集中連載:「調教のすべて」第14回

次に、全体時計についてはどうだろうか。全体時計の速さは、その調教自体のレベルの高さや厳しさを表すのだろうか?全体時計が速い追い切りを行ってきた馬は、体調も万全で、仕上がりも良好だと判断してよいのだろうか?

美浦の調教横綱と呼ばれていたダイワメジャー(父サンデーサイレンス母スカーレットブーケ)を例にとって考察してみたい。ダイワメジャーの現役最後の年(2007年)、秋シーズンのレース結果及びそのレースに臨むにあたっての最終追い切りの全体時計は以下のとおりである。

毎日王冠
2007/10/03(水) 南W 良 助手 64.0-49.9-36.2-11.9 3 G強

天皇賞秋
2007/10/24(水) 南W 良 助手 66.7-50.8-37.2-11.9 2 強め

マイルCS
2007/11/14(水) 南W 良 助手 61.6-48.8-36.5-12.4 2 仕掛

有馬記念
2007/12/19(水) 南W 良 助手 62.6-49.4-36.3-12.5 2 馬也

休み明けの毎日王冠は、あくまでも叩き台として、ゆったりと仕上げてきた様子が窺われる。最終追い切りもゴール前で強めに追っただけで全体時計(5ハロン)が64秒0という、全体的には8分通りの余裕を持たせた仕上がりであった。レースではハイペースに巻き込まれる形で3着に敗れてしまったが、それでも最後まで渋太く伸びており、次走天皇賞秋の連覇に期待を抱かせる内容であった。

しかし、休み明けをひと叩きした天皇賞秋では、ガラッと変わってくるのかと思いきや、最終追い切りも全体時計(5ハロン)が66秒7という軽めの調整に終始した。おそらくこの時点で、この秋シーズンは4戦することを決めていたのかもしれない。天皇賞秋ではなく、次走のマイルチャンピオンシップをピークに持って来て、余力が残っていれば有馬記念を走って引退というシナリオだったのであろう。また、毎日王冠から200mの距離延長ということを考えて、ダイワメジャーの精神面にゆとりを持たせるために、ビッシリと仕上げなかったという意味もあったに違いない。ご存知のとおり、レースでは最後の直線の勝負どころで致命的な不利を受けてまともに走られなかったが、結果としては9着と惨敗してしまった。

続くマイルチャンピオンシップは、ダイワメジャーにとって適距離であり、負けられない一戦であった。最終追い切りではビシッと追われ、全体時計(5ハロン)が61秒6という猛時計。まさに横綱という迫力満点の追い切りであった。レースでは、前年の走りをトレースするようなレース振りで、スーパーホーネットやスズカフェニックスの追撃を受けて立つ形で快勝した。これでダイワメジャーはマイルCS連覇、そして安田記念を挟んでマイルG1を3連覇となり、あのニホンピロウイナー、タイキシャトルと肩を並べることになった。

Tyoukyou19 by echizen

マイルチャンピオンシップの余勢を駆って出走した、引退レース有馬記念の最終追い切りでは、全体時計(5ハロン)62秒6を出した。前走のマイルチャンピオンシップには及ばないが、なかなかの好時計である。上り目こそないものの平行線という、勝ち負けになるだけの体調にあったのだろう。レースでは、デムーロ騎手の好騎乗にも助けられつつ、2500mという距離を克服して3着と好走した。これで引退するのが惜しいと思わせるだけの、ダイワメジャーらしい迫力満点の走りを披露した。

以上のように、ダイワメジャーの現役最後の年(2007年)、秋シーズンだけを取ってみれば、いかにも最終追い切りの全体時計の速い・遅いがレースでの結果に直結しているように見える。最終追い切りの全体時計が速い時はレースでも好走して、最終追い切りの全体時計が遅ければレースでは凡走してしまう。ダイワメジャーの体調の良さが、最終追い切りの全体時計に反映されているということである。

しかし、実は、最終追い切りの全体時計がレースでの結果に直結しなかったケースもまた多い。

(次回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第13回

Tyoukyou18

次は、「タイム」つまり調教時計について話をしたい。調教時計は鵜呑みにしないほうが良い、とこれまで何度も書いてきたが、それは馬場状態や乗り役の体重等によって、時計自体が大きく影響を受けてしまうからである。また、後ほど詳しく説明するが、同じ馬でも「追われ方」によって時計が出るか出ないかは違ってくる。よって、時計が速い=良い追い切りとは限らず、あくまでも「タイム」とは“どのような速さの追い切りが行われたか”という目安にすぎない

まずは基本的なタイムの見方から説明していきたい。アドマイヤムーンの宝塚記念に臨む際の追い切りを、再び例に挙げたい。

アドマイヤムーン 宝塚記念
6/09(土) DW 重 助手      73.5-57.3-42.2-12.0 ⑨ 馬なり
6/10(日) 栗坂 稍 助手      55.8-41.3-27.7-13.9   馬なり
6/13(水) DW 良 岩田   85.4-69.0-53.7-39.5-11.2 ⑨ 一杯
6/16(土) DW 稍 助手 (7)98.4-69.2-55.0-41.1-12.7 ⑨ 馬なり
6/21(木) DW 良 助手 (7)95.6-66.5-52.5-38.3-11.5 ⑨ 一杯

6月13日(水)に岩田騎手が跨って行われた追い切りは、85.4-69.0-53.7-39.5-11.2と計時されている。このタイムは、ラスト6ハロン-ラスト5ハロン-ラスト4ハロン-ラスト3ハロン-ラスト1ハロンを走るのに要した時間という意味である。つまり、13日の追い切りはラスト6ハロンから時計が計時され、ラスト6ハロンが85秒4、ラスト5ハロンが69秒0、ラスト4ハロンが53秒7、ラスト3ハロンが39秒5、そしてラスト1ハロンが11秒2のタイムで走ったということである。

6月16日(土)と21日(木)には、ラスト7ハロンからの時計が計時されている。その際には、(7)という形で6ハロンの時計ではないことが示されている(表記の仕方は媒体によって異なる)。レースを前にして、いつもより少し長めの追い切りを掛けたということになる。当然のことながら、長めを追い切る方が馬にとってはハードであり、馬体が絞りきれない場合や、スタミナを強化しておきたい場合に施されることの多い調教である。アドマイヤムーンの場合は前者で、香港遠征から帰ってきて一旦緩めた馬体を絞る目的で、長めから追い切りを掛けたのだろう。その効果はバツグンで、宝塚記念当日には恐ろしくきっちりと仕上がった馬体で私たちの前に登場した。

調教の「タイム」に関しては、それぞれのコースにおける標準時計(目安)のようなものもあるにはあるのだが、ここで詳しく紹介することはしない。なぜなら、誤解を招く恐れがあるだけではなく、タイムが様々な外的要素に大きく影響される以上、見なくてよい(知らなくてもよい)ケースの方が圧倒的に多いからである。時計の速い・遅いに目を奪われたばかりに、調教の判断を誤ってしまうことの何と多いことか。

たとえば、アドマイヤムーンにおいても同じことがあった。宝塚記念に臨むにあたって、岩田騎手が初めて跨って追い切られた際、「最後の直線で追った時、周りの風景が一瞬消えた。こんなこと初めて」と岩田騎手は取材陣に語った。周りの風景が消えたと思わせるほど、アドマイヤムーンの瞬発力が素晴らしかったということなのだが、なるほどラスト1ハロンのタイムを見ると11秒2の速い時計が出ている。最終追い切りもラスト1ハロンが11秒5のタイムが出て、宝塚記念を実際に快勝したこともあり、アドマイヤムーンは最後に速い時計が出る=調子が良いという図式が強調されることになってしまった。

ところが、夏を越して、秋の天皇賞秋とジャパンカップはどうだったのだろうか。天皇賞秋とジャパンカップの追い切り時計を見てみたい。

アドマイヤムーン 天皇賞秋
09/26(水)  DW 重 助手        62.0-46.0-13.0 ⑨ 馬也
09/29(土)  DW 良 助手        61.0-45.7-12.7 ⑨ 馬也
10/03(水)  DW 稍 助手 88.8-73.1-58.0-42.0-11.6 ⑨ 強め
10/06(土)  DW 稍 助手 90.8-75.1-59.4-43.1-12.3 ⑧ 馬也
10/11(木)  DW 良 助手 85.2-69.2-54.0-39.4-11.9 ⑧ 馬也
10/14(日)  栗坂 良        58.2-42.7-27.6-13.7 馬也
10/17(水)  DW 良 助手 86.4-70.9-55.4-40.4-11.5 ⑨ 一杯
10/20(土)  DW 重 助手     74.5-58.5-42.4-12.4 ⑨ 馬也
10/24(水)  DW 良 助手 86.8-70.4-56.1-41.3-12.1 ⑨ G一

天皇賞秋は、1週間前追い切り(10/17)で、ラスト1ハロン11秒5という切れ味を見せた。この時点で、アドマイヤムーンは好仕上がりだと誤解し、宝塚記念に続き、極上の切れ味でアドマイヤムーンが天皇賞秋の盾をも奪取する姿を思い浮かべた人は少なくなかっただろう。

ところが、最終追い切りはというと、ラスト1ハロン12秒1と、宝塚記念時に比べると、数字だけを見ればやや不満が残る内容であった。天皇賞秋でのアドマイヤムーンの取捨は、ラスト1ハロンだけの時計を見るだけではどちらとも言えない、というのが正直なところであった。

ご存知のとおり、結果は6着に惨敗。直線に向いて、これから追い出される時に他馬に寄られたというアクシデントはあったものの、私の見る限り、隣にいたダイワメジャーに比べると、致命的な不利ではなかったように思える。アドマイヤムーンの天皇賞秋での敗因は、宝塚記念をピークの出来で快勝したことにより、天皇賞秋までの短い期間では本調子にまでは持ってこられなかったことに尽きる。それでもゴールまで渋太く伸びた走りは、さすがゴドルフィンに40億円でトレードされただけのことはあった。

アドマイヤムーン ジャパンカップ
11/10(土) DW 稍 助手    75.1-59.3-44.5-13.5 ⑨ 馬也
11/14(水) DW 良 助手 86.1-70.3-55.3-41.0-12.1 ⑨ 馬也
11/17(土) DW 良 助手        59.9-43.7-11.6 ⑧ 直一
11/21(水) DW 良 助手 86.0-69.8-53.6-39.6-12.3 ⑨ 一杯

続くジャパンカップでは、1週間前の追い切りのラスト1ハロンが12秒1、最終追い切りは一杯に追われたもののラスト1ハロンが12秒3と、結局11秒台を計時することはなかった。前走の天皇賞秋の敗因を最終追い切りでの時計の遅さに求めた人々は、12秒1と12秒3という今回の追い切りのラスト1ハロン時計を理由にして、こぞって宝塚記念時の体調にはないと捲くし立てた。距離不安説も加わり、ジャパンカップでは5番人気と評価を大きく下げることになった。

Admiremoon03 by echizen

しかし結果は、メイショウサムソンやポップロックなどの実力馬を退けて、アドマイヤムーンの完勝であった。岩田康誠騎手の積極的な騎乗や、通ったコースの有利不利は多少あったにせよ、アドマイヤムーンの体調が天皇賞秋からは一変しており、宝塚記念の時の体調に戻っていたことは確かである。結局、1週間前でも最終追い切りでも、ラスト1ハロンで11秒台を切ることが出来なかったにもかかわらず、本番のジャパンカップでは見事な走りを見せてくれたのだ。つまり、アドマイヤムーンの体調は、ラスト1ハロンの時計とは全く関係がなかったということである。

(第14回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第12回

Tyoukyou17

それでは次に、「馬場状態」に話を進めていきたい。

坂路コース、ウッドチップコース、ニューポリトラックコースでの調教は、程度の差こそあれ、競馬場の芝コースと同じく、良→稍重→重→不良になるにつれ時計が掛かるようになる。対して、ダートコースでの調教は競馬場のダートの馬場状態と同じく、良→稍重→重になるにつれ時計が速くなる(不良の場合、逆に時計が掛かるのも同じ)。

また、これは調教欄には表れないことだが、追い切りが行われた時間帯によっても馬場状態は異なる。馬場の均一が保たれるニューポリトラックコースを除く、坂路コース、ウッドチップコース、ダートコースは朝一が最も馬場状態が良く、追い切りが行われるにつれ、蹄跡が残り、馬場は掘り返されて次第に走りづらい状態へと変化していく。たとえ同じ日に行われた追い切りでも、朝一のまっさらな馬場状態で行われたものと、ハロー掛け直前のボコボコの状態で行われたものとでは、時計の出やすさが全く違うのである。

このように、調教時計は馬場状態によって大きく影響を受けるため、それ自体の遅速をあまり鵜呑みにはしないほうがよい(このことについては「調教時計」の項で詳しく説明する)。時計が速ければ良い追い切りで、遅ければそうではない、ということではないのだ。素晴らしい内容の追い切りでも数字(時計)だけをみれば平凡で、逆にごく普通の内容の追い切りでも速い時計が出てしまうこともあるからだ。

次は「騎乗者」について。「騎乗者」は、基本的にはその厩舎に所属している調教助手やジョッキーであることが多い。アドマイヤムーンの宝塚記念に臨む際の追い切りを、もう一度見てみよう。

アドマイヤムーン
6/09(土) DW 重 助手      73.5-57.3-42.2-12.0 ⑨ 馬なり
6/10(日) 栗坂 稍 助手      55.8-41.3-27.7-13.9   馬なり
6/13(水) DW 良 岩田   85.4-69.0-53.7-39.5-11.2 ⑨ 一杯
6/16(土) DW 稍 助手 (7)98.4-69.2-55.0-41.1-12.7 ⑨ 馬なり
6/21(木) DW 良 助手 (7)95.6-66.5-52.5-38.3-11.5 ⑨ 一杯

6月13日(水)に岩田騎手が跨った追い切り以外は、調教助手が騎乗していることが分かる。追い切りにジョッキーが跨らない理由としては、もちろん体がひとつしかないので全ての騎乗馬の調教をつけられないということもあるが、それ以上に、調教というフィールドにおいては、調教助手の方がしっかり乗れるからである。ここで言う“しっかり”とは、調教師の指示したタイムや内容どおりに乗れるということである。毎日、数多くの追い切りをこなしている調教助手は、調教におけるスピードを把握する体内時計がジョッキーよりも正確なのである。

そこで問題になってくるのが体重である。小柄なジョッキーと調教助手とでは体重が全くと言ってよいほど違うので、当然、50kg前後の体重の軽いジョッキーが乗った方が速いタイムが出る。つまり、調教時計は調教での乗り役によっても大きく影響を受けるため、それ自体の遅速をあまり鵜呑みにはしないほうがよいということがここでも言える。また、ジョッキーが跨ってしまうと、レースが近いことを馬が察知(もしくは勘違い)してしまい、入れ込んでしまうということもある。馬がエキサイトしたことにより、つい予定よりも速い時計が出て、調整過程に狂いが生じてしまうのだ。

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それでもジョッキーが追い切りに乗るのは、一度でも跨っておくことにより、その時点での体調やその馬の個性、特徴、適性などを大まかに把握することができるからである。特にテン乗りの場合などは、レース前に一度跨っておくかどうかで、レースの組み立てが違ってくるし、何よりもジョッキーの心理面での安心度が増すはずである。たとえ一流ジョッキーであろうとも、実際に追い切りで跨ってみて、前もって騎乗馬の個性、特徴、適性などを把握しておくことのメリットは非常に大きい。

(第13回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第11回

Tyoukyou15それでは、最後に⑦のプールについて。プールでの調教は時計が出ないため、媒体によっては表示されないこともある。中間の追い切りが数本しかないように見えて、実はプールで調教をしていたということもあるので注意したい。

プールにも「プール調教」と「ウォーター・トレッドミル調教」の2種類がある。

「プール調教」とは、文字通りプールに入って泳ぐことでトレーニングをすることである。馬の体は水に入っても沈むことがないので、四肢が水底につかなければ自然と泳ぎ出す。もちろん、馬によって泳ぎの上手い下手や好き嫌いはあるが、基本的には馬は教わるともなく泳ぐ能力を備えている。

「プール調教」の目的は、脚部に負担を掛けることなく、筋力や心肺機能を維持することである。さらに、馬は主に後肢で水を蹴って泳ぐので、後肢の筋力強化にも繋がる。坂路コースや平地コースではビシッと追い切ることが難しい脚部不安の馬を、プールで調教することによって補うことが出来るのだ。そうは言っても、やはり水中での四肢の動きと陸上でのそれは異なるため、走るための筋肉がすべて鍛えられるわけではない。

そこで考案されたのが「ウォーター・トレッドミル調教」である。水中の歩く歩道とでも呼べばいいだろうか、馬は胸元まで水に浸かって、回転するウォーター・トレッドミルの上を歩く。「ウォーター・トレッドミル調教」は、脚元への負担が軽減されるだけではなく、四肢を床につけて陸上と同じ動きをするため、鍛えられる筋肉は陸上での追い切りとほぼ同じになるのだ。

Tyoukyou14

また、「プール調教」も「ウォーター・トレッドミル調教」にも、馬をリラックスさせる効果がある。同じような調教内容では馬も飽きてしまうので、リフレッシュを図るためにプールを使って調教すること調教師が多くなってきている。コースで調教をした後の気分転換として、プールで泳がせるのである。もちろん、泳ぐのが嫌いであったり苦手であったりする馬には逆効果なのだが…。

昨年の皐月賞馬ヴィクトリーは、プール調教を取り入れて成功した例だろう。ヴィクトリーは新馬勝ち後、いきなりラジオNIKKEI杯2歳Sに挑戦して2着と善戦したが、その頃から気の悪さを出し始めた。人間の指示を全く聞かないため、まともに調教することが出来ないのだ。若葉Sの時など、週に3日しか乗れなかったほどであるから、その気性の難しさはうかがい知れる。

そこで陣営が仕方なしに取り入れたのがプール調教であった。プールでは放馬の心配もなく、暴れたりすることが難しいので、悪さをすること自体が出来ないのである。もちろん、陸上での追い切りと同じだけの運動量や効果を望むことは出来ないが、馬場で追い切られなかった分を補うことは出来る。特にヴィクトリーのようなG1レースを狙う馬にとって、運動量の不足は致命傷となる。

ヴィクトリーの皐月賞に臨むにあたっての追い切り時計は、以下のとおりであった。

2007/04/01(日) 栗坂 稍 助手 58.3-42.0-27.9-14.1 馬也
2007/04/08(日) 栗坂 稍 助手 56.2-40.6-27.2-13.9 馬也
2007/04/11(水) 栗坂 良 助手 53.1-39.7-27.2-14.5 G一

本来であれば、4月1日(日)と8日(日)の間に1本、時計になる追い切りがなされていてもよいはずの追い切りがない。これは4日に坂路コースで追われるはずのヴィクトリーが乗り手を振り落としてしまい、追い切りを行うことが出来なかったのである。

これだけを見ると、中間に3本の時計しか出していないのだが、実は中間にプール調教が行われている。繰り返しになるが、媒体によってはプール調教が表示されないこともあるので注意したい。皐月賞に臨むにあたってのプール調教は以下のとおりである。

2007/03/28 プール4周
2007/04/03 プール2周

プール調教が追い切り1本分にあたるとはとても思えないが、陣営としてはなんとしてでも不足分を補いたかったのだろう。その気持ちがヴィクトリーに伝わったのか、11日の最終追い切りは、終いこそ掛かったものの、53秒のタイムでなんとか追い切ることが出来た。結果はご存知のとおり、大外枠から強引にハナを奪い、ゴール前ではサンツェッペリンを差し返しての勝利を飾った。これだけの調教量でG1レースを勝ってしまったこと自体驚きだが、それもプール調教があったおかげではないだろうか。

(第12回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第10回

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⑤のニューポリトラックコースについては、現状で分かっている限りの利点を挙げてみたい。

1、馬の脚元に優しい
2、馬場の悪化が少ない
3、目に外傷を負うリスクが少ない
4、人馬の健康にとっても良い

何といっても、ニューポリトラックコースの最大の利点は、1の「馬の脚元に優しい」ということである。クッション性としては、現状ではダートコースよりも柔らかく、ウッドチップコースよりも硬いといったところだろうか。これは材質の厚さを変えることで調整できるので、将来的にはウッドチップコースと同じくらいの柔らかさになるかもしれない。また、砂にゴムや繊維等を混ぜ込んだものだけに、グリップ性にも優れ、滑る危険も少なく、安心して走ることが出来る。

Tyoukyou12

2の「馬場の悪化が少ない」のは、ダートコースやウッドチップコースに比べ、ニューポリトラックコースが優れた排水性を持っているからである。素材自体が水分を吸収することが少ないため、すぐに流れて出てしまい、雨が降っても馬場が極端に悪化しない。ポリトラックコースがよく全天候型と呼ばれるのはそれゆえである。天候によって追い切りの予定を変更する必要がほとんどないのだ。

3の「目に外傷を負うリスクが少ない」は、前を走る馬が蹴り上げる木片が目に直撃しやすいウッドチップコースに比べ、ニューポリトラックコースの馬場は素材の関係でキックバックが少ないということである。馬が目に外傷を負ってしまえば、たとえ仕上げが完璧に進んでいたとしても、しばらく休ませざるを得ない。ウッドチップコースで追い切る時には、木片が馬の目や顔に直撃しないように、前の馬との間隔や位置取りには気を遣うものだが、ニューポリトラックコースでは、その心配がほとんどないということだ。

4の「人馬の健康に良い」とは、競馬や馬の競走能力とは直接に関係はないが、走る度に砂や埃が舞い散るダートコースとは違い、ニューポリトラックコースは乾燥時でも埃がほとんど立たないので、乗り役や競走馬がそれを吸い込むことが少ないということだ。当たり前のことではあるが、競馬に携わる人間も馬も健康でなければ、レースに行って好成績を収めることは難しいだろう。

さらに、実際にニューポリトラックコースが用いられるようになり、以下のようなメリットがあることも発見されている。

5、ハローがけの時間のロスがない
6、実戦形式での追い切りが出来る
7、長めの追い切りが出来る

5の「ハローがけの時間のロスがない」とは、通常、ダートコースやウッドチップコースであれば、ある一定の時間の間隔おきに、ハローがけといって、専用の車両を使って、馬の足跡や穴が掘れてしまった馬場をほぐして均一にしなければならないところを、ニューポリトラックコースはその必要がないということである。ハローがけは競走馬の安全を確保するためには必要な作業で、避けられないのだが、どうしても時間が掛かってしまい、特に追い切りが集中して行われる水曜日の朝の時間帯などは、追い切り待ちの馬の渋滞が起こるほどである。馬によっては、待たされることで精神的に疲労してしまうこともあるだろうし、このハローがけの時間がなくなることによって、予定通りのタイミングで追い切りが行われることになるのだ。

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6の「実戦形式の追い切りが出来る」とは、3の「目に外傷を負うリスクが少ない」と大きな関係があり、ニューポリトラックコースでは前を走る馬の蹴り上げを気にしなくてもよいので、馬を後ろに置いた調教が出来るということである。

もう少し厳密に述べると、ウッドチップコースで追い切る時には、前を走る馬の真後ろにつける縦の追い切りはなかなか難しく、どうしても馬を横に置いた併せ馬の形を取らざるを得ない。そもそも、競馬は実戦に行けば、横だけではなく前後ろにも馬がいる形で展開することになる。そのような実戦に即した調教がウッドチップコースでは実現することは難しいのだ。

それでも縦の追い切りをしたい場合はどうするかというと、前の馬との距離を、蹴り上げた木片が馬の顔に当たらず、胸に当たるような間隔に保つのだ。ただし、一定間隔を保って走ることは案外難しく、当然、ひとつ間違えば木片がモロにぶつかってしまうというリスクがある。もうひとつは、後ろから追走する馬を少し内側に置くということだ。なぜ外側ではないかというと、コーナリングの際に、前の馬が蹴り上げた木片は遠心力で外に向かって飛び散ってくるからである。それを避けるために、前を走る馬の内側を走り、コーナーでは内側から抜き去るのだ。とはいえ、やはりレースでは外から抜いて行くことの方が多いため、どうしても実戦的ではない。

以上の点をニューポリトラックコースでの追い切りは克服することができる。併せ馬を行うにしても、前を行く馬の真後ろにつけて折り合いを教え、コーナーでは前の馬の外をキッチリと回りながら抜いていくという実戦さながらの追い切りをかけることが出来るのだ。これは坂路コースにもないメリットであり、レースを経験したことのない新馬や、折り合いに難のある馬を教育するためにはもってこいの調教コースである。

7の「長めから追い切りが出来る」とは、ニューポリトラックコースは美浦トレセンの南馬場、ウッドチップコースと芝コースのさらに外に作られたため、全周が1858mもあり、2つのコーナーを使うだけで6ハロンの追い切りが出来るということだ。これまで6ハロンの追い切りを行うには、ウッドチップコースでは4つのコーナーを回りながらになってしまい、どうしてもスピードを落とさざるを得ず、ビッシリ長めから追い切ることが出来ないでいた。それが脚元に負担の掛からないニューポリトラックコースで、6ハロンの追い切りがビッシリできるようになるのだから、馬のスタミナを鍛える効果は非常に大きい。

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集中連載:「調教のすべて」第9回

それでは、④の芝コースについて説明していきたい。当然のことながら、ウッドチップコースやダートコースに比べ馬場が硬く、馬の脚元に負担が掛かることは避けられない。そのため、何か理由がない限り、芝コースでしっかりとした時計を出す追い切りは行われることは珍しい。その代表的な理由としては、以下のものが考えられる。

1、他のコースの馬場状態が悪い
2、馬体を絞りたい
3、右回りだとモタれて仕方ない

1は降雨で馬場が悪くなったり、冬場に馬場が凍ってしまったりして、他のコースの馬場状態が極端に悪くなってしまったときのことである。たとえば、2007年のセントライト記念に臨むにあたって、ロックドゥカンブの最終追い切りは芝コースで行われた。前日から降り続いた激しい雨の影響で、どのコースの馬場も軒並み芳しくない状態であった。その中でも、堀調教師が実際に歩いてみて「一番良かった」という芝コースを選択したのである。このような特殊な状況においては、芝コースが最も安全な馬場になることもあるのである。

2はレアケースと考えてもらってもいいだろうが、馬体を絞りたい時に芝コースで追い切りを掛けることもある。レースの1週間前になっても、思いのほか馬体が絞れてこない時など、最後の策として芝コースを使うということだ。芝コースは速い時計が出るので、脚元だけでなく、馬の肉体面に対する負荷は最も大きい。そのことを逆に利用して、冬場などに体が絞りきれない馬を一気にシェイプアップさせるということだ。

2006年のフェブラリーSの最終追い切りにおいて、カネヒキリは珍しく芝コースで併せ馬を行った。 その理由として、角居調教師は「芝でのスタートに失敗が多いので…。あとJCダートの時とは仕上げが違います。フェブラリーSは最近、芝馬が好走している。パンと弾くような走りの方がいいと思います」とコメントしているが、おそらくそれだけではなかっただろう。直前に1本芝コースで追い切っただけで、芝コースのスタート部分の走りが速くなるはずがなく、芝を走るための走法にチェンジできるはずがないからだ。

それぐらいのことは、角居調教師が一番良く分かっているはずで、この芝コースでの調教の真の目的は、カネヒキリの絞り切れない馬体をなんとか間に合わせるためだったのではないかと思う。その甲斐もあってか、JCダート以来、3ヶ月の休み明けにもかかわらず、カネヒキリはわずかプラス2kgの馬体重で出走し、見事に勝利を収めた。

Tyoukyou10 by Ichiro Usuda

3はそれほど多くない例だろうが、右回りではどうしてもモタれてしまう馬を、本馬場に入れて左回りで追い切ることがある。鞭で矯正したり、馬を右に置いたりと工夫することも出来るが、右にモタれる癖のある馬を右回りで繰り返し追い切っていると、どうしてもその癖を助長してしまうことになりかねないのだ。そこで左回りのコース(芝であることは関係ないが)で追い切ることによって、悪い癖をなるべく出さないようにするということだ。

たとえば、シンボリクリスエスは苦しくなると右にモタれる馬であった。3歳時の有馬記念では、タップダンスシチーを差し切ったものの、最後の直線で右にササってしまった。次走の宝塚記念でも、休み明けということもあったが、直線で右にモタれてしまい失速した。この癖を出さないように、藤沢調教師はなるべくシンボリクリスエスを左回りの本馬場で追い切ることを心掛けたそうだ。その効果もあってか、ラストランとなった有馬記念では、ペリエ騎手に目一杯に追われても、シンボリクリスエスは真っ直ぐに走り、2着のリンカーンになんと9馬身もの差をつけて圧勝した。

(第10回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第8回

Tyoukyou09

次は、坂路に対して平地で行われる②ウッドチップコースと③ダートコースに話を移したい。

平地調教と前述の坂路調教の違いは、厳密に言うと、平地調教は有酸素運動的な効果がより多く見込まれるということだろう。たとえば、ダイエットをする時に、激しい運動を短い時間で行うのではなく、比較的緩やかな運動を長い時間をかける方が効果的だとされるが、平地調教はどちらかと言うと後者の運動である。実際に長い距離を、息を入れながらジックリ時間をかけて調教していくため、その疲労度は高く、馬体を絞る効果もある。冬場のレースで、坂路コースで調教された馬が大幅な馬体増で凡走することがあるのは、つまりこういうことだ。

さらに、平地調教だけで鍛えられた馬を、坂路調教だけで鍛えられた馬を比べると、筋肉の付き方が違ってくることが分かる。前者は長距離馬らしいスリムな体型になり、後者は短距離馬らしい筋骨隆々の体型になる。

たとえば、アドマイヤムーンを管理した松田博資調教師は、平地のウッドチップコースを中心として調教するが、その管理馬にはベガ、タイムパラドックス、アドマイヤドンなど、たとえ短距離血統の馬でも、絞り込まれたスリムな体型の馬が多い。対して、坂路コースを中心として馬を仕上げる松田国英調教師の管理馬には、タニノギムレット、キングカメハメハ、クロフネ、ダイワスカーレットなど、たとえ長距離血統の馬であっても、筋骨隆々のマッチョな体型の馬が多い。

坂路コースでもスタミナを強化することは出来るが、やはり長距離戦向きの肉体やスタミナを養うという点については、平地コースの方に一日の長があるということだ。

また、同じ平地調教であっても、やはりウッドチップコースとダートコースでの調教には違いがある。

ウッドチップコースは木片が敷き詰められているため、馬の脚にダートコースで追い切るほどの負担が掛からない。よって、ウッドチップコースでは追い切ることが出来ても、ダートコースでは難しいという馬もいて、現状としては、ダートよりもウッドチップコースを使う調教師の方が圧倒的に多い。脚元に掛かる負担を少なくしつつ、体全体には負荷を掛けながら、長距離馬としての筋肉やスタミナを作っていくという点において、極めて効果的な調教コースなのである。

血統的、体型的にスタミナに不安のある馬がウッドチップコースで調教されたことによって、距離をこなせるようになることもある。上に挙げたアドマイヤムーンなどは、典型的な例だろう。3歳時(天皇賞秋)の馬体と、最後のジャパンカップ出走時の馬体を見比べてみて欲しい。拳1個か1個半分ぐらいは馬体(胴部)が伸びていることが分かる。

3歳時(天皇賞秋)
Admiremoon01
引用元:競馬ブック

ジャパンカップ時
Admiremoon02
引用元:競馬ブック

父エンドスイープ、母父サンデーサイレンスという血統で、かつ3歳時は胴の詰まった体型をしていた同馬が、ウッドチップコースを中心として調教されたことによって、最後は2400mのジャパンカップを勝つのだから驚きである。調教によって馬は造ることが出来るということの証明でもあり、この年の優秀技術調教師に松田博資調教師が選出されたのも当然の結果だろう。

しかし、ウッドチップコースにも欠点はあり、ダートコースに比べて走りにくいため、馬が力を入れて走らなければならず、馬によっては筋肉や腱に負担が掛かりすぎてしまうこともある。実際に地方競馬でダートだけを使ってこれまで調教されてきた馬が、中央に移籍し、ウッドチップコースで調教をされたら、ガタガタになってしまったという例もある。

たとえば、骨が弱い馬がいるとすると、ダートならソエで済むところが、ウッドだと骨折という憂き目に遭うこともあるという。脚元に負担が掛からないはずのウッドチップコースも、ハードな調教に堪えられる馬でなければ、その激しさゆえに、馬を傷めてしまったり、大きなアクシデントに繋がってしまう可能性もあるということである。つまり、走られる体がしっかり出来ていない馬に関しては、比較的負荷の少ないダートコースで追い切るほうが良策ということだ。

もう一つ、ゴスホークケンのように、ウッドチップコースでは木片で蹄の裏を傷めてしまうという馬にとっては、ダートコースで調教することもあり得る。ウッドチップ以外にも、歩いていて金属片が刺さったり、思いっきり小石を踏んずけたりして、蹄の底を痛めてしまうことを「挫石」といい、蹄の弱い馬がなりやすい。それほど重症にはならず、1~2週間ほどそっとしておけば治るのだが、その間はもちろん調教が出来ない。

これは余談だが、藤沢和雄厩舎の馬房前の砂地には、常に箒(ほうき)の目が立てられている。馬は厩舎の外に出る時には必ずこの砂地を通るため、そこに釘などの異物が落ちていた時にはすぐに誰かが気付くようになっていなければならないという理由である。馬や人の足跡が付きっぱなしの状態では、異物が落ちていても誰も気付かず、馬がそれを踏んで挫石してしまってからでは遅いのだ。サラブレッドの蹄にはそれほどに慎重にならなければならず、つまり「蹄なくして馬なし」ということである。

以上がウッドチップコースとダートコースの使用上の違いだが、1周距離の違いによっても2つのコースが使い分けられることもある。たとえば、栗東トレセンのBコース(ダートコース)は、小回りで砂が軽く、時計が出やすいので、古馬にとっては負荷の掛からないコースだが、新馬にとってはコーナリングの練習にちょうど良いという。Bコースの1周は1600mで、京都競馬場のダートコースとほとんど同じなのである。そのような用途としても、調教のコースは使い分けられることもあるということだ。

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集中連載:「調教のすべて」第7回

6の「後躯(腰)の強化につながる」は、坂路コースは後肢に負担が掛かりやすいので、自然と腰から尻にかけての強化につながっていくということだ。坂路に入れたての頃は、後肢に負担が掛かりすぎて、どうしても腰に疲れが出てしまうのだが、腰は一気には壊れることはない。腰に疲れが出てきたときには調教を軽めにする、ということを繰り返していると、グングンと腰が強くなっていく。腰が強くなれば、坂路コースは腰に疲れが出やすいという欠点はあるが、それを乗り越えていけば、逆に欠点が長所となるのである。

腰が強くなれば、当然のことながらレースで成績は上がる。たとえば、ハーツクライは5歳の秋にして、ようやく本格化したのだが、それまでは腰が甘くて、道中でレースのペースについて行くのがやっとの馬であった。最後は素質で追い込んで来ても、時すでに遅しというレースを繰り返していた。5歳の夏休みを経て、腰がパンとしたハーツクライは、ジャパンカップではレコード決着の2着、続く有馬記念ではあのディープインパクトに土を付け、ドバイシーマクラシックでは逃げ切り勝ちを演じ、キングジョージでは歴史に残る名勝負を繰り広げた。

Tyoukyou08

最後のジャパンカップはノド鳴りの影響で惨敗してしまったが、腰がパンとしてからのハーツクライは、ディープインパクトに匹敵するだけの強さを持っていた。それもこれも、橋口厩舎のノウハウが詰まった坂路調教の賜物であったように思う。もしハーツクライを平坦コースでしか調教できなかったとすれば、果たしてG1レースを勝てるだけの馬になっていたかどうか疑問であるし、あれだけの本格化はまず望めなかっただろう。

7の「頭が低くなる」は、坂路コースは前のめりのフォームでなければ上がれないため、自然とそういうフォームになるということである。頭が低くなるということは、首をうまく使い、前脚の伸びが良くなることにもつながる。もちろん、生まれつき首の高いフォームで走る馬を、その欠点を少しでも矯正するため、坂路コースに入れることも多い。

次に、美浦トレセン(関東)と栗東トレセン(関西)における、坂路コースの違いについて説明したい。同じ坂路コースでも、両者では全体距離や勾配までが違ってくるのである(下図参照)。

栗東トレセン
Rittouhanro

美浦トレセン
Mihohanro

まず大きく異なる点は、何といっても高低差である。栗東トレセンの坂路コースが32mの高低差があるのに対し、美浦トレセンのそれは18mしかない。それに対し、坂路コース全体の距離は栗東トレセンが1085m、美浦トレセンが1200mであるから、その勾配の違いは歴然としている。

また、調教タイムを計測する区間(800m)までの助走距離も異なる。栗東トレセンは、スタートしてわずか70mの助走距離で坂路を駆け上がっていくのに対し、美浦トレセンでは270mもの助走距離があってから坂路を登ることが出来る。総じて美浦の坂路コースの計時タイムの方が速いのは、これが大きな理由である。

つまり、勾配が強いことに加え、助走距離が短いことも手伝って、美浦に比べ、栗東の坂路コースでは競走馬にとって厳しい調教が課せられることになる。美浦に坂路コースが出来ても、一向に関西馬との力差が埋まらなかったのは、この坂路コースの規格の違いによるところが大きい。なるべく助走をつけずに駆け上がるなどの工夫をしても、いかんせん勾配の違いだけは避けがたい。

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集中連載:「調教のすべて」第6回

4の「運動時間が長くなる」については、坂路コースで調教するにはどうしても時間が掛かり、それが運動量の増加につながるということである。従来のコースでの調教では、コースで15分間、厩舎から調教馬場への行き帰りで20分間として、合計しても40分もかからなかった。ところが、坂路では一度駆け上がったら、ダクで坂を下り、逍遥馬道を15分~20分くらいかけて歩いて坂路のスタート地点に戻らなければならない。これを何度も繰り返すのだから、1頭につき1時間以上の時間をかけて調教していることになる。

前述した森秀行厩舎では通常1本しか追い切られないが、準備運動として1時間歩かせてから坂路コースに入り、調教が終わると、クーリングダウンとしてまた1時間歩かせるという。時計になる調教は変わらなくても、それ以外の部分での運動量が多いということである。西高東低の理由として、坂路コースが出来たことは目に見えるそれだが、坂路コースを使うことに伴う運動量の増加が本質的な理由だと森調教師は言う。馬にとっては、歩くことも大切なトレーニングになるのだ。

Tyoukyou02これは余談になるが、馬を歩かせることを常歩(なみあし)というが、常歩は意識して歩くことなので、馬はこれが好きではない。しかし、人に引かれて歩くときは必ずそうするのだと教えておくと、馬は勝手な行動をしなくなり、人間の指示に素直に従うようになる。それによって、人も馬もより安全になるだけではなく、レースに行ってもジョッキーの合図にきちんと応えて走られる馬になる。

また、常歩は足腰の筋肉を鍛えるのに良い。馬の足腰は走ることによっても鍛えられるが、常歩ではそれとはまた違った筋肉の使い方をするので、毎日きっちりと常歩を続けていると、筋肉の付き方が変わってくるのだ。コースを走るだけの調教ではアンバランスになりがちな筋肉の発達を、常歩で歩くことによって防ぐことが出来るのである。

つまり、きちんと歩けない馬はレースでも走らないのである。競馬場のパドックでも、きちんと歩けているかどうかは常にチェックしておくべきだろう。特に若駒戦や未勝利戦でよく見られるが、脚を引きずってダラダラと歩いたり、きちんと足を上げてリズミカルに歩けていないような馬は、レースに行っても気性の悪さを出してあっさり負けてしまうケースが多い。

5の「ピッチ走法をマスター出来る」については、坂路コースは大股では上れないので、小股で脚を速く出そうとするため、自然とピッチ走法をマスターできるということだ。ピッチ走法を覚えると、ゲートから出て、すぐにスピードに乗れる、つまりスッと良いポジションを取られるようになるという利点がある。短距離が中心の新馬戦で、坂路コースで調教された馬が活躍するのは、スタートダッシュの力を養うことが出来るからでもある。

最近でいうと、アストンマーチャンは典型的なピッチ走法である。普通の馬なら31歩で駆け上がってくるところを、35歩かかると言われている。それでも、51秒台で登坂してくる以上、よほど脚の回転数が多いのだろう。究極のピッチ走法であるアストンマーチャンが、速さ自慢の猛者たちが集まるスプリンターズSでも楽にハナを切れたのは、決して不思議なことではない。

Tyoukyou07 by gradeone

それから、ピッチ走法をマスターすることによって、瞬発力を養えるということもある。ここで言う瞬発力とは、上がり3ハロン33秒といった俗に言う“切れる”という意味とは少し違う。勝負どころの直線で騎手がゴーサインを出した時に、即座に反応して伸びることが出来るかどうかということである。瞬時に脚の回転を速くしなければならないが、その際、ピッチ走法をマスターしていることが瞬発力につながるということだ。

たとえば、ポップロックはなかなかG1レースを勝ち切れない馬だが、この馬には瞬発力がないという欠点がある。勝負どころで器用な脚が使えないからこそ、他馬よりもエンジンの掛かりが遅くなってしまい、ジワジワとは伸びるが最後は届かないというレースを繰り返すことになる。府中や京都の外回りのコースであれば克服可能だが、小回りや直線の短い競馬場では苦戦を強いられる。実際に、ポップロックも坂路コースで調教されることはあるが、ピッチ走法で走ることが出来ないため、速い時計が出ない。

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集中連載:「調教のすべて」第5回

それでは、コースについて話を進めて行きたい。

具体的なコースの種類は以下のとおりである(カッコ内は代表的な表記方法)。

①坂路コース(美坂、栗坂)
②ウッドチップコース(南W、CW、DW、函W)
③ダートコース(南D、北C、北B、栗B、栗E、札ダ、函ダ、小ダ)
④芝コース(南芝、栗D)
⑤ニューポリトラックコース(美ポもしくは南P)
⑥プール(プール)

①の坂路コースは、ご存知のとおり、競馬界に大きな革命をもたらした調教コースである。昭和62年に栗東トレセンに新設されるや、確実に効果を上げ、それまでの関東馬優勢の潮流を一気にひっくり返し、その西高東低の流れは現在に至るまで続いている。一方、美浦トレセンでも平成5年に坂路コースが新設されたものの、直線部分の短さなどの問題もあり、未だ関西馬優勢の流れを変えるまでには至っていないのが現状である。

ちなみに、2007年度の年度代表馬および部門別最優秀馬は、かろうじてゴスホークケン、ダイワメジャー、コイウタの3頭の関東馬が選出されたものの、年度代表馬のアドマイヤムーンを筆頭に、11頭中8頭を関西馬が占めている。今でこそそのような状況だが、坂路コースが出来る直前までは、なんと年度代表馬の各部門に関西馬が1頭も選出されない年もあったというから驚きだ。もちろん、坂路コースが全てではないが、強いサラブレッドを作る大きな要素となっていることには異論はないだろう。

坂路コースの利点として、思いつくところを順に挙げてみたい。

1、故障が少なくなる
2、心肺機能が鍛えられる(スタミナがつく)
3、引っ掛かる馬を落ち着かせる
4、運動時間が長くなる
5、ピッチ走法をマスター出来る
6、後躯(腰)の強化につながる
7、頭が低くなる

1の「故障が少なくなる」については、馬場がウッドチップなのでクッションがよくて柔らかいということと、もっと単純に、坂路なので平坦で走るようなスピードが出ないことが理由である。競走馬はスピードが出れば出るほど故障しやすくなり、骨折するケースも多くなる。

また、坂路を走る時の走り方は、後脚に掛かる負担が大きく、前脚のそれは平坦コースに比べ、かなり軽くなる。競走馬の故障のほとんどは前脚の部分なので、前脚に負担の少ない坂路コースで故障が少ないのは当然のことであろう。

2007年度こそ不振に終わったが、栗東で坂路コースを中心として調教を行う森秀行厩舎の馬は、滅多に故障しないことで有名である。レースに出走するような馬でも、騎手が乗って怖くなるような脚元がおぼつかない馬もいるが、森厩舎の馬は安心して乗っていられるという。それはやはり坂路で前脚に負担を掛けないように乗られているということが大きい。だからこそ、たとえばノボトゥルーやシーキングザダイヤのように、高齢まで走り続けることの出来る馬が森厩舎には多いのだ。

Tyoukyou05 by sashiko

故障が少なくなるということは、坂路コースは少し脚元に不安のある馬やソエが出てきた馬に対して使うこともあるということだ。これまで平地コースで追い切られていた馬が、急に坂路コースのみで調教をし始めたら、脚元に不安があるのかもしれないと疑ってみても良いだろう。

2の「心肺機能が鍛えられる」は、坂路調教がインターバルトレーニングになるからである。駆け足で登り、常歩で下るという繰り返しをすることによって、心肺機能の強化につながるのだ。また、同じ距離を走るのでも、平地より坂路の方がキツいのは当然で、坂路コースでの4F(800m)は平地のコースの2000m以上に相当すると言われている。坂路コースでは長距離戦に必要なスタミナはつかないという説もあるが、そんなことはないだろう。

思いつくところでは、坂路を中心として調教されたダインスインザダーク、エアシャカール、ザッツザプレンティ、ソングオブウインドが菊花賞を勝ち、スズカマンボは天皇賞春を勝ち、ビワハヤヒデ、ヒシミラクルはそのどちらにも勝利している。坂路コースは、長い距離をゆったり走るトレーニングではないが、心肺機能を高めることでスタミナを強化することも出来るということの証明である。

Tyoukyou06 by sashiko

3の「引っ掛かる馬を落ち着かせる」は、インターバルトレーニングと大いに関係がある。激しい運動をしたあと、林の間の馬道を常歩で歩くことによって、精神の沈静化をうながし、馬が落ち着くということだ。平坦コースの場合、コースに入ってから出るまで、ずっと走っているので馬がカッカしてしまうのである。引っ掛かって行ってしまうような馬は、平坦コースではますます引っ掛かるが、坂路に入れると落ち着くことが多い。また、坂路コースは一気に行ってしまうと最後まで持たないので、引っ掛かる馬にとっては、息を入れながら走る練習にもなる。

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集中連載:「調教のすべて」第4回

次に、追い切りが行われた「コース」について述べていきたい。

中央競馬では馬1頭1頭に必要な調教を施すことが出来るように様々な種類の施設が設けられていて、関東(美浦トレーニングセンター)と関西(栗東トレーニングセンター)ではわずかに施設が異なる。具体的なコースの種類に話を進める前に、まずは美浦トレセンと栗東トレセンについて説明しておきたい。

★美浦トレーニングセンター★

北馬場
Mihokitababa

・Aコース 内がダートコース(1370m)、外が障害専用の芝コース(1447m)
・Bコース ダートコース(1600m)
・Cコース ダートコース(1800m)

南馬場
Mihominamibaba

・Aコース ダートコース(1370m)
・Bコース ウッドチップコース(1600m)
・Cコース 内が芝コース(1800m)、外がニューポリトラックコース(1858m)
・Dコース ダートコース(2000m)

美浦トレーニングセンターは昭和53年に開設され、北と南に2つのトラックコースを持つ。しかし、南馬場にはウッドチップコースや坂路コース、そしてニューポリトラックコースがあるのに対し、北馬場には障害コースやダートコースしかない。この施設の差からも分かるように、現在、美浦トレセンでは北馬場と南馬場で調教を行う馬の数に大きな差がついてしまっている。北馬場所属でも、南馬場で調教をつける厩舎がほとんどである。

もちろん、北馬場にも存在意義がないわけではなく、たとえば前の週にレースを使った馬や追い切った翌日の木曜日にダク(速足のこと)を踏んだり、キャンター(駈足のこと)で流したりする時には北馬場を使う厩舎もある。その程度の調教であれば、北馬場でも行うことが出来るので、わざわざ混雑を極める南馬場に出て行って、馬にストレスを強いること必要がないからである。


★栗東トレーニングセンター★

フラットコース
Rittoubaba

・Aコース 芝コース(1450m)
・Bコース ダートコース(1600m)
・Cコース ウッドチップコース(1800m)
・Dコース 内が芝コース(1950m)、外がウッドチップコース(2063m)
・Eコース ダートコース(2200m)

坂路コース
Rittouhanro01

栗東トレーニングセンターは昭和44年に開設され、広大な土地に、6つのフラットコースに坂路コースを併せ持つ。美浦トレセンと大きく違うところは、坂路コースがフラットコースとは別の場所に設けられており、直線的に駆け上がることが出来るということである。坂路調教が終われば、逍遥馬道を通ってスタート地点に戻ってくるという、完全に一つの施設となっている。

ちなみに、栗東トレセンは交通の便が良く、小倉へは約7時間半、新潟へも約6時間で行くことが可能である。美浦トレセンはというと、新潟へは約6時間で行くことが出来るが、小倉へ行くにはなんと19時間もかかってしまうのである。関東馬が夏に小倉へ遠征することが極めてリスキーであるのに対し、関西馬は栗東トレセンにいながら小倉か新潟かを選ぶことが出来るのだ。このあたりの地理的格差も、関西馬が躍進しているひとつの理由でもあるだろう。

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集中連載:「調教のすべて」第3回

それでは最初に、調教時計の見方から説明してきたい。新聞等によって若干の違いはあるが、基本的な部分は変わらないので、ここではnetkeiba.comの表記方法を用いて、昨年の宝塚記念に臨むアドマイヤムーンの調教時計を示すと、以下のようになる。

アドマイヤムーン
6/09(土) DW 重 助手      73.5-57.3-42.2-12.0 ⑨ 馬なり
6/10(日) 栗坂 稍 助手      55.8-41.3-27.7-13.9   馬なり
6/13(水) DW 良 岩田   85.4-69.0-53.7-39.5-11.2 ⑨ 一杯
6/16(土) DW 稍 助手 (7)98.4-69.2-55.0-41.1-12.7 ⑨ 馬なり
6/21(木) DW 良 助手 (7)95.6-66.5-52.5-38.3-11.5 ⑨ 一杯

一番左から簡単に説明すると、「調教が行われた日」、「コース」、「馬場状態」、「騎乗者」、「タイム」、「走ったコースの内外」、「追われ方」となる。これだけではあまりにも簡略すぎるので、ひとつずつ詳しく述べていきたい。

「調教が行われた月日」を見てもらうと、宝塚記念に臨むにあたってのアドマイヤムーンの最終追い切りが6月21日(木)に行われたことが分かる。1週間前追い切りは6月13日(水)で、それ以外、中間は3本の時計を出している。

調教は基本的に毎日するものだが、ダクやキャンターで馬場を回るような軽い調教は調教時計としては扱われない。具体的に言うと、1ハロン15秒以上で走った調教は調教時計として公表されることはない。上のアドマイヤムーンの例で述べると、香港遠征から栗東に戻ってきてから宝塚記念までの間に、1週間前追い切りと最終追い切りを含め、1ハロン15秒以下の速さでの追い切りが計5本あったということになる。

それから、ふと疑問に思った方もいるはずなので説明しておくと、宝塚記念に臨むにあたってのアドマイヤムーンの最終追い切りは木曜日に行われている。通常、最終追い切り、そして1週間前追い切りは水曜日に行われるのが一般的である。それは土曜日のレースに出走する馬も、日曜日のレースに出走する馬も同じである。全休明けの火曜日に軽めの運動で体を作り、水曜日に最終的な追い切りをかけるというわけである。それでは、なぜアドマイヤムーンの最終追い切りは木曜日になったのだろうか?

結論から述べると、それほど深い意味はない。日曜日のレースに出走する馬で、たまに木曜日に最終追い切りをかけられるケースがあるが、ほとんどが天候やコースの馬場状態の問題であることが多い。水曜日は雨が降って下(馬場)が悪くなりそうだからとか、周りになるべく馬の少ない混雑していない中で追い切りたいとか、そういうほんの些細な理由である。

たとえば、ディープインパクトのラストランとなった有馬記念に臨む過程において、陣営は最終追い切りを木曜日と予定していたが、急遽水曜日に変更した。この際、池江泰郎調教師はこうコメントした。

「朝になって調教を変えることはありますから。木曜が妥当だとは思っていましたが天候が悪い感じもあったので。先週速い時計を出しているから、いく分ゆっくりとね。予定通りの調教ができました。」

暮れの時期の天候不順を考慮して木曜日に変えたものを、慎重を喫して、再度普段どおりの水曜日に変更したのだ。そして、ジャパンカップ時には及ばなかったものの、フランスに遠征する前とは比べものにならない時計と動きでディープインパクトは最終追い切りを終えた。

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木曜追いには、脚元や蹄に不安があったり、馬体が細化してしまっていて、回復を1日でも待ってから追い切りたいという理由もあるにはあるだろう。しかし、そこまでの状態であれば情報として伝わってくるはずで、特に何もない状況での木曜追いには深い意味はない。水曜日に追い切りをしなければならないという決まりがない以上、いつ追い切るかはあくまでも調教師の判断である。

(第4回に続く→)


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集中連載:「調教のすべて」第2回

平成19年11月16日、美浦トレーニングセンターに、ニューポリトラック馬場が完成した。そして、わずか1ヶ月も経たないうちに、ゴスホークケンが朝日杯フューチュリティSを逃げ切り、ニューポリトラック調教馬として初めてのG1勝利を飾った。奇しくも、ミホノブルボン以来となる、朝日杯ヂューチュリティSの逃げ切りであった(正確に言うとミホノブルボンは押し切り)。例年に比べ、極端なハイペースにならなかったことは確かだが、それでも逃げ切りが難しい朝日杯フューチュリティSを押し切ったのだから、ゴスホークケンの強さは素直に評価してよいだろう。

ゴスホークケンは新馬戦を1分34秒9という好タイムで圧勝するや、次走、いきなり重賞である東京スポーツ杯に目標を定めた。そこではキャリア1戦にもかかわらず、初戦の勝ちっぷりや、迫力たっぷりの馬体から溢れ出る素質が高く評価され、何と1番人気に支持されることになった。しかし、プラス12kgの馬体重で出走し、レースでは2番手を追走したものの、直線では伸び切れずに4着を確保するのが精一杯という結果に終わってしまった。

惨敗を喫してしまった理由は明らかである。ゴスホークケンは東京スポーツ杯に臨む中間、左前脚の球節に骨膜炎が出てしまい、思い切った調教が出来なかったのである。もちろん、そんな状況の中でも、斉藤誠調教師は精一杯の仕上げを施し、勝つ意志を持ってゴスホークケンを出走させたのだろうが、現実はそんなに甘くなかった。

ここで、ゴスホークケンが東京スポーツ杯に臨むにあたっての調教内容(1週間前と最終追い切り)を、朝日杯フューチュリティS時のそれと比較してみたい。

東京スポーツ杯
11/07 南D良 田中勝 72.3-56.1-41.1-12.1 ⑦ 馬也 (1週間前)
11/14 南D良 田中勝 68.0-53.6-40.2-12.3 ⑥ 馬也 (最終追い切り)

朝日杯フューチュリティS
11/29 美ポ 中谷 81.4-66.6-53.3-39.8-11.5 ⑦ G強 (1週間前)
12/05 美ポ 中谷  65.0-50.4-37.2-11.6 ⑥ 馬也 (最終追い切り)

調教内容の見方については後ほど詳しく説明するが、まず気が付くのは、追い切りが行われたコースの違いである。東京スポーツ杯が行われた時点では、まだニューポリトラック馬場は完成していなかったので当然だが、南Dコースで追い切りが行われている(Dコースとはダートコースのこと)。実は、ゴスホークケンはデビュー戦の前はウッドチップコースで追われていたのだが、後ろ肢の踏み込みが深い同馬は、ウッドチップ(木片)で蹄の裏を傷めてしまった。そのため、東京スポーツ杯ではダートコースで追い切られたのである。

しかし、蹄の裏を傷めただけではなく、左前脚の球節の骨膜炎を患っていたため、脚元に負荷の掛かりやすいダートコースではビッシリと追い切ることが難しく、1週間前も最終追い切りも馬なりの調整に終始せざるを得なかった。たとえ馬なりでも、しっかりとした時計が出ていれば問題ないのだが、時計的にも5ハロンで68秒0という、重賞に臨むにあたってはいささか物足りない内容であった。この調教内容では、当日のプラス20kgは、成長分を含めても重め残りと考えて間違いないだろう。それでも1番人気になったのは、ゴスホークケンの素質が買われたということもあるが、案外、調教の内容について無関心な競馬ファンの存在もあったのではないかと邪推する。

ニューポリトラック馬場が朝日杯フューチュリティS前に完成したことは、ゴスホークケンにとって大きな福音になった。1週間前の追い切りでは、6ハロンから長めに行って、ゴール前で強めに追うことが出来た。これもクッション性が良く、蹄の裏を傷めることのないニューポリトラック馬場だからこその強気の調教であった。1週間前に長めから強く追われたゴスホークケンは、最終追い切りの時点でほぼ仕上がっており、馬なりで5ハロン65秒、ラストの1ハロンも追うことなく11秒6というスムーズな走りであった。

Tyoukyou03 by M-style

ニューポリトラック馬場でキッチリ追い切られたことによって、ゴスホークケンの体調は明らかに一変した。回避馬が出て8分の1の抽選をくぐり抜けたことや、レースではすんなりハナに立ち自分のペースで走れたことも勝因のひとつではあるが、ゴスホークケンが力を出し切れる体調にあったことが大前提であることは言うまでもない。もしニューポリトラック馬場が11月16日に完成していなければ、ゴスホークケンではない他の馬が朝日杯フューチュリティSを勝っていたのではないだろうか。

ミホノブルボンやゴスホークケンのように、競走馬はどのようなハードとソフトで調教されるか(されたか)によって、競走成績だけではなく、その運命さえも変わってくると言っても過言ではない。つまり、どのような施設を使って、どのような内容のトレーニングをしたかが、その馬の成績や能力に直接、反映されるということである。だからこそ、調教師を筆頭とした関係者たちは、どのような調教を施すべきか常に頭を悩ませている。そこには成功もあれば、大きな声では言えない失敗もたくさんあるに違いない。もちろん、レースの結果を予想する立場にいる私たちも、馬の体調や能力を見極めるために、調教を見ない手はないだろう。いや、自分がまるで調教師になったように見るべきなのである。

(第3回へ続く→)

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集中連載:「調教のすべて」第1回

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「もし坂路コースがなければ、ミホノブルボンはダービーはおろか、たった1勝することも出来ずにターフを去っていたかもしれない」

2冠馬ミホノブルボンを管理した、故戸山為夫調教師の弁である。

栗東トレセンに坂路コースが出来たのは、今からおよそ20年前のこと。今でこそ関西馬が強くなったのは坂路コースのおかげともてはやされているが、完成当初の調教師たちの反応は冷ややかなものであった。実際に、坂路コースを使って追い切られる馬などほとんどいなかった。そんな中、故戸山為夫調教師は、坂路コースに活路を見出し、坂路コースに己の調教師生命を賭けた一人であった。

父マグニチュード、母カツミエコーという、これといって目立ったところのない短距離血統のミホノブルボンは、当時、1億円以上の煌びやかな血統を誇る高馬が続出する中、1000万にも満たない価格でひそやかに取引された安馬であった。しかも、脚元には不安があり、頭が高く、走る姿勢が悪かった。

しかし、ミホノブルボンは故戸山為夫調教師によって坂路コースで鍛え抜かれた。「坂路の申し子」と呼ばれ、通常1日2~3本の厩舎が多い中で、1日4本、多い時には1日に5本も登坂することもあった。ミホノブルボンのトモは異常なほどに発達し、幾層の山のように盛り上がっていた。私もパドックで実際にミホノブルボンを見たことがあるのだが、他馬の2倍の大きさがあると言われたお尻から伝わってくる力強さに、しばし圧倒されたものだ。

何と言っても、今でも記憶に残っているのは、惜しくも3冠を取り逃がした菊花賞である。玉砕的に逃げたキョウエイボーガンにペースを乱されながらも、希代のステイヤーであるライスシャワーに最後の最後まで食い下がった走りは、まさに負けて強しであった。それでも、故戸山為夫調教師はジョッキーであった小島貞博に対し、「どうしてミホノブルボンを信じることが出来なかったのだ?」と諭したとされる。この菊花賞を最後にミホノブルボンは引退してしまったが、坂路で内容の濃い調教を積み重ねることによって、距離までも克服できることを証明したのである。

もし坂路コースがなければ、脚元に不安のあったミホノブルボンをここまで鍛え上げることは不可能であっただろう。頭の高い走法も改善されることなく、スタミナのロスも大きかったに違いない。3000mの距離など論外で、もしかすると血統どおりマイル戦でパタッと止まってしまうような馬で終わっていたかもしれない。冒頭の言葉は決して謙遜ではなく、数々の名馬を坂路コースで育て上げてきた故戸山為夫調教師の本音であったように思える。

故戸山為夫調教師は、ちょうどミホノブルボンが入厩してきた頃に食道ガンに冒され、引退する前に息を引き取った。「私から馬を取ったらガンしか残らない」と冗談を言いながら、坂路調教で馬を鍛え上げることに執念を燃やし続けた。スパルタ調教と酷評されても、馬は鍛えて強くなるという信念を曲げることは決してなかった。そのおかげで、今日の坂路調教の基礎があると言っても過言ではない。故戸山調教師の試行錯誤が、現在の坂路コースのノウハウにつながっているのは確かなのである。

(第2回へ続く→)


おまけ
YouTube:時代を熱くした馬、ミホノブルボン

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■ダートの馬場状態
次はダートコースにおける馬場について話を移したい。芝の馬場状態を把握する時と同じように、(1)どれくらいの重さ(軽さ)か?(2)馬場の内外で差はないか?(3)レースで極端な傾向はないか?の3項目に絞って考えてみたい。

まず、(1)どれぐらいの重さ(軽さ)かについては、①砂の深さ(厚さ)②砂の質③馬場が含んでいる水分の量によって大きく変わってくる。

とは言っても、現在では、ダートコースの①砂の深さは8cmに統一されており(滞在馬が多い札幌、函館、小倉競馬場は調教用に砂厚を8.5cmにしているが)、また全ての競馬場において青森県の六ヶ所村から採った山砂が使われているため、どの競馬場のダートコースも、①砂の深さ、②砂の質という点においてはほとんど差がない

そのため、ダートの重さは、③馬場が含んでいる水分の量によって大きく変化する。水分を含んでいればいるほど砂が引き締まり、脚抜きがよくなることによって、馬にとっては走りやすい、軽い馬場状態になる。つまり、芝とは正反対に、ダートでは「良」→「稍重」→「重」の順に馬場が軽くなっていくと考えてよい。ただし、「不良」のダートについては、脚抜きは良いが水が表面に浮いているため、かえって走りにくい馬場となる。

また、馬場が含んでいる水分の量は主に降雨の影響が大きいが、それ以外にも「季節」や「砂を洗った時期」にも影響されることがある。

「季節」については、たとえ同じ良馬場だとしても、適度に水分を含んだ春や秋は走りやすい馬場となるが、砂中の水分が蒸発しやすい夏場と、乾燥しやすい冬場の馬場は比較的重くなる。

「砂を洗った時期」については、砂を洗った直後はサラサラになるため、一時的に引っ掛かりが悪く、走りにくい馬場になる。開催が進むにつれ、どうしても砂は汚れてきて、脚のかかりが良くなって走りやすくなる面はあるが、クッション性が失われてしまう。そのため、どの競馬場も年に1~2度は開催終了後に砂を洗う。たとえば東京競馬場の場合、ダービーの開催が終わって、夏から初秋までの間に行われる。そのため、秋競馬の最初は時計の掛かるダートになることが多い。砂を洗う時期は競馬場によって異なってくるので、JRAのホームページの「馬場情報」でチェックしておくべきであろう。

(2)の内外で差はないかについては、レースが進むにつれて砂は内側に流れるということは知っておくべきである。排水の関係で内側が低くなっているからである。日曜日の最終レースに近づくにつれ内側が重くなっていくのだが、競馬のない平日に内側にたまった砂をコース中央部に戻す作業が行われるため、実際にはトラックバイアスというほどの有利不利はほとんど生じない。ダートという馬場の特性上、やはり芝の馬場に比べると内外のトラックバイアスは少ないと考えてよいだろう。

さらに細かいことを言うと、土曜日に雨が降った翌日の日曜日や、午前中に雨が降った日曜日の午後などは、内側に砂が流れて重くなるということ、札幌、函館、小倉競馬場に関してだけは、調教用に使われる内側2頭分くらいの幅の砂が深くなっているので、内に入った馬が不利になることは知っておいてもよいかもしれない。

(3)のレースで極端な傾向はないか?については、ダートの馬場は雨が降って走りやすくなると、非力な牝馬が活躍する傾向がある。この傾向は特に地方競馬で顕著である。中央競馬であれば芝のレースを使えば良いだけの話だが、ダートしかない地方競馬では、たとえ非力な牝馬でもダートを走らざるをえない。そうした中、普段はパワー不足で負けていた牝馬が、適度に雨が降ってパワーをさほど必要としない馬場になるため、スピードと切れ味で牡馬を相手にあっと驚く好走をすることがあるのだ。

もしそれ以外に極端な傾向があるとすれば、それは馬場状態ではなく、コース設定(形態)によるものである。たとえば、中山のダート1800mは時計が掛かり、前に行った(行ける)馬が極端に有利とされるが、これは中山競馬場のダートコースが全競馬場の中で最も起伏に富む(最大高低差4.4m)ことに起因する部分が大きい。1周回って来た時には、どの馬もすっかりスタミナを消耗してしまっていて、前もバテているが後ろも同じくらいバテているという、行った行ったの典型になりやすいからである。

Goodbaba04 by fake Place

■「場」を知ること
最後に、最近アメリカで話題になっているポリトラックの馬場の話をして締めくくりたい。ポリトラックの馬場とは、ゴムや電線の被覆絶縁体等の廃材、ワックスされた砂、弾力性のある繊維などを活用したものであり、水はけがよく全天候型であるだけではなく、砂ぼこりを抑制するため人馬の健康面にも良く、さらに競走馬の脚元への負担が極端に少ないとされている。現在、カリフォルニア州のすべての競馬場は、従来のダートの馬場ではなく、ポリトラックのような合成素材の馬場を設置することが義務付けられている(日本でも平成19年11月16日より美浦の南Cコースにニューポリトラックのコースが完成した)。

しかし、これだけ安全であることが証明されているにもかかわらず、ポリトラックの導入に反対する馬主や調教師がいるという。なぜなら、ポリトラックの馬場はスタミナを消耗しやすいので、スタートからガンガン飛ばして行くようなアメリカ的な流れにはならず、自分たちが現在所有している、これまでスピードにモノを言わせて勝ってきた馬にとっては活躍の場を失うことにもなりかねないからである。馬場が変わることは、その国で生産される馬の質を変え、育成手段をも変え、最後には調教を施す人間や、レースで騎乗する騎手をも変えてしまうだけの影響があるのである。

競馬を語る上で「馬場」は避けて通れないものである。数多くの馬たちが、馬場に笑い、そして馬場に泣いてきた。 数々のドラマは、時にはJRAによって演出されることもあるし、時には神の意志に拠るところもあるだろう。あの雨さえなかったら、もしかしたら歴史は変わっていたのかも知れない。ターフの上を疾走するサラブレッドたちは、陸上競技のアスリートたちと同じく、「場」というものに計り知れないほどの影響を受けているのである。そして、競馬の予想をする私たちにとっても、「場」を知ることが大きな助けとなることは間違いない。

(最後まで読んでいただいてありがとうございました)

参考文献
「コースの鬼!2nd Edition」 城崎哲 白夜書房
「コースの達人」 坂井千明 メディアアート出版

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集中連載:「Good 馬場!」第10回

(3)のスタミナに不安のある馬とは、つまりバテやすい馬のことだ。馬は自ら走っている時よりも、バテてからジョッキーに追われた時にこそノメやすい。スタミナが切れてしまうと、ほんの少しバランスを崩しただけで、体勢を立て直すことが出来ずにバラバラの走りになってしまうのである。スタミナ不足の馬は、どうしても他馬よりもノメやすいのである。

Hisimiracle by shinji

(4)の気性が後ろ向きの馬とは、自らハミを取って前へと進んでいかない馬である。道悪はどの馬にとっても走りづらく、馬はハミを頼って走り、ジョッキーはハミを強く掛けることによって安定して走らせる。そのハミをなかなか取ろうとしなかったり、しっかりハミを受けることができない馬は、騎手が操縦しづらいだけではなく、自身の走行も安定しないものになる。ジョッキーがコントロールしづらいので、気性が後ろ向きでハミを取らない馬はノメりやすいのである。

さて、(5)の精神的に弱い馬がなぜ道悪を苦手とするかというと、道悪では良馬場で走るよりもさらに精神的な負担があるからである。重馬場、不良馬場では下が滑って走りにくい上に、前を走る馬が蹴り上げる泥が直撃する。そういったコンディションの中でもひるまず、ムキにならず、最後まで走り抜くことのできる馬でないと重馬場で自分の能力を発揮することは難しい。泥を少し被っただけで走る気をなくしてしまう馬もいるのである。

先にも述べたように、馬の精神的な面は体調によっても大きく左右されるため、一概に精神的に弱い馬だからといって必ず道悪は走らないとは限らないが、とりたてて(1)のベタ爪でもなく、(2)の大跳びでもない馬が重馬場で凡走を繰り返すといった場合には、その馬に精神的な問題があることを疑ってみなければならない。

(6)の切れ味勝負の馬は牝馬に多いのだが、直線での一瞬の速い脚が持ち味の馬は、道悪になることによって切れ味が半減してしまうことになる。「道悪を苦手」というニュアンスとは少し違うが、良馬場でこそ100%発揮される鋭い末脚が、走りにくい馬場状態のために威力を失ってしまうということである。

■重馬場によって有利になる馬
ところで、最初に「道悪を得意とする馬はいない」という前提があったが、道悪になることによって有利になる馬は確かに存在する。それは当然、道悪を苦手とする馬の反対の条件を持った馬ということになる。つまり、「立ち爪で、ピッチ走法で、スタミナ豊富で、気性が前向きで、精神的にタフで、切れ味で勝負しない馬」ということである。しかし、それ以外でも、以下の3つの場合によっては道悪が有利になる馬がいる。

①時計勝負に対応できない馬
②ノド鳴りのする馬
③馬込みを苦手とする馬、揉まれ弱い馬
④首の高い走法の馬
である。

時計勝負に対応できない馬
①時計勝負に対応できない馬とは、そのクラスで勝つための絶対的なスピードがない馬ということである。良馬場だと、いくらスローペースであったとしても、ある程度の時計で走ることができなくてはレースで勝つことはできない。例えばオープンクラスの1600m戦では、少なくとも1分34秒前後の時計で走ることは出来なくては勝負にならないだろう。しかし、雨が降って道悪になれば、勝つために必要とされる時計は遅くなり、1分35秒台でしか走破できない馬にとっても勝つチャンスが生まれるのだ。このことからも、「道悪は荒れる」という考え方は基本的には正しいことになる。

しかし逆に、道悪になることによってスムーズなレースになることもある。なぜかというと、道悪では「馬群がバラける」傾向があるからだ。どの馬も泥を被りたくないため、他馬から前後左右に通常よりも間隔を開けて走ろうとすることが理由である。これは雨の日に自動車を運転する際に、普段よりも車間距離を多くとることと同じである。このように、道悪になると各馬がバラけて走るため、両脇の馬に挟まれたり、馬群から出られなかったりなどといった不利のないスムーズなレースになることもあるのだ。

平成5年のマイルCSは重馬場で行われ、ニシノフラワーと人気を二分したシンコウラブリィが逃げるイイデザオウを直線で交わし、堂々と勝利を収めた。レース前には雨が降り重馬場となったため波乱も予想されたが、逆に道悪で馬群がバラけたことにより、シンコウラブリィにとっては何の不利もないスムーズなレースになったのである。道悪を苦手としない馬にとっては、よほどの不良馬場にならない限り、道悪で馬群がバラけることによって、かえってスムーズなレースができることもあるのである。

②ノド鳴りがする馬とは呼吸器系に問題がある馬である。ノド鳴りの馬は雨の日に強いとよく言われるが、それは雨が降ると空気中の湿度が高くなるため、呼吸が比較的楽になるからである。しかし、元々能力がない馬が、呼吸が楽になった途端に走るかどうかは疑問であり、最近はノド鳴りの馬が雨が降ったため好走したという話をあまり聞いたことがない。ほんの些細な影響だけであって、あまりレースにおける結果には直接反映されないのではないかと考える。

③馬込みを苦手とする馬、揉まれ弱い馬にとっても、道悪が有利に働くことがある。それは前述の通り、道悪では「馬群がバラける」傾向があるからだ。道悪になって馬群がバラけることは、他馬があまりに近くにいると嫌がってレースに集中できないような馬にとっては好ましい条件となる。ただし、馬込みを嫌う馬は気性的に難しいところがある馬が多く、道悪でのレースではどうしても泥を被ってしまうことがあるため、そちらの方を気にしてレースを止めてしまうといったケースも少なくない。泥を被ることは平気だが、馬込みを嫌う(他馬を嫌がる)、もしくは揉まれ弱い馬にとって道悪は有利に働くことになるだろう

④首の高い走法の馬とは、体全体を使って走らない馬のことである。サラブレッドは首から尻尾までが一直線になって走るのが理想的なフォームであり、首の高い走法の馬はお世辞にも美しいとは言えない。また、手先脚先にかなり力を入れて走ることになるので、体全体を使って走る効率の良いフォームでもない。しかし、道悪になった場合に限っては、手脚に力を入れて走るがゆえに、ノメることが少なく安定して走ることができるのだ。

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集中連載:「Good 馬場!」第9回

■最後の直線ではバランスを崩しやすい
特にバランスを崩しやすいのは最後の直線である。いざ最後の直線でラストスパートをしようとした時に、それまでは悪い馬場でも普通に走ってきた馬が、急にバランスを崩し全く伸びないということがよくある。これには2つの理由が考えられる。

ひとつは、最後の直線では、それまで以上のスピードにギアチェンジするため、体全体を使って走らなければならないからである。そのため、最後の直線までは滑らないように小手先で走っていた馬が、最後の直線ではしっかりと体全体を使って走らざるを得ないため、滑ってバランスを崩してしまうのである。

もうひとつは、最後の直線では肉体的、精神的なスタミナが残っていないからである。そのため、ほんの少しバランスを崩しただけで、体勢を立て直すことが出来ずにバラバラの走りになってしまうのである。

平成10年の高松宮記念は、直前の豪雨によって不良馬場で行われた。1番人気に推された武豊騎乗のシーキングザパールは絶好の手応えで4コーナーを回ったにもかかわらず、直線では前にいたシンコウフォレストを捕らえられなかったばかりか、後ろからきたワシントンカラーらにも差されてしまった。

「それにしても、まさか、あんなにノメるとは思っていなかった。レースはほんとうにいい感じで進められていたんですが、いざ追い出してから伸びてくれませんでした」はレース後の武豊騎手のコメントである。大跳びであるシーキングザパールは、4コーナーまではなんとか重馬場をこなしていたが、最後の直線で追い出してからバランスを崩し失速してしまったのである。

このように、道悪に対する巧拙は最後の直線で最もよく現れるのである。道悪のレースで、道中は手応え十分に走っていながらも直線でさっぱり伸びなかった馬は、道悪を苦手とするのではないかどうか疑ってみた方がよい。逆に重馬場において最後の直線でグイグイと伸びるような馬は、重馬場を苦にしない馬だと考えられる。

■状態が良ければ重馬場は克服できる
大跳びの馬は、下が滑るような馬場ではフォームを崩してしまい実力を発揮できないことが多いのだが、その時の馬の状態によっては悪条件を克服してしまうこともあり得る。普段は重馬場を苦手とする馬でも、肉体的、精神的に100%完璧に仕上がり、絶好調といった場合に限っては、重馬場を克服し素晴らしい走りをすることがあるのだ

体全体を使って走る大跳びの馬であるナリタトップロードにとって、重馬場は明らかにマイナスの要因になる。しかし、3歳時の弥生賞においては、直前に雨が降ったやや重馬場(稍重といっても重に近かったと記憶している)を見事に克服し、のちのダービー馬であるアドマイヤベガを退けて勝利したのだ。しかし、次のレースの皐月賞では、同じように雨が降り表面に水が浮くような馬場(良馬場発表であったが)で3着に完敗してしまった。もちろんメンバーも違うので着順だけを見て単純に判断することはできないため、これら2つのレース後のナリタトップロード騎乗の渡辺騎手のコメントを参考にして比較してみたい。

弥生賞後のコメント「手応えは前走以上。追い出してからの瞬発力には惚れ直しました。」

皐月賞後のコメント「ノメっていました。どこかで外に出したかったんだけど、手応えが悪くて。最後は力だけで来てくれたんですが。」

弥生賞では道悪を苦にしたようなコメントは一切なく、皐月賞では「ノメっていた」と実際に道悪を苦にしていたことを明言している。これら2つのレースの馬場状態に違いがあるのではないか、という反論があるかもしれないが、やや重の弥生賞の勝ちタイムが2.03.5に対して、良の皐月賞の勝ちタイムは2.007である。ペースの緩急などを差し引いても、皐月賞の方が弥生賞よりも悪い馬場で行われたとは考えられないだろう。このことからも分かるように、ナリタトップロードは弥生賞においては苦手とする道悪を克服してしまったのである。

Naritatoproad by sashiko

なぜなら、弥生賞時のマイナス6kgの馬体重が示すように、ナリタトップロードが弥生賞において肉体的にも精神的にも完璧な状態にあったからである。100%の状態にある馬は、精神的にも安定し集中しているため、少々の不利があっても動じることがなく、それを乗り越えてしまうということである。実際、ピークの状態から下降線をたどっていた皐月賞では、悪い馬場にノメってしまったことも手伝い、本来の能力を発揮することはできなかった。本来重馬場を苦手とする馬でも、そのレースに臨む状態次第では、悪条件すらも克服してしまうこともあるということを覚えておいてほしい。

(第10回へ続く→)

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■道悪が苦手な馬の条件
それでは具体的に、雨が降り続けて馬場状態が悪くなる(道悪になる)ことによって、どのような影響が競走馬にあるのだろうか。

ちなみに、道悪(重、不良馬場)のレースでは、良馬場でのレースに比べて着差がつきやすい。なぜかというと、各馬の道悪への巧拙がはっきりと出てしまうからだ。能力的にはほとんど変わらなくても、道悪に対する巧拙が分かれてしまえば、ゴールの時点では大きな着差となって表れてしまうのである。だからこそ、道悪で行われるレースは波乱の決着となることが多い。よって、道悪になった際に考慮されなければならないのは、何よりも各馬の道悪馬場に対する巧拙である。

まず前提にしたいことは、「道悪が得意な競走馬はいない」ということである。つまり、良馬場よりも重馬場の方が走りやすいという馬はいないということで、俗に言う「道悪が得意な馬」というのは、「道悪でも苦にしない」馬ということである。それでは逆に、どういう馬が「道悪を苦にする馬」、つまり「道悪が苦手な馬」なのであろうか?以下に一般的に言われている「道悪が苦手な馬」の条件を挙げてみたい。

(1)ベタ爪の馬
(2)大跳びの馬
(3)スタミナに不安のある馬
(4)気性が後ろ向きな馬
(5)精神面の弱い馬
(6)切れ味勝負の馬

■ベタ爪、立ち爪
(1)のベタ爪とは、馬が普通に立った状態の時に、前脚の爪が標準の状態と比べて「ベタっと寝ている」爪のことを指す。その反対が標準の状態と比べて立っている「立ち爪」である。なぜベタ爪の馬が重馬場を苦手とするかというと、立ち爪と比べて地面に対する着地面積が大きいため、それだけ濡れている馬場では滑りやすいからである。
 
しかし、実際は各馬それぞれに形が少しずつ違っているため、どこまでがベタ爪でどこまでが立ち爪