、馬券時代の終わりの始まりだったと私は思う。当時は、アメリカや香港では3連単やWIN5のような馬券が売られているのに、なぜ日本では買えないのだという論調であったと記憶している。私もそのような馬券が売られたら面白そうだと思ったこともあった。がしかし、いざ発売されてみると、たしかに売り上げに占める割合は3連単が大きく占めるようになったものの、競馬の質も大きく変容してしまったのだ。戦後から長い歳月をかけて、せっかく競馬が数字だけの賭博ではなく、ロマンやスポーツなどの要素も併せ持つ知的ゲームになったのに、再び騎手や馬たちはサイコロの駒のようになり、競馬は数字の組み合わせに化してしまった。

競馬ファンの興味や視点が数字の組み合わせに向くと、マスコミや競馬評論家たちもすなわちそちらを向かなければならない。競馬のマスメディアは、メインストリームを自ら作り出しているのではなく、メインストリームを追っているだけなのである。なぜなら、そうしなければ、番組は見てもらえないし、雑誌や本は買ってもらえないからだ。こうして書店の本棚からは競馬の本質に迫るような内容の読み物は消え、いかに儲けるかという馬券本で埋め尽くされた。私も昔はよく行った書店の競馬本コーナーにも、最近は足を運ぶことが少なくなった。

こうした変化に抗うためか、意識的であれ無意識であれ、コアな競馬ファンの中には馬券に当てていた資金を一口馬主の方に回す者が現れ始めた。私たちは、1頭1頭の競走馬をしっかりと見つめたいのだ。競馬の本質をもっと身近に知りたいのだ。そんなコアな競馬ファンの声にならない気持ちの現れだと私は思う。もちろん、ダビスタ世代である私たちは、万馬券を当てたり、3連単で高額配当を手にしたりするよりも、もっと興奮することがあることを知っているからでもある。そう、自分の愛馬がレースで勝つこと。これは競馬における至福の瞬間であり、かつ競馬の原点でもある。

「サンデーサラブレッド」、「社台サラブレッドクラブ」、「シルクホースクラブ」の3つのパンフレットに目を通し、募集馬たちの立ち写真や血統等を比べてみた。魅力的な馬ばかりで目移りしてしまうと内心困っていたところ(いつもそれで結局選びきれない)、「シルクホースクラブ」のあるページを開いたとき、私の目は止まった。そして、しばらくそこから動けなかった。一目ぼれ?直感?そんなシンプルな言葉では表しきれない、素晴らしき馬体と血統の馬がそこにいたのだ。私は迷いなくその馬の募集番号と母の名前を申込用紙に記入し、ポストに投函した。あとは抽選のみ。

Photo by fakePlace

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第2回)

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さっそく、一口馬主クラブの資料を取り寄せてみることにした。どのクラブもホームページ上に募集馬を公開しているので、それらを徘徊しつつも、最終的にはパンフレットで馬の写真等を見て決めたいからだ。やはりインターネット上の写真とパンフレットのそれでは、同じ写真であっても、受ける印象が異なることがある。情報量が違うということだ。それは毎週拙ブログ上で立ち写真の評価を行ってきて分かったことでもあり、できれば紙の媒体で見る方がよい

さすがにありとあらゆるクラブの募集馬を全て検討するのは時間的に難しいため、まずはクラブで絞り込みをかけることにした。私が資料請求したのは「サンデーサラブレッド」と「社台サラブレッドクラブ」と「シルクホースクラブ」の3クラブである。なぜこの3クラブを選んだかというと、信頼が置けるからだ。一口馬主をやっていく上で、おそらく良いことも悪いことも起こるだろうし、走ったり走らなかったりもするだろう。そういう紆余曲折のある長い道程において、クラブと側の理念や運営から対応に至るまで、信頼できるかどうかは極めて重要になってくると思うからだ。

きわめて個人的な理由ではあるが、「ROUNDERS」をより多くの競馬ファンに届けたいと思い、一口馬主クラブの会報誌に掲載をお願いに回ったことがあり、その中で縁があって、人間的な対応をしてくれたのが社台グループとシルクホースクラブであった。どこの馬の骨かもわからない私たちの話を聞いてくれ、自らの会報誌に載せてくれたことに今でも感謝している。全く利害関係のない、いち競馬ファンでしかない私たちを人間的に扱ってくれたことが嬉しかった。私が逆の立場であったら、同じようにできただろうか。

特に、シルクホースクラブの代表を務める阿部幸也さんに、中山競馬場でお会いしたことは今でも忘れられない。阿部さんは時間が許す限り、開催日には競馬場に足を運び、自らのクラブの馬たちを応援しているのだという。その日も中山競馬場にいらっしゃっていて、レースが終わったあと、競馬場内のカフェで「ROUNDERS」の話を聞いていただいた。ミスター競馬と呼ばれた野平祐二さんを特集したvol.3を発売した直後であり、阿部さんのお父さまが野平祐二さんと知己があったことを懐かしく話してくれたりした。まだ社台グループと提携する前であり、「今日は1勝もできませんでしたよ」と少し疲れた顔を見せてくれたのが印象的であった。苦しい時期だったのだと思う。この人にとっては、クラブの馬はすべての馬が愛馬なのだと感じた。

その後、社台グループとの提携が発表され、新しいシルクホースクラブとして一歩を踏み出すことになった。これで阿部さんの笑顔が見られることが多くなるのでは、と私は心から祝福した。

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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第1回)

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「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてすなり」として紀貫之は土佐日記を書き始めたように、現代のコアな競馬ファンが愉しむといわれている一口馬主というものを、私もやってみようと思う。別に大上段に構えているわけではなく、もちろん女性になりすまして馬主になるということでもない。そこにあるのは、そこはかとない興味であり、大いなる野望であり夢である。この1歩を踏み出すことで、未来がどう変わってゆくのか、ぼんやりと分かるようでいて分からない。ひとつだけ言えるのは、新しい競馬の世界が待っている、ということである。

競馬と共に20年以上の歳月を過ごしてきた私が、いよいよ一口馬主になろうとしているわけだが、一口馬主を意識し始めたのはかなり昔のこと。社台レースホースやサンデーレーシングの馬たちが、ダイナースクラブの会員でなければ手に入らなかった時代といえば分かりやすいだろうか。その頃は、クレジットカードなど持てる身分ではなく、いくら共有馬主とはいえ、社台グループの生産馬を所有することは、貧乏人にはとても手の届かないお金持ちの遊びであった。

それ以外には、友駿ホースクラブや東京サラブレッドクラブの前身であるユーワホースクラブなどの資料を取り寄せ、学校をさぼって近くの喫茶店で穴が開くほど眺めたりもしたが、結局これぞという馬が見つからず、来年こそはと思い、いつの間にか20年が経ってしまった。おそらく当時の私の友人は、「一緒に共同馬主やろうぜ」という誘いを嫌というほど聞いたはずだし、あれだけ熱弁をふるっていたにもかかわらず、いまだに一口馬主にすらなっていない私のことを冷めた目で見ていたはずである。

私が馬主というものに憑りつかれていたことを示すエピソードを紹介したい。かつて国立競技場でアルバイトをしていたことがあった。たとえば、ラグビーやサッカーなどの大きな試合があるとお呼びがかかって、チケットのもぎりや競技場内での案内を行う。このアルバイトの良いところは、運が良ければ、仕事中にスポーツ観戦が無料でできることだ。運が悪いと、競技場の外にある駐車場に配属させられることもある。車でやってくる入場者を誘導し、適切な場所に駐車してもらうのだ。

ある日、私は初めて駐車場の係に任命された。試合が観られないことを残念に思いつつ、新しい場所での仕事を覚えようと、背筋を伸ばして駐車場の入口に立った。次々と入ってくる車を空いているスペースに導いていると、あっと言う間に時間が経つ。しばらくしてホッとひと息つき、ふと目を上げたところ、フロントガラスの右上に「馬主」と書かれたステッカーのようなものが貼られた車が私の前を通り過ぎた。ああ、馬主か、今日は競馬場に行かず、ラグビー観戦に来ているのだな、まあ毎週自分の馬が出走するわけでもないし、などと思った。

ところが、次にやってきた車にも同じ「馬主」のステッカーが。何という偶然だろう、こういうところに車で観戦に来るような人はお金持ちで、馬主の人が多いんだなあ、うらやましい、と心の中で独り言を言う私。しかし、次の車もまた同じ。駐車場の入口のところで並んで待っている4、5台の車を見渡してみると、すべての車に「馬主」のステッカーが貼ってあるではないか!目をこするとはまさにこのことで、さすがにこんなにも全員が馬主であるはずがないと私は自分を疑った。しばらく冷静になって考えてみると、そのステッカーに書かれていた文字は、「馬主」ではなく「駐」であったのだ。私以外の誰が見ても間違わないと思うのだが、それは駐車場に入るための専用のステッカーであった。駐車場の「駐」かよ!と気づいたとき、私は己の愚かさを恥じるとともに、自分の心がいかに馬主というものに支配されていることを思い知らされたのである。

どれほどまでに私が馬主になることに恋焦がれてきたか、分かっていただけただろうか。正真正銘の馬バカなんて言わないでほしい。そう、私は遅れてきた大物一口馬主なのだから。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第26回)

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昨年末、競馬好きのためのあるイベントに、いち競馬ファンとして参加させてもらった。企画のひとつとして、「最強世代のどの馬が強いか?」というテーマについて、3名の競馬予想家(評論家)がトークを繰り広げるというものがあった。つまり、エルコンドルパサーとスペシャルウィークとグラスワンダーのどの馬が最強なのかという問いである。冒頭で参加者たちにも意見投票が求められたのだが、私は自分がそれと思う馬に手を挙げられなかった。そうこうしているうちに、票はエルコンドルパサーとグラスワンダーに分かれ、なんとスペシャルウィークには誰一人として手が挙がらなかった。

なぜ手を挙げられなかったかというと、頭の半分で他のことを考えていたということもあるのだが(笑)、3強と言われる馬たちがどの3頭を指すのか分からなかったのだ。当時を知る者としては、皐月賞と菊花賞を勝ったセイウンスカイがそのメンバーに入っているのか(さすがにキングへイロ―は入っていないことは分かっていた)、もし入っているとしたら残りの2頭は?と頭がおかしな方向に回ってしまったのだ(よく考えれば、3頭と言えば、エルコンドルパサーとスペシャルウィークとグラスワンダーに決まっているのだが)。そのわずかな心の迷いの隙を突かれ、私はスペシャルウィークに手を挙げることができなかったのである。そう、その世代の3強の中では、私の最強馬はスペシャルウィークなのである。

この3頭に限らず、どの馬が最強かという問いは永遠のテーマであり、その難解さゆえに最後には水掛け論に終わってしまうことも多い。今回のトークでも、エルコンドルパサーが強いという意見も、グラスワンダー最強という主張も痛いほどよく理解できる。エルコンドルパサーとグラスワンダーに意見が二分するのは、サイレンススズカが逃げ切った毎日王冠を境として、この2頭が全く別の道を歩むことになったからである。凱旋門賞を目指してヨーロッパに渡ったエルコンドルパサーと、国内に専念したグラスワンダー。新しい環境に適応し、ヨーロッパの競馬でも結果を出したことを高く評価するか、マイルから2500mまで距離を問わず、国内のグランプリG1レースを勝ちまくったことを上に取るか、ほとんど同じレースで走ったことのない2頭の比較は確かに難しい。

それに対し、グラスワンダーとスペシャルウィークは同じレースで何度か走ったことがあり、特に宝塚記念では前者が後者を完膚なきまでに負かしているため、グラスワンダー最強説はこのレースが根拠になりやすい。確かにグラスワンダーは強かったのだが、あの宝塚記念におけるスペシャルウィークは、前走の天皇賞春で体力を使い果たして、決して万全の状態にあったわけではない。当時、外国産馬であるグラスワンダーも使えるレースが限られていたため、調整が難しかったのも確かだが、その分、消耗が少なく、ひとつのレースで限界を超えて力を出し切る同馬にとって、かえって良かったのではないかとさえ思える。

さらに、サンデーサイレンス産駒であるスペシャルウィークは切れ味を持ち味とするのに対し、グラスワンダーは筋骨隆々のパワータイプであり、宝塚記念や有馬記念のようなシーズンオフに近い時期に行われる、芝が傷んできて、力を要する馬場で行われるG1レースに適性があった。つまり、一緒に走ったレースを物差しにするにしても、どちらも万全の体調や仕上がりで走ったとは限らず、どちらにとっても得意とする舞台であったわけではなく、完全にフェアな条件下での比較にはなりえないのである。何を基準(拠りどころ)にするか、またどのレースを物差しにするか、そして強さの定義によっても、最強馬というのは異なってくるということである。

Photo by 三浦晃一

(最終回へ続く→)

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第25回)

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スペシャルウィークの血統を語るにおいて、母系について触れないわけにはいかないだろう。スペシャルウィークの母系を辿っていくと、4代母にシラオキ(父プリメロ)、9代母にフローリスカップという、日本競馬の礎を築いた牝馬たちに行き着く。「ビューチフルドリーマー系」、「アストニシメント系」、「フラストレート系」、「ヘレンサーフ系」など、いわゆる小岩井牝系と呼ばれる牝系の代表のひとつである「フローリスカップ系」である。近年、競馬の世界も完全にボーダレス化し、外国から超一流の種牡馬や繁殖牝馬が続々と輸入され、その産駒たちが活躍している中で、日本の在来血統から出たスペシャルウィークという超大物の存在は貴重である。

日本の在来血統といっても、決して古くて劣っていたわけではなく、むしろ当時としては破格のマネーを積んで、三菱財閥の威信をかけて、イギリスから超一流の繁殖牝馬と種牡馬を買い求めた経緯がある。小岩井牧場に最初に導入された繁殖牝馬20頭の中に、前述のフローリスカップやビューチフルドリーマー、アストニシメント、ヘレンサーフらがいて、第二次世界大戦やその後の財閥解体、農地改革などの影響を大きく受け、各地に散り散りになりながらも、それぞれに血を繁栄させていったのである。同様に、シラオキの父であるプリメロも、アイルランドダービーやセントレジャーを勝ち、血統的にも文句をつけようがない、小岩井牧場が輸入した種牡馬であった。

これら日本の在来血統や小岩井牝系に特徴的なのは成長力とスタミナである。種牡馬の血統イメージ以上に距離をこなし、かつ古馬になってからの成長力に富み、衰えを知らずにタフに走り続ける。サンデーサイレンス産駒の中でも、のちに登場するディープインパクトのような突き抜けた存在を除き、日本ダービーを勝ち、クラシックで活躍しながらも、古馬になってからさらに強くなったのはスペシャルウィークぐらいのものである。サンデーサイレンスは基本的には早熟で仕上がりが早く、軽い馬に適応できるスピードと瞬発力に長けた種牡馬であるからこそ、サンデーサイレンス産駒の中におけるスペシャルウィークの異質さが母系に依ることは間違いがない。

サンデーサイレンスの種牡馬としての資質を小岩井牝系が下から支えていると考えることもできるし、逆に小岩井牝系の眠っていた資質をサンデーサイレンスの目覚ましい遺伝子が刺激し、活性化させたと考えることもできる。いずれにせよ、スペシャルウィークはサンデーサイレンスと小岩井牝系の見事な融合であり、その現役時代の強さだけではなく、種牡馬としてもシーザリオやブエナビスタ、トーホウジャッカル、ローマンレジェンドという名馬を誕生させ、ブルードメサイヤー(母の父)としてもエピファネイアなど多数の重賞ホースや活躍馬を出し(これからも出るはず)、成功を収めたのは当然といえる。

スピードと早熟さが要求される現代の競馬において、日本在来の血統の持つスタミナと成長力を伝えていくことの価値は極めて高い。時代に求められているものと反する血が、淘汰されることなく生き残っていくことは、簡単なことではないからだ。時代の流れと逆行するために、たとえ父としては目立った活躍馬を出せずにいても、生き残ってさえいれば、母の父として血を繁栄させていくことはできる。なぜならば、スタミナは主に母の父から受け継ぐため、スタミナに偏った種牡馬は母の父に入ったときにこそ、その影響を産駒に最大限にもたらすことができるからである。メジロマックイーンが、母の父としてオルフェ―ヴルという名馬を誕生させたように。そう考えると、あのブエナビスタからどのような名馬が生まれるのか、今から楽しみでならない。

Photo by 三浦晃一

(第26回へ続く→)

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第24回)

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サンデーサイレンス産駒は初年度のフジキセキやタヤスツヨシ、ジェニュインだけではなく、2年目はバブルガムフェローやダンスインザダーク、3年目はサイレンススズカといった大物を出し続け、ついに種付け頭数が年間100頭を超えた。そしていよいよ4年目の産駒から、これまでの大物に輪をかけたようなスペシャルウィークが誕生することになった。

スペシャルウィークが他のサンデーサイレンス産駒と一線を画していた点は、もちろんその極めて美しいシルエットの伸びやかな馬体だけではなく、気性的に激しいところや難しいところがほとんどなかったということだろう。母キャンペンガールもその産駒たちも気難しい面があり、競走馬としては大成できなかったが、スペシャルウィークだけはそうではなかった。それもただ大人しいというのではなく、武豊騎手がスペシャルウィークを評して、「飄々としていて、明るい未来しか想像できない」と語っていたように、気高い精神のようなものを感じさせてくれる馬であった。出産時に母が亡くなり、乳母に育てられたことが大きかったのかもしれない。

新馬戦を快勝したスペシャルウィークは、2戦目に500万下のレースを狙っていた。ところが、1997年暮れから1998年初めにかけて、異常ともいえるほどの除外ラッシュが起こっていた。これは小倉競馬場の改修工事によって、例年よりも開催が少なかったことが大きな理由であり、どの馬も抽選に通らなければ出走が叶わないという状況に置かれていた。

そこで、ほとんどの陣営はどうしたかというと、一度除外されると、次の抽選では有利になるシステムを利用し、とりあえず登録だけするという作戦を採っていた。当然、スペシャルウィーク陣営も、とりあえずという気持ちで500万下の白梅賞に登録した。除外される確率の方が圧倒的に高いのだから、まずは除外されてから、次はどこを狙うか考えようということになっていた。

ところが、なんと抽選に通ってしまったのだ。白梅賞に出走できるようになったものの、除外を前提に考えていた陣営は、スペシャルウィークの体をキッチリとはつくっていなかったのである。どう贔屓目に見ても、あと1本は追い切りの本数が足りないというのが本音であった。その証拠に、白梅賞の馬体重は8kgも増え、さすがのスペシャルウィークの能力を持ってしても、最後はハナ差で差し切られてしまい、2着まで来るのが精一杯であった。

完全に予定が狂ってしまった陣営は、なんとかクラシックに間になんとか合わせるため、少しでも賞金を加算しようと考えた。次走は手堅く自己条件のつばき賞(500万下)を選んだ。ところが、皮肉なことに、今度は抽選に落ちてしまい、つばき賞に出走することが出来なくなってしまったのだ。そんな折、管理していた白井寿昭調教師は、もしかしたらスペシャルウィークは運に見放された馬なのかもしれないと思ってしまったそうである。というのも、前述したように、スペシャルウィークは産まれてすぐに母親を失くし、乳母に育てられたという過去があったからであった。

しかし、そうではなく、スペシャルウィークは実に幸運な馬であった。つばき賞を除外された結果、きさらぎ賞(G3)に出走することができ、そのきさらぎ賞で堂々の勝利を収めたのだ。競馬の世界にタラレバはないが、もし白梅賞に勝っていたら…、もしつばき賞を除外されていなかったら…、スペシャルウィークは果たしてダービーを勝つことが出来たのだろうか。答えは誰にも分からないが、勝負の世界には運も必要だということは確かである。

スペシャルウィークに調教で初めて跨った武豊騎手と白井調教師の間に、こんなやり取りがあったそうだ。面白いエピソードなので紹介しておきたい。

白井調教師(ニヤリと笑みを浮かべて)
「どうや、豊君。あの馬、ダンスパートナーに似て…」

武豊騎手(少し興奮気味に)
「先生、あの馬、ダンスインザダークにそっくりですよ!」

白井調教師(意表を突かれた感じで)
「えっ、いや、ダンスパートナーに似てへんか?」

武豊騎手(極めて冷静に)
「全姉弟ですからね。でも男馬ですから、ダンスインザダークに似ていますよ。」

スペシャルウィークという1頭の新馬を評するにあたって、白井調教師がダンスパートナーの名を口に出し、武豊騎手がダンスインザダークの名を挙げ、どちらも譲らなかったところが面白い。ダンスパートナーとダンスインザダークの2頭は全姉弟なので、どちらのイメージも正しかったのだと思うし、スペシャルウィークがそれほどに素晴らしい馬だったということだ。白井調教師にしてみれば、かつて自分の厩舎にいたサンデーサイレンス産駒の大物ダンスパートナーの後継者と考え、武豊騎手にしてみれば、その前年に惜しくも取り逃がしてしまった日本ダービーで騎乗したダンスインザダークのリベンジを夢見たのだろう。

Photo by 三浦晃一

(第25回へ続く→)

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第23回)

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フジキセキはサンデーサイレンスに似ていると書いたが、もちろん似ていない面もある。同じ青鹿毛ゆえに生き写しのように誤解されてしまうこともあったが、気性の激しさと勝負根性の良さという精神面においては似ていて、馬体全体や各パーツという肉体的特徴においてはほとんど似ていなかった。サンデーサイレンスのように見えて、実はそうではなかったのだ。むしろ今から思えば、フジキセキは母系に脈々と流れるミルリーフの血を色濃く受け継いでいた。

ミルリーフは生涯14戦して12勝、2着2回という圧倒的な強さを誇った名馬である。何よりも、勝つときの着差が凄まじく、英ダービーの2馬身差から始まり、エクリプスSでは古馬のカロを4馬身離してレコード勝ち。キングジョージでは6馬身差、続く凱旋門賞では3馬身差、しかもコースレコード。古馬になってからも、ガネー賞では後続を10馬身千切ったように、まともに走ったらこの馬の影を踏むことができる馬はいなかったと言われる。

そんなミルリーフでも2回だけ負けたレースがあり、ひとつはデビュー3戦目にフランスに初めて空輸した際に激しく入れ込み、カイバを24時間もの間、全く食べなかったことによるもの、もうひとつは1971年の2000ギニーで、イギリスの国民的アイドルホースであるブリガディアジェラード(18戦17勝)に得意のマイル戦で敗れたものであった。この2000ギニーは歴史に残る名勝負であったが、人気とレースの結果、そしてその後の種牡馬としての成功も、それぞれに異なる珍しいレースであった。

人気
1番人気 マイスワロー
2番人気 ミルリーフ
3番人気 ブリガディアジェラード

結果
1着 ブリガディアジェラード
2着 ミルリーフ
3着 マイスワロー

人気と結果が見事に逆転している。たった6頭立てのレースだけに、光と影、明暗がはっきりと分かれたレースであった。そして、この3頭の中で、種牡馬として結果的に成功したのはミルリーフのみ。実は、ミルリーフが登場する前年にあのニジンスキーが英国3冠を達成している。2年連続で名馬が誕生したことになり、たとえば日本で言うとキングカメハメハとディープインパクトのように、2頭の比較が盛んに行われたという。当時における最高のハンデ作成委員会は、競走馬としてはミルリーフが2ポンド(約1kg)の優位と評価していた。ただし、ニジンスキーは種牡馬としてはミルリーフのさらに上を行く大成功を収めたのだから競馬は面白い。

話しをサンデーサイレンスとフジキセキに戻すと、これはしばらくしてから分かることなのだが、サンデーサイレンスという種牡馬は、母系の良さを引き出すことに長けていたのである。いかにもサンデーサイレンスらしい外見の産駒であったため、フジキセキもそして種牡馬としてのサンデーサイレンスもまだこの時期は大きく誤解されていた。フジキセキが早々に種牡馬入りしたものの、当初これといった活躍馬を出せなかったのは、もちろん父サンデーサイレンスが健在であったからということは確かだが、それ以上に、生産者サイドがフジキセキをサンデーサイレンスの代用品と考えていたことが大きい。

「サンデーサイレンスをイメージして配合し、育成、調教してしまったことが大きな間違いでした。サンデーサイレンスは重厚感のある欧州系のステイヤー牝馬と合い、重たさを解消してシャープな馬を出しましたが、フジキセキは筋肉質で身体のボリュームもある馬です。サンデーサイレンスは全体に細身でつなぎが長く、クッションのいい馬が多いのですが、フジキセキは前脚がかために出るタイプで、かき込む走法になる。だから、どうしても脚元に負担が掛かってくるのです。産駒はただでさえ大きくなるから、余計に負担が掛かって故障馬が出ました」『優駿』2008年8月号

フジキセキは日本初のシャトル種牡馬として、オーストラリアで種付けを行っている。結果から言うと、フジキセキの豪州での産駒はさほど振るわなかった。105頭の牝馬、しかも一流牝馬を集めてもらっていただけに、オーストラリアの競馬関係者らの失望は深かった。向こうの競馬は短距離が中心で、しかもスタートしてからすぐにトップスピードに乗り、どこまでバテずに走り続けられるかを問われる典型的なスプリント戦になりやすい。道中はスタミナを温存しながらゆったりと走り、最後の直線で瞬発力が問われる日本の競馬に適性を見せたフジキセキの産駒は、オーストラリアの競馬には合わなかったのである。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第22回)

Kettounituite22ブライアンズタイムと時代を重ねるようにして登場したのは、同じくヘイルトゥリーズンの血を引くサンデーサイレンスであった。今となっては、サンデーサイレンス系と言われるぐらいの影響力を誇るが、初年度産駒がターフに姿を現したときは、ここまで日本の競馬の勢力図を大きく変えるとまでは思わなかった。決して過小評価していたわけではない。私たちの前に現れたサンデーサイレンス産駒は暴力的な強さを誇ったが、それでもまさか1995年から2007年までの13年間にわたってリーディングサイアーとなるような、太くて長い活躍を見せるとは想像できなかったということである。それもそのはず、私はノーザンテーストの全盛期を知らないため、1頭の種牡馬による破壊的な影響力についてピンと来なかったのは当然であろう。

初年度産駒のうち、ファーストインパクトとして最も印象に残っているのはフジキセキである。当時、まだ海のものとも山のものとも分からないサンデーサイレンス産駒を預かることになった渡辺栄調教師は、戸山式のスパルタ調教を受け継ぎながらも、入厩当初のヒ弱なフジキセキを鍛え上げていった。幸いなことに、フジキセキは食欲の旺盛な馬だったため、どれだけ苛酷な調教を課してもカイバの量が落ちたことは全くなかったという。だからこそ、坂路で猛特訓を受けながらも、デビュー戦では472kgだった馬体重が朝日杯3歳Sでは492kgにまで増えていた。
フジキセキは全くの無駄のない素晴らしいフォームで走る馬であった。坂路を駆け上がってくるところを真正面から見るとよく分かるのだが、脚を外に振り回しながら上がってくる馬もいる。これは無駄のある走り方で、フジキセキはどれだけ速いタイムで上がってくる時にも、脚を真っ直ぐに伸ばして駆け上がってきた。それまでの日本馬とは違ったレベルの脚力であり、また馬体が急激に成長を遂げたため、さすがに脚元に掛かる負担は少なくはなかった。坂路コースがなければ、フジキセキもあれだけの強さを発揮することもなかったかもしれない。

フジキセキのレースはどれも強烈に覚えているが、朝日杯3歳Sの走りは忘れられない。朝日杯3歳Sの勝利ジョッキーインタビューにて、フジキセキの主戦を務めた角田晃一騎手は、ゴール前で武豊騎手が乗るスキーキャプテンに迫られたことを指摘されるや、「こっちはムチを一度も使っていませんから」と言い放った。あなたたちはヒヤヒヤしたかもしれないけど、俺とフジキセキは余裕だったんだよ。俺たちに触ると火傷するぜ、という激しさがヒシヒシと伝わってきた。フジキセキの強さに対する自負とジョッキーとしての矜持が、思わず言わせたひと言だったのだろう。レースを観てみると、確かにムチを使っていないのだ。もっともフジキセキの気性の激しさを考えると、ムチを使ってしまうと、どこに飛んで行ってしまうか分からないという危うさがあったからなのだろう。

残念ながら、フジキセキは弥生賞を圧勝した後に屈腱炎を発症し、幻の3冠馬になってしまったが、最後のレースとなった弥生賞も凄いレースであった。外からホッカイルソーがもの凄い脚で強襲してきたのを一旦受けて、そこからエンジンをふかして3馬身ほどチギってしまったのだ。フジキセキはその漆黒の馬体やレースぶりや気性からも、サンデーサイレンスに最も似ている馬と言われるが、私もそう思う。暴力的な強さと気性の激しさ、そして勝負根性の良さ。鋭敏な馬が多いサンデーサイレンス産駒の中でも、最も鋭気を感じさせる馬でもあった。サンデーサイレンスにとって、フジキセキは名刺代わりのような産駒であったと思う。


4戦4勝、その走りの全てを目に焼き付けておくべき。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第21回)

Kettounituite21

ブライアンズタイム産駒には、ナリタブライアンのような突き抜けた3冠馬やマヤノトップガンのような晩成型のステイヤーもいたが、最も得意とする舞台は皐月賞であったように、スピードとパワーを伝えた種牡馬であった。1997年のサニーブライアンとシルクライトニングのワンツーフィニッシュを皮切りに、ノーリーズン、ヴィクトリーと伏兵が皐月賞を制し、宝塚記念を勝ったダンツフレームは皐月賞を2着している。のちに登場することになるサンデーサイレンスの牙城を崩すことができたのは、ブライアンズタイム産駒であり、その皐月賞であった。なぜ皐月賞かというと、他のクラシックレースと比しても、力を要する馬場で行われるレースであるからだ。晩年にはダートの一流馬を多く出したように、ブライアンズタイムは産駒にパワーを確実に伝えた。

そして、忘れてはならないのは、仕上がりの速さである。昔から「皐月賞は速い馬が勝つ」と言われてきましたが、この時期のクラシックレースを制するには、スピードだけではなく、仕上がりの早さが不可欠である。他馬に先んじて、早くから能力を発揮できるという早熟性。クラシックレースは3歳のこの時点での完成度を問われるレースでもあり、もちろんサンデーサイレンスもそうだったように、クラシックに強い血統というのは早熟でなければならないということだ。

スピードと早熟性を極端に重視する傾向は、今からおよそ100年前にアメリカで生まれ、その後、ナスルーラやネイティブダンサーやロイヤルチャージャーの血を引いた馬たちが大活躍したことで発展した。その中でも、ロイヤルチャージャーの血を受けたヘイルトゥリーズンという馬は、まさにスピードと早熟性の権化のような馬であった。そう、サンデーサイレンスとブライアンズタイムが共通して父の父に持つヘイルトゥリーズンである。

1958年に生まれたヘイルトゥリーズンがデビューしたのは、わずか2歳の1月のこと。カリフォルニアのサンタアニタ競馬場でデビューし、初勝利を挙げるのに6戦を要したが、そこをレコード勝ちするや、ホープフルS、グレートアメリカンSなど2歳の主要重賞レースを勝ちまくった。2歳の9月の時点では、なんと18戦9勝というキャリアを誇っていた。ほとんどのレースがスプリント戦であった。ヘイルトゥリーズンという馬がどれだけ早熟でスピードに秀でていたか分かる。

残念なことに、ヘイルトゥリーズンは調教中に怪我をしてしまい、そのまま引退してしまったのだが、種牡馬としては大成功を収めた。1970年には2歳部門のリーディングサイヤーと総合部門のリーディングサイヤーの両方に輝いた。サンデーサイレンスの父ヘイローやブライアンズタイムの父ロベルトが生まれたのもその頃である。つまり、サンデーサイレンスの産駒にも、ブライアンズタイムの産駒にも、2歳の1月にデビューしたヘイルトゥリーズンからの早熟性の血が脈々と受け継がれており、両者がクラシック血統として成功した最大の理由のひとつになっているというわけである。

「昔とは違い、じっくりと秋から始動などと悠長に構えていられない時代」と藤澤和雄調教師が言うように(週刊Gallop8月31日号)、今は2歳の夏にデビューして初勝利を挙げ、秋に大きなレースで好走するもしくは2勝目を挙げて賞金を稼いでおかないと、使いたいレースにも出走できなくなるなど、翌年のクラシックに向けての道が極めて厳しいものになる。早熟性が問われ、求められる傾向は、ヘイルトゥリーズン系の血が猛威を振るい始めてから瞬く間に顕著になり、十数年の歳月をかけて完成したといえるだろう。晩成型のステイヤーが出にくくなってしまったのは非常に残念だが、スピードと早熟性が勝つ時代が逆行することはもうないのだ。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第20回)

Kettounituite20

血の勢いというものは確かにあって、気がつけば、ある特定の種牡馬の血を引く馬たちがクラシックの上位を独占し、そのまま古馬戦線を席巻していく時代が訪れる。ナリタブライアンの同世代にはチョウカイキャロルがいて、翌年はマヤノトップガンが年度代表馬となり、さらに翌年にはサニーブライアンが2冠を取り、シルクジャスティスが有馬記念を勝利した。その翌年には、ビワハヤヒデとナリタブライアンを従兄に持つファレノプシスが桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯を制した。その他、ダンツフレームやタニノギムレット、ノーリーズンなど多くのG1ホースやクラシックホースが登場した。そう、全てがブライアンズタイム産駒である。

私の大好きだったヒシアマゾンを苦しめたチョウカイキャロルや勝てそうで勝てない歯がゆいシルクジャスティスなど、記憶に残っている個性的な馬が多いが、個人的に最も思い入れのあるのはマヤノトップガンである。菊花賞で期待に応えてくれたときの喜び、有馬記念でのまさかの逃げ切りと田原成貴騎手の投げキッス、阪神大賞典におけるナリタブライアンとの歴史に残る叩き合いなど、片手に余るほどの名勝負を繰り広げてくれた名馬だが、その中でも最も私の心を震わせたのは1997年の天皇賞春である。競馬における、ありとあらゆる綾が散りばめられた、素晴らしいレースであった。

天皇賞春に臨むにあたって、さすがの天才、田原成貴騎手も、宿敵サクラローレルに勝てる方法が見出せなかったという。当時のサクラローレルは、レインボークエストから継ぐ晩成の血が開花した真っ盛りであった。前年の天皇賞春でナリタブライアンをねじ伏せてからというもの、天皇賞秋こそ脚を余して負けてしまったが、有馬記念では圧倒的な力を見せつけて勝利した。確かに天皇賞春はブッツケではあったが、それすら不安に感じさせないほど、まさに付け入る隙のない無類の強さを誇っていたのだ。どう計算しても勝ち目がない、田原成貴騎手がそう感じたのももっともだったと思う(実際に私もサクラローレルに本命を打った)。

そこで、マヤノトップガンの田原成貴騎手はアルパチーノのビデオを、レース前に何度も観たそうだ。えっ、アルパチーノ?と思われる方もいるだろうが、そうあの「ゴッドファーザー」のアルパチーノである。なぜ田原成貴騎手が本番前にアルパチーノのビデオを繰り返し観たかというと、意識を消すためだったという。演技をしているのに演技をしていないように見えるアルパチーノを見て、そこには余計な意識が働いていないことを悟ったそうだ。つまり、ジョッキー(自分)にとっては、何もしない(騎乗技術を使わない)ことが正しい騎乗につながるのであって、今回の天皇賞春をマヤノトップガンで勝つ唯一の方法だと確信したのであった。

スタートしてからわずかにマヤノトップガンは引っ掛かったものの、スタンド前までになんとか折り合いがついた。マヤノトップガンのような首の低い馬は、一旦引っ掛かると抑えるのに苦労するのだが、おそらくこれは田原成貴騎手が技術で抑え込んだわけではなく、意識を消すことに成功したのだろう。スタンド前を走る馬群の中に、田原成貴騎手とマヤノトップガンの気配がスッと消えて行ったのを私は感じた。

実はこれには伏線があり、マヤノトップガンはそれまで逃げ・先行して結果を出してきた馬だったが、前走の阪神大賞典では後ろから行く競馬をしたのである。マヤノトップガンの前進意欲が年齢と共に失われつつあったということもあり、田原成貴騎手はマヤノトップガンの気持ちを尊重する乗り方をした。前哨戦はメンバーも違うので結果を出すことが出来たが、本番の天皇賞春で同じ乗り方をして通用するかどうか、半信半疑なところがあったと思う。しかし、田原成貴騎手は、勝ちたいという意識だけではなく、そういったマイナスの意識も全て消そうとしたのだ。

3コーナーを過ぎ、2週目の下り坂からサクラローレルが動き出した。これは横山典弘騎手の意識というよりも、サクラローレルが休み明けであった分、力んでしまったということだ。その動きにつられて、マーベラスサンデーに乗った武豊騎手が動き出す。武豊騎手はサクラローレルさえ負かすことが出来れば勝てると計算したのだろう。田原成貴騎手が凄かったのは、この時点で全く動かなかったことだ。この時の心境を田原成貴騎手は後にこう語った。

机上の計算では、あの時の馬場状態を考えると、もう少し差をつめておかなければとても届かない差であったと思う。それを私が意識していれば…、今はっきり言えること、それはただひとつ。あの時、もし差を詰めてしまっていれば、あの上がりの脚をマヤノトップガンは使えなかったということ。 しかし、たとえレースがあのように流れても、あそこで動かなければ最後にあの鋭い脚を使う、その思いは私の中に1パーセントもなかった。それが阪神大賞典から天皇賞まで私を悩ませつづけた全て。その思いを消すことが、私がマヤノトップガンを天皇賞馬に導いてやれる全てだった。 (「馬上の風に吹かれて」 田原成貴著)

サクラローレルがマーベラスサンデーを差し返し、私が自分の馬券の勝利を確信した瞬間、外から信じられない脚で飛んで来たのが田原成貴マヤノトップガンだった。視界の外から飛んできたフックパンチに当たった時のように、脳みそがグラっと揺れたのを私は感じた。この感覚は、その時私と共に後楽園ウインズにいた他の競馬ファンも同じだったようで、ゴールが過ぎて数秒の間が空いた後にようやく、「トップガンだ!」という大歓声が起こったことを憶えている。後にも先にも、このレースほど、競馬の凄さを思い知らされ、心が震え、いつまでも鮮明に記憶に残っているレースはない。

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Kettounituite19

ミホノブルボンは、鍛えればサラブレッドは強くなること、鍛えても乗り越えることのできない壁があること、そして隔世遺伝についても私に教えてくれた。父と母から50%ずつの影響を直接受けるのではなく、父や母を飛び越して、一世代前から大きな影響を受けることがある。人間でいうと、父や母には全く似ていないが、実は祖父や祖母の血が濃く出ていたというような話である。

血統評論家の吉沢譲治さんもたとえに挙げていたが、松坂大輔投手の強肩はおじいさん譲りだという。祖父・松坂徳次さんは、戦時中、樺太(現サハリン)の野砲隊にいて、当時55メートルだった隊内の遠投記録を63メートルに塗り替えたそうだ。鳶が鷹を生むという表現があるが、もしかすると一世代前の祖父や祖母からの隔世遺伝であるかもしれない。

1994年の天皇賞秋を勝ったネーハイシーザーという馬がいる。実は、ネーハイシーザーが勝った毎日王冠を私は東京競馬場で観戦している。58kgの斤量を背負いつつも、あり余るスピードを存分に生かし、レコードタイムで逃げ切ってしまった走りを観て、天皇賞秋でも勝負になるという感触は確かにあった。ただし、父サクラトウコウ、母ネーハイテスコという血統を見る限り、G1レースを勝てるようには到底思えなかった。母は全く無名であり、父サクラトウコウも全弟に日本ダービー馬サクラショウリ、半弟にサクラホクトオーがいるとしても実績は皆無の種牡馬であった。G2レースを勝ったことさえ驚きである。

さらにこの年の天皇種秋にはあのビワハヤヒデが出走していた。機械のように精密なレース運びで、他馬を正攻法でねじ伏せる強さを持つビワハヤヒデが、ごまかしの利かない東京2000mで負けるイメージが湧かなかった。ネーハイシーザーも強いことは確かだが、それとはひとつふたつ桁の違う強さがビワハヤヒデにはあったはずである。今となれば、クラシック戦線から古馬の春シーズンのG1路線まで、真面目に走り続けてきたことによる勤続疲労が噴出したのだと分かるが、当時は思いも寄らない、まさかの敗退であった。

茫然自失となりながらも、私はネーハイシーザーの血統表を改めて見てみた。そこで父の父の欄に見たマルゼンスキーの7文字に私は愕然とした。これだ、ネーハイシーザーはマルゼンスキーの血が強く出た隔世遺伝の馬だったのだと。残念ながら、私は現役のマルゼンスキーの走りを知らないが、当時、持込馬であったため日本ダービーに出走することができなかったマルゼンスキーの主戦・中野渡清一騎手が放った、かの有名なセリフは強烈に印象に残っている。

「賞金なんか貰わなくていい。
28頭立ての大外枠でもいい。
邪魔なんかしない。
頼むから出してくれ。
そうすれば、どれが日本一かわかる」

この言葉だけでも、マルゼンスキーがどれほど強い馬だったか想像がつくだろう。結局、後続につけた合計の着差が61馬身という圧倒的な強さを見せ付けて、8戦8勝の戦績で引退していった。引退式の日に、スタンドから上がった垂れ幕には、こんな文字が躍ったそうである。

「さようなら、マルゼンスキー。
語り継ごう、おまえの強さを」

その通りに語り継がれたマルゼンスキーの伝説を私は知り、ネーハイシーザーという快速馬を通してマルゼンスキーを感じることができた。あの天皇賞秋以来、私は血統表を眺めるとき、母の父だけではなく、父の父も必ず見るようにしている。そうすることで、思わぬ隔世遺伝に気づくことがあり、無名の種牡馬の産駒や血統的に軽視されているような馬にも、潜在的な資質を見出すことができる。思いも寄らない穴馬は、実は血統的にも意外なところから現れたりするものなのだ。


マルゼンスキーの衝撃的な強さは必見です。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第18回)

Kettounituite18_2

ミホノブルボンは父マグニチュード、母カツミエコー(母父シャレ―)という配合で誕生した。父マグニチュードは代表産駒にエルプス(桜花賞)こそいるが、それ以外にはほとんど実績のない種牡馬であり、母カツミエコーは南関東で1勝を挙げたのみの戦績、さらに母父のシャレ―も無名の種牡馬にすぎなかった。当時、血統のことをほとんど知らなかった私にとっては、わずか750万円で取引されたという事実が、ミホノブルボンのマイナーすぎる血統を物語っているように思えた。はっきりとした低評価であり、血統的な価値は全くもって認められなかったということである。

そのミホノブルボンが朝日杯3歳ステークス、皐月賞、日本ダービーを制し、菊花賞でも2着したという事実が驚きであり、不思議でもあった。競馬はブラッドスポーツであると叫ばれながらも、良血とは無縁の馬が世代の頂点に立ってしまった。私が競馬を始めるひとつのきっかけとなったオグリキャップも、お世辞にも良血とは言えない馬であったが、こういった突然変異が起こる以上、血統とは一体何なのか、という疑問が湧き上がってきたのである。淘汰を繰り返してきたサラブレッドはどの馬も良血であるという論にも、頷けるような頷けないような気がした。血統なんて実は何の関係も意味もなく、強い馬が強いというだけの話なのではと思ったりもした。

ミホノブルボンは隔世遺伝における突然変異だと考えることはできる。ミホノブルボンを管理した故戸山為夫調教師は、仔馬だった頃のミホノブルボンを見て、「まったく走らない馬だとは思わなかったけれども、これほど走るとは思わなかった」と感じたという。しかし、血統的にはひとつだけ閃くところがあったそうだ。それは毛色である。父マグニチュードは鹿毛、母カツミエコーは青毛であったが、ミホノブルボンは栗毛。血統を辿っていくと、ミホノブルボンの祖母にあたるAltesse Royaleが栗毛なのである。英1000ギニー、英オークス、愛オークスを制した名牝であるAltesse Royaleが隔世遺伝したのではないかという仮説である。

とはいえ、ミホノブルボンは血統の良くない馬であっても、安い馬であっても、鍛えれば強くなるという戸山イズムの象徴であったことは確かだ。「欠点のない人間がいないように、ミホノブルボンにも欠点がある。脚に不安があり、頭が高く、走る姿勢が悪い。走る姿勢は馬の骨格で決まるから、それを変えるのは困難だ。人でも馬でも、欠点を補うのは努力である」と故戸山調教師は語り、ミホノブルボンはそれを体現してみせたのだ。サラブレッドの世界において、氏よりも育ち、血統よりも調教ということを、私の目の前で証明したのである。

と同時に、最後の最後に問われるのは血統であることを教えてくれたのもミホノブルボンであった。菊花賞の走りと敗北は、明らかにスピードタイプの馬のそれであり、マグニチュードを父に持つミホノブルボンが本質的には短距離馬であったことの証である。同じくスプリント血統のキョウエイボーガンが先頭を奪って玉砕していった様も、何とか踏ん張ろうとするミホノブルボンを無情にも交わしていったライスシャワーの姿も、サラブレッドにおける血統の物語を彩っている。鍛えれば強くなる、努力すれば欠点を補えることを体現したのはミホノブルボンであり、どれだけ鍛えても、乗り越えることのできない血統の壁(肉体的な壁から気性面での壁まで)が存在することを教えてくれたのもミホノブルボンであった。一見矛盾するように思えるこれらの考え方は、サラブレッドの血統における真実のひとつでもある。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第17回)

Kettounituite17ミホノブルボンは日本ダービーを快勝後、夏の休養に入った。ライスシャワーだけではなく、もう1頭、ミホノブルボンの3冠を阻止せんと密かに牙を研いでいる馬がいた。キョウエイボーガンは、皐月賞にもダービーにも出走せず、ひたすら裏街道を歩みながら力をつけ、中日スポーツ賞4歳S(G3)と神戸新聞杯(G2)を連勝した。ミホノブルボンとキョウエイボーガンが初めて激突したのは、菊花賞の前哨戦にあたる京都新聞杯(G2)であった。

ミホノブルボンとキョウエイボーガンには「逃げ馬」という共通点があった。京都新聞杯を逃げたのはミホノブルボン。圧倒的な地脚の強さでハナに立つと、そのまま春の強さを再現するようにゴール板を走り抜けた。キョウエイボーガンは逃げることができず、2番手に抑える競馬をしたものの、本来の力を出し切ることなく、9着という思わぬ惨敗を喫してしまった。逃げ馬が逃げられなかった時点で終わりという典型的なレースであった。

ミホノブルボンのあまりの強さに、競馬ファンの間では、シンボリルドルフ以来の無敗の3冠馬の誕生はほぼ確定ムードに。春は血統的に距離延長が不安視されていたミホノブルボンが、菊花賞当日1.5倍の1番人気に推されたことからも、その熱狂ぶりがお分かりいただけると思う。ミホノブルボンが無敗の3冠に輝いたときに、競馬場のターフビジョンに映し出すために、詩人の志摩直人さんはこんな詩を用意していたそうだ。

その道に皐月花咲き
その道に青葉かぎろい
その道に菊花の飾り
ただひたすらにおのが道
速いことは美しい
そんな美学に酔いしれた
不敗の三冠、京の秋
ミホノブルボンの眩しさよ

ミホノブルボンの鍛え上げられた栗毛の馬体に、京都競馬場独特の夕陽が反射しながら、このような美しい詩が奏でられるはずであった。誰もがそんな結末を期待していたと思う。

しかし、本番の菊花賞では、キョウエイボーガンと松永幹夫元騎手が逃げた。強い覚悟を持って、ミホノブルボンから先頭を奪ったのだった。2周目の3コーナーまで先頭に立っていましたが、そこで失速し、そのまま後退して16着。ミホノブルボンはいつも通りの逃げが打てず、終始、折り合いを欠き、最後の直線半ばでライスシャワーに抵抗することなく交わされ、惜しくも3冠を逃してしまった。たった1頭の逃げ馬が歴史を変えたのであった。

キョウエイボーガン陣営は、菊花賞で逃げるかどうか、ギリギリまで頭を悩ませていたそうだ。キョウエイボーガンの気性から、逃げなければまず勝てないが、逃げてもバテてしまうだろう。もしレースを壊してまで逃げて、自分の敗北だけならまだしも、ミホノブルボンの3冠をも台無しにすることがあれば、批判は避けられない。自分の馬が勝つためだけのわずかな可能性に賭けるべきなのか、それとも競馬全体の空気を読むべきなのか。今考えてみても、どちらが正しい決断だったかは正直私にも分からない。ただひとつ、「逃げ馬」はひとつのレースにたった1頭しかいないという悲しい宿命を、そして血の恐ろしさを、キョウエイボーガンは私たちに教えてくれたのであった。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第16回)

Kettounituite16ちょうど私が競馬を始めた今から25年ほど前、栗東の坂路コースにひとり立ち続けていた調教師がいた。故戸山為夫調教師。今となっては関西馬躍進の起爆剤となった栗東の坂路コースだが、その頃までは誰にも見向きもされなかったことは意外と知られていない。そもそも最初は長さが270mしかなかったのだから、当然といえば当然か(現在は1085m)。のちに渡辺栄調教師が加わり、2人は栗東坂路の名物調教師となった。「変な調教師が2人、坂路コースで何かやっている」と揶揄されたこともあったそうである。

それでも、2人は坂路調教の可能性に賭け、1日に何本も坂路を駆け上がらせて、馬を鍛えていったのであった。その結晶が、ミホノブルボンでありフジキセキである。故戸山為夫調教師が育てたミホノブルボンは、わずか700万円で取引された安馬であったが、1日に4本もの坂路調教をこなしたとされている。それゆえ、「坂路調教の申し子」と呼ばれた。たとえ血統的にはスピード優先の馬でも、鍛えて心肺機能を高めていけば距離も克服できる、という戸山為夫調教師の信念の代弁者であった。

今でも鮮明に思い出すことができる。1991年、朝日杯3歳S(現在の朝日杯フューチュリティS)でのミホノブルボンとヤマニンミラクルの火花の出るような追い比べ。ミホノブルボンは新馬→500万下と圧勝し、その勝ちっぷりと坂路コースでのハードトレが評価されて、圧倒的な1番人気に推されていた。対するヤマニンミラクルは前走で京成杯3歳Sを勝ち、4戦3勝の実績で対抗馬として評価されていた。その当時は戸山為夫調教師とミホノブルボンのマッチョさがあまり好きではなく、仕事人・田島良保騎手が乗るヤマニンミラクルの方に私は賭けていた。

ヤマニンミラクルが直線で外からミホノブルボンを追い詰めた時、「差せ!」と思わず声が出た。明らかに脚色が違い、勝ったと思いながら声援を送ったのだが、ヤマニンミラクルが並んだその瞬間、ミホノブルボンがグッとまた前に出た。そこから先は絶対に抜かせないという意志がこちらまで伝わってくるような粘り腰を見せ、ミホノブルボンがヤマニンミラクルをハナ差で制したのであった。あと少しだったのになあ、次にもう一度走ったら、今度はヤマニンミラクルが勝てるかもしれない、というのがまだ競馬を始めて2年目の私の正直な感想であった。でも、そうではなかったのだ。

「馬を信じて乗らんかい!」

朝日杯3歳Sのレース後、ミホノブルボンの鞍上の小島貞博騎手は戸山為夫調教師にこう怒鳴られた。最近では、たとえ負けてもジョッキーを責めたりする調教師は少なくなり、勝ったのにジョッキーが怒られるという話は稀だろう。故戸山為夫調教師は、ミホノブルボンを2番手に付け、綺麗な競馬をしようとした小島貞博騎手の騎乗に腹を立てたのであった。小島貞博騎手は先を見据えて折り合いをつける練習をしようと試みたのだと思うが、そのことがミホノブルボンの長所であるスピードを殺し、ヤマニンミラクルに影を踏ませることにつながってしまったのだ。坂路であれだけ鍛えているというのだからという自信が、戸山為夫調教師にはあった。

それからというもの、ミホノブルボンの小島貞博騎手は吹っ切れたように逃げた。逃げに徹したミホノブルボンは、圧倒的な強さで皐月賞とダービーを制した。1ハロン12秒のラップをどこまでも刻み続けるサイボーグのような走りに、どの馬もついていけるはずがない。皐月賞で初めてクラシックを制した時の小島貞博騎手の涙は美しい。馬を信じ、自分を信じ、調教師を信じ、あらゆる全てを信じたからこその勝利であった。そう考えると、このミホノブルボンという馬は、あらゆる人の信じるという強い気持ちが乗り移った馬であった。戸山為夫調教師はミホノブルボンがダービーを制した1年後にガンで亡くなり、小島貞博騎手も今でも戸山イズムは関西の調教師たちに受け継がれ、ミホノブルボンにたずさわった男たちの信念もこうして語り継がれてゆく。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第15回)

Kettounituite15

もうひとつ、ビワハヤヒデとナリタブライアンの強さの秘密として、血統的なニックスがあった。ニックスとは、サラブレッドを生産する上で、優秀な競走馬が生まれる可能性が高い配合ということである。もう少し分かりやすく説明すると、相性の良い血統的な組み合わせということ。ちょうどこの時期に発売された「ダービースタリオン2」において、ニックスの概念が用いられるようになり、競馬ファンのみならず、一般のプレイヤーの間にも、その概念は浸透していった。

ビワハヤヒデは、父シャルードがグレイソブリン系、そして母パシフィカスはノーザンダンサー系であり、「ノーザンダンサー系牝馬×グレイソブリン系の種牡馬」というニックスになる。同世代のライバルでありダービー馬のウイニングチケットも、父トニービン、母父がマルゼンスキーという、「ノーザンダンサー系牝馬×グレイソブリン系の種牡馬」というニックス配合であった。クラシックを争った3強のうちの2頭が同じ組み合わせの配合だったことは決して偶然ではないだろう。

ナリタブライアンは、父ブライアンズタイムがロベルト系である。もう少し遡っていくと、ロベルトの父はヘルトゥリーズン(系)であり、その父はターントゥ(系)である。「ノーザンダンサー系牝馬×ロベルト系の種牡馬」というニックスであり、このニックスもたとえばライスシャワーに見られる。ライスシャワーの父はロベルト系のリアルシャダイであり、母の父はノーザンダンサー系のマルゼンスキーである。ナリタブライアンもライスシャワーも共に菊花賞を制しているように、同じニックスでも、「ノーザンダンサー系牝馬×グレイソブリン系の種牡馬」よりもややスタミナ寄りに出ている。

なぜビワハヤヒデとナリタブライアンの強さの秘密が母父ノーザンダンサーだけによるものではないかというと、母パシフィカスが生んだ他の仔たちに理由がある。実はパシフィカスがイギリスに残してきた3頭の産駒がいて、最初の仔はネアルコ系の種牡馬ハイトップであったが7戦1勝、第2子はボナビスタ系のドミニオンで46戦3勝、第3子はハイぺリオン系のプレコシアスで24戦3勝という成績であり、いずれも振るわなかった。当時の日本とイギリスの競馬のレベルの違い、種牡馬のランクの違いなどは考慮に入れても、あまりにも産駒の出来が違いすぎるのだ。

ニックスは時代によって異なることもあるし、国によって異なることもある。歳月の経過によって求められる資質が移り変わればニックスも変化し、各国の競馬で求められている資質が違う以上、ニックスも異なって当然である。

たとえば、かつては「ノーザンダンサー系の種牡馬にターントゥ系の繁殖牝馬」というのが世界の潮流であったが(このニックスから誕生した名馬にサドラーズウェルズ、ダンシングブレーヴ、ロドリゴデトリアーノ、トリプティックなど)、今は時代が移り変わって、「ノーザンダンサー系の繁殖牝馬にターントゥ系の種牡馬」という組み合わせから日本でも多くの名馬が誕生した。

最近でいうと、ステイゴールド×父メジロマックイーンを持つ繁殖牝馬などもニックスのひとつであろう。血液型の相性と同じく、科学的な根拠には乏しいのだが、これだけ多くのパターンから相性の良い組み合わせが如実に浮かび上がってくる以上、たしかにニックスというものは存在する。それは片方の系におけるスタミナ不足をもう一方の系が補うといった簡単なことから、ステイゴールド×母父メジロマックイーンのように、ステイゴールドの激しい気性をメジロマックイーンの血を引いた繁殖牝馬の寛容さが中和するといった働きもある。ニックスひとつをとっても、血統の奥深さと難しさを知ることができることを、ビワハヤヒデとナリタブライアンの兄弟の活躍は教えてくれたのである。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第14回)

Kettounituite14_2ビワハヤヒデとナリタブライアンは兄弟であったにもかかわらず、似ても似つかない馬であった。強いという点においては同じであったが、その強さの質やそれ以外の毛色や顔つき、馬体、気性などあらゆる面において、全く違う個性を持った馬同士であった。それまでの私は、血統同士の比較をしたことがなかったのであまり気にしていなかったが、父(種牡馬)が変わるだけで、こんなにも違った個性を持つ馬が誕生することに驚いた。そして何よりも驚かされたのは、同じ母から(しかも2年連続で)、超一流馬が2頭生まれたということであった。

ビワハヤヒデとナリタブライアンの強さの秘密として、血統的に2つの要素が見事に絡み合ったものと考えることができる。ひとつは、母の父の影響である。パシフィカスの父であるノーザンダンサーの血の強力さということだ。もちろん、シャルードもブライアンズタイムも素晴らしい種牡馬であるが、ビワハヤヒデとナリタブライアンに共通しているのは母であり、母系である。パシフィカス自身は、イギリスで3~4歳時を走って11戦2勝と、競走馬としては目立った成績を収められなかっただけに、その母系の最も近いところにあるノーザンダンサーに目を引かれるのは当然である。

ノーザンダンサーは、ヨーロッパでもなくアメリカでもない、カナダの生産馬であった。馬産家として有名なE・P・テイラーによって配合されたものであり、さすがかなり用意周到に、目的を持って配合がなされている。父二―アクティックは、イギリスのセリ市で購入したレディアンジェラ(父ハイハイぺリオン)にネアルコを2度かけてうまれた2頭目の産駒であった。母ナタルマ(父ネイティブダンサー)はアメリカのセリ市で購入された良血であり、ケンタッキーオークスを目指すほど能力も高かったが、骨折を機に早めに繁殖に上げられた。カナダの馬産家ではあるが、世界中から優秀な血を集めてきていることが分かる。カナダ国内だけの血で強いサラブレッドをつくろうとしたこともあったが挫折を味わい、ヨーロッパやアメリカに目を向けるようになったsその結実が、E・P・テイラーにとってのノーザンダンサーであった。

ノーザンダンサー自身は、2歳時はカナダで、3歳時はアメリカの競馬場で走った。ケンタッキーダービーとプリークネスSを連勝し、3冠に王手をかけたが、最後の1冠ベルモントSは距離が長く3着に失速してしまった。競走馬としても能力の高さを証明したが、ノーザンダンサーの凄さはやはり種牡馬になってからの活躍である。産駒が走り始めた1996年以降、瞬く間に世界の競馬の血統に影響を及ぼし、ニジンスキー、リファール、ノーザンテースト、ビーマイゲスト、ザミンストレル、ダンチヒ、ヌレイエフ、サドラーズウェルズといった後継種牡馬としても活躍した産駒たちの力によって、世界の血統を完全に支配下におさめるようになった。イギリス競馬界の大オーナーであったロバート・サングスターいわく、「種牡馬にはふたつのタイプがある。つまりノーザンダンサーとそれ以外である」。それぐらい、ノーザンダンサーの血を直接に引いていることは、この時代において世界的に価値が高かったのだ。

ナリタブライアンがクラシックを席巻した1994年の春シーズン、イギリス、フランス、アイルランド、アメリカ、日本という5ヶ国で行われた13のビッグレースのうち、6レースを制したのはノーザンダンサー系の種牡馬の産駒であり、残る7レースのうちの5レースを制したのはノーザンダンサー計の繁殖牝馬の仔であった。つまり、ノーザンダンサーの血を持っていないビッグレースの勝ち馬はたった2頭しかいなかったということになる。そのノーザンダンサーを直接父に持つパシフィカスの仔であるビワハヤヒデとナリタブライアンの兄弟がブレイクしたのは、世界の競馬の潮流の中でも、当然と言えば当然の結果だったのである。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第13回)

Kettounituite13

ビワハヤヒデが突然変異の馬ではなかったことは、それからしばらくして証明されることになった。ブライアンズタイムを父に持つ弟のナリタブライアンが、兄をも凌ぐ活躍を見せ始めたのだ。朝日杯3歳S(現在の朝日杯フューチュリティS)を圧勝して頭角を現したと思いきや、翌年は皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制して3冠馬となったばかりか、暮れの有馬記念では古馬をも一蹴してしまう強さであった。ナリタブライアンが勝ったレースはどれも強烈だったが、特に衝撃を受けたのは皐月賞であった。

12.2 - 11.1 - 11.5 - 12.2 - 11.8 - 11.9 - 12.2 - 12.1 - 12.0 - 12.0(58.8-60.2) 1:59.0

逃げたサクラエイコウオーをアイネスサウザーとメルシーステージが追いかけ、その直後の内をナリタブライアンは追走した。上のラップを見てもらえば分かるように、あきらかに淀みのないハイペースを、ナリタブライアンと鞍上の南井克巳騎手は迷うことなく先行したのだ。最後の直線に向くまでは強引にも思えた騎乗だったが、そこからさらに突き放した走りを見て、底知れぬ強さを感じたのは私だけではなかったはず。

ナリタブライアンの主戦であった南井克巳騎手は、その追ってから体の前部分が沈み込んでゆく走りをオグリキャップのそれと似ているとし、これまでの馬とは違うと語った。野平祐二氏も、皐月賞は「大人と子供の戦い」、日本ダービーは「1頭だけ次元が違う」と評し、自らが育てたシンボリルドルフと比較して、「現時点ではルドルフよりも上」と絶賛した。

私は兄ビワハヤヒデの方が好みのタイプであり、同世代のナムラコクオーに少しばかりの思い入れもあり、そして何よりも、同世代の牝馬に愛すべきヒシアマゾンがいたこともあって、ナリタブライアンに対しては、強すぎて応援する気にならないという感情を当時は抱いていた。どうにかして上の3頭でナリタブライアンを負かすことはできないだろうかと想像を膨らませ、友人らと語ってみたりもしたが、本音を言えば、ナリタブライアンの強さには隙がなかった。展開や距離や馬場、枠順の内外など、些細なことに思えるほどに、走る能力において他馬を凌駕していたのであった。

ナリタブライアンに対する私の認識が180度変わったのは、彼が引退してからのことだ。内国産馬としては史上最高額の20億7000万円でシンジケートが組まれ、種牡馬としても順風満帆なスタートを切ったかと思いきや、翌年(1998年)に疝痛を起こし、腸閉塞を発症していることが判明した。いったんは快方にむかったものの、再び疝痛を起こし、診療センターに運び込まれた際にはすでに胃破裂を起こしており、開腹手術を行うもすでに手遅れて安楽死の処分が取られてしまったのだ。あまりにも突然な、早すぎる死であった。

新冠町のCBスタッドの場長であった佐々木功氏の「我慢強い馬で頑張り屋だから、痛くても無理をしていたのかもしれない」という言葉を聞いたとき、私ははっと理解したのだ。その圧倒的な強さに覆われて気がつかなかったが、ナリタブライアンは繊細な馬だったのだと。そういえば、あのトレードマークであったシャドーロールも、自分の影を気にする臆病なナリタブライアンが走りに集中できるように装着されたそうである。サラブレッドとして走る資質の高さゆえに、周りの人間から大いなる期待を一身に受け、厳しいトレーニングを課され、極限のプレッシャーと戦っていたに違いない。ほとんどのサラブレッドは胃潰瘍があると言われるが、ナリタブライアンの場合はその強さとは裏腹な繊細さゆえにストレスを溜めこみ、現役晩年には股関節炎や屈腱炎という形で表出し、引退してからは腸閉塞や胃破裂という病につながったのかもしれない。ターフで輝いているように見えたナリタブライアンは本当に幸せだったのだろうか、今でも分からない。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第12回)

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競馬に物心つくということがあるのか分からないが、私が物心ついた頃のクラシックは、ビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシンの3強のそれであった。それまでは無我夢中で競馬を追いかけ、五里霧中に馬券を買っていたような気がする。競馬を始めて3年近くが経ち、ようやく競馬のイロハを覚え、目の前で行われているレースが全体のレース体系の中にあるものだと理解し、点と点が線としてつながり始めた時期でもある。そんな中で登場した3強が織り成すクラシック路線は、今でも脳内でリプレイができるように、それぞれのレースが鮮明に記憶に残っている。

3頭の名馬の中でも、上に記した順番どおり、私にとってはビワハヤヒデが最も好みの馬であった。芦毛の馬体に愛くるしい表情をしており、顔が大きく、脚が太く、まるでぬいぐるみのよう。彼の現役時代を知る人なら分かるはずだが、いざ走り出すと、弾力性に富む走り方に心が躍るようであった。また気性が素直であったからか、レースに行っても実に器用に立ち回ることのできるセンスの高さが光っていた。同じ芦毛のメジロマックイーンをスピード寄りにして、愛嬌を前面に押し出したようなタイプの馬であった。

ビワハヤヒデがデビューして、朝日杯3歳S(今の朝日杯フューチュリティS)で1番人気に推された頃にはまだ、父は無名の種牡馬シャルード、母は競走馬としては活躍できなかったパシフィカスと、他の2頭(ウイニングチケットやナリタタイシン)に比べて、良く言えば突然に現れた彗星、悪く言えばどこの馬の骨か分からないダークホースの1頭でしかなかった。皐月賞で2着し、ダービーでも2着したときにも、やはり血統的な裏付けのない馬はクラシックを勝つのは難しい、実は早熟なのではと評する者もいたほど。たしかに、スッと先行して、直線でも伸びる走りには安定感はあっても、皐月賞を勝ったナリタタイシンやダービーを制したウイニングチケットほどの爆発力がないように思えた。

そんな評価を裏切るように、ビワハヤヒデは夏を境にして大きく成長を遂げ、他の2頭が調子を崩し、モタつくのを尻目に、秋に向けて順調に駒を進めていった。迎えたクラシックレース最後の1冠菊花賞では、2着以下に5馬身の差をつけて大楽勝を飾ったのである。このとき岡部幸雄騎手の口から出た「生き残っていけば、いずれチャンスは訪れる」という言葉は、私の人生訓としても生きている。多少力が劣っていたとしても、突出した能力がなくとも、あきらめることなく、健康に、戦い続けてさえいれば、いつかは必ず順番が回ってくるということである。

その後、ビワハヤヒデは天皇賞春など2つのG1レースを制したが、その中でも最も強かったのは宝塚記念であったと私は思う。菊花賞や天皇賞春にあった距離不安がないことで、全く危なげのないレースであった。他の出走馬には、のちの天皇賞秋馬であるネーハイシーザーやサクラチトセオー、どんなレースでも堅実に走る万年3着馬のナイスネイチャ、名牝ベガなどもいたが、歯牙にもかけない5馬身差の圧勝であった。強すぎるため、やや機械的に映るかもしれないが、強い馬が勝つ見本のようなレースでもあり、ビワハヤヒデらしいレースとも言える。

ダービー馬になれなくてもいい。トウカイテイオーのような華のある馬に敗れてもいい。生き残っていればチャンスは回ってくることを体現してくれたビワハヤヒデの存在は、当時、志ばかりは高くても何も形にできず、自分の無力感に苛まれていた私を大いに勇気づけてくれた。今でもビワハヤヒデがレースで走る姿を見ると、「いつかはチャンスが回ってくるよ」とあの愛くるしい顔で励まされているような気がする。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第11回)

Kettounituite11

その影響は、自身が父としてではなく、母の父として入ったときにより一層大きくなる。スタミナは母の父から伝わることに気付いたのは、競馬を始めて長い年月が経ったあとのこと。2009年、私に起こったある2つの非連続的な出来事による。ひとつは、天皇賞春において、母父にサンデーサイレンスの血を持つ有力馬たちが、淀の最後の直線でバタバタと倒れていったこと。勝った馬は父チーフベアハート×母父サッカーボーイという血統構成のマイネルキッツであった。私は2年連続でアサクサキングスに本命を打っていただけに、あまりの無様な負け方に少なからずショックを受けた。そして、サラブレッドの血による支配を感じざるを得なかった。

人気に推された有力馬たちの血統を挙げると、以下のようになる。

アサクサキングス(1番人気)父ホワイトマズル 母父サンデーサイレンス
スクリーンヒーロー(2番人気) 父グラスワンダー 母父サンデーサイレンス
ジャガーメイル(6番人気) 父ジャングルポケット 母父サンデーサイレンス
ヒカルカザブエ(7番人気) 父ジャングルポケット 母父サンデーサイレンス

いずれの馬も馬体だけを見ると、胴部や手脚に伸びがあり、長距離レースを走られそうなスタミナを有しているように思える。前哨戦の走りを見てもそれは明らかで、だからこそ本番の天皇賞春でも人気になったともいえる。アサクサキングスとヒカルカザブエは阪神大賞典(3000m)の1、2着馬である。さらに、アサクサキングスの父ホワイトマズルは、天皇賞春を制したイングランディーレを出している。スクリーンヒーローの父グラスワンダー自身は2500mの有馬記念を、ジャガーメイルとヒカルカザブエの父ジャングルポケットは、2400mのダービーとジャパンカップを勝っている。前哨戦から距離がわずか200m伸びただけで、またレースの格が上がり、中身の濃い厳しい競馬になったとしても、この4頭があそこまで大崩れしてしまうとは到底考えられなかったのだ。

もうひとつは、ある飲み会の席でのちょっとした会話である。髪の毛の話になり、席上のひとりが自分の頭を指差してこう言った。「俺のオヤジは禿げてるんだけど、母親のおやじがフサフサでさ、おかげで助かったよ、ほらこの通り」。それを聞いたもうひとりが、「そっか、だから僕は髪の毛が薄いんだ…。オヤジはフサフサなのになぁ」と返した。そんなやり取りを見て、私はドキッとして、ひと言も発することが出来なかった。最近薄くなってきた自分の頭や母の父を想い、「なるほどね」と我が意を得たのである。サラブレッドのスタミナの有無が主に母の父から受け継がれるように、信じたくはないが、人間における髪の毛の薄さも母の父から遺伝するようだ。

日本競馬を席巻し、なお今も産駒の直仔を通して圧倒的な影響を及ぼし続けるサンデーサイレンスだが、唯一の弱点は母父に入った時のスタミナのなさという点だろう。サンデーサイレンスは基本的にはスピードと瞬発力を伝える種牡馬である。その裏返しとして、母父に入った時には、ジリジリと走らなければならない、スタミナを問われるレースを苦手とする。父としてはダンスインザダークやディープインパクトなど、菊花賞や天皇賞春を制した産駒をたくさん出したが、それは母父にスタミナを十分に有する種牡馬がかかっていたからである。ちなみに、ダンスインザダークの母父はニジンスキー、ディープインパクトの母父はアルザオである。たとえ現代のスピード化された競馬であっても、3000mを超すレースではスタミナが問われる。スタミナが母の父から受け継がれる以上、長距離レースを予想するにおいてまず見るべきは母の父である。

この観点からも、ライスシャワーの非業の死は非常に惜しまれる。あのときは大好きな馬の1頭がターフの上で突然死んだという感慨しかなかったが、あれからおよそ20年が経ち、今になってもライスシャワーの血が日本の競馬に残っていたらと思う。おそらく父としては成功しなかったかもしれないが、母の父として、そうメジロマックイーンがそうであったように、大きな成功を収めたのではないだろうか。リアルシャダイの後継者としても重宝されたはずだ。ライスシャワーのあのスタミナとあの執念を受け継ぐ名馬が誕生したはずである。ライスシャワーが生きていたら、日本の競馬はまた今とは少し違っていたかもしれない。競馬にタラレバは禁物だが、こういったタラレバだけはどうか許してほしい。


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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第10回)

Kettounituite10_3メジロマックイーンのほかに、天皇賞春を2度勝ったライスシャワーという馬がいる。そして、この最高にして最強のステイヤー2頭が、死力を尽くして闘った伝説の天皇賞春がある。1993年の天皇賞春。3連覇のかかるメジロマックイーンは、休み明けの産経大阪杯をレコードで勝利し、1.6倍の圧倒的な1番人気に支持されていた。そんなメジロマックイーンに真っ向から立ちはだかったのがライスシャワーであった。

このレースに臨むライスシャワーの最終追い切りは、今でも鮮明に覚えている。レースでも手綱を取る的場均騎手を背に乗せての調教であった。的場騎手はゴールを過ぎても1発、2発、3発とムチを入れ続けた。見ているこちらが心配してしまうほどのハードな調教であった。これは後から聞いた話だが、的場均騎手にとっても一か八かの賭けだったそうである。ピークかそれとも疲労か。しかし、極限の状態に仕上げなければ、メジロマックイーンを負かすことは出来ないと思っていたからこその賭けであった。

的場均騎手の賭けは、見事に成功を収めた。スタートからピッタリとメジロマックイーンをマークしたライスシャワーは、直線に向くや、あっさりと抜け出し、先頭でゴールした。あのメジロマックイーンでさえ、全く抵抗できない強さを見せ付けての完勝であった。この時のライスシャワーには、馬が唸っているという表現がピッタリ。前の年にミホノブルボンの3冠を阻止したことも重なり、この頃から、「黒い刺客」や「マーク屋」という異名が定着した。

ステイヤーというカテゴリーにおいて、私にとってのステイヤーといえば、ライスシャワーをおいて他にいない。ライスシャワーには、ステイヤーとは如何なるものかということを教えてもらった。「ステイヤーはいきなり休み明けから走らず、叩かれつつ体調が上向いて行き、ピークの調子が長続きする」、「マラソン選手に線の細い選手が多いように、ステイヤーも小柄な馬が多く、極限の状態に絞り込まれてこそ真価を発揮する」、「ステイヤーは決して調教で速い時計を出さない」、「ステイヤーは我慢強い」など。ライスシャワーを語ると、それはすなわちステイヤーを語ることになる。

「もちろん、ステイヤーとしての血も素晴らしいんだけれど、それ以上にあの馬は執念を持っているんですよ。あの馬に対しては、スタッフみんなも執念を持って携わっている。それが馬に伝わっている。周りのスタッフの雰囲気をライスシャワーは感じてくれるだけの馬だった。そういう感性の強い馬だったってことです」

主戦の的場均騎手はライスシャワーをこう評した。ミホノブルボンを倒した菊花賞、メジロマックイーンに土を付けた天皇賞春、それからちょうど2年後の奇跡の復活劇を見ても、ライスシャワーは執念の馬だったことが分かる。周りの人々の気持ちを感じ取り、その期待に応えたいという執念。そういえば、メジロマックイーンは北野豊吉氏の執念によってつくられたステイヤーであった。人間の執念によってつくられたステイヤーは、執念を自ら持ち、執念を産駒に伝える。スタミナがあるからだけではなく、執念もあるからこそ、一流のステイヤーと呼ばれるのだ。

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Kettounituite09

メジロアサマとシェリルとの間に生まれた牡馬はメジロティターンと名付けられた。世間的にはそれほど注目されていなかったが、北野氏のこの馬に賭ける想いは相当なものであった。牧場時代もそれほど目立つ存在ではなく、馬体は細くて頼りなかった。ステイヤーらしく、初勝利を挙げるのに4戦も要してしまった。そこからじわじわと力をつけて、セントライト記念を制するまでに成長し、菊花賞は骨折により無念のリタイアをしたが、古馬になって天皇賞秋(芝3200m)を見事に勝利したのである。メジロアサマから血がつながっただけでも奇跡的であるのに、その仔メジロティターンが親子2代で天皇賞を勝つとは、北野氏以外の人間は夢にも思わなかっただろう。

親子2代で天皇賞を制したということは、その遺伝子には明らかにスタミナが内包されてということであり、しかも母系はフランスの名門という血統を見ると、メジロティターンは超がつくほどの良血と評価されてよいはずであった。メジロアサマからメジロティターンに至るまでの北野氏の苦労がついに実を結んだと思われたが、そう上手くはいかなかった。日本の競馬にスピード化の波がちょうど訪れ始めていた時期である。スタミナに偏重しているメジロティターンの血は、ほんの少し前まであれば尊重されたはずだが、すでに当時は時代遅れになりつつあった。初年度は12頭、翌年が7頭、そして3年目が16頭にしか種付けをすることができず、さすがにこれでは活躍馬を誕生させるのは困難を極めた。

ちょうどそんな折、北野豊吉氏が帰らぬ人となってしまった。「メジロアサマとメジロティターンで続いた天皇賞親子制覇を3代まで続けたい。メジロティターンとメジロ牧場の繁殖牝馬で、ぜひとも成し遂げてほしい」と言葉を残し、あの世に旅立ったのだ。この遺言にメジロ牧場の関係者が奮い立たないわけがない。親子3代天皇賞制覇という偉業を目標に掲げ、配合から育成まで、すべてはメジロティターンの仔に天皇賞春を勝たせることに捧げられた。そこで候補として挙げられたのは、スタミナ血統の繁殖牝馬であった。当時のスピード化の流れを汲めば、ステイヤー血統のメジロティターンにはスピードに溢れる母系を掛けたくなるところだが、そこをあえてスタミナ×スタミナとしたところにメジロ牧場の意地を感じる。

メジロマックイーンの母メジロオーロラは母系が小岩井牝系であり、父はリマンド、母父がヒンドスタン、母母父がボストニアンと古き時代のステイヤー血統で固められている。初年度から菊花賞と有馬記念を制したメジロデュレン(父フィディオン)を出して、繁殖牝馬としての優秀さを示していた。そのメジロオーロラに、満を持してメジロティターンを掛けたのだ。どこまで走ってもバテることを知らない、スタミナの権化のような配合である。天皇賞春を勝つような名馬に大成するか、もしくは一度も先頭ゴールすることなくターフを去ってゆくか、一か八かの配合。当時はメジロ牧場にも挑戦する余裕があったこともそうだが、北野氏のビジョンやスピリットが受け継がれていたからこその選択であった。メジロオーロラにはその後、ノーザンテーストやサンデーサイレンスという超一級の種牡馬が配合されたが、メジロティターンとの間に生まれたメジロマックイーンを超えるような産駒はついに誕生しなかった。

メジロマックイーンが天皇賞春を勝ったとき、武豊騎手が北野豊吉氏の遺影を右手に掲げて口取りに臨んでいたのは、そういう訳があったからである。当時の私は、あの写真の人物が誰かさえ知らなかったし、そういった人間の情熱が馬をつくりあげていることなど想像もつかなかった。唯一分かっていたのは、芦毛の強い馬が突如として現れたということ。そして、今から思えば、オグリキャップから始まり、メジロマックイーンで最高潮に達した芦毛伝説は、芦毛の名馬にたずさわった人々の漂白された想いの現れではないかと。特に、メジロアサマからメジロティターン、そしてメジロマックイーンとつながった芦毛の親子3代からは、あらゆる妥協や打算を打ち捨てたところに残る、北野氏のホースマンとしての純白な信念が浮かび上がってくる。それを人々は執念と呼んだのである。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第8回)

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メジロマックイーンは人間の執念によってつくり上げられた馬である。偶然に誕生したというよりは、かなり必然的に生み出された馬。それは良血という意味ではなく、こんな最強馬をつくりたいという人間の明確な意図を以て誕生したサラブレッドということだ。その人間とは、メジロ牧場の創始者である北野豊吉氏。天皇賞を勝つような馬をつくりたいという彼の情熱が、メジロアサマ→メジロティターンという世代を経て、時を超え、メジロマックイーンとして結実した。

私が競馬を始めて20年以上が経った今でも、最強馬の候補の1頭として、メジロマックイーンの名が頭にすぐに浮かぶ。誰しもがキャリアの初期に巡り合った馬が原体験になる以上、過去の名馬を過大評価してしまうのは仕方ないとして、そういったことを差し引いても、メジロマックイーンという馬は強かった。その強さは天皇賞春というレースを2度制したという事実が雄弁に語っている。今でも天皇賞春は最高峰のレースだと私は信じていて、たとえ時代遅れと言われようと、京都の3200mで行われる天皇賞春を勝つことの出来る馬こそが、その時代における真の名馬に相応しいと思う。スピードは当然として、それを持続させる無尽蔵なスタミナ、道中で騎手の指示に素直に従える賢さ、馬群の中で我慢できる精神的な強さなど、天皇賞春を勝つためにはあらゆる要素が求められるからだ。

メジロマックイーンの祖父になるメジロアサマの父はパーソロン。母スヰートはアメリカの名牝であるラトロワンヌ系。ラトロワンヌの子孫からは数々の名馬が誕生し、特に長距離を得意とするスタミナと持続力に優れた馬が多かった。北野豊吉氏はこのスヰートに惚れ込み、自らも共同で出資して輸入した種牡馬パーソロンが配合されたメジロアサマを迷うことなく購入した。スタミナの血に裏打ちされたメジロアサマは、クラシックこそ出走することなく終わったが、古馬になってから安田記念と天皇賞秋(当時は3200m)を勝利した。7歳までコンスタントに走って48戦17勝(うち重賞6勝)。獲得賞金も1億8736万円と、史上初の2億円に迫った。

現役引退後、当時としては珍しくシンジケートが組まれ、大きな期待をかけられて日高スタリオンステーションで種牡馬の仲間入りを果たしたメジロアサマであったが、数か月の間に28頭に種付けしたものの、なんと1頭も受胎しなかったのだ。インフルエンザの抗生物質の影響ではないかと原因がささやかれ、あっという間に種牡馬失格の烙印を押されてしまうことに。他の牧場からの種付けの申し込みはなくなったが、北野氏はどうしてもあきらめきれなかった。メジロアサマの仔から再び天皇賞馬を誕生させたい、それが北野氏の願いであった。

そこで北野氏は、メジロ牧場にいる繁殖牝馬にメジロアサマを種付けすることにした。いくら自らの牧場とはいえ、「種無しスイカ」と揶揄されていたメジロアサマをすべての繁殖牝馬に配合するなんて、誰が見ても狂気の沙汰としか映らなかったはずである。「あいつは頭がどうかしている」と周りの人々に言われながらも、北野氏は意地と信念を貫き続けた。そんな北野氏の気持ちに応えるかのように、アラブ種と廃馬になることが決まっていた牝馬2頭が、わずかに受胎したのである。その後も、相変わらず受胎率は恐ろしいほどに低いままであったが、1頭、2頭と受胎する馬が出てきたのだ。

これを見た北野氏は最後の賭けに出た。フランスのセリで高額で購入したシェリルという良血の牝馬に、メジロアサマをかけることにしたのだ。シェリルは3歳時にオペラ賞を勝ったように、名門の血を引くだけではなく、競走能力も高く、繁殖牝馬の価値は極めて高い馬であった。どんな種牡馬をつけても成功しそうなシェリルに、あえて受胎率の極めて低いメジロアサマをかけたのだから狂気の沙汰である。しかし、確率に反することを運命やロマンというのだろうか、驚くべきことにシェリルはメジロアサマの仔を宿したのだ。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第7回)

Kettounituite07

メジロマックイーンは私に競馬を教えてくれた馬であり、競馬を通して人生を教えてくれた馬でもある。メジロマックイーンをめぐっては個人的に色々な思い出があり、天皇賞秋というレースが行われる季節になると、いつも決まってあいつのことを思い出す。あいつというのはメジロマックイーンのことではもちろんなく、高校の同級生であったAのことだ。彼とはよく一緒に授業をさぼって、公園で弁当を食べたり、ゲームセンターに行ったりした。私はこの頃から競馬が大好きで、馬券を買うことは出来なかったが、週末となると休み時間には友達と予想を披露し合ったりしていた。
Aは競馬にはあまり興味を示さなかったが、なぜかその年の天皇賞秋の前日だけは、私たちの予想を聞いてきたのであった。

「どの馬が来るんだ?」
「武豊の乗るメジロマックイーンからプレクラスニーとカリブソングの2点で間違いないね」と間髪入れずに私は断言した。

メジロマックイーンは天皇賞春を連覇したような名ステイヤーだが、ごまかしの利かない東京の芝2000mならば、距離が短くて負けるということはないと思っていた。この頃の私は知識や経験がないぶん、迷いもなく、怖いもの知らずであった。Aは「そうか」とだけ答えると、くるりと私たちに背を向け、それ以上は競馬の話には参加しようとはしなかった。
 
第104回天皇賞秋。メジロマックイーンが不良馬場をものともせずに他馬を6馬身以上も千切った、と思われたのも束の間。進路妨害のために、なんと18着に降着となった。競馬ファンのどよめきは鳴り止まず、武豊騎手の蒼白な顔と江田照男騎手の戸惑いを隠せない勝利ジョッキーインタビューが印象的であった。

翌日、全てのスポーツ新聞が一面でこの事件を報じていた。競馬を知って初めて味わう、やりきれなさを引きずって、私は教室のドアを開けた。

彼は私の顔を見るなり、「何だよあれは!」と食って掛かってた。

「競馬にはああいうこともあるんだ」と私が言うと、彼は「ああゆうことってどういうことだよ?納得できねえよ」と突っかかってきたのだが、「ああゆうことっていうのは、ああゆうことだ」としか私は答えることが出来なかった。

あれ以来、彼との会話で競馬の話題が登場することは絶対になかった。Aにとっての競馬とは、あの忌々しい天皇賞秋のことであり、また彼が競馬に賭けた最初で最後のレースになったのだった。

その後、私は大学に進学するという安易な道を選び、Aは四輪のレーサーになるという夢を胸に高校を卒業した。それからも私たちの関係は続き、Aはガソリンスタンドでアルバイトをしながら、お金が貯まるとサーキットに出て練習をするといった月日を繰り返し、一方の私は、競馬漬けの自堕落な生活を送っていた。華やかなキャンバスライフにどうしても馴染めず、自分が何をしたいのかさえ分からなかった私は、ひとつの道を歩み始めているAがとても羨ましかったのを覚えている。

ある夜、Aが突然一人暮らしの私のアパートを訪ねてきた。お互いの近況を報告し合い、くだらない冗談を言い、女の子の話もした。彼は高校の頃から付き合っていた恋人と別れ、ガソリンスタンドで知り合った年上の女性と婚約することを少しばかり誇らしげに語った。

婚約するということが、どういうことなのか、その言葉の意味以上には、さっぱり分からなかった私は、「そうか、おめでとう」とだけ言った。

夜が更けゆき、私は電気を消した。長い沈黙の後、Aは珍しく小さな声を出した

「これから先、オレ、どうなんだろう。」
「お前、F1のレーサーになりたいんじゃないのか?」
と私が問うと、
「そうだ、F1レーサーになる」
と返ってきた。

Aがどういう表情をしているのか分からなかったが、私はいつものAに言うように、
「その世界でトップに立てると思っているのか?もし思っていなければ、やめちまえ」と檄を飛ばした。

一瞬の静寂の後、
「それじゃあ、お前は何になりたいんだ?」
とAは突如、聞き返してきた。私は自分の迷いを悟られないよう、はっきりと言い放った。
「競馬だ、競馬の仕事がしたい。競馬でオレにかなうヤツはいない。」
「オレだってそうだ。絶対に最高のレーサーになってやる!」
とAは応じた。

思い返すたびに顔から火が出るように恥ずかしい不遜な会話だが、あの夜の燃えるような気持ちの昂ぶりだけは今でも忘れられない。自分の未来にどんな地図が見えてくるのかさっぱり分からなかった私たちにとって、何の根拠もない自信だけが支えであった。

私が留学という名目でちょうど日本を離れていた頃、友人づてにAの悪い知らせが届いた。アルバイト中の交通事故だったらしい。日本に向かう飛行機が離陸した時、眼下に異国の競馬場が見えた。競馬場ではレースが行われている。こんな大変な時なのに、もうひとりの自分は、空から見下ろす競馬場の風景にみとれていた。なぜなのか、その時ふと、あの夜の会話が蘇ってきて、Aがこの世を去ったことを確信した。

事故現場でAの婚約者に初めて会った。長い黒髪の似合う大人の女性だった。何と言うべきか分からずにいると、
「Aのぶんまで生きよう」
と優しく微笑みながら言ってくれた。私が励ますべきだったのに、立場が逆転し、しきりに励まされていた。二人で同時に花を供え、ゆっくりと帰途についた。

今から思えば、その出来事は私の青春時代にピリオドを打ったように思う。ちょうど、モラトリアムも終わりかけていたこともあって、私は自分の将来を決めなければならなくなっていた。社会に出て、何者かにならなければならない。リクルートスーツに身を包み、こんな姿を見たらAは何て言うだろうと思いつつ、名前だけは聞いたことのある会社をひたすら訪問した。しかし、何者かになんかなれそうもないことはすぐに分かった。心にもないことを並べ立てることに私は困憊した。私はAの死からひたすら確かな結論を探していたように思う。悠長なことを言っている暇など本当はなかったのだが、それがつかめないと前に進めなかった。

あるとき、自分が探していた答えがふと見つかった。好きなことをやって生きよう。たったそれだけのことだった。それがAの死から受け取った私なりのメッセージであった。

それ以来、私は「好きなことをやって…」とまるで呪文のように呟き続けて生きてきた。言葉に束縛されたこともあれば、解放されたこともある。好きなことをやって生きていくには、まだまだ私には力が足りないが、それでもいつしか絶対にという想いは日に日に募っている。いつになっても先の見えない、地図のはっきりしない人生だが、それが私たちの選んだ、生きるということなのかもしれない。

私は結局、彼にああゆうことを説明することが出来なかった。ああゆうことは競馬のレースだけではなく、人生にも起こるということは少しずつ分かるようになってきたのだが、ああゆうことがどういうことなのかを説明できる自信はない。

もしあの時メジロマックイーンが降着していなければ、Aと競馬はどういう関係になっていたのだろうか。もしああゆうことがなければ、Aと私は今年の天皇賞秋について語り合えていたかもしれないと今でも思う。

Photo by 三浦晃一

(第8回へ続く→)

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第6回)

Kettounituite06

初めてリアルタイムで観戦した日本ダービーはトウカイテイオーのそれであったが、初めてのクラシックレースはといえば、メジロマックイーンの勝った菊花賞。前の週の天皇賞秋がヤエノムテキとメジロアルダンの4枠同士で決まり、ゾロ目の存在をその時に初めて知ったようなズブの素人であったから、菊花賞がクラシック3冠レースの最後の1冠であることや、3000mの長距離戦でスタミナと底力を問われる舞台ということさえも理解していなかった。レースは友達の家のテレビで観た記憶がある。ダービー2着の雪辱を期すメジロライアンと、前哨戦のセントライト記念を勝って勢いに乗るホワイトストーンが人気になっていた。

第4コーナーで黒い帽子の馬が先頭に立ち、そのままゴールまで押し切ってしまった時の、あのなんともいえない感覚は今でも忘れられない。強いというよりも、不気味な感じ。最後の直線に向いて、それまでは存在にさえ気づきもしなかった灰色の塊が、スッと死角から現れたように感じた。メジロライアンの黒子役に徹したように見せかけて、ラストシーンでは主役の座を奪い取ってしまったような、メジロマックイーンと内田浩一騎手の一世一代の名演であった。それ以降は、武豊騎手に乗り替わり、ステイヤーとしての表舞台を歩んだメジロマックイーンであるが、この世に出てきた時の衝撃は相当なものだった。

武豊騎手はこの馬について、「スプリントのG1を勝てそうなくらいスピードがあった」と評する。無尽蔵なスタミナとスプリンター並みのスピードがあったにもかかわらず、「掴みどころがない、強いのか強くないのか分からない馬だった」とも語っている。武豊騎手にとってみれば、オグリキャップやスーパークリークそしてイナリワンという3強世代と比べて、どうしても競走馬としての闘争本能に物足りなさを感じていたようだ。これはメジロマックイーンに良きライバルがいなかったということ以上に、彼の温厚な性格によるところが大きかったのではないだろうか。

現役を引退して種牡馬となっても、メジロマックイーンはマックイーンのままであった。種牡馬になるような馬たちは、先天的にも後天的にも気性のきつい馬が多く、お互いに相容れることは滅多にない中で、メジロマックイーンのような温厚なタイプは稀有な存在であった。あの気性の激しいサンデーサイレンスでさえも、メジロマックイーンにだけは心を許し、彼が近くにいると落ち着きを見せていたそうだ。サンデーサイレンスが亡くなるまで、早来の放牧地で2頭はいつも隣同士であった。この現役当時は物足りないとされた温厚な性格が、のちにブルードメサイヤーとして生きることになるとは、誰もが想像しなかったはずである。

種牡馬としては、クイーンCを勝ったエイダイクインやホクトスルタンぐらいしか活躍馬を出せなかったが、ブルードメサイヤーとしては、特にステイゴールドとの相性の良さを示した。思えば気性の激しい種牡馬との相性の良さは、ホクトスルタン(母父サンデーサイレンス)が走ったことに兆しがあった。激しいサンデーサイレンスと温厚なメジロマックイーンがうまく融合されたのだ。もう少し早くサンデーサイレンス(サンデーサイレンス系)との相性の良さに気づいてあげていたら、メジロマックイーン×母父サンデーサイレンスという血統構成の馬から、父系としてのメジロマックイーンがつながっていた可能性はあったと思う。それでも、母の父として、サンデーサイレンスに最も似ているステイゴールドを受け止めたことで、オルフェーヴルやドリームジャーニー、ゴールドシップという最強馬たちを誕生させたのだから面白い。ステイゴールドが種牡馬として当初はあまり期待されておらず、日高の繁殖牝馬にもチャンスが巡ってきたからこそでもあり、こうして血がつながってゆくのだから、世の中捨てたものではないと思わずにはいられない。

Photo by 三浦晃一

(第7回へ続く→)

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大金星

Febs2014 by K.Miura
フェブラリーS2014―観戦記―
内田博幸騎手がエーシントップをしごいてハナに立ち、それを外から見る形でコパノリッキーとホッコータルマエが追走した。番手のコパノリッキーの折り合いがピタリとついたこともあり、道中のペースはほとんど上がることなく、前半と後半がいずれも48秒0というフラットなペースとなった。フェブラリーSにしてはスローな流れであり、典型的な前残りの競馬。1分36秒0という遅い勝ち時計を考えても、展開が結果を大きく左右したレースであり、後ろから行ったり、引っ掛かったりして力を出し切れなかった馬も多かった。

そんな中、スタートからゴールまで、自身のスピードを余すところなく発揮し、無駄のないレースをしたコパノリッキーが大金星を挙げた。2分の1の抽選をくぐり抜け、展開をも味方につけて、最後まで脚色が衰えることはなかった。もともとはダートの素質馬であったが、骨折明けの2走を凡走していたことで、完全にノーマークとなっていた。骨折をした馬は、たとえ完治していたとしても、自ら手加減して走ってしまうことがある。精神的なトラウマの克服が復活の鍵となる以上、いつ本気で走るようになるのか、タイミングが読みにくいのだ。コパノリッキーの場合は、それが今回だったということだ。

田辺裕信騎手にとっても初めてのG1レース制覇となった。ここ数年でメキメキと力をつけ、今年に入ってからは完全に才能が開花した感がある。思い切りがよく、馬を動かす力もあり、追っても力強い。かといってパワータイプなわけではなく、馬の背に極力負荷をかけずに回ってくる騎乗フォームは美しい。海外や地方競馬からジョッキーが参戦してくる中、負けじと鎬を削ってきた成果が出始めている。蛯名正義騎手が当面のライバルになるはずで、百戦錬磨のジョッキーたちが集う関東のリーディングを今年はどこまで突っ走れるだろうか。新星の誕生を期待したい。

ホッコータルマエは好スタートを決め、展開に恵まれたにもかかわらず勝ち切れなかった。中央競馬のスピードレースになるとあとワンパンチ足りない。説明が難しいのだが、スピードが足りないのではなく、一瞬のパワーが足りない。ドバイへ向けてひとつ大きな課題であり、肉体のレベルをもう1段階上げなければ通用しないだろう。素質は極めて高く、馬体にも成長の余地は残っている。幸騎手はソツなく乗っていた。スローペースと分かっていても、東京競馬場の長い直線を考えると、あれ以上早くは動けない。

1番人気に推されたベルシャザールは後方から伸びたが、3着を確保するのが精一杯。スタート時点の芝はこの馬にとって有利に働くはずであり、もっと前にポジションするつもりが、思いのほか行き脚がつかなかった。前が意外に止まらないフェブラリーSで、このポジションではさすがに厳しかった。JCダートから間隔が開いたことに加え、ドバイを目標にしている分、仕上げが甘かったことが理由である。さらに言うと、6歳馬になって、幾分か前進気勢が落ちてきたこともあるかもしれない。勝ったのが4歳馬であることと対照的である。

とはいえ、ドバイへ向かうホッコータルマエとベルシャザールの2頭が今回敗れたことについては、それほど悲観することはない。ドバイのことを考えると、むしろ負けて良かったとさえ思える。これまでのドバイ遠征の歴史を見ても、アグネスデジタルやアドマイヤドン、ヴァーミリアンなど、フェブラリーSを勝つために仕上げすぎてしまった馬は、ドバイでピークを過ぎて惨敗を喫してきたからだ。フェブラリーSは前哨戦と考えるぐらいで、馬にとってはちょうど良いのである。

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第5回)

Kettounituite05

トウカイナチュラル(トウカイテイオーの母)
 ―トウカイミドリ
  ―トウカイクイン
   ―トップリュウ
    ―ブリューリボン
     ―ヒサトモ(第6回日本ダービー馬)

ヒサトモは日本ダービーを制した初めての牝馬である。下総御料牧場の黄金時代の自家生産馬の1頭であり、父トウルヌソルはイギリスから、母星友はアメリカから下総御料牧場によって輸入された、当時としては超がつく良血であった。ヒサトモは日本ダービーをレコード勝ちし、古馬になっても帝室御賞典を含め6連勝し、立派な競走成績を残して引退した。過去80回行なわれた日本ダービーを制した牝馬は、このヒサトモ(昭和12年)とクリフジ(昭和18年)、そしてウオッカ(平成19年)の3頭だけであるように、たとえ時代が違っても、牝馬が牡馬を従えて日本ダービーを勝利することの難しさが分かる。ヒサトモも、野平祐二氏が最強馬と信じて疑わなかったクリフジやご存知ウオッカと同じ、名牝中の名牝なのである。当然のことながら、繁殖牝馬としての価値も極めて高かったということになる。

ところが、ヒサトモは今では考えられないような不幸な運命を辿ることになった。

第2次世界大戦の敗北によって、農地改革などで下総御料牧場の規模は縮小となり、繁殖牝馬や生産馬などはセリなどで段階的に売られていく中、ヒサトモ自身の受胎も極端に悪く、11年間の種付けでわずか4頭の仔を出したのみであった。その中でも、1頭でも名馬が出ていたら良かったが、ヒサトマンとブリューリボンがそれぞれ5勝したのみで、とてもヒサトモの仔とは思えないレース振りであった。日本ダービー馬とはいえ、厳しい時代背景もあり、ついには繁殖牝馬としては見切りをつけられてしまったのである。馬主であった宮崎信太郎氏は、ヒサトモを連れ戻し、函館近郊にある別荘地で余生を送らせることにした。

そうこうしているうちに、競馬自体は少しずつ復興しつつあった。その中で問題になってきたのは競走馬の不足であった。戦争で多くの馬を失い、生産もほぼ中止されていたため、レースで走る競走馬が足りないという状況が生じていたのだ。そのため繁殖牝馬や農耕馬、馬車馬までが集められ、賭けの対象となってしまうという信じられない競馬が行なわれていたのである。その1頭として、日本ダービーを制したことのある元競走馬であり、かつ繁殖牝馬として見切りをつけられてしまっていたヒサトモが候補に挙がったのは不思議な話ではない。ヒサトモを養うどころか、自宅や別荘を維持することも難しいほど経済的に苦しんでいた宮崎氏は、15歳になる愛馬をついに手放してしまったのだ。

南関東地方競馬の厩舎に運ばれたヒサトモは調教を開始し、戸塚競馬場で11年ぶりのレースを走った。復帰戦こそ5着であったが、2戦目は持ったままの楽勝。さすが日本ダービー馬と誰もが気を良くし、さらに上のレースを目指し、調教における負荷は増していった。11月のある日、強い調教を終えたヒサトモが厩舎に戻る途中、突然崩れるようにして倒れた。心臓麻痺だったという。そして、その亡骸さえも、闇で処分され、行方知らずになってしまったのだ。昔話に聞こえるかもしれないが、たとえばウオッカが同じ運命を辿ったことを想像すると、たとえ戦後の混乱期であったとしても、ヒサトモがいかに悲劇の名牝であるか分かるだろう。

しかし、ヒサトモの血は奇跡的に途絶えなかった。わずか4頭の仔のうちの、最後の1頭の牝馬であったブリューリボンが、繁殖牝馬として11頭の産駒を出し、トップリュウ、トウカイクインとわずかに血がつながったのである。これといった活躍馬が出たわけではなく、むしろ先細りしつつあったにもかかわらず、やはりどこかでヒサトモの復活を願う人々の気持ちが血をつなげたのではないかと想像する。トウカイの冠名の競走馬を走らせる内村正則オーナーもその一人であった。初めて所有した馬がトウカイクインだというから、人と馬の運命は不思議なものだ。内村オーナーはヒサトモの血に注目し、復活させるべく、当時の一流種牡馬であったファバージ、ブレイヴェストローマンをかけていった。トウカイクインとファバージからトウカイミドリが生まれ、そのトウカイミドリとブレイヴェストローマンから産まれたトウカイローマンがオークスを制したのだ。これだけでも十分な復活であるが、ヒサトモの血はこれにとどまらなかった。トウカイミドリの仔トウカイナチュラルに日本最強馬であったシンボリルドルフを配合し、第6回の日本ダービー馬であるヒサトモからなんと6代(54年の歳月)を経て、第58回日本ダービー馬が誕生したのだ。

トウカイテイオーの二面性は、華々しく栄光の道を辿ってきた父系と、絶滅寸前からかろうじて這い上がってきた母系に由来する。トウカイテイオーは貴公子でありお坊ちゃんのようでいて、実はその血脈には恐ろしいほどのルサンチマンと生命力を抱えていた。優しさとプライドだけでは生きていけない世界で、トウカイテイオーの強さの本質はそこにあったのではないだろうか。1年の休み明けで復帰した有馬記念の最後の直線、ビワハヤヒデに並びかけ、馬体を併せてからもう1歩前へグッと出ようとしたあの極限の強さは、トウカイテイオーの内に流れる血を語らずして語れない。サラブレッドの肉体を超越したところに血統があり、競馬がブラッドスポーツであると言われるひとつの所以(ゆえん)はそこにあるのだ。

Photo by 三浦晃一

(第6回へ続く→)

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第4回)

Kettounituite04

ファンファーレに合わせた競馬ファンの手拍子が鳴り終わった後、暮れの寒さを切り裂くような音を立てて、ゲートが開いた。真っ先に飛び出したのはトウカイテイオーであった。1年の休み明けの馬とは到底思えないロケットスタート。しかしまだこの時点では、トウカイテイオーの肉体に有馬記念を勝つだけの力が充満していることに、誰も気づいていなかった。

レースは前年のような大逃げの展開ではなく、馬群は固まって6つのコーナーを回り、スムーズに最後の直線の入り口を迎えました。レース巧者のビワハヤヒデがソツなく先頭に立ち、そのまま押し切ろうとした矢先、外からビワハヤヒデを凌ぐ手応えの馬が並びかけてきた。レース中の各馬のポジションや手応えをかなり正確に把握している自信のあった私でも、一瞬、その馬が誰か分からなかった。このお化けが出たような感覚(と私は呼んでいるの)を味わったのは、オグリキャップとトウカイテイオーの有馬記念のみ。

その時、走馬灯のように、あるシーンが私の脳裏に浮んだ。当時、毎日のように通っていたビリヤード場に置いてあったスポーツ新聞のひとつの記事。有馬記念を惨敗して以来、鹿児島県の牧場でただひたすら復帰を目指して調整を進めているトウカイテイオーに関する、ほんの数行と1枚の写真だけの記事を読んだ記憶が蘇ってきた。強い調教が掛けられないため、脚元の不安の少ない砂浜を歩いている姿であった。目の前のレースだけにこだわっていた私にとって、まるで自分とは無関係のこととして読み飛ばしてしまった。まさかその年の有馬記念において、中363日ぶりのレースで、彼が勝利するなんて夢にも思わなかったのだ。

私は不思議な感覚にとらわれた。私が過ごした1年とトウカイテイオーが過ごした1年。私がこうして東京の日常をあわただしく、時には怠惰に過ごしていたその瞬間にも、鹿児島の広大な浜辺でトウカイテイオーは復活に向けて一歩一歩、冷たい海水に浸りながらも柔らかい砂を踏みしめていた。私たちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、ゆったりと確実に流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそこのことを意識できるかどうか。年の瀬ほど時の流れを感じやすい季節はないが、有馬記念が終わり、トウカイテイオーが見事に復活し、そんなことに思いを馳せた。あの時、トウカイテイオーが私にくれた、「生きろ」という優しいメッセージは、今でもいつまでも私の心に残っている。

そして、私はずっと不思議に思っていた。なぜトウカイテイオーはサラブレッドとしての完全性を失いながらもなお諦めることなく、1年という長い歳月を経て、復活を遂げることができたのだろうか。もっと言うと、お坊ちゃまのように見えたトウカイテイオーのどこにあれほどの生命力が宿っていたのか。馬主の意向や陣営(厩舎)サイドの意図が左右したことは確かだが、このままで終わるはずはない、彼ならば復活できるという言葉にできない生命力をトウカイテイオーから感じたからこそ、馬主は黙って見守り、陣営も復帰に向けて弛まぬ努力をすることができたということだろう。そしてある日、私は知ったのだ。このトウカイテイオーの生命力の源を探っていくと母系に行き着くことを。


何度観ても、ビワハヤヒデに追いつき、抜かそうとする瞬間には鳥肌が立ちます。

Photo by 三浦晃一

(第5回へ続く→)

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第3回)

Kettounituite03

トウカイテイオーには青の時代と赤の時代があると書いたが、私たち競馬ファンの記憶に最も残っているのはやはり赤の時代であろう。日本ダービー後、左後脚の骨折が判明し、父子による3冠制覇の夢をあきらめて休養に入り、彼が私たちの前に再び姿を現したのは、およそ1年後の産経大阪杯であった。鞍上の岡部幸雄騎手のムチは最後まで抜かれることなく、トウカイテイオーは圧勝したのであった。滅多に騎乗馬を褒めることのない岡部幸雄騎手の「地の果てまでも走れそう」というコメントには、誰もが驚かされたものだ。

全てが順調に来ているように見えたが、メジロマックイーンとの一騎打ちが期待された天皇賞春で、トウカイテイオーはまさかの5着に惨敗してしまった。今度は右前脚の剥離骨折。今から思えば、このあたりから波乱万丈の競走生活が始まったのであった。トウカイテイオーは、またもや治療のために休養に入ることになった。

休み明けの天皇賞秋では、殺人的なハイペースに巻き込まれて大敗してしまったが、次走のジャパンカップではナチュラリズムを競り落とし、またもや復活を成し遂げた。レース直後の派手なガッツポーズは故障につながるからダメと若手を諭していた岡部幸雄騎手が、歓喜の余り、思わずゴール後にガッツポーズをしてしまったという逸話も生まれた。

ジャパンカップを制したトウカイテイオーは、当然のことながら、暮れの有馬記念でも1番人気に推された。騎乗停止処分を受けていた岡部幸雄騎手に替わり、田原成貴騎手が手綱を取ることに。当時、大学受験を控えていた私は、さすがにあまり大した予想などせず、中野にあるゲームセンターのテレビで観戦していた。レースはあっと驚く結末で、メジロパーマーとレガシーワールドによる世紀の「行った行った」に終わった。最後の直線では、トウカイテイオーのトの字も呼ばれることがなかった。どの馬が勝つのだろう程度の気持ちで観ていた私だから、トウカイテイオーが負けたことにも、それほどショックは感じなかった。

奇跡的に大学に進学することができた私は、冬眠生活から開放されたクマのように遊び回った。お酒が苦手なのでさすがに飲み歩くことはなかったが、毎晩、ビリヤードに明け暮れ、昼夜逆転の生活を送り、大学の授業に行ったとしても競馬に関する本ばかり読んでいた。競馬界ではビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシンという3強がクラシックを盛り上げ、のちに壮大なドラマを描くことになるベガやホクトベガも登場した。秋になるとナリタブライアンというビワハヤヒデの弟が、兄にも勝る強さで朝日杯3歳Sを制した。私を含め、トウカイテイオーのことなど、誰もがすっかり忘れてしまっていた。

歳月の流れるのは早いもので、その年もあっという間に有馬記念の季節が到来した。菊花賞でようやく最後の1冠を手に入れた、岡部幸雄騎手鞍上のビワハヤヒデが1番人気。2番人気には、コタシャーンのK・デザーモ騎手のボーンヘッドによる漁夫の利はあったものの、ジャパンカップを制したレガシーワールド、3番人気には、その年の日本ダービー馬であるウイニングチケットが続いた。前年の有馬記念から1年ぶりに出走してきたトウカイテイオーは、それでもというべきか、4番人気に支持された。私は後楽園のウインズで、レガシーワールドの単勝を持って応援していた。大学生活に浮かれ、放蕩の限りを尽くしていた私の目を覚ます事件が起こったのは、このあとすぐのことであった。


内から抜けた風車ムチのナチュラリズムを競り落としたとき、馬券は買っていなかったけど、思わず声が出てしまったなあ。

Photo by 三浦晃一

(第4回へ続く→)

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第2回)

Kettounituite02

オグリキャップが引退した年に競馬を始めた私にとって、初めて観戦した日本ダービーはトウカイテイオーが勝ったダービーであった。最後の直線で、トウカイテイオーが踊るように軽やかに走る姿を観て、ダービーを勝つのは意外と簡単なものだと思った記憶がある。極限とか死力を振り絞ってとか、そういう類の言葉が相応しくない、悠然とした勝ち方であった。今から思うと、あれはトウカイテイオーだったからこそ。ハンサムな顔、おしゃれな前髪、気品のある馬体、歩くだけで人々を魅了する柔軟なテイオーウォーク、地の果てまでも伸びていきそうなフットワークなど、これぞサラブレッドという美しさを携えていた。皇帝と称された父シンボリルドルフから、良いところばかりを受け継いだトウカイテイオーが、貴公子と呼ばれたのも相応しいと思えた。

トウカイテイオーには、ダービーを6戦6勝で勝つまでの青の時代と、それ以降の波乱万丈な赤の時代がある。天真爛漫で無垢な青年時代と、傷つきながらも試練を乗り越えていく成年(盛年)時代。私はどちらの時代も好きなのだが、本当にトウカイテイオーが強かったのは、競走馬として完璧な姿を誇っていたのは、骨折する以前の青の時代ではないだろうか。それは日本ダービーだけではなく、デビュー戦から皐月賞に至るまで、弾むように躍動した肉体を見れば分かる。骨折を経て、大人になって体が硬くなってしまう以前の、若者に特有な肉体の柔らかさに、バネの強靭さが加わった強さ。私が初めて観た日本ダービー時点のトウカイテイオーまでは、おそらく歴代のどの名馬と走っても遜色がない。

そんな青の時代のトウカイテイオーの背中を唯一知るのが、安田隆行元騎手(現調教師)である。安田隆行元騎手にとって、ジョッキーとして初めてG1レースを制したのは、実はトウカイテイオーとのコンビであった。小倉の鬼と呼ばれながらも、中央の陽の当たる舞台にはなかなか縁がなく、トウカイテイオーと巡り合うまではローカルのジョッキーであった。トウカイテイオーと巡り合ったことで日本ダービーを制し、安田隆行の名前は全国区に知れわたることになった。残念ながら、ダービー以降は岡部幸雄元騎手に手が渡ってしまったが、安田隆行元騎手は乗り替わりについて、「やっぱり悔しかった」と語る一方、「普通は乗り替わりがあると、ちくしょう、負けちゃえばいいのにっていう気持ちもどこかに付いてくるものなんですが、あの馬についてはそれはなかった。ずっと勝ち続けて欲しかったですね。それだけ愛せる、素晴らしい馬です」と語った。このエピソードからもトウカイテイオーという馬の完璧性が見て取れる。

この完璧性は明らかに父シンボリルドルフから受け継いだものだ。無敗のダービー馬から無敗のダービー馬が誕生したと騒がれたように、競走馬としては、負けて強くなるタイプではなく、最初から完成されたタイプ。闘争心が旺盛と言おうか、競走意欲が満ちていると言うべきか、レースに行って自分のやるべきことが分かっているという大人びた馬。他の馬とは一線を引き、自分は自分という自己を持っていて、その気高さは時として人間をも下に見てしまうという恐ろしさにつながる。岡部幸雄元騎手がシンボリルドルフに競馬を教えてもらったというのは、レトリックでもなんでもなく、ある種、人間を超越した精神性を持っていたということである。トウカイテイオーは、そういった精神性や気高さを父シンボリルドルフから受け継いでいた。

父からは精神面での影響を受けやすいと私は考える。精神面での影響とは、大人しいとか煩いという気性のことだけではなく、素直であるとか、賢いとか、我慢強いといった表面的なことから、プライドの高さや人間との距離感などを含めた精神性のことである。「お父さんに似ている」と関係者が言うとき、走り方や背中の感触といった肉体的なことだけではなく、精神的に、性格的に種牡馬である父を思い起こさせるという意味合いがあると思う。精神面での影響は、良い方向に出ることもあるし、悪い方向に出ることもあるだろう。トウカイテイオーは、父シンボリルドルフから完璧性や気高さを見事なまでに受け継いだ馬であり、またサラブレッドとしての精神性までもが血を通して遺伝することを教えてくれた初めての馬であった。


最後の直線における、こちらの心も弾むようなフットワークは必見。

Photo by 三浦晃一

(第3回へ続く→)

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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第1回)

Kettounituite01

血統について語るとき、血統は下部構造なのかそれとも上部構造なのか、という問題から入らなければならないだろう。つまり、サラブレッドの本質は血統が規定しているのか、それともそれ以外の要素なのか、もっと分かりやすく言うと、血統が先なのか馬の個体(個性)が先なのかという問題である。鶏が先か卵が先か、どちらが原因でどちらが結果か、血統を先と見る者を私たちは血統論者と呼んだりする。もちろん、どちらが正しいということではなく、どちらのスタンスを取るかで、その人の血統に対する見方が違ってくるということである。

かつて私の敬愛するジョッキーのひとりであるL・デットーリ騎手がこう語っていた。

「馬のタイプや個性は、跨った時の感触や、実戦に行ってからのレースぶりから掴むものです。競馬が終わって、それから血統を聞いて、その血統ならこういう将来もあるかもしれない、と思うことはありますが、順番を間違えてはいけないと思います」

L・デットーリ騎手はワールドスーパージョッキーズシリーズにおいて、抽選で当たった馬について、どんな馬なのか関係者から情報を得る際に、「競馬に乗る前に血統の説明は要らないよ」と言って、戦績やレース振りは聞いても、あえて血統については耳をふさいだという。自分の家の敷地で繁殖牝馬を飼い、自ら配合を考えて馬の生産も手がけているL・デットーリ騎手が血統に興味がないはずがない。彼は馬を見るときの順番を間違えてはいけないと考えているのだ。馬のタイプや個性が先で血統が後ということである。

私も、いち競馬ファンとして、そして馬券を買う者として、血統は後というスタンスを取っている。同じ配合の馬でも、全く違う本質を持った馬が生まれてくるように、血統がその馬の全てを規定しているわけではなく、育成過程や体験、そして周りの環境(人も含む)などによって、その馬の本質さえも変わってゆくことがある。遺伝的な要素はかなり大きな部分を占めることは認めても、私たちは血統からその馬の本質を見極めることは難しいと考える。しかし、馬の個体(個性)があって、その本質を見極めようと血統を辿っていくと、何かが見えることがある。

と同時に、血統を辿っていくと迷宮に入ってしまうことも往々にしてある。私がこれまで血統について語ることをためらってきた理由はそこにある。おそらく血統については語っても語り尽くせないことを知っているからこそ、血統という大海に飛び込むのが怖くて仕方なかったのだ。正直に言って、この先、どういう方向に筆が進んでいくのか私にも分からないが、こうして語り始めた以上は、今私の考える血統について語ってゆきたい。もし道に迷っていたら声を掛けてほしいし、溺れかけていたら助けてもらいたい。それぐらいの奥深さが血統にはある。

いざサラブレッドの血統の世界へ。

(第2回へ続く→)

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集中連載:「複雑系の競馬」最終回

Hukuzatukei10

■大局観を持って見る
競馬という『複雑』なゲームと向き合う上で、最も大切なことがある。それは大局観を持って見るということだ。大局観とはつまり、「全体の流れの中で、各馬の力関係を大枠で把握すること」。もう少し具体的に言うと、以下のような流れに注目するということである。

・競馬界全体の流れ(海外競馬の動向、日本競馬界の潮流やニュース等)
・レースの流れ(レースの傾向や特徴等)
・世代の流れ(世代間の力関係等)
・競馬場の流れ(コースや馬場等の特徴や状態)
・人の流れ(騎手や調教師等の調子やバイオリズム)

レース毎にどの流れに注目すべきか異なるが、これらの流れを常に意識しながら、そのレースにおける全体の設計図を描くということである。全体の設計図を構想せず、1頭1頭の馬の能力や力差等の細かい計算ばかりしてしまうと、肝心の答えはいつになっても見えてこない。

そして、もっと大事なことは、「大局観が論理を超えていくことがある」ということである。私たちが頭で考えるよりも、現実はずっと豊かで複雑だということだろう。将棋や囲碁では「名人に定跡なし」と言うが、つまり名人は一見、論理的には矛盾しているような手(答え)を大局観から発想できるということである。

そうした常識を超えるような手(答え)を勝負どころで思い切って指すためには、勇気と自信が必要である。常識外れの手(答え)というのは、自分でも「どうかな?」と思うような、違和感を伴って見えるもの。そうした手(答え)をあえて指すには、やはり普段からの研究や経験や技術に支えられた自信が必要なのである。

■問い続けること
この連載を通して私が述べたかったことは、競馬という『複雑』なゲームにおいて、私たちの予想する“技術”など取るに足りないものであり、私たち人間は全く無力な存在であるということである。情報を分析するといった科学的な手法によって世界を理解することができると考えることは錯覚であり、世界は理解できないことの方が多いはずである。それを私たち人間の能力の欠如である、と考えることすら傲慢なのではないだろうか。

もし神という存在があるとすれば、それは世界の全てを理解できる者のことであり、それに対して私たち人間は常に「なぜ?」と問い続ける者なのである。しかし、「なぜ?」と問い続け、世界を理解しようと努力することによってこそ、私たちは一歩ずつでも確実に正しい方向に歩んで行くことができるのではないだろうか。21世紀を生きる私たちは、競馬という大海原に浮かぶ小さな舟を、たった今漕ぎ出したばかりなのである。

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集中連載:「複雑系の競馬」第8回

Hukuzatukei09■「ゆらぎ」の意識的導入
次に、②「ゆらぎ」を意識的に導入する、ということは一見「ゆらぎ」を抑えるという提案に矛盾するように思えるが、ここでは意識的にということがミソになる。いくら紛れのないコースを選択し、単勝で賭けることによって「ゆらぎ」を抑えることに成功しても、それで『複雑』な現象を私たちが完全に支配したということにはならない。むしろ、それでもコントロールできない領域のほうが圧倒的に大きいはずである。

『複雑』な世界を完全にコントロールしようというのは、人間の傲慢でしかない。コントロールできない領域に限っては、いっそのこと何も考えずに『複雑』という波に身を任せてしまおうという逆転の発想が、「ゆらぎ」を意識的に導入するということの本質である。「ゆらぎ」を完全に支配しようとするのではなく、必ず生じるものとして意識的に導入することによって逆に利用するのである。

それでは、どのように「ゆらぎ」を意識的に導入し、利用するかというと、「ゆらぎ」があること(予測できないと思われる結果が出ること)をあらかじめ想定(期待)して、予測を立てるのである。具体的に述べると、たとえば紛れの多いコース設定で行われるレースにおいては、あえて人気のない馬(人気薄の馬)を狙って賭けるということである。

ブラックボックスのたとえをもう一度使って説明すると、ブラックボックスにノイズ(「ゆらぎ」)の大きいAが入っていく場合、出てくる時にはBとなって現れる可能性が高いと思われている(思っている)状況でも、あえて可能性が低そうなCという形で現れるという状況を想定(期待)して予測を立てるのである。

ブラックボックスの中で大きな「ゆらぎ」が生じ、紛れが起こることをあらかじめ想定した上で、確率が高そうに見えるBではなく、確率が低そうに見えるCを意識的に選択する。選択したあとは、ブラックボックスの中で「ゆらぎ」が生じ、結果としてCというかたちで現れることを期待して待つ。

たとえば、秋華賞というG1レースを例に取ってみると、このレースは京都の2000m(内回り)という非常に紛れの多いコースで行われる。つまり、ノイズ(「ゆらぎ」)の大きい入力ということになる。それに加えて、未知の要素が多い3歳牝馬戦というレースの性格上、このレースは荒れる(あり得そうもないことが起こる)ことが多いと考えられる。

そういった状況において、あえて人気のない馬に賭けてみるのである。もし甲という馬と乙という馬でどちらを買おうか決めかねている場合に、甲は人気があり、乙は人気がないとすると、あえてそこで乙という馬を選択する。あくまで判断基準は、自分にとってどちらが勝ちそうかではなく、どちらが人気かということである。

なぜなら、人気の有無というのは、その馬が勝つということがあり得そうかどうか(勝つ可能性)を判断している唯一の客観的な基準だからである。そして、賭けるという事の性質上、人気がない方を選択して当たった場合には、より大きな報酬を得ることにもなる。

乙という人気のない馬を意識的に選んで馬券を買ったら、あとはレースの結果を待つのみ。レースで紛れが生じ、人気のある甲が力を出せず、人気のない乙がレースの流れに乗って大駆けをしてしまうことを期待しながら待つのである。

あり得そうもないことが起こる状況(荒れる設定のレース)において、あり得そうな結果(人気のある馬)を選択して賭けるのは効果的ではない。もし人気のある甲が順当に勝ってしまった場合は仕方がないだろう。それはあくまでも結果であって、レースの前における選択が間違っていたということにはならない。

一見極めて受け身の姿勢を取っているようであるが、『複雑』な現象の中で「ゆらぎ」があることを想定し、利用しようとしている限りにおいては、極めて積極的な姿勢であると考えることができる。

(次回へ続く→)

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集中連載:「複雑系の競馬」第7回

Hukuzatukei08

■「ゆらぎ」を抑える
しかし、ブラックボックスの中で起こっている出来事を知ることは出来ないが、出口と入口が分かっている以上、私たちは出力と入力のコントロールによって、「ゆらぎ」をある程度は抑えることができるのではないだろうか。

たとえば、スピーカーから出てくる音をイメージしてみてほしい。デッキのつまみをひねって音量を目一杯に上げる(出力を大きくする)と、普通の音量では聞こえなかったザーという音のノイズが聞こえるはずである。ここでいうノイズとは、『複雑』な現象における「ゆらぎ」である。音量(出力)が大きければ大きいほどノイズ(「ゆらぎ」)も大きくなることは想像に難くないだろう。つまり、出力を抑えることによって、「ゆらぎ」も抑えることができるのだ。
 
さらに、今度は音質の悪いテープをデッキに入れ(入力し)再生したとする。そうすると、音質の良いテープを入れた時よりも、同じ音量(出力)でもノイズ(「ゆらぎ」)は大きくなるはずである。ノイズの大きいものを入力すればするほど、出力も大きくなるのは当然だろう。つまり、ノイズ(「ゆらぎ」)の小さいものを入力することによって、出力される「ゆらぎ」をも抑えることができるのである。このことからも、全体としての「ゆらぎ」を最小限に抑えるためには、出力をできる限り絞り、入力時にできる限りノイズ(「ゆらぎ」)の少ないものを入れなければならないことが分かる。

それでは、競馬における出力と入力をどのようにコントロールするのか。これに関しては、これと言った正解があるわけではない。自分の馬券のスタイルに合わせて、それぞれが考えてみてほしい。敢えてヒントを挙げるとすれば、たとえば出力に関しては、単勝の馬券で勝負するということである。単勝はそのレースにおいて勝つ馬さえ分かれば当たりとなる。2着の馬まで当てなければならない連勝式よりも、3着に入る馬まで拾わなければならない3連単や3連複に比べると、単勝の方が出力を絞ることが出来るだろう。

たとえば入力に関しては、紛れの少ないコースで行われるレースに賭けるということである。競馬というブラックボックスにおいて、「ゆらぎ」を生じさせる一因として、コースの設定が挙げられる。紛れ(不確定要素)が生じやすいコースにおいては、当然、結果における「ゆらぎ」も大きくなってしまう。だからこそ、紛れの少ないコースで行われるレースを選んで賭けることによって、入力時におけるノイズ、つまり「ゆらぎ」を少なくすることが出来るだろう。

もちろん、これで完全に『複雑』な現象に対処できるわけではないが、それぞれが自分のスタイルに合った形で「ゆらぎ」を抑えることによって、少しでもコントロールできる領域を広げていくことが出来るのではないだろうか。

(次回へ続く→)

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集中連載:「複雑系の競馬」第6回

Hukuzatukei07_2

■『複雑』な現象における可能性
競馬というゲームが、全くデタラメで予測不可能だということではない。もし神の視点というものがあるとすれば、競馬はこうなると分かっている決定的な状況にて行われている、予測可能なゲームなのであり、一方、神ならぬ人間である私たちの目には、ランダム(確率的)に振る舞っているように見えるだけなのである。

世の中の『複雑』な現象が完全なデタラメならば、そういった状況において未来を予測することは無意味かもしれない。しかし、私たちが相手にすべき『複雑』は、こうなると分かっている決定的な状況において起こっているのである。そして、そこにこそ、私たちにとってのわずかな可能性が残されているのではないだろうか。

たとえ全体から見ればごくごく小さな部分しか理解できないとしても、それらの部分を手がかりとして、全体のおおまかな形状を推測することは可能かもしれない。もちろん、全く方向性の違った全体を推測してしまうこともあるかもしれないが、人間が知り得るわずか一部分から、全体の未来における推測をすることは、全くの無駄ではないだろう。与えられたわずかな手がかりを工夫して用いることによって、全体の形状、方向性に少しでも近づくことが出来るかも知れない。そういう可能性が私たちには残されているのだ。

そこで、私たちに残されたわずかな可能性を求めて、競馬という『複雑』なゲームに対する2つの攻略法を提案したい。

①「ゆらぎ」を抑える
②「ゆらぎ」の意識的な導入

■ブラックボックス
①の「ゆらぎ」を抑える、ということを分かりやすく説明するために、ブラックボックスという概念を用いてみたい。ブラックボックスとは、その中では何が起こっているのか誰にも分からない箱のことである。

たとえばAというものが左から入ったとする。そしてブラックボックスの中を通って右から出てくるときにはBというものなっている。ブラックボックスの中でなんらかの操作が行なわれて(起こって)AからBに変化したのであるが、私たちはその中で行われていることを知ること(見ること)ができない。私たちが知り得るのは、AがBに変化したという事実のみである。

Blackbox

ブラックボックスの中は“カオス”であり、私たちにとっては、AがまるでランダムにBになっているように見えるであろう。しかし、『複雑』な現象における“カオス”は決定的な状況において行われているため、実はこのブラックボックスの中では、確実になんらかの操作が行われていると考えることができる。結果としてはランダムに映るが、実際はなんらかの操作が『複雑』な現象の中では行われているのである。

競馬においては、競馬のレースがブラックボックスである。どれだけ私たちが頭を捻って全ての部分(要素)を予想しても-これをAとする-、一度レースというブラックボックスの中に入ってしまうと、結果はアッと驚くBとなって出てくる。レースというブラックボックスを通ったAは、各部分(要素)間の相互作用によって「ゆらぎ」が生じてしまい、私たちの目にはランダム(でたらめ)な結果Bとしてブラックボックスから出てくるのだ。

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集中連載:「複雑系の競馬」第6回

Hukuzatukei06

■“カオス”の定義
もう一歩踏み込んで、さらに深く『複雑』であることについて理解するために、“カオス”というものの存在について知っておきたい。『複雑』な現象の本質は、“カオス”にあるといっても過言ではないからだ。

一般的に“カオス”とは無秩序のことであり、秩序である“コスモス”と相反するものである。しかし、複雑な現象において問題とする“カオス”は、一般的な意味のカオスと一線を画して考えられるべきである。

1986年にロンドンで開かれた英国王立協会主催のカオスに関する国際会議において、『複雑』な現象における“カオス”とは、「決定的な系において起こる確率論的なふるまい」と定義された。

分かりやすく言い換えるならば、「こうなると決まっている中で起こる予測困難な出来事」ということであろうか。一見、語義矛盾にも思えるこの定義であるが、ここに“カオス”の本質、そして『複雑』であること理解し、解読するための鍵が隠されているのである。

*これ以降は、便宜上、予測困難な出来事が現れることを「ゆらぎが出る」、もしくは「ゆらぐ」と言い換えることにしたい。

■“カオス”の特徴 
「こうなると決まっている中で起こる予測困難な出来事」という“カオス”の特徴を論じる際に、「非線形」という言葉がよく用いられる。「非線形」とは線ではないということであり、簡単に言うと、1次関数ではないということを意味する。つまり、1次関数の式においては、Xの値が増加すると、それに従ってYの値も増加し、線のようなグラフを描くが、「非線形」の式においては必ずしもそうはならない。

ここから数学的な話をするが、数学嫌いな方も少しだけお付き合いいただきたい。なぜなら、“カオス”の特徴を知っていただくことは、『複雑』であるということの意味を真に理解し、最終的には競馬というゲームの本質を掴むことにつながるからである。

ここに1次関数ではない非線形な方程式y=4(1-X)がある。

この方程式のXの値に0から1の間の小数、たとえば0.1を入れてみると、Yは0.36という値になる。その次の手順として、Yの値であった0.36を今度はXの値として再び代入する。そうすると、Yは0.9216という値になる。さらにまた、そのYの値をXに代入する、という作業を繰り返す。そして、20回目の計算では、Xの値は0.82001・・・となる。計20回の計算結果をグラフにすると分かるように、Yの値をXに代入するという作業を繰り返しているだけにもかかわらず、解であるYの値はまるで乱数のような結果になっているのである(下のグラフ①を参照)。

さらにもうひとつの実験として、同じくy=4(1-x)の方程式の最初のXの値として0.101を代入してみることにする。先程代入した0.1よりわずかに0.001だけ大きい値である。あとは前の作業と同じように、答えとして出たYの値をXの値として再び代入していく。20回目のXの値0.93458・・・が出たところで、0.1を最初の値として入れた場合の20回目のXの値0.82001・・・と比較してみると、大きな差が出ていることが分かるだろう(下のグラフを参照)。

Syokiti

これは先のパチンコの例で出てきた、「バタフライ現象」と呼ばれるものである。初期条件のわずかな違いが、全体の結果に大きく影響を及ぼしてしまうため、全体としては無限の広がりを持ってしまう。

これら「非線形」の式の実験結果から、“カオス”というものの特徴を説明すると以下のようになる。
①単純な式に単純な作業を繰り返しても、結果は非常に確率的(ランダム)に見える。
②少しの初期条件の違いが全体の結果に大きな影響を及ぼす。

y=4x(1-x)という式に代入している以上、計算していけば必ず答えは出るはずであり、一見答えに関しても簡単に予測がつきそうに思える。しかし、こうした決定的な状況(式がすでに分かっている)においても、私たちにとっては予測困難に見える結果が出ている(「ゆらぎ」が出ている)のである。また、初期条件のほんのわずかな違いが、全体としてみると大きな違いとして表れている。これが“カオス”の特徴である。

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集中連載:「複雑系の競馬」第5回

Hukuzatukei05

■複雑系における計算不可能性
さらに、『複雑』な現象における特徴として、計算不可能性ということがある。

たとえば、打ち出されたパチンコの玉がどこの穴に入るか予測することは不可能である、という問題である。月食や日食が何年の何月何日何時何分何秒に起こるかを予測できる現代科学をもってすれば、パチンコの玉がどの穴に入るかなど、いとも簡単に割り出すことができるのではないか、と考えるのは当然であるが、実はそうではない。なぜなら、パチンコ台はそれ自体が『複雑』なシステムとして成立しているからである。

パチンコ玉の描く軌跡の『複雑』さは、それが打ち出される時の速さと方向に原因がある。ほんの少しの速さ、方向の違いによって、釘に当たるか当たらないか、玉同士がぶつかるかぶつからないかが変化してしまい、打ち出された玉が穴に入るころまでには、無限の変化が繰り返されることになる。たとえ同じ穴に入った玉でも、そこに至るまでの過程(軌跡)は違うはずで、2度と同じ運動をして穴に入る玉が現れることはないのである。

これが『複雑』な現象において見られる、初期条件(パチンコ玉の打ち出される速さ、方向)のわずかな違いが、その現象プロセスの結果(パチンコ玉がどういう動きをして、どこの穴に落ちるか)に極めて大きな影響を与える、という特徴である。北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークでハリケーンが生じるというたとえから、「バタフライ現象」と呼ばれることもある。

打ち出される時の速さと方向を数値化し、無限に広がっていく玉の動きを、運動方程式を使って計算していくことは、理論としては可能であるが、物理的には不可能である。複雑な対象においては、仮に全体を要素に分解できたとしても、その要素が無限に広がりを持ってしまうため、計算が不可能になってしまうという状況が生じるのである。

■レースは生き物である
初期条件のわずかな違いが結果に大きな影響を与えることや、そのための計算不可能性といった『複雑』な現象の特徴は、競馬という『複雑』なゲームにも当てはめて考えることができる。

たとえば、ある逃げ馬がスタートにおいて出遅れたとする。このことによって、道中のラップは大きく変わってくるであろうし、出遅れた馬はもちろんのこと、代わりに逃げることになってしまった馬なども、当初の予定とは違ったレースを強いられることになる。それにしたがって、各馬のコース取りも変わってくるだろう。仕掛けのポイントも当然変わってくる。

このように考えていくと、わずか1頭の馬のわずかな挙動が、全体のレースそして結果にも影響を大きく及ぼすことになる。たとえ全ての部分(要素)を数値化できたとしても、一旦レースが始まってしまうと各部分(要素)が大きく変化してしまうため、レース全体としての結果は、無限の広がりを持ってしまう。そのため、計算自体が不可能となることは明白なのである。「レースは生き物である」と言われるゆえんはここにあるのだ。

■競馬の複雑性
つまり、以下の2点において、競馬が『複雑』なゲームであることを説明できるのではないだろうか。

①各要素間の<関係>が認識できない以上、全体(レース結果)を正確に予測することはできない
②初期条件のわずかな違いが、全体(レース結果)に大きく影響を及ぼしてしまうため、全体としては無限の広がりを持ってしまう

複雑な現象には様々な面があり、以上の2点だけでは語り尽くすことは到底できないのだが、競馬における『複雑さ』を理解していただけるには充分であると考える。これらのことから、競馬という『複雑』なゲームにおいて、そこで起こるであろう未来を正確に予測することが、ほとんど不可能であるとことが分かる。

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集中連載:「複雑系の競馬」第4回

Hukuzatukei04

■競馬は『複雑』なゲームである
もちろん、競馬は『複雑』なゲームである。競馬における「全体」とはレースの結果であり、「部分」とはそのレースを構成している要素であるコース、血統、展開、騎手などである。諸々の「部分(要素)」(血統、展開、コース、ローテーション、騎手、馬の能力など)が集まって、「全体」(レースの結果)を作り上げている。

そして、競馬が『複雑』なゲームである以上、各部分(血統、展開、コース、ローテーション、騎手、馬の能力など)が積み重なったものがそのまま全体(レース結果)となることはない。なぜなら、各部分(要素)の間に相互作用が生まれるため、全体(結果)は各部分の総和以上のものとして現れてくるからである。

各部分(要素)間の相互作用とは、それぞれの部分(要素)の間に存在する<関係>と考えてもらっても構わない。たとえば、血統と展開という要素の間にも<関係>があり、騎手と馬の調子の間にもまた然り。ひとたびレースが始まれば、血統、展開、コース、ローテーション、騎手、馬の能力、調子など無数の部分(要素)が互いに絡み合い、<関係>し合ってレースは進められていくのである。

競馬は、各部分(要素)の総和に各要素間の<関係>が加わって全体(レース結果)を成している、という典型的な動的なシステムなのである。つまり、各部分(要素)の間に<関係>が存在するがゆえに、競馬は『複雑』なゲームであると言えるのである。

Partsandtotal

■<関係>の認識不可能性
全体が各部分(要素)の総和以上になってしまう競馬というシステムにおいて、いくら各要素だけを深く分析してみたところで、全体(レース結果)を予測することは困難であることは一目瞭然である。競馬における全体(レース結果)を予測するためには、各部分(要素)間の<関係>をも理解しなければならないからだ。

しかし、ここで<関係>の認識不可能性という矛盾が生じてしまう。

なぜ<関係>を認識することが出来ないかというと、<関係>そのものだけを取り出して分析することが出来ないからである。あくまでも、<関係>というものはあるものとあるものの間にのみ存在するものであって、私たちは<関係>そのものを単独で手に取って見ることはできない。

前回のおもちゃの車のたとえで言うと、歯車とバネは部分(要素)であり、その二者のあいだに弾性という<関係>が生まれる。これらの部分(要素)とその間にある<関係>によって、おもちゃの車という全体は構成され、動的なシステムとして成立している。歯車やバネという要素は、おもちゃの車という全体を分解し、取り出すことによって認識することができるが、その二者の間にある弾性という<関係>は、おもちゃの車が全体として機能している(動いている)時には存在するが、一旦全体を部分(要素)に分解(還元)してしまうと、<関係>というものはすでにそこにはなくなってしまうのである。

<関係>は二者(またはそれ以上)の間にあってこそ、初めて存在することが可能なのであり、部分(要素)に分解(還元)してから認識しようとする時には、既にそこから<関係>というものの存在は跡形もなく消え去ってしまうのだ。

これが要素還元主義の示してしまう限界であり、一旦要素(部分)に分解されてしまうと、各要素を繋いでいた<関係>が消滅してしまい、そのことによって全体としての機能(動き)をも失ってしまうのである。

よって、<関係>そのものを、私たちの認識可能なものとして(たとえば数値化するなどして)捉えることは不可能なのである。もちろん競馬という『複雑』なゲームにおいても同様のことが当てはまり、たとえば馬の気性とコース設定、そしてローテーションの間にある<関係>を認識することは不可能ということになる。

(次回へ続く→)

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集中連載:「複雑系の競馬」第3回

Hukuzatukei03■『複雑』とは
ところで、『複雑』な現象とは一体どういうことなのだろうか。ここで問題にしている『複雑』とは、単純またはシンプルの反対、つまり無数の要素がごちゃごちゃと絡み合っているという意味ではない。

『複雑』を定義すると、「全体を構成している無数の要素が、各々に相互作用を行っているため、「全体」が「部分(要素)」の総和以上のものになってしまう」ということである。

これだけでは分かりづらいので、ひとつ具体的なたとえを使って説明したい。

皆さんは、子供時代にプラモデルを作ったことがあるだろうか?私は、小学生の時にガンダムのプラモデルが好きで、よく作っていた記憶がある。作るプロセスは、部品を接着するという単純な作業の積み重ねであったが、それでも小学生の私にとっては、設計図どおりに組み立てる作業はかなり複雑なものに思われた。

部品の量が増え、種類も増えると、ますます複雑になってゆく。設計図にしても、部分図のパターンが増えると、全体図は小学生の私を圧倒するほどの大きさになった。たとえ単純な部品の接着の繰り返しであったとしても、部品の量と種類が増加すると複雑度は増大することを、私は学んだ。

しかし、ある日、これとはまた違った種類の複雑さがあることを私は知った。

ある日、ガンダムのプラモデルに飽き始めていた私は、ぜんまい仕掛けの車のおもちゃを修理しようとしたことがあった。それは、ぜんまいのバネを動力にした外車のおもちゃであった。ネジを外して車を分解しようとすると、中には大小さまざまな歯車があり、渦巻き状の金属のバネが納まっている。一見したところ、車の中身もガンダムのプラモデルの部品に似た複雑さのように思えた。しかし、どんなに歯車を組み立て直しても車は一向に動いてはくれなかったのである。おそらくバネが壊れていて、弾性を失っていたのだろう。

おもちゃの車の修理の難しさは、私に本物の複雑さを教えてくれた。

バネという動力を備えたこのシステムは、ガンダムのプラモデルとは異なり、バネの弾性に特徴をもっている。部品の歯車をいくら積み重ねても、そこにバネの弾性が加わらなければ、おもちゃの車の動力は回復しない。弾性は部品の和以上のものであり、それがおもちゃの車を動く『複雑』なシステムに変えていたのである。

ガンダムのプラモデルは1プラス1が2になる静的なシステムであるであるのに対して、おもちゃの車はバネと歯車の間にある弾性というの相互作用のために、1プラス1が2にならない動的なシステムということになる。

静的なシステムにおいては、「全体」がどれだけ複雑に見えたとしても、結局、「全体」は一つ一つの「部分(要素)」の積み重ね(和)によって成り立っている。そのため、「全体」を理解するためには、それを「部分(要素)」に分解した上で分析するという手法が極めて効果的になる。

その一方、動的なシステムにおいては、「全体」は「部分(要素)」の和以上となってしまう。なぜなら、部分と部分の間に相互作用が起こり、「関係」が生まれてしまうからである。おもちゃの車のたとえでいうと、歯車とバネの間に存在する弾性という「関係」である。

このように、各部分(要素)の間に「関係」が存在するために、1プラス1が2にならない、「全体」が「部分(要素)」の総和以上になってしまう動的なシステムこそが、つまり『複雑』であるということなのである。

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集中連載:「複雑系の競馬」第2回

Hukuzatukei02

■20世紀における競馬予想理論
競馬の複雑さについて語る前に、まずは20世紀における競馬予想理論を振り返ってみたい。ピッツバーク・フィルのクラス理論からアンドリュー・ベイヤーのスピード指数、そして競馬の神様と呼ばれる大川慶次郎による展開の発見など、どの理論も競馬という「全体」から、血統・タイム・展開・騎手・各馬の能力などの「部分(要素)」を取り出し、それらを深く分析するという手法を取っていることがわかる。

複雑な「全体」を理解するために、それを単純な「部分(要素)」に分解してから考察するという要素還元主義の思考スタイルは、フランス人の哲学者デカルトによって確立され、それ以来、自然科学の発展にも大きな影響を与えてきた。

その結果、科学文明の中で生きている私たちにとって、「どれだけ全体として複雑に入り組んでいるものでも、それを一つ一つの分かりやすく、認識可能な部分に分解してから分析することによって、理解することができる」という発想は極めて一般的なものになった。

そして、この要素還元主義の考え方は、いつしか、私たち人間は全てを知り極めることができるという幻想にすり替わってしまったのだ。競馬でいう必勝法のゴールドラッシュである。こうすれば競馬で必ず絶対に勝つことが出来る、というマッチョな予想理論は、多くの人々を惹きつけたが、それと同時に、多くの人々を誤った方向へと導いてしまったのである。

しかし、この20年~30年来、要素還元主義という考え方は、生命科学、経済学、物理学などあらゆる分野において、明らかに限界を示すことが分かり始めた。

たとえば、木の葉がどこに舞い落ちるのか、パチンコの玉がどこの穴に入るのか、そして1週間後の天気さえも、どれだけ近代科学が発達しようとも、正確には予測することができない。もちろん競馬の世界においても同じで、どれだけのスーパーコンピューターを使っても勝ち馬を正確に当てることはできないのである。

「どれだけ全体として複雑に入り組んでいるものでも、それを一つ一つの分かりやすく、認識可能な部分に分解してから分析することによって、理解することができる」、という要素還元主義の考え方では、このような『複雑』な現象を理解することは出来ないのだ。

(次回に続く→)

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集中連載:「複雑系の競馬」第1回

Hukuzatukei01

■競馬は複雑である
高校時代の友人らと始めたG1レース予想大会が、20年経った今でも続いている。大会とはいっても私と友人2人という極めて小規模なものではあるが、別々の場所に住み、多忙な私たちがたまに会ったりできるのは競馬のおかげだと思っている。大会のルールは実にシンプル。その年に行なわれる22のG1レースの予想を披露し合い、1レース1万円の賭け金として収支を計算し、順位を争うのだ。

お互いに勝ったり負けたりを繰り返しながら楽しくやってきたつもりであったが、つい最近、集計係をしてくれている友人から、過去8年のトータルの結果が発表されて驚愕した。以下、恥ずかしながらも、G1レース予想大会における私と友人2人の収支と回収率を公開したい。こんなことをバカ正直に教えるなんてと思われる方もいるかもしれないが、私がこの先に語る競馬の真実への導入として、自ら腹を割っておく必要があると思ったのだ。ぜひご覧頂きたい。

        私・治郎丸  友人T  友人A
2006年   -183000  +98200  +197200
2007年   -108000  -117000  -40000
2008年   -155000   -77000  -62000
2009年  +61000  -141000  -36000
2010年  -93000   -31600  -110000
2011年   +219000  +221200  -189000
2012年  -96000  -220000  -134800
2013年  -42000  -110000  -5400
収支   -397000   -377200  -380000
回収率      76%        77%      77%

2006年から2013年の上半期まで、全165レースに賭け、3人ともマイナス収支であることは自明の理として、40万円近いマイナスの金額もほとんど同じ。しかも恐ろしいことに、76~77%の回収率もほぼ同じである。そう、25%の控除率を引いた、競馬の期待値(75%)とピッタリ一致するのだ。ある程度は予期していた結果ではあるが、ここまで明確に数字で示されてしまうと、もうグウの音も出ない。

ひとつだけお断りしておくと、私を含め、友人2人とも競馬歴20年以上というベテランである。長ければ良いというものでもないが、それぞれが競馬についてある程度は語れる知識を持ち合わせており、馬券に関しても独自の方法論を用いて予想をしている(はず)。今年になって競馬の存在を知って、オグリキャップとゴールドシップの違いもまだよく分らない初心者とは違う。そんな私たちでさえ、見事に競馬の期待値である75%に回収されてしまっているのだ。

ここでひとつの問いが生じる。「競馬予想に技術はないのか?」という問い。過去のデータやあらゆる経験に基づいた理論を駆使し、これだけ懸命に予想をしても、誰もが回収率75%に収束していってしまう以上、そこには技術やノウハウや知恵といったものが存在しえないのではないだろうか。そう思ってしまうのは当然であり、もはやこれは私たち3人だけの問題ではない。結論を少しだけ述べておくと、競馬予想に技術はあるにはあるが、それが全体の結果に結びつくことは少ない。なぜなら、競馬は複雑であるからだ。

(第2回へ続く→)

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フェブラリーSの前だから、再掲「ダート競馬の楽しみ」最終回

最後に、集中連載「ダート競馬の楽しみ」の締めくくりとして、ダートコースにおける具体的な勝ちポジについて解説していきたい。実際のレースをサンプルに観てみることで、どれだけダート競馬における勝つためのポジション取りが限定されているか分かるだろう。さすがに全てのコースというわけにはいかないので、G1レースが行なわれる東京ダート1600mと阪神ダート1800m(JCダート)の2つに限定してみてみたい。

まずはフェブラリーSが行なわれる東京ダート1600mから。スタート直後に80mほど芝部分を走るが、外枠の方が若干長く芝コースを走ることができる。それを利して外側の馬が内側に圧力をかけながらコーナーに突入するため、内側の馬は窮屈になりやすい。実質的な第1コーナーは3コーナーとなり、スタートから第1コーナーまでの距離は670mと非常に長く、先行馬にとっては息を入れることのできない速いペースになってしまうことが多い。それでも、東京のダート戦は速い時計で決着することが多く、前に行った馬も簡単には止まらない。

Febs

以上のことを踏まえて考えると、馬群の内で揉まれたり、窮屈になってしまう馬ではなく、スタートして外から切れ込む形で先行し、スムーズに最終コーナーまで走ってこられる外の2、3番手が勝つためのポジションということになる。このポジションを走るためには、真ん中よりも外の枠を引いていることが望ましく、それよりも内だと、外から被せられる形で馬群に押し込められてしまうリスクが多分にある。たとえば、2009年のフェブラリーSを勝ったサクセスブロッケンは勝ちポジを走って勝った典型的なケースである。このレースはカネヒキリとカジノドライブ、そしてサクセスブロッケンがほぼ互角の力を有していたが、最後に勝敗を決したのは、どこのポジションを走ったかであった。

次に、JCダートが行なわれる阪神ダート1800mについて。勝ちポジは内の2、3番手となる。力が一枚抜けている馬であれば、包まれる心配がない分、ハナを切るか外の2、3番手でも我慢が利くだろうが、基本的には内の2、3番手が望ましい。そのため、1コーナーまでの主導権争いは厳しく、外からも先手を奪いたい馬が殺到することになり、多頭数になればなるほど内枠の方が勝ちポジを取りやすい。

Jcdirt

たとえば、2008年のJCダートは、カネヒキリが最終的に勝ちポジを走って勝利した。10番枠を引いてしまったカネヒキリは、普通に回ってくるとしたら、勝ちポジを走ることは難しかっただろう。しかし、道中で内の2、3番手にスペースを見つけたルメール騎手が、いつの間にか勝ちポジを走らせることに成功したのである。最後のコーナーでは、外を回る他馬を横目に内々で脚をため、カネヒキリは末脚を爆発させた。外から迫るメイショウトウコンとヴァーミリアンを、ゴール前でなんとか凌ぎ切ったのである。外を回されたメイショウトウコンとヴァーミリアンとは対照的なレース振りであり、ルメール騎手のファインプレーであった。

このように、わずか200mしか違わないダートのレースであっても、競馬場やコースが異なってくるだけで、勝つためのポジションは全く違ってくる。力差のあるメンバーではあまり目に付かないかもしれないが、クラスが上がり、力関係が拮抗してくればくるほど、わずかなポジション取りが勝敗を決するのである。

これまで述べてきたように、ダート競馬に対する適性が各馬に問われるのはもちろんのこと、最後の最後は道中のポジションが明暗を分けてしまうのだ。だからこそ、その馬の脚質や気性が勝ちポジを走るのに適しているかどうか、また騎手は勝ちポジに導いてくれそうなのか、勝ちポジを取りに行ける枠順を引いたのかどうかなど、しっかりと見極めなければならない。それが私にとってのダート競馬の楽しみであり、この連載がダート競馬を楽しむ上での皆さまの一助になることを願ってやまない。

(終わり)

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→集中連載「ダート競馬の楽しみ」第1回

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」最終回

最後に、集中連載「ダート競馬の楽しみ」の締めくくりとして、ダートコースにおける具体的な勝ちポジについて解説していきたい。実際のレースをサンプルに観てみることで、どれだけダート競馬における勝つためのポジション取りが限定されているか分かるだろう。さすがに全てのコースというわけにはいかないので、G1レースが行なわれる東京ダート1600mと阪神ダート1800m(JCダート)の2つに限定してみてみたい。

まずはフェブラリーSが行なわれる東京ダート1600mから。スタート直後に80mほど芝部分を走るが、外枠の方が若干長く芝コースを走ることができる。それを利して外側の馬が内側に圧力をかけながらコーナーに突入するため、内側の馬は窮屈になりやすい。実質的な第1コーナーは3コーナーとなり、スタートから第1コーナーまでの距離は670mと非常に長く、先行馬にとっては息を入れることのできない速いペースになってしまうことが多い。それでも、東京のダート戦は速い時計で決着することが多く、前に行った馬も簡単には止まらない。

Febs

以上のことを踏まえて考えると、馬群の内で揉まれたり、窮屈になってしまう馬ではなく、スタートして外から切れ込む形で先行し、スムーズに最終コーナーまで走ってこられる外の2、3番手が勝つためのポジションということになる。このポジションを走るためには、真ん中よりも外の枠を引いていることが望ましく、それよりも内だと、外から被せられる形で馬群に押し込められてしまうリスクが多分にある。たとえば、2009年のフェブラリーSを勝ったサクセスブロッケンは勝ちポジを走って勝った典型的なケースである。このレースはカネヒキリとカジノドライブ、そしてサクセスブロッケンがほぼ互角の力を有していたが、最後に勝敗を決したのは、どこのポジションを走ったかであった。

次に、JCダートが行なわれる阪神ダート1800mについて。勝ちポジは内の2、3番手となる。力が一枚抜けている馬であれば、包まれる心配がない分、ハナを切るか外の2、3番手でも我慢が利くだろうが、基本的には内の2、3番手が望ましい。そのため、1コーナーまでの主導権争いは厳しく、外からも先手を奪いたい馬が殺到することになり、多頭数になればなるほど内枠の方が勝ちポジを取りやすい。

Jcdirt

たとえば、2008年のJCダートは、カネヒキリが最終的に勝ちポジを走って勝利した。10番枠を引いてしまったカネヒキリは、普通に回ってくるとしたら、勝ちポジを走ることは難しかっただろう。しかし、道中で内の2、3番手にスペースを見つけたルメール騎手が、いつの間にか勝ちポジを走らせることに成功したのである。最後のコーナーでは、外を回る他馬を横目に内々で脚をため、カネヒキリは末脚を爆発させた。外から迫るメイショウトウコンとヴァーミリアンを、ゴール前でなんとか凌ぎ切ったのである。外を回されたメイショウトウコンとヴァーミリアンとは対照的なレース振りであり、ルメール騎手のファインプレーであった。

このように、わずか200mしか違わないダートのレースであっても、競馬場やコースが異なってくるだけで、勝つためのポジションは全く違ってくる。力差のあるメンバーではあまり目に付かないかもしれないが、クラスが上がり、力関係が拮抗してくればくるほど、わずかなポジション取りが勝敗を決するのである。

これまで述べてきたように、ダート競馬に対する適性が各馬に問われるのはもちろんのこと、最後の最後は道中のポジションが明暗を分けてしまうのだ。だからこそ、その馬の脚質や気性が勝ちポジを走るのに適しているかどうか、また騎手は勝ちポジに導いてくれそうなのか、勝ちポジを取りに行ける枠順を引いたのかどうかなど、しっかりと見極めなければならない。それが私にとってのダート競馬の楽しみであり、この連載がダート競馬を楽しむ上での皆さまの一助になることを願ってやまない。

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第13回

ダート競馬は、芝のレースに比べて、勝つためのポジション取りが限定される。勝つためのポジションについては、「勝ちポジを探せ!」ライブにて話したので詳細は省くが、つまり、芝のレースよりもダート競馬の方が勝つために走らなければならないポジション(以下、勝ちポジ)が少ないということだ。そのため、ジョッキーたちは勝ちポジを走らせようとしてポジション取りが激化し、当然のことながら、勝つチャンスがある馬も限られてしまう。走る能力の差というよりは、道中をどこのポジションで走られたかによって、勝つチャンスがある馬とない馬に分かれてしまうのだ。

私が勝ちポジという概念を発見したのもダートのレースであった。2008年の平安Sにて、角田晃一騎手が騎乗した6番人気のクワイエットデイが、まるでそこに一本のライン(道)があるかのようにスタートからゴールまでを駆け抜けた姿を見て、競馬には勝つためのポジションがあることを確信したのである。それ以来、京都1800mダート戦において何度も勝ちポジを走って勝つ馬を見続けてきた。人気馬であれ、人気薄の大穴であれ、勝つ馬はほとんどいつもと言ってよいほどに勝つためのポジションを走っているのだ。勝った馬がそのポジションを走っているのではなく、そのポジションを走ったからこそ勝ったのである。

笠松競馬場から中央競馬に移籍した安藤勝己騎手も、中央競馬の特に芝のレースのバリエーションの豊富さについて語っていた。地方競馬の時代は、ほとんどのレースにおいて勝つポジションが同じであり、馬の競争能力の多寡や騎手同士の駆け引きというよりは、どうやってそのポジションを目掛けて馬を走らせるかに集中しなければならなかった(するだけで良かった)。そういう競馬を何十年も続けていると、さすがに飽きてくる。対する中央競馬のレースでは、コース設定や道中の展開が多様であり、レースごとに勝つためのポジションが異なってくる。道中には騎手同士の駆け引きがあり、乗り方次第では騎乗馬の未知の能力を引き出したりすることもできる。安藤勝己騎手にとって中央競馬のレースが新鮮に映ったのもうなずける。

それでは、なぜダート競馬の方が芝のレースよりに勝ちポジが限定されているのだろうか。理由は2つあって、ひとつ目は、ダート競馬が行なわれるコースが小回りかつ幅員(幅)が狭いからである。中央競馬の芝レースのように、コースの幅が広くて、比較的ゆったりとコーナーを回ることができるのであれば、多少外を回してしまったとしてもロスは最小限に抑えることができる。しかし、地方競馬のようにコースの幅が狭くて、カーブのきついコーナーを何度も回るレースでは、ひとつひとつのコーナリングでのロスが馬に掛ける負担は想像以上に大きい。中央競馬のダートコースも芝コースの内側に作られているため、小さく回るという点で状況は同じである。

2つ目は、ダート競馬ではサラブレッドの使える脚に限界があるからだ。ダート競馬で上がり32秒の末脚を使って差し切ったという話など聞いたことがなく、馬場状態によって多少の違いこそあれ、芝のレースほどに鮮やかな脚を使っての逆転劇はない。つまり、最後のコーナーを回って直線に向くときには、ある程度の位置にいないと勝負にならない(勝てない)レースが多いのである。だからこそ、道中をどこのポジションで走るかが極めて重要なのだ。

(最終回へ続く→)

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第12回

ダート競馬ではジョッキーたちの豪快な追い方にも注目してみたい。冒頭に書いたように、かつて平日の南関東の地方競馬場によく足を運んでいたことがある。大井、川崎、船橋、浦和とまるで武者修行をするかのように転戦していたのだ。その頃は、的場文男騎手や石崎隆之騎手といった脂の乗り切ったトップジョッキーたちが鎬を削っていて、この2人を絡めた馬券を買っていればまず外れないという時代であった。

私は競馬場に行くと、競馬新聞を見て、まず初めに「的場文」という名前を見つける。どれだけパドックで入れ込んでいようと、覇気のない返し馬をしようとも、的場文男騎手が乗る馬は買わなければならない。人気馬であればあっさりと勝ち、人気薄であれば2着へと突っ込んでくる。「大井の天皇」と呼ばれているように、特に大井競馬場での的場騎手の豪腕には凄みすら感じさせる。大袈裟かもしれないが、「的場文」という男が乗る馬の馬券だけを買っていれば、まず負けて競馬場を後にすることはなかった。

的場文男騎手は1973年に大井競馬の第5レースでデビューした。大井で初めてのリーディングを獲得したのは、10年後の1983年。2002年には363勝を挙げ、念願の全国リーディングを獲得し、地方競馬の頂点に立った。続く2003年も335勝を挙げ、地方競馬全国リーディングと共に、地方競馬最優秀騎手賞も受賞した。内田博幸騎手に抜かれるまで、なんと20年近くにわたって大井競馬のトップに君臨し続けていたのだ。

そんな状況の中では、のちに日本の競馬における年間最多勝利数記録を打ち立てることになる内田博幸騎手も、ほとんど目立たない存在であった。「石崎さん、的場さん、厳しいところで揉まれたから、今の自分に自信が持てる」と語っているように、内田博幸騎手の勝つことに対する執念は、数々のレースで先輩ジョッキーたちに揉まれたことで叩き込まれたものである。特に、的場文男騎手への尊敬の念は強い。

的場文男騎手といえば、やはりその独特な追い方が印象的である。典型的というか、究極的なダート競馬の騎手の追い方である。体全体を上下に動かしながら、腰を入れて馬を前に押し出すことで、鞍上から馬を叱咤激励する。直線に向いて、脚が止まったと思った馬が、息を吹き返したようにまた伸びるシーンを何度も見せられてきた。たとえバテた馬でも何とかゴールまで持たせてしまうのだ。大袈裟かもしれないが、追い比べになって的場騎手が負けたところを見たことがない。

なぜダート競馬の騎手には、的場騎手のような大きなアクションの追い方が求められるのかというと、小手先では動かないタイプの馬を、深い砂の馬場で動かさなければならないからである。総じてダート馬の方が芝馬よりも馬体が大きく、地方馬にはどちらかというとズブいタイプが多い。素軽さに欠ける馬や能力が足らずに直線に向いたところで簡単にバテてしまう馬を、なんとかして走らせなければならない。馬の持てる能力を完全に出し切るだけでは足りず、120%の力を発揮させなければ勝てない。ごく自然発生的に、ダート競馬の騎手独特の追い方が生まれたのである。

(第13回へ続く→)

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第11回

AEI(アーニングインデックス)を使うと、サイアーランキングでは埋もれてしまっているダート血統の種牡馬を見出すこともできる。サイアーランキングのトップ10から下に目を移してみると、AEI(アーニングインデックス)が飛び抜けて高い数値を出している種牡馬がいる。出走馬(産駒)こそ少ないが、その少ない産駒が確実にダートで走っているということを意味する。

ダートランキング(地方含む) AEI
31、エイシンサンディ 2.04
38、Tapit 21.44
49、フィガロ 2.70
56、エンパイアメーカー 8.37
72、Kingmambo 8.25
73、Bernardini 6.41
81、Fusaichi Pegasus 2.10
100、Giant’s Causeway 2.53

以上の8頭の種牡馬は、2以上の高いAEI(アーニングインデックス)を示している。特にエイシンサンディは、産駒の出走頭数が61頭と多く、データの信憑性も高い。代表産駒としては、初年度産駒のミツアキサイレンス(兵庫チャンピオンシップ、佐賀記念など)、セイクリムズン(根岸S、カペラSなど)がいる。エイシンサンディは、競走馬としては一度もレースに出走することがなかったという変り種であり、オーナーブリーダーであったゆえに種牡馬になれたのだが、こうしてダート競馬で結果を出して、地方競馬のレベルアップに大きく貢献しているのだから血統とは面白い。

これらの隠れたダート血統にほぼ共通するのは、北米血統ということ。もう少し分かりやすく言うと、ノーザンダンサー系とミスタープロスペクター系が揃っているということだ。フィガロ、Giant’s Causewayはノーザンダンサー系、エンパイアメーカー、Kingmambo、Fusaichi Pegasusはミスタープロスペクター系である。Tapitはミスタープロスペクターの3 x 4という血統構成である。

これは10年前から変わらない傾向である。アサティス、ポリティッシュネイビー、アジュディケーティングというノーザンダンサー系、スマコバクリーク、キンググローリアス、ジェイドロバリーというミスタープロスペクター系の種牡馬らが、当時も高いAEI(アーニングインデックス)を示していた。北米血統の日本のダート競馬における強さを物語っているといえるだろう。

もしこれら8頭の種牡馬を父に持つ、隠れたダート血統の産駒たちがダート競馬に出走してきたときには、ぜひ注目してみたい。ランキング上位に来る種牡馬の産駒ではないので、意外や人気の盲点になっていることが多い。また、それまでは芝をずっと走ってきてはいてもが、実はダートの鬼であり、たとえばファリダットやセイクリムズンのように、ダート競馬に転戦した途端に連勝街道を歩み始める可能性を秘めている馬たちでもあるのだ。

(第12回へ続く→)

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第10回

芝とダートでのAEI(アーニングインデックス)を比べると、より詳細にダート血統の種牡馬を理解することができる。

AEI(アーニングインデックス)とは、種牡馬の成績を示すひとつの指標である。獲得賞金の順ではなく、産駒の1頭あたりの獲得賞金の比率を表したものである。ある種牡馬の産駒の1頭あたりの獲得賞金の比率は、以下の式にて求めることができる。

産駒の総獲得賞金        全出走馬獲得賞金
────────   ÷   ──────────
産駒の出走頭数            総出走頭数

1を基準として、1より大きい場合は産駒1頭あたりの獲得賞金が平均より多く、1より小さい場合は産駒1頭あたりの獲得賞金が平均より少ないことを表す。種牡馬の偏差値のようなものと考えてもらえば良いだろう。産駒が少なければどうしても獲得賞金も少なくなるが、その産駒たちが確実に走っていればAEI(アーニングインデックス)は自然と高くなる。極端に高い数値を示すこともあるが、出走頭数の母数が少ないからであって問題はない。

ダート(地方含む) AEI(アーニングインデックス)
1、キングカメハメハ  2.73(芝1.84)
2、ゴールドアリュール 2.17(芝1.02)
3、クロフネ 1.86(芝1.71)
4、シンボリクリスエス 1.62(芝1.06)
5、フジキセキ 1.53(芝1.17)
6、サウスヴィグラス 1.89(芝0.30)
7、ネオユニヴァース 1.40(芝0.76)
8、アグネスデジタル 1.71(芝0.63)
9、ブライアンズタイム 2.31(芝0.77)
10、スペシャルウィーク 2.19(芝0.75)

当たり前ではあるが、ダートのサイアーランキングのトップ10に入るような種牡馬は、芝よりもダートでAEI(アーニングインデックス)の数値が上がっている。特にゴールドアリュールやサウスヴィグラス、アグネスデジタル、ブライアンズタイム、スペシャルウィークの5頭は、1以上数値を上げている。サイアーランキングだけでは分からなかったが、スペシャルウィークがこれほどダートに偏った血統であり、クロフネはダート血統のように見えて意外やそれほどでもない。

スペシャルウィークの産駒に関しては、大きく産まれる馬が多いことがひとつの理由として考えられる。馬体重が重く、芝で使うと脚元に負担が掛かるため、あえてダートを使っている馬が多いのではないだろうか。血統的にはダート向きとは思えないが、そういった意味ではダートで本領を発揮している以上、スペシャルウィークもダート血統の種牡馬と考えることができる。逆に、クロフネはダートで強いイメージが先行しているが、芝でも同様に高いAEI(アーニングインデックス)の数値を示しており、芝で使って来た時こそが狙い目の種牡馬ではないだろうか。

また、ブライアンズタイムのように、かつては芝でもG1ホースを出したことのある種牡馬であっても、年齢を重ねることによって、産駒がダート向きに変わってゆく傾向がある。潜在的にそういう傾向があったことは間違いないのだが、それ以上に、種牡馬としてのピークを過ぎてしまったことで、産駒にスピードや瞬発力を伝えられなくなってきていることが大きい。同じ種牡馬でも、年齢によって産駒の傾向が変わってくることがあることも覚えておきたい。

(第11回へ続く→)

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第9回

「ダート血統」という言葉がある。ダート競馬に向いた血統ということだが、もう少し分かりやすく言うと、芝よりもダートの競馬でこそ走る血統ということである。前述したとおり、中央競馬におけるレース体系は、芝のレースが中心に構成されている以上、ダート血統はどうしても副次的な意味合いが強い。最初からダート競馬で活躍できる血統を狙っていたわけではなく、いざ産駒が走ってみたら、芝よりもダート競馬で強さを発揮する馬が多かったということである。

産駒からダートに無類の強さを誇る馬が出てくると、生産者も馬主も調教師もダートで強い種牡馬(血統)であることを意識するようになり、ダート色の強い繁殖が集まるばかりか、産駒の行き先が中央だけではなく地方競馬にも生まれ、ダート戦に使われる回数がますます多くなる。そこでさらにダート競馬での実績を積み上げることで、良くも悪くも、ダート血統としての評価が定着していくのだ。

そうしてダート血統としての評価が定まった種牡馬の産駒を見てみると、やはりというか、「走法」や「体型」から「気性」に至るまで、ダート馬の特徴をはっきりと認めることができる。前肢を上に持ち上げて、叩きつける、いわゆる前肢のかき込みが強い「走法」であり、前躯(胸前から脇まで)の筋肉が発達している「体型」であり、砂を被ってもひるまない、向こうっ気が強い「気性」である。全てを兼ね備えている場合もあるし、どれか一つだけでも卓越している場合もある。

それでは、「ダート血統」について具体的に論じていきたい。どの種牡馬が「ダート血統」の種牡馬かを見分けるには、芝とダートでの産駒の成績を比較してみるとよい。「ダート血統」が芝よりもダートの競馬でこそ走る血統ということであれば、芝よりもダートでの成績が良い馬が「ダート血統」の種牡馬である。比べ方は様々あるのでどれが正しいとは決め付けられないが、最も簡単な方法は、芝とダートにおけるリーディングの順位を比べること。もう少し詳細に見ていく方法なら、芝とダートでのAEI(アーニングインデックス)を比べることである。

まず、2012年7月8日時点での中央競馬における芝とダート別のサイアーランキング(10位まで)を見てみると、以下のとおり(詳しくはJBISサーチを参照)。


1、ディープインパクト
2、キングカメハメハ
3、ステイゴールド
4、ダイワメジャー
5、ハーツクライ
6、シンボリクリスエス
7、マンハッタンカフェ
8、クロフネ
9、フジキセキ
10、サクラバクシンオー

ダート(地方含む)
1、キングカメハメハ
2、ゴールドアリュール
3、クロフネ
4、シンボリクリスエス
5、フジキセキ
6、サウスヴィグラス
7、ネオユニヴァース
8、アグネスデジタル
9、ブライアンズタイム
10、スペシャルウィーク

パッと見て、芝とダートのサイアーランキングに大きな違いがある。まずダートにおいてはディープインパクトの姿がどこにも見当たらない。それに対して、キングカメハメハは実は芝(2位)だけではなくダート(1位)でも走る血統であることが分かる。そして、ゴールドアリュールは芝の26位に対してダートはいきなり2位に浮上するように、明らかにダートでこその種牡馬である。クロフネは芝(8位)→ダート(3位)とまるで現役時代の走りをなぞるかのように、芝でも十分に走るがダートでは滅法強い。現役時代のことを考えると、シンボリクリスエスやフジキセキがダートで順位を上げているのは不思議であるが、これは血統のなせる業なのだろう。

サイアーラインキングの順位から、これぞ「ダート血統」という1頭を挙げるとすれば、サウスヴィグラスを置いて他にはいない。芝が74位に対して、ダートが6位と、なんと68頭もぶっこ抜いてトップ10にランクインしている。出走頭数の違いはあるにせよ、ダートで129勝を挙げているのに対して、芝ではわずかに1勝のみ。もし競馬の世界が芝だけのレースであったとしたら、サウスヴィグラスの血は永遠に淘汰されてしまっていたことだろう。ネオユニヴァース(芝14位→ダート7位)やスペシャルウィーク(芝19位→ダート10位)は意外とダートに強い血統であることが分かるし、アグネスデジタル(芝38位→ダート8位)やブライアンズタイム(芝34位→ダート9位)はダートでこそ狙い目である。

(第10回へ続く→)

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第8回

ダート馬の競走生活は長い。その長さは、芝で走るよりもダートの方が肉体的な(特に脚元に対する)負担が少ないことに理由がある。硬い馬場で激しいスピードレースを強いられる芝コースの競馬では、馬の走る能力が高ければ高いほど、どうしても故障の危険にさらされてしまう。実際に脚元を傷めてターフを去る馬もいるし、故障のリスクを考えて少しでも早く引退してしまう馬もいる。ダート馬はいくら強くてもなかなか種牡馬になれないという実状も加わって、ダート馬の競走生活は自然と長いものになってゆく。

もうひとつ、ダート馬の競走生活が長いことの理由としては、前述したように、ダート競馬では経験が問われる割合が大きいということが考えられる。ダート競馬に適応するために経験が必要ということは、強くなるためにはさらなる経験が必要ということになる。芝からダートに路線変更をして、いきなり結果を出し、頂点まで登り詰めてしまうアグネスデジタルのような馬は稀であり、ほとんどは下級条件からレースを重ね、あらゆるレースを経験して、ダート競馬における走りを習得してゆく。だからこそ、芝の競馬に比べて、ダート競馬では年齢を重ねた馬が活躍するケースが非常に多い。スピードやスタミナだけではなく、レース経験がモノを言うのがダート競馬なのだ。

ミスタートウジンというダート馬がいた。父ジュニアス、母父ジルドレ、半兄に鳴尾記念やダイヤモンドステークスを勝ったミスターシクレノン。私が競馬を始める少し前から走り始め、それ以降の10年間、結局、15歳になるまで走りつづけた。99戦11勝。惜しくも100戦には届かなかったが、当時オープンであった平安SやガーネットSをなんと8歳にして勝利した。驚くべきは、9歳になったときの帝王賞で、15番人気ながらも2着に突っこんだ。私の周りのミスタートウジンファンが狂喜乱舞したのを今でも覚えている。非常にタフで競走意欲が旺盛、年齢を重ねるにつれ、ますます強くなっていった名馬であった。

競走生活が長いということは、それだけ競馬ファンにとっても愛着が深いということだ。私は熱狂的なミスタートウジンファンではなかったが、レースに出走してくると、その一挙手一投足に注目せざるを得なかった。強くなっていったところも、全盛期の走りも、そして衰えていく姿も、全て見ることができたという感触がある。彗星の如くターフに現れて、華々しい活躍をして、すぐに引退してしまう名馬もいるが、本当の意味で競馬ファンの記憶に残るかどうかは疑わしい。私たちは同時代にその走りを共有したという体験を通して、まるで自分が走ったかのようにその馬のことを身体で覚えているものだ。競馬ファンと共に走り続け、いつまでも記憶に留まる個性的なダート馬の出現を、これからも願ってやまない。

(第9回へ続く→)

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第7回

Dirtkeibanotanoshimi07

日本の競馬やサラブレッドの生産が日本ダービーを最大目標として行なわれることが多い以上、最初からダートで走ることを目的として生産され、調教される馬は少ない。だからこそ、芝ではなくダートを使い始めるときには、少なからず理由がある。前述したマヤノトップガンのように脚元に不安があったり、またはホクトベガのように芝では勝ち切れなくなってしまった馬がダートに下ろされることが多いのだ。そこで初めてダート競馬に対する適性が見出されるというケースもある。

このように使い出しの理由は様々ではあるが、ダートで走るようになる馬にはある共通点がある。それは馬がダート向きの身体になってゆくということだ。ダートを使うにつれ、前肢の付け根や脇の部分に筋肉がついてきて、首差しや肩先に重厚感が出てくる。そして、前駆だけではなく、トモにも筋肉がついて、芝を走っていた頃とはまるで別馬のような馬体になるのだ。

身体だけではなく、レースの流れにも対応できるようになる。芝のレースは、スタートしてから道中はできるだけ脚をためて(ゆっくり行って)、最後の勝負所で爆発させる(スピードを一気に上げる)というレースになることがほとんどである。緩急のあるレースということだ。それに対し、ダートの競馬はスタートからガンガン飛ばしていって、道中でペースが極端に緩むこともなく、最後はどれだけ踏ん張れるかというレースになりやすい。そういう流れの変化の中で、どう走るのが良いのか馬が覚えてくるということである。

変化に対応するという点において、最たるものはコーナリングであろう。芝とダートでは、脚の引っ掛かり方が全く違う。ダートは小回りで、かつ砂が流れるため、馬の脚も外に流れてしまうのだ。コーナーを回ろうとして脚を踏ん張るとき、砂と一緒にどうしても脚も外に流れてしまう。これは芝では絶対にないことであり(芝が剥がれでもしない限り)、脚が外に流れるような馬場でもスピードを落とさずに回ってくるためには、馬にある程度の実戦での経験が必要とされるのだ。

だからこそ、どれだけ走る能力の高い馬であっても、初めてのダート戦は割り引いて考えるべきである。このことを痛感させられたのは、2010年のフェブラリーSである。このレースには、ダービー2着馬のリーチザクラウンや高松宮記念とスプリンターズSという両スプリントG1を制したローレルゲレイロ、スワンSや毎日王冠を勝ち、マイルCSで2着した実績のあるスーパーホーネット、そして、前走の東京新聞杯を快勝してきたレッドスパーダと、芝コースで実績のある馬たちが勢揃いした。どの馬もダートでの経験は全くなかったが、未知の魅力があることも手伝い、レッドスパーダは3番人気、リーチザクラウンは4番人気に推されたのだ。

しかし、勝ったのは前年のJCダート馬であるエスポワールシチーであり、以下、テスタマッタ、サクセスブロッケン、ケイアイテンジン、グロリアスノアと、歴戦のダート馬たちが掲示板を独占した。芝コース実績組の中で最も先着を果たしたのはローレルゲレイロの7着で、リーチザクラウンは10着、レッドスパーダは12着、スーパーホーネットは15着と大敗を喫してしまった。レッドスパーダの走破タイムは1分38秒4であり、前走の東京新聞杯を1分32秒1で走った馬とは思えない負け方であった。芝とダートは全く別ものであり、レースの流れからコーナリングの方法に至るまで、ダートに適応するためには経験が必要であることを改めて知らさせられたレースであった。

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第6回

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ダート馬と芝馬の特徴には大きな違いがあるが、ダート馬の特徴を持っているからダートのレースへ、芝馬だから芝のレースへという単純なことではない。特に、ダートのレースに出走する馬には、その時々の事情があることが多い。たとえば、本当は芝でこその馬なのだが、脚元に不安があったり、体が出来上がっていなかったりして、当面はダートを使うという馬もいるということである。

マヤノトップガンは新馬戦から7戦目までをダートのレースに出走した。のちに菊花賞を制し、天皇賞馬に登り詰めた馬が、ダートの1200m戦を6回も走ったのである。なぜそこまでマヤノトップガンがダートにこだわったのかというと、ダートに向いていると思われていたからではなく、脚部にソエの症状が見られていたからである。陣営が大事をとってダートのレースを走らせていたわけだが、やはり勝ち上がるのに4戦を要してしまった。しかし、もしあの時点で芝を使っていたとしたら、マヤノトップガンの力を発揮できるようになる前に怪我をしたり、もしかするとターフを去らなくてはならないようなアクシデントに見舞われていたかもしれない。結局、ダートでは7戦して2勝しかできなかったが、その後の芝での活躍の礎となった時期であることは間違いない。

マヤノトップガンように、たとえダート戦を走っていてもダート馬ではない馬もいることに注意したい。こういった馬は、脚元が固まったり、もしくは体が出来上がったりして、芝のレースに出走してきたときこそが狙い目である。ダート馬だと思いきや、芝のレースに路線変更した途端、まるで別馬のように走り出す馬もいる。そういった馬を見出すためにも、「走法」と「体型」、「気性」というダート馬と芝馬の特徴の違いを知っておくべきなのである。

反対に、今は芝を走っているけれど実はダート馬ということもある。よほどのダート血統でなければ、馬主も調教師もまずは芝のレースを使ってみようと考えるため、このようなケースが起こりえる。たとえばアンタレスSを連覇したゴルトブリッツは、デビューから7戦は全て芝のレースに出走した。結果、1勝もすることができずに地方競馬に移籍となり、そこで2戦2勝するや(しかも圧勝)、ダートでの素質が見出され、中央競馬へと再入厩となった。厩舎が変わったたこともゴルトブリッツの成功の要因のひとつであることは確かだが、何よりもダートがこの馬には合っていたということである。血統的に見ると、父スペシャルウィークかつディープインパクトの近親でもあり、芝でこそと考えるのは自然であろう。それでも走ってみると実はダートの鬼であった。ゴルトブリッツの場合は、偶然にも地方競馬で走ったことが幸運を呼んだのだろうが、芝のスピードについて行けない、もしくはラストの切れ味に欠けるからダートを使うという理由でダートを走ってみたら、実は大化けしたという例は枚挙に暇がない。

この馬は今ダートを走っているけど実は芝の方が向いている、または今は芝を走っているけどダートで走ったら相当に強いだろうな等、想像を膨らませながらレースを観るのも競馬の楽しみのひとつである。

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第5回

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最後に、ダート馬と芝馬の3つ目の違いは「気性」である。どういう気性の馬がダート競馬に向いているのかというと、砂を被ってもひるまない、向こうっ気が強い馬である。芝のレースであれば、たまに前の馬によって掘られた芝と土がまとまって飛んでくる程度だが、ダートのレースになるとそうはいかない。蹴り上げられた砂が常に前から飛んでくる状態である。実はかなり痛く、それに耐えなければならないのだ。砂を被るのを嫌がったり、首を上げて避けようとする素振りをするような馬では到底勝ち目はない。

元々、砂が顔に当たってもビクともしない気性の馬もいるし、また初戦は戸惑ったり嫌がったりしたとしても、2戦目からは慣れてきて、我慢が利くようになる馬もいる。そういった意味では、ダート競馬を走った経験は重要であることが分かる。たとえダート競馬向きの体型や走り方をする馬であっても、初戦は砂を被ることを嫌がって、思わぬ大敗を喫してしまうことだってある。またこれは珍しいケースであると思うが、砂を被った方がやる気が出るという馬もいるという。普段はぼんやりした馬がダート競馬に行って砂を被った途端に、闘争心に火がついて走るようになるのだ。

「走法」と「体型」、「気性」がダート馬と芝馬を大きく分けていることが分かった。それでは、芝を走った名馬の中でも、もしダートを走ったら強かったという馬はいるだろうか。真っ先に思い浮かぶのは、やはりグラスワンダーだろう。朝日杯3歳Sをレコードで制し、有馬記念を連覇、さらに宝塚記念を勝ち、ワンダーホースと言われた名馬である。典型的な前肢を上に持ち上げて、叩きつけるような走法であり、前肢のかき込みが異常に強かった。アメリカ産馬らしく、体型的にもコロンとして映るほどに筋骨隆々で、パワーに溢れていた。気性的に砂を被ったらどうかだけは分からないが、闘争心の塊のような馬だったので、それぐらいで滅入ってしまうことはなかったはずである。

個人的には、スペシャルウィークがあっさりとねじ伏せられた宝塚記念が記憶に鮮明に残っている。グラスワンダーが前走の安田記念でエアジハードにまさかのハナ差負けを喫していたのに対し、スペシャルウィークは古馬になって本格化し、前走の天皇賞春を完勝して臨んできた。勢いのあるスペシャルウィークが1番人気に推されたのは当然のことだった。しかし、グラスワンダーは終始絶好の手応えで道中を走った。グラスワンダーの肉体から的場均騎手の手綱に伝わってくる力強い感触が、観ている私にも伝わってくるようであった。勝負所でグラスワンダーが仕掛けると、スペシャルウィークはスッと離されてしまい、もうついて行くだけで精一杯となった。最後の直線では、的場均騎手の肩ムチが一発飛んだだけで、あっという間に後続を3馬身突き放してフィニッシュした。

今から思えば、グラスワンダーは力の要る重い馬場に滅法強かったのである。レコードが出るような絶好の良馬場よりも、他馬が苦にするような荒れ馬場でこそ本領を発揮したのだ。シーズンオフに最も近い有馬記念や宝塚記念が行なわれるころの中山や阪神の馬場は、季節的なことや開幕最終週ということもあって馬場が傷んでいることが多いのだ。ダート馬の特性からはほど遠いスペシャルウィークを、ダート馬の要素に富んでいるグラスワンダーが2度もグランプリレースで負かしたのは決して偶然ではない。そう考えると、グランプリホースと呼ばれるような馬は、ダート競馬でも活躍できる特性を持ち合わせていると言ってもよいのではないだろうか。

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第4回

ダート馬と芝馬では体型が違う。骨格から筋肉の付き方に至るまで、砂の上を走るのに適した馬体と、ターフの上を走るのに適したそれとは異なるのだ。ダート馬は前肢のかき込みが強くなければならない以上、前躯(胸前から脇まで)の筋肉が発達していることが求められる。ダートでは芝に比べてパワーが問われるため、馬格があって(馬体が大きくて)、マッチョな馬が向いていることは確かなのだが、特に前躯の筋力の強さが重要なのである。

私の知る限りにおいて、最も前躯の力が強そうだと感じたのはアブクマポーロという馬であった。東京大賞典や川崎記念、帝王賞などの地方のダートG1をほとんど総なめにして、中央にも殴りこみをかけたダートの鬼である。特に7歳になってからは凄みを増して、向かうところ敵なしの6連勝で圧倒的なパワーを見せ付けた。海外遠征も視野に入ってきた8歳の川崎記念の返し馬が圧巻であった。私は現地(川崎競馬場)でアブクマポーロの肉体を目のあたりにしたのだが、恐ろしさすら感じさせる馬体であった。もしダンベルを持ち上げさせたら、どれだけ重くとも持ち上げてしまいそうだなと思ったものだ。そして、実際のレースにおいて、最後の直線に向いて、並ぶまもなく他馬を抜き去る様は、まさにパワーの違いを見せ付けたという表現がぴったりとくるだろう。あのときの衝撃は今でも忘れられない。

アブクマポーロのような、いかにも筋骨隆々な馬体であれば分かりやすいが、筋肉の強さは見た目だけでは分からないこともある。たとえば、サンデーサイレンス直仔の中でも、ゴールドアリュールは自身もダートを得意とし、さらに産駒からもスマートファルコンやエスポワールシチー、シルクフォーチュンなどのダートの鬼を出している。彼らに特徴的なのは、決していかにもダート馬というマッチョな馬体ではないということだ。ゴールドアリュール自身もそうであった。パッと見ると、芝でも走られるのではないかと思わせるほど、スマートな馬体である。それでも彼らはダートでこそ恐ろしいほどの強さを発揮する。

それは前躯の筋肉が異常に強いからである。見た目以上に、筋肉の質が良く、パワーがあるのである。人間でいうところの上半身の筋肉が以上に発達しているということだ。格闘技をやっている人ならなんとなく分かるはずだが、外見からは分からなくても、組んでみると恐ろしく筋力が強いという人がいる。ゴールドアリュールはまさにそのタイプであり、上半身の強さ、つまり前躯の筋肉の質や発達の良さが産駒にも直接に遺伝しているのだろう。見た目だけでは分からない筋肉の強さがあるのである。

対して、筋肉の柔軟性という点においては、芝を走る馬は筋肉が柔軟であることが求められるが、ダートでは芝ほどに柔軟でなくともよい。まれに筋肉の柔軟性と強さを併せ持っている馬もいるが、ほとんどの馬たちはどちらかに偏っている(もしくはどちらもない)ことが多い。ダートを走る馬は筋肉の柔軟性よりも、筋肉の強さが求められるのである。

それ以外の馬体的な特徴を挙げてゆくと、ダート馬の蹄は小さく、立っているほうが良いという説がある。なぜかというと、ダートコースでは着地するときに馬の脚が砂の中に沈むので、脚を抜くときに蹄が小さく立っているほうが砂から受ける抵抗が少ないというわけだ。いかにもと思わせられるのだが、実際には蹄が大きくてもダートで走っている馬はたくさんいる。同じことが、ダート馬は繋ぎが短い方が良いとされている説にも当てはまる。それほど大きな影響があるとは思えず、ダートを走るための絶対条件ではない。


最後の直線におけるパワーの違いを見よ!


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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第3回

ダートで強い馬は芝でも走るとは言っても、カリブソングのような馬はごく稀であることを知ったのは、のちのことである。それはダート馬が芝で走っている馬より弱いということではなく、ダートと芝のレースはやはり全く別のものだからである。たとえが正しいかどうか分からないが、テニスでいうと軟式と硬式ぐらい、格闘技でいうと立ち技系と寝技系ぐらい別ものなのである。どちらのジャンルもこなしてしまうプレイヤーが出現することも稀にあるが、あくまでも例外的な存在でしかないだろう。ほとんどの馬にとっては、ダートか芝か、どちらかに適性が寄っているはずである。

それでは、ダート馬と芝馬を分けるものは何であろうか。なぜダートを走る馬は芝も走ると言い切れないのか(またその逆も然り)。同じサラブレッドであるのに、どこが違うのか。ダート馬の特徴を見ながら、まずはそこから考えていきたい。

ひとつ目の違いは走法である。ダート馬と芝馬では走り方が違う。なぜかというと、当然のことながら、馬場が全く違うからである。現在、ダートコースには路盤の上に約9cmの厚さの砂が敷かれている。馬が砂の上を走るとき、着地の衝撃と馬自身の体重の重みで、脚は砂の中に沈む。砂の厚みが9cmに設定されているのは、馬が着地したときに、ちょうど蹄の先が路盤に引っ掛かるもしくは引っ掛からないぐらいにするためである。つまり、ダートコースに着地しているとき、馬の脚はいつも9cmぐらい砂の中に浮いている(埋まっている)ことになる。

このことがダートでの走り方に大きな影響を与える。ダート馬と芝馬の走法の違いを比べてみると明らかである。ダート馬は前肢を上に持ち上げて、叩きつけるような走法が要求される。いわゆる前肢のかき込みが強い馬ということである。対して、芝馬は後ろ肢のキック力を活かして前に進み、前肢は払うように前に伸ばす、車でいうと後輪駆動の走法が求められる。

なぜ芝では後ろ肢のキック力が必要で、ダートでは前肢のかき込みが重要かというと、ダートでは脚が砂の中に深く沈むので、前肢を投げ出すような走り方ではうまく走れないからである。そうなると前肢が伸びないので、一完歩の大きさは必然的に小さくなり、ピッチ走法で走ることになる。芝馬はその逆で、前肢を出来るだけ伸ばして一完歩の大きさを伸ばすことによって、より速く走ることができる。前肢か後ろ肢か、主に身体のどこを使って走るかで、一完歩の大きさまで変わってくるということだ。ダート馬と芝馬では走法がまず違うのである。

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前肢は払うように前に伸ばすマンハッタンカフェの走法

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前肢のかき込みが強いメイセイオペラの走法

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第2回

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ダート競馬の歴史を振り返ってみると、中央競馬にダートが登場したのは1961年のこと。もともとは芝コースを保護する目的で導入され、芝が冬枯れしてしまう時期や芝が育つシーズンには、芝の代用品としてダートで競馬が行なわれた。特に下級条件のレースで、多くのダート競馬が実施された。導入当初はアメリカの競馬を参考にしてダート(土)を使っていたが、雨の多い日本では水はけの悪いダート(土)は管理が難しく、結局のところ、管理がしやすい今の砂主体のダートに取って代わられた。

ダート競馬が誕生した経緯を考えると、中央競馬から競馬を始めたファンにとっては、芝を走らない馬がしょうがないからダートへ行く、といったイメージを払拭するのは難しいだろう。長きにわたって実際にそうであったし、格の高いレースが芝を中心に構成されている以上、芝のレースを目指して生産され、調教され、レースを使われる馬が多いのは当然である。しかし、私にとって、意外にもダート競馬は芝よりも格下ではなかった。格上とまでは思えなかったが、少なくとも芝と同列ぐらいのイメージを持ちながら、ダート競馬を楽しむことができたのだ。

それは前回も述べたように、ダートがメジャーな存在であることに気づかされたという理由もあるのだが、もっと原初の記憶を探っていくと、ある馬との出会いが私のダート競馬観に大きく影響を与えたと言ってよいだろう。

その馬とは、カリブソングという、ダートと芝の両方で活躍した名馬である。マルゼンスキーを父に持つカリブソングは、私が競馬を始めたちょうど1990年にダートで頭角を現した。3連勝でガーネットS(当時オープン)を勝つと、フェブラリーH(当時G3)をも制し、秋にはウインターSこそナリタハヤブサに負けたが、2連勝してダートの鬼として活躍したのである。インパクトのある名前とダートでの比類なき強さが共鳴し合って、いつの間にか、私はカリブソングのファンになっていた。カリブソングは土曜日の競馬中継のメインレースに出走することが多く、その走りを目に焼き付ける機会も多かった。レース実況でカリブソングの名前が呼ばれると、競馬好きの友人と「カリブの歌が聞こえてきた!」とテレビの前で叫びながら、興奮して応援していたことを思い出す。

翌年の1991年、カリブソングはダートから芝のレースに転向した。59kgの斤量を背負った金杯をあっさり制すると、AJCCでの2着をはさみ、目黒記念ではなんと60.5kgの酷量をものともせずに勝ってしまったのだから、驚きを隠せなかった。この時、まだ競馬を始めたばかりであった私はこう考えた。ダートで強い馬は芝でも強い。たとえば重いバットを振って練習しているバッターが軽いバットに持ち替えたようなもので、カリブソングのようにダートで滅法強い馬は芝でも強いのだと考えたのである。カリブソングとの出会いが、ダート馬はサラブレッドとしては2線級だという呪縛から私を解放してくれたのだ。

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集中連載:「ダート競馬の楽しみ」第1回

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ダートは芝よりもメジャーな存在である。と言うと、驚かれる方もいるかもしれないが、本当にそうなのである。日本全国で行なわれている年間の芝レースの数、およそ1600に対し、ダートレースはおよそ25000、と桁が違う。中央競馬がイギリスを手本としてレース体系をつくっただけに、ダートは補完的な存在にすぎないという考えがどこか私たちの中にあるが、レース数の多さという点では、実はダートは芝よりもメジャーな存在であると言っても過言ではない。

そのことに私が気づいたのは、競馬を始めてから3、4年目の地方競馬に足繁く通うようになった頃。週末の中央競馬だけでは飽き足らず、平日にも競馬を楽しめないものかと考えたところ、最も身近なところに大井、川崎、船橋、浦和競馬場があった。平日は南関東4場を回って、土日は中央競馬というヘビーローテーションな競馬生活を続けていると、ふと自分がダートのレースばかり見ているような気がした。よく考えてみると、実際に私が楽しんでいたのはほとんどダートのレースであり、週末になると芝のレースがたまに登場したにすぎなかった。つまり、日本で恒常的に競馬を楽しもうとすれば、ダート競馬が中心になるのは当然のことなのだ。

さらに日本全国に目を向けると、津々浦々の地方競馬場でダートのレースが行なわれていることが分かる。今こうしているうちにも、地方競馬場のどこかでサラブレッドが砂を蹴って走っている。地方に旅行や出張に行く際には、必ずや近くに競馬場がないかどうか調べ、自由になる時間があれば寄ってみたい、そう思うのは競馬ファンの常であろう。私も高知に旅行すれば高知競馬場に赴き(どちらかというと競馬がメインだが)、大阪に出張すれば園田に足を運んでみる。そうして行く先々の競馬場で楽しめるのもまた、ダート競馬なのである。

そして、私にとってダメ押しとなったのは、1年間に及ぶアメリカへの留学である。詳細はここでは書かないが(極めて個人的なことなので)、私は競馬歴が6年目となる時期に、アメリカのサンフランシスコに渡るという幸運を得た。当時はシガーという馬が圧倒的な強さで大レースを勝ち続け、アメリカ競馬の話題の中心となっていた。サンフランシスコでの生活に慣れるや、私はベイメドウズという競馬場に通い始めた。もちろん、馬場はターフではなくダート。アメリカの競馬では、それまでの私のダート競馬に対する認識が覆されるほど、スピード感に溢れる、激しい闘いが繰り広げられていた。私がダート競馬に魅了されたのは言うまでもない。

度重なる偶然、もしくは必然のおかげで、それまでに慣れ親しんだ芝のレースと同じぐらい、私はダート競馬が好きになった。そういった私の心境の変化と共に、時代も大きく変化していった。「開放元年」と呼ばれた1995年には、多くの中央地方指定交流競走が設けられ、東京大賞典などの地方の大レースにも中央馬が出走できるようになった。「激しい場所には芝は生えない」というキャッチコピーが生まれたのも、たしかこの頃。ライブリマウントが地方の競馬場で勝ちまくり、ホクトベガが18馬身差の圧勝で競馬ファンの度肝を抜いたエンプレス杯は今でも記憶に残っている。芝とダートは全く別物であり、ダート競馬にはダート競馬の楽しみがある。そう私は悟ったのだった。

(第2回へ続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」最終回

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■ビリーの教え
ビリーとの別れは突然にやってきた。アメリカに来てあっという間に1年が経ち、そろそろ日本に戻らなければならない日が近づいていたのだ。正確に言うと、私にとってはだいぶ前から分かっていたことだが、ビリーには打ち明けられずにいた。競馬場に行けば、ビリーやその仲間たちは、まるで私が永遠にそこにいるかのように接してくれたし、私もこの空間にずっといたいとさえ願ったこともあった。違う国で生まれ育ち、社会的なバックグラウンドも全く異なる私たちが、同じ競馬を見て一緒に興奮して感動する。そこには競馬の原点のようなものがあった。それでも、私は日本に帰らなければならなかった。

「I gotta go.」(行かなければ…)

私はついに切り出した。間髪入れずに、「To where?」(どこに?)とビリーは返してきた。

「Japan.」

私が答えると、長い沈黙が流れた。しばらくして、ビリーは私の目を見ながら、「I miss you.」(君がいなくなるとさびしいよ)と言ってくれた。私も無意識のうちに、「I miss you too」と言葉が出た。

まるで英語の教科書に出てくるようなやり取りだが、私にとっては、つい先ほどのことのように鮮明に思い出せるシーンである。言葉と言葉の間(ま)から、あの時のビリーの表情まで。10年以上経った今でも、地球上のどこにいても、私の頭の中で再生できる。

ビリーからはたくさんのことを学んだが、「パドックでは馬の身体ではなく心を見よ」という教えは、私の中に深く染み入った。パドックの見方が180度変わったと言ってよい。ビリーが伝えたかったことは、パドックという場所で私たちに分かることは、その馬の競馬(レース)に向かうにあたっての精神状態だということ。パドックで私たちは馬の発するメッセージを読み取らなければならない。そのためには、馬の行動や仕草がどういう意味を持つのかを知っておかなければならないのだ。それは決して簡単なことではない。

「あの馬を見てごらん、ほら、厩務員に甘えているだろう」とビリーがつぶやいた。私はビリーが目線を送った先の馬を見た。黒鹿毛の牝馬が、厩務員にもたれかかるようにして歩いていた。体は真っ直ぐに歩いていても、首はずっと厩務員の方を向きっ放しであった。よほど厩務員と仲が良いのだろうと思っていると、「いつもになく甘えている仕草をみると、今日は体調が優れないのか、競走に気持ちが向いていないね」とビリーは言い切った。

その言葉を聞いた瞬間、私に1頭の黒鹿毛の牝馬がパドックを歩いているシーンがフラッシュバックした。1995年の有馬記念のパドック。一線級の牡馬を差し置いて1番人気に支持され、私の大本命でもあったヒシアマゾンは、厩務員の小泉さんに妙に甘える仕草で歩いていた。アマゾネスと呼ばれた馬らしからぬ姿であった。歴戦の古馬たちに囲まれていたからこそ、余計にそう映ったのかもしれない。もうすでに馬券を買っていた私は、漠然とした不安を抱えながらも、その仕草を牝馬らしいと解釈することにした。

しかし、結果は凡走。スタートして1週目のスタンド前を走るヒシアマゾンの目はうつろであった。前走のジャパンカップでドイツの強豪ランドを最後方から追い込んだとき、力を出し尽くしてしまっていたのだろう。彼女は有馬記念のパドックからメッセージを送ってくれていたのだ。あのときは分からなかったが、今ならば分かる。分かってあげられる。それでもたぶん私は彼女の単勝を買ってしまうのだけれど。

(終わり)

*ずいぶんと途切れ途切れの連載になってしまいましたが、なんとか最後までたどり着きました。最後までお読みいただいてありがとうございました。

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集中連載:「パドックの見方を極める」第16回

Paddock15

■馬の感情も尻尾の動きに表れる
昨年末、我が家に犬がやってきた。トイプードルである。名前はチョコちゃんと子供が付けた。私自身、カメ以外の動物を飼うのが初めてなので、いささか緊張していたが、チョコちゃんは何とか私になついてくれたようである。今では、私が家に帰ると、皆はすでに寝ていて、迎えてくれるのはチョコちゃんだけという始末に(笑)。私が玄関のドアを開けると、尻尾を振って、飛びついてこようとするのだから可愛らしいことこの上ない。遊んでもらえる相手が帰ってきて嬉しいのだろう。

犬がそうであるように、馬の感情も尻尾の動きに表れる。とはいえ、馬が尻尾を振っているからといって、決して喜んでいるわけではない。むしろ、何か気になることがあるからこそ、尻尾を振っていることが多い。体調が良くなかったり、脚元に不安があったり、精神的に燃え尽きていたりと様々な理由が考えられるが、パドックを歩いている馬の尻尾が左右に何度も振られている場合、その馬はこれから行われるレースに対して集中できていないと解釈することができる。感情の乱れが、尻尾を繰り返し振るという行為として体現されてしまうということだ。

このように、尻尾を振る動き自体はマイナスにしか考えられないが、ひとつだけ例外もある。夏の競馬場のパドックで、馬が尻尾を振っている動きは問題とはならない。なぜかというと、ハエやアブを追い払っているからである。

またこれとは別に、牝馬がフケ(発情)になっている場合も尻尾を振る仕草が目立つようになる。それが何か気になるところがあるからなのか、それともフケなのか、見分けがつきにくいのは確かだが、牝馬がパドックで尻尾を頻繁に振っているようであれば、いずれにせよレースに行っての好走はあまり望めないということだ。

たとえば、昨年の秋華賞のパドックで、サンテミリオンの歩く姿が気になった方はいるだろうか。落ち着き払って歩くアパパネと比べ、サンテミリオンはしきりに尻尾を振って歩いていた。サンテミリオンに本命を打っていた私は、京都競馬場のパドックでひとり冷や汗を流していた。ブッツケの出走だけに仕上がっていなかったのだろうか、それとも初めての輸送が応えたのか。もしかすると、フケが出ているのかもしれない。フケは春に出やすいが、1年中出る牝馬もいるし、定期的に出てしまう牝馬もいる。あらゆるマイナス要素が頭に浮かんできて、私は絶望的な気持ちになったのだ。

レースでは大きく出遅れ、他の馬の走るペースに全く付いていくことができず、最後の直線に向いて巻き返すどころか、ズルズルと後退して行ってしまった。自分が本命を打った馬が、これだけ大きく凡走をするのは久し振りのことであった。もはやサンテミリオンは競走する状況にはなかったということである。オークスで激走した反動で体調が悪かったこと、初めての長距離輸送が応えたこと、もしかするとフケも出ていたのかしれない、ありとあらゆる全ての理由が絡み合っての凡走であった。そうでなければ、あそこまで大きく負けたりはしないだろう。

馬の感情は尻尾にも表れる。気持ちが安定している時は、尻尾の動きにも無駄がない。左右に大きく振り回されたり、変な動きをしたりもしない。もし尻尾を必要以上に動かしている馬を見つけたら、体調が良くないか、どこか痛いところがあるか、レースに集中できない(走りたくない)か、いずれかの理由があってものもかもしれない。尻尾を振ることによって、それを表現しているのだ。つまり、馬の精神面を読み解くためには、私たちは尻尾の動きにも注目するべきなのである。

(最終回に続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第15回

Paddock14_2■「鼻鳴らし」と「いななき」
音を発することは、言葉のない馬同士の交信には欠かせない行為であり、馬が発する音にはたくさんの種類がある。ただし、競馬場のパドックで読み取ることのできる音に限定すると、「鼻鳴らし」と「いななき」の2種類ではないだろうか。

まず、「鼻鳴らし」は危険を伝えるために使われる。口は閉じたままで、鼻に思い切りブワっと空気を送り込むことによって、鼻孔が振動してブルブルという音が0.8秒~0.9秒ほど持続する。「鼻鳴らし」をする馬は、好奇心と恐怖心の葛藤状態にある馬である。これから行動を起こす準備として自分の気管をすっきりさせると共に、群れの仲間に危険があるかもしれないという警告を発するのだ。また、雄馬が他の雄馬に挑戦するときにも鼻鳴らしは行われる。つまり、パドックで「鼻鳴らし」をしている馬を見たら、これから行われるレースに対して、興奮と恐怖を感じていると考えてよい。

もうひとつの「いななき」も、防御的な合図である。新馬戦のパドックでいなないている若駒をよく見かけるが、あれは初めての場所に連れてこられて、不安で仕方ないからである。不安な気持ちが昂ぶって、「誰か~!」と叫び出したくなった経験は私たちにもあるのではないか。また、相手に対して、やめないと報復を受けることになるぞ、というほのめかしにもなる。いななきが高く、しかも大きくなるにつれ、「やめろ!」という攻撃的な意味が強くなる。

マイルCS、安田記念、スプリンターズSなどG1レースを5勝し、20世紀最強のマイラーとの誉れ高いタイキシャトルは、パドックでいななく癖があった。パドックに現れた瞬間に、高く大きくいななき、それから周回を始めるのだ。ライオンのような風貌でもあり、あれだけの圧倒的な強さを誇っていた馬だから、まるで百獣の王がレース前に「オレが王様だ!」と一喝しているようであった。フランスのジャック・ルマロワ賞では、直前で蹄鉄が外れるというアクシデントで人間がパニックになっていたところ、タイキシャトルがいつもどおりパドックの入り口でいなないてくれたことで、陣営は我に返ることができたという逸話もあるほどだ。

ただし、タイキシャトルのように他馬を威圧するいななきを発する馬は稀である。ほとんどの馬は極度の興奮や不安を抑え切れずにいなないてしまう。「鼻鳴らし」と同じことだが、その馬の精神的な弱さや若さが、音を発するという形で現れてしまうということである。だからこそ、私は鼻鳴らしをする馬やいななく馬の馬券を買うことはまずない。

(第16回に続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第14回

Paddock13 by Scrap

■興奮状態にある馬の特徴
「パドックでの馬は、どの馬も興奮状態にあります。興奮状態になるから力が入る。言い方を変えると、気が弱いから力が入るんです。逆に言うと、チャカついたりするのはもちろんですが、力強く見える馬というのは、弱いから強く見える。強い馬というのはそれを表に出しません。もちろん彼らも興奮しているのですが、それを抑えることができるのです」

私の尊敬する故野平祐二氏の、パドックにおける馬の興奮状態に対する弁である。実は、ビリーも全く同じことを言っていて、パドックであまり力強く見えるような馬はかえって危険であると。気が弱いからこそ、力強く見える。本当に強い馬は、それを表に出さずに抑えることができるのである。

パドックで力強さが前面に表れる部分のひとつは首であろう。人間は緊張すると自然と肩から首に力が入ってしまうように、馬も緊張すると首に力を入れて鶴首になる。鶴首というのは、文字通り、鶴が弓のように首を曲げるところに由来する。この首の形を気合が入ってきたと解釈することもできるが、ほとんどの場合、緊張していることから、余計な力が首に入ってしまっているだけである。過度に鶴首を保ち続けている馬をパドックで見かけたら、敬遠してしまって正解だろう。

逆に、パドックで好印象を受けるパドックでの首の使い方は、牧場で草を食む時のように、首を前方下に伸ばしたそれだ。リラックスしていないと、こういう首の使い方はできない。つまり、首に力強さを感じさせず、リラックスして歩けている馬を狙いたいということだ。

同じく、牡馬が興奮した時に起こる現象として“馬っ気”がある。ただ単に、発情して起こるだけではなく、馬が興奮して、その興奮に体が反応して起こるのだ。つまり、近くに牝馬がいない時でも起こりうる現象であり、体が生理的に反応してしまうぐらいの興奮状態にあると考えてよい。先日、天に召されたオグリキャップが、2009年に東京競馬場のパドックに姿を現した時、“馬っ気”を出していたのを覚えているだろうか。あれを見て、オグリキャップはまだまだ元気だなあ、とか言っていた人がいたが、そうではない。オグリキャップは久し振りに競馬場に連れて来られて、極限の興奮状態に陥り、体の一部が反応してしまったのである。

これも有名な話だが、パドックで“馬っ気”を出していたにもかかわらず、ジャパンカップを勝利したピルサドスキーというイギリス馬がいた。格調高い国際レースだというのに、激しく“馬っ気”を出しているピルサドスキーを見て、馬券を買い戻した競馬ファンも多かったという。そのせいか、BCターフやエクリプスS、愛チャンピオンSなどのG1レースを制し、凱旋門賞で2着した実績馬であるにもかかわらず、バブルガムフェロー、エアグルーヴに次ぐ3番人気で、単勝は460円もついた。ただし、ピルサドスキーのケースは例外であって、私が見た限りにおいて、パドックで“馬っ気”を出していて勝った馬はいない。

もうひとつ、パドックでボロ(糞)をするのも緊張している証拠である。「これだけ多くの人々の前でボロをするなんて、緊張感のないやつだなあ」と思われるかもしれないが、そうではない。私もお腹が弱い方なのでよく分かるのだが、競走馬も緊張しているからこそボロをしてしまうのだ。

このように、ちょっとした現象の中にも、馬の精神状態、つまり馬の心を読み解くカギが隠されているのである。

(第15回に続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第13回

Paddock13

■あくびをする馬
パドックであくびをしている馬を見て、図太い神経をした馬だなと思うことがあるだろう。何度かレースを経験した馬であれば、パドックを歩いているということは、この先、本馬場に出て、返し馬をして、いざレースが行われることを察知するのが普通である。そもそも、調教が強くなってきたことからレースが近づいていることを感じる馬もいるし、馬運車に乗ることで分かる馬もいる。サラブレッドは敏感な生きものなのである。にもかかわらず、これから極限の競走を強いられることを知ってか知らずか、パドックであくびをするなんて、ずいぶんとリラックスした精神状態である。

そんな時、私の友人が言っていた、あくびに関するひとつの説を思い出す。

「あくびって、眠かったり、退屈だったり、気持ちが緩んでいるから出るっていうのが俗説だよね。でも、俺はそれだけじゃないと思うんだ。あくびって、緊張を解くっていう効果もあるんじゃないかな。敢えてあくびをすることで、緊張を紛らわすというか、リラックスするというか。実際に、俺はそうしているし」

なぜこんな他愛もない会話を正確に覚えているかというと、友人がそれまでの話との脈絡なく唐突に話し始めたことと、さらにその内容のあまりの無意味さに驚いたからであった。だからどうなんだよ、別にどっちでもいいんだけど、と私は心の中でつぶやいたのだ。しかし、あれから9年が経った今でも覚えているということは、その内容には実は深みがあった(!?)のかもしれないし、少なくともパドックであくびをする馬を論じる際にネタとして使えたのだから、友人には感謝しなければならない。

パドックで馬があくびをしているのを見て、やる気の欠如と決め付けるのは早計である。もしかすると、パドックであくびをしている馬はやる気がないのではなく、緊張を紛らわそうと必死に抵抗しているのかもしれない。いや、そうに違いない。サラブレッドは私たちが考えるよりも遥かに敏感である。これから迫り来る恐怖に対する不安を乗り越えるために、意識的にせよ無意識にせよ、なんとかリラックスするためにあくびをしているのではないだろうか。

なんとも雲を摑むような話になってしまったが、私が言いたいことは、いずれにせよ、パドックであくびをしているような馬は買いたくないということだ。たとえやる気や緊張感がなくてあくびをしているのであれば、レースに行っての好走は望めない。そうではなく、極度の緊張状態をなんとか紛らわそうとあくびをしているのであれば、それはそれでレースにおいて力を発揮できるかどうか疑問である。

パドックであくびをしていることから想像できるのは、悪い結果だけである。

(第14回に続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第12回

Paddock12

■足音に耳を澄ませる
パドックで歩く馬の蹄の音に耳を澄ませたことはあるだろうか。蹄の音というよりは、蹄に装着された蹄鉄とパドックの路面がぶつかる音である。カッ、カッという鋭い音があれば、カポッ、カポッという鈍い音もある。ほとんど音が聞こえない馬もいるだろう。私たちはパドックに行くと、どうしても馬を観てしまうが、たまにはそれぞれの足音を聴いてみると面白い。

このことに気づいたのは、私が地方競馬に通っていた時代である。平日の地方競馬場に行き、第3、4レースぐらいのパドックに足を運ぶと、ほとんど観客がおらず、ゆっくりと静かに馬を観ることができた。私も最初は馬を観ていたのだが、静まり返ったパドックに鳴り響く馬の蹄の音が、どうしても気になって仕方なかった。

特に、カポッ、カポッという、お椀を返したような音を聴くと、その馬がこれから向かうレースで勝てる気が起こらなかった。なぜかと言うと、上手く説明するのは難しいが、どう考えても勝負とは無縁な音にしか聞こえなかったからであろう。サラブレッドというよりは、農耕馬が歩いているように感じたのかもしれない。実際に、カポッ、カポッという音を立てて歩いていた馬は、レースに行って走ったことがなかった。ほとんどの馬は人気薄であったが、たまに人気がある馬でもあっさり負けたりした。ある時から、カポッ、カポッという音を立ててパドックを歩く馬は走らないというジンクスは、私の中で確信に変わった。

今ならば、ある程度、その理由を説明できる。カポッ、カポッという音がするのは、蹄の外周部分が同時に着地するからである。たとえば、お椀を逆さにして、机の面に平行にして降ろしてみると、カポッと同じような音がするはずである。蹄の外周部分と地面が平行に同時に着くほど、その音は空気を含んだものになる。逆に、蹄の外周部分のどこかが先に着地すれば、カッ、カッという蹄鉄とパドックの路面との衝撃音だけ、もしくはほとんど無音に近くなるのだ。

なぜ蹄の外周部分が同時に着地するのが良くないかというと、それは歩き方の問題である。実は、現役のサラブレッドの多くは、つま先から着地するように歩く。それは速く走らなければならないという意識がそうさせる。常に前へ前へと推進するように調教されているからこそ、前のめりに歩くのである。カポッ、カポッという音がする、蹄の外周部分が同時に着地しているような馬は、緊張感に欠けるか、もしくは勝つ気がないかのどちらかであろう。リラックスしすぎているとも言える。つまり、「きちんと歩けて」いないということである。

前述したように、競走馬にとって「きちんと歩く」ことは非常に大切である。脚を引きずってデレデレ歩くのではなく、きちんと脚を上げてリズミカルに歩く。これは普通の歩き方ではないから、馬に「歩く」という意識、あるいは緊張感が必要である。人に引かれて歩くときは常にそういう歩き方をするのだとしつけておくと、馬は精神的に強くなるのだ。馬にそういう歩き方をさせるのが調教のひとつでもある。素質の高い馬で人気になっていても、きちんと歩いていない場合には、レースで気の悪さを出してということが起きたりする。きちんとした足音で歩けない馬は、きちんと走れないのである。

(第13回に続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第11回

Paddock11

■耳
馬の心理状態が最も端的に表れるのは、耳であると言っても過言ではない。馬の感情がストレートに表れてしまうので、私たちが馬の気持ちを知る手がかりとなることが多い。調教師や厩務員やジョッキーなど、馬に携わる人々は、馬の耳の動きや位置を観察することによって、馬が今何を考えているのか、何を気にしているのか、何を恐れているのかを察するのである。

馬は両方の耳を前後左右に、しかもそれぞれを別々に動かすことができる。左右の耳を別々に動かすことで、聴覚的に周囲の環境を探索するのである。また、耳を動かすことで、仲間同士でサインを送ることにも使われる。仲間の耳の動かし方や位置を見ることで、相手の感情を読み取ることができるのである。

緊張していない時の耳は、ほぼ直立し、前方やや外側を向いている。この基本位置が、周囲の状況を最も把握できる体勢なのである。パドックをこういう耳で歩けている馬は、これから行われるレースに集中できているはずである。それとは逆に、耳を左右に動かしている馬は、不安を感じ周囲を気にしているということが分かる。たとえ同じリズムで歩いていたとしても、耳の動きが違えば、その馬の精神面は全く違うということである。

Ear01レースに集中できている耳

Ear03不安を感じ周囲を気にしている耳

もうひとつ、馬は怒りや不快感を覚えると左右の耳を絞る。絞るというと分かりにくいかもしれないので言い換えると、耳を頭の後方にピタリと張り付け、前からでは見えないようにした状態のことである。馬が攻撃衝動や優越感を抱いた時の典型的な姿勢である。なぜ耳を絞ることが攻撃衝動を表すのかというと、それはかつて仲間の攻撃から耳を守るためにとった姿勢に由来している。耳をピタリとつけてしまえば、かじられたり、引き裂かれたりすることが難しくなるからだ。

Ear02怒りや不快感を覚えたり、他馬を気にしている耳

パドックや返し馬で、他馬が近くに寄ってきた際に耳を絞る仕草を見せる馬は、他馬を気にする馬である。この傾向が極端に見られるようであれば、実際のレースに行って、他馬を気にしてばかりでレースに集中することなく、力を出し切れずに終わってしまうという結末に陥りやすい。もちろん、ジョッキーも他馬になるべく近づけないように工夫して乗ったりもするが、それでも競馬が集団で行われる以上、レースのしづらい馬であることに間違いはない。こういう馬は、よほど力が抜けているか、展開に恵まれない限り勝ち負けになるのは難しい。

これは余談だが、パドックならまだしも、実際のレースに行っても耳あてをしたメンコをして走る馬は買いづらい。耳あてをするのは、周囲の騒音から遮断されることで、馬が大人しくなったり、落ち着くからである。が、馬がレース中、後方にいる他馬との距離を音で判断する以上、馬の耳をレースで覆ってしまうことは判断力を鈍らせることにつながるのである。ジョッキーからの掛け声やムチの音に反応するのもまた耳である。

海外の競馬を見ても、メンコをつけて走る馬はたくさんいるが、両耳をすっぽりと覆う耳あてをしながら走らせるのは日本だけである。前述のように、耳あては馬だけではなく、耳の動きで馬の気持ちを察するジョッキーの判断力も鈍らせることになる。ジョッキーにとっては、何を考えているか分からない馬に乗るのはそれだけで怖いことなのだ。馬券を買う側にとっても、基本的には実際のレースで耳あてをつけて走る馬は買いたくないというのが本音である。

(第12回に続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第10回

Paddock10

■発汗している馬
続いて、発汗について。サラブレッドは人間と並び、2大汗かき動物の1種である。1回の競走で、なんと10リットルもの汗をかくとされている。だから、個体別の差こそあれ、汗をかくことは問題ではない。問題なのは、まだ競走が始まっていないパドックという場で、すでに大量の汗をかいていることである。人間よりも暑さに弱いので、夏場は仕方ないにしても、私たちが見て明らかに異常とも思えるほどの汗をパドックで流している馬は、疑ってかかるべきである。運動量が多いとか、新陳代謝が良いという理由ではない、精神的な影響がそこにはあるはずだからだ。

特に、ゼッケンや股が擦れて石鹸の泡状になってしまっている部分が目立つ馬は要注意である。別に石鹸のような汗自体が悪いわけではなく、なぜ石鹸のような汗になってしまうかというと、馬の汗にはラセリンという物質が含まれているからである。ラセリンには石鹸と同じような働きがあり、脂分と水分をなじみやすくすると同時に、表面張力を抑え、汗の水分が被毛を伝わって皮膚全体に広がりやすくする機能がある。汗にラセリンが含まれていることで、汗が全身に広がり、体表からの放熱効果があるのだ。つまり、石鹸のような汗が目立つということは、その馬が大量の汗をかいたということを意味するのだ。

藤沢和雄調教師の管理馬にバブルガムフェローという馬がいた。朝日杯3歳Sを楽勝し、クラシックの最有力候補に躍り出たサンデーサイレンス産駒である。のちに天皇賞秋を3歳馬として初めて勝利することになる素質馬であった。しかし、スプリングS前あたりから調教のピッチが上がるにつれ、発汗が目立ち始めるようになった。

藤沢和雄調教師によると、冬の間ずっと美浦にいたため環境に飽きてしまったという。ストレスがたまって、走ることが嫌になっていたそうだ。そういう精神的な影響が発汗として現れたのである。バブルガムフェローは結局、スプリングSをなんとか勝利するも、皐月賞前に骨折をしてしまい、クラシックを棒に振ってしまった。汗をかくというレベルではない、極端な発汗は、馬の精神的なストレスの兆候だと考えることができるのだ。

それでは、実際のパドックでの例を見てみよう。今年の天皇賞春の当日、私は京都競馬場のパドックにいた。天皇賞春の前の9R(鷹ケ峰特別)に出走する馬たちがパドックに現れた瞬間、「さすがにこれは厳しいな」と感じさせる馬がいた。加藤征弘厩舎のブルーミンバーである。実はこのレースは、このブルーミンバーとスカイノダンという2頭の牝馬が人気を2分していて、実績だけを見ると、どちらが先着するのか見極めが難しかった。

ただ、パドックを見れば明らかであった。ブルーミンバーはゼッケン下と股の部分に石鹸のような汗を大量に発汗しているのだ。これだけの発汗は、精神的なストレスから来るものであって、この馬がこの後のレースに行って力を発揮できるとは思えなかった。対照的に、スカイノダンは悠然とパドックを歩き、川田将雅騎手が跨るとピリッとした気合を見せていた。私はもちろんスカイノダンの単勝を勝って応援した。スカイノダンは私の期待に応えて勝ってくれたが、ブルーミンバーはあれだけの発汗をしながら2着と健闘した。ブルーミンバーがもう少しまともな精神状態で走れていたら、この馬が勝っていたはずである。


天皇賞春が終わり、最終レースのパドックでも発汗の目立つ馬が1頭いた。この馬は口から泡を吹くように発汗していた。藤原英昭厩舎のロードアリエスという馬である。この馬は私が菊花賞で本命を打った馬であり(7番人気11着)、その後は自己条件で好走を続け、このレースでは1番人気に推されていた。自在性と安定感のある走りっぷりから、大きく崩れるとは考えにくかったが、このパドックを見てしまうと、どうしても買えない。休み明けを叩かれて、逆に2走ボケなのか、精神的に参ってしまっているようである。私は馬っぷりもパドックでの様子も素晴らしかったジャコスキーに賭けた。結果はスズカサンバの大駆けにあってしまい2着であったが、ロードアリエスを買わなかったことは正解であった。


このように、私たちが見て明らかに異常とも思えるほどの汗をパドックで流している馬は、疑ってかかるべきである。今回、パドックで発汗していたブルーミンバーとロードアリエスの2頭は、どちらも敏腕として東と西で名を馳せている加藤征弘調教師と藤原英昭調教師の馬である。これだけの調教師が追い切りをかけ、きちんと仕上げても、馬の精神状態が優れなければ、レースでは勝てないのである。1番人気に推されるほどの力の持ち主でも、レースで力を発揮できずに負けてしまうのである。異常とも思えるほどの発汗には、必ずや精神的な影響があるのだ。

(第11回へ続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第9回

Paddock09

■目を観る
「目は口ほどにモノを言う」ということわざがあるように、もともと口がきけない馬にとっても、目は心を映し出す窓である。ディープインパクトやキングカメハメハなど、数々の名馬を探し当てた金子真人オーナーは、馬選びの際に“まずは目を見る”という。私も同感である。馬の目には、喜怒哀楽といった感情や状態だけではなく、その馬の性格すらも映し出される。気性が穏やかで賢い馬は、黒く澄んだ目をしているものだ。

パドックで馬を見る時にも同じことが当てはまる。やる気や気合は目に表れてくるものであり、生き生きとして底光りするような眼光の馬は、間違いなく体調が良い。逆に目に精彩を欠き、どんよりとショボショボしているような目をしている馬は、明らかに調子を落としている。たとえば、連闘で疲れている馬の目はどんよりと濁っているし、走る気のない馬は、ずるそうに相手をうかがいながら、走るフリをしている目になる。この辺りを言葉で説明するのは難しいが、元来、私たち人間には、相手の目を見て心を推し量る能力が備わっているのではないだろうか。あなたが見て、「走る気になっている」、「元気がなさそう」などと感じたら、その直感をまずは大事にしてみて欲しい。

また、パドックにおいて、あまりキョロキョロしている馬は心配である。視覚の構造上、馬は頭全体でモノを見ることになる。モノを見ようとしている馬は、頭を上げたり、下げたり、ぐるりと見回して見たりする。なぜかと言うと、レンズの厚さや形を変える毛様筋の発達がよくないため、網膜の上にきちんとした映像を作るのに時間がかかるからである。そこで、頭を動かすことによって、焦点が合いやすいよう調整する。だから、人間に比べると、頭を動かしてキョロキョロしているように見えるのは当然である。ただし、パドックであまりキョロキョロしている馬は、周りが気になってレースに集中できないというサインでもある。実際のレースでは、ほんの少しよそ見をしただけで、2、3馬身は遅れてしまうのだ。

周りが気になって集中できない馬には、ブリンカーやチークピーシズ、ホライゾネットなどの馬具を着けることもある。馬は両眼でほぼ350度という非常に広い視野を持っていて、左の目で馬場の柵を見ながら、右の目でスタンドの観衆を眺めて走るという芸当ができる。突然の出来事を即座に見て取ることは出来ないかわりに、見える範囲が人間に比べて広く、1度に2つのものを見ることが出来る。このような馬特有の視覚が、後ろを気にする馬や他馬に並ばれるとヒルんでしまう馬にとっては、不都合となる場合もある。そこで、ブリンカーや、チークピーシズ、ホライゾネットによって後方の視野を制限された馬は、馬群を気にすることなくレースに集中することで、見違えるような能力を発揮できる場合もあるのだ。


こういった馬具は、初めて装着する時の効果が最も大きいということも覚えておきたい(良い意味でも悪い意味でも)。初めてブリンカーやチークピーシズ、ホライゾネットを使う馬が、刺激を受けたことによりまさかの激走(または凡走)をすることがある。しかし、その効果は、馬が馬具に慣れてしまうことにより、次第に薄くなっていくということである。そもそも馬具は馬の弱さを補うための道具である。藤沢和雄調教師が「出来ることなら馬具など一切着けずにレースに出走させたい」と語っているように、馬具を着けているということは、その馬のどこかに弱いところがあることの証明に他ならない。私はそういう馬に大金を賭ける気には到底なれない。

(第10回へ続く→)

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関連リンク
「ガラスの競馬場」:チークピーシズ

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集中連載:「パドックの見方を極める」第8回

Paddock08

■舌がハミを越している馬
ここまでは歩き方について書いてきたが、ここから先は、もう少し小さな部分へと論を移していきたい。

まずは舌である。パドックで馬を観ていると、よく馬が舌を出して遊んでいるようなシーンに出会うことがある。舌がハミを越して、口の外に出てしまっている状態である。おそらく、あなたはあまり良い印象を受けないだろう。調教やレースにおいて舌がハミを越してしまうことのデメリットは、書籍「馬券のヒント」や前回の集中連載「調教の全て」に書いた。同じことがパドックにおいても言えて、舌がハミを越してしまうことにプラスの要素は全くない。もっとも、パドックで舌がハミを越していても、レースに行ってしっかり走れば問題ないのだが、それだけの話ではない。


パドックにおいて、馬の舌がハミを越していることには、およそ2つの理由が考えられる。

ひとつは、馬が集中力を欠いてしまっているということ。体調が良くなかったり、競走(競争)する気持ちが失われていたり、何らかの理由があって、競馬に集中できていないからこそ、舌でハミを遊ぶという行為に出てしまう。目の前の状況から逃げたいと思う気持ちの表れでもある。人も落ち着かない時に、つい煙草を吸ったり、貧乏ゆすりをしてしまったりするだろう。人間のように「なんだかやる気が出ないんだよね」とは言えない代わりに、馬はちょっとした仕草でその気持ちを表現するのだ。

ふたつ目は、ハミが合わない、もしくはハミを嫌がっているということである。ハミという言葉が出てきたので、せっかくなのでハミとハミ受けのメカニズムについて少し書いてみたい。ハミは馬を制御するための重要な道具である。ジョッキーの手綱の先の金輪には、2本のこん棒をつないだようなハミがついている。ハミは馬の口の中に入っているので、外から見えるのは金輪だけだが、ここがジョッキーの操作によってアクセルになったり、ブレーキになったりする操縦部分である。

Paddock07

馬の顔が長いのが特徴であるが、もちろん口(口腔)も長い。その長い口(口腔)の後ろの両端が「口角(くちかど)」と呼ばれる部分である。私たちが小さい頃、両手の指で左右に拡げ、「イーー!」とやっていたあの部分である。口を大きく開くと、この口角の近くに全く歯のない部分がある。この歯のない部分が「ハミ受け」である。ジョッキーの手綱の先についた、こん棒のようなハミが通るのは、この歯のない部分である。

口の中に入ったハミは、舌の上にのって、ハミ受けを通り、口角のところで金輪と繋がる。その金輪につけた手綱を持ったジョッキーがハミを引いたり、緩めたりして、ハミ受けと口角にくわえる圧迫を調整するのである。ハミ受けと口角は極めて敏感な部分なので、圧迫の強弱を感じ取って、速く走るべきなのか遅く走るべきなのか、また止めるべきか走るべきか、といった信号を理解するわけである。

口の構造でハミを嫌う馬や口が硬くなる馬がいる。ハミは馬の舌の上にのって、ハミ受けを通り、口角に端が当たるようになっている。口の構造上、ハミの金具が直接ハミ受けだけに当たってしまう。ハミ受けに痛みを感じると、舌でハミをよけようとしたり、頭を上げてハミを外そうとするのだ。逆にハミを舌の表面で受け止めてしまい、ハミ受けに圧迫を感じない馬もいる。ハミの圧迫が舌と口角だけで受けとめられるから、手綱を引いても手応えがない。いわゆる「口が硬い馬」ということだ。

パドックで舌がハミを越して、ハミをカチャカチャさせている馬には、口の構造上、ハミが合っていないもしくはハミが嫌いという馬が多い。こういう馬にレースでジョッキーが乗ると、道中でハミの操縦に抵抗して引っ掛かったり、勝負どころでハミの伝える騎手の命令に従順に対応しなかったりということが起こる。折り合いがつかなければ馬も騎手も消耗してしまうし、右か左のどちらかの口が硬い馬はしばしば寄れグセを出すので乗りにくい。そもそも、ハミがしっかりと掛からなければスピードに乗ることは出来ないのだ。

(第9回へ続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第7回

Paddock06_2

■きちんと歩くこと
馬を歩かせることを常歩(なみあし)というが、常歩は意識して歩くことなので、馬はこれが好きではない。しかし、人に引かれて歩くときは必ずそうするのだと教えておくと、馬は勝手な行動をしなくなり、人間の指示に素直に従うようになる。それによって、人も馬もより安全になるだけではなく、レースに行ってもジョッキーの合図にきちんと応えて走られる馬になる。

日本を代表するトレーナーである藤沢和雄調教師は、著書「競走馬私論」の中で、きちんと歩くことについて以下のように書いている。

競走馬にとって「きちんと歩く」ことは非常に大切である。脚を引きずってデレデレ歩くのではなく、きちんと脚を上げてリズミカルに歩く。馬にもそういう歩き方をさせるのである。

これは普通の歩き方ではないから、馬に「歩く」という意識、あるいは緊張感が必要である。人に引かれて歩くときは常にそういう歩き方をするのだとしつけておくと、馬は精神的に強くなる。我慢が効くようになると言ってもよい。しかも、こうして歩いているときは、馬がそれに意識を集中しているので、急に暴れたりすることがない。

(中略)

競馬場のパドックでは、厩務員が出走馬を引いて歩く。このとき人馬ともに「きちんと歩いているか」を見るとよい。素質の高い馬で人気になっていても、きちんと歩いていない場合には、レースで気の悪さを出して―――ということが起きたりする。きちんと歩けない馬はきちんと走れないのである。

パドックにおいて、私たちはついつい馬体を見てしまうが、何よりも先に見るべきは馬の歩き方なのである。普段からきちんと歩く訓練をしていないと、パドックでもきちんと歩くことはできない。パドックできちんと歩けない馬が、レースに行ってきちんと走れるとは思えない。いくら素質が高く、能力に溢れていたとしても、人間(騎手)の指示に従わずに暴走してしまってはレースで勝利するのは難しいのである。

理想的な歩き方としては、首を下げて、トモ(後肢)をしっかり踏み込み(踏み込みすぎるのは×)、歩くことに気持ちを集中しているということ。これが意外と難しく、急に首を上げてみたり、小足を使ってチャカついてみたり、あたりをキョロキョロと見回してみたりと、オープンクラスの馬でもきちんと歩けない馬もいる。もちろん、上のクラスの馬ほどきちんと歩けるし、古馬の方が若馬よりもきちんと歩ける。きちんと歩けるということは、精神面を含めたその馬の競走馬としての資質をストレートに表していると言えるだろう。

きちんと歩けている馬


きちんと歩けていない馬


ましてや、パドックで順番に歩けない馬など論外である。パドックでは出走番号順に登場し、周回を重ね、そして番号順に退場していく。1番の馬の次は2番の馬で、その次は3番の馬である。そのように歩くのがルールなのだ。しかし、たまに1番、2番、4番というように、3番の馬が番号順の周回から外れてしまっていることがある。どこに行ってしまったのかと見回すと、一番後ろにポツンと付いて回っていたりする。他馬が後ろや前にいることを気にするのだろうか、それとも人間の言うことに従わないのだろうか。いかなる理由があろうとも、この3番の馬はきちんと歩くことができない馬である。このようにきちんと歩けない馬は、まずレースでも勝てない。

すでに自分が買ってしまった馬が、パドックできちんと順番に歩けていないと非常にがっかりしてしまう。この時点で、既にハズレに確定の赤ランプが灯ったようなものだ。いまだかつて、このような馬が好走した記憶がないし、案の定、凡走してしまったというケースがほとんどである。つまり、きちんと歩けないということは、それだけで馬券の対象から消す十分な根拠となりうるのである。

これは余談だが、パドックの外側や内側を歩かせることで順番を調節することもある。気合乗りが良く、前進意欲に満ち、踏み込みがしっかりとしている馬であれば、自然とパドックで歩くスピードも速くなる。パドックでは順番に歩かなければならないため、歩くスピードの速い馬はなるべくパドックの外側を歩き、遅い馬はパドックの内側を歩くことで調整する。同じ馬であっても、調子が良い時はパドックの外側を歩いているが、疲れが出て調子が悪くなってくると内側を歩くことがある。パドックのどこを歩いているかで調子を判断することも出来るのだ。

(第8回へ続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第6回

Paddock05

リズム良くスムーズに歩くと対照的な状態は、「入れ込み」である。一般的に、「入れ込む」とはレースに対して気持ちが入りすぎて、周りが見えないということだろうか。だからこそ、「気合乗りが良い」と「入れ込み」は区別が難しいと思われてしまう。どちらもレースに対して気持ちが向いている状態で、それが自分でコントロールできていれば「気合乗りが良い」、できていなければ「入れ込んでいる」とされる。「入れ込んでいる」にもかかわらず、「気合乗りが良い」と評価されたり、またその逆も然り。そのような例を挙げれば、枚挙に暇がないだろう。

実際のところ、「入れ込み」と「気合乗が良い」はベクトルが全く違う。「入れ込み」は馬が目前に迫ったレースから逃げようとしている状態なのに対し、「気合乗りが良い」はレースに向けて闘争心を滾(たぎ)らしている状態なのである。つまり、馬の精神状態が全く違うということだ。

サラブレッドはレースの苦しさを知っている。記憶力が非常に良く(特に嫌な記憶については)、ほんの些細なことでも永遠に覚えているという。ましてやレースに行って、極限まで全速力で走り続けさせられる競馬に対し、プラスの感情を持っている馬は限りなく少ない。調教が強くなってくれば、レースが近いことを察し、普段から入れ込みがきつくなる馬もいる。いつもと違う場所に連れて行かれ、大勢の人間の前で長時間歩かせられれば、入れ込まない方がおかしいのかもしれない。

それでも敢えて、なぜ馬が「入れ込む」かというと、レースに向けての準備が出来ていないからである。肉体的には、休み明けで体がきっちり出来上がっていなかったり、使い込まれていて余力が残っていない。また、精神的には、レースに飽きてしまっている、逆に実戦から遠ざかって久々である等など、どこか苦しいところがあるのである。誰よりも馬自身が、自分がこのままレースで走れば苦しいことになる、と知っているからである。「入れ込み」の原因はその馬の性格であることも多いが、基本的には体調が良くない時ほど「入れ込み」はキツいと考えてよい。今これから行われようとしている苦しいレースから、一刻も早く、とにかく逃げ出したいと思って「入れ込む」のである。

「入れ込んだ」状態は、あらゆる要素から見極めることが出来るが、歩くリズムとスムーズさはそのひとつである。リズム良くスムーズに歩けていない、つまり、歩いては止まり、また急に急いで歩き出したり、立ち上がったりして、手綱を放すとどこへ行ってしまうか分からない馬は、間違いなく「入れ込んで」いる。鼻歌を歌うとは縁遠く、我を忘れてしまうほど興奮してしまっているである。

入れ込んでいる馬(13頭立ての12着に惨敗)


踏み込みが深すぎる(強すぎる)ように見える馬も要注意である。一般的に、踏み込みが深い馬は調子が良いとされるが、ただ単に気持ちが空回りしている場合が多い。こちらの場合は、レースに対する気持ちが強すぎて、肩に力が入りすぎていると考えてもらえば分かりやすい。グッ、グッと前に進むので、一見、リズム良く歩けているように映るが、決してスムーズとは言いがたい。流れるように歩くのではなく、上下動が激しい歩き方である。このような歩き方をするのは短距離馬に多く、その力みが前向きさにつながり好走することも稀にあるが、ほとんどはレースに行くと力を出せずに凡走することが多い。パドックであまりにも力強く歩きすぎるのも考えものである。

踏み込みが深い馬(逃げて5馬身差の6着に惨敗)


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集中連載:「パドックの見方を極める」第5回

Paddock04_2■歩くリズムとスムーズさ
ここから先は、パドックの見方を極めるためのノウハウについて、詳しく書いていきたい。

まずは歩くリズムとスムーズさである。リズム良くスムーズに歩けている馬は、間違いなく好調だと考えてよい。リズム良くスムーズにとは、手綱を引く必要がほとんどないことに近い。これが意外に難しく、私の感覚だと、リズム良く歩けている馬はほとんどいない。厩務員や調教助手が傍らについて、手綱を引きながら周回しているからこそ、ようやくパドックを回っていられるのである。もし手綱を放してしまえば、どこに行ってしまうか分からない馬がほとんどだろう。もっとも、馬にとってパドックは非日常的な場所なので、落ち着いて歩けというのが無理な話なのだが、それでも精神状態が良い馬ほど、まるで鼻歌を歌うように平常心で歩くことが出来る。

パドックでは馬の精神状態を見ると書いたが、もうひとつ付け加えておくと、パドックではその馬の性格も知ることが出来る。大人しい性格、幼い性格、素直な性格、臆病な性格、激しい性格、のんびりした性格、せっかちな性格などなど、年齢や精神状態と相関して変化することはあっても、その馬の基本的な性格は大して変わることはない。知らない馬同士のレースを予想したり、知らない競馬場に行って競馬を楽しむ時に、パドックを見ることが欠かせない理由がここにある。競馬新聞には書いていない、馬の性格をパドックでは知ることが出来るのだ。

2009年9月20日、私は中山競馬場にいた。この連載を始めようと考えていたので、パドックでサンプル動画を撮るつもりであった。昼ぐらいからパドックに参戦したが、いきなり最初のレースでこれは!と思う馬をみつけた。


この馬が目に留まったのは、実にリズム良くスムーズに歩けていたからである。馬を引いている人の手綱には、ほとんど力が入っていない。もうパドックやレースに慣れているのか、観客を気にする様子も全くなく、自分のリズムで気持ち良さそうに歩いている。チャカチャカと小走りになっているでもなく、変に踏み込みが深すぎたりもしない。サラブレッドがきちんと調教をされて、気分良く出走してくれば、まさにこう歩くという歩き方である。

性格はいかにも素直そうである。人間とのコミュニケーションも良く取れているようで、こういう馬はレースに行ってジョッキーの指示に素直に従うし、多少の不利があっても我慢強く、レースを捨てない。自分の持っている能力を超える走りは出来ないが、出し切って走る可能性の高い馬であることが分かる。

私はこの馬の前走や前々走のパドックを見ていないので、タテの比較は出来ないが、もしかするとこれだけリズム良くスムーズに歩けたのは、今回が初めてかもしれない。たまたま体調が良いからこそ、入れ込むこともなく、悪さをするでもなく、綺麗に歩けているのかもしれない。それでも、今日この馬のパドックを見る限りは、体調が良く、理想的な精神状態で出走してきていることが分かる。だったら、今回こそこの馬を狙ってみたい。そう思わせてくれた。結局、この日で最も良く見えた馬であった。

結果は最後の直線で外から突っ込んできて2着。7番人気の人気薄だったので複勝は650円もつき、馬連は7020円、馬単は10200円の万馬券の立役者となった。もちろん、この時はたまたま結果が良かっただけだが、レースの流れやポジションや他馬との力関係が向けば、この馬が好走する可能性が高かったことは確かであろう。レースに行って、自分の力を出し切れる準備はすでに出来ていたのだ。

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集中連載:「パドックの見方を極める」第4回

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■馬の精神状態を見極める
ビリーがパドックで「Good」や「Great!」と評した馬は、人気の有無にかかわらず好走した。人気薄の馬を指名したかと思うと、次のレースでは人気馬を推したりした。人気馬はブッチぎり勝ち、人気薄の馬は大穴を開けることが多かった。まさに変幻自在で、この人は本当に馬が見えるのだろうなと思わされた。ビリーは競馬新聞こそ手に持っていたが、パドックに馬が歩いている時は、ほとんどパドックしか見ていなかった。

驚かされたのは、脚を引きずるように歩いていた馬や明らかに太目残りに映る馬を指名して、それらの馬があっさりと勝ってしまったことだ。競馬本で馬体の見方について学んだ私にとっては、到底走るとは思えない馬たちであった。最初の頃は、どういう基準で選んでいるのか、私にはさっぱり分からなかった。もちろん、ビリーの評価した馬でも負けることもあった。しかし、明らかに好走する確率が高く、時には大穴が来たりするので、それほど大金を賭けていたわけではないようだったが、かなりの儲けが出ていたことだけは分かった。

私はプライドをかなぐり捨てて、ビリーに尋ねた。

「どうやって馬を見ているのですか?」
「Takaは馬の身体を見ているようだけど、私は馬の身体はほとんど見ていないよ」
「え??じゃあどこを見ているのですか?」

ビリーが何度も繰り返し私に教えたのは、「パドックでは馬の身体ではなく心を見よ」ということであった。大切なのはこれだけと言っても過言ではなかった。少しかじっただけの知識を以って、私が馬の身体についての質問をすると、「Taka、身体を見ても分からないよ。心を見なさい」と優しく説いてくれた。その時は、ビリーの言葉の真意があまり理解できなかったが、今となってはハッキリと分かる。ビリーが伝えたかったことは、パドックという場所で私たちに分かることは、その馬の競馬(レース)に向かうにあたっての精神状態だということである。

馬の仕上がり状態やレースにおける肉体的な適性を把握することは困難である。一旦動き出すと、馬を見ることは難しくなる。静的システムが動的システムに変わった途端、極端に複雑になることに似ている。動いている(歩いたり、走ったりしている)馬を見ることは、私たちにとって至難のワザなのである。毎日馬と接している専門家にとってもそうなのだから、競馬ファンにとってはなおさらだろう。

それでは、どうするかというと、私たちはパドックを歩く馬が発する心のメッセージを読み取らなければならない。人間と同様に、いやそれ以上に、サラブレッドの身体と心はつながっている。体調や仕上がりが良ければ、馬は落ち着いて集中した精神状態になる。その逆もまた然り。馬の精神状態を見極めることが、実は体調や仕上がりを知ることにもなるのだ。「この馬は今どういう精神状態にあるのだろう」と考えることが、パドックの正しい見方なのである。

(第5回に続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第3回

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■ビリー・‘ザ・キッド’
アメリカの競馬場は勝負師たちにとってパラダイスのような場所である。現地でのレースが終わると、続いてアメリカの他場で行われるレースがテレビで始まり、競馬場は一転してウインズと化す。そのうちナイターで行われる馬車レースが始まり、そうこうしていると、なんと香港のレースまで買えたりする。楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。

ある日、夢中になっていて、ふと気が付くと時刻は夜の11時過ぎであった。慌てて競馬場から飛び出し、タクシー乗り場を見ると、タクシーの姿は1台たりとも見当たらない。周りを見渡してみても、こんな所にホテルなどあるはずもない。車で迎えに来てくれる友人もいない。アメリカにやって来て間もない私でも、夜の競馬場周辺に野宿することが、どれほど危険なことかは分かった。生まれて初めて、本気で背筋がゾッとした瞬間である。

真っ白になった頭でようやく思いついたのは、タクシー会社に電話をしてタクシーを呼ぶという方法だ。アメリカにやって来て間もない私の英語力で、タクシーを競馬場まで呼び寄せる自信などなかったが、そんなことを言っている場合ではない。あたりをキョロキョロと見わたしてようやく公衆電話を見つけた。が、肝心のタクシー会社の電話番号が分からない。日本みたいに電話帳などないのだ。エエイ、こうなったら分からないことは人に聞いてみようと覚悟を決め、競馬場の入り口に立って、ポツリポツリと出てくる男たちの一人に意を決して声を掛けた。

「Excuse me!Could you tell me~?」

私が話しかけた長身の男は、彫りが深く、インディアンの血が混じっているような風貌をしていた。私の拙い英語を聞き取ってくれたのか、親切にタクシー会社の番号を教えてくれた。

私は礼を述べ、すぐさま公衆電話へ走った。受話器を取りダイヤルを回してみたが、どれだけコールを鳴らしても相手は出なかった。番号が間違っていたのか、それとも受付が終了していたのか、今でも分からない。私は受話器を静かに置いた。悲嘆に暮れた私は、その場に座り込んだ。深夜の競馬場には残っているのは私だけであった。

まさかこういう形で、競馬で人生が終わるとは…。

そんな時、私の目の前で男の声がした。見上げると、さきほどの男であった。「タクシーは来ないのか?」とかそういうことを聞いていたのだろうが、私には聞き取れなかった。それでも、「車で送って行こうか?」というところだけはなんとなく理解できた。

助かった!と素直に思ったが、すぐさま不安も湧いてきた。あまりにも親切すぎる提案に、もしかしたら法外なお金を取られるのではないか、もしかしたらどこかに連れ去られるのではないか、など悪い妄想も広がっていった。私の頭の中がグルグルと高速回転して、1秒後に出した答えは「Please.」であった。

祈るような気持ちで男の車に乗り込んだ。沈黙が続き、競馬場から私の自宅までのおよそ30分は、1時間にも2時間にも感じた。あまりにも長く感じたので、どこかに連れ去られるのだと思い、何度ドアを開けて飛び降りようとしたことか。それでも私は、その男を信じるしか生きる道はなかった。当時アメリカの最強馬であったシガーがどれだけ強いかという話をすると、ようやく私たちは饒舌になり、お互いに気持ちが通じ合った気がした。

男の名前はビリー、私はTakaと呼ばれることになった。

翌日、私たちは競馬場で再会した。ビリーの周りにはたくさんの競馬仲間がいて、ビリーは私を彼らに紹介してくれた。この時点では、ビリーは私にとって命の恩人にすぎなかったが、それから共に競馬場で時間を過ごすうちに、ビリーは競馬の師匠にもなっていった。彼は馬を見る天才であった。あまり詳しいことは教えてくれなかったが、小さい頃から馬に携わる仕事をしていたらしい。競馬仲間は彼のことを、ビリー・ザ・キッドとかけて、“The Kid(競馬の神の子)”と呼んでいた。

そう、実はこの連載で私が書こうと思っている馬の見方は、決して私が独力で編み出したものではない。ビリーに教えてもらったことに、私が少しだけ味付けをしたものである。偉そうに書いていても、それはビリーからの受け売り半分だということをまずは記しておきたい。

(第4回へ続く→)

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集中連載:「パドックの見方を極める」第2回

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■私のパドック遍歴
パドックの見方について話を進める前に、私のパドック遍歴について書いておくべきだろう。おそらくほとんどの競馬ファンがそうするように、パドックを見ることを馬券の中心に据えていた時期が私にもある。最初の頃はウインズのモニター中心であったが、競馬を始めて3、4年経った頃だろうか、実際のサラブレッドが見て予想がしたくなり、競馬場のパドックに足繁く通い始めた。主戦場は中央ではなく地方競馬場のパドックであった。

地方競馬(私の場合は南関東)はいつもどこかで開催されているため、毎日でもパドックに立つことができる。前日に全レースを予想し、その中でも自信のある馬を、当日パドックで実際に見てから買うのだ。出走馬をまんべんなく見わたすのではなく、自分の買いたいと思っている馬だけをじっくり見た。地方のジョッキーが毎日実戦で乗ることによって上手くなるように、私も大井、川崎、船橋、浦和競馬場と南関東を転戦し、ほぼ毎日のようにパドックを見て、勝負し続けた。私のパドックの原点は地方競馬にある。

しかし、その頃の成績は良くも悪くもなかった。いや、あれだけ真剣に見たにもかかわらず、負けて帰る方が多かったように思う。良く見えた馬が凡走して、それほど良くは見せなかった馬が好走したりした。不思議に思った私は、数々の馬券本を読み漁り、パドックでの馬の見方の知識を貪欲に吸収した。そして、馬の歩様、踏み込みの深さ、蹄の形、肩の出、トモの張りなど、あらゆる細部にも目を配らせてみたが、やはり結果は同じであった。偉そうに専門用語を並べることは出来るようにはなったが(笑)、馬が本当に見えているのかというと自信がなかった。もっと正直に言うと、馬の歩様、踏み込みの深さ、蹄の形、肩の出、トモの張りなど、見ても全くもって分からなかった。私には馬を見るセンスがないのかと悔しく思ったものだ。

そんな私にとってのブレイクスルーとなったのは、1年間に及ぶアメリカへの留学である。詳細はここでは書かないが(極めて個人的なことなので)、私は競馬歴が6年目となる時期に、アメリカのサンフランシスコに渡るという幸運を得た。サンフランシスコでの生活に慣れるや、私はベイメドウズという競馬場に通い始めた。当時はシガーという馬が圧倒的な強さで大レースを勝ち続け、アメリカ競馬の話題の中心となっていた。

最初はアメリカ競馬の何から何までが新鮮で楽しかった。アメリカの競馬ファンは、レースがスタートするとすぐに盛り上がり始める。「Go、Go!」と道中ずっと声援を送るのである。直線になってようやく声が出始める日本とは大違いである。これはアメリカと日本のレースの質の違いを表していると思った。スタートしてから息をつく暇もなくガンガン飛ばしていくアメリカ競馬と、道中は折り合いを付けることに専念して、直線でヨーイドンになりやすい日本競馬の違いである。

楽しくて仕方なかったアメリカ競馬だが、馬券の方はヒドイ有り様であった。ただでさえ日本に比べると情報が少ない中で、英語の専門用語で書かれた競馬新聞を読んでみても、さっぱり分からない。前走の着順ぐらいしか、予想するための材料はないように思えた。必然的に、私の足はパドックへと向かった。

しかし、ベイメドウズ競馬場のパドックは、私が考えていたパドックとは違った。馬の装鞍所と一緒になっているようで、次走に出走するにもかかわらず、まだ鞍さえ付けていない馬もいる。出走時間が近づいてくると、おもむろに厩務員らしき人が馬を引き始めたと思いきや、1、2周しただけで、あっという間に本馬場へ向けて私たちの前から去って行ってしまう。馬券を買っている競馬ファンに馬を見せようという意識などひとかけらもない。だからか、パドックを熱心に見ようという馬券おやじもチラホラとしか見かけなかった。大勢の人々に囲まれたパドックを、レース前に10分以上にわたって延々と回らされる日本とは大きな違いである。まあ、良く言えば、馬優先主義ということなのだろう。

これではパドックも予想の材料にはならないな、とあきらめようかと思っていた矢先、ひょんなことがきっかけで私はビリーという男に出会った。

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集中連載:「パドックの見方を極める」第1回

Paddock01■パドックは宝の山
「ここで馬が走るんだ?競馬場って思ったよりも小さいんだね。」

初めて競馬場に連れて来られたと思わしき女の子が無邪気に聞くと、「アハハ、そんなわけないじゃん。ここはパドックと言って、馬の下見をするところ。実際のレースは向こうでやるんだ」と男は笑いながら本馬場の方を指差す。「へぇー、そうなんだ。知らなかった~。どおりで小さいと思った」と女の子は顔を朱に染める。どこの競馬場のパドックでも見られる微笑ましい光景である。

男の言うとおり、パドックとはこれからレースに出走しようとする馬の下見所である。日常生活で馬に触れる機会の少ない私たちにとって、実物のサラブレッドを初めて目にしたのが競馬場のパドックだった、なんて人も結構多いのではないだろうか。

何を隠そう、私もその一人である。東京競馬場のパドックで、生まれて初めて見たサラブレッドの大きさに、驚きを隠すことができなかった。極限にまで鍛え上げられたサラブレッドの美しさや、勝負服を身にまとったジョッキーたちの神々しさに、私はしばし言葉を失った。あれから20年の時を経た今でも、競馬場に行ってパドックに立つと、あの時と変わらず胸が躍る。

そんな私だが、パドック党かどうかと問われると否である。パドックは競馬予想をする上でのひとつのファクターになりうるが、決定的なものではない。パドックだけを見ても勝ち馬を当てることは難しい。競馬はもっと複雑な要素が幾重にも絡み合って結果が出るため、馬の体調が良くて、走る気になっているだけでは、レースでは勝てないからだ。

だからこそ、日々馬と関わっているプロフェショナルでさえ、「パドックを見ても分からない」と明言するのだろう。リーディングトレーナーの藤沢和雄調教師は、「馬体は見ません。鞍を付けてゼッケンを置いてしまうと私の目には分かりづらいから」と言い、伊藤雄二元調教師は、「これだけ長いこと競馬に携わっている私でも、分かりませんと答えるしかありません」と難しさを語る。また、武豊TVに出演した松永幹夫調教師は、地方競馬のパドックで人気馬の歩様がおかしいことを発見し、絶対に来ないとほくそ笑んで切ったところ、その馬がブッチ切って勝ってしまったという笑い話をしていた。このような話は数え切れないほどある。

だからと言って、私はパドックを見ることそのものを否定したりはしない。どちらかというとその逆で、馬を見る確かな眼さえあれば、勝ち馬を当てることは難しくとも、パドックで走る馬と走らない馬を見極めることはできると思っている。ただし、それにはひとつだけ条件があって、正しい見方をするということだ。私の知る限り、パドックで正しい見方をしている人は意外に少ない。誰も馬を観ていないと言っても過言ではない。

それには理由があって、日本の情報化された競馬では、パドックに立って馬を見ている時点で、どの馬がどれぐらい強いのか(または人気しているのか)等をあらかじめ知っているからである。これらの情報があることで、人気している馬は良く見え、人気のない馬は弱く見えてしまう。調子が良いと言われている馬は良く、調子の良くないと言われている馬は悪く見えてしまうのである。本人が意識的であれ無意識であれ、情報によるバイアスは私たちの目を曇らせるのだ。

元崖っぷちジョッキーこと谷中公一元騎手は、著書「ファンが知るべき競馬の仕組み」の中で、パドック解説者についてこう語る。

「意地の悪い仮定をしてみよう。一切のデータを渡さず、オッズも見せず、パドック解説者に馬の良し悪しを語ってもらったとする。結果はまず間違いなく、メチャクチャになると思う。少なくとも僕は、血統や実績を知らないまま、勝ち馬を見抜くことはできない。明らかにダメな馬は分かる。しかし、どの馬が勝つか、ということまではわからない」

私も谷中氏に同感である。テレビやラジオでパドックの解説をしている方でも、パドックで馬そのものを見ただけでは、なかなか良し悪しは分からないということである。そして、パドック解説者も決して人気馬を挙げているつもりはなく、良く見える馬を挙げているに違いない(人気だから良く見えるのである)。レースが終わってから「あの馬は良く見えた」と言う人も同じで、勝ったという情報があるから良く見えたように思えるのである。つまり、私たちはパドックで歩いている馬を見ているようでいて、実は馬の情報を追っているにすぎない。

こうした状況の中で、私たちのパドックで馬を見る眼が育たないのは当然であろう。馬を本当に見たことがないのだから、馬を見たこともできないし、正しい見方も分からない。あたかも分かっているふうを装ってみても、実は分かっていないのだ。また一方で、超自己流であったりする。自分では見えているつもりでも、それは錯覚もしくは妄想に近い。正直、もったいないと思う。生身のサラブレッドを目の前で見ることは、競馬の原点でもある。私がこれからお伝えしていくパドックの見方を極めて、本来の馬を見るを取り戻してほしい。

そして、競馬場もしくは自宅のテレビで、再びサラブレッドが歩く姿を見てみてほしい。

そうすると、パドックが宝の山に見えるはずである。

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集中連載:「調教のすべて」最終回

Tyoukyou39

ここまで私の知っている全てのことを書いてきたつもりだが、最後に調教師について述べておきたい。調教を語るにおいて、調教師について触れないわけにはいかないだろう。

競馬の予想をするにあたって、調教師の腕が考慮に入れられることは意外と少ない。競走馬はもちろんのこと、種牡馬、ジョッキーなどの成績や適性は入念に調べ尽くされるのに比べると、馬を管理する調教師の手腕がピックアップされることは稀である。「競馬ブック」や「Gallop」の片隅に調教師リーディングがひっそりと載っているだけで、その存在が大きく馬券に影響を与えるとはあまり考えられていないようだ。トップ10に入るような調教師であっても、多くの競馬ファンは顔を思い浮かべることすら難しいのではないか。

調教師は競馬の世界ではいわば裏方だから仕方ない、という考え方もあるだろう。実際にレースで走るのは競走馬でありジョッキーである。調教師はよく経営者にたとえられることが多いように、よほど大きな企業ではないかぎり、そのトップの顔が表舞台に登場することはない。ただし、それが株を買うということになれば話は別だろう。おそらくその経営者の一挙手一投足に注目するようになるはずで、これまでどれだけの実績を上げていて、これからどれだけの成果を収められそうかをチェックするに違いない。同じことが馬券を買う場合にも言える。

結論から先に述べると、調教師の腕はその勝率と連対率に表れる。追い切りの手法から馬の入れ替えの頻度、馬を扱うにあたっての考え方まで、調教師によって大きな違いはあるが、それらを全てひっくるめて、調教師の技術というべきものは勝率と連対率に凝縮されていると考えてよい。もちろん、大レースになると強い調教師、ダート馬を育てたら上手い調教師など、それぞれの特徴はある。ただ、それらはあくまでも各論であって、総論としては勝率と連対率を見なければならない。

これは騎手の巧さを表す指標と同じである。騎手の総合的な上手さというのは勝率と連対率に表れる。リーディング上位の騎手ほど、良い馬が回ってきて、さらに勝てるという好循環を辿るものだが、必ずしも勝利数が多ければ上手いというわけでもない。どれだけ勝ったかというよりも、どれぐらいのパフォーマンスが出来たかの方が重要ということである。調教師も同じく、どれだけ数多く勝ったかではなく、いかに好走するべくして好走させたかということが問われるのだ。

以下、2009年7月18日時点における、リーディングトレーナーの連対率である。

関東
1、藤沢和雄  .261
2、加藤征弘  .231
3、久保田貴士 .260
4、尾形充弘  .151
5、伊藤圭三  .199
6、宗像義忠  .192
7、萩原清   .239
8、鹿戸雄一 .190
9、和田正道 .117
10、田村康仁 .133

関西
1、音無秀孝 .261
2、池江泰郎 .213
3、矢作芳人 .174
4、安田隆行 .272
5、中竹和也 .198
6、池江泰寿 .241
7、角居勝彦 .230
8、松田博資 .228
9、藤原英昭 .281
10、西園正都 .240

関東と関西のリーディング十傑を記してみたが、パッと見て分かるのは、関西の方が圧倒的に連対率の高い調教師が多いということである。関東では連対率が2割を超えている調教師がわずか3名に対して、関西は8名の調教師が連対率2割以上を超えている。西高東低が叫ばれるようになって久しいが、その格差の要因は、調教施設や輸送時間だけではなく、もしかすると調教師の技術にもあるのかもしれない。誰も触れないダークサイドの部分ではあるが。

続いて関東から見ていくと、やはり上位3名の調教師の腕は確かである。藤沢和雄調教師は言わずと知れた、日本が世界に誇るトップトレーナーであり当然としても、加藤征調教師と久保田調教師は新進気鋭のトレーナーである。このような実力のある若手の調教師が台頭してきていることは、関東の競馬だけではなく、日本の競馬界にとっても喜ばしいことである。さらにリーディング9位に目を移すと、あのロジユニヴァースを管理する萩原調教師の名前が目に入る。勝ち星こそ上記3名のトレーナーに劣るが、連対率を見てみれば、ダービートレーナーに相応しい手腕を持っていることが分かる。

関西は非常にレベルの高い争いが行われている。音無調教師と順位こそ4位に甘んじているが安田隆調教師の腕が冴えていることは一目瞭然である。逆に矢作調教師と中竹調教師は勝ち星こそ稼いでいるものの、まだこれからの成長が望めるトレーナーであることが分かる。そして、関西で特筆すべきはやはり藤原英昭調教師であろう。2007年度の年間連対率は.353で、2008年度は.317という驚異的な数字を残している。2年連続で最高勝率調教師賞を獲得しているように、いまやその技術ということだけでいえば、藤沢和雄調教師を超えているのかもしれない。そう考えると、両調教師の管理馬が叩き合った今年のフェブラリーSは印象的であった。

このようにして見ていくと、また新たな視点からの予想も可能になるのではないか。あのジョッキーが乗るならば買い、あのジョッキーが乗るならいらないと馬券を買っていたのと同じく、あの調教師ならば買いで、あの調教師ならばいらないということにもなるだろう。連対率の僅かな差といってあなどることなかれ。連対率には調教師の腕が凝縮されている。そのわずかな差がゴール前の勝敗を分けてしまうことだってあるのだ。そして、これを機に、お気に入りの調教師を見つけてみてはいかがだろうか。「○○調教師のファン」、「○○厩舎の馬であれば買い」などの言葉が、競馬場のそこかしこで聞かれるようになれば、競馬はもっと楽しくなるはずである。

追記
約1年半にわたる連載となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。秋からは「調教」にこだわった情報発信も計画中ですので、楽しみにお待ちください。これからもよろしくお願いいたします。

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集中連載:「調教のすべて」第30回

Tyoukyou38

■最終追い切りにおける強弱の「変化」
最終追い切りの強さの「変化」で、その馬の体調を見極めることも出来る。ここで言う強さとは、調教時計の一番右に記載されている、“馬也(うまなり)”、“強め”、“一杯”に大別される追われ方の強弱のことである。最終追い切りは、レースに臨むにあたっての最後の仕上げとなるので、ここでの追われ方の強弱は意味を持つことが多い。

たとえば、これまで好走してきたレースの最終追い切りではシッカリと追われていた馬が、なぜか馬也で最終追い切りを終えている場合、もしかすると体調が思わしくなかったり、脚元に不安が出ている可能性があるだろう。たとえ陣営からそういったコメントが出ていなくても、実際は不安を抱えているといったケースも少なくない。馬を預けてくれている馬主や馬券ファンのことを考えると、よほど明らかでない限り、関係者が不安材料をパブリックな場で口にすることは百害あって一利なしだからである。だからこそ、危ないなと思ったら、消しの対象にする、もしくは抑え程度に考えるという対処を私たちがなさなければならないのである。

逆に脚元に不安があって、いつもは馬也でしか追われない馬が、なぜか強めに追われて出走してきた場合、脚元が良くなってきているか、脚元への負担を承知でそのレースに勝負を賭けてきている可能性が高い。このケースは買いのタイミングであり、本命にするもしくは厚めに買うという対処をなすことが出来るだろう。

その馬がこれまでにどのような最終追い切りでレースに臨んできたかということを、1頭1頭しっかりと覚えていることが大切なのである。覚えていなくても調べることは出来るが、その「変化」にパっと気づくことが出来るかどうかが勝負の分かれ目なのである。そのためにも、調教、特に最終追い切りには常に目を留めておかなければならない。

また、休み明けの馬の最終追い切りの強弱を見て、仕上がり状態を見極める方法がある。ごく単純に切り分けると、以下のようになる。

一杯→△(少し太め残りかも)
強め→△(普通の仕上がり)
馬なり→○(仕上がり良好)

休み明けのレースに臨む馬の場合、緩めた馬体を再び走れる状態に仕上げるため、最終追い切りにおいてもビッシリと追われることが多い。あまりにも目一杯に追われていると、太目残りを心配しなければならないが、一杯や強めの追い切りはごく当然のことであり、可もなく不可もない(△)と考えるべきである。

ところが、休み明けのレースに臨む馬が、最終追い切りを馬也で終えた場合、かなり仕上がっていると判断してよい。もちろん、脚元に不安があって、ビッシリ追い切ることが出来ない馬は別とするが、最終追い切りを馬なりで済ませられるということは、それまでの調教過程において、かなり順調に仕上がっている(○)ということを意味するのだ。

たとえば、ダービー馬であるメイショウサムソンにとって、平成19年の天皇賞秋は負けられない戦いであった。天皇賞の春秋連覇が懸かっていただけではなく、馬インフルエンザというアクシデントによって凱旋門賞行きの道が閉ざされてしまった直後の一戦だったからである。出走すら叶わなかった悔しさを晴らさなければならないという気持ちはもちろん、それ以上に、もし負けてしまえば、凱旋門賞での好走など結局おぼつかなかったと烙印を押されてしまうからである。日本の看板を背負って走るはずであった馬が簡単に負けるわけにはいかないのである。

そんなメイショウサムソンの、天皇賞秋に臨むに当たっての追い切りの過程を見てみたい。

天皇賞(秋)(G1) 結果 : 1着
09/26(水) 栗坂 重 助手 53.7-39.0-25.3-12.6 馬也
09/30(日) 栗坂 稍 助手 57.2-42.0-28.1-14.3 馬也
10/03(水) 栗坂 稍 助手 51.9-37.9-24.8-12.4 一杯
10/11(木) 栗坂 良 武豊 51.0-37.4-25.0-12.8 強め
10/17(水) DW 良 武豊 79.7-64.6-51.2-38.1-12.3 一杯
内メイショウディオ一杯を6Fで1秒追走3F併せで1秒先着
10/21(日) 栗坂 稍 助手59.3-43.2-28.2-14.1 馬也
10/24(水) DW 良 武豊 85.0-68.4-53.7-39.2-12.1 馬也

宝塚記念後、放牧に出されることなく厩舎で調整され、9月に入ってからは本格的な乗り込みを再開したメイショウサムソンは、10月には3本の好時計を叩き出すほど仕上がっていた。太りやすい体質のため、いつもは最終追い切りには併せ馬でビッシリ追われることの多い馬が、この年の天皇賞秋では馬也でサラッと流す程度の追い切りに終始したのである。どこか(脚元等)に悪いところがあるわけではなく、まさに仕上がりが良好だったからこその馬也であった。

いざレースに行っても、ロケットスタートから好位を奪い、道中はリラックスして走り、最後の直線に向くやあっという間に先頭に立ち、そのまま後続との差を広げるばかり。G1レースを4勝したメイショウサムソンにとっても、この天皇賞秋はベストレースであろう。あまりにも仕上がりすぎていたため、このあとのジャパンカップと有馬記念では体調を落としてしまったのも仕方ない。休み明けを感じさせない、究極の仕上がりであった。

最終追い切りにおける強弱の「変化」を見るだけで、その馬の体調から脚元の不安の有無まで見て取ることも可能なのである。

(最終回に続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第29回

次に、調教における「変化」について述べていきたい。「変化」とは、今回の調教がこれまでとは違うということである。決して他馬の調教とのヨコの比較ではなく、その馬自身の過去の調教と今回の調教とのタテの比較ということだ。タテの比較をする以上、それまでの調教を観ている必要があるし、覚えていなければならない。そうしなければ、調教における「変化」には気づけない。

調教における「変化」のひとつ、初時計は前走後に肉体的な反動があったかどうかを知るひとつの目安となる。実戦のレースを走り、どれぐらい間が開いて時計を出し始めたかに着目する方法である。もし反動が出てしまい、肉体的な疲労が取れていなければ、当然のことながら乗り出しは遅くなる。たとえ馬場で乗られていたとしても、時計になるだけの調教が出来ていなければ、前走の反動の大きさが察せられるだろう。逆に、レース後すぐに時計を出せている馬は、元気一杯で、レースによる疲れがほとんどなかったということを意味する。

たとえば、2009年の安田記念のウオッカの乗り出しのタイミングをみてみたい。5月17日に行われた前走のヴィクトリアマイルを、ウオッカは2着馬に7馬身差をつけ圧勝した。ドバイからの遠征帰りということもあって、反動が心配されたが、ウオッカはなんとレース翌週の5月24日には初時計を出して見せたのである。

5/24(日) 栗坂 良 62.4-44.7-28.9-14.4 馬也

Tyoukyou36レース後は疲れを取ることに専念するため、これまでウオッカは翌週に時計を出すことは滅多になく、2週間後に初時計を出すことが多かった。そのウオッカが、ヴィクトリアマイル後は、翌週に馬なりの軽めながらも時計を出した。これは陣営が思っていたよりも反動が少なく、疲労もほとんど見られず、体調が良かったことを意味している。今年の安田記念に臨むにあたっては、最終追い切りの動きの良さばかりが強調されたが、それと同じくらい、もしくはそれ以上に初時計も大きな意味を持っていたということである。

実は、昨年(2008年)の安田記念もヴィクトリアマイルの翌週には時計が出ていた。昨年はヴィクトリアマイルこそ負けてしまったが、海外遠征帰りをひと叩きされ、安田記念に向けて順調この上ない調整が出来ていたことが分かる。また、いまや伝説のレースとなった2008年天皇賞秋に臨むにあたっても、前哨戦である毎日王冠の翌週に時計を出していたことは記憶に新しい。

このように、レース後、どれぐらいの期間(日数)が開いて初時計が出たかを見ることは、前走の反動があるかどうかを見極める目安となるのだ。もちろん、個体差があるので、その馬が普段はどれぐらいから時計を出し始めているかを知っておく必要がある。いつもはレース後の回復に時間が掛かる馬が、翌週から時計を出してくるという「変化」があった場合には、レースにおける反動がなく、体調もすこぶる良好と判断してもよいだろう。

ちなみに、残念ながら回避となってしまったウオッカだが、宝塚記念に臨むにあたっての初時計は6月19日であった。安田記念(6月7日)から12日後。7馬身差で圧勝したヴィクトリアマイルの後よりも、安田記念の後のほうが反動は大きかったということを意味する。もし宝塚記念に出走していたなら、果たしてウオッカは私たちにどんな走りを見せてくれただろうか。こういったタラレバが尽きないのも、また競馬の楽しみのひとつである。

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集中連載:「調教のすべて」第28回

Tyoukyou35

また、調教で「動かない」ことには、その馬自身の完成度が高くないという理由もある。まだ競走馬としての体が出来上がっていないため、実戦ではレースセンスの良さでカバーできても、どうしても調教で速いタイムを出したり、抜群の動きを披露したりすることが難しいのだ。

たとえば、今年のダービーで4番人気に推されたアプレザンレーヴは、最終追い切りの時点で、陣営から調教では「動かない」というコメントが出ていた。

追い切り後の池江泰朗調教師のコメントは以下の通り。

調教では動かない馬だけれど、今日は気分良く動いてくれた。もうやることはない、満足できる状態です。(中略)2400メートルは最適。前走の様な競馬をしてくれれば」(スポーツ報知)

なぜアプレザンレーヴが調教で動かないかというと、ダービー時点では競走馬として成長途上であったということに尽きる。馬体だけを見ても、父シンボリクリスエスの3歳春時点と比べても、明らかに完成度が劣っていることが分かる(写真参照↓)。競走馬としての資質やレースセンスは非常に高い馬なので、青葉賞まではなんとか勝ち上がって来たが、やはりダービーという完成度を競う舞台で勝ち負けするのは難しかったのだ。陣営から「動かない」という言葉が頻繁に出てくるということは、アプレザンレーヴの完成度が高くないということを暗に意味していたのである。

シンボリクリスエス
Sinbori 引用元:競馬ブック

アプレザンレーヴ
Apurezan 引用元:競馬ブック

その他、調教で「動かない」ことには、年齢によってズブさを増している、蹄鉄が薄くなっている、○○コースでは動かない、など様々な理由が存在するが、最も多いのは先に挙げた2つ(「体調が良くない」「完成度が高くない」)である。よって、調教で「動かない」馬はほとんど走らないのである。「ケイコでは動かない馬だから…」、「元々動かない馬だから…」、「実戦タイプだから…」という調教の動きが悪いことを示唆するコメントが出てきたら、その馬は消しと考えてもよいだろう。

ただし、ひとつだけ例外はある。それはその馬がステイヤー(長距離を得意とする馬)であるケースである。基本的にステイヤーはゆったりとしたフットワークで走る馬が多く、気性的にもおっとりしているので、調教のような短い距離で速いタイムを出したり、抜群の動きを見せたりすることはない。

たとえば、私の中でステイヤーというと真っ先に出てくるのがライスシャワーという名前であるが、この馬は本当に調教では動かなかった。500万下の条件馬と併せ馬をしても、食らいついていくのが精一杯という具合。どこにでもいそうな小柄な馬だったので、もし菊花賞や天皇賞春を制したライスシャワーということを知らずに調教だけを見ると、誰もが走らない下級条件馬と認識したはずである。

つまり、ステイヤーが調教で「動かない」ことに関しては、その馬の特徴として大目に見るべきなのだ。3000mを超えるレースになってくると、ほとんどが調教で「動かない」馬たちであることも珍しくない。逆に言うと、調教で「動かない」馬は、もしかすると生粋のステイヤーかもしれないと可能性を探ってみることも、また楽しみのひとつではないだろうか。

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集中連載:「調教のすべて」第27回

Tyoukyou34_2ここまで調教での「動き」について述べてきたが、最後に、調教で「動かない」馬について書いてみたい。

結論から言うと、調教で「動かない」馬は走らない。厳密に言うと、調教で「動かない」馬とは、そのレースに臨むにあたっての調教で陣営から「動かなかない」という意味のコメントが出てきた馬である。コメントケースとしては、「ケイコでは動かない馬だから…」、「元々動かない馬だから…」というものから、「実戦タイプだから…」というものまで、どのコメントにも語尾に…のニュアンスがつく。詰まるところは、今回は調教での「動き」が悪かったことを示唆しているのである。

調教で「動かない」ことには、いくつかの理由が存在する。最も多い理由としては、ただ単純に体調が良くないからである。調子の良い馬は手脚が伸びているので、ゆっくり走っているように見えても自然と速いタイムが出るのとは対照的に、体調の悪い馬はフォームにも伸びやかさがなくなり、また精神的にも疲れているため前進意欲に欠ける走りとなる。時計が遅いということではなく、馬の「動き」自体が悪くなるということだ。その「動き」を見た陣営は、決して体調が悪いのかもとは口が裂けても言えず、前述のコメントでお茶を濁す。

たとえば、国内ダートG1レース6勝した実績を誇るヴァーミリアンの陣営から、昨年(2008年)のJCダート以降、追い切りで「動かない」というコメントが頻繁に出てくるようになった。「ヴァーミリアン 動かない」で検索するとたくさん出てくる中のひとつ、JCダートでのコメントは以下のとおり。

「凄くいい雰囲気。攻めで動かないのはいつものことだから」と古川助手の表情も明るい。(中略)3月のドバイ遠征以来だった前走・JBCクラシック(園田)でも、逃げて勝ちパターンに持ち込んだサクセスブロッケンを首差でねじ伏せる貫禄のレースぶり。左前ザ石の影響で「万全とは言えない状態」だった昨年のこのレースもレコードで圧勝。「何の不安もない」今年、舞台が東京から阪神に替わっても、ダート最強馬の座を簡単に明け渡すつもりはない。(スポニチ 2008年12月6日)

圧倒的な1番人気(2.2倍)に推された実戦では、最後はカネヒキリに出し抜けを食らい、メイショウトウコンには後ろから差され、まったく強さを見せることなく3着に敗れてしまった。第1コーナーで挟まれて苦しいレースを強いられたこともあったが、それまでのダートでの鬼のような強さを思えば、考えられないほどの凡走であった。次走の大井で行われた東京大賞典でも敗れ、翌年(2009年)のフェブラリーステークスに臨んだヴァーミリアンだが、ここでもまた陣営から「調教で動かない」という言葉がちらほらと聞こえてきた。案の定、2番人気に推されたものの、見せ場なしの6着と惨敗を喫してしまった。

ヴァーミリアンには目に見えない疲れが少しずつ出始めていたのだろう。2度にわたるドバイ遠征や国内のG1レースを勝ち続けてきたことによる肉体的、精神的な疲労が、2008年のJCダートを境として噴出してしまったのだ。全盛期に比べ、衰えもあったのかもしれない。確かにそれほど速い時計の出る馬ではなかったが、陣営からこれほどまでに「動かない」という言葉が出てくるということは、もうヴァーミリアン自身が黄色信号を発していたということに他ならない。

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集中連載:「調教のすべて」第26回

Tyoukyou33

たとえば、「動き」はゆっくり見えるのに「時計」は速いということがある。どれぐらいのタイムで走っているのか知らないまま調教を見ていると、とてもゆっくりゆったりと走っているように見えるが、走り終わった後に計測されたタイムを見てみると、思っていたよりも速い。速く走っているように見えないのだが、実はかなり速い時計で走っているということだ。これは一流馬の調教によく見られる現象であり、またたとえ同じ馬であっても、調子の良い時にこのような動きをすることが多い。

なぜ「動き」はゆっくり見えるのに「時計」は速いかというと、馬がそれだけ全身を使って走っているからである。馬は体全体を伸縮させて、手脚を伸ばして走る。脚の回転数との関係はあるが、その伸縮の幅が大きければ大きいほど(ストライドが長ければ長いほど)、速く走ることが出来る。

一流馬は追い出されると、他の馬以上に手脚がしっかり伸びて走るため、当然のことながら重心は下がり、沈み込むようにして走る。かつて南井克己元騎手は、オグリキャップに乗った時と同じ、あのグッと沈み込む感覚をナリタブライアンでも味わったという。追い切りよりもさらに速く走ることが求められる実戦のレースでは、まるで地を這うような感覚があったという。道中はリズム良く首を使い、最後の直線で追い出されてから重心がグッと沈み、ゴール前でも決して頭が上がらず、まるで地の果てまで伸びて行きそうなその走りは、今観ても圧巻である。

これは余談だが、ナリタブライアンのシャドーロールは頭の高さを矯正するものではなく、新馬の頃に自分の影を怖がる素振りを見せたため着用したとのことである。その後、精神的にも成長して、シャドーロールを着けて走る意味はなくなったが、「シャドーロールの怪物」という競馬ファンのイメージを壊さないよう、最後のレースまで装着して走った。個人的には、シャドーロールといえばナリタブラインで、ナリタブライアンといえばシャドーロールなので、外さないでいてくれて良かった。女性や初心者にとっては、レース中にどこを走っているか分かりやすいという効果もあったと思う。

また、たとえ同じ馬であっても、調子の良い時に、「動き」はゆっくり見えるのに「時計」は速いということが多い。たとえば、2008年の天皇賞春を勝ったアドマイヤジュピタの最終追い切りは、速く走っているように見えないのだが、この馬にしてはかなり速い時計で走っていた。アドマイヤジュピタは本質的にはステイヤーなので、追い切りでそれほど速いタイムが出るタイプではない(このことについては後述する)。これまでは一杯に追われても53~54秒台でしか坂路を駆け上がって来られなかった馬が、最高の出来にあった天皇賞春では52秒ジャストの速い時計が自然と出たのである。調子が良い時は、自然と手脚がスムーズに伸びて、見た目以上のタイムが出やすいのである。

☆アドマイヤジュピタの天皇賞春の最終追い切りはこちら
http://www.jra.go.jp/keiba/thisweek/2008/0504_2/asx/training/14.asx

調子の良し悪しを見極めるためにも、「時計」と「動き」のアンバランスには注目してみるとよい。

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集中連載:「調教のすべて」第25回

Tyoukyou32

次に、坂路調教における「動き」について。

坂路調教での「動き」について話を進める前に、まずは坂路コースの「時計」(タイム)について少し述べておきたい。直線を駆け上がる坂路コースは、内外における差がなく、「時計」そのものの確実性は平地のコースに比べると高い。もちろん馬場状態を加味しながらではあるが、ある程度の信頼性を持って「時計」を評価できる。速い時計で駆け上がった馬は、それだけ調子が良かったり、しっかりと負荷が掛けられたことを意味する。

しかし、「時計」はしょせん「時計」であって、実際のレースが行われるのはトラックなので、真っ直ぐに駆け上がる坂路コースの「時計」がそのまま実戦に直結するわけではない。坂路で1番時計を出すような馬が、実戦のレースに行ってあっさりと負けてしまうことなどよくある話だ。坂路調教の「時計」は直線コースを速く走れることの証明にしかすぎず、過大評価をしてはならない。「時計」が速くても「動き」が悪い馬より、「時計」が遅くても「動き」が良い馬の方が、レースに行っても良い結果を出すことが多いのだ。

坂路調教での「動き」でまず見るべきポイントは、シッカリとした脚捌きで、真っ直ぐに駆け上がってきているかどうかである。幸いなことに、私たちは坂路コースを駆け上がってくる映像を提供されるため、坂路調教での馬の左右動は見分けやすい。力強い脚取りで、坂下から頂上まで真っ直ぐに駆け上がって来られる馬は、青写真通りに調教が進んでいて、レースに向けて最高の体調で臨めることが多い。逆に、左右ジグザグにブレて走ってしまったり、どちらかにモタれて走らざるを得なかったりする馬は、それまでの調教過程にどこかしら無理があり、完調手前の体調であることが多い。

たとえば、昨年で言うと、2008年のスプリンターズSを快勝した牝馬スリープレスナイトの最終追い切りの「動き」は圧巻であった。

スプリンターズS最終追い切り
栗坂 重 上村 53.3-38.4-24.8-12.5 強め

☆実際の追い切り映像はこちら

1週間前には49秒台が出たほど、やれば時計の出る馬だけに、走りにくい重馬場であったことを差し引いても、53秒3という「時計」は平凡に映るかもしれない。しかし、シッカリとした脚捌きで、真っ直ぐに駆け上がってきた迫力満点の動きを見れば、スリープレスナイトの体調や仕上がりの良さが伝わってくる。春から夏も休まず走り続けて来たにもかかわらず、調子落ちの心配は全くないという判断が出来たのではないだろうか。いざレースでは、危なげない横綱相撲で牡馬を相手に5連勝で頂点に上り詰め、上村騎手に嬉しいG1初勝利をプレゼントした。

また、最初から速いペースで飛ばし過ぎたために、ラスト1ハロンの「時計」が掛かるケースもある。坂路調教は前半に飛ばした時のバテ方が平地調教に比べて著しいため、こうした「時計」を見て、体調が悪いと判断してしまうのは早計である。前半を飛ばせば後半にバテるのは当然といえば当然なので、たとえバテバテになっていたしても、シッカリとした脚捌きで、真っ直ぐに駆け上がって来ていれば全く問題ない。私たちが見るべきは、「時計」よりも、あくまで「動き」なのである。

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集中連載:「調教のすべて」第24回

Tyoukyou31

調教における「動き」において、耳の「動き」にも注目しなければならない。なぜなら、耳には馬の精神状態が最も顕著に表れるからだ。緊張していたり、敵意をムキ出しにしている馬の耳は、絞られて後方を向いている。対照的に、リラックスしている馬の耳は、立って前方を向いている。レース中はもちろんのこと、追い切りにおいても、馬がどのような精神状態で走っているかは、馬の耳の「動き」を見ることによって知ることが出来る。

調教ではないが、私の記憶に最も残っているのが、ディープインパクトの凱旋門賞の返し馬における耳の「動き」である。大観衆に包まれながらパドックから本馬場に入場したディープインパクトは、手綱から放たれるや、武豊騎手を背にゆったりと駆けていった。その時、解説を務めていた岡部幸雄元ジョッキーの口から、「ものすごく理想的な耳の動きをしていましたね。ゆったりと走れて素晴らしい返し馬でした」という言葉が発せられた。

さすがにディープインパクトの耳の動きにまで目を留めていなかった私は、後日、録画VTRを観て、岡部幸雄元ジョッキーが理想的と語る、ディープインパクトの耳の「動き」を確認してみた。風のように走り去るディープインパクトの耳は、完全に立って前方を向いているわけでもなく、絞られて後方を向いているわけでもない。水平になびいていたのである。リラックスしすぎているわけでもなく、緊張しすぎているわけでもない、理想的な状態にあることを私は確かに見て取った。

ところで、調教にて追われる際、ほとんどの馬の耳は絞られて後ろに向けられている。騎乗者や鞭の存在から、後ろより迫り来る捕食者の存在を察知し、サラブレッドの本能が馬を前へ前へと駆り立てる。後ろからの見えない敵を感じるからこそ、サラブレッドは自らの限界を超えて速く走ることが出来るのだ。逆に言うと、追われて速く走らなければならないほど、サラブレッドは緊張し、その耳は極限まで絞られて後ろを向いているはずだ。

そんな厳しい追い切りの中でも、耳が絞られておらず、ブラブラと泳いでいる馬は、余力が残っているだけではなく、リラックスした精神状態を保てていると想像できる。時計にもならないような馬なり調教であれば、そのような耳の動きをすることもあるだろう。しかしそうではなく、ごく普通のキッチリとした追い切りの中で、リラックスした耳の動きをしている馬には要注意ということである。肉体的にも精神的にも調子が良いからこそ、速い時計で追い切っても余裕のある走りが出来るということだ。そういう馬はレースに行ってもキチンと折り合い、騎手のゴーサインに忠実に反応する。

ここ最近で言うと、リトルアマポーラのエリザベス女王杯の追い切りでの耳の動きが抜群に良く見えた。ルメール騎手を背に道中はゆったりと進み、最後の直線に向くと、わずかなゴーサインに応えてスッと伸びていた。リトルアマポーラの耳は、完全に立って前方を向いているわけでもなく、絞られて後方を向いているわけでもなく、リラックスしながらも走ることに集中できていることが窺い知れた。ルメール騎手が追い切り後のインタビューで、「I’m confident.(自信があります)」と答えたのは、決してリップサービスではなかっただろう。結果、リトルアマポーラは3歳馬ながらにして古馬たちを横綱相撲で圧倒して、エリザベス女王杯に優勝した。

★リトルアマポーラの最終追い切り(エリザベス女王杯)はこちら
http://www.jra.go.jp/keiba/thisweek/2008/1116_1/asx/training/15.asx
*分かりづらいかもしれませんが、目を凝らして耳の動きをご覧ください。

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集中連載:「調教のすべて」第23回

Tyoukyou30

本当の調教の「質×量」を把握することが難しくなってきている以上、私たちが見なければならないのは、調教における「時計」や「本数」だけではなく、「動き」と「変化」もということになる。そこで、ここまでは調教時計の見方を説明しながら調教について述べてきたが、最後にもう少し具体的な話をしてみたい。「動き」と「変化」に重点を置いた、調教を見る際のポイントについて述べていきたい。

調教を見る際に最も大切なポイントは、言わずもがな、馬の「動き」である。もちろん、調教が行われた場所や馬場状態、騎乗者、調教タイム、コースの内外、追われ方なども、チェックしておくべきポイントであることに間違いはないが、それら以上に、馬がどんな格好をして走っていたのかということが何よりも大切なのである。特に最終追い切りは、馬の体調や仕上がり状態が如実に表れるので、目を凝らして見るべきである。

たとえば、追い切りで舌を出しながら走っている馬はレースでは狙いたくない。馬がハミを越して舌を出してしまうことには、体調が悪いので苦しくて舌が出てしまう、もしくは走ることに対しての集中力を欠いているなどの理由が考えられる。また、ジョッキーはハミを通して馬の気持ちや手応えを感じ、指示を出すので、舌がハミを越してしまっていては、騎手がレースに行って馬を上手くコントロールできないことになる。いずれにせよ、馬の舌がハミを越していることは決して良い兆候ではない。調教でこういう動き(様子)を見せている馬は、レースに行っても力を発揮できないことが多いのだ。

ダービーを制し、天皇賞を春秋連覇したメイショウサムソンも、調子の悪い時期には追い切りで舌を出して走ることが多かった。1番人気に推された昨年の宝塚記念でも、最終追い切りで舌がハミを越して走っていた。この時期は、体調が悪かったというよりも、3歳クラシックから死闘を繰り返してきたことによる精神面での燃え尽きがあったように思う。走ることに対する前向きな気持ちが完全に切れて、集中力を欠いてしまっていた。舌のわずかな動きだけでも、馬の気持ちが分かることもある。

→メイショウサムソンの宝塚記念最終追い切りの動きはこちら

同じく昨年で言えば、ウオッカのジャパンカップ時の追い切りでも、舌を出して走っている様子が窺われた。ウオッカの場合、走ることに対する集中力というよりも、前走の天皇賞秋を激走してしまったことによる肉体的な疲れがあったのだろう。55秒台の軽めの追い切りだったこともあるが、天皇賞秋の前の最終追い切りとは比べ物にならない「動き」であった。メイショウサムソンにせよウオッカにせよ、走る能力が高いため好走はするが、最後の詰めを欠いてしまった理由は最終追い切りの舌の僅かな「動き」にも表れていた。

→ウオッカのジャパンカップ最終追い切りの動きはこちら

(第24回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第22回

Tyoukyou29

最後に、「本数」について。どれだけの追い切りが掛けられたという回数のことだが、たとえば宝塚記念に臨むにあたってのアドマイヤムーンは、最終追い切りを含めて5本の時計を出していることが分かる(下記参照)。1ハロン15秒以下の時計で走った追い切りが、中間に4本あったということである。

アドマイヤムーン
6/09(土) DW 重 助手      73.5-57.3-42.2-12.0 ⑨ 馬なり
6/10(日) 栗坂 稍 助手      55.8-41.3-27.7-13.9   馬なり
6/13(水) DW 良 岩田   85.4-69.0-53.7-39.5-11.2 ⑨ 一杯
6/16(土) DW 稍 助手 (7)98.4-69.2-55.0-41.1-12.7 ⑨ 馬なり
6/21(木) DW 良 助手 (7)95.6-66.5-52.5-38.3-11.5 ⑨ 一杯

サラブレッドの調教は結局のところ「質×量」に落ち着くと前述したが、追い切りの「本数」とは「量」にあたる部分である。たとえ1本1本の追い切りは軽くとも、多い本数を追い切られれば、全体として馬に掛かる負担は同じになる。

藤沢和雄厩舎の馬たちが馬なりで楽に追い切られているように見えて、実際のレースでは走られる体つきに仕上がっているのは、追い切りの「量(本数)」が多いということでもある。だからこそ、私たちは追い切りの「質(強さ・弱さ)」だけにとらわれてはいけない。どれぐらいの「質(強さ・弱さ)」の追い切りが、どれぐらいの「量(本数)」行われたかということが重要になってくるのだ。

しかし、ここで大切なことは、追い切り以外の運動や短期放牧先での乗り込みなど、私たちの見えないところで進んでいる調教については数字としては表れてこないということだ。追い切り以外の引き運動などを30分程度でサッサと終わらせてしまう厩舎もある一方で、なんと2時間近くもかけてひたすら歩かせる方針を採る厩舎もある。毎日少しずつの違いがレースでは大きな差になって表れるのだが、残念なことに私たちにその違いは見えない。

また、当面レースに使う予定のない馬はすぐに短期放牧に出され、レース直前に入厩させることが当たり前になってきているにもかかわらず、短期放牧先での追い切りの状況などを私たちが知ることはない。入厩してからわずか数本しか時計を出していない馬が、休み明けのレースをあっさり勝利したというケースなど山ほどあるだろう。

つまり、私たち競馬ファンが調教の「質×量」を完全に把握することは本当に難しいということだ。その馬に関わる、ごくわずかな関係者以外には、本当の調教の「質×量」など分かるはずもない。調教師のように馬の調教スケジュールを管理していたり、厩務員のように一日中付きっ切りでもない限り、どうして本当の乗り込み量や運動量などを把握することが出来ようか。調教を見ることの難しさは、ここに集約されていると言っても過言ではないだろう。

(第23回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第21回

Tyoukyou28

■併せ馬をすることの意味
「追われ方」は、“馬也(うまなり)”と“強め”と“一杯”の3つに大別されると述べたが、さらに実際の調教では、“単走”なのか“併せ馬”なのかが加わってくる。“単走”であれば特に表記はないが、“併せ馬”であれば、どの馬とどう走ってどれぐらい先着した(もしくは遅れた)のかが表記される。

たとえば、角居厩舎のウオッカが桜花賞に臨む前の最終追い切りは“併せ馬”で行われた。

2007/04/04(水) CW 良 四位 67.9-52.5-39.1-12.3 ⑦ 馬也
中マヒオレ馬也を5Fで0秒4追走1F併せで併入
外エキゾーストノート馬也を5Fで0秒8追走1F併せで併入

この表記が意味するところは、3頭の併せ馬においてウオッカは、中を馬なりで走るマヒオレに0.4秒、外を馬なりで走るエキゾーストノートに0.8秒遅れたところから追走して、内側に併せて、ほぼ同時に(併せ馬の形で)ゴールしたということである。残念ながらダイワスカーレットの2着に敗れてしまったが、追い切り自体の内容は、手応え十分の素晴らしいものであった。

併せ馬のメリットは、馬同士が互いに競い合って、様々なことを学習することにある。たとえば、3頭併せでスタートして、道中をきちんと折り合って、直線に向いてから目標の馬を交わす練習であったり、自分よりも能力の高い馬の後ろについてその走り方を学ぶなど、併せ馬のメンバーや設定を工夫することによって、実戦に近い形での経験が積めるということである。

これから伸びようという2歳馬を、古馬のオープン馬と走らせることもある。まともに併せたのでは勝負にならないので、2歳馬は内ラチ一杯のコースを走り、古馬のオープン馬は大外を回るというハンデをつけるのである。そうやって年上のオープン馬と互角に走っているうちに、2歳馬は自信をつけてくる。ハナの差を争うような厳しいレースでは、こういった精神面での優劣が大きくものをいうから、馬に自信を与えていくことの意味は大きい。

また、一流馬にはそれぞれ、並の馬にはない何かがあるため、人には決して教えることのできないその何かを、成長過程の馬は一流馬と一緒に走ることで学び取ることがある。主として集団調教を行う藤澤和雄厩舎からタイキブリザード、タイキシャトル、スティンガー、そして角居勝彦厩舎からデルタブルース、ポップロック、ウオッカ、トールポピーなどの一流馬が次々と出るのは、併せ馬という模擬レースの中で、後輩が先輩から何かを学習しているからである。たとえば、スティンガーはタイキシャトルと一緒に走ることによって、タイキシャトルはタイキブリザードと走ることによって、様々なことを学び取ったのである。

それでは、自分よりも格下の馬に胸を貸す一流馬のメリットはなんであろうか?それは、「精神的に燃え尽きない」ということである。強い馬は己の限界を超えて走ってしまうことがあるので、強い馬を強い馬と一緒に走らせてしまうと、お互いが頑張りすぎて最後には精神的に参ってしまうのだ。精神的に燃え尽きさせないために、せめて調教だけでも、なるべく走る馬と走らない馬を一緒に走らせるのである。

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集中連載:「調教のすべて」第20回

■限界まで仕上げられたサラブレッドの激走
ただし、厳しい調教を課されて極限に仕上げられた馬が、己の能力の限界を超えて120%の力を出してしまうことも確かにある。目の前のレースに照準を絞り、考えうる限りの強い追い切りをかけられた馬が、あっと驚く激走をするところを幾度となく私は見てきているのだ。だからこそ、私はこう考える。

「サラブレッドは鍛えれば(少しばかりは)強くなるし、ギリギリに仕上げると(少しばかりは)速く走ることができる」

あくまでも(少しばかりは)という括弧付きではあるが、その(少しばかり)が勝負の行方を左右するのも事実である。サラブレッドの競走は0,1秒を争うものであり、わずか鼻の差でレースの勝敗が分かれてしまうことは少なくない。相手よりも鼻の差だけでも前に出ることができれば、勝負に勝つことができる。そのわずかな差を埋めるために、(少しばかり)速く走ることが必要になるのである。

同じサラブレッドが80%に仕上げられた時と、100%に仕上げられた時で、一緒に走ったと仮定すると、間違いなく100%に仕上げられた時の方が勝利を収める。最後のひと踏ん張りが違ってくるからだ。これまで、限界まで仕上げられたサラブレッドの激走を数多く見てきた経験からも、このことは自信を持って言える。

たとえば、これは皮肉にも藤澤和雄調教師のケースであるが、平成11年のNHKマイルカップを勝った時のシンボリインディはギリギリの仕上げであった。いつもならばゴール前も馬なりのままフィニッシュする藤澤流だが、このレース前の最終追い切りに限っては、シンボリインディをゴール前強めに追い切ったのだ。当日の体つきを見て、もうひと絞り必要だと考えたのかもしれない。それでも、当日のマイナス12kgの馬体重は、藤澤調教師の思惑に反して仕上がり過ぎてしまったはずである。100%に仕上げられたシンボリインディは、己の能力を極限まで出し切って、シンボリ牧場に14年ぶりとなるタイトルをもたらした。

Tyoukyou27 by sashiko

しかし、100%に仕上げられた馬は、肉体的にも精神的にも大きな反動に襲われる。その後のシンボリインディは14着、9着、9着、5着、10着、5着と、G1ホースとはとても思えない惨敗を繰り返した。そのレースが最後であれば、それでいいかもしれないが、ほとんどのサラブレッドの競走は1回で終わるわけではなく、その後も続いてゆくものだ。目先の勝ちだけを追って、馬の成長や将来を考えない調教は、長い目でみるとマイナスの効果しか生まない。

藤沢調教師は、誰よりもそのことを身に染みて分かっている。だからこそ、たとえ仕上げてしまえば勝てるかもしれないレースであっても、ギリギリの仕上げを施すことなく、余裕を持たせて出走させる。我慢をすることができるのだ。だからこそ、藤沢調教師の管理馬は、故障が極端に少なく、高齢までコンスタントに走り続ける馬が多い。

■目に見えない部分
馬は鍛えることで強くなるのかという問いに対して、トップトレーナーたちそれぞれの考え方を紹介してきたが、いずれにせよサラブレッドの調教は「質×量」であるということに落ち着くのではないだろうか。サラブレッドがアスリートである以上、本番で能力を最大限に発揮できるような状態に持っていくことが調教の目的であり、調教師の仕事である。その持っていき方(仕上げ方)に、調教師の思想や技術、ひいては個性が表れていくのである。

実は藤沢調教師や角居調教師の馬は、たとえばグリーンウッドや山元トレセンなどの育成牧場(施設)で乗り込まれて来ているからこそ、それほど速い時計を出さなくても仕上がるという事情もある。調教師一人あたりの馬房数に制限がある現在の制度上では、1頭の馬をずっと厩舎に置いておくのではなく、当面レースに使う予定のない馬はすぐに短期放牧に出し、レース直前に入厩させることによって、馬房の回転数を良くしていくことが厩舎の好成績につながるのだ。こうして育成牧場を効率的に使っている厩舎の馬には、短期放牧先でもしっかり乗り込まれてきているからこそ、レース前に強い追い切りをかける必要はないということである。

また、追い切り以外の引き運動や常歩運動などの運動をどれだけしっかりと行っているかに関しても、数字としては表に出てこない、目に見えない部分である。だからこそ、藤沢調教師や角居調教師の調教は楽で、戸山調教師や白井調教師の調教が厳しいとは一概には言えないのである。運動量という意味においては、もしかすると藤沢調教師や角居調教師の調教の方が馬にとってはハードなのかもしれない。

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集中連載:「調教のすべて」第19回

■角居勝彦調教師の極意
続いて、もう少し具体的に、馬は鍛えても走らないという考えを実践している調教師のケースを紹介したい。牝馬のウオッカで日本ダービーを制し、シーザリオ、デルタブルースで海外のG1レースを勝つなど、驚くべき挑戦をしてかつ結果を出し続ける、日本を代表するトレーナー角居勝彦調教師である。師にいたっては、馬は鍛えても走らないだけではなく、馬は鍛えなくてもよいという考えを持っている。

馬は、自分で強くなる。レースを使えば、本能的に120%の力を出し尽くし、その中から何かを学習して成長してゆく。また、レースで酷使した筋肉は、超回復の原理によって、いったん組織が壊れても、適切な休養さえ取ってやれば、よりたくましくなって回復する。調教師は、それを我慢強く見守り、あせらずにじっと待ちながら、その時点での彼らのベストパフォーマンスを引き出すような、管理の工夫をしていればいい。

鍛えなくていいのである。

違う言い方をすると、それぞれの馬が持って生まれた能力というのは、調教師がつくり変えられるような甘いものではない。私にできるせめてものことは、彼らの能力をできる限り減らさないことくらいだろう。目先の勝ち負けにこだわって、馬に無理をさせるようなことはできないのだ。

わずか10年ぐらいの間に、これほどまで馬を調教することに対する考え方が変わることにまず驚かされる。故戸山為夫調教師も角居勝彦調教師も共に、ミホノブルボンやウオッカといった、時代の最強馬を作り上げたダービートレーナーであるのだ。決してミホノブルボンがウオッカに比べ、素質が劣っていたとは思えない。ミホノブルボンは戸山厩舎に入厩したときから凄い馬だったという説もある。それでも、故戸山為夫調教師はミホノブルボンを鍛えることで、一方、角居勝彦調教師はウオッカを鍛えないことでダービー馬となさしめたのだ。

角居勝彦調教師にとって初めてのG1制覇となったのは菊花賞のデルタブルースだが、このレースに臨むにあたっての調教においても、角居勝彦調教師はデルタブルースを鍛えることはなかった。最終追い切りは、芝コースを馬なりで流したのみという極めて軽い調教であった。これから3000mという過酷な距離のレースをする馬が、これだけの調教で息が持つのかどうかという心配の声も少なくはなかった。従来の考え方であれば、長距離のレース前にはビッシリと追っておくのが常であった。それでも角居勝彦調教師は勇気を持って鍛えなかったのだ。

Tyoukyou26 by fake Place

大丈夫さ、と私は信じていた。デルタブルースはその菊花賞の3週間前に、中山競馬場で2500mの九十九里浜特別を勝っていた。長距離レースの経験がある馬は、よほど長いブランクがない限り、実戦で一度息をつくってさえやれば、調教は軽くてもかまわない。というより、レースに行ったときの息と調教でつくる息は違うので、どんなに厳しい調教を積んでもあまり意味はない、とさえ言えるだろう。
悪影響の方が大きいかもしれない。サラブレッドの腱や関節は消耗品だからである。大きな負荷をかけるのはレースだけでいい。毎日のように長い距離を走らせれば馬は傷むものだし、大事な本番直前に強い追い切りをかけるのも、せっかく高まっている心身のテンションを台無しにする恐れがある。

マラソンランナーや野球の投手、ボクサーなど、人間のアスリートに置き換えて考えてみてほしい。ピークを本番に持っていくために、逆算して、激しいトレーニングを積むのは本番よりかなり前に済ませて、直前には微調整くらいしかしないはずである。

サラブレッドもまったく同じだ。使うレースの距離に関係なく、3000mのレースだろうが1200mのレースだろうが、同じである。トレセンでの調教は、稽古というより、心身の調整程度に考えておいたほうが良いのだと思う。(「勝利の競馬、仕事の極意」より)

随分と長く引用してしまった。いずれにせよ、この両者の考え方において、大きく異なるのは、調教で馬を鍛えることによって能力が上がるかどうかという点である。故戸山為夫調教師や白井寿昭調教師は調教で馬を鍛えることによって走る能力が高くなると考え、藤澤和雄調教師や角居勝彦調教師はそうはならないと考えている。鍛えれば速く走られるようになるのであれば厳しい調教を課すだろうし、そうでなければ調教は心身のコンディションを整える程度のものとするだろう。

私は後者の考えに一日の長があると思っている。もちろん、現代を代表するトップトレーナーたちが実行して結果を出しているというのが何よりの証拠だが、それ以上に、馬の走る能力はサラブレッドが厩舎に入ってくる時点ではほとんど決まっていると考えるからだ。

角居勝彦調教師の言う、「それぞれの馬が持って生まれた能力というのは、調教師がつくり変えられるような甘いものではない」という言葉は、まさにその通りだと思う。競走馬としてトレセンに入ってきた時点で、調教師及びその関係者たちに出来ることといえば、その馬が本来持っている能力を最大限に発揮できるよう、あらゆる手段や方策を工夫してケアすることぐらいなのではないか。

(第20回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第18回

■藤沢調教論の本質
さて、今度は反対に、馬は鍛えても強くなることはないという考えを紹介したい。リーディングトレーナーの座に10年以上にわたって君臨し続けている、藤澤和雄調教師である。当時は革命的でさえあった馬なり調教を貫き、広く認めさせた師は、以下のように語る。

ご存知よくパドックの解説で「うっすらとアバラが浮いた、ギリギリの仕上げ」という言葉を耳にするが、私に言わせれば、やりすぎである。仮にそれでいつもより少しばかり速く走れたとしても(私は速く走れるとは思わないが)、そういう体で目一杯のレースをしたら、馬はそのあと、どうなるのか。そんな競走生活を、二年三年と続けさせられる馬は、はたしてハッピーだろうか。レースのときさえ速く走れれば、そのあとはどんな状態になってもよいという考え方には賛成できない。

(中略)

たしかにレースに出走する馬は、体が出来上がっていなければならないが、痩せていてはダメである。レースで勝ち続けるには、力強い馬体に、元気が満ちていなければならない。(「競走馬私論」より)

まさに、これぞ藤沢調教論の本質である。藤沢調教師と、他の多くの調教師との間にある、たったひとつの大きな違いがここにある。目一杯に仕上げてしまうか、そうでないか、の違い。目一杯に仕上げてしまうことを、藤沢調教師は「やりすぎ」とする。

Tyoukyou25_2

その後のことを考えずに100%に仕上げてしまってはいけない。肉体的にも精神的にもダメージを受けた馬は、次第に走ることが嫌になり、それを強いる人間に対しても反抗的になる。果たして、その馬の成績は尻すぼみとなり、競走期間は短いものとなる。

もちろん体が出来上がっていなければレースにならないので、80%程度の仕上げでコンスタントに競走に臨ませることになる。肉体的にも精神的にも、多少の余裕を持たせた状態で出走させるのである。馬に力があればそれでも勝てる。果たして、その馬の能力に相応しい成績を残すことができ、競走期間は長く充実したものとなるのだ。

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集中連載:「調教のすべて」第17回

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“強め”や“一杯”の調教は、馬を鍛えたり、馬体を絞ったりして、レースで全力を出し切れるように仕上げるために施される。当然のことながら、馬にとっては肉体的、精神的に負荷が掛かるため、無理な追われ方をしてしまうと、体調が下降線を辿ってレースで凡走するだけではなく、下手をすると怪我にもつながってしまう恐れもある。それでも、サラブレッドが速く走るために生まれてきた経済動物である以上、狙ったレースに向けて、ギリギリの調教を施されることは避けて通れない。

ところで、馬は強く追うことで本当に走るようになるのだろうか?別の言い方をすると、馬は鍛えることで果たして強くなるのだろうか?おそらくこれは私だけではなく、ほとんど全ての調教師が抱えている疑問であり、悩みなのではないだろうか。あまりにも本質的すぎて、正しい答えというものがあるとは思えないが、それでも考えないよりはましだろう。

まずは鍛えることで強くなるという考えを紹介したい。この連載の冒頭で登場した、2冠馬ミホノブルボンを管理した故戸山為夫調教師である。通常1日2~3本の厩舎が多い中で、1日4本、多い時には1日に5本も登坂することもあり、「スパルタ調教」とも揶揄されたトレーニング方法を確立した。故戸山為夫調教師は、自身の調教理論についてこう語る。

戸山流ハードトレーニングは、いわば必要に迫られてのことであった。天才的に速い馬がどんどん厩舎に入ってくれば、私もハードトレーニングなど考える必要はなかったかもしれない。しかし、発足したばかりの厩舎のジョッキーとして育ち、勝てない悔しさを重ねた。調教師としても天才的な馬には恵まれない悔しさがあった。

ではどうするか。鍛えて鍛えて、鍛え抜いて勝つしかない。ボクサーにしても、力士にしても、練習に練習を重ねたものが強い。100mランナーもマラソンランナーも、人一倍練習するものが最後には栄冠をもぎとるのだ。馬にもそれが当てはまらないはずはない。(「鍛えて最強馬をつくる」 かんき出版)

故戸山為夫調教師はここで、「天才的に速い馬がどんどん厩舎に入ってくれば、私もハードトレーニングなど考える必要はなかったかもしれない」と皮肉を込めているが、本当にそうだとは思っていないだろう。そもそも天才的に速い馬がどんどん厩舎に入ってくることなど、どの厩舎においてもあり得ないことなのだから。それを承知の上で書いている以上、どの厩舎にとってもハードトレーニングは必要だというのが真意であろう。

もう一人、鍛えることで強くなるという考えを持つ調教師を紹介したい。ダンスパートナー、スペシャルウィーク、アグネスデジタルなど、数々のG1ホースを育て上げ、究極の仕上げの上手さは誰もが認める白井寿昭調教師である。白井寿昭調教師は強い調教について、こう語っている。

マラソンでも日々の努力、毎日のハードトレーニングの結果が反復練習となって厳しい試合で活かされるわけですよね。軽い調教をやっていて厳しいレースを勝てるならそれに越したことはないけれども、そういうわけにはいかないのが勝負の世界ですから。

やはり持ったままの調教で競馬に通用するかというと疑問ですね。我々の場合、厳しいレースに対応するにはハードなトレーニングが必要だと思うからこそ、あれだけの調教を課すわけです。かといって馬の競走生命が短かったかというとそうではないと思います。もちろん、なんでもかんでも無我夢中にやってしまうとパンクするでしょうから、待つ時は時期が来るまで待つべきでしょう。(「G1勝利の方程式」白夜書房)

白井寿昭調教師も、故戸山為夫調教師と同じく、毎日の厳しいトレーニングがレースに行って生きてくるという信念を持って馬を鍛えていることが分かる。だからこそ、持ったままの馬なり調教を施された馬が、いきなり厳しいレースで結果を出すことが出来るかどうかには大いに疑問を呈している。

Tyoukyou23 by sashiko


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集中連載:「調教のすべて」第16回

例)6/21(木) DW 良 助手 (7)95.6-66.5-52.5-38.3-11.5  一杯

「タイム」の隣にある数字(赤字)は、「走ったコースの内外」である。すなわち、コースのどのあたりを走ったかを表している数字であり、内ラチ沿いが②、外ラチ沿いが⑨となり、その間を順に③から⑧までに分けている。当然のことながら、外を回った方が長い距離を走ることになるので、同じタイムの調教であったとしても、その価値が違ってくるのだ。

最後は、「追われ方」である。「追われ方」は、“馬也(うまなり)”と“強め”と“一杯”の3つに大別される。“馬也(うまなり)”→“強め”→“一杯”の順で強く追われていることを示す。もちろん、“馬也”でもなく“強め”でもないような微妙なさじ加減の追われ方もあるのだが、あくまでも表記方法として、これら3つの「追われ方」が用いられている。

だからこそ、その調教での「追われ方」が“馬也”であったのかそれとも“強め”であったのかは、トラックマンの判断によるとことが大きい。ある夕刊紙では“馬也”となっていたのが、別の専門紙では“強め”となっていることがあるのはそういうことである。何が正しいという基準はないので、自分が買った競馬新聞のトラックマンを信用するか、もしくはあなたが実際に調教を見て判断しなければならない。

「追われ方」についてもう少し詳しく説明していくと、“馬也”とは、読んで字のごとく、馬の気持ちに任せて走らせることである。手綱を通して全体的なタイムの調節はするものの、基本的に騎乗者には大きな動きはなく、ただつかまって乗っているだけである。当然のことながら、馬にとっては肉体的にも精神的にも最も負担の掛からない調教となるため、今の体調を維持したいといった状況においては最適な「追われ方」となる。

たとえば、最近で言うと、宝塚記念を勝ったエイシンデピュティの最終追い切りは、体調を維持するための“馬也”であった。エイシンデピュティは、昨年の毎日王冠以来、ほぼ月1のローテーションで休むことなく走り続け、今年に入ってすでに4戦を消化していた。しかも、京都金杯と金鯱賞を制し、産経大阪杯でもあのダイワスカーレットの2着と激走していたのだから、もはやギリギリの体調であったに違いない。宝塚記念に臨む最終追い切りと、その他のレース時の最終追い切りの「追われ方」を比べて見てみれば一目瞭然であった。

毎日王冠
2007/10/03(水) 栗坂 稍 野元 53.1-37.6-24.3-12.1 一杯
天皇賞秋
2007/10/24(水) 栗坂 良 野元 53.0-38.0-24.7-12.5 一杯
鳴尾記念
2007/12/05(水) 栗坂 良 助手 51.0-38.3-26.0-13.5 一杯
京都金杯
2008/01/03(木) 栗坂 良 岩田 52.8-38.7-25.4-12.6 一杯
京都新聞杯
2008/01/30(水) 栗坂 重 岩田 53.8-38.7-25.2-12.7 一杯
産経大阪杯
2008/04/03(木) 栗坂 重 岩田 53.1-38.1-24.3-11.9 一杯
金鯱賞
2008/05/28(水) 栗坂 良 岩田 54.1-38.8-25.4-12.8 一杯
宝塚記念
2008/06/26(木) 栗坂 良 内田 57.5-40.5-26.1-12.4 馬也

いつもならば最終追い切りは一杯に追われてレースに臨むエイシンデピュティであったが、野元調教師もさすがにギリギリの体調であることを察し、仕上がり切っていると判断して、“馬也”の追い切りを掛けてきたのだ。馬也なので57秒5と時計は掛かったが、内田博幸騎手を背にしてスムーズな動きであった。幸いにしてレースまでに体調を落とすことなく、エイシンデピュティは宝塚記念で悲願のG1制覇を成し遂げたわけだが、もし最終追い切りで“強め”または“一杯”に追われていたら果たしてどうなっていただろう?最終追い切りを境に、体調が下降線を辿ってしまい、レースでは惨敗を喫していたかもしれない。それほど、サラブレッドの体調とは繊細で移ろいやすく、そんなサラブレッドが集まって走るレースの結果もまた移ろいやすいのである。

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集中連載:「調教のすべて」第15回

前回の続き)
しかし、実は、最終追い切りの全体時計がレースでの結果に直結しなかったケースもまた多い。

2006年毎日王冠(1着)
2006/10/04(水) 南W 良 助手 63.7-49.2-37.3-12.6 6 G強

2006年天皇賞秋(1着)
2006/10/25(水) 南W 重 助手 63.7-48.7-36.0-12.6 1強め

2006年マイルチャンピオンシップ(1着)
2006/11/15(水) 南W 稍 助手 63.9-49.6-36.6-12.3 2馬也


2006年安田記念(4着)
2006/05/31(水) 南W 稍 安藤 61.9-48.0-34.6-11.2 3 G強

上の3つの時計は、ダイワメジャーの2006年秋シーズン時の最終追い切りである。馬場の違いこそあれ、南ウッドコースで全体時計(5ハロン)が63秒台であれば、ダイワメジャーにとってはそれほど速い時計ではない。それでもレースに行くと、圧倒的な力を見せ付けて3連勝した。

Tyoukyou20 by mighty

逆に、2006年の安田記念(1番下の時計)では、全体時計(5ハロン)が61秒台の好タイムを出しているにもかかわらず、最後の直線では伸び切れずに4着に敗れてしまっている。

上記の例からも分かるように、最終追い切りの全体時計の速い・遅いが、レースでの結果に必ずしも直結するわけではない。レースに行けばその他諸々の要素が絡み合ってくることもあり、体調が良いからといって必ずしも勝てるわけでもない。

確かに、最終追い切りの全体時計の速い・遅いがレースでの結果につながることもあるにはある。体調が悪ければ、追い切りで速い時計を出すことは難しく、体調が良いからこそ、追い切りでも自然と速い時計が出るということだ。

しかし、最終追い切りの全体時計の速いからといって、イコール体調が良いかというと疑問である。

たとえば、外国産馬としては唯一の10億円ホースとなったタップダンスシチーは、、凱旋門賞から帰国初戦の有馬記念で2着と好走した後、十分な休養を挟み、金鯱賞を3連覇した勢いを駆って宝塚記念に出走してきた。ハーツクライ、ゼンノロブロイ、リンカーン、スイープトウショウという錚々たるメンバーが揃ったにもかからず、タップダンスシチーは1.9倍という圧倒的な1番人気に推されることになった。前年の覇者だったことに加え、最終追い切りの動きがバツグンに良かったからである。

しかし、結果的には、前年同様早めにスパートをかけたにもかかわらず、直線では後続に次々に交わされて7着に破れてしまった。タップダンスシチーの型に持ち込んでの惨敗だっただけに、本来の走りが出来るだけの体調になかったことが敗因と考えられる。

そこで、宝塚記念に臨む際の最終追い切りと、金鯱賞におけるそれを比べてみたい。

金鯱賞(1着) 快勝!
2005/05/25(水) CW 良 助手 77.5-62.6-49.0-36.9-12.0 8 一杯

宝塚記念(7着) 惨敗…
2005/06/22(水) CW 良 助手 77.6-63.8-50.6-37.9-12.5 9 一杯

6ハロンでわずか0.1秒の差しかない、ほとんど同じ速さの全体時計であることが分かる。宝塚記念時の最終追い切り時計(77秒6)は、確かその日の1番時計であったように、栗東のCWコースでは相当に速い時計の部類に入る。それだけの動きを見せていたにもかかわらず、レースでは本来の走りが出来るだけの体調になかったということになる。

これには2つの理由が考えられる。ひとつは、一流馬になればなるほど、たとえ体調が少しぐらい悪くても、追い切りでは速いタイムで走ってしまうということである。1ハロンを13~14秒のペースで走ることなど、たとえ本来の体調になかったとしても、タップダンスシチーのような一流馬にとっては苦もないことなのだ。それにもかからず、私たちは1番時計が出ると「絶好調!」と囃し(はやし)立て、過剰な人気を作り上げてしまう。一流馬の動きには騙されてはいけないのだ。

もうひとつは、1番時計を出した時点をピークとして、体調が下降線を辿り始めたということである。追い切りで速いタイムで走ることは、体調の良さの表れである一面、あまりにも体調が良すぎると、レースが行われるまでにかえって調子が下向きになってしまうこともある。水曜日には英気が漲っていた馬が、レース当日には抜け殻のような状態になってしまうことなど、よくある話である。

このように考えると、調教の全体時計が速ければ速いほど、必ずしも体調が良いということではないとうことだ。最終追い切りの全体時計がレースでの結果に直結することもあるし、直結しないこともある。つまり、時計が速い=良い追い切りとは限らず、あくまでも「タイム」とは“どのような速さの追い切りが行われたか”という目安にすぎないのだ。

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集中連載:「調教のすべて」第14回

次に、全体時計についてはどうだろうか。全体時計の速さは、その調教自体のレベルの高さや厳しさを表すのだろうか?全体時計が速い追い切りを行ってきた馬は、体調も万全で、仕上がりも良好だと判断してよいのだろうか?

美浦の調教横綱と呼ばれていたダイワメジャー(父サンデーサイレンス母スカーレットブーケ)を例にとって考察してみたい。ダイワメジャーの現役最後の年(2007年)、秋シーズンのレース結果及びそのレースに臨むにあたっての最終追い切りの全体時計は以下のとおりである。

毎日王冠
2007/10/03(水) 南W 良 助手 64.0-49.9-36.2-11.9 3 G強

天皇賞秋
2007/10/24(水) 南W 良 助手 66.7-50.8-37.2-11.9 2 強め

マイルCS
2007/11/14(水) 南W 良 助手 61.6-48.8-36.5-12.4 2 仕掛

有馬記念
2007/12/19(水) 南W 良 助手 62.6-49.4-36.3-12.5 2 馬也

休み明けの毎日王冠は、あくまでも叩き台として、ゆったりと仕上げてきた様子が窺われる。最終追い切りもゴール前で強めに追っただけで全体時計(5ハロン)が64秒0という、全体的には8分通りの余裕を持たせた仕上がりであった。レースではハイペースに巻き込まれる形で3着に敗れてしまったが、それでも最後まで渋太く伸びており、次走天皇賞秋の連覇に期待を抱かせる内容であった。

しかし、休み明けをひと叩きした天皇賞秋では、ガラッと変わってくるのかと思いきや、最終追い切りも全体時計(5ハロン)が66秒7という軽めの調整に終始した。おそらくこの時点で、この秋シーズンは4戦することを決めていたのかもしれない。天皇賞秋ではなく、次走のマイルチャンピオンシップをピークに持って来て、余力が残っていれば有馬記念を走って引退というシナリオだったのであろう。また、毎日王冠から200mの距離延長ということを考えて、ダイワメジャーの精神面にゆとりを持たせるために、ビッシリと仕上げなかったという意味もあったに違いない。ご存知のとおり、レースでは最後の直線の勝負どころで致命的な不利を受けてまともに走られなかったが、結果としては9着と惨敗してしまった。

続くマイルチャンピオンシップは、ダイワメジャーにとって適距離であり、負けられない一戦であった。最終追い切りではビシッと追われ、全体時計(5ハロン)が61秒6という猛時計。まさに横綱という迫力満点の追い切りであった。レースでは、前年の走りをトレースするようなレース振りで、スーパーホーネットやスズカフェニックスの追撃を受けて立つ形で快勝した。これでダイワメジャーはマイルCS連覇、そして安田記念を挟んでマイルG1を3連覇となり、あのニホンピロウイナー、タイキシャトルと肩を並べることになった。

Tyoukyou19 by echizen

マイルチャンピオンシップの余勢を駆って出走した、引退レース有馬記念の最終追い切りでは、全体時計(5ハロン)62秒6を出した。前走のマイルチャンピオンシップには及ばないが、なかなかの好時計である。上り目こそないものの平行線という、勝ち負けになるだけの体調にあったのだろう。レースでは、デムーロ騎手の好騎乗にも助けられつつ、2500mという距離を克服して3着と好走した。これで引退するのが惜しいと思わせるだけの、ダイワメジャーらしい迫力満点の走りを披露した。

以上のように、ダイワメジャーの現役最後の年(2007年)、秋シーズンだけを取ってみれば、いかにも最終追い切りの全体時計の速い・遅いがレースでの結果に直結しているように見える。最終追い切りの全体時計が速い時はレースでも好走して、最終追い切りの全体時計が遅ければレースでは凡走してしまう。ダイワメジャーの体調の良さが、最終追い切りの全体時計に反映されているということである。

しかし、実は、最終追い切りの全体時計がレースでの結果に直結しなかったケースもまた多い。

(第15回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第13回

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次は、「タイム」つまり調教時計について話をしたい。調教時計は鵜呑みにしないほうが良い、とこれまで何度も書いてきたが、それは馬場状態や乗り役の体重等によって、時計自体が大きく影響を受けてしまうからである。また、後ほど詳しく説明するが、同じ馬でも「追われ方」によって時計が出るか出ないかは違ってくる。よって、時計が速い=良い追い切りとは限らず、あくまでも「タイム」とは“どのような速さの追い切りが行われたか”という目安にすぎない

まずは基本的なタイムの見方から説明していきたい。アドマイヤムーンの宝塚記念に臨む際の追い切りを、再び例に挙げたい。

アドマイヤムーン 宝塚記念
6/09(土) DW 重 助手      73.5-57.3-42.2-12.0 ⑨ 馬なり
6/10(日) 栗坂 稍 助手      55.8-41.3-27.7-13.9   馬なり
6/13(水) DW 良 岩田   85.4-69.0-53.7-39.5-11.2 ⑨ 一杯
6/16(土) DW 稍 助手 (7)98.4-69.2-55.0-41.1-12.7 ⑨ 馬なり
6/21(木) DW 良 助手 (7)95.6-66.5-52.5-38.3-11.5 ⑨ 一杯

6月13日(水)に岩田騎手が跨って行われた追い切りは、85.4-69.0-53.7-39.5-11.2と計時されている。このタイムは、ラスト6ハロン-ラスト5ハロン-ラスト4ハロン-ラスト3ハロン-ラスト1ハロンを走るのに要した時間という意味である。つまり、13日の追い切りはラスト6ハロンから時計が計時され、ラスト6ハロンが85秒4、ラスト5ハロンが69秒0、ラスト4ハロンが53秒7、ラスト3ハロンが39秒5、そしてラスト1ハロンが11秒2のタイムで走ったということである。

6月16日(土)と21日(木)には、ラスト7ハロンからの時計が計時されている。その際には、(7)という形で6ハロンの時計ではないことが示されている(表記の仕方は媒体によって異なる)。レースを前にして、いつもより少し長めの追い切りを掛けたということになる。当然のことながら、長めを追い切る方が馬にとってはハードであり、馬体が絞りきれない場合や、スタミナを強化しておきたい場合に施されることの多い調教である。アドマイヤムーンの場合は前者で、香港遠征から帰ってきて一旦緩めた馬体を絞る目的で、長めから追い切りを掛けたのだろう。その効果はバツグンで、宝塚記念当日には恐ろしくきっちりと仕上がった馬体で私たちの前に登場した。

調教の「タイム」に関しては、それぞれのコースにおける標準時計(目安)のようなものもあるにはあるのだが、ここで詳しく紹介することはしない。なぜなら、誤解を招く恐れがあるだけではなく、タイムが様々な外的要素に大きく影響される以上、見なくてよい(知らなくてもよい)ケースの方が圧倒的に多いからである。時計の速い・遅いに目を奪われたばかりに、調教の判断を誤ってしまうことの何と多いことか。

たとえば、アドマイヤムーンにおいても同じことがあった。宝塚記念に臨むにあたって、岩田騎手が初めて跨って追い切られた際、「最後の直線で追った時、周りの風景が一瞬消えた。こんなこと初めて」と岩田騎手は取材陣に語った。周りの風景が消えたと思わせるほど、アドマイヤムーンの瞬発力が素晴らしかったということなのだが、なるほどラスト1ハロンのタイムを見ると11秒2の速い時計が出ている。最終追い切りもラスト1ハロンが11秒5のタイムが出て、宝塚記念を実際に快勝したこともあり、アドマイヤムーンは最後に速い時計が出る=調子が良いという図式が強調されることになってしまった。

ところが、夏を越して、秋の天皇賞秋とジャパンカップはどうだったのだろうか。天皇賞秋とジャパンカップの追い切り時計を見てみたい。

アドマイヤムーン 天皇賞秋
09/26(水)  DW 重 助手        62.0-46.0-13.0 ⑨ 馬也
09/29(土)  DW 良 助手        61.0-45.7-12.7 ⑨ 馬也
10/03(水)  DW 稍 助手 88.8-73.1-58.0-42.0-11.6 ⑨ 強め
10/06(土)  DW 稍 助手 90.8-75.1-59.4-43.1-12.3 ⑧ 馬也
10/11(木)  DW 良 助手 85.2-69.2-54.0-39.4-11.9 ⑧ 馬也
10/14(日)  栗坂 良        58.2-42.7-27.6-13.7 馬也
10/17(水)  DW 良 助手 86.4-70.9-55.4-40.4-11.5 ⑨ 一杯
10/20(土)  DW 重 助手     74.5-58.5-42.4-12.4 ⑨ 馬也
10/24(水)  DW 良 助手 86.8-70.4-56.1-41.3-12.1 ⑨ G一

天皇賞秋は、1週間前追い切り(10/17)で、ラスト1ハロン11秒5という切れ味を見せた。この時点で、アドマイヤムーンは好仕上がりだと誤解し、宝塚記念に続き、極上の切れ味でアドマイヤムーンが天皇賞秋の盾をも奪取する姿を思い浮かべた人は少なくなかっただろう。

ところが、最終追い切りはというと、ラスト1ハロン12秒1と、宝塚記念時に比べると、数字だけを見ればやや不満が残る内容であった。天皇賞秋でのアドマイヤムーンの取捨は、ラスト1ハロンだけの時計を見るだけではどちらとも言えない、というのが正直なところであった。

ご存知のとおり、結果は6着に惨敗。直線に向いて、これから追い出される時に他馬に寄られたというアクシデントはあったものの、私の見る限り、隣にいたダイワメジャーに比べると、致命的な不利ではなかったように思える。アドマイヤムーンの天皇賞秋での敗因は、宝塚記念をピークの出来で快勝したことにより、天皇賞秋までの短い期間では本調子にまでは持ってこられなかったことに尽きる。それでもゴールまで渋太く伸びた走りは、さすがゴドルフィンに40億円でトレードされただけのことはあった。

アドマイヤムーン ジャパンカップ
11/10(土) DW 稍 助手    75.1-59.3-44.5-13.5 ⑨ 馬也
11/14(水) DW 良 助手 86.1-70.3-55.3-41.0-12.1 ⑨ 馬也
11/17(土) DW 良 助手        59.9-43.7-11.6 ⑧ 直一
11/21(水) DW 良 助手 86.0-69.8-53.6-39.6-12.3 ⑨ 一杯

続くジャパンカップでは、1週間前の追い切りのラスト1ハロンが12秒1、最終追い切りは一杯に追われたもののラスト1ハロンが12秒3と、結局11秒台を計時することはなかった。前走の天皇賞秋の敗因を最終追い切りでの時計の遅さに求めた人々は、12秒1と12秒3という今回の追い切りのラスト1ハロン時計を理由にして、こぞって宝塚記念時の体調にはないと捲くし立てた。距離不安説も加わり、ジャパンカップでは5番人気と評価を大きく下げることになった。

Admiremoon03 by echizen

しかし結果は、メイショウサムソンやポップロックなどの実力馬を退けて、アドマイヤムーンの完勝であった。岩田康誠騎手の積極的な騎乗や、通ったコースの有利不利は多少あったにせよ、アドマイヤムーンの体調が天皇賞秋からは一変しており、宝塚記念の時の体調に戻っていたことは確かである。結局、1週間前でも最終追い切りでも、ラスト1ハロンで11秒台を切ることが出来なかったにもかかわらず、本番のジャパンカップでは見事な走りを見せてくれたのだ。つまり、アドマイヤムーンの体調は、ラスト1ハロンの時計とは全く関係がなかったということである。

(第14回へ続く→)

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Tyoukyou17

それでは次に、「馬場状態」に話を進めていきたい。

坂路コース、ウッドチップコース、ニューポリトラックコースでの調教は、程度の差こそあれ、競馬場の芝コースと同じく、良→稍重→重→不良になるにつれ時計が掛かるようになる。対して、ダートコースでの調教は競馬場のダートの馬場状態と同じく、良→稍重→重になるにつれ時計が速くなる(不良の場合、逆に時計が掛かるのも同じ)。

また、これは調教欄には表れないことだが、追い切りが行われた時間帯によっても馬場状態は異なる。馬場の均一が保たれるニューポリトラックコースを除く、坂路コース、ウッドチップコース、ダートコースは朝一が最も馬場状態が良く、追い切りが行われるにつれ、蹄跡が残り、馬場は掘り返されて次第に走りづらい状態へと変化していく。たとえ同じ日に行われた追い切りでも、朝一のまっさらな馬場状態で行われたものと、ハロー掛け直前のボコボコの状態で行われたものとでは、時計の出やすさが全く違うのである。

このように、調教時計は馬場状態によって大きく影響を受けるため、それ自体の遅速をあまり鵜呑みにはしないほうがよい(このことについては「調教時計」の項で詳しく説明する)。時計が速ければ良い追い切りで、遅ければそうではない、ということではないのだ。素晴らしい内容の追い切りでも数字(時計)だけをみれば平凡で、逆にごく普通の内容の追い切りでも速い時計が出てしまうこともあるからだ。

次は「騎乗者」について。「騎乗者」は、基本的にはその厩舎に所属している調教助手やジョッキーであることが多い。アドマイヤムーンの宝塚記念に臨む際の追い切りを、もう一度見てみよう。

アドマイヤムーン
6/09(土) DW 重 助手      73.5-57.3-42.2-12.0 ⑨ 馬なり
6/10(日) 栗坂 稍 助手      55.8-41.3-27.7-13.9   馬なり
6/13(水) DW 良 岩田   85.4-69.0-53.7-39.5-11.2 ⑨ 一杯
6/16(土) DW 稍 助手 (7)98.4-69.2-55.0-41.1-12.7 ⑨ 馬なり
6/21(木) DW 良 助手 (7)95.6-66.5-52.5-38.3-11.5 ⑨ 一杯

6月13日(水)に岩田騎手が跨った追い切り以外は、調教助手が騎乗していることが分かる。追い切りにジョッキーが跨らない理由としては、もちろん体がひとつしかないので全ての騎乗馬の調教をつけられないということもあるが、それ以上に、調教というフィールドにおいては、調教助手の方がしっかり乗れるからである。ここで言う“しっかり”とは、調教師の指示したタイムや内容どおりに乗れるということである。毎日、数多くの追い切りをこなしている調教助手は、調教におけるスピードを把握する体内時計がジョッキーよりも正確なのである。

そこで問題になってくるのが体重である。小柄なジョッキーと調教助手とでは体重が全くと言ってよいほど違うので、当然、50kg前後の体重の軽いジョッキーが乗った方が速いタイムが出る。つまり、調教時計は調教での乗り役によっても大きく影響を受けるため、それ自体の遅速をあまり鵜呑みにはしないほうがよいということがここでも言える。また、ジョッキーが跨ってしまうと、レースが近いことを馬が察知(もしくは勘違い)してしまい、入れ込んでしまうということもある。馬がエキサイトしたことにより、つい予定よりも速い時計が出て、調整過程に狂いが生じてしまうのだ。

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それでもジョッキーが追い切りに乗るのは、一度でも跨っておくことにより、その時点での体調やその馬の個性、特徴、適性などを大まかに把握することができるからである。特にテン乗りの場合などは、レース前に一度跨っておくかどうかで、レースの組み立てが違ってくるし、何よりもジョッキーの心理面での安心度が増すはずである。たとえ一流ジョッキーであろうとも、実際に追い切りで跨ってみて、前もって騎乗馬の個性、特徴、適性などを把握しておくことのメリットは非常に大きい。

(第13回へ続く→)

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Tyoukyou15それでは、最後に⑦のプールについて。プールでの調教は時計が出ないため、媒体によっては表示されないこともある。中間の追い切りが数本しかないように見えて、実はプールで調教をしていたということもあるので注意したい。

プールにも「プール調教」と「ウォーター・トレッドミル調教」の2種類がある。

「プール調教」とは、文字通りプールに入って泳ぐことでトレーニングをすることである。馬の体は水に入っても沈むことがないので、四肢が水底につかなければ自然と泳ぎ出す。もちろん、馬によって泳ぎの上手い下手や好き嫌いはあるが、基本的には馬は教わるともなく泳ぐ能力を備えている。

「プール調教」の目的は、脚部に負担を掛けることなく、筋力や心肺機能を維持することである。さらに、馬は主に後肢で水を蹴って泳ぐので、後肢の筋力強化にも繋がる。坂路コースや平地コースではビシッと追い切ることが難しい脚部不安の馬を、プールで調教することによって補うことが出来るのだ。そうは言っても、やはり水中での四肢の動きと陸上でのそれは異なるため、走るための筋肉がすべて鍛えられるわけではない。

そこで考案されたのが「ウォーター・トレッドミル調教」である。水中の歩く歩道とでも呼べばいいだろうか、馬は胸元まで水に浸かって、回転するウォーター・トレッドミルの上を歩く。「ウォーター・トレッドミル調教」は、脚元への負担が軽減されるだけではなく、四肢を床につけて陸上と同じ動きをするため、鍛えられる筋肉は陸上での追い切りとほぼ同じになるのだ。

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また、「プール調教」も「ウォーター・トレッドミル調教」にも、馬をリラックスさせる効果がある。同じような調教内容では馬も飽きてしまうので、リフレッシュを図るためにプールを使って調教すること調教師が多くなってきている。コースで調教をした後の気分転換として、プールで泳がせるのである。もちろん、泳ぐのが嫌いであったり苦手であったりする馬には逆効果なのだが…。

昨年の皐月賞馬ヴィクトリーは、プール調教を取り入れて成功した例だろう。ヴィクトリーは新馬勝ち後、いきなりラジオNIKKEI杯2歳Sに挑戦して2着と善戦したが、その頃から気の悪さを出し始めた。人間の指示を全く聞かないため、まともに調教することが出来ないのだ。若葉Sの時など、週に3日しか乗れなかったほどであるから、その気性の難しさはうかがい知れる。

そこで陣営が仕方なしに取り入れたのがプール調教であった。プールでは放馬の心配もなく、暴れたりすることが難しいので、悪さをすること自体が出来ないのである。もちろん、陸上での追い切りと同じだけの運動量や効果を望むことは出来ないが、馬場で追い切られなかった分を補うことは出来る。特にヴィクトリーのようなG1レースを狙う馬にとって、運動量の不足は致命傷となる。

ヴィクトリーの皐月賞に臨むにあたっての追い切り時計は、以下のとおりであった。

2007/04/01(日) 栗坂 稍 助手 58.3-42.0-27.9-14.1 馬也
2007/04/08(日) 栗坂 稍 助手 56.2-40.6-27.2-13.9 馬也
2007/04/11(水) 栗坂 良 助手 53.1-39.7-27.2-14.5 G一

本来であれば、4月1日(日)と8日(日)の間に1本、時計になる追い切りがなされていてもよいはずの追い切りがない。これは4日に坂路コースで追われるはずのヴィクトリーが乗り手を振り落としてしまい、追い切りを行うことが出来なかったのである。

これだけを見ると、中間に3本の時計しか出していないのだが、実は中間にプール調教が行われている。繰り返しになるが、媒体によってはプール調教が表示されないこともあるので注意したい。皐月賞に臨むにあたってのプール調教は以下のとおりである。

2007/03/28 プール4周
2007/04/03 プール2周

プール調教が追い切り1本分にあたるとはとても思えないが、陣営としてはなんとしてでも不足分を補いたかったのだろう。その気持ちがヴィクトリーに伝わったのか、11日の最終追い切りは、終いこそ掛かったものの、53秒のタイムでなんとか追い切ることが出来た。結果はご存知のとおり、大外枠から強引にハナを奪い、ゴール前ではサンツェッペリンを差し返しての勝利を飾った。これだけの調教量でG1レースを勝ってしまったこと自体驚きだが、それもプール調教があったおかげではないだろうか。

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⑤のニューポリトラックコースについては、現状で分かっている限りの利点を挙げてみたい。

1、馬の脚元に優しい
2、馬場の悪化が少ない
3、目に外傷を負うリスクが少ない
4、人馬の健康にとっても良い

何といっても、ニューポリトラックコースの最大の利点は、1の「馬の脚元に優しい」ということである。クッション性としては、現状ではダートコースよりも柔らかく、ウッドチップコースよりも硬いといったところだろうか。これは材質の厚さを変えることで調整できるので、将来的にはウッドチップコースと同じくらいの柔らかさになるかもしれない。また、砂にゴムや繊維等を混ぜ込んだものだけに、グリップ性にも優れ、滑る危険も少なく、安心して走ることが出来る。

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2の「馬場の悪化が少ない」のは、ダートコースやウッドチップコースに比べ、ニューポリトラックコースが優れた排水性を持っているからである。素材自体が水分を吸収することが少ないため、すぐに流れて出てしまい、雨が降っても馬場が極端に悪化しない。ポリトラックコースがよく全天候型と呼ばれるのはそれゆえである。天候によって追い切りの予定を変更する必要がほとんどないのだ。

3の「目に外傷を負うリスクが少ない」は、前を走る馬が蹴り上げる木片が目に直撃しやすいウッドチップコースに比べ、ニューポリトラックコースの馬場は素材の関係でキックバックが少ないということである。馬が目に外傷を負ってしまえば、たとえ仕上げが完璧に進んでいたとしても、しばらく休ませざるを得ない。ウッドチップコースで追い切る時には、木片が馬の目や顔に直撃しないように、前の馬との間隔や位置取りには気を遣うものだが、ニューポリトラックコースでは、その心配がほとんどないということだ。

4の「人馬の健康に良い」とは、競馬や馬の競走能力とは直接に関係はないが、走る度に砂や埃が舞い散るダートコースとは違い、ニューポリトラックコースは乾燥時でも埃がほとんど立たないので、乗り役や競走馬がそれを吸い込むことが少ないということだ。当たり前のことではあるが、競馬に携わる人間も馬も健康でなければ、レースに行って好成績を収めることは難しいだろう。

さらに、実際にニューポリトラックコースが用いられるようになり、以下のようなメリットがあることも発見されている。

5、ハローがけの時間のロスがない
6、実戦形式での追い切りが出来る
7、長めの追い切りが出来る

5の「ハローがけの時間のロスがない」とは、通常、ダートコースやウッドチップコースであれば、ある一定の時間の間隔おきに、ハローがけといって、専用の車両を使って、馬の足跡や穴が掘れてしまった馬場をほぐして均一にしなければならないところを、ニューポリトラックコースはその必要がないということである。ハローがけは競走馬の安全を確保するためには必要な作業で、避けられないのだが、どうしても時間が掛かってしまい、特に追い切りが集中して行われる水曜日の朝の時間帯などは、追い切り待ちの馬の渋滞が起こるほどである。馬によっては、待たされることで精神的に疲労してしまうこともあるだろうし、このハローがけの時間がなくなることによって、予定通りのタイミングで追い切りが行われることになるのだ。

Tyoukyou13

6の「実戦形式の追い切りが出来る」とは、3の「目に外傷を負うリスクが少ない」と大きな関係があり、ニューポリトラックコースでは前を走る馬の蹴り上げを気にしなくてもよいので、馬を後ろに置いた調教が出来るということである。

もう少し厳密に述べると、ウッドチップコースで追い切る時には、前を走る馬の真後ろにつける縦の追い切りはなかなか難しく、どうしても馬を横に置いた併せ馬の形を取らざるを得ない。そもそも、競馬は実戦に行けば、横だけではなく前後ろにも馬がいる形で展開することになる。そのような実戦に即した調教がウッドチップコースでは実現することは難しいのだ。

それでも縦の追い切りをしたい場合はどうするかというと、前の馬との距離を、蹴り上げた木片が馬の顔に当たらず、胸に当たるような間隔に保つのだ。ただし、一定間隔を保って走ることは案外難しく、当然、ひとつ間違えば木片がモロにぶつかってしまうというリスクがある。もうひとつは、後ろから追走する馬を少し内側に置くということだ。なぜ外側ではないかというと、コーナリングの際に、前の馬が蹴り上げた木片は遠心力で外に向かって飛び散ってくるからである。それを避けるために、前を走る馬の内側を走り、コーナーでは内側から抜き去るのだ。とはいえ、やはりレースでは外から抜いて行くことの方が多いため、どうしても実戦的ではない。

以上の点をニューポリトラックコースでの追い切りは克服することができる。併せ馬を行うにしても、前を行く馬の真後ろにつけて折り合いを教え、コーナーでは前の馬の外をキッチリと回りながら抜いていくという実戦さながらの追い切りをかけることが出来るのだ。これは坂路コースにもないメリットであり、レースを経験したことのない新馬や、折り合いに難のある馬を教育するためにはもってこいの調教コースである。

7の「長めから追い切りが出来る」とは、ニューポリトラックコースは美浦トレセンの南馬場、ウッドチップコースと芝コースのさらに外に作られたため、全周が1858mもあり、2つのコーナーを使うだけで6ハロンの追い切りが出来るということだ。これまで6ハロンの追い切りを行うには、ウッドチップコースでは4つのコーナーを回りながらになってしまい、どうしてもスピードを落とさざるを得ず、ビッシリ長めから追い切ることが出来ないでいた。それが脚元に負担の掛からないニューポリトラックコースで、6ハロンの追い切りがビッシリできるようになるのだから、馬のスタミナを鍛える効果は非常に大きい。

(第11回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第9回

それでは、④の芝コースについて説明していきたい。当然のことながら、ウッドチップコースやダートコースに比べ馬場が硬く、馬の脚元に負担が掛かることは避けられない。そのため、何か理由がない限り、芝コースでしっかりとした時計を出す追い切りは行われることは珍しい。その代表的な理由としては、以下のものが考えられる。

1、他のコースの馬場状態が悪い
2、馬体を絞りたい
3、右回りだとモタれて仕方ない

1は降雨で馬場が悪くなったり、冬場に馬場が凍ってしまったりして、他のコースの馬場状態が極端に悪くなってしまったときのことである。たとえば、2007年のセントライト記念に臨むにあたって、ロックドゥカンブの最終追い切りは芝コースで行われた。前日から降り続いた激しい雨の影響で、どのコースの馬場も軒並み芳しくない状態であった。その中でも、堀調教師が実際に歩いてみて「一番良かった」という芝コースを選択したのである。このような特殊な状況においては、芝コースが最も安全な馬場になることもあるのである。

2はレアケースと考えてもらってもいいだろうが、馬体を絞りたい時に芝コースで追い切りを掛けることもある。レースの1週間前になっても、思いのほか馬体が絞れてこない時など、最後の策として芝コースを使うということだ。芝コースは速い時計が出るので、脚元だけでなく、馬の肉体面に対する負荷は最も大きい。そのことを逆に利用して、冬場などに体が絞りきれない馬を一気にシェイプアップさせるということだ。

2006年のフェブラリーSの最終追い切りにおいて、カネヒキリは珍しく芝コースで併せ馬を行った。 その理由として、角居調教師は「芝でのスタートに失敗が多いので…。あとJCダートの時とは仕上げが違います。フェブラリーSは最近、芝馬が好走している。パンと弾くような走りの方がいいと思います」とコメントしているが、おそらくそれだけではなかっただろう。直前に1本芝コースで追い切っただけで、芝コースのスタート部分の走りが速くなるはずがなく、芝を走るための走法にチェンジできるはずがないからだ。

それぐらいのことは、角居調教師が一番良く分かっているはずで、この芝コースでの調教の真の目的は、カネヒキリの絞り切れない馬体をなんとか間に合わせるためだったのではないかと思う。その甲斐もあってか、JCダート以来、3ヶ月の休み明けにもかかわらず、カネヒキリはわずかプラス2kgの馬体重で出走し、見事に勝利を収めた。

Tyoukyou10 by Ichiro Usuda

3はそれほど多くない例だろうが、右回りではどうしてもモタれてしまう馬を、本馬場に入れて左回りで追い切ることがある。鞭で矯正したり、馬を右に置いたりと工夫することも出来るが、右にモタれる癖のある馬を右回りで繰り返し追い切っていると、どうしてもその癖を助長してしまうことになりかねないのだ。そこで左回りのコース(芝であることは関係ないが)で追い切ることによって、悪い癖をなるべく出さないようにするということだ。

たとえば、シンボリクリスエスは苦しくなると右にモタれる馬であった。3歳時の有馬記念では、タップダンスシチーを差し切ったものの、最後の直線で右にササってしまった。次走の宝塚記念でも、休み明けということもあったが、直線で右にモタれてしまい失速した。この癖を出さないように、藤沢調教師はなるべくシンボリクリスエスを左回りの本馬場で追い切ることを心掛けたそうだ。その効果もあってか、ラストランとなった有馬記念では、ペリエ騎手に目一杯に追われても、シンボリクリスエスは真っ直ぐに走り、2着のリンカーンになんと9馬身もの差をつけて圧勝した。

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集中連載:「調教のすべて」第8回

Tyoukyou09

次は、坂路に対して平地で行われる②ウッドチップコースと③ダートコースに話を移したい。

平地調教と前述の坂路調教の違いは、厳密に言うと、平地調教は有酸素運動的な効果がより多く見込まれるということだろう。たとえば、ダイエットをする時に、激しい運動を短い時間で行うのではなく、比較的緩やかな運動を長い時間をかける方が効果的だとされるが、平地調教はどちらかと言うと後者の運動である。実際に長い距離を、息を入れながらジックリ時間をかけて調教していくため、その疲労度は高く、馬体を絞る効果もある。冬場のレースで、坂路コースで調教された馬が大幅な馬体増で凡走することがあるのは、つまりこういうことだ。

さらに、平地調教だけで鍛えられた馬を、坂路調教だけで鍛えられた馬を比べると、筋肉の付き方が違ってくることが分かる。前者は長距離馬らしいスリムな体型になり、後者は短距離馬らしい筋骨隆々の体型になる。

たとえば、アドマイヤムーンを管理した松田博資調教師は、平地のウッドチップコースを中心として調教するが、その管理馬にはベガ、タイムパラドックス、アドマイヤドンなど、たとえ短距離血統の馬でも、絞り込まれたスリムな体型の馬が多い。対して、坂路コースを中心として馬を仕上げる松田国英調教師の管理馬には、タニノギムレット、キングカメハメハ、クロフネ、ダイワスカーレットなど、たとえ長距離血統の馬であっても、筋骨隆々のマッチョな体型の馬が多い。

坂路コースでもスタミナを強化することは出来るが、やはり長距離戦向きの肉体やスタミナを養うという点については、平地コースの方に一日の長があるということだ。

また、同じ平地調教であっても、やはりウッドチップコースとダートコースでの調教には違いがある。

ウッドチップコースは木片が敷き詰められているため、馬の脚にダートコースで追い切るほどの負担が掛からない。よって、ウッドチップコースでは追い切ることが出来ても、ダートコースでは難しいという馬もいて、現状としては、ダートよりもウッドチップコースを使う調教師の方が圧倒的に多い。脚元に掛かる負担を少なくしつつ、体全体には負荷を掛けながら、長距離馬としての筋肉やスタミナを作っていくという点において、極めて効果的な調教コースなのである。

血統的、体型的にスタミナに不安のある馬がウッドチップコースで調教されたことによって、距離をこなせるようになることもある。上に挙げたアドマイヤムーンなどは、典型的な例だろう。3歳時(天皇賞秋)の馬体と、最後のジャパンカップ出走時の馬体を見比べてみて欲しい。拳1個か1個半分ぐらいは馬体(胴部)が伸びていることが分かる。

3歳時(天皇賞秋)
Admiremoon01
引用元:競馬ブック

ジャパンカップ時
Admiremoon02
引用元:競馬ブック

父エンドスイープ、母父サンデーサイレンスという血統で、かつ3歳時は胴の詰まった体型をしていた同馬が、ウッドチップコースを中心として調教されたことによって、最後は2400mのジャパンカップを勝つのだから驚きである。調教によって馬は造ることが出来るということの証明でもあり、この年の優秀技術調教師に松田博資調教師が選出されたのも当然の結果だろう。

しかし、ウッドチップコースにも欠点はあり、ダートコースに比べて走りにくいため、馬が力を入れて走らなければならず、馬によっては筋肉や腱に負担が掛かりすぎてしまうこともある。実際に地方競馬でダートだけを使ってこれまで調教されてきた馬が、中央に移籍し、ウッドチップコースで調教をされたら、ガタガタになってしまったという例もある。

たとえば、骨が弱い馬がいるとすると、ダートならソエで済むところが、ウッドだと骨折という憂き目に遭うこともあるという。脚元に負担が掛からないはずのウッドチップコースも、ハードな調教に堪えられる馬でなければ、その激しさゆえに、馬を傷めてしまったり、大きなアクシデントに繋がってしまう可能性もあるということである。つまり、走られる体がしっかり出来ていない馬に関しては、比較的負荷の少ないダートコースで追い切るほうが良策ということだ。

もう一つ、ゴスホークケンのように、ウッドチップコースでは木片で蹄の裏を傷めてしまうという馬にとっては、ダートコースで調教することもあり得る。ウッドチップ以外にも、歩いていて金属片が刺さったり、思いっきり小石を踏んずけたりして、蹄の底を痛めてしまうことを「挫石」といい、蹄の弱い馬がなりやすい。それほど重症にはならず、1~2週間ほどそっとしておけば治るのだが、その間はもちろん調教が出来ない。

これは余談だが、藤沢和雄厩舎の馬房前の砂地には、常に箒(ほうき)の目が立てられている。馬は厩舎の外に出る時には必ずこの砂地を通るため、そこに釘などの異物が落ちていた時にはすぐに誰かが気付くようになっていなければならないという理由である。馬や人の足跡が付きっぱなしの状態では、異物が落ちていても誰も気付かず、馬がそれを踏んで挫石してしまってからでは遅いのだ。サラブレッドの蹄にはそれほどに慎重にならなければならず、つまり「蹄なくして馬なし」ということである。

以上がウッドチップコースとダートコースの使用上の違いだが、1周距離の違いによっても2つのコースが使い分けられることもある。たとえば、栗東トレセンのBコース(ダートコース)は、小回りで砂が軽く、時計が出やすいので、古馬にとっては負荷の掛からないコースだが、新馬にとってはコーナリングの練習にちょうど良いという。Bコースの1周は1600mで、京都競馬場のダートコースとほとんど同じなのである。そのような用途としても、調教のコースは使い分けられることもあるということだ。

(第9回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第7回

6の「後躯(腰)の強化につながる」は、坂路コースは後肢に負担が掛かりやすいので、自然と腰から尻にかけての強化につながっていくということだ。坂路に入れたての頃は、後肢に負担が掛かりすぎて、どうしても腰に疲れが出てしまうのだが、腰は一気には壊れることはない。腰に疲れが出てきたときには調教を軽めにする、ということを繰り返していると、グングンと腰が強くなっていく。腰が強くなれば、坂路コースは腰に疲れが出やすいという欠点はあるが、それを乗り越えていけば、逆に欠点が長所となるのである。

腰が強くなれば、当然のことながらレースで成績は上がる。たとえば、ハーツクライは5歳の秋にして、ようやく本格化したのだが、それまでは腰が甘くて、道中でレースのペースについて行くのがやっとの馬であった。最後は素質で追い込んで来ても、時すでに遅しというレースを繰り返していた。5歳の夏休みを経て、腰がパンとしたハーツクライは、ジャパンカップではレコード決着の2着、続く有馬記念ではあのディープインパクトに土を付け、ドバイシーマクラシックでは逃げ切り勝ちを演じ、キングジョージでは歴史に残る名勝負を繰り広げた。

Tyoukyou08

最後のジャパンカップはノド鳴りの影響で惨敗してしまったが、腰がパンとしてからのハーツクライは、ディープインパクトに匹敵するだけの強さを持っていた。それもこれも、橋口厩舎のノウハウが詰まった坂路調教の賜物であったように思う。もしハーツクライを平坦コースでしか調教できなかったとすれば、果たしてG1レースを勝てるだけの馬になっていたかどうか疑問であるし、あれだけの本格化はまず望めなかっただろう。

7の「頭が低くなる」は、坂路コースは前のめりのフォームでなければ上がれないため、自然とそういうフォームになるということである。頭が低くなるということは、首をうまく使い、前脚の伸びが良くなることにもつながる。もちろん、生まれつき首の高いフォームで走る馬を、その欠点を少しでも矯正するため、坂路コースに入れることも多い。

次に、美浦トレセン(関東)と栗東トレセン(関西)における、坂路コースの違いについて説明したい。同じ坂路コースでも、両者では全体距離や勾配までが違ってくるのである(下図参照)。

栗東トレセン
Rittouhanro

美浦トレセン
Mihohanro

まず大きく異なる点は、何といっても高低差である。栗東トレセンの坂路コースが32mの高低差があるのに対し、美浦トレセンのそれは18mしかない。それに対し、坂路コース全体の距離は栗東トレセンが1085m、美浦トレセンが1200mであるから、その勾配の違いは歴然としている。

また、調教タイムを計測する区間(800m)までの助走距離も異なる。栗東トレセンは、スタートしてわずか70mの助走距離で坂路を駆け上がっていくのに対し、美浦トレセンでは270mもの助走距離があってから坂路を登ることが出来る。総じて美浦の坂路コースの計時タイムの方が速いのは、これが大きな理由である。

つまり、勾配が強いことに加え、助走距離が短いことも手伝って、美浦に比べ、栗東の坂路コースでは競走馬にとって厳しい調教が課せられることになる。美浦に坂路コースが出来ても、一向に関西馬との力差が埋まらなかったのは、この坂路コースの規格の違いによるところが大きい。なるべく助走をつけずに駆け上がるなどの工夫をしても、いかんせん勾配の違いだけは避けがたい。

(第8回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第6回

4の「運動時間が長くなる」については、坂路コースで調教するにはどうしても時間が掛かり、それが運動量の増加につながるということである。従来のコースでの調教では、コースで15分間、厩舎から調教馬場への行き帰りで20分間として、合計しても40分もかからなかった。ところが、坂路では一度駆け上がったら、ダクで坂を下り、逍遥馬道を15分~20分くらいかけて歩いて坂路のスタート地点に戻らなければならない。これを何度も繰り返すのだから、1頭につき1時間以上の時間をかけて調教していることになる。

前述した森秀行厩舎では通常1本しか追い切られないが、準備運動として1時間歩かせてから坂路コースに入り、調教が終わると、クーリングダウンとしてまた1時間歩かせるという。時計になる調教は変わらなくても、それ以外の部分での運動量が多いということである。西高東低の理由として、坂路コースが出来たことは目に見えるそれだが、坂路コースを使うことに伴う運動量の増加が本質的な理由だと森調教師は言う。馬にとっては、歩くことも大切なトレーニングになるのだ。

Tyoukyou02これは余談になるが、馬を歩かせることを常歩(なみあし)というが、常歩は意識して歩くことなので、馬はこれが好きではない。しかし、人に引かれて歩くときは必ずそうするのだと教えておくと、馬は勝手な行動をしなくなり、人間の指示に素直に従うようになる。それによって、人も馬もより安全になるだけではなく、レースに行ってもジョッキーの合図にきちんと応えて走られる馬になる。

また、常歩は足腰の筋肉を鍛えるのに良い。馬の足腰は走ることによっても鍛えられるが、常歩ではそれとはまた違った筋肉の使い方をするので、毎日きっちりと常歩を続けていると、筋肉の付き方が変わってくるのだ。コースを走るだけの調教ではアンバランスになりがちな筋肉の発達を、常歩で歩くことによって防ぐことが出来るのである。

つまり、きちんと歩けない馬はレースでも走らないのである。競馬場のパドックでも、きちんと歩けているかどうかは常にチェックしておくべきだろう。特に若駒戦や未勝利戦でよく見られるが、脚を引きずってダラダラと歩いたり、きちんと足を上げてリズミカルに歩けていないような馬は、レースに行っても気性の悪さを出してあっさり負けてしまうケースが多い。

5の「ピッチ走法をマスター出来る」については、坂路コースは大股では上れないので、小股で脚を速く出そうとするため、自然とピッチ走法をマスターできるということだ。ピッチ走法を覚えると、ゲートから出て、すぐにスピードに乗れる、つまりスッと良いポジションを取られるようになるという利点がある。短距離が中心の新馬戦で、坂路コースで調教された馬が活躍するのは、スタートダッシュの力を養うことが出来るからでもある。

最近でいうと、アストンマーチャンは典型的なピッチ走法である。普通の馬なら31歩で駆け上がってくるところを、35歩かかると言われている。それでも、51秒台で登坂してくる以上、よほど脚の回転数が多いのだろう。究極のピッチ走法であるアストンマーチャンが、速さ自慢の猛者たちが集まるスプリンターズSでも楽にハナを切れたのは、決して不思議なことではない。

Tyoukyou07 by gradeone

それから、ピッチ走法をマスターすることによって、瞬発力を養えるということもある。ここで言う瞬発力とは、上がり3ハロン33秒といった俗に言う“切れる”という意味とは少し違う。勝負どころの直線で騎手がゴーサインを出した時に、即座に反応して伸びることが出来るかどうかということである。瞬時に脚の回転を速くしなければならないが、その際、ピッチ走法をマスターしていることが瞬発力につながるということだ。

たとえば、ポップロックはなかなかG1レースを勝ち切れない馬だが、この馬には瞬発力がないという欠点がある。勝負どころで器用な脚が使えないからこそ、他馬よりもエンジンの掛かりが遅くなってしまい、ジワジワとは伸びるが最後は届かないというレースを繰り返すことになる。府中や京都の外回りのコースであれば克服可能だが、小回りや直線の短い競馬場では苦戦を強いられる。実際に、ポップロックも坂路コースで調教されることはあるが、ピッチ走法で走ることが出来ないため、速い時計が出ない。

(第7回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第5回

それでは、コースについて話を進めて行きたい。

具体的なコースの種類は以下のとおりである(カッコ内は代表的な表記方法)。

①坂路コース(美坂、栗坂)
②ウッドチップコース(南W、CW、DW、函W)
③ダートコース(南D、北C、北B、栗B、栗E、札ダ、函ダ、小ダ)
④芝コース(南芝、栗D)
⑤ニューポリトラックコース(美ポもしくは南P)
⑥プール(プール)

①の坂路コースは、ご存知のとおり、競馬界に大きな革命をもたらした調教コースである。昭和62年に栗東トレセンに新設されるや、確実に効果を上げ、それまでの関東馬優勢の潮流を一気にひっくり返し、その西高東低の流れは現在に至るまで続いている。一方、美浦トレセンでも平成5年に坂路コースが新設されたものの、直線部分の短さなどの問題もあり、未だ関西馬優勢の流れを変えるまでには至っていないのが現状である。

ちなみに、2007年度の年度代表馬および部門別最優秀馬は、かろうじてゴスホークケン、ダイワメジャー、コイウタの3頭の関東馬が選出されたものの、年度代表馬のアドマイヤムーンを筆頭に、11頭中8頭を関西馬が占めている。今でこそそのような状況だが、坂路コースが出来る直前までは、なんと年度代表馬の各部門に関西馬が1頭も選出されない年もあったというから驚きだ。もちろん、坂路コースが全てではないが、強いサラブレッドを作る大きな要素となっていることには異論はないだろう。

坂路コースの利点として、思いつくところを順に挙げてみたい。

1、故障が少なくなる
2、心肺機能が鍛えられる(スタミナがつく)
3、引っ掛かる馬を落ち着かせる
4、運動時間が長くなる
5、ピッチ走法をマスター出来る
6、後躯(腰)の強化につながる
7、頭が低くなる

1の「故障が少なくなる」については、馬場がウッドチップなのでクッションがよくて柔らかいということと、もっと単純に、坂路なので平坦で走るようなスピードが出ないことが理由である。競走馬はスピードが出れば出るほど故障しやすくなり、骨折するケースも多くなる。

また、坂路を走る時の走り方は、後脚に掛かる負担が大きく、前脚のそれは平坦コースに比べ、かなり軽くなる。競走馬の故障のほとんどは前脚の部分なので、前脚に負担の少ない坂路コースで故障が少ないのは当然のことであろう。

2007年度こそ不振に終わったが、栗東で坂路コースを中心として調教を行う森秀行厩舎の馬は、滅多に故障しないことで有名である。レースに出走するような馬でも、騎手が乗って怖くなるような脚元がおぼつかない馬もいるが、森厩舎の馬は安心して乗っていられるという。それはやはり坂路で前脚に負担を掛けないように乗られているということが大きい。だからこそ、たとえばノボトゥルーやシーキングザダイヤのように、高齢まで走り続けることの出来る馬が森厩舎には多いのだ。

Tyoukyou05 by sashiko

故障が少なくなるということは、坂路コースは少し脚元に不安のある馬やソエが出てきた馬に対して使うこともあるということだ。これまで平地コースで追い切られていた馬が、急に坂路コースのみで調教をし始めたら、脚元に不安があるのかもしれないと疑ってみても良いだろう。

2の「心肺機能が鍛えられる」は、坂路調教がインターバルトレーニングになるからである。駆け足で登り、常歩で下るという繰り返しをすることによって、心肺機能の強化につながるのだ。また、同じ距離を走るのでも、平地より坂路の方がキツいのは当然で、坂路コースでの4F(800m)は平地のコースの2000m以上に相当すると言われている。坂路コースでは長距離戦に必要なスタミナはつかないという説もあるが、そんなことはないだろう。

思いつくところでは、坂路を中心として調教されたダインスインザダーク、エアシャカール、ザッツザプレンティ、ソングオブウインドが菊花賞を勝ち、スズカマンボは天皇賞春を勝ち、ビワハヤヒデ、ヒシミラクルはそのどちらにも勝利している。坂路コースは、長い距離をゆったり走るトレーニングではないが、心肺機能を高めることでスタミナを強化することも出来るということの証明である。

Tyoukyou06 by sashiko

3の「引っ掛かる馬を落ち着かせる」は、インターバルトレーニングと大いに関係がある。激しい運動をしたあと、林の間の馬道を常歩で歩くことによって、精神の沈静化をうながし、馬が落ち着くということだ。平坦コースの場合、コースに入ってから出るまで、ずっと走っているので馬がカッカしてしまうのである。引っ掛かって行ってしまうような馬は、平坦コースではますます引っ掛かるが、坂路に入れると落ち着くことが多い。また、坂路コースは一気に行ってしまうと最後まで持たないので、引っ掛かる馬にとっては、息を入れながら走る練習にもなる。

(第6回に続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第4回

次に、追い切りが行われた「コース」について述べていきたい。

中央競馬では馬1頭1頭に必要な調教を施すことが出来るように様々な種類の施設が設けられていて、関東(美浦トレーニングセンター)と関西(栗東トレーニングセンター)ではわずかに施設が異なる。具体的なコースの種類に話を進める前に、まずは美浦トレセンと栗東トレセンについて説明しておきたい。

★美浦トレーニングセンター★

北馬場
Mihokitababa

・Aコース 内がダートコース(1370m)、外が障害専用の芝コース(1447m)
・Bコース ダートコース(1600m)
・Cコース ダートコース(1800m)

南馬場
Mihominamibaba

・Aコース ダートコース(1370m)
・Bコース ウッドチップコース(1600m)
・Cコース 内が芝コース(1800m)、外がニューポリトラックコース(1858m)
・Dコース ダートコース(2000m)

美浦トレーニングセンターは昭和53年に開設され、北と南に2つのトラックコースを持つ。しかし、南馬場にはウッドチップコースや坂路コース、そしてニューポリトラックコースがあるのに対し、北馬場には障害コースやダートコースしかない。この施設の差からも分かるように、現在、美浦トレセンでは北馬場と南馬場で調教を行う馬の数に大きな差がついてしまっている。北馬場所属でも、南馬場で調教をつける厩舎がほとんどである。

もちろん、北馬場にも存在意義がないわけではなく、たとえば前の週にレースを使った馬や追い切った翌日の木曜日にダク(速足のこと)を踏んだり、キャンター(駈足のこと)で流したりする時には北馬場を使う厩舎もある。その程度の調教であれば、北馬場でも行うことが出来るので、わざわざ混雑を極める南馬場に出て行って、馬にストレスを強いること必要がないからである。


★栗東トレーニングセンター★

フラットコース
Rittoubaba

・Aコース 芝コース(1450m)
・Bコース ダートコース(1600m)
・Cコース ウッドチップコース(1800m)
・Dコース 内が芝コース(1950m)、外がウッドチップコース(2063m)
・Eコース ダートコース(2200m)

坂路コース
Rittouhanro01

栗東トレーニングセンターは昭和44年に開設され、広大な土地に、6つのフラットコースに坂路コースを併せ持つ。美浦トレセンと大きく違うところは、坂路コースがフラットコースとは別の場所に設けられており、直線的に駆け上がることが出来るということである。坂路調教が終われば、逍遥馬道を通ってスタート地点に戻ってくるという、完全に一つの施設となっている。

ちなみに、栗東トレセンは交通の便が良く、小倉へは約7時間半、新潟へも約6時間で行くことが可能である。美浦トレセンはというと、新潟へは約6時間で行くことが出来るが、小倉へ行くにはなんと19時間もかかってしまうのである。関東馬が夏に小倉へ遠征することが極めてリスキーであるのに対し、関西馬は栗東トレセンにいながら小倉か新潟かを選ぶことが出来るのだ。このあたりの地理的格差も、関西馬が躍進しているひとつの理由でもあるだろう。

第5回に続く→

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集中連載:「調教のすべて」第3回

それでは最初に、調教時計の見方から説明してきたい。新聞等によって若干の違いはあるが、基本的な部分は変わらないので、ここではnetkeiba.comの表記方法を用いて、昨年の宝塚記念に臨むアドマイヤムーンの調教時計を示すと、以下のようになる。

アドマイヤムーン
6/09(土) DW 重 助手      73.5-57.3-42.2-12.0 ⑨ 馬なり
6/10(日) 栗坂 稍 助手      55.8-41.3-27.7-13.9   馬なり
6/13(水) DW 良 岩田   85.4-69.0-53.7-39.5-11.2 ⑨ 一杯
6/16(土) DW 稍 助手 (7)98.4-69.2-55.0-41.1-12.7 ⑨ 馬なり
6/21(木) DW 良 助手 (7)95.6-66.5-52.5-38.3-11.5 ⑨ 一杯

一番左から簡単に説明すると、「調教が行われた日」、「コース」、「馬場状態」、「騎乗者」、「タイム」、「走ったコースの内外」、「追われ方」となる。これだけではあまりにも簡略すぎるので、ひとつずつ詳しく述べていきたい。

「調教が行われた月日」を見てもらうと、宝塚記念に臨むにあたってのアドマイヤムーンの最終追い切りが6月21日(木)に行われたことが分かる。1週間前追い切りは6月13日(水)で、それ以外、中間は3本の時計を出している。

調教は基本的に毎日するものだが、ダクやキャンターで馬場を回るような軽い調教は調教時計としては扱われない。具体的に言うと、1ハロン15秒以上で走った調教は調教時計として公表されることはない。上のアドマイヤムーンの例で述べると、香港遠征から栗東に戻ってきてから宝塚記念までの間に、1週間前追い切りと最終追い切りを含め、1ハロン15秒以下の速さでの追い切りが計5本あったということになる。

それから、ふと疑問に思った方もいるはずなので説明しておくと、宝塚記念に臨むにあたってのアドマイヤムーンの最終追い切りは木曜日に行われている。通常、最終追い切り、そして1週間前追い切りは水曜日に行われるのが一般的である。それは土曜日のレースに出走する馬も、日曜日のレースに出走する馬も同じである。全休明けの火曜日に軽めの運動で体を作り、水曜日に最終的な追い切りをかけるというわけである。それでは、なぜアドマイヤムーンの最終追い切りは木曜日になったのだろうか?

結論から述べると、それほど深い意味はない。日曜日のレースに出走する馬で、たまに木曜日に最終追い切りをかけられるケースがあるが、ほとんどが天候やコースの馬場状態の問題であることが多い。水曜日は雨が降って下(馬場)が悪くなりそうだからとか、周りになるべく馬の少ない混雑していない中で追い切りたいとか、そういうほんの些細な理由である。

たとえば、ディープインパクトのラストランとなった有馬記念に臨む過程において、陣営は最終追い切りを木曜日と予定していたが、急遽水曜日に変更した。この際、池江泰郎調教師はこうコメントした。

「朝になって調教を変えることはありますから。木曜が妥当だとは思っていましたが天候が悪い感じもあったので。先週速い時計を出しているから、いく分ゆっくりとね。予定通りの調教ができました。」

暮れの時期の天候不順を考慮して木曜日に変えたものを、慎重を喫して、再度普段どおりの水曜日に変更したのだ。そして、ジャパンカップ時には及ばなかったものの、フランスに遠征する前とは比べものにならない時計と動きでディープインパクトは最終追い切りを終えた。

Tyoukyou04

木曜追いには、脚元や蹄に不安があったり、馬体が細化してしまっていて、回復を1日でも待ってから追い切りたいという理由もあるにはあるだろう。しかし、そこまでの状態であれば情報として伝わってくるはずで、特に何もない状況での木曜追いには深い意味はない。水曜日に追い切りをしなければならないという決まりがない以上、いつ追い切るかはあくまでも調教師の判断である。

(第4回に続く→)


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集中連載:「調教のすべて」第2回

平成19年11月16日、美浦トレーニングセンターに、ニューポリトラック馬場が完成した。そして、わずか1ヶ月も経たないうちに、ゴスホークケンが朝日杯フューチュリティSを逃げ切り、ニューポリトラック調教馬として初めてのG1勝利を飾った。奇しくも、ミホノブルボン以来となる、朝日杯ヂューチュリティSの逃げ切りであった(正確に言うとミホノブルボンは押し切り)。例年に比べ、極端なハイペースにならなかったことは確かだが、それでも逃げ切りが難しい朝日杯フューチュリティSを押し切ったのだから、ゴスホークケンの強さは素直に評価してよいだろう。

ゴスホークケンは新馬戦を1分34秒9という好タイムで圧勝するや、次走、いきなり重賞である東京スポーツ杯に目標を定めた。そこではキャリア1戦にもかかわらず、初戦の勝ちっぷりや、迫力たっぷりの馬体から溢れ出る素質が高く評価され、何と1番人気に支持されることになった。しかし、プラス12kgの馬体重で出走し、レースでは2番手を追走したものの、直線では伸び切れずに4着を確保するのが精一杯という結果に終わってしまった。

惨敗を喫してしまった理由は明らかである。ゴスホークケンは東京スポーツ杯に臨む中間、左前脚の球節に骨膜炎が出てしまい、思い切った調教が出来なかったのである。もちろん、そんな状況の中でも、斉藤誠調教師は精一杯の仕上げを施し、勝つ意志を持ってゴスホークケンを出走させたのだろうが、現実はそんなに甘くなかった。

ここで、ゴスホークケンが東京スポーツ杯に臨むにあたっての調教内容(1週間前と最終追い切り)を、朝日杯フューチュリティS時のそれと比較してみたい。

東京スポーツ杯
11/07 南D良 田中勝 72.3-56.1-41.1-12.1 ⑦ 馬也 (1週間前)
11/14 南D良 田中勝 68.0-53.6-40.2-12.3 ⑥ 馬也 (最終追い切り)

朝日杯フューチュリティS
11/29 美ポ 中谷 81.4-66.6-53.3-39.8-11.5 ⑦ G強 (1週間前)
12/05 美ポ 中谷  65.0-50.4-37.2-11.6 ⑥ 馬也 (最終追い切り)

調教内容の見方については後ほど詳しく説明するが、まず気が付くのは、追い切りが行われたコースの違いである。東京スポーツ杯が行われた時点では、まだニューポリトラック馬場は完成していなかったので当然だが、南Dコースで追い切りが行われている(Dコースとはダートコースのこと)。実は、ゴスホークケンはデビュー戦の前はウッドチップコースで追われていたのだが、後ろ肢の踏み込みが深い同馬は、ウッドチップ(木片)で蹄の裏を傷めてしまった。そのため、東京スポーツ杯ではダートコースで追い切られたのである。

しかし、蹄の裏を傷めただけではなく、左前脚の球節の骨膜炎を患っていたため、脚元に負荷の掛かりやすいダートコースではビッシリと追い切ることが難しく、1週間前も最終追い切りも馬なりの調整に終始せざるを得なかった。たとえ馬なりでも、しっかりとした時計が出ていれば問題ないのだが、時計的にも5ハロンで68秒0という、重賞に臨むにあたってはいささか物足りない内容であった。この調教内容では、当日のプラス20kgは、成長分を含めても重め残りと考えて間違いないだろう。それでも1番人気になったのは、ゴスホークケンの素質が買われたということもあるが、案外、調教の内容について無関心な競馬ファンの存在もあったのではないかと邪推する。

ニューポリトラック馬場が朝日杯フューチュリティS前に完成したことは、ゴスホークケンにとって大きな福音になった。1週間前の追い切りでは、6ハロンから長めに行って、ゴール前で強めに追うことが出来た。これもクッション性が良く、蹄の裏を傷めることのないニューポリトラック馬場だからこその強気の調教であった。1週間前に長めから強く追われたゴスホークケンは、最終追い切りの時点でほぼ仕上がっており、馬なりで5ハロン65秒、ラストの1ハロンも追うことなく11秒6というスムーズな走りであった。

Tyoukyou03 by M-style

ニューポリトラック馬場でキッチリ追い切られたことによって、ゴスホークケンの体調は明らかに一変した。回避馬が出て8分の1の抽選をくぐり抜けたことや、レースではすんなりハナに立ち自分のペースで走れたことも勝因のひとつではあるが、ゴスホークケンが力を出し切れる体調にあったことが大前提であることは言うまでもない。もしニューポリトラック馬場が11月16日に完成していなければ、ゴスホークケンではない他の馬が朝日杯フューチュリティSを勝っていたのではないだろうか。

ミホノブルボンやゴスホークケンのように、競走馬はどのようなハードとソフトで調教されるか(されたか)によって、競走成績だけではなく、その運命さえも変わってくると言っても過言ではない。つまり、どのような施設を使って、どのような内容のトレーニングをしたかが、その馬の成績や能力に直接、反映されるということである。だからこそ、調教師を筆頭とした関係者たちは、どのような調教を施すべきか常に頭を悩ませている。そこには成功もあれば、大きな声では言えない失敗もたくさんあるに違いない。もちろん、レースの結果を予想する立場にいる私たちも、馬の体調や能力を見極めるために、調教を見ない手はないだろう。いや、自分がまるで調教師になったように見るべきなのである。

(第3回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第1回

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「もし坂路コースがなければ、ミホノブルボンはダービーはおろか、たった1勝することも出来ずにターフを去っていたかもしれない」

2冠馬ミホノブルボンを管理した、故戸山為夫調教師の弁である。

栗東トレセンに坂路コースが出来たのは、今からおよそ20年前のこと。今でこそ関西馬が強くなったのは坂路コースのおかげともてはやされているが、完成当初の調教師たちの反応は冷ややかなものであった。実際に、坂路コースを使って追い切られる馬などほとんどいなかった。そんな中、故戸山為夫調教師は、坂路コースに活路を見出し、坂路コースに己の調教師生命を賭けた一人であった。

父マグニチュード、母カツミエコーという、これといって目立ったところのない短距離血統のミホノブルボンは、当時、1億円以上の煌びやかな血統を誇る高馬が続出する中、1000万にも満たない価格でひそやかに取引された安馬であった。しかも、脚元には不安があり、頭が高く、走る姿勢が悪かった。

しかし、ミホノブルボンは故戸山為夫調教師によって坂路コースで鍛え抜かれた。「坂路の申し子」と呼ばれ、通常1日2~3本の厩舎が多い中で、1日4本、多い時には1日に5本も登坂することもあった。ミホノブルボンのトモは異常なほどに発達し、幾層の山のように盛り上がっていた。私もパドックで実際にミホノブルボンを見たことがあるのだが、他馬の2倍の大きさがあると言われたお尻から伝わってくる力強さに、しばし圧倒されたものだ。

何と言っても、今でも記憶に残っているのは、惜しくも3冠を取り逃がした菊花賞である。玉砕的に逃げたキョウエイボーガンにペースを乱されながらも、希代のステイヤーであるライスシャワーに最後の最後まで食い下がった走りは、まさに負けて強しであった。それでも、故戸山為夫調教師はジョッキーであった小島貞博に対し、「どうしてミホノブルボンを信じることが出来なかったのだ?」と諭したとされる。この菊花賞を最後にミホノブルボンは引退してしまったが、坂路で内容の濃い調教を積み重ねることによって、距離までも克服できることを証明したのである。

もし坂路コースがなければ、脚元に不安のあったミホノブルボンをここまで鍛え上げることは不可能であっただろう。頭の高い走法も改善されることなく、スタミナのロスも大きかったに違いない。3000mの距離など論外で、もしかすると血統どおりマイル戦でパタッと止まってしまうような馬で終わっていたかもしれない。冒頭の言葉は決して謙遜ではなく、数々の名馬を坂路コースで育て上げてきた故戸山為夫調教師の本音であったように思える。

故戸山為夫調教師は、ちょうどミホノブルボンが入厩してきた頃に食道ガンに冒され、引退する前に息を引き取った。「私から馬を取ったらガンしか残らない」と冗談を言いながら、坂路調教で馬を鍛え上げることに執念を燃やし続けた。スパルタ調教と酷評されても、馬は鍛えて強くなるという信念を曲げることは決してなかった。そのおかげで、今日の坂路調教の基礎があると言っても過言ではない。故戸山調教師の試行錯誤が、現在の坂路コースのノウハウにつながっているのは確かなのである。

(第2回へ続く→)


おまけ
YouTube:時代を熱くした馬、ミホノブルボン

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集中連載:「Good 馬場!」最終回

■ダートの馬場状態
次はダートコースにおける馬場について話を移したい。芝の馬場状態を把握する時と同じように、(1)どれくらいの重さ(軽さ)か?(2)馬場の内外で差はないか?(3)レースで極端な傾向はないか?の3項目に絞って考えてみたい。

まず、(1)どれぐらいの重さ(軽さ)かについては、①砂の深さ(厚さ)②砂の質③馬場が含んでいる水分の量によって大きく変わってくる。

とは言っても、現在では、ダートコースの①砂の深さは8cmに統一されており(滞在馬が多い札幌、函館、小倉競馬場は調教用に砂厚を8.5cmにしているが)、また全ての競馬場において青森県の六ヶ所村から採った山砂が使われているため、どの競馬場のダートコースも、①砂の深さ、②砂の質という点においてはほとんど差がない

そのため、ダートの重さは、③馬場が含んでいる水分の量によって大きく変化する。水分を含んでいればいるほど砂が引き締まり、脚抜きがよくなることによって、馬にとっては走りやすい、軽い馬場状態になる。つまり、芝とは正反対に、ダートでは「良」→「稍重」→「重」の順に馬場が軽くなっていくと考えてよい。ただし、「不良」のダートについては、脚抜きは良いが水が表面に浮いているため、かえって走りにくい馬場となる。

また、馬場が含んでいる水分の量は主に降雨の影響が大きいが、それ以外にも「季節」や「砂を洗った時期」にも影響されることがある。

「季節」については、たとえ同じ良馬場だとしても、適度に水分を含んだ春や秋は走りやすい馬場となるが、砂中の水分が蒸発しやすい夏場と、乾燥しやすい冬場の馬場は比較的重くなる。

「砂を洗った時期」については、砂を洗った直後はサラサラになるため、一時的に引っ掛かりが悪く、走りにくい馬場になる。開催が進むにつれ、どうしても砂は汚れてきて、脚のかかりが良くなって走りやすくなる面はあるが、クッション性が失われてしまう。そのため、どの競馬場も年に1~2度は開催終了後に砂を洗う。たとえば東京競馬場の場合、ダービーの開催が終わって、夏から初秋までの間に行われる。そのため、秋競馬の最初は時計の掛かるダートになることが多い。砂を洗う時期は競馬場によって異なってくるので、JRAのホームページの「馬場情報」でチェックしておくべきであろう。

(2)の内外で差はないかについては、レースが進むにつれて砂は内側に流れるということは知っておくべきである。排水の関係で内側が低くなっているからである。日曜日の最終レースに近づくにつれ内側が重くなっていくのだが、競馬のない平日に内側にたまった砂をコース中央部に戻す作業が行われるため、実際にはトラックバイアスというほどの有利不利はほとんど生じない。ダートという馬場の特性上、やはり芝の馬場に比べると内外のトラックバイアスは少ないと考えてよいだろう。

さらに細かいことを言うと、土曜日に雨が降った翌日の日曜日や、午前中に雨が降った日曜日の午後などは、内側に砂が流れて重くなるということ、札幌、函館、小倉競馬場に関してだけは、調教用に使われる内側2頭分くらいの幅の砂が深くなっているので、内に入った馬が不利になることは知っておいてもよいかもしれない。

(3)のレースで極端な傾向はないか?については、ダートの馬場は雨が降って走りやすくなると、非力な牝馬が活躍する傾向がある。この傾向は特に地方競馬で顕著である。中央競馬であれば芝のレースを使えば良いだけの話だが、ダートしかない地方競馬では、たとえ非力な牝馬でもダートを走らざるをえない。そうした中、普段はパワー不足で負けていた牝馬が、適度に雨が降ってパワーをさほど必要としない馬場になるため、スピードと切れ味で牡馬を相手にあっと驚く好走をすることがあるのだ。

もしそれ以外に極端な傾向があるとすれば、それは馬場状態ではなく、コース設定(形態)によるものである。たとえば、中山のダート1800mは時計が掛かり、前に行った(行ける)馬が極端に有利とされるが、これは中山競馬場のダートコースが全競馬場の中で最も起伏に富む(最大高低差4.4m)ことに起因する部分が大きい。1周回って来た時には、どの馬もすっかりスタミナを消耗してしまっていて、前もバテているが後ろも同じくらいバテているという、行った行ったの典型になりやすいからである。

Goodbaba04 by fake Place

■「場」を知ること
最後に、最近アメリカで話題になっているポリトラックの馬場の話をして締めくくりたい。ポリトラックの馬場とは、ゴムや電線の被覆絶縁体等の廃材、ワックスされた砂、弾力性のある繊維などを活用したものであり、水はけがよく全天候型であるだけではなく、砂ぼこりを抑制するため人馬の健康面にも良く、さらに競走馬の脚元への負担が極端に少ないとされている。現在、カリフォルニア州のすべての競馬場は、従来のダートの馬場ではなく、ポリトラックのような合成素材の馬場を設置することが義務付けられている(日本でも平成19年11月16日より美浦の南Cコースにニューポリトラックのコースが完成した)。

しかし、これだけ安全であることが証明されているにもかかわらず、ポリトラックの導入に反対する馬主や調教師がいるという。なぜなら、ポリトラックの馬場はスタミナを消耗しやすいので、スタートからガンガン飛ばして行くようなアメリカ的な流れにはならず、自分たちが現在所有している、これまでスピードにモノを言わせて勝ってきた馬にとっては活躍の場を失うことにもなりかねないからである。馬場が変わることは、その国で生産される馬の質を変え、育成手段をも変え、最後には調教を施す人間や、レースで騎乗する騎手をも変えてしまうだけの影響があるのである。

競馬を語る上で「馬場」は避けて通れないものである。数多くの馬たちが、馬場に笑い、そして馬場に泣いてきた。 数々のドラマは、時にはJRAによって演出されることもあるし、時には神の意志に拠るところもあるだろう。あの雨さえなかったら、もしかしたら歴史は変わっていたのかも知れない。ターフの上を疾走するサラブレッドたちは、陸上競技のアスリートたちと同じく、「場」というものに計り知れないほどの影響を受けているのである。そして、競馬の予想をする私たちにとっても、「場」を知ることが大きな助けとなることは間違いない。

(最後まで読んでいただいてありがとうございました)

参考文献
「コースの鬼!2nd Edition」 城崎哲 白夜書房
「コースの達人」 坂井千明 メディアアート出版

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集中連載:「Good 馬場!」第10回

(3)のスタミナに不安のある馬とは、つまりバテやすい馬のことだ。馬は自ら走っている時よりも、バテてからジョッキーに追われた時にこそノメやすい。スタミナが切れてしまうと、ほんの少しバランスを崩しただけで、体勢を立て直すことが出来ずにバラバラの走りになってしまうのである。スタミナ不足の馬は、どうしても他馬よりもノメやすいのである。

Hisimiracle by shinji

(4)の気性が後ろ向きの馬とは、自らハミを取って前へと進んでいかない馬である。道悪はどの馬にとっても走りづらく、馬はハミを頼って走り、ジョッキーはハミを強く掛けることによって安定して走らせる。そのハミをなかなか取ろうとしなかったり、しっかりハミを受けることができない馬は、騎手が操縦しづらいだけではなく、自身の走行も安定しないものになる。ジョッキーがコントロールしづらいので、気性が後ろ向きでハミを取らない馬はノメりやすいのである。

さて、(5)の精神的に弱い馬がなぜ道悪を苦手とするかというと、道悪では良馬場で走るよりもさらに精神的な負担があるからである。重馬場、不良馬場では下が滑って走りにくい上に、前を走る馬が蹴り上げる泥が直撃する。そういったコンディションの中でもひるまず、ムキにならず、最後まで走り抜くことのできる馬でないと重馬場で自分の能力を発揮することは難しい。泥を少し被っただけで走る気をなくしてしまう馬もいるのである。

先にも述べたように、馬の精神的な面は体調によっても大きく左右されるため、一概に精神的に弱い馬だからといって必ず道悪は走らないとは限らないが、とりたてて(1)のベタ爪でもなく、(2)の大跳びでもない馬が重馬場で凡走を繰り返すといった場合には、その馬に精神的な問題があることを疑ってみなければならない。

(6)の切れ味勝負の馬は牝馬に多いのだが、直線での一瞬の速い脚が持ち味の馬は、道悪になることによって切れ味が半減してしまうことになる。「道悪を苦手」というニュアンスとは少し違うが、良馬場でこそ100%発揮される鋭い末脚が、走りにくい馬場状態のために威力を失ってしまうということである。

■重馬場によって有利になる馬
ところで、最初に「道悪を得意とする馬はいない」という前提があったが、道悪になることによって有利になる馬は確かに存在する。それは当然、道悪を苦手とする馬の反対の条件を持った馬ということになる。つまり、「立ち爪で、ピッチ走法で、スタミナ豊富で、気性が前向きで、精神的にタフで、切れ味で勝負しない馬」ということである。しかし、それ以外でも、以下の3つの場合によっては道悪が有利になる馬がいる。

①時計勝負に対応できない馬
②ノド鳴りのする馬
③馬込みを苦手とする馬、揉まれ弱い馬
④首の高い走法の馬
である。

時計勝負に対応できない馬
①時計勝負に対応できない馬とは、そのクラスで勝つための絶対的なスピードがない馬ということである。良馬場だと、いくらスローペースであったとしても、ある程度の時計で走ることができなくてはレースで勝つことはできない。例えばオープンクラスの1600m戦では、少なくとも1分34秒前後の時計で走ることは出来なくては勝負にならないだろう。しかし、雨が降って道悪になれば、勝つために必要とされる時計は遅くなり、1分35秒台でしか走破できない馬にとっても勝つチャンスが生まれるのだ。このことからも、「道悪は荒れる」という考え方は基本的には正しいことになる。

しかし逆に、道悪になることによってスムーズなレースになることもある。なぜかというと、道悪では「馬群がバラける」傾向があるからだ。どの馬も泥を被りたくないため、他馬から前後左右に通常よりも間隔を開けて走ろうとすることが理由である。これは雨の日に自動車を運転する際に、普段よりも車間距離を多くとることと同じである。このように、道悪になると各馬がバラけて走るため、両脇の馬に挟まれたり、馬群から出られなかったりなどといった不利のないスムーズなレースになることもあるのだ。

平成5年のマイルCSは重馬場で行われ、ニシノフラワーと人気を二分したシンコウラブリィが逃げるイイデザオウを直線で交わし、堂々と勝利を収めた。レース前には雨が降り重馬場となったため波乱も予想されたが、逆に道悪で馬群がバラけたことにより、シンコウラブリィにとっては何の不利もないスムーズなレースになったのである。道悪を苦手としない馬にとっては、よほどの不良馬場にならない限り、道悪で馬群がバラけることによって、かえってスムーズなレースができることもあるのである。

②ノド鳴りがする馬とは呼吸器系に問題がある馬である。ノド鳴りの馬は雨の日に強いとよく言われるが、それは雨が降ると空気中の湿度が高くなるため、呼吸が比較的楽になるからである。しかし、元々能力がない馬が、呼吸が楽になった途端に走るかどうかは疑問であり、最近はノド鳴りの馬が雨が降ったため好走したという話をあまり聞いたことがない。ほんの些細な影響だけであって、あまりレースにおける結果には直接反映されないのではないかと考える。

③馬込みを苦手とする馬、揉まれ弱い馬にとっても、道悪が有利に働くことがある。それは前述の通り、道悪では「馬群がバラける」傾向があるからだ。道悪になって馬群がバラけることは、他馬があまりに近くにいると嫌がってレースに集中できないような馬にとっては好ましい条件となる。ただし、馬込みを嫌う馬は気性的に難しいところがある馬が多く、道悪でのレースではどうしても泥を被ってしまうことがあるため、そちらの方を気にしてレースを止めてしまうといったケースも少なくない。泥を被ることは平気だが、馬込みを嫌う(他馬を嫌がる)、もしくは揉まれ弱い馬にとって道悪は有利に働くことになるだろう

④首の高い走法の馬とは、体全体を使って走らない馬のことである。サラブレッドは首から尻尾までが一直線になって走るのが理想的なフォームであり、首の高い走法の馬はお世辞にも美しいとは言えない。また、手先脚先にかなり力を入れて走ることになるので、体全体を使って走る効率の良いフォームでもない。しかし、道悪になった場合に限っては、手脚に力を入れて走るがゆえに、ノメることが少なく安定して走ることができるのだ。

(最終回へ続く→)

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集中連載:「Good 馬場!」第9回

■最後の直線ではバランスを崩しやすい
特にバランスを崩しやすいのは最後の直線である。いざ最後の直線でラストスパートをしようとした時に、それまでは悪い馬場でも普通に走ってきた馬が、急にバランスを崩し全く伸びないということがよくある。これには2つの理由が考えられる。

ひとつは、最後の直線では、それまで以上のスピードにギアチェンジするため、体全体を使って走らなければならないからである。そのため、最後の直線までは滑らないように小手先で走っていた馬が、最後の直線ではしっかりと体全体を使って走らざるを得ないため、滑ってバランスを崩してしまうのである。

もうひとつは、最後の直線では肉体的、精神的なスタミナが残っていないからである。そのため、ほんの少しバランスを崩しただけで、体勢を立て直すことが出来ずにバラバラの走りになってしまうのである。

平成10年の高松宮記念は、直前の豪雨によって不良馬場で行われた。1番人気に推された武豊騎乗のシーキングザパールは絶好の手応えで4コーナーを回ったにもかかわらず、直線では前にいたシンコウフォレストを捕らえられなかったばかりか、後ろからきたワシントンカラーらにも差されてしまった。

「それにしても、まさか、あんなにノメるとは思っていなかった。レースはほんとうにいい感じで進められていたんですが、いざ追い出してから伸びてくれませんでした」はレース後の武豊騎手のコメントである。大跳びであるシーキングザパールは、4コーナーまではなんとか重馬場をこなしていたが、最後の直線で追い出してからバランスを崩し失速してしまったのである。

このように、道悪に対する巧拙は最後の直線で最もよく現れるのである。道悪のレースで、道中は手応え十分に走っていながらも直線でさっぱり伸びなかった馬は、道悪を苦手とするのではないかどうか疑ってみた方がよい。逆に重馬場において最後の直線でグイグイと伸びるような馬は、重馬場を苦にしない馬だと考えられる。

■状態が良ければ重馬場は克服できる
大跳びの馬は、下が滑るような馬場ではフォームを崩してしまい実力を発揮できないことが多いのだが、その時の馬の状態によっては悪条件を克服してしまうこともあり得る。普段は重馬場を苦手とする馬でも、肉体的、精神的に100%完璧に仕上がり、絶好調といった場合に限っては、重馬場を克服し素晴らしい走りをすることがあるのだ

体全体を使って走る大跳びの馬であるナリタトップロードにとって、重馬場は明らかにマイナスの要因になる。しかし、3歳時の弥生賞においては、直前に雨が降ったやや重馬場(稍重といっても重に近かったと記憶している)を見事に克服し、のちのダービー馬であるアドマイヤベガを退けて勝利したのだ。しかし、次のレースの皐月賞では、同じように雨が降り表面に水が浮くような馬場(良馬場発表であったが)で3着に完敗してしまった。もちろんメンバーも違うので着順だけを見て単純に判断することはできないため、これら2つのレース後のナリタトップロード騎乗の渡辺騎手のコメントを参考にして比較してみたい。

弥生賞後のコメント「手応えは前走以上。追い出してからの瞬発力には惚れ直しました。」

皐月賞後のコメント「ノメっていました。どこかで外に出したかったんだけど、手応えが悪くて。最後は力だけで来てくれたんですが。」

弥生賞では道悪を苦にしたようなコメントは一切なく、皐月賞では「ノメっていた」と実際に道悪を苦にしていたことを明言している。これら2つのレースの馬場状態に違いがあるのではないか、という反論があるかもしれないが、やや重の弥生賞の勝ちタイムが2.03.5に対して、良の皐月賞の勝ちタイムは2.007である。ペースの緩急などを差し引いても、皐月賞の方が弥生賞よりも悪い馬場で行われたとは考えられないだろう。このことからも分かるように、ナリタトップロードは弥生賞においては苦手とする道悪を克服してしまったのである。

Naritatoproad by sashiko

なぜなら、弥生賞時のマイナス6kgの馬体重が示すように、ナリタトップロードが弥生賞において肉体的にも精神的にも完璧な状態にあったからである。100%の状態にある馬は、精神的にも安定し集中しているため、少々の不利があっても動じることがなく、それを乗り越えてしまうということである。実際、ピークの状態から下降線をたどっていた皐月賞では、悪い馬場にノメってしまったことも手伝い、本来の能力を発揮することはできなかった。本来重馬場を苦手とする馬でも、そのレースに臨む状態次第では、悪条件すらも克服してしまうこともあるということを覚えておいてほしい。

(第10回へ続く→)

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集中連載:「Good 馬場!」第8回

■道悪が苦手な馬の条件
それでは具体的に、雨が降り続けて馬場状態が悪くなる(道悪になる)ことによって、どのような影響が競走馬にあるのだろうか。

ちなみに、道悪(重、不良馬場)のレースでは、良馬場でのレースに比べて着差がつきやすい。なぜかというと、各馬の道悪への巧拙がはっきりと出てしまうからだ。能力的にはほとんど変わらなくても、道悪に対する巧拙が分かれてしまえば、ゴールの時点では大きな着差となって表れてしまうのである。だからこそ、道悪で行われるレースは波乱の決着となることが多い。よって、道悪になった際に考慮されなければならないのは、何よりも各馬の道悪馬場に対する巧拙である。

まず前提にしたいことは、「道悪が得意な競走馬はいない」ということである。つまり、良馬場よりも重馬場の方が走りやすいという馬はいないということで、俗に言う「道悪が得意な馬」というのは、「道悪でも苦にしない」馬ということである。それでは逆に、どういう馬が「道悪を苦にする馬」、つまり「道悪が苦手な馬」なのであろうか?以下に一般的に言われている「道悪が苦手な馬」の条件を挙げてみたい。

(1)ベタ爪の馬
(2)大跳びの馬
(3)スタミナに不安のある馬
(4)気性が後ろ向きな馬
(5)精神面の弱い馬
(6)切れ味勝負の馬

■ベタ爪、立ち爪
(1)のベタ爪とは、馬が普通に立った状態の時に、前脚の爪が標準の状態と比べて「ベタっと寝ている」爪のことを指す。その反対が標準の状態と比べて立っている「立ち爪」である。なぜベタ爪の馬が重馬場を苦手とするかというと、立ち爪と比べて地面に対する着地面積が大きいため、それだけ濡れている馬場では滑りやすいからである。
 
しかし、実際は各馬それぞれに形が少しずつ違っているため、どこまでがベタ爪でどこまでが立ち爪かという判断は微妙であるし、着地面積にはツメそのものの大小も関わってくるので、ベタ爪だからといって必ずしも重馬場が苦手とは言い切ることは出来ない。そのため、一般に言われているほど、蹄の形が重馬場の巧拙を決定づけるといったことはない。

■大跳びの馬
ベタ爪、立ち爪よりも、「道悪が苦手な馬」を判断する上で重要になってくるポイントは、(2)の大跳びの馬かどうかということである。大跳びというのは、体全体を使って走るため、一歩一歩(一跳び一跳び)の幅が大きくなる走法のことを指す。その反対が、手脚だけを使ってピッチ走法で走る馬である。

大跳びの馬には一長一短があり、長所としては、体全体を使って走ることができるため、一歩一歩(一跳び一跳び)で進める距離が大きく、それだけ推進力が優れていることである。そして、体全体のパワーを無駄なく推進力に変えることができ、スタミナのロスが少なくなるため、ステイヤータイプの馬に大跳びの馬が多い。血統的にはステイヤーではない馬でも、走法が大跳びであることによって距離をこなせてしまうこともある。大跳びの馬には比較的能力の高い馬が多く、ひと昔前でいうとスペシャルウィーク、ナリタトップロード、最近でいうとウオッカなどがそうである。

Specialweek by sashiko

しかし、大跳びの馬の短所としては以下の3点が挙げられる。
①不器用な馬が多い
②先行力がない
③重馬場が苦手

■大跳びの馬の弱点 
①の「不器用さ」は小回りコースにおいては弱点となる。小回りコース、つまりコーナーがきついコースだと、跳びが大きいことによってコーナリング毎にどうしてもスピードが落ちてしまい、ノビノビと走ることが難しくなる。また、レース中に前が壁になってしまうなどのアクシデントに巻き込まれてしまった場合、器用な脚(小脚)が使える馬ならば臨機応変に対応することも可能だが、大跳びの馬は一度ブレーキがかかってしまうと、もう一度スピードに乗るのに時間を要するため、ちょっとした不利が致命的になってしまうこともありうる。

②の「先行力がない」は、大跳びの馬は小脚(一完歩の小さい走り方)を使える馬と比べて、スピードに乗るのに時間がかかるためである。そのため、スタートからヨーイドンでのポジション争いでは劣勢に立たされてしまうことになる。だからこそ、スプリント戦などの忙しい競馬は合わず、ある程度の距離があった方がレースはしやすい。もちろん①②の両方に言えることなのであるが、大跳びの馬の中には状況によって器用な脚も使える馬もいるため、必ずしも大跳びの馬が不器用で先行力がないとは限らない。

そして、③の「重馬場が苦手」こそが、大跳びの馬の大きな弱点となる。大跳びの馬は手脚を一杯に伸ばし体全体を使って走るため、重馬場のような下が滑りやすい馬場では体勢を崩しやすく、フォームがバラバラになってしまい、本来の走りが出来なくなってしまう。騎手がハミをしっかり馬にかけてやることによって、馬がバランスを保つための補助をしてやることができるが、馬自身が完全にバランスを崩してしまうと、騎手の力だけではいかんともし難く、その馬の本来の走りをすることは難しくなってしまうのだ。

(第9回へ続く→)

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集中連載:「Good 馬場!」第7回

■雨が降って、芝コースの馬場が悪化した場合
ここまでは芝の良馬場において、馬場の状態を把握する方法を述べてきたが、次に雨が降って、芝コースの馬場状態が悪化してしまったケースに話を移したい。

良馬場が、ある程度、固定された馬場状態であるのに対して、雨が降り続くことによって馬場は稍重から重、そして不良へと大きく変化する。そして、それに伴い、走破時計は遅くなっていく。

とは言っても、今の芝コースは路盤が砂地であるため排水が良く、多少の雨が降ったとしても、昔のようにコース上に水がたまってしまうということはない。たとえ前日に雨が多少降ったとしても、当日晴れてさえいれば、雨の影響はほとんど考えなくてもよい。または当日の午前中に雨が多少降ったとしても、その後晴れれば、メインレースまでにはほとんど回復しているか、悪くてもやや重でレースは行われるだろう。特に開幕週などで野芝が強靭に根付いている時期は、たとえレースがやや重で行われたとしても、ほとんど良馬場と変わらない速い時計の決着になることが多い。

これは余談になるのだが、排水の仕方によっては、馬場の内外でトラックバイアスが生じて、内枠を引いた馬が有利になることがある。

東京競馬場では平成14年~15年の改修時に、バックストレッチから3~4コーナーにかけて、芝コース内側に排水溝が設けられた。コースで最も低くなる部分に雨が集まってしまい、芝が集中して傷んでしまうことを防ぐためである。この排水溝によって、東京競馬場では雨が降ると、コースの内側から一気に馬場が乾いていくため、そのタイミングによっては、馬場の内側を通ることのできる内枠を引いた馬が有利になることがある。特に午前中で雨が上がった時などは、午後のレースで馬場の内側にトラックバイアスが生じることが多い。

平成15年のジャパンカップは、午前中に雨が降り続き、重馬場で行われた。勝ったタップダンスシチーは本来、道悪が得意な馬ではなかったが、この排水溝によるトラックバイアスを利用して逃げ切ったのである。悪い馬場に脚を取られながら追走する他馬を尻目に、タップダンスシチーは乾いた馬場の内側を気持ちよく走り、後続になんと9馬身の差をつけてしまったのである。タップダンスシチーが究極の仕上がりにあったことや、極端なスローの展開に恵まれたことなどもあったが、雨上がりの東京競馬場は内枠が有利になるということを実感したレースであった。

Goodbabatapdance

話を元に戻すと、かなり極端に雨が降り続ける場合は、正直に言うと、馬場状態の把握は極めて難しいものとなる。いつから降り続いている雨か、当日は芝のどのような時期に当たるか、当日までにどれくらい芝が傷んでいるか、そして当日の天気、季節など幾多の要素によって、馬場の状態が刻々と変化していくからである。前のレースと次のレースの馬場状態が全く異なってしまうことも珍しくない。もし道悪になった場合は、馬場状態を正確に把握することはあきらめて、その日は波乱を前提として馬券を買うべきであろう

(第8回へ続く→)

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集中連載:「Good 馬場!」第6回

■馬場の極端な傾向
次に、(3)の極端な傾向とは、前が止まらない(先に行っている馬が残ってしまう)といった傾向があるかどうかということである。つまり、展開の綾や各馬の能力に関係なく、明らかに馬場状態のみが原因で、単純に前に行っている馬が有利になってしまうといった極端な傾向があるかどうかということである。

このような傾向が現れるのは、馬場が極端に良い場合か極端に悪い場合である。もっと正確に言うならば、極端に上がりが速くなってしまう馬場か、極端に上がりがかかってしまう(遅くなってしまう)馬場のどちらかにおいてである。

■極端に上がりが速い馬場
極端に上がりが速い馬場は、開幕週の馬場によく見られる。直線が長く差し馬に有利にみえる東京競馬場においてすら、開催当初のレースでは逃げ切り、先行押しきりが続発することは珍しくない。開催当初は馬場の傷みが少なく、絶好のコンディションでレースが行われるため、どうしても上がりの速いレースになってしまうからである。

たとえば、前に行っている馬がラスト3ハロン33秒台の脚を使って上がるとすると、後ろから行く馬は33秒もしくはそれを切るぐらいの上がりを使わなければ届かないことになる。サラブレッドの限界という意味も含めて、現実的にそれだけの脚を使うことはなかなか難しく、どうしても前に行けない馬にとって、極端に上がりが速い馬場は不利になってしまうのである。

■極端に上がりのかかる馬場 
極端に上がりのかかる馬場は、開催中に何度も雨に見舞われたため極端に馬場が荒れてしまった場合や、芝の発育不良などが原因となって引き起こされる。こういった馬場は極端に力の要る状態になっているため、ほとんどの馬が直線に向くまでに力を使い果たしてしまい、そこからスパートするだけの脚がなくなってしまうことになる。前に行っている馬もバテているが、後ろから行っている馬も同じようにバテているために、最後の直線で逆転は起こらず、道中で行ったそのままの順位で決着してしまうことになる。

かなり昔の話になるが、平成4年の宝塚記念で、一旦は障害入りもした経験のある伏兵メジロパーマーが、圧倒的な1番人気のカミノクレッセを尻目に逃げ切り勝ちを収めたが、この結果は極端に重い馬場が大きな原因となったことは明白である。勝ったメジロパーマの上がりはなんと39秒8で、カミノクレッセの上がりも39秒7であった。逃げたメジロパーマもバテているのだが、カミノクレッセも同様にバテてしまったため、3馬身もの逃げきりを許してしまったのである。

このレースで3着に入ったミスタースペインの石橋騎手のコメント、「最後はどの馬も脚が上がらない状態でした」がこのことを如実に表している。馬場が悪くなることによって極端に上がりが掛かり、前に行った馬にとって非常に有利になるのである。


最後はどの馬もバテバテです(笑)。

(第7回へ続く→)

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集中連載:「Good 馬場!」第5回

■馬場の内外差
(2)のコースの内外での差は、馬場の内側か外側を走るかでどれだけ有利不利が生じるかということである。開催当初は内外均一であった馬場も、レースが行われ、距離ロスをしないように各馬が少しでも内側のコースを走ろうとすると、どうしても内側の馬場、特に3~4コーナーの部分の芝が傷んできてしまう。そのため、馬場の保護を目的として仮柵による馬場の使い分けをしているが、この仮柵の移動によって、どうしても馬場の内と外で大きな有利不利が生まれてしまうことがある。

たとえば、移動柵を最大12m幅で動かせる東京競馬場に比べて、中山競馬場は最大でも6m幅でしか動かせない。中山競馬場は仮柵を移動することによって、内側からA、B、Cの3つのコースが作られる。仮柵を移動する際に、A→B、つまり内側から外側に移動する際には、内外それほど差の無い状態に保たれるが、もしC→A, つまり外側から内側に移動すると、仮柵を移動した部分の内側6mが絶好の状態の芝(グリーンベルトと呼ばれる)になってしまうため、内を通れる馬とそうでない馬とでは圧倒的な不公平が生じてしまうことになる。(下図参照)

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グリーンベルトによる不公平で問題になったのは、平成10年の皐月賞だろう。2枠3番を引いた横山典弘セイウンスカイが、グリーンベルトの上を通って先行し、そのまま押し切ったレースが、1番人気に支持された武豊スペシャルウィークは8枠18番という大外枠のため、終始外を回る羽目になってしまい、3コーナーから強引にマクっていったものの最後の直線ではキングヘイローに差し返されて3着に終わってしまった。弥生賞を勝った反動や当日プラス10kgの馬体重であったことを考慮に入れても、武豊騎手がレース後に指摘した通り、コースの内外の馬場状態の違いは明らかであり、公平な競馬ではなかった。

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こうしたことが考慮されて、最近の皐月賞はAからBコースへの移動(内側から外側への移動)で行われている。昔はG1レースを一番広いコースで行うしきたりのようなものがあったが、最近はグリーンベルトを作らないことを優先してコースローテーションを組んでいる。そのため、G1レースでグリーンベルトが生じることはほとんどない。しかし、その代わりと言ってはなんだが、通常のレースでは内外の差が明らかなケースも多々ある。その他の競馬場でもさまざまな工夫、改善が行われているが、それでも、競馬は毎週休むことなしに開催されるため、馬場の不公平を完全になくすことは難しい。

もちろん公平かどうかは当事者にとっての問題であるので、予想をして馬券を買う私たちにとっては馬券が外れたことの言い訳にはならない。馬券を買う前から内外で差があることは分かっているのだから、それに対応した予想をすることが必要である。

たとえば安田記念は、馬場が最も傷んでくる時期に行われるため、馬場の内外の差が最もでやすいG1レースのひとつである。枠順や通った場所によって勝敗が分かれてしまうことが多く、馬場の内外での差(トラックバイアス)に注目するべきレースである。

東京競馬場
Tokyoturf

Aコース 内柵を最内に設置
Bコース 内柵を3m外側に設置
Cコース 内柵を6m外側に設置

東京競馬場において、CコースからBコースという変更は、内柵を内側に3m移動するということである。つまり、内柵が内側に3m移動することによって、馬場の良いグリーンベルトが3m分出来るということになる。3mといえば馬1~2頭分のスペースであり、このグリーンベルトに各馬が殺到することが予想される。内枠を引いた先行馬はそう簡単には止まらないだろうし、外枠を引いた差し馬は終始馬場の悪いところを走らされるかもしれない。

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たとえば、ブラックホークが大外から差し切った平成13年、アドマイヤコジーンが復活した平成14年は、馬場の内側の傷んだ場所を通らねばならなかった馬が直線で失速し、馬場の外を回ることができた馬にとって有利になった。対照的に、アグネスデジタルがレコードで勝利した平成15年は、仮柵がCコースからAコースに移動されたため、今度は内側の馬場の良い部分を通った馬が有利になった。このように、コースローテーションによって、枠順による有利不利が生まれてくるのである。その年毎にコースは違うので、JRAのホームページの「馬場情報」にて、コースローテーションは常に把握しておかなければならない。

(第6回へ続く→)

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集中連載:「Good 馬場!」第4回

■どのように馬場の重さ(軽さ)を把握するか?
それでは実際に、どのように馬場の重さ(軽さ)を把握すればよいのだろうか。

馬場の重さ(軽さ)を把握するために、最も簡単かつ有効な方法は、「芝の種類」と「芝の傷み具合」を時系列として読み解くということである。「芝の種類」によって異なる馬場の重さ(軽さ)が、開催が進むにつれての「芝の傷み具合」によって変化してくる、その変化から馬場の重さ(軽さ)を把握するという、ごくごく単純方法である。

最初の手順として、レースが行われる競馬場の芝の種類を把握することから始めなければならない。前述したとおり、新潟競馬場は「野芝100%の芝コース」、札幌、函館競馬場は「洋芝100%の芝コース」、東京、中山、阪神、京都、中京、福島、小倉競馬場は「野芝に洋芝をオーバーシードした芝コース」となる。しかし、たとえオーバーシードした芝コースでも、野芝の成長期(6月~9月)には洋芝を取っ払って、野芝100%に近い状態で行われることもあるので、JRAのホームページの「馬場情報」を逐一チェックしたい。

次に、レースが行われる競馬場の芝の「傷み具合」を把握したい。現在のレースが行われている競馬場の芝は、どういう時期で、どれぐらい使われて、どれだけ傷んでいるかをチェックするのだ。野芝の最盛期は7月~9月であって、それ以降は徐々に枯れて重くなっていく。そして、開催が続いたり、開催と開催の間にある芝の養生期間が短かったりすると、野芝の傷みが回復することなく次の開催が始まってしまう。また、運悪く、開催中に連続して雨の日が当たったりすると、芝の傷みは通常よりも早く進行する。そして、これは稀なケースだが、冷夏や暖冬の影響で翌年の野芝の根付きが悪かったり、良かったりすることもある。

馬場の重さ(軽さ)は、『極端に軽い』→『軽い』→『やや軽い』→『やや力の要る』→『力の要る』→『かなり力の要る』という6段階に分けてみた。もちろんこれらの中間に位置する重さ(軽さ)の馬場状態もあり得るが、実際にレースを予想するための材料としてはこの6段階ぐらいで十分である。

かつて、馬場の重さ(軽さ)の段階に数字を当てはめて、より厳密に把握しようと考えたこともあったが、上手くはいかなかった。やはり、馬場というものは、常に変化し続ける生き物のようなものであって、数字に置き換えてしまうと、現実の馬場の重さ(軽さ)の感覚とはズレてしまい、どうもシックリこないことが多い。そもそも、馬場の重さ(軽さ)を数字に置き換えるということ自体がナンセンスなのかもしれない。

前置きはこのあたりにして、野芝の最盛期である9月の開催を起点として、具体的に把握していきたい。
「開催日割(PDF)」を片手にご覧いただけると分かりやすいだろう。

9月
★中山競馬場
この時期の開催は野芝100%の状態で行われる。4月以降の開催になるため、野芝の養生期間が長く、根がしっかりと張った極めて軽い馬場となる。

★阪神競馬場 
7月まで競馬が行われていたため、野芝の養生期間はほとんどなく、全く根付いていない状態。傷んだ芝部分を張り替えただけなので、馬場が良いのも最初だけで、開催が進むにつれすぐに傷みが目立ち始め、やや力のいる馬場へと変化する。

10月
★東京競馬場 
夏の間に十分根を張った、軽いオーバーシード芝。洋芝はまだ芽が出かけた程度で、ほぼ野芝100%の極めて軽い馬場である。

★京都競馬場 
夏の新潟に匹敵する、極めて速い時計の出る芝。東京競馬場同様に、洋芝はまだ芽が出かけた程度で、ほぼ野芝100%の極めて軽い馬場である。

★福島競馬場 
やや力の要る芝。夏の開催からの養生期間が短いため、開催が進むにつれて傷みが目立ち始める。

11月
★東京競馬場 
やや力が要るオーバーシード芝。野芝はすでに成長が止まり、伸びた洋芝が表面を覆った状態となる。

★京都競馬場  
軽いオーバーシード芝。野芝の成長は止まるが、状態が良いため、軽さは維持される。

12月
★中山競馬場 
やや力の要るオーバーシード芝。芝の根付きが良いため、傷みはなかなか進まない。

★阪神競馬場 
傷んで力の要るオーバーシード芝。開催の後半では、内側がかなり傷んで、走りにくい部分が出来てしまう。

★中京競馬場 
軽いオーバーシード芝。養生期間が長く、秋最初の開催になるので、冬の時期に行われる競馬ではダントツに馬場の状態が良い。

1月
★中山競馬場 
秋競馬で使われなかったCコースを使うため、やや軽いオーバーシード芝

★京都競馬場 
秋競馬で使われなかったCコースを使うため、非常に軽いオーバーシード芝

★小倉競馬場
軽いオーバーシード芝から傷んだオーバーシード芝へと、1ヶ月の間に変化する。この時期の小倉には他場で減らされている芝のレースを肩代わりする役割があるため、レース数が多く、後半は傷みが目立ち始める。

2月
★東京競馬場
やや力の要るオーバーシード芝。Dコースを使用して、芝のレース数も少ないため、傷みは最小限に抑えられている。

★京都競馬場
Cコース開催2週目となるため、やや力の要るオーバーシード芝

3月
★中山競馬場
やや力が要るオーバーシード芝

★阪神競馬場
力が要るオーバーシード芝

★中京競馬場
やや力の要るオーバーシード芝

4月
★中山競馬場
力の要るオーバーシード芝。洋芝が伸びて、見た目ではなかなか分からないが、ベースの野芝は相当に傷んでいる。

★阪神競馬場
傷みも目立ち始めて、力の要るオーバーシード芝

★福島競馬場
力の要る芝。昨年の11月から養生期間は長いが、野芝はまだ芽も出ていない段階で、次第に傷みが目立ち始める。

5月
★東京競馬場
やや力の要るオーバーシード芝。野芝はまだ芽が出かけた段階で、根は張っておらず、傷みやすい。ダービーまではなんとか持ちこたえても、それ以降はボロボロになることが多い。

★京都競馬場
やや軽いオーバーシード芝。1、2月は芝のレースが少なかった上に、Dコースに変更されることによって、春の競馬では最も速い馬場。

★新潟競馬場
昨年の夏以来となるため、野芝100%でやや軽い芝。ただし、野芝はまだ成長期にないため、傷みやすい状態の馬場。

6月
★阪神競馬場
力の要るオーバーシード芝。阪神競馬場は宝塚記念があるこの開催に備えて、2回開催終了後に芝を張り替える。そのため、宝塚記念時点の芝の状態は、洋芝100%に近い。

★函館競馬場
洋芝が密に生え揃って絶好の芝の状態。洋芝の性格上、重くて力の要る馬場

★中京競馬場
傷んで力が要るオーバーシード芝。3月の開催から間がなく、かなり傷んだ状態の馬場。

★福島競馬場
傷んで力が要る芝。野芝が成長をし始めるものの、1回開催から期間が短いため、馬場の傷みは回復することなく進行していく。

7月
★新潟競馬場
野芝100%である上に、成長期であるため、極めて軽い馬場

★小倉競馬場
ほとんど野芝100%に近い、軽い馬場

★函館競馬場
かなり力の要る馬場。梅雨の影響で、開催に雨が当たることも多く、洋芝の傷みが目立ち始める。

8月
★新潟競馬場
まだ野芝が成長している時期であるため、馬場が悪くならず、極めて軽い馬場が維持される。

★小倉競馬場
新潟と同じく、まだ野芝が成長している時期であるため、馬場が悪くならず、軽い馬場が維持される。

★札幌競馬場
洋芝が密に生えた絶好の馬場。梅雨の影響を受けないため傷みづらいが、洋芝の性格上、力の要る馬場

以上のように、芝の最盛期の状態を起点としてイメージしつつ、そこから開催が進むにつれて馬場が傷み、重くなって力を要する馬場になっていくという過程を、時系列で把握するということである。最盛期から時間の経過とともに傷んで枯れていくという、生物としての不可逆な1年の営みを利用するのである。もし開催中に連続して雨が降ったり、冷夏や暖冬などイレギュラーなことが起これば、その都度、上記の基準の重さをほんの少し調節すればよい。

これまで私は色々な方法を試してみたが、結局のところ、この方法以上に簡単かつ正確に馬場の重さ(軽さ)を把握することは出来なかった。たとえば、ある競馬ソフトの基準タイムを用いて馬場差を出す方法がある。しかし、そもそも競馬のレースは生き物であり、展開や馬場の内外、メンバーの力関係などがあるにもかかわらず、(たとえ補正したとしても)勝ちタイム等から馬場差を正確に出すのは普通に考えても無理がある。また、開催中の勝ち馬、もしくは2着に好走した馬の血統から馬場状態を読み解く方法は、サンプル数が少なすぎるため、独自のバイアスが掛かってしまうことが多い。

もちろんこれらもある程度は有効であっただが、小難しかったり時間が掛かったりする割には上の方法と同じ、もしくはそれ以下の結果しか出なかったのである。これらの方法の問題点は、すでに終わった事柄(タイム、好走馬の血統等)を材料とするため、全てが後追いになってしまうということである。また、馬場の重さ(軽さ)を把握するために馬場以外の要素を判断材料にしているため、その他の関係ない要素までが紛れ込んでしまうことも問題である。馬場のことは馬場に聞くのが一番なのである。だからこそ、誰にでもスグ出来て、しかも間違いが少ないのだ。

(第5回へ続く→)

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集中連載:「Good 馬場!」第3回

■芝の傷み具合
次に、「芝の傷み具合」については、ごく単純に、開催が進むにつれて傷んでいくということである。今週よりも来週、来週よりも再来週の馬場の方が傷んでいるのが普通である。芝が良くなるという逆向きのベクトルはなく、当たり前のことではあるが、開催が進むにつれて芝は傷んでいくということは「馬場」を把握する上で重要である。

傷みの進行度合は、野芝の成長する時期によって異なってくる。野芝の成長期にあたる6月~9月は、たとえば夏の新潟開催のように、傷んでも次の週までには回復しているということがある。同じオーバーシードされた芝でも、野芝が成長している時期は傷みにくいのに比べ、冬から春先にかけては、ちょっとしたことで傷みが急速に進んでしまう

特に、繰り返し各馬が殺到する3~4コーナーの内側は、最も傷みが進行しやすい部分である。それを補うために、仮柵を外したりしてコース変更をするのだが、これによって生まれる内外のトラックバイアスについては、(3)馬場の内外で差はないか?において後述したい。

また、雨の影響によって、「芝の傷み具合」が急激に早まることもある。開催日(土曜日、日曜日)に雨が降って、重馬場でレースが行われた場合、芝はあっという間に掘り起こされてボコボコになってしまう。特に春の時期は、まだ野芝が芽を出しただけで根が張っておらず、路盤が柔らかい。その上を雨に弱い洋芝が覆っているだけなので、馬場が極端に傷みやすいのだ。開催日に連続して雨が降るようなことがあれば、馬場の性質が一変してしまうこともある。

たとえば、平成18年春の東京開催では、これでもかというぐらい週末に雨の日が集中した。NHKマイルCは当日に雨が降り、ヴィクトリアマイルも降雨の影響でやや重まで馬場が悪化した。それによって、芝の傷み具合は急激に進み、オークスは極めて力の要る馬場で行われることになった。結果はご存知のとおり、カワカミプリンセス(父キングヘイロー)が勝ち、494kgのフサイチパンドラが2着、488kgのアサヒライジングというパワーに優る馬たちが上位を独占することになった。1番人気に推された444kgのアドマイヤキッス、422kgのキストゥへヴンという小柄な馬たちが、4、6着に惨敗したことを考えると、どれだけ力の要る馬場だったかが分かるだろう。

Goodbabakawakami

さらに続くダービーも、前日から雨に見舞われ、パワータイプのオペラハウス産駒メイショウサムソンが、道悪の皐月賞に続く2冠を手に入れた。全体の時計が2分27秒9の時計で、メイショウサムソン自身のラスト3ハロンの上がりは35秒1であった。翌年(平成19年)のダービーの勝ちタイムが2分24秒5で、ウオッカの上がり3ハロンが33秒0と比べると、ペースの差こそあれ、この2つのダービーは全く違う要素を問われたダービーであったと言えるだろう。馬場の傷み具合が違えば、ダービー馬さえ変わってくるのである。

Goodbabasamson

(第4回へ続く→)

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集中連載:「Good 馬場!」第2回

まずは、芝コースの良馬場に限定して話を進めていきたい。芝コースのレースがどのような馬場で行われているかを把握するためには、以下の3つの項目をきっちりと把握しておかなければならない。

(1)どれくらいの重さ(軽さ)か?
(2)馬場の内外で差はないか?
(3)レースで極端な傾向はないか?

■どれくらいの重さ(軽さ)か?
馬場状態を把握するために最も重要なのは、(1)のどのくらいの重さ(軽さ)かであり、それは「芝コースの種類」と「芝の傷み具合」によって大きく違ってくる

まず、「芝コースの種類」は大きく3つに分けられる。

1、野芝100%の芝コース(新潟競馬場)
2、洋芝100%の芝コース(札幌、函館競馬場)
3、野芝に洋芝をオーバーシードした芝コース(東京、中山、阪神、京都、中京、福島、小倉競馬場)

1の野芝は暖地性の芝草であって、気候が暖かくなる6月から成長を開始し、8月の一番暑い時期に最盛期を迎える。野芝は非常に強靭で、耐久性が高い。地面に地下茎を張り巡らせて横にネットワークを作るため、馬の蹄が当たって多少の衝撃があろうともビクともしない。野芝が生え揃った状態の馬場には、押すと弾き返すといったクッションが感じられ、硬くてスピードが出る

Nosiba

野芝の弱点は、寒さに弱く冬枯れしてしまうということである。野芝しか使っていなかった昔の中山競馬場の馬場は、暮れになると芝がまるで土のような色になり、見映えは決して褒められたものではなかったことを思い出す。当時、ジャパンカップに来た外国人関係者が、「芝のコースはどこにあるのですか?」と尋ねたという笑い話は有名である。

2の洋芝は寒地性の芝草である。洋芝の葉の密度は野芝よりもずっと濃いため、馬の蹄が芝の上に着地してから、芝が倒れて足の裏が地面に着くまでに時間差があるように感じる。野芝が押すと弾き返すクッションであれば、それとは対照的に、洋芝は押すと凹んで力を吸収するクッションである。それゆえ、洋芝の芝コースは重くて、パワーとスタミナが必要とされる

Yousiba

また、洋芝の芝コースは極めて美しい。次々に新しい芽が吹いて密度がどんどん高まり、しかも寒い時期でも冬枯れしないため、芝コースを1年中緑に保つことも可能である。野芝に比べ、洋芝はテレビ映りが断然にいいのだ。

しかし、強度と耐久性という点では野芝に劣る。馬の蹄が強く当たると、根こそぎ芝が剥がれてしまうこともあり、ポカっと穴があいてしまい危険である。また、高温の夏には夏枯れしてしまうことがあり、さらに雨が降ってしまうと途端に馬場が悪化することもある。だからこそ、洋芝100%の芝コースは札幌と函館競馬場のみでしか成立しない。

3の野芝に洋芝をオーバーシードした芝コースとは、野芝をベースとして、その上に洋芝のイタリアンライグラスを植えたコースのことである。中央4場(東京、中山、阪神、京都)でオーバーシード芝が必要なのは、開催時期が9月から翌年の6月までと、真冬の季節を含むからである。

前述のように、野芝は暖地性の芝草であり、11月以降は冬枯れして見た目が悪いばかりではなく、枯れている時期に開催が集中すると、芝の発育が阻害され、翌年以降に悪い影響が出ることになる。野芝の強靭さと耐久性をベースとしつつも、見た目が美しく、発育が早い洋芝で上から覆うようにしてサポートしているという構造になる(下図)。

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枯れた野芝の上を洋芝が覆っているのが分かる。

そのため、洋芝がいくら茂って見た目が青々としていても、馬場が良好であるということにはならない。特に春になって野芝のネットワークが擦り切れてしまうと、いくら洋芝で取り繕ってみても、馬場が柔らかすぎてクッションが失われてしまう。オーバーシード芝の場合、見た目に騙されてはいけないのだ。あくまでもベースとなる野芝がどういう状態にあるかを見極めることが大切である。

また、春競馬が終了すると同時に、野芝を覆っていた洋芝は根ごと引っこ抜かれる。夏にかけて成長する野芝の上に丈の高い洋芝があると、日光を遮ってしまうからだ。夏の間は野芝100%の状態でゆっくりと養生されるため、10月ぐらいまでの開催では、オーバーシード芝とはいえ野芝100%と考えてもよい。

(第3回へ続く→)

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集中連載:「Good 馬場!」第1回

Goodbaba01

■国立競技場で知ったこと
私が学生だった頃、国立競技場でアルバイトをしたことがあった。世界陸上のための準備で競技場の中に入り、機材を運んだりする仕事を手伝っていたのだが、その休憩時に、国立競技場の係員の方がこんな話をしてくれたのを覚えている。

「国立競技場のトラックは、とても走りやすいように工夫して作られているんだよ。なぜかというと、世界のトップアスリート達が日本に来て世界レコードでも出してくれれば大きなニュースになるだろうし、日本、もしくは東京で行われたということも覚えてもらえる可能性も拡がるからね。記録として残るし、人々の記憶にも残るようにね。」

この話を聞いて私は純粋に驚いた。なぜなら、選手の能力とは関係のないトラックまでもが、競技に大きな影響を与えているとは思いもよらなかったからである。誰よりも速く走ることのできる競技者が、どこよりも走りやすいトラックの上で走って、初めて世界レコードが生まれる。そんなこと当たり前ではないかと思われるかもしれないが、当時の私にとっては目からウロコが落ちるような思いがしたのだ。

つまり、選手達がいかに速く走るかだけではなく、競走が行われる「場」の状態も、競走の結果に大きく影響を与えるということを知ったのである。その話を聞いた後、国立競技場のトラックを軽く駆けてみると、確かに硬すぎず柔らかすぎず、クッションが利いていて、足でしっかりと地面を捉えている感触があった。

■競馬における「馬場」の影響
競馬における「馬場」も、レースの結果に非常に大きな影響を与えている。その影響は人間の競走とは比べものにならないほど大きく、「馬場」が変われば、勝ち馬も変わると言っても過言ではない。速いタイムの出る「馬場」では、軽い馬場を得意とするスピード優先の馬が勝ち、時計の掛かる馬場を得意とするパワータイプの馬は苦戦を強いられる。また、雨が降って道悪の「馬場」になれば、良馬場では勝負にならなかったはずの、道悪を苦手としない馬が堂々と勝つ。

それはまるでトランプの大富豪(関東では大貧民)の“革命”のようである。これまで最も強かったはずの「2」のカードが、ひとたび“革命”が起こってしまえば、あっと言う間に最も弱いカードになり下がってしまう。これまで最も強かった馬が最も弱い馬に変わるという天変地異。「馬場」が変わることは、それぐらいの大きな影響がある。そして、当然のことながら、その「馬場」の変化を把握する術(すべ)を持たなければ、私たちがレースの結果を正しく占うことはまず不可能となる。

special photo by fakePlace

(第2回へ続く→)

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集中連載:「馬を見る天才になる!」最終回

10頭の名馬の馬体をチェックしてきたが、あなたのパッと見た瞬間の評価と、馬を見る天才の評価は、どのくらい違っていただろうか?もちろん、一人ひとりの印象(主観)には違いはあるので、全く同じ評価になるはずはないが、ここまで真剣に読んでいただいた方であれば、おそらくそれほど大きな違いはなかったのではないだろうか。

しかし、実を言うと、正しい馬体の評価というものはない。あるのは正しい馬体の見方だけなのである。馬体の評価とはその人にとって固有に存在するものであるが、あなたが正しい見方で馬体を見なければ、あなたは決して馬を見ることはできない。もし馬を見る天才とあなたとの間に僅かばかりの違いがあるとすれば、それは馬体の見方だけなのである。

それでは、正しい馬体の見方とは何か?

私が挙げた5つのポイント(胴体、バランス、毛艶、メリハリ、目つき・顔つき)に沿って馬体をチェックしていくこと、ではない。スター馬体チェック法は、あくまでも馬を見る天才の無意識を、あえて意識化してみたに過ぎない。馬を見る天才は、実際には5つのポイントを意識的にチェックしながら馬を見たりはしない。そうではなく、全く逆の見方をしなくてはならないのである。

馬を見る天才の見方を説明する前に、ひとつ間違った馬体の見方を以下に示してみたい。

追い切り前でもすでに余分な脂肪がなく、腰椎周辺や首はスッキリしている。肩甲骨の角度がなだらかで胴が長めの体形。前脚のつなぎはバネを生かせる芝向きの角度で、後軀は臀端→飛端へのカーブが大きく、うまく衝撃を緩和できる構造になっている。

どこにでも良く見かける馬体解説の例であるが、何を言っているか意味が分からないし、本当にそうなのかさえ分からない、というのが私たちの正直な感想ではないだろうか。このような見方に付き合って、自分では馬体を見ても分からないと思わされてしまった読者は悲劇である。

このような馬体の見方が根本的に間違っているのは、馬の体全体を部分(パーツ)へと切り分けて見てしまっているからである

こういうたとえ話がある。魚の体について詳しく知りたいと思った人が、釣った魚を解剖してみることにした。目、あご、歯、尾ひれ、背ひれ、尻尾、肺、心臓などなど、各部分(パーツ)に切り分けて行ったところ、目は目、あごはあご、歯は歯であることは分かったが、ついに魚は動かなくなってしまった。慌てて元に戻してみたが、もちろん魚は生き返ることなく死んでしまった。

馬の体についても同じことが言える。全体を理解するために、部分(パーツ)に解剖(分解)してみても、結果としては全体を失ってしまうことになる。たとえば上の例のように、馬体を腰椎、肩甲骨、前脚のつなぎ、臀端、飛端などと各部分(パーツ)に分解して見てしまうと、その時点で、馬体全体は死んでしまうのである。部分(パーツ)を見れば見るほど、全体は動きを失っていく。これが、私たちが専門用語など知っておく必要はない、使ってはいけない理由である。馬体全体を見るには、意識的に馬体全体を見なければならないのだ

つまり、馬体は意識的にパッと全体を見なければならないのである。これまで、しつこいくらいにパッと見るということを述べてきたのは、そういう意味である。そんなことかと思われるかも知れないが、馬体は決して部分(パーツ)を見るのではなく、全体をパッと見た瞬間の印象で判断しなければならないということである。もちろん、これはパドックで馬を見る時にも応用できる。パドックでは馬の「動き」や「雰囲気」を見るが、全体をパッと見た瞬間の印象で判断するという馬の見方については、そのまま使えるはずである。

とはいっても、最初から全体をパッと見た瞬間の印象で判断するのは難しい。だからこそ、スター馬体チェック法を使って、馬を見る天才の思考プロセス(たった5つの点しか見ていない!)を意識的に真似るのである。そうして、いつの間にか馬体全体をパッと見た瞬間の印象で判断できるようになった時、馬を見ることは、あなたにとって決して難しいことではなくなっている。そして、その時、あなたはこう言うだろう。

「勘だよ、勘」

Ketudan03
special photo by Ichiro Usuda

追記
誤解があるかもしれませんが、馬を見る天才とは決して私のことではありません。私の知っているある人から教えてもらったことを、私なりに解釈して説明したつもりですが、もしうまく説明できていない部分があればご容赦ください。この連載で言いたかったことは、誰でも馬を見る天才になれるということです。最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第10回

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ここまで、スター馬体チェック法の5つのポイントに沿って馬を見てきたが、最後の仕上げとして、それら5つのポイントを一挙に使って馬を見てみよう。

これから10頭の名馬の馬体をチェックしていくが、一流とされている馬の完成された馬体をイメージに刷りこむことは非常に効果的な学習法である。なぜなら、一流馬の良い状態の時の馬体を見ることによって、あなたのイメージの中に最高の形(馬体)が刷り込まれるからである。最高の形(馬体)を知っておくことは、他の馬の馬体を見るときの物差しになる。何かが足りない、どこかがおかしいという判断ができるのも、最高の形(馬体)と比べてどこかが“違う”という感覚が生じるからある。“違い”を分かるためには、最高の形(馬体)を知っておかねばならないのだ。

パリで多くの画家が育つ理由は、パリには本物の絵がたくさんあるからだという。環境の整った専門学校があるからでもなく、とびきり優秀な講師がいるからでもない。パリにあるたくさんの本物の絵を何度も何度も観て、多くの素晴らしい画家が育つのである。本物の絵には、そうでない絵との“違い”があり、その“違い”を細胞レベルにまで浸透して感じられる人が本物の画家となっていくのである。一枚の本物の絵を鑑賞することが数百枚の絵を観ることにつながるように、一流馬の最高の形(馬体)を目に焼き付けることは、馬を見る天才になるための近道となるのだ。

まず、各馬の馬体を見て、パッと見た瞬間のあなたの評価を答えて欲しい。それが正しいか、誤っているかは気にしなくてよい。大切なのは、パッとみた瞬間にあなたが受けた印象を答えることである。その後に、馬を見る天才の評価と比べてみて欲しい。

1、シンボリクリスエス
Goodmodel01 引用元:競馬ブック

あなたの評価
☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
体長(胸から尻の先まで)が長く、窮屈なところが全くない。
距離が伸びて良さの出そうな体型である。
☆2 バランス
脚がスラッと長く、首回りは力強いがも太すぎず、背中の傾斜も標準的である。
550kgの巨漢馬であるが、理想的な馬体のバランスをした馬である。
☆3 毛艶
非常に毛艶も良く、黒光りしている。皮膚の薄く、柔らかい馬であることが想像できる。
☆4 メリハリ
前後にバランスよく筋肉が付き、非の打ち所のない完成形の馬体
☆5 目、顔つき
レースであれだけの走りをする馬とは思えない、愛くるしい目をしている。
人間との信頼関係の高さが見て取れる。

2、アドマイヤコジーン
Goodmodel02_1 引用元:競馬ブック

あなたの評価
☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
短距離馬らしく、胴は詰まってコロンとしている。
☆2 バランス
重心が低く、首回りに柔らかな筋肉がついている。
背中の傾斜も標準的で、前後のバランスもよい。
☆3 毛艶
白に近い芦毛のため分かりにくい。
☆4 メリハリ
芦毛のため馬体が膨張して見えるが、それを差し引いても、全身を柔らかな筋肉が覆っている。
☆5 目、顔つき
真っ黒な瞳は、素直な気性を表している。
大きな骨折にもかかわらず、性格は曲がらなかったようだ。

3、トゥザビクトリー
Goodmodel04 引用元:競馬ブック

あなたの評価
☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
牝馬にしては、ゆったりとした長めの体型
☆2 バランス
脚の長さ、首回り、背中のラインも、牝馬としては理想的。
全体の流れるようなバランスが美しい。
☆3 毛艶
毛艶は文句なしで、妖艶さすら漂わせる
☆4 メリハリ
筋骨隆々ではないが、その分、不必要な部分を削ぎ落としたスマートさを感じさせる。
☆5 目、顔つき
少しこちらが気になるのか、耳を向けている。
表情からは、カッと燃えやすい気の強さが伺える。

4、タニノギムレット
Goodmodel05 引用元:競馬ブック

あなたの評価
☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
ガッチリとしている分、胴は短めに見える。
☆2 バランス
脚も首も太く、背中の傾斜はすこしキツイが気にするほどでもない。
☆3 毛艶
内臓の強さを表すような毛艶の良さ
☆4 メリハリ
まさに筋骨隆々で、相当なパワーを感じさせる。
☆5 目、顔つき
派手な流星が気の強さを演出しているが、気性は素直そうな目をしている。

5、ネオユニヴァース
Goodmodel07 引用元:競馬ブック

あなたの評価
☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
標準的な長さと幅で、マイナス材料はない。
☆2 バランス
脚がスラッと長く、首もスリムで、背中のラインは滑らか
☆3 毛艶
好調時のサインである斑点も出ているように、毛艶は文句なし
☆4 メリハリ
牡馬としてはスマートな馬体なので、メリハリには欠けるが、これがこの馬の特徴か
☆5 目、顔つき
メンコをしているため分かりづらいが、気の強そうな表情がうかがえる。
かといって、気性難があるわけではない。

6、タップダンスシチー
Goodmodel10 引用元:競馬ブック

あなたの評価
☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
ガッシリしているが、長さも十分あり、窮屈さはない。
☆2 バランス
重心は低く、首から肩にかけて力強い筋肉が付いている。
背中のラインも非の打ち所がない。
☆3 毛艶
柔らかさは感じさせないが、毛艶は悪くない。
☆4 メリハリ
あばら骨が3本ほど見えているように、引き締まった見事な馬体。
☆5 目、顔つき
持ち前の闘争心の強さが見事に表情に表れている。

7、アドマイヤドン
Goodmodel06 引用元:競馬ブック

あなたの評価
☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
標準より少し長めで、距離は長くても良さそう。
☆2 バランス
脚も首も細いため、スラッと見える。
背中の傾斜は気持ちキツく、腰高に見える。
☆3 毛艶
光の加減もあるが、ピカピカに輝いた毛艶
☆4 メリハリ
ダート馬とは思えないくらいの、なめらかな肉付きで、パワーを感じさせない。
☆5 目、顔つき
少しひねくれたところがありそう。

8、キングカメハメハ
Goodmodel11 引用元:競馬ブック

あなたの評価
☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
いかにもマイラーといった、中身の詰まった体型
とはいえ、窮屈さはなく、ある程度の距離まではもちそう。
☆2 バランス
脚はそう長くはない。肩回りの筋肉が発達しているので、それに伴って、首も太い。
背中の傾斜は、至って標準的。
☆3 毛艶
光の加減もあるが、ピカピカに輝いた毛艶
☆4 メリハリ
筋肉の鎧で覆われていて、かなり鍛えられている様子
☆5 目、顔つき
まだ子供っぽさを残すが、気性は穏やか

9、シーザリオ
Goodmodel012
引用元:競馬ブック

あなたの評価
☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
窮屈さの全くない、伸びのある体型
☆2 バランス
脚がスラッと長く、しなやかな長い首が伸びている。
背中の傾斜も理想的
☆3 毛艶
特に良くはないが、あくまでも普通の毛艶
☆4 メリハリ
牝馬とは思えない、豊富な筋肉量で、パワーも相当なものだろう。
☆5 目、顔つき
実に素直で賢そうな表情

10、ディープインパクト
Goodmodel12 引用元:競馬ブック

☆1 胴体 →
☆2 バランス →
☆3 毛艶 →
☆4 メリハリ(筋肉の付き方) →
☆5 目、顔つき →

馬を見る天才の評価
☆1 胴体
標準的ではあるが、窮屈さのない体型
☆2 バランス
脚はきれいに伸びており、首差しもしなやか。
背中の傾斜のラインは標準的
☆3 毛艶
みずみずしさの漂う皮膚の良さで、体の柔らかさが伝わってくる。
☆4 メリハリ
まだ若さの残るメリハリの少ない体つきだが、その分、体中からバネの良さを感じさせる。
☆5 目、顔つき
大人しそうで、賢い。
レースに向かって、集中力が高まっている。

(次回へ続く→)

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第9回

Starcheck05

スター馬体チェック法の「目、顔つき」には、馬の性格や精神状態が如実に表れる。「目は口ほどにものを言う」という諺があるように、目つきを含む顔の表情には、ものを言えないサラブレッドの心が映し出される。気性の素直な馬は素直な顔つきをしているし、キツいところのある馬はキツい顔つきをしている。普段は温和な馬でも、疲労が残っていて状態が思わしくない時には、厳しい表情をしているものだ。じっくりと観察することによって、馬の目、顔つきから、私たちはサラブレッドの喜怒哀楽をうかがい知ることができる

■気性の素直な馬の目、顔つき
Kaosunao01 引用元:競馬ブック
大きく、澄んだ、黒目勝ちの目は素直さを表す

■気性のキツい馬の目、顔つき
Kaokitui01 引用元:競馬ブック
いかにも神経質そうな、三白眼のような目は性格のキツさを表す

■幼さの残る目、顔つき
Kaowarui01 引用元:競馬ブック
悪さをしたくて仕方ないといった表情

■凛々しい目、顔つきの馬
Kaoririsii01 引用元:競馬ブック
凛々しい表情は、集中力の高い、大人びた気性を表す

■ぼんやりとした目、顔つきの馬
Kaobonnyari01_1 引用元:競馬ブック
ぼんやりとした表情は、闘争心の欠如を表す

さらに、目、顔つきからだけではなく、耳からも馬の精神状態をうかがい知ることもできる。馬の耳の位置は気分によって変化する。緊張していないときの耳は、ぼぼ直立し、前方やや外側を向いている。反対に、恐怖心や敵対心を抱き、緊張しているときの耳は、後ろ向きに絞られている。

耳を絞る仕草を頻繁に見せる馬は、気難しく反抗的か、もしくは精神的に追い詰められていることが多い。こういった馬がレースに行って好走することは難しい。ちょっとした接触や不利を受けただけで、レースをやめてしまったりして、本来の力を出し切ることができない。

■緊張していないときの耳
Mimigoodex_1 引用元:競馬ブック
人間を信頼し、リラックスしている様子

■恐怖心や敵対心を抱き、緊張しているときの耳
Mimibadex 引用元:競馬ブック
怖がっているのか、怒っているのか、とにかく気難しそうな様子

このように、さまざまな目、顔つきをした馬がいて、パッと見た瞬間の表情は、その馬の性格、精神的特徴を如実に切り取っていることが多い。また、耳のちょっとした動きからも、その馬の本質を掴むこともできる。馬を見るということは、馬体を見ることだけではなく、馬の喜怒哀楽などの精神状態をも見ることでもある

(次回へ続く→)

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第8回

スター馬体チェック法の「メリハリ」とは、筋肉のつき方のことである。しっかりとした調教を積んで、走れる状態にあれば、自然と馬体にもメリハリが出てくるものだ。また、幼い馬体だった馬が、その成長過程において、メリハリのついた完成形に変化することもある。つまり、たとえ同じ馬でも、その時々の仕上がり状態や完成度によって、馬体のメリハリは変わってくるということである。

それでは、実際に見てみたい。

■メリハリの利いた馬体
Meriharigood01
筋肉量が豊富な迫力のある馬体

Meriharigood02_1
筋肉が細かく発達して、極限にまで仕上げられた馬体

■メリハリの感じられない馬体
Merihariosanai05
全身の筋肉が未発達で、運動神経だけで走っている馬体

Merihariosanai01
競走馬として未完成で、これからの成長が待たれる馬体

■古馬になっても幼い馬体
Merihariosanai02
古馬になっても、コロンとしてメリハリがない馬体
個体の特徴ではあるが、馬体が幼い馬であることは否めない


馬体のメリハリについて付け加えておくと、馬体を絞り、余分な部分を削ぎ去っていくと、あばら骨が見えることがある。あばら骨は、3本くらい薄く浮いているのがちょうど良いとされる。しかし、ある程度の腹袋も必要で、ガリガリに見えるほどあばら骨が(3本以上)見えてしまっているようでは、かえって走らないことが多い。

■あばら骨が見えている馬
Abara01
あばら骨が3本くらい、うっすらと浮いているのが分かる絶妙な仕上がり

このように、「メリハリ」を見ることによって、その馬の筋肉の発達度合いと、仕上がりの良し悪しが分かる。2歳戦などの若駒のレースでは、まだノッペリとした馬体の馬もチラホラ見られるが、古馬ともなれば、それなりに完成された馬体を誇る馬がほとんどになる。また、条件戦では余裕のある造りであった馬が、グレードレース、そしてG1レースともなればきっちりと仕上げられて、メリハリの利いた馬体で登場する。

といっても、馬体のメリハリにも個体の特徴があるので、メリハリがあれば良いということでは決してない。筋肉質でゴツゴツした馬もいれば、柔らかい筋肉をしなやかに隆起させる馬もいる。実際に、あのディープインパクトはそれほどメリハリの利いた馬体を誇る馬ではなかった。ご存知の通り、馬体が小さかった馬であるが、メリハリという意味においても傑出している馬ではなかった。ディープインパクトは、筋肉の量ではなく質で走った馬である(もちろんそれだけではないが)。つまり、この馬はこういう肉体的な特徴があって、時系列的に見て、前回や前々回と比べると仕上がりが良さそうだな、馬体が成長してきたなということが、「メリハリ」をパッと見ることによって見分けることが出来るのである。

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第7回

Starcheck03

「毛艶」は馬の内臓の状態を映し出す鏡のようなものである。内臓の状態がよければ、毛艶はピカピカに輝き、疲労から内臓に問題のある馬の毛艶はくすんでしまう。ブラッシングをすれば、ある程度取り繕うことは出来るが、滲み出てくるような毛艶の良さは、やはり内臓の状態が良くないと表れてこない。目に見えない内臓面の疲れも、意外と毛艶を通して伝わってくることは多い。さらに、毛艶が良いということは、皮膚が薄いということもつながる。皮膚が薄い馬は、総じて馬体が柔らかく、伸びのある走りをすることができる。

それでは、実際に毛艶を見てみよう。

■ピカピカの毛艶の馬
Keduyagood02 引用元:競馬ブック
一点の曇りもない、美しい毛艶

■くすんだ毛艶の馬
Keduyabad03 引用元:競馬ブック
内臓面がダメージを受けているためか、毛艶が悪い

このように、普通の毛色の馬であれば、パッと見た瞬間に見分けることができる。しかし、芦毛の馬に限っては、白毛が差し毛のように混じって入っているため、毛艶の良し悪しを見分けることが非常に難しい。皮膚のなめらかさや光具合から、毛艶を判断するのが難しいのである。

そこで、芦毛の馬の毛艶については、いつもより黒く見えるかどうかという見方をする。芦毛にも白さの度合いがあるので、他の馬と比べて黒く見えるかどうかではなく、1頭の馬を見る時に、いつもと比べて黒く見えたときは毛艶が良いということである。

■芦毛の馬の毛艶
Keduyaasigebad01 引用元:競馬ブック
芦毛の馬の毛艶は見分けにくい

■同じ馬で黒く見えるとき
Keduyaasigegood 引用元:競馬ブック
上と同じ馬であるが、毛艶の良い好調時は、地肌の黒色が浮かび上がって見える

また、サラブレッドは冬場になると冬毛が伸びるため、どうしても毛艶が悪く見えてしまうことは仕方がない。しかし、レースを間近に控えた馬が、あまりにも毛艶が悪いのはいただけない。冬毛が生えてきて毛艶が冴えないのは、内臓が休眠状態に入っているということを意味するからだ。内臓機能が優れていて、新陳代謝が活発な馬ならば、冬でもほとんど冬毛が生えることなく毛艶が悪くなることはない。あのサクラローレルが冬場でもピカピカに毛艶を輝かせていたのは有名な話である。

■冬場でもピカピカの毛艶の馬
Keduyagood01 引用元:競馬ブック
冬場にもかかわらず(11月撮影)、黒光りのする毛艶

■冬毛が伸びてくすんだ毛艶の馬
Keduyabad02 引用元:競馬ブック
同じ冬場であるが、冬毛が生えてきて毛艶が冴えない

つまり、どんな時期でも、毛艶の良い馬=体調も良いということである。いつもピカピカに毛艶が輝いている必要はないが、毛艶が悪いということは、体調が悪いか、どこかに問題があるということになる。毛艶は馬の内臓の状態を映し出す鏡であり、決して嘘をつかない。厩舎サイドが絶好調とコメントしても、毛艶が悪いようであれば疑ってかかった方が得策である。

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第6回

それでは、実際のレース(先月に行われたフェブラリーS)の1~3着馬を例に挙げて、この「バランス」を見てみたい。

Sunrize 引用元:競馬ブック
サンライズバッカス
コロンとした胴体の短い体型であり、背中から腰にかけての傾斜もきつい。いかにも後輪駆動のスピード馬で、速い時計の決着には強いはず。これらのことからも、この馬にとって1800mの平安Sで2着したことは好走と言ってよく、マイル戦へ距離が短縮されることは、大きなプラス材料になることが分かる。

Blueconcord 引用元:競馬ブック
ブルーコンコルド
昔と比べると胴体が少し伸びて、それでもズングリとした形である。重心も低く、首も太く、典型的なパワータイプの短距離馬の馬体である。年齢を重ね、折り合いがつく分、距離がもつだけで、馬体だけを見ると、肉体的な距離適性はマイル戦であることが分かる。また、力の要る重い馬場を得意する。

Bigglass 引用元:競馬ブック
ビッググラス
前述の2頭と比べ、胴体も脚もスラリと長く、背中から腰にかけての傾斜も理想的で、全体的なシルエットのバランスが良い。馬体を見る限り、とても短距離馬のそれではなく、前走(根岸S)からの200mの距離延長はむしろプラスに働くはずである。

もちろん、レースでは様々な要素が絡み合うので、イコール結果とはならないこともある。ブルーコンコルドは、マイル戦自体はベストの距離なのだが、時計の速いペースに苦しがってしまった。砂の深いダートで行われていたら、おそらく圧勝していたに違いない。ビッググラスにとって、距離延長自体は好材料であったが、上位2頭と比べると、能力が一枚下であった。また、もう少し時計の掛かる馬場の方が良かったかもしれない。

ここで大切なことは、「バランス」を見るということである。全体的な「バランス」をパッと見て、その馬の肉体的な特徴がどういったものかを把握することである。どれぐらいの距離がベストで、どれぐらいの距離までもって、どのような馬場を得意とするのか。これだけのことが、たった4点(胴体、脚の長さ、首の太さ、長さ、背中(腰)の角度)の「バランス」から、大まかにイメージできるのだ。

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第5回

Starcheck02

スター馬体チェック法の「バランス」とは、馬体全体をシルエットのように見た時の、「胴体」を含む、以下4点のバランスのことである。

1、胴体
2、脚の長さ
3、首の太さ、長さ
4、背中(腰)の角度

1、胴体
前述のため省略

2、脚の長さ
サラブレッドは、身長(首の付け根から脚先まで)と体長(胸から尻の先まで)が基本的に等しい。つまり、胴が短い馬は脚も短く、胴が長い馬は脚も長い。ということは、短距離馬は脚が短く、長距離馬は脚が長い傾向にあるということになる。

短距離馬は脚が短いため、ピッチ走法で走り、スピードに乗りやすい。短距離の見分け方は、重心の位置を意識するとよい。短距離馬は脚が短い分、長距離馬に比べて重心の位置が低くなる。

では、実際の馬を見てみよう。

■全体のバランスとして脚が短い馬
Asishort01 引用元:競馬ブック
ガッチリした胴に短めの四肢が付いている。
脚が短いため、重心の位置が低い。
ピッチ走法で走るため、短い距離が合いそう。


対照的に、長距離馬は脚が長く、ストライド走法で走るためスピードに乗るのに時間がかかる。人間と比べると、どのサラブレッドも脚は長く見えるのだが、その中でもスラっと脚が伸びているのは典型的な長距離馬であることが多い。

それでは、実際の馬を見てみよう。

■全体のバランスとして脚が長い馬
Asilong02 引用元:競馬ブック
脚がスラっと伸びているのが分かる。
重心の位置も高い。
ストライドが大きく、長い距離が合いそう。

パッと見た瞬間に脚が短いな、重心が低いなと思ったら短距離馬であり、脚がスラっと長いな、重心が高いなと感じたら長距離馬である。どちらとも言えないのであれば、平均的な脚の長さの馬ということになる。必ずしも、脚の長さだけで短距離・長距離を見分けられるわけではなく、どっちつかずの脚の長さの馬の方が圧倒的に多いのが実際である。そんな中で、パッと見て脚の長さの違いに気付いたならば、その馬は典型的な短距離・長距離馬である。

3、首の太さ、長さ
サラブレッドが走るために、首は重要な役割を担っている。馬は首を使わなければ走れないので、全力疾走後の馬の首の疲労は大変なもので、首の使い方が上手ければ、それだけ疲労も少ない。首と頭を加えた重量は、なんと100kg以上(体重の約20%)を占めるため、そのバランスがいかに走りに大きな影響を与えるかは想像がつくだろう。

首の太さと長さは、その馬の体型と関係してくるため、距離適性を計るための材料となる。胴の分厚い馬体には、肉体の構造上、しっかりとした太い首が付いているのが自然である。その逆もまた然りである。直感的にお分かりいただけるはずだが、マッチョでズングリムックリしている馬の首は短くて太く、ヒョロっとしてスマートな馬の首は長くて細い。

つまり、短距離に適性のある馬の首は短くて太く、長距離に適性のある馬の首は長くて細い。あまりにも首が太くて短い馬は、首の筋肉に無理な力が入り、疲れやすく、距離が長くなると息がもたなくなってしまうからだ。

それでは、実際の馬を見てみよう。

■首が短くて太い馬
Kubihutoi03_1 引用元:競馬ブック
ガッチリした胴から、そのまま太い首が伸びている。
立派な首が付いており、かなりのパワーを感じさせる、典型的な短距離馬の首である。

■首が長くて細い馬
Kubihosoi01 引用元:競馬ブック
適度に長く、太すぎずにスラっとした理想的な首である。

パッとみた瞬間に、首が太くて短ければ短距離馬で、細くて長ければ長距離馬である。どちらとも言えないのであれば、平均的な首なのであろう。必ずしも、首だけで短距離・長距離を見分けられるわけではなく、実際には、どっちつかずの首の方が圧倒的に多いのだが、そんな中でパッと見て分かるのであれば、その首は典型的な短距離・長距離馬のそれである。

また、頭の大きい馬は、その分、首が太くなるのは必然である。頭が大きくて首が太いということは、それだけ負担が大きく、ロスがあるということになる。それゆえ、頭の大きい馬は嫌われるのだが、それも絶対的なものではない。頭が大きくても走る馬は走るが、あまりにも首が太くて短い馬は、走りに対する負担が大きく、ロスがあることは事実である。

4、背中(腰)の角度
背中(腰)の角度とは、馬の背中から腰にかけてのスロープの角度のことである。なだらかな傾斜で上がっていくのが普通であるが、やはりこの角度にも個体差はある。短距離を得意とする馬は傾斜の角度がきつく、反対に、長距離を得意とする馬は傾斜の角度がなだらかであることが多い。とはいえ、わずかな角度の差であるため、ほとんどは見分けがつかない。

しかし、中には傾斜が極端にきつく、腰が高く見える馬や、反対にほとんど水平に近い馬もいる。たとえば、背中の角度が極端に切れ上がった馬は、腹が巻き上がっていることや、背中が極端に短いために、そう見えることが多い。また、背中(腰)の角度が水平に近い馬は、後脚の発育が悪いために、そう見えることが多い。つまり、見た目に分かるくらいの馬は、馬体のどこかに不具合が生じているわけで、こういった馬はまず走らないと考えてよい。

それでは、実際に見てみたい。

■普通の背中(腰)の角度の馬
Pp06 引用元:競馬ブック
背中から腰にかけて、なだらかなスロープを描いている

■傾斜がきつい馬
Kositakai01 引用元:競馬ブック
腹が巻き上がっているせいもあるが、背中から腰への傾斜がきつく見える。
背中が短く、スタミナ不足を感じさせる。

■傾斜が水平に近い馬
Senakanadaraka01 引用元:競馬ブック
ほとんど水平に近い傾斜で、他馬と比べると腰が落ちているように見える。
推進力に欠けるのは否めない。

背中から腰の角度は、ほとんどの馬がなだらかなスロープを描いて上がっていくもので、各馬の個体差によって、わずかな角度の差が出るだけである。つまり、なめらかな角度であれば問題がなく、パッと見た瞬間に、傾斜がきつ過ぎる、または水平に近いと感じたならば、その馬に問題があるということになる。

馬体をシルエットとして観察する際に、ここまで説明してきた4点「胴体」、「脚の長さ」、「首の太さ、長さ」、「背中(腰)の角度」のバランスをチェックするのが、「バランス」の意味である。

つまり、馬体の「バランス」をチェックしながら、各馬の馬体の肉体的な特徴をシルエットとして掴むのである。馬1頭1頭の個性(個体の特徴)として、このバランスは異なっていて当然であり、たとえば胴体は長いのに脚は短い馬や、首が太くて、なおかつ長い馬もいるはずである。

また、同じ馬でも、その時々によって、馬体のバランスは異なってくる。前走では理想的な背中(腰)の角度を保っていた馬が、今回はなぜか腹が巻き上がったように傾斜がきつく見えるということもあるだろう。過去のシルエットを頭にインプットしておくことによって、その馬の今の状態を過去の状態と比較して把握することもできるのである

(次回へ続く→)

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第4回

Starcheck01

まずは、スター馬体チェック法☆1の「胴体」から順に説明していきたい。

よく言われることであるが、馬体が厚くて短い馬が短距離馬向き、薄くて長い馬が長距離向きであるという考え方は基本的には正しい。厚い薄いというのは、馬体(胴体)の幅のことであり、短い長いというのは馬の体長(胸から尻の先までの長さ)のことである。マッチョでズングリムックリしているのが短距離馬で、ヒョロっとしてスマートなのが長距離馬と言えば分かりやすいか。

もちろん、各馬には個体差があるので、短距離馬がみなマッチョでズングリムックリで、長距離馬がみなヒョロっとしてスマートということではない。距離適性には気性面の影響も大きいのだが、各馬の馬体(胴体)を総体的に見ると、そういう傾向があるということである。そのため、胴体を見れば、ある程度の距離適性は分かる。

分かりやすいように、かなり極端に表すが、典型的な短距離馬の胴体を平面で表すと(図1)、典型的な長距離馬の胴体を表すと(図2)のようになる。

Doutai

つまり、胴体を真横から見て、胴の短い馬だと思ったら短距離馬であり、長い馬だと思ったら長距離馬である。さらに、胴体を正面から見て、胴の幅が厚い馬だと思ったら短距離馬であり、薄い馬だと思ったら長距離馬である。

ひとつだけ問題なのは胴体の幅である。なぜなら、私たちは胴体を正面から見る機会になかなか恵まれないからである。ほとんどの立ち写真は、馬を真横から撮影したものであるし、競馬場のパドックでも、基本的には歩く馬を横から見るようになるからである。ゆえに、胴体を正面から見た幅を材料にして、各馬の距離適性を測ることはあまりない。パッと見た胴体の長さ(体長)を基に、どのくらいの距離を得意とするのかを見分けることになる。

それでは、実際に見てみよう。

■典型的な短距離馬の胴体
Taikeishort02 引用元:競馬ブック
胴体の幅が分厚そうで、体長(胸から尻の先まで)が短い。
マッチョでズングリムックリしている。

■典型的な長距離馬の胴体
Taikeilong01 引用元:競馬ブック
胴体の幅が薄そうで、体長(胸から尻の先まで)が長い。
ヒョロっとしてスマートである。


さて、確認してみよう。
これは短距離馬の胴体だろうか?それとも長距離馬の胴体だろうか?
Taikeishort03 引用元:競馬ブック
その通り!
コロンと胴が詰まっていて、正面から見ると、馬体の幅も相当にありそう。
いかにもスピードがありそうな短距離馬の胴体である。

それでは、こちらはどうだろうか?
Taikeilong02 引用元:競馬ブック
その通り!
胴に窮屈なところがなく、上の馬と比べると、拳(こぶし)2個分は馬体が長い。
フットワークが大きく、長い距離が合いそうな長距離馬の胴体である。

実に簡単である。これから何度も述べることになるが、パッと見た瞬間の印象でいいのである。パッと見た瞬間に、胴が短いな、詰まっているなと思ったら、短距離馬の胴体である。反対に、胴が長く、窮屈なところがないなと感じたら、長距離馬の胴体である。

どちらとも言えないのであれば、平均的な馬体の馬なのであろう。必ずしも、体型のみで短距離・長距離を見分けられるわけではなく、どっちつかずの体型の馬の方が圧倒的に多いのが実際である。そんな中で、パッと見て分かる体型なのであれば、その馬は典型的な短距離、もしくは長距離馬なのである。

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第3回

第1回の冒頭で、馬を見る天才の“勘”の話をした。

その“勘”とは、「ある思考プロセスを経た無意識の評価」のことに他ならない

馬を見る天才にしてみれば、無意識で行っていることなので、ある思考プロセスを経ているという意識はないかもしれない。また、あまりにも一瞬で判断できるため、本人にとっては“勘”のようなものでしかないだろう。しかし、馬を見る天才も、必ずある思考プロセスを経て、馬体の評価を行っている。

その思考プロセスを真似ることによって、私たちは馬を見る天才と同じ馬の見方ができるようになるのである。馬を見る天才が無意識に行っている馬体評価の思考プロセスを借りてきて、意識的に馬体の評価をするという訓練を繰り返す。最初のうちは、ぎこちなさが伴い、判断ミスを犯すこともあるかもしれないが、次第に、あたかも自分の頭で考えているような感覚が芽生えてくるだろう。そして、いつの間にか、あなたも一瞬にして、馬の馬体を適切に評価することが無意識のうちに出来ているはずなのである。

馬を見る天才の思考プロセスとは、
実はわずか5つのポイントを辿って馬体を評価しているに過ぎない。

その5つのポイントを視覚的に意識しやすくするために、スター(☆)の形をとった「スター☆馬体チェック法」を私は考案してみた。馬を見る天才は、必ず以下の5つのポイントを無意識のうちにチェックしながら、その馬が走られる体調・状態にあるかどうかを選別して、馬券の予想に役立てているのである。

Starcheck

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第2回

まず初めに断っておかなければならないが、これからお伝えする馬の見方は、決して革新的なものでもなく、これまでの常識を覆すようなものでもない。しかし、他の馬体解説本と決定的に違うのは、「誰にでも分かり」、「すぐに実践できる」という点である。つまり、馬券に直結する馬体の見方だけを、できるだけシンプルに理解してもらえることを目的としている

というのも、巷に出回っている馬の見方に関する本の内容を、ほとんどの人は理解できないだろうという実感があるからだ。これまでたくさんの馬体解説本を読んできたが、私たち競馬ファンに分かるように書かれたものに一度も出会ったことがない。馬体については詳しく書いてあるが、馬体の見方については書かれていないのである。むしろ、馬体について知れば知るほど、馬を見ることが出来なくなっていくという皮肉に陥ってしまっているのが現状であろう。

たとえば、「飛節の角度が浅い直飛節や、深い曲飛節はよくない」と解説本には書いてあるが、実際に馬を見ても、飛節の角度の差は曖昧で見分けることは難しい。なぜなら、脚を付く位置によって、同じ馬でも直飛節にも見えたり、曲飛節にも見えたりするからだ。馬が静止している状態ならわずかに判別できる可能性はあるが、一旦動き出してしまうと、私たちにとって飛節の角度を測ることは至難の業となる。つまり、馬体解説本を読んだ時は分かったつもりになるが、実際にいざ馬を見てみると違いが分からないのである

Hisetu_1そして、飛節の角度を見分けることが、馬券につながることはほとんどない。大種牡馬サンデーサイレンスの飛節が曲がっている話は有名だが、その特徴は少なからずとも産駒にも遺伝している。それでも、産駒がバンバン走ったことは周知の事実であり、あのサイレンススズカでさえも飛節は曲がっていた。飛節が曲がっていても走る馬は走るのであり、はっきり言ってしまうと、私たちが馬を見る時に飛節の曲がりなどに注目する必要はないということになる。つまり、馬がレースで走るか走らないかに直結しない知識があまりにも多すぎて、私たちは余計に混乱してしまうのである

また、専門用語が多すぎるのも問題である。たとえば、“飛節”、“臀部”、“腰角”、“前胸”など、どこを指しているか曖昧であり、もはや覚える気にもなれないだろう。馬の体を細かい部位に分けていくと、それぞれの名称が出てきて当然だが、馬券を買う私たちがそこまで知っておく必要はない。肩とか尻とか目とか、そういうレベルで十分なのである。むしろ各部位に分けて馬を見ることは弊害になる(この理由は最後に分かる)。だからこそ、私は専門用語をあえて使わず、なるべく誰にでも分かるような言葉で説明していくつもりである。

馬体について語ることは専門家の特権であるし、私はそれを奪うつもりはない。

しかし、このままでは、馬を見ることがますます難しくなってしまう。

馬を見ることは、決して難しいことではないのだ。

(次回へ続く→)

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集中連載:「馬を見る天才になる!」第1回

馬を見る天才は、一瞬にして、
その馬が走るかどうかを見分けることができる。

「なぜそう簡単に見分けられるのか?」

と彼に尋ねると、彼はこう答えるだろう。

「勘だよ、勘」

その“勘”の正体とは一体なんだろうか?

(次回へ続く→)

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」特別編

Longchamp
■ロンシャン競馬場2400m
スタート地点から400mはほぼ平坦であるが、そこから残り1400m地点である3コーナーまで、なんと標高10mの上り坂が1000mも続く。最高地点まで上ると、そこからは一気に下り、残り880m地点である4コーナーから最後の直線に向いてゴールするまでは平坦である。

3コーナーはスパイラルカーブだが、4コーナーはほとんど直線と言ってもよいくらいの複合カーブである。3コーナーから4コーナーの中間にある、最後の直線と見間違えてしまうほどのフォルスストレート(偽りの直線)を入れると、最後の直線が異常に長く、騎手にとってはかえって仕掛けどころが難しい。凱旋門賞に出走してくるレベルの馬なので、なかなか前も止まらないが、コースの特性だけを見れば、力のある馬であれば後ろから行っても十分に差し切ることが出来る。

「ロンシャン競馬場の最大の特徴は、やはり高低差10mという「アップダウンの激しさ」である。日本で最も高低差のある中山競馬場でも、わずか5.3mのアップダウンでしかないことを考えると、まるで山と丘ほどの大きな違いがある。たとえ同じ距離でも、アップダウンがこれだけ異なれば、要求されるスタミナは全くといってよいほど違ってくる。私たちの2400mという距離感覚以上のスタミナが、ディープインパクトに要求されることは間違いない。

馬場もまた、日本の競馬場とは別物である。深くて重い芝は、雨が降ろうものなら、あっという間に極重馬場に変身する。なぜかこの時期は雨が降って馬場が悪くなりやすく、ここ10年で6回は稍重~不良馬場でレースが行われている。特に重かったのが、エルコンドルパサーが敗れた1999年で、なんと2分38秒5というタイムで決着している。あの重い馬場で、モンジューを苦しめたエルコンドルパサーの強さは計り知れない。

ロンシャン競馬場の2400mで行われる凱旋門賞では、パワーとスタミナと底力、そして何よりも我慢強さが求められる。ヤワな馬は次々と脱落していく、サバイバルレースとなるのだ。あのディープインパクトをしても、これまでに体験したことのない、激しく厳しいレースに驚くに違いない。想像を絶するほどのタフなレースを強いられたディープインパクトは、果たしてゴール前の最後の一完歩を踏み出すことが出来るだろうか。

(終わり)

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」おまけ④

■阪神競馬場
阪神の芝が重たいとされる原因は、もちろん路盤の砂質や洋芝もそうなのだが、コース幅が狭く、内回り外回りコースがないために、どうしても芝が過酷な使用条件にさらされてしまうということが大きい。それに加え、最も芝が発育する夏の養生期間が短いことも原因のひとつである。様々な工夫が施されては入るが、他の競馬場と比べて、どうしても力の要る馬場になってしまうことは否めない。2006年の改修工事によって外回り内回りが出来ることにより、最も芝が荒れやすい3~4コーナー部分の傷みは多少なりとも軽減されることを期待したい。

3コーナーから徐々に下って、ゴール前で1.8mの登り坂があるのだが、それ以外はほとんど平坦であり、全体的に見てもアップダウンをあまり気にしなくてよい競馬場である。1~2コーナーはスパイラルカーブであるが、3~4コーナーは複合カーブでスピードが出やすい。また、ポケットから発走のトリッキーなコース設定が多かったが、今年の改修工事によって外回り内回りが出来ることにより、実力の反映されやすいコースへと変わるのではないか

また、改修後は内回りで5m、外回りで122mもゴール前の直線が長くなる予定である。外回りの直線の長さは、京都競馬場の外回りのそれを上回り、最後の直線はごまかしの利かない底力勝負のレースが増えるに違いない。

コース全体図を見る→

(特別編へ→)

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」おまけ③

■京都競馬場
京都競馬場は全周のコース幅が35mと均一であるために、仮柵の移動幅を12mも取ることができる。さらに、Aコース→Bコース→Cコース→Dコースと内から順にローテーションしていくことができ、グリーンベルトができてトラックバイアスが生まれる余地が全くない。しかも、それぞれのコースは1年に1回しか使われないため、芝の根付き、耐久性、速さの面では、間違いなく日本一の競馬場である。芝の状態という面だけであれば、最もフェアな競馬場ともいえる。

1~2コーナーは同じくスパイラルカーブであるが、内回りの3~4コーナーはスパイラルカーブで、外回りの3~4コーナーは複合カーブと形状が異なる。同じ距離で2つのコースがある場合は、スピードの出る外回りを上級条件のために、回りやすい内回りを下級条件で使用する。内回りよりも外回りの方が、実力が正直に反映されるフェアなコースである。

コースが全体はほぼ平坦で、3コーナーに丘がある。そのため、実質的には3コーナーの下り坂からペースは速くなり、およそ800mを目一杯走ってゴールまで流れ込む競馬になる。ゴール前に坂がないことも手伝って、ラスト800mは驚くほど速い上がりになる。

外回りコースの場合、4コーナーの出口で内回りコースと合流するため、そこで内がぽっかりと開くことになる。そのため、直線で馬群に包まれたり、行き場を失ってしまう不利が少ない。脚が残ってさえいれば、内を突いても必ずや抜け出してこれるコースである。

コース全体図を見る→

(おまけ④へ→)

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」おまけ②

■中山競馬場
日本の競馬場で、最も高低差の大きなコースである。ゴール前の直線入り口が最も低く、1コーナーから2コーナーの丘部分が一番高い。ホームストレッチで丘を上がり、それ以降は下りが続く。芝のマイル以下のレースでは、スタートから下りが続く高速コースとなる。逆に1800m以上のコースでは、丸ごと丘を越えなければならない。ゴール前200mの地点にある急坂があり、力のない馬は最終的に振り落とされる。

内回りコースと外回りコースによって、コーナーの設定が異なる。内回りコースでは全てのコーナーがスパイラルカーブであるが、外回りコースでは2コーナーと3コーナーが複合カーブとなる。レースが内回りで行われるか、外回りで行われるかによって、勝ち馬に求められるものも違ってくるので注意が必要である

コースの幅が広くないため、移動柵を13m幅で動かせる東京競馬場と違い、中山競馬場は最大でも6m幅でしか動かせない。たとえ内回りと外回りコースを使い分けても、3~4コーナーの芝はどうしても荒れてしまうことは避けられない。オーバーシード芝に完全移行したことにより、以前ほど芝が悪くなることはなくなったが、それでも春開催の最終日に行われる皐月賞では、重くて力の要る馬場になることが多い

コース全体図を見る→

(おまけ③へ→)

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」おまけ①

■東京競馬場
東京競馬場では国際レースが多く行われ、国賓も来るので、芝が剥げたり、馬場が傷んでいたりというみっともないことは許されない。また、日本では、格式の高い春と秋の天皇賞、ジャパンカップ、ダービーが行われる時期の東京と京都の芝を最高の状態に保つように開催が組まれている。そのため、梅雨や秋雨の時期を避け、広い幅員(コース幅)を利用してマメにコースをローテーションしているからこそ、年間を通じて、芝コースの状態が極端に悪くなるということはまずない

最大の特徴は、東京競馬場は日本で最大の競馬場であるということだ。ゴール前の直線は525mと最も長く、さらに全てのコーナーが複合カーブであるため、スピードが落ちることがなく、息の入りづらい流れになりやすい。さらに、向こう正面直線の後半部とゴール前に2つの坂があり、たとえマイル戦であっても2回の坂越えをしなければならない。息の入らない流れで坂を2度越えるという、非常にタフなコースである。東京競馬場では、距離の字ヅラ以上にスタミナが問われるのは、ここに原因がある。

2003年の改修工事の際に、芝コースの内側に排水溝を通し、特に水はけの悪いところにはコースを横断する配水管を地面の下に埋めた。これにより、少々の雨が降ろうが馬場が重くならないようになった。ただし、内側からコースが乾いていくため、雨の降り方によっては、内側のコースだけが走りやすいというトラックバイアスが顕著に表れてしまうことにも注目したい

コース全体図を見る→

(おまけ②へ→)

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」最終回

Course15

ここまで読んでくれた方はお分かりいただけたと思うが、「7つの仕掛け」とは、つまり、“レースにどれだけ紛れを生じさせるか”という演出に他ならない。全てのレースが直線だけのコースで行われるとすれば、ほとんどのレースにおいて実力のある強い馬が勝ってしまうところを、コースに施された様々な仕掛けによってレースに紛れが生じ、あっと驚く結末が演出されるのである。

つまり、これら「7つの仕掛け」を読み解くことによって、強い馬が力を出し切ることが出来るコース設定かどうかを、大まかに把握することができるのである。もっと分かりやすく言えば、このコース設定で行われるレースが、実力通り順当に収まりやすいのか、それとも波乱の舞台となってしまうのかを、ある程度の精度で予測することができるということである。もちろん、コース設定だけで本命が来たり、穴が出たりするわけではないが、実力通り順当に収まりやすいコース設定で、大穴を狙うのはあまりにも分が悪く、反対に、波乱の舞台となりやすいコース設定のレースで、ガチガチの本命馬に大金を賭けるのはリスクが大きい。

そして、なんと言っても、「7つの仕掛け」からコース設定を把握することの最大の利点は、コース設定は状況によって移り変わることがないということである。たとえば菊花賞というレースにおいて、毎年出走してくる馬や騎手は異なるが、京都3000mというコース設定だけは不変である。もちろん、コースの改修によって違う競馬場で行われたりすることも稀にあるが、ほとんどの年においては、コース設定は不変である。また、たとえば馬場状態のように、日々刻々と変化していくものでもない。

だからこそ、レースを予想する上での大前提の要素として、安心して組み入れることが出来るのである。レース前にあらかじめ分かっている数少ない不変の要素だけに、予想の参考にしない手はない。コースを知らなければ、私たちは競馬について考え始めることすらできないのである。

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第13回

Course14

競馬場のコースを構成する「7つの仕掛け」を、もう一度振り返ってみたい。

①回り(右回り、左回り)
サラブレッドは、右回りでも左回りでも、どちらかの手前だけを使って走るわけではなく、基本的にはどちらの手前もバランス良く使って走ることになる。ほとんどの馬にとっては、コースが右回りか左回りかということはそれほど競走成績には影響がない。実際のレースを想定して予想をする上では、左回りか右回りかはほとんど気にする必要はないだろう。

もし明らかに左右どちらかの回りで走らないといったことがあるとすれば、それは利き脚の問題ではなく、コースの幅やコーナーの角度に理由を求めたほうがよい。
【詳しく知りたい方はこちら→】

②コースの広さ(幅)
コースの幅が狭くなればなるほど、レースがゴチャつきやすく、紛れが多くなる。逆に、コースの幅が広ければ広いほど、紛れがそれだけ少なくなる。

また、コース幅が狭いことによって、内を通った馬は伸びて、外を回された馬は失速してしまうというような、トラックバイアスが生まれやすいということになる。トラックバイアスが大きければ、それだけ紛れも多くなることはご存知の通りである。
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③大回り、小回り
同じ距離を走るにしても、途中のコーナーで一息つける小回り(スパイラルカーブ)のコースと、そうできない大回り(複合カーブ)のコースでは、要求されるスタミナが違ってくる。さらに、コーナーがきつければきついほど、それだけスピードを落として曲がらなければならず、コーナーのきつい(小回りの)コースではペースが落ち着きやすい。

また、コーナーがきつい(小回りである)ことによって、ペースのアップダウンが激しくなり、展開にも大きな乱れを与えることが多く、小回りのコースでは展開的な紛れが多々生じるという結果につながる。
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④コーナーの数
回らなければならないコーナーの数が多いほど、ペースのアップダウンが激しくなる。基本的には、コーナーの数の多さとレース全体のペースの速さは反比例する。回らねばならないコーナーがあればあるだけ、道中のアップダウンが激しくなり、その分、紛れが生じやすくなるのだ。
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⑤直線の長さ
最後の直線が長いコースほど、紛れが少ないコースであると言える。直線の長いコースでは最終的には力の勝負になる。脚を余して負けたりすることはなく、どの馬も最後まで力を出し切ることができるので、力の足りない馬が実力馬を出し抜くチャンスは限りなく少ない。

そして、直線もジワジワとしか伸びない馬にとっては、直線の長いコースの方がレースがしやすい。逆に、瞬発力は素晴らしいものを持っているが、良い脚が長続きしないという馬は直線の短いコースでその能力を存分に発揮できる。
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⑥坂があるか、平坦か
コースにおいて坂の高低差が大きいということは、直線が長いことと同じように、それだけコースが苛酷であることを意味する。そして、坂を駆け上るにはスタミナや精神的な強さだけではなく、物理的な力強さ(パワー)も要求される。腰の甘い馬(腰の力の弱い馬)は坂のあるコースを苦手とする。
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⑦1コーナーまでの距離
ポジション取りの際には、1コーナーまでの距離が大きな問題になってくる。

1コーナーまでの距離が短いコースでは、どうしても前にポジションを取りたいという馬が数頭いた場合、1コーナーまでの間に激しい先行争い(ポジション争い)が繰り広げられることになる。そのため、前半がハイペースになってしまったり、ポジション争いに巻き込まれて接触したりなどの不利を受けてしまう馬もいるだろう。

反対に、1コーナーまでの距離が長いコースでは、各馬比較的にゆっくりとポジション取りができるため、あわてて馬を急かせることなく前半を進めることが出来る。そうすると、前半のペースは自然とスローになる。

このように、1コーナーまでの距離は、どのようにレースが始まるかということをあらかじめ推測するための材料になる。
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(最終回へ続く→)

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第12回

Course13

■コーナーを回る競走の原理原則
ここまで、競馬場のコースを構成する「7つの仕掛け」について説明してきたが、最後にコースと密接な関係にある「枠順」についての基本的な考え方を示しておきたい。

コーナーを回る競走の原理原則は、「基本的には内枠が有利である」ということである。走るコースが限定されていない、スタート直後からオープントラックのコースでは、外から切り込まなければならない外枠が不利になるのは当然のことである。

特に地方競馬では内枠有利は定説となっているが、これはスタートしてから1コーナーまでの距離が極端に短いからである。1コーナーまでの距離が短いとそれだけポジション争いは激しくなり、外枠の馬にとっては不利になってしまう。地方競馬ほどでないにしても、内枠と外枠の違いを意識しなければならないことは中央競馬でも同じである。

内枠が有利な理由としては、良い位置を取るためのロスが少ないことと、距離に無駄のない経済コースを通って走ることができるからである。外枠は先行して良いポジションを取るための距離ロスが多く、もし内にコースを取れなかった場合には、レース中、終始外々を回らなければならず、内を通った馬と比較すると、かなりの余分な距離を走ることになってしまう。

■内枠・外枠の不利な点 
このように「基本的には内枠が有利」なのだが、場合によっては内枠であることによって不利になってしまうこともある。以下に内枠・外枠が不利になる場合をそれぞれ整理して挙げておきたい。

内枠が不利になる場合  
・包まれてしまって能力を発揮できない  
・他馬を気にする馬が馬込みで走らなければならない  
・他馬の出方を見ることが困難   
・外から寄られて不利を受け易い

外枠が不利になる場合  
・外々を回らされて距離ロスをしてしまう  
・引っ掛かる馬、素直過ぎる馬が前に馬で壁を作ることが出来ずに折り合いを欠いてしまう  
・1コーナーまでの進入で無駄な力を費やさなければならない  
・スタンド前では観客に近い所を通らなければならない  
・内側の仮柵が外された時期に、芝の状態の良い部分(グリーンベルト)を通れない  

ここに挙げた不利な点の裏返しが有利な点であり、内枠・外枠それぞれに一長一短があることをお分かりいただけたと思う。つまり、「基本的には内枠が有利である」ことに間違いはないのだが、外枠・内枠共にメリット・デメリットを併せ持ち、まるでコインの裏表のようにレースの綾を織りなしていくのである。

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第11回

Course12

■仕掛け⑦「1コーナーまでの距離」 
スタートから1コーナーまでの距離によって、全体の展開は大きく変わってくる。

まず、スタートして1コーナーに向かうまでの間に、レースにおけるポジション争いが行われる。1コーナーを回り2コーナーにかかるまでには、各馬の位置取りは決まり、レースはひとまず落ち着くため、ポジション取りの際には1コーナーまでの距離が大きな問題になってくるのである

1コーナーまでの距離が短いコースでは、どうしても前にポジションを取りたいという馬が数頭いた場合、1コーナーまでの間に激しい先行争い(ポジション争い)が繰り広げられることになる。そのため、前半がハイペースになってしまったり、ポジション争いに巻き込まれて接触したりなどの不利を受けてしまう馬もいるだろう。反対に、1コーナーまでの距離が長いコースでは、各馬比較的にゆっくりとポジション取りができるため、あわてて馬を急かせることなく前半を進めることが出来る。そうすると、前半のペースは自然とスローになる。

しかし、この考え方には可逆性があって、あまりにも1コーナーまでの距離が長いと、ひとまず息を入れるまでの距離が長いことや、先行馬が気分良く行き過ぎてしまうことによって、意外とハイペースになってしまうこともある。もちろん、展開というものはメンバーや枠順などの他の様々な要素にも影響を受けるため、1コーナーまでの距離だけでペースが決まるということはないが、どのようにレースが始まるかということをあらかじめ推測するための材料にはなるであろう。  

1コーナーまでの距離についてもう1つ頭に入れておくべきなのは、1コーナーまでの距離が短いコースにおける、枠順による有利不利の問題である。フルゲートなどの場合、1コーナーまでの距離が短いと、外枠に入った馬は、内枠に入った馬と比べて、1コーナーまでのポジション取りのためにどうしても余計な力を使わざるを得なくなってしまう。

特に先行したい馬にとっては、1コーナーまでの距離が短いコースで外枠を引いてしまうと、多少無理をしてでも行かないと、最後まで自分の競馬ができないまま終わってしまうことになりかねない。このことからも、1コーナーまでの距離が短いコースにおいては、「枠順」の有利不利(内枠と外枠の差)という要素が極めて重要になってくるのだ

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第10回

Course11

■仕掛け⑥「坂、平坦」
次に、坂のあるコースと、そうでないコースの違いに話を移そう。ここでは、4コーナーを回って最後の直線において高低差が1メートル以上あるコースを、坂のあるコースと定義する。そうすると、京都競馬場は、3コーナーに向かうまでに急勾配な坂があるが、直線はほぼ平坦であるため平坦コースということになる。

コースにおいて坂の高低差が大きいということは、直線が長いことと同じように、それだけコースが苛酷であることを意味する。同じ1600mという距離を走るのでも、坂を登ったり下ったりするコースと、真っ平らでそのままのコースでは要求されるタフさが違う。スタミナが豊富であると同時に、精神的にも強くなくてはならないだろう。  

さらに、坂を駆け上るにはスタミナや精神的な強さだけではなく、物理的な力強さ(パワー)も要求される。車で坂道を登ることを考えてもらえれば分かりやすいが、車で坂道を登る時に、私たちは必ずアクセルを力強く踏み込むはずである。それと同じように、馬も坂を登るときにはグッと全身に力を入れて走らなければならない。さらに厳密に言うと、後脚に力を入れて登らなくてはならない。坂を上るには腰から後の筋肉が発達していなければならないのである。よって、腰の甘い馬(腰の力の弱い馬)は坂のあるコースを苦手とする

また、牝馬は総じて牡馬よりも力が弱いので、坂のあるコースよりも平坦コースの方がより実力を発揮できることになる。牝馬は夏に強いという定説は、牝馬の方が牡馬よりも暑さに強いというよりも、夏競馬になり、直線に坂のないローカル競馬場に開催が移って、非力な牝馬が平坦コースで力を発揮するという意味に解釈するべきである

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第9回

Course10_1

■仕掛け⑤「直線の長さ」
直線の長さは、実力を発揮することが出来るコースかどうかを判断する物差しのひとつになる。最後の直線が長いコースほど、紛れが少ないコースであると言える。レースにおける勝負所である、最後の直線が長いということは、すなわち、ごまかしが利かないコースであるということを意味する。直線が短いコースでは、道中の位置取り、コーナーワーク、仕掛けるポイント等によって馬の能力の低さをカバーすることが可能であるが、直線の長いコースでは最終的には力の勝負になってしまうのである脚を余して負けたりすることはなく、どの馬も最後まで力を出し切ることができるので、力の足りない馬が実力馬を出し抜くチャンスは限りなく少ない

また、馬の特性も大きく関わってくるだろう。例えば、勝負所で騎手のゴーサインの合図に瞬時に反応することが出来ず、直線もジワジワとしか伸びない馬にとっては、直線の長いコースの方がレースがしやすい。逆に、瞬発力は素晴らしいものを持っているが、良い脚が長続きしないという馬は直線の短いコースでその能力を存分に発揮できる。このように、直線の長さよって、馬の特性が生きてくるかどうかも判断することも可能である。  

馬の脚質においては、直線が長い方が差し馬にとって有利で、短いと先行馬にとって有利であるという考え方もあるが、必ずしもそうとは言えない。一見、直線が長いほうが差し馬にとっては有利に働きそうだが、逆に、直線が長いことを意識して騎手が余裕を持ちすぎるため、スローペースになり、先行馬にとって有利になってしまうこともある。その逆もまた然りである。よって、直線の長さと馬の脚質の関係については、予想をする上ではあまり意識する必要はないだろう。


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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第8回

Course09_1■仕掛け④「コーナーの数」
コーナーの数は、レースの流れ(緩急)に大きな影響を与える。同じ競馬場でも、使用されるコースによって、コーナーの数は違ってくる。たとえば、東京競馬場を例に取ると、1600mのレースだと2つ、2000mだと3つ、2400mだと4つコーナーを回る設定になっている。有馬記念が行われる中山競馬場の2500mではなんと6つもコーナーを回らなければならない。

回らなければならないコーナーの数が、レースの流れにどういった影響を与えるかというと、数が多いほどペースのアップダウンが激しくなるということになる。「大回り、小回り」のところでも触れたように、必ずコーナーでは多少のスピードダウンをしなければならないため、コーナーが多ければ多いほど、道中で一息入れてペースダウンする場所が増えるということになる。そうすると、自然と全体のペースも落ち着いてしまうことが多く、基本的にはコーナーの数の多さとレース全体のペースの速さは反比例するのである

このことが分かれば、暮れのグランプリ有馬記念が荒れやすいことには納得がいくだろう。コーナーが6つもあるということは、それだけペースが落ちる場面があり、極端に遅い流れになってしまったり、また逆に、ペースが急激に上がったりと、展開のアップダウンが激しくなることがあるということである。この連載の冒頭で、コーナーのない直線だけのレースは力どおりの決着になりやすいと述べたが、つまりはこういうことである。回らねばならないコーナーがあればあるだけ、道中のアップダウンが激しくなり、その分、紛れが生じやすくなるのだ。

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第7回

Course08_1

■コーナーリングが上手くない
コーナーを回るのが上手くない馬も、小回りコースを苦手とする。
どの馬にとっても、スピードを落とさないようにコーナーを回ることは難しいのだが、明らかにコーナーリングが下手な馬は、特にコーナーの進入角度がきつい小回りコースでは、その都度、余分な減速をしなければならず、リズムを崩してしまうことにつながる。いくらスピードやスタミナを豊富に備えていたとしても、コーナーを回るたびに極端な減速をしていては、その能力を十分に発揮することは難しい。  

コーナーを回ることが不得手な大型馬の代表として、アグネスワールドが挙げられる。この馬はイギリスとフランスのG1レースを制したにも関わらず、結局日本のG1レースでは2着が精一杯であった。アグネスワールドは、短距離のレースにおいては相当な能力を持っていて、スピードの絶対値という面においては歴史的名馬と比較しても遜色ない。

それでは、なぜこれほどの名馬が、日本のG1レースの勲章をひとつも獲得できなかったかというと、コーナーリングが上手くなかったことが大きな原因なのである。だからこそ、コーナーのない直線だけのコースで行われる海外のスプリントレースにおいては、持てる力を最大限に発揮し活躍することが出来たのである。馬の個性を的確に把握して、直線レースのG1レースがある海外に連れて行った森調教師も素晴らしいが、その反面、アグネスワールドほどの十分過ぎるほどのスピード能力を備えていたとしても、コース設定によっては、その能力を発揮することが出来ないということも起こり得る。G1レースという舞台では、ほんの少しのマイナス材料のために勝ち切れないということが往々にしてあるのだ。

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第6回

Course07

■大跳びの馬 
コーナーがきつい(小回りである)ことによって、能力を発揮できない馬もいる。大跳びの馬、もしくはコーナーを曲がるのが上手くない馬にとっては、コーナーが少なく、緩やかなコースの方がレースをしやすい。大跳びの馬というのは、フットワーク、つまり1歩1歩のストライドが大きく、小脚が使えなかったり、不器用だったりする馬のことである。この反対が、ピッチ走法で走る馬と考えてもらえれば分かり易いだろう。手脚を伸ばして、綺麗なフットワークで走る、その長所がコーナーのきついコースでは逆に仇となってしまうのである。

もちろん、跳びが大きいからといって小回りコースで全く能力を発揮できないということではないが、大跳びの馬は、幅が広く、コーナーも緩やかなコースの方がノビノビと走り、より能力を発揮することができる東京競馬場のような広いコースは、大跳びの馬にとってはプラス材料になるのである

平成12年のダービーを制したアグネスフライトは、器用な脚が使えないタイプであった。小脚(ピッチ走法)をうまく使えないタイプと言い換えてもよい。そのため、全体の流れに上手く乗って好位を進むことができず、幅が狭くコーナーもきついコースではあまり上手く立ち回ることができない。ダービー直前のレース、京都新聞杯(京都2000m内回り)では3~4コーナーにかけて道中追っつけ通しでなんとか勝利したが、次走のダービーではさらにペースが上がることを考えると、いささか不安の残る前哨戦であった。

しかし、本番のダービーでは道中も楽に追走し、4コーナーでの手応えも抜群で、最後は東京競馬場の長い直線を味方にして、皐月賞馬のエアシャカールを差し切ったのだ。もちろんエアシャカールの体調が万全ではなかったことや、アグネスフライトの持っている能力が優れていたことは言うまでもないが、東京競馬場の2400mという広いコースによって、アグネスフライトの能力が最大限に発揮されたのである。

もしダービーが小回りの小倉競馬場2400mで行われていたとしたら、違った馬がダービー馬の称号を得ていたかも知れない器用な脚が使えないタイプのアグネスフライトにとって、東京競馬場の広々としたコースがプラス材料になったことは間違いない

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第5回

Course06

■仕掛け③「大回り、小回り」
大回り、小回りとは2種類のカーブ、「複合カーブ」と「スパイラルカーブ」のことである。

Hukugoucurve_1大回りの「複合カーブ」とは、直線が集まってそれが全体としてカーブになっているものと考えてほしい(右図は分かりやすくしたもの)。直線で構成されているため、複合カーブではあまりスピードを落とさなくてもコーナーを回ることができるその反面、コーナーでスピードを落とすことが出来ないため、競走馬にとっては息を入れることが難しくなる


Spiralcurve_1小回りの「スパイラルカーブ」とは、円のように回っていくカーブである(右図参照)。スパイラルカーブで外に振られないように回るためには、どうしてもスピードを落とさざるを得ないスピードを落としながら回るため、競走馬はコーナーで息を入れることができる

つまり、同じ距離を走るにしても、途中のコーナーで一息つける小回り(スパイラルカーブ)のコースと、そうできない大回り(複合カーブ)のコースでは要求されるスタミナが違ってくる。すべてのコーナーが「複合カーブ」である東京競馬場が、タフなコースであると言われるゆえんはここにある。

■コーナーがきついとペースのアップダウンが激しくなる
コーナーが大回り(複合カーブ)か、小回り(スパイラルカーブ)によって、展開が大きく影響されることがある。人間でも同じことなのだが、馬もコーナーを曲がる時には、必ずスピードを落としながら曲がる。そうでないと、どこに吹っ飛んで行ってしまうか分からないからである。

かつてサクラエイコウオーという馬がいたが、この馬は新馬戦で抜群の手応えで4コーナーを回りながら、コーナーを回りきれずに逸走(正規のコースから外れてしまうこと)してしまったのだ。後には重賞を勝つほどの馬であったが、あれほどの勢いでコーナーから飛んで行ってしまった馬を後にも先にも私は見たことがない。

話を元に戻すと、コーナーがきつければきついほど、それだけスピードを落として曲がらなければならないため、コーナーのきつい(小回りの)コースでは、ペースが落ち着きやすいことになる。しかし、一概にコーナーがきついと全体のペースが緩くなってしまうかというと、必ずしもそうとは言えない。なぜなら、小回りのためコーナーでペースが落ち着きやすく、先行している馬に有利な流れになることを騎手が意識しすぎることがあるからである。そのため、焦って普段より早く仕掛けてしまうことによって、結果的にペースが速くなってしまうこともあるのだ。

いずれにせよ、コーナーがきつい(小回りである)ことによって、ペースのアップダウンが激しくなり、展開にも大きな乱れを与えることが少なくなく、小回りのコースでは展開的な紛れが多くなるという結果につながる

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第4回

Course05

■仕掛け②コースの広さ
「コースの広さ」 コースの広さとは、コースの幅のことである。以下に、中京競馬場を含むG1レースが開催される5場の、芝コースの最大の幅員(最もコースを広く使ったときの幅)を挙げておく。

東京競馬場中山競馬場京都競馬場阪神競馬場中京競馬場
41m 32m 35m 25m 28m

コースの幅がレースにどういった影響を与えるかというと、幅が狭くなればなるほど、レースがゴチャつきやすく紛れが多くなり、コースの幅が広ければ広いほど、紛れがそれだけ少なくなる。

コースの幅が狭いと、各馬の間隔も狭くなり、横にいる馬にぶつかられたり、前をカットされたりなど様々なアクシデントに遭遇する可能性が高くなる。また、馬にとっても、幅の狭いコースで走ることはストレスになる。

その反対に、幅の広いコースでは、思わぬ不利を被ることも少なく、各馬のびのびと走ることができるため、持っている能力を発揮しやすい。コースの幅が広ければ広いほど、紛れがそれだけ少なくなるのは当然である。

さらに、コース幅が狭いと、移動柵を大きく使って、芝の養生スペースを取ることができない。たとえば、最大幅員が25mの阪神競馬場の場合(下図参照)、16頭立てのレースに必要な19~20mの幅員を確保するには、わずか5mの養生スペースを取ることしか出来ない。

Souro(阪神競馬場)

そうすると、たとえばCコースからAコースへと替わった時には、内の5mがグリーンベルトで、外の20mが荒れ馬場ということになってしまう。コース幅が広い東京競馬場や京都競馬場であれば、C、DコースからAコースへと替わった場合、芝コース全体が良馬場に替わる。つまり、コース幅が狭いことによって、内を通った馬は伸びて、外を回された馬は失速してしまうというような、トラックバイアスが生まれやすいということになる。そして、トラックバイアスが大きければ、それだけ紛れも多くなることはご存知の通りである

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第3回

Course03

■仕掛け①「左回り、右回り」
左回り(半時計まわり)と右回り(時計回り)では、実際のレースにおいてどのような違いが生じるのであろうか。

人間は足を交互に前に動かすことによって走ることが出来るが、4本足の馬は左右どちらか2本の脚を軸にして走らなければならない。左脚を軸にする走り方を「左手前」、その逆を「右手前」と呼ぶ。左回りだと「左手前」で、右回りだと「右手前」でコーナーを回るが、実際のレースではスタートからゴールまでずっと一方の手前で走り切ってしまうことはまずない。片一方の脚だけを軸にして走っていると当然負担がそちら側だけに掛かってしまうため、コーナーを回りながら騎手が意識的に手前を変えさせたり、馬が苦しくなって道中で手前を変えてしまったりするからである。

道中を「左手前」で走れば、直線では「右手前」、道中が「右手前」であれば、直線では「左手前」で走ることになる。たとえば、「左手前」で走るのが得意な馬がいるとすると、左回りのコースでは、道中は得意の「左手前」で進むことができるが、直線では「右手前」で走ることになる。「左回りの方が行きっぷりがいい」ということは“左手前で走る方が右手前で走るよりも得意である”ということを意味する。

しかし、たとえ道中の行きっぷりがいいとしても、不得意な「右手前」で走る直線での伸びがいいかどうかは別問題である。結局のところ、右回りでも左回りでも、どちらかの手前だけを使って走るわけではなく、基本的にはどちらの手前もバランス良く使って走ることになるのである。

■グラスワンダーは左回りが苦手ではなかった
グラスワンダーは、2歳時にG1朝日杯フューチュリティーS(当時の朝日杯3歳S)を勝利した。その後骨折してしまい、10ヶ月に及ぶ休養後、毎日王冠で復帰し5着。次走のアルゼンチン共和国杯では、6着に敗れてしまった。しかし、休養後3戦目の有馬記念で見事に復活し、その頃から、左回りは苦手で右回りに強いと言われるようになった。

安田記念でエアジハードの2着に敗れた時にも、左回りの東京競馬場が敗因のひとつに挙げられた。しかし、この馬の場合、たまたま敗れたレースが左回りの東京競馬場であったということで、断じて左回りを苦手としていたということではない。 実際にグラスワンダーは2歳時に左回りの東京競馬場で強い勝ち方をしているし、4歳時の京王杯SCにしてもまた然りである。さらに5歳時には、得意であるはずの右回りの日経賞、宝塚記念を惨敗している。 このことからも、グラスワンダーは右回りが得意で、左回りが苦手という説にはなんの根拠もないことが分かる。東京競馬場で負けたレースには他の原因があったと考えるべきで、左回り、右回りはこの馬の走る能力にほとんど影響を及ぼしてはいなかったのである。

Course04

■左回り、右回りは競走成績に影響を与えない
グラスワンダーの例からも分かるように、この馬は右利きであるとか、左利きであるという認識は専門家による恣意的なものであって、実際の競走においてはそれほど意味を持たない。もし明らかに左右どちらかの回りで走らないといったことがあるとすれば、それは利き脚の問題ではなく、後に詳しく述べるコースの幅やコーナーの角度が関係しているのではないだろうか。たとえば中山競馬場では走るのに東京競馬場では走らないといった馬のケースでは、それは左回り、右回りが原因ではなく、コースが大回りか小回りかいうことに理由を求めた方が良いかもしれない。

つまり、ほとんどの馬にとっては、コースが右回りか左回りかということはそれほど競走成績には影響がない。最も分かりやすい違いなので仕掛け①として挙げたが、実際のレースを想定して予想をする上では、左回りか右回りかはほとんど気にする必要はないだろう。

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(次回へ続く→)

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第2回

Course02_2■「7つの仕掛け」
現在、JRA(日本中央競馬会)には10の競馬場が存在する。そして、ひとつの競馬場の中でも芝、ダートのコースがあり、芝・ダートコースの中でも、距離によってスタート地点が異なるため、どれひとつとして同じ設定・性格のコースはない。

そういった考えのもとJRA(日本中央競馬会)の全競馬場のコース設定を合計すると、約110という数字が出てくる。もちろん全てのコース設定・性格について精通しておくに越したことはないが、約110ものコース設定・性格を把握しておくのは難しいだろう。

しかし、競馬場のコースは、実は「7つの仕掛け」によって構成されている。つまり、「7つの仕掛け」さえ知っておけば、いつ、どこでも、たとえ海外の競馬場に遊びに行った時でも、そのコースの設定・性格について把握することができ、予想をする上でのひとつの大切な要素として加えることが出来るようになる

「7つの仕掛け」とは以下のとおりである。
①回り(右回り、左回り)
②コースの広さ(幅)
③大回り、小回り
④コーナーの数
⑤直線の長さ
⑥坂があるか、平坦か
⑦1コーナーまでの距離

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集中連載:「サラブレッドはコースで演技する」第1回

Course01
■コースは舞台装置である
想像してみてほしい。

もし、全てのレースが、直線だけのコースで行われたらどうなるだろうか?

たとえば、2500mの有馬記念も、3200mの天皇賞春も、直線だけのコースで行うのである。思い浮かべるだけで、壮観な光景である。

どうなるかというと、有馬記念も天皇賞春も、どのレースでも、強い馬があっさりと勝ってしまうことになるだろう。直線だけのレースでは、展開、コース取り、コース適性などによる有利・不利がほとんど生まれないため、弱い馬が強い馬を出し抜くことが難しいからである。

いつも強い馬が勝ってばかりでは、馬券に対する私たちの興味は半減してしまうかもしれない。ある程度の紛れがあってこそ競馬は面白いし、そこにドラマが生まれるのであろう。つまり、どのようなドラマが演じられるのかは、どのようなコースで行われるのかと密接なつながりを持っていて、コースとは、競馬を演出してくれる数々の仕掛けが施された舞台装置なのである。

舞台装置を知らずして、演出されるレースを予想することは難しい。

そして、競馬というドラマをもっと楽しむためにも、私たちはコースについて知っておかなければならない。

(次回へ続く→)

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集中連載:「馬体重は語る」-最終回-

Umaweight04■馬体重は雄弁に語る
「当日の馬体重の増減が馬の<体調>に影響を及ぼすのは、その日のレースにおいてではなく、レースの後になる」

もちろん、この原則はあくまでも原則であって、全てのケースに当てはまる訳ではない。馬体重の増減などおかまいなしの例外的な馬も存在するだろうし、<体調>が悪くても走ってしまう馬もいるだろう。馬は生き物であり、馬体重という数字だけで杓子定規的に<体調>を判断してはいけない。しかし、一方で、この原則を知らずして、馬体重から<体調>を読み取ることは出来ないこともまた事実なのである。

もし、馬の<体調>を読み取ることができれば、馬の気持ちも少しは理解できるようになるかもしれない。なぜあの馬は直線で走る気をなくしてしまったのか、なぜあんなに苦しがって引っ掛かってしまったのか、私たちの「なぜ?」に馬は直接答えてはくれないが、実は馬体重を通して多くの信号を送っているそれに気付くか気付かないかは、私たちがどのように馬体重を読み解くかにかかっているのである。馬体重が語っていることを解釈するのは私たちである。私たちが馬体重を注意深く観察すればするほど、馬体重は雄弁に語り始める。

(終わり)

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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集中連載:「馬体重は語る」-第9回-

■ナリタブライアンの場合
具体的な例を挙げてみよう。平成6年の年度代表馬であるナリタブライアンは、同年に3冠を取った後、有馬記念で古馬を一蹴した。しかし、翌年の緒戦である阪神大章典を楽勝したものの、股関節炎を発症してしまい、約8ヶ月の休養を余儀無くされた。

Umaweight11_2休養明けの天皇賞秋では、前走比マイナス6kgの馬体重で登場した。8ヶ月ぶりのレースである上に、調教でもまだ本来の動きにはなかったが、やはりナリタブライアンの底力を信じたファンは多く、最終的には1番人気に支持されることになった。しかし、結果は12着と惨敗。その後もジャパンカップ、有馬記念と本来のナリタブライアンの姿を見ることは出来なかった。

ところが、年が明けた阪神大章典において、歴史的名勝負のひとつとされるあのマヤノトップガンとの叩きあいを制して、復帰後の初勝利を挙げたのだった。次のレースでは本格化したサクラローレルに負けてしまったが、ナリタブライアン自身の体調が戻ったのは、レース結果だけを見ても、平成8年の阪神大章典(正確に言うと平成7年の有馬記念以降)ということになる。このことは馬体重の増減の推移から読み解き、予測することが出来たのである。

平成7年    馬体重     着順 
阪神大章典   472kg    1着
<股関節炎のため8ヶ月休養>
天皇賞秋    466kg   12着  休み明けにもかかわらずマイナス体重で出走
ジャパンカップ 468kg    6着  まだ戻っていない
有馬記念    478kg    4着  馬体重が戻った!

平成8年    
阪神大章典   486kg    1着  復調!
天皇賞      478kg    2着

つまり、「馬体重が減る前の体重に戻ったとき、次のレースからは<体調>が戻ったと判断することができる」ことから、平成7年の阪神大章典の体重(472kg)に戻った時点で、その次のレースでナリタブライアンの調子も戻ると判断することが出来たのである。

このように、馬体重の見方が分かっていれば、少なくともジャパンカップと有馬記念ではナリタブライアンの調子は良くないと判断して馬券を買うことはないだろうし、阪神大章典においては自信を持って単勝を買うことができたのではないだろうか。

*昨年の有馬記念を制したハーツクライも、このパターンに当てはまるかも知れない。
興味のある方は、ぜひ馬体重を調べてみてください。

(次回へ続く→)

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集中連載:「馬体重は語る」-第8回-

Umaweight03_1■復調の判断
馬体重から読み取れる<体調>が悪くなる2つのパターンを示したが、その反対に、馬体重から<体調>が良くなってきた(戻ってきた)ことを確認できる方法がある。

その方法とは、「馬体重が大幅に減った前のレースの数字に戻った時、次のレースからは<体調>が戻ったと判断する」というものである。

気をつけるべき点としては、馬体重が戻ったレースではなく、その次のレースで初めて復調するということである。というのも、「当日の馬体重の増減が馬の<体調>に影響を及ぼすのは、その日のレースにおいてではなく、レースの後になる」という原則があるからである。たとえ馬体重が戻ったとしても、当日のレースではなくその次のレース以降に影響が出るため、復調するのも次のレース以降になるのである。

■再びAという馬
最初に挙げたAという馬の例をもう一度思い出していただきたい。この馬は3戦目に馬体重が476kg→470kgへと急激に減り、その反動が4戦目に出てしまった。その後の戦績として、5戦目では476kgと馬体重を戻し、レースでは直線あとひと踏ん張りが足らず4着という結果。

ここで「馬体重が大幅に減った前のレースの数字に戻った時、次のレースからは<体調>が戻ったと判断する」に照らし合わせてみると、つまり体調が戻るのは6戦目以降ということになる。

果たせるかな、体調が戻った6戦目には、逃げ切ろうとする馬をなんとか捕らえて2勝目を手に入れたのである。このように、馬体重が大幅に減少する前の体重(476kg)に戻った次のレース(6戦目)から、調子が戻ると判断することができる。

馬体重    着順
2戦目    476kg   2着
3戦目    470kg   1着  急激に減った
4戦目    474kg   8着  まだ戻っていない
5戦目    476kg   4着  馬体重が戻った!
6戦目    480kg   1着  復調!


(次回へ続く→)

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集中連載:「馬体重は語る」-第7回-

Umaweight10
■休み明けのレースをマイナス体重で走った後
②の休み明けのレースをマイナス体重で走った後というのは、休養前に走ったレースにおける体重よりも、休み明け初戦における体重が減っている場合である

休養に入る前には数戦のレースをこなしているため、馬体重も絞れて、ベスト体重の範囲にあることが多い。究極の仕上げを施された後、疲れが出たため、放牧に出されることも少なくないだろう。そういった最も仕上がった状態の馬体重よりも、放牧をされた休養後に、馬体重が減って出てくるということは決して良い現象ではない。

牧場でのんびりして英気を養った馬は、普通であれば、体もふっくらとして厩舎に帰って来る。そして、いったん馬体が緩んだ状態から再び調教を開始するため、休養明けのレースにプラス体重で出てくるのは当然といえば当然である。

体が減って休養明けのレースを迎えるということは、放牧先での休養がうまく行かなかったのか、帰厩してからの調教を失敗してしまったのか、つまりは肉体面においての調整が上手くいかなかったことを示す。

しかし、そういった状態にもかかわらず、休み明けのレースでは好走してしまう馬も実は少なくない。

なぜかというと、馬体重が減っているため(ここでは敢えて「絞れている」とは書かない)、思っているよりも<仕上がり>が良いからである。いわゆる「急仕上げ」もこれに当たり、調教の中身以上に<仕上がり>が良いことを意味する。それによって、休み明けのレースでも予想以上に走ってしまうのである。

もう一度、ここで忘れてはならないのが、

「当日の馬体重の増減が馬の<体調>に影響を及ぼすのは、その日のレースにおいてではなく、レースの後になる」

という原則である。

通常、休み明けを叩いた次走では上積みが期待される。しかし、休み明けのレースをマイナス体重で走ってしまった場合は、上積みがどころか、かえって逆に<体調>が悪くなってしまうため、次走は思いのほかの凡走をしてしまうのである。

■ナリタトップロードの場合
ナリタトップロードの3歳時と4歳時の秋を比べてみると分かりやすい。

ナリタトップロードは、3歳時の春にダービーを2着して休養に入った。そして、休養明けの京都新聞杯の馬体重は+2kgの486kgで出走。結果はダービー馬のアドマイヤベガに差し切られてしまい2着に負けてしまったが、休み明けを1回叩いたことで、次回の本番菊花賞では万全の状態で出走できる手応えを感じさせた。そして、本番の菊花賞では早めの仕掛けからアドマイヤベガ、テイエムオペラオーを退けて見事優勝した。

4歳になったナリタトップロードは、天皇賞春で3着の後、3歳時と同じように休養に入った。その後、休み明けの京都大賞典ではなんと-4kgの480kgで出走となった。レースではテイエムオペラオーの2着となり、やはりテイエムオペラオーの連勝を止めるのはこの馬であると思われた。

しかし実際は、3歳時の秋と比べても成長しているどころか体は減少しており、休養前のレースからマイナス体重であるように、休養の効果もあまり無く、上積みすら期待できない状態であったのだ。案の定、秋の天皇賞5着、ステイヤーズS4着、有馬記念9着と目も当てられない成績で平成12年のシーズンを終了することになった。

3歳時
京都新聞杯 2着  486kg 【休養前のレースと比べて+2kgでの出走】 
↓ 
菊花賞   1着

4歳時
京都大賞典 2着  480kg 【休養前のレースと比べて-4kgでの出走】
↓ 
天皇賞秋 5着

つまり、休養明けのレースにマイナス体重で出てきた場合、それ以降のレースでの上積みは期待できないどころか、休養明けのレースよりも体調はさらに下降線を辿ってしまうことが分かる。たとえ休み明けのレースで好走したとしても、叩いた次走ではさらなる良化が望めると考えてしまうのは早計である。休み明けのレースにおいては、わずかな馬体重のマイナスでさえも、その後の明暗を分けることも覚えておきたい。

(次回へ続く→)

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集中連載:「馬体重は語る」-第6回-

Umaweight08 by sashiko
■レース後に<体調>が悪くなる2つのパターン
当日の大幅なマイナス体重が、レース後の<体調>に悪い影響を与えるパターンは、以下の2つに大きく分けられる。
①100%の状態に仕上げられた後
②休み明けのレースにおいてマイナス体重で走った後

■100%の状態に仕上げられた後
①の100%の状態に仕上げられた後の反動は、よくあるパターンである。反動とはコインの裏であって、たとえ良い結果が出た場合でも、そこに至る過程に少しでも無理があるとツケがレース後に回ってくるのである。

特にG1などのレベルの高い競走を勝つためには、極限までの仕上げをしなければならない場合があり、100%の状態にまで調教で仕上げられてしまった馬の<体調>は、その後必ず下降線を辿ってしまうことになる。

馬の<体調>にもピークというものがあり、ゴムを引っ張れば引っ張るほど反発力が強まるように、急激に馬を仕上げればそれだけ反動も大きく出てしまうのである

■エアシャカールの場合
少し古い話になるが、平成12年の皐月賞、菊花賞の2冠を制したエアシャカールを例に挙げて説明したい。平成11年暮れの中山で行われたホープフルステークスを、エアシャカールが快勝した時の体重は496kgであった。そして、約3ヶ月の休み明けで臨んだ弥生賞には+4kgの500kgの馬体で現れ、フサイチゼノンの2着と好走し、楽々と皐月賞の出走権を獲得した。

本番の皐月賞では、-8kgの492kgでパドックに登場し、結果は直線で先頭に立った1番人気のダイタクリーヴァをラスト100mで差し切って優勝した。しかし、ダービーでは、皐月賞で100%に仕上げられた反動が出てしまい、良く走ったもののアグネスフライトにハナ差で負けてしまう。

               馬体重        着順
ホープフルステークス   496         1
(休み明け)
弥生賞            500         2
皐月賞            492         1   ピークに仕上がってしまった
ダービー           494         2   反動が出て惜敗

Umaweight09 by sashiko

その後、エアシャカールはイギリスに遠征し、キングジョージ・&クイーンエリザベスSに挑戦する。そのレース当日の馬体重は不明だが、帰国直後の一戦である神戸新聞杯では500kgの馬体重で、まだ太めが残っていたのか、直線で苦しがり3着に負けてしまった。

秋の最大の目標である菊花賞では、これでもかというくらいの調教が課され、当日の馬体重は-6kgの494kgに仕上がっていた。結果は武豊騎手の好騎乗もあってトウホウシデンの追撃を振り切り2冠を達成した。しかし、1ヶ月後のジャパンカップでは世代の代表として古馬に挑戦したものの、なんと当日馬体重-14kgの480kgで結果14着と惨敗してしまった。

               馬体重       着順
神戸新聞杯        500         3   
菊花賞           494         1  ピークに仕上がっていた
ジャパンカップ       480        14  反動が出て惨敗

エアシャカールのベスト体重は492~500kgと判断でき、数字を見るだけでも春は皐月賞、秋は菊花賞を目標にきっちり仕上げられたことは一目瞭然である。そして、100%の状態に仕上げられた後に、いかに反動が出てしまうかも明白に見て取れる。

仮定の話になってしまうが、もし皐月賞ではなくダービーで100%の仕上がりに持って行けていれば、当時のエアシャカールの実力からするとアグネスフライトに負けることはなかったのではないだろうか。もちろん森調教師としてはダービーを目標に調教をしていたのであろうが、エアシャカールは思っていたよりも早く、皐月賞の時点で仕上がってしまったということなのだろう。

また、秋のジャパンカップでのマイナス14kgは、体調がピークを過ぎてしまったエアシャカールが、レースを嫌がって必要以上に入れ込んでしまったことによるものではないだろうかと解釈できる。

(次回に続く→)

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集中連載:「馬体重は語る」-第5回-

umaweight05■馬体重に関する考え方の基本
それでは、当日の馬体重がその日の<体調>に影響を与えないとすれば、その影響はいつ現れて来るのだろうか。

以下が馬体重に関する考え方の基本原則となるのだが、

「当日の馬体重の増減が馬の<体調>に影響を及ぼすのは、その日のレースにおいてではなく、レースの後になる」
ということである。

馬体重の増減はその場、その時の馬の<体調>には影響は持たず、レース後の<体調>に影響を与える。ということはつまり、もしレース当日の馬の<体調>を見極めたいとすれば、当日の馬体重の増減ではなく、前のレースまでの馬体重の推移を手がかりとしなければならない。

■Aという2歳馬
たとえば、Aという2歳馬が入厩してきたとする。入厩時に体重を計ると500kgであった。少しずつピッチを上げながら調教を重ね、やっとレースで力を発揮できるだけの状態になったため、とりあえず出走することになった。

デビュー戦での馬体重は480kgで、レースでは中団から直線で2~3頭抜いて5着という成績。すぐに3週間後の新馬戦に向けて調教再開。

2戦目の馬体重は前走から-4kgの476kg。前走は1戦目ということもあって多少太かったので、一度レースを使われたことによって馬体が締まったようである。レースでは最後の直線で鋭い切れを見せて結果2着。

それを見て次回はチャンスと考えた調教師は、今まで以上のトレーニングをこの馬に課し、3戦目の未勝利戦には100%の仕上げで臨んだ。

3戦目当日の馬体重は470kg。レースでは直線楽々と先頭に立ち、そのまま押し切ってしまう横綱相撲であった。レース後、見た目には疲れも残っていないようなので、次走へは十分な間隔を取って調教を開始した。

4戦目の500万条件での馬体重は+4kgの474kg。しかし、レースでは見せ場なしの8着に終わってしまった。

さて、この馬の1戦目からの馬体重と着順だけを並べると以下のようになる。

       馬体重    着順
1戦目    480    5着
2戦目    476    2着
3戦目    470    1着
4戦目    474    8着

これらの数字から、1戦目の馬体は太め残りであったと解釈すると、この馬の現時点でのベスト体重は470~476kgとなる。470kgという馬体重がこの馬にとって最も仕上がった状態であって、そこから476kgぐらいまでが競走能力を削ぐことのない<仕上がり>ということになる。ベスト体重の幅は各馬によって異なるが、結果さえ出ていれば、その馬体重はその馬の許容範囲であるとい考えてよいだろう。

それでは、ベスト体重の範囲内である4戦目の474kgで、なぜ8着に惨敗してしまったのだろうか。

「当日の馬体重の増減が馬の<体調>に影響を及ぼすのは、その日のレースではなく、レースの後になる」という基本原則から読み解くと、3戦目における大幅な馬体重の減少(マイナス6kg)が、4戦目に影響を与えたと考えることができる。つまり、3戦目で最高の状態に仕上げたことによる反動が、4戦目に出てしまったということになる。

(次回に続く→)

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集中連載:「馬体重は語る」-第4回-

umaweight07 by sashiko

■当日のプラス体重
では、当日のプラス馬体重はどう解釈すればいいのだろうか。

わずかな増加であれば全く気にする必要はないが、明らかに大幅なプラスを示していたとすれば、<仕上がり>について疑問を持たなければならない。十分な調教をこなしているかどうかをチェックしてみる必要がある。可能性としては、以下の3つが考えられる。

1、休み明けで調教が不十分である
2、休み明けではないが、中間楽をさせた
3、脚元に不安があって、強い調教ができていない

以上3つの項目に当てはまらない場合は、当日の大幅なプラス体重でもレースへの影響は皆無である。十分な調教をこなしていながらのプラス体重は、その馬の成長分、もしくは季節的(時期的)なものと解釈できるだろう。

たとえば、平成11年のスプリンターズステークスでは、ブラックホークが当日の馬体重プラス10kgでアグネスワールド以下を差し切り、初G1制覇を成し遂げた。このレースに臨む過程で、ブラックホーク陣営は中間も普段以上にきっちりと乗り込み、最終追い切りでもおつりを残さないくらいの強い調教を課していた。その上での当日+10kgであるから、調教不十分により絞れていないという心配は全くなかったのである。

ここ数年では、平成15年天皇賞秋のシンボリクリスエスが休み明け+10kgで圧勝しており、平成16年菊花賞ではデルタブルースが当日馬体重+10kgで勝利している。

つまり、プラス体重=太め残りと単純に考えるのは間違いであり、十分な調教を消化した上でのプラス体重ならば、レースに行っての影響は全くないのである

(次回へ続く→)

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集中連載:「馬体重は語る」-第3回-

umaweight06 by sashiko

■当日の馬体重はその日の<体調>に影響しない
レース当日の馬体重から<体調>を把握することができないのは、当日の馬体重がその日の<体調>に影響しないからで