こんな日が来るなんて

Jiromaru

今からもう20年近く前になりますが、私がアメリカのサンフランシスコに競馬留学していたとき、大学が終わると毎日のように近くにあるベイメドウ競馬場に足を運んでいました。お昼過ぎから最終レースまで、ベイメドウ競馬場で行われているレースはもちろん、他場で開催されている繋駕(けいが)レースの馬券も買って、丸1日楽しみました。最終レースが終わり、馬券が当たって気分良く競馬場をあとにすることもありましたが、ほとんどの日はそうではなく、茫然と立ち尽くしてしまうことの方が多かったのです。そんな私の背中のうしろで、時差のある香港での競馬が始まるのでした。救われたような、泥沼にはまってゆくような、そんな想いを抱えながら、深夜に及ぶまで私の闘いは続くのでした。

今こうして日本にいながら、香港競馬の馬券が買えるようになるとは、こんな日が来るとは、思いもしませんでした。海外ではずいぶん前から当たり前であったことが、ようやく実現したと言ってしまえばその通りですが、それでも今年からこうして海外競馬の馬券が買えるようになったことは喜ばしいことです。長く生きていると良いこともありますね。

さて、香港国際諸競走2016のG1レース(香港ヴァーズ、スプリント、マイル、カップ)をそれぞれ予想してみたいと思います。まずは香港ヴァーズから。今年の出走馬の中でも、ひときわ光を放っているのは凱旋門賞2着、キングジョージとブリーダーズカップターフ覇者の実績を持つハイランドリールです。凱旋門賞とブリーダーズカップターフのどちらでも好走しているだけでも、この馬の強さとタフさが伝わってきます。さすがに体調は下降線を辿っているはずですが、それでも押し切ってしまうだけの力の差があるのではないでしょうか。とはいえ、馬券的には面白くないので、ワンフットインヘヴンを狙ってみたいと思います。凱旋門賞はインの先行馬に有利な流れと馬場状態の中、出遅れながらも最後は差してきたのは力のある証明です。

Hongkongvase2016wt

次は香港スプリント。実力が拮抗していると考えていますが、地元の利を含めて香港のラッキーバブルズが勝利に最も近いと思います。後方から脚を伸ばすタイプだけに、やや安定感を欠く面があることは否めませんが、それを差し引いても確実に伸びる末脚は魅力的です。日本馬レッドファルクスも同じように、確実な末脚を繰り出すことができますので、この2頭の差し比べは見ものですね。ラッキーバブルズとレッドファルクスをまとめて負かすとすれば、スムーズに先行したときのビッグアーサーでしょうか。シャティン競馬場のやや時計の掛かる馬場はこの馬に合っています。

Hongkongsprint2016wt


香港マイルは、前哨戦であるジョッキークラブマイルを1番人気で3着したサンジュエリーを狙います。前走はビューティーオンリーに差し込まれてしまいましたが、決して悪い内容ではありませんでした。秋シーズンに入って、叩き3戦目のここは完璧に仕上げてくるはずです。先行することができ、脚質的には安定感がありますので、堂々と押し切りを期待したいと思います。ジョッキークラブマイルで2着したロマンチックタッチは人気にならないと思いますが、なかなか良い馬という印象を受けました。日本馬では前走のマイルチャンピオンシップで大きな不利を受けたサトノアラジンが筆頭です。末脚が確実ですが、香港の馬場とタイトな競馬で、この馬の勝ちパターンに持ち込めるのかどうかという不安はありますが、もちろん力量的にはチャンスは十分でしょう。

Hongkongmile2016wt

最後に香港カップは、大挙出走する日本のトップホースにぜひ勝ってもらいたいところです。モーリスの強さは百も承知ですし、香港での実績も十分なので、逆らう余地はありませんが、馬券的な妙味という点でラブリーデイを狙ってみたいと思います。前走の天皇賞秋は外枠を引いてしまったことで、前に壁をつくることができず、外々を回されてしまいました。今回は内枠を引きましたので、内々で脚をためて、直線で爆発させるこの馬の勝ちパターンにはめられそうです。この馬の力を出し切ったとしても、さらに前を走る馬がいるかもしれませんが、それは仕方ないとしてあきらめます。

Hongkongcup2016wt

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勝ったあとの世界を見てみたい

Jiromaru

まさか凱旋門賞の予想をして、馬券を買うことができる日が来るとは、私が競馬を始めた頃には想像もできませんでした。そして、自分の人生を大きく変えてくれたディープインパクトの仔であるマカヒキが再びフランスの地に立ち、新たな歴史を刻もうとしている瞬間に立ち会えるなんて、まるで夢のようです。長く生きていると、良いこともあるものですね。日本馬が凱旋門賞を勝つときには、現地にいたいと願ってきましたが、その夢はあきらめようと思います。私がいなくても、マカヒキには勝ってもらいたいと心から思います。

今年から海外競馬の馬券が買えるようになり、凱旋門賞はその第1弾ということになりますが、こうして予想をしてみると案外難しいものですね。日本の馬だけを見て、勝ってほしいと応援するだけで良かったものが、馬券が買えることで他の外国馬たちも気になるようになりました。相手のことを知れば知るほど、何だか強く思えてきて、ほんとうにマカヒキは凱旋門賞で通用するのだろうかと不安になるのです。もしかすると、ディープインパクトのときに馬券が買えていたとしたら、あれほどまでの、もう勝つのが当然といった熱狂は生まれなかったのかもしれません。馬券を買うことは、私たちの偏った見かたや想いを修正し、冷静さを取り戻すのに必要な作業なのですね。

おそらく日本ではマカヒキに次ぐ2番人気に推されるであろうポストポンドは、安定感のある強い馬という印象を受けます。気性的にも大人しく、どのような状況でも力を出し切れる頼もしい馬です。昨年夏から6連勝で臨んできますが、比較的無理のないローテーションでここまで来ており、満を持しての凱旋門賞となりそうです。この馬の戦績を見ていると、キングジョージを使った疲れが出て負けそうな昨年の凱旋門賞は転厩によって見送られ、今年の(凱旋門賞を勝つためには)使ってはならないキングジョージは呼吸器系の疾患で回避することになり、運が良いというか、持っている馬であると思います。何だかんだ言っても、この馬こそがマカヒキに真正面から立ちはだかる外国馬になるはずです。

その他の馬は、正直に言うと、少し能力が落ちると評価しています。たしかにラクソニエールやマインディングが出走してきたら、ポストポンドやマカヒキに伍していた可能性はありましたが、ラクソニエールの同厩舎の仏ダービー馬アルマンゾルが引っ込められた以上、そのアルマンゾルに愛チャンピオンSで敗れたニューベイやファウンド、ハイランドリールなど古馬の面々は良くても3着争いなのではないでしょうか。ハーザンドは強い馬なのかもしれませんが、愛国と英国の両ダービーを春に制した疲れが癒えていない前走の負け方でした。斤量的に有利な3歳牝馬で1頭単穴として挙げるとすれば、やはりヴェルメイユ賞を勝ったレフトハンドになるのでしょうか。

本命はマカヒキに打ちます。日本ダービーを勝った馬は、秋緒戦は好走しても、秋本番で疲れが出てしまうというパターンにあたることだけが心配材料ですが、今年は日本の競馬におけるシンギュラリティ(のようなもの)が起こるという大局観の方を取りたいと思います。日本の馬が凱旋門賞を勝ったあと、私たちの競馬はどう変わるのか、もしくは変わらないのか、また新たな目標が生まれるのか、次はどのような時代へと進むのか。勝つ前には想像ができませんが、勝ったあとの世界をぜひ見てみたいですね。

Gaisenmonnwt2016

関連エントリ
・「新しい競馬の未来」
http://www.glassracetrack.com/blog/2016/06/post-29a3.html
・「マカヒキはディープインパクトを大きくしたような」
http://www.glassracetrack.com/blog/2016/08/post-3122.html

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朋よ永遠に

Jiromaru

宝塚記念といえば、夏の香りと共にいつも思い出されるのがメジロライアンのことです。まさに私が競馬を始めた頃に活躍していた馬だけに、その名前を聞くだけで、あの頃の初々しい想いが蘇ってくるようです。ライアンという名前の由来は、あの大リーグの豪腕ノーラン・ライアンからだそうです。メジロライアンと言えば、横山典弘騎手ですよね。先日行われたメジロライアンの納骨式にも参加し、お墓は横山典弘騎手がつくったそうですね。この2人は名コンビというか、最高のパートナーでした。

皐月賞3着
日本ダービー2着
菊花賞3着
有馬記念2着

特に日本ダービーでは、1番人気を背負って、後ろから行って届かず2着。この時、横山典弘騎手は、その乗り方についてかなり酷評されました。後ろから行って脚を余すくらいならば、前に行ってバテた方がいい、という古い考えがまだ残っていた時代でしたから。今観てみると、勝ったアイネスフウジンが強すぎただけで、あの時点では最高の騎乗だったと思います。

夏を越して、菊花賞こそはとファンからの期待も高まったのですが、彼らの前に立ちはだかったのは、同じメジロ牧場出身の最強ステイヤー・メジロマックイーン。その恐ろしいまでの強さの前に、メジロライアンは連対すら確保することができませんでした。続く暮れの有馬記念でもオグリキャップの2着。「ライアン!」という大川慶次郎さんの掛け声の後押しがあったにもかかわらず(笑)、とうとうG1レース未勝利で3歳時を終えることになってしまいました。

このあたりで、イマイチくんのイメージが定着してしまったような気がしますが、まあ、その勝ち切れない2人にも、古馬になってようやく勝利の女神が微笑むことになりました。4歳時の宝塚記念で、宿敵メジロマックイーンを倒し、ようやく念願のG1タイトルを手に入れたのです。先行して押し切るという横綱相撲だったのですが、実は私はメジロライアンがメジロマックイーンに勝つことを予測していました。

競馬好きのあらゆる友だちに、「今度こそライアンがマックイーンに勝つ!」と宣伝して回ったのです。しかし、それまでの2頭の対決だけを見れば、メジロマックイーンの方が強いことは明らかでしたので、「ライアンがマックイーンに勝てるわけがない!」という反応がほとんどでした。だからこそ、宝塚記念でのメジロライアンの見事な勝利は、横山典弘騎手と同じくらい、私も鼻高々な気分だったことを覚えています。

とはいっても、本当のことを言うと、メジロライアンがメジロマックイーンに勝てる理由なんて私も分かりませんでした。競馬を始めてわずかの頃でしたので、理論や理屈でメジロライアンを推したわけではなく、メジロライアンを応援したい気持ちが、勝てるという妄想にすり替わっただけでした。

私がメジロライアンを応援したくなった理由は、モヒカンカットのエピソードを宝塚記念の前に知ったからです。ご存知ではない方もいらっしゃると思いますので説明しておくと、メジロライアンは馬一倍(?)皮膚が弱くて、タテガミを伸ばしていると、首の肌が荒れて、痒く(かゆく)なってしまったそうです。だから、メジロライアンはいつもタテガミを短く切っていて、まるでモヒカンのような髪形をしていたのです。私も小さいころアトピーで悩まされた経験があり、今でも馬のたてがみを触ると手がかゆくなるので、「お前もかゆいんだなあ」となんだかメジロライアンに共感してしまい、応援したくなったのです。そんなことで初心者の予想が当たるのも競馬の面白いところです。メジロライアンのアトピーが天国では治っているといいなあ。


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日本の競馬を大きく変えたテスコガビー

Jiromaru

自分が生まれた年のオークスやダービーはどんな馬が勝ったのだろう、とふと想像することがあります。もちろん当歳の私がそのレースを見ているはずもないのですが、自分が生きてきた時間分を巻き戻してみたときのオークスやダービーに興味があるということです。調べてみたところ、私が生まれた1975年のオークス馬はテスコガビーであり、ダービー馬はカブラヤオーでした。どちらも圧倒的な力を示した逃げ馬であり、しかも名手・菅原泰夫騎手が手綱を取った馬たちでした。

この2頭は1度だけ直接対戦をしたことがあります。クラシック戦線が始まる前の2月に行われた東京4歳Sで2頭は激突することになりました。どちらの馬の主戦でもあった菅原泰夫騎手は果たしてどちらを選ぶのか話題になりましたが、所属厩舎の管理馬であったカブラヤオーは弟弟子の菅原澄男に任せ、テスコガビーの背から降りることはしませんでした。結果としては、カブラヤオーに首差で敗れることになってしまうのですが、これで菅原泰夫騎手はテスコガビーとカブラヤオーのどちらの手綱も手放すことなく、桜花賞やオークス、皐月賞やダービーへ向かうことができたのでした。テスコガビーは桜花賞を圧勝しました。タイムとしては1分34秒9。2着馬には1.9秒もの大差をつけたのです。そして、迎えたオークスも、8馬身差をつけて逃げ切りました。

この2つの勝利が日本の競馬を変えたという人もいるように、日本の競馬関係者たちは、スタミナ重視の考え方がもう通用しない時代がやってきたことを目の当たりにしたのです。スピードがスタミナを制する時代。「競馬界に与えた衝撃はのちのサンデーサイレンスに匹敵する規模であった。それが今もって史上最強の牝馬に名を挙げる人が多い理由ではないだろうか」と血統評論家の吉沢譲治さんは語りました。テスコガビーという牝馬の登場により、スピード重視の競馬の時代の幕は切って落とされたのです。1975年がいかにエポックメイキングな年であったかが分かります。

およそ40年の歳月が流れ、日本の競馬はさらに大きく変わりました。ペースや脚質もありますので、単純な比較はできませんが、今年の桜花賞の勝ち時計は1分33秒4。もしテスコガビーが出走していたとしても、14着に沈んでいたことになります。そして、オークスに臨んできたとしても、おそらくしんがり負けを喫してしまうはずです。私が生まれた年にテスコガビーの桜花賞やオークスの走りを見た人たちは、それから41年後にテスコガビーのさらに10馬身以上先を走っている馬がいることを想像できたのでしょうか。それは今の私たちにも同じことが言えるのかもしれません。今から40年後の未来において、今年のオークスの勝ち馬のさらに10馬身先を走る馬を想像できるのでしょうか。えっ、その前に今年はどの馬が勝つのかですって?それは皆さまの想像にお任せします。競馬は想像できるスポーツであり、ギャンブルなのですから。

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衝撃に立ち会いたい

Jiromaru

ジャパンカップが創設されたとき、私はまだ小学生であり、もちろん競馬を始めてはいませんでした。ですから、その当時の衝撃というものを知りません。アメリカから来た無名の牝馬メアジードーツが勝ったとき、競馬関係者は言葉を失い、競馬ファンの中には茫然としてへたり込んでしまった者もいたそうです。日本馬に賭ける淡い期待と外国馬の強さのあまりの違いに、日本の競馬関係者は絶望的な気持ちを抱いたのでした。私も同じような感情を、NHKマイルカップが設立された年に味わいました。もう今から20年前の出来事になるのですね。

当時は外国産馬全盛の時代。外国産馬というのは、ご存じのとおり、アメリカやヨーロッパで生産された馬を買ってきて、日本で走らせているということです。主にアメリカのセリで買われてきた馬たちが、そのあり余るスピードを生かし、日本の競馬場をわが庭のように走り回っていました。もちろん彼ら彼女らはたまたま日本に連れてこられただけであって、自分が外国産馬扱いされているなんて気にもしていなかったでしょうし、私もそういったカテゴリーにとらわれることなく応援していました(スピードワールドという可愛い芦毛馬のファンでした)。それでも、日本馬と外国産馬という区分けが厳然としてある以上、どうしても両者の違いに目が行ってしまうのです。

日本ダービーと違い、外国産馬にも門戸が開かれる形となったNHKマイルカップを、私は静かに見守りました。1番人気のファビラスラフィンと2番人気のツクバシンフォニーで迷った挙句、後者の単勝を買いましたが(もちろんどちらも外国産馬です)、馬券よりもその結果がどのようなものになるのか、なにせ初めて創設されたNHKマイルカップですから、期待で胸は高まっていたのです。そんな私の想像を遥かに超えるような、衝撃の結末が訪れたのです。

ツクバシンフォニーもジワジワと伸びて良い走りをしたのですが、馬場の真ん中を通って突き抜けたのは外国産馬のタイキフォーチュン。そのタイムは1分32秒6。目に映った事実が信じられないとき、人は2度見することがあることを、そのとき初めて知りました。同じ年に行われた安田記念のタイムが1分33秒1ですから、当時の32秒台の数字がいかに驚くべきものかお分かりいただけると思います。しばらくは計測ミスかもしれないと願っていたのですが、そのまま確定したときには言葉を失いました。外国産馬というのは、3歳馬でも古馬と同じ速さを誇り、1年分成長が早いのだと悟り、これは日本の競馬の歴史が変わってしまうのかもしれないと考えたのです。開いてしまったパンドラの箱に、へたり込みそうなほどに脱力したのを覚えています。

そういった衝撃があったからこそ、NHKマイルカップの開設を境として、日本馬はめきめきと進化を遂げて強くなりました。その大きな変化は、NHKマイルカップの勝ち馬を並べてみると分かります。タイキフォーチュンからシーキングザパール、エルコンドルパサー、シンボリインディ、イーグルカフェ、クロフネまでは外国産馬ですが、それ以降はぱたりと勝てなくなりました。様々な要因で強い外国産馬があまり入ってこられなくなったこともありますが、それ以上に日本馬の血統・生産・育成レベルが向上し、驚くほど強くなったからです。私たちは強い衝撃を受けるほどに、強くなれるのです。次に来る衝撃はどのようなものでしょうか。今年はどんな衝撃が待っているのでしょうか。その場にいて、2度見してしまうような衝撃に立ち会いたいものです。

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残っている者は

Jiromaru

年の暮れのグランプリ有馬記念。毎年この時期になると、あっと言う間にすぎてしまった1年を振り返り、そしてさらに昔を思い出し、人生の短さを知らされます。特に競馬ファンは、過去の有馬記念のレースが走馬灯のように蘇ってくるはずですから、あれからもう○○年が経ってしまったのかと、よりリアルに時の流れを実感できるのではないでしょうか。

今から8年前の有馬記念は、安藤勝己騎手による年間G1勝利数の更新に注目が集まりました。サンライズバッカスでフェブラリーSを勝つや、ダイワスカーレットで桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯、ダイワメジャーで安田記念とマイルCSを勝ち、ここまでG1レース6勝と武豊騎手の記録に並んでいました。この有馬記念で勝つことができれば、年間G1レース7勝という大記録を達成することができます。

しかも安藤勝己騎手はダイワメジャーとダイワスカーレットという兄妹のお手馬の中から、1頭を選択することができたのでした。安藤勝己騎手が選んだのはダイワスカーレット。私は当時、この牝馬の強さを理解できていませんでしたので、なぜラストランとなるダイワメジャーを選ばなかったのか不思議義でなりませんでした。ダイワメジャーはこれで終わりだからと考えたとすれば、ずいぶんとシビアだなと邪推したりもしました。もちろん私は大のアンカツファンでしたので、彼の勝利を無条件に応援しました。

結果的にも、安藤勝己騎手の決断は正しかったのです。ダイワスカーレットはマツリダゴッホの2着に敗れてしまい、安藤勝已騎手の記録達成はなりませんでしたが、ダイワメジャーには先着したのです。翌年にダイワスカーレットが繰り広げたウオッカとの大接戦や有馬記念の圧勝劇を知れば、安藤勝已騎手がダイワスカーレットを選んだのも当然だと思えます。ダイワメジャーはマイラーとしては最強馬でしたが、2500mではダイワスカーレットに敵うわけもありませんね。安藤勝已騎手の馬を見る目に驚かされ、それでも記録を達成できなかったことに落胆したものでした。

実はこの有馬記念が終わって、もうひとつ驚いたことがあります。ダイワメジャーのラストランとなった有馬記念にて、安藤勝已騎手に代わって手綱を取ったのはミルコ・デムーロ騎手でした。当時はまだ短期騎手免許で来日しており、お手馬に乗り続けるというよりは、こういった形で有力馬の依頼を受けることが多かった時代のこと。ちょうどこの頃からパトロール映像がネットでも公開されるようになり、有馬記念のレースが終了後、騎手や調教師らがそうするように、私もパトロール映像を観ながらレースを振り返っていました。そのとき私の目を奪ったのは、安藤勝已騎手が乗ったダイワスカーレットではなく、1番人気のメイショウサムソンでもなく、ダイワメジャーに騎乗したデムーロ騎手でした。

デムーロ騎手はダイワメジャーを抑え込み、内ラチにぶつかってしまうのではないかと思わせるほどすれすれに、2500mピッタリを回っていたのでした。ダイワメジャーの本質はマイラーであり、距離が長いことは誰も目にも明らかだっただけに、少しでも距離ロスを防ごうと意識しての騎乗だったにせよ、特に3コーナーから4コーナーにかけてのコーナーリングは秀逸でした。3着という結果だけではなく、最高速で走っている馬をここまで見事に制御できるのだと驚かされたのでした。ダイワメジャーやダイワスカーレットはもちろん、安藤勝已騎手も引退してしまい、この話の登場人物で現役として残っているのはデムーロ騎手のみ。競馬における時代の移り変わりの速さを感じざるをえません。さあ、今年の有馬記念ではデムーロ騎手はどのようなコーナーリングを見せてくれるのでしょうか。

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武豊騎手の光

Jiromaru

先週の日曜日には香港国際競走が行われました。香港カップではエイシンヒカリとヌ―ヴォレコルトがワンツーフィニッシュを決め、香港マイルはモーリスが制し、日本馬の活躍が目立ちました。有力馬がこぞって出走するとのことで、今年こそは香港競馬へと考えていましたが、予定が合わず、こうした結果が出てなおさら行けずに悔しい思いで一杯です。特にエイシンヒカリは、その素質や脚質から前走の敗因に至るまで、香港カップで巻き返すことができる下地は整っていましたので、個人的にはかなりチャンスがあるのではないかと考えていました。もちろん、最近、故野平祐二氏に似てきたと書いた武豊騎手が騎乗することも含めて。

エイシンヒカリに勝機があると考えていたのは、何よりも競走馬としての資質が素晴らしく高いということがあります。デビューから5連勝したのちに、チャレンジCで初めて土がつきましたが、ガタったと来ることもなく、そこから毎日王冠まで3連勝と再び軌道に乗りました。この紆余曲折の少ない戦績だけを見ても、エイシンヒカリの優秀さが分かります。最初の5連勝は、毎回きっちり仕上げて確勝を期したものではなく、馬のスピードだけで勝ってきたものであること、クラスが上がっても再び連勝をすることができたように、クラスの壁をもあっさりクリアできたこと。並の一流馬ではこうはいきません。

逃げの脚質は一発勝負の国際レースではジョーカーとして働きます。能力差を測るモノサシがないため、各ジョッキーは思い切った競馬をしづらく、自然と人気馬を意識してレースを進めることになります。人気がない逃げ馬は通常のレース以上に楽に逃げられますし、シャティン競馬場のような小回りのコースでは、コーナーごとに息を入れることもできます。そういった意味では、前走の天皇賞秋で負けていた(9着)ことが吉と出たということですね。もし天皇賞秋で好走していたら、かなり厳しいマークに遭ったはずです。

そして何よりも、前走の天皇賞秋で2番手につける競馬を試して敗れたことで、エイシンヒカリは逃げた方が力を発揮できることがはっきりしたということです。ためる競馬よりも、行く気に任せてスピードを生かした方がエイシンヒカリの良さが生きるということです。このあたりはあのサイレンススズカと同じですね。控える競馬をさせたいという人間のエゴを捨て、ある意味においてあきらめたということです。前走の失敗があったからこそ、今回は迷うことなく逃げることができたのです。

あらゆる伏線があって、最後にその背にいたのが武豊騎手ということです。武豊騎手は馬にできるだけ負担をかけない騎乗技術(馬への当たりやサスペンション)、馬の走りを邪魔しないスタイル(フットワーク重視や追い方)においては、世界でもトップクラスのジョッキーです。一流の棋士は攻めも守りも強いように、一流の騎手もどのようなタイプの馬でも力を引き出すことはできるのですが、その中でもやはり強み弱みはあって、武豊騎手はエイシンヒカリのような自ら前進しようとするタイプの逃げ先行馬に乗ったときにこそ、よりそのしなやかな騎乗技術が生きます。ズブい馬やバテた馬を追って着順を上げていくのではなく、前進気勢の強い馬の力をスッと抜いて走らせる方がより合っているということです。人馬のあらゆる要素が良い形で絡み合っての勝利だったということですね。

でも、たぶん武豊騎手自らこの香港カップを解説すると、「僕はエイシンヒカリに乗っていただけですよ」とサラッと言うと思います。たしかに私たちに見える範囲ではそうなのですが、そこに至るまでの過程があるからこそでもあり、その苦悩や努力や失敗を見せないのが天才たるゆえんなのでしょう。今年の朝日杯フューチュリティSは、史上初のJRA平地G1完全制覇という武豊騎手の記録が達成されるかどうかに注目が集まっています。こういうときは大体において上手く行かないことが多いのですが、そこは武豊騎手のことですから案外サラッと勝って、インタビューで「次は海外のG1も完全制覇したいです」なんて言ってくれるかもしれませんね。

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彼があのときヒシアマゾンの単勝を持っていれば

Jiromaru

「競馬をやめてしまった」という話を聞くことほど悲しいことはありません。自分の周りの人々であればもちろん、昔は競馬を嗜んでいた文化人の方々からもそんな話を聞くことは少なくはありません。かつてその著書をよく読んでいた保坂和志さんも、「あの頃は『一生絶対やめない』と思っていた競馬をあっさりやめて少しした時期で…」と書かれていて、がっかりしたことを覚えています。こんなに素晴らしい愉しみをやめてしまう人がいることも驚きでしたし、心の奥底では、もしかしたらいつか私にもそんな日が訪れるのかもしれないと恐れながら、こうして20年以上が過ぎました。

競馬を始めるきっかけはそれぞれにあるとして、最初の頃にどのような馬と出会い、どのようなレースを観て、どのような馬券を買うかで競馬との付き合いも変わると思います。いわゆる原初体験というやつですね。私がこうして飽きもせず、競馬を楽しめているのは、オグリキャップのラストランに立ち会えた奇跡や3冠馬ナリタブライアンの走りを生で堪能できたこと、またヒシアマゾンという美しい牝馬に出会えたことに加え、彼ら彼女らの単勝馬券を握りしめて応援できたことが大きいのでしょう。

私がヒシアマゾンに初めて出会ったのは、1993年の暮れに行われた阪神3歳牝馬S(現在の阪神ジュベナイルF)でした。まだ1勝馬であったヒシアマゾンが、前走、京成杯3歳Sで牡馬を相手に2着した実績が買われ、シスターソノに次ぐ2番人気に推されていました。ちなみに、シスターソノはあのロジータ(南関東の3冠を制した名牝)の仔です。2戦2勝で負けなし。3番人気には2連勝中のタックスヘイブンが続き、レベルが高い混戦でした。私はたまたまヒシアマゾンの単勝を買いました。

ヒシアマゾンを買った理由は思い出せません。当時はまだ競馬を始めて3年目。私なりの理由があってヒシアマゾンを買ったのでしょうが、今となっては思い出せないほどですから、明確な理由などなかったのかもしれません。レースはスタートし、単勝馬券を片手に握り締め、私はヒシアマゾンだけを見ていました。第4コーナーでの手応えは、今でも鮮明に蘇ってきます。中館英二騎手を背に、他馬とは全く違う脚色とフットワークで、第4コーナーを回ってきたのです。あの瞬間のヒシアマゾンの馬体と中館英二騎手が被る帽子の黒さ、バンテージの白さと青のラインがまるで生きもののようでした。

私は競馬を始めて3年目にして、1頭の牝馬に完全にノックアウトされてしまいました。私が見てきた中でも最高に強い馬。この馬にどこまでもついて行こう。2歳牝馬のG1レースをひとつ勝っただけにもかかわらず、この馬より強い馬はいないと確信したのだから恐ろしいものです。ヒシアマゾンの単勝は5.2倍もつきました。“も”ついたのです。そこから私たちの冒険は始まりました。私の隣にいた青森出身の友人は、ケイアイメロディとの馬連を買ってハナ差で馬券を外してしまいました。ハナ差でお金を失うことの不条理をひと晩考えた挙句、彼は競馬をやめてしまったのです。彼があのときヒシアマゾンの単勝を持っていれば今頃どうなっていただろう、と今でもふと思うことがあります。

さて、今年の阪神ジュベナイルFはどの馬の馬券を買って応援しましょうか。

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夢限りなく

Jiromaru

武豊騎手が6年ぶり21回目の年間100勝を達成しました。6年ぶり、21回目、100勝、どの数字にも深い意味がありますね。100勝を達成したレースの騎乗馬の名がキングノヨアケというのも偶然とは思えません。キズナで日本ダービーを制したときの勝利ジョッキーインタビューにて、「ぼくは帰ってきました」と競馬ファンに向けて武豊騎手は告げましたが、そこからさに実質の勝利数という数字としても、あの強い武豊騎手が戻ってきたということになります。とはいえ、その強さはかつての華々しいものではなく、味わいのあるものへと形を変えて帰ってきたと私は思うのです。

武豊騎手が落馬事故を機にスランプに陥ってから、社台グループとの確執がまことしやかにささやかれてきました。私はそんなことは全くないと真正面から書いてきましたが、根も葉もないゴシップを煽るメディアの影響もあってか、多くの競馬ファンは(コアな競馬ファンまでもが)そのストーリーを真に受けていたような気がします。これまで武豊騎手一辺倒だった有力馬の依頼が、外国人ジョッキーをはじめとした他の騎手たちに流れたことは確かですし、社台グループは勝つために強い馬を生産している以上、騎乗依頼も合理的にならざるをえません。それでも武豊騎手は腐ることなく、もっと上手くなりたいという気持ちを持ち続け、己の騎乗をもう1度見つめ直し、改良を重ねてきました。

そんな時代の転換が起こった中、武豊騎手の意識も少しずつ変わっていったのではないかと私は思います。自身がスランプのときに、変わらず騎乗依頼をしてくれたメイショウの松本好雄オーナーやノースヒルズの前田幸治オーナーとは強い絆で結ばれるようになり、次第に騎乗馬には日高やオーナーブリーダーの生産馬が増えてきました。もちろん社台グループの馬に乗って勝つこともたくさんありますが、かつてのような偏ったものではありません。そうやって積み上げてきた100勝には、かつての100勝とはまた違う、日本の競馬界にとって大きな価値があると思うのです。

正直に言うと、華々しかった時代の武豊騎手にはあまり惹かれませんでした。素晴らしい技術とセンスとユーモアを持ち合わせた、稀有な存在であることは分かっていたのですが、あまりに格好良すぎて、エリートすぎて、心から応援する気持ちが湧かなかったのです。私でなくても誰もが武豊騎手のファンだった時代のことです。私の興味は地方から来た安藤勝已騎手や岩田康誠騎手に移っていきました。あれから10年が経ち、最近、武豊騎手が私には違って見えてくるようになりました。同じ武豊騎手なのですが、かつての武豊騎手とは全く違う。私が尊敬してやまない野平祐二騎手にどこか似てきているのではないか、とさえ思うのです。

どこがと聞かれると難しいのですが、おそらくマイナー精神ではないでしょうか。野平祐二氏も晩年は日高の生産馬を預かって調教したり、地方の競馬場に足を運んで盛り上げてみたり、中央競馬界に厳しい意見を投げかけたりもしました。それらは全て日本の競馬の未来を考えてのことでした。自分が騎手として名を成すことから、日本の競馬をつくることに使命が変わっていったのだと思います。そのときに忘れてはいけないのは、マイナー精神だと野平祐二氏は主張していました。自分たちは決してメジャーな存在ではないというハングリーな気持ちを、いつまでも抱き続けるべきだということです。マイナー精神を生涯持ち続け、夢を追い続けた野平祐二騎手からのバトンが、ついに武豊騎手に渡ったのです。

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ルドルフの敗北

Jiromaru

今でこそジャパンカップを日本馬が制することは当たり前のようになり、日本馬が掲示板を独占しても誰も驚かなくなりましたが、1981年にジャパンカップが創設された当初はそんなことは全くありませんでした。第1回はアメリカのG1すら勝ったことのなかった牝馬メアジードーツに勝たれ(しかもジョッキーは20歳にもなっていないキャッシュ・アスムッセン騎手)、第2回も第3回も同じく無名のハーフアイストとスタネーラに栄冠を持っていかれました。この結果を受けて、内国産馬が海外の馬に勝つなんて100年早いと考えた競馬関係者やファンも多かったはずです。

そんな弱気を打ち砕くべく、第4回のジャパンカップには日本からミスターシービーとシンボリルドルフという3冠馬の2頭が揃って出走しました。最近でいえば、ディープインパクトとオルフェ―ヴルの2頭がジャパンカップに顔を出すようなものです。にもかかわらず、かろうじてミスターシービーが3倍台で1番人気を確保したものの、シンボリルドルフはなんと4番人気にしか推されませんでした。2番人気は英国のベッドタイム、3番人気は米国のマジェスティ―ズプリンス。日本馬を応援したいのは山々だけど、馬券的には海外の馬を買わざるをえない、という競馬ファンの正直な心境が映し出されています。

しかし、シンボリルドルフ陣営だけは、全く異なる視点でこの年のジャパンカップを見ていました。ある時点から、調教師の野平祐二と騎手の岡部幸雄、そしてオーナーの和田共弘は、シンボリルドルフという馬が他の馬と比べてどうこうという次元ではない、完璧なサラブレッドであることに気づいていたのでした。

菊花賞の前には、和田オーナーと私の関心は、すっかり外に向いてしまいました。3冠の獲得を前提として、いつ海外に出て、どのレースに挑戦させようかという胸はずむ会話が、毎日のように2人の間で交わされていました。ジャパンカップは、その小手調べとして、どうしても外せないレースです。地元の日本で、海外の強い馬と勝負にならなければ、海外挑戦といっても勝算は薄くなります。(「騎手伝」より)

菊花賞を勝って3冠を達成する前から、すでに海外を見ていたのです。それは彼ら3人の世界の競馬に対する見識が深かったということであり、シンボリルドルフがそれだけの器であったということでもあります。日本馬が勝ったことすらなかったジャパンカップでさえも、彼らとシンボリルドルフにとってみれば、通過点に過ぎなかったのです。世界を変えてゆく人たちは、私たちには見えない未来が見えているのでしょう。彼らが胸を弾ませて夢を語っている姿が目に浮かぶようです。

しかし、シンボリルドルフは3着に敗れてしまいました。3000mを走った菊花賞から2週間しか間隔が開いていない厳しいローテーションが影響したのか、レース当日の朝、シンボリルドルフは下痢をしたのでした。ここまで来て取り消すことはできないと走らせた結果、カツラギエースを捕らえられなかったばかりか、ベッドタイムにも先着を許してしまうことになったのです。海外の馬ならまだしも、日本馬に敗れてしまい、しかも日本馬として初のジャパンカップ制覇の栄誉も奪われてしまったのですから、忸怩たる思いであったことは間違いありません。その証拠に、次の有馬記念でシンボリルドルフは、カツラギエースを徹底的にマークして競り潰して勝利したのです。このジャパンカップにおけるルドルフの敗北は、展開の綾と言われることもありますが、私はどれだけ強い馬でも体調が優れないときには負けるということを端的に示していると思います。

ジャパンカップというレースだけを取り上げてみても、この30年で世界の競馬と日本競馬の関係性や私たちの視点が大きく変わってきたことが分かります。そして、何かが大きく変わるときには、野平祐二氏のような未来を見て行動するビジョナリーが必ずいるということも。野平先生が亡くなってもう14年が経ちましたが、昨今のジャパンカップを見て、何とおっしゃるでしょうか。たしかテイエムオペラオーが勝った年までしか観ていらっしゃらないので、ここまで日本馬が勝ち続けている現状に対して、「日本馬は強くなったね。どんどん海外の競馬に出て行きなさい」と手放しで称賛されるかもしれませんし、もしかしたら「あまりにも日本馬が勝ちすぎるのもつまらないね。相手が強いからこそこちらも反骨心が燃えるのであって、もっと強い海外の馬に来て、頑張ってもらいたいね」と苦言を呈されるかもしれません。私は後者ではないかと想像しています。

追記
東京競馬場内にある競馬博物館で開催されている「野平祐二展」に行ってきました。祐ちゃん先生の大きな写真が飾られていて、「どうだ、最近頑張っているか?」とはっぱをかけられました。パンフレットの裏には、参考文献として「ROUNDERS」vol.3の名が記されていて、ようやく私たちの仕事が野平先生にも認めてもらえたような気がしました。
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心震える瞬間を

Jiromaru

シンコウラブリイは私が最初に好きになった馬でした。競馬を始めておよそ2年が経とうとしている頃に、私は彼女に巡り会ったのでした。彼女の走りを心から応援し、勝利をひたすらに願っていました。私はいまだになぜある特定の馬を好きになってしまうのか、自分のことながらも解き明かすことができずにいます。単に強いから好きになるわけではなく、単に美しいから好きになるわけでもありません。私の場合、牝馬に惚れ込んでしまうという傾向はありますが、人によってそれは地方出身の馬であったり、また勝ち切れない馬であったりするのでしょう。とにかく、気がつくとその馬のことばかり考えているのです。

そして、ふと、いつから私はこの馬のことが好きになったのだろうと考えることがあります。この時というはっきりした瞬間はないような気がします。それでも、前後の経緯をつぶさに思い起こしてみると、だいたいこのあたりからと絞られてきます。私がシンコウラブリイを好きになったのは、おそらく1992年のマイルチャンピオンシップからではないかと思います。それまではシンコウラブリイという馬をただの速い牝馬の1頭としか見ていませんでしたが、この年のマイルチャンピオンシップの最後の直線にて、3歳牝馬のシンコウラブリイが牡馬たちの間を割って伸びてきたシーンは鮮明に覚えているからです。

1992年のマイルチャンピオンシップ。前走の富士Sを馬なりで楽勝し、その勢いを駆って、シンコウラブリイは連闘で臨んできました。3歳牝馬が古馬相手のマイルチャンピオンシップに出走すること自体が珍しい時代でしたし、さらに連闘に加えて長距離輸送を克服しなければならないのですから、当時の私には無謀な挑戦に思えました。シンコウラブリイのスピード能力と素質は認めつつも、いくらなんでも条件が厳しすぎるし、ダイタクヘリオスやナイスネイチャ、ヤマニンゼファーらの牡馬を相手にマイルの舞台でガチンコ勝負をするには時期尚早であると考えていました。

私が本命にしていたのは当時、マイル戦線では無敵の強さを誇っていたダイタクヘリオスでした。特に京都のマイル戦は彼の主戦場であり、得意のまくり戦法が決まってしまうと、直線が平坦なことも手伝って、ダイタクヘリオスを捕まえられる馬はいません。この年のマイルチャンピオンシップもまさにそんな展開となり、ダイタクヘリオスの勝利を確信したその瞬間、私は馬券も買っておらず、評価を落としていた3歳牝馬が歯を食いしばりながら、ナイスネイチャの横をグイッと抜け出してきた姿に目が釘付けになってしまいました。黒い勝負服が2着を確保したとき、彼女がただの速い3歳牝馬ではないことを悟ったのでした。

競馬を観ていると、心が震える瞬間があります。競馬を始めたころに比べ、そんな瞬間を味わえることは(悲しいかな)少なくなってきてしまいましたが、それでも心が震えた瞬間の記憶は、私の身体にしっかりと刻まれることになります。そして、それらの記憶が私たちの人生をつくり、支えてくれるのです。シンコウラブリイの見せてくれた走りの数々を私は一生忘れることはないでしょう。そして今年、シンコウラブリイを彷彿とさせてくれる3歳牝馬が現れました。姿かたちこそ違え、前へ前へと進もうとする気持ちの強さは同じです。さすがに勝つまでは厳しいかもしれませんが、古馬や牡馬たちの間を割って抜け出してくるような可憐な走りが再び観られることを心待ちにしたいと思います。

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男勝り

Jiromaru

男勝りという言葉を聞いて私が連想するのはスイープトウショウのことです。名牝としては、エアグルーヴやウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタ、ジェンティルドンナなどが挙げられますが、彼女たちは生まれたときから資質が他馬とは違ったというか別格の馬たちであり、オスとかメスとかいう範疇を超えている存在であったように思えます。そういう意味では、スイープトウショウは牝馬特有の難しさを秘めながらも、牝馬ながらにして牡馬に打ち勝った、まさに男勝りの牝馬でした。

私にとって、スイープトウショウの一番の思い出のレースといえば、やはり宝塚記念になります。ハーツクライ、ゼンノロブロイ、タップダンスシチーという歴史的名馬たちを力で捻じ伏せたあの強さは、言葉では言い表せないほどの衝撃でした。力の要る馬場で行われ、スピードとスタミナとパワーの融合が要求される阪神2200mの宝塚記念を、牝馬が優勝したのはスイープトウショウただ1頭という事実が、その強さを如実に物語っています。牝馬特有の切れだけではなく、一流の牡馬にもヒケをとらない高い身体能力を兼ね備えていました。

気の強さもまた魅力的でしたね。調教拒否、返し馬やゲート難など、人間を困らせること数知れず。自分が納得しないことは、頑としてやらない、競走馬の枠に収まらない馬でした。サレブレッドはギャンブルの駒でないことを、私たちに教え続けてくれていたのではないでしょうか。

牝馬限定のG1レースに男勝りの馬が出走したら負けないと私は考えていますので、2005年のエリザベス女王杯では、スイープトウショウの単勝を自信を持って買いました。そうは言っても、脚質的に安心してレースを観ていられるタイプではないので、果たして届くのか、届いてくれと思いながら応援したものです。

それにしても凄まじい末脚でした。逃げたオースミハルカの型になったにもかかわらず、前年の覇者であるアドマイヤグルーヴを置き去りにして伸びた別次元の末脚は、私たちに鮮烈な印象を与えました。確かフジテレビだったと思うのですが、このレースの最後の直線を別のアングルから捉えた映像が流れ(スイープトウショウ専用カメラのような)、後肢のキックが生み出す迫力に圧倒された記憶が残っています。まさに全馬を一掃(スイープ)したという表現が適切な、最後の直線での走りでした。

勝ち星にこそ恵まれませんでしたが、その後、2年間走り続け、スイープトウショウらしさを最後まで失うことなく、たくさんの人たちに愛された競走生活を終え、生まれ故郷であるトウショウ牧場へ戻ったのです。そのトウショウ牧場は今年で閉鎖されることになり、ノーザンファームへ売却されることになりました。故郷を失ったことは悲しいことですが、スイープトウショウにとってこの移籍はプラスになるかもしれません。サンデーサイレンスの血が入っておらず、サンデー系の種牡馬と配合しやすいからです。ここ数年はステイゴールド、ディープインパクト、オルフェ―ヴルという偉大な種牡馬の血を得て、おそらく近いうちに歴史に名を残す名馬を誕生させるのではないかと私は見ています。

さあ、今年のエリザベス女王杯はどの男勝りの馬が勝つのでしょうか。

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偶然さえも必然に変えることができるはず

Jiromaru

菊花賞にはある必然があります。それは内を走っていると前が詰まるということです。なぜかというと、この時期の3歳馬が3000mの距離を初めて走ると、スタミナ切れを起こし、バテて下がってくる馬が必ずいるからです。これが天皇賞春になると話は違って、古馬になってスタミナも経験も積んでいる馬が出走している(クラシックレースだからといって距離適性が合わなくても出走してくるような馬はいない)ため、それほど大きく脚が止まる馬はいません。バテて前から下がってくる馬は私たちが思っている以上に勢いが良く、しかも自分の外にも馬がいて壁になっている場合、避けようがないのです。どうなるかというと、自分もつられて下がらざるを得ないのです。

菊花賞におけるこの必然を知らない、経験が浅い騎手が乗る馬は、距離ロスを避けて内を進んでいると、まるで偶然かのように前の馬がバテて下がってくるというアクシデントに巻き込まれます。私が菊花賞で馬券を買った馬の中にも、このような必然のアクシデントに遭遇して負けてしまった馬が2頭いました。2003年のゼンノロブロイ(2番人気)と2007年のロックドゥカンブ(1番人気)です。ゼンノロブロイにはO・ペリエ騎手、ロックドゥカンブには柴山雄一騎手が騎乗していました。どちらの馬も人気を背負っており、勝てるだけの実力を備えていましたので、最大の敗因は、この2人の騎手が菊花賞で内を進むと前が詰まる必然を知らなかったことです。

2003年のゼンノロブロイで苦い経験をした私は、2007年、ロックドゥカンブに柴山雄一騎手が騎乗すると決まったとき、嫌な予感がしました。しかもあろうことか、4番枠を引き当ててしまったのでした。柴山雄一騎手が菊花賞の必然を知っていれば、ロックドゥカンブを道中のどこかで外に導くことで勝てるはず。逆に知らなければ、そのまま内を走らせて、勝負所でペースが上がった時点で、あの偶然にも見える必然が起こって負ける。私の予想は、どの馬が勝つかではなく、柴山雄一騎手が知っているか知らないかという、雲を掴むように結論が出ないものでした。最終的には、知っている方に私は賭けました。しかし、結果は皆さまのご存じのとおりです。

競馬に偶然と必然があるように、世の中の出来事にも偶然と必然が存在します。どこまでが必然で、どこからが偶然なのかという線引きは極めて難しく、偶然のように見えることが実は必然であったり、必然であると思っていることが実は偶然の産物であったりします。柴山雄一騎手はあの菊花賞をきっかけとして成績が急下降しましたが、ここ数年は経験を積み、再びトップジョッキーの仲間入りを果たそうとしています。競馬を長く見ていると、私たちはいかに偶然と必然の曖昧なバランスの上に生きているかを痛感しますね。それでも競馬の予想をする私たちが必然を探求したいと思うのは、偶然さえも必然に変えることができると信じているからです。

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こんなものか

Jiromaru

宝塚記念にまつわる思い出はたくさんありますが、今年はなぜかサイレンススズカのことを書きたくなりました。先々週のエプソムCで武豊騎手が乗ってエイシンヒカリが逃げ切ったからでしょうか、それともステイゴールドの仔である3冠馬オルフェ―ヴルのファーストクロップが私たちの目の前に現れ始めたからでしょうか。サイレンススズカが大きな期待を背負って逃げ切ったあの宝塚記念しか、今、私の心に浮かばないのです。最後の直線で追いすがるステイゴールドとエアグルーヴを振り切って、南井克巳騎手の大きなアクションに励まされて、サイレンススズカが初めてG1レースを先頭でゴールしたシーンが、何度も私の脳裏でリプレイされています。

1998年の春、バレンタインSから始動したサイレンススズカは中山記念、小倉大賞典、金鯱賞と4連勝を飾りました。これだけでも凄いのですが、全てが逃げ切り、しかも他馬を大きく離した圧巻の内容でしたから、私たち競馬ファンの目が釘づけになったのも頷けます。その中でも特に金鯱賞は今でも語り継がれるような逃げ切り。同じサラブレッドの競走において、これだけ決定的な差がついてしまうのだという事実。このレースの次が宝塚記念ですから、私たちの期待が高まらないわけがありません。主戦の武豊騎手が先約のあったエアグルーヴに騎乗するため、鞍上が初騎乗の南井克巳騎手に乗り替わっても、1番人気に推されたのは当然のことでした。

果たして、どれぐらい大きく逃げるのだろう、どれぐらいの着差をつけて勝つのだろう、私たちの想像は膨らみました。もしかしたら、宝塚記念においても、金鯱賞の再現のようなレースが観られるかもしれない。他馬が影も踏めないどころか、他馬がテレビ画面からいなくなってしまうような逃げ切りのシーンを、私たちは何度も何度も脳裏でリプレイしたのでした。だからこそ、実際にサイレンススズカが宝塚記念を勝ち、嬉しさはあっても、2着のステイゴールドとの3/4馬身という着差は、正直に言うと、「こんなものか」という思いでした。今から思うと、この軽い失望は、私の無知ゆえだったのです。

この年の宝塚記念のラップを見てみたいと思います。

12.7 - 10.8 - 11.1 - 12.1 - 11.9 - 12.1 - 12.5 - 12.4 - 12.8 - 11.2 - 12.3

前半1000mが58秒6、そして後半1000mが61秒2という超ハイペースでした。このペースを自らラップを刻んで、最後まで止まることなく押し切ったのですから、サイレンスズカは文句なしに強いのです。サイレンススズカを追いかけた馬たちは自滅し、上りのかかる競馬が滅法得意なスタミナのあるステイゴールドが2着に入ったのも納得の厳しいレースでした。一見強そうに見えないけど強いという内容のレースは、たとえば史上最強馬と目されるフランケルが勝った2011年のセントジェームスズパレスSもそう。1998年の私にはサイレンススズカの宝塚記念の強さが分かりませんでしたが、私も競馬のことが少しずつ分かり始め、2011年にはフランケルの強さに身震いしたのでした。ワールド・サラブレッド・ランキングが140のフランケルを引き合いに出すのはおこがましいかもしれませんが、もしサイレンススズカとフランケルが同じレースで走ったら、どれだけ激しいレースになったことだろう、と私は感傷的になるのです。

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競馬発展のために公正であること

Jiromaru

安田記念のレース名は、日本中央競馬会の初代理事長である安田伊左衛門に由来します。それだけを聞くと、ふーんとやり過ごしてしまいますが、この安田氏は「日本競馬の父」と呼ばれるほどの人物であったそうです。もう少し分かりやすく説明すると、明治時代に戦争の影響もあって馬券の発売が禁止になったとき、安田氏が身を粉にして奔走し、自ら衆議院議員になり法案を作成して、ついには馬券発売を政府に認めさせたのです。さらにはイギリス競馬を模範として、ダービーを中心とする5大競走など、現在のレース体系の原形をつくったことでも知られます。そう、私たちがこうして競馬を楽しめているのも、ある意味においては、安田氏のおかげでもあるのです。

安田氏は東京農学部にいた頃から乗馬学校に通っていて、卒業したあとは騎兵隊に志願したほどであり、馬に乗ることが好きだったようです。そのためか、理事長になってからも、「競馬発展のために最も大切なのは公正であること」として、特にレースにおける公正さには厳しかったそう。天皇陛下が観戦されたとあるレースにて、ご皇族は「いいレースを見せてもらった」と満足してお帰りになったにもかかわらず、「いや、あのゴール前の斜行は看過できない」として、勝ち馬を失格処分にしたというエピソードもあります。この話を聞いたとき、一昨年の安田記念において、岩田康誠騎手がロードカナロアに乗って直線で斜行したあれは、安田氏ならば確実に失格処分にしていただろうなと思って可笑しかったです。

さて、今年の安田記念は粒ぞろいのメンバーが揃いましたが、外国馬がいなくて寂しいですね。高松宮記念を勝ったエアロヴェロシティが出てこないため、高松宮記念馬もいないことになります。正直に言うと、1番人気の馬から最低人気の馬まで、どの馬にも勝つチャンスがありそうです。レースを引っ張りそうなケイアイエレガントやカレンブラックヒルから、差し脚にかけるサトノギャラントやヴィンセンヌ、モーリスまで、多様な脚質の馬たちが我こそはとゴールを目指す姿が目に浮かぶようです。

血統的には、ディープインパクト産駒が最多の6頭で、次いで多いのが何とダイワメジャー産駒の4頭です。ディープインパクトとダイワメジャーという種牡馬の産駒たちだけで、出走馬の優に半数以上を占めているのですから驚きです。ディープインパクト産駒はともかくとして、ダイワメジャー産駒はそれだけマイル適性が高いということでしょう。ダイワメジャー自身もこの安田記念を2007年に制していて、あのときの力強い走りと安藤勝已騎手の冷静な仕掛けは忘れられないなあ。どの馬も大して人気にはなりそうもないので、穴を開けるとしたらダイワメジャー産駒かもしれません。ディープインパクトとダイワメジャー産駒たちの、ゴール前の激しい攻防が、今から楽しみですね。あとは安田伊左衛門氏が見ても満足してもらえるような、公正なレースを期待します。

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名馬の影に名馬あり

Jiromaru

競馬を30年近く観てきたことで、たくさんの名馬たちと出会いました。G1レースをたくさん勝ったような名馬もいれば、その血を残しつつ繁栄させた名馬もいます。荒削りで個性的な名馬もいれば、優等生的な名馬もいました。その時代を生きた自分の状況とも重ねて私たちは名馬を見ますので、それぞれにはそれぞれの名馬がいるはずです。もちろん私にとっても、私だけの名馬や私なりの名馬がいます。100人の競馬ファンがいたら、5、6人ぐらいが、「ああ、あの馬はいい馬だったよね」と言ってくれるような名馬です。そんな私にとっての名馬の1頭であるユキノビジンについて書きたいと思います。

ユキノビジンは岩手の盛岡競馬場からデビューしました。ちょうど最近、盛岡競馬場に行ってきたところですので、あの競馬場で新馬戦を迎えたユキノビジンを想像してみたりします。おそらくなんの期待も不安も背負うことなく、ダートの850mを走って回ってきたのだと思います。それで5馬身差の圧勝。続くレースでは水沢のトップジョッキー菅原勲元騎手が跨り、またしても5馬身差の楽勝。その後、2戦を経て、ユキノビジンのスピードの絶対値に驚いた関係者たちは、ユキノビジンを中央競馬に移籍させることを決めたのでした。

芝の上を走る栗毛のユキノビジンは、まるで猫のようなバネとか可愛らしさを感じさせ、中央競馬にやってきた地方馬というイメージは全くありませんでした。中央でのデビュー戦(クロッカスS)の走りを見て、私はあっと言う間に彼女のファンになってしまいました。もちろん、桜花賞で私はユキノビジンの馬券を手に握って応援していましたが、ベガに跨った武豊騎手の絶妙の騎乗の前に、わずかの差で栄冠を逃してしまったのでした。ユキノビジンよりも前にベガがポジションしたことに驚き、最終コーナーでは外を回らされてしまったユキノビジンが最後はハナ差までベガを追い詰めたことにも驚きました。今振り返ってみても、もう少しスムーズな競馬ができていれば、ユキノビジンは桜花賞馬になれたのではと思います。

オークスに向けては、正直に言うと、私は半信半疑でした。というのは、桜花賞を勝ったベガは父がトニービンであり、距離が延びて良いタイプの馬であっただけに、父サクラユタカオーであるユキノビジンがオークスの舞台で逆転するとは想像しづらかったからです。一般論としては、さらにユキノビジンの血統には懐疑的であり、2着にはその他の馬たちの台頭を予想する方々も多かったことを覚えています。普段は単勝馬券を買う私も、さすがにこの時ばかりは、ユキノビジンの単勝ではなく、ベガとユキノビジンの馬連を買うことにしました。ユキノビジンが2着に入れるかどうかを問われる馬券ということでした。私は最後の直線で必死になってユキノビジンを応援しました。颯爽と優雅に先頭に踊り出たベガではなく、2番手でもがき苦しんでいるユキノビジンとレースを共にしたのでした。

今思うと、この年の牝馬クラシックやこのオークスには、たくさんの名馬たちが集っていました。あのホクトベガやマックスビューティの仔であるマックスジョリー、ヤマヒサローレル、デンコウセッカ、ワコーチカコなど。名前を聞くだけで、胸が熱くなるというオールドファンもいるかもしれません。ちなみに、今年のオークスに出走するココロノアイの曾祖母はこの年のオークスで3着に敗れたマックスジョリーです。名馬の影に名馬あり。競馬ファンの数だけ名馬がいると言うのも、決して大げさではありませんね。

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祈るように賭ける

Jiromaru

週刊Gallopに「超・馬券のヒント」なんていう連載を持たせていただいている私ですが、馬券ではそれこそ星の数ほどの失敗と敗北を重ねてきました。しかも私の場合は、もう20年以上前から単勝馬券で勝負してきていますので、まさに一か八か、勝つか負けるかしかありません。当然のことながら、勝ったレースよりも負けたレースの方が多くなり、その感覚でいうと、ジョッキーに近いものがあるかもしれません。だからこそ、勝ったときは天にも昇る気持ちですし、負けたときには学ぶ準備ができています。そんな私ですが、NHKマイルCというレースには良い思い出があります。

1999年は私の競馬人生にとってエポックメイキングな年でした。1レース10万円という設定でG1レースの単勝に賭けて、1年間を過ごしたのでした。当時は仕事の給与の手取りが14万円ぐらいでしたので、若かった頃の私がいかに無謀であったかがお分かりかと思います。どのようにしてお金を工面したかは、恐ろしくて情けなくてここには書けませんが、まさに生死の境を行ったり来たりしているような1年でした。なぜここまでしたのかというと、「常に正解はひとつしかなく、私は100円でも10万円でも賭ける馬は同じ」という持論を証明したかったからだと思います。

もちろん、そんな私の自負など、負けが2レースほど続くとあっさりと吹き飛んでしまいました。何としても当てなければならない、負けるわけにはいかないという思考で頭は一杯になり、寝ても起きても競馬のことを考えてはみるものの、あると思っていたはずの絶対的な正解にたどり着くことは結局できませんでした。

1999年のNHKマイルCは、そんな半狂乱の精神状態で迎えたはずです。1番人気は武豊騎手が乗るエイシンキャメロン、そしてザカリア、レッドチリペッパー、マチカネキンノホシと続きました。私の本命候補として最後まで残っていたのは、藤沢和雄厩舎の2頭であるマチカネキンノホシとシンボリインディでした。今思えば、なぜシンボリインディの方を選択したのか分かりませんが、追い詰められた状況の中で、締め切りのベルが鳴った瞬間に私は、珍しくも、奇跡的に、正しい馬に賭けることができたのです。

最終コーナーを回って、内からスパッと抜け出したときの興奮や僥倖を言葉で言い表すことはできません。レース後に観た、内馬場から撮られたレース映像において、シンボリインディがほんとうに一瞬だけ脚を使って先頭に踊り出たことが分かり、競走馬の使える脚が本当に一瞬であることを理解したのもこの時でした。この1年間を通して、私は自分にはギャンブラーとしての資質がないことを知り、そして人間が馬券で勝つ(儲ける)ことが不可能であることを教えてもらったのです。逆に言うと、馬券で負けるということは実に人間的なのです。だから私は、今は祈るように賭けることにしています。

「もし競馬の神様がいらっしゃるのであれば、願わくば私の賭けた馬券が当たりますように」

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挑戦する勇気

Jiromaru

今年の天皇賞春の出走馬表を見て、アドマイヤラクティの名前がないことに寂しさを感じたのは私だけではないだろう。コ―フィールドCでは自慢の末脚を炸裂させて勝利し、メルボルンCでは1番人気に推されたものの、最後の直線でズルズルと後退し、レース後に馬房で倒れてしまった。父ハーツクライ、母の父エリシオというステイヤーの血がまさに開花しようとしていたその時、彼の肉体は限界を超えてしまったのでした。たとえ惨敗してしまったとしても、無事に帰ってきてくれてさえいれば、7歳馬となった今年は阪神大賞典を叩いて、天皇賞春ではキズナと1番人気を争っていたかもしれません。

アドマイヤラクティの夢は途中でついえてしまいましたが、2003年から2005年のメルボルンCを3連覇した馬がいます。マカイビーディーヴァという牝馬です。3200mの距離のG1レース、しかも高額賞金がかかっていて世界中から我こそというステイヤーが集う最高峰のレースを牝馬が3年連続で勝利したのですから、驚き以外の何ものでもありません。日本でもメジロマックイーンやライスシャワー、フェノーメノでさえ2連覇止まりですから、牝馬が天皇賞春を3連覇するなんて想像もできませんよね。

マカイビーディーヴァは2005年には日本の天皇賞春に挑戦してきました。残念ながら結果は7着と敗れてしまいましたが、無事にオーストラリアに戻ると、その年のコックスプレートを勝ち、メルボルンCで3連覇を達成したのでした。オセアニアの競走馬の獲得賞金記録を更新し、翌年に殿堂入りを果たしました。彼女が天皇賞春で敗れた理由は、道悪が合わなかったとかオセアニアの長距離レースのレベルが低いとかいうことではなく、異国の地の競馬場では十分に力を出し切れなかったということだと思います。そう考えると、アドマイヤラクティの凄さが改めて分かります。

光と影のようではありますが、マカイビーディーヴァとアドマイヤラクティに共通するのは、挑戦者であったということです。マカイビーディーヴァは最もタフさが問われる長距離戦で牡馬と真っ向勝負を挑み、2年目と3年目は追われる立場になりながらも、ありとあらゆる重圧を跳ね返しました。スタミナだけではなく、その精神力の強さこそがマカイビーディーヴァをマカイビーディーヴァたらしめたものでしょう。アドマイヤラクティも自分を生かせる場を求めてオーストラリアに渡りました。あらゆるリスクは承知の上で挑戦したからこそ、コックスプレートの歴代優勝馬として歴史に名を遺したのです。

挑戦とは、私たちの思考の枠組みから飛び出すことです。牝馬だから長距離戦で牡馬に勝つのは難しいと思ってしまえばマカイビーディーヴァはメルボルンCに挑戦しなかったでしょうし、日本でG1を勝っていないような馬が異国の地に渡ってG1を勝てるわけがないと考えていたらコックスプレートの勝利はなかったことでしょう。ウオッカは、思い込みから逃れて、日本ダービーに挑戦したからこそ日本ダービーを勝てたのです。そして今年は、ウオッカと同じ角居厩舎から天皇賞春に出走するデニムアンドルビーに挑戦する勇気を感じざるをえません。ようやく450kgを超えてきた馬体から、どのような末脚が繰り出されるのか期待しましょう。

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ウインズ新白河での思い出

Jiromaru

スティンガーがサンスポ4歳牝馬特別を勝った年ですから、16年も前のことです。この年のゴールデンウィークに、私はゴルフ場に行くのと兼ねてウインズ新白河を訪ねることを計画しました。ウインズが先かゴルフ場が先かはっきりとは覚えていません。おそらく新白河にウインズがあるということで、福島のゴルフ場行きを決めたのだと思います。今であれば、即PATで馬券を先に買い、レースはあとからレーシングビュアーで観ることもありますが、当時は締め切り5分前のチャイムが鳴るまで考え詰め、その場で馬券を買い、リアルタイムでレースを観なければ気が済みませんでした。それぐらい、この時期の私は競馬にのめり込んでいたのです。

その当時、普段は新宿か後楽園のウインズで馬券を買っていた私にとって、初めて足を踏み入れたウインズ新白河はとても広く感じたことを覚えています。面積も広かったですし、人もさほど多くなく空間としてもゆったりとしていました。何といっても、ウインズの中に子どもが遊べるスポット(遊具など)があったことを驚きと共に記憶しています。鉄火場のような新宿や後楽園と違い、のんびりとした雰囲気があり、家族連れで来ている人々も多く見られました。そんな中でも、ひとり私は真剣に予想していました。もちろん、そんな殺気を表に出すことなく(目を血走っていたかもしれませんが)、静かに頭を沸騰させていたのでした。

最後の最後に、私が買ったのはスティンガーの単勝。なけなしの3万円を窓口に入れて、新白河までの新幹線代とゴルフ代をチャラにする算段でした。スタートが切られ、ウインズ内にある大きなオーロラビジョンに映るレース実況を、家族連れの競馬ファンたちと一緒に観戦しました。スティンガーは岡部幸雄騎手を背に最高に上手く立ち回り、いよいよ最後の直線で馬群から抜け出しました。しかし、フサイチエアデールが執拗に食い下がり、勝負のゆくえはゴール寸前まで分からず、激しい攻防が続きました。そして、私の感情がついに爆発したのは、ゴール前で岡部幸雄騎手が右ムチをスティンガーの首に打ち付けるように落としたその瞬間でした。

「オカベ!」

私の身体の奥底から、自分でも知りえなかったマグマのような熱い感情が、ウインズ新白河に響き渡るような大きなひと声として沸き起こったのでした。レースの最高の見どころであったにもかかわらず、周りにいた競馬ファンたちはあまりの大声に驚き、一斉に私の方を振り向きました。時間が1秒ほど止まったのを身体感覚として記憶しています。今から考えてみるとお恥ずかしい話ですが、それよりも感情を表現するのが苦手な私の中にも、あれだけの熱い何かが眠っていたことに、ひそかな嬉しさを感じたものでした。もう時効だと思いますので、ここに告白しておきます。あの日、ウインズ新白河にいた競馬ファンの皆さま、大きな声を出して驚かせてしまい、大変申し訳ありませんでした。

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走るポジションの重要性

Jiromaru

競馬における走るポジションは極めて重要な意味を持ちます。特にレースのレベルが上がれば上がるほど、それぞれの出走馬の力差は少なくなっていきますので、馬群のどこを走るかが勝敗を分けることになります。強い馬が勝つのではなく、勝つためのポジションを走った馬が勝つという「勝ちポジ」の考え方を私が提案したのは、そういうわけです。私たちは常にどの馬がどのポジションを走るのか(走ったのか)に着目し、そのレースやコースにおける勝つためのポジションを念頭に置きながら競馬を見なければならないのです。

京都記念においてハープスターがまさかの凡走をしましたが、その最大の敗因は走ったポジションです。「勝ちポジ」の発想とは少し違い、今回のケースに限っては、ハープスターが力を発揮できるポジションと実際に彼女が京都記念で走ったポジションがズレていたということです。何度も書いてきましたが、ハープスターは馬群から離れたポジションを走ることによって、あの目の覚めるような末脚を使える馬です。牝馬らしいというか、ああいう極上の切れ味を披露する馬にはよくある傾向です。牡馬ではイコピコなどがそうでした。馬群から離れたポジションをポツンと追走することで、気持ちが溜まっていき、それがゴーサインを出したあとの集中力として爆発するのです。おそらく、ハープスターはとても繊細な馬なのだと思います。

ハープスター陣営も川田将雅騎手もそんなこと百も承知です。それでは、なぜ今回の京都記念はそういった競馬をしなかったのかというと、つまりトライアルだからです。いろいろと試すことができるのがトライアルであり、その結果を踏まえて本番に臨むのです。ハープスター陣営としては、古馬となって成長した今ならば、もしかしたら馬群に入れても気負うことなく、いつもの末脚一閃を見せてくれるかもしれないと期待したのです。もちろん、そういった競馬ができないと、この先、世界レベルの高い争いで勝ち切ることが難しくなることを見据えてのことです。凱旋門賞における川田騎手の騎乗が批判されますが、ハープスターの力を最大限に発揮するにはあの乗り方しかなかったのです。でもあのポジションは凱旋門賞の勝ちポジではなく、トレヴの走ったところが勝ちポジです。

ハープスターは周りの馬を気にするように気負って走る姿を見せていたように、結果的には陣営の試みは失敗に終わってしまいました。ハープスターは馬群から離したポジションで気を溜めるのがベストであることがはっきりと分かった以上、次のドバイシーマクラシックではそういったレースをするはずです。どうしても他力本願なレースになりますが、それはハープスターのタイプを考えると仕方ありませんね。

今週は今年に入って初のG1レース、フェブラリーSです。2月22日に行われるなんて、なんかのサインかと思ってしまいますが、それよりも私はフェブラリーSの勝ちポジを中心にレースを考えてみたいと思います。フェブラリーSが行われる東京ダート1600mは、スタート後、内からだと150m、外からだと180mほど芝部分を走ることになります。ほんの少しだけ外の馬の方が芝を走る距離が長いということですね。さらにバンクのようになっている関係で、外の方が少し高い位置からのスタートになります。先行したい馬にとっては、外から芝と傾斜を生かしてスムーズにポジションが取れるのです。逆に内を走らされると、外から包まれたりしてスムーズさを欠くレースを強いられることになりがちです。

また、芝並みのラップが刻まれるのですが、砂が軽く脚抜きも良いため、前に行った馬が意外と止まらない傾向があります。まるでアメリカの競馬のように、スタートしてから前へ前へと進んで、その勢いを最後まで持続させることが求められるのです。よって、勝ちポジは前から2、3番手ということになります。逃げてしまうと、明らかに目標にされてしまう分、厳しいでしょう。今年はどの馬が勝ちポジを走れるのでしょうか。

Febskatiposi

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歴史に残る一騎打ちを

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今年最後のG1レースという意味であれば、ほとんどの競馬ファンにとって、東京大賞典と有馬記念は似ているレースなのでしょう。終い良ければ全て良しではありませんが、最後ぐらいは馬券を当てて今年を締めくくりたい、来年を迎えたいと思うのは誰しもが抱く自然な感情です。しかも東京大賞典は有馬記念のあとに行われる以上、二重の意味において、最後のG1レースとしての機能を果たすことになります。そう、有馬記念が当たらなかった競馬ファンにとって、東京大賞典はラストチャンスのレースなのです。

今年も素晴らしいメンバーが集まりました。ここ最近はJBCクラシック→チャンピオンC(昨年まではJCダート)→東京大賞典という王道が確立されたことで、中央と地方のダート馬たちはローテーションが組みやすくなりました。天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念と同じで、どこのレースを目標とするかによってローテーションが変わってきます。

1着の賞金額を見てみると、JBCクラシック(8000万円)→チャンピオンC(9000万円)→東京大賞典(7000万円)ですから、最も強い馬はチャンピオンCに照準を合わせてJBCクラシックから使い始めるでしょうし、JBCクラシックを狙う馬はその前にひと叩きするかもしれません。東京大賞典は余力で勝負するレースであり、当初からここに照準を合わせる馬はいないはずです。

さて、今年の東京大賞典はホッコータルマエとローマンレジェンドの歴史に残る一騎打ちを期待します。ローテーション論でいうと、ホッコータルマエはドバイ遠征明けで体調のさほど優れなかったJBCクラシックを叩き、一変したチャンピオンCでは見事に勝利しました。体調のカーブは依然上向きですから、ここでもきっちりと実力を発揮することができるはずです。この馬はダート馬としては非の打ちどころのない馬体と気性であり、キングカメハメハ産駒のダート馬としては完成形ですね。幸騎手も安心して騎乗できますし、負ける気がしないというのが正直なところでしょう。

ローマンレジェンドは敢えてレース間隔を開けて、JBCをパスしてチャンピオンCに臨みましたが、最後の直線では休み明けの分、スタミナ切れを起こしてしまいました。馬体を併せてからの叩き合いの中で、ひと叩きされたホッコータルマエとぶっつけのローマンレジェンドの差が出てしまったようです。結果的には、チャンピオンCを叩いた形になったので、3頭の中ではローマンレジェンドが前走からの上積み、つまり上昇度という点においてはいちばんだと思います。それほど数を使われていませんし、ダート馬としては老け込む年齢ではありませんので、ホッコータルマエを逆転する可能性も十分にあります。大井競馬場の2000mはスタートしてから第1コーナーまでが長いですし、馬群を嫌う馬なので外枠はかえって好都合かもしれません。藤原英昭厩舎は今年まだG1レースを勝っていませんので、ここに全力投球してくることは間違いありません。

コパノリッキーは休み明けのJBCクラシックを圧勝しましたが、その反動が出たのか、チャンピオンCでは行き脚がつかず、自分の型に持ち込むことができずに惨敗を喫してしまいました。陣営の思いの外、JBCクラシックで仕上がっていたのだと思います。また、芝でも通用しそうな軽いスピードがある馬ですから、上りが35秒台ぐらいのスピードレースが最も合う舞台です。東京大賞典では、雨でも降らない限り、なかなかそういうレースにはなりませんので、普通に走ってしまうと、ホッコータルマエにマークされて、パワーの前に屈することになるはずです。

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最後まで待つことのできた者が

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思い出の有馬記念と聞かれれば、オグリキャップが奇跡的なラストランを飾った有馬記念、トウカイテイオーの背で田原成貴騎手が涙した有馬記念、ヒシアマゾンが負けて言葉を失った有馬記念、1レース10万円勝負をしていたのにどうしても賭けることができなかった、グラスワンダーがスペシャルウィークをハナ差抑えた有馬記念など、両手でも数えきれない思い出があります。そして、そのほとんどは、馬券は負けて、寒風吹きすさぶ中、人波に揉まれてオケラ街道をただ歩くという身体感覚と密接に結びついています。人生における、辛かったり苦しかったりする思い出ほどしっかりと身に刻まれているのは、私だけでしょうか。

さて、今回は数々の思い出の有馬記念の中でも、上には挙げなかった1997年のそれについて書きたいと思います。私が競馬を始めて7年目が終わろうとしている、ちょうど競馬の何たるかが少しずつ分かってきた頃のこと。その年の有馬記念には、日本競馬史上最強牝馬の1頭であるエアグルーヴ、宝塚記念を勝利してから半年の休み明けで臨んできたマーベラスサンデー、オークスと秋華賞を制した勢いをそのままぶつけてきたメジロドーベル、そして牡馬クラシックで人気になりながらも勝てなかったシルクジャスティスといった、年齢も性別も異なる実力馬たちが出走し、人気を分け合っていました。

実績的には最上位であるエアグルーヴは、天皇賞秋を勝ち、ジャパンカップでピルサドスキーに次ぐ2着し、秋3戦目を迎えていました。この馬が1番人気に推されなかったのは、誰しもが、エアグルーヴの疲れや調子落ちを心配していたからでした。牝馬の調整ノウハウが進化した今とは違い、当時は牝馬が牡馬を相手に秋の王道(天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念)を走り抜くこと自体、にわかに信じられないことでした(そういった時代背景抜きに、最強牝馬はどの馬かを語るのはナンセンスだと思います)。実際に、さすがのエアグルーヴも天皇賞秋をピークにして、調子は下降線を辿っていました。

押し出される形で1番人気になったのは、マーベラスサンデーでした。しかし、この馬も宝塚記念以来であり、何とか間に合ったという状況で、決して本調子にはありませんでした。メジロドーベルも牝馬同士なら一枚も二枚も上の存在ですが、いきなり古馬の牡馬との対戦で通用するのか分かりません。そして、実はシルクジャスティスこそが、私は日本ダービーでも菊花賞でも本命に推したものの、末脚不発の競馬で期待に応えてくれることなく、今回ついに見限ってしまった馬でした。あれだけ長い府中や京都の直線でも届かなかったのに、中山の短い直線で届くはずがないと考えたからでした。

ゲートが開くと、エアグルーヴはペリエ騎手が自信満々に前を攻め、マーベラスサンデーは慎重に控えて後方から、シルクジャスティスは案の定、さらにその後ろから行くことに。レースが動いたのは最終の第4コーナー手前からでした。タイキブリザードが先頭に踊り出ると、エアグルーヴも力で押し切ろうとゴーサインを出し、さらにそれを見た武豊マーベラスサンデーも外をまくる形で動き始めました。この瞬間を狙っていたのが藤田伸二騎手でした。他の有力馬が動く中、ひとり仕掛けを遅らせて脚を溜め、最後の直線に向いてからの末脚に賭けたのでした。ゴール前で見事に2頭を差し切ることができたのは、力の差ではなく仕掛けのタイミングの差でした。背負うものが多い人馬ほど、仕掛けが早くなるという原理を藤田伸二騎手は応用したのです。そして私は、このレースにおいて、直線の長い短いではなく、各馬が一斉に仕掛けることで、届かないものが届くようになることを学んだのでした。

さて、今年の有馬記念には最高のメンバーが揃いました。平成を代表する女傑ジェンティルドンナとワールドランキング1位のジャスタウェイが引退レースとして、充実の4歳秋を迎えたエピファネイアはジャパンカップ圧勝の実力を証明するため、ゴールドシップはグランプリ4勝目の偉業を目指して、そして3歳馬ワンアンドオンリーは日本ダービー馬の威信を賭けて出走してきます。彼ら彼女らの背中には、日本競馬を代表する戸崎圭太騎手、福永祐一騎手、川田将雅騎手、岩田康誠騎手、横山典弘騎手が跨ります。どの馬が勝っても不思議ではありませんね。こういうときこそ、最後まで仕掛けを待つことのできた者が勝利を手にするのではないかと私は思います。

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バースデイ・コントロール

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私は3月が誕生日の、いわゆる早生まれです。1年を区切りとして見るから早生まれですが、学年という区切りで見ると遅生まれになります。つまり、前年の4月に生まれた子どもと、およそ1年近い成長期間の差があるにもかかわらず、同じ学年ということになります。今の私の年齢になればほとんど差はなくなりますが、まだ小さい時期の成長過程における1年の差というものは意外と大きいものです。

だからということではないかもしれませんが、私は小さい頃から何をやっても人並み以上にできたことはありませんでした。幼稚園の駆けっこでは、他の子どもたちが懸命にゴールを目指している中、ほとんど歩いて完走しました。両親いわく、なぜ競争するのかの意味さえ分かっていなかったそうです(笑)。物心つくのも遅く、小学4年生より前の記憶がほとんどありません。6年生の時に入った野球チームでも、5年生のチームに入ってやっとレギュラーの座をもらいました。勉強もそれほどできた方ではなかったと思います。

自分は他の人よりも世の中が分かっていないなあと思うことは多々あり(社会的に幼いという意味合いで)、それは大学生の頃から社会人になってより強く感じるようになり、今になってようやく周りに追いついてきたと思えるようになりました。遅生まれの何が問題かというと、私たちの人間社会は学年で区切られるため、1年もの成長期間の差がある子どもたちが同じ土俵で競争し、評価されるということです。

マルコム・グラッドウェルの著書「天才!成功する人々の法則」の中に、この早生まれ、遅生まれについての記述があります。カナダのアイスホッケーの強豪チームの年鑑を何気なく見ていた著者は、ある共通点に気づきました。それは選抜選手たちの誕生日が1月~3月に集中していることでした。カナダでは1月~12月という学年の区切り方をしているので、1月~3月に早く生まれた子どもたちはその分、成長が早く、身体も大きくなり、身体能力も高くなり、競争に有利になります。そういった状況で選抜が進むことで、早く生まれた子どもたちはより優遇された環境やレベルの高い競争の中で訓練され、さらに高みを目指していきます。一方、遅生まれの子どもたちは早々に競争から脱落し、そこから這い上がってゆくのは困難になるという分かりやすい図式です。これはスポーツの分野において顕著ですが、もちろん勉学の面にも大きく影響しているはずです。

前置きが長くなりましたが、競馬の世界も同じことが当てはまります。基礎能力というものがありますので、早く生まれたらそれで良いということではありませんが、もし同じ能力を持って生まれたとしたら、早く生まれた方が圧倒的に有利ということです。それだけ早くから馴致や育成に入れますし、その分、成長も早く、早くからデビューすることができ、勝って賞金を稼いでおくことで、その後のローテーションを無理することなく、馬の成長を促しながら調整を進めることができます。だからこそ、早生まれの馬はクラシック戦線に乗りやすく、遅生まれの馬は若駒の頃はよほど能力が高くないと厳しい戦いを強いられます。ちなみに、今年の日本ダービー馬であるワンアンドオンリーは2月23日生まれでした。

最近になって、社台グループはこういった発想を意識的に取り入れようとしている、つまり誕生日をコントロールしようと試みています。できるだけ早めに種付けを行い、受胎することで、早く生ませることが可能になるのです。もちろん生き物ですので、完全なバースデイ・コントロールは不可能ですが、有力な種牡馬のほとんどを所有しており、あまたの繁殖牝馬を抱えているからこそできる戦略であり、おそらくかなり有効だと思います。中小牧場の種付けはどうしても後に回されてしまうため、血統構成や配合という話の前に、誕生した月日によって大きな差をつけられてしまうのです。そんなところにも社台グループと日高の中小牧場の差は見え隠れしています。

今年の朝日杯フューチュリティSには、オルフェ―ヴルの全弟アッシュゴールドが登場します。実はオルフェ―ヴルは5月14日と遅生まれであり、それゆえに2歳時はもちろん3歳の皐月賞前までは凡走を繰り返していました。その上であるドリームジャーニーは2月24日生まれですから、朝日杯フューチュリティSの時点で素質を開花させることができました。そういった経緯を含めて、この黄金配合から早生まれを誕生させようという試みが完成したのが1月31日生まれのアッシュゴールドです。最後に、朝日杯フューチュリティSの有力馬の誕生日を挙げると以下のようになります。

アッシュゴールド 1月31日
クラリティスカイ 3月7日
ダノンプラチナ 3月23日
ブライトエンブレム 4月6日
ナヴィオン 4月9日

早く生まれたら勝つということではありませんが、誕生日の早い遅いがレースの結果にどのようにつながるのか、大変興味深いところですね。

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負けた騎手が勝たせる

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ある読者の方から、岩田康誠騎手について、こんなメールをいただきました。ちょうどマイルCSのあと、「そろそろ負けを認めた方がいい」という観戦記を書いたところでしたので、また武豊騎手の威を借りた岩田騎手批判かと内心思ったのですが(笑)、そうではありませんでした。乗馬という視点から、岩田康誠騎手の騎乗技術について書かれていました。私も共感するところが多く、許可を取った上で、こちらに掲載させていただきます。

私は乗るほうも少しかじるのですが、私の馬乗りの師匠はまだ地方騎手だった頃の彼が乗馬用の馬場で乗っているのを実際に見たことのある人で(考えたらものすごく珍しい証人ですねえ。自クラブでのことです)、「岩田はあたりが柔らかい、あんなに柔らかい拳は見たことがない、天才だ」とずーっと絶賛しております。

大方のメディアやそれに同調する世間がバッシングする中、これはかなり意外だったので以来そういう目で見てきて思いました、確かにすごい技術の持ち主でしかし無意識に的確に発揮しているあたりやはり天才肌です。今年のマイルCS、4角~直線の手綱のバランスとハミ受け、重心移動のタイミングなど、すべての馬乗りが理屈ではわかっていても反応できないことを瞬時にやってのけるのは、やっぱり脊髄反射的で、だからなかなか言葉にできないのかもしれません。

手綱がゆるんでいるようで、コンタクトは外れてないというのは、日本においては案外競馬の世界にいるひとより馬術家のほうがわかることかもしれません。私のようなへたくそが見ても、欧米の騎手と比較して、日本の騎手は「馬乗り」の基礎が不足しているのではないかと思うことがよくあります。いわゆる「ぶっぱなして乗る」のがスタンダードになっている。これはレースだけでなく調教でもそうですね。馬術上がりの乗り手が多いといわれる厩舎と岩田騎手の相性が悪くないような感じがしています。

私が観戦記には書かなかったことを書いてくださっていますね。メチャクチャなフォームで乗っているようでいて、実は基本は外していない。むしろそれ以上の乗り方をしているからこそ、非常識だと突っ込まれる部分もあるし、その凄さは分かる人にしか分からない。マイルCSのゴール前のフォームを見ると、もう彼は馬に乗るというよりは、馬と一緒に走って闘っているようです。これぞ人馬一体。あのレスター・ピゴット騎手も野平祐二騎手も、本当に勝たなければならないときには、スタンドの方を向いて馬を追っていました。フォームが美しいことよりも、たとえ鼻差でも勝つことを希求するからです。

岩田康誠騎手ほど誤解され、過小評価されているジョッキーはいないかもしれません。その誤解のひとつとして、どんなレースでも、手段を選ばず、とにかく勝ちに行く、勝利至上主義だというもの。彼は勝たなければならないときには、人目も憚らず、がむしゃらに勝ちに行きますが、そうではないとき、馬を育てるべきときには、勝つことよりも馬を育てることを優先する騎手です。ぶっ放してしまえば勝てるレースでも、馬に我慢して折り合うことを教えることに徹します。その結果、目の前のレースは惜しくも敗れることになってしまったとしても、先々のレースにおいて、馬が上手に走られるようになり、大きな勝利を手に入れることにつながります。そのとき、自分が背にいるかどうかは関係ありません。

たとえば、今回の阪神ジュベナイルFにも岩田騎手によって育てられた2頭の牝馬が出走してきます。レッツゴードンキとダノングラシアス。2頭とも、岩田騎手が乗って、前走の重賞を1番人気で落としていますが、勝とうと思えば勝てたレースでした。スローペースは分かっていても、前に行かず、道中で我慢することを教え込んだからこそ、僅かに届きませんでした。わざと負けたわけではありませんが、本当に勝ちたいところで勝つためには、馬を育てるレースがあるということです。今回のレースでは、岩田騎手は香港に遠征するため、浜中俊騎手とビュイック騎手に乗り替わりますが、2頭はどんな走りをするでしょうか。勝利ジョッキー騎手以上に、前走で負けた騎手が勝たせるというレースがあるのも競馬なのです。

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強い馬たちと走ることで強くなる

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先日、銀座稲荷町の「一番太鼓」で日高の生産者と話す機会がありました。実は11月に私が北海道に行く予定でしたが、流れてしまい、その代わりに東京でお会いすることになったのです。彼は碧雲(へきうん)牧場の代表であり、ちょうど当日の8Rで生産馬のトウカイビジョン(父ゴールドアリュール)が勝利したこともあって、満面の笑みでの初対面となりました。「1勝するのは本当に難しいですけど、勝つと最高にうれしいです」と語る彼からは、本当に嬉しさが伝わってきて、羨ましいほどでした。

「生産者の仕事はとにかく待ってばかりです」と彼は言いました。母馬から取り出した仔馬が成長し、育成に入り、厩舎での調教を経てデビューするまで、待って、待って、ひたすら待つばかり。ようやくデビューできたら、次は初勝利を挙げるのを待つ。結果が出るまでのスパンが極めて長い仕事ですね。そうして待ちながらも、今、目の前にいる馬たちに愛情を注ぎ、未来へ向けて少しずつ改善を重ねていく毎日。彼は東京でずっとサラリーマンをやってきましたが、最近になって父親の牧場を受け継ぎ奮闘しています。

なぜ社台グループと日高の中小牧場の差がこんなにも開いてしまったのか、これからの日本の競馬の未来、日高の生産者はどう生き残っていくかなどなど、たくさん興味深い話ができて皆さんにもいつかお伝えしたいのですが、今回はあまり生産とは関係のない話をします(笑)。というのも、彼が教えてくれたことの中でも最もなるほどと納得させられた話ですし、もしかすると、今週行われるG1チャンピオンCと多少なりとも関係があるかもしれません。それは中央馬と地方馬のレベルの差の話です。

11月3日に盛岡競馬場に行って、JBCクラシックを観戦したとき、コパノリッキーは圧倒的に強いことと同時に、地方馬があまりにも弱いことに衝撃を受けました。中央馬が参戦できる地方の重賞によくある風景ですが、JBCクラシックも1着から5着までは中央馬で占められました。6着に唯一ナムラタイタンが入って地方馬が健闘したと言いたいところですが、ナムラタイタンも元中央競馬所属馬です。ナムラタイタンも含めると、1~7着までが中央馬で、8~16着までが地方馬と見事に分かれてしまっています。

着順以上に衝撃を受けたのは、道中でコパノリッキーが耳を前に向けて余裕綽々でリラックスして走っているにもかかわらず、地方の馬たちは追走に手間取って、騎手に追っつけられながら走っているのでした。その差はゴールに向けて縮まるどころか広がる一方。最終的にはコパノリッキーと地方馬として再先着したコミュニティとの間には2秒6のタイム差がありました。1秒6馬身として計算すると、16馬身近く離されてゴールしたことになります。これではもう勝負にならないのは明らかです。正直に言うと、同じサラブレッドとは思えない力差でした。

なぜ中央馬と地方馬の間でこんなにも大きな違いが出てしまうのか?コパノリッキーは日高の生産馬ですし、決して高い馬ではありませんでしたので、地方競馬に所属する可能性だってあった馬です。血統もそうですし、今やどの馬も充実した施設で育成をされていますので、その時点でそれほど大きな差があるとは思えません。だからこそ、実際に競馬に携わっている人の生の声を私は聞いてみたかったのです。ちなみに、私の中での答えは、中央と地方のトレセンの施設の差が最大の要因であるというものでた。しかし、彼はまた違う答えでした。彼はこう言ったのです。「走っているレースのレベルの違いだと思います。強くて速い馬たちと一緒に走ることで速く走れるようになり強くなる」と。

言われてみると当たり前のようですが、それまで外的な要因や環境にばかり目を向けていて、高いレベルで競争することで馬も強くなるという視点を失っていました。これは競馬のレースだけではなく、私たちの日常におけるあらゆるケースにも当てはめて考えることができますね。もちろん、それが全てではありませんが、とても的を射た答えだと私は感心しました。それでは、中央の舞台で揉まれている馬がさらに強くなるには、どうすれば良いのでしょうか。そう考えたとき、世界の強い馬たちと世界の舞台で争う意義がまたひとつ見つかりますね。

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世界をどう見るのか

Jiromaru

ほとんどと言ってよいほど季節感のない私が、11月も末になると底冷えのする寒さになることを知っているのは、1995年のジャパンカップの日、朝から東京競馬場のスタンドに座り続けていたからです。大好きだったヒシアマゾンという牝馬を応援するために、いやジャパンカップを勝つ瞬間に何としても居合わせたいという熱い想いを秘めて、始発に乗り、開門と同時に門をくぐったのでした。

あの日は午前中からすでにたくさんの競馬ファンが詰めかけており、凄まじい熱狂ではあったのですが、寒風が吹きすさぶスタンドにいると、ジッとしていられないほどの寒さでした。それでも私は、まるで金縛りにあったかのように、その場から一歩たりとも動くことができませんでした。ヒシアマゾンが目の前で勝つのを見ることが、待ち遠しくて仕方がなかったのだと思います。

そんな私の想いを打ち砕くかのように、女傑ヒシアマゾンの前を1頭だけ走る馬がいました。最後の直線、追っても追っても差が縮まらない、むしろ少しずつ離されていくようでした。ゴール板を過ぎるまで、声を枯らして声援を送りましたが、結局、ヒシアマゾンは届かず、1馬身半差の2着に敗れてしまったのです。まさかヒシアマゾンが負けるとは思わず、私は茫然自失になりながらも、わずかに残っていた意識の助けを借りて馬柱を探し、勝った馬がランドという名前のドイツ馬であることを知ったのです。私が初めてドイツ馬を強烈に意識したのは、あの時でした。

それ以来、ドイツ馬について学んでいく過程で、ドイツにはヨーロッパ各国の中では異色ともいえる生産や血統に関する考え方があることを知りました。その中でも、牝系を重視し、牝馬が生まれると頭文字を母と揃えていく習慣があり、SラインやAラインといった多くの名馬を生み出した系統があることが分かってきました(ランドの牝系はLライン)。種牡馬が何よりも重要視される日本の競馬や生産の考え方とは一線を画するもので、同じものごとでも、表から見るのと裏から見るのとでは、これほどまでに見える世界が違うのかと驚かされたものです。

ドイツ馬産の極意については、「ROUNDERS」vol.2にてルドルフおやじさんが全て書いてくださったので、核心を物語る部分だけ引用させていただきたいと思います。

ドイツ馬産では、Aという牝馬の特徴を育てたいと思えば、それがAラインという血脈になるし、Bという牝馬の特徴を育てたいと思えば、それがBラインということになるのである。どうやら牝系の「質」を問うというのがドイツ馬産の極意らしい。ファミリーナンバーは、あくまで神が創りたもうた遺伝子に逆らうことなく牝馬を分類した結果であるが、ドイツのラインは人間の意思がもたらした結果なのである。そう、今からAという馬の特徴を尊重しながら少しずつ少しずつ牝系を改良していこうという意思である。

ドイツの馬産家はこの意思を決して曲げることはない。だからこそ、牝系のもつ特徴を守りながら慎重に育ててきた牝馬には、サンデーサイレンスのような強烈な遺伝力をもったチャンピオンクラスの種牡馬を付けたりはしない。Aラインの特徴がサンデーサイレンスの強い遺伝子によって傷つけられてしまうからである。そう、サンデーの遺伝子によってAがサンデーになってしまうことをドイツの馬産家は恐れるのである。

なぜ今回このような話を書いたかというと、私の心のどこかに、そろそろ外国馬に勝ってほしいという願望があるからだと思います。あらゆる意味において内弁慶のレースとなってしまったジャパンカップにおいて、ドイツの現役最強馬が勝利することで、少しは私たちの目が覚めるのではないか。(海外の競馬関係者から見ると)カチコチの馬場で32秒台の上がり勝負になる特殊なレースでは、重厚なドイツ血統のアイヴァンホウに勝ち目がほとんどないことなど百も承知ですが、それでもあのときランドが勝って私が世界に目を向けるきっかけとなったように、もう1度、彼我の違いを思い知るきっかけとして、外国馬に勝ってもらいたいという期待があるのです。かつてジャパンカップを外国馬が席巻していた時代に、「普段重いバットを振っている選手は軽いバットでも打てるんですよ」と井崎脩五郎さんが言った言葉を、私は今でも覚えています(ご本人は忘れていらっしゃると思いますが)。ドイツ馬アイヴァンホウがどんな走りを見せてくれるのか、日本の競馬の未来を占う一戦として見届けたいと思います。

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未来に語り継ぎたい名馬たち

Jiromaru

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雑誌「優駿」の「未来に語り継ぎたい名馬」企画に投票しました。最初は思いつく限りの名馬を書き出して、そこから10頭をピックアップしてから順位づけをしていこうと考えていましたが、あまりにも語り継ぎたい名馬が多すぎて、すぐに無理だと気づきました。そこでひとまず頭を真っ白にし、思い浮かんだ順番に10頭を列挙していくことに。書き直しなしの一発勝負でしたが、書き終わったあとに見てみると、なかなかの出来栄えではないでしょうか。もちろん、今にも馬名が口から出てしまいそうなのに、ここには書けなかった名馬もたくさんいますけど。

ざっと眺めてもらうと、1頭だけ不思議な馬がいることに気づかれると思います。そう、ホゲットミーノットという名前の馬です。この名前を聞いてピンと来た人は、かなり昔から競馬を楽しまれている方でしょう。英語にすると、forget-me-not。忘れな草のことです。フォゲットミーノットとしたかったけれど、9文字という馬名制限のため、ちょっと寸詰まりの、それでいて可愛らしい響きの名前になったのだと思います。かつてもこの馬のことについては書いたことがありますが、なにせ私の中では7位に入っている名馬ですので、再び語り継がせていただきます。

ホゲットミーノットとの出会いは1990年。競馬を始めたばかりの私は、目の前で行われているレースの全てが新鮮で、朝10時前には後楽園ウインズに到着し、1レースからしっかりと競馬を楽しんでいました。そんな中、とあるレースで、全く予想だにしていなかった馬が、想像を絶する後方の位置取りから突っ込んできたのです。枠連しかなかった当時としては珍しい万馬券でした。

大穴を開けた馬の成績欄を新聞で確認すると、前走は11着、前々走は8着、その前は11着とありました。しかも、いずれも勝ち馬から10馬身以上離された大敗。専門家の誰一人として印を打っている者はいません。どこをどう見ても、この馬が好走する理由などなかったのです。私は途方に暮れて、その馬の名前をふと眺めてみました。「ホゲットミーノット(私を忘れないで)」。その瞬間、私は彼女のファンになったのでした。

それ以来、1ヶ月に2度のペースで出走を繰り返す彼女に私は賭け続けました。しかし、追い込んで届かずというよりは、後方そのままといったまるで見せ場のないレースばかり。いくら好きになった馬とはいえ、そんなレースを見せ続けられると、人間というもの少しずつ気持ちが薄らいでいきます。そうしたある日、ふとした都合で彼女のレースを見逃してしまいました。後日、ホゲットミーノットが10番人気で大穴を開けたということを聞いた時、私は自分の想いの弱さにがっかりしました。ちょうど私が忘れてしまった頃、忘れないでという名の彼女はやって来たのでした。

私の大好きな写真家であり、アラスカを旅する冒険家でもあった星野道夫さんの書いた「ワスレナグサ」というエッセイがあります。このエッセイを読んだのは、ホゲットミーノットと出会う前だったか後だったか忘れてしまいましたが、今となっては私の中では同時に連想されるほど密接につながっています。私の拙文の後に引用するには気が引けるほどの名文ですが、それでもホゲットミーノットと「ワスレナグサ」の想いを共有したいので、ぜひお読みください。

ワスレナグサは、英語でforget-me-not、このいじらしいほど可憐な花が、荒々しい自然を内包するアラスカの州花であることが嬉しかった。

「アラスカ州の花って知ってる?」

と幾分自慢げに、これまで何人の人に話してきただろう。一瞬の夏、その限られた持ち時間の中で一生懸命開花しようとする極北の花々は、ワスレナグサに限らず、どれだって美しいのだが…。

もう何年か前、北極海沿岸で過ごしたベースキャンプの近くでもワスレナグサは咲いていた。こんな地の果てで、誰に見られることもなく、淡いブルーの花びらをひっそりと開かせていた。

その時ぼくは、ある自然番組を作りに来たテレビ局のスタッフと一緒だった。が、さまざまな悪条件が重なり、撮影はうまくはかどらず、時間だけがどんどんと過ぎていった。番組を撮ってかえらなければならないという焦る気持ちは、わかり過ぎるぐらいわかっていたが、誰もがそのことで頭がいっぱいで、自然を本当に見てはいないような気がした。ギクシャクとした雰囲気の中で、ある時少し心配になり、ディレクターと2人だけで話すことにした。

これだけ一生懸命やったんだし、相手は自然なんだから、それはしょうがないんじゃないかと。たとえば、あと十年とか二十年たった時にふりかえってみて、その番組が少しうまく撮れたとか、撮れなかったなんて、きっとそれほど大した問題ではないと…それよりも1日のうち15分でも30分でもいいから、仕事のことをすべて忘れて、今ここに自分がいて、花が咲いていたり、風が吹いていたり、遥かな北極海のほとりでキャンプしていることをしっかり見ておかないと、こんな場所にはなかなか来れないんだし、すごくもったいない気がすると…風に揺れるワスレナグサもそんなことを語りかけているような気がした。私たちが生きることができるのは、過去でもなく未来でもなく、ただ今しかないのだと。

(中略)

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。

頬を撫でる極北の風の感触、夏のツンドラの甘い匂い、白夜の淡い光、見過ごしそうな小さなワスレナグサのたたずまい…ふと立ち止まり、少し気持ちを込めて、五感の記憶の中にそんな風景を残してゆきたい。何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。あわただしい、人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい。そんなことを、いつの日か、自分の子どもに伝えてゆけるだろうか。

(「旅をする木」より)

ホゲットミーノットは競馬の難しさ、そしてサラブレッドの不思議さを私に教えてくれました。来そうだと思えば全く見せ場なく惨敗し、どう考えても来ないと思えば後方から突っ込んで来る。芝・ダート、長距離・短距離問わず、好走し、凡走しました。馬券的な相性は全くと言ってよいほど良くなかったのですが、私は彼女を追っかけたことで、競馬の世界には私たちの手の及ばない神の力のようなものが働いていることを知りました。私たちが頭で考えるよりも、競馬はもっと複雑で豊かなのだと。それは諦めではなく、未知の世界に対する希望のようなものでした。

競馬を始めたばかりの当時の私は、条件戦とG1レースの間にある大きな溝を知りませんでしたから、ホゲットミーノットがG1レースの舞台で後方から一気に追い込んでくるシーンを想像したりしていましたが、ホゲットミーノットは結局、大きなレースを勝つことはありませんでしたし、G1レースに出走することもできませんでした。それでも、私は彼女のことを忘れまいと、しっかりと彼女の走りを見ました。重賞レースばかりが競馬ではありませんし、レースを勝つことだけが大切なわけではありません。そこに馬がいて、たくさんの人々のサポートや応援を受けて走ること。そうしたひとつひとつが競馬であり、本当は1頭1頭が名馬なのです。さあ、今年のマイルCSも、名馬たちの走りを楽しみましょう。

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美しく儚い動物を守っていきたい

Jiromaru

エリザベス女王杯にはたくさんの思い出がありますが、ふとした瞬間に記憶が蘇り、私の心を鷲掴みにし、そのこと以外は考えられなくなってしまうレースがあります。1992年のエリザベス女王杯です。もう今となっては風化してしまい、知る人ぞ知る出来事となり、ピンと来た方の方が少ないと思います。日本の競馬における暗黒の歴史であるため、マスコミはあえて触れることはありませんし、忘れたい人も多いのかもしれません。私も蒸し返すつもりは毛頭ありませんが、トラウマのようなもので、どうしてもあのレースのことが鮮明に蘇ってくる時期があるのです。

この年のエリザベス女王杯は、レース前から異常な盛り上がりを見せていました。本番でも人気を集めそうなサンエイサンキューに騎乗する田原成貴騎手が、最終追い切りに跨ったのち、報道陣に対し、調子が下降線を辿っていることを告げたことから始まります。

「ふだんは抑えきれないほど引っ掛かって行く馬が、今日は全く掛かって行かない。ショックだねぇ。元気がないよ。状態は一番悪いんじゃないかな。こんなんで勝てるほどG1は甘くないよ」

今の日本の騎手からは想像もできないようなコメントですが、良くも悪くも田原成貴騎手はそういう歯に衣を着せない発言をするジョッキーでした。本人としては、期待していたサンエイサンキューの体調があまりにも悪く感じ、そのことをストレートにマスコミの前で話してしまったに過ぎなかったのですが、マスコミは当然のことながらこれを大きく報道しました。それを聞いた調教師や調教助手、厩務員は揃って異を唱えました。

「きょうは予定通り軽めの調整に抑えた。使い込んでいるから速い時計はいらないよ。走りっぷりを見ても疲れはまったく感じられない。カイバ食いが落ちないから順調に調整を行うことができる。今回もいい状態で出走させることが出来そうだ」

さらにサンエイサンキューの馬主も加わって内輪もめとなり、またもやマスコミがそれを報じたため、大きな波紋を呼びました。サンエイサンキューが力を出し切れる状態にあるのかどうか、私たち競馬ファンにとっても知りたくて仕方がないことでした。これが単なる好調不調の問題ではなかったのは、サンエイサンキューのローテーションゆえ。サンエイサンキューはオークスを2着したのち、休養をはさむことなく、札幌記念を勝利し、函館記念(8着)を走り、トライアルであったサファイアS(1着)、そしてローズS(2着)を走って、本番のエリザベス女王杯に臨むことになったのでした。

どう見ても、オークス2着馬のローテーションではありません。たとえ使い減りしないタフなタイプであったとしても、G1レースのような消耗の激しい戦い(特に3歳牝馬にとって、府中の2400mはこたえる)を繰り広げ、さらに古馬を相手に激走したら、心身ともにクタクタになってしまいます。それは馬が生き物であるから。このローテーションを見て、酷使だと思わない競馬関係者はひとりもいないはずです。田原成貴騎手は早くから訴えを起こしていて、ローズSを使うと決まったときには「使わない方が…」と終始言い続けました。そういう経緯があってからのエリザベス女王杯前の先のコメントだったということです。その後、「2着以上なら坊主頭になる」という田原成貴騎手の発言がマスコミによって誇張されて報じられ、事態は収拾のつかないまま、騎手交代もないまま、レース本番へと突入したのでした。

結果としては、サンエイサンキューは直線で伸びを欠いて5着に敗れました。相手関係もありますので、サンエイサンキューが負けたから、やはり田原成貴騎手が正しかったということではありませんが、たしかに札幌記念で古馬を圧倒したときの状態になかったことは明らかでした。

今ならば分かるのですが、この問題の本質は、言葉を話すことができないサンエイサンキューの心の声を聞き、理解者であるべき人間たちがサンエイサンキューのことを考え、言葉の粋を尽くして話し合うべきだったにもかかわらず、マスコミが対立を煽ったことで肝心のサンエイサンキューが不在であったということです。そのことがサンエイサンキューの有馬記念出走につながり、悲劇として幕を閉じてしまうことになったのでした。

サンエイサンキューも田原成貴騎手も私たちの前から姿を消しましたが、この事件を祭り上げたマスコミとその関係者たちは、何もなかったかのように、今でも大手を振ってトレセンを闊歩しているのが現実です。あれから20年以上が経っても、日本のマスメディアや競馬ジャーナリズムは相変わらずですね。それでも、「この美しく儚い動物を守っていきたい」と著書に書いた角居勝彦調教師が、リーディングトレーナーのひとりとして、ラキシス、キャトルフィーユ、ディアデラマドレの3頭を出走させているように、時代は少しずつ良い方に変わってきていると私は信じています。

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ジェニュインの涙

Jiromaru

勝負の世界には、勝ちと負けが必ず存在します。今年の日本シリーズにおけるソフトバンクのような圧勝劇もあり、ほんの僅かな差で勝ち負けが決してしまうことも。大差の場合でも、実は見た目ほど実力差はないとうことが多いのですが、競馬でいうとハナ差のような僅かな差による決着にこそ、勝負の世界の厳しさや悲しさが凝縮され、大きなドラマが生まれるのです。そして、その僅かな違いに気づくことが、その世界の奥深さを知ることでもあり、勝負の世界をより魅力的なものにしてくれることは間違いありません。

天皇賞秋に3歳馬が出走し、古馬に立ち向かうようになったのは、つい最近のことであり、サンデーサイレンスという種牡馬の登場と軌を一にします。あり余るスピードと強烈な瞬発力をもつサンデーサイレンス産駒にとって、皐月賞と日本ダービーまでは守備範囲でも、菊花賞の3000mは距離が長いため、たとえ歴戦の古馬を敵に回しても、天皇賞秋に照準を絞ることの方が正しい選択となる場合が多いからです。その先陣を切ったのは、サンデーサイレンスの初年度産駒であるジェニュインでした。

この世代のクラシックは、フジキセキが戦線を離脱したことにより、皐月賞をジェニュインが制し、タヤスツヨシが日本ダービー馬となりました。いずれの馬もサンデーサイレンスの初年度産駒だけに、競馬関係者たちは驚きを隠せませんでした。そのうちの1頭であるジェニュインは、日本ダービーでも2着したのですが、母系は短距離血統であり、スピードとパワーで押し切るレースを身上とすることから、明確な意思によって天皇賞秋へと出走してきたのでした。夏を越し、春シーズンの勘を取り戻すかのように2戦を叩き、絶好調で天皇賞秋を迎えました。

結果的には、古馬のサクラチトセオーにハナ差で差し切られてしまい惜敗。しかし、スタートから先頭に立とうとする勢いで飛び出し、スッと控えてからも行き脚十分に先行し、最後の直線に向くと、あの岡部幸雄騎手のスタイルでもあった1頭だけ持ったまま状態で、いつでも抜け出せる手応え。古馬陣を引き連れて、横綱相撲をしてみせたのでした。さすがにあとひと押し足りず、3歳馬と古馬のパワーの違いをハナ差で教えられた格好にはなりましたが、それ以上に、3歳馬でもこの時期であれば勝てるチャンスはあるということを示してくれたのでした。

私はふと、ジェニュインは泣いたのかなと思いました。というのも、ジェニュインについて社台ファームの吉田照哉氏が書いた一節が思い浮かんだからです。

2歳時には、放牧地で仲間に頬の部分を蹴られるアクシデントに見舞われており、いまでも鼻ヅラの少し上の中央部分にくっきりとした陥没のあとが見られる。おそらくそのときの影響だと思うが、顔の右部分の神経の一部が麻痺しているのか、右目はいつも潤んでおり、ときには涙となってポロポロと落ちるときもある。 (「馬づくり馬そだての戦略」吉田照哉)

シンボリルドルフが天皇賞秋でギャロップダイナにまさかの敗北を喫したとき、レース後に泣いたという有名なエピソードがあります。写真家の今井壽惠氏がその涙に気づき、「ルドルフ、泣いている」と言ったそうです。目にゴミが入ったんじゃないと言う人もいるでしょう。ただ、日々馬と接している関係者たちが、自分が負けたことが分かっている馬は確かにいると言うのですから、負けた悔しさで涙することがあっても不思議はありませんね。そこに何を見るのか、どう解釈するかはその人次第です。

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伝説の新馬戦

Jiromaru

橋口弘次郎調教師は今年、ワンアンドオンリーで初めて日本ダービーの栄冠を手に入れましたが、実は今から18年前に最もダービーの近くまでいった馬がいました。手が届くほどに近くまで。そう、ダンスインザダークです。「あれだけの馬に巡り合うことは、もう二度とないよ」と、今でも自身が育てた馬の中で最強馬だと言って憚りません。それほどの傑出した能力を秘めていたダンスインザダークですが、皐月賞は熱発で回避、日本ダービーはフサイチコンコルドの大駆けに遭い、最後の最後に差し切られてしまったのです。

6月5日生まれのダンスインザダークは、典型的な晩成型のステイヤーでした。ラジオたんぱ杯で3着、きさらぎ賞で2着に敗れたのもそれゆえ、むしろ弥生賞で強い勝ち方をしたばっかりに、無理が祟ったというか、春のクラシックは肉体的にも精神的にも完成されていない中での走りだったと思います。皐月賞に臨む週に熱発を発症してしまったのも、ダービーであとひと踏ん張りが利かなかったのも、この馬としてはまだ本格化していない、成長途上の段階であったからでした。

素質の片鱗は完成されていない時期にこそ見えるものであって、私にとってはダンスインザダークのそれは今でも忘れられない1995年12月3日の新馬戦でした。ディープインパクトやサイレンススズカの新馬戦よりも鮮明に覚えています。なぜならば、同じ日のひとつあとのレースで、同じサンデーサイレンス産駒のロイヤルタッチがデビューを飾ったからです。第5レースのダンスインザダーク、そして第6レースのロイヤルタッチ、この2連続の新馬戦こそが伝説だと私は思うのですが、どちらの馬も素晴らしい勝ち方(走るフォームから折り合いや馬体の収縮性まで)をしたのです。

この時点では、ダンスインザダークとロイヤルタッチの素質は甲乙つけがたいと私は思っていましたので、翌年の春に2頭ともにクラシックのタイトルに手が届かなかったことが不思議で仕方ありませんでした。だからこそ、菊花賞こそはという思いが強く、1996年の菊花賞では意外にも人気がなかった(6番人気)ロイヤルタッチを本命に推しました。決してなめていた訳ではありませんが、その頃はまだダンスインザダークのステイヤーとしての資質や晩成型であることに気づいていなかったのだと思います。

私の本命であったロイヤルタッチもダービー馬であるフサイチコンコルドも、完璧な乗り方で力を出し切りましたが、それをまるで自身の新馬戦のようなレースをして差し切ったのがダンスインザダーク。勝負所で前から下がってきた馬に進路をふさがれて、武豊騎手が思い描いていたとおりのレースが全くできなかったにもかかわらず、最後の直線に向くや上がり33秒8の末脚を繰り出しました。典型的な菊花賞における本命馬の負けパターンでしたが、ダンスインザダークは破壊的な末脚で窮地から脱したのでした。

その末脚が直接の原因になったのかどうか分かりませんが、翌日に屈腱炎を発症し、引退することに。あのまま順調に古馬になっていたら、もしかすると日本の競馬の歴史を塗り替えるような活躍をしたような気がしてなりません。天皇賞春やジャパンカップ、有馬記念は当然として、そうヨーロッパに行ってもそのまま通用しそうな雰囲気を持った、見事なサラブレッドだったのです。今から思えば、そんなダンスインザダークを菊花賞で勝っていないなんて、本当に恥ずかしい限りです。

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◎ハクサンムーン

Jiromaru

友人に車を出してもらい、初めて新潟競馬場に行ったのは、もう12年も前のことになります。前日から温泉宿に宿泊し、飲めない私以外は美味しい地酒を飲み、当日は気持ちよく新潟競馬場に向かいました。もちろん、新潟競馬場で初めてのG1レースが行われたことがきっかけです。恥ずかしながら、私は今でも福島競馬場に行ったことがないように、たとえJRAの競馬場であっても、何かの理由がなければフラッとは行けないものですね。この年は、ビリーヴとショウナンカンプ、そしてアドマイヤコジーンという3頭の名馬たちが、私たちを新潟競馬場に導いてくれたのでした。

新潟までの長い車中、どの馬の単勝を買うかで私の頭は一杯でした。どちらを買うかという行ったり来たりではなく、3頭のうちのどの馬を買うかという逡巡。巡り巡って、回り回ってみても、どの馬が勝つかなんて分かりませんでした。結局のところ、1番人気に推されていたビリーヴは休みなく夏場も使い込まれていたことを理由に評価を下げ、前走の安田記念でお世話になったアドマイヤコジーンもマイラーとの理由で勝ち切れないと判断しました。

私が単勝を買ったのは、自分と誕生日が同じショウナンカンプ。そんな下らない理由だけではなく、同年の高松宮記念のスピードを生かした圧倒的な逃げ切りが印象に強かったのです。同じ平坦左回りのスプリント戦なら、高松宮記念が再現できると踏んだのでした。しかし、逃げるショウナンカンプをアドマイヤコジーンが競り落とそうとしたところを、ビリーヴがゴール前で内から少しだけ差すという結果に終わりました。夜の高速を飛ばして帰る車の中、スプリントG1で逃げ馬を買ってしまったことを深く反省し、やっぱり平坦コースは牝馬だよねなどとうんちくを傾けた記憶が鮮やかです。

さて、今年のスプリンターズSも新潟競馬場で行われます。日高町の白井牧場と浦河町の岡本牧場の生産馬に地方出身の騎手が乗る2頭が人気を分け合っていますね。実は今年も性懲りもなく、牡馬の逃げ馬ハクサンムーンに本命を打ちます。12年も経てば、あのときの苦い記憶も美しい思い出です(笑)。馬体評価では4つ星半としましたが、しっかりとしたローテーションを踏んできたという点で、ストレイトガールよりも上に見ました。この馬のスピードと粘り腰の強さはすでにG1級であり、後方からの競馬でも差してきた今年の高松宮記念の走りを見ても、ラストの脚の確かさを感じます。つまり、逃げて粘るというよりも、逃げてそこからさらに伸びることができる馬です。

今年の春シーズンは、昨年度、ロードカナロアと激戦を繰り広げた疲れが噴出してしまいましたが、間隔を十分に開けたことで、肉体的にも精神的にもリフレッシュされました。前走をひと叩きされて、万全の仕上がりで臨んできます。西園調教師の「中山だったら負けないと思う」というコメントに偽りはありません。新潟で牝馬の切れ味に屈することが唯一の心配材料ですが、この馬ならば私の12年越しの鬱憤を晴らしてくれるはずです。

Sprinters2014

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本当に大事なことは何度でも

Jiromaru

私のツイッター上で、ナリタトップロードの菊花賞で馬券が買えなかった話(手の汗でインクが消えてしまった)を書いたところ、ちょうどその週末の土曜日に函館競馬場でスペシャルウィークとグラスワンダーのお披露目式が行われました。この2頭が一緒に姿を見せると、あの有馬記念のことを多くの競馬ファンは思い出してしまうはずです。あの有馬記念は、私にとっても、最も熱く競馬に燃えていた時代であり、1レース10万円という無謀な勝負をしていた時期でもあり、いつでも思い出してしまうレースです。

この話は何度も書いてきていますが、何度でも語りたいと思います。作家の池澤夏樹さんが、私の大好きな写真家である星野道夫さんについて、こう書きました。「彼は本当に大事なことしか言わなかった。そして本当に大事なことは何度でも言った。大切な事は何度も何度も繰り返し語られる。そうするうちに言葉が本当に魔法のように胸に沁みてくる。まるで語り部が繰り返し同じ話を語るように。まるで昔話が同じ話を繰り返してきたように。何度も何度も同じ話を聞くうちにそれが聞く者のなかで継承されていくような本当に大切なことだけを彼は語った」。私は大事なこと以外もたくさん書きますが(当たらない予想とか)、大事なことは何度も繰り返して語りたいと思います。まるで昔話を語り継ぐように。

今から15年前、1レース10万円という勝負をしていた年、私に残された最後のチャンスは有馬記念でした。当時、手取り14万円だった私にとって、1年間では返しきれないほどの借金を背負って臨んだレースでした。実は前の週のスプリンターズSでブラックホークの単勝を買っていた私は、ほんの少しだけ負債を減らし、ほんの少しだけ気が楽になっていました。もしこの有馬記念が当たれば、逆転勝利の可能性も残されていたのでした。

しかし、この年の有馬記念には、スペシャルウィークとグラスワンダーという超一流馬が2頭出走してきました。スペシャルウィークはこの秋、天皇賞秋→ジャパンカップと連勝し、最後の大一番に臨んできました。特にジャパンカップでの強さは圧巻で、さらに調子を上げて来ているとの陣営のコメントもあり、全く隙のない馬に見えました。対するグラスワンダーも、辛勝した毎日王冠から間隔を開け、この有馬記念に向けて完全に仕上げ直してきました。しかも前年の覇者でもあります。この2頭のどちらが勝利するのかが焦点であり、圧倒的な人気を分け合うのは明らかでした。

私の選択肢は2つありました。ひとつは、この2頭以外の馬を買うこと。候補として考えていたのは、3歳馬のテイエムオペラオーでした。ミスター競馬こと故野平祐二さんが「ヨーロッパの馬みたいだ」と絶賛していたほど、力強いピッチ走法で駆けるテイエムオペラオーにとって、暮れの中山の時計の掛かる馬場が合っていないはずはありません。しかし、菊花賞で僅差の2着後、ステイヤーズSを使ってまさかの2着に敗れていました。前走、G3レースで負けていた馬が有馬記念で勝つということに少々無理があるのではと感じていました。

もうひとつは、賭け金を増やすこと。スペシャルウィークもグラスワンダーも2倍台の単勝オッズでしたので、たとえ当たったとしても、1レース10万円では逆転は不可能です。詳しくは書きません(書けません)が、○○万円を賭ければチャラ、それ以上賭けて当たれば、この年の大勝負を勝って終われる計算です。悪魔のささやきが聞こえてきました。「もうここまで負けているんだから、○○万円も○○万円も変わらないよ。男なら思い切って勝負しな」と。

悩みに悩んだ末、私は後者を選びました。いや、選んだというよりは、スペシャルウィークとグラスワンダーのどちらかが勝つのが必然と思ったのです。そうなると、賭け金を増やすしかありませんよね。私は腹を決めました。あとはどちらに賭けるかです。年始から単勝のみで勝負をしてきた私にとって、2頭の馬連という結論はありえませんでした。スペシャルウィークか、それともグラスワンダーか。まさに究極の選択でした。

この時ほど、切実に未来を知りたいと思ったことはありません。もしどこかに答えがあるならば、どんな手段を用いても手に入れたい。そんな気持ちでした。まるで頭から湯気が出るような気がしました。パドックを見ては考え、返し馬を見ては考え、競馬新聞を見ては考え。スペシャルウィークで間違いないと確信した次の瞬間には、グラスワンダーが勝利するイメージが浮かびます。レースの投票が締め切られる1分前まで、私は延々と考え続けました。

今思い返してみると、実は答えなんてどこにもなかったのです。それはレースを見てもらえば分かると思います。それまでの私は、競馬のレースは何度やっても同じ結果になると考えていましたし、その結果は科学的に証明できると信じていました。ひとつのレースにはひとつの答えがあって、その答えに至るまでの過程さえ正しければ、どんなレースでも必ず勝てると公言していました。たとえハナ差であっても、そこには確実にそうなるべき理由や過程があると考えていました。恥ずかしい限りです。この薄氷を踏むような経験を通して、競馬は分からないということが分かったのでした。

競馬場の締め切りのベルが鳴って、心臓が止まりそうになりながら、マークシートにどちらの馬の番号を塗りつぶしたのか、私は10年以上にわたって誰にも話すことなく秘密にしてきたのです。正直に言うと、結局、私はどちらの馬にも賭けませんでした。グラスワンダーにもスペシャルウィークにも。ただそれだけのことです。私にはどうしても馬券を買うことができなかったのです。

それは恐れであったと思います。お金を失ってしまう恐れというよりも、もっと怖かったのは、誤った未来を選択してしまうかもしれないという恐れ。間違ってしまうことが怖かったのです。賭けなければ、少なくとも選択を誤ってしまうことはありません。それまで散々誤った選択をし、大金を失ってきたにもかかわらず、最後の最後に(最後の最後だからということもあったかもしれませんが)、間違うことや失うことが怖くなったのです。私は茫然とファンファーレを聞き、この年の有馬記念を観ました。一旦先頭に立ったテイエムオペラオーを、グラスワンダーとスペシャルウィークの2頭が交わし、同時にゴールしたシーンも、私にはまるで幻のようでした。

これほどの敗北感を味わったのは初めてでした。いや、賭けていないのですから、馬券で負けたわけではありません。見(ケン)をしたと自分に言い聞かせることもできたかもしれません。しかし、どう考えても私は完全に負けたのです。もしどちらかに賭けていたら、馬券は当たっていたかもしれませんし、外れていたかもしれません。当たっていれば多少はプラスになっていたでしょうし、外れていたらさらに借金は膨らんだはずです。それはタラレバの世界であり、賭けなかった私には生きられなかった世界です。今から思えば、どちらの選択をしていたとしても、勝っていたとしても負けていたとしても、その先の私の人生に大きく影響することはなかったと思います。今でも心に残っているのは、どちらにも賭けなかったという後悔だけです。そう、賭けることは生きることなのです。


何度見てもスペシャルウィークが差し切っているように見え、
武豊騎手がウイニングランをしてしまったのも仕方ないと思えますね。

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馬を鍛えるレース

Jiromaru

競馬にはレベルの高いレースと低いレースがあります。もちろん、そのどちらにも当てはまらないレースも。レースのレベルの高さを見極めるためには様々な方法があり、そのひとつとして、レース前半と後半を比べて、前半に負荷が掛かっている方のレベルが高いというものがあります。たとえば、2004年に行われたダービーと2005年のダービーとを比べてみると、面白いことに、勝ちタイムは全く同じであるにもかかわらず、レース前半と後半の構成が全く違います。

2004年 
12.5 - 10.6 - 11.3 - 11.5 - 11.7 - 11.8 - 12.5 - 13.0 - 12.5 - 11.5 - 11.7 - 12.7
(前半69.4-後半73.9) 2:23.3

2005年 
12.5 - 10.9 - 12.1 - 12.1 - 12.3 - 12.3 - 12.3 - 12.1 - 12.2 - 11.9 - 11.0 - 11.6
(前半72.2-後半71.1) 2:23.3

キングカメハメハが勝った2004年は前半の方が圧倒的に速い、殺人的なハイペースです。それとは対照的に、ディープインパクトが勝った2005年は後半の方が速いスローペース。両レースの勝ちタイム2分23秒3はレコードですが、どちらの方がレベルの高いレースかというと前者です。圧倒的に厳しい流れを追走し、最後はどの馬も脚が上がってしまうようなレースでした。

これはキングカメハメハの方がディープインパクトよりも強い、という意味ではありません。ディープインパクトはもっと厳しい流れのレースでも勝てた可能性を秘めているからです。レースレベルを問う際に問題になるのは、勝ち馬ではなく、それ以下の着順の馬たちなのです。もっと分かりやすく言うと、2004年のレベルの高いダービーで負けた馬たちの中にも、強い馬がいる可能性が高いということです。現に2着のハーツクライ、5着のスズカマンボ、6着のダイワメジャー、8着のコスモバルクはのちにG1レースを勝利し、コスモバルク以外は種牡馬としても大活躍しています。対して、ディープインパクト以外の2005年ダービー出走馬は、その後、鳴かず飛ばずの成績で終わっています。

さて、つい最近、同じようにレベルの高いダービーがありました。そう、2012年のダービーです。

2012年
12.8 - 10.8 - 12.0 - 11.7 - 11.8 - 11.7 - 12.2 - 12.4 - 12.3 - 11.7 - 12.0 - 12.4
(前半70.8-後半73.0) 2:23.8


キングカメハメハが勝った年ほどではありませんが、前半と後半の落差が2秒2もある超ハイペースです。非常にレベルの高いレースでした。レース後に骨折などの故障を発生してしまった馬の多さも、このレースの厳しさを物語っています。そういえば、2004年のダービーも、キングカメハメハを筆頭に、脚元を傷めてしまった馬が目立ちましたね。

ここまでレベルの高いレースという表現をしてきましたが、最近では、馬を鍛えるレースと考えることにしています。こういった極限のレースを駆け抜けた馬は、馬が変わるのです。極限体験によって潜在能力が引き出され、覚醒し、もし生き残ることができたとすれば、のちのちにおける活躍が期待できるのです。2012年のダービーに出走して負けた馬の中からも、フェノーメノ、ゴールドシップ、ジャスタウェイというスターが誕生しましたし、ワールドエースやグランデッツァなど、これからの名馬、種牡馬候補もいます。今年の安田記念は、2012年のダービーに鍛えられた馬たちによるマイルG1となりそうですね。

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変わること、変わらないこと。

Jiromaru

変わることと、変わらないこと、突き詰めてゆくと、どちらも同じことのような気がします。その道の達人には2種類があって、ひとりは現状に満足せず、常に新しきを取り入れて進化していくタイプ、もうひとりは周りの変化に合わせるのではなく、最も大切なものは決して手放さず、自己を磨いていくタイプです。彼らには守るべきものがあるからこそ、挑戦するか、貫き通すか、いずれかによって成長しなければならない。どちらが優れているということではなく、成長する意思の方向性の問題なのです。

蛯名正義騎手が最近になって新しいスタイルの追い方を取り入れたことは、競馬関係者やファンの間では有名な話です。馬の走るリズムに合わせ、大きなアクションで腰を入れて馬を追う姿は、明らかに今までとは違うものです。競馬学校では教えてくれない馬の追い方であり、「馬が走る邪魔をしているだけ」、「馬の背中を傷めてしまう」など批判的な見方もあります。新しいものは叩かれることが常であり、今となっては当たり前になっているモンキースタイルも、冷ややかな目で見られていた時代もあったのです。

それまでの日本人騎手の騎乗方法は、「天神乗り」といわれる乗り方でした。アブミを長くして、上体を立てて乗るのです。これに対して、ケンタッキーダービーの騎手たちは、アブミを短くして、上体を馬の背と平行に保っています。まるで馬の背に騎手がチョコンと止まっているように見えます。その姿が、まるで猿が地上を歩いているように見えることから、「モンキー乗り」と呼ばれたのでした。

(中略)

モンキー乗りを始めた私のことを、「若造が何か始めたわい」という視線で多くの厩舎関係者は見ていたようです。しかし、鼻っ柱の強い私は怯みません。調教でモンキー乗りをしただけではなく、実戦でもモンキー乗りをやってみせました。

周囲からの風圧は相当に強かったはずですが、立派だったのは尾形先生でした。当時では異端だったこの騎乗法についても、尾形先生は何も批判がましいことは言われません。それどころか、「祐二よ、赤石のモンキーはこうだったぞ」と戦前にモンキー乗りに挑戦していた先輩騎手の名を挙げて、私にアドバイスしてくれたのです。先生は私の挑戦を理解し、励ましてくれたのでした。

(「騎手伝」野平祐二)

私の尊敬する野平祐二さんがモンキー乗りに挑戦したのはまだ若い頃でしたが、生粋の中央競馬の騎手課程育ちであり、日本ダービーや凱旋門賞で2着したこともあるベテランジョッキーの蛯名正義騎手にとって、馬を追うための新しいスタイルを取り入れることには大きな心理的葛藤があったに違いありません。別に今までどおり騎乗していても、トップジョッキーであり続けることはできるはずですし、もしかしたら悪い方に出てしまうリスクを考えても、それでも変わることを選んだ背景には、彼にしか分からない何かがあったに違いありません。私の個人的な考えを言わせてもらうと、蛯名騎手は日本ダービーや凱旋門賞で2着したからこそ新しいスタイルを取り入れたのだと思います。勝つためには変わらなければならない、そう思ったのでしょう。

今年に入って、すでにイスラボニータで皐月賞、フェノーメノで天皇賞春を勝ちました。道中は無駄な動きをすることなく静に徹し、最後の直線では迫力満点に馬を動かす。その見事なメリハリが結果に現れています。いよいよ蛯名正義騎手にとって悲願のダービーです。2年前のダービーは、岩田康誠騎手の鬼気迫る手綱さばきの前にハナ差届きませんでしたが、今年は大本命馬で臨むことになりました。しかし、運命というか、競馬の神さまは意地悪ですね。内枠を願っていたはずですが、なんとオレンジの帽子を引いてしまいました。血統的に距離に不安のあるイスラボニータが、道中で馬群の外を回されることになれば、ラスト200mで大逆転が起こる可能性が出てきました。その相手は、おそらく蛯名騎手の盟友である横山典弘騎手の跨るワンアンドオンリーでしょう。

ラスト200mでバテた馬をもたせるために新しいスタイルを取り入れた蛯名正義騎手が粘り込むのか、それとも自らのスタイルを貫き通してきた横山典弘騎手が差し切って2度目のダービーの栄光を手にするのか。もしかすると、2010年のオークスでアパパネとサンテミリオンが繰り広げたような死闘が見られるかもしれない。そんな想像をするだけで、私の胸は熱くなるのです。

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前にいる馬は必ず捕える習性を身につけた馬

Jiromaru

「ハープスターは前を行く馬は必ず捕えるといった習性が身についている」(週刊Gallop「GⅠ観戦記」より)という岡部幸雄元騎手の言葉は、まさにハープスターを評価するための適格な表現だと思いました。競馬というスポーツは、サラブレッドの背に騎手が跨り、後ろから追ってくる敵から逃げようとして必死に走るという、馬の草食動物としての特性を利用して競走しています。どれだけ後ろから差してきているように映っても、馬の心情としては、騎手に駆り立てられ、何かから逃げるようにして走っているのです。しかし、ごく稀に、前にいる馬を捕えるという習性を身につけた馬が現れます。逃げる馬ではなく、追いかける馬です。

追いかける馬として、私の頭にまず浮かぶのはブエナビスタです。私にとっての史上最強牝馬の座をエアグルーヴから奪い取ったブエナビスタは、決して肉体的に恵まれていたわけではありませんが、その天性の脚の速さを生かし、どのレースでも気力を振り絞って、前にいる馬たちを必死に追いかけました。前にいる馬を全て捕えると、スッと気を抜いて、それまでは後ろに絞っていた耳を緩めて前方に向ける姿を何度見たことでしょうか。こういう馬は意外と着差をつけて勝たないもので、ゴール板を知っているのではと私たちに思わせるほどキッチリと差し切ってみせます。

ブエナビスタの真骨頂が現れたのは2009年のオークスでした。このときまで阪神ジュベナイルFと桜花賞を含め、4連勝をしてきたブエナビスタの体調は、決して優れているとは言えませんでした。そのことは秋以降のブエナビスタの不振を見てもらえば分かりますが、このオークスは疲労がピークの状態にあったはずです。もちろん、能力の絶対値が違うため、圧倒的な人気に推されましたが、1頭だけブエナビスタに捕まるまいとする馬がいたのです。3戦目の桜花賞でブエナビスタの2着したレッドディザイアは、オークスに照準を合わせて仕上げられ、体調はピークの状態でした。しかもレッドディザイアは、内枠を引き、道中は終始経済コースを進み、満を持して最後の直線で逃げ込みを図ったのでした。

私はこのレースを東京競馬場のスタンドから見ていました。馬群からもの凄い勢いで飛び出したレッドディザイアを、ほぼ最後方の大外からもの凄い勢いで追いかけるブエナビスタ。馬群が最終コーナーを回った時点で、ブエナビスタの単勝馬券を握っていた私は、もう座っていることができませんでした。これだけ長いこと競馬のレースを観ていると、前を行く馬と追いかける馬の脚色と直線の長さを瞬時に計算して、逃げ切れるか、届きそうかどうか、ほぼ確実に予見することができるようになります。このオークスの直線では、私の感覚ではブエナビスタがレッドディザイアを差し切るのは絶望的に見えました。

それでもブエナビスタは最後まで一時もあきらめることなく、集中力が途切れることはなく、脚色が衰えることもなく走りました。ラスト50mぐらいのところでは、さすがに私も思わず声が出てしまいました。まさか差し切れるとは思えませんでしたが、なんと最後の最後に差し切ったという確信に一変したのでした。写真判定の結果、ブエナビスタはレッドディザイアをハナ差で捕まえていました。あの距離感を差し切るのは、ジョッキーに叱咤激励されて、見えない敵から逃げようとしている馬には不可能です。何かから逃げるという意識ではなく、前を行く馬は必ず捕えるといった習性が身についている馬でなければできない走りだったのです。

松田博資調教師をして、「ブエナビスタ以上の器」と評されるハープスターも追いかける馬です。桜花賞も直線だけであっという間に他馬を差し切り、捕え切ったあとは、耳をすっと前方に向けていました。オークスでもどんな走りを見せてくれるのか楽しみですが、追いかける馬ゆえの心配材料もあります。「それゆえに、今回のようなレースが続くと体にかかる負担が大きくなるのではないかと心配してしまう…」(前述)と岡部元騎手が言うように、毎レース33秒台もしくは32秒台の脚を使うことによる肉体的な負担は必ずあるということです。ブエナビスタはそれでもオークスはなんとか凌ぎましたが、ハープスターの肉体的な疲労度はいかなるものか、思わぬ凡走をしても私は不思議ではないと思っています。

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後藤浩輝騎手の落馬事故について

Jiromaru

先月27日に行われた府中市市制施行60周年記念にて、後藤浩輝騎手の乗るジャングルハヤテが、外側に斜行した岩田康誠騎手のリラコサージュに躓く形で転倒し、後藤騎手は落馬、ターフに叩きつけられ、頸椎棘突起を骨折するという重傷を負いました。2年前にNHKマイルCで起こったアクシデントを再現したようなシーンに息をのみ、なぜまた同じことがと驚きを隠せない競馬ファンも多かったのではないでしょうか。長いリハビリの期間を経て、ようやく復帰したばかり後藤騎手がまたもやこのような目に遭うという事態に、世の理不尽を感じたのは私だけではないはずです。

今回の落馬事故の特異性は、同じ騎手が加害者であり被害者であるという点にあります。加害者と被害者と書いてしまうと、公平性を欠いてしまう気がするので、事故の直接の原因をつくった騎手とその被害に遭った騎手が同じということです。しかも府中の最後の直線における攻防において起こったというおまけつき。このことだけを取り上げて、岩田騎手だけを断罪し、後藤騎手を憐憫することにあまり意味はありません。後藤騎手が岩田騎手に対し、「なんとも思っていません。だって、わざとやったわけじゃないし、ぼくだって、いつ逆の立場になるかわからないんですから」と語った(NumberWeb5/2)ように、故意に落馬事故を起こす騎手はいないし、次は自分が加害者になってしまうかもしれない面もあるのです。

それでも、なぜ同じ騎手が同じ騎手に対して甚大な落馬事故を起こしてしまったのか。単なる偶然にすぎないのかもしれませんが、その中にも必然的な要素があるのではないか。そう考えて、2年前のNHKマイルCと今回のレースのリプレイを何度も見直してみました。そこに人為的なミスはなかったのか、それが分かれば、もしかしたらこれから先に起こるかもしれない落馬事故を防げるかもしれないと思ってもみたのです。

たしかに、落馬したケースだけを取り上げて、クローズアップすると、岩田騎手の直線での進路の取り方は乱暴に見えます。非を責められても弁解の余地はないと思います。とはいえ、岩田騎手だけの特殊なケースかというとそうではなく、競馬が行われているところであれば、ある程度、直線で見られる光景といえば光景です。同じような状況で、危なかったけれど落馬には至らなかった未遂など、星の数ほど存在します。

私が最終的に至った答えは、「この2人が共にアグレッシブであり、危険を顧みない勇敢さを持ち、ひとつでも騎乗馬の着順を上げようと誠実に騎乗することで評価を勝ち取ってきたジョッキーである」ということです。突っ込むか待つかという判断を迫られたら、迷うことなく前者を選択し、身体が自然に動いているというタイプです。だからこそ、最後の直線では馬群の中にいて、お互いの馬同士の距離は極めて近く、狙っているスペースも同じであることが多い。そして、なぜ後藤騎手ばかりが被害に遭ってしまうかというと、現時点では岩田騎手の方が脚のある馬に乗っているからです。皮肉なことに、脚がない(バテている)からこそ先にスペースに入られたり、前をカットされたり、また躓いたときに踏ん張りがきかずに馬が前のめりに倒れてしまうのです。

情けないことに、今回の落馬事故に関して、私にできる提案はなさそうです。今週のヴィクトリアマイルも新旧の女王が揃いましたが、人馬ともに無事にゴールインしてくれることを願います。

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福永祐一を男にした牝馬たち

Jiromaru

昨年の菊花賞をエピファネイアで制するまで、福永祐一騎手は牡馬クラシックをなかなか勝てないと言われてきましたが、裏を返せば、牝馬クラシックにおいては多くの勝利を積み重ねてきたということです。その輝かしい実績の中でも、2005年の牝馬クラシックにおける活躍は福永祐一騎手の礎を築いたと言っても過言ではありません。この年、福永祐一騎手にはラインクラフトとシーザリオという、今から見ても歴史に残る2頭のお手馬がいました。春シーズンは、この2頭で桜花賞、オークス、そしてNHKマイルCの3つのレースを勝ちました。しかもその勝ち方は変幻自在で、もう1度同じ乗り方をしろと言われても難しいような見事な騎乗だったのです。

私は福永祐一騎手がひとつのきっかけを掴んだレースは、デビュー3年目のプリモディーネで勝った1999年の桜花賞だったと思います。このレースで福永祐一騎手はプリモディーネを最後方近くまで下げ、最後の直線で末脚を爆発させてトゥザビクトリーを差し切りました。あれだけ後ろから行っても勝てる、あれだけギリギリまで追い出しを待たないとG1レースは勝てないということを肌で感じたレースだったと思います。仕掛けが早いとか、追い出しを我慢するとか、言葉で言うのは簡単です。どのジョッキーも頭では分かっているつもりでも、なかなかそれを実行して結果に結びつけることができないのは、そういった強烈な成功体験をしたことがあるかどうかが重要だからです。ジョッキーとしてのキャリアの早い時期に、プリモディーネの背中や手綱を通して、そういうレースができたことは福永祐一騎手にとっては運が良かったと思います。

我慢すること、待つことの大切さを知っているからこそ、逆にここぞという場面では思い切って先行することもできるのです。2005年にラインクラフトで臨んだ桜花賞はまさにそんなレースでした。もし負けるとすれば、もう1頭のお手馬であるシーザリオと福永祐一騎手が考えたのは当然ですし、運の悪いことにラインクラフトは8枠17番を引いてしまったのです。この枠を引いてしまうと、選択肢はふたつ。思い切って先行するか、後ろまで下げて末脚に賭けるか。シーザリオがいなければ、後者を選択したかもしれませんが、どれだけ溜めてもスタミナに勝るシーザリオを差し切ることは難しいと判断したのでしょう。福永祐一騎手はシーザリオの前のポジションを取りに行きました。結果としては、シーザリオが細かなミスをしてくれたおかげで、ラインクラフトは頭差で勝利を収めました。

ラインクラフト陣営が次走に選んだのは、オークスではなくNHKマイルCでした。当時、外国産馬やキングカメハメハのような屈強な牡馬が勝っていたレースだけに、牝馬クラシック路線を捨てて、あえてNHKマイルCに出走する牝馬は今よりも珍しい時代でした。福永祐一騎手がシーザリオにも乗れるようにという瀬戸口元調教師の配慮もあったと思いますが、ラインクラフト自身がマイラーであり、オークスではシーザリオに適わない(たとえ相手がミスをしたとしても府中コースでは挽回されてしまう)という緻密な計算もあったはずです。この読みは見事に的中し、ラインクラフトはペースが遅かったとはいえNHKマイルCを牡馬相手に勝利し、シーザリオはオークスで歴史に残る末脚を披露して力の違いをみせつけました。

「この時期までは、牝馬は完成度が高いので、マイル戦まだったら牡馬と勝負になる」、という社台グループの吉田照哉代表の言葉を今でも覚えています。夏を越して牡馬がぐっと成長してしまうと牝馬にとっては苦しく、また距離が長いとスタミナの差が出てしまうという意味でした。サラブレッドの性差を分かりやすく語った言葉は、ラインクラフトが勝利したあとだけに余計に腑に落ちました。東京競馬場のマイル戦はタフなレースですが、NHKマイルCは牝馬と牡馬の区別なく狙おうと思っています。その後、ピンクカメオが勝ったのみですが、またいつか牝馬が勝利する日も来るのではないでしょうか。

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勝つにはこれしかない

Jiromaru

ひとつ1つのレースが点となって、競馬が一本の線のように思えることがあります。それはクラシックロードという一本の道において、より鮮やかに映ります。皐月賞、日本ダービー、菊花賞という3冠レースに向けて、あらゆるレースが伏線となり、そして3つのクラシックレース同士も互いに複雑に影響を及ぼし合う。特にクラシックに臨む有力馬たちの力関係が拮抗していればいるほど、ひとつ1つのレースが大きな意味を持つことになります。1992年のクラシックロードはまさにその典型でした。

この年のクラシックロードには、3強と呼ばれていたウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンの他に、数々の伏兵馬が登場しました。皐月賞の出走馬を見るだけで、その白熱ぶりが伝わってきます。毎日杯を勝って負け知らずで臨んでくるシクレノンシェリフ、逃げたら強いアンバーライオン、のちの天皇賞春でライスシャワーを追い詰めた良血ステージチャンプ、他にはガレオン、マイシンザン、ツジユートピアン、マルチマックスなど、私が競馬を始めて3年目の記憶に残りやすい時期であったことを考慮に入れても、個性的といってよいメンバーが、数々のステップレースを経て、皐月賞に集結しました。

その中でも、この年は弥生賞が重要なキーとなったレースでした。当時、有力馬は基本的には弥生賞をステップレースにするという暗黙の了解があり(もしくはそれが良いと信じられていて)、3強のうちの1頭であるビワハヤヒデが若葉Sを春初戦に選んだのは異例のことでした。とはいえ、ウイニングチケットとナリタタイシンが人気を2分し、しかもワンツーフィニッシュを決めた弥生賞を見て、混戦の中からウイニングチケットが1歩抜け出したと考えた競馬ファンは多かったと思います。そして、鞍上の柴田政人騎手も心のどこかでそう思ったはず。結果的には、この無意識という意識の差が皐月賞の結果を大きく左右することになったのでした。

2着に敗れたナリタタイシンの武豊騎手は、当時若干23歳のデビュー5年目でしたが、この頃からすでに相手との力関係を冷静に把握し、どのようにしたら負かせるチャンスがあるかを考え、それを実行する技術と胆力を備えていました。同じような位置取りで走って2馬身差で完敗した弥生賞のレースを受け、武豊騎手はこう考えました。ウイニングチケットと同じポジションで競馬をしたら勝てない、できるだけ馬を下げて、仕掛けるタイミングも遅らそう。勝負づけが済んだと思われているナリタタイシンよりも、ビワハヤヒデの方を柴田政人騎手はマークして動くはずと。一歩足りない部分を一歩下げることで補おうと考えたのです。

皐月賞は武豊騎手の思惑通りの結果に終わりました。ナリタタイシンにとっては勝つにはこれしかないというレースでしたし、ウイニングチケットと柴田政人騎手にとっては痛恨のミスでした。もちろん、ウイニングチケットには弥生賞で激走した反動も少なからずあったと思います。そして、この皐月賞の敗北があったからこそ、念願の日本ダービー初制覇にもつながったのだと今は分かります。さらに、春当時は正攻法も一歩及ばず皐月賞、ダービーと2着続きであったビワハヤヒデも、最後の菊花賞でようやくクラシックのタイトルを手に入れるというおまけつきでした。この年のレース同士が互いに関係し合い、最後に一本のクラシックロードとなってゆく様は見事という他ありません。

今年のクラシックロードも実に興味深いメンバーが揃いました。弥生賞で有無を言わせない勝ち方をしたトゥザワールドはこのまま連勝街道を突き進めるのか、距離延びてよいワンアンドオンリーはダービーに向けてどのようなレースをするのか、馬体の成長を見込んできさらぎ賞以来間隔を開けたトーセンスターダムはどれぐらいパワーアップしているのか、2歳王者のアジアエクスプレスは本物なのか、イスラボニータとロサギガンティアはフジキセキの晩年の傑作となりえるのか。どの馬が勝ってもおかしくない、点と点が線となってゆく、ハイレベルな皐月賞になりそうです。

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一本の線の上を走るような

Jiromaru

武豊騎手にとって会心の騎乗のひとつに、ベガを優勝に導いた1993年の桜花賞があります。JRA通算3600勝、そしてG1レース100勝を積み重ねてきた名手にとっても、上手く乗ったと言い切れるレースは少ないと告白する中で、この桜花賞をベストレースのひとつに挙げるのは、それだけ桜花賞を勝つことが難しかったということです。それはかつての阪神競馬場のおにぎり型のコース設定が乗り難しかったということでもあり、ベガという馬の特性をその舞台で活かすことが難しかったという意味でもあります。

ベガは父トニービン、母アンティックヴァリュー(母父NorthernDancer)という当時の超良血馬でした。私はまだ競馬を始めたばかりの頃でしたので、どこがどのように良血なのか分かりませんでしたが、今は典型的なスタミナ血統であることが分かります。430kg台の小さな馬体でしたが、胴部の薄い、スマートで実にバランスの取れた、ステイヤーのそれでした。一瞬の切れ味というよりは、豊富なスタミナに裏付けられたスピードの持続力こそが、この馬の特性だったのです。

「一本の線の上を走るような、美しい走りをする馬でした」と武豊騎手はベガのことを振り返ります。なぜジョッキーが一本の線の上を走っているような感覚になるかというと、ベガの馬体の幅がそれだけ薄く、両脚(前脚も後ろ脚も)がほぼ同じラインの上に着地して走っていたからでしょう。スプリンターによくある、馬体の幅が厚い馬であれば、どうしても左右の脚の着地点は異なり、太いレールの上を走っているような感じになります。一本の線の上を走るような軽快さではなく、両脚で広く地面を捉えているような力強い走りになります。ベガの肉体と走り方が典型的なステイヤーであったことと、武豊騎手の感覚は一致しますね。

ステイヤーの肉体を持つベガを、かつてのおむすび型の阪神コースで行われるマイル戦で勝たせることは至難の業です。スタートから道中、最終コーナー、そして最後の直線に向いてからゴールするまで、全て完璧に乗らなければ、一瞬の脚を持つマイラーに差されてしまいます。そして、この年の桜花賞には、のちにエリザベス女王杯を勝つことになるホクトベガ、そしてマックスジョリー、ヤマヒサローレル、ユキノビジンなど、かなりの強豪が揃っていました。特に父にサクラユタカオーを持つユキノビジンは、器用さがあり、かつ一瞬の切れを持つ典型的なマイラーでした。私はユキノビジンの馬券を持っていました。

武豊ベガは好スタートを決め、2、3番手の絶好位につけ、レースの主導権を握ることに成功しました。このポジションならば、ベガのフットワークの大きさを最大限に生かしつつ、変にブレーキを掛けることなく、ベガのリズムで走らせることができます。逃げ馬を突つきながら、少しずつペースを上げて、後続の馬たちのスタミナを奪いつつ、あとは仕掛けるタイミングを計る。遅すぎると速い脚を持つマイラーに差されてしまうので、ベガのスタミナを信じて、気持ち早めに仕掛けて、なんとか粘り込むというのが武豊騎手の作戦だったはずです。そして、思い描いていたとおりのレースで、外からユキノビジンに首差まで追い詰められたところがゴールでした。

この桜花賞で私が学んだことは、簡単に勝ったように見えても実は難しい騎乗であったレースがあるということです。競馬ファンの目には、単勝1番人気のベガを武豊騎手が楽々と勝たせたように映りましたが、そうではなく、一瞬の判断や僅かな一挙手一投足が勝ち負けを分けるような鎬を削る攻防があったのです。今年の桜花賞には、ベガの孫にあたるハープスターが断然の1番人気を背負って臨みます。ハープスターはお祖母さんのベガと違って、圧倒的な切れ味で勝負する馬ですね。それだけに、この馬も道中のポジションや仕掛けるタイミングが難しいはずです。馬群の中に入れずに、できるだけポツンと馬群から離して追走させ、最後の直線に向いてからゆっくりとゴーサインを出せば、あっと驚く脚を使ってくれるはずです。

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あの浮いたような走りをもう1度

Jiromaru

高松宮杯が高松宮記念に名前を変え、距離が2000mから1200mへ短縮された頃から、あっという間に20年近い歳月が流れてしまいました。宮杯と呼ばれて2000mで行われていた時代を知る者にとっては、高松宮記念がスプリントG1であることが未だに信じられません。それぐらい、宮杯には印象的なレースが多かったということです。七夕の日にダイタクヘリオスとダイイチルビーが愛を奏でるように直線で叩き合ったこと、3着ばかりで勝ち切れなかったナイスネイチャがようやく快勝したこと、ヒシアマゾンがまさかの逃げを打ち敗れたこと。今でさえこれほどに未練がましいのですから、条件が変更された当初は明らかな違和感があったことは確かですね。

そんな納得がいかない私の気持ちを少しばかり晴らしてくれたのが、フラワーパークの走りでした。スプリントG1としての高松宮記念が誕生した1996年、まさにこの新しいG1レースを勝つために生まれてきたような牝馬が登場しました。2度の骨折により、フラワーパークがデビューしたのは同世代の馬より1年遅れた1995年の10月。そこからトントン拍子で勝ち上がり、あっと言う間にオープンまで登り詰め、前哨戦であるシルクロードSを制し、短距離界の新星として注目を集めました。気がつくと、という表現が適切で、当時、条件戦も含めてかなり競馬を観ていた私もフラワーパークの存在に気づかされたのは、シルクロードSを勝ってからでした。

こんなに素軽いスピード馬がいるのか、というのがフラワーパークの第一印象でした。同年の秋、スプリンターズSでハナ差で雌雄を決し合うことになるエイシンワシントンがパワーを前面に押し出したスプリンターであるのに対し、フラワーパークは極限の軽さを武器にしたスプリンターでした。スタート良く飛び出し、あっという間に好位に取りつき、直線に向くと軽々と先頭に躍り出てそのままゴールインする。その走りはまるで浮いているよう。ディープインパクトが飛ぶような走りであったとすれば、フラワーパークは芝の上に薄い層があってその上を摩擦なく進んでいるような軽快な走りでした。

実はこのレースには3冠馬ナリタブライアンも出走していました。距離があまりにも短いと批判されつつ、それでもナリタブライアンの新しい面を引き出そうとした大久保正陽調教師のチャレンジでした。結果として、追い込んでくるも4着と及ばずでしたが、前年のスプリンターズSの1、2着馬であるヒシアケボノやビコーペガサスさえもフラワーパークの影さえも踏むことができなかったのですから、決してナリタブライアンの評価を下げるような内容ではなかったと思います。それぐらいフラワーパークのスプリンターとしての能力が傑出したということです。

あれからビリーヴやスリープレスナイト、カレンチャンといった素晴らしい牝馬のスプリンターが登場しましたが、彼女たち(特にクロフネ産駒の2頭)はパワー優先でしたので、フラワーパークとはタイプが少し違っていました。今年の高松宮記念でおそらく1番人気に推されるであろうストレイトガールは、どちらかというとフラワーパークに近いタイプですね。函館の洋芝でも勝っていますが、その軽快な走りを見ると、素軽さを生かせる馬場の方が合っています。久しぶりにあの浮いているような走りが見られるのかどうか、スプリント界に新星が誕生するのか楽しみです。

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賭けることは生きること

Jiromaru

私に残された最後のチャンスは有馬記念でした。今からちょうど10年前、1レース10万円という勝負をしていた1999年最後のG1レース。当時、手取り14万円だった私にとって、1年間では返しきれないほどの借金を背負って臨んだレースでした。実は前の週のスプリンターズSでブラックホークの単勝を買っていた私は、ほんの少しだけ負債を減らし、ほんの少しだけ気が楽になっていました。もしこの有馬記念が当たれば、逆転勝利の可能性も残されていたのでした。

しかし、この年の有馬記念には、スペシャルウィークとグラスワンダーという超一流馬が2頭出走してきました。スペシャルウィークはこの秋、天皇賞秋→ジャパンカップと連勝し、最後の大一番に臨んできました。特にジャパンカップでの強さは圧巻で、さらに調子を上げて来ているとの陣営のコメントもあり、全く隙のない馬に見えました。対するグラスワンダーも、辛勝した毎日王冠から間隔を開け、この有馬記念に向けて完全に仕上げ直してきました。しかも前年の覇者でもあります。この2頭のどちらが勝利するのかが焦点であり、圧倒的な人気を分け合うのは明らかでした。

私の選択肢は2つありました。ひとつは、この2頭以外の馬を買うこと。候補として考えていたのは、3歳馬のテイエムオペラオーでした。ミスター競馬こと故野平祐二さんが「ヨーロッパの馬みたいだ」と絶賛していたほど、力強いピッチ走法で駆けるテイエムオペラオーにとって、暮れの中山の時計の掛かる馬場が合っていないはずはありません。しかし、菊花賞で僅差の2着後、ステイヤーズSを使ってまさかの2着に敗れていました。前走、G3レースで負けていた馬が有馬記念で勝つということに少々無理があるのではと感じていました。

もうひとつは、賭け金を増やすこと。スペシャルウィークもグラスワンダーも2倍台の単勝オッズでしたので、たとえ当たったとしても、1レース10万円では逆転は不可能です。詳しくは書きません(書けません)が、○○万円を賭ければチャラ、それ以上であれば勝ってこの年を終われるはずです。悪魔のささやきが聞こえてきました。「もうここまで負けているんだから、○○万円も○○万円も変わらないよ。男なら思い切って勝負しな」と。

悩みに悩んだ末、私は後者を選びました。いや、選んだというよりは、スペシャルウィークとグラスワンダーのどちらかが勝つのが必然と思ったのです。そうなると、賭け金を増やすしかありませんよね。私は腹を決めました。あとはどちらに賭けるかです。年始から単勝のみで勝負をしてきた私にとって、2頭の馬連という結論はありえませんでした。スペシャルウィークか、それともグラスワンダーか。まさに究極の選択でした。

この時ほど、切実に未来を知りたいと思ったことはありません。もしどこかに答えがあるならば、どんな手段を用いても手に入れたい。そんな気持ちでした。まるで頭から湯気が出るような気がしました。パドックを見ては考え、返し馬を見ては考え、競馬新聞を見ては考え。スペシャルウィークで間違いないと確信した時もありましたし、グラスワンダーが勝利するイメージが浮かんだこともありました。結局、レースの投票が締め切られる1分前まで、私は延々と考え続けました。

今思い返してみると、実は答えなんてどこにもなかったのです。それはレースを見てもらえば分かると思います。それまでの私は、競馬のレースは何度やっても同じ結果になると考えていましたし、その結果は科学的に証明できると信じていました。ひとつのレースにはひとつの答えがあって、その答えに至るまでの過程さえ正しければ、どんなレースでも必ず勝てると公言していました。恥ずかしい限りです。この薄氷を踏むような経験を通して、競馬は分からないということが分かったのでした。

実は、ここまでの内容は、今から4年前の有馬記念で書いたことです。しかし、この有馬記念の結末を私は書けず(書かず)にいました。競馬場の締め切りのベルが鳴って、心臓が止まりそうになりながら、マークシートにどちらの馬の番号を塗りつぶしたのか、今まで誰にも話すことなく秘密にしてきたのです。でも、もうそろそろ時効かもしれませんね。正直に言うと、私はどちらの馬にも賭けませんでした。グラスワンダーにもスペシャルウィークにも。ただそれだけのことです。私にはどうしても馬券を買うことができなかったのです。

それは恐れであったと思います。お金を失ってしまう恐れというよりも、もっと怖かったのは、誤った未来を選択してしまうかもしれないという恐れ。間違ってしまうことが怖かったのです。賭けなければ、少なくとも選択を誤ってしまうことはありません。それまで散々誤った選択をしてきたにもかかわらず、最後の最後に(最後の最後だからということもあったかもしれませんが)、間違うことが怖くなったのです。私は茫然とファンファーレを聞き、この年の有馬記念を観ました。一旦先頭に立ったテイエムオペラオーを、グラスワンダーとスペシャルウィークの2頭が交わし、同時にゴールしたシーンも、私にはまるで幻のようでした。

これほどの敗北感を味わったのは初めてでした。いや、賭けていないのですから、馬券で負けたわけではありません。見(ケン)をしたと自分に言い聞かせることもできたかもしれません。しかし、どう考えても私は完全に負けたのです。もしどちらかに賭けていたら、馬券は当たっていたかもしれませんし、外れていたかもしれません。当たっていれば多少はプラスになっていたでしょうし、外れていたらさらに借金は膨らんだはずです。それはタラレバの世界であり、賭けなかった私には生きられなかった世界です。どちらの選択をしていたとしても、勝っていたとしても負けていたとしても、今から思えば、その先の私の人生に大きく影響することはなかったと思います。今でも心に残っているのは、どちらにも賭けなかったという後悔だけです。そう、賭けることは生きることなのです。

有馬記念の予想を忘れていました。もちろん、今年の本命は◎オルフェーヴルに打ちます。有馬記念が行なわれる中山2500mはコーナーを6つ回るため、どうしても内ラチ沿いを走れる馬にとって有利になります。小回りコースであることも加わり、勝ちポジは内の2、3番手という基本ポジションです。2度にわたる海外遠征を経て、ある程度前の馬群の内で我慢できるように成長したオルフェーヴルは、6番枠という好枠を引き、勝ちポジを走れるはずです。これだけでは面白くないという方は、同じく勝ちポジを走れるであろう○カレンミロティックとの馬単はいかがでしょうか。前走の金鯱賞はハイペースを追走して、後続を突き放したように強いレースでした。

Arima09

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違和を感じてこそ

Jiromaru

1990年に競馬を始めた私が、初めて観たジャパンカップはベタールースンアップが勝ったジャパンカップでした。ベタールースンアップのジャパンカップと覚えているとおり、その不思議なニュアンスの馬名と最後の直線での風車ムチが強烈な印象を私に残したのです。当時は枠連の時代でしたので、2着に入った栗毛のオードという馬のこともよく覚えていますね。3着はカコイシーズでしたか。とにかく、ジャパンカップというレースは、ものすごい違和として私の中に飛び込んできたのでした。

あれから23年が経ち、ジャパンカップで違和を覚えることはなくなってしまいました。いつもの日本競馬の延長線上にある、予定調和的な、実に平板なレースになったのですが、それは日本競馬のレベルアップの賜物であり、悲しむべきことではないのかもしれません。が、それでも、せめてジャパンカップぐらいは、いつもとは異なる風景を見たいと思うのは私だけでしょうか。海外の各国から有名無名の強豪が集う、見たことがないものを見られるような、そんなジャパンカップを観てみたいものです。

ジャパンカップに世界の一流馬たちが来なくなったのは、もちろん日本馬が強くなったというのが理由のひとつですが、その他、レース時期や検疫の問題などもあります。そして、最大の理由としては、レースの性質が他国とは決定的に異なるからです。昨年のジャパンカップを思い出してもらっても、上位4頭までの上がり3ハロンが32秒台という競馬。ジャンティルドンナやオルフェーヴルに勝つためには、32秒5ぐらいの脚を使って上がらなければならない計算になるのです。凱旋門賞馬であったソレミア陣営は、レース後にものすごい違和を覚えたのではないでしょうか。

ジャパンカップが(いや、もしかすると日本競馬が)特殊なレースである以上、海外の競馬関係者はどう考えるかというと、ジャパンカップに出走するぐらいなら勝てる条件のレースに出走するとなります。分かりやすくいうと、無理ゲーには参加しないということです。日本の競馬関係者が凱旋門賞に出走するように、高い壁だからこそ挑戦する、あきらめずに挑めばいつかチャンスはあるとは考えないのです。それは凱旋門賞とジャパンカップというレースの格の違いという面はあるかもしれませんが、これだけジャパンカップも高額な賞金を用意している以上、つまりはレースの性質の問題が大きいはずです。

そう考えると、オルフェーヴルの凱旋門賞2着2回、ジャパンカップ2着は偉業と言って良いのだと思います。この2つのレースの性質の違いを知っていればいるほど、オルフェーヴルという馬の凄さが分かるということです。昨年も今年の凱旋門賞でも、当時私がジャパンカップで外国馬に抱いた違和と同じように、ヨーロッパの競馬関係者にはオルフェーヴルは違和として感じられたはずです。特に昨年の凱旋門賞の直線の脚なんて、見たことのない切れ味として映ったのではないでしょうか。また、オルフェーヴル陣営にとっては、今年の凱旋門賞のトレヴの強さは違和だったはずです。そうやって違和を感じることでこそ、人も馬も強くなっていくのかもしれませんね。


もう20年以上前にオセアニアではこういう追い方が主流だったんですね。

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忘れえぬ名勝負

Jiromaru

誰にとっても、忘れられない名勝負がひとつやふたつはあるはずです。ここでいう名勝負とは、レースにおける馬同士の勝負ではなく、レースを予想するにあたっての馬券としての勝負。万馬券を的中させたとか、大勝ちしたとか、そういうことではなく、自分との戦いを制した渾身の予想が現実となったのが名勝負。あのときあんな馬券をよく買うことができたなあと、今から振り返ってみても、自分自身に感心してしまうような予想のこと。もっと言えば、自分を超えた何かが舞い降りてきたとさえ思える現象のことです。

私にとっての名勝負のひとつに、1998年のエリザベス女王杯があります。このレースには、エアグルーヴとメジロドーベルという2頭の名牝が出走していました。ご存知エアグルーヴは、3歳時にはオークスを快勝し、4歳になってからは天皇賞秋でバブルガムフェローとの叩き合いを制し、続くジャパンカップではピルサドスキーの2着、有馬記念では3着と、世界レベルの一流牡馬たちと引けをとらない実力を誇る女傑です。対するメジロドーベルも、関東馬ながらにして阪神3歳牝馬S(今のジュベナイルF)を勝ち、桜花賞ではキョウエイマーチの後塵を拝し2着でしたが、オークス、秋華賞と勝利したほぼ3冠牝馬です。

どちらも世代を代表する名牝でしたが、エアグルーヴが単勝1.4倍、メジロドーベルが4.6倍とオッズには差がついてしまいました。牝馬としてメジロドーベルは向かうところ敵なしですが、エアグルーヴは牡馬をねじ伏せる力の持ち主ですから、当然といえば当然かもしれません。あのバブルガムフェローやピルサドスキーを相手に互角以上に走ってきた牝馬が、前年と同じく、札幌記念を楽勝して牝馬同士のG1エリザベス女王杯に臨んできたのですから、どう転んでも負けようがない、というのが一般的な見解であったと記憶しています。まさに牝馬に負けるエアグルーヴの姿を想像するのが難しいということでした。

ところが私は、エアグルーヴは負けて、メジロドーベルが勝つだろうと考えていました。その理由としては、エアグルーヴが5歳と年齢的にピークを過ぎようとしているのに対し、メジロドーベルはまだ4歳と充実しているため逆転が起こるのではないかということでした。実に単面的というか、単純な考えではありますが、当時20代前半であった私にとっては、絶対にそうであるように思えたのでしょうか。誰もがエアグルーヴが勝つと思っている中、世界中で私だけがメジロドーベルを勝つと信じているような心境でした。そして、その年齢の若者にとっては心臓が締め付けられるような金額を、メジロドーベルの単勝に賭けたのでした。

激しく折り合いを欠いたメジロドーベルが、直線に向いてから、再び内ラチ沿いを伸びて先頭でゴールしたときの私のガッツポーズは、鞍上の吉田豊騎手を上回るものでした。私はあの瞬間、勝負に勝った気がしました。具体的な誰かではなく、世間の考えや空気に流されそうになってしまいがちな自分との勝負に勝った。これまで自分をがんじがらめにしていた常識という不自由さを破った。不遜であることを恐れずに言うならば、競馬の神様に勝った。そんな気さえもしました。若き日々の青臭い想いで一杯のレースですが、今の自分にあの頃に戻ってもう1度メジロドーベルの単勝を買うことができるかと問うと、情けないことにどうにも自信はないのです。若さというのはそういうことであり、成熟するというのはそういうものなのかもしれませんね。今年のエリザベス女王杯は、あのときの名勝負を思い出して、久しぶりに自分と戦ってみようかと思います。

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光と影の物語

Jiromaru

光があるから影がある。当たり前のことではありますが、時としてそれは残酷な物語を紡ぎます。たとえば競馬のレースにおいては、勝負の明暗ではなく、生と死を隔ててしまうような光の当たり方があるということです。私たちはどうしてもサラブレッドの速さに目を奪われてしまいがちで、それはもちろん素晴らしいことなのですが、500kg前後の身体をあれだけ細い脚で支えながら極限のスピードで走る以上、どれだけ細心の注意を払おうとも、怪我や故障は避けられません。そして、サラブレッドの場合はそれらのアクシデントが即、生命を奪われてしまうような深刻な事態へとつながってしまいます。サラブレッドの輝きは死と隣り合わせのところにあるのです。

これまで競馬をやってきて、数知れない光と影の物語を見てきましたが、私が初めてサラブレッドの輝きと死が表裏一体であることを知らされたのは、1991年のスプリンターズSでした。ダイイチルビーが勝ったレースと言ってしまえばそれまでですが、私にとって、いや少なくない数の競馬ファンにとって、あの年のスプリンターズSはケイエスミラクルが競走を中止したレースとして記憶されているのではないでしょうか。なぜかというと、決して感傷的な理由ではなく、ケイエスミラクルが1番人気でダイイチルビーが2番人気と、この2頭だけが圧倒的な人気を分け合っていたからです。おそらく半分近い競馬ファンは、抜群の手応えで直線に向いたケイエスミラクルを見たはずなのです。

ケイエスミラクルは、スピードの塊という表現がピタリとくるような外国産馬でした。うなるような速さを武器にして、4月にデビューしてからわずか8ヶ月で、G1レースで1番人気に推されるまでの存在に登り詰めました。青い覆面が印象的で、スーパーマンを連想させるような格好の良い馬でした。スワンSではダイイチルビーを負かしていましたし、マイルCSでは距離が若干長く3着に敗れましたが(ダイイチルビーは2着)、適距離のスプリント戦では負ける姿が想像できませんでした。泣く子も黙る破竹の勢いで、それこそ一気にスプリント界の頂点に立とうとしていたのです。私も何を隠そう、ケイエスミラクルが勝つと信じて疑わなかった者のひとりでした。

対するダイイチルビーは美しい矢のような馬です。父にトウショウボーイ、母にハギノトップレディという超良血馬で、特に母系はヤマピット、イットー、ハギノトップレディなどを出し、華麗なる一族と呼ばれるファミリーに属しています。デビューしてからの戦績も実に華麗であり、マイル以下の距離のレースにおいては連対を外したことすらなく、同年の安田記念では並み居る牡馬を斬り捨ててG1馬に輝きました。牝馬らしい切れ味を武器にして、弓を引けば引くほど、最後の直線で真っ直ぐに伸びてくる。そんな生粋のマイラー。距離が短縮されても、放たれた弓が伸びてゴールまで間に合うかどうか、それだけが心配材料でした。

今でも2頭の運命がすれ違ったあの瞬間を、私は忘れられないでいます。トップスピードに乗ったと思った矢先に故障を発生し、急激にブレーキをかけたケイエスミラクルの真横を、これからトップスピードに乗らんとするダイイチルビーが通過していった刹那。それはまるで風のようでした。あれほど一瞬にして勝負の明暗が分かれ、天国と地獄が逆転し、生と死が隣り合わせであったレースを私は知りません。悲観的な意味ではなく、決して弔いということでもなく、毎年スプリンターズSの時期になると、ケイエスミラクルのことを語り継がなければという衝動に駆られます。それはあの瞬間を観た者の宿命なのではないか思うのです。

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あの時の恩を

Jiromaru

ダービーが終わり、またしても福永祐一騎手にとっての牡馬クラシックはお預けとなりました。勝ったのは武豊騎手ですから、役者が違ったといえばそれまでですし、ダービージョッキーになるにはさらなる精進が必要だということでしょう。それでも2着ですから、栄光までもうあと少しのところまで近づいてきています。あとは自分の番が回ってくるのを待つだけ。チャンスは近いうちにきっとやってくるはずです。

私は福永祐一騎手がデビューした頃からずっとその騎乗を見てきましたが、まさかここまでのジョッキーになるとは思いもよりませんでした。デビュー当時は、注目度と騎乗技術があまりにもかけ離れていて、田原成貴元騎手や藤田伸二騎手、四位洋文騎手らの先輩ジョッキーにボロクソに言われていたものです(愛情を持ってのことでしたが)。自身の才能のなさを自覚しつつも、父にあの福永洋一騎手を持つという十字架を背負っているからこそ、福永祐一騎手はあきらめることなく騎乗技術を積み上げてきました。武豊騎手や横山典弘騎手など、騎手の世界で子が親を凌ぐ活躍を見せることが珍しくないのは、彼らには逃げ道がなかったからだと思うのです。福永祐一騎手は、決して親の七光りでここまで来たわけではありません。

そんな福永祐一騎手を育てた馬の1頭に、エイシンプレストンがいます。デビューからラストランまで、福永祐一騎手はこの馬の背中に跨り続け、ありとあらゆる経験を積みました。朝日杯フューチュリティSでG1を勝ち、香港に遠征して、クイーンエリザベスC(G1)を連覇し、香港マイルを勝てたことは、大きな自信につながったはずです。まだデビューして間もないころでしたから、これだけの馬に乗せ続けたオーナーの懐の深さを感じざるを得ません。もしかすると、福永祐一騎手にどこか光るものを見ていたのかもしれません。

もちろん、福永祐一騎手もそれを恩に感じ、エイシンの馬には義理を果たしました。2003年のクラシック戦線にて、当時所属していた瀬戸口厩舎から、2頭の有力馬が誕生しました。1頭は朝日杯フューチュリティSを勝ったエイシンチャンプ、そしてもう1頭は、のちに皐月賞とダービーを勝つことになるネオユニヴァースです。先に騎乗依頼を受けていたエイシンチャンプを優先したと福永騎手は言いましたが、彼にネオユニヴァースの方を取るという選択肢も残されていたはずです。それでも、目先のクラシックのタイトルを捨てて、あえてエイシンチャンプに乗り続けたのは、エイシンプレストンに乗せ続けてもらった恩があったからだと思います。

そう考えると、福永祐一騎手はずいぶんと遠回りをして、それでもまだダービーの栄冠に手が届かなかったことになりますが、その道程で手にしたものは果てしなく大きいのかもしれません。ダービーは誰もが勝ちたいレースですが、ダービーだけがレースではないのです。

NHKマイルCを1番人気で敗れてしまったエーシントップが、古馬との対決を恐れずに安田記念に出走してきました。エーシントップという名は、先日お亡くなりになったエイシンの会長である平井豊光氏が付けたものだと言います。天国で見守ってくれているはずのオーナーにあの時の恩を返すためにも、福永祐一騎手にとっては、もしかしたらダービー以上に勝ちたいレースかもれませんね。古馬との4kg差を生かして先行し、エーシンのトップと名づけられた馬を、そのままゴールまで導いてもらいたいものです。

Yasuda2013wt

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ダービーは最大の発明である。

Jiromaru

他のレースは全部負けたとしてもダービーは勝ちたいと思う騎手がいるように、他のレースは全部外したとしてもダービーだけは当てたい。大袈裟ではなく、心からそう思うときがあります。幸いにして昨年は、岩田康誠騎手のダービー初制覇の喜びを共に分かち合うことができ、この1年間はその記憶だけで実に気分よく過ごすことができました。本命を打つことができたダービー馬、打てなかったダービー馬、どちらも、いつまでも、はっきりと覚えているものです。サラブレッドがダービーを勝つために生まれてくるとしたら、私はダービーを当てるために競馬をやっているのかもしれません。それぐらい、ダービーは、何としても勝ちたいレースなのです。

先週の競馬ブックの特集対談にて、JRA東京競馬場場長である増田知之氏が「ダービーは競馬史における最大の発明である」と話していました。ダービーというレースの核心を見事に突いていて、思わずハッと息を飲んでしまいました。競馬の起源は2頭の馬を何度か走らせて勝ち負けを決めるヒートレースにあり、そこから今のような競馬の体系が出来上がったのは、ダービーが創設されてからです。ダービーを目標として、サラブレッドは生産され、調教され、レースで鎬を削ります。それぞれの戦いを勝ち抜いた馬たちが集い、その世代において頂点に立つ馬を決める。もしダービーというレースが発明されていなければ、競馬はどうなっていたのでしょうか。

今年の日本ダービーには素晴らしいメンバーが揃いました。皐月賞馬であるロゴタイプは、ナリタブライアン以来の朝日杯フューチュリティS勝ち馬でありながらクラシックを制した馬であり、父は超がつく良血のローエングリン、そして母の父にサンデーサイレンスを持ちます。ハイペースを前々で凌いだ朝日杯フューチュリティSの勝ち方は圧巻であり、皐月賞も着差以上の完勝でした。2400mをこなすスタミナは十分にあり、折り合いもつくので、付け入る隙がないというのが正直なところです。

キズナは素敵な名前に相応しい強さを持つ馬です。終いの脚を最大限に生かす競馬に徹した最近の2走は、思わずみとれてしまうような勝ち方でした。武豊騎手によって才能が開花した馬であり、また武豊騎手にとっても自身の騎乗スタイルとぴったり合う馬ですね。皐月賞上位馬と比べると、完成度という点においては劣りますが、成長力や将来性を秘めた馬です。後ろから行って、どこまで差してこられるのか、それともまとめて差し切ってしまうのか。楽しみな馬です。

ライバルの強さは認めつつ、本命は◎エピファネイアに打ちたいと思います。ようやく福永祐一騎手にも日本ダービーを勝つ番が回ってきました。義理を優先してネオユニヴァースの手綱を放して以来、なぜか牡馬クラシックに縁がありませんでしたが、ついに来るべき時が来ました。馬群に入れて折り合いをつけ、脚をためたまま直線に向ければ、エピファネイアの最上の切れ味を引き出せるはずです。スタートから第1コーナーまでの間に、どのようにして内にポジションを取ることができるか。そこの一瞬で勝負が決まります。うまく馬群にもぐり込むことができれば、最後の直線で突きぬける福永祐一とエピファネイアの姿が目に浮びます。

Derby2013wt

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いつまでも忘れられずに

Jiromaru

高松宮記念といえば、どうしてもキングヘイローの勝ったレースを真っ先に思い浮かべてしまいます。取り立てて好きな馬ではなかったし、もちろん馬券を買っていたわけでもありません。私は大ファンであったブラックホークの単勝を握り締めていました。でもなぜか、ブラックホークの負けたレースというよりは、キングヘイローが初めてG1を勝ったレースとして記憶に新しいのです。そこには様々なドラマが織り込まれていたからかもしれませんね。

キングヘイローは、父ダンシングブレーヴ、母グッバイヘイローという超良血です。どれぐらい良血かというと、父ダンシングブレーヴは凱旋門賞を驚異的な末脚で勝利した馬。最近、レーティングを138に下げられ、140に評価されたフランケルに抜かされてしまいましたが、それまで30年以上、欧州最強馬として君臨していました。そして、母グッバイヘイローは、ケンタッキーオークスを含め、アメリカのG1レースを7勝した名牝です。ウイニングカラーズとパーソナルエンスンと叩き合ったBCディスタフの名勝負は有名ですね。

これ以上は考えられないという配合の下に生まれたキングヘイローですが、運が悪いことに、この世代はおそらく日本競馬で最もレベルが高かった世代でした。エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、グラスワンダー、セイウンスカイという最強馬たちが、同じ世代に集ったのでした。生まれた世代が違えば、キングヘイローはクラシックのひとつぐらいは獲れたはずの実力の持ち主でした。頭の高い走法でしたが、だからこそ、重い馬場も苦にすることなく、パワー勝負には滅法強かったのです。皐月賞の2着は実に惜しいレースでしたね。

当時、デビューしたばかりの福永祐一騎手が、クラシックの手綱を取りました。皐月賞で好走したこともあり、ダービーは2番人気に推され、地に足のつかない福永祐一騎手を背に、キングヘイローはなんと逃げてしまったのです。最後の直線でパタリと止まって、結果は14着。レース後の福永祐一騎手の青ざめた顔が、今でも目に焼きついています。古馬になって、マイルCSやスプリンターズSで2、3着と好走しましたが、いつの間にか、福永騎手から手綱は放れていました。

高松宮記念で私の応援していたブラックホークを内から交わして先頭に立ったのは、福永祐一騎手騎乗のディヴァインライトでした。アグネスワールドを抑え込んで、あと一歩でゴールというその瞬間、福永騎手の目の端に最も恐れていた存在、緑のマスクとシャドーロールをしたキングヘイローが、あの全く首を使わない走りで、外から追い込んできたのでした。何としても自分の手で勝たせたかったキングヘイローが、この馬だけには負けたくないキングヘイローに変わって現れたのでした。あのゴール前のわずか一瞬、私は福永騎手に同化したのです。だから、こうしていつまでも忘れられずにいるのでしょう。

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クリムゾンサタンの亡霊が

Jiromaru

フェブラリーSに出走した馬ではなく、出られなかった馬の話をしましょう。この厳寒期に行なわれるG1レースゆえ、調整不足であったり、脚元に不安が出たりという馬が現れるのがこのレースです。前年のG1シーズンからわずか2ヶ月という、本来であれば、ひと休みしていたい時期でもあります。それでも、このフェブラリーSに挑戦しようとして、どうしても叶わなかった兄妹がいます。そう、ダイワメジャーとダイワスカーレットです。この兄妹でG1レース9勝を挙げ、兄ダイワメジャーは種牡馬としても成功しているように、最強の兄妹と言ってもさしつかえありませんね。

実は、兄のダイワメジャーはダート戦を2度走ったことがあります。そのうちの1レースでは1.5秒の大差をつけて楽勝し、もうひとつのレースでは4着に敗れてしまいましたが、まだキャリア3戦目のことでした。この頃のダイワメジャーは、新馬戦のパドックでお腹が痛くなって座り込んでしまったという逸話があるように、まだ幼く競走馬としては完成されていませんでした。そんな中での敗戦ですから、参考外というか、全く力を出し切っていなかったのだと思います。古馬になってドバイに遠征したとき、向こうのダートでの調教に跨った感触を語った安藤勝己騎手のコメントが今でも忘れられません。

「遠征したとき、調教でドバイのダートを走ったんだけど、その動きなんかシビれましたよ。素晴らしい動きをして、むっちゃ凄い走るな、と思って。ドバイに行ってダートのG1を使っても面白かったと思う。あのドバイのダートで調教した時の動きっていうのはね、今でも忘れられないくらい」(競馬ラボより)

芝のレースでG1レースを5勝もした馬が、ダートの方がもっと強かったかもしれないなんて、普通ならば信じられませんが、ダイワメジャーにはそう信じさせるだけの力強さが漲っていました。古馬になって完成されたダイワメジャーが、もう1年現役を続行して、フェブラリーSを使ってからドバイワールドカップを目指したとしたら、果たしてどのような走りを見せてくれたのか。歴戦のダート馬を馬なりで千切り捨てる姿が、はっきりと脳裏に浮かびますね。

妹のダイワスカーレットは、4歳時の天皇賞秋でウオッカとの激闘後、有馬記念では古馬の牡馬たちをなで斬りにし、その勢いを駆ってドバイへと遠征を試みました。その前哨戦として選ばれたのがフェブラリーS。もちろん、ローテーション的に叩き台として適当だったこともありますが、ダイワスカーレットのダート適性を見極めた上での出走表明であったと思います。結局、直前に脚部不安を発症し、ダートでの走りを見せることなく現役を引退してしまいましたが、兄ダイワメジャーのダート適性を知っていた私にとって、なんとも残念なダイワスカーレットの回避でした。

なぜこの兄妹がこんなにもダートで騒がれるのかというと、その母系に流れているクリムゾンサタンの血ゆえではないかと私は勝手に考えています。クリムゾンサタンはヒムヤー系の傑作であり、エクリプスから出て、細々と現代まで生き延びてきたアウトサイダーです。アメリカでこそ血は今なお大切に守られているのですが、世界的には傍流の傍流になってしまっています。この兄妹の中では、そのクリムゾンサタンの異質なスピードが騒いでいるのです。乗った者にしか分からない異質なスピードが、芝ではないダートの舞台でこそ本領発揮を予感させるのかもしれませんね。

ダイワメジャーを父に持つカレンブラックヒルが今年のフェブラリーSに出走してくると知ったとき、なにか因縁めいたものを感じ、クリムゾンサタンがどうしてもフェブラリーSを走りたがっているように私には思えて仕方ありませんでした。カレンブラックヒルにとっては初めてのダート戦となりますが、適性があるのは間違いなく、ダートの鬼たちを相手に果たしてどんな走りを見せてくれるのか、最後の直線でクリムゾンサタンの亡霊が現れてくるような気がして楽しみでなりません。

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なんとダイユウサク!

Jiromaru

最近は1番人気が連対する傾向にありますが、ほんの少し前までは、有馬記念は荒れるレースとして有名でした。私にとっても有馬記念とは、中山競馬場に観に行って、人が多くて実際のレースは見えず、大穴が来るので馬券は外して、寒風吹きすさぶ中を歩いて西船橋まで帰るレースとして認識しています。それが分かっていても、毎年、中山競馬場まで足を運んでいたのですから不思議ですね。最後の最後まで痛めつけられて、この1年を振り返って反省する。それが有馬記念の醍醐味でもあります。最近、わざわざ競馬場まで行かなくなったのは、あまり荒れなくなったことと関係しているのかなと思ったりもします。

荒れる有馬記念といえばダイユウサクを思い出す、という方はかなりコアな競馬ファンではないでしょうか。この年(1991年)の有馬記念はメジロマックイーンが圧倒的な人気に推されていました。とはいっても、メジロマックイーン自身は、その年の秋は天皇賞秋で降着の憂き目に遭ったのを皮切りに、ジャパンカップではゴールデンフェザントに交わされてまさかの敗北を喫していました。決して余勢を駆ってということではなく、そんな悪いリズムを断ち切るために、なんとしても負けられないレースでした。もちろん、競馬ファンも王者の強い姿を見て年を締めくくりたいと思い、メジロマックイーンに賭けたのでした。

ツインターボがレースを引っ張り、それにダイタクヘリオスやプレクラスニーが続き、メジロライアンやフジヤマケンザン、ナイスネイチャ、オサイチジョージなど、個性的な一流馬たちが周りを固めます。どの馬も有馬記念を勝てるだけの力はあるのですが、やはりそれでも競馬ファンの目はメジロマックイーン1頭に注がれていました。第1コーナーから最後のコーナーまで、天才武豊を背中にしてメジロマックーンは完璧な走りをしていました。しかし、直線を向いて満を持して抜け出しを図ったその瞬間、メジロマックイーンを上回る末脚で内から突き抜けた馬がいました。

「なんとダイユウサク!」

テレビの実況ではそう叫ばれましたが、中山競馬場にいた人々は、メジロマックイーンが負けたことは分かっても、どの馬が勝ったのか分かりませんでした。勝ち馬の黄色い帽子の色とゼッケンの番号をたよりにして、ほとんどの競馬ファンはもう自分の競馬新聞を見直してみて、初めてダイユウサクという馬が出走していたことを知ったのでした。なんと単勝万馬券(1万3790円!)の超人気薄だったのです。後づけで、マックイーンが優作を連れてきた俳優馬券だと言うサイン馬券の輩もいましたが、ほとんど誰もダイユウサクに印すら付けていなかったのが真実です。前走オープンしかもマイル戦を勝ってきたばかりの馬でしたから。

私が競馬を始めて初めての有馬記念はオグリキャップが復活した年で、その翌年がこのダイユウサクですから、有馬記念はなんだか大変なレースであると私に強烈に刻まれたのも当然のことなのかもしれません。あれだけ強いメジロマックイーンでも、ひとたびリズムを崩してしまうと、簡単に負けてしまうこと。さらにたとえマイラーでも、コーナー6つのコースを上手く立ち回ることができれば、有馬記念の2500mはこなせてしまうのだということ。この2つをメジロマックイーンとダイユウサクから学んだ気がします。今年はそのメジロマックイーンを母の父に持つゴールドシップが人気になりそうですね。父はステイゴールドですが、菊花賞のレース振りを見ても、メジロマックイーンの生き写しのようにしか思えません。果たして、ゴールドシップは祖父の仇を討てるのでしょうか。競馬は未来へ向けての戦いであると同時に、過去との戦いでもあるのです。

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斜めに走った馬

Jiromaru

日本馬のレベルを大きく引き上げたサンデーサイレンスの初期の産駒にバブルガムフェローという大物がいました。種牡馬としては残念ながら大成しませんでしたが、競走馬としてはいかにもサンデーサイレンス産駒といったスピードと手脚の素軽さがあり、2歳時に朝日杯フューチュリティS、3歳時には天皇賞秋を制しました。あの藤澤和雄調教師をして、「これだけの馬は滅多にいないし、またこれほどの馬を調教してみたい」と言わせる名馬でした。

バブルガムフェローが勝った2つのG1レースのうち、どちらもが強烈に記憶に残っていますが、レースにおける激しい攻防という点においては、朝日杯フューチュリティS(当時の朝日杯3歳S)の方でしょうか。「このレース(朝日杯)を勝てるぐらいでないと種牡馬になれない」と社台グループの吉田照哉氏からハッパをかけられ、藤澤和雄調教師は負けられない状況でバブルガムフェローを出走させたのでした。鞍上には円熟を極めていた岡部幸雄騎手が跨り、たしかに負ける要素はひとつも見当たりませんでした。

それでも走ってみないと分からないのが競馬です。好スタートから道中は最高のポジションを追走し、直線に向いてどれぐらい弾けるのかに見えたその瞬間、外から武豊騎手の乗るエイシンガイモンが一気に捲くってきたのです。最終コーナー直前のあっという間の出来事でしたので、岡部幸雄騎手とバブルガムフェローはジッとせざるを得ません。そうしている内に、武豊エイシンガイモンはコーナーリングを利して、バブルガムフェローの進路を塞いだのでした。ワンテンポ仕掛けが遅れた岡部バブルガムフェローを尻目に、武豊エイシンガイモンは先頭に立って粘り込みを図りました。

しかし、馬群から抜け出した岡部バブルガムフェローが一完歩ごとに差を詰め、ゴール前でようやく武豊エイシンガイモンに馬体を並べて、見事に差し切ったのです。このときバブルガムフェローは内側に切れ込むように走っており、岡部幸雄騎手は馬を追うというよりは真っ直ぐに走らせることで精一杯でした。仕掛けがツーテンポも遅れた上に、斜めに走りながらも、エイシンガイモンを楽々と交わしてしまったバブルガムフェローを見て、競馬ファンの誰もが来年のクラシックの主役が登場したことを悟ったのでした。

「あのレースの武くんは意地悪だった」とのちに藤澤和雄調教師は冗談っぽく語りましたが、今観ても、何度観ても、武豊騎手の芸術的な騎乗ですね。圧倒的な力を誇るバブルガムフェローに一矢報いようと、これしかないというタイミングで外から捲くるように仕掛けた武豊騎手の思い切りの良さにしびれます。名手岡部幸雄と武豊による静かな火花が飛び散った、今年のジャパンカップの激しさとはまた違い、こちらはこちらで激しい競馬でした。

今年はバブルガムフェローを管理していた藤澤和雄厩舎から、キングカメハメハ産駒の大物コディーノが出走します。おそらく断然の1番人気を背負うことになると思いますが、その素質はバブルガムフェローにも劣らないものがあるはずです。今年も熟練の技を披露しつづけている横山典弘騎手が跨り、どんな走りを見せてくれるのでしょうか。またその勝利を阻もうと、どの人馬がどのような作戦を練って実行してくるのでしょうか。

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ディープインパクトよりも幸せな馬

Jiromaru

JCダートにおける清清しい勝利の陰に隠れてしまいましたが、その前日には、10歳馬のトウカイトリックがステイヤーズSを制するという出来事がありました。北村宏司騎手の見事なエスコートに応えたトウカイトリックの走りは、とても10歳馬のそれとは思えない、生き生きとしたものでした。これだけ競走馬の入れ替えが激しい時代に、トウカイトリックが10歳まで走ることができているのは、もちろん本人の走る能力や気持ちが衰えていないということもありますが、それ以上に、トウカイトリックに携わる人々の理解があるからでしょう。特に、ずっと生活を共にしている厩務員の方の喜びはひとしおだと思います。

トウカイトリックが走ってきた数々のレースの中で、私の記憶に最も残っているのが、2006年の阪神大賞典です。この年の阪神大賞典は、馬場もあまり良くなく、風が猛烈に強かったことを覚えています。勝ったディープインパクトの上がり3ハロン36秒8が、その風の強さを物語っています。最後の直線に向いてからの強烈な向かい風に、ディープインパクト以外のほとんどの馬が失速してゆく中、トウカイトリックだけが渋太く伸びて2着に入ったのです。正直に言うと、世間の人々も私も、ディープインパクトしか見ていなかったと思いますが、それでもトウカイトリックの底知れぬスタミナと折れない心にドキリとさせられたのでした。

あれから6年の歳月が経ち、ディープインパクトは種牡馬となり、その産駒たちは日本ダービーやジャパンカップを制し、大活躍しています。対してトウカイトリックは、まだ現役でターフを走り続けています。まるで馬生の光と影、表と裏のようにも思えますが、私はそうではないと思います。

作家の村上春樹さんは、走ることについてこう語りました。

世間にはときどき、日々走っている人に向かって「そこまでして長生きをしたいかね」と嘲笑的に言う人がいる。でも思うのだけれど、長生きをしたいと思って走っている人は、実際にはそれほどいないのではないか。むしろ「たとえ長く生きなくてもいいから、少なくとも生きているうちは十全な人生を送りたい」と思って走っている人の方が、数としてはずっと多いのではないかという気がする。同じ十年でも、ぼんやりと生きる十年よりは、しっかりと目的を持って、生き生きと生きる十年の方が当然のことながら遥かに好ましいし、走ることは確実にそれを助けてくれると僕は考えている。与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと、それがランニングというものの本質だし、それはまた生きることのメタファーであるのだ。 (「走ることについて語るとき、僕の語ること」村上春樹)

たとえレースでは厳しくとも、厩舎にいるときは人々に愛され、競馬場で走っているときが最も輝けるのですから、できるだけ長く走り続けることがサラブレッドにとっての幸せなのだと私は思います。ディープインパクトのような馬は別にして、ほとんどの馬たちは種牡馬にはなれないのが現実であり、その限られた馬生の中で、どれだけ輝ける時期を長く保ち、あわよくば勲章を付けて牧場に返してあげることが、サラブレッドにかかわる人間の務めなのでしょう。そういう意味では、トウカイトリックは10年間も無事に走り続けることができたのですから、もしかしたらディープインパクトよりも幸せな馬なのかもしれませんね。少なくとも私はそう思うのです。

Tokaitrick

今回、トウカイトリックの写真を提供してくださった太田宏昭さんは、今年も「ばんえいカレンダー」を発売されました。もう私は手に入れましたが、まだ来年のカレンダーで迷われている方がいらっしゃったらお勧めします。

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ジャパンカップの衝撃

Jiromaru

私にとってジャパンカップといえば、ゴールデンフェザントが勝った1991年のレースです。メジロマックイーンが敗れたジャパンカップと言った方がいいかもしれませんが、とにかくこのレースの衝撃が、原初体験として、今でも私の中に残っています。たしかあの日は、修学旅行で京都に行っており、誰かが持ってきた卓上テレビでレースを観戦したのでした。競馬好きの友人たち皆で、修学旅行中の15時40分に小さな画面を覗き込んでいた姿は、今から思えば笑えますね。

メジロマックイーンは国内ではほぼ無敵の強さを誇っていました。当時の私は海外の競馬など全く知りませんでしたので、国内も国外もあったものではなかったのですが、メジロマックイーンの強さだけは知っていたのでした。無尽蔵のスタミナに支えられ、スッと先行して折り合いがつき、ラストの脚も強靭。前走では、降着になったものの、秋の天皇賞で2着以下をブッチぎる走りを見せて、スピードの持続力も有していることを証明しました。そして、なんと言っても、鞍上には天才・武豊騎手が跨っているのですから、負ける姿が想像できませんでした。

そのメジロマックイーンと武豊騎手が、直線に向いて、ゴールデンフェザントと2着のマジックナイトに外からあっさりと交わされたのです。メジロマックイーンは何の不利もなく、完璧にスタートから回って来たにもかかわらず、見せ場という見せ場なく、一気に引き離されてしまったのでした。後から調べてみると、ゴールデンフェザントは前年のアーリントンミリオンの勝ち馬であり、マジックナイトは凱旋門賞2着馬ですから、決して弱い馬ではありませんでした。ただ、そうは言っても、今まであれだけ強かったメジロマックイーンが、赤子の手を捻られるように負けてしまったシーンをリアルタイムで観て、私たち高校生は大きな衝撃を受けたのでした。

その翌年にはジャパンカップが国際G1レースとなり、シンボリルドルフの息子トウカイテイオーが勝利を収めると、1993年はレガシーワールド、1994年はマーベラスクラウンと続けて日本馬が勝ちました。それ以降は、たまに外国馬が勝つことはあっても、地元の利を生かして日本馬が勝利することが多くなり、もう最近では、日本馬が勝つのも掲示板を独占するのも当たり前となりました。日本馬のレベルアップや調教技術の向上など、あらゆる面において、日本の競馬が底上げされた結果だと思います。思えば、メジロマックイーンが負けたあのレースが分岐点だったのですね。

それでも、今でも、あのときの衝撃は忘れられません。ジャパンカップが創設されて、記念すべき第1回をアメリカのメアジードーツに勝たれたときの、当時の競馬関係者や競馬ファンの衝撃に比べたら大したことはないのかもしれませんが、海外からやってきた名も知らぬ馬たちに日本のG1タイトルを持っていかれる感覚は覚えておきたいものです。それは日本馬が海外の競馬に挑戦するときの向こうの人々の感覚でもあります。今年の凱旋門賞は、直線のオルフェーヴルの脚を見て、さすがに勝たれたと思ったことでしょう。差し返したソレミアはフランスのスターなのだと思います。そのソレミアがジャパンカップに挑戦しに来てくれるということは有難いことですね。

日本の総大将であるオルフェーヴルや前走で復活を遂げたダービー馬エイシンフラッシュ、3冠牝馬ジェンティルドンナ、3歳最強の1頭フェノーメノ、そして母にあのエアグルーヴを持つルーラーシップと日本馬も好メンバーが揃いました。フランスのスターであるソレミアを、日本馬たちはどう迎え撃つのでしょうか。返り討ちにできるのか、それともまたあの時の衝撃を受けるのか。どんな結果が待っているにせよ、私は未来へと語り継いでいきたいと思っています。

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名勝負が教えてくれたこと

Jiromaru

競馬ファンが100人いれば、それぞれに名勝負が存在すると思うのですが、何かを教えてくれるようなレースはそう多くはありません。そんな中でも、サクラバクシンオーとノースフライトが戦った1994年のマイルCSは、まさに名馬同士の激闘でしたし、1400m戦とマイル戦の違いをはっきりと示したレースでした。たったの200m違うだけで、サラブレッドは全く違った適性や資質を問われるのだと、私は教えられたのでした。

今となっては、スプリンターとマイラーは分業化されてしまいましたが、当時は短距離戦線でスプリンターとマイラー同士がガチンコ勝負を繰り広げていました。特に秋のスワンS(1400m)→マイルCS(1600m)→スプリンターズS(1200m)という王道には、強いマイラーと強いスプリンターが出走して、覇を競ったものでした。私はこの路線が大好きでしたし、超一流馬たちのドラマチックな走りに一喜一憂したものでした。特に、マイルCSでちょっと足りなかった馬がスプリンターズSで巻き返すのが大好きでしたね。

サクラバクシンオーは誰もが知る最強スプリンターです。そのスピード能力は卓越していて、おそらくスピード化された現代の競馬に登場したとしても、この馬よりも速い馬は見当たりません。ほとんど馬なりのまま2、3番手につけ、鞍上の小島太騎手が手綱を引っ張るようにして直線では先頭に立ち、そこから解き放たれた矢のようにゴールまで一直線に伸びる。前年のスプリンターズSを勝ち、1994年に入ってからは安田記念と毎日王冠ともに4着と、距離が延びても以前のように大崩れしなくなってきていました。

ノースフライトは1994年の安田記念を制し、名実ともに、短距離戦線の頂点に立った牝馬です。そういえば、女性の厩務員に初めてのG1レースをもたらしたのは、ノースフライトの安田記念でしたね。ふーちゃんという愛称で呼ばれるその姿は、とても牡馬と真っ向勝負ができる牝馬には見えませんでしたが、いざレースに行って走ると、名マイラーに変身します。追われてからの反応は凄まじく、しかもどこまでも伸びてゆきます。2400mのエリザベス女王杯でも2着に来たように、マイラーとしては豊富なスタミナを有していたのです。

そんな2頭がスワンSで対戦したのでした。結果は、サクラバクシンオーがノースフライトに影を踏ませることなく楽勝。おいでおいでとはまさにこのことでした。ノースフライトは伸びてきたものの、最後にようやく2着に上がるのが精一杯という完敗でした。しかし、スワンSから200m距離が延びたマイルCSでは、サクラバクシンオーをピタリとマークしたノースフライトが、直線半ばにしてすでに抜け出して、最後は余裕を持たせてゴールしたのでした。たとえスワンSが休み明けだったにせよ、サクラバクシンオーをモノサシにしたときのノースフライトのマイル戦における強さは、まるで別馬かと思えるほどでした。

この2戦を通じて、私は1400m戦とマイル戦の間にそびえ立つ、大きな壁のようなものを感じたのでした。1200mと1400mは近いけれど少し違う。そして、1400mと1600mは全く違うということを、名マイラーであるノースフライトと最強スプリンターであるサクラバクシンオーが力をぶつけ合うことで示したのです。名馬同士の対決は、名勝負を残すだけではなく、ときとして競馬とは何かを私たちに教えてくれるのです。

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素晴らしく美しき時代

Jiromaru

今から18年前と言うべきか、私が競馬を始めてから4年目と言うべきか迷いますが、個人的にかなり入れ込んだエリザベス女王杯がありました。「ガラスの競馬場」の長年の読者の方々はご存知かと思いますが、私が初めて本気で好きになった馬はヒシアマゾンという牝馬でした。阪神3歳牝馬Sに出走してきた黒鹿毛の外国産馬にたまたま賭けたところ、そのあまりの強さと美しさに目が釘付けになり、心を奪われてしまったのでした。

それ以来、ヒシアマゾンの出走するレースはできる限り競馬場に応援に行き、金額の多少こそあれ、全て単勝に賭けてきました。そう盲目的に。そんな私の期待に反することなく、京成杯での唯一の敗戦(2着)を除き、クイーンC→クリスタルC→ニュージーランドT→クイーンS→ローズSと重賞5連勝で、このエリザベス女王杯に臨んできたのです。

不思議に思われた方もいるかもしれませんが、当時、外国産馬はクラシック(桜花賞とオークス)には出走することができませんでした。どれだけ強くともです。出走していれば、桜花賞は直線で悠々と先頭に立って楽勝したと思いますし、オークスでは最後の直線で他馬をごぼう抜きにしていたと信じていました。

「28頭立ての大外枠でもいい。賞金なんか貰わなくていい。他の馬の邪魔もしない。この馬の力を試したいから日本ダービーを走らせてくれ」と語ったマルゼンスキー陣営ほどではありませんが、やはりこれだけ華やかな馬が裏街道の重賞を勝ち続けている姿を見るのは、ファンとしては歯がゆさを感じていました。この悔しさはなんとしてもエリザベス女王杯で晴らしたい。ヒシアマゾンにかかわる人々に共通する想いだったと思います。

しかも、桜花賞馬であるオグリローマンとオークス馬であるチョウカイキャロルが、どちらも無事に出走してくることになったのですから、まさに本物は誰なのか雌雄を決する舞台となったわけです。舞台は京都の2400mという、小細工の通用しない、ゴマカシの一切利かないコースです。私はこれまでのヒシアマゾンのレース振りから、彼女が負ける姿を想像することはできませんでしたし、京都の長い直線を味方にしてどれぐらい千切るのだろうとさえ思っていました。4コーナー手前から大外を回って捲くっていき、直線で大きなフットワークで羽ばたくヒシアマゾンを思い浮かべるだけで、思わず笑みがこぼれてしまう、そんな1週間を過ごしました。さすがに京都競馬場にまで行くことはできませんでしたが、目一杯の単勝を買って、当日はテレビの前で応援していました。

最後の直線で大外から伸びるヒシアマゾンと内で執拗に食い下がるチョウカイキャロルの叩き合いは、とても3歳牝馬のものとは思えませんでした。こうして改めて見てみると、今年のジェンティルドンナとヴィルシーナの壮絶な叩き合いと似ていますね。当時の私はヒシアマゾンの強さしか頭にありませんでしたので、まさかチョウカイキャロルという馬がそれほど強いとは思いも寄らなかったのです。なんとかハナ差でヒシアマゾンに軍配が上がり、私は胸を撫で下ろしたものでした。

競馬を始めて4年目なんて、ほんとうは何も分かっていなかったのです。この馬は絶対に勝つと思ったり、したり顔で語ったり、当時はまるで競馬の世界の全てが分かっているような感覚を持っていましたが、実は何も見えていなかった。今となっては、恥ずかしい限りです。でも、そういう時期も悪くないなあと思うのです。思い込みが激しすぎるからこそ、1頭の馬に入れ込んだり、1レース1レースの結果に一喜一憂できるのです。あのときの感情の起伏は今はありません。たとえ周りから見て恥ずかしい状況であったとしても、それは素晴らしく美しき時代なのです。

そういえば、ヒシアマゾンの最後の仔であるヒシラストガイがデビューして勝利を収めましたね。母譲りの大きなフットワークや大物感はありませんが、レースセンスはなかなか良さそうですし、栗毛の可愛らしさがあります。まだ1勝したばかりですが、父はブリーダーズCダートマイルを勝ったコリンシアンですので、来年はNHKマイルCを目指しても面白いかもしれません。もう1度、あの頃の気持ちに戻って、ヒシラストガイを応援してみようかと思っています。

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サクラバクシンオーの名を記せ

Jiromaru

「距離別最強馬」という特集が先月号の「優駿」で行なわれていました。競馬関係者や評論家が、距離に応じた最強馬を挙げるという企画です。ディープインパクトやタイキシャトル、シンボリルドルフ、オグリキャップ、サイレンススズカなど、ひと昔前から最近のサラブレッドまで、たくさんの名馬の名前が挙がっていました。私が最も驚いたのは、ほとんどの方々が、1200mにおける名馬のところには、異口同音にサクラバクシンオーの名を記していたことです。どれだけ長く競馬を見続けてきても、サクラバクシンオーほどに強いスプリンターはいないということなのでしょう。

もちろん、私にとっても、生粋にして最強のスプリンターといえば、サクラバクシンオーをおいて他にありません。サクラバクシンオーほどの理想的なスプリンターを見たことがないのです。

サクラバクシンオーは、1993年と1994年のスプリンターズステークスを連覇しました。特に93年のレースは、私自身、かなりの自信を持ってレースに臨んだ思い出があります。「サクラバクシンオーが勝つのを観に中山競馬場に行こう!」という文句で友人を誘ったぐらいでした。友人もサクラバクシンオーが本命だったのですが、私ほどの確信(妄信?)がなかったのか、当時のスプリンターズステークスは真冬の極寒の時期に行われていたこともあって、現地での観戦は断られてしまいました。スプリンターズSの時期になると今でも、「あの時、競馬場に行っていたら最高だったのになあ…」と友人に愚痴をこぼしています(笑)。

初めてスプリンターズステークスを勝つまでのサクラバクシンオーは、前向きな気性が災いして、一本調子に突っ走ってしまう馬でした。自身の溢れるスピードを抑えることが出来ずに、スタートからとにかく全力疾走。素質は高かったのでそれなりに好走はするのですが、若駒の頃は典型的な人気先行タイプでした。そんなサクラバクシンオーが4歳の秋を迎え、キャピタルSで見せた走りに私は驚かされました。道中は2、3番手でピタリと折り合い、最後の直線に向いても鞍上の小島太騎手の手綱は持ったまま。ゴール前でわずかに手綱を緩められると、後続を楽々と突き放すという、ひと皮むけた走りを披露したのです。これだけスピードのある馬が、精神的に大きく成長し、スピードをセーブして走られるようになったのですから、他馬に付け入る隙はありませんよね。

それからのサクラバクシンオーは、まさにその名のとおり、短距離路線を驀進していきました。マイル戦ではノースフライトには敵いませんでしたが、スプリントレースでの強さは破格でした。94年の二度目のスプリンターズSでは、外国馬を迎え打つ立場でしたが、あっさりと自分の形に持ち込んで楽勝してしまいました。前年のリプレイを観ているかのような鮮やかなレースでしたね。G1レースともなると、道中のペースが極端に速くなりますので、後ろから行く差し馬に有利な展開になりやすいのですが、引っ張りきれないほどの手応えで先行して最後の直線で抜け出す、まさにこれぞ本物のスプリンターの正攻法の勝ち方だったと私は思います。


これが本物のスプリンターの正攻法の勝ち方です。
亡き全演植オーナーのためにも、命を賭けても負けられないレースでもありました。

種牡馬としても見事に成功しましたね。サクラバクシンオーは性格が真面目すぎて、距離が持ちませんでしたが、父サクラユタカオー譲りの伸びのある馬体をしていました。そこで、マイルから2000mくらいの距離をこなせる産駒が出てくるのではと私は思っていたのですが、どうやら前向き過ぎる気性も同時に伝えているようですね。ショウナンカンプやグランプリボスをはじめ、シーズトウショウ、ブルーショットガンなど、数々の名短距離馬を輩出しています。また、自身が古馬になってから完成されたように、産駒も早熟なようでいて実は古馬になってからひと皮むける、成長力のある馬が多いのも特徴です。そういう意味では、非常に遺伝力の強い馬です。

今年はサクラバクシンオー産駒のダッシャーゴーゴーが出走します。G1レースを勝てるだけの力には恵まれながら、不運にもなぜか勝利に見放されてきました。一昨年のスプリンターズSと昨年の高松宮記念は降着の憂き目に、そして特に昨年のスプリンターズSは直線に向いても行き場が全くないという酷い目に遭いました。一連の流れから、横山典弘騎手への乗り替わりは仕方ないと思いますが、何とかダッシャーゴーゴーの力を出し切ってあげてほしいと思います。前に行けるようになってきているので、大きな不利に巻き込まれることはなさそうですし、流れ次第では勝つチャンスは十分にあると思います。サクラバクシンオーの最大の後継者になるために、なんとかG1のタイトルを獲得したいところですね。

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ローブデコルテからスイートメドゥーサへ

Jiromaru

ローブデコルテの娘であるスイートメドゥーサが、中京競馬場で行なわれた1400mの新馬戦に勝利し、1番人気に応えてみせました。鞍上の武豊騎手が一度もムチを使うことなく、最後は手綱を緩めたほどに余裕のある勝ち方でした。スイートメドゥーサの耳の動きを見ても、走りに遊びがあり、折り合いを欠くことはないでしょうし、血統的に距離が延びても全く問題ないことが分かります。阪神ジュベナイルFや桜花賞、そして完成度を問われるオークスまではこなしてくれるはずです。

さて、血統といえば、ローブデコルテの父はコジーンです。ローブデコルテが勝ったオークスの前日、ある競馬通の方に「オークスはどの馬に注目しますか?」と質問され、「ローブデコルテかな」と私が答えると、「コジーンですからオークスは距離が長いかもしれませんね」と返された思い出があります。その場はさりげなく誤魔化したのですが、その会話に違和感を覚えた私は、自宅に戻ってコジーンの血統を調べてみました。私にとって、コジーン産駒は2400mぐらいの中距離で活躍しているイメージがあったのです。

血統書をめくってみると、確かに日本におけるコジーンの代表産駒といえばアドマイヤコジーンやエイシンバーリンなので、マイルまでの血統と(一般的には)思われているのは理解したのですが、一方でアメリカの芝の中距離G1レースを勝っているスターオブコジーンやティッカネンのような馬もいました。結果から言うと、どちらも正しかったのです。父がコジーンということで、ローブデコルテをオークスで買わない人もいるし、逆に買う人もいる。ちょうど昨年オークスのホエールキャプチャのようなものですね。それが血統の面白さでもあると思います。

なんだかんだ言って、実のところ、私はオークスでローブデコルテを買いませんでした。先に抜け出したベッラレイアをローブデコルテがゴール前で捕らえたとき、馬券下手な私は競馬場に崩れ落ちました(笑)。その競馬通の方には、父コジーンだから距離が持たないという理由で買わなかったわけではないと伝えたかったのですが、まるで言い訳をしているようで、それはできませんでした。今でも、馬券を外した以上の悔しい思いを覚えている馬です。

あのローブデコルテからスイートメドゥーサという大きな期待を抱かせる馬が誕生し、血だけではなく、個人的な思い出もつながりました。これが競馬の魅力のひとつですね。競馬の血脈や思い出がつながるにはある程度の歳月が必要とされますが、ひと度つながると、それは切っても切れないものになります。もしスイートメドゥーサがこのまま順調に育ち、来年のオークスに駒を進めたとしたら、「父はアグネスタキオンだけど、母父コジーンは中距離G1を勝った産駒を出してスタミナの裏づけがある血統だからね」と即答して、今度こそ単勝を買いたいと思います。

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RE:ロマンは死んだのか?

Jiromaru

Yさん
武豊騎手と日本の競馬に対する想いを綴ったメールをいただき、ありがとうございます。私も武豊騎手がディープインパクト産駒に乗って凱旋門賞を勝ってほしいと願う者のひとりです。また、たくさんの読者の皆さまからもコメントをいただきました。自分の意見や考え方を整理して伝えるために、ひとり一人に答えるのではなく、ここに書くことでお返事とさせていただきますのでご理解ください。競馬ファンの誰もが心のどこかで感じていた問題であり、かといって真相を知るよしもなく、もどかしい思いで競馬を見ている人も多いのだと分かりました。

社台グループと武豊騎手の関係については、正直に言って、私にも真相のほどは分かりません。が、あくまでも個人的な見解を示すとすれば、そのようなことはないと思います。誰かの個人的な恨みやつらみが原因となって、見えない圧力が馬主や厩舎サイドにかかり、武豊騎手に馬を回さないなんてことが公然と行なわれているとは思えないのです。一部の人間関係の中であれば、そういうこともあり得るかもしれませんが、競馬サークル全体において、陰湿ないじめのようなことがまかり通っているとは信じがたいです。まあ、誰かが根拠もなく言い出しそうなことではありますし(笑)、真偽のほどは別にして、そもそも、そうしたことで騒いでいる時点で、武豊騎手を遠まわしに傷つけているような気が私にはします。

それでも、あたかも武豊潰しのようなことが起こっていると誰もが思ってしまうほど、武豊騎手の不振については火を見るよりも明らかです。ひと昔前のように、勝てる馬を依頼されることが少なくなってきている。勝負が掛かった馬は、海外の騎手もしくは他の日本人ジョッキーへ回ってしまう。武豊騎手がジョッキーとして衰えてきているから勝てなくなったのか、それとも良い馬を依頼されないから勝てなくなっているのか。卵が先か鶏が先か。いずれにせよ、あの武豊騎手が、先日のダービーでは8番人気のアルフレードに騎乗して、13着と大敗を喫してしまっている状況は、かつての武豊騎手の黄金時代を知っている方にとっては、不自然極まりなく、理解しがたいはずです。

武豊騎手の不振には、2つの大きな理由があると私は思います。ひとつは、肉体的な歪みです。騎手にとって最も大切なことは、騎乗馬の重心と自分のそれとのマッチングにあります。どれだけ騎乗技術が優れていたとしても、2者の重心がズレてしまうと、馬の方に負担が掛かってしまいます。加齢によって関節や筋肉が硬くなるという肉体的な変化、または大きな怪我によって、肉体は知らないうちに歪んでいきます。頭では分かっていても、意識と肉体のズレを修正するのは簡単なことではありません。肉体の歪みからくる重心のズレがもたらすものは、最初はゴール前の数センチの違いであったとしても、次第に勝ち負けを左右するようになり、気がつくと馬が思ったように走らなくなってしまうのです。

2つ目は、ここ数年で日本の競馬が大きく変わったということです。それまではレースの流れを壊さないように、馬のリズムに沿って、騎手は馬の背から消えるように乗っていたのですが、地方競馬や海外からトップジョッキー入ってきて乗るようになって、競馬のレース自体が変わったのです。馬を動かしてポジションを取り、どれだけ追い方が美しくなくとも馬を叱咤激励して、最後までもたせるジョッキーが勝つようになってきたのです。それを見た中央競馬の若手ジョッキーたちの意識も少しずつ変わっていくことで、かつてとは比べ物にならないほど、レース全体における序盤と道中のポジショニングが重要になってきたのです。私の中で象徴的なレースは、2008年エイシンデピュティが勝った宝塚記念です。このレースを観て、何かが大きく変わったのだと感じました。

武豊騎手は今、肉体と精神もしくは意識のズレを修正しようと懸命にもがいているのだと思います。さらに、彼にとっては受け入れがたいことかもしれませんが、騎乗に対する思想すら変えなければならないのかもしれません。肉体の歪みから来るズレを克服したジョッキーはこれまでにも存在したと思うのですが、それと同時に、レースの変化に対応するために思想の変更まで要求されたジョッキーはいないはずです。それだけ時代が大きく動いたということでもあり、昨日の強者が今日の弱者となってしまうほどの劇的な変化ということです。これから先、武豊騎手がかつての栄光を取り戻せるのかどうか、私には分かりません。

それでも、私は武豊騎手が日本一のジョッキーであると思います。武豊騎手ほど、日本の競馬のために生きてきた人はいないからです。そして、今もなお、武豊騎手は誰よりも日本の競馬のために生きているのだと思います。「こんなクソガキたちに負けてられるか」という気持ちを抱きながら、武豊騎手ほどの人があきらめずに上を目指そうとしている姿を見て、その後進となるジョッキーたちも「なんとか追い越したい、できるだけ早く引きずり下ろしたい」と燃えるのです。倒木更新。かつて岡部幸雄や柴田政人、河内洋などが、武豊に対してそうしたように、倒れゆく古い木を礎として、新しい世代の木が育つのです。誰もがその背中を見ているのです。

将棋の羽生善治も10年ほどの間、なかなか勝てずに苦しんだといいます。棋士としてデビューしてから破竹の勢いでタイトルを取り、若干25歳にして7冠制覇という偉業を成し遂げましたが、その後、漠然とした不安に駆られ、30歳に入ってからは記憶力や閃きの衰えもあり、一つ、また一つとタイトルを失っていきました。かつては寄せつけなかった棋士にも負けてしまうようになり、タイトルはわずかひとつになってしまいました。

そんなある日、いつもどおり将棋会館で対局を行なっていると、見慣れているはずの光景にふと目が留まりました。若手棋士たちと対局をしているベテラン棋士たちの姿でした。加藤一二三9段(当時64歳)、内藤國雄9段(当時65歳)、有吉道夫9段(当時69歳)、還暦を越えてもなお将棋を極めようと懸命に戦っている姿でした。

羽生善治はこの光景を見て、ひとつのことに気づかされました。才能とは、継続できる力であると。それまでは、才能とは一瞬の閃きであると考えていたのですが、そうではない。ただ勝つために将棋を指すのではなく、将棋を極めるために将棋を指す。生涯をかけて、自分の将棋を極めるからこそ価値がある。迷いと勝てない苦しみの中で、羽生はそう悟ったのでした。

武豊騎手にも同じことが言えるのだと思います。ただ勝つためにレースに乗るわけではなく、「もっとうまくなりたい」と思って、再び頂点に立つことを本気で信じて、自分の騎乗を極めようと懸命に戦う。そんな姿を見て、新しい世代は計り知れない影響を受けるのです。武豊騎手には、できるだけ長く騎乗し続けてほしいと願います。才能とは、継続できる力なのです。そこに私たちは大きなロマンを見るべきなのではないでしょうか。


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ロマンは死んだのか?

Jiromaru

「ROUNDERS」vol.3がようやく発売になり、ダービーを目前に静かな興奮が湧き上がってきている最中、Yさんからのメールが届きました。Yさんとは昨年、「悲しみのダービー」というやりとりをしましたので、覚えていらっしゃる方もいるかもしれません。Yさんとは「21世紀の馬券戦略ライブ」でお会いしたことがあり、それ以来、「ガラスの競馬場」の書き手と読者という関係を超えて、競馬の素晴らしさを共有する同志として、やりとりさせてもらってきました。Yさんの競馬を愛する気持ちに1点の曇りもないことを、誰よりも私はよく知っています。

およそ1年ぶりの長いメールでした。タイトルを見て、これはただ事ではないと感じました。私の予感は見事に的中し、読み進めていけばいくほど、(競馬ファンから見た)日本競馬の置かれている状況がよく伝わってきました。競馬ファンであれば、気持ちの盛り上がりが最高潮に達するであろうダービーを前にして、Yさんが競馬をワクワクしながら見られなくなってきている。このままだと、自分と競馬は100年続きそうにない。そう書いてありました。それは決して悲観論などではなく、今の日本の競馬への大きな問題提起として、そして、日本競馬の未来を思うがゆえの静かな怒りとして、私に突き刺さったのです。

Yさんからのメールを全文ここに掲載し(Yさんも承諾済み)、それに対しての返事を公開する形で私も考えていければと思います。まずはYさんのメールを読んでみてください。

治郎丸さん、ご無沙汰しております。

今年もいよいよダービーが近づいてきましたね。圧巻のイン突きのゴールドシップの皐月賞制覇から2冠奪取か?強烈に追い込んだワールドエースが雪辱するのか?タキオン産駒最後の大物なのかグランデッツァの巻き返しは?才能溢れるディープブリランテは2,400mが持つのか?青葉賞馬のフェノーメノの下剋上はあるのか?楽しみは尽きませんが、どうも楽しみ切れてない自分がいます…。

去年からPOGを始めて、DI産駒の応援をしているのはリベルタスのときにお話しましたよね。今年もPOG指名馬からはジョワドヴィーヴルやワールドエースなど(メジャーなのばっかですが・苦笑)がしっかり活躍してくれており、喜ばしい限りなのですが、やはりどこか心底楽しめてない自分がいるのです。

その理由は今年のPOGの指名の際にはっきりとわかりました。私が見たいのは、DI産駒&武豊Jのコンビの活躍だということが…。去年のDI産駒デビューのときからコンビ結成が異様に少なかったので残念だなとは思っていたのですが、社台系からの締め出しとも思われる状況が酷くなってきてからはますます数少なくなってきています…。

本当はDI産駒&武Jのコンビに金子オーナーが加われば最高なのですが、悲しいかな金子オーナーからも殆ど指名されることのない現状…。たしかに昨年は、武Jの成績も酷かったこともあるでしょうが、金子オーナーのような競馬のロマンもわかるであろう方からも新馬戦すら起用されないのは本当に寂しい限り。

かつてのチームDIの池江泰郎調教師&武Jとのコンビで産駒初重賞をもたらしたダノンバラードとのコンビすら解消させられ、最近の競馬界のドライな対応にだんだん競馬を見る楽しみがなくなってきたな、とすら感じるようになってきました。

ディープインパクトが好きな私にとっては、やはり武Jは特別な存在です。ディープが果たせなかった夢は、武Jが現役の間はディープの仔と武Jのコンビで成就してほしいというのが、とても日本人的ではありますが、一ファンの悲願なのです。こういう競馬のロマンは、もう死んでしまったのでしょうか…?

DI産駒に限らず、現在の武Jへの騎乗依頼の異常な状況は、少し競馬をやっている方ならすぐにわかると思います。かつての武崇拝とも言える状態も異常だったと思いますが、現在の武外しも尋常ではないと思います。ここ一年くらいの間でこれまで付き合いの深かったオーナーや調教師からも一斉に馬を引き上げられている感じがアリアリとしますから…。

勿論、騎乗依頼はオーナーや調教師の意思で行われるので、騎手側はその需要がなければ依頼は成立しないため、どうしようもないことなのでしょうが、正直、不自然極まりない感じを受けています。

単なる憶測に過ぎませんが、ネット上でよく囁かれているように、馬の供給を通して吉田一族から圧力がかかってこのような「武潰し」が行われている状況になっているとすれば、それを生んで容認する日本競馬の稚拙さと狭量さに正直、失望を禁じ得ないと思うようになってきました。競馬界も武Jからの世代交代も必要だとは思いますが、競馬の盛り上がりに武Jがまだまだ必要なのもまた事実ではないでしょうか?

そして何より思うのは、日本競馬の発展に絶大な貢献をしてきた武Jに対して、現在の陰湿なイジメのような酷い扱いを行うのが日本の競馬界の本質なのか?ということです。これでは正直、甘々のロマン派の私にとっては、とても競馬をワクワクしながら見るという気持ちにはなれなくなってしまいます。

そんなことで、最近は競馬を少し遠いところから観戦しているような心境です。
有力なDI産駒の殆どが吉田一族の息がかかってますし、どのオーナーも厩舎も社台に頼っているほど彼らには逆らえないのでしょうから、武Jとのコンビも実現しないわけですよね…。私のようなファンはそう多くはないと思いますが、こんな状況では競馬界の自滅にしかならないと思う今日この頃。残念ですが、このままでは私の競馬は100年は続きそうにないですね…(苦笑)。

勿論、ディープインパクトのことが大好きなので、これからも彼の子どもの活躍は見守っていこうと思います。フランスでビューティーパーラーがGⅠを勝ってくれたらやっぱり嬉しいし、今日牝馬ニ冠馬が誕生したのもとても嬉しいです。来週はワールドエースの雪辱を心から願うことも間違いありません。でもたぶん、今までよりは少し遠いところからの応援になってしまいそうです。

いつもながら長々とすみません。ちょっと寂しい近況報告でした。

Y

次回、私なりの返事を書かせていただきます。

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男になるには時間が必要

Jiromaru

野平祐二は騎手としては日本ダービーに縁がありませんでした。英国競馬の至宝サー・ゴードン・リチャーズが「私は1953年の第174回英国ダービーを、ピンザで優勝したサー・ゴードン・リチャーズです」と自己紹介したことに感銘し、「もし日本ダービーに勝つことができたら、その時からはもちろん、私は日本ダービーを勝ちました野平祐二ですと自己紹介しようと思っているのです」と語ったほど、日本ダービー制覇には執着していたにもかかわらずです。

調教師として第51回日本ダービーをシンボリルドルフで制覇するまで、あれだけの偉業を成し遂げた野平祐二でさえ、どういう気持ちで競馬人生を過ごしていたか想像に難くありません。特にこの時期になると、足りないジグソーパズルのピースを探すように、たとえチャンスが少ない馬に騎乗する時でも、なかなか寝付けなかったことでしょうし、それは調教師として管理馬を出走させる際も同じだったはずです。

ダービーを前にしていつも思い出すのは、「競馬学への招待」(平凡社ライブラリー)のあるくだりです。騎手にとってダービーを勝つことは、宇宙飛行士が月面を歩くことと、どこか似た内的体験をするのではないかという一節。私が最高に好きな部分なので、長くなるが引用したい。

「宇宙飛行士の中でも月に行った経験を持つ24人と、他の宇宙飛行士とでは、受けたインパクトがまるで違う。さらに、月に行ったといっても、月に到着して、月面を歩いた人間とそうでない人間とでは、また違う。宇宙船の内部しか経験できなかった人と、地球とは別の天体を歩いた経験を持つ人とでは違うのだ。宇宙船の中は無重力状態だが、月の上は六分の一のGの世界で立って歩くことができる。この立って歩くことができるという状態が、意識を働かす上で決定的に違う影響を与えるような気がする。月を歩くというのは、人間として全く別の次元を体験するに等しい。」

上になぞらえて、山本一生はこう言い換えます。

「騎手であることと、ダービーに出走経験のある騎手になることでは、受けたインパクトはまるで違うだろうし、さらにダービーに出走することと、ダービーの優勝ジョッキーになることでは決定的に違っていて、「全く別の次元を体験するに等しい」のである。」

騎手にとって、ダービーを勝つことがどれだけの意味を持つかを、これだけ上手く説明した喩えを私は他に知りません。騎手はダービーを勝つことによって、全く別の次元に昇華するのです。騎手はダービーを勝つことで男になると言っても過言ではないかもしれません。それはジャパンカップでもなく、オークスでもなく、ダービーなのです。柴田政人、小島貞博、河内洋、石橋守、横山典弘。歴代の日本ダービー優勝ジョッキーを見渡してみると、ダービーを勝って男になった騎手たちの名前が並んでいます。どの騎手もベテランになってから、これが最後のチャンスになるかもしれないという思いで、男になったのです。野平祐二のように調教師になってから男になった人もいます。男になるには時間が必要なのです。

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隙のないレースを

Jiromaru

「G1を勝つには隙のない競馬をしなければならない」

先週行われたヴィクトリアマイルにおける横山典弘騎手の騎乗を観て、岡部幸雄(元)騎手の言葉を思い出してしまいました。2005年の宝塚記念を制した池添騎手とスイープトウショウのレース振りを評して、「“G1を勝つには隙のない競馬をしなければならない”という言葉を体言した完璧な競馬だった」と岡部幸雄(元)騎手は語りました。“G1を勝つには隙のない競馬をしなければならない”とは、当たり前のようですが、こうして改めて言葉にされると、G1レースを勝つことの厳しさ、そして、予想することの難しさに突き当たります。

G1レースでは、トップレベルの馬と騎手が秒単位で凌ぎを削り、勝敗を争う以上、わずかな不利やミスが命取りになります。G1レースにおいてトップジョッキーに求められるのは、好騎乗をすることではなく、隙のないレースをすることです。そういえば、岡部幸雄ジョッキーも現役時代には隙のない騎乗をしていたことを思い出します。予想をする際には、このことも念頭に入れなければなりません。つまり、隙のないレースができる馬、そして騎手を探さなくてはならないのです。単に強いかどうかだけでなく、隙のない人馬かどうかということを問うてみる必要があるということですね。

さらに、「G1を勝つには、いかに他人に分からない動きをするか、というのも大事だ」と岡部幸雄(元)騎手は付け加えました。ここで言う、「他人に分からない動き」とは、レースの流れに溶け込んでいる動きのことを意味します。スタートで出遅れたり、馬と喧嘩したり、極端な位置取りになったりすると、誰の目にも不自然に映り、どうしても目立ってしまうことになるからです。たとえば、先週のヴィクトリアマイルの横山典弘騎手は、12番枠からスタートしたにもかかわらず、第1コーナーを回る前までに、いつの間にか内ラチ沿いを走っていました。決して強引に内に切れ込んだ様子もなく、何気なく各馬の間隙に溶け込むようにして絶好のポジションを確保したのです。

今週のオークスも、隙のないレース、他人に分からない動きができるかが最大のポイントでしょう。勝つためには、騎手に技術や判断力が求められるだけではなく、馬も素直で操縦がしやすくなければなりません。私たち競馬ファンは、そういう人馬を探していかなければならないのです。そのためのヒントとしては、できるだけ騎手が馬についてよく知っている、乗り替わりのないコンビが理想ですね。これだけ乗り替わりが当たり前に行なわれる時代においてでも、大レースに臨むにあたって、騎手が馬の癖や気性をほとんど知らないのでは頼りないですよね。せめて前走からの乗り替わりがない、隙のない人馬を狙っていくべきでしょう。桜花賞馬のジェンティルドンナは岩田康誠騎手からの乗り替わりがどう出るか。絶好調男のC・ウイリアムズ騎手に乗り替ったアイムユアーズは2400mをどう走りきるのか。今年のオークスも興味は尽きません。

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ムチはどちらの女王様のもの?

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Muti今年はまだ一度も競馬場に行けないでいますが、一昨年の春は、なるべく現場の雰囲気を味わいたいと思い、足繁く競馬場に通っていました。やはり、そのとき、その場でしか体験できない興奮や感動が競馬場にはあるからです。それだけではなく、自宅のテレビの前では知りえなかった、ちょっとした競馬ファンのひと言や珍事にめぐり合ってしまうこともあるのです。

それはヴィクトリアマイルが行なわれた日のことでした。ブエナビスタを見事に勝利に導いた横山典弘騎手は、ムチやゴーグルを次々と観客に向かって投げ入れました。少し遠くからそんなシーンを観ていた私は、偶然にも手にした人にとっては、一生の宝物になるのだろうな、とうらやましくも微笑ましく思っていました。その日の最終レースも終わり、帰途につこうかと思っていた矢先、思いがけないシーンを私は目にしたのでした。

向こうから歩いてくるカップルの女性の方がムチを手にしているではありませんか。その瞬間、私は横山騎手の投げたムチを手にしたのは、この女性だったのだと思いました。ところが、その女性が近づいてくるにつれて、もしかすると、この女性が片手に持って振っているムチは、そういう趣味のムチなのではないか、という思いも同時に湧いてきたのです。そういう雰囲気を持っている女性でした。

周りの人々を見回してみると、皆、私と同じ思いだったようで、目をパチクリさせていまいた。そんな中を、そのカップルは何ごともなかったように通り過ぎて、姿は見えなくなってしまいました。残された私たちは、キツネにつままれたように、茫然と立ち尽くしてしまいました。「たぶんムチはストラップみたいな感覚なんだろうな…」と誰かがふと発したひと言に、周りの競馬ファンたちは思わず笑ってしまいました。

結局、謎は解けないまま。果たして、あの女性が手にしていたムチは、横山騎手が投げ入れたムチなのか、それとも…。

ブエナビスタが快勝したヴィクトリアマイルとそんなエピソードが同時に思い出されるのも、競馬場に足を運んだからでしょう。このときのブエナビスタは、ドバイへの遠征直後であり、決して体調が優れているとはいえませんでした。それでも、府中の長い直線を生かして、なんとか首差だけヒカルアマランサスを差し切りました。そして、ヴィクトリアマイルを無理して勝ってしまったことで、宝塚記念はガタガタと言ってもよい状態でした。そんな中でさえ、ブエナビスタはのちの凱旋門賞で2着することになるナカヤマフェスタの強襲に最後まで食い下がったのでした。私がブエナビスタの本当の強さを知ったのは実はこの宝塚記念でしたが、その伏線を敷いたのがこのヴィクトリアマイルということになります。

その年の秋、ブエナビスタはまさに女王というべき走りを見せて、古馬の牡馬を相手に世界の頂点に立ちました。ほんの2年前の話ですが、なんだか昔話のように思い出されます。今週は、「ROUNDERS」のvol.3の製作も終わりましたので、久しぶりに競馬場に行って競馬を楽しみたいと思います。

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少なくとも最後まで歩かなかった

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私は決して駆けっこが速い方ではなかったのですが、長距離走は嫌いではありませんでした。どちらかというと、好きな部類に入るはずです。走り出した時のあの身体に力が漲る感じが好きだし、苦しくなって、もうダメだと思って、それでもまだまだと自分を奮い立たせる感じも好きです。滅多に味わうことができないランナーズハイも好き。そして何よりも、走っている時のひとりぼっちで考える時間が好きなのでしょう。たぶん、走ることが私のメンタリティに合っているのだと思います。

長距離走ということで思い出すのは、高校生のときのマラソン大会です。どこかの大きな航空公園に集まって、男子はたしか5kmを走りました。受験が終わって直後のことでしたので、鈍っていた身体がラスト1kmぐらいから急に重くなってきました。それでも気持ちで身体を前に動かしながら走っていると、この先ゴール→と書かれた看板が曲がり角に立っていました。助かったと思いながら、そのコーナーを曲がると、ゴールまで気の遠くなるような直線が伸びていたのです。ゆうに京都競馬場の最後の直線ぐらいはあるのではと思わせる長さでした。愕然として、急に身体から力が抜けていくのを私は感じました。少なくとも最後まで歩かなかったのですが、長距離走がいかにメンタルと直結しているか、身を持って知った出来事でした。長距離走で最後に問われるのは、精神力というか、執念のようなものですね。

さて、今でも天皇賞春は最高峰のレースだと信じています。たとえ時代遅れと言われようと、京都の3200mで行われる天皇賞春を勝つことの出来る馬こそが、その時代における真の名馬に相応しいと思うのです。スピードは当然として、それを持続させる無尽蔵なスタミナ、道中で騎手の指示に素直に従える賢さ、馬群の中で我慢できる精神的な強さなど、このレースを勝つためにはあらゆる要素が求められるからです。

その天皇賞春を2度も勝った馬がいます。メジロマックイーンとライスシャワーです。そして、この最高にして最強のステイヤー2頭が、死力を尽くして闘った伝説の天皇賞春があります。1993年の天皇賞春です。天皇賞春3連覇のかかるメジロマックイーンは、休み明けの産経大阪杯をレコードで勝利し、1.6倍の圧倒的な1番人気に支持されていました。そんなメジロマックイーンに、真っ向から立ちはだかったのがライスシャワーでした。

このレースに臨むライスシャワーの最終追い切りは、今でも鮮明に覚えています。レースでも手綱をとる的場均ジョッキーを背に乗せての調教でした。的場騎手はゴールを過ぎても1発、2発、3発とムチを入れ続けました。見ているこっちが心配してしまうほどのハードな調教でした。これは後から聞いた話ですが、的場均騎手にとっても一か八かの賭けだったそうです。ピークかそれとも疲労か。しかし、極限の状態に仕上げなければ、メジロマックイーンを負かすことは出来ないと思っていたからこその賭けでした。

的場均騎手の賭けは、見事、成功を収めました。スタートからピッタリとメジロマックイーンをマークしたライスシャワーは、直線に向くや、あっさりと抜け出して、先頭でゴールしました。あのメジロマックイーンでさえ、全く抵抗できないほどの強さを見せ付けての完勝でした。この時のライスシャワーには、まさに馬が唸っているという表現がピッタリでした。前の年にミホノブルボンの3冠を阻止したことも重なって、この頃から、「黒い刺客」や「マーク屋」という異名が定着しました。

私にとってのステイヤーといえば、ライスシャワーをおいて他にいません。ライスシャワーには、ステイヤーとは如何なるものかということを教えてもらいました。「ステイヤーはいきなり休み明けから走らず、叩かれつつ体調が上向いて行き、ピークの調子が長続きする」、「マラソン選手に線の細い選手が多いように、ステイヤーも小柄な馬が多く、極限の状態に絞り込まれてこそ真価を発揮する」、「ステイヤーは決して調教で速い時計を出さない」、「ステイヤーは我慢強い」。ライスシャワーを語ると、それはすなわちステイヤーを語ることになるのです。

「もちろん、ステイヤーとしての血も素晴らしいんだけれど、それ以上にあの馬は執念を持っているんですよ。あの馬に対しては、スタッフみんなも執念を持って携わっている。それが馬に伝わっている。周りのスタッフの雰囲気をライスシャワーは感じてくれるだけの馬だった。そういう感性の強い馬だったってことです」

主戦の的場均騎手はライスシャワーをこう評しました。ミホノブルボンを倒した菊花賞、メジロマックイーンに土を付けた天皇賞春、それからちょうど2年後の奇跡の復活を見ても、ライスシャワーは執念の馬だったことが分かります。周りの人々の気持ちを感じ取り、その期待に応えたいという執念。「ステイヤーは執念を持っている」。私の競馬辞典におけるステイヤーの頁に、もうひとつ新たな定義を追加しておこうと思います。今年の天皇賞春、勝つことに対する執念を最も持っているのは、果たしてどの馬でしょうか。

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消えた魔法

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日刊スポーツの桜花賞特集号に、イラストレーターの尾田瑞季さんが漫画を描かれています。新しい競馬の格言をつくってゆくということで、今回は「阪神に魔物はいない~消えた魔の桜花賞ペース~」です。かつて桜花賞がおにぎり型のコースで行なわれていたときは、芋を洗うような激流になりがちでしたが、阪神競馬場の改修に伴い、大回りのゆったりとしたコースに設定が変わり、もう魔の桜花賞ペースにはならなくなってしまったという意味ですね。まさに私も同意で、今の阪神のマイル戦で、力のない馬が力のある馬の足元をすくうのは難しくなってしまったと思います。

魔の桜花賞ペースを逆手にとって勝った馬といえば、オグリローマンが思い浮かびます。知らない方も名前から類推されたかもしれませんが、そう、あのオグリキャップの妹です。兄と同じく笠松競馬場でデビューしたオグリローマンは、7戦6勝の実績を挙げて中央入り。初戦のエルフィンSには武豊騎手が跨り、大きな注目を集めたものの、なんとシンガリ負けを喫してしまいます。それでも陣営はあきらめることなく、次走のチューリップ賞に向けて調整を重ね、なんとか2着を確保して桜花賞の出走権を得たのです。しかし、オグリローマンの弱点は怖がりな気性にありました。潜在能力は高いのですが、周りに馬がいると走りに集中できないのです。

怖がりな気性という課題を抱えるオグリローマンが、本番の桜花賞で1番枠を引いたのですから、なんという皮肉なことでしょうか。武豊、オグリキャップの妹というキーワードが揃っていたとしても、競馬ファンがオグリローマンに3番人気の評価しか与えなかったは当然のことでしょう。正直に言うと、私も厳しいかなと思っていました。この年(1994年)の桜花賞は、まさに魔の桜花賞ペースでした。レースを見てもらえば分かるのですが、スタートからゴールまでまさに超ハイペースでレースは流れました。各馬スピードを存分に生かそうと、前へ前へと推進していく様は、まるでアメリカの競馬を見ているようでした。そんな中、最内を引いて腹を括ったのか、武豊オグリローマンはラチ沿いで折り合いを付けることだけに専念していました。

直線の半ばで、武豊オグリローマンが外から飛んできたときの驚きは、今でも忘れられません。やっぱり来たかという思いと、本当に来たのかという思いが交錯した不思議な驚きでした。いつの間にか、武豊騎手はオグリローマンを他馬のいない馬場の外に出して、猛然と追い込み、ハイペースを追いかけて脚が上がってしまった他馬をまとめて差し切ってしまったのです。なぜ他馬を怖がるオグリローマンが馬群の中でも落ち着いてスタミナを温存できたのか、またどうやって武豊騎手はオグリローマンを外に出したのか、今でも分からないことばかり。武豊騎手はどんな魔法を使ったのでしょうか。今となっては、力と力のぶつかり合いになった桜花賞ですが、ときには魔法も見てみたいと思うのは私だけでしょうか。

☆1994年の桜花賞の映像はこちら

■尾田瑞季さんのHPはこちら
Odamizuki

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なにやってんだ、目を覚ませ!

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あの頃の私は、何ごとに対してもやる気が起きず、かといって何かをやろうと思ってもそれだけの能力もなく、それでいて世の中を冷ややかな目で見ている、まったくどうしようもない人間でした。その原因もほんとうにどうしようもないことだったので、ここに書くまでもありません。寝て起きての繰り返しだけの毎日でした。そんな自堕落な生活でしたから、阪神・淡路大震災が発生したときも、オウム真理教事件が起こったときにも、正直に言うと、どこか他人事のように感じていました。まるで自分と世の中の間に大きな溝があるような、自分とその外部が分厚い膜で隔てられているような感覚を持って日常を過ごしていたのです。そんな状態がおよそ2年ぐらい続きました。

1996年3月9日、ベッドから起き上がって、パジャマのまま、寝ぼけまなこでテレビをつけると、競馬中継がやっていました。そういえば今日は土曜日であること、メインレースの阪神大賞典には、3冠馬ナリタブライアンと菊花賞と有馬記念を制したマヤノトップガンの両雄が出走すること。友だちに頼んでナリタブライアンの単勝を買ってもらっていること。ひとつずつ思い出されてきました。たまたま起きたのがレース直前の時間で良かったと思っていると、あっという間にレースのスタートが切られました。ナリタブライアンが真っ先に飛び出しました。

3コーナーまでは淡々としたペースでレースは流れ、しかし4コーナーにかけてマヤノトップガンが先頭に立つと、その動きに合わせてナリタブライアンが仕掛けると、状況は一変しました。後続の8頭はもはや付いてくることができず、4コーナーを回った時点で既に2頭の一騎打ちに。直線ではどちらが前に出ているのかさえ分からないほど馬体を併せて激しく叩き合った末、2頭はほとんど同時にゴールしました。ナリタブライアンに賭けていた私の目には、わずかにナリタブライアンがマヤノトップガンを最後に交わしたように見えましたが、首の上げ下げで勝敗が分かれてしまうような大接戦でした。

私は目が覚めました。この2頭のマッチレースを見て、目の前の霧が晴れた気がしたのです。ナリタブライアンとマヤノトップガンという時代を代表する名馬たちが、力の限りを振り絞って走るさまを見て、なぜだか自分はこのままではいけないと感じたのです。「なにやってんだ、目を覚ませ!」と彼らに言われたような気がしたのです。このレースについて、「阪神大賞典でのナリタブライアンとマヤノトップガンのマッチレースは、言われるほど名勝負ではない。マヤノトップガンがただカウントを取りにゆくようなストレートを投げ、それをブライアンが打ち返しただけのレースである」と田原成貴騎手は主張しましたが、私にとってそんなことはどうでも良いことです。ナリタブライアンとマヤノトップガンがお互いに負けたくないという意志を持って、死力を尽くして走ったのは誰の目にも明らかであって、だからこそ私の心にも火がついたのでした。競馬というスポーツには、そういう力があるのです。

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語り継がれてゆく

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今から20年ほど前、栗東の坂路コースにひとり立ち続けていた調教師がいました。故戸山為夫調教師です。今となっては関西馬躍進の起爆剤となった栗東の坂路コースですが、20年ほど前までは誰にも見向きもされなかったことは意外と知られていません。そもそも最初は270mしかなかったのですから、当然といえば当然ですね(現在は1085m)。のちに渡辺栄調教師が加わり、2人は栗東坂路の名物調教師となりました。「変な調教師が2人、坂路コースで何かやっている」と揶揄されたこともあったそうです。

それでも、2人は坂路調教の可能性に賭けて、1日に何本も坂路を駆け上がらせて、馬を鍛えていったのでした。その結晶が、ミホノブルボンでありフジキセキなのです。故戸山為夫調教師が育てたミホノブルボンは、わずか700万円で取引された安馬でしたが、1日に4本もの坂路調教をこなしたとされています。それゆえ、「坂路調教の申し子」と呼ばれました。スピード馬でも鍛えて心肺機能を高めていけば距離も克服できる、という戸山為夫調教師の信念の代弁者でした。

今でも鮮明に思い出すことができます。1991年、朝日杯3歳S(現在の朝日杯フューチュリティS)でのミホノブルボンとヤマニンミラクルの火花の出るような追い比べを。ミホノブルボンは新馬→500万下と圧勝して、その勝ちっぷりと坂路コースでのハードトレが評価されて、圧倒的な1番人気に推されていました。対するヤマニンミラクルは前走で京成杯3歳Sを勝ち、4戦3勝の実績で対抗馬として評価されていました。私はその当時は戸山為夫調教師とミホノブルボンのマッチョさがあまり好きではなく、仕事人・田島良保騎手が乗るヤマニンミラクルの方に賭けていました。

直線で外からミホノブルボンを追い詰めた時、「差せ!」と思わず声が出てしまいました。脚色が違ったので、勝ったと思いながら声援を送ったのですが、ヤマニンミラクルに並ばれた瞬間、ミホノブルボンがグッとまた前に出たのです。そこから先は絶対に抜かせないという意志がこちらまで伝わってくるような粘り腰を見せて、ミホノブルボンがヤマニンミラクルをハナ差で制したのでした。あと少しだったのになあ、次にもう一度走ったら、今度はヤマニンミラクルが勝てるかもしれない、というのがまだ競馬を始めて2年目の私の正直な感想でした。でも、そうではありませんでした。

「馬を信じて乗らんかい!」

朝日杯3歳Sのレース後、ミホノブルボンの鞍上の小島貞博騎手は戸山為夫調教師にこう怒鳴られました。最近では、負けてもジョッキーを責めたりする調教師は少ないのですが、ジョッキーが勝って怒られるという話は稀でしょう。戸山為夫調教師は、ミホノブルボンを2番手に付けて綺麗な競馬をしようとした小島貞博騎手の騎乗に腹を立てたのでした。小島貞博騎手は先を見据えて折り合いをつける練習をしようと試みたのだと思うのですが、そのことがミホノブルボンの長所であるスピードを殺し、ヤマニンミラクルに影を踏ませたことにつながってしまったということです。坂路であれだけ鍛えているというのだからという自信が、戸山為夫調教師にはあったのです。

それからというもの、小島貞博騎手は吹っ切れたように逃げました。スプリングS→皐月賞→ダービー→京都新聞杯と、菊花賞で負けるまで、ひたすら逃げました。1ハロン12秒のラップをどこまでも刻み続けるサイボーグのような走りに、どの馬もついていけるはずがありません。皐月賞で初めてクラシックを制した時の小島貞博騎手の涙は美しいですね。馬を信じて、自分を信じて、調教師を信じて、全てを信じたからこその勝利だったのです。そう考えると、このミホノブルボンという馬は、あらゆる人の信じるという強い気持ちが乗り移った馬だったのですね。戸山為夫調教師はミホノブルボンがダービーを制した1年後にガンでお亡くなりになりましたが、今でも戸山イズムは関西の調教師たちに受け継がれ、ミホノブルボンにたずさわった男たちの信念もこうして語り継がれてゆくのです。


私を含め、この日本ダービーで人生が変わった競馬ファンは少なくないはず。

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舞い降りるべき人の下に

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池江泰郎元調教師が昨年12月、スポーツ功労者文部科学大臣顕彰を受賞されました。中央競馬の関係者としては8人目。メジロマックイーンやステイゴールド、ディープインパクトといった、歴史に名を残す名馬を育てたことなど、騎手時代から調教師を引退するまで、長きにわたって競馬界の発展に貢献してきたことが認められました。「こんな賞をいただけるとは思ってもいなかった。うれしい」、そう語りながら池江泰郎元調教師は感激していた、という話を聞いて、あるシーンが脳裏に蘇ってきました。

今から8年前、私は縁あってキングカメハメハの日本ダービーの祝勝会に参加させてもらいました。そこにはテレビや競馬場で観たことのあるジョッキーや調教師たちが集い、それぞれに金子真人オーナーを祝福していました。思い返せば、私はこのとき初めて、競馬関係者と直接話をしたのでした。ポツンとお酒を飲んでいた安藤勝己騎手に話しかけたりして、私は競馬ファンを思いっきり満喫しました。そんな中、金子真人オーナーに、招待していただいた御礼を伝えるとともに、写真を撮らせてもらうようお願いをしたところ、たまたま近くにいた池江泰郎調教師(当時)も一緒に入りませんかという話になりました。あのメジロマックイーンを管理した池江泰郎調教師とも一緒に写真に写れると思い、嬉しくて仕方ありませんでした。

ところが、池江泰郎調教師は、「いえいえ、私のような者は…」と言って、なかなか写真に入ろうとしません。「まあまあ、そうおっしゃらずに」と金子オーナーが再度誘ってくれたので、池江泰郎調教師は申し訳なさそうに横に立ち、なんとか一緒に写ってくれたのでした。調教師というと、偉そうにふんぞり返っている人という先入観が私にはあったので、名調教師または伯楽として名の知れた池江泰郎調教師の背中を丸めて恐縮している姿を見て、心が洗われるような気持ちになったのでした。あのときの驚きは忘れられません。私の祖母がよく言っていた、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉の意味が分かった気がしました。

そして、翌年、金子真人オーナーの所有馬であるディープインパクトが、池江泰郎調教師の手によって3冠馬となったとき、名馬というのは、舞い降りるべき人の下に舞い降りるのだなあ、と実感しました。

池江泰郎調教師は2011年に調教師を引退し、今は競馬評論家、解説者として活躍されています。何よりも、息子さんである池江泰寿調教師の管理する馬がG1レースを勝ったとき、一緒に口取りをしている姿が印象的ですね。特にオルフェーヴルという名馬は、自身が育てたメジロマックイーンが母の父、ステイゴールドが父という池江ブランドですから、思い入れもひと一倍強いはずです。父から子へ。「たまたまですよ」と池江泰郎元調教師は背中を丸めて謙遜されるかもしれませんが、やはりオルフェーヴルも舞い降りる人たちの下に舞い降りたのだと思います。

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こんな馬にまた巡り会いたい

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シンコウラブリイは初めて好きになった馬でした。競馬を始めたばかりの頃、その走りに魅了され、追いかけて、最後まで応援した牝馬でした。その表情の可愛らしさと、レースではいつも勇敢に、そして健気に走るところのギャップが好きになったのだと思います。シンコウラブリイの溢れんばかりのスピードは、彼女のアスリートとしての才能の証明でした。

シンコウラブリイは岡部幸雄騎手にアイルランドで見初められた馬でした。あの岡部騎手の目に留まったのですから、よほど光る何かを持っていたのでしょう。アイルランドから日本にやってきたシンコウラブリイは、周囲の期待に応えるかのように、順調に調教を重ね、デビュー戦を迎えました。

藤沢和雄調教師はシンコウラブリイを新馬戦ではなく500万下のきんせん花賞にいきなり出走させようと考えていたそうです。どの馬も生まれて初めてのレースであり、入れ込んだり、スタートには手間取ったり、道中もふらふらと走り、どこで不利に巻き込まれるか分からない新馬戦よりも、1度でもレースに使われたことのある経験馬相手のほうがレースはしやすいということです。

結局、ジョッキーの関係で、きんせん花賞ではなく普通の新馬戦でデビューすることになりましたが、それだけシンコウラブリイの能力に自信があったということであり、また、とにかく細心の注意を払って大成させようという藤沢調教師の意図が伝わってくる話です。それ以降は、春シーズンに3戦、秋シーズンに3戦という定められたローテーションで大事に使われることになります。

藤沢調教師は今となっては大トレーナーですが、当時はまだ開業して間もなく、厩舎には走る馬はほとんどいませんでした。そんな状況の中、調教でもレースでも目一杯に走りすぎてしまうシンコウラブリイをいかにして楽に走らせるかに注力したといいます。調教では常に馬なりで、1度も追ったことはありませんでした。そのことでG1レースを勝てないと揶揄されたこともありましたが、シンコウラブリイは絶対に追ってはいけないと、馬なり調教を貫いたのでした。

私が初めてシンコウラブリイの走りを見たのは、1991年の阪神3歳牝馬S(現阪神ジュベナイルF)でした。デイリー杯を勝って3連勝で臨んできたニシノフラワーと、新馬戦と福島3歳Sを連勝したシンコウラブリイが人気を二分していました。今から思うと、ニシノフラワーはのちに桜花賞とスプリンターズSを勝ったのですから凄いメンバーでしたね。阪神ジュベナイルFは数年に1度、末恐ろしいメンバーが揃うことがあります。私は前走で1200mを走っていたシンコウラブリイを嫌い、ニシノフラワーを上に見て馬券は当たったのですが、真っ黒の勝負服を着た岡部幸雄騎手が跨っているシンコウラブリイの姿が、どうしても目に焼きついて離れませんでした。

競馬のけの字も知らなかった私の直感は見事に当たり、その後のシンコウラブリイと私の旅は幸福そのものでした。唯一の大敗はカーネーションカップ(6着)のみ。最も印象に残っているのは、4歳時(現在の3歳)に富士Sから連闘で臨んだマイルチャンピオンシップです。牡馬の間で揉まれて、接触する不利もありながら、勝ったダイタクヘリオスに最後まで食い下がり、ナイスネイチャらの古豪を退けて2着したときには驚きを隠せませんでした。

ラストランとなったマイルCSは、余力十分の勝利で、最も強いときに引退するという、サラブレッドとしてはこれ以上ないほどの美しい幕引きでした。藤沢和雄調教師にとって、初重賞はシンコウラブリイによるニュージーランドT4歳Sであり、初のG1制覇はシンコウラブリイによるマイルCSでした。信念を貫いた藤沢調教師にシンコウラブリイがどれだけ安堵と自信を与えたことでしょうか。こんな馬にまた巡り会いたい、そう思いながら、藤沢和雄調教師も私も競馬を続けているのだと思います。



シンコウラブリイのスピードを体感してみてください(富士S)。

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相手にとって不足はない

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どんなスポーツでもそうであるように、競馬にもホーム(地元)以外の場所で戦うことの不利があります。長距離輸送や検疫の拘束に耐え、勝手知らぬ土地で準備をし、慣れない場所で戦わなければなりません。ホーム(地元)であれば期待できたはずの手厚いサポートや暖かい声援も少ないかもしれません。人間のアスリートでさえも力を出し切ることは難しいのですから、繊細なサラブレッドはなおさらでしょう。逆に言うと、ホームで戦えることの利は非常に大きく、地元有利は国際競走の大原則です。

それでも、海外にまで遠征して戦いを挑んでくるのは、よほど自信があるからに違いありません。今年のエリザベス女王杯にも、自信満々の挑戦者が訪れました。スノーフェアリーとダンシングレインの2頭です。スノーフェアリーは昨年の覇者です。初めての長距離遠征を克服してエリザベス女王杯を制したのち、香港にわたって香港Cを勝ちました。一方のレースではインを突いて伸びて、また一方では大外に出して差し切りました。また、日本の軽い馬場から香港やヨーロッパの重い馬場までこなしました。あらゆる条件下で走れるのは、本物の実力があるからでしょう。今年に入ってからは勝ち切れないレースが続いていますが、本来の力を出すことがあれば、また圧勝してしまうかもしれません。

ダンシングレインは栗毛の綺麗な馬ですね。レース振りを観る限り、スムーズに先手が取れれば絶対にバテそうにない渋太さを感じます。逃げなかったレースでは惨敗を喫しているだけに、外枠からでも逃げを選択してくるでしょう。英オークス馬であるという点で、スノーフェアリーとは共通しています。しかも、スノーフェアリーは愛オークス、ダンシングレインは独オークスを勝っています。つまり、スノーフェアリー同様に、この馬もスタミナには微塵の不安もないということです。あとは日本の軽い馬場に対応できるかどうかですが、日本でスノーフェアリーと決着をつけると息巻いているように、ダンシングレイン陣営には自信があるのでしょう。

日本馬を見渡してみると、かなりのメンバーが揃いました。牝馬6冠を目指すアパパネを筆頭にして、秋華賞を圧倒的なスピードで制したアヴェンチュラ、ゆったりしたレースの方が合いそうなホエールキャプチャ、ここまで無敗のレーヴディソール、そして男馬を蹴散らしてきたイタリアンレッドなど。ブエナビスタこそいませんが、どの馬も国際G1レースで勝ち負けになりそうな馬ばかりです。このメンバーで海外遠征馬に圧倒されてしまうようであれば、地元である日本の競馬はお先真っ暗というところでしょうか。さらに言うと、牝馬の時代だからこそ、牝馬同士の戦いで負けてしまうわけにはいかないのです。

そんな中でも、私は走る女アパパネを応援しています。アパパネのように走ることを嫌がらない馬は、時として、私たちの想像を超えた走りをします。前走、牝馬同士のレースであれだけ大敗を喫してしまった馬が、次走で巻き返すのは至難の業です。たとえ本番前の叩き台とはいえ、今までは見せ場をつくってきた馬だけに、もはや燃え尽きてしまったと考えるのが普通かもしれません。陣営でさえも、そう考えてしまったこともあるといいます。しかし、そうした私たちの論理を飛び越えて、アパパネは走ってしまうのではないかと密かに期待します。スノーフェアリーとダンシングレインが“強い”ではなく、“相手にとって不足はない”と思いたいのです。


関連エントリ
「ガラスの競馬場」:走る女アパパネ

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セイウンスカイのような馬の出現を

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セイウンスカイにはたくさんのことを教えてもらいました。ジョッキーが名馬から多くを学ぶように、競馬を予想する私たちも名馬から学ぶところは多いのです。同時代を生きて、馬券を買うことで、極めて主体的に競馬そのものを学ぶことができるからです。私が最も馬券にのめり込んだ時代の、おそらく最強と称される世代の1頭であったセイウンスカイは、私にとっては良き師匠であり、ものさしであり、見本でもありました。

セイウンスカイ自身が頭角を現した時、父シェリフズスターはすでに廃用となっていたように、セイウンスカイはお世辞にも良血とはいえない馬でした。血統に無知であった私にも、その血統が地味であることは明白でした。ライバルと目されたスペシャルウィークやキングヘイローらとは違い、関係者以外の誰からも注目されることなく、この世に生を受けた競走馬でした。しかし、セイウンスカイが競馬ファンの話題に登場するようになるまでに、それほど時間はかかりませんでした。

その軽やかなスピードと、私たち競馬ファンに幻想を抱かせてやまない芦毛色のセイウンスカイは、新馬戦と2戦目のオープン(ジュニアC)で後続を突き放して連勝しました。そして、続く3戦目の弥生賞で、その年のダービーを勝つことになるスペシャルウィークと激突することになったのです。結果、あわや逃げ切りかというシーンを作ったのですが、最後はスペシャルウィークの強烈な末脚に屈してしまいました。しかし、実はこのレース、セイウンスカイにはソエが出ていたのです。

当時の私はソエが何であるのか知りませんでした。当時はインターネット検索がそれほど普及していませんでしたので、あちこちの本をめくって調べてみた記憶があります。なるほど、ソエというのは若駒によくある症状で、成長途上の馬の管骨に過度な負担が掛かると発症するのか。昔はソエが出たら赤飯を炊いていたのか。新馬戦よりもレースを使って2、3戦目に出やすいのか、おっ、セイウンスカイもそうだなあ、などなど。ここからさらに発展して、「競走馬がレースの苦しさを知るのは2、3戦目」というヒントを作ったのでした。

皐月賞では、最終追い切りでビッシリと追われたのを確認して、セイウンスカイがに本命◎を打っていたので、最高に嬉しかったですね。馬券を買う明確な理由がありつつ、馬券も少しずつ当たるようになってきた、そんな良き時代でした。そう、菊花賞の逃げ切り方を教えてくれたのもセイウンスカイでした。

まあ、そうはいっても、セイウンスカイとは馬券の相性は良くありませんでしたね。そもそも、私自身が馬券は下手くそなので、相性の良い馬などあまりいないのですが(笑)。日経賞でのあまりの強さに興奮して、単勝に大きく賭けた天皇賞春は3着。札幌記念で鮮やかな差し脚を披露したレースを見て、確勝を期して賭けた天皇賞秋は5着。強い勝ち方をした後は、その反動というか、あっさり負けてしまう、そんな馬でした。おそらく気持ちで走る馬だったのでしょうね。

今週はセイウンスカイが中団からレースを運んで快勝した札幌記念が行われます。セイウンスカイの仔が出走していないのが寂しいですね。同期の1頭であるグラスワンダーの産駒であるアーネストリーも回避してしまいました。せめてセイウンスカイのように、サンデーサイレンス系に真正面から立ち向かっていけるような馬の出現を求めるのは、私だけでしょうか。

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RE:悲しみのダービー

Jiromaru

Yさん、こんにちは。蒸し暑い毎日が続き、夏の到来を少しずつ予感しています。

日本ダービーにおける、リベルタスについてのメール拝読させていただきました。Yさんのご心中察します。POG馬として、ディープインパクトの仔として、まるで我が愛馬のようにデビュー戦から見守ってきたからこそ、どうしても納得ができない、合点がいかない部分が見えたのでしょう。ディープインパクトの仔であり、同じ勝負服を着ている(同じ馬主である)以上、大いなる期待と思い入れをしないわけにはいかないですよね。でも、別にYさんは誰かを責めているわけではないことも知っています。

Yさんからいただいたディープインパクトの新馬戦の写真、今でも大切に持っていますよ。ディープインパクトがゲート前で輪乗りをしている瞬間の、あの写真です。誰にとっても未知の存在であったディープインパクトを写した貴重な1枚ですよね。そうやって、埒の外から、1頭1頭の馬に想いを込めながら応援するYさんは、本当の競馬ファンだと思います。

Deepimpactsinba

おっしゃるように、リベルタスの使われ方(ローテーション)は、若駒にとってはかなり厳しいものでした。10月にデビューして、12月に行われた3戦目のレース(千両賞)を勝ったところまでは良かったのですが、そこから朝日杯フューチュリティSに向けて中1週のローテーションが組まれました。血統的にはローエングリンの下ですから、距離は長い方がいいはずです。なぜラジオNIKKEI賞ではなく、無理をしてまで朝日杯フューチュリティSなのかと私も不思議に思いました。

もちろん理由を知る由はありませんが、朝日杯フューチュリティSに臨むにあたっての中間の調教を見た限りにおいて、リベルタスは決して万全の体調とはいえず、なんとか前走の疲れを取って、走れる状態にして出走させたというのが現実でした。そういった体調にもかかわらず、あのグランプリボスやリアルインパクトを相手に、正攻法の競馬でコンマ1秒差の3着を確保したのですから、もはや将来を嘱望されたも同然でした。

今思えば、このレースで2着に粘っていれば、リベルタスの運命は変わっていたかもしれません。本賞金が獲得できなかったことで、陣営はリベルタスを若駒Sに向かわせました。厳寒期に行われるオープン戦に、これだけの血統の馬を出走させるのですから、何が何でも本賞金を上積みしておきたかったのでしょう。無理をさせた馬にさらに無理を強いるわけですから、陣営としても苦渋の決断だったはずです。しかし、レース後には「体調が良くなかった」というコメントが出ました。体調が悪くても勝ってしまうのですから、リベルタスの能力の高さが伺い知れます。パートナーだった福永祐一騎手からは、この時点でクラシックを意識できる器と評されました。

いったん回り始めた歯車は元に戻りません。クラシックに出走することが至上命題のように、歯車はさらに前向きに加速していきます。もしかすると、リベルタスがそれにも耐えられる強い肉体の持ち主だとみなされていたのかもしれません。わずかに間隔を開けて、リベルタスはスプリングSに出走し、そこから皐月賞、ダービーと突き進んでゆきます。もはやスプリングSに出走してきた時点で、リベルタスは精神的に燃え尽きていたのだと思います。スプリングSでは直線で走るのをやめてしまいましたし、皐月賞やダービーに至っては、もはや前向きにさえ進もうとしませんでした。レース振りを見ると、少しでも早くこの場から逃げ去りたいと、全身を使って訴えかけているようにも映ります。不良馬場や歩様が異常だったということではなく、明らかにリベルタスが走ることを拒否していましたよね。気持ちの問題だと思います。

だからこそ、普段調教をつけているときには肉体に異常がないだけに、出否の判断が難しかったのかもしれません。もしかすると、リベルタスは気持ちを隠してしまう、気持ちを人間に伝えるのが下手なタイプなのかもしれません。そうは言っても、結果を見る限りにおいて、皐月賞とダービーを使うべきではなかったことは明らかです。あらゆるホースマンが見守る大舞台で、(結果的に)まともに走れない馬を出走させてしまったのですから、他の誰よりも、リベルタス陣営が最も恥じているはずです。それを責めることに私は意味を覚えません。どれだけ優秀な調教師だって、間違いを犯すことはあるのですから。

角居勝彦調教師も大きく影響を受けたであろう、日本のトップトレーナーである藤澤和雄調教師も、たくさんの失敗を経験してきたと言います。ロンドンボーイという青葉賞を2着した素質馬を、日本ダービーに出走させ、22着と惨敗させた当時のことを振り返り、こう語っています。

「結果から判断すると、ロンドンボーイの体調が充分ではなく、能力を出し切れるような状態でなかったことが明らかだった。もとより体質的に弱いところのある馬だと承知していたから、未勝利戦を勝った3戦目までは、2ヶ月半から3ヶ月のレース間隔で使った。それが、青葉賞、ダービーが視野に入ったとたん、1ヶ月のローテーションに変わったのである。

自分では馬の体調を見ながらローテーションを決めているつもりだったのに、ダービーという大レースを前にして、いつの間にかそうではなくなっていた。トライアルから本番という、レースのローテーションに馬を合わせようとしていた。

(中略)

調教師が犯す失敗で、いちばんいけないのは、馬を壊してしまうことである。それは競走馬に関わっている誰もがわかっていることだ。

しかし、競走馬はペットではないから、大事にさえしていればいいというものではない。鍛え、レースに出走させて勝たせるという目標がある。この2つの命題が、どうしてもある部分で相反してしまう。だから「馬を壊してはいけない」と分かってはいても、そのためのノウハウを積み上げてないとうまくいかない。

(中略)

馬を壊さないためにどれだけの努力ができるか。私たちの未熟のために競走生活を全うできなかった馬や、不幸にして生命を落としてしまった馬たちへの「ごめんね」は、仕事を通じて伝えるしかない」
(「競走馬私論」より)

ロンドンボーイはその後、1勝を挙げたのみで、ターフを去ることになります。無理をしてダービーを使ったことが原因かどうか分かりませんが、それだけサラブレッドは繊細だということです。ちょっとしたボタンの掛け違いで、サラブレッドの一生は変わってしまうのです。そして、この話は同時に、ダービーというレースがホースマンにとってどれだけ魅力的かを示しています。藤澤和雄調教師にとってはロンドンボーイが初めてのダービー出走馬でした。たとえ初めてでなかったとしても、1度ダービーを獲ったことのある角居勝彦調教師にとっても、ダービーは僅かな可能性があれば、リスクを犯してでも挑戦したいレースなのです。そうやって、角居勝彦調教師は牝馬であるウオッカでダービーを制したのですから。

それでも、こうして残念な結果が出てしまった以上、調教師としてその責任は重く受け止めているはずです。何の非もないリベルタスに対し、「ごめんね」と心の中で言っているはずです。私は最後の最後の部分では、角居勝彦調教師を信じています。角居調教師が人一倍悩み、決めた以上、その判断は正しいはずであり、様々な紆余曲折があろうとも、最後はリベルタスを最高の形で牧場に帰してくれるものと信じています。それは彼の著書に書かれた一節を信じているからです。

サラブレッドはしゃべれない。

どんな扱いを受けようが、ただ黙って、人間にすべてをゆだねて生きていく。

馬が生を受けるとき、父馬と母馬は、人間が人間の都合で選んだ種牡馬と繁殖牝馬である。生まれた子馬は、人間の都合で厳しい育成を受け、人間の都合で売買される。そして、人間の都合で激しいレースを闘わされ、これに勝ち抜いて生き残れば今度は、人間の都合で父馬や母馬として優れた血を伝えることを求められる。彼らの生涯は、すべて人間の都合によって支配されているのである。それでも、サラブレッドはしゃべれない。

何という儚い動物なのだろう。わずかなアクシデントでも命を失う過酷な宿命、熾烈な淘汰のための競争、人に委ねられた生活。そういう研ぎ澄まされた毎日を、まるで綱渡りでもするようにして、サラブレッドというガラス細工の芸術作品は、少しずつ少しずつ作り上げられていく。

この美しく儚い動物を守っていきたい、と私は思った。私が競馬を仕事にしようと決めたのは、そういう思いが原点だった。サラブレッドの人生を守り、より良い生涯を送れるように、私ができる限りのことをしたい。牧場での毎日から生まれたそんな思いが出発点になって、私は競馬の世界に足を踏み入れていき、そして、サラブレッドと競馬の魅力の虜になって、離れられなくなった。
(「勝利の競馬、仕事の極意」より)

確かにサラブレッドは経済動物であり、ギャンブルの牌です。しかし、人間とサラブレッドのもっと奥深い結びつきにおいては、決してそうではないでしょう。ホースマンはサラブレッドという美しく儚い動物を守っていかなければなりません。しゃべれないサラブレッドの人生を守り、より良い生涯を送れるように、出来る限りのことをしていくのがホースマンであるとも言えます。そういったホースマンの愛情に応えるために、しゃべれないサラブレッドはレースで限界を超えて走るのです。

金子真人オーナーもまた立派なホースマンです。あれだけ多くの所有馬を抱える馬主さんで、自分で牧場を歩いて回って、1頭1頭の馬を自分の見て決める人は珍しいです。それだけサラブレッドが好きで、競馬が好きなのでしょう。彼がサラブレッドにつける名前には愛情が溢れています。馬は馬主の運を背負って走ります。彼の馬がこれだけ走るのは、ディープインパクトが彼に舞い降りたのは、彼がそれだけ馬に愛情を注いでいるからだと思います。もしかすると、リベルタスには思い入れが強すぎたのかもしれませんね。Yさんと同じぐらい、いやそれ以上にディープインパクトの仔でダービーを勝ちたいという想いが強かったからこそ、わずかな望みに賭けてしまったのかもしれません。彼もまたリベルタスに対して「ごめんね」と言っているはずです。そもそも、競馬というスポーツに賭けている私たち競馬ファンも、馬たちに対して、いつも「ごめんね」の気持ちはどこかで忘れてはならないと肝に銘じています。

彼らにできることは、リベルタスを再びターフで復活させること。そして、私たちにできることは、それを応援すること。かつてトウカイテイオーが1年のブランクを経て有馬記念を制したことがありましたよね。あの奇跡の復活も、トウカイテイオーの不屈の精神とたずさわる関係者の懸命の努力とあきらめないという気持ち、そしてファンからの熱烈な声援があったからこそ成し遂げられたのだと思います。どれかがひとつでも欠けてしまっていては、トウカイテイオーは復活しなかった。そういう意味で、復活を願う私たち競馬ファンの声は大きいのではないでしょうか。リベルタスの生命力を信じ、彼らを信じ、自分たちを信じて、これからも一緒に競馬を応援しませんか?

長々と書いてしまい失礼しました。最後まで読んでくださってありがとうございます。

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目に見えないものを信じなければ

Jiromaru

「目に見えないものを信じなければならない!」と私が府中競馬場で叫んだのは、今からちょうど10年前のこと。2001年の安田記念、最後の直線において、ブラックホークが横山典弘騎手を背に大外を伸びてくる姿を見て、私の口から発された言葉でした。“発された”とまるで自分のことでないように書きましたが、まさにその時は何者かが私に憑依したような感覚でした。誰かが私の身体に乗り移って、そう叫ばせたように感じたのです。今から思えば、自分の無意識が、ずっとそういうこと考えていたせいではないでしょうか。もうひとりの自分が、ずっとブラックホークのことを想っていたのですね。

「目に見えないものを信じる」とは、つまり論理的ではない、科学や理屈では説明しきれないことを感じるということです。世の中には、目に見えないものを信じなければ、どうにも理解できないことが多いのです。目に見える見えないは、個人の能力の問題であって、世の中の全ては科学や理屈で説明できるという意見もあるかもしれません。私も競馬を好きになる前はそう思っていましたし、競馬を始めてからも最初の10年ぐらいは、競馬に対しても、全ての現象には理由があると考えていました。今振り返ると恥ずかしい限りです。知れば知るほど、競馬の世界はそんなに甘いものではないことが分かってきました。

ブラックホークはスプリンターズSで初めてのG1レースを勝ちました。マイルのG1だとどうしても詰めの甘さが目立ってしまい、勝ち切れなかったところを、横山典弘騎手の進言で、スプリンターズSに照準を切り替えたことが大成功しての勝利でした。しかし、それからというもの、スプリント戦でも勝ち切れないレースが続き、G1レースにおいては、高松宮記念4着、安田記念9着、マイルチャンピオンシップが8着という成績でした。距離が短ければ勝ち負けになるのですが、G1のマイル戦では掲示板すら外してしまうという始末でした。

翌年、ブラックホークも7歳になっていました。年齢による衰え、そして距離という二重の不安を抱え、しかもこれが引退レースという形で安田記念に出走してきたのですから、ほとんどの競馬ファンはブラックホークが勝ち負けになるとさえ思っていませんでした。ブラックホークが大好きで応援していた私でさえ、往年の勢いがないこと、さらに高松宮記念(1200m)で2着→京王杯スプリングS(1400m)で3着と、距離が伸びて着順が悪くなってきていることも含め、さらに1600mに伸びる安田記念で馬券が買えるとは、これっぽっちも思っていなかったのでした。とにかく無事に走り切ってほしいとだけ願っていたはずです。

安田記念におけるブラックホークの走りは論理では説明できません。外が伸びる馬場だったことやペースが速かったことが影響したことは確かですが、スタミナを要求される府中のマイル戦で、7歳馬のブラックホークがあれだけ突き抜けるとは。目に見える部分(論理)だけを追っていたら、絶対にブラックホークの走りは理解できないのです。ありとあらゆることが味方し、ブラックホークが持てる力以上のものを発揮しなければ、あの結末はあり得ません。目に見えない何かが働いたということです。競馬の世界にはそういう何かがあるのです。

私はブラックホークに多くのことを教えてもらいましたが、1番心に残っていることは、どんな時でも100%の力を出して走り続けていれば、チャンスを味方につけることができるということです。周りの馬たちが次々と引退していこうとも、高齢になって衰えたと言われようとも、全力を尽くして走り続けたからこそ、最後の最後にチャンスが舞い降りたのでしょう。もちろん、走り続けるためには、自分が走ることを楽しめていなければなりません。今年の安田記念には、ブラックホークと同じ厩舎の後輩であるアパパネが出走します。彼女も走ることを楽しめる馬です。目に見えないものが見えるかどうか、楽しみにレースを待ちたいと思います。


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ダービー馬はダービー馬から?

Jiromaru

「ダービー馬はダービー馬から」という格言が競馬の世界にはあります。ということは、かなりの確率でダービー馬を父に持つ馬がダービーを勝っているのかと思いきや、実はそうでもありません。過去77回のダービーを調べてみると、父子でダービーを制したのは、たったの5組。カブトヤマ(第2回優勝馬)とマツミドリ(第14回)、ミナミホマレ(第11回)とゴールデンウエーブ(第21回)、同じくミナミホマレ(第11回)とダイゴホマレ(第25回)、シンボリルドルフ(第51回)とトウカイテイオー(第58回)、タニノギムレット(第69回)とウオッカ(第74回)、そしてネオユニヴァース(第70回)とロジユニヴァース(第76回)になります。

ミナミホマレからシンボリルドルフまでの間に40年もの空白があるのは、それだけ日本の競馬が海外から輸入された血に頼っていたことを意味します。いわゆる父内国産の血統では、日本ダービーを勝つことは難しかったのです。その流れに一矢を報いたのがシンボリルドルフとトウカイテイオーの親子でした。20世紀の日本最強馬から血がつながり、ようやく日本馬の時代が来たかと思いました。ところが、その後、あっという間にサンデーサイレンスの血に席巻されてしまいます。初年度産駒のタヤスツヨシを皮切りに、スペシャルウィーク→アドマイヤベガ→アグネスフライトと3年連続でサンデーサイレンスの産駒が日本ダービーを勝ったこともありました。

その勢いを断ち切ったのがジャングルポケットでした。父にトニービンを持つ同馬は、皐月賞を3着してダービーに臨みました。実はこの世代にはアグネスタキオンという恐ろしく強いサンデーサイレンス産駒がいたのですが、皐月賞後に屈腱炎を発症し、ダービー直前にリタイアしてしまいました。アグネスタキオンがいない以上、それまでの実績と経験が買われ、ジャングルポケットがダービーで2.3倍の1番人気に。雨の中、レースは行われ、ジャングルポケットは重馬場を苦にすることもなく、ファンの期待に応えて快勝したのでした。この時のジャングルポケットのウイニングランがとても印象的でした。レースで極限の力を出し切ったジャングルポケットは、首を高く上げ、上下に小刻みに動かす仕草を繰り返したのでした。まるで「俺様はダービーを勝ったぞ!」と天に向かって雄叫びをあげているようでした。

Junglepocket

それから6年が経ち、ジャングルポケットの仔であるフサイチホウオーが日本ダービーに出走することになりました。フサイチホウオーはデビューから4連勝して皐月賞に臨みますが、前残りの展開を追い込み切れず、3着と敗退。しかし、レース内容から、直線が長い府中競馬場で行われる日本ダービーではと考える人が多く(私はアドマイヤオーラ本命でしたが…)、フサイチホウオーは1.6倍の1番人気に支持されました。

この年、私は競馬場で日本ダービーを観戦していたのですが、出走馬が本馬場に入場する際、フサイチホウオーが父ジャングルポケットと全く同じ仕草を繰り返しているのを見て、「ダービー馬はダービー馬から」という格言を思い出したのでした。首を高く上げ、上下に小刻みに動かしているフサイチホウオーを見て、本命を打たなかった自分を呪いました。ところが、ふたを開けてみると、フサイチホウオーは見せ場なく7着に敗れてしまいました。一気に馬群から突き抜けたウオッカの強さに感心しつつ、よく考えてみると、たとえ同じ仕草であっても、レース後のウイニングランでそれを見せたジャングルポケットと、レースの前に見せたフサイチホウオーの差は天と地ほど大きかったのです。前者のそれは王者の雄叫びであり、後者のそれは極端な入れ込みだったということです。

父と子であってもやはり別の馬、「ダービー馬はダービー馬から」というのは競馬ファンの希望なのだなと思うに至ったのでした。でも、そういえば、勝ったウオッカの父タニノギムレットはダービー馬なのですね。うーむ、「ダービーはダービー馬から」はウソかマコトか。果たして、今年の日本ダービーは、父がダービー馬でない馬たちが上位人気に推されそうですが、「ダービー馬はダービー馬から」となるのでしょうか。

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メジロ牧場よ永遠なれ。

Jiromaru

メジロマックイーンが菊花賞を勝った年に競馬を始めた私にとって、メジロ牧場の倒産は衝撃的なニュースでした。その菊花賞では、ホワイトストーンという芦毛馬を応援していたので、1番人気のメジロライアンに負けなければと思っていたら、なんと同じ勝負服で黒い帽子を被ったメジロマックイーンが豪快な足取りで抜け出した記憶が蘇ってきます。メジロマックイーンは翌年の天皇賞春も快勝し、次走の宝塚記念でも圧倒的な1番人気に推されました。「今度こそ、メジロライアンが勝つ」と友人らに吹聴して回ったのですが、誰一人として相手にしてくれず、でもメジロライアンが勝ってくれて、私は鼻高々だった思い出もあります。私と同じ世代に競馬を始めた人たちにとって、メジロは強さの象徴だったのです。

競馬を始めてしばらくして6年目、メジロドーベルという牝馬が私の目の前に現れました。データを紐解いてみて、阪神3歳牝馬S(現・阪神ジュベナイルF)は関東馬が勝つのが極めて難しいレースだと知っていたので、メジロドーベルという関東馬がこのレースを勝ったことは、当時の私にとって驚きでした。この馬は強いと入れ込んだ私は、翌年の桜花賞でメジロドーベルが負けるわけがないと、これまた友人らに言って回りました。ご存知のとおり、結果はキョウエイマーチの2着。友人らから大ブーイングを受けたことはもちろん、私自身が自分を信じられなくなってしまいました。あのメジロドーベルが、あれだけぶっち切られるなんて…。

私の中での結論は、キョウエイマーチが恐ろしく強いというものでした。メジロドーベルを千切ったのだから、オークスでも負けるはずがないと確信したのでした。距離適性を論じる声もありましたが、何を言ってる、父ダンシングブレーヴは凱旋門賞馬ではないかと、私は簡単にメジロドーベルからキョウエイマーチに鞍替えしたのでした。

オークスは新宿のアルタビジョンで観ました。オークスには珍しく、かなり速いペースで流れました。キョウエイマーチがまた圧勝することを期待していたのですが、4コーナーでまさかの逆噴射したのを観て、私は腰が抜けそうになりました。立っているのが精一杯の私の目に、大外から、桜花賞での悔しさを爆発させるように、豪脚を繰り出したメジロドーベルの姿が映りました。泥にまみれたゴーグルをした吉田豊騎手のド派手なガッツポーズが、私の胸に突き刺さったのでした。

メジロドーベルは私に競馬の難しさを教えてくれた馬でした。○か×かという正解主義の教育を受けてきた私にとっては、6年間も競馬の勉強をしても正解を選ぶことが出来ないことが驚きであり、また新鮮でもありました。いや、本当は競馬には正解などないのですが、そのことを知ったのはもう少しのちのことになります。何もかも知っていると勘違いしていた競馬6年目の私の鼻は、ポキっと軽く折られてしまったのでした。ひとつだけ間違っていなかったのは、メジロドーベルが強い馬だったということ。もしかすると、それを信じられるかどうかを、メジロドーベルは私に問うていたのかもしれません。メジロドーベルよありがとう。メジロマックイーン、メジロライアン、メジロパーマー、メジロブライトよありがとう。そして、メジロ牧場よ永遠なれ。

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3強というよりも、好きな馬3頭。

Jiromaru

新しい競馬の雑誌「ROUNDERS」をご予約いただき、ありがとうございます。たくさんのメッセージもいただいて、たいへん勇気づけられました。正式には明日13日(金)に発売となり、来週の月曜日から順次、皆さまの元へ郵送させていただく予定です。もちろん、「ROUNDERS」も楽しみにしていただきたいのですが、今週のヴィクトリアマイルも楽しみですね。私にとっては夢のようなメンバーが揃いました。ブエナビスタとアパパネ、そしてレディアルバローザです。3強だと思うのですが、私にとっては好きな馬3頭ということになります。

まずは、昨年秋の3連戦の走りで、最強牝馬の座を確固たるものにしたブエナビスタについて。以前にも書いたことがあるのですが、私はブエナビスタの母ビワハイジとちょっとした因縁があります。因縁と言ってよいものか、因縁と言えるほどのことか分かりませんが、実は誕生日が同じなのです。ビワハイジが阪神3歳牝馬S(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)に出走した時、私は彼女の単勝を買いました。いわゆる誕生日馬券というやつです。結果、あのエアグルーヴを振り切って逃げ切ってくれました。あの時は嬉しかったですし、ただ誕生日が同じ馬が勝ってくれたというだけで、なんだか馬券を超えたつながりを感じたりしたものです。まさかあの小鹿のようなビワハイジから、ブエナビスタのような名牝が生まれるとは。

何度も言いますが、ブエナビスタは脚の速い馬です。鍛えて速く走れるようになったのではなく、生まれつき他の馬よりも脚が速い馬。ディープインパクトがそうであったように、そういう馬は滅多なことでは凡走しません。そのブエナビスタが前走のドバイワールドカップで初めて凡走しました(8着)。うーん、もちろんメンバーが強かったということや展開が向かなかったということもあると思いますが、最大の敗因は昨年秋の3戦の疲労が癒えていなかったからでしょう。秋の王道のG1レースを3連戦して、しかも1着→3着(実質1着)→2着とコンスタントに力を出し切ったのですから、普通の馬であれば、牡馬であっても、特に精神的な面で、もう走れないぐらい疲れが出るはずです。そこからさらにドバイに向けて調整をして、3月に出走させるのですから、酷な話です。さすがのブエナビスタでも苦しかったのではないでしょうか。さあ、そこからどれだけ回復してヴィクトリアマイルに出走できるでしょうか。昨年もかなり状態の悪い中で出走し、なんとか勝ちましたが、今年は相手も揃いました。それでも牝馬同士では負けてほしくないという想いと、まずは無事に走ってきてほしいという想いが交錯します。

アパパネは今年応援すると年頭に決めた馬です。私の大好きだったブラックホークという馬と同じ国枝厩舎ですから、いわばブラックホークの後輩ということですね。この2頭に共通しているのは、走りたいという強い気持ちです。走ることが好きで、どんな状況であっても前へ前へと進みます。ほとんどの馬は速いスピードで走ると苦しいので嫌いますが、ブラックホークやアパパネはそんな顔ひとつ見せず喜んで走るのです。これは私の経験上ですが、こういう馬は人智を超えて走ることがあります。だって、スプリンターズSを勝って、短距離により適性があると思われていたブラックホークが、7歳の晩年に高松宮記念(1200m)と京王杯スプリングC(1400m)を負けて、まさかマイルに距離が延びた安田記念を大外一気の末脚で勝つとは、誰もが思いもよりませんでした。あれこそ、常に全力を出して走る馬が人智を超越したレースだと思います。そういう心を動かされる瞬間があるのではないかと期待して、アパパネを応援したいと思います。叩き良化型の馬だけに、前走の敗戦(4着)は仕方ないとして、そこから上向いているかどうかです。この馬もブエナビスタと同じく、昨年は牝馬3冠という偉業をやってのけて、その疲労は計り知れないはずです。力を出せる体調にあるのか、体調が優れなくても走る気力でどこまでカバーしてしまうのか、アパパネの喜びに溢れた走りを見守りたいと思います。

最後にレディアルバローザですが、この馬は元から素質を高く買っていました。父キングカメハメハは私にとっては非常に思い入れのある馬で、もしかするとディープインパクトよりも強かったのではないかと思っているぐらいなのですが、種牡馬としてもその潜在能力をいかんなく発揮してくれています。キングカメハメハの産駒は総じて渋太さを受け継いでいます。バテそうでバテない。競って根負けしない、気持ちの強さがあるということです。しかも、このレディアルバローザの母のワンフォーローズは、3年連続でカナダの古馬牝馬チャンピオンになった馬です。3歳時は線の細さが目立ちましたが、ここにきて馬体がしっかりしてきましたね。笹田厩舎に転厩したからということもありますが、晩成の血統がようやく花開いてきたということでしょう。その成長を期待していた馬だけに、ここでどんな走りを見せてくれるのか楽しみです。

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間に合った馬、間に合わなかった馬

Jiromaru

間に合った馬と間に合わなかった馬がいます。私にとって、トウカイテイオーやナリタブライアン、ディープインパクト、ウオッカは間に合った馬であり、シンボリルドルフやマルゼンスキー、ミスターシービー、スーパークリークは間に合わなかった馬。つまり、その馬の現役時代を知っているかどうか、その馬と共に時代を生きたかどうかということです。

あと少し早く競馬を知っていれば、イナリワンの有馬記念での激走も見られたはずですし、「タマモクロスの名前の由来はあそこがクロスするほど速く走ることから」という友人の卑猥な冗談を信じることなく一刀両断できたはず。そう思うと残念でなりません。

そして、間に合ったようで間に合わなかった馬もいます。つまり、晩年のレースだけは生で観ているのですが、デビューからの足跡は知らない、途中からしか走りを観ていない馬ということです。たとえば、ヤエノムテキがそう。1987年にデビューしたヤエノムテキを私が知ったのは、1990年の天皇賞秋のことでした。その年は私が競馬を始めた年であり、天皇賞秋は私が初めて競馬場に足を運んだレースでした。競馬場の空の大きさに感動し、競馬ファンの多さに驚きました。

今では考えられないことですが、メインレースの天皇賞秋を私はひと目も見ることができなかったのです。人が多すぎてパドックにも行けず、そうこうしているうちに、天皇賞秋のスタートが切られました。目の前を走っているはずの馬たちも見えず、人々の頭の間から、ターフビジョンの上の端がかろうじて見えるだけ。今、レースがどういう状況にあるのか、さっぱり分かりません。周りの人々の歓声や声だけを頼りにして、精一杯の想像を膨らませました。断然の1番人気に推されていたオグリキャップは伸びなかったようで、競馬ファンの失意が波のように押し寄せたと思いきや、今度はメジロアルダンやヤエノムテキの名前が挙がりました。どうやらこの2頭のどちらかが勝ったようでした。

初めての競馬場がこんな苛酷な環境でしたが、私にとっては新鮮な体験でした。それまで、野球やサッカー、ラグビーなど、あらゆるスポーツを生で観てきましたが、あそこまで人が密集して、熱狂するスポーツは初めてでした。こんな祭りのようなレースが毎週行われている競馬は凄いと感じ、これまで競馬を知らずに生きてきた自分を恥じたのでした。

ヤエノムテキに話を戻すと、競馬を始めたばかりの私にとって、この馬の馬券を買うことは至難の業でした。レースが終わって、結果を知ったあとで、そんな馬がいたことを認識したぐらいでした。それから、競馬場に足繁く通うようになり、少しずつ競馬のことが分かるようになったある日、ヤエノムテキが皐月賞という大きなレースを勝っていることを知りました。

あの時、天皇賞秋を勝ったヤエノムテキはクラシックホースだったのです。そして、その年の皐月賞だけは、なぜか府中競馬場の2000mで行われていたのでした。しかも、驚いたことに、天皇賞秋とまるで同じ走りっぷりで、皐月賞を勝っていたのでした。いや、皐月賞と全く同じレース振りで天皇賞秋を勝ったというべきでしょうか。

この事実を知った時、私は「嗚呼、間に合わなかった」と悔やみました。もう少し競馬を早く始めていれば、ヤエノムテキが勝った皐月賞を生で観ることができ、府中の2000mでG1レースを勝ったことを知っていたなら、同じ舞台で行われたあの時の天皇賞秋でもヤエノムテキの馬券を買ったに違いないと。

さて、今年の皐月賞は23年ぶりに府中競馬場で行われます。果たして、ヤエノムテキのように内ラチ沿いを先行して、直線で馬群から鮮やかに抜け出してくる馬はどの馬でしょうか。2011年のクラシックホース・皐月賞馬の誕生に間に合ったことを幸せに思います。

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我慢に我慢を重ねてナンボの

Jiromaru

ダンスインザムードは、父サンデーサイレンス、母ダンシングキイ(母父ニジンスキー)、兄弟にダンスインザダーク、ダンスパートナーがいる超がつく良血馬としてターフに登場しました。牝馬離れした骨格で、黒光りする青鹿毛の馬体は圧巻でした。3歳時に桜花賞を勝利し、アメリカンオークスに出走し2着、そして秋には天皇賞秋でゼンノロブロイの2着、マイルチャンピオンシップではデュランダルの2着と健闘したものの、なぜか古馬になって大スランプに陥ってしまいました。京王杯スプリングカップは9着、安田記念はシンガリ負けなど、目も当てられない惨敗が続きました。

おそらく、走ることに嫌気が差してしまっていたのでしょう。精神的に燃え尽きてしまうと、牝馬の場合、ほとんどが二度と走らなくなってしまいます。走る能力はあり、馬体のどこにも悪いところはないのに、前向きに走ろうとしなくなります。当然ながら、レースに行って好勝負になることはありません。ダンスインザムードもまさにそんな状態でした。普通の馬であれば、引退させて繁殖へという決定がなされていたはずです。ところが、これだけの良血であり、桁違いの能力を有しているダンスインザムードでしたから、関係者のもう1度復活させたいという想いが強かったのでしょう。

夏に行われたクイーンS(8着)と札幌記念(12着)の結果を受けて、藤沢和雄調教師は賭けに出ました。それまでは、オリビエ・ペリエ騎手、武豊騎手、岡部幸雄騎手、クリストフ・ルメール騎手、デザーモ騎手など、考えうる限りのトップジョッキーをダンスインザムードには乗せてきたのですが、思い切って自厩舎に所属している北村宏司騎手を起用したのでした。そして、府中牝馬Sに臨むにあたって、「わざと極端に下げて、直線だけの競馬を」という指示を北村宏司騎手に出しました。北村宏司騎手はその通りに乗り、結果は9着と振るいませんでしたが、道中は手を抜いて走り、最後の直線で怒涛の脚で追い込んできた(上がり3ハロン32秒7)ダンスインザムードの走りに、陣営は一筋の光を見出しました。

それまではスタートからゴールまで一生懸命走り、レースは苦しいものと思い込んでいたダンスインザムードが、このレースを境として、道中で遊びながら走ることを覚えたのでした。同じ位置取りを走っていたとしても、リラックスして走っているので余力が残っていますし、馬自身、精神的に楽ですから、直線に入ってもうひと踏ん張りできます。天皇賞秋で3着するとマイルCSでも4着、翌年の緒戦であるマイラーズCで2着と、安定して本来の力が発揮できるようになりました。そして、かねてより狙いを定めていた、この年より開設されることになったG1ヴィクトリアマイルに臨んだのでした。

レースはダンスインザムードのひとり舞台。好スタートから手応え抜群に中団の内々を進み、直線に向くと持ったままで、北村宏司騎手がどこから抜け出そうかと、周りの手応えを見るぐらいの余裕がありました。ラスト200m手前からゴーサインを送ると、ダンスインザムードは矢のように伸び、2着のエアメサイアに2馬身の差をつける完勝でした。北村宏司騎手は、ダンスインザムードを自らの手で復活させ、それがデビュー当初より面倒を見てもらっている藤沢和雄調教師の管理馬だったこともあり、喜びもひとしおでした。藤沢和雄調教師にとっても、ダンスインザムードの完全復活と愛弟子の北村宏司騎手の初G1レース制覇と、これ以上望めないほどの勝利だったと思います。

それでも、レース後、「もっと追い出しを我慢しなければダメだ」と言う藤沢和雄調教師の言葉を聞いたとき、北村宏司騎手に対する深い愛情を感じました。私から見ると、あれだけ手応えが抜群のダンスインザムードの追い出しを、北村宏司騎手はよく我慢していたと思うのですが、もっともっと上を目指せと叱咤激励したのでした。北村宏司騎手は馬の折り合いをつけることにかけては天下一品、もしかすると藤沢和雄厩舎の馬に跨ってきた世界のトップジョッキーたちよりも優れているかもしれません。ただ、追い出してからの技術となると分が悪い。そのあたりの個性を見てのアドバイスでもあったはずです。お前は極限まで我慢に我慢を重ねてナンボの騎手なんだよと。

今週行われる牝馬クラシック第1弾・桜花賞には、ダンスインザムードの初仔であるダンスファンタジアが出走します。母譲りの好馬体を誇り、父がファルブラブとなり力強さが強調されています。マイルの距離はこの馬にとってベストでしょう。前走のクイーンSでは期待を裏切ってしまいましたが、中間はジックリと調整されて、気持ちも前向きになり、臨戦態勢が整いました。

今年から藤沢和雄厩舎を離れフリーとなり、自分の力で道を切り拓こうとしている北村宏司騎手は、前走のフィリーズレビューを勝ったフレンチカクタスに跨ります。前走から距離が1ハロン延びますが、恩師の教えを守り、ギリギリまで我慢を重ねることができるのでしょうか。

師が勝っても、弟子が勝っても、ダンスインザムードが勝った2006年のヴィクトリアマイル以来のG1レース勝利となります。レーヴディソールのリタイアは残念でしたが、それでも今年の桜の舞台も興味が尽きませんね。世の中は重苦しいムードですが、一生に一度しかない舞台だからこそ、思いっきり咲き誇ってほしいものです。

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ゲシュタルトの祈り

Jiromaru

「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」と哲学者ニーチェは語りました。東日本を襲った今回の大震災を考えるとき、私たちには「事実」と「解釈」の両方が存在するのではないかと思います。私たちはこの大震災という「事実」と向き合いつつ、その「事実」をどう「解釈」していくかという局面にさらされているのです。

私はここ数日、Twitterを見る機会が多いのですが、その中でナカヤマフェスタを管理する二ノ宮敬宇調教師のつぶやきを目にしました。そこにはこう書いてありました。

「現在の満ち足りた生活と、有り余った物、そして物欲、切りがない欲求、不満、きっと日本人は違う方向に向いていたのかもしれない、それを教えているのか、それにしては酷すぎる」

私はハッと息をのみました。私が漠然と感じていたことを、あまりにも的確に言い当てられてしまった気がしたのです。あの日以来、大震災を見ていたつもりが、実は私は自分の生き方を見つめていたのでした。スイッチひとつで溢れる光や情報の世界、いつでも手に入る温かい食べ物、自分の足で歩かない生活、会社に住むような働き方、いつでも会えると思っている家族や大切な人々。そうありたいと願う理想と現実とが、全く違う方向に向いているのではないか。あまりにも劇薬ではありましたが、個人的な「解釈」として、私はそう気づかされたのでした。

さて、ようやく競馬が始まりました。今日はさっそく阪神大賞典がメインレースに組まれています。天皇賞春の前哨戦として、過去の勝ち馬を振り返ってみると、錚々たる面子が並んでいます。メジロマックイーン、ナリタブライアン、マヤノトップガン、メジロブライト、テイエムオペラオー、スペシャルウィーク、ディープインパクトなど、ここを勝って本番の天皇賞春も制した名馬たちです。最近は阪神大賞典と天皇賞春の勝ち馬が結びつきにくくなりましたが、それは本物のステイヤーが少なくなってきたからでしょう。基本的にステイヤーはピークが長いので、前哨戦の勢いをそのまま本番へと持ち込むことができるのです。

池江調教師が進上金(10%)を義援金として寄付する予定だったトーセンジョーダンの取り消しは、とても残念でした。昨秋から使い込まれてきていましたので、目に見えない疲れがたまっていたのかなと思います。最終追い切りもいつもの迫力がありませんでした。

押し出されるように1番人気になったのは4歳馬のコスモメドウです。今年の4歳は最強世代と言っても過言ではなく、また新たに長距離レースの新星を送り込んできました。父キングスベスト×母父サドラーズウェルズですから、長距離が得意でないわけがありません。実はこの世代のダービー馬エイシンフラッシュもキングスベストを父に持ち、日本に入っている産駒の少なさを考えると、いかに日本の競馬に適した瞬発力を補うことに成功しているかが分かります。まさにこの馬はステイヤーですので、前走のダイヤモンドSを勝った調子をそのまま持ち込んでくることができるはずです。好勝負は必至でしょう。

私がこのレースの勝ち馬に相応しいと思うのは、同じ4歳馬のゲシュタルトです。ダービーで4着した実力はダテではありません。皐月賞とダービーの間に1戦(京都新聞杯)を使ったことが、長いこと尾を引きましたが、ガレていた体も戻り、ようやく復調気配にあります。あとは気分よく走ることができるかどうか。この馬のリズムで走ることができれば、ここでも十分に勝ち負けになる力を持っています。乗り難しい馬ではありますが、池添謙一騎手から藤岡祐介騎手に乗り替わって、どのような競馬をするか楽しみです。

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生きろ。

Jiromaru

どんな年にも必ず冬はやってくるように、その年も有馬記念の季節が到来しました。菊花賞でようやく最後の1冠を手に入れた、岡部幸雄騎手鞍上のビワハヤヒデが1番人気。2番人気にはジャパンカップを勝ったレガシーワールド、3番人気にはダービー馬であるウイニングチケットが続きました。前年の有馬記念から1年ぶりに出走してきたトウカイテイオーは、それでもというべきか、4番人気に支持されました。私は後楽園のウインズで、確かレガシーワールドの単勝を持って応援していました。大学生活に浮かれ、放蕩の限りを尽くしていた私の目を覚ます事件が起こったのは、このあとすぐのことでした。

ファンファーレに合わせた競馬ファンの手拍子が鳴り終わった後、暮れの寒さを切り裂くような音を立てて、ゲートが開きました。真っ先に飛び出したのはトウカイテイオーでした。1年の休み明けの馬とは到底思えないロケットスタート。ですが、まだこの時点では、トウカイテイオーの肉体に有馬記念を勝つだけの力が充満していることに、誰も気づいていなかったはずです。

レースは前年のような大逃げの展開ではなく、馬群は固まって6つのコーナーを回り、スムーズに最後の直線の入り口を迎えました。レース巧者のビワハヤヒデがソツなく先頭に立って、そのまま押し切ろうとした矢先、外からビワハヤヒデを凌ぐ手応えの馬が並びかけてきました。レース中の各馬のポジションや手応えをかなり正確に把握している自信のあった私ですが、一瞬、その馬が誰か分かりませんでした。このお化けが出たような感じ(と私は呼んでいるのですが)を味わったのは、オグリキャップとトウカイテイオーの有馬記念だけです。

その時、走馬灯のように、あるシーンが私の脳裏に浮かびました。当時、毎日のように通っていたビリヤード場に置いてあったスポーツ新聞のひとつの記事。有馬記念を惨敗して以来、鹿児島県の牧場でただひたすら復帰を目指して調整を進めているトウカイテイオーに関する、ほんの数行と1枚の写真だけの記事を読んだ記憶が蘇ってきたのです。強い調教が掛けられないため、脚元の不安の少ない砂浜を歩いている姿でした。目の前のレースにこだわっていた私にとって、まるで自分とは無関係のこととして読み飛ばしていました。まさかその年の有馬記念で、中363日ぶりのレースで、彼が勝利するなんて夢にも思わなかったのです。

私は不思議な感覚にとらわれました。私が過ごした1年とトウカイテイオーが過ごした1年。私がこうして東京の日常をあわただしく、時には怠惰に過ごしていたその瞬間にも、鹿児島の広大な浜辺でトウカイテイオーは復活に向けて一歩一歩、冷たい海水に浸りながらも柔らかい砂を踏みしめていた。私たちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、ゆったりと確実に流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそこのことを意識できるかどうか。年の瀬ほど時の流れを感じやすい季節はありませんが、有馬記念が終わって、トウカイテイオーが見事に復活して、そんなことに思いを馳せてしまいました。あの時、トウカイテイオーが私にくれた、「生きろ」という優しいメッセージは、今でもいつまでも私の心に残っています。

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地の果てまでも

Jiromaru

トウカイテイオーには青の時代と赤の時代があると書きましたが、私たち競馬ファンの記憶に最も残っているのはやはり赤の時代でしょう。ダービー後、左後脚の骨折が判明し、父子による3冠制覇の夢をあきらめて休養に入りました。

彼が私たちの前に再び姿を現したのは、およそ1年後の産経大阪杯。鞍上の岡部幸雄騎手のムチは最後まで抜かれることなく、トウカイテイオーは圧勝したのでした。滅多に騎乗馬を褒めることのない岡部幸雄騎手の「地の果てまでも走れそう」というコメントには、驚かされたものです。

全てが順調に来ているように見えましたが、メジロマックイーンとの一騎打ちが期待された天皇賞春で、トウカイテイオーはまさかの5着に惨敗してしまいます。今度は右前脚の剥離骨折でした。今から思えば、このあたりから波乱万丈の競走生活が始まったのでしょう。トウカイテイオーはまたもや治療のために休養に入りました。

休み明けの天皇賞秋では殺人的なハイペースに巻き込まれて大敗しますが、次走のジャパンカップではナチュラリズムを競り落として、またもや復活を遂げます。レース直後のガッツポーズは故障につながるからダメと若手を諭していた岡部幸雄騎手が、歓喜の余り、思わずゴール後にガッツポーズをしてしまったという逸話も生まれました。


ジャパンカップを制したトウカイテイオーは、当然のことながら、暮れの有馬記念でも1番人気に推されました。騎乗停止処分を受けていた岡部幸雄騎手に替わり、田原成貴騎手が手綱を取りました。当時、大学受験を控えていた私は、さすがにあまり大した予想などせず、中野にあるゲームセンターのテレビで観戦しました。レースはあっと驚く結末で、メジロパーマーとレガシーワールドによる世紀の「行った行った」に終わりました。最後の直線では、トウカイテイオーのトの字も呼ばれることがありませんでした。どの馬が勝つんだろう?ぐらいの気持ちで観ていた私ですから、トウカイテイオーが負けたことにも、それほどショックは感じませんでした。

奇跡的に大学に進学することができた私は、冬眠生活から開放されたクマのように遊び回りました。競馬界ではビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシンという3強がクラシックを盛り上げ、のちに壮大なドラマを描くことになるベガやホクトベガが登場します。個人的には、ユキノビジン似の女の子に出会える幸運にも恵まれました(笑)。秋になるとナリタブライアンというビワハヤヒデの弟が、兄にも勝る強さで朝日杯3歳Sを制しました。私を含め、トウカイテイオーのことなど、誰もがすっかり忘れてしまっていたのでした。(続く→)

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勝って怒られるという話

Jiromaru

今から20年ほど前、栗東の坂路コースにひとり立ち続けていた調教師がいました。故戸山為夫調教師です。今となっては関西馬躍進の起爆剤となった栗東の坂路コースですが、20年ほど前までは誰にも見向きもされなかったことは意外と知られていません。そもそも最初は270mしかなかったのですから、当然といえば当然ですね(現在は1085m)。のちに渡辺栄調教師が加わり、2人は栗東坂路の名物調教師となりました。「変な調教師が2人、坂路コースで何かやっている」と揶揄されたこともあったそうです。

それでも、2人は坂路調教の可能性に賭けて、1日に何本も坂路を駆け上がらせて、馬を鍛えていったのでした。その結晶が、ミホノブルボンでありフジキセキなのです。故戸山為夫調教師が育てたミホノブルボンは、わずか700万円で取引された安馬でしたが、1日に4本もの坂路調教をこなしたとされています。それゆえ、「坂路調教の申し子」と呼ばれました。スピード馬でも鍛えて心肺機能を高めていけば距離も克服できる、という戸山為夫調教師の信念の代弁者でした。

今でも鮮明に思い出すことができます。1991年、朝日杯3歳S(現在の朝日杯フューチュリティS)でのミホノブルボンとヤマニンミラクルの火花の出るような追い比べを。ミホノブルボンは新馬→500万下と圧勝して、その勝ちっぷりと坂路コースでのハードトレが評価されて、圧倒的な1番人気に推されていました。対するヤマニンミラクルは前走で京成杯3歳Sを勝ち、4戦3勝の実績で対抗馬として評価されていました。私はその当時は戸山為夫調教師とミホノブルボンのマッチョさがあまり好きではなく、仕事人・田島良保騎手が乗るヤマニンミラクルの方に賭けていました。

直線で外からミホノブルボンを追い詰めた時、「差せ!」と思わず声が出てしまいました。脚色が違ったので、勝ったと思いながら声援を送ったのですが、ヤマニンミラクルに並ばれた瞬間、ミホノブルボンがグッとまた前に出たのです。そこから先は絶対に抜かせないという意志がこちらまで伝わってくるような粘り腰を見せて、ミホノブルボンがヤマニンミラクルをハナ差で制したのでした。あと少しだったのになあ、次にもう一度走ったら、今度はヤマニンミラクルが勝てるかもしれない、というのがまだ競馬を始めて2年目の私の正直な感想でした。でも、そうではありませんでした。

「馬を信じて乗らんかい!」

朝日杯3歳Sのレース後、ミホノブルボンの鞍上の小島貞博騎手は戸山為夫調教師にこう怒鳴られました。最近では、負けてもジョッキーを責めたりする調教師は少ないのですが、ジョッキーが勝って怒られるという話は稀でしょう。戸山為夫調教師は、ミホノブルボンを2番手に付けて綺麗な競馬をしようとした小島貞博騎手の騎乗に腹を立てたのでした。小島貞博騎手は先を見据えて折り合いをつける練習をしようと試みたのだと思うのですが、そのことがミホノブルボンの長所であるスピードを殺し、ヤマニンミラクルに影を踏ませたことにつながってしまったということです。坂路であれだけ鍛えているというのだからという自信が、戸山為夫調教師にはあったのです。

小島貞博騎手は吹っ切れたように逃げました。スプリングS→皐月賞→ダービー→京都新聞杯と、菊花賞で負けるまで、ひたすら逃げました。1ハロン12秒のラップをどこまでも刻み続けるサイボーグのような走りに、どの馬もついていけるはずがありません。皐月賞で初めてクラシックを制した時の小島貞博騎手の涙は美しいですね。馬を信じて、自分を信じて、調教師を信じて、全てを信じたからこその勝利だったのです。そう考えると、このミホノブルボンという馬は、あらゆる人の信じるという強い気持ちが乗り移った馬だったのですね。戸山為夫調教師はミホノブルボンがダービーを制した1年後にガンでお亡くなりになりましたが、今でも戸山イズムは関西の調教師たちに受け継がれ、その信念はこうして語り継がれているのです。

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時代を超越して

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オグリキャップが引退した年に競馬を始めた私にとって、初めて観た日本ダービーはトウカイテイオーが勝ったダービーでした。ダービーの最後の直線で、トウカイテイオーが踊るように軽やかに走るのを観て、ダービーを勝つのって意外と簡単なんだなあと思った記憶があります。壮絶とか死闘とか、そういう類の言葉は全く相応しくない、悠然とした勝ち方でした。今から思うと、あれはトウカイテイオーだったからこそなんですね。また、父はあのシンボリルドルフで、強い馬の仔は強い、ダービー馬はダービー馬からという、ブラッドスポーツである競馬の一面も教えてもらいました。

トウカイテイオーは貴公子と呼ばれ、今でもファンの多い馬です。ハンサムな顔、おしゃれな前髪、気品のある馬体、歩くだけで人々を魅了する柔軟なテイオーウォーク、地の果てまでも伸びていきそうなフットワークなど、これぞサラブレッドという美しさを携えています。それに加え、幾度の怪我を乗り越え、窮地に陥るたびに復活するドラマチックな競走生活を送ったからこそ、たくさんの競馬ファンを魅了したのでしょう。もちろん、私もその一人です。

トウカイテイオーには、ダービーを6戦6勝で勝つまでの青の時代と、それ以降の波乱万丈な赤の時代があります。天真爛漫で無垢な青年時代と、傷つきながらも試練を乗り越えていく成年(盛年)時代。私はどちらの時代も好きなのですが、本当にトウカイテイオーが強かったのは、競走馬として完璧な姿を誇っていた、骨折する前の青の時代ではないでしょうか。それはダービーだけではなく、デビュー戦から皐月賞に至るまで、弾むように躍動した肉体を見ていただければ分かるはずです。大人になって体が硬くなってしまう以前の、若者に特有な柔らかさに、バネの強さが加わった強さです。あの時点までは、おそらく歴代のどの名馬と走っても負けようがなかったのではないでしょうか。

そんな青の時代のトウカイテイオーの背中を唯一知るのが、安田隆行元騎手です。今は、安田隆行調教師と言った方がピンと来ますね。安田隆行調教師にとって、ジョッキーとして初めてG1レースを制したのは、実はトウカイテイオーとのコンビでした。小倉の鬼と呼ばれながらも、中央の陽の当たる舞台にはなかなか縁がなく、トウカイテイオーと巡り合うまではローカルのジョッキーだったんですね。トウカイテイオーでダービーを制し、安田隆行調教師の名前は全国区に知れ渡りました。残念ながら、ダービー以降は岡部幸雄騎手に手が渡ってしまったのですが、安田隆行騎手は乗り替わりについて、「やっぱり悔しかった」と語る一方、「普通は乗り替わりがあると、ちくしょう、負けちゃえばいいのにっていう気持ちもどこかに付いてくるものなんですが、あの馬についてはそれはなかった。ずっと勝ち続けて欲しかったですね。それだけ愛せる、素晴らしい馬です」と述べたそうです。

それ以降、「たかゆき」という下の名前の読みが同じということもあって、調教師になってからも注目してきました。ここ最近、ジョッキー時代と同じように少しずつ力をつけて、ようやくG1レースを狙える馬が集まってきましたね。今年はダッシャーゴーゴーでG2レースを勝利し、さらにスプリンターズSはあと少しという惜しいレースでした。また、昨年はあえて挑戦しなかったトランセンドが、今年はJCダートに満を持して出走してきます。あそこで無理をしなかったからこそ、今年の活躍があるのでしょうし、だからこそ、今回のレースはかなり手応えがあるはずです。坂路を真っ直ぐに駆け上がってくる姿も、現在の体調の良さを物語っています。あとは逃げてどうかだけでしょう。逃げてマークされてしまうよりも、2、3番手で競馬をして欲しいと個人的には思っています。トウカイテイオーから時代をトランセンドして(超越して)、今度は、調教師として初めてのG1レースをこの目で観られるかどうか、とても楽しみです。


最後の直線での弾むようなフットワークをぜひ見てください。

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たった1枚の馬券

Jiromaru

たった1枚の馬券が人生を救うことだってあります。大袈裟かもしれませんが、スイープトウショウがエリザベス女王杯を勝ってくれたおかげで、私は救われました。別に大きな借金をしていたとか、そういう話ではなく、彼女の豪快な末脚が私を勇気づけてくれたのでした。

当時、私は広島という土地に移り住んだばかりでした。小さい頃から父の仕事の関係で転勤を繰り返したこともあって、新しい環境に置かれるのには慣れていた私ですが、何もかもが分からないことだらけ、知らない人だらけ。新しい仕事場を改革すべく乗り込んだはずが、既得権を守ろうとする人々に足を引っ張られ、自分の無力さを恥じ、正直に言って、疲弊していました。

そんな中、私にとって唯一の息抜きは競馬でした。広島にウインズがあることを知った時は、砂漠で泉を見つけたラクダのように喜び、週末になると足繁くウインズに通いました。仕事のことは一切忘れ、鬼気迫るまでに競馬にのめり込みました。しかし、馬券はまるで当たりませんでした。何をやってもダメなときはダメだなあと、横川行きの路面電車に乗ってトボトボと帰りました。私はほとんどあきらめかけていました。

仕事もうまく行かず、馬券も当たらない。せめてどちらかだけでもと願ったのですが、仕事では空回りばかり、馬券では単勝を買えば2着続き。馬券が当たらなかった週の仕事は憂鬱でしたね。息抜きであったはずの競馬が、ますます私を苦しめるようになったのでした。何をやっても上手くいかないように思え、どの馬に賭けても負けそうな気がしていました。

そんな状況ですから、スイープトウショウの単勝を買った時も全く自信がありませんでした。1レースに3万円も賭けていた私が、1万円しか賭けなかったのですから、どれだけ弱気になっていたか分かります。その年の宝塚記念で牡馬をナデ斬りにしたレース振りから、牝馬だけのレースで負ける由がなかったのですが、でも俺が賭けたらどうせ負けるんだろ、そんな風に自嘲的に思っていました。後ろから行く追い込み馬のスイープトウショウが、脚を余らせて負けるシーンが浮かんでは消えたのです。

スタートが切られ、オースミハルカが大逃げを打ち、4コーナーを回った時には、後続からはとても届きそうにないリードをつけていました。「やっぱり…」私は心の中でつぶやきました。騎乗していたジョッキーたちだけではなく、私を含む、多くの競馬ファンもあきらめかけたその時、池添謙一騎手に導かれたスイープトウショウは、あっという間に馬群の中から飛び出してきたのでした。1頭だけ次元の違う末脚でした。違う生き物のよう。

そのあまりにも豪快で爽快な勝ち方が、全てを吹き飛ばしてくれたのです。まるで魔法が解けたかのように、私は正気に戻りました。人生うまく行かないこともあれば、良いこともある。負けが続くこともあるし、たまにはこうして最高の勝ち方をすることもあるさ。目の前の細事にばかりこだわって自信を失っている私のなんと小さなことか。そう考えると、肩からスッと力が抜けていきました。今振り返ると、この1枚の当たり馬券によって、私の1年間にわたる広島での生活は救われたのでした。

今年のエリザベス女王杯に出走する、池添謙一騎手とメイショウベルーガのコンビを見ていると、なぜかスイープトウショウが勝ったあの年のレースを思い出してしまいました。ジョッキーが同じ、男勝りの末脚を武器にするところも同じ、そしてよくよく見ていくと、血統的にも深いつながりがあるのですね。

2頭に共通するのは、凱旋門賞で驚異の追い込みを決めたダンシングブレーヴの血です。スイープトウショウの母父がダンシングブレーヴなら、メイショウベルーガの曾祖母であるオルメカから一代経てダンシングブレーヴが生まれたように、どちらの母系にもダンシングブレーヴの血が色濃く流れています。

あの時、スイープトウショウが私の不安を吹き飛ばしてくれたように、今年もメイショウベルーガの末脚が、ダンシングブレーヴの豪脚が、誰かの人生を救うのでしょうか。

Wtelizabeth05

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血と物語をつなげて

Jiromaru

競馬はサラブレッドとしての優秀な血を選抜していくための競走でもあるのですが、ベストトゥベストの配合の馬が未勝利で終わってしまったり、またオグリキャップのような突然変異が起こったりします。G1レースをひとつでも多く勝った馬やレースを速いタイムで勝った馬ばかりの血が残っているかというと、必ずしもそうではありません。なぜなら、そこにはサラブレッドを取り巻く人間の意志が絡んでくるからです。

今からおよそ100年前、あるイタリア人のオーナーブリーダーが、シニョリーナという自家製の良血牝馬を連れて、競馬の本場であるイギリスに乗り込みました。シニョリーナは期待に見事に応え、イギリスオークスで2着という堂々たる戦績を残して引退しました。イタリア人は意気揚々と、次はシニョリーナの仔でイギリスダービーを獲ろうと、イギリスの一流の種牡馬を選び抜き、次々と種付けを行いました。しかし、シニョリーナは不受胎や流産を繰り返し、生まれてきた産駒もほとんど活躍することなくターフを去っていきました。

そうこうしているうちに、シニョリーナはすでに17歳の高齢となってしまいました。もう繁殖牝馬としては、一般的にはピークを過ぎている年齢です。イタリア人は最後の望みを託し、イギリス3冠馬であるアイシングラスという超1流の種牡馬の種付けに向かいました。その途中、道を歩いていると、当時3流であったシャルルーという種牡馬が前からトボトボとやってきました。何気なく通り過ぎようとすると、突如、シニョリーナとシャルルーは立ち止まり、お互いを見つめ合いました。しばらくの沈黙のあと、厩務員が手綱を引いてシニョリーナを促しましたが、ガンとしてその場から離れようとしません。その光景を見ていたイタリア人のオーナーブリーダーは全てを察したのでした。

この馬たちは恋をしている。今まであれだけの1流種牡馬をかけてきたのに結果が出なかったのだから、最後ぐらいシニョリーナの気持ちを尊重してみよう。そう考えたイタリア人は、シニョリーナとシャルルーを結びつけたのでした。オークスを2着した繁殖牝馬に、3流の種牡馬を交配したのですから、当然のことながら、周囲の目は冷ややかでした。「あまりに活躍馬が出ないから、頭が変になっちゃったんじゃないか」と噂する人々も出てきました。

Signorinettaところが、シニョリーナとシャルルーの間に生まれた仔が大活躍したのでした。シニョリネッタと名づけられた牝馬は、イギリスダービーに出走し、牡馬を蹴散らして勝利してしまったのです。勝ちタイムも素晴らしく、歴代のダービーの中でも上位にランクされるものでした。さらに、なんと2日後のイギリスオークスにも出走し、好タイムで勝利しました。ベストトゥベストの優れたサラブレッドを創ろうと思っていたのとは違う、馬と馬との運命的な出会いや、人間のちょっとした判断によって、イギリス競馬の歴史上に名を残す名牝が誕生したのでした。もしあの時、イタリア人が2頭を引き離してしまっていたら、この世にダービー馬でありオークス馬でもあるシニョリネッタは生まれることはありませんでした。

昔話だけではありません。今週の菊花賞に出走するアロマカフェも人間の愛情によって生まれた馬です。アロマカフェの母カリーノカフェは抽選馬として小島太厩舎にやってきました。20戦してわずか1勝を挙げたのみで引退となり、血統も成績も飛び抜けたところはない馬なので、普通ならば乗馬として余生を過ごすはずでした。ところが、西川清オーナーが初めて所有したカリブカフェという牡馬が引退する際、-こちらも血統的にも成績的にも種牡馬になれるはずもなかったのですが-、種牡馬にさせてあげたいという想いを叶えるため、そのお嫁さんとしてカリーノカフェが選ばれたのでした。

もし血統的にも成績的にも見所のなかったカリブカフェが、当たり前のように淘汰されてしまっていたとしたら、カリーノカフェも繁殖牝馬とはなっておらず、アロマカフェもこの世には誕生していません。アロマカフェは父こそマンハッタンカフェですが、カリブカフェがいたからこそ存在しているというわけです。もっと言うと、カリブカフェに対する西川オーナーをはじめ、周りの人々の愛情が巡りめぐって、アロマカフェに行き着いたということですね。人間のエゴに翻弄されて血が途絶えてしまった馬もいれば、人間の愛情によって血がつながった馬もいます。1頭1頭のサラブレッドたちがこうした物語を紡がれて、この世に生まれているのです。だからこそ、競馬はドラマチックで面白いのですね。果たして、アロマカフェはその血と物語をつなげていけるのでしょうか。

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負けて泣くな、勝って泣け。

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私は小さい頃からずっと野球をやっていたのですが、「負けて泣くな、勝って泣け」という言葉をよく耳にしました。地元の小さな大会で負けては悔しくて泣き、甲子園球児たちが負けて泣く姿を見てはもらい泣き、馬券が外れてはふて寝(これは関係ないか)、最近は歳を取ってきたせいか余計に涙もろくなってしまった私にとって、勝って泣くという境地は天上のもののように感じられます。でも、今でも、人生でたった一度でも、勝って泣けたら幸せだろうなあと思うのです。もちろん、そこに辿りつくまでに、たくさんの負けや悔しさや辛さを味わわなければならないのでしょうが。

さて、今週末に行われる凱旋門賞に、皐月賞馬ヴィクトワールピサと宝塚記念を制したナカヤマフェスタが出走します。両馬の背中には、武豊騎手と蛯名正義騎手が乗り、ヨーロッパ競馬の頂点を目指します。この2人の名を聞いて、因縁めいたものを感じたのはおそらく私だけではないでしょう。この2人は凱旋門賞で騎手人生最大の屈辱と挫折を味わい、凱旋門制覇には並々ならぬ想いを馳せているジョッキーたちなのです。

記憶を遡ること1999年、二ノ宮調教師に管理されていたエルコンドルパサーは、蛯名正義騎手を背に欧州に挑戦しました。この時代はまだ挑戦という言葉が相応しく、過去の名馬たちが挑戦してはことごとく返り討ちにされ、ただ良い経験をしただけで日本に帰ってきたように、凱旋門は私たち日本馬の眼前に高くそびえ立っていました。その高き門を、こともなく飛び越えようとしたのがこの蛯名正義騎手とエルコンドルパサーのコンビでした。

海の向こうに渡った蛯名正義エルコンドルパサーは、緒戦となるイスパーン賞(G1)で2着しました。そして、続くサンクルー大賞(G1)では、タイガーヒルを2馬身突き放す圧勝で、楽々と欧州のG1レースを制してしまいました。これらのレース結果を受け、日本の競馬ファンたちは、もしかしてという期待を抱いたのです。タイキシャトルやシーキングザパールらが海外の大レースを勝利していた流れからも、エルコンドルパサーなら世界最高峰ともされる凱旋門賞を勝てるかもしれない。いや勝てるに違いない。フォア賞(G2)を勝った頃から、私たちの期待は根拠のない確信に変わっていったのでした。この年から凱旋門賞の生中継が始まりました。

レース当日はバケツを返したような道悪馬場で、その中を蛯名正義エルコンドルパサーは逃げました。別に逃げたかったわけではないのです。逃げると思われていたジンギスカンが出遅れ、さらにヨーロッパのレースは前半が驚くほど遅く、押し出されるような形で、蛯名エルコンドルパサーは先頭に立ちました。逃げてはダメだと思っていた私は、とても見ていられずに両手で顔を覆いました。レースは淡々と進み、エルコンドルパサーはあっという間に最後の直線を迎え、私はわずかに目を開きました。エルコンドルパサーが後続を突き放しました。

勝った。鞍上にいた蛯名正義騎手もそう思ったかもしれません。最後の直線の半ばにして、逆転不可能に見えるリードを後続につけたのでした。もはや後ろからは誰も追ってこれまい。そう思い、私の目線はゴール板を探しました。そんな私のわずかな心の隙をつくように、馬群から恐ろしい勢いで抜け出てきた馬が1頭いました。そう、モンジューでした。

その瞬間、蛯名正義騎手のフォームが崩れました。私の動揺が伝わったかのように、蛯名正義騎手からいつもの流れるような追い方が消えました。馬の動きを補助すべきジョッキーが、馬の上で58.5kgの重石と化してしまったのでした。私たちに、もはや心身のブレを立て直す時間はありませんでした。あっという間に、エルコンドルパサーはモンジューの怒涛の末脚に飲み込まれてしまったのでした。モンジューをあそこまで苦しめたのですから、「チャンピオンが2頭いた」とエルコンドルパサーは海外でも大いに評価され、日本でも快挙として祝福ムードで迎えられました。エルコンドルパサーにたずさわる誰もが最善を尽くした結果としての2着。私もそれが正しい評価だと思います。

蛯名正義騎手は泣きました。凱旋門賞後にエルコンドルパサーの健闘を祝して行われたパーティーで、人目もはばからず泣いたのでした。誰もが彼の肩を叩き、お前は最善を尽くした、お前は悪くないと慰めました。しかし、たったひとりだけ、「蛯名正義騎手の最後の直線での馬の追い方は、力みがあって硬かった。彼らしくなかった」と言った者がいました。ミスター競馬こと野平祐二氏でした。もちろん、蛯名正義騎手の将来を思うがゆえの苦言でした。ふたりだけは知っていたのでした。10年以上の歳月を経て雪辱を期す蛯名正義騎手に、もし野平祐二氏が生きていたならこう言ったでしょう。

「負けて泣くな、勝って泣け」



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あの時に戻れるなら

Jiromaru

これまでたくさんの光と影を見てきましたが、宝塚記念ということで思い出してしまうのはやはりこのレースです。屈腱炎という脚元の怪我を克服して、ようやく頂点に立ったダンツシアトルと、前走の天皇賞春で不死鳥のごとく復活を遂げたライスシャワーのまさかの競走中止。今となって分かることですが、ライスシャワーの死によって、古き良きステイヤーの時代に終止符が打たれたのでした。ライスシャワーの血が残っていないことは、サイレンススズカがそうであるのと同じぐらい、日本の競馬にとって大きな欠落です。光が当たるところには必ず影が落ちる。分かってはいても、あの時に戻れるなら、もう一度やり直したい。誰もがそう思うでしょう。

さて、オークスの壁紙プレゼント企画の際に、「宝塚記念で勝って欲しい馬は?」ということでアンケートを取りました。予想以上に応募が少なかったのですが、約束ですのでここに掲載させていただきます。ロジユニヴァースの復活を心待ちにしている人が多いのかなと思いました。もちろん出走しなかった馬も含まれていますので、ご理解ください。

ロジユニヴァース
やっぱり強かったと思いたい。
Sunflowerさん

ロジユニヴァース
本当に強い馬だと思うので、是非復活してほしい。
とむさん

ドリームジャーニー
理由はグランプリ3連勝の記録を作って欲しいし、個人的に池添騎手のファンなので。ただ、出てこれないだろうと思うけど。今年はブエナビスタが参戦してくるので軸は堅いかなと思うけど、秋の重賞戦線を盛り上げるためにも、ブエナ以外の馬の奮起を期待したいです。人間も馬も、オトコどもよしっかりせい!!っていいたいですね。
ぷいーさん

トーセンクラウン
華々しい戦跡をたどってきた馬ばかりがそろうグランプリですが、宝塚記念は梅雨の時期に行われるので、チャンスありかと思います。泥にまみれる江田照男の一発が見たい。
RSKさん

ブエナビスタ
リーチザクラウン!としたかったですが、本日、骨折したという残念なニュースが・・・敢えてあげるなら、ブエナビスタ。強い馬に勝ってほしい!
スペシャルインパクトさん

フォゲッタブル
豊の大ファンなので、復活をG1勝利で飾って欲しいからです。
ぽんでらいおんさん

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一騎打ち

Jiromaru

ワインがそうであるように、サラブレッドにも豊作の年とそうでない年があります。つまり、レベルの高い世代とそうでない世代ということです。今から10年ほど前、私の知っている限りにおいて、サラブレッドが最も豊作な年がありました。スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、キングヘイローなどを生んだ世代のことです。

もはや記すまでもないのかもしれませんが、いずれの馬たちもG1レースで華々しい活躍を見せ、セイウンスカイ以外は種牡馬としてもG1ホースを送り出しました。サンデーサイレンス全盛の時代にして、スペシャルウィーク以外の馬たちは、サンデーサイレンスの血が入っていなかったことも驚きでした。多様性の中からメキメキと頭角を現したこの世代のトップホースたちが、どれだけ強くて個性的であったかが分かると思います。

そうなってくると、どの馬が最強だったのか?という問いが生まれてくるのも必然でしょう。私も競馬好きの友人たちと、果てしない時間を使って、この問いについて語り尽くしてきました。あれから10年以上の歳月が流れ、今から振り返ってみると、凱旋門賞で2着した実績を評価して、海の向こうに渡ってから力をつけたエルコンドルパサーが最も強かったのでは、と私は思います。

しかし、個人的に最も理想的なサラブレッドはスペシャルウィークです。また、そのスペシャルウィークを宝塚記念で圧倒したグラスワンダーもまた、瞬間最大風速という点では最強かもしれません。もちろん、セイウンスカイの菊花賞での速さは信じられないぐらいでしたし、スプリント戦であればキングヘイローが強かったのかもしれません。いずれにせよ、同じ世代でこれだけのライバルがいる、レベルの高い世代は極めて稀でした。

それぞれが力をぶつけ合った激しいレースの中でも、グラスワンダーとスペシャルウィークが直接対決した1999年の宝塚記念は記憶に残る一騎打ちでした。

スタートしてから終始一貫して、グラスワンダーの的場均騎手がスペシャルウィークをマークしたのです。まるでライスシャワーでメジロマックイーンをそうした時のように。対して、武豊スペシャルウィークはスタミナ勝負に持ち込もうと、4コーナー手前から早めに動き始めました。そのピッタリ後ろを的場均グラスワンダーがマークしながら上がっていきました。

スペシャルウィークが全馬を捲くり切ったと思ったその瞬間、ただ1頭飲み込むことが出来なかった馬がいました。そう、グラスワンダーです。肉を斬らせて骨を断ったつもりが、相手のグラスワンダーにはまだ十分すぎるほどの手応えが残っていたのです。

焦りを隠せない武豊スペシャルウィークの横を、無慈悲なまでに的場均グラスワンダーが抜き去っていきました。力でねじ伏せるとはこういうことを言うのだと思いました。グラスワンダーは涼しい顔をして、スペシャルウィーク以下の後続を10馬身も千切って捨てたのです。

グラスワンダーは気持ちの強さで走る馬でした。マイルの朝日杯3歳Sをレコードで勝ち、2500mの有馬記念を連勝してしまうのですから、距離適性なんてあまり関係がなかったのです。とにかく、体調が整って、脚元に不安がなく、馬が走る気になってしまえば、どんな土俵でどんな相手と戦ってもねじ伏せてしまうという気迫を感じました。気持ちで走る猛獣のようなグラスワンダーの背に、冷静な的場均騎手が跨っていたことも良かったですね。ベストコンビだったと思います。

スペシャルウィーク側に立って言わせてもらうと、この宝塚記念におけるスペシャルウィークは決して万全とはいえない状態でした。この年、スペシャルウィークはAJCCから始動し、阪神大賞典→天皇賞春と3連勝したように、天皇賞春がピークの出来でした。そこから2ヵ月、体調のバイオリズムが下がってくる中を懸命に持ちこたえ、なんとか宝塚記念まで持たせたという状態でした。当時は今と違い、天皇賞春から宝塚記念までの間隔が開きすぎていたため、天皇賞春を勝った馬にとって、再びピークを宝塚記念に持っていくことは今以上に難しかったのです。そんな中で、グラスワンダーにあそこまで食らいついたスペシャルウィークはさすがでした。

今年の宝塚記念にはこの2頭の産駒が登場します。ブエナビスタはおそらくスペシャルウィークの最高傑作になることでしょうし、牡馬を相手に回しても負けたくはありません。新星アーネストリーはいかにもグラスワンダー産駒らしい力強さを受け継いでいて、この時期の阪神の馬場にはピッタリです。セイウンワンダーは前走のエプソムCこそヒヤヒヤさせましたが、キッチリ勝って、先につながるレースをしました。昨年のクラシックを闘い抜いた疲れも癒え、まだ太目残りの馬体が絞れれば、ここでも勝ち負けになるはずです。

さあ、父から仔へ激闘のバトンが渡りました。

10年越しの、力と力が音を立ててぶつかるようなレースを見てみたいものです。


グラスワンダーとスペシャルウィークがぶつかった衝撃のレースは必見です。

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自惚れと自惚れがぶつかれば

Jiromaru

武邦彦―武豊という父子2代による名騎手の系譜があることは周知の事実ですが、横山富雄―横山典弘については、コアな競馬ファンの間でも意外にも知られてはいません。それは騎手としての実績という以上に、この2組の親子の持つ気質の違いによるものではないでしょうか。武邦彦がターフの魔術師として名を馳せたのに対し、横山富雄は玄人好みのジョッキーでした。勝ちたいという思いを胸に秘め、負けても一切の言い訳をしない、職人気質のジョッキーだったといいます。父の気質を子が見事に受け継いでいますよね。

横山富雄は昭和36年にデビューしました。当初は障害のジョッキーとして頭角を現し、昭和40年前後にフジノオーで中山大障害をなんと4回も勝ちました。さらに横山典弘騎手が生まれた年の春にも、フジノホマレで5回目の中山大障害を勝っています。

その後、平地でも目覚しい活躍を見せ、メジロタイヨウで秋の天皇賞、メジロムサシで春の目黒記念と天皇賞、宝塚記念を勝ちました。その他、ニットウチドリで桜花賞、ファイブホープでオークスを勝っていますね。ジョッキーとしては通算519勝。当時、今ほどのレース数がなかったことを考えると、この数字だけでも立派な名騎手であることが分かります。

その息子である横山典弘騎手がデビューを果たしたのが、昭和61年のこと。父富雄は病気を患ったことがきっかけで、すでにターフにはいませんでした。最初の年は振るわず、わずか8勝のみという記録で終わりました。同期の松永幹夫騎手や熊沢重文騎手らに比べると、騎乗を依頼された数がおよそ3分の1程度だったことも原因です。父譲りの職人気質のせいもあり、周りの人々になかなか打ち解けられなかったのです。周りの人々には、自惚れていると映ったのかもしれません。酒に溺れ、数え切れないほどの大きな失敗もしました。それでも、父の記録を抜こうと、横山典弘騎手は歯を食いしばって馬乗りの練習をしました。誰よりも、馬に乗ることが好きだったのです。

Yokoyamanori by Photo Stable

横山典弘騎手には、自惚れと謙虚さの2つの面があると私は思います。「(同期の)松永幹夫よりも俺の方が上手いのに、あいつが先に500勝したことが悔しい」と公言しつつ、一方では「才能?俺の才能なんて、この手にある5本の指のうち、小指の先ほどしかない」とも語ります。根拠のない自信は、何か大きなことを成し遂げる人間にとって必要不可欠ですが、それだけでは十分ではありません。その裏にある自信のなさから来る不安が、人を常に突き動かすのです。この両面の差が激しく彼を揺さぶり続けたからこそ、横山典弘はここまで大きくなったのです。

ようやく円熟期に入った横山典弘騎手が、自分の競馬観に影響を与えた人物を3人挙げたことがあります。ひとりは、当然のことながら、父である横山富雄。もう一人は岡部幸雄。そして最後の一人が四位洋文。なぜ四位洋文騎手かというと、四位騎手がまだデビューしたばかりの頃、アブミを長くして角馬場で調教を付けていたところを見て、衝撃を受けたそうです。今となっては、ほとんどの厩舎で取り入れている調教法ですが、四位洋文騎手が実践してみるまでは誰もやろうとはしませんでした。馬づくりに対する考え方を、四位騎手に180度変えられたそうです。

この2人の出会いも面白いですね。人づてに横山典弘騎手が聞いたひと言がきっかけだそうです。「俺がメジロライアンに乗っていたら、3冠全て勝っていた」と四位洋文騎手が言い、横山典弘騎手はそれを聞いて、面白いやつじゃねえかと強烈に四位洋文騎手を意識するようになったそうです。実際にはそんなことは言ってなかったそうですが、いかにもこの2人を象徴するようなエピソードですね。そんな2人が、今年の高松宮記念でアルティマトゥーレとキンシャサノキセキという有力馬に跨り、雌雄を決します。職人としての自惚れと自惚れがぶつかれば、面白いレースにならないわけがありません。

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空白の時代

Jiromaru

横山典弘と藤沢和雄。関東を代表するジョッキーと調教師でありながら、意外なことに、この2人には蜜月の時代がありません。藤沢和雄厩舎には岡部幸雄騎手というほとんど専属のジョッキーがいましたし、岡部幸雄騎手が引退した後は、所属の若手騎手や腕の立つ外国人ジョッキーに騎乗依頼をすることが多く、横山典弘騎手に白羽の矢が立つことが少なかったのでしょう。それだけではなく、実はこの2人には、関係が断絶されていた空白の時代があるのです。

このことを語る前に、横山典弘騎手のお酒にまつわる逸話を紹介しておかなければならないでしょう。

デビューした18歳の頃の函館で、1日に3回も落馬した話です。朝5時まで飲んでいた横山典弘騎手は、最初に調教場まで乗ってきたバイクでひっくり返りました。その次は、角馬場でうるさい馬を叱ろうとしてムチを大きく振った瞬間、地面に落馬しました。最後は、まさに追い切りを行っている最中にアブミが外れてしまい、足を掛け直そうとしたが、そのまま真っ逆さまに地面へ叩きつけられてしまいました。「大丈夫か?」と救急隊員が駆け寄ると、横山典弘騎手は酒臭い息を吐きながら、そのままグーグーと眠ってしまったそうです。

このようなエピソードには事欠かず、横山典弘騎手はお酒に飲まれてしまうことで有名でした。腕は達者であっても、安心して手綱を任せることの危うい、どこか脆い面を持ち合わせていたのでした。厩舎関係者の信頼だけではなく、お酒によって横山典弘騎手は健康をも損ねてしまいました。痛風と診断されたように、お酒で足を痛めてしまったのです。そんな横山典弘騎手のことを、藤沢和雄調教師は見ていたのでしょう。ゼンノロブロイでダービーを2着に負けたレースを機に、横山典弘騎手に騎乗を依頼しなくなったのでした。

Yokoyamaそれまでは、調教にも跨ってもらっていた横山典弘騎手に対し、藤沢和雄調教師はこう言ったそうです。「明日から攻め馬に来なくていいよ」と。横山典弘騎手は何も言えませんでした。お互いにプロとして、勝負の世界では結果を出せなければ飯が食っていけません。調教師が乗れないジョッキーに騎乗を依頼するわけにはいきません。ドライではありますが、当たり前の話ですよね。こうして、およそ2年以上にわたって、横山典弘騎手が藤沢和雄厩舎の馬に跨ることはありませんでした。

横山典弘騎手はお酒をやめました。藤沢和雄調教師にもう一度認めてもらうためではなく、自分がダービーが勝ちたいから。自分自身には馬しかないと気づいた時、彼は酒ときっぱり縁を切ったのでした。「最高潮で乗れるのは、あと5年ほどかもしれない。もう10年は残されていないんです。ダービーに乗れるチャンスも、5回しかないじゃないですか。その残されたチャンスに、もし自分自身が絶好調なら、ひょっとしてハナ差で勝てるレースがあるかもしれない。それをもう落としたくないんです」と横山典弘騎手は語りました。そして昨年、残された5回のチャンスを、見事にモノにしたのでした。

藤沢和雄調教師はずっと見守っていました。タイキシャトル、スティンガー、シンボリインディのような、自身が育てた強いマイラーに、関東を代表するジョッキーを乗せて、いつの日か再び関西馬たちと互角の勝負をする日を夢見ながら。

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究極の選択

Jiromaru

私に残された最後のチャンスは有馬記念でした。今からちょうど10年前、1レース10万円という勝負をしていた1999年最後のG1レース。当時、手取り14万円だった私にとって、1年間では返しきれないほどの借金を背負って臨んだレースでした。実は前の週のスプリンターズSでブラックホークの単勝を買っていた私は、ほんの少しだけ負債を減らし、ほんの少しだけ気が楽になっていました。もしこの有馬記念が当たれば、逆転勝利の可能性も残されていたのでした。

しかし、この年の有馬記念には、スペシャルウィークとグラスワンダーという超一流馬が2頭出走してきました。スペシャルウィークはこの秋、天皇賞秋→ジャパンカップと連勝し、最後の大一番に臨んできました。特にジャパンカップでの強さは圧巻で、さらに調子を上げて来ているとの陣営のコメントもあり、全く隙のない馬に見えました。対するグラスワンダーも、辛勝した毎日王冠から間隔を開け、この有馬記念に向けて完全に仕上げ直してきました。しかも前年の覇者でもあります。この2頭のどちらが勝利するのかが焦点であり、圧倒的な人気を分け合うのは明らかでした。

私の選択肢は2つありました。ひとつは、この2頭以外の馬を買うこと。候補として考えていたのは、3歳馬のテイエムオペラオーでした。ミスター競馬こと故野平祐二さんが「ヨーロッパの馬みたいだ」と絶賛していたほど、力強いピッチ走法で駆けるテイエムオペラオーにとって、暮れの中山の時計の掛かる馬場が合っていないはずはありません。しかし、菊花賞で僅差の2着後、ステイヤーズSを使ってまさかの2着に敗れていました。前走、G3レースで負けていた馬が有馬記念で勝つということに少々無理があるのではと感じていました。

もうひとつは、賭け金を増やすこと。スペシャルウィークもグラスワンダーも2倍台の単勝オッズでしたので、たとえ当たったとしても、1レース10万円では逆転は不可能です。詳しくは書きません(書けません)が、○○万円を賭ければチャラ、それ以上であれば勝ってこの年を終われるはずです。悪魔のささやきが聞こえてきました。「もうここまで負けているんだから、○○万円も○○万円も変わらないよ。男なら思い切って勝負しな」と。

悩みに悩んだ末、私は後者を選びました。いや、選んだというよりは、スペシャルウィークとグラスワンダーのどちらかが勝つのが必然と思ったのです。そうなると、賭け金を増やすしかありませんよね。私は腹を決めました。あとはどちらに賭けるかです。年始から単勝のみで勝負をしてきた私にとって、2頭の馬連という結論はありえませんでした。スペシャルウィークか、それともグラスワンダーか。まさに究極の選択でした。

この時ほど、切実に未来を知りたいと思ったことはありません。もしどこかに答えがあるならば、どんな手段を用いても手に入れたい。そんな気持ちでした。まるで頭から湯気が出るような気がしました。パドックを見ては考え、返し馬を見ては考え、競馬新聞を見ては考え。スペシャルウィークで間違いないと確信した時もありましたし、グラスワンダーが勝利するイメージが浮かんだこともありました。結局、レースの投票が締め切られる1分前まで、私は延々と考え続けました。

今思い返してみると、実は答えなんてどこにもなかったのです。それはレースを見てもらえば分かると思います。それまでの私は、競馬のレースは何度やっても同じ結果になると考えていましたし、その結果は科学的に証明できると信じていました。ひとつのレースにはひとつの答えがあって、その答えに至るまでの過程さえ正しければ、どんなレースでも必ず勝てると公言していました。恥ずかしい限りです。この薄氷を踏むような経験を通して、競馬は分からないということが分かったのでした。

この有馬記念の結末を書こうと思って筆を執りましたが、やめておきます。競馬場の締め切りのベルが鳴って、心臓が止まりそうになりながら、マークシートにどちらの馬の番号を塗りつぶしたのか、私以外の誰も知りません。今まで10年間、誰にも言えなかった秘密をどうしても書く気になれないのです。思わせぶりな私のわがままだと思ってご容赦ください。もしかすると、結末はすでにあなたの胸の中にあるのかもしれませんね。


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長い旅の途上

Jiromaru

私の大好きな冒険写真家の星野道夫さんは、「人は生きているかぎり、夢に向かって進んでいく。夢は完成することはない。しかし、たとえこころざし半ばにして倒れても、もしその時まで全力を尽くして走りきったならば、その人の一生は完結しえるのではないだろうか」と書きました。私もそう思います。誰にも夢があり、ある人にとっては手の届かない夢、またある人にとっては目標に近い夢かもしれません。でも、日々、その夢を抱いて生きてゆく。青臭いかもしれませんが、たとえその夢が完成しようがしまいが、夢があるからこそ私たちは生きてゆけるのです。もしその夢がかなったのなら最高ですよね。

小牧太騎手にとっての夢は、「橋口調教師の管理馬でG1レースを勝つこと」でしょう。このことを語るには、今から5年前の朝日杯フューチュリティSまで遡らなければなりません。園田競馬場のトップジョッキーとして、鳴り物入りで中央競馬に殴りこみをかけた小牧太騎手は、橋口厩舎のペールギュントを駆って、朝日杯フューチュリティに1番人気で臨みました。前走の東京スポーツ杯を好走しての出走だけに、いよいよ小牧太騎手の中央初G1の時が来た、と誰もが思いました。

ところが、1枠を引いてしまった小牧太ペールギュントは、なかなか前目のポジションを取ることが出来ませんでした。終始包まれるような形になり、直線で大外に出して追い込んできたものの、先に抜け出したマイネルレコルトに届かず、3着に終わってしまいました。小牧太騎手は、ペールギュントの良さである末脚を生かした乗り方をしたと思います。それでも、中山の1600mというトリッキーなコースの前になす術なく敗れたのでした。

小牧太騎手は言い訳ひとつしませんでした。それでも、ペールギュントの馬券を持っていなかった私でさえ、小牧太騎手の心中が推し量れるような負け方でした。中央に移籍して以来、ずっとお世話になっている橋口調教師の管理馬で、G1レースを勝って恩返しが出来るチャンスに、すぐそこまで手が届いていたはずでした。どれだけ悔しかったでしょう。自分の運命を呪ったこともあったかもしれません。いつかこの借りは返す、そう胸に誓ったに違いありません。

自身による中央初のG1制覇は、昨年の桜花賞、レジネッタでの勝利により達成されました。しかし、小牧太騎手の本当の夢は、橋口調教師の馬をG1タイトルに導くことなのではないでしょうか。夢に向かって歩き続けるのか、それとも途中あきらめてしまうのか、人それぞれだと思います。小牧太騎手は今回の朝日フューチュリティSで、夢をかなえるチャンスをついに手にしました。地方から中央入りして、期待はずれと陰口を叩かれながらも、腐らずにやってきた全ての経験と彼のジョッキーとしての矜持をぶつけるのです。

私にも夢があります。「競馬を書くことで生きてゆく」プロジェクトの第1弾として、「ガラスの競馬場」CLASSICを立ち上げました。たくさんの方々に応援していただき、嬉しく思っています。これから先、自分の大好きなことが周りの人々に少しでも認めてもらえる世界になるよう、多くの人々の力を借りて、もっと広いリーチで競馬の素晴らしさを伝えていきたいと思っています。その長い旅の途上には、たくさんの楽しいことが待っている気がしてなりません。


自分の夢や人生が日常に絡めとられそうになった時、いつも聴く曲です。

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良い逃げ切り、悪い逃げ切り

Jiromaru

阪神ジュべナイルFには、良い逃げ切りと悪い逃げ切りがあります。あっ、もちろん、私にとってですが。良い逃げ切りは、ブエナビスタの母であるビワハイジが勝ってくれた時のそれ。自分と同じ誕生日というだけの理由で買った線の細い牝馬が、あの女傑エアグルーヴに先着した唯一のレースでした。「ハイジ、ハイジ!」と少女のように叫びました(笑)。悪い逃げ切りは、M・キネーン騎手を背にしたヤマカツスズランが逃げ切ってしまった時のそれ。決してM・キネーン騎手やヤマカツスズランが悪いわけではありません。が、どうしてもこの馬だけには逃げ切って欲しくなかったのです。

かつて1レースに10万円を賭けていた年があった、と以前に書いたことがあります。当時、手取りの給料が14万円だった私にとって、1レース10万円という金額はまさに大金でした。考えられないほどの大金を賭けることによって、自分はどう変化するのか。今となって思えば、私という人間の限界を知りたいという実験だったのかもしれません。若気の至りと言ってしまえばそれまでですが、その頃の私は誰がどう見ても殺気立っていたと思います。

阪神ジュべナイルFが行われる頃には、私は相当に追い詰められていました。年頭から始めた1レース10万円ルールは既に破綻していて、恥ずかしい話なのですが、もう自分の持ち金だけでは賭けることが出来なくなり、当時付き合っていた彼女にお金を借りていました(今はそんなことはしません!)。当てなければならないというプレッシャーに、毎週末、私は押し潰されそうでした。そのような状況で迎えた1999年の阪神ジュべナイルF(当時阪神3歳牝馬S)当日、なんと運の悪いことに、仕事が入ってしまったのでした。

PATなど普及していない時代でしたので、土曜日に馬券を買っておくか、日曜日に馬券を買いに行ってもらうしか方法はありませんでした。10万円の馬券を前売りで買う度胸がなかった私は、後者を選び、彼女に馬券を買いに行ってもらうことにしました。当然のことながら、その日は仕事が全く手につきません。頭の中は競馬の予想で一杯です。ギリギリの時間まで悩みに悩んだ末、彼女の家に電話をかけて、エンゼルカロという馬の単勝を買ってもらうよう頼みました。4番人気の7.2倍。これが当たれば借金のほとんどは返せるという打算もあったかと思います。

電話を掛け終えてから、ひと息ついたその瞬間、「1番枠に入った逃げ馬にキネーンが乗ったら普通逃げ切るんじゃない?」という声が頭の中でしました。我に返った私が慌てて電話を掛けなおすと、彼女はもう馬券を買いに出かけてしまったようで、電話に出ません。当時、彼女は携帯を持っていませんでした。鳥肌が立ち、背筋がゾクッとしました。やってしまった…。どれほど今すぐ職場を抜け出して、エンゼルカロの馬券を買いに行く彼女を捕まえに行きたかったことでしょう。もちろん、新人の私にはそんなこと叶うわけもありませんでした。

仕事が終わった帰り道、私は怖くてレースの結果を見られませんでした。キオスクの売店を見ないようにして(速報が出ていることがあるので)、コソコソと家に帰り、テレビをつけ、意を決して録画していたビデオを観ました。そこには、私が頭の中で描いていたのと全く同じレース映像が流れました。好スタートからポンとハナを奪ったヤマカツスズランは、キネーン騎手に導かれて、そのままゴールまで逃げ切ってしまったのでした。最後の望みを託し、私は彼女の家に電話を掛けました。「馬券買った?」と聞きくと、「買ったよ」と即答でした。私は「ありがとう」とだけ言うと、静かに受話器を置きました。ヤマカツスズランの単勝は4.2倍。もしあの電話がつながっていれば、42万円になっていたはずでした。

私はこの1年で、金銭的にも精神的にも大きなダメージを受け、たくさんの人々に迷惑を掛けもしました。それでも、この1年があったからこそ、(大袈裟に言うと)今の私があるとも思っています。馬券のスキルだけではなく、競馬というゲームの本質を学びました。自分の未熟さや弱さといった限界を知っただけではなく、競馬の限界を知ったのでした。寺山修司はこう言いました。「馬券を買っているんじゃない。自分を買っているんだ」と。大きなお金を賭けることは決してお勧めしませんが、勝つにしても負けるにしても、傷つかない程度ではなく、自分が何かを失ってしまうほどに大きく勝負してみないと、見えないものがあるのもまた事実でしょう。

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100%信じることで

Jiromaru

今年の天皇賞秋の週、ある女性からメールを頂戴しました。「ウオッカの勝つ姿が見たいのですが、最終追い切りで舌を出していたのが気掛かりです。あれ、良くないのですよね?また何かにやられますかね?ウオッカを信じたいのですが、どうお考えですか?」とのこと。私はライブの直前だったこともあり、単刀直入に彼女に伝えました。

「ウオッカの追い切りですよね…。正直、あまり良くない傾向だなと思いました。実戦であれ、調教であれ、舌がハミを越していることにプラスはありません。もしかすると、また前走のように掛かってしまうかもしれませんね。それでも、もしウオッカの勝つ姿を見たいのであれば、ウオッカを心から信じるべきでしょう。どのような結果であれ、100%信じることで学ぶことは多いと思います。かつて私もヒシアマゾンという馬で競馬の喜怒哀楽を味わいました。その経験や思い出は今でも宝物です。後から思うと、共に競馬を味わえる馬は片手で数えるほどなんですよね。明後日の天皇賞秋、楽しみです。」

今からちょうど14年前、府中競馬場のスタンドに立っていました。始発の電車に乗って府中競馬場に乗り込み、スタンド前の席を確保し、それからメインレースとなるジャパンカップまで他のレースは一切買わずに、ただひたすらヒシアマゾンの勝利だけを心待ちにしていました。秋初戦となる京都大賞典で牡馬を相手に楽勝したヒシアマゾンは、ジャパンカップに向けて最高の仕上がりにありました。どれだけ寒風が吹きすさぼうが、私の心には燃え滾るものがあって、5時間後の未来を想うと、身体の芯からマグマのような熱い液体がドクドクと溢れ出しそうでした。ヒシアマゾンが世界の頂点に立つ瞬間が、もうすぐそこまで来ていたのです。

しかし、最後方からレースを進めたヒシアマゾンが、大外から豪快なフットワークで、脚を伸ばせども伸ばせども、ドイツからの刺客ランドとの差は縮まりませんでした。あの時ほど、ジョッキーと一緒の気持ちになって直線で馬を追ったことはないかもしれません。ヒシアマゾンは惜しくも2着に敗れてしまいました。それでも、その日の全財産を失った私の心には、清々しいばかりの爽快感があったことをはっきりと覚えています。負けてはしまったものの、ヒシアマゾンを100%信じることが出来た自分と、今持てる力を出し切ったヒシアマゾンが誇らしかったのだと思います。

さて、今年のジャパンカップにはウオッカが出走します。ヒシアマゾンが灯していたたいまつの火が、ウオッカに乗り移っているように私には思えて仕方ありません。昨年は天皇賞秋がピークでしたが、秋2戦を叩かれて、今年はジャパンカップに向けて究極の仕上がりにありますね。さすが角居調教師、どこを捨ててどこを取るか、したたかな計算があると思います。

とはいえ、ウオッカは2歳の頃から最高レベルの競走を走り続けてきて、もう5歳の秋です。「使える脚が短くなってきている」と武豊騎手が語ったらしいのですが、本当のことでしょう。それは肉体的に衰えたということではなく、集中力が続かなくなったということです。競馬に飽きているとも言えます。今回の追い切りでも舌を出していました。だからこそ、陣営もジョッキーを替えて刺激を与えようと工夫したのでしょう。もちろん、ある程度の効果はあると思いますが、そんなに簡単なものではないことも確かです。

幸いなことに内枠を引きましたので、とにかく折り合いをつけながら、脚をためることに専念することが出来ます。前に行かせながら脚を溜めることに関しては、世界屈指の腕を誇るルメール騎手のことです。前走で武豊騎手が折り合いを矯正してくれていますので、中団より前でレースの流れにすんなりと乗れるはずです。ルメール騎手は、直線に向いて、ウオッカが本気になるその一瞬を逃すことなく、先頭に立たせなければなりません。そこから先、ゴールまで辿り着けるかどうかは神のみぞ知るところでしょう。

エアシェイディは高齢になっても元気一杯です。カンパニーと同じ8歳馬ですから、この世代は本当にレベルが高かったのだと思います。前走は大外枠から差を詰めて、1秒差ならば上々ではないでしょうか。ひと叩きされて、絶好の状態で臨めます。一転して内枠を引きましたので、今回は終始内々で脚を溜めることが出来るので、無欲で内をスパッと突けば面白いでしょう。同じことはアサクサキングスにも当てはまり、内々の前で立ち回ることが出来れば、あわやというシーンは作れるのではないでしょうか。

BCターフの覇者コンデュイットは素晴らしい馬ですね。強行軍を嫌って、あまり注目していませんでしたが、日本での追い切りの動きを見て感心しました。とても素直な馬であることが伝わってきましたし、手脚の軽いフットワークは日本の芝にも適しています。追い出されてから最後まで、しっかりと伸びてくるのではないでしょうか。馬体を併せてしまうと、ウオッカにとっては最大の強敵になると思います。

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鋼の馬

Jiromaru

ジャパンカップも今年で29回目を数えます。初めてジャパンカップが開催された年、ほとんど実績もなく人気薄だった外国馬たちに、上位を独占されてしまいました。日本馬が勝てる日など来ないのではないか、と多くの競馬ファンは深い衝撃を受けました。あれから29年が経ち、たとえ世界の強豪が向かってきたとしても、地元であれば胸を貸せるまでのレベルに日本の競馬は成長しました。ここに至るまでには、多くのホースマンたちの挑戦や挫折があります。その歴史の重さを感じながら、今年のジャパンカップも楽しみたいですね。

第2回ジャパンカップに鳴り物入りで参戦したジョンヘンリーという外国馬がいます。当時、ジョンヘンリーは8歳となっていましたが、芝ダートを問わず大レースを勝ち続け、68戦31勝の戦績を引っさげて日本にやってきました。前年の衝撃に加え、今度はアメリカの英雄がやって来たのですから、大フィーバーとなりました。当然のことながら、ジョンヘンリーは圧倒的な1番人気に推されたのです。同じ4本脚のサラブレッドではないような感覚もあったのではないかと思います。

ジョンヘンリーという名前は、アメリカの民謡で広く知られている黒人の鉄道労働者に由来します。彼は生まれたときからハンマーを握っていたと言われ、屈強さと誠実さの象徴とされる人物です。鉄道トンネルを山腹に開通する仕事に従事しており、他の誰よりも早く力強くハンマーを振るうことで有名になりました。

そんな噂を聞きつけたあるセールスマンが、新しい蒸気ドリルを持って彼のもとに近寄り、「どんなに力の強い人間でも、このドリルには敵わないはずだ」と挑発しました。ジョンヘンリーは「そんな油と鉄で出来た機械に人間が負けるはずがない」と言い返しました。そして、人間と機械の決闘が行われたのでした。

翌日の午後、どちらが速く岩山のトンネルを貫通できるか、人間と機械の威厳を賭けた勝負が行われました。右側の山を蒸気ドリル、左側の山をジョンヘンリーが掘り進めます。最初は蒸気ドリルが一歩リードしていたのですが、途中からジョンヘンリーがジワジワと差を詰め始めました。岩山からは、固くて重い岩塊が崩れ落ちてきます。最後の最後に、ジョンヘンリーが蒸気ドリルを抜き去ったところがゴールでした。

ジョンヘンリーを応援していた人間たちは、人間が機械に勝ったと大喜びしました。しかし、人間の限界を遥かに超えてしまったジョンヘンリーは、その場で崩れ落ち、死んでしまいました。この寓話は産業社会における人間の死を暗に意味します。そして、私たちの中のどこかにある、人間が持つ機械を超えた能力への信頼と賛美もあるのではないでしょうか。

ジャパンカップで1番人気に推されたジョンヘンリーは、見せ場すら作れず、13着に敗れてしまいます。まるでトンネルを掘り終えたジョンヘンリーのように、ゴール前で力尽きてしまったのです。歴戦の疲れが出てしまったのか、それとも連戦のツケが回ってきたのか、ジョンヘンリーの意外な敗北に日本の競馬ファンは唖然としました。のちに自国へ戻ってからも、ジョンヘンリーは低迷を極めます。9歳時はわずかに5戦したのみで、さすがのジョンヘンリーも衰えたかと誰もが思いました。

ところが、10歳になったジョンヘンリーは再び力を取り戻したのです。2度目となるアーリントンミリオン(G1)を制し、9戦6勝の活躍を見せました。屈強な肉体と決してあきらめない精神力。まさにアメリカの民謡どおりの馬でした。11歳になっても現役を続行する予定でしたが、脚元のケガで惜しまれながらも引退となりました。G1レースを16勝したこともそうですが、10歳になってG1レースを4つも勝ったことも、The Horse of Steel(鋼の馬)と呼ばれたゆえんでしょう。

競走馬のピークが4歳なんて誰が言ったのでしょうね。先週のカンパニーにしてもそうですが、個体差こそあれ、サラブレッドは意外や高齢になっても能力は衰えないのかもしれません。人間が勝手に衰えたと見限るだけで、実はほんの少し調子を落としているだけなのかもしれません。じっくりと待てば、ふたたび輝きを取り戻してくれるのです。それを馬の恩返しと言った調教師もいました。簡単に引退させてしまうのも考えものですね。私たち人間だってそうではないでしょうか。調子の悪い時期が長く続くことだってあるはずです。そんな時でも、年齢による衰えだとか自分の能力の限界だとかあきらめないで、己を信じて、時を待つことの大切さを、ジョンヘンリーやカンパニーは教えてくれたのです。

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◎マイネルファルケ

Jiromaru

前回の手紙では、私の中では最高のマイラーであるトロットサンダーについて書きましたが、実は今年のマイルCSで1番人気に推されているカンパニーとの共通点が2つあります。ひとつは、もちろん鞍上が横山典弘騎手ということです。馬から切れ味を引き出すことにかけては、右に出る騎手はいないでしょう。もうひとつは、高齢になるまで活躍したという点です。トロットサンダーは6歳時にマイルCSを制し、7歳で安田記念を勝ちました。当時は今と比べると高齢馬の活躍は少なく、まさに遅咲きのマイラーと呼ばれるに相応しい馬でした。

さて、今年のマイルCSの最大の焦点は、天皇賞秋を制したカンパニーのもう一丁があるかどうかということでしょう。結論から言うと、天皇賞秋を勝った馬がマイルCSに出走してくれば、間違いなく好勝負になりますし、かなりの確率で勝てるはずです。

天皇賞秋を勝った馬がマイルCSに出走してくるケースは意外や少なく、2006年のダイワメジャーの前はと言えば、1987年のニッポーテイオーにまで遡らなければなりません。天皇賞秋の勝ち馬のほとんどは、ジャパンカップや有馬記念に挑戦するからです。天皇賞秋を勝ったということは、スピードとスタミナを最高の次元で兼備していることを意味します。そういった馬がマイルCSに矛先を向けてきた以上、紛れの少ない京都のマイル戦ということもあり、ほぼ確勝を期しているということになります。もちろん、ニッポーテイオーもダイワメジャーもマイルCSを制しています。

唯一の心配材料は、マイル戦に対する適性です。マイル戦の連対率が5割を切っているように、この馬は決してマイラーではなく、中距離で瞬発力を生かすタイプです。マイルがドンピシャではない以上、たとえ総合力が一枚も二枚も上だとしても、足元をすくわれてしまう可能性もあるということです。外枠だった昨年と違い、内でジッとしていれば良い好枠を引きましたので心配はないと思いますが、もしゴール前が混戦になったら冷や汗をかくかもしれませんね。

切れ味勝負には絶対の自信を持つカンパニーにひと泡吹かせるとすれば、マイル適性があって、かつ前に行けて粘り込める馬でしょう。◎マイネルファルケは外枠を引きましたが、京都1600m(外回り)は第1コーナーまでの直線が長いので、すんなり先頭を取れるのではないでしょうか。母はスプリンターであったビンゴハナコですが、この馬は地脚を活かせるマイル戦の方に適性があります。現にマイル戦の連対率は優に50%を超えています。休み明けを3回叩いて、体調も最高潮。逃げ先行馬に乗せると上手い和田騎手というのも魅力です。

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最高のマイラー

Jiromaru

私の中で、最強のマイラーは?と聞かれればタイキシャトルと答えますが、最高のマイラーは?という問いにはトロットサンダーと答えると思います。なにせ、マイル戦に限って言えば、8戦8勝無敗という、マイルを走るために生まれてきたようなサラブレッドなのですから。しかも、タイキシャトルのような磐石のレースぶりではなく、後方からズバッと差して来るトロットサンダーの走りに、私はマイル戦の面白さを教えてもらったのです。

トロットサンダーの父はダイナコスモス、母はラセーヌワンダ(父テスコボーイ)という地味な血統で、育成時代に大怪我を負ったこともあり、浦和競馬場で遅れたデビューを果たしました。8戦7勝の成績を引っさげて中央入りしたのですが、当時はほとんどと言ってよいほど注目されませんでした。しかし、ダートよりも芝の方が合っていたようで、特にマイル戦に照準を絞ってからの強さというのは尋常ではありませんでした。1400mでは足りなくて、1800m以上では少し長いというマイラーの中のマイラーだったのですね。

横山典弘騎手を好きになったのはトロットサンダーの札幌記念だと以前に書きましたが、トロットサンダーのレースの中で最も印象に残っているのは、1995年のマイルCSです。トロットサンダーにとって、初めてのG1タイトルを取ったレースです。前走のアイルランドTを快勝し、挑戦者として4番人気で臨んだマイルCSでした。1番人気は前走セントウルSを勝った武豊鞍上のビコーペガサス。続く2番人気はスワンSの勝者であるヒシアケボノという、勢いのある関西馬が主役を張っていました。

今でも覚えているのですが、このレースを予想していて、思わず「エっ!」と声を出してしまいました。何かと言うと、私はこの当時から、マイルのチャンピオンを決めるレースである以上、マイル戦の実績は必須と考えていて、マイル戦の連対率が50%に満たない馬は消していました。マイルのG1レースに出走してくる馬は、当然のことながらマイル戦を得意としているので、過去のレースにおいて、このデータだけではほとんどの馬が残ってしまうのが普通でした。しかし、このレースでマイル戦の連対率が50%を切る馬を消していくと、なんとなんと、2頭しか残らなかったのでした!

トロットサンダー 
メイショウテゾロ

驚いた私は、友人たちに内緒でトロットサンダーの馬券をたくさん買いました。マイル戦の連対率が50%を超えているだけではなく、負けたことがないのですから、他の出走馬とは次元が違います。その時は負けるはずがないとさえ思いました。16番人気のメイショウテゾロについては半信半疑でしたが、この2頭しか残っていないのですから、この馬も買わざるを得ませんよね。

大外からオレンジの帽子が飛んできたときには、まさに鳥肌が立ちました。レース中、横山典弘騎手が馬にゴーサインを送る意味で、ムチをスッと高くかかげるのですが、あのシーンがカッコよくて、ターフィーショップで買ってあったムチを使って真似してみたなぁ。最後の直線では、これぞマイラーという極上の切れ味でした。

しかも、2着には16番人気のメイショウテゾロを連れてきたのです!トロットサンダーの単勝は850円。トロットサンダーとメイショウテゾロの馬連は10万馬券となりました。メイショウテゾロが好走した原因は、マイル戦の連対率が50%を超えていた(マイル適性があった)ことだけではなく、他にもあったのですが、それについては、またいつか書きたいと思います。

この後、翌年の安田記念もトロットサンダーは制して、マイル無敗のまま現役を引退していきました。私にとっての最高のマイラーであるトロットサンダーの強さは、メイショウテゾロという大穴のイメージと共に、私の記憶の中に今でも鮮明に残っています。


これぞマイラーという極上の切れ味をご覧ください。
後ろから行く13番オレンジ色の帽子です。

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◎ジェルミナル

Jiromaru

ハナ差で牝馬3冠を逃したと思いきや、何と降着という憂き目に遭ったブエナビスタが、エリザベス女王杯で雪辱を期します。それにしても、札幌記念、秋華賞と悔しいレースが続いています。追い込み切れず、という表現がピッタリきますね。小回りや直線が短いというコース設定の影響もありますし、また前走は内枠が災いした感もあります。ヤマニンキングリー、レッドディザイアの大駆けにも遭い、それでも最後まで追い詰めているのですからさすがです。今回は外回りコースで外枠を引き、条件が逆転しましたので、おのずと結果はついてくると陣営が考えるのも当然でしょう。

ただ、ひとつだけあら探しをするとすれば、オークスの激走の反動が抜けていないのではないかということです。3歳の春に府中の2400mを走り切って、あれだけの脚を使ってしまったことによる目に見えない疲れが残っているのではないでしょうか。秋2戦の走りを見ていると、どうにもこの馬の走りが出来ていない気がします。伸びそうで伸びない、歯がゆさです。前半に前に行けるようになっている反面、最後の直線でエンジンが掛かるのが遅い。どこかに苦しいところがあるからこそ、道中で行きたがってしまい、ゆったりと走ることが出来ない。そこが最後のひと伸びにつながっているのです。中間も調教を軽めにして回復に努めているようですが、馬体だけを見ても決して本調子ではないと思います。現役屈指の脚の速い馬ですが、今のブエナビスタならば脚元をすくわれる可能性もあるはずです。

秋華賞に続き、もう一度◎ジェルミナルに本命を打ちます。前走は外枠発走が仇となってしまい、有力馬が内で脚をためている中、勝負どころで外々を回らざるを得ませんでした。また、藤原英昭調教師も言っているように、ひと叩きされて体調がアップしていると思っていたのですが、案外戻りきっていなかった部分もあったかもしれません。この中間はビシビシ追われ、エリザベス女王杯に向けて仕上げられてきました。体型からも、ゆったりと行ける距離の方が合うタイプだけに、2200m外回りへのコース替わりはプラスに働くはずです。好枠を引きましたので、福永祐一騎手も積極的に攻める騎乗をしてくると、ブエナビスタを脅かすことも可能ではないでしょうか。

同じ藤原厩舎からは、秋華賞2着のブロードストリートが万を持して出走します。もともと素質の高かった馬ですが、今秋に入ってからの強さは本物ですね。休み明けのローズSを快勝した反動を心配された前走でも好走したように、肉体的な資質ということだけではなく、この馬には精神的な強さも感じます。道中もスムーズとは言えませんでしたが、あきらめずに最後まで伸びてきました。陣営の心配としては、どちらかというとスピードと器用さが武器の馬だけに、京都2200mというコースではその特性が活かしきれないのではないかということでしょう。200m伸びるだけですが、求められるスタミナはそれ以上に違ってきますからね。この舞台を乗り越えれば、新たな名牝の誕生でしょう。

古馬でいえば、前走を同じコースで快勝したメイショウベルーガが面白いのではないでしょうか。最後の直線までジッとして、末脚の切れに賭けるレースになるでしょうが、堅実な末脚を発揮できる舞台です。今年に入って使い込まれているにもかかわらず、ここに来て調子を上げてきている印象です。条件戦とはいえ、牡馬をナデ斬りにしてきた勢いを買いたいですね。

昨年の覇者であるリトルアマポーラも、それほど人気もないので妙味はありますね。スミヨン騎手を背に昨年の再現もあり得ると思っていましたが、追い切りを見る限りにおいては、昨年度の出来にはなさそうです。昨年は気持ち良さそうに走っていたことを覚えています。

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フライング・フィリー

Jiromaru

4度目の激突が観られると思っていただけに、レッドディザイアの回避は残念でした。が、古馬勢に海外からの3歳馬シャラナヤが加わって、また新たな戦いが繰り広げられそうです。前走のオペラ賞(G1)を勝って臨んでくるシャラナヤはアガ・カーン4世の所有馬なのですね。そう、メイショウサムソンが出走した昨年の凱旋門賞で、圧倒的な末脚を披露したザルカヴァのブリーダーオーナーです。

アガ・カーン4世が歴史的名牝ザルカヴァに至るまでには、祖父アガ・カーン3世から続く、遥かに長いサラブレッド生産の道のりがあります。イスラム教の精神的指導者であったアガ・カーン3世が、イギリス競馬界に参入したのが1921年のこと。最初の10年でリーディングオーナーに4回、最終的にはクラシックも完全制覇して、リーディングブリーダーには計9回も輝いたのです。

しかし、イギリス人ではないということに加え、イギリスで活躍した名馬や名牝をあっさりとアメリカに売り払ってしまうやり方に、イギリス競馬界の人々は反感を覚えていました。特にナスルーラをアメリカに売却したことやイギリスダービー馬マムードを経由してノーザンダンサーが生まれたことで、イギリスがアメリカに主導権を奪われてしまったと考える人も少なくありませんでした。たとえば外国に放出したアドマイヤムーンやユートピアの血によって、世界ひいては日本の競馬が席巻されるような感覚でしょうか。賛否両論あるとは思いますが、長い目、広い視野で考えると、アガ・カーン3世の行動は競馬の世界を活性化させたことは確かです。

アガ・カーン3世はオーナーブリーダーとしての旅の途上で、1頭の牝馬に出会いました。その名はマムタズマハル。由来はインドの世界遺産であるタージマハールであり、マムラズマハルはペルシャ語で「宮廷の選ばれし人」という意味です。アガ・カーン3世は1歳のセリ市でこの芦毛の牝馬を見て、あのタージマハールの白亜を連想したのではないでしょうか。

現役時代のマムタズマハルは10戦7勝、1200m戦までは圧倒的な強さを発揮して、他馬を置き去りにする恐ろしいほどの快速ぶりから“フライング・フィリー”(空飛ぶ牝馬)と呼ばれました。ここまでであれば単なる快速牝馬で終わってしまうと思うのですが、マムタズマハルは繁殖入りしてからこそが本領発揮だったのです。しかも、ただ単に強い馬を生んだということだけではなく、牝馬から牝馬へと牝系を通して、その血を活性化させていったのです。

たとえば、マムタズマハルの仔であるマーマハルは1935年のイギリスダービー馬マームードを生みました。さらにマーマハルの牝系はタニノギムレットにつながり、ウオッカを輩出しました。マムタズマハルの別の仔であるマムタズビガンは、名種牡馬であるロイヤルチャージャー(サンデーサイレンスやブライアンズタイムの祖)やイギリスダービーを圧勝したシャーガー、日本だとホクトベガを。そして、世紀の大種牡馬であるナスルーラも生んだのです。アガ・カーン3世はこの馬を通して、競馬の世界を大きく変えていったのでした。

その後を継いだアガ・カーン4世は、祖父の遺志を受け継ぎながら、彼独自の生産方式を貫きます。人気のないマイナーとみなされている種牡馬をいかに活用するかが大命題だと語り、確たる意志を持って、ドイツ式の系統繁殖を行ってきました。その結果が、昨年の凱旋門賞馬ザルカヴァであり、今年のエリザベス女王杯に出走してくるシャラナヤです。シャラナヤの母系にはあの“フライング・フィリー”マムタズマハルの血が脈々と流れています。父ロミタスはドイツの年度代表馬ですが、どちらかというとマイナーな種牡馬です。こういう世界的なトレンドからは離れた血統から、こうして素晴らしい馬が生まれてくるのですから、サラブレッドの生産は奥が深いですね。


現代の“フライング・フィリー”ゼニヤッタが14連勝でBCクラシックまでブッコ抜きました。
牝馬の時代とはいえ、牡馬を相手に最後方からの追い込みにはシビれます。

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ありがとうございました。

Jiromaru

昨日行われました「馬券のヒント」Q&Aトークライブにご参加いただいた皆さま、最後までお付き合いいただきありがとうございました。皆さまからのレベルの高い質問や個性溢れる予想が聞けて、おかげさまで楽しい時間を過ごすことが出来ました。質問のやり取りの中で、たくさんの馬券のヒントについてお話ししましたが、そのひとつ一つが当たり馬券に繋がっていくことを願います。明日、東京競馬場にお越しになる方は、ぜひ一緒にゴール前で叫びましょう!ライブにお越しになれなかった方も、私の姿を見かけたらぜひ声を掛けてくださいな。

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何度めぐり合えるのだろう

Jiromaru

あの日から、もう19年が経ってしまいました。私が生まれて初めて競馬場に行った日。その日に行われる天皇賞秋には怪物オグリキャップが出走するということで、私を含むたくさんの競馬ファンが詰め掛けていました。生まれて初めて競馬場に足を踏み入れた私は、競馬場の空の大きさに心を奪われただけではなく、観衆の多さに度肝を抜かれてしまいました。

その当時の競馬場やウインズにおける人の多さは尋常ではなく、まさに立錐の余地もありませんでした。今みたいにPATがなかったこともありますが、純粋に競馬場に来てその場の雰囲気を楽しむという競馬ファンの数が圧倒的に多かったのだと思います。熱狂という言葉がピッタリと来る、そんな時代でした。

ファンファーレ後の手拍子やゴール前のどよめきや絶叫に私は圧倒されました。あまりの競馬ファンの多さに、背伸びをしてみても、オーロラビジョンさえ見ることができず、初めての競馬場で私はサラブレッドの走る姿を生で観戦することが結局出来ませんでした。周りが口々に放つ「オグリが負けた…」「青い帽子2頭だ」という言葉から、レースの結末をあれやこれやと想像しました。私の手にはオグリキャップから数点流した馬券が握られていました。オグリキャップが負けたこともショックでしたが、このような熱狂がこの世にあったことを知った私は、その場に立ち尽くし、世界観が変わりました。

人間には日常と祝祭が必要といいますが、競馬場での熱狂はそれまでに味わったことのない祝祭でした。小学校の運動会よりも、中学の野球部の県大会よりも、高校の学園祭よりも、有名ロックグループのコンサートよりも。今となっては良かったのか悪かったのか分かりませんが、その日から私は競馬場に魅せられました。祝祭という非日常を求め、19年間、暇さえあれば競馬場に足を運び続けてきました。

そういえば、オグリキャップが敗れたこの年の天皇賞秋は、4-4というゾロ目で決まったのでした。ゾロ目って分かりますか?馬連や馬単が主流になった今では死語ですが、当時のように枠連しか馬券がなかった時代は、同じ枠に入った馬がどちらも連対することをゾロ目と言いました。ヤエノムテキ(1着)とメジロアルダン(2着)はどちらも4枠の馬でした。同じ枠を買うなんていう買い方があることを私が知ったのが、この天皇賞秋になります。「府中の2000mには魔物が住んでいる」と言われ始めたのも、オグリが負けたこのレース頃だったかなあ。

競馬場にかつてほど人が集まらなくなり、ゾロ目という言葉も聞こえなくなり、やはり長い年月が経ったのだと実感します。私自身はあの頃と変わらないつもりですが、競馬をやっていると、月日が経つのはあっという間で、世の中は大きく変わりました。

私の大好きな冒険家であり写真家である、星野道夫さんの言葉が浮かんできます。

無窮の彼方へ流れゆく時を、めぐる季節で確かに感じることができる。 自然とは、何と粋な計らいをするのだろうと思う。 1年に1度、名残惜しく過ぎてゆくものに、この世で何度めぐり合えるのか。 その回数を数えるほど、人の一生の短さを知ることはないのかもしれない。 「CARIBOU-極北の旅人」より

昨年の伝説の天皇賞秋は、久しぶりに熱いものがこみ上げてきたレースでした。1年に1度の天皇賞秋というレース。この世で何度めぐり合えるのでしょうか。その回数を数えるほど、人の一生の短さを知ることはないのかもしれませんね。

ふと、あの時代の熱狂を忘れたくないなと思います。



私が初めて生で観た天皇賞秋。立っているのがやっとという競馬ファンの多さでした。

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◎リーチザクラウン

Jiromaru

前回の手紙では逃げ馬の話をしましたが、実は京都3000m外回りコースは、1986年から1996年の11年間でたったの1度も逃げ切りがなかったコースです。この事実だけで、この京都3000m外回りコースがどれだけ逃げ切り至難であったかが分かると思います。ミホノブルボンもキョウエイボーガンも、菊花賞で逃げ馬受難の時代の逃げ馬だったといえます。

ところが、1997年に南井克己騎手を背にしたビッグシンボルが、このコースで行われた万葉Sを逃げ切るというエポックメーキングな出来事が起こりました。偶然によるものか、それとも計算された逃げ切りか分かりませんが、とにかく京都の3000mコースを11年ぶりに逃げ切った馬が現れたのでした。逃げ切り不可能と思われていた京都3000mコースに、実はひとつだけ逃げ切りの方法が見つかったのです。それが伏線となり、1998年の菊花賞における、横山典弘騎手とセイウンスカイの逃げ切りにつながります。

菊花賞を逃げ切ったセイウンスカイのラップは以下のとおりです。

13.3-11.5-11.7-11.7-11.4-12.1-13.1-13.5-12.7-12.9-12.3-11.9-11.6-11.5-12
(59.6-64.3-59.3)M 3:03.2 

カッコ内の数字は3000mを3分割した1000mごとのタイムです。前半の1000mが59秒6、中盤が64秒3、後半が59秒3。前半が速く、中盤が遅く、後半が速い、急緩急のラップですね。

長距離になればなるほど、どんな馬でもスタミナ切れを意識するので、どうしても前半は出来る限りゆっくり走りたいと考えます。しかし、あまりにゆっくりと行き過ぎてしまうと、自身のスタミナは消費しない代わりに、後続にもスタミナが十分に残っているということになります。その状態でラスト1000mからヨーイドンになると、末脚のある(切れる)差し馬にとって有利な展開となってしまうのです。特に京都競馬場は直線が平坦ですので、より切れ味が生きてしまい、逃げ馬はスタミナが残っていても後ろから差し切られてしまうことになります。

横山典弘騎手とセイウンスカイはその逆を行ったのでした。京都は3コーナーから坂の下りになるため、それまでは「坂はゆっくり下れ」というのが定石でしたが、1周目の坂も、最後の坂も、ペースを落とすことなく、逆にそこからスパートを掛けたのです。そうすることで、後続の脚をなし崩し的に奪い、瞬発力勝負になることを防いだのです。逃げ馬があえて前半を速めに流すことはとても勇気の要ることです。それを成し遂げたことによって、圧倒的な人気の差し馬スペシャルウィークを退けたのでした。

競馬は不思議なものですね。今年はそのスペシャルウィーク産駒のリーチザクラウンが、菊花賞で逃げ切りを狙おうとしています。逃げ切りの方法が見つかったことは確かですが、それでもこのコースを逃げ切ることが困難であることには違いありません。

しかし、前走の神戸新聞杯のラップを見てみると、リーチザクラウンにとっての光明が見えます。

12.6-10.8-12.1-12.5-12.3-12.2-12.7-12.4-12.1-11.3-11.5-11.7
(60.3-24.9-59.0)

前半1000mが60秒3、後半1000mが59秒0です。2400m戦全体の流れからするとスローの瞬発力勝負になってしまい、逃げ馬であるリーチザクラウンにとっては苦しいレースになってしまいました。が、今回は道中の距離が600m延びますので、その分、上がりの1000mは60秒前後に落ちるはずです。つまり、前走と同じくらいのリズムでリーチザクラウンが逃げれば、自然と逃げ・先行馬にとって有利な急緩急のラップタイムが生じるということです。勝つためには、距離が延びるからといって、下手に折り合いをつけようとしないことですね。この馬の逃げ切りに賭けます。

そうなってくると、ある程度前に行けて、ジワジワと伸びることのできる持続力のある馬が狙い目ですね。ナカヤマフェスタの前走はなかなか強いレースでした。外々を捲くった走りは、菊花賞で生きてくると感じさせました。それに、あれだけ馬場の悪かったダービーを後方から行って、たとえ不良馬場に適性があったとしても、4着に追い込んだのですから能力の高い馬であることは間違いありません。内枠を引いてしまえば、この馬の悪い部分が出たり、勝負どころで前が詰まったりという可能性もありましたので、外枠を引けたことは好都合です。道中は折り合いに専念して、坂の下りで思い切って動いていければ、この馬にも勝機は訪れるのではないでしょうか。

イコピコは菊花賞でと狙っていた馬だけに、前走を勝ってしまったことは想定外でした。しかも、上がり3ハロンが33秒台という強烈な瞬発力でした。血統的にも良い脚が長く使える馬と考えていたので、勝ったことだけでなく、勝ち方も意外でした。もしかすると祖母のカッティングエッジの血が出てきているのかなと思うと、持続力が問われる流れになりそうな今回は少し割引が必要でしょう。もちろん、折り合いがつき、レースがしやすい馬だけに、好勝負は必至です。

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逃げ馬は1頭しかいない

Jiromaru

先週の秋華賞は壮絶なレースでしたね。春はブエナビスタの強靭な末脚の前に屈してきたレッドディザイアが、力を振り絞ってようやく最後の1冠を手にしました。松永幹夫調教師にとっては、これが初のG1タイトルになりました。ミッキーと呼ばれた青年ジョッキーが、調教師になってG1レースを勝つとは、時代の移ろいを感じざるをえません。

ミッキーこと松永幹夫で思い出したのですが、ミホノブルボンの3冠を阻んだキョウエイボーガンという馬がいました。3冠を阻んだと言っても、実際に菊花賞を勝ったのはライスシャワーであり、キョウエイボーガンはミホノブルボンのハナを叩いて玉砕しただけです。それでも私がキョウエイボーガンのことを覚えているのですから、いかにこの馬がこの年の菊花賞の鍵を握っていたかということが分かると思います。

ミホノブルボンは圧倒的な強さで皐月賞とダービーを制し、夏の休養に入りました。対するキョウエイボーガンは、皐月賞にもダービーにも出走せず、ひたすら裏街道を歩みながら力をつけ、中日スポーツ賞4歳S(G3)と神戸新聞杯(G2)を連勝しました。2頭が初めて激突したのは、菊花賞の前哨戦にあたる京都新聞杯(G2)でした。

ミホノブルボンとキョウエイボーガンには「逃げ馬」という共通点がありました。

京都新聞杯を逃げたのはミホノブルボン。圧倒的な地脚の強さでハナに立つと、そのまま春の強さを再現するようにゴール板を走り抜けました。キョウエイボーガンは逃げることができず、2番手に抑える競馬をしたものの、本来の力を出し切ることなく、9着という思わぬ惨敗を喫してしまいました。逃げ馬が逃げられなかった時点で終わりという典型的なレースでした。

ミホノブルボンのあまりの強さに、競馬ファンの間では、シンボリルドルフ以来の無敗の3冠馬の誕生はほぼ確定ムードになっていました。春は血統的に距離延長が不安視されていたミホノブルボンが、菊花賞当日1.5倍の1番人気に推されたことからも、その熱狂ぶりがお分かりいただけると思います。ミホノブルボンが無敗の3冠に輝いた時、競馬場のターフビジョンに映し出すために、詩人の志摩直人さんはこんな詩を用意していたそうです。

その道に皐月花咲き
その道に青葉かぎろい
その道に菊花の飾り
ただひたすらにおのが道
速いことは美しい
そんな美学に酔いしれた
不敗の三冠、京の秋
ミホノブルボンの眩しさよ

ミホノブルボンの鍛え上げられた栗毛の馬体に、京都競馬場独特の夕陽が反射しながら、このような美しい詩が奏でられるはずだったのです。誰もがそんな結末を期待していました。

しかし、キョウエイボーガンと松永幹夫騎手が逃げたのでした。強い覚悟を持って、ミホノブルボンから先頭を逃げ馬の座を奪ったのでした。2周目の3コーナーまで先頭に立っていましたが、そこで失速し、そのまま後退して16着。ミホノブルボンはいつも通りの逃げが打てず、終始、折り合いを欠き、最後の直線半ばでライスシャワーに抵抗することなく交わされ、惜しくも3冠なりませんでした。たった1頭の逃げ馬が歴史を変えたのでした。その後、キョウエイボーガンは脚部不安でターフを去り、種牡馬にはなれずに廃用になる予定であったところをファンの女性に引き取られ、今は群馬県の乗馬クラブで余生を送っているそうです。

キョウエイボーガン陣営は、菊花賞で逃げるかどうか、ギリギリまで頭を悩ませていたそうです。キョウエイボーガンの気性から、逃げなければまず勝てないが、逃げてもバテてしまうだろう。もしレースを壊してまで逃げて、自分の敗北だけならまだしも、ミホノブルボンの3冠をも台無しにすることがあれば、批判は避けられない。自分の馬が勝つためだけのわずかな可能性に賭けるべきなのか、それとも競馬全体の空気を読むべきなのか。今考えてみても、どちらが正しい決断だったかは正直私にも分かりません。ただひとつ、「逃げ馬」はひとつのレースにたった1頭しかいないという悲しい宿命を、キョウエイボーガンは私たちに教えてくれたのでした。今年の菊花賞は、果たしてどの馬が逃げるのでしょうか。


今ではなかなか見られなくなった玉砕的な逃げをご覧ください。

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◎ジェルミナル

Jiromaru

ブエナビスタの参戦によって、今年の秋華賞は非常に高いレベルでの争いになりそうです。春の実績馬が順調に夏を越してきた以上、上がり馬の出る幕はないのではないでしょうか。牝馬は完成するのが早いため、よほど理由があって遅れてきた大物が現れない限り、春のクラシックの時点での力関係はそう簡単には覆りません。特に今年は、桜花賞、オークスと1~3着馬が同じで、さらにオークスで4着したブロードストリートが前哨戦のローズSを制しているのですから、ほとんど勢力図は変わっていないと判断してもよいでしょう。

そうなってくると、やはりブエナビスタを外しての馬券は考えられないということになります。桜花賞にしてもオークスにしても、見た目以上の力差で勝利してきています。特にオークスは、内々の経済コースを完璧に乗ったレッドディザイアに対し、ブエナビスタは大外を回しただけに、ハナ差以上の力差を感じさせました。脚の速い馬と言い続けてきていますが、このメンバーに入っても脚の速さが違いすぎます。まともに走れば、まず負けようがありません。

とはいえ、ブエナビスタにも2つ心配材料があります。ひとつはオークスを勝った目に見えない疲れが残っているのではないかということ。最後はかなり速い脚(33秒6)を使っていたので、反動は少なからずあるのではないかと思っていました。前走の札幌記念は、悪い予感が的中したのか、スタートして前半部分から馬が苦しがって行きたがって仕方ありませんでした。ブエナビスタの場合、休み明けだからではなく、どこかに苦しいところがあったのでああゆう走りになったのでしょう。それでも、最後は差してきただけに、この馬の潜在能力の高さが分かりますね。

もうひとつは、内枠を引いたことです。秋華賞が行われる京都競馬場の2000m(内回り)コースは、3~4コーナーの勝負どころで馬群がゴチャつく傾向があります。フルゲートともなればなおさらです。1番人気の馬には乗りたくないとジョッキーが思うのも当然で、抜群の手応えで回ってきて、さあゴーサインを出そうかと思っていたところで、いきなり前をカットされたり、詰まったりということが十分に起こり得るからです。小回りを意識した各ジョッキーが早めに動こうとすれば、その傾向は顕著で、馬群の内にいる馬にとってはアクシデントに巻き込まれやすいということです。百戦錬磨の安藤勝己騎手だけに、そのあたりは細心の注意を払って乗るはずですが、避けられない不利もあるかと思います。

これはレッドディザイアにも言えることですね。この馬こそ、なにもかも上手く行きすぎていて、かえってこういう不利に巻き込まれてしまうのかもしれません。前走のローズSは最高の仕上がりにあったオークス時と比べて、明らかに太目残りの仕上げでした。それでいて、自身は外を回して2着ですから、最高の叩き台になったのだと思います。ひと叩きされて、馬体は締まってきていますし、寸詰まりで筋骨隆々の馬体からも、オークスの2400mよりも秋華賞の2000mの方が条件は合います。ここまでわずか5戦しか使われていませんので、他馬よりも上積みもあるはずです。こうなってくるとブエナビスタの逆転はこの馬となるのが自然ですが、上手く行きすぎているのですよねえ。私の杞憂に終われば良いのですが、こういう時に限って、前をスパーンとカットされて思わぬ敗戦というケースを何度も見てきました。ですから、もし印を打つとしたら▲ということなのでしょう。

本命はオークス3着馬の◎ジェルミナルに打ちます。ブエナビスタやレッドディザイアと比べると、力は一枚下であることは否めませんが、こと秋華賞に関しては、出し抜けを食らわせるチャンスがあると思います。前走のローズSは思わぬ大敗を喫してしまいましたが、トモを引っ掛けられるアクシデントもあったそうですし、最後は福永騎手も追っていないので仕方ありませんね。ひと叩きされて、体調は間違いなく上向いています。おそらく福永祐一騎手も私と同じことを考えていると思うのですが、ジェルミナルのスタートと他馬の出方を見て、そのまま前にポジショニングするか、もしくは下げて差しに徹するかを決めるはずです。スローに流れそうであれば、3~4コーナーで他馬を内側に押し込めながら早めに先頭に立って押し切る競馬を、流れが速くなりそうであれば、後方に控えて直線で一気に先頭に立つ競馬をイメージしているはずです。いずれもブエナビスタとレッドディザイアがミスをしてくれるのを待つ他力本願ですが、勝つにはそれしかありません。そういった意味では、14番枠はレースがしやすいはずです。

最近の福永祐一騎手を見ていると、円熟してきたなあと感じることがあります。デビューからもう13年も経つのですから、当たり前といえば当たり前なのでしょうか。私にとって、福永洋一の息子でとして福永祐一がデビューしたのが、まるで昨日のように思えるだけなのでしょうね。通算983勝という父親の記録に並んだ時、「父の背中を追いかけてきたが、近づくにつれいろいろと見えてきて、最初よりも遠ざかったようにも思えた」という言葉は、彼の本音だと思います。偉大すぎる父の存在だけではなく、デビューした時には既に武豊という大きな壁が立ちはだかり、さらに下の世代からの突き上げも激しい中で、一歩ずつ日本一を目指す福永祐一騎手にエールを送らないわけにはいきません。

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あの頃に戻れないからこそ

Jiromaru

今年の凱旋門賞は凄いレースでした。もちろん、昨年のザルカヴァの追い込みにも衝撃を受けましたが、シーザスターズには感銘を受けました。強いという言葉だけでは表現しえない、畏怖のようなもの。これまで私が凱旋門賞を見てきた中で、最も偉大な勝ち馬と言っても大げさではありません。あのレースにブエナビスタは参戦しようとしていたのですね。札幌記念を惜敗して、遠征を潔く取りやめた陣営の判断は正しかったと思います。本当に強い馬が本気で勝ちに行かなければ、凱旋門賞は勝てませんね。

もちろんブエナビスタが弱いということではありません。まだ本当に強い馬にまで成長していないだけで、前々から言ってきていますが、脚の速い馬であることは確かです。そもそも、オークスを勝ってわずか3ヵ月後のレースで本調子になっているはずがありません。3歳春のサラブレッドにとって、府中競馬場のチャンピオンディスタンスで激しい戦いを制することが、どれだけ苛酷なことか。ダービー後に不振を極めるダービー馬が多いのは、そういうことです。ディープスカイはついに完調に戻る前にターフを去ってしまいました。牝馬であればなおさらです。疲れが抜け切っていない状態で、古馬牡馬相手にあれだけの走りを見せるのですから、ブエナビスタは強い馬です。

記憶に残っている方も多いと思いますが、ブエナビスタの母ビワハイジもG1を制した強い馬でした。阪神3歳牝馬S(現在の阪神ジュべナイルF)では、あのエアグルーヴを負かしています。実はこのレースで、私はビワハイジの単勝を持っていました。なぜかというと、今ではそんな買い方は滅多にしないのですが、ビワハイジは私と同じ誕生日だったからです。あまり期待はしていなかったので、エアグルーヴの追撃を封じて逃げ切った時には、思わず言葉を失ってしまいました。そういえば、エアグルーヴに騎乗していたのはシーザスターズ鞍上のマイケル・キネーン騎手でしたね。キネーン騎手はエアグルーヴで逃げ切られた、あの線の細い牝馬のことを覚えているのでしょうか。

その後、3歳になったビワハイジは桜花賞で負けると、なぜかオークスをパスしてダービーへと駒を進めました。この世代の牝馬はレベルが高かったので、ダービーの方に勝ち目があると思ったのでしょうか。それとも、当時イケイケだった早田牧場の意向だったのでしょうか。真偽のほどは分かりませんが、いずれにせよ、ビワハイジはダービーを大敗してしまいます。それでも、私はこの挑戦があったからこそ、ブエナビスタという名牝が誕生したのだと思っています。ビワハイジがダービーに挑戦した時には、批判こそあれ、当然のことながら後にブエナビスタが生まれるとは思いもよりませんでした。後から振り返ってみると、ひとつひとつの点は未来へと繋がっているのです。

また、この世代はカーリアン産駒が大活躍しました。ダービーを勝ったフサイチコンコルドもそうですし、イブキパーシブ、ダイワカーリアン、クロカミなど、欧州の中長距離血統であるカーリアンを父に持つ馬たちが、日本の軽くて速い馬場に対応したのです。その勢いはカーリアンの死によって失われてしまいますが、またここに来て母の父として表舞台に立とうとしています。オークスでブエナビスタを苦しめたレッドディザイアの母父がカーリアンであることも、決して偶然ではありません。父こそ違え、スペシャルウィークとマンハッタンカフェという同じサンデーサイレンス系であり、母父カーリアンの繁殖牝馬とのニックスの良さは抜群です。

あの可愛らしかったビワハイジから、強靭な破壊力を持つブエナビスタが生まれたことが、未だに私は信じられません。私たちが思っていた以上のポテンシャルを、ビワハイジは秘めていたのですね。そう考えると、阪神阪神3歳牝馬Sの逃げ切りや、ダービーへの参戦や、引退レースとなった京都牝馬特別の記憶が蘇ってきて、ますます愛おしくなります。もう私たちがあの頃に戻れないように、あの頃のビワハイジをもう一度応援することは出来ません。その分、娘のブエナビスタの走りを見守りたいと思います。そんな応援の仕方が出来るのも、競馬ならではですね。


私の誕生日馬券が当たった思い出のレースです。

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◎ビービーガルダン

Jiromaru

スリープレスナイトが引退したことで、一変して混戦ムードが漂う中、アルティマトゥーレが1番人気に推されています。持ち前のスピードで押し切った前走のセントウルSは圧巻でした。兄キャプテントゥーレが朝日チャレンジCを勝利した翌日だっただけに、そういった目に見えない後押しもあったような気がしますが、この馬自身、力をつけていますね。牝馬とは思えない立派な馬体とは裏腹に、体質の弱かった馬だけに、大事に使われてきたことが良かったのでしょう。母父トニービンや伸びのある好馬体を見ても、十分なスタミナにも裏付けられています。「自信がある」と松岡騎手が語るのも頷けますね。

敢えて不安点を挙げるとすれば、前走の最後の直線で舌がハミを越していたことでしょうか。セントウルSのゴール前写真をご覧になった方はお気づきでしょうが、舌がハミを越えて外に出てしまっています。最後の直線で追われて苦しかったのでしょうね。この馬の癖かもしれませんが、それでも決して良い材料とはいえません。なぜかというと、舌がハミを越してしまうと、ジョッキーからの指示が伝わりにくくなり、また追っても伸びなかったりするからです。

ジョッキーは主にハミと手綱を通して馬の余力や精神状態を汲み取ります。逆に競走馬もハミを通してジョッキーの意思を感じます。だからこそ、舌がハミを越してしまっている馬には、ジョッキーの意思が伝わりにくいのです。動けと指示した時には即座に動けず、動いてはいけないという時に動いてしまう。折り合いがそれほど重視されない短距離戦だけに、致命的ではありませんが、コントロールしにくい状況が生まれることもあり得ます。

それから、何といっても、舌がハミを越してしまっている馬は追ってから伸びない、ということがあります。競走馬が速く走ろうとすると、ハミをぐっと噛んで、重心を下げて、一完歩を拡げていきます。ハミをしっかりと噛めない馬は、手応えの割に伸びないことが多いのです。スプリンターズSは厳しい流れになるため、前走のように行ったっきりで勝てるほど甘くありません。後ろから伸びてくる馬が必ずいるはずですね。そうなった際に、思ったほど伸びず、誰か他の馬に差し切られてしまうということも起こりうるのではないでしょうか。

本命は◎ビービーガルダンに打ちます。前走の勝ちっぷりからも、まさに充実一途です。チーフベアハート産駒らしく、ジワジワと力をつけてきた感がありますね。スッと先行できて、追い出されてからゴールまでしっかりと伸び切ることが出来るようになりました。キーンランドCを使って、その後、ここ1本に絞って狙ってきたローテーションにも好感が持てます。速い持ち時計がないことについては、それほど心配は要りません。重い馬場から軽い馬場への対応は、その逆に比べてスムーズですから。そもそも、まだ完成されていなかった昨年でも、このレースは3着に粘った馬です。安藤勝己騎手は内のアルティマトゥーレを前に見る形で進め、ペースに応じて道中の位置取りを変えてくるはずです。あとは仕掛けのタイミングだけですね。直線では後続を突き放すパワーを見せ付けて欲しいものです。

外国馬シーニックブラストは、グローバルスプリントチェレンジでG1レースを2つ、しかも2つの国で勝っているように能力の高さは明らかですが、未知の部分が多すぎます。かつてスプリンターズSを勝った外国馬(サイレントウィットネス、テイクオーバーターゲット)は、本番前に日本で走った経験があったので安心して見ていられました。ところが、シーニックブラストに関しては、特に高速馬場や小回りコースに対する適性など、走ってみなければ分からないのが本音です。ついでに言うと、ジョッキーも日本の競馬は初めてですよね。前走後、英国で鍛え直されての参戦だけに、あっさりもあると思いますが、それでもこの馬に賭けるのは怖いですね。

アーバニティも面白い存在です。高松宮記念は体調が下降線を辿っていたところに加え、道中もゴチャついて惨敗してしまいましたが、あれがこの馬の力ではありません。今回は外枠を引いたので、この馬のリズムでレースが出来るはずです。オーシャンSを勝ったように、中山1200mがドンピシャですね。溜めていけば直線で弾ける末脚を持っています。さすがに高松宮記念以来というローテーションはマイナス材料ですが、馬体を見る限り仕上がりは良さそうですので、一発を期待したいところです。この馬も大事に使われてきましたし、今年絶好調のマンハッタンカフェ産駒であり、夏を越しての成長力に期待します。横山典弘騎手の手綱捌きにも注目です。

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スプリンターは大きくなければ

Jiromaru

いよいよ待ちに待った秋のG1シリーズがやってきました。第1弾はスプリンターズSです。昨年は私にとって最強のスプリンターであるサクラバクシンオーの思い出を書きました。今でもその思いは変わりません。おそらくこの先ずっと変わらないでしょう。ただし、牝馬のスプリンターということであれば、スリープレスナイトは最強の1頭ではなかったかと思います。過去形で書かなければならないことが寂しいのですが、本当にそう思います。確かにフラワーパークやビリーヴも強かったのですが、スリープレスナイトはその2頭を凌ぐパワーを秘めていました。

私にとっては、北九州記念での走りが最も印象に残っています。あの時期の小倉の傷んだ馬場をものともせず、押し切ったパワーは牡馬顔負けでした。海外に行って、オーストラリアや香港のマッチョなスプリンターたちとまともに戦えるとすれば、スリープレスナイトを置いて他にはいなかったのではないかなぁ。走る馬の宿命とはいえ、屈腱炎とは…。ようやく体調が戻ってきたところだっただけに、陣営の無念は余りあることでしょう。ディープスカイもそうですね。今年の秋の古馬中長距離戦線の3連勝(天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念)もあると思っていただけに、非常に残念です。実力馬のリタイアが相次ぎ、今年の秋のG1シリーズは混戦模様ですね。

さて、千秋楽の朝青龍と白鵬の火の出るような勝負をみていたら、ヒシアケボノのことを思い出してしまいました。そう、ヒシアケボノの名前の由来はあの横綱の曙です。馬主である阿部雅一郎氏がアメリカのセールで、骨格の異常にしっかりしていた当歳馬を競り落とした瞬間に思いついた名だそうです。その後も順調に成長を遂げたヒシアケボノは、新馬戦のパドックになんと552kgという馬体重で登場しました。名は体を表すという格言をまさに体現した馬でしたね。

ヒシアケボノという名の馬を本当に知ることになったのは、未勝利から3連勝して臨んだ京王杯オータムハンデで3着と粘った頃でした。シャドーロールと巨体を揺らしながら走るその姿に、大物の予感がしました。そんな私の期待に応えるように、続くスワンSを+11kgの馬体で快勝しましたが、この勢いでと思わせたマイルCSでは早めに先頭に立ったものの、ゴールまで粘り切れずに3着に惜敗。大きすぎる身体を持て余しているようで、なんだかもどかしい走りでした。やはりG1レベルのレースでは、馬体が重すぎることはネックになるのかと思えました。

そして、私が初めてヒシアケボノの巨体を目の当たりにしたのは、その年のスプリンターズSでした。実を言うと、私はそのレースではビコーペガサスという小柄なスプリンターを応援していたのですが、パドックで悠然と歩く1番人気のヒシアケボノを見て、底知れぬ恐怖を感じました。ビコーペガサスの馬体は430kg台、ヒシアケボノは550kg台でしたから、なんと120kgの違いがあったのです。大人2人分ですよね。調べたわけではありませんが、1番人気と2番人気の間に、これほどまで馬体重差があったG1レースはないのではないでしょうか。

中山競馬場の小回りに苦しむかと思われたヒシアケボノは、豪快に外々をブン回して、内から抵抗しようとするビコーペガサスを振り切って勝利しました。まさに横綱相撲でしたね。中山競馬場のスタンドからずっとビコーペガサスの走りを見ていたのですが、直線半ばでヒシアケボノに並んだ途端、その姿が消えてしまったことが印象に残っています。550kgの馬体と併せると、430kgの馬体は隠れてしまうのですね。まるで押し潰されて消えてしまったような感覚でした。自分の応援していた小兵力士が大きな横綱に力負けした敗北感を背負い、師走のオケラ街道を歩いて帰りました。スプリンターは大きくなければならない…、と念じながら。

その思いは、サイレントウィットネスやテイクオーバーターゲットという海外から来た最強のスプリンターたちによって、まざまざと証明されることになります。サイレントウィットネスが576kg、テイクオーバーターゲットが518kgの馬体重でスプリンターズSを制しました。特にサイレントウィットネスなんて、日本馬と比べると、同じサラブレッドとは思えませんでしたからね。そういえば、スリープレスナイトも牝馬としてはかなり大きめの部類に入る馬でした。世界の競馬はボーダレスになり、スプリンターには速さだけではなく、大きな身体、つまりパワーが求められる時代に突入したのです。ヒシアケボノは時代の少し先を行っていた、生粋のスプリンターだったと改めて思います。


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◎ディープスカイ

Jiromaru

ウオッカの回避は残念でしたが、どこかに安心した自分がいます。昨年の有馬記念は出なければならないと強く主張して、今でもそう思っているのですが、今回の宝塚記念については無理をする必要なかった素直に思います。もし出走していたとしても、おそらく良いことはなかったことでしょう。ファンの期待に応えることも名馬の大切な役割ではありますが、あくまでも自身が無事であってこそです。

宝塚記念といえば、どうしてもライスシャワーのことが思い起こされてしまいます。あの年は阪神競馬場が改修されていたため、宝塚記念は京都で行われました。皮肉なことですね。その年の宝塚記念だけは、京都のパンパンの良馬場でレースが行われたのです。7歳馬にして天皇賞春で復活したライスシャワーは、余勢を駆って出走してきたものの、肉体的にはピークを過ぎていたのではないでしょうか。春シーズンの最後のG1レベルの激しく厳しいスピードレースについていけず、淀のターフに散ってしまいました。

雑誌「優駿」に「馬を愛する人たちの宝物」というコーナーがあります。ライスシャワーを管理した飯田好次元調教師は、彼が最後に履いていた蹄鉄だけはどうしても捨てられず、今でも大切に持っているそうです。蹄鉄の溝には、あの日の京都競馬場の土が付いたまま。「ライスシャワーは、私に一番の喜びを与えてくれた馬、というか人です。この小さい蹄鉄を見ると、小柄な身体でよく頑張ったなと思います」と語りました。ステイヤーとはいかなる者かをライスシャワーから教えてもらった私は、このエピソードは涙なしに読めませんでした。

アグネスタキオンの急死にも驚かされましたね。ノーザンファームの吉田勝己氏の強烈なバックアップが種牡馬としての成功の最大要因だと思いますが、もちろんアグネスタキオン自身の能力も優れていたということでしょう。ダイワスカーレットとディープスカイという2頭の牝馬と牡馬チャンピオンを出しました。この2頭に共通するのは、瞬発力だけではなく、スピードの持続力もあるという点ですね。あらゆる条件のレースに対応できる柔軟さを備えているということです。つまり、馬場が軽くても重くとも、スローペースだろうがハイペースだろうが、常に最高のパフォーマンスが出来るのです。

弔い戦という意味合いは全くありませんが、本命は◎ディープスカイに打ちます。前走はウオッカに完敗でした。相手が強すぎたということもありますが、この馬自身が少し太目残りだったということが主な敗因です。単なる太目残りかというと少しニュアンスは違い、体調が上向いてきている中での大幅な馬体増(+14kg)ということです。なぜ大幅な馬体増になったかというと、中2週の宝塚記念へ向けて僅かに緩めに仕上げられたということに加え、休み明けの産経大阪杯におけるマイナス体重(-8kg)が理由です。

何度も書いてきましたが、昨年秋のディープスカイのパフォーマンスは素晴らしいのひと言に尽きます。ダービーの疲れが抜け切らない中、ウオッカやダイワスカーレットなどの古馬を相手にあれだけの走りをすることは容易ではありません。体調が戻り、古馬になって馬がもっとシッカリしてきた暁には、もはや日本には相手はいないだろうと思わされました。

しかし、ジャパンカップを2着した後、休養をはさみ(放牧には出されなかったのですが)、休み明けの産経大阪杯を楽しみにしていたのですが、あっさりとドリームジャーニーに差し切られてしまいました。私が気になったのは、負けたことではなく、マイナス体重でした。マイナスと言っても天皇賞秋と同じ馬体重なのですが、今から振り返ると、あの時点ではまだ昨年の疲れが完全に抜け切っていなかったのでしょう。そして、ひと叩きされた効果もあり、劇的に体調が上向きになってきていた途中が安田記念だったということです。調教の負荷よりも、ディープスカイの回復力の方が上回ってしまったということです。

ジャパンカップ 518kg 
(休み明け)
産経大阪杯   510kg 休み明けにもかかわらず馬体減
安田記念    524kg 休み明け前の馬体重に戻った!

馬体重の読み方については集中連載「馬体重は語る」に書いたので、ここで詳しくは説明しませんが、まさに今回は復調しているレースになります。馬体重の基本原則「当日の馬体重の増減が馬の<体調>に影響を及ぼすのは、その日のレースにおいてではなく、レースの後になる」からです。ここをキッチリ勝って、海外に行くのか、それとも国内戦に専念するのかを決めて欲しいですね。個人的には、天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念の3連勝が可能な馬だと思っています。

ドリームジャーニーはここに来て再び成長していますね。朝日杯FSを勝った時は単なる早熟馬かと思っていましたが、そうではありませんでした。馬体が大きく成長し、立ち写真を見る限り、生涯最高の出来にあるのではないでしょうか。この馬がここまで長きにわたって活躍できるのは、母父メジロマックイーンの成長力と考えることもできますが、それ以上に父ステイゴールドの勝ち気な気性を受け継いでいるからこそだと思います。ステイゴールドは小さい身体で7歳まで第一線で走り続けた馬ですが、その原動力は底知れぬ闘争心だったといいます。年齢を重ねても、常にテンション高くファイティングポーズを取り続けた馬でした。そんなスピリットをドリームジャーニーも受け継いでいるのでしょう。一瞬の脚を生かす馬だけに、ディープスカイに比べて乗り方は難しいのですが、ドリームジャーニーを手に入れている池添騎手を背にどこまで迫れるでしょうか。


関連リンク
「ガラスの競馬場」:執念の馬
「ガラスの競馬場」:ディープスカイの無類の末脚が

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◎ディープスカイ

Jiromaru

今年の安田記念はダービー馬が2頭も揃い、見応えのあるレースになりそうです。伏兵馬も多士済々で、この春、最もレベルの高い争いが繰り広げられる予感がします。先週のダービーはドラマチックな結末に終わりましたが、今週はゴール板まで息つく暇のない、壮絶な叩き合いを期待したいものです。

まずは海外遠征帰りのヴィクトリアマイルを快勝したウオッカから。前走は思っていたよりも仕上がっていたようで、馬なりで先頭に立つと、武豊騎手が軽く追っただけで、2着馬になんと7馬身もの差を付けてしまいました。馬体を見る限りは仕上がっていたのですが、海外遠征による精神面での疲労を心配していましたが、全くの杞憂に終わりました。

ただ、牝馬同士のレースだったとはいえ、あまりにも走りすぎたような気がします。あのレースを観て、違和感を覚えた方は私だけではないでしょう。まるでウオッカ自身はヴィクトリアマイルが引退レースだと勘違いしていたような、スタートからゴールまで全く隙のない完勝劇でした。2度の海外遠征を経てさらに強くなったという見方も出来ないこともありませんが、私にはそうは思えません。陣営の思惑に反し、ヴィクトリアマイルで100%の出来に仕上がってしまったのです。最高潮に達したサラブレッドの体調は、あっという間に下降線を辿ります。

中間の調整を見る限り、乗り出しも早く、前走の体調をそのまま維持しているように映りますが、本当の疲れは目には見えないものです。追い切りは素晴らしい動きをしているではないかという反論もあると思いますが、一流馬はたとえ体調が悪くても、調教ぐらいの速さの追い切りではうんともすんとも言わないものです。追い切りで1番時計を出していても、実は体調が悪くて、実際のレースでは凡走してしまった一流馬など数え切れません。これは「馬券のヒント」にも書いたのですが、一流馬の動きに騙されてはいけないということです。

次世代にバトンを渡す時期が来たのではないか、と私は思います。1頭のサラブレッドに入れ込んでしまうことが少なくなってしまった最近の私にとっても、我が愛しのヒシアマゾンを重ねてしまうほど大好きなウオッカですから、出来るだけ美しい形でバトンを渡してあげて欲しいと願うのです。いずれ世代交代の波はやってきます。

バトンを受け取るのはディープスカイをおいて他にありません。以前、スペシャルウィークと重ねてしまうとコラムでも書きましたが、昨年秋の走り(天皇賞秋、ジャパンカップ)を見て、この馬の強さを確信しました。どちらのレースも敗れてしまったものの、あの時点では最高の走りだったと思います。ダービーの疲れを引きずり、完調ではなかった中での走りだけに、まさに負けて強しでした。昨年のジャパンカップ後、すぐに休養に入ったことも良かったと思います。ゆっくりと休養をはさみ、じっくりと調整が施されています。疲れが取れて、この馬の力を最大の発揮できるようになれば、どれだけの末脚を見せてくれるのでしょうか。今年はディープスカイの年だと思っています。

距離不足が心配されているようですが、そもそもこの舞台のG1レースを勝っています。速い流れになれば、なおさらこの馬の切れ味が生きますね。外枠からローレルゲレイロが行きますし、このメンバーですからスローのヨーイドンにはならないはずです。ペースやコースの特性から、安田記念は瞬発力ではなく持続力が問われるレースです。ディープスカイは素晴らしい末脚を持っているので、瞬発力に長けている馬だと思われがちですが、マイル戦であればスタミナを持続力に転化できます。そう、渋った馬場で行われたNHKマイルでの走りのように。例年に比べ、今年は少し時計の掛かる決着になりそうで、ディープスカイにとってはますます好都合です。

スーパーホーネットにも十分にチャンスはあります。矢作調教師が「2強ではなく3強」だと豪語するのも分かる気がします。昨年の安田記念、マイルCSとともに1番人気に推されたものの敗れていますが、どちらも前哨戦で力を使い果たしていたことが敗因です。昨年の安田記念ではステップレースの京王杯SC、マイルCSではウオッカを下した毎日王冠が最高の出来に仕上がっていました。スーパーホーネットにG1レースを勝つ力がないということではなく、前哨戦でピークに仕上がって強いレースをしてしまって、本番におつりが残っていないというパターンを繰り返してきたということです。

今年は違うようです。昨年の反省を生かして、マイラーズCを快勝したのち、京王杯SCをスキップして安田記念1本に備えてきました。またマイラーズCで仕上げ切ることなく、80%ぐらいの出来でした。前哨戦をひと叩きされ、ようやく最高の出来でG1レースに臨むことが出来ます。これで負ければ諦めもつくでしょう。2歳時に朝日杯フューチュリティSで2着した時には、まさかここまでの馬になるとは夢にも思いませんでしたが、鍛えられて少しずつ成長したのですね。藤岡佑介騎手にとっても、G1獲りのチャンスです。

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◎マイネレーツェル

Jiromaru

ウオッカが圧倒的な人気ですね。実績や実力を考えれば当然も当然で、本当はこのあたりで負ける姿は見たくありません。馬体を見る限り、昨年のヴィクトリアマイル時に比べ、肉体的にはきっちり仕上がっていることは確かです。ただ、ウオッカは気持ちで走る傾向が強い馬ですので、もし走ること自体に嫌気が差してしまっているのであれば、昨年のようにまた他馬に足元をすくわれることもあり得るでしょう。

そもそも、ドバイに2度も遠征して、疲れが出ない馬などいないのではないでしょうか。たとえ牡馬でも、ドバイに一度遠征しただけでボロボロになって帰ってくるのですから。たとえばヴァーミリアンがドバイ遠征から帰って、秋のJBCクラシックまで、立て直すのになんと7ヶ月もかかってしまった話は有名です。世界中の最強馬たちに混じって闘うことで、肉体的にはもちろん、精神的にもボロボロになってしまうのです。さすがのヴァーミリアンも、2度目のドバイ遠征後には、気持ちが切れてしまったような凡走を繰り返しました。競走馬は気持ちで走っている部分もあるのです。

本命は4歳馬◎マイネレーツェルに打ちたいと思います。4ヶ月の休み明けになりますが、小柄な牝馬ですし、ローズSをぶっつけで勝っていますので心配ないでしょう。かえってリフレッシュされているかもしれません。前走は15着と大敗しましたが、牡馬に混じって初めてのレースでしたし、そもそも適距離ではありませんでした。フィリーズレビューを勝っているように、どちらかというとマイル以下の距離で持ち味を生かせる馬です。母父サクラユタカオーは、もはや誰の目にも留まらない名前になってしまいましたが、東京コースでこそ力を発揮する血統です。川田将雅騎手は思い切って馬を出してくるでしょうし、折り合いさえ付けば、ヴィクトリアマイルはこの馬の瞬発力を生かせる絶好の舞台になりそうですね。

同じく4歳馬のリトルアマポーラは、マイラーの体型に変化しつつあります。3歳時は線の細く、頼りない印象を受けた馬ですが、ここに来て馬体が成長して力強くなってきました。おっとりした馬ですので、気性的には距離があっても良いと思うのですが、これから古馬の牡馬と戦っていくためには、マイル前後がベストなのではないでしょうか。と前走も考えていただけに、マイラーズCの着順にはがっかりしました。内枠が走りにくかったとはいえ、もう少し頑張って欲しかったですね。休養を挟んだ割には、馬体も増えていませんでしたので、大きな上積みもないでしょう。

カワカミプリンセスはあのエリザベス女王杯以来、勝ち星から遠ざかっています。牡馬とも差のない競馬を繰り返しているように、このメンバーは力上位であることは明らかです。この馬もあとは精神面だけなのかもしれません。負け知らずで突っ走っていた3歳時の、あの闘争心というか迫力が今は感じられません。ただ、前走の産経大阪杯で変わってくる可能性はあります。かつてダンスインザムードという馬が、精神的に燃え尽きてしまったのですが、府中牝馬Sで最後方から終いだけを生かす競馬をしたことをキッカケにして、もう一度走る気が蘇ってきたというケースもあります。復活するならここかもしれません。

ザレマはあと一歩の競馬が続きますね。安藤勝己騎手が毎回調教にも跨っていることにより、この馬の仕上げ方が少しずつ分かってきているのではないでしょうか。直前もビシッと追い切って、気持ちを乗せていく方が走るタイプなのでしょう。ジョリーダンスの強襲に屈したとはいえ、前走は引っ張り切れないほどの手応えで道中を走っていて、追われてからもしっかりと伸びていました。ラストの瞬発力勝負になってしまうと分が悪いのですが、力を付けてきているだけに、流れが向けば勝ち負けに持ち込めるのではないでしょうか。

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不完全ではなく、完全燃焼

Jiromaru

いよいよウオッカが登場しますね。あの伝説の天皇賞秋以来、すでにジャパンカップとドバイで2戦を走っているのですから、本当にタフな馬です。使いながら調子を維持していく角居流とはいえ、古馬の牡馬と混じって、消耗の激しいレースをこれだけコンスタントに戦えるのは、ウオッカの肉体的な強さと精神力が並外れていることを表しています。

とはいっても、やはり前走の凡走は残念というか、気掛かりですね。現地で一度叩かれ、万全の体調で臨んだだけに、全く見せ場のなかった走りっぷりは不可解でした。もしかしたら故障してしまったのではと思わせられましたから。そうでなかったとすれば、あれほどの能力の差があるとは思えないので、ウオッカ自身が走ることに対して嫌気が差してしまったのかもと勘ぐってしまいます。牝馬の場合、競走馬から母になる日が突然訪れるものです。

ところで、東京競馬場で行われている「プレミアムギャラリー~東京競馬場で輝いた馬たち~」が、今週でフィナーレを迎えます。まだご覧になっていない方は、ぜひ東京競馬場まで足をお運びください。もちろん、お越しになれない方もいらっしゃいますので、今週はウオッカについて書いたエッセイをここに紹介したいと思います。今回はPhotostudの素晴らしい作品と一緒にご覧ください。

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たくさんの方々からアンケートを頂戴している中で、このウオッカの作品はナンバー1かナンバー2の人気です。私の友人は「ウオッカって男勝りというイメージがあったけど、こんなに優しい目をしているなんて思わなかった」と言っていました。実物のサイズで観るともっと良さが伝わるのですけどね…残念です。ちなみに、こちらの作品はターフィーショップのPhotostudコレクションとして販売されていますので、お近くのウインズや競馬場内でもご覧いただけますよ。

■ターフィー通販クラブ「Photostudコレクション」はこちら
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今年のヴィクトリアマイル、ウオッカは果たして完全燃焼できるのでしょうか。

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◎サンカルロ

Jiromaru

前回の手紙でキングカメハメハについて書きました。この馬によって、NHKマイルC→ダービーという変則2冠路線が確立されたのです。昨年はディープスカイが同じローテーションを踏襲して成功を収めましたが、それでもこの変則2冠が極めて難しいことに変わりはありません。良く言われることなのですが、東京のマイル戦を勝てるだけのスタミナがあれば、確かに2400mもこなせます。それぐらい、東京のマイル戦は中距離並みのスタミナが問われる舞台ということです。ただ、NHKマイルCとダービーの間には、スタミナの有無以上の大きな隔たりがあるのです。

「スピードの持続力」と「瞬発力」という隔たりです。NHKマイルCでは前者、ダービーでは後者が問われます。NHKマイルCはスピード馬が揃い、最初から最後まで息を抜く間もないペースで流れるため、スピードをいかに長く持続させるかが勝敗を分けます。ダービーは道中で脚を溜めて最後の直線でヨーイドンの勝負になるため、一瞬の切れ味がなければ勝負になりません。この2つの異なる要素を備えていないと、NHKマイルCとダービーを両方勝つことは難しいのです。今年も、NHKマイルCからダービーへ向かうチャレンジャーが現れようとしています。

まずはかつて変則2冠を成し遂げた先輩たちと同じく、毎日杯からNHKマイルCという路線を辿ってきたアイアンルックです。毎日杯の優勝馬がNHKマイルCに出走してきた場合、全ての馬が勝っているように、非常に相性の良いレースです。互いのレースで求められる資質が似ているのでしょう。その毎日杯を勝ったのですから、NHKマイルCの最有力候補に名乗りを挙げて当然ですね。大型馬で跳びの大きい馬だけに、府中コースも合っているはずです。また、脚元に少し弱いところがありましたが、最終追い切りも馬場の悪い中でもしっかりと追われていたように、もう心配はありません。小牧太騎手も腹を括って、この馬の末脚を引き出して欲しいものです。小牧太騎手にとって、橋口調教師の管理馬でG1レースを勝てる最大のチャンスかもしれません。

唯一不安な点といえば、前走が上がりだけの勝負だったことです。33秒台の末脚は強烈でしたが、ヨーイドンの競馬がハマった感もあります。過去に毎日杯を制してそのままNHKマイルを勝った馬たち(タイキフォーチュン、クロフネ、キングカメハメハ、ディープスカイ)と比べると、毎日杯のレースレベル自体が高くないということです。勝ち方もそれほど圧倒的ではありませんでした。やっぱり、特にクロフネやキングカメハメハ、ディープスカイはもう強烈な勝ち方でしたから。アイアンルックは1200mの新馬戦を圧勝しているように、腰高の馬体を見ても、どちらかというとスピードの勝った馬だと思います。つまり、スピードを持続させるスタミナの裏づけが物足りないということです。

続いて、NHKマイルCからダービーを目指すことを公言しているブレイクランアウトです。前走の共同通信杯は、朝日杯FSの悔しさを晴らすかのような、スカッとする勝ち方でした。小回りの中山競馬場よりも、広々とした府中コースの方が力を発揮しやすいですね。馬体を見ても、マイル戦よりも距離が伸びて良さそうです。また、スマートストライク×フレンチデピュティという典型的なアメリカ血統で、前走では強烈な瞬発力を使ったように見えますが、スピードの持続力を問われるようなレースでこそ、さらに本領を発揮するのではないでしょうか。ただ、休み明けと外枠が気になって評価を下げました。外枠という点で言えば、キングカメハメハ産駒のフィフスぺトルも同じくです。

桜花賞から直行してきたワンカラットは牝馬ですが、この時期のマイル戦であれば、牝馬と牡馬との差はほとんどありません。前走の桜花賞は、外枠からスムーズに進められた馬にとって有利なレースでした。そんな中、馬群の内を走らされながらも最後は4着を死守したところに、この馬の奥の深さが垣間見えました。一介のスピード馬ではないのかもしれません。内枠から上手く流れに乗れて、ペースが少し落ち着くようなレースになれば、この馬にもチャンスは十分にあるでしょう。藤岡佑介騎手の初G1勝利も期待できます。

最後に本命は◎サンカルロに打ちます。前走は非常にスムーズに走ることが出来たこともあり、着差以上の楽勝でした。ゴール前では耳を立てるほど、余裕がありましたね。1800mでスローに流れたスプリングSでは乗りにくそうでしたが、速い流れになったマイルの前走はキッチリ折り合っていました。推進意欲の高い馬ですが、吉田豊騎手抑える競馬を丁寧に教えてきた成果が出ています。この馬自身はマイル戦がベストですね。今回も好枠を引きましたので、内でうまく脚をタメることができれば、直線で真っ先に抜け出して来られるのではないでしょうか。

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1.32.5

Jiromaru

先週から東京競馬場で始まりました「プレミアムギャラリー~東京競馬場で輝いた馬たち~」に足をお運びいただいた皆さま、ありがとうございました。また、丁寧にアンケートに答えていただいたり、声を掛けていただいた皆さま、本当にありがとうございます。現場におりましたが、自分の書いた文章を目の前で読まれるというのは案外恥ずかしいものですね。次回はNHKマイルC当日に常駐の予定です。東京競馬場にぜひ遊びに来て下さい。

■「プレミアムギャラリー~東京競馬場で輝いた馬たち~」
詳細はこちら→ http://www.glassracetrack.com/blog/2009/04/post-7979.html

そうはいっても、物理的、地理的に東京競馬場にはお越しいただけない方もいらっしゃると思いますので、展示している12のエッセイの一編を紹介させていただきます。今週はNHKマイルCということで、キングカメハメハについて書いたものです。

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このエッセイを書くために、キングカメハメハの現役時代を振り返っているうちに、改めてこの馬の強さを認識しました。覚醒してからのレース振りは、スピード、パワー、スタミナなど、あらゆる面でサラブレッドの限界を突破していた気がします。特に、NHKマイルCと日本ダービーの変則2冠は、どちらもレコードによるものです。あれだけのレースをして、無傷でいられるわけがないですよね。もし無事であったならば、あのディープインパクトと歴史に残る勝負を見せてくれたことでしょう。


私の大好きなキングカメハメハの雄姿をご覧ください。


関連リンク
「ガラスの競馬場」:ディープインパクトVSキングカメハメハ

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◎アサクサキングス

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今年は天皇賞春がプレミアムレースなのですね。通常の払い戻しに売り上げの5%が上乗せされるのですが、これは大きいですよね。一昨年、シンガポールに旅打ちに行った時、シンガポールの競馬は日本の競馬に比べて勝ち目があると感じました。これは後で調べて分かったことなのですが、シンガポールの競馬は控除率が圧倒的に小さいのです。シンガポールの控除率はわずか10%。日本の控除率(25%)との差がどれぐらい大きなものか、これは実際に馬券を打った者でないと分からないと思います。私たちが思っているよりも、この体感控除率の差は大きいのです。そういった意味では、今年の天皇賞春は積極的に買い!ですね。

本命は◎アサクサキングスに打ちます。前哨戦の阪神大賞典は執念を感じさせる勝ち方でした。自身の苦手とする道悪を克服して、完全に本格化しました。前走時の馬体を見た時に、これは凄い!と思わせられたように、とにかく馬体の充実が凄いです。前走が最高潮かと思っていましたが、今回の馬体を見ても、その調子を維持もしくはそれ以上の出来のようですね。昨年秋シーズンの不振は、輸送に気を遣って、調教をやり切れなかったことが原因です。今年に入ってからは、関西でのレース続きということもあって、調教でも徹底的に攻め抜かれていますね。古馬になってからの成長期のピークに、調教で鍛え抜けるようになったことが加わって、アサクサキングスの今の充実があります。

何よりもの証拠は、走るフォームが変わってきたことです。以前のアサクサキングスは頭が高く、追ってもあまり伸びないだろうなと思わせる走法でした。それが前走の阪神大賞典では、追われてからしっかりと首を使い、前へ前へと推進力をしっかりと伝えられていました。坂路やコースで鍛えられて、後肢に筋肉がついてきたからこそ、全身を使えるフォームへと変わってきました。今ならば、控えて差して瞬発力を生かす競馬も出来るのではないでしょうか。

スクリーンヒーローは、苦手な道悪に59kgの斤量を背負っていたからとはいえ、前走の阪神大賞典は執念を感じさせない内容でした。昨年のジャパンカップや有馬記念での走りを見て、この馬はステイヤーだという思いを強くして、今年の天皇賞春はこの馬!と決めていただけに、不甲斐ない走りでした。母系からは、あのライスシャワーが勝った天皇賞春で2着したステージチャンプが出ているように、この馬にはステイヤーの血が流れています。スクリーンヒーローのコロンとした馬体は、ステージチャンプのそれと似ているんですよね。折り合いの良さと瞬発力が問われる天皇賞春は絶好の舞台です。あとはどれだけ陣営が勝ちたいと思っているかどうかでしょう。アサクサキングスほどの唸るような執念を感じなかったので、今回は対抗に評価を落としました。

追い切りの動きが良く見えたのはジャガーメイルですね。遠くからモニターを見ていても伝わってきたほど、弾けるような走りでした。1週間前は安藤勝己騎手が跨り、少し緩く感じたとコメントしていましたが、何とか間に合いそうですね。もちろん休み明けは不利に違いありませんが、堀調教師が休み明けにもかかわらず送り出してくるのですから、十分勝負になるという自信があるのでしょう。そもそもスクリーンヒーローといい勝負をしていたぐらいですし、香港ヴァーズでも好走したぐらいですから、能力的には通用するはずです。有力馬が外枠を引きましたので、安藤勝己騎手は、内々で死んだふりをしてくるはずです。上記2頭のステイヤーに割って入るならこの馬です。

ドリームジャーニーも、しっかりと鍛えられるようになってから、再び力を付けてきています。2歳時に比べても強くなっていますね。前走の産経大阪杯は、ディープスカイが休み明けだったとはいえ、ダービー馬を差し切ってしまったのですから驚きです。古馬の中距離路線では、もうひとつ上のレベルまで行ける存在になってきました。ただ、今回はやはり距離が長いでしょう。脚が溜められないマイル戦よりはマシかもしれませんが、決して3200mはベストではありません。今の充実ぶりなら好走はするかもしれませんが、勝ち切れるかというと疑問です。

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執念の馬

Jiromaru

今でも天皇賞春は最高峰のレースだと信じています。たとえ時代遅れと言われようと、京都の3200mで行われる天皇賞春を勝つことの出来る馬こそが、その時代における真の名馬に相応しいと思うのです。スピードは当然として、それを持続させる無尽蔵なスタミナ、道中で騎手の指示に素直に従える賢さ、馬群の中で我慢できる精神的な強さなど、このレースを勝つためにはあらゆる要素が求められるからです。

その天皇賞春を2度も勝った馬がいます。メジロマックイーンとライスシャワーです。そして、この最高にして最強のステイヤー2頭が、死力を尽くして闘った伝説の天皇賞春があります。1993年の天皇賞春です。天皇賞春3連覇のかかるメジロマックイーンは、休み明けの産経大阪杯をレコードで勝利し、1.6倍の圧倒的な1番人気に支持されていました。そんなメジロマックイーンに、真っ向から立ちはだかったのがライスシャワーでした。

このレースに臨むライスシャワーの最終追い切りは、今でも鮮明に覚えています。レースでも手綱をとる的場均ジョッキーを背に乗せての調教でした。的場騎手はゴールを過ぎても1発、2発、3発とムチを入れ続けました。見ているこっちが心配してしまうほどのハードな調教でした。これは後から聞いた話ですが、的場均騎手にとっても一か八かの賭けだったそうです。ピークかそれとも疲労か。しかし、極限の状態に仕上げなければ、メジロマックイーンを負かすことは出来ないと思っていたからこその賭けでした。

的場均騎手の賭けは、見事、成功を収めました。スタートからピッタリとメジロマックイーンをマークしたライスシャワーは、直線に向くや、あっさりと抜け出して、先頭でゴールしました。あのメジロマックイーンでさえ、全く抵抗できないほどの強さを見せ付けての完勝でした。この時のライスシャワーには、まさに馬が唸っているという表現がピッタリでした。前の年にミホノブルボンの3冠を阻止したことも重なって、この頃から、「黒い刺客」や「マーク屋」という異名が定着しました。

1993年天皇賞春

最後のステイヤー同士の激突!

私にとってのステイヤーといえば、ライスシャワーをおいて他にいません。ライスシャワーには、ステイヤーとは如何なるものかということを教えてもらいました。「ステイヤーはいきなり休み明けから走らず、叩かれつつ体調が上向いて行き、ピークの調子が長続きする」、「マラソン選手に線の細い選手が多いように、ステイヤーも小柄な馬が多く、極限の状態に絞り込まれてこそ真価を発揮する」、「ステイヤーは決して調教で速い時計を出さない」、「ステイヤーは我慢強い」。ライスシャワーを語ると、それはすなわちステイヤーを語ることになるのです。

「もちろん、ステイヤーとしての血も素晴らしいんだけれど、それ以上にあの馬は執念を持っているんですよ。あの馬に対しては、スタッフみんなも執念を持って携わっている。それが馬に伝わっている。周りのスタッフの雰囲気をライスシャワーは感じてくれるだけの馬だった。そういう感性の強い馬だったってことです」

主戦の的場均騎手はライスシャワーをこう評しました。ミホノブルボンを倒した菊花賞、メジロマックイーンに土を付けた天皇賞春、それからちょうど2年後の奇跡の復活を見ても、ライスシャワーは執念の馬だったことが分かります。周りの人々の気持ちを感じ取り、その期待に応えたいという執念。「ステイヤーは執念を持っている」。私の競馬辞典におけるステイヤーの頁に、もうひとつ新たな定義を追加しておこうと思います。今年の天皇賞春、勝つことに対する執念を最も持っているのは、果たしてどの馬でしょうか。

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3強でも1強でもなく

Jiromaru

今年の皐月賞は好メンバーが揃い、レベルの高い争いが繰り広げられそうです。その中でも、ロジユニヴァースとリーチザクラウン、アンライバルドの3頭が、これまでの実績やレース振りからも頭ひとつずつ抜けていて、3強として注目されるのは当然です。

「3強に波乱なし」という競馬の格言があります。裏を返せば、2強の場合には波乱があるということです。2強の時は、ライバルと目された2頭のジョッキーがお互いを意識しすぎてレース全体が見えなくなってしまうため、思わぬ伏兵に脚をすくわれてしまうことが多いのです。お互いに動けずに前が残ってしまったり、逆にお互いに競ってバリバリ行ってしまい共倒れしたりするということです。逆に3強の場合は、1頭だけに意識が集中することがないので、相手を意識しすぎてということが少なくなるため波乱が起こらないということですね。

と、ここまでは一般論を書きましたが、私個人としては、3強でも1強でもなく、2強だと考えています。ロジユニヴァースとリーチザクラウンの2強です。現時点での完成度やスケールの大きさという点でいえば、この2頭が頭ひとつ抜けていると思います。アンライバルドの素質の高さは認めるのですが、まだ肉体的精神的にも幼さを残す現状ですし、血統的にもアテにならない面を秘めていると思います。ただ、すんなりロジユニヴァースとリーチザクラウンで決まるかというと、それはまた別の話です。

なぜなら、2強の1頭であるリーチザクラウンが大外枠を引いてしまったからです。もし皐月賞だけ勝つことを考えれば、逃げてしまえば良いと思います。逃げるのであれば、大外枠からの発走はかえってプラス材料になるでしょう。しかし、ダービーを見据えてのレースをするのであれば、馬の気に沿って気分良く行かせるだけでは意味がありません。きさらぎ賞→皐月賞というローテーションを見ても、リーチザクラウン陣営の大目標はダービーであることは明らかですから。

ということは、武豊騎手にはフルゲートの大外枠から発走して、折り合いをつけながら、先団もしくは中団で脚をタメる走りも覚えさせる必要があります。これが難しいのですよね。下手をすると、終始馬群の外を回されて終わってしまう可能性もあります。最高に上手く乗った例として、1993年に大外枠を引いた岡部幸雄ビワハヤヒデがいますが、それでも最後は差されて2着に敗れてしまいました。つまり、武豊リーチザクラウンが先を見据えていればこそ、2着すら外してしまう可能性があるということです。

絶好の枠を引き当てた◎ロジユニヴァースが本命です。この馬の強さは、何といっても2歳の時点で関西に遠征してラジオNIKKEI杯を勝ったことです。敵地に乗り込んで、ハイレベルなレースで勝利を収めたのですから、久しぶりに関東からダービーを狙える大物が登場したことを確信しました。力の要る馬場で圧倒的なパフォーマンスを見せたことも、開催最終週で馬場の重くなる皐月賞での好走を約束するはずです。前走の弥生賞で奇しくもにメンバーが手薄になり、ほとんど負担のない勝ち方が出来たこともプラス材料となるでしょう。

前走は行く馬がいなかったので自らペースを作りましたが、本来折り合いがきちんと付く馬ですので、今回はペースに応じての競馬となるはずです。コース形態を考えると、横山典弘騎手は積極的に行くはずで、あわやこの馬が逃げようかというシーンも見られるかもしれません。たとえペースが速くなり、激流に巻き込まれてしまったとしても、今のロジユニヴァースならばそこからでも抜け出して来られるはずです。乗りやすさという面でいえば、先週のブエナビスタよりも安心して見ていられそうですね。

穴ということで1頭だけ挙げておくと、2番枠を引いたリクエストソングということになるでしょうか。前走のスプリングSは、皐月賞を見据えて後藤騎手が馬を出して行ったことが逆効果となり、スローペースの中で馬が大きく引っ掛かってしまいました。まるで競馬になっておらず、ほとんど力を出していません。あれほど遅いペースになることはないでしょうから、もし今回ビシッと折り合いが決まるようでしたら、2頭の間に割って入るシーンもあるかもしれません。馬力型の馬だけに、この時期の中山の馬場も合うはずです。

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◎ブエナビスタ

Jiromaru

ブエナビスタが圧倒的な人気ですね。馬券的な妙味はありませんが、この馬に逆らう理由も今回はなさそうです。アドマイヤジャパン、アドマイヤオーラという兄2頭はパワーと切れ味を武器としましたが、血統的には母系にドイツの重厚な血が流れていて、潜在的には十分なスタミナに裏付けられています。ブエナビスタはさらに父が天皇賞春を勝ったスペシャルウィークに代わっていますので、明らかに距離が伸びて良いはずです。スペシャルウィーク産駒は大きく出てしまうことで、脚元に負担が掛かり、能力を発揮できないことが多いのですが、母ビワハイジ自身が小さい馬であったということもあり、ブエナビスタは理想的な大きさに出たと思います。

阪神ジュべナイルFにしてもチューリップ賞にしても、ゴール前では安藤勝己騎手が手綱を引っ張っているように、着差以上の強さを感じさせました。速い脚が使える距離の長さが他馬とは違います。これほど脚の速い馬であれば、包まれる心配もほとんどないでしょうし、ペースや展開云々も関係ないですね。脚の速さが違うだけに、ジョッキーとしては早めにエンジンが掛かって先頭に立ってしまうことだけは気をつけなければなりません。武豊騎手がディープインパクトに乗っていた時と同じような感覚でしょう。次のオークスのことを考えると、2400mを走るようなリズムで桜花賞を勝たなければなりません。どのように勝つかが問われる一戦です。

新阪神コースに代わってから、桜花賞は展開が読みにくいレースになりました。コース形態を考えると、スローでラストの瞬発力勝負がデフォルトではあります。ただ、ダイワスカーレットが勝った一昨年は前半がスローに流れてラスト3ハロンの瞬発力勝負でしたが、昨年は一転して先行馬が総崩れというハイペースになりました。スタートから最初のコーナーまでの距離が444mと長いため、逃げ、先行馬に一度スイッチが入ってしまうと、3歳牝馬ということもあって、一気にペースが上がってしまうのです。ですので、展開を考えるとすれば、極端なスローの場合と、極端なハイペースの場合を想定しておいた方が良さそうです。

極端なスローの場合、内枠を引いて先行出来るサクラミモザが面白いのではないでしょうか。チューリップ賞ではブエナビスタを苦しめましたが、決してフロックではありません。前々走のダート戦では、かなり厳しいペースを楽に先行して押し切ったように、十分なスタミナを保持しており、前走ぐらい楽に行ければ残って当然でした。もう少し厳しい流れになっても、簡単にはバテないはずです。サクラが育んできた良質な母系に、サンデーサイレンスの血が入って蘇りましたね。良質な筋肉に豊富に覆われた馬体は典型的なマイラーですので、スローのヨーイドンの競馬になれば、この馬とブエナビスタのワンツーがもう一度見られるかもしれません。

極端なハイペースの場合、外からブエナビスタを見るような形で進められるレッドディザイアが有利になると思います。2戦2勝の戦績からも、素質馬が大事に使われてきた印象を受けますし、なんといってもレースセンスが素晴らしいですね。ゆったりと走られる気性の良さは、こういう大舞台では大きな武器になります。この馬は松永幹夫厩舎なのですね。ジョッキーというイメージが強いので、松永幹夫調教師というのはまだ違和感があります。ジョッキー時代には、キョウエイマーチとチアズグレイスで桜花賞を2勝しました。“牝馬のミキオ”と言われていたぐらいですから、調教師になっても牝馬を扱うのは上手いのでしょう。

もう1頭だけ挙げておくと、ペースが速くなって上がりが掛かった際には、ツーデイズノーチスにもチャンスが訪れるかもしれません。いかにもヘクタープロテクター産駒らしいガッチリとした馬体ですね。手脚の軽さが求められる瞬発力勝負になると分が悪そうですが、道中が厳しいレースになれば、この馬のパワーと渋太さが生きそうです。この馬にも母父のダンシングブレーヴが生きていますね。メイショウサムソンやスイープトウショウ、最近ではサンライズマックスと、母の父に入って種牡馬の良さをうまく引き出しています。

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脚の速い馬

Jiromaru

サクラが満開ですね。いよいよ今年もクラシックシーズンがやってきました。競馬を始めてもう20年近くになりますが、いくつになってもこの時期はワクワクします(笑)。あの2頭はどちらが強いのか?応援しているあの馬はクラシックに間に合うのか?あのジョッキーは今年こそダービーを勝てるのか?などなど、それぞれの想いが空へ向かって飛び立ってゆく季節です。今年はどのようなドラマや激闘が繰り広げられるのでしょうか。

私がまだ中学生1年生だった頃、同じクラスに渡邊くんという友人がいました。簡単な渡辺ではなく、難しい方の渡邊という字を書きます。皆から‘わったん’というあだ名で呼ばれていました。同じ野球部でもあったので割と仲は良かったのですが、彼は自分からグループに入って一緒に遊ぶというタイプではありませんでした。ほとんどの生徒がまだ小学校の延長線上にいるような中で、彼だけはひとり落ち着き払って、ひと回りもふた回りも大人の雰囲気を漂わせていました。

野球部の部室で着替えをしていた際、隣の‘わったん’の方にふと目をやると、胸には黒々と毛をたずさえ、筋肉が驚くほどに隆起した大人の男の肉体がそこにはありました。身体の発達のあまりの違いに驚き、まるで父親に対するような畏怖を持って、私はしげしげと彼の肉体を眺めました。そんな私の様子に気づいていたのか、それとも気づいていなかったのか分かりませんが、‘わったん’は手早くユニフォームに着替え、私に一瞥をくれてからグランドへ向かいました。

‘わったん’の身体能力は、中学生の間では群を抜いていたと思います。彼のポジションはキャッチャーで、座ったままセカンドベースまで矢のような送球をしました。ただバッティングはというと、スイングスピードが異常に速く、当たれば飛ぶのですが、なぜかボールの下ばかりを打ってしまい、高いフライばかりを打ち上げていました。特に試合になると力んでしまい、空振りか、良くてポップフライばかりが目立ちました。

‘わったん’にまつわるエピソードはたくさんあるのですが、特大ホームラン事件は今でも忘れられません。その事件は他校との練習試合で起こりました。1点差で負けていた最終回の2アウト、ようやく同点のランナーが出て、‘わったん’に打順が回ってきました。とにかく同点に追いつこうと、監督は1塁ランナーに盗塁のサインを出しました。野球をご存知の方はお分かりでしょうが、バッターである‘わったん’はわざと空振りをしてランナーの盗塁を助けるはずでした。盗塁が成功すれば、ワンヒットで同点に追いつくことができます。私たちは固唾を飲んで見守りました。

ピッチャーが投げたその瞬間、パンッという乾いた音とともに、キャッチャーのミットに収まるはずであったボールは、見たこともないスピードで上空へと消えて行ったのでした。あまりにも一瞬の出来事で、誰もそのボールの行方を目で追うことは出来ませんでした。ネットを越えて近くの民家へでも飛び込んだのでしょうか。そのボールが学校のグランドの中にないことだけは明らかでした。特大サヨナラホームランでした。

空振りをすると思い込んでいた私たちチームメイトは、最初は何が起こったか理解できずポカンとしていました。相手チームはというと、その打球のあまりの速さと飛距離に、これまたポカンと口を開けたままでした。ゆったりとホームインした‘わったん’は、監督に向かってひと言、「すいませんでした」と小さく呟きました。監督も私たちも訳が分からずにいると、「空振りしようと思ったら当たってしまいました…」とだけ付け加えました。

ようやく事情を理解し始めた私たちは、ひとり、またひとりと笑い出しました。全員が腹を抱え、涙を流して笑い転げましたが、‘わったん’だけはいつもと同じ冷静な表情でした。もしかすると、空振りしようとしたのにホームランを打ってしまったことが悔しかったのかもしれません。それにしても、あの‘わったん’のバットの音と打球の速さは今でも鮮明に記憶に残っています。空振りしようと思って軽く振ったにもかかわらず、バットの芯に当たれば、まるでピンポン玉のようにボールが飛んでいくのですから、‘わったん’の身体能力がどれだけズバ抜けていたかが分かりますよね。

そんな‘わったん’と、1度だけ50m走を走ったことがあります。確か1年生の運動会だったと思うのですが、私と‘わったん’との一騎打ちでした。当時は私も足の速さには少しだけ自信を持っていましたので、いくら‘わったん’とはいえ、もしかしたら勝てるかもしれないと高を括っていました。スタートの合図とともに、私たちはほぼ同時のスタートを切りました。前半30mくらいまでは互角の争いをしていたのですが、途中から‘わったん’がいきなりスピードを上げました。もう一段ギアがあったことに驚かされたのですが、さらにそのスピードが驚異的で、あっと言う間に私は突き放されてしまいました。あの時ほど、他人に足の速さの違いを思い知らされたことはありません。

武豊騎手は、ディープインパクトを他馬と比べて、「脚が速かった」と語りました。武豊騎手がここで言う「脚が速い」とは、ただ単にスピードがあるということではありません。ディープインパクトが1完歩で進む距離(ストライド)は、他の馬より約50センチ長い7メートル54で、逆に滞空時間は0秒12と最も短いそうです。上下動が少なく、重心を低くし、ストライドを伸ばした理想的なフォームでした。同じように走った時に、他馬とは進む距離が全く違うということですよね。ディープインパクトを相手にした馬や騎手たちは、私が‘わったん’と走った時と同じように、脚の速さの違いを感じたことでしょう。

今年の牝馬クラシックの主役であるブエナビスタも「脚の速い馬」ですね。阪神ジュべナイルFや前走のチューリップ賞を見ても、同じ世代の牝馬の中では脚の速さが違います。こういう馬はエンジンが掛かってしまうと一瞬にして先頭に立ってしまうので、気をつけるべきは、道中は他の馬の走るペースに合わせてゆっくりと走らせることです。脚の速い馬だけに、ゆっくり走らせる方が難しいのです。ディープインパクトのようにゆっくりと行って、最後の3ハロンだけ走らせる乗り方が最も合っていると思います。まあこの辺りは安藤勝己騎手ですから心配はないでしょう。まずはブエナビスタで桜花賞を制し、今年こそ年間G1レース6勝の大記録を達成して欲しいと思います。

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◎アーバニティ

Jiromaru

WBC(ワールドベースボールクラシック)を日本が2連覇しましたね。私は小学生の頃からずっと野球をやっていたので、日本の野球が世界で勝つと、まるで自分のことのように嬉しいです。3年前の第1回大会の時もそうだったし、昨年オリンピックで負けた時は自分のことのように悔しかったです。別に私が選手として戦ったわけではなく、関係者として携わったわけでもないのですが、日本でずっと野球をやってきた自分が認められたような気持ちになるのです。

この感覚は、ディープインパクトが凱旋門賞に出走した時にも味わいました。レースの日が近づくにつれ、もしかするとディープインパクトなら勝てるのではという思いは日に日に強まり、いつの間にか日本の競馬が世界を制するのではないかという夢を見ていました。この時の私の想いは、野球の場合よりもっと複雑で、日本の競馬が世界で認められれば、競馬ファン以外の一般の人々にも日本の競馬の素晴らしさを知ってもらうことができ、さらに競馬ファンの私も世の中に認めてもらえるかもしれないという気持ちがあったような気がします。競馬なんて…と言われ続けてきた世代であればあるほど、この複雑な想いは分かっていただけるのではないでしょうか。

「わたしの勝手な思い込みかもしれませんけども、世界に日本馬のレベルが上がっていることを見せることが、生産者や競馬サークルの人やファンが望んでいることだと思うんです」と角居調教師はある雑誌で語っていましたが、まさにその通りだと私は思います。そうすることで、あらゆる形で競馬に携わっている人々が自分に対して誇りを持てるようになるのだと思います。

さて、日本では日曜日に高松宮記念が行われます。昨年の優勝馬であるファイングレインと2着馬キンシャサノキセキ、スプリンターズSの勝ち馬スリープレスナイトや前哨戦を圧勝したビービーガルダンなど、屈指のスプリンターが揃い、こちらも熾烈な争いが繰り広げられそうです。

そんな中でも、本命は◎アーバニティに打ちたいと思います。レガシーオブストレングスの仔なんですね、この馬。姉妹馬であるスティンガーやサイレントハピネスはもちろんのこと、競馬ファン歴の長い方であれば、レガシーオブゼルダという名前を聞いたことがあるかもしれません。私が競馬を始めてまだ日が浅かった頃の馬ですから、あれから随分と年月が流れました。それでこうしてG1レースに仔を送り込んでくるとは、何という繁殖牝馬なのでしょう。高齢になって出産した仔の中から、重賞レースで活躍する馬を出すのは本当に難しいのです。Quinaさんによると、もしアーバニティが勝つようであれば、産駒のGⅠ勝利の最高齢出産記録となるそうです。

それはさておき、この馬の強みは1200m以上の距離で走られるスタミナを有していることでしょう。さらに、マイル前後の距離を使われてきたことにより、走るリズムがスプリント仕様になり切っていないことも、こと高松宮記念などのスプリントG1においてはプラス材料です。序盤、他馬が力んでトップスピードで走ってしまうペースの中で、どれだけタメを利かせつつ自分のリズムで走られるかどうかが最後の勝敗を分けるからです。また馬体も素晴らしいですね。パーツパーツが伸びやかでバランスが整っていて、一点の曇りもない毛艶の良さです。前走は連闘での勝利だっただけに疲れが心配されましたが、追い切りの動きもスムーズで、ここにきて充実期を迎えたようです。馬場状態の見極めが難しいのですが、外枠がプラスになるようであれば、ゴール前での差し切り勝ちを期待してもよいのではないでしょうか。

現在5連勝中のスリープレスナイトが素質の面では最上位です。普通に走れば、桁違いの能力で圧勝してしまうでしょうが、今回に限ってはどうでしょうか。この馬が勝つためには、休み明けとポジションという2つの要素をクリアしなければなりません。スプリンターズSを勝った後に蕁麻疹が出たのは、それだけ疲労が蓄積されていたということです。見た目には圧勝続きでしたが、やはり勝ち続けるということは簡単なことではありません。一旦、完全に馬体を休めて(緩めて)からの再調整になりますので、フレッシュである反面、連勝時のようなピークの状態にないことは明らかです。

もうひとつ、ポジションの問題ですが、この馬は前向きな気性と生来のスピードにより、先行することになるはずです。それほど切れる脚がないことを考えると、早めに外目に出しておきたいとジョッキーは思うはずです。そうなってくると、直線で良い末脚を持っている馬に差されかねないということです。高松宮記念は直線の短い中京で行われるにもかかわらず、差し脚の生きるレースですので、先行して押し切れるかどうかは疑問ですね。もちろん、ここを押し切るようであれば、この馬の非凡さがより強調されることになるでしょう。ポジションに関して言えば、ビービーガルダンやローレルゲレイロにも同じことが当てはまり、ペースが速くなり、道中が厳しい流れになりやすいG1レースにおいては、よほどの力がない限り、押し切り勝ちは難しいのではないでしょうか。

ビリーヴの仔であるファリダットは、マイル以上のG1レースでは底力が足りないという典型的な馬です。スズカフェニックスのようなイメージですね。逆に言えば、スプリントのG1であればタイトルを獲れる可能性はあるはずです。ただ、馬体を見ると、まだ幼さを残す未完成のそれですので、本格化にはもう少し時間が掛かるかなと私は見ていますが、どうでしょうか。同じことはキンシャサノキセキにも言えて、マイル以上のG1レースでは底力が足りないので、この馬がもしG1を勝てる可能性があるとすれば、それはスプリントG1以外にはありません。とはいえ、臨戦過程を見ると、以前の勢いが感じられず、昨年あたりがピークだったかと邪推してしまいます。

昨年の覇者ファイングレインは、前走の阪急杯の凡走が意外でした。昨年のマイルCSで見せ場を作り、体調的に上向きになってから休養に入ったので、この春には大いに期待をしていました。それだけに、いくら59kgを背負っていたとしても、前走の惨敗には首をひねらざるを得ませんでした。ひと叩きして、大きく変わった気配もありませんので、一変を望むのは難しいかもしれませんね。

トウショウカレッジは、前走の阪急杯では脚を余してしまいました。香港に行った影響もあるのか、帰国後はなかなか良い動きをするようになりました。7歳で馬が変わるということは考えがたいのですが、体つきを見ても、余計な部分がそぎ落とされて、走られる状態になってきています。内枠を引いて、鞍上には内田博幸騎手を迎え、穴っぽい気配が漂いますね。ドバイに出走するウオッカと母系を同じくするのもまた不気味です。

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信じ続けること

Jiromaru

高松宮記念の過去の勝ち馬を見渡してみると、ビリーヴという馬だけが、私にはどうしても違った意味合いを持って浮かび上がってきます。スプリンターズSと高松宮記念を制した名牝にして名スプリンターというだけではなく、その名前に宿る魂(たましい)のようなものを感じてしまうのです。

私がビリーヴという名に取り憑かれてしまったのは、まさに彼女がスプリンターズSを勝った時でした。実はこの年のスプリンターズSは、中山競馬場が大規模な改修工事を行っていたため、新潟競馬場で行われました。当時、暇をもて余していた私は、競馬仲間を誘い、彼の車に乗せてもらって生まれて初めて新潟に行ったのです。温泉に入り、絶品のウナギを食べ、美味しそうに地酒を飲む友を眺め(私は酒が飲めないのです)、「セントウルSであれだけの勝ち方を見せられては、明日はビリーヴで仕方ないかな」と語りました。ビリーヴは1番人気になることが予想されたのですが、どちらかというと競馬にかこつけて新潟に行くのが目的でしたので、馬券で旅費を取り戻そうなんて魂胆は毛頭ありませんでした。

新潟競馬場初のG1レースということで、当日の混み様は想像を絶するものでした。下手をすると、東京競馬場で行われるG1レースよりも人が多かったように感じました。車で乗り付けてしまった私たちは、駐車場を探すのもひと苦労で、まるでパドックのように競馬場の周りをグルグルと1時間近く巡回した後、結局、民家がここぞとばかりに提供する庭先に1万円近い駐車料金を払って止める羽目になってしまい、愚痴を言い合いながら競馬場まで歩きました。このあたりから私たちの歯車は少しずつ狂い始めていたのかもしれません。

競馬場に到着した私たちは、まるで初めて競馬場に来た大学生のようにあちこちを探索し、他の競馬場とも大きな違いはないことを確認すると、ようやく馬券に集中し始めました。パドックを見て、返し馬をチェックして、競馬新聞に見入って、馬券を買い、レースを見る。午前中のレースからこられの作業を繰り返していると、明らかな傾向が見て取れたのでした。逃げ馬や先行馬など、前に行った馬がほとんど勝っているのです。秋のG1とはいえ、まだ野芝が絶好の状態を保っていることや、直線が平坦であることも含め、前が止まりにくい馬場だったのが理由でしょう。レースを追うごとに、私の意識は前へ前へと行くようになりました。メインレースであるスプリンターズSが始まる頃には、どの馬が逃げるのだろうと考えている私がいました。

最終的に、私はショウナンカンプの単勝を買いました。考えれば考えるほど(今となれば愚かな網羅思考なのですが)、前年のショウナンカンプの鮮やかな逃げ切り勝ちが思い起こされ、この馬が逃げたら今日の馬場では止まるはずはないとまで思い込んでしまったのです。もちろん、ビリーヴが思っていた以上に人気をしていて、妙味がなくなっていたということもありました。駐車料金を取り戻したいという打算も働いていたのでしょう。結果はご存知のとおり、武豊騎手に導かれたビリーヴは、ショウナンカンプ、アドマイヤコジーンという牡馬G1馬2頭を内からスルスルと差し切り、勝利を収めました。

帰りの車中で、私は観戦記を書きながら、「ビリーヴか…。ビリーヴを信じられなかったなぁ」と呟きました。そして、観戦記のタイトルは、シェイクスピアのハムレットをもじって、「To believe or not to believe」としました。信じるか信じないかそれが問題だと。私はビリーヴの強さを信じることが出来ず、前に行った馬が止まらないというトラックバイアスに囚われてしまっていたのでした。評論家の小林秀雄は自身の講演で、「信ずるということは諸君が諸君流に信じるということで、知るということは万人のごとく知るということ。人間にはこの2つの道がある」と語りましたが、私はビリーヴを信じることが出来ず、万人のごとく知るという道を選んでしまったのでした。

競馬や馬券は自分流に信じることが大切ですよね。自分流に信じることが出来るかどうかを問われているとも言えます。いや、競馬や馬券だけではないのかもしれません。私がこうして生きている中で、ほとんど毎日が後悔の連続で、その後悔はやはり自分流に信じられなかったというものばかりです。成功は曲がり角を曲がったすぐ先にあるのに、自分流に信じられなかったことで、その角を曲がらずに来てしまったことがこれまでたくさんあったかなぁと。今は、信じることよりも、信じ続けることの方がもっと大切だと信じています。もし一度信じることが出来かったとしても、信じ続けることが出来れば、私たちはいつか成功の曲がり角を曲がれるはず。ビリーヴは翌年の高松宮記念で、私たちにそう教えてくれたのでした。


高松宮記念での復活には本当に驚かされました。


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◎カジノドライヴ

Jiromaru

突然ですが、皆さんにクイズです。

「カネヒキリ、カジノドライヴ、フェラーリピサ、サクセスブロッケンにはあって、
ヴァーミリアンにはないものはなんでしょうか?」


なぞなぞではありませんよ。
すぐにピンと来た方は、血統に相当に詳しいですねぇ。
あっ、ヒントを言ってしまいました。

それでは、もう一度お聞きします。

「カネヒキリ、カジノドライヴ、フェラーリピサ、サクセスブロッケンにはあって、
ヴァーミリアンにはないものはなんでしょうか?」

答えは…、ジャカジャカジャーーーン!

はい、そうです、デピュティミニスターの血です。

今年のフェブラリーSにおける有力馬(人気馬)5頭のうち、4頭にデピュティミニスターの血が流れているんですよ。これはある意味凄いことだと思います。サンデーサイレンスであれば日常的なことかもしれませんが、デピュティミニスターですからね。ダート競馬にフィットする高い能力をどれだけ産駒に伝えているかが分かります。デピュティミニスターの代表産駒といえばフレンチデピュティがその1頭で、そのフレンチデピュティからクロフネが誕生しました。クロフネのダートでのあの圧倒的な強さはデピュティミニスターの遺伝によるものでしょう。

昨年のJCダートで見事復活を果たしたカネヒキリも、ダートのディープインパクトと呼ばれるほどのダート巧者です。G1レース2006年のフェブラリーSの時、勝利したカネヒキリに対して、血統評論家の水上学さんがひと言、「カネヒキリはデピュティミニスターですね」と言ったことを覚えています。まさに水上さんの言う通りで、カネヒキリっておよそフジキセキらしくない馬で、他のフジキセキ産駒とは毛色が違うなあ(あらゆる意味で)と思っていたのですが、カネヒキリは母父デピュティミニスターの血が色濃く出ている馬なのですよね。

もしカネヒキリが今回のフェブラリーSを勝つことがあれば、G1レース8勝という大記録を樹立することになります。現在の記録はシンボリルドルフ、テイエムオペラオー、ディープインパクト、ブルーコンコルドの7勝です。こういう記録というのは達成されないことがほとんどです。ブルーコンコルドも8勝に王手をかけながらも、あと1勝が出来ていません。なぜかというと、7勝という数字に深い意味があるからだと思います。サラブレッドの壁がこの7勝という数字に表れているのです。激しく厳しいレースを7回先頭で駆け抜ける頃には、サラブレッドの肉体と精神は限界に達してしまうのでしょう。神の見えざる手が働くと言っても過言ではありません。王選手の年間55本の本塁打記録もなかなか破られませんよね。果たして、カネヒキリは神の領域に脚を踏み入れることができるのでしょうか。心から応援したいと思います。

それでも本命は◎カジノドライヴに打ちます。いかにもアメリカ血統らしい構成で、ご存知のとおり、半兄にベルモントS馬であるジャジル、半姉にベルモントSとケンタッキーオークス馬であるラグズトゥリッチズがいます。父マインシャフトはイギリスからアメリカに転厩してG1レースを4勝してエクリプス賞の年度代表馬を受賞した名馬です。その父はエーピーインディで、さらにその父はシアトルスルーですね。まさにダートの権化のような血統ですが、その中でもデピュティミニスターの名前はひときわ輝いています。

ドバイワールドカップに直行せずここを使ってくる以上、恥ずかしい競馬は出来ないでしょうし、勝ち負けになる状態と踏んでの出走でしょう。私自身もこの馬の潜在能力を計りかねるところはありますが、陣営の志の高さを買いたいと思います。JCダートは遠征帰りにもかかわらず無理をして使ったようなところがありましたが、今回は十分な間隔を開けつつ、前走をひと叩きしているだけに、東京大賞典や川崎記念と使い込んでいる馬に比べてフレッシュであることは確かです。前走のマイナス体重は心配ですが、ようやくみっちりと調教をつけられるような状況になり、走られる体つきになってきたということなのではないでしょうか。もしそうでなければ、さすがにここを使わずに、間隔を開けてドバイへ直行するはずです。ダート馬らしくないすっきりした馬体を見るにつけ、もしここを勝つようならば、ドバイでもひょっとしたらひょっとするぞ思わせられます。

サクセスブロッケンは父シンボリクリスエス、母父サンデーサイレンスと、普通に考えれば芝の長距離向きの血統です。伸びやかな馬体を見ても、芝の方が走りそうな形です。にもかかわらず、サクセスブロッケンがダートで驚異的な強さを発揮するのは、これもデピュティミニスターの血が母母父に入っているからです。母母父でこれだけの影響を与えるのですから、恐ろしいまでの遺伝力ですね。

昨年秋シーズンは、古馬の壁にぶち当たったようなレースが続きましたが、サクセスブロッケン自身がベストな状態ではなかったと思います。ダービー後に東京ダービーを使ったことが尾を引いているような気がします。完全に体調が底をついた状態で休養に入りましたので、秋までにうまく回復できていなかったことに加え、JBCクラシックでは小回りのレースで急かされるような競馬になって、馬に我慢が利かなくなってしまいました。その結果、JCダートでも、続く東京大賞典、川崎記念でも行きたがってしまい、本来の力を発揮できていないレースが続いています。ただ、馬体を見る限りにおいては、ここに来てようやく体が回復してきていますので、気持ちの余裕が取り戻せれば、歴戦の古馬にも力で見劣りすることはありません。

フェラーリピサは上記3頭と異なり、父系にデピュティミニスターの血を内包していますね。さすがにダート戦は16戦7勝で2着5回という堅実な成績です。それにしても、根岸Sは完勝でした。休み明けとは思えないほどの手応えで直線を向いて、追い出してからもしっかりと伸びていました。昨年の秋シーズンは顔面神経痛という病気で棒に振ってしまいましたが、このフェブラリーSに臨むにあたっては、かえってプラスに出るのではないかと思います。昨年の秋シーズンからずっと使い詰めで来た馬たちは調整が非常に難しいのですが、この馬は前走を叩いて、パーフェクトな体調で走れるはずです。

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◎メイショウサムソン

Jiromaru

いよいよオーラス有馬記念です。とても素晴らしいメンバーが揃ったと思うのですが、ウオッカが出走してこなかったことだけは非常に残念です。賛否両論があるとは思うのですが、今年の有馬記念にはウオッカは出てくるべきだったのではないでしょうか。昨年の宝塚記念や有馬記念とは違い、今年は十分勝ち負けになる体力と体調にあったと思います。

前にも書きましたが、エアグルーヴが史上最強の牝馬たりえるのは、天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念という3戦を、のちに種牡馬となるような牡馬のチャンピオンを相手に回して、最後まで走り切ったからです。どこかのレースをパスして2つ勝つよりも、3つのレースで1、2、3着する方が遥かに難しいのです。

古馬になって体が完成されて、もし本当の強さがあるのだとすれば、全てのレースを走り切ってその体力を示すことでこそ価値を示せるのではないでしょうか。馬のことを第一に考えてという空論はさておき、それぞれの有力馬が勝てるレースだけを選んで出走し、それぞれ走って勝っていくという競馬には血が騒ぎません。そもそも、エアグルーヴは母親としてもアドマイヤグルーヴというG1馬を出しましたよね。ウオッカにはエアグルーヴに並ぶ資格があると思っているので、たとえ負けると分かっていたとしても戦って欲しかったです。

もちろん、ダイワスカーレットもウオッカと並ぶ強さを持った牝馬です。一見大人しい牝馬ですが、ルドルフおやじさんのおっしゃる通り、今まで報われなかった異端の血が父系と母系の両方から騒いでいるようなオドロオドロシイ血統ですね。休み明けであった天皇賞秋の粘り腰にも驚かされましたが、私が今でも信じられないと思っているのが、今年の産経大阪杯です。昨年の秋にあれだけの激走をしておきながら、しかも有馬記念の敗北で緊張の糸が切れて、完全には立ち直っていなかった産経大阪杯で、一戦級の牡馬を寄せ付けませんでした。この馬には常識が通用しないと分かっていたのですが、それでもあのレースにはさすがに参りました。

3歳の有馬記念であれだけのレースをした以上、古馬となった今年は不動の本命と言ってもよいのではないでしょうか。牝馬の優勝はトウメイ以来ありませんが、この馬の走る姿を見れば、もはや誰も牝馬とは思わないでしょう。それほどまで、走るためだけに研ぎ澄まされた馬体をしています。母親としては心配になる部分もありますが、来年も現役を考えているようですので、この辺りで燃え尽きるわけにはいきません。

前走をひと叩きされて、精神的にも落ち着いてきているようです。体は前走で仕上がっていましたので、大きな変わり身は望めませんが、落ち着いてレースを進められるのは好材料です。おそらく今回もこの馬がレースの主導権を取ることになるはずなので、まさに安藤勝己騎手の言うように、自分自身のレースさえできれば結果は付いてくるのではないでしょうか。

唯一の心配材料といえば、今年に入って、産経大阪杯→天皇賞秋と2000mの距離のスピードレースしか走っていない点でしょうか。秋華賞→エリザベス女王杯とゆったりとしたレース使われた昨年とは、走りのリズムが違っています。また、今年に入っての馬体の充実を見ると、マイル~中距離馬らしい豊富な筋肉の付き方になっています。つまり、あまりにいいペースで飛ばしすぎると、これまで止まったことのないダイワスカーレットでも、最後の最後のパタッと止まってしまうこともあるということです。

昨年の覇者マツリダゴッホも仕上がりは良さそうです。中山で行われるこのレースに照準を絞って調整されてきたように、現役屈指の中山巧者でもあります。この馬が中山競馬場を得意とする理由として、いい脚を長く使える長所を生かせるということだけではなく、他の競馬場と比べて力を要する馬場であることも挙げられます。頭の高い走法(上半身に力を入れて走る)だけに、特に冬場で芝が枯れて重くなってきている有馬記念のような馬場はピッタリです。それでもこの馬を本命にしたくないのは、前年を人気薄で制しているからです。たとえ有馬記念に適性があったとしても、昨年よりはひとつ年齢を重ねていることを踏まえると、昨年よりも人気になるであろう今年は狙いにくいですよね。

ジャパンカップを制したスクリーンヒーローはステイヤーだと私は思います。前走はかなり遅いペースでしたが、ただ1頭だけピタリと折り合って走っていました。外枠の不利をはねのけて、ロスなくピタリと回したデムーロ騎手のコーナリング&仕掛けのタイミングの良さにアシストされての大金星でした。もちろん馬自身が力を付けていなければ勝ち切れませんので、ここに来て充実顕著なことは確かです。グラスワンダー×サンデーサイレンスという血統は、先週のセイウンワンダーと同じですね。重くなってきてパワーを要する今の馬場にも、なんら不安はありません。あとは再びデムーロ騎手が隙のない完璧な騎乗をすれば、この馬にもチャンスはあるでしょう。

穴っぽいところでは、エアシェイディが面白いと思います。道中でピタリと折り合いがつき、コースロスなく回ってこられて、ラストの差し脚が生きる展開になればチャンスはあるのではないでしょうか。天皇賞秋でも3強の次に強い競馬をしたように、今年に入ってようやく完成の域に入ってきています。ノーザンテースト産駒は二度変わると言われるように、母父ノーザンテーストの影響もあるのかもしれませんね。また、4年連続でサンデーサイレンス産駒が制していますが、今年も最後の最後にあっと驚くサンデーサイレンス産駒というのもありかもしれません。ちなみに、昨年もサンデーサイレンス産駒はもうないと言われていながらのサンデーサイレンス産駒の勝利でしたから。

メイショウサムソンは、今年に入ってからいまだ勝ち星に恵まれていないように、全盛期に比べると、精神的な面で燃え尽きてしまっているような気がします。同じオペラハウス産駒のテイエムオペラオーがそうであったように、あと一歩前へ出ることが出来なくなってしまうのです。ずっと放牧に出されずに、厩舎で管理されていたことも、精神的なストレスになっている部分もあったのではないでしょうか。「何かきっかけが欲しい」と武豊騎手も話していたのは、そういうことだと思います。

ただ、もし復活の可能性があるとすれば、海外遠征がきっかけになるはずです。森林に囲まれたフランスの広大な土地で走ることによって、精神的にリフレッシュされて帰って来るということもあるのではないでしょうか。前走は馬体重こそ増えていたものの、馬体が少しガレていたように、輸送や検疫で肉体的にはキツいところもあったのでしょう。レース全体を通じて、サムソンらしい覇気がありませんでした。それでも前走をひと叩きされて、馬体面だけを見ると、かなり力強さが蘇ってきています。何よりも、この中間は普段から気合が乗って、元気な姿を見せてくれています。力を要する今の中山のような馬場も、本質的には向いているはずです。

メイショウサムソンにとっては、この有馬記念がラストランになります。ダービー馬が5歳までしっかり走り遂げたのは最近では珍しいですね。数々のベストバウトを残してくれた馬ですが、最後にどのような走りを見せてくれるのか楽しみです。武豊騎手にとっても、非常に意味のあるレースになると思います。男には負けると分かっていても戦わなければならないことがあるのです。


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あの時の熱狂が

Jiromaru

今からちょうど10年前、私は1年間を通じて大きな勝負をしていました。1レース10万円。当時は社会に出たばかりの身分で、私の給料などスズメの涙ほどでしたが、それでもひと月に手にする給料の半分以上を、1つのレースに賭けていたことになります。今から思えば愚かな話で、若気の至りと言ってしまえばそれまでなのですが、当時は自信というよりも、何かそうせざるを得ない衝動のようなものがあったのでしょう。

今でも忘れられない話があります。その年の菊花賞、あらゆるツテを使い、何とかして手に入れた1万円札10枚を持って、私は渋谷のウインズにいました。◎ナリタトップロードの単勝を買うことは前々から決めていました。その年のクラシック路線は、アドマイヤベガ、ナリタトップロード、テイエムオペラオーが3強と目されており、皐月賞はテイエムオペラオー、ダービーはアドマイヤベガが制したのですが、春が終わった時点で、私はナリタトップロードが一番強いと思っていました。夏を無事に越して、秋初戦こそ2着に負けたものの、最後の1冠を制するのはナリタトップロードだという確信が私にはあったのです。

当時はPATがほとんど普及していなかったこともあり、ウインズには馬券を買うためにたくさんの人々が並んでいました。今では想像もつかないかもしれませんが、G1レースともなれば、馬券を買うまでに30分近く待つなんてことはザラだった時代です。時計の針を見ると、ちょうど3時。ナリタトップロードの馬番を塗りつぶしたマークシートを手に持って、私は列の最後尾に並びました。

自分の買う番が来るのを待っているうちに、なぜか胸がドキドキしてきました。「本当にナリタトップロードでいいのか?」、ともうひとりの自分が問いかけてきました。強力な瞬発力を持つアドマイヤベガでもなく、ヨーロッパでも通用するという強靭なスタミナを持つテイエムオペラオーでもなく、なぜナリタトップロード?ウインズのモニターに映し出される参考レース映像や、隣の列に並んでいるおっさんの広げる競馬新聞に大きく書かれた「アドマイヤベガで勝てる!」という文字が目に入ってきて、私の気持ちはますます揺らいでいきました。

鼓動はさらに速くなり、ドキドキはドクドクに変わりました。頭の中が真っ白になり、全身から湯気のように汗が噴き出してきました。今から思えば、それほどに精神的にも経済的にも追い詰められていたのでしょう。もはや負けは許されなかったのです。

待つこと20分以上、ようやく私の番が回ってきました。硬直した体をなんとか一歩前に動かし、10枚の一万円札を自動券売機に入れました。あとはマークシートを入れれば、今日の仕事は終わり。もうどうにでもなれと思い、マークシートを入れたその瞬間、マークシートが戻ってきたのです。私はパニックになりました。あれほど入念にチェックしたはずのマークシートが、「識別できません」という旨の表示とともに返ってきたのです。

はじき出されたマークシートを見てみると、確かに私が塗りつぶしたはずのレース番号や馬番が全て消えてしまっていました。何が起こったのか分からなかった私は、ついつい並んでいた列から外れてしまいました。なんと、マークシートは私の手の汗で完全に消えてしまっていたのでした。

当然のことながら、目の前には長蛇の列が並び、私は菊花賞の馬券を買うことが出来ませんでした。あのレースほど、自分が本来買っていたはずの馬が負けることを願ったことはありません。ナリタトップロードが早めに抜け出した時にはバテてくれと叫び、テイエムオペラオーが外から差して来たときには差してくれと叫びました。ナリタトップロードがわずかに先頭でゴール前を走りきった時、私は自分の弱さをとことん思い知らされたのでした。

私の命を引き換えにするような大勝負は、この年の有馬記念まで続きました。アッと驚く結末が待っていたのですが、これについてはまたいつの機会にかお話しましょう。私はこの1年で、金銭的にも精神的にも大きなダメージを受け、たくさんの人々に迷惑を掛けもしました。それでも、この1年があったからこそ、(大袈裟に言うと)今の私があるとも思っています。馬券のスキルだけではなく、競馬というゲームの本質を学びました。大きなお金を賭けることは決してお勧めしませんが、勝つにしても負けるにしても、傷つかない程度ではなく、自分が何かを失ってしまうほどに大きく勝負してみないと、見えないものがあるのもまた事実でしょう。

あれから10年、私も少しばかりは大人になり、自分の人生で大勝負をすることが多くなってきましたが、それでも時には競馬でも大勝負がしたくなります。「男には負けると分かっていても戦わなければならないことがある」って、確か「銀河鉄道999」でキャプテン・ハーロックが言ったセリフでしたね。暮れの有馬記念の季節がやって来ると、あの時の熱狂が蘇ってくるのです。

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◎ブレイクランアウト

Jiromaru

ここ最近は、クラシックを目指す素質馬が朝日杯フューチュリティSを回避して、ラジオたんぱ杯2歳Sに回る傾向が強くなってきています。かつてナリタブライアンやバブルガムフェロー、フジキセキ、ミホノブルボンなどが出た時代と比べると、明らかにメンバーに大物感が失われてきていることは否めませんね。今年で言えば、ロジユニヴァースやリーチザクラウンは、昔であれば朝日杯フューチュリティSに出てきている馬たちだったのではないでしょうか。

昨年のゴスホークケンに引き続き、今年も外国馬の◎ブレイクランアウトに本命を打ちます。少し乗り難しい所のある馬なので、武豊騎手が乗ってくるということで安心しました。前走の東京スポーツ杯2歳Sは脚を余したというよりも、馬体が併さってから、あと一歩前に出ることが出来ませんでした。武豊騎手は「ファイトしなかった」という言葉を使っていますが、他馬よりも速く走ることの意味が分かっていないのでしょう。若駒にはよくある話で、ちなみに私も、幼稚園の徒競走で歩いてゴールしたことを今でも親に言われます(笑)。若駒は一戦ごとに成長しますし、乗り方次第でしょう。馬体を併せるのではなく、相手を一気に交わすような乗り方が必要です。

だからこそ、武豊騎手が手綱を握ることこそが勝つための条件となります。武豊騎手は先月の25日に落馬して右腕の尺骨を骨折しましたが、なんと1ヵ月も経たないうちのスピード復帰となります。2002年にも骨盤骨折の重傷で全治3~6ヶ月のところを2ヶ月で復帰したように、その回復力は驚異的ですね。17日に川崎で行われた全日本優駿からも復帰することは可能だったようですが、万全を期すためにここ一本に絞ってきました。年内一杯は休養しても良さそうですが、こうして1日でも早く戻ってくるというのは、ブレイクランアウトやメイショウサムソンで勝てると思っているからというような浅い理由ではなく、ひとつでも多くのレースに乗って、もっといい騎手になりたいという強い信念があるからです。武豊騎手が日本一のジョッキーたるゆえんでもあります。

フランスの魔術師ルメールが跨るフィフスぺトルも面白い存在です。新種牡馬キングカメハメハの産駒として初重賞を父にプレゼントしました。父のようにスケールの大きな馬ではありませんが、小柄で運動神経がいいというのが第一印象でした。函館2歳Sは三浦皇成騎手の好騎乗もありましたが、1頭だけ若駒離れした落ち着いたレース振りでしたね。ただ、前走は休み明けとはいえ、少し入れ込んでいたことと、最後の直線で伸び切れなかった走りに不満を感じました。1200→1400mと使ってきてのマイル戦だけに、道中厳しいペースになりがちであることも含め、スタミナに若干の不安を抱えていることは確かです。絶好調のルメール騎手が、どのようにスタミナを温存し、スピードを爆発させるのか楽しみです。

好枠の1番枠を引いたミッキーパンプキンが逃げそうですね。ペリエ騎手の技術を持ってすれば、途中で息を入れながら速いペースで引っ張ることも可能です。ミッキーパンプキンの馬体や走法からしてもビュッと切れる馬ではないので、ため逃げをするよりも、ある程度引っ張って、この馬の地脚の良さを生かす乗り方をしてくるのではないでしょうか。それでも勝ち切れるイメージはないのですが、勝ち負けになりそうなぐらいの見せ場は作れるだけの能力は持っています。

シェーンヴァルトは、ジャングルポケット産駒らしいバランスの良い馬体で、追ってからも伸びそうですね。デイリー杯の勝ち馬の不振が目立つのは、逃げて楽に勝ってきた馬が多いからで、この馬はしっかりと差して勝っていますから心配ないでしょう。道中の流れが厳しくなり、最後の直線に坂があるので苦しいレースになることは確かですが、乗り方次第で上位争いは可能です。北村友一騎手が世界のビッグネームの中で、どれだけの手綱捌きを見せられるのでしょうか。北村友一騎手にとっては、大きなチャンスになるはずです。


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ワンダーホース

Jiromaru

今年で第60回を迎える朝日杯フューチュリティS(旧朝日杯3歳S)ですが、第2回の優勝馬があのトキノミノルですから、どれだけ歴史が深いかがお分かりになると思います。数々激闘が演じられ、たくさんの名馬が生まれました。朝日杯フューチュリティSで最も強い勝ち方をしたのは?と聞かれれば、マルゼンスキーとお答えになる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は迷わずグラスワンダーと答えます。

グラスワンダーはマルゼンスキーの再来と呼ばれた馬です。朝日杯フューチュリティSを含む、2歳時の4戦でつけた着差は合計で16馬身半。新馬戦でこの馬を見た時の、あの弾むような走りは忘れられません。鞍上の的場均騎手がほんのちょっとだけ手綱を緩めただけでグーンと加速する様は、まさに1頭だけ次元の違うエンジンを搭載した外車が走っているようでした。新馬戦を3馬身、オープン戦を5馬身、京王杯3歳Sを6馬身という圧勝につぐ圧勝で、朝日杯フューチュリティSに臨んできたのです。

のちにスプリンターズSを制するマイネルラブや、ヨーロッパのG1を勝利したアグネスワールドなど、素質ある外国産馬が多く集まった非常にレベルの高いレースでした。案の定、2歳戦とは思えないハイペースでレースは進み、いくらスピード自慢の外国産馬たちとはいえ、追走に手一杯になる馬もたくさんいる中、グラスワンダーだけは、まるで調教で走っているかのような涼しい顔をして、体を弾ませるように、余力十分に走っているではありませんか。的場均騎手の手綱はピクリとも動いていません。

最終コーナー手前で、的場均騎手からのゴーサインが出た時、グーンと加速していくグラスワンダーにマルゼンスキーを重ねた競馬ファンもいたことでしょう。普通のサラブレッドの肉体に、まるでもうひと回り筋肉をコーティングしたような異次元の馬体から繰り出される走りには、月並みな表現ですが背筋がゾクッとしました。着差こそ2馬身半でしたが、2着のマイネルラブ以下を子供扱いしての完勝でしたね。

1997年朝日杯3歳S

「1分33秒6・・・!」という断末魔のような実況が、今でも頭の中に残っています。

そんなグラスワンダーですが、実はとても人懐っこくて、大食漢だったそうです。人の気配を察すると遊んでくれと前掻きをして、どれだけ厳しい調教を課しても、カイバを与えれば与えるだけ食べたそうです。よく遊び、よく食べるがグラスワンダーの強さの秘密だったのかもしれません。食べ過ぎて大きくなった馬体が脚元の故障につながったのは愛嬌ですが、それでも何度も復活して有馬記念を2連覇したのですから、まさにワンダーホースですね。父としてもスクリーンヒーローがジャパンカップを制して、これまたワンダーでした。

クラシックを目指す素質馬は、朝日杯フューチュリティSを回避して、ラジオたんぱ杯2歳Sに向かう傾向が強くなってきていますが、本当に強い馬であればそんなことは関係がないことをグラスワンダーが証明しています。息子のセイウンワンダーは偉大な父に追いつくことが出来るのでしょうか?今年の朝日杯フューチュリティSは、久しぶりに本当に強い馬が現れるのでしょうか?そして、どのようなワンダーが待っているのでしょうか?

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◎ジェルミナル

Jiromaru

「まずは顔を見ます。走る馬はやっぱりいい顔をしているから。」と武豊騎手が言っていたように、サラブレッドを見るにあたって、顔はとても大切な部分だと私も思います。ディープインパクトを見極めた馬主の金子真人さんも、「馬の目を見て買うかどうか決める」とおっしゃっていました。顔(表情)や目には、そのサラブレッドの内面(性格や賢さ、そして内臓の良さ)が表れるということですね。

馬の顔は、人間のそれと同じで、1頭1頭違います。顔の大きさや長さ、目や耳の形や位置、鼻の大きさ、鼻筋の細さ・太さ、または真っ直ぐかどうか、などなど様々な要素によって馬の顔はそれぞれ個性的に違ってきます。もちろん、同じ馬でも状況によって表情に変化が生まれますよね。体調や調子が悪いときには、どうしても表情にもその疲れが表れたりします。人間と違って、作り笑いなどしない分、もしかすると馬の方が顔に出るのかもしれません。

私がサラブレッドの顔を見てドキッとしたのは、阪神ジュべナイルF(旧阪神3歳牝馬S)ヒシアマゾンという牝馬が初めです。特に正面から見た時の表情は、涼しい眼と柔らかな髪が印象的で、美しさの中に強さが同居して、妖艶と言おうか何と言おうか、えもいわれぬとはこのことだと思いました。

ヒシアマゾンと比べてしまうと、他のどの馬も凡庸に見えてしまうのですが、2002年の阪神ジュべナイルFを勝ったピースオブワールドも、強さと美しさを兼ね備えた顔をした牝馬でした。残念ながら、以降は目立った活躍が出来ないまま引退してしまいましたが、2歳時のたたずまいにはヒシアマゾン以来、久しぶりにドキッとさせられたことを覚えています。今年の阪神ジュべナイルFでは、ヒシアマゾン、ピースオブワールドに次ぐ、強くて美しいヒロインの新たな誕生が待ち望まれます。

Hansinjf02_3 ピースオブワールド

まだあどけなさを残しますが、瞳の澄んだ、凛とした顔つきの◎ジェルミナルは、そんな強くて美しいヒロインの継承者になれるかも知れません。手脚の長い馬体や大きなフットワークの走り方からは、大物感がヒシヒシと伝わってきます。新馬戦からずっと牡馬相手に走ってきているのですが、レースの中でもその雄大な走りはひと際目に付きますね。前走は辛勝でしたが、目イチに仕上げていない中、牡馬相手によくぞ勝ったと思います。成長を促しながら勝てた、ということに意味があります。

この馬の良さは、顔だけではなく、精神面の強さと賢さにあります。同厩のワイドサファイアも能力の高い素質馬ですが、ジェルミナルには高い能力にプラスして操作性の良さがあります。ワイドサファイアはレースに行くと気負って力んで走ってしまう面がありますが、ジェルミナルはそのようなことがありません。道中リラックスして走り、騎手の指示にも素直に従えるので、最後の直線まで最大限の力を温存することが出来ます。ペースに合わせてポジションを変えることも出来るでしょう。この馬のフットワークの大きさや、意外と速くなりそうなペースを考えても、外枠からの発走は好材料と考えても良さそうです。福永祐一騎手が落ち着いてスタートを決めれば、自然と良い結果がでるはずです。

抽選で滑り込んできた馬たちの中では、やはりブエナビスタの器が大きいでしょう。特に今週の最終追い切りの動きは圧巻でした。この馬もまた道中で無駄な力を使わずに走られることが、最後の切れ味に繋がってきていますね。鞍上のゴーサインに瞬時に応えることのできる俊敏さも持ち合わせています。安藤勝己騎手が、抽選待ちをしてでも、この馬に賭けてきた気持ちが分かるような気がします。兄のアドマイヤオーラは牡馬としてはパワーに欠ける面がありましたが、牝馬のブエナビスタはこのくらいで丁度良いでしょう。母ビワハイジはさらに小さい馬でスピードを武器とした逃げ馬でしたから、全くタイプは違いますが、もしこの馬が勝つことになれば、あれから13年越しの母仔制覇となるのですね。いやはや感慨深いです。

感慨深いといえば、イナズマアマリリスもそうですね。1992年の阪神ジュべナイルFを9番人気でアッと言わせたスエヒロジョウオーからスエヒロコマンダーが出て、そのスエヒロコマンダーが種牡馬になっていたということだけでも驚きですが、さらにこのイナズマアマリリスの母系にはあのイナズマクロスの名前も見られます。スエヒロジョウオーとイナズマクロスの血が入った、まさに切れ味の権化のような血統ですよね。前走のファンタジーSは先行して勝利しましたが、もっと溜めて行けばさらに凄い末脚を使ってくる馬でしょう。

3連勝で臨んでくるデグラーティアは、単なる早熟なスピード馬ではないはずです。3戦の内容を見ていても、道中の走りに遊びがあるので、最後は追えば追うほど伸びてきます。1200mのリズムが身についていることは確かに心配ですが、距離が延長されてパタリと止まるタイプではありません。休み明けで勝ち切れるかどうかは疑問ですが、新人の浜中俊騎手がスムーズに流れに乗せられれば、勝ち負けするチャンスは生まれるでしょう。

ウオッカ、カネヒキリとG1レースを独占する勢いの角居厩舎からは、抽選でミクロコスモスが出走してくることになりました。レースでの走りを見る限り、ジェルミナルやブエナビスタに比べると大物感には欠けますが、偉大なる先輩たちに鍛えられて、これからドンドンと力を付けていくのでしょうね。時期にもかかわらず、毛艶は良好で、体調自体は問題ありません。この馬の力を出し切れることは間違いありません。いつの日にか、キャリア1戦の馬がこのレースを制するのではと私は思っているのですが、それが今年なのかもしれません。

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◎ボンネビルレコード

Jiromaru

もう10年以上も前のことになりますが、私がまだ暇をもて余していた頃、よく南関東の地方競馬場に足を運んでいました。よくと言ってもほとんど毎日なのですが(笑)、当時はネットで馬券を買うことなど出来ませんでしたので、大井、川崎、船橋、浦和とまるで武者修行をするかのように転戦していましたね。当時はまさに的場文男騎手や石崎隆之騎手といった脂の乗り切ったトップジョッキーたちが鎬を削っていて、2人を絡めた馬券を買っていればまず外れないという時代でした。

私は今でも南関東の競馬場に行くと、競馬新聞を見て、まず初めに「的場文」という名前を見つけます。どれだけパドックで入れ込んでいようと、覇気のない返し馬をしようとも、的場文男騎手が乗る馬は買わなければなりません。人気馬であればあっさりと勝ち、人気薄であれば2着へと突っ込んできます。「大井の天皇」と呼ばれているように、特に大井競馬場での豪腕には凄みすら感じさせますね。大袈裟かもしれませんが、「的場文」という男が乗る馬の馬券だけを買っていれば、まず負けて競馬場を後にすることはないのです。

的場文男騎手は1973年に大井競馬の第5レースでデビューしました。私が生まれる前から競馬に乗っているのですね…。大井で初めてのリーディングを獲得したのは、10年後の1983年。2002年には363勝を挙げて、念願の全国リーディングを獲得して、地方競馬の頂点に立ちます。続く2003年も335勝を挙げ、地方競馬全国リーディングと共に、地方競馬最優秀騎手賞も受賞しました。内田博幸騎手に抜かれるまで、なんと20年近くにわたって大井競馬のトップに君臨し続けていたのです。

そんな中、のちに日本の競馬における年間最多勝利数記録を打ち立てることになる内田博幸騎手は、ほとんど目立たない存在でした。私にとっても、内田博幸騎手といえば、ソコソコ人気になるけれどほとんど来ない、という印象でした。「石崎さん、的場さん、厳しいところでもまれたから、今の自分に自信が持てる」と内田博幸騎手が語っているように、特に的場文男騎手への尊敬の念は強く、内田博幸騎手の勝つことに対する執念は、数々のレースで揉まれたことによって叩き込まれたものです。この2人の壁は非常に高く険しいものでした。

ところが、私がしばらく地方競馬をお休みしている間に、いつの間にか内田博幸騎手はこの高く険しい壁を登り切ってしまいました。2004年には南関東のリーディングを奪取し、2006年には524勝を挙げて年間最多勝利数記録を塗り替えたのです。そして、満を持して今年から中央競馬への参入が決まり、はや現時点では関東リーディングジョッキーのトップをひた走っています。

地方競馬で培った実力を、中央でもリーディングを取ることによって証明しようという内田博幸騎手。大井競馬場が世界一の競馬場と信じて、大井に残って戦い続ける的場文男騎手。この2人の間には私たちには見えない強い絆があります。的場文男騎手がボンネビルレコードを駆って勝利したかしわ記念を見て、内田博幸騎手が「負けられないという気持ちと共に、大きな励みとなる」と語っていました。内田博幸騎手は的場文男という男の背中を見て大きくなり、今現在もその背中に励まされ続けているのです。JBCクラシックとJCダートのどちらも乗られる騎手をということで、ボンネビルレコードの手綱は的場文男騎手から内田博幸騎手に受け継がれました。内田博幸騎手にとって、今年のJCダートだけは負けられない戦いです。

本命は◎ボンネビルレコードに打ちます。前走のJBCクラシックは大敗してしまいましたが、レコード決着となった日本テレビ盃を休み明けにもかかわらず激走してしまったことによる反動が出たものです。この馬は地方のG1しか勝っていませんが、バランスの良い馬体を見ても、決してゴツいパワー優先のダート馬ではありません。砂が深くてパワーを要する園田競馬場よりも、一定のスピードとスタミナを問われる阪神競馬場の方が合っているはずです。最終追い切りの動きもなかなか好印象でした。前走とは明らかに体調は違いますね。あとはペースが速くなってくれれば、この馬の底力と勝負根性が生きてくるでしょう。内田博幸騎手がどのあたりで馬群の中にもぐり込み、どのあたりから仕掛け始め、ゴール前でどのように有力馬たちを飲み込むのか、地方競馬トップの腕をとくと堪能したいと思います。

フェブラリーSの時にも書きましたが、ヴァーミリアンはスピードとスタミナ、そしてパワーが非常に高い次元で融合された最強のダート馬です。私の知る限りでは、あのクロフネに匹敵する搭載エンジンを持っています。はっきり言って、この馬を負かすことは簡単なことではありません。体調が優れなかったドバイでは結果が出ませんでしたが、それでもこの馬がワールドクラスの馬であることは間違いありません。前走の楽勝を見る限り、衰えを心配するのはおろかでしょう。さすがのサクセスブロッケンも、この馬とまともに走っても勝ち目はありませんね。ただ、私の中でひとつだけ心配材料があります。それは追い切りの動きが芳しくないということです。元々、調教ではあまり走らない馬ですが、今年の川崎記念を回避した時の動きに近い気がしました。昨年と違って、ドバイ遠征の疲れが完全に癒えていないのかもしれません。

サクセスブロッケンはヴァーミリアンの後継者になりうる存在です。馬体やフットワークからは、どう見ても芝の方が走りそうですが、そうでないところにこの馬の特異性を感じます。敢えて挙げると、体全体に力が付ききっていないからこそ、ダートの方が走りやすいということなのでしょう。ヘイルトゥリーズンのクロスを持っているので、早くから頭角を現しましたが、父シンボリクリスエスということを考えても、来年はさらに凄い馬になっているはずです。常識的に考えると、この時期の3歳馬が古馬と1kgの斤量差で走るのは相当に厳しいはずです。とはいえ、坂路の追い切りで51秒台が出たように、ひと夏を越して、体全体に力が付いてきた面も窺えます。藤原英昭調教師によって施された調教が実を結び、古馬の壁を打ち破ることが出来るとすればこの馬をおいて他にありません。

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エアグルーヴという宿病

Jiromaru

こちらこそご無沙汰しております。私は元気ですよ。

ルドルフおやじさんも、相変わらず元気に競馬を楽しまれているようで何よりです。

天皇賞秋は素晴らしいレースでした。そして、長い長い写真判定でしたね。私も同着にしてあげれば良いのではと思いましたし、また一方で、どちらが勝ったのか白黒つけて欲しいという気持ちもありました。競馬場の周りにいた競馬ファンの方々も、同じ想いで見守っていた気がします。結果はウオッカに軍配が上がりましたが、逃げ切りは至難の業と言われている府中2000mの天皇賞秋で、あれだけのペースで自らレースを引っ張って、最後の最後まで踏ん張り通したダイワスカーレットには畏怖の念を覚えました。こんなこと言うと怒られるかもしれませんが、もうこの先がないようにも感じたので、あのレースだけはダイワスカーレットに華を持たせてあげたかったなぁ。

ウオッカにはまだやり残したことがあります。

私の好きな写真家の藤原新也さんは、かつて標高4000mのチベットのこれ以上青くしようのない、真っ青な空の下で暮らして以来、下界に降りて、いかなる土地に行っても空が濁って見えるという宿病を背負ったといいます。私もかつてエアグルーヴという牝馬と出会い、その競走生活を共に過ごして以来、下界におりて、牝馬のいかなる走りを見せられても曇って見えてしまうという宿病を背負いました。私の名牝の時計はエアグルーヴから10年間、止まったままなのです。

Airgroove by echizen

エアグルーヴが4歳時に勝利した天皇賞秋は、サイレンススズカがかなり速いペースで引っ張り、長い直線でのバブルガムフェローとの叩き合いを制した激しいレースでした。そういう意味では、今年のウオッカが制した天皇賞秋と似ていますね。もちろん、この激しいレースを制しただけでも驚くべきことなのですが、私がエアグルーヴという宿病を背負ってしまったのは、それから後の走りを見せられてからです。天皇賞秋で牝馬として力を一滴残らず使い果たしてしまったかに見えたエアグルーヴでしたが、そうではなかったのです。

続くジャパンカップでは、天皇賞秋の反動を心配する声をよそに、堂々の2着と大健闘しました。ピルサドスキーに出し抜けを食らってしまいましたが、4コーナーを回ってからの先頭に踊り出た時の力強い末脚は、もはや牝馬の肉体を超越していました。天皇賞秋の疲れがあったから負けたのか、それとも疲れがあっても2着を確保したのか今でも分かりませんが、私の常識が覆されてしまったのでした。

1997年ジャパンカップ

エアグルーヴ(緑の帽子)の牝馬の肉体を超越した走りをご覧ください。

さらに私のちっぽけな常識は根底から崩されてしまいます。暮れの有馬記念に登場したエアグルーヴは、ゴール前で交わされたものの、なんと3着を守り切る好走を見せました。まるで横綱が大関にするように、勢いのある3歳馬シルクジャスティスと古豪マーベラスサンデーに胸を貸すようなレース振りでした。

前年にサクラローレルやマヤノトップガンがこの3連戦を嫌い、ジャパンカップをパスしたことと比べると、天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念という古馬の王道を戦い抜いたことに、エアグルーヴのエアグルーヴとしての価値があると思います。たとえば、昨年はメイショウサムソンやポップロックも有馬記念では力尽きていました。牡馬でもへこたれてしまうローテーションで、1着、2着、3着と走り切ったことは驚異的ですね。

エアグルーヴという宿病から私を救うことが出来るのはウオッカしかいません。

もしウオッカがジャパンカップで2着、いや勝利するようなことがあれば、私の病は少しばかり癒えるはずです。そして欲を言えば、もしウオッカが続けて有馬記念で3着、いや2着するようなことがあれば、私はエアグルーヴを1頭の名牝として見つめ直すができるはずです。私の妄想の中で、エアグルーヴとウオッカとダイワスカーレットが互角に戦う日は、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。

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◎サイレントプライド

Jiromaru

ジョッキーマスターズを2連覇した河内洋騎手の話をしたからには、再び東京競馬場に姿を見せた怪物オグリキャップについて触れないわけにはいきません。オグリキャップを語る上で、どうしても外せないレースは、感動の引退レース有馬記念、そしてホーリックスとの死闘を演じたジャパンカップ、そして奇跡の勝利を収めたマイルチャンピオンシップでしょう。このマイルチャンピオンシップにはオグリキャップの本質が詰め込まれていますね。

前走の天皇賞秋でオグリキャップはまさかの敗戦を喫してしまいます。4コーナーでヤエノムテキに外から閉められてしまい、ようやく抜け出して猛追したものの、スムーズにレースを進めた武豊スーパークリークをわずかに捕らえることが出来ませんでした。鞍上の南井克己騎手はレース後、「天皇賞は、スーパークリークに負けたのではなく、ヤエノムテキに負けた。負けたんです。どれだけ悔しいか…、楽に勝っていたのにね」とコメントしました。

そういった伏線があっただけに、手応えの悪い南井オグリキャップが馬群に包まれ、武豊騎手の乗るバンブーメモリーが直線で抜け出してしまった時には、またもやオグリキャップは負けてしまうのかと誰しもが思いました。武豊騎手の騎乗は完璧に計算し尽されていて、バンブーメモリーはそれに応えるべく末脚を伸ばし続け、もはや勝負あったという瞬間でした。どう楽観的に見ても、オグリキャップがあそこから逆転するのは到底不可能だったのです。それでも、南井騎手は諦めずにオグリキャップを追い続けました。ゴール前50m、私たちはまさかのシーンを見ることになります。オグリキャップの勝負根性に火がついたのです。

1989年マイルCS

長い写真判定の後、勝利が確定した瞬間、南井克己騎手は泣きました。

「ゴール板を駆け抜けていくときの根性を凄いなって思いましたよ。オグリキャップは僕のために勝ってくれた。僕はオグリキャップに救われたなって。オグリキャップは根性で勝った。僕以上の根性でね。それで僕は泣いたんですよ。」

何度観ても、鳥肌の立つレースです。馬が負けたくない、勝ちたいという意志を持っていることを、私たちが思い知らされたレースでもありました。オグリキャップは地方から来て中央のエリート馬を倒したからだけではなく、最後まであきらめずに走って、奇跡のようなレースを何度も何度も見せてくれたからこそ、私たちの心が震えたのです。そして、これからもずっとこうして、私たち競馬ファンの記憶の中で走り続けるのでしょう。

さて、今年のマイルチャンピオンシップは混戦模様ですね。天皇賞馬ウオッカを下したスーパーホーネットが1番人気ですが、その他の伏兵馬も揃って、どの馬が勝っても不思議ではありません。こういう時こそ、マイル戦での実績を中心として、真のマイルのチャンピオンに相応しい馬を見つけていかなければなりませんね。

本命は◎サイレントプライドに打ちます。マイル戦で通算6勝を挙げているように、最も得意とする舞台です。もちろん、中距離戦での勝ち星もありますので、どちらかというとスタミナに支えられたマイラーということになります。フレンチデピュティは今年大ブレイクしましたが、特に大一番での底力が光ります。さらに母父のサンデーサイレンスによって、軽さとスピードが強化されているのも心強いですね。この馬の先行力はここから来ています。

安田記念は腰の疲れが取れずにパスしましたが、結果としてはそれが吉と出たようです。完調ではなかった前走を叩いて、反動が心配されましたが、逆に調子をグングン上げて来ているようです。中間も元気一杯で、最終追い切りも腰の不安など一切感じさせない力強い動きでした。外枠を引いたので、ジワッと先行できるのもいいですね。早めに先頭に立って、そのまま押し切ってくれるはずです。久しぶりに後藤浩輝騎手の涙を見たいものです。

一か八かの面白い存在だと思っているのが、ダービーで2着したスマイルジャックです。神戸新聞杯と菊花賞では引っ掛かってしまい凡走をしてしまいましたので、マイル戦への短縮はプラス材料になるはずです。うまく折り合っていければ、こうした首を低く使う馬はチョッとやソッとでは止まらないので、好勝負に持ち込めるかもしれません。ただ、秋2走のあまりの引っ掛かり振りを見て、もしかすると春の疲れが抜け切っておらず、苦しくて引っ掛かっているのではとも思えます。もともと一戦級の古馬マイラーと激突するマイルCSは3歳馬にとって苦しい舞台なので、少しでも疲れがあるようであれば勝ち目はありませんよね。この馬もマイル戦での連対率は100%です。

ブルーメンブラットの前走、府中牝馬Sは強いレースでした。最終追い切りでも素晴らしい動きをしていたように、春の疲れが抜け切って、最高の仕上がりにありましたね。その後、反動が出るのかと心配していましたが、中間の動きや姿を見る限り杞憂に終わりそうです。まあ牝馬のことなので、昨日に絶好調でも今日下降線を辿るということもあるのですが。また、馬体にも牝馬らしい柔らか味が戻ってきて、溜めて行ければ鋭い末脚を使ってくれそうです。ただ、この馬はマイルの連対率が50%を切っているように、本質的には短距離で良さの出る馬です。体調は良くても、勝ち切るまでは難しいと評価しました。

スーパーホーネットは毎日王冠が最高の出来だっただけに、天皇賞秋をパスして備えたとはいえ、毎日王冠ほどの走りは期待できないでしょう。パドックで観ていた私の友人たちも、恐ろしいほど素晴らしい出来にあったと言っていました。最高の仕上げの先には、まるでコインの裏表のように、あっと驚く凡走が待っていることもあります。立ち写真を見ても、冬毛が伸びてきていて、体調が下降気味なのかなと邪推してしまいます。昨年のマイルCSで、あの最強マイラーであるダイワメジャーに迫ったように、実力はこのメンバーでは上ですが、体調という面での心配が大きいので本命には出来ませんでした。実はこの馬もマイル戦での連対率が50%を下回っています。

非常にレベルの高かった天皇賞秋で最先着したカンパニーも、有力候補であることに間違いはありません。あわやディープスカイを差し切らんばかりの末脚でした。もちろん、3強との力差は見た目以上にありますが、このメンバーならば乗り方次第でチャンスもあるはずです。差しては届かないので、横山典弘騎手が思い切って先行してくるようであれば怖い存在です。

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河内洋騎手とサッカーボーイ

Jiromaru

ジョッキーマスターズを2連覇した河内洋元騎手(現調教師)が、武豊騎手の兄弟子であったことを知る人は多いと思いますが、その河内洋騎手の兄弟子が、武豊騎手の父である武邦彦騎手であったことは意外にも知られていない事実です。つまり、武邦彦騎手を見続けた河内洋騎手から武豊騎手は技術を盗んだわけで、河内洋騎手を通じて武邦彦騎手から武豊騎手というジョッキーとしての隔世遺伝があったということになります。

「名人」と呼ばれていた武邦彦騎手と、「天才」と称される武豊騎手の間に挟まれて、ずいぶん窮屈な思いをしたのではと思われる方もいるかもしれませんが、ところがどっこい、河内洋騎手も「西のエース」、「いぶし銀」などのニックネームでさすがの存在感を示していました。河内洋騎手は武豊騎手の人間としてのロールモデルともなったように、とにかく誰しもが一目置く人格者で、ある時代、関西の競馬は彼を中心として回っていたと言っても過言ではありませんでした。それほどに、あらゆる意味で、影響力の強いジョッキーだったのです。

同時代に鎬を削った田原成貴元騎手は、河内洋騎手についてこう言い表しました。

「たとえば水をかけると、パーンとはじいてしまうタイプの人と吸い込んでしまう人とがいるでしょう。河内さんは、一応全てを受け止めるという意味で、吸収するタイプです。それが彼の場合落ち着きとなっている。この落ち着きがね、日常でも競馬でも正比例していい結果になっているんです。落ち着きが彼の線の太さにもなって、逆に競馬では繊細さを醸し出すことにもなるんですよ。」

私の知る河内騎手はすでに円熟期に入っていて、これはジョッキーにとっては最大級の褒め言葉だと思いますが、とにかくミスをしない騎手というイメージが強かったですね。たとえ一流のジョッキーであろうとも、完璧に乗れるレースなどほとんどないはずです。その中でも、小さなミスはあっても大きなミスは犯さないという意味で、ミスをしない騎手でした。別の言い方をすると、極めて完成度の高いジョッキーということです。特に河内洋騎手が人気馬に乗った馬券を持っていると、なんとも言えない安心感がありましたね。

「牝馬の河内」とも呼ばれ、メジロラモーヌ、アグネスフローラ、ダイイチルビー、ニシノフラワーなど、たくさんの名牝とコンビを組んできた河内洋騎手ですが、牡馬とのコンビで私の頭の中に真っ先に思い浮かぶのはサッカーボーイです。私は実は生でこのコンビを見たことはないのですが、函館記念やマイルCSでの空を飛ぶような走りを映像で見て、その強さが脳裏に焼きついてしまったのでしょう。河内洋騎手は先週東京競馬場に登場したあのオグリキャップにも跨ったことがあったのですが、両馬を比較して、「マイルならばオグリキャップ、2000mならばサッカーボーイ」と語っていましたね。

1988年マイルCS

これは強い!まさに弾丸シュートです。

時の経つのは早いもので、その河内洋騎手もいつの間にか調教師となってしまいました。線の太さと繊細さは、調教師になっても生かされていますね。昨年のマイルCSは河内洋調教師の管理馬アグネスアークを応援しましたが、故障を発生してしまい、残念な結果に終わってしまいました。ジョッキーとしても、調教師としてもマイルCSを勝つことになれば、それはそれで凄いことです。今年もマルカシェンクを出走させてきます。関屋記念で河内厩舎に初重賞制覇をプレゼントした馬ですね。果たしてどのようなレースを見せてくれるのか楽しみです。

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◎ベッラレイア

Jiromaru

先週のジョッキーマスターズとオグリキャップには、たくさんの競馬ファンから声援が飛んだそうですね。私はどうしても外せない用事が入ってしまって、オグリキャップにも会えずじまい、ジョッキーマスターズも観戦できませんでした。一年に一度しかないイベントだけに非常に残念でした。それでも、オグリキャップが馬っ気を出していたことや(笑)、暗くなってナイターになってもほとんどの競馬ファンが残っていたことなど、実際に参加された方々から教えてもらいました。オグリキャップの引退とほぼ同時に競馬を始めた私としては、オグリキャップがああして歓迎されているだけで何だか嬉しく思えますし、またジョッキーマスターズにしても、ギャンブルと離れたところであれだけ盛り上がれることを秘かに誇りに思います。今の競馬ファンは本当に素晴らしいですね。

さて、もはや伝説のレースとなった天皇賞秋から中1週、ようやく気持ちが落ち着いてきたところで、今週はエリザベス女王杯です。古馬牝馬に開放されてから早12年が経ちました。ダンスパートナーに始まり、昨年のダイワスカーレットまで、勝ち馬は時代を彩る名牝たちの名前が並んでいます。平成12年から秋華賞が1週間繰り上げられ、エリザベス女王杯までが中3週となったことにより、ここ最近は勢いのある3歳馬の活躍が目立つようになりました。衰えゆく5歳馬から、充実の4歳馬、そして更なる上昇が期待される3歳馬への世代交代というクロスオーバーが行われるのがこのエリザベス女王杯です。今年のエリザベス女王杯は、果たして何歳馬が頂点を極めるのでしょうか。

私は充実の4歳馬である◎ベッラレイアに本命を打ちます。前走の府中牝馬Sは、決して完璧な仕上がりではありませんでしたが、馬体をふっくらと戻して良い体調だったと思います。仕上がりが抜群に良かったブルーメンブラッドに切れ負けしてしまいましたが、あそこで切れすぎてしまうと反動が心配になりますので、負けて正解だったのではないでしょうか。今年の春は急仕上げで臨んだヴィクトリアマイルで外々を回され惨敗、マーメイドSではとてもとても走られる体調ではありませんでした。その後、再び放牧に出し、前走はようやく本来の姿に戻っていました。

思い返してみると、3歳時は対戦こそ1度だけでしたが、ウオッカとダイワスカーレットと3強と称された馬でもあります。オークスの敗北、騎乗には賛否両論があり、私も自分の意見は書いてきたつもりなので、もう敢えてここでは何も言わないでおきます。ベッラレイアの強さはオークスを見れば十分判りますよね。前走、秋山真一郎騎手は先を見据えて、ベッラレイアのリズムで走らせることに専念していました。エリザベス女王杯は折り合いがポイントになりますので、たとえ負けても本番につながる内容だったと思います。本番の今回も、彼女を気持ちよく走らせてあげられれば、自慢の瞬発力をフルに発揮してくれるはずです。牡馬相手に走ったことがほとんどないのは、確かに心配材料ですが、今年はウオッカやダイワスカーレットなどの抜けた一枚落ちるメンバーですので、十分にチャンスはあるでしょう。

5歳馬のカワカミプリンセスにとっては待ちに待ったレースです。2年前の降着事件のリベンジを果たすため、陣営もあきらめることなく調教を重ね、ようやくこの日を迎えることが出来ました。宝塚記念や金鯱賞で、牡馬の一戦級に揉まれてきた経験もプラスに働くに違いありません。前走は余裕残しの仕上げで、負けたとはいえ、ひと叩きしての効果は大きいはずです。スッと先行できますので、レースの主導権を握るのはこの馬です。鞍上の横山典弘騎手も自信を持って走らせてくるでしょう。最も勝ちに近いのはカワカミプリンセスで間違いありません。ひとつだけ心配なのは、やはりあのエリザベス女王杯から2年という年月が経っているということです。連勝街道を突き進んでいた頃は、他を寄せ付けないオーラを醸し出していましたが、さすがにそこまでの雰囲気にはあるとは思えません。テニスの伊達公子さんは12年のブランクを乗り越えて全日本選手権で勝利しましたが、カワカミプリンセスはどうでしょうか。

3歳馬では我がPOG馬であるポルちゃんこと、ポルトフィーノが人気になっていますね。秋華賞に出走できなかったことは残念ですが、それでも前走の清水Sはなかなかの勝ちっぷりでした。さすがエアグルーヴの仔ですね。とはいえ、父がクロフネで筋骨隆々の馬体からも、姉のアドマイヤグルーヴのようにエリザベス女王杯の舞台に適性があるとは思えません。馬群の中で折り合いが上手くつけば好勝負になるかもしれませんが、距離や経験の少なさを考えても厳しい戦いになるはずです。

リトルアマポーラは桜花賞2番人気、オークス1番人気と、春は人気倒れな結果となってしまいました。それでも、成長の余地がある幼さを残した馬体であれだけ走るのですから、潜在能力が高いことは確かです。夏を越して、少しばかりは成長が見受けられます。前走の秋華賞はぶっつけだったことに加え、後方から外々を回して、流れに乗り切れていませんでしたので、度外視しても良いのではないでしょうか。ルメール騎手に乗り替わって、中団につけるとコメントしているように、新しい味が出るかもしれませんね。最終追い切りでも、リラックスして走っている姿が印象的でした。が、しかし、ちょっと枠順が外過ぎましたね。この枠から、内にもぐり込みながら中団につけるのは、ルメール騎手にとっても至難の業に思えます。

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ジュンペー

Jiromaru

「死んでしまつた人間といふものは大したものだ。何故あゝはつきりとしつかりとしてくるんだらう。まさに人間の形をしてゐるよ。してみると、生きてゐる人間とは、人間になりつゝある一種の動物かな」とは小林秀雄の言葉です。

生きている私たちは、人を嫉んだり、余計なことを言ったりしながら、日々の生活に汲々としてなんとか生きています。それに対し、死んでしまった人間が、ある種、絶対的な形(存在)として私たちの中に生きてくるという感覚は、私も最近になって少しずつ分かるようになってきました。

新人の三浦皇成騎手が、あの武豊騎手の新人最多勝記録(69勝)を抜いたことが大きな話題になりましたね。1987年以来、トップに立っていた武豊騎手との比較ばかりがクローズアップされてしまいますが、武豊騎手、加賀武見騎手(58勝)、福永祐一騎手(53勝)に次ぐ、歴代4位の記録を持っていたジョッキーから、私はどうしても目が離せませんでした。

Jyunpei岡潤一郎。「ジュンペー」と呼ばれた岡潤一郎騎手は、私が競馬にのめり込み始めた時と機を同じくして、メキメキと頭角を現してきた騎手です。今でも記憶に残っているのが、デビュー2年目の札幌競馬場での5連続騎乗、5連続勝利という快挙です。11、2、7、1、2番人気に跨っての結果でした。最後の2鞍は過剰人気になったことも含め、11番人気と7番人気の穴馬を勝たせてしまったのですから、並みの新人ジョッキーでなかったことは明らかでした。しかも、札幌に乗りに来ていた河内洋(ジョッキーマスターズを2連勝しましたね)、松永幹夫、横山典弘という脂の乗り切った面々を相手にしてのものだけに、競馬ファンのみならず競馬関係者も驚きを隠せませんでした。

もちろん小さな挫折や大きな挫折も味わいました。宝塚記念で圧倒的な人気を背負ったオグリキャップに騎乗して2着に負けてしまい、「有名馬には乗りたいけど乗りたくない」と素直な心情を語っていたのも印象的でした。しかし、岡潤一郎騎手はその後も着実に成長を重ね、敗北も挫折も、あくまでも新人ジョッキーを大きく成長させるための過程に過ぎませんでした。そして、デビューから3年目のエリザベス女王杯にて、愛馬リンデンリリーと共に大きな華を咲かせたのです。春の実績馬をやすやすと蹴散らしたリンデンリリーの力強さと、馬上にいた岡潤一郎騎手の自信満々を、私を含む誰もが未来への明るい光として見守りました。

1991年エリザベス女王杯の映像はこちら

しかし、リンデンリリーにとっても、岡潤一郎騎手にとっても、このエリザベス女王杯が最後の晴れ舞台となってしまいました。レース後、異常を感じ取った岡騎手はすぐにリンデンリリーから下馬。診断の結果、右前脚浅屈腱不全断裂を発症し競走能力を喪失していることが判明したのです。そして2年後、岡潤一郎騎手はレース中の落馬事故で命を落としてしまいます。レース中、親友の千田騎手を抜かしていく時に「お先に」と声をかけたのが、彼の最後の言葉になってしまったそうです。

岡潤一郎騎手をよく知る詩人の志摩直人は、彼の死を悼み、こう詠みました。

「24歳の青春」

その日 岡潤一郎は
春めいたブランブルーの空を
見たでしょうか
24歳の空が
如何に果てしなく
美しい空であったか

その日 平成5年1月30日
京都競馬場第7レース新馬戦
本命馬オギジーニアスは
直線走路 2番手から
いざ追い上げようという時に
がくんと腰から崩れて行ったのです
潤一郎君はころころころっと
馬場の真ん中へ転げて行ったのです
あとはどうなったのか
見ていた私達にもよく判りません
ともあれ 24歳の青春
ターフに身をあずけるように
それが潤一郎くんの運命でした

もう5年ほど前になりますが
様似の辻牧場の放牧地で
小林薫さんのコマーシャルを撮っていた時のことでした
潤一郎くんのお父さんが
会いにきてくれたのです
「潤一郎をよろしく」と
眼鏡の奥に誠実なものを湛えて
丁重なご挨拶でした

頭蓋骨骨折 脳挫傷
入院して18日間
意識不明のまま 肺炎併発
2月16日12時57分
きらめく青春に終わりを告げました

祭壇に飾る写真を私も 選ばせて貰いました
どこか幼さの残った
あのにこやかな笑顔には
アイドルの面影がありました
この後 あの様似の親子岩あたり
君のふるさとを通る時
ヒダカミセバヤの花を携えて
君の墓に詣でることでしょう
岡潤一郎君
仏となった君の名は
潤徳院大英法蔵居士とぞ

岡潤一郎騎手は私の青春の記憶の中でまだ生きています。ノースフライトで安田記念を勝った角田騎手が、4コーナーで上がっていく時、他の騎手からの激励の声をジュンペーからのものと感じたように、私はどこかの競馬場のどこかのレースで懸命に鞭を振るっているジュンペーの姿をはっきりとしっかりと浮かべることができるのです。岡潤一郎騎手が人間の形をしてゐるのです。

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◎ディープスカイ

Jiromaru

夏から楽しみにしてきた天皇賞秋のレース発走が、もうすぐそこまで来ています。メイショウサムソンが回避したのは残念でしたが、ウオッカ、ダイワスカーレット、ディープスカイ、アサクサキングス、ドリームジャーニーなど、出走馬の名前を読み上げただけでも、勝ち馬が1頭しか出ないことが不思議な感じのするレースです。どの馬も勝つシーンは想像ができますが、どの馬も負けるシーンは想像できません。それでも、日曜日の夕方には決着がついて、勝者と敗者にくっきりと分かれているのですね。後に語り継がれるレースを期待しましょう。

本命は女傑2頭ではなく、3歳馬の◎ディープスカイに打ちます。菊花賞ではなく古馬との対決となる天皇賞秋を選んだわけですが、もし菊花賞に出ていたとしたら、オウケンブルースリには勝てなかったはずです。それはオウケンブルースリに比べて力が劣るということではなく、ディープスカイが4角手前から動かなければならない菊花賞への適性に欠けるということです。メンバーではなく、レースへの適性で判断した昆貢調教師の見事な決断だと思います。毎日杯からNHKマイルC、そしてダービーへのローテーションもそうですが、昆貢調教師はかなり綿密にレース選択をしてきますね。神戸新聞杯から中5週というローテーションも、ディープスカイにとっては絶好です。

その神戸新聞杯は完調ではなくギリギリ凌いだというレースでしたが、勝ったことには価値があると思います。それ以上に、この天皇賞秋につながってくるなと思わせられたのが、道中での行きっぷりです。これまでのような追い込み一辺倒ではなく、馬に前進意欲とパワーが付いてきて、四位騎手もある程度の位置を馬任せで取れるという感触を得たはずです。そういった経緯の中、今回引いた2番枠も絶好で、無理をすることなく中団よりも前の10番手以内の位置取りを確保できるのではないでしょうか。あとは直線に向いてからしっかりと追い出すだけです。自慢の末脚が爆発してくれれば、きっと古馬の壁をもブチ破ってくれるはずです。

唯一の不安材料は、ダービーを勝ったことによる目に見えない疲労です。ダービーを勝った馬が菊花賞も制することが意外と少ないのは、ダービーをピークの状態で勝って、わずか4ヶ月後に行われる菊花賞で再びピークの出来に持ってくることがなかなか難しいからです。そういう意味でも、たとえ1週間でも余裕のある天皇賞秋という選択は間違っていないと思います。前走後の調整はかなり上手く行っているようで、最終追い切りの動きも絶好でしたが、目に見えない疲れがもしあれば、この天皇賞秋で噴出してしまうという心配は確かにあります。

ダイワスカーレットがようやくターフに戻ってきました。この馬は異種の権化のような血統で、本当にタフですよね。今年の緒戦となった産経大阪杯も非常に強いレースでした。レベルの高いレースを、決して本調子とはいえない体調の中で勝ち切ってしまったことを高く評価します。その後、再び故障を発生して放牧に出されましたが、順調に疲労も回復したようで、完全にフレッシュな状態で戻ってきました。そこから少しずつペースを上げて乗り込み、エリザベス女王杯と天皇賞秋を両にらみで調整してきました。そして、休み明けにもかかわらず、エリザベス女王杯ではなく天皇賞秋を選んだことに、陣営の自信と仕上がりの良さが見てとれますね。レースで主導権を握るでしょうし、そうなれば今まで止まったことのない馬ですので、間違いなく勝ち負けの競馬に持ち込んでくるはずです。

前記2頭に比べ、ウオッカは最も順調に天皇賞秋を迎えて、最も不安材料がありません。1番人気になるのも当然ですね。安田記念を快勝した後、無理せず宝塚記念をパスしたことによって、上向きの体調で秋を迎えることが出来ています。毎日王冠で負けはしたものの、休み明けとしては、仕上がりは良かったと思います。安田記念からの伏線もあり、逃げる形になりましたが、馬がスタートしてから前進意欲を見せるようになっているのも収穫のひとつでしょう。今回はさすがに逃げる形にはなりませんので、好位で競馬が出来るはずです。最後の直線までロスなく進められれば、自慢の末脚が爆発するのではないでしょうか。ただ、外の枠を引いてしまったことは、僅かながらも気になります。どこかで内にもぐり込めればいいのですが、果たしてどうなるでしょうか。外々を回されるようなロスがあれば、他馬に付け入る隙を与えることになりかねません。武豊騎手にとっては、非常に繊細な騎乗が求められるレースになりました。

アサクサキングスも鞍上に藤岡佑介騎手を迎え、1番枠を引いて、穴っぽいにおいがしますね。春に大きな期待をかけた馬でしたが、天皇賞春は瞬発力勝負になり力を発揮できず、宝塚記念は道悪馬場に能力を削がれてしまいました。もしかすると、この馬も菊花賞の疲れが春は癒えていなかっただけなのかもしれません。ようやく疲れが抜けたとなると、菊花賞を勝っているだけの力のある馬なので、内枠を利して先行出来ればあっと言わせるシーンもあるでしょう。あとは休み明けの問題だけで、最終追い切りは少し動きに重さを感じましたので、どこまで仕上がってくるかどうかでしょう。

ドリームジャーニーは夏の重賞を2連勝して臨んできました。菊花賞の疲れがようやく取れたとのことですが、ここに来ての充実ぶりは凄いですね。馬体重的には大きな変化はないのですが、筋肉の付き方が2歳時とはガラッと変わってきています。とても410kg台の小柄な馬とは思わせない、豊富な筋肉量で馬体を大きく見せています。小さな馬が大きく、大きな馬が小さく見せている時は買いという格言もあるように、夏競馬を使ってきた上がり馬として狙ってみても面白いかもしれません。とはいえ、人気にもなっているようなので妙味は少ないかもしれません。そして何よりも、外枠を引いてしまったのは痛いですね。最後の直線に賭けたかっただけに、外枠からは乗り方が難しくなってしまいました。

どちらかというと、私はタスカータソルテを穴馬として狙いたいと思います。札幌記念のレース振りを観てみると、ここに来て馬が変わってきていますね。2度変わると言われたノーザンテーストを母父に持ちますし、これまで無理をせずに育ててきたということが何よりも大きいのでしょう。力を要する札幌の馬場で、1頭だけ違う次元の脚でマツリダゴッホを差し切りました。鞍上のルメール騎手も心強いですね。もう少し内の枠が欲しかったのは正直なところですが、ある程度、前目の位置取りを確保して勝ちにくるはずです。

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ああゆうこと

Jiromaru

天皇賞秋が行われる週になると、いつも決まってあいつのことを思い出します。あいつなんて言うと少々乱暴に聞こえるかもしれないので、ここではAと呼ぶことにします。彼とは高校の同級生であり、よく一緒に授業をさぼって、公園で弁当を食べたりパチンコに行ったりしました。私はこの頃から競馬が好きで、週末になると休み時間には友達と予想を披露し合ったりしていました。

Aは競馬にはあまり興味を示さなかったのですが、なぜかその年の天皇賞秋の前日に私の予想を聞いてきたのでした。私は間髪入れずに、「武豊の乗るメジロマックイーンからプレクラスニーとカリブソングの2点で間違いないね」と断言しました。メジロマックイーンは天皇賞春を連覇したような名ステイヤーですが、ごまかしの利かない東京の2000mならば、距離が短くて負けるということはないと思っていたのです。Aは「そうか」とひとことだけ言うと、くるりと私たちに背を向けて、それ以上は競馬の話には参加しようとしませんでした。

第104回天皇賞秋。メジロマックイーンが不良馬場をものともせずに他馬を6馬身以上も千切った、と思われたのも束の間。進路妨害のためになんと18着に降着となってしまったのです。競馬ファンのどよめきは鳴り止まず、武豊騎手の蒼白な顔と江田照男騎手の戸惑いを隠せない勝利ジョッキーインタビューが印象的でした。

翌日の月曜日、彼は私の顔を見るなり、「何だよあれは!」と食って掛かってきました。私が「競馬にはああいうこともあるんだ」と言うと、彼は「ああゆうことってどういうことだよ?納得できねえよ」と突っかかってきたのですが、「ああゆうことっていうのは、ああゆうことだ」としか私は答えることが出来ませんでした。あれ以来、彼との会話で競馬の話題が登場することは絶対にありませんでした。Aにとって、競馬といえばあの忌々しい天皇賞秋のことで、彼が賭けた最初で最後のレースになったのでした。 

その後、私は大学に進学するという安易な道を選び、Aは四輪のレーサーになるという夢を胸に高校を卒業しました。それからも私たちの関係は続き、Aはガソリンスタンドでアルバイトをしながら、お金が貯まるとサーキットに出て練習をするといった月日を繰り返し、一方の私は、競馬漬けの自堕落な学生生活を送っていました。自分が何をしたいのかさえ分からなかった私は、ひとつの道を歩み始めているAがとても羨ましかったのを覚えています。 

私が海外に競馬を観に行っている間に、Aはこの世を去りました。アルバイト中の交通事故だったそうです。私は結局、彼にああゆうことを説明することが出来ませんでした。ああゆうことは競馬のレースだけではなく、人生にも起こるということは少しずつ分かるようになってきましたが、ああゆうことがどういうことなのかを説明できる自信はありません。もしあの時メジロマックイーンが降着していなければ、Aと競馬はどういう関係になっていたのだろうかと今でも思います。もしああゆうことがなければ、Aと私は今年の天皇賞秋の凄さについて語り合えていたのかもしれません。

今年の天皇賞秋は凄いレースです。全馬が重賞勝ち馬ということだけではなく、歴史的な名牝2頭が牡馬に胸を貸すという、過去にも未来にもないであろう対決の構図が描かれています。また、もしかすると3世代のダービー馬が揃うかもしれませんよね。ウオッカとダイワスカーレットとのガチンコ勝負も見物のですし、そこに割って入るのはどの馬かにも興味があります。私としては3歳馬のディープスカイではなく、札幌記念を制したタスカータソルテがその1頭になるのではと秘かに期待しています。

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◎ロードアリエス

Jiromaru

藤原新也の『メメント・モリ』が25年ぶりに改訂版として刊行されましたね。インドの海辺で人間の死体が犬に食べられている写真と、「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」というコピーは衝撃的でした。人生を徹底的に管理されてしまっている現代の私たちに対する、強烈なアンチテーゼだったと思います。メメント・モリとはラテン語で‘死を想え’という意味ですが、私たちが競馬に臨むにあたっても、死(不的中)を意識しながらも、ひたすら自由に予想したいものですね。

さて、大混戦の菊花賞ですが、本命は◎ロードアリエスに打ちます。前走の神戸新聞杯ではあわやというシーンを作ったように、夏を越して力をつけてきていますね。前走は休み明けであった上に切れ味勝負になってしまい分が悪かったのですが、それでも5着に踏ん張り通しました。血統的にも3歳の秋以降に大きく成長するのでしょう。父シンボリクリスエスも秋になって本格化しました。血統的に距離には心配があるのは確かですが、折り合いはつきますし、地脚の強さで勝負する馬ですので、瞬発力の問われた前走の2400mよりは、むしろ今回の距離延長は歓迎したいところです。

あとは鮫島良太騎手が道中は内で折り合いをつけつつ、3コーナー前のタイミングで外に持ち出すことが出来るかどうかがポイントでしょう。菊花賞の3~4コーナーはバテた馬が下がってきて前が詰まりやすいので、自ら動いて勝負するためにも、どこかで外には出しておきたいところです。今回は早めに動きたい馬が多いようなので、もしかすると、わずかに追い出しを遅らすのも選択肢のひとつになってくるかもしれません。いずれにせよ、各馬の動き方を見て、ロードアリエスの成長と力を信じて、積極的に仕掛けて欲しいものです。

ロードアリエスを管理する藤原英昭調教師は、今年に入ってエイジアンウインズでヴィクトリアマイルを制し、現在東西リーディングトレーナーの座に立っているように絶好調です。昨年もリーディングトレーナーの座こそ逃しましたが、18.4%の驚異的な勝率でJRA賞最高勝率調教師に輝きました。いつか詳しく書きますが、藤原英昭調教師はこれまでの私たちの常識を覆すようなトレーナーになる資質を持っていると思います。藤沢和雄調教師や角居調教師のように馬を仕上げるのではなく、馬を作り上げて(変えて)しまう技術を持っていますね。もしかすると、「調教」という概念を変えてしまうのではないかとさえ思っています。ロードアリエスだけではなく、これからの管理馬の活躍にも注目です。

ダービー最先着を果たしたスマイルジャックは、前走の神戸新聞杯でよもやの惨敗を喫してしまいました。ハミを強く噛んでしまい、引っ掛かってしまったことが敗因です。能力の高さは疑いようがないのですが、やはり長距離戦において折り合いに不安があることはマイナス材料です。スマイルジャックのように首の位置を低く保って走る馬は、簡単には止まらない反面、一度折り合いを欠いてしまうと騎手が制御するのが難しいのです。

マヤノトップガンという菊花賞、天皇賞春を制した馬がいますが、この馬も首の位置が低く、特に古馬になってからは非常に乗り難しい馬になっていました。最後の天皇賞春は、田原成貴騎手がマヤノトップガンとの折り合いだけに気をつけて乗っていた姿が印象的でした。スマイルジャックの堅実なところは、走法ゆえの簡単には止まらない渋太さがあるからですが、長距離では折り合いに不安があるのも確かです。道中、ハミが掛からずに行けるか否か。まさに一か八かのレースになるでしょうが、勝てるチャンスは十分にあります。

セントライト記念を勝ったダイワワイルドボアは、雨が降って、上がりが掛かる馬場になったことに助けられた一面があります。おっとりとした気性で、折り合いを欠くことのない馬ですので、アグネスタキオン産駒ですが距離には不安はないでしょう。外枠を引きましたので、スタント前までにある程度の位置を確保できれば、早めに動いて、この馬の力は出し切れるはずです。あとは自分以上の切れ味を持った馬の台頭がなければ、勝ち負けに持ち込めるのではないでしょうか。

マイネルチャールズは、松岡騎手が「4コーナー先頭」と言っているように、強気の競馬をしてくるようです。セントライト記念は早め先頭から粘りきれませんでしたが、乗り方としては次に繋がる競馬でした。クラシック前に仕上がってしまっていて、伸びしろがないように映る馬ですので、果たして4角先頭で回ってこられるでしょうか。

1番人気のオーケンブルースリは、前走で一戦級の力があることを見せてくれました。夏競馬を使いつつ力を付けて、まさに充実一途といったところです。ディープスカイ、ブラックシェルといった春の実績馬で神戸新聞杯組が抜けた以上、この馬が主役を張るのは当然でしょう。鞍上に内田博幸騎手を置き、勝利に近い位置にいることは認めるのですが、それでも私が本命を打たなかったのは、スマイルジャック同様、この馬も道中の乗り方が難しいからです。気性の激しさを秘めた馬なので、道中のジョッキーの微妙な動きに反応してガツンとスイッチが入ってしまう恐れがあります。だからといって、長距離戦でソッと乗っていては、前走のように位置取りを下げて届かないという結果になりかねません。内田博幸騎手の腕にも注目ですね。

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不気味なステイヤー、メジロマックイーン

Jiromaru

秋のG1シリーズが始まったと思いきや、あっと言う間に菊花賞です。菊花賞が10月に行われるということに、いまだに慣れない方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。私が競馬を始めた頃、菊花賞は寒さの深まる11月初旬に行われていました。西日を背中から受けながら、遅咲きのステイヤーがゴールを駆け抜ける菊花賞が私は大好きでした。スピード全盛の時代とは知りつつも、それでもなお、「最も強い馬が勝つ」とされた菊花賞の存在を大切に思う気持ちは失いたくないと思っています。

オグリキャップが引退した年に競馬を始めた私にとって、初めての菊花賞馬はあのメジロマックイーンでした。前の週の天皇賞秋がヤエノムテキとメジロアルダンの4枠同士で決まって、ゾロ目の存在を初めて知ったようなズブの素人でしたから、菊花賞が3200mの長距離戦でスタミナと底力を問われる舞台ということさえ理解していなかったに違いありません。レースは友達の家のテレビで見た記憶があります。ダービー2着の雪辱を期すメジロライアンと前哨戦のセントライト記念を勝って勢いに乗るホワイトストーンが人気になっていました。

4コーナーで黒い帽子の馬が先頭に立って、そのままゴールまで押し切ってしまった時の、あのなんともいえない感覚は今でも忘れられませんね。強いというよりも、不気味な感じでした。最後の直線になって初めて、まるで灰色のお化けのようにスッと死角から現れたように感じたのです。メジロライアンの黒子役に徹したマックイーンと内田浩一騎手の一世一代の名演でした。それ以降は、武豊騎手に乗り替わり、ステイヤーとしての表舞台を歩んだメジロマックイーンでしたが、この世に出てきた時の不気味さは相当なものでした。

メジロマックーンの菊花賞の映像はこちら

武豊騎手はこの馬について、「スプリントのG1を勝てそうなくらいスピードがあった」と語っていました。無尽蔵なスタミナとスプリンター並みのスピードがあったにもかかわらず、「掴みどころがない、強いのか強くないのか分からない馬だった」とも語っています。武豊騎手にとってみれば、オグリキャップやスーパークリークそしてイナリワンという3強世代と比べて、どうしても競走馬としての闘争本能に物足りなさを感じていたようですね。これはメジロマックイーンに良きライバルがいなかったということ以上に、彼の温厚な性格によるところが大きかったのではないでしょうか。

引退して種牡馬となっても、メジロマックイーンはマックイーンのままでした。あの気性の激しいサンデーサイレンスも、メジロマックイーンにだけは心を許していたそうです。放牧地もいつも隣同士でしたね。そんなメジロマックイーンと父にサンデーサイレンスを持つ母から、ホクトスルタンが生まれてきたというのも面白い話ですね。激しいサンデーサイレンスと温厚なメジロマックイーンがうまく融合され、これからどんどん強くなっていきそうです。ぜひともメジロアサマ~メジロティターン~メジロマックイーンと続く、奇跡の血を引き継ぐ馬になってほしいものです。

さて、今年の菊花賞はまさに乱菊の様相を呈してきました。ダービー馬ディープスカイは天皇賞秋へ回り、神戸新聞杯で2着と春の実績がダテではなかったことを証明したブラックシェルは怪我で戦線離脱。春の実績馬といえば、スマイルジャックとマイネルチャールズぐらいでしょうが、どちらも前哨戦で強さを見せることなく、どちらかというと弱さを露呈してしまった感もあります。押し出される形で人気になりそうな夏の上がり馬オウケンブルースリですが、この馬の気性を考えると、3000mの距離が果たしてフィットするのかどうか疑問はあります。今年はなんだか不気味なステイヤーが現れそうな予感がしますね。どの馬が4コーナーを先頭で回ってくるのか、今から楽しみでなりません。

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◎オディール

Jiromaru

今年の秋華賞は、ポルトフィーノが除外になってしまった影響でユキチャンの鞍上が急遽変わったりと、レースが近づくにつれますます混沌としてきました。桜花賞馬のレジネッタやオークス馬のトールポピーが出走してきているにもかかわらず、どうも小粒なメンバーのドングリの背比べに思えて仕方ありません。馬券的には悩ましさ半分、面白さ半分といったところでしょうか。

本命は安藤勝己騎手の騎乗する◎オディールに打ちます。この馬の春クラシックシーズンは、体調が本物ではなかったゆえの不完全燃焼でした。そのことは、彼女の馬体重を見ると分かりますね。阪神ジュべナイルフィリーズ後休養に入りましたが、休み明けのチューリップ賞ではマイナス8kgの馬体重での出走となりました。おそらく放牧後の調整がうまくいかなかったのだと思います。

阪神ジュべナイルF  446kg
  ↓(休養)
チューリップ賞     438kg  休み明けにもかかわらず馬体が大幅に減った
  ↓
桜花賞         442kg  反動で凡走してしまった
  ↓
オークス         440kg  馬体が回復せず
  ↓(休養)
ローズS         450kg  ようやく本来の体調へと回復した

チューリップ賞ではなんとか3着と意地を見せましたが、次走の本番桜花賞では、休み明けをマイナス体重で走った反動がモロに出てしまい、常に力を出し切るタイプのこの馬にしては珍しく、12着と凡走してしまいました。次走のオークスの時点でも、桜花賞で減った馬体重は戻っておらず、距離も長かったり直線で不利があったこともあり、意地を見せたものの5着と敗れてしまいます。結局、春のクラシックシーズンは体調が回復することなく終わってしまったのでした。

ところが、夏の放牧を経て、体調が上向いてきたのでしょう。休み明けのローズSには、プラス10kgの馬体重での出走となりました。ようやく、オディール本来の馬体へと回復したのです。ローズSでは馬場の悪い内を通らざるを得なかったこともあって、4着と負けてしまいましたが、休み明けということを考えれば満足できる内容でした。

この体調の変化は、オディールの調教過程を見ることによっても読み取ることが出来ます。同じ叩き2戦目である桜花賞と今回の秋華賞を比較してみると、いかに桜花賞時の体調が悪かったかが分かります。

桜花賞時
2008/03/30(日) 栗 坂 良 57.2-42.8-28.4-14.3 馬也
2008/04/02(水) 栗 坂 重 52.1-37.9-25.0-12.8 強め
2008/04/06(日) 栗 坂 良 57.0-42.4-28.3-14.2 馬也
2008/04/10(木) 栗 坂 重 57.5-41.2-26.8-13.2 馬也

秋華賞
2008/10/08(水) 栗 坂 良 53.6-39.2-25.9-13.2 一杯
2008/10/12(日) 栗 坂 良 55.8-41.3-27.0-13.4 馬也
2008/10/16(木) 栗 坂 稍 54.9-39.8-26.2-13.5 強め

桜花賞時は前走のチューリップ賞から1ヶ月以上も間隔があったにもかかわらず、4本の時計中3本が馬なりによるものです。わずか1本しか強めに追うことが出来ていませんでした。休み明けをマイナス体重で好走した反動があって、馬体を維持するだけで精一杯だったことが伝わってきます。

それに比べ、今回の秋華賞に至る調教過程は順調といってよいでしょう。前走のローズSからちょど1ヶ月という間隔の中で、3本の時計を出して、そのうち2本が強め(一杯)に追われています。しかも、ローズS後、1本目の時計が強めに追われてのものですから、いかにレース後の反動が少なかったかが分かりますね。

マイナス体重で出走してきた春のステップレースとは違い、今度は叩いての上積みが期待できるはずです。もちろん、体調が良ければそれだけで勝てるということではありませんが、春のG1レースで体調が優れなかった中でも勝ち馬とは0.8秒差、0.4秒差と大きく負けているわけではなく、本来の力が発揮できるとなれば、先着を許した馬たちを逆転できる可能性も十分にありますね。あとはレースの流れ次第でしょうか。京都競馬場の2000m内回りで行われる秋華賞は、ちょっとしたことでレースの綾が生じやすいので、どれだけ上手くレースの流れに乗れるかがポイントです。そのあたりは、百戦錬磨の安藤勝己騎手に任せておけばいいでしょう。

レジネッタはクイーンSとローズSを叩かれて、春の実績馬の中では最も順調に来ている1頭でしょう。桜花賞は展開に恵まれた部分もありますが、オークスでも3着と好走しているように、このメンバーでは力上位であることは明らかです。ただし、決め手に欠けるところがありますね。クイーンSにしても、ローズSにしても、自力で勝ち切れるほど力が抜けていない分、仕掛けどころが難しかった感じです。タメた方がいいタイプですが、タメすぎても届かないですし、早めからエンジンをかけすぎてもゴール前でガス欠になります。トライアルでどちらものパターンで失敗をしていますので、今回こそは小牧太騎手が絶妙の仕掛けどころで乗ってくるでしょう。小牧太騎手が完璧に乗って、レジネッタも完全に力を出し切って、さあ勝てるかどうか。そういったレースをしてくれるはずです。

トールポピーは前走ローズSがあまりにも不甲斐ない負け方でした。オークスを勝ったのはこの馬の実力ですが、やはり3歳の牝馬にとって、府中の2400mで目一杯の走りをするということは、とても過酷なことなのだと思います。同じことはダービー馬にも言えることですが、そこからわずか5ヶ月で、再び絶好の出来に持ってくることは意外と難しいものです。最近のオークス馬で秋華賞をも制したのは、スティルインラブとカワカミプリンセスぐらいしか思い出せません。そのスティルインラブは3冠馬ですし、カワカミプリンセスにしても桜花賞を使っていなかったことで余力が残っていたということでもあります。それを考えると、トールポピーの前走の負け方や中間の入れ込み具合を見ると、オークスの疲れが癒えていないのかもと心配しています。

桜花賞、オークスともに2着のエフティマイヤは、クイーンSでは不甲斐ない競馬だったように私には思えました。馬体重が増えたこと自体は好ましいことなのですが、ギリギリに見せた時に好走してきた馬だけに、前走のような馬体で臨んでくるようでは力を出し切れるかどうか疑問です。調教後の馬体重を見る限りでは、春のような絞り込まれた馬体で臨めるとは思えませんので、私としては評価を下げたいところです。

ローズSの上位組について簡単に触れておくと、マイネレーツェルは外枠を引けなかったことが残念ですね。力をつけてきていることは確かですが、前走は外枠を引けてスムーズに運べたことが、気性の激しいこの馬にとっては大きくプラスに働いたと思います。今回は馬群の中でレースをしなければならないのは確実で、それをはね返して勝ちきれるだけの成長があるかどうかは疑問です。ムードインディゴについては、前走でかなり仕上がっていましたから、大きな上積みは期待できないでしょう。春の実績馬がここに照準を合わせてくる以上、どこまで好戦できるかどうかといったところでしょう。


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ガラスの競馬場:「馬体重は語る」

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三浦皇成騎手について

Jiromaru

三浦皇成騎手が凄いですね。ちょっと前に中央競馬通算50勝目を挙げて、武豊騎手、加賀武見騎手、福永祐一騎手に次ぐ史上4人目の50勝達成新人騎手となったと思いきや、あっという間に新人最多勝記録である武豊騎手の69勝に追いついてしまいました。あまり新しいもの好きではない、どちらかというと新しいものは疑ってかかる私でさえも、三浦皇成騎手の勢いと素質は認めざるを得ません。

何よりも凄いのは、函館、札幌といった競馬場で勝ち星を量産したことではないでしょうか。「上手くなりたければ夏は北海道へ行け」というジョッキー同士の合言葉があるように、函館、札幌競馬場には安藤勝己騎手、横山典弘騎手、岩田康誠騎手、藤田伸二騎手、藤岡佑介騎手など、一流のジョッキーが集まるため、常にハイレベルで厳しいレースが展開されます。特に札幌競馬場はごまかしの利かないコースなので、フィジカルな技術がなければ簡単には勝たせてもらえないのです。あの岩田騎手や藤岡騎手も、北海道で揉まれてさらに上手くなったのです。

三浦皇成騎手の良さをひとつだけ挙げるとすれば、やはりスタートの上手さでしょう。出遅れるのを見たことがありませんし、私が観た限りのレースでは、スタートでポンっと頭ひとつだけ先に出ることが多いような気がします。そのことが、ポジション取りを良くして、全体を見渡せる冷静さにも繋がってきているのではないでしょうか。思い返せば、武豊騎手も若かりし頃は、スタートが上手く、それゆえにレースの流れに乗れると言われていましたね。

とは言っても、たとえ走る馬に乗っていたとしても、競馬はそう簡単に勝てるものではありません。スタートしてからゴールするまで、馬を完璧に操れることなど、トップジョッキーでさえほとんどないのです。当たり前のように見えることでも、当たり前に実行するのは本当に難しく、ひとつのミスが負けに繋がってしまいます。勝つよりも負けることの方が圧倒的に多いのがジョッキーの世界なのです。負けることによって、ジョッキーは少しずつ成長していくのです。

だからこそ、出来るだけ多くの馬に跨ってレースに騎乗することが、一流ジョッキーになるための絶対条件です。この点においては、三浦皇成騎手は非常に恵まれていますね。河野調教師の後ろ盾もあって、ありとあらゆる厩舎から騎乗の依頼があり、そこできちんと応えて来ているからこそ、さらなる騎乗機会が舞い込んでくるという好循環です。河野調教師の強面と三浦皇成騎手のあどけなさのギャップが、人を惹きつけるのかもしれませんね(笑)。

さらにもうひとつ、一流ジョッキーになるための絶対条件は、一流のサラブレッドに乗ることです。どれだけ多くの馬に跨ってレースに騎乗する機会に恵まれたとしても、最後方をついて回るだけの馬(失礼!)ばかりに乗っていては、決して腕は上がりません。岡部幸雄騎手が「ジョッキーは馬によって育てられる」と言っていたように、たとえ調教であれ、走る馬の背中から教えてもらう有形無形はジョッキーにとって一生の財産になるのです。かつて岡部幸雄騎手がシンボリルドルフから学んだように、三浦皇成騎手にもこれから巡り合うであろう一流のサラブレッドから多くを吸収するのでしょう。

今週行われる秋華賞、三浦皇成騎手は自厩舎のアロマキャンドルで臨みます。キャンドルつながりで思い出してしまったのですが、1999年の秋華賞を勝ったブゼンキャンドルという馬がいましたね。小回りで直線が短い京都2000mコースをジョッキーが意識して、3コーナーを過ぎてから次々と各馬が動き始め、最後はどの馬もズブズブになってしまった中、ほぼ最後方からブゼンキャンドルが飛んで来ました。単勝5760円の超大穴で、2着にも最後方からクロックワークが突っ込んできたのですから衝撃的でした。秋華賞が創設されてから4年しかたっていなかったということもあり、私の中での秋華賞といえば、「荒れる」というイメージが強烈に植えつけられてしまいました。最近は春の実績馬や有力馬が順当に勝つレースが続いていますが、果たして今年はどうでしょうか。有力馬不在の混戦という状況は、ブゼンキャンドルが勝った年と似ていますね。

おまけ

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◎スリープレスナイト

Jiromaru

今年のスプリンターズSは、秋口のG1にもかかわらず、本当に素晴らしいメンバーが揃いましたね。今年の高松宮記念を制したファイングレイン、2着馬のキンシャサノキセキ、昨年の高松宮記念馬であるスズカフェニックス、サマースプリントチャンピオンのカヤノザクラ、そして現在4連勝中のスリープレスナイトと、あらゆる路線からチャンピオンクラスのスプリンターが集結しました。

そんな中でも私は、ダートから芝に転向して、CBC賞→北九州記念と重賞を連勝して臨んでくる◎スリープレスナイトに本命を打ちます。その強さについては、ルドルフおやじさんとの対談でも語っていますので、改めて書くことはしませんが、久しぶりに出た生粋のスプリンターの誕生の予感すらします。スピードや切れ味だけでなく、正攻法の競馬で相手をねじ伏せる力を持っている馬です。スプリンターズSを制した名牝としては、あのフラワーパークが思い浮かびますが、スリープレスナイトにはフラワーパークにはなかったパワーすら感じさせます。

スプリンターズSに照準を絞ってきたローテーションにも好感が持てます。セントウルSをパスして、サマーチャンピオンを捨ててまで狙ってきたのですから、おそらく橋口調教師もこの馬がG1クラスであることをCBC賞の時点では認識していたのでしょうね。同厩のカヤノザクラとの兼ね合いもあったのでしょうが、とても勇気のある決断だったと思います。ゆったりとした間隔で走ってきたスリープレスナイトには十分な余力がありますし、馬体重からも分かるように、レースを使う毎にパワーアップも顕著です。まさに充実一途の時期にあるこの馬に逆らう手はありません。

あえて不安材料を挙げるとすれば、今回が初めてのG1挑戦になるということぐらいでしょうか。いきなりのスプリントG1のペースに戸惑ってしまうという心配がないといえばウソになりますが、CBC賞と北九州記念のどちらのレースでも、道中は余裕を持って追走し、最後の直線では耳を立てて力を抜いているぐらいですから、G1の壁も難なくクリアしてくれるはずです。無理をして付いていこうとするのではなく、彼女のペースで進めてあげれば、最後の直線ではグイグイ伸びてくれるでしょう。2005年のサイレントウィットネスのような乗り方を期待しています。

鞍上の上村洋行騎手といえば、私はどうしてもナムラコクオーの名を思い出してしまいます。競馬を始めて数年目であったこともあり、ラジオたんぱ杯3歳Sでの走りを見て、その世代の3冠馬となったナリタブライアンよりもナムラコクオーの方が強いという妄想を抱いてしまったのです。その鞍上にいたのが当時デビュー2年目の上村洋行騎手でした。前年に40勝を挙げ、JRA賞最多勝利新人騎手を受賞した気鋭の若手ジョッキーが、漆黒の馬に跨って他馬を蹴散らす様は、まるで「北斗の拳」のラオウのようでした。

しかし、ナムラコクオーが屈腱炎を患い、ターフから去るのと時を同じくして、上村騎手も次第に勝ち星から遠ざかるようになります。アイルランドへ武者修行に行ったり、試行錯誤を繰り返しましたが、気ばかり焦ってしまい、焦りが焦りを生んでしまうという悪循環の日々が続いたのです。そんな状況に追い討ちをかけるように、病魔が彼を襲いました。黄斑上ぶどう膜炎。珍しい目の病気で、2004年には右目がほとんど見えなくなってしまいました。7ヶ月にわたる3度の手術の後、視力が戻らなかった上村騎手はジョッキーを辞す覚悟をしたこともあったそうです。

それでも諦めなかった上村騎手に奇跡が起こりました。4度目の手術で、網膜を剥がしてしまうという荒治療を行った結果、レースには支障のない視力までに回復を果たしたのです。勝てないだけではなく、騎手としてレースに乗れなくなるというどん底を経験した上村騎手は、もはやかつて私が知る生意気な若手ジョッキーではなく、成熟したベテランジョッキーへと成長していました。漫画の人物のような空虚ではなく、生身の人間として馬の背中に跨っているのでしょう。もう焦ることはありません。スプリンターズSのゴール後には、今までには見えなかった何かが上村騎手には見えるはずです。

その他の馬についても少し触れておくと、展開次第ですが、ビービーガルダンは面白いのではないでしょうか。スリープレスナイトの先導役のような存在になるはずで、外からジワッと行って、この馬のペースで走られれば渋太く粘りこむこともありえます。一本調子の馬だけに、勝ち切るイメージは湧きませんが、スリープレスナイトの仕掛けどころ次第では、連対にまで持ち込める可能性はありますね。

今年の高松宮記念馬ファイングレインは、前走のセントウルSの凡走で評価を落としてしまいましたね。春の激戦の疲れを引きずったような形で、前走は仕上がり自体が良くありませんでしたから、結果には納得しています。春の覇者だけに巻き返しに期待したいところですが、負けすぎの感もあり、調子のリズムを崩してしまっているのではないかと心配しています。前走から大きな上積みもないので、あとは内枠を生かし、最後の直線に賭けて、どこまで突っ込んで来られるでしょうか。

一昨年の高松宮記念を制したスズカフェニックスは、前走のセントウルSを叩いて、体調自体は上向きですね。今年に入ってからの勢いでは見劣りしますが、体調という点においてはファイングレインよりも上だと思います。高松宮記念馬2頭は勢いと体調のバランスで取捨が難しいですね。いずれにせよ、ブッツケで臨んだ上に、雨に降られてしまった昨年に比べると、人気もさほどない今年は気楽に乗られるのではないでしょうか。前走の行き脚の悪さを考えると、横山典弘騎手ということもあって、おそらく後ろから行って最後の直線に賭ける一発勝負で来るはずです。嵌れば上位も期待できるのではないでしょうか。

キンシャサノキセキは夏競馬を2回使って、順調に臨んで来られることは確実です。高松宮記念時に述べたように、G1レベルのレースではスプリント戦が最も合う馬なので適鞍ではあるのですが、どうしても前走で見せた引っ掛かりグセが気になります。函館SSではなんとか抑えが利いたものの、前走のキーンランドCではスタミナを失うほどに折り合いを欠いていました。精神的に幼い部分があるのか、苦しくなるとハミを噛んで突っ走ってしまう現状では、最後の最後でスタミナが問われるスプリンターズSでは勝ち切れるかどうか疑問です。


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生粋にして最強のスプリンター、サクラバクシンオー

Jiromaru

いよいよ始まりました。秋のG1シリーズ。第一弾は電撃の6ハロン、スプリンターズステークスです。その名のとおり、まさにスプリンターのためにあるレースですが、私の中で生粋にして最強のスプリンターといえばサクラバクシンオーをおいて他にありません。ニホンピロウィナーの方が強かったという方もいらっしゃいますが、少なくともここ10~20年の間であれば、サクラバクシンオーほどの理想的なスプリンターを私は見たことがありません。

サクラバクシンオーは、1993年と1994年のスプリンターズステークスを連覇しました。特に93年のレースは、私自身、かなりの自信を持ってレースに臨んだ思い出があります。「サクラバクシンオーが勝つのを観に中山競馬場に行こう!」という文句で友人を誘ったぐらいでした。友人もサクラバクシンオーが本命だったのですが、私ほどの確信(妄信?)がなかったのか、当時のスプリンターズステークスは真冬の極寒の時期に行われていたこともあって、現地での観戦は断られてしまいました。スプリンターズSの時期になると今でも、「あの時、競馬場に行っていたら最高だったのになあ…」と友人に愚痴をこぼしています(笑)。

初めてスプリンターズステークスを勝つまでのサクラバクシンオーは、前向きな気性が災いして、一本調子に突っ走ってしまう馬でした。自身の溢れるスピードを抑えることが出来ずに、スタートからとにかく全力疾走。素質は高かったのでそれなりに好走はするのですが、若駒の頃は典型的な人気先行タイプでした。そんなサクラバクシンオーが4歳の秋を迎え、キャピタルSで見せた走りに私は驚かされました。道中は2、3番手でピタリと折り合い、最後の直線に向いても鞍上の小島太騎手の手綱は持ったまま。ゴール前でわずかに手綱を緩められると、後続を楽々と突き放すという、ひと皮むけた走りを披露したのです。これだけスピードのある馬が、精神的に大きく成長し、スピードをセーブして走られるようになったのですから、他馬に付け入る隙はありませんよね。

それからのサクラバクシンオーは、まさにその名のとおり、短距離路線を驀進していきました。マイル戦ではノースフライトには敵いませんでしたが、スプリントレースでの強さは破格でした。94年の二度目のスプリンターズSでは、外国馬を迎え打つ立場でしたが、あっさりと自分の形に持ち込んで楽勝してしまいました。前年のリプレイを観ているかのような鮮やかなレースでしたね。G1レースともなると、道中のペースが極端に速くなりますので、後ろから行く差し馬に有利な展開になりやすいのですが、引っ張りきれないほどの手応えで先行して最後の直線で抜け出す、まさにこれぞ本物のスプリンターの正攻法の勝ち方だったと私は思います。

1994年スプリンターズS

これが本物のスプリンターの正攻法の勝ち方です。
亡き全演植オーナーのためにも、命を賭けても負けられないレースでもありました。

種牡馬としても見事に成功しましたね。サクラバクシンオーは性格が真面目すぎて、距離が持ちませんでしたが、父サクラユタカオー譲りの伸びのある馬体をしていました。そこで、マイルから2000mくらいの距離をこなせる産駒が出てくるのではと私は思っていたのですが、どうやら前向き過ぎる気性も同時に伝えているようですね。ショウナンカンプをはじめ、シーズトウショウ、ブルーショットガンなど、数々の名短距離馬を輩出しています。また、自身が古馬になってから完成されたように、産駒も早熟なようでいて実は古馬になってからひと皮むける、成長力のある馬が多いのも特徴です。そういう意味では、非常に遺伝力の強い馬です。

カノヤザクラも古馬になってから完成された感があります。3歳時はチグハグなレースを繰り返していましたが、アイビスサマーダッシュ、そして前走のセントウルSは、他馬を寄せ付けない完勝でした。ある程度、先行できるようになって、末脚もシッカリしているので、今回も安定して力を出し切れるはずです。500kgを超える馬体は牡馬顔負けで、パワーでも見劣りしませんね。サマースプリントチャンピオンですが、北九州記念をパスしてのものですので、昨年のサンアディユと比べると、まだ十分に余力を残しての参戦になります。最強スプリンターの血を受け継ぐカノヤザクラが、父子スプリンターズS制覇を叶えることが出来るのか楽しみです。

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◎アサクサキングス

Jiromaru

とうとう春のG1シリーズのフィナーレ、宝塚記念がやって来てしまいました。ウオッカやアドマイヤジュピタの出走がないのは残念ですが、少頭数ながらも個性豊かなメンバーが揃いました。ウオッカが宝塚記念に出てくれば好勝負になったことは間違いないのですが、陣営はコースや馬場適性を考慮に入れて、より勝利の可能性の高い天皇賞秋の方を選択したということですね。

宝塚記念を勝ち、なおかつ秋の天皇賞に良い体調で出走することはローテーション的に至難の業ですので、そういう各陣営の思惑を読むことも重要になってくるでしょう。もう少し具体的に言うと、秋の東京コースのような軽い馬場ではなく、今の阪神コースのような力を要する馬場に適性がある馬を狙うべきということです。

また、宝塚記念はシーズンオフに近いG1レースですので、どれだけ余力があるかも大きなポイントになってきます。天皇賞春で力を使い果たしてしまっていたり、年明けから走り続けてきているような馬は、宝塚記念で遂にガス欠を起こしてしまうことが往々にしてあります。サラブレッドの苦手な夏に向かいつつある時期でもありますので、体調には十分な注意が必要でしょう。

結論から述べると、本命は◎アサクサキングスに打ちます。実は前走の天皇賞春でも本命を打ったのですが、なんとも不甲斐ないレースでした。1番人気を背負って、他馬の目標にされてしまったということはあったにせよ、直線で一度も先頭に立つこともなく、伸びを欠いてしまいました。今から冷静に振り返ってみると、もしかすると3200mの距離が少し長かったのかなとも思います。3000mの菊花賞を勝ったアサクサキングスに、距離が長いと言うのは変だと思われるかもしれませんが、マイラーを輩出するスピードの勝った母系という血統的背景だけではなく、およそ20kg増えて逞しくなった馬体からも、中距離馬としての本質が顕在化してきたということがうかがい知れます。横から見るとスラっとしたステイヤー体型ですので、それだけ前から見た馬体の幅が広がっているということでしょう。古馬になって、パワーとスピードの資質が増強されたのです。

フットワークの大きなアサクサキングスにとって、明日の天気次第では重馬場が不安材料になりますが、首の高い走法からもこなせる可能性は十分にあります。逆に、外枠を引いたことはプラス材料になります。逃げるエイシンデピュティの外、2、3番手を伸び伸びと走ることが出来るはずです。向こう正面、そして3~4コーナーにかけて淀みないラップが刻まれることも、この馬にとってはおあつらえ向きのレースになるでしょう。瞬発力勝負になると分が悪いのですが、ジワジワと進出して、最後まで踏ん張り通すレースをしてくれるはずです。さらに、今年に入って3戦目というフレッシュなローテーションにも好感が持てます。菊花賞後に無理をさせることなく成長を促したことが、ここに来てプラスに働くのではないでしょうか。アサクサキングスには、ここを勝ってヨーロッパへの遠征を期待したいです。

メイショウサムソンは人気どおり、勝つ確率という点では最も高いかもしれません。なんといっても、好枠を引いたアドバンテージを生かして、武豊騎手が積極的に乗ってくるはずです。昨年の秋は、天皇賞秋をピークとして、ジャパンカップ、有馬記念と体調は下降線を辿りましたが、今年はその反省を生かして仕上げてきています。産経大阪杯は余裕残しの仕上げで、叩いた天皇賞春では一変しました。この馬も今年に入って3戦目で、昨年のこの時期に比べると体調面では上のはずです。あっさりと勝たれても仕方ありませんね。それでもサムソンに本命を打たなかったのは、1週間前追い切りはバツグンでしたが、最終追い切りの動きがあまり良く見えなかったからです。舌を出して集中力を欠いていたように映りました。杞憂に終わるかもしれませんが。

エイシンデピュティは、当初、本命まで打とうかと考えていた馬です。前走の金鯱賞では、苦手の左回りもなんのその、あっさりと押し切ってしまいました。なんといっても、産経大阪杯で見せた走りは本物です。アサクサキングスやメイショウサムソンと比べ、使ってきていたアドバンテージはあったものの、ダイワスカーレットに食い下がりましたから。渋太いレース振りを見る限り、2200mの距離も心配ありませんし、パワータイプだけに宝塚記念への適性は十分です。展開次第ではアッと言わせることもあるはずです。ただ、私がこの馬の評価を最後に下げたのは、やはり昨年から今年にかけて使い詰めの厳しいローテーションで走り続けてきているからです。体調維持に専念したかのような最終追い切りにも、少し疑問符が付きました。

ロックドゥカンブは、前走を叩いて上向きの体調で臨んできますし、力の要る阪神の馬場も合うはずです。将来性ということでいえば、4歳馬の中でも一番かなと評価している馬ですので、好走してくることは間違いないでしょう。ただ、前走で太目残りとはいえ、あっさり負けてしまったのが気になります。アルナスラインについても同じことが言えますね。まだ完全に力が付き切っていないからこそ、G2レベルを勝ち切れないのでしょう。果たして古馬の定量戦である宝塚記念を勝ち切れるでしょうか。

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メジロライアンのモヒカンカット

Jiromaru

宝塚記念といえば、夏の香りと共にいつも思い出されるのがメジロライアンのことです。まさに私が競馬を始めた頃に活躍していた馬だけに、その名前を聞くだけで、あの頃の初々しい想いが蘇ってくるようです。ライアンという名前の由来は、あの大リーグの豪腕ノーラン・ライアンからだそうです。メジロライアンと言えば、横山典弘騎手ですよね。この2人は名コンビというか、最高のパートナーでした。そして、やっぱりというか、この2人は大レースでなかなか勝ち切れなかった(笑)。

皐月賞3着
ダービー2着
菊花賞3着
有馬記念2着

特にダービーでは、1番人気を背負って、後ろから行って届かず2着。この時、横山典弘騎手は、その乗り方についてかなり酷評されました。後ろから行って脚を余すくらいならば、前に行ってバテた方がいい、という古い考えがまだ残っていた時代でしたから。今観てみると、勝ったアイネスフウジンが強すぎただけで、あの時点では最高の騎乗だったと思います。

夏を越して、菊花賞こそはとファンからの期待も高まったのですが、彼らの前に立ちはだかったのは、あの最強ステイヤー・メジロマックイーン。その恐ろしいまでの強さの前に、ライアンは連対すら確保することができませんでした。続く暮れの有馬記念でもオグリキャップの2着。大川慶次郎さんの掛け声の後押しがあったにもかかわらず(笑)、とうとうG1レース未勝利で3歳時を終えることになってしまいました。

このあたりで、イマイチくんのイメージが定着してしまったような気が…。まあ、その勝ち切れない二人にも、古馬になってようやく勝利の女神が微笑むことになりました。4歳時の宝塚記念で、宿敵メジロマックイーンを倒し、ようやく念願のG1タイトルを手に入れたのです。先行して押し切ってしまうという横綱相撲だったのですが、実は私はライアンがマックイーンに勝つことを予測していました。

競馬好きのあらゆる友達に、「今度こそライアンがマックイーンに勝つ!」と宣伝して回ったのですね。しかし、それまでの2頭の対決だけを見れば、マックイーンの方が強いことは明らかでしたので、「ライアンがマックイーンに勝てるわけがない!」という反応がほとんどでした。だからこそ、宝塚記念でのライアンの見事な勝利は、横山典弘騎手と同じくらい、私も鼻高々な気分だったことを覚えています。

とはいっても、本当のことを言うと、ライアンがマックイーンに勝てる理由なんて私も分かりませんでした。競馬を始めてわずかの頃でしたので、理論や理屈でライアンを推したわけではなく、ライアンを応援したかった気持ちが勝てるという妄想にすり替わっただけでした。

私がライアンを応援したくなった理由は、あのモヒカンカットのエピソードを宝塚記念の前に知ったからです。ご存知ではない方もいらっしゃると思いますので説明しておきますと、メジロライアンは馬一倍(?)皮膚が弱くて、タテガミを伸ばしていると、首の肌が荒れて、痒く(かゆく)なってしまったそうです。だから、メジロライアンはいつもタテガミを短く切っていて、まるでモヒカンのような髪形をしていたのです。私も小さいころアトピーで悩んだ経験がありまして、そんなこんなでモヒカンカットのライアンを応援したくなったのです。そんなことで初心者の予想が当たるのも競馬の面白いところです。メジロライアンの余生が幸せであることを願います。

メジロライアンとその産駒たち

ほんの少しですが、宝塚記念とモヒカンカットがご覧になれます。

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◎グッド馬場

Jiromaru

安田記念は2005年よりアジアマイルチャレンジの最終戦として位置づけられ、それ以降、香港のトップマイラー(もしくはスプリンター)がこぞって参戦してくるようになりました。全般的に、スプリント戦であれば香港馬、中距離以上のレースであれば日本馬の方が強いのですが、ことマイルの距離においては、香港馬と日本馬は互角のレベルにあります。

そのため、わずかに日本に地の利があるとしても、基本的には国際的な強いマイラーが勝つのが安田記念ということになるはずです。つまり、本当に強いマイラーであれば、フューチュリティS→ドバイデューティーフリー→チャンピオンズマイル→安田記念というレース体系の中で戦ってくるはずで、そういう馬を狙うべきだということです。

本命は5連勝中の◎グッドババに打ちます。昨年は初来日で7着と惨敗してしまいましたが、その後、完全に本格化しました。サラブレッドにとって、海外へ遠征することにはデメリットとメリットがあります。デメリットは、輸送や環境の大きな変化によって馬が傷んでしまうこと。メリットは、輸送や環境の大きな変化によって、馬が精神的に強くなったり、リフレッシュされることです。グッドババの場合は、完全な後者だったのですね。元々能力は高かったのでしょうが、昨年の安田記念を境に、馬が変わりました。

前走のチャンピオンズマイルは、4コーナーでは既に先団に取り付き、直線では馬なりで先頭に立つ勢いの圧勝でした。他馬とはエンジンの性能がふたつぐらい違う感じでしたね。馬体や走り方を見る限り、スパッと一瞬の切れ味がある馬ではなく、しぶとく伸びて、最後はパワーでねじ伏せるタイプです。決して派手な勝ち方をするわけではありませんが、こういうタイプが充実すると、なかなか取りこぼしが少ないのが特徴です。

あまり内を引きすぎると、押し込まれて、馬場の悪いところを通らされる心配がありましたが、9番枠ならばギリギリセーフでしょう。道中は馬場の良いところを選んで走り、最後の直線ではド真ん中に出して追ってきて欲しいものです。少し重くなってきている東京の馬場も、グッドババにとってはGood馬場!だと思います。

ウオッカは、馬体をフックラと見せ、毛艶も良くなってきているように、どん底の状態であった前走に比べ、明らかに体調は上向いてきています。もちろん、この馬にはダービーを勝ったことによる燃え尽きという、目に見えない要素があるので要注意ですが、今回は久しぶりのチャンスなのではないでしょうか。また、牡馬に混じって走ったドバイデューティーフリーも非常に価値が高いと思います。このレースを勝ったジェイペグがシンガポール国際カップも制したように、メンバー・内容ともにハイレベルな一戦での僅差の4着でした。日本馬の代表として、グッドババと叩き合いを演じて欲しいものです。

現在1番人気に推されているスーパーホーネットは、昨年の秋以降、充実した走りを続けていますね。前走の京王杯SCの走りは圧巻でした。中間は美浦に長期滞在して、苦手な輸送を避ける作戦です。ただ、休み明けを経て、少しずつ減っている馬体が気になりますね。特に前走の勝ちっぷりと馬体重を見る限り、前走がピークで、本番へ向けての大きな上積みは望めないはずです。あとは充実してきている現在の力がどこまで通用するかでしょう。

馬場を考えると、スズカフェニックスにもチャンスが訪れるかもしれません。ダービーが終わり、私たちの張り詰めた気持ちがスッと緩むのと時を同じくして、ダービーまではなんとかもっていた芝も、急激にガタっと悪くなってしまいます。今年の安田記念はダービーに引き続きCコースで行われますので、どう考えても馬場の内側が傷んでいますよね。そこを走らされた馬が、いつのまにかスタミナを奪われて失速するというシーンを、安田記念で私は何度も観て来ました。グッドババやウオッカに比べ、スタミナという面では一抹の不安が残りますが、馬場の良いところを走られる外枠を生かすことが出来れば、好走も期待できるはずです。

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◎ディープスカイ

Jiromaru

お手紙ありがとうございます。いよいよダービーの日がやってきました。シンボリルドルフがダービーを「勝つ馬」が勝つレースに変えたのですね。私もルドルフおやじさんに倣って、「勝つ馬」を探してみたいと思います。

各馬の評価の前に、まずは今年の出走馬をローテーション別に分けて考えてみたいと思います。というのも、今年は最もダービーへとつながりやすいとされる皐月賞組に大きな特徴があるからです。これは皐月賞のレース前に感じたことですが、各馬がずいぶんと皐月賞に勝負を賭けてきたなということです。抜けた馬がいない混戦であっただけに、ダービーを見据えてではなく、皐月賞を勝ちにきた仕上げの馬が多かったということです。

勝ったキャプテントゥーレを筆頭にして、タケミカヅチ、レインボーペガサスなど、究極の仕上げを施してきた馬が多く、着順こそ脚質が左右しましたが、結果的にそれらの馬が上位を独占しました。弥生賞がギリギリの造りであったマイネルチャールズは踏ん張ったものの3着に破れ、スプリングSで仕上げ切ってしまったスマイルジャックは惨敗してしまいました。

つまり、何が言いたいかというと、皐月賞組(特に上位組)の中では、ダービーへ向けての上積みを期待できそうな馬が見当たらないということです。ショウナンアルバのようにまともに走らなかった馬を除いては、良くて平行線、悪ければ体調が下降して臨んでくる馬が多いはずです。

そこで私は今年こそ青葉賞組からダービー馬が出るのではないかと思い、府中までダービー馬を探しに行きましたが、レース後には無駄足だったことを悟りました。アドマイヤコマンドは強いレースをしてくれましたが、なんとこの馬も青葉賞でダービーの権利を獲るために、かなりのところまで仕上げてきていました。こちらも良くて平行線の体調での出走になってしまうでしょう。アドマイヤコンドル以外の青葉賞組には、ダービーで勝負になるだけの完成度を感じませんでした。

果たして今年のダービーはどうなるのかと思った矢先、翌週のNHKマイルCを観て、ようやく霧が晴れた思いがしました。スピードだけでは乗り切れない府中のマイル戦で、ゴスホークケンが淀みのない流れでレースを引っ張り、まさに各馬の総合力が問われる内容でした。勝ったディープスカイも2着に敗れたブラックシェルも、ダービーを見据えた仕上げの中、高いパフォーマンスを見せてくれました。馬場の影響で1分34秒台での時計の掛かる決着になったことも、馬の肉体面へのダメージを考えると吉と出そうです。

今年の本命は、NHKマイルC勝ち馬の◎ディープスカイに打ちます。前走のNHKマイルCは展開が向いたこともありましたが、強靭な末脚を発揮した強いレースでした。皐月賞をパスして、間を開けてみっちり乗り込んだことにより、体に芯が入って、ひと回り大きく成長を遂げました。皐月賞をパスしたことについて、昆調教師の「2、3着を拾っても意味がなかった」という言葉には力がありますね。NHKマイルCを叩いて、1週間前追い切りでは51秒台が出たように、さらに体調はアップしています。馬体を見ても、前走を快勝した反動は感じられませんね。

マイル戦であれだけ切れた馬だけに、距離が伸びてどうかという不安はありますが、折り合いのつく馬ですし、府中のマイル戦の激しいレースを勝ち切っていますのでスタミナに心配はないでしょう。あとはハンドル操作の難しい(敏感な)馬ですので、四位騎手が馬のリズムで走らせてあげることができるかどうかです。1番枠を引きましたので、スタートしてから1コーナーまでの所をどれだけスムーズに捌けるかがポイントですね。幸いにも、四位騎手には昨年ダービーを制した経験がありますので、落ち着いて乗ってくれると思います。

NHKマイルCを2着したブラックシェルも勝ち負けになる1頭です。ここに来て、馬体のバランスが良くなってきており、2400mの距離にも適応できそうな雰囲気が出てきました。そう考えると、恐ろしいですね、松田国調教師という人は。調教で馬を変えることが出来るのですね。さすがにダービーをタニノギムレットとキングカメハメハで2勝しているだけのことはあります。これら2頭には敵いませんが、ブラックシェルも府中でこそのフットワークで走る馬で、もちろん鞍上の経験も怖いですね。武豊騎手には意地を見せてもらいたいところでもあります。

ダートを4連勝して、追加登録料を払ってでもダービーに出走してきたサクセスブロッケンには、未知の魅力があります。調教師も主張するように、馬体ひとつを取ってみても、とてもダート馬のそれとは思えません。ただ、追い切りでも速い時計が出ないように、まだ全体的に馬体に力が付き切っていません。この馬がダートを得意とするのは、かき込むような走法だからということに加え、力が付き切っていない部分を補うことが出来るからです。そういう現状を考えると、将来的には天下を獲る馬になるかもしれませんが、現状としては他馬に比べて完成度で劣ると考えています。

今年のダービーはプレミアムレースですので、大きく賭けようと思っていたのですが、雨が私の頭を冷やしてくれました。2分数十秒に凝縮されたドラマを、一瞬たりとも見逃さないように楽しみたいと思います。まずは全馬が無事にゴールまで走り切ってくれることを願います。ルドルフおやじさん、そして「ガラスの競馬場」を読んでいただいている皆様にも、よいダービーが訪れますように。

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ルドルフおやじからのダービー特別寄稿

Rudolf

一時も仕事のことが頭から離れず、ふーふー言いながら毎日過ごしています。

頭を切り替える、その時間もない悪い状態。せめてダービーウィークの最後だけは・・と思ってキーボードを叩いています。

だれが笑うことができるか?

ビートルズは2人になってしまいましたが、ストーンズは元気ですね。かつてロン・ウッドがストーンズに加入したときに、「ストーンズに入って一番しんどいのは・・・ストーンズのように生きなければならないこと」と言っていたのを思い出しました。

還暦を過ぎたミックやキースがストーンズのように生きつづけている、ってのは凄いですね。

岡部幸雄はルドルフに乗る前は、評価でいうとナンバー2辺りにいる、地味な印象を与える騎手だったような気がします。ただラフプレイをした若手騎手に鉄拳制裁を加えたなんていう記事が一般週刊誌に載ったりして、へえ、ずいぶん厳格な騎手もいるもんだ、と思っていましたが、今、思えば岡部幸雄の人生を貫き通しているのは、この厳格さだったんだ、と気づく次第であります。

岡部幸雄の凄いのは岡部幸雄のように生きたことです。
ルドルフの凄いのはルドルフのように駆けたことです。

おやじのような者は、決して真似できない人生の輝きを垣間見てふーっと救われた気分になるわけです。岡部幸雄が、ルドルフがおやじの替わりに凄い人生を生きてくれている。

数年前、後藤が何某と大ガンカしたあげく、殴って処分を受けたなんていうのがありましたな。なんと子供っぽいことか。後藤は今でも天真爛漫に乗って子供のように勝利騎手インタビューでわけのわからないことを話している。こういうのを見ていると落ち込んでしまう。後藤がおやじの人生を生きている、がっははは。

あっ、ダービーですね。今年は血統も何もあったもんじゃあない。何も知りません。馬券を買う時間を捻出して2000円ほど買ってみます。

かつて皐月賞は「勝つ馬」が勝つレースでした。ダービーは「負けない馬」や「負ける」馬が勝つレースでした。それを変えたのはルドルフだったような気がします。

今年の皐月賞は「負けない馬」トゥーレが勝ちましたね。今度は「勝つ馬」でいくことにします。ブラックシェルやディープスカイあたりに注目しています。

やっと仕事が頭から離れました。感謝です。

今日の深夜か明日の治郎丸さんの予想を楽しみに待っています。

治郎丸さんによいダービーが訪れますように神のご加護を。

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誰に笑うことが出来るだろうか?

Jiromaru

Winningticket_2「ダービーを勝ったら騎手を辞めてもいい」という柴田政人元騎手(現調教師)の言葉には、全てのホースマンのダービーに対する思いが込められているような気がします。競馬の世界では誰もが一度はダービーを夢見ますが、実際にダービーの栄光を掴み取ることが出来るのはわずか一握りの者にしかすぎません。だからこそ、ホースマンは自らの存在と引き換えにしてでも、ダービーの名誉を手に入れたいと思うようになるのです。ウイニングチケットでようやくダービーを勝った時のインタビューにて、柴田政人元騎手は、「世界のホースマンに、第60回のダービーを勝った柴田ですと伝えたい」と答えました。もしかすると、ホースマンはダービーを勝つことで初めてホースマンになるのかもしれません。

柴田政人騎手と競馬学校の同期であり、かつ永遠のライバルでもあった、あの岡部幸雄騎手でさえ、たった一度しかダービーを勝つことは出来ませんでした。そう、20世紀の最強馬である皇帝シンボリルドルフとのコンビで挙げた1勝のみです。シンボリルドルフに出会ったこの年、岡部幸雄騎手は34歳でした。それまで決して順風満帆とはいえない騎手人生を送ってきた岡部幸雄騎手にとって、皐月賞を圧勝したシンボリルドルフをパートナーに迎えるダービーは、まさに千載一遇のチャンスだと思えたそうです。シンボリルドルフなら勝てるだろうという希望と、これで負けたらもう一生ダービーを勝つことはないだろうという絶望を、岡部騎手は両手綱に抱えながら第51回ダービーのスタートは切られたのです。

私たち競馬ファンがシンボリルドルフの異変に気付いたのは、レースが向こう正面に差し掛かったあたりだったでしょうか。なんとシンボリルドルフがなかなか前に進んで行こうとしないのです。皐月賞をほとんど持ったままで勝った時とは全く別の馬のような行きっぷりの悪さで、岡部騎手が追っ付けながらやっとのことでレースについて行っているという状態でした。焦った岡部騎手は肩ムチを1発、2発と入れました。スタンドで見守っていた野平祐二調教師の周りからは悲鳴が聞こえました。残り500m。シンボリルドルフはまだ7番手以降。この時点で、和田共弘オーナーは「もうダメだ」と目を閉じました。

「行くぞ。しっかりつかまっていろ!」というルドルフの声を岡部騎手が聞いたのは、府中の最後の直線ラスト400mのところでした。ルドルフは前との差を一気に詰め、最後の200mでは前を行くスズマッハに並んだかと思いきや、あっという間に交わし去り、ゴールでは先頭に立っていたのです。岡部幸雄騎手はレース後にこう語りました。「僕自身がルドルフに一切を教わりました。途中でどうなったのかと思いましたが、動くにはまだ早いということをルドルフの方が良く知っていたのですね。焦っていた私をルドルフが助けてくれたのです」と。

第51回ダービー

皇帝ルドルフが最も苦しんだレースのひとつです。

シンボリルドルフに助けられてラストチャンスを手にした岡部騎手は、それ以降、ジョッキーとしての大輪を花咲かせました。1987年には自身初のリーディングジョッキーとなり、多くの名馬と出会い、数多くの大レースを勝ち、57歳まで現役を続けながら、生涯通算で2943勝という大記録を打ち立てました。まさにジョッキーはダービーを勝つことで初めてジョッキーになったということなのでしょう。それだけの魔力がダービーにはあるということです。

「誰にミックジャガーを笑うことが出来るだろうか?」という村上春樹のエッセイがあります。

ミックジャガーは若いときに、「45歳になって『サティスファクション』をまだ歌っているぐらいなら、死んだ方がましだ」と豪語した。しかし、実際には60歳を過ぎた今でも『サティスファクション』を歌い続けている。そのことを笑う人々もいる。しかし僕には笑えない。若き日のミックジャガーは45歳になった自分の姿を想像することが出来なかったのだ。若き日の僕にもそんなことは想像できなかった。僕にミックジャガーを笑えるだろうか?笑えない。

「ダービーを勝ったら騎手を辞めてもいい」と語った柴田政人騎手や、ダービーでシンボリルドルフにレースを教えられた岡部幸雄騎手を私たちは笑うことが出来るでしょうか?柴田政人騎手はダービーを勝ったからといって本当に騎手を辞めたりはしませんでしたし、岡部幸雄騎手はダービーを勝った後に超一流ジョッキーへの道を歩み始めました。ホースマンはダービーを勝つことで初めてホースマンになるのです。私たちに柴田政人騎手や岡部幸雄騎手を笑えるでしょうか。笑えません。

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◎エアパスカル

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華やかなオークスの週にこんなことを書くと怒られるかもしれませんが、人間と同じように馬にも性豪と呼ばれる馬がいます。その中でも最も有名なのが、ハイセイコーやアカネテンリュウ、タケシバオーなど数々の名馬を輩出したチャイナロックではないでしょうか。通常、種付けの前には、アテ馬が繁殖牝馬を発情させて種付け行為を可能な状態にするのですが、チャイナロックはアテ馬に任せるのではなく、自ら進んでこの行為を行い、しかも相当に上手かったそうです(笑)。現在ほど獣医学が発達していなかった時代に、29歳の高齢まで種付けを行い、生涯で1300頭以上の繁殖牝馬と交配を行ったと記録されています。

もちろんその逆もあって、たとえ種牡馬であっても種付けに淡白な馬もいます。ザテトラークやブランドフォードは、種付けに淡白な馬は種牡馬として成功しないという定説を覆し、わずかな頭数しか誕生させていないにもかかわらず、種牡馬として子孫を大繁栄させた馬です。

ザテトラークは芦毛のアイルランド産馬で、現役時代は7戦無敗の最強スプリンターでしたが、種牡馬としては苦しい日々を送ることになりました。とにかく種付けが嫌で、スタッフにうながされて繁殖牝馬の背中に乗るや、1、2回ピストン運動をしただけで発射せずに降りてきてしまうのが当たり前でした。また、馬は射精をすると尻尾の付け根を痙攣させるため、スタッフはその仕草を見て種付け完了を確認するのですが、ザテトラークは頭も良かったのでしょう、尻尾を痙攣させて射精したフリをすることもあったそうです。結局、年間で6、7頭前後、生涯で130頭ほどしか産駒を誕生させることが出来ませんでした。

ブランドフォードも同じく種付けに興味を示さなかった種牡馬です。興奮した繁殖牝馬を目の前にしても、ボーっとしながら周りを歩き、30分から1時間ほどしてようやく行為に及ぶといった始末でした。いつまで経ってもその気にならないこともしょっちゅうで、いつも種付けスタッフを困らせていたそうです。それでも、産駒が誕生するやもの凄い勢いで活躍し、イギリスの3冠馬バーラムを筆頭にたくさんの名馬を輩出しました。

日本の競馬を席巻したノーザンテーストやサンデーサイレンスにも、実はこの2頭の血が色濃く流れています。サンデーサイレンスはマムードの4×5のクロスを持ちますが、このマムードの祖母の父がザテトラークで、祖父がブランドフォードです。マムードはその名こそ目立ちませんが、サラブレッドの血統を裏で取り仕切っているような種牡馬界の裏番です。種付けに淡白だったザテトラークやブランドフォードからマムードが誕生し、そこからさらにノーザンテーストやサンデーサイレンス生まれたという事実は本当に面白いですね。

私は3年ほど前、社台スタリオンステーションを見学させてもらいましたが、シンボリクリスエスやマンハッタンカフェ、クロフネなど、今をきらめく種牡馬たちと同じ厩舎の一番隅の馬房で、物音ひとつ立てず申し訳なさそうに暮らしている馬がいました。スタッフの方にその馬の名前を尋ねたところ、「ウォーエンブレムです」という答えが返ってきました。とても鳴り物入りで日本に輸入されたアメリカの2冠馬には見えませんでした。種牡馬としての評価がガタ落ちしただけではなく、毎日嫌いなことばかりやらされて、サラブレッドとしての自信を失ってしまっていたのでしょう。馬房の中から目だけが光っていたシーンは今でも忘れられません。

2003年には40頭の牝馬を受胎させ、ようやく復調気配を見せたのですが、翌年の2005年には再び9頭と激減しました。そして、2006年は僅か1頭になり、あらゆる策が講じられたものの、ついに2007年以降はウォーエンブレムの仔が生まれてくることはありませんでした。

それでも、2005年に誕生した33頭の中から、キングスエンブレムがすみれS、ショウナンアルバが共同通信杯、エアパスカルがチューリップ賞、ブラックエンブレムがフラワーCを制しました。産駒全体の勝率は18.8%と、サンデーサイレンスの12.1%を大きく上回っています。もの凄い遺伝能力ですよね。もしウォーエンブレムが、サンデーサイレンスのように年間200頭もの産駒を誕生させることが出来ていたら、果たしてどうなっていたのでしょうか。

さて、今年のオークスにも、ウォーエンブレム産駒が2頭登場します。ブラックエンブレムも魅力があるのですが、思い切って本命は◎エアパスカルに打ちます。前走の桜花賞では9着に惨敗してしまいましたが、先手を奪えなかっただけではなく、厳しいペースを前で追走した割には、最後まで良く頑張っていました。スローに流れたチューリップ賞と正反対のペース(展開)だっただけに、いきなりの速い流れに戸惑い、自分のペースで走られませんでしたね。今回はこれといって行きたい馬も見当たらず、外枠からスムーズに逃げもしくは先行できるのではないでしょうか。イメージで言うと、ダイワエルシエーロが勝った時のような位置取りです。オークスは桜花賞組から狙うのは基本ですが、その中でも巻き返しが期待できるエアパスカルに妙味があります。

また、藤岡佑介騎手の勢いも見逃せません。先週の日曜日は4連勝して、安藤勝己騎手を抜いて関西リーディングの第3位に上がってきました。技術的な部分での向上はもちろんのこと、常に馬のリズムに合わせて騎乗しているのが藤岡騎手の素晴らしいところです。いつも楽しく誇らしげに乗っている姿を見ると、家族からもしっかりと応援されているんだろうなと思います。

これはジョッキーだけに限ったことではありませんが、やはり家族からの応援があるのとないのとでは大きな違いがあります。昔は一人前になるまで帰ってくるな!と言って世間に送り出したものですが、今は違いますよね。イチロー選手や石川遼くんのように、トップに立つアスリートの陰には、必ずといっていいほど、自分たちの子供のやりたいことを心から応援している家族の姿が見え隠れします。あの岩田康誠騎手のお父さんも、熱烈な岩田康誠騎手の追っかけだそうですね。藤岡佑介騎手には、これから日本を背負って立つジョッキーのひとりになって欲しいものです。

押し出される形で1番人気になるのはリトルアマポーラでしょうか。牡馬を相手の重賞でも僅差の4着と健闘したように、このメンバーでも能力は上位です。東京競馬場を経験していることもプラス材料です。前走はクイーンSから間隔が空いて、仕上げが難しく、少し重めが残った体調での出走となったのではないでしょうか。道中から行きっぷりが悪く、追い出してからの反応もイマイチでした。今回は馬体を回復させながらもキッチリと調教が施され、前走に比べてもさらに上向きです。ただ、後ろから行く脚質に加え、大外枠を引いてしまい、外々を回されてしまう可能性があります。また、切れ味が特徴な馬だけに、重馬場になりそうな雨模様も心配です。先頭で駆け抜けるだけの能力はありますが、極めて乗り難しい状況でもあるという理由で、この馬を本命にはしませんでした。

桜花賞で1番人気を集めたトールポピーは、なぜか馬体重を大幅(-10kg)に減らしてしまい、惨敗してしまいました。この馬向きの展開になっただけに残念でしたが、ここに来て、本番が近いことを悟ると馬が自分で体を作り始めるようになったということです。周りの状況や人間の行動から本番が近いことを知ることが出来るほどに頭が良いということですが、そのことがかえってトールポピーにマイナスに働いてしまったのですね。今回も輸送があり心配ですが、体つきを見ると前走に比べ、ふっくらと仕上がっています。この馬は決して早熟タイプではありませんので、普通に走れば、このメンバーでも一枚上の底力を秘めています。ただ、追い切りで引っ掛かる仕草をしていたのが気になったのと、道悪が得意なフットワークではないという点で、本命は打ちませんでした。

桜花賞で3着した関東馬ソーマジックは、今回、長距離輸送をしなくても済むメリットがあります。その分、シッカリと調教が施されていますし、前走からの上り目もかなり大きいはずです。普通に走れば勝ち負けになるはずですが、私としては、馬体に硬さを感じるというか、パワー型の馬であるように思えて、芝の時計の速い馬場での決着に不安を感じていました。特にスローの瞬発力勝負になりやすいオークスは、この馬向きのレースにはならないということで、あまり評価はしていませんでした。しかし、馬場が重くなることがこの馬にとってはプラスに働くはずで、そのことによって勝ち切るシーンもあるかもしれませんね。

桜花賞組以外では、フローラSを勝ったレッドアゲートに注目しています。人気になりそうな馬たちの中では好枠を引きましたね。道中は内々で折り合って、最後の直線で末脚を爆発させるにはちょうど良い枠です。内田博幸騎手を鞍上に迎え、お膳立ては整った感はあります。馬群の中で泥を被って、嫌気を差してスムーズさを欠いてしまうなんてことがなければ、前走の再現をすることも可能でしょう。ただ、馬体的にはまだ幼さを残した未完成の印象を受けますので、将来性はともかくとして、現時点では完成度の高さで桜花賞組の方が有利だと評価しています。

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時代を大きく変えたテスコガビー

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Tesukogabi_2先日、ダービー馬を探しに東京競馬場まで足を運んだついでに、JRA競馬博物館で「オークス展」を見てきました。優駿牝馬の70周年を記念して、歴代の優勝馬の写真や貴重な資料などが展示してありましたが、その中でも、第36回の優勝馬であるテスコガビーのメンコには感激しました。

テスコガビーは8馬身差でオークスを逃げ切り、日本のスピード競馬の幕開けを示した馬です。それまでは、マイルの桜花賞と2400mのオークスは全く異なるものというのが定説で、桜花賞を勝ったスピード馬は、オークスでは軒並みスタミナ不足を露呈して、失速していた時代でした。ところが、テスコガビーはあり余るスピードで、なんとオークスさえも楽々と逃げ切ってしまったのです。距離不安を吹聴していた専門家の口はふさがりませんでした。この日を境として、まるで堰を切ったかのように、スピードが全てを制する競馬の時代がやってきたのです。

テスコガビーは菅原泰夫騎手のお手馬でした。そして、この年、菅原泰夫騎手はもう1頭の化け物の主戦も務めていました。ダービーを伝説のハイペース(前半1000mが58秒9!)で逃げ切ったカブラヤオーです。幸いなことに、テスコガビーは牝馬、カブラヤオーは牡馬であったため、菅原泰夫騎手は桜花賞、皐月賞、オークス、ダービーという空前絶後のクラシック4冠を制することになりました。実は、私が誕生した歴史的な年でもあります(笑)。

テスコガビーとカブラヤオーは一度だけ対決したことがあります。東京4歳S(現共同通信杯)で見えることになった2頭ですが、菅原泰夫騎手はテスコガビーを選んだのです。というのも、これはカブラヤオーが引退するまで誰にも明かされなかったことなのですが、他馬が近くに寄ると怖がって力を出せない弱点を隠すため、テスコガビーに乗って他馬からカブラヤオーをガードする作戦を獲ったそうです。その作戦が見事に成功し、カブラヤオーはテスコガビーとのデットヒートの末に、東京4歳Sを逃げ切り、その後、ダービーを制しました。

直接対決ではカブラヤオーに軍配が上がりましたが、菅原泰夫騎手は「カブラヤオーも強かったけど、テスコガビーはもっと強かった」と後年に語ったそうです。牝馬らしからぬ堂々とした青鹿毛の馬体や鼻筋の美しい流星もあって、テスコガビーはカブラヤオーよりも人気があったのです。その圧倒的なスピードと眩いばかりの輝きに、誰もが目を奪われた競走生活でした。

ところが、そこでめでたしめでたしと終わらないところが、競馬の歴史の恐ろしいところですね。テスコガビーの生涯には、誰もがあまり語りたがらない結末が待っていました。無事に引退して、ようやく繁殖生活に入ろうとしていたその時、テスコガビーはなぜか再び現役復帰に向けて方向転換がなされました。1年間のブランクがあったにもかかわらず、無茶な調教を課せられたテスコガビーは、調教中に心臓麻痺で急死してしまいました。

真相は分かりませんが、テスコガビーの馬主が経営していた会社が、テスコガビーの死の数日後に倒産していることから、馬主にとっての最後の頼みの綱としてテスコガビーが競走に駆り出されたということだったのでしょう。馬の運命も人のそれと同じように数奇なものです。テスコガビーの生涯を不運とする方もいらっしゃるでしょうし、それが運命だったと捉える方もいらっしゃるでしょう。

それでも、テスコガビーがオークスで放っていた輝きは、永遠に私たちの心に残ると私は思っています。スピードだけを頼りに生涯を駆け抜け、時代を大きく変えた牝馬でした。JRA競馬博物館で見た、緑と黄色で彩られたメンコにくり抜かれた目の部分からは、まるでテスコガビーがこちらを見つめているように感じました。

1975年オークス

時代を震撼させたテスコガビーの走りを見よ!

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◎ジョリーダンス

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ウオッカは牝馬ながらにしてダービーを制しましたが、これは1937年のヒサトモ、1943年のクリフジに次ぐ史上3頭目、64年ぶりの快挙になります。さらに言うと、ヒサトモとクリフジの時代はオークスが秋に行われていたので、この2頭はオークスを捨ててダービーに臨んだわけではありません。つまり、ウオッカは「オークスを敢えて捨ててダービーに挑戦し、勝利した史上初の牝馬のダービー馬」ということになりますね。

海の向こうのケンタッキーダービーを優勝した牝馬ウイニングカラーズが、以降、12戦を走って、ひとつもG1レースを勝てなかったのは有名な話です。その年のダービーのレースレベルが低かったのではないか、と疑う方もいらっしゃるかもしれませんが、決してそのようなことはありません。むしろ、歴史に名を残しているような素晴らしいメンバーが揃っていました。

クビ差の2着は3歳チャンピオンのフォーティナイナー。後に日本はもちろん世界的にも評価の高い種牡馬になりました。プリークネスS2着、ベルモントS3着と好走し、日本でも数多くの名馬を輩出したブライアンズタイム。プリークネスSとベルモントSの2冠を制したリズンスター。さらに、ドバイミレニアムやシーキングザパールなど、国際的な名馬を輩出したシーキングザゴールドも走っていました。振り返ってみると、錚々たる面子ですよね。

古馬の牡馬と同じレースで走ることがどれだけ牝馬にとって負担が掛かるか、ということを前回の手紙で書きましたが、たとえ3歳戦であっても、ウオッカは最高峰のダービーを勝ってしまったのですから、その肉体的、精神的な疲労は計り知れないものがあるはずです。ダービー以降はウオッカらしい走りが見られず、ダイワスカーレットよりも下に評価されている向きもありますが、それでは余りにも可哀想ですよね。もちろん、ダイワスカーレットの強さも底なしですが、それと同じもしくはそれ以上の能力をウオッカは秘めています。

ウオッカは果たして復活するのか、それとも競走馬としてはこのまま終わってしまうのか。今回のレースは大きなターニングポイントになりそうですね。私としては、短期放牧を挟んだウオッカが復活してもおかしくはないと思っていますが、1番人気の今回は賭けるメリットがあまりないので本命にはしません。

そこで、本命は◎ジョリーダンスに打ちます。すでに7歳馬ですが、馬体を見ても全く年齢を感じさせません。昨年は連勝して臨んできたのですが、逆に言えば、おつりのない状態だったことも確かです。昨年の安田記念(3着)後、休み明けで減っていた馬体が、東京新聞杯時にようやく戻って、体調は今まさに上り調子です。だからこそ、この中間も追い切り量を増やし、ハードに乗り込むことが出来ています。最終追い切りも、抑え切れない手応えで追走し、追い出されてからはシッカリと伸び切って、目を引く動きでした。

そして何よりも、今年は絶好の内枠を引き当てました。昨年は外枠から後方に控え、脚を余しての5着でしたが、今回はスタートからポンと普通に出していけば、中団より前の位置が取れるはずです。内々で脚を溜めて、最後の直線の瞬発力勝負になれば、この馬にも勝つチャンスは十分にあります。ジョッキーも百戦錬磨の安藤勝己騎手ですので、勝てるポジションを取りに行くはずです。ギリギリまで追い出しを待ち、馬群が開いたら、あとは馬場の真ん中に出してグイグイと追ってきて欲しいものです。

ニシノマナムスメは前走のマイラーズCを2着したように、ここにきて充実してきています。ヴィクトリアマイルは毎年、牡馬を相手に好走してきた馬が激走するレースですので、まさにそれに当てはまりますね。牡馬相手のマイラーズCで2着という実績は、目下の勢いに加え、牝馬同士であれば力上位であることの証明です。追い切りの動きは頭が若干高いのが気になりますが、いつものことなので問題ないでしょう。父はサンデー系の中でも絶好調のアグネスタキオンで、母はあのシンコウラブリイと互角に戦った名牝ニシノフラワーです。これだけ走る条件を満たしていれば、好走は間違いありませんね。

ブルーメンブラッドは石坂厩舎に転厩してから馬が変わりましたね。昨年のヴィクトリアマイル時はまだ線の細さが目立ちましたが、休み明けを経て、前後肢ともに実が入って力強い馬体になりました。特に前脚のかき込みが強くなって、最後の直線でグイグイ伸びてくるようになりました。レース振りがチグハグでなかなか勝ちきれませんが、牝馬同士であれば凡走は考えられません。東京競馬場ですので、この馬のペースで行って、直線で追い出せば確実に伸びてくるはずです。あとはレースの流れ次第ですが、どの程度、前に位置することが出来るかが問題です。

ベッラレイアは秋山騎手に手綱が戻って、大きなドラマを感じさせてくれます。オークスの敗因は仕掛けのタイミングというよりも、道中の走らせ方にあったと私は思っています。スタート後から道中ずっと、なるべく前へつけたいという秋山騎手の気持ちが伝わったのか、ベッラレイアも随分力んで走っていました。秋山騎手とベッラレイアの間の重心がいつもより前に移動していたのです。伊藤雄二元調教師の「道中でベッラレイアの背中が伸びたまま走っていた」、田原成貴元ジョッキーの「仕掛けが1000m早かった」という忌憚のない言葉は、そういう意味でしょう。

ベッラレイア自身は本質的にはマイラーですので、今回は折り合いを気にする必要もあまりなく、2400mのオークスに比べると随分乗りやすいはずです。悲願の初G1レースを勝つにはもってこいの舞台が整いました。休み明けの心配はありますが、1週間前と最終追い切りの動きを見る限りにおいては、肉体面はほとんど仕上がっています。ただひとつ、17番枠を引いてしまったことが悔やまれます。まだ結果が出ていないので分かりませんが、スローに流れがちなヴィクトリアマイルでは外々を回されてしまう恐れがあるからです。


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ターフの真ん中日曜日!:その言葉を忘れない
BABOOからの手紙:ヴィクトリアマイルですね

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古馬になってから牡馬と互角以上に渡り合ったエアグルーヴ

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「最強の牡馬は?」と問われると返答に困るのですが、「最強の牝馬は?」という質問には何の迷いもなく答えることができます。私の知る限りにおいて、エアグルーヴこそ最強の牝馬であり、それは私が生きている限り変わることはないでしょう。そのぐらい、エアグルーヴは不世出の強い牝馬でした。

エアグルーヴの強さは、「古馬になってから牡馬と互角以上に渡り合った」ということに集約されます。牝馬にとって、古馬の牡馬と戦うことは非常につらいことです。牝馬と牡馬では威圧感がまるで違うため、ほとんどの牝馬は古馬の牡馬と戦うともみくちゃにされてしまい、3歳時の輝きは色褪せ、古馬になって全く走らなくなってしまいます。苛酷な戦いによって、心臓発作や心不全を起こしてしまうことさえあります。それほど、古馬の牡馬と戦うこと自体が、牝馬にとっては厳しいことなのです。逆に言うと、古馬の牡馬と互角以上に渡り合ってこそ、最強牝馬の称号を得るに相応しいということですね。

最強牝馬として名前が挙がる、テスコガビーやメジロラモーヌと比べても、その点が圧倒的に違うところだと思います。我が愛しのヒシアマゾンも有馬記念とジャパンカップで2着と健闘しましたが、牡馬とまともにぶつかり合ったという点においては、エアグルーヴには敵わないことを認めざるを得ません。休み明けの中、直線で手前を替えずに勝ったオークスも凄かったのですが、それよりも、充実期にあったバブルガムフェローを競り落とした天皇賞秋は衝撃的なレースでした。牝馬特有の切れ味で差し切ったのではなく、最後まで牡馬の超一流とビッシリと叩き合い、競り落としての勝利でした。

1997年天皇賞秋

サイレンススズカが引っ張った超ハイレベルな一戦をぜひご覧ください。

そして2年連続で2着に好走したジャパンカップは、今振り返ってみても、いや、時が経つにつれて、その価値の高さが身に染みます。負けたとはいえ、ジャパンカップでまともにぶつかり合った相手は、あのピルサドスキーとエルコンドルパサーですよ。ピルサドスキーに負けたジャパンカップは前述の天皇賞秋から1ヶ月も経たないうちのレースでしたし、エルコンドルパサーに負けたジャパンカップも最盛期を過ぎた5歳時のものです。

エアグルーヴを管理した伊藤雄二調教師は、エアグルーヴのことを“競走族”と表現しました。牝馬は牡馬と比べて気分を損ねやすかったり、体調の変化が大きかったりするのですが、まれに優れた“競走族”である牝馬は男性的な感じがするそうです。性格的にもそうなのですが、馬によってはフケ(発情期)を見せない馬もいるのです。エアグルーヴが“競走族”であることを、伊藤雄二調教師は2戦目(いちょうS)にして既に見抜いていたといいます。

とはいっても、エアグルーヴが男馬と見分けがつかないようなゴツイ馬だったのではなく、普段は人懐っこくて可愛らしい牝馬だったそうです。ふっくらとした、牝馬らしい馬体は今でも印象に残っています。“競走族”なんて言われましたが、母馬としてもアドマイヤグルーヴというG1ホースをしっかりと出しましたね。重ね重ね、素晴らしい牝馬だと思います。

ヴィクトリアマイル。古馬の牝馬にとっては大切なレースですね。古馬の牡馬と戦わなくてよいということだけで、牝馬にとっては心身に掛かる負担が減ります。当然、古馬の牡馬に交じって好レースをしてきた牝馬がいれば、いつもと違って何と楽なレースだと感じることでしょうね。牡馬相手にダービーを勝った伝説のウオッカが、久しぶりに牝馬同士のレースに出走してきます。ここでどんなレースを見せてくれるのか、とても楽しみにしています。


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◎ブラックシェル

Jiromaru

外はまだ雨がしとしとと降り続いています。確か去年のNHKマイルカップも、こんな前夜を過ごした気がします。重馬場を前提として、思い切って10番人気のフレンチデピュティ産駒のハイソサイエティで勝負に出たら、さらに人気薄の17番人気のフレンチデピュティ産駒のピンクカメオが飛んで来た、という驚愕のレースでした。抜けた馬がいないメンバー構成に馬場の影響もあって、今年も混戦模様ですね。

本命は◎ブラックシェルに打ちます。この馬は跳びが大きくて器用さに欠けるため、中山コースでは思ったようなレースが出来ませんでした。また、入れ込む気性ということもあって、強い追い切りがかけられず、太目が残っていたということも惜敗が続いた理由でしょう。それでも常に好走していたのは能力の高さゆえですね。道悪に関してはプラスに働くとは思えませんが、この時期の府中は馬場の回復も早いので、中山の良馬場より走りやすいかもしれません。距離適性もマイル前後の馬ですし、暖かくなってきてそろそろ走り頃です。陣営はここを叩いてダービーと言っていますが、私はここが目イチの勝負だと思っています。パドックで福寿草特別ぐらいの柔らか味と落ち着きがが確認できれば、勝つチャンスは十分と思っていいでしょう。

Blackshell

ディープスカイの前走は圧巻でした。これまでの詰めの甘さが嘘のような、素晴らしい末脚で他馬を飲み込みました。4代母ミスカーミーを根幹とした活力のある牝系に、チーフズクラウンの近親繁殖が加わった血統からも、おそらくハマると強いタイプなのでしょう。逆に言うと、非常に乗り難しい馬であることも確かです。前走のゴール板を過ぎてからの止め際の仕草を見ても、気分良く走ることが出来なければ惨敗する可能性もある馬だと思いました。皐月賞を回避したローテーションは理想的で、最終追い切りの動きにも弾力性があっただけに、気分良く走られれば勝ち負けでしょう。

スプリングソングはデビューから3連勝で臨んできます。馬体や全身を使った走り方共にスケールの大きさを感じさせる馬です。1200m戦で2勝しましたが、レース振りを見る限り、生粋のスプリンターというよりも、マイル前後の距離でこそ良さが出るタイプだと思います。気性もおっとりとしているので折り合いを欠く心配もありませんし、初コースも問題ないでしょう。あとは道悪馬場がどう出るかということだけですが、立ち気味の繋ぎや蹄の角度からはこなせるはずですが、フットワークの大きい馬だけにノメる可能性もあります。追い出してから伸びるかノメるかは、正直半々といったところではないでしょうか。

1番人気に推されそうなゴスホークケンは、逃げ切りが難しい朝日杯フューチュリティSを逃げ切ったように、スピードとパワーは相当なものがあります。ただ、前走は不可解な惨敗を喫してしまいました。追い切りの失敗や落鉄の影響があったとはいえ、あまりにも走らなすぎましたね。悪いところを全部出してしまった分、陣営も開き直って臨んでくると思いますので、巻き返しは十分に期待できますが、勝ち切るまではどうでしょうか。前走を度外視するには、あまりにもリズムが崩れすぎてしまった気がします。

サトノプログレスは前走のニュージーランドTを制しましたが、内枠からロスなく進み、非の打ち所がないほどレースが巧く進みすぎた感があります。あれ以上のレースは出来ないといったほどで、決してこの馬の力が抜けているわけではありませんね。再び横山典弘騎手が最高に乗ればチャンスは十分にありますが、果たしてどうでしょうか。父がタイキシャトルで、頭の若干高い走法からも、重馬場は苦にしないはずです。

ファリダットは将来性の高い馬です。ゆっくりと順調に育てていけば、いずれは短距離のトップホースに上り詰める可能性を秘めた馬だと思います。たとえ将来の短距離馬でも、この時期であればまだ馬体が緩いので、マイルをこなせてしまいます。たとえば、一昨年に2、3着したファイングレインやキンシャサノキセキは本質的にはスプリンターですが、この時期だからこそ距離をこなせました。古馬になるにつれ、距離適性が顕在化してしまうということです。何が言いたいかというと、この馬も同じパターンで、マイルの距離を心配することはないということです。勝ち切れるかどうかは別にして、馬券に絡んでくることは間違ないでしょう。

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何も死ぬことはない

Jiromaru

最近、悲しい出来事が続きますね。私たちの誰もが知っている馬たちが、次々とこの世を去っていきました。走るために生まれてきたサラブレッドにとっても、競馬のレースは激しく厳しいものです。特に現代の競馬は経済的になってきていることもあり、悲しいかな、私たち人間と同じく、サラブレッドも心身に大きなストレスを抱えて走っています。胃潰瘍を患っていない競走馬はいないとも言われています。明日、別の馬が倒れることがあっても何ら不思議はありません。

人や馬の死を想う時、私はいつも映画「エレファントマン」の最後のシーンで用いられた一編の詩を思い出してしまいます。イギリスの詩人テニソンの「何も死ぬことはない」という詩です。組織が変形・膨張する難病に侵された主人公のジョセフ・メリックが、薄れていく意識の中で、変わりゆく自分を愛し続けてくれた母親が朗読するこの詩を聞くラストシーンです。

Never, oh! never, nothing will die;
The stream flows,
The wind blows,
The cloud fleets,
The heart beats,
Nothing will die.

とんでもない。何も、死ぬことはない
川は流れる
風は吹く
雲は空を行く
心臓は鼓動する
何も死ぬことはない

誰にとっても、明日が訪れるという保証などどこにもありません。今日こうして生きていることと、明日も生きていることの間には明確なつながりなどなく、彼我の間には深く広い川が流れているわけではありません。私たちの人生は、あたかも一本の線で出来上がっているように思えますが、そうではなく、ほとんど奇跡的な一瞬によってのみ存在し、これからも存在するのでしょう。

競馬のレースがそうであるように、私たちの人生も、必然的にこうなったのではなく、偶然が重なり続け、たまたまこうなっただけなのです。もしかすると、ほんのわずかな一瞬の違いで、私たちはここにいなかったかもしれません。ひとつ何かが違っていれば、全く別の人生を生きていたはずです。そして、今ここからさえも、全く別の人生を歩むことが出来るのです。

何も死ぬことはありません。私たちの人生は私たちが考えているほど、今ここにある絶対的なものではなく、川が流れたり、風が吹いたり、雲が空を行ったり、心臓が鼓動したりするように、もっと流動的なものなのです。全ては流れ、変化し続けていくのです。消えることはありません。

私たちにできることは、彼ら彼女らの個別の死を受け入れつつ、生をその全体において抱きしめることです。明日は何が起こるか分からないという根源的な不安と期待と喜びを抱きながら生きていくことです。今、頑張って走っている馬たちを応援することです。もちろん馬券も当てなければなりませんね。今週も競馬を思う存分に楽しみましょう!



映画「エレファントマン」のラストシーンです。興味ある方はどうぞ。(約4分間)


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◎アサクサキングス

Jiromaru

今年の天皇賞春も好メンバーが揃い、果たしてどのようなドラマが私たちを待ち受けているのでしょうか。ホクトスルタンが勝てば、メジロアサマ→メジロティターン→メジロマックイーンに続く、親子4代天皇賞春制覇。メイショウサムソンが勝てば、テイエムオペラオー以来、史上2頭目の天皇賞春秋3連覇。ちなみに、武豊騎手は天皇賞春と秋をあわせて計10勝しており、今回勝つことがあれば、保田降芳元ジョッキーの記録を塗り替えることになります。アイポッパーが勝てば、史上初の8歳馬による優勝となります。

それでも、私は自信を持って◎アサクサキングスに本命を打ちたいと思います。クラシック3冠最後の菊花賞を獲ったようにスタミナは豊富ですし、跳びの大きなフットワークからも、距離が伸びて良いタイプです。横山典弘騎手が2戦目の百日草特別でこの馬の長距離適性を見抜いたのは有名な話ですが、おそらく自身が乗って勝った20004年の天皇賞馬イングランディーレに似た、ホワイトマズル産駒のステイヤーに特有の走るリズムを感じ取ったのでしょう。その横山典弘騎手は、メジロマックイーン産駒のホクトスルタンに乗り、敵としてアサクサキングスに立ちはだかるのですから、競馬は面白いスポーツです。

アサクサキングスの前走は負けて納得のレースでしたね。直線ではダイワスカーレットに引き離されてしまいましたが、それでもステイヤーらしい負け方だったと思います。あまり阪神の2000mで上手な競馬をされても、かえって心配になってしまいますからね。小回りから京都の外回りに替わって、今回は伸び伸びと走ることが出来るはずです。外枠を引いてしまいましたが、1コーナーまでの距離も長いですし、この馬に関しては自分のフットワークで走られる分、馬群に閉じ込められず好材料になるでしょう。前走をひと叩きされて、大きく変わってくるはずです。最終追い切りも重苦しさのない満足のいく動きでした。

もし足元をすくわれることがあるとすれば、極端な瞬発力勝負になった時ですが、これは四位騎手が積極的に仕掛けることにより防げることだと思います。切れる脚がない分、スタミナ勝負に持ち込むためには、他馬よりも少し早目に動きたいですね。菊花賞や産経大阪杯でもそのように仕掛けているように、四位騎手も手の内に入れているはずです。慎重になって仕掛け遅れだけはNGです。ホクトスルタンを目標に、3コーナー下り坂から早めに動いて行くようなイメージで、自信を持って乗って欲しいですね。

アサクサキングスが強引に動いて、上がりが掛かるスタミナ勝負のレースになった場合は、安藤勝己騎手が後ろで虎視眈々と狙っているはずのアドマイヤモナークが面白い存在です。勝ち切るのは難しいと思いますが、今年に入っての充実度からも、展開が向けば、2着争いに加わるチャンスがあります。また、雨が降って馬場が重くなれば、この馬のパワーとスタミナがさらに生きるはずです。言い忘れましたが、アサクサキングスはフットワークからも道悪は苦手ですので、雨が降って馬場が悪くなれば評価を落とさざるを得ませんね。

親子4代制覇の夢が託されているホクトスルタンは、前走のサンシャインSが素晴らしいレース振りでした。馬なりで先頭に立つと、道中は力みなく走り、スピードで他馬を圧倒しました。まるでセイウンスカイのレースを見ているような気がしましたね。前走はメンバーが弱かったので、G1レースの中での力差が正直分かりませんが、アサクサキングスに勝つチャンスがあるとすれば、この馬かなと思います。ホクトスルタンもアサクサキングスもそうですが、母父にサンデーサイレンスが入っていることにより、スピードが存分に補われていますね。たとえ3200mの長距離戦であったとしても、メジロマックイーンやホワイトマズルの血だけでは勝つことは難しいでしょうから。

昨年の覇者メイショウサムソンからは、昨年ほどの勢いを感じません。昨年は冬場を放牧にあてたおかげで心身ともに回復し、馬が唸っているほどの出来でしたから。本質的には中距離馬ですが、昨年は抜群の体調の良さと勢いでなんとか凌ぎ切りましたね。今年はドバイ遠征のプランもあり、放牧には出されず、ずっと厩舎で調整されてきました。時間を掛けて調整されたため、どん底だった有馬記念以来、前走を叩かれて上昇ムードですが、どうしても昨年ほどには映りません。もちろん、実力のある馬ですので、勝ち負けにまで持ち込んでくるかもしれませんが、そう簡単に勝てるとは思えず、今回は評価を下げたいと思います。

アドマイヤジュピタは前走の阪神大賞典を勝ち、長距離戦におけるセンスの良さを証明しました。岩田騎手の騎乗も絶妙だったと思います。この馬の体型は、フレンチデピュティ産駒らしいコロンとした太目に映るそれですが、それでも長距離を走るのは気性の良さゆえでしょう。ジョッキーの指示に素直に従って折り合える賢さが、この馬の最大の武器ですね。もちろん、母父リアルシャダイからのステイヤーの血を引いているということでもあります。ただ、G1レースを勝つにはまだパンチ力に欠けるような気がします。前走で岩田騎手が派手なガッツポーズをしたのも、そういう意味もあるのではと解釈しています。

ポップロックは年齢的に峠を過ぎているのではないでしょうか。有馬記念での凡走がそのことを如実に物語っていると思います。前走にしても、仕上がりも悪くなかっただけに、衰えを隠しきれない敗退でした。どちらかといえば、8歳馬でもまだまだ若々しいアイポッパーの方が面白いでしょう。もう1頭の実力馬ドリームパスポートにとって、3200mの距離は長いのではないでしょうか。2000m前後の距離で一瞬の脚を生かすタイプだと考えていますので、よほど展開が嵌らない限り勝ち負けにはならないはずです。どちらかといえば、次走の宝塚記念でチャンスがあるのではないでしょうか。


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心震えるレースを

Jiromaru

天皇賞春ではたくさんの名勝負が繰り広げられてきましたが、今でも私の記憶に鮮明に残っているのは田原成貴騎手がマヤノトップガンに乗って勝った平成9年のレースです。レース後は、1日興奮して眠られなかったことを覚えています。もう10年以上も前のことなのですねぇ。競馬におけるありとあらゆる綾が散りばめられた素晴らしいレースで、今観ても心が震えます。

その天皇賞春に臨むにあたって、さすがの田原成貴騎手も、宿敵サクラローレルに勝てる方法が見出せなかったといいます。当時のサクラローレルは、晩成の血が開花した真っ盛りでした。前年の天皇賞春でナリタブライアンをねじ伏せてからというもの、天皇賞秋こそ脚を余して負けてしまいましたが、有馬記念では圧倒的な力を見せつけて勝利しました。確かに天皇賞春はブッツケではありましたが、それすら不安に感じさせないほど、まさに付け入る隙のない強さを誇っていました。どう計算しても勝ち目がないと田原成貴騎手が感じたのももっともだったと思います(実際に私もサクラローレルに本命を打ちました)。

そこで、マヤノトップガンの田原成貴騎手はアルパチーノのビデオを、レース前に何度も何度も観たそうです。えっ、アルパチーノ?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうです。あの「ゴッドファーザー」のアルパチーノです。アルパチーノは私も大好きな俳優で、彼の主演している映画の中では特に「セントオブウーマン」が好きです。盲目の退役兵役なのですが、スポーツカーをかっ飛ばしたり、女性とダンスを踊るシーン、そして、「I’m in the dark !(私は暗闇の中にいる)」というセリフが深く印象に残っています。とまあ映画について語り出すと、「ガラスの映画館」になってしまうのでこの辺で。

なぜ田原成貴騎手が本番前にアルパチーノのビデオを繰り返し観たかというと、意識を消すためだったといいます。演技をしているのに演技をしていないように見えるアルパチーノを見て、そこには余計な意識が働いていないことを悟ったそうです。つまり、ジョッキー(自分)にとっては、何もしない(騎乗技術を使わない)ことが正しい騎乗につながるのであって、今回の天皇賞春をマヤノトップガンで勝つ唯一の方法だと確信したのです。

スタートしてからわずかにマヤノトップガンは引っ掛かったものの、スタンド前までになんとか折り合いがつきました。マヤノトップガンのような首の低い馬は一旦引っ掛かると抑えるのに苦労するのですが、おそらくこれは田原成貴騎手が技術で抑え込んだわけではなく、意識を消すことに成功したのでしょうね。スタンド前を走る馬群の中に、田原成貴騎手とマヤノトップガンの気配がスッと消えて行ったのを私は感じました。

実はこれには伏線があって、マヤノトップガンはこれまで逃げ・先行して結果を出してきた馬でしたが、前走の阪神大賞典では後ろから行く競馬をしたのです。マヤノトップガンの前進意欲が年齢と共になくなってきていたということもあり、田原成貴騎手はマヤノトップガンの気持ちを尊重する乗り方をしたのです。前哨戦はメンバーも違うので結果を出すことが出来ましたが、本番の天皇賞春で同じ乗り方をして通用するかどうか、半信半疑なところがあったと思います。しかし、田原成貴騎手は、勝ちたいという意識だけではなく、そういったマイナスの意識も全て消そうとしたのです。

3コーナーを過ぎて、2週目の下り坂からサクラローレルが動き出しました。これは横山典弘騎手の意識というよりも、サクラローレルが休み明けであった分、力んでしまったということでしょう。その動きにつられて、マーベラスサンデーに乗った武豊騎手が動き出しました。武豊騎手はサクラローレルさえ負かすことが出来れば勝てると計算したのでしょう。田原成貴騎手が凄かったのはこの時点で全く動かなかったことです。この時の心境を田原騎手は後にこう語りました。

机上の計算では、あの時の馬場状態を考えると、もう少し差をつめておかなければとても届かない差であったと思う。それを私が意識していれば…、今はっきり言えること、それはただひとつ。あの時、もし差を詰めてしまっていれば、あの上がりの脚をマヤノトップガンは使えなかったということ。

しかし、たとえレースがあのように流れても、あそこで動かなければ最後にあの鋭い脚を使う、その思いは私の中に1パーセントもなかった。それが阪神大賞典から天皇賞まで私を悩ませつづけた全て。

その思いを消すことが、私がマヤノトップガンを天皇賞馬に導いてやれる全てだった。
(「馬上の風に吹かれて」 田原成貴著)

サクラローレルがマーベラスサンデーを差し返して、私が自分の馬券の勝利を確信した瞬間、外から信じられない脚で飛んで来たのが田原成貴マヤノトップガンでした。視界の外から飛んできたフックパンチに当たった時のように、脳みそがグラっと揺れたのを私は感じました。この感覚は後楽園ウインズにいた他の競馬ファンも同じだったようで、ゴールが過ぎて数秒の間が空いた後にようやく、「トップガンだ!」という大歓声が起こったことを憶えています。

今年もまた、心震えるレースを観てみたいものです。

平成9年天皇賞春

このレースは必見です!

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◎レインボーペガサス

Jiromaru

前回の手紙では、ヘイルトゥリーズンの早熟性について話をしました。ヘイルトゥリーズンの血を引くブライアンズタイムやサンデーサイレンス産駒たちによって、クラシックレースが席巻された時代が確かにありましたが、ブライアンズタイムはすでに高齢で、サンデーサイレンスはもうこの世にはいません。それに代わり、両者の後継者たちが現れつつあります。ブライアンズタイムの後継者であるタニノギムレットは、初年度産駒からウオッカという牝馬のダービー馬を出し、サンデーサイレンスの後継者は、すでに片手では数えられなくなっています。

そんな中でも、アグネスタキオンはもはや別格の存在でしょう。2歳リーディングサイヤーの座を父サンデーサイレンスから奪ったように、アグネスタキオンの産駒もまた早くから活躍することが出来ます。父系からヘイルトゥリーズンの血を引いていることに加え、早熟のマイラーであった母父ロイヤルスキーの影響もあるはずです。クラシックでモノをいうのは早熟性であり、そういった意味においても、アグネスタキオンはこれからも多くのクラシック馬を輩出してくのでしょう。

もちろん、単なる早熟性だけではありません。産駒に成長力をも伝えていることは、ダイワスカーレットやアドマイヤオーラの古馬になってからの活躍を見ても分かります。それもそのはず、実はアグネスタキオンの母系には、頑固なまでの異系のステイヤー血脈が連なっているのです。6代母にはイギリスオークス馬であるライトブロケードがいます。その後も代々スタミナの血が重ねられ、曾祖母のイコマエイカンを起点として、アグネスレディーという日本オークス馬、アグネスフローラという桜花賞馬が生まれました。アグネスタキオン自身も、ダービーを前にして故障の憂き目に遭ってしまいましたが、無事に走られていれば無敗のダービー馬になっていたはずです。スピード、早熟性、スタミナ、そして成長力を兼ね備えたアグネスタキオンが、ポストサンデーサイレンスの座に就いたのは、当然といえば当然だったのでしょうね。

さて、混戦を極める牡馬クラシックの第1弾の皐月賞です。ブライアンズタイム産駒やタニノギムレット産駒、そしてサンデーサイレンスの後継種牡馬たちの産駒が多数エントリーしていますが、私の本命はアグネスタキオン産駒の◎レインボーペガサスに打ちます。2歳時はダート戦を中心に使われていましたが、これはトモが甘かったという肉体的な理由や、ダートだと行きっぷりが悪くなるので折り合いを欠くことがないという精神的な理由があったのだと思います。しかし、今年に入って、きさらぎ賞で久しぶりに芝のレースで初重賞勝ちを果たしたように、やはり芝の方が向いている馬です。ダート戦で2勝したことは、この馬の潜在能力の高さゆえの何ものでもないでしょう。さらに良く解釈すると、馬場が荒れてきている皐月賞を勝つには、ダートを苦にしないぐらいのパワーが必要です。

もうひとつ、皐月賞が行われる中山2000mは、小回りのコーナーを4つも回るという設定のため、かなりの紛れが生じるのも事実であり、騎手の技量が問われるコースです。そういった意味でも、安藤勝己騎手の腕を買ってみたいですね。前走のスプリングSは内田博幸騎手が騎乗しましたが、行きたがるレインボーペガサスを少し押さえすぎてしまった印象があります。内の絶好枠を引きましたので、今回は出たなりで第1コーナーまで進み、好位のゴチャつかないポジションを取ってくるはずです。おそらく向こう正面はペースが緩みますので、脚を溜めつつ、3~4コーナーをじっくりと回り、ラストの直線に賭ければ、早めに動き始めるマイネルチャールズに勝てるチャンスもあるはずです。

勝つ確率ということだけを言えば、1番人気のマイネルチャールズの右に出るものはいません。勝ちパターンに持ち込めなかった京成杯でさえ、強引に勝ち切ったように、どんな状況になっても伸びてくる柔軟性と精神面での強さがあります。松岡騎手が自信を持っているのも頷ける気がします。しかし、勝負の世界は時として確率だけでは語れないこともあります。前走の弥生賞のような楽なレースをさせてもらえるはずはありませんし、松岡騎手が積極的に勝ちに行ったことが、最後の最後で足元をすくわれてしまい、裏目に出てしまうこともあるでしょう。前述したとおり、中山2000mのコースは紛れのあるコースです。人気になっている今回は、敢えて本命にしませんでした。

ブラックシェルはマイネルチャールズに2度負けていますが、力付けが済んだと考えるのは早計です。能力的には決して劣らないものを持っています。これまでの2戦で敗れているのは、コース適性の差ということです。スッと好位を取れないブラックシェルに対して、マイネルチャールズは楽に勝ちパターンに持ち込めるということです。本番でペースが速くなって逆転というパターンもあり得ますが、追い切りでの動きが鈍かったように、この馬自身の体調が気掛かりで本命には推せません。

ショウナンアルバは、レベルの高い共同通信杯を勝ったように、非常に能力の高い馬です。ブリガディアジェラードの5×3ですよね、ルドルフおやじさん!前走のスプリングSは、折り合いを欠いて先頭に立ってしまうという最悪の形になってしまいました。ああなってしまうと勝つのは難しいので、よく3着に踏ん張ったと思います。身体能力という点では、このメンバーでも随一ではないでしょうか。ただ、最終追い切りでも首を上げたりしているように、気性の激しさがあって、なかなかハンドリングが利かない馬ですね。スタンド前の大外枠からの発走ということもあり、おそらくショウナンアルバのスイッチは入ってしまうはずです。蛯名騎手も今回は無理に抑えることはしないでしょう。先頭に立ってマークされる形になって、果たしてどこまで粘ることが出来るでしょうか。

善戦マンであったスマイルジャックは、前走でようやく勝利の味を思い出しました。途中で先頭を奪われての番手追走から、直線で抜け出すという味のある競馬をしました。首の低いしなやかなフォームで、最後まで伸び切りました。それもこれも、キッチリと仕上げられたおかげでしょう。マイナス10kgの馬体は究極の仕上がりにあったと思います。本番である今回のレースでの心配といえば、当然、前走からの反動です。馬体や追い切りを見る限りは全く問題ないのですが、目に見えない疲れがレースに行って噴出することもあります。勝つ力はある馬ですので、あとは体調がどう出るかといったところです。

追記
以前、当ブログでもご紹介させて頂きました「馬流天星」のスカイスポットさんが企画・提供されている、「2008年皐月賞予想特大号」に皐月賞の見解を寄稿しています。「プロフェッショナル馬券戦術ライブ」の付録である「G1レース攻略&競馬場データ集」で書いている内容のごくごく一部ですが、興味のある方はご覧になってみてください。他の参加メンバーたちの綿密な予想も必見です!

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ヘイルトゥリーズンからの早熟性の血が

Jiromaru

昨年の皐月賞は、「勝利」という名のブライアンズタイム産駒が、田中勝春騎手に15年振りのG1勝利をプレゼントしました。ブライアンズタイム産駒としてのG1勝利も久しぶりでしたね。ひと昔前は皐月賞といえばブライアンズタイム産駒が連想されたほどでした。ナリタブラインをはじめ、サニーブライアン、ノーリーズン、ダンツフレームなど、サンデーサイレンス産駒に負けず劣らずの強さを見せてくれました。サニーブライアンが勝った年などは、確かブライアンズタイム産駒のワンツーフィニッシュでしたね。近年は芝での活躍馬が少なくなってきた矢先の出来事でしたので、意表を突かれたと共に、ブライアンズタイムの血の底力を見せ付けられた気がしました。

ブライアンズタイム産駒が皐月賞を得意とする理由として、まずは力の要る馬場に強いということが挙げられるでしょう。この時期の中山競馬場は、春開催の最終日ということもあり、見た目には分かりにくいのですが、ベースの野芝がかなり傷んでいます。そのような荒れ馬場をモノともせずに走り切ってしまうパワーを、ブライアンズタイム産駒は備えているということです。ダート戦ではサンデーサイレンス産駒よりも上という実績が、そのことを如実に物語っていますよね。

もうひとつの理由として、早熟性ということが挙げられます。昔から「皐月賞は速い馬が勝つ」と言われてきましたが、この時期のクラシックレースを制するには、スピードだけではなく、仕上がりの早さが不可欠です。他馬に先んじて、早くから能力を発揮できるという早熟性ですね。クラシックレースは3歳のこの時点での完成度を問われるレースでもあり、もちろんサンデーサイレンスもそうでしたが、クラシックに強い血統というのは早熟でなければならないということです。

スピードと早熟性を極端に重視する傾向は、今からおよそ100年前にアメリカで生まれ、その後、ナスルーラやネイティブダンサーやロイヤルチャージャーの血を引いた馬たちが大活躍したことで発展しました。その中でも、ロイヤルチャージャーの血を受けたヘイルトゥリーズンという馬は、まさにスピードと早熟性の権化のような馬でした。

そうです。サンデーサイレンスとブライアンズタイムが共通して父の父に持つヘイルトゥリーズンですね。最近はサンデーサイレンス系という言葉が当たり前のように使われていますが、世界的に見れば、まだサンデーサイレンスもブライアンズタイムもヘイルトゥリーズン系という括りでしょう。そのうちサンデーサイレンス系という言葉もワールドワイドになるのかもしれませんけど。

1958年に生まれたヘイルトゥリーズンがデビューしたのは、わずか2歳の1月のことでした。カリフォルニアのサンタアニタ競馬場でデビューし、初勝利を挙げるのに6戦を要してしまいますが、そこをレコード勝ちするや、ホープフルS、グレートアメリカンSなど2歳の主要重賞レースを勝ちまくったのです。2歳の9月の時点では、なんと18戦9勝というキャリアを誇っていました。また、ほとんどのレースがスプリント戦でした。ヘイルトゥリーズンという馬がどれだけ早熟でスピードに秀でていたか分かりますね。

残念なことに、ヘイルトゥリーズンは調教中に怪我をしてしまい、そのまま引退してしまったのですが、種牡馬としても大成功を収めたのです。1970年には2歳部門のリーディングサイヤーと総合部門のリーディングサイヤーの両方に輝きました。サンデーサイレンスの父ヘイローやブライアンズタイムの父ロベルトが生まれたのもその頃ですね。つまり、サンデーサイレンスの産駒にも、ブライアンズタイムの産駒にも、2歳の1月にデビューしたヘイルトゥリーズンからの早熟性の血が脈々と受け継がれていて、両者がクラシック血統として成功した最大の理由のひとつになっているというわけです。

今年の皐月賞で1番人気が予想されるマイネルチャールズも、このヘイルトゥリーズンの血をしっかりと引いているようですね。デビュー戦こそ落としてしまいましたが、それ以後は連対を外していませんし、目下3連勝中です。その緩急自在の大人びたレースぶりやスピードは、クラシックを勝つに相応しい早熟馬のそれです。非の打ち所がないことがかえって嫌われそうな嫌いもありますが、他馬がこの馬に先着することは容易ではないはずです。

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◎トールポピー

Jiromaru

「競馬ファンはみな、頭の中に3種類のカレンダーを持っている」と、作家の浅田次郎さんがどこかに書かれていました。ひとつは1年が365日のカレンダー。ひとつは金杯から有馬記念までの競馬開催日のカレンダー。そしてもうひとつが桜花賞から始まり菊花賞で終わるクラシックレースのカレンダーです。今年もまた気持ちを新たに、3つめのカレンダーに印をつけ始める日がようやくやってきたようです。阪神競馬場のサクラは散らずに残っているのかなあ。

さて、今年の桜花賞は、取得賞金順のボーダーラインが1350万円という、稀に見る混戦ムードです。昨年のように、頭二つほど抜けた馬がいない今年は、どの馬にでもチャンスがあると言っても過言ではありませんね。ここに至るまでの臨戦過程やレースでの枠順、位置取りが、大きく結果として影響してきそうな気がします。果たしてどの馬が、全ての幸運を味方につけることが出来るのでしょうか。

そんな混戦ムードを承知の上で、敢えて◎トールポピーに本命を打ちます。頭二つほど抜けた馬はいないと書きましたが、今年のメンバーの中ではトールポピーが頭半分くらいは抜けているのではないかと思っているからです。阪神ジュべナイルFを抽選で滑り込んで勝ったように、決して早熟な2歳女王ではありません。肉体的にも精神的にもまだまだ成長途上で、クラシックレースでも活躍が見込まれる馬だと思います。

兄フサイチホウオーは、クラシックに至るまでの過程で無理を強いられたばかりに、本番のダービーで精神的に切れてしまいました。兄弟だけに、ひとつ間違うと危うさを秘めていますが、トールポピーに関しては角居調教師が念入りにケアを施していますので心配ないでしょう。キッチリ仕上げられて無敗でクラシックに辿りついた兄に比べ、妹は負けてはいますが余力(特に精神的な)を残して本番に臨んできています。

厳しいレースとなった阪神ジュべナイルFを快勝したように、激しいレースになればなるほど、この馬のスタミナの豊富さが浮き出てくるはずです。チューリップ賞のようにラストの直線だけの緩いレースになってしまうと、他馬に足元をすくわれる心配もありますが、さすがにメンバーが揃うG1レースですので、ある程度は流れてくれると考えています。とはいえ、道中が緩みやすい新阪神競馬場のマイルコースですので、あまりゆったりと行っていては届きません。最低でも中団以上のポジションを確保したいものです。

そのために、チューリップ賞では前半から攻める競馬を試み、わずかに掛かり気味になりましたが、なんとか辛抱してレースの流れに乗っていました。馬群の中でレースを進めることが出来たのも収穫だったと思います。というのも、スローに流れやすい桜花賞を勝つには、なるべく内のポジションを進みたいからです。そのためにも、馬群に包まれながらレースを進めた経験を本番前にしておくことは重要でした。今回は10番枠を引きましたので、出たなりのコースを進んで行けば、有力馬を内に見ながら、仕掛けのタイミングだけ間違わなければゴールで首ひとつ抜け出てフィニッシュすることが出来るのではないでしょうか。怖いのは雨だけでしょう。

同じ角居厩舎からはポルトフィーノも出走しています。何を隠そう私とルドルフおやじさんのPOG馬なのですが、今回は本命を打ちません。というのも、追い切りでの動きがどうしても硬く映るからです。どこかゴトゴトしているというか、肉体を持て余しているような走り方です。前走では競馬の苦しさを知り始めた若駒にありがちな凡走でしたが、今回もまたレースに行って逃げたがって折り合いを欠くことがあるかもしれません。もしチャンスがあるとすれば、単騎逃げが打てたときのみでしょう。

リトルアマポーラは京成杯で牡馬相手に好走したように、牝馬同士であれば力上位で、展開次第ではトールポピーを逆転するだけの力を持っています。追われてから尻尾を振る癖はありますが、それでも最後の直線では確実に伸びてきます。ひとつだけ心配材料を挙げると、昨年暮れから使い詰めで4戦してきて、前走のクイーンSで大幅に馬体重を減らしてしまったということです。その後、ひと息入れて、再びここに向けて仕上げられてきましたが、休み明けを叩かれて本番に向けて上昇カーブを描いてくる他の有力馬に比べ、上積みという点では疑問符がつきます。いずれにせよ、この馬が対抗馬であることに疑いの余地はありません。

オディールは絶好の枠順を引きましたが、前半から積極的に攻めるつもりはないそうです。前走で抑えていけば相当の脚を使ってくれることが分かりましたので、今回も道中は折り合いに専念する競馬をするということですね。桜花賞を勝つだけのことを考えれば、前半からポジションを取りに行くことも考えられますが、先々を見据えてそうはしないのでしょう。別の言い方をすれば、オディールのリズムを崩して勝ちに行くよりも、オークスから先へ繋がる乗り方をするということです。今回は他力本願ですが、展開次第でどこまで突っ込んでこられるかということでしょう。

おまけ(有力馬の最終追い切り評価)
★トールポピー 
CW 稍 池添 68.7-54.0-40.2-12.9  8 G強
ひるむことなく3頭併せの真ん中を進み、手応えも抜群。実戦を想定して、抜け出してから気を抜かせないようにビッシリと追う調教は先週と同様で、それに応える形でトールポピーも最後までシッカリと走りきっている。高レベルの追い切りには、勝利への緻密な計算が見て取れる。

★ポルトフィーノ 
CW 稍 武豊 64.8-50.9-38.2-13.0  7 強め
テンションを上げないように、折り合い面を重視した単走追い。先週の1週間前追い切りもそうだったが、ラストの直線での動きに、どこか突っ張って走っているような硬さが見られる。この馬の肉体的な特徴ゆえと言ってしまえばそうなのだが、個人的には動きにもう少し柔らか味が欲しい。

★エイムアットビップ 
栗坂 稍 小林慎 51.6-37.6-25.0-12.8 1 一杯 外デジャヴ馬也と併せで併入
首が高い走法は相変わらずで、坂下からダッシュを利かせて駆け上がってくる。左右のブレがきになるように、力を入れて走ってしまう癖は解消されていない。この様子だと、おそらく本番でも行きたがるだろうし、あとはジョッキーがどのように乗るかにかかっている。難しい。

★ソーマジック 
美坂 重 助手 51.8-計不-計不-12.0 馬也
輸送に考慮してか、最終追い切りは軽めに終始した。それでも、力強い動きを披露したように、パワーという面だけでみれば、このメンバーでも引けをとらない。あとは輸送がうまく行って、当日、少しでも時計の掛かる馬場になることを祈るのみ。

★マイネレーツェル 栗坂 稍 助手 52.6-37.7-24.6-12.4 馬也
追い切りラッシュの時間に追われたが、周りを気にすることもなく、ピタリと折り合いもついている。鞍上がムチを抜く素振りを見せるや反応し、ラストまでシッカリと駆け上がった。バネを感じさせる動きで好感が持てる。

★リトルアマポーラ DW 重 助手 67.5-51.4-38.0-12.2  8 一杯
DWコースでゴール前までビッシリ追われた。クイーンSで減っていた馬体を一度緩めて、再度仕上げ直してきたが、逆に今度は重め残りの心配がある。中途半端に間隔が開いただけに、仕上げが難しく、上積みにも疑問がある。

★ブラックエンブレム 中間軽め
早めに栗東入りしたものの、ギリギリの馬体は相変わらずで、強い追い切りが掛けられないのが実情か。力を出せない出来ではないが、前走以上の上積みは感じられない。

★オディール 栗坂 重 助手 57.5-41.2-26.8-13.2  2 馬也 
馬場が悪かったため、無理をして追わなかったが、抜群の手応えが伝わってくる好内容。牧場からガレて戻ってきた馬体を立て直すだけで精一杯だった前走と違い、体調は確実にアップしている。

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華やかに咲き誇れ

Jiromaru

先週の土曜日、Photostudのポスター展を観に、渋谷のプラザエクウスに行ってきました。ポスター展の報告はまた後日にさせていただきますが、その日、たまたま細江純子さんとタレントのだいたひかるさんを招いたイベントが行われていました。細江純子さんといえば、今やテレビなどで活躍中の元女性ジョッキーですね。

細江純子さんは、牧原由紀子(現・増沢由紀子)騎手、田村真来さんらと共に、JRA初の女性騎手として、1996年にデビューしました。この年は花の12期生と呼ばれていて、彼女らの他に、福永祐一騎手や和田竜二騎手らがいます。2年目にフリーになり、1999年には日本人女性騎手としては初めて、シンガポールでの勝利を挙げました。スゴイことですね。しかし、それ以降は目立った活躍のないまま、14勝を挙げたのを最後に、残念ながら引退してしまいました。これからは、天然キャラと柔らかい雰囲気で、鈴木淑子さんの後継者として大きく成長していって欲しいと思います。

さて、JRAの女性騎手といえば、斉藤澄子騎手をご存知でしょうか?細江純子さんらが、JRA初の女性騎手としてデビューする遥か60年も前に、騎手免許を取得した女性ジョッキーです。斉藤澄子さんは、青森の南部地方に生まれ、まさに馬と一緒に生活をして育ちました。同い年の男の子が怖がって乗れないような馬でも、ヒョイっと跨って、手なずけてしまうような女の子だったそうです。父親を早くに亡くしたこともあり、騎手の道を目指すことになります。とはいえ、当時の競馬社会は男ばかりの世界で、女が寝藁を跨いだだけで、けがれるとされた時代でした。

そんな男社会の中で斉藤澄子さんが生きていくには、男になりきるしかありませんでした。髪を短く切り、さらしで胸を押し潰して、ひたすら女であることを隠し続けたのです。もちろん、隠し続けることなど出来なかったのですが、バレてしまっても、それでも応援してくれる人々は少しずつ現れ始めました。初めて受けた騎手試験では、「風紀上の問題を起こす恐れがある」ということで不合格にされてしまいますが、2年後の1936年、ようやく念願の合格を果たしました。

しかし、東京の新聞に、先頭を行く女性騎手がウインクをすると、後続の騎手たちが落馬するシーンを描いた風刺漫画が掲載されるや、農林省から「女性騎手はレース出場まかりならぬ」という通達が届いたのです。こうして騎手免許は幻となってしまい、斉藤澄子騎手は、それ以後、一度もレースに出ることのないまま、肺病を患い、29歳の若さで亡くなりました。(参考文献:「伝説のジョッキー」島田明宏)

ジョッキーという職業は女性にとってはかなり厳しいものですが、ジョッキーになりたいという思いを叶えることが出来た、今の女性騎手たちは幸せなのかもしれません。女性騎手がもっと活躍すれば、これからさらに競馬は華やぎ、盛り上がるはずです。しかし、その影には、女性というだけで騎手への道を絶たれてしまった、不遇の時代を生きた女性騎手がいたということを忘れてはいけませんね。

「サクラがあれだけ美しいのは、樹の下に死体が埋まっているからだ」と語ったのは、梶井基次郎だったでしょうか。レースという樹の下には、出走叶わなかった多くの騎手や馬たちの死体が埋まっています。桜花賞に晴れて出走する16頭のサラブレッドと16人のジョッキーは、そのことを胸に華やかに咲き誇って欲しいものです。

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◎スズカフェニックス

Jiromaru

ドバイワールドカップが行われていますね。一度は行っておくべきと思いながら、一度も行ったことがないのですが、ドバイはぜひとも行ってみたい国です。ライブリマウントが挑戦した当時(1996年)は、まるで違う惑星で競馬が行われているような隔世の感がありました。しかし、ここ最近は日本馬の挑戦も多くなり、ドバイが遠い異国のことではないような気がするから不思議です。個人的にはヴァーミリアンの走りに注目しています。フェブラリーSを勝ったことがかえって不安材料(あの時点で仕上がっていた?)に思えますが、カーリンを筆頭とする化け物たちが集まったドバイワールドカップで、どこまで勝負になるか楽しみでなりません。

さて、日本では高松宮記念が行われます。サンアディユだけではなく、昨年のスプリンターズSの覇者アストンマーチャンのリタイアもあり、少し寂しいメンバー構成になってしまったことは否めません。まあ、そんなことばかり言っていても始まりませんので、スプリント界に新星が誕生することを期待しましょう。

1番人気は昨年の覇者スズカフェニックスでしょうか。昨年は4コーナー手前から動き、他馬を強引にねじ伏せるような形での圧勝でした。これまで何度も書いてきたことですが、スズカフェニックスはマイル戦の重賞を勝っているように、決して生粋のスプリンターではありません。しかし、G1レベルのマイル戦となると底力(スタミナ)不足を露呈してしまうため、G1レースであればスプリント戦の方が向きます。別の言い方をすると、マイルのG1ではわずかに勝ち切れないのですが、こういう馬がスプリントのG1レースに矛先を向けてくると、負かすのは容易ではないということです。素直にこの馬に◎を打ちたいと思います。

ただ、ひとつだけ気になることがあります。それは口向きの悪さです。体調が優れなかったこともあるのでしょうが、特に昨年のマイルCSの直線ではササるような面が目立っていました。前走でローレルゲレイロを負かせそうで負かせなかったのも、口向きの悪さゆえかもしれませんね。武豊騎手は簡単に乗っているように見えますが、案外と操縦の難しい馬だと思います。そういう意味もあって、福永騎手がどうこうということではなく、テン乗りがプラスになる馬ではありません。もしこの馬が勝ったら、その時は福永騎手に惜しみない拍手を送りたいですね。また、サニングデールで勝ったようなレースが出来れば、最内枠は決して悪い枠ではないと思います。

ファイングレインは3歳時にNHKマイルCを2着しているように、この馬も決して生粋のスプリンターではありません。しかし、マイル戦では最後に詰めの甘さが出てしまうため、今年から思い切ってスプリント戦で終いを生かす競馬をしたのが功を奏し、想像以上の爆発力があることが証明されました。しかも、マイル戦を走られるだけのスタミナに支えられた末脚は、まず不発に終わることはありません。淀短距離Sはスプリント戦にしてはスローに流れましたが、それでも先行集団を一気に飲み込んだように、どのような展開でも安定して伸びてくることが出来ます。

もちろん、中京競馬場は直線が短いので、脚を余してしまう恐れもあり、乗っている方も観ている方もヒヤヒヤさせられるかもしれません。ただ、G1レースともなると速い馬が集まっていますので、自然とペースは速くなり、遅くてもミドルペースには流れるはずです。たとえミドルペースになったとしても、最終週で時計も掛かってきていることも味方して、ゴール前ではギリギリ届くはずです。幸騎手も道中は内枠から馬群の中でレースを進め、4コーナーまでに少しずつ外に出しながら位置取りを上げ、最後の直線は大外に持ち出してくるはずです。おそらく、スズカフェニックスよりも外に出す形になるでしょう。そうなれば、勝機は訪れるのではないかと考えています。

スーパーホーネットの最