レコードタイムの信憑性の見極め方

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掲示板にレコードの赤い文字が灯ると、必ずと言ってよいほど、「オオー!」というため息にも似た驚きの声が上がる。競馬がコンマ1秒を争うレースである以上、これまでの誰よりも速くゴールを駆け抜けた馬を賞賛し、そのレースを高く評価するのは当然といえば当然のことである。そこに私たちの速さに対する幻想も加わって、レコードタイムに対する価値は否が応でも上がる。

この時点では、レコードタイムで勝った馬が次のレースで負ける姿を想像しがたいだろう。しかし、これだけレコードタイムが連発される今の競馬において、私たちはレコードタイムを本当に信じてよいのだろうか。レコードタイムで走ったという事実は、果たしてどのような意味を持つのだろうか。

結論から述べると、レコードタイムには信じてよいものと疑ってかかったほうがよいものがある。両者を隔てる基準は、「2着以下の馬との差」と「自分で作ったものかどうか」である。

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現代の日本競馬は枠順のゲームである②

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競馬のレースがトラック状のコースで行われる以上、内と外のどちらと問われれば、内枠を引いた馬が有利になる。外を回れば、距離ロスがあり、さらに遠心力によって馬に負荷が掛かる。無理をせずに経済コースを走られる内枠が圧倒的に有利なことは、コーナーを回る競走の原理原則である。東京競馬場だろうが、シャティン競馬場だろうが、浦和競馬場だろうが、たとえ子供の運動会だろうが、この原理原則は変わらない。

「現代の日本競馬は枠順のゲームである」と私が前回述べたのは、そういう意味だけではない。一歩踏み込んで論考を進めると、現代の日本競馬において、内枠を引いた馬が圧倒的に有利になる理由は、レースのスローペース化にある。瞬発力勝負に滅法強いサンデーサイレンスの血を引く馬たちの台頭や、ヨーロッパ競馬からやってきた一流ジョッキーたちが日本の競馬場で頻繁に乗るようになったことなど、様々な要因が重なり、スローペース化には年々拍車が掛かっている。

たとえば、その世代の頂点を決める日本ダービーにおけるペースを見てみたい。私が競馬を始めた1990年から2000年、2010年、そして今年2017年の全体時計を単純に前半と後半の1200mで等分してみると以下のようになる。

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現代の日本競馬は枠順のゲームである①

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「現代の日本競馬において馬券を買うとき、最も重視する要素は?」と聞かれたら、迷わず“枠順”と私は答える。馬の体調や仕上がり、調教タイム、馬場、血統、騎手、展開など、挙げればキリがないほどの要素によって競馬は構成されているが、その中でも“枠順”ほど勝ち負け、つまりレースの結果を決定的に左右してしまう要素はない。古今東西、競馬が始まってからいつもそうであったわけではなく、現代の日本競馬に限定すると、何よりも“枠順”を重視して予想するという結論に達するのである。

今年のオークスは典型的なレースであった。2番枠を引いたソウルスターリングがゲートから出たなりで最終コーナーまで走り、最後の直線に向くと脚を伸ばして着差以上の完勝。2着には1番枠を生かしたモズカッチャンが入った。この2頭とは対照的に、2番人気に推されたアドマイヤミヤビは大外枠からの発走となり、道中は外々を回され、最後は鋭い脚を使って差して来たが届かず3着に敗れてしまった。私はこのレースを観て、正直につまらないと思ってしまった。

その原因は、スタートが切られる前から、すでに大きなハンデが生まれていることにある。今年のオークスでいえば、内枠を引いた馬と外枠を引いた馬とでは、少なくとも1秒(6馬身)ほどの差があったはず。ゲートから同時にスタートしているように見えて実は、(もしレースが直線で行われているとすれば)ソウルスターリングよりもアドマイヤミヤビは1秒遅れ、または6馬身後ろから走り出しているぐらいの大きな不利なのである。ソウルスターリングの方が他馬よりも一枚上の能力を有しているにもかかわらず、6馬身も先からスタートを切れば、つまらない競馬にならないわけがない。

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勝ち切れない馬が勝つのはどのようなときか

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勝ち切れない馬がいる。能力は高くても、あと一歩のところで勝利を逃してしまう馬。どのレースでも安定して力を発揮するが、なぜかいつも自分の前に1頭か2頭がいる馬。昔でいえば、ナイスネイチャやロイスアンドロイスのように3着を繰り返す馬もいれば、ステイゴールドのように2着でフィニッシュしたレースが12回もある馬もいる。次こそ勝つのではないかという期待と、それでもまた惜しいところで負けてしまうという詰めの甘さと憎めなさが相まって、つい応援したくなってしまうため勝ち切れない馬にはファンが多い。

勝ち切れない馬に共通しているのは、どのような相手関係であっても勝ち切れないということ。たとえば、強いメンバーが集うG1レースで3着する実力を持っているにもかかわらず、自分よりも格下の馬たちと走る非重賞のオープン戦でも同じように3着と敗れてしまう。なぜ敗れてしまうのか不思議になってしまうほど勝ち切れないのは、勝ち運に見放されているからではなく、勝ち切れない馬それぞれに特有の内的要因があることが多い。たとえばステイゴールドは、内に持たれてまともに追えない(走らない)という気性的な問題を抱えていたのは有名な話である。

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走ることが好きな馬は、私たちの想像を超えて走る。

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サラブレッドは走るために生まれてくる。ただし、必ずしも走ることが好きだとは限らない。競馬のように、目一杯走らされるのが好きな馬はいないと言ってもよい。自分の好きなときに、自分の走りたいペースやフォームで走るのは嫌いではないが、重たい人間に乗られ、手綱で自由を奪われ、ときには鞭で尻を叩かれて走ることが好きなはずはない。だから、角馬場に入るのを渋ったり、調教が終わると一目散に馬房に戻ろうとする馬がいる。レースに行っても、楽をしようと手を抜いて走ったり、途中で走ることを止めてしまう馬もいる。サラブレッドにとっても、走ることは苦しいのである。

走ることが嫌で仕方なく、仮病を使ってまでレースをサボろうとする、人間らしい、いや馬らしいサラブレッドもいるというエピソードがある。

そして馬も嘘をつくのだ。信じられないだろうが本当に嘘をつくのだ。それは昔、俺が体験したことなのだが、その馬は以前に脚を少し痛めて休んでいたことがあった。それも完治して調教師も太鼓判を押すほどの好調だった。そしていざレース。返し馬をするとあり得ないくらい脚を痛がる仕草をするのだ。そんな状況で走らせるわけにはいかないので、もちろん競走除外にしてもらった。が、しかし!!帰り際、彼を見るとシャンシャンと歩いているではないか!なんとなく彼の顔がうすら笑いを浮かべているようにも思えた。

後日、調教師に聞くと、どこを触っても何も気になるところも痛がるところもなく、いたって元気にしているよ、と言われた。「コイツ、絶対に痛がるフリをしてレースに出たくなかったんだな」と確信した。その後の彼は、そうやってレースになると痛がる素振りを見せていたが、もう信じてもらえず走らされていた(笑)。
(「後藤の語!」UMAJINより)

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ヴィクトリアマイルはスピードレースである

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ヴィクトリアマイル(以下、VM)はスピードレースである。2006年に新設された古馬牝馬のためのマイルG1 レースを、ひと言で説明するとこうなる。これまでになかったカテゴリーのG1レースができると、その傾向や特徴を見極めるには10年ほどかかるというのが実感である。最初の数年はこのようなレースになるだろうという仮説を立てつつ結果と照合し、5年ほどレースが行われるとおぼろげながらも姿形が見えてきて、10年が経ってようやく全貌がはっきりと現れるということだ。VMに関しても、昨年のストレイトガールの連覇を見届けて、ひとつの結論に達した。VMはスピードレースなのである。

スピードレースとは、とにかくスピードが問われるレースということだ。スタートしてからゴールまで、もたもたしている暇はない。スピード、スピード、スピード、とにかくスピードが必要なのである。スタミナやパワー、底力といったサラブレッドの走りを構成する他の要素を差し置いて、スピードが何よりも優先される。

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競馬は無限なり、個を立てよ。

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NHKマイルカップが行われる季節になると、苦い思い出が蘇ってくる。2013年のNHKマイルC当日、東京競馬場で行われたオープン型レーシングセミナーに出演させてもらった際、「NHKマイルCではニュージーランドトロフィーで負けた馬を狙うべき」と主張しながらも、最後の馬券予想の段において、ニュージーランドTを勝ったエーシントップを本命に推してしまったのだ。同じ壇上にいた競馬評論家の須田鷹雄氏に優しく突っ込まれたのを覚えている。「(エーシントップは)ゴール前で耳を立てていたように楽勝だったので」と返したが、言っていることと買っている馬券が一致していないとその場にいた誰もが感じたのではないだろうか。結果的にも、ニュージーランドTで7着に負けていたマイネルホウオウが勝利し、私は大勢の競馬ファンの目の前で大恥をかいた。

ニュージーランドTとNHKマイルCは、同じ芝1600mのレースであっても、全くもって異質なレースである。中山のマイル戦と東京のマイル戦では、芝の状態やコースの形態から道中のペース、直線の長さや坂の位置に至るまで、あらゆる全ての体感が異なる。そのため、レースを勝つために求められる適性が異なり、勝ち馬も違うことが多い。ニュージーランドTが中山競馬場で行われるようになって以来、ニュージーランドTとNHKマイルCを連勝した馬はカレンブラックヒルしかいない。ニュージーランドTが東京芝1400mで行なわれていた頃よりも、明らかに結びつきが弱くなった。

特に、ニュージーランドTがスローに流れた場合は結びつきが弱くなる。なぜかというと、NHKマイルCは総じてハイペースに流れることに加え、最後の直線が長く、字ヅラ以上にスタミナが問われるからだ。小回りの中山芝1600mでスローに流れたレースにおいて結果を出した馬が、府中のマイル戦の厳しいレースに巻き込まれたら、戸惑いを隠せないはず。むしろスローに流れたニュージーランドTでは差し脚やスタミナが生きなかった馬こそが力を発揮できる舞台となる。

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2強は両雄並び立たず

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「2強対決は両雄並び立たないが、3強対決は堅い決着となる」という主旨の競馬の格言がある。枠連が馬券の主流であった時代における格言だけに、強い馬が2頭いて、その馬同士のワンツーフィニッシュとなるよりも、強い馬が3頭いて、それらの中から2頭で決着する可能性が高いのは当然のことのように思える。しかしこの格言が表現せんとするのは、単なる確率論ではなく、競馬のレースにおける機微の問題であろう。

2頭の強い馬がいる場合は、どうしてもお互いにけん制しすぎてしまい、他馬に足元をすくわれてしまうことが多いのに対し、3頭の場合は他の2頭をマークするよりも、自分のリズムや型を守って走らせようという気持ちが強くなるため、それぞれが力を発揮して順当な結果に収まる。つまり、2強対決の場合は、レースの綾が生じやすいということを意味しているのである。

2強対決として、私の記憶に鮮明に焼き付いているのは、トウカイテイオーとメジロマックイーンが激突した1992年の天皇賞・春である。トウカイテイオーはデビューから日本ダービーまで無敗で駆け抜け、骨折による休養を経て、前走の産経大阪杯を持ったままで楽勝し、7戦7勝、負け知らずの戦績をひっさげてこの年の天皇賞・春に挑んできた。産経大阪杯で手綱を取った岡部幸雄騎手は、当時は辛口で知られていたにもかかわらず、「地の果てまで駆けていきそう」と手放しでトウカイテイオーを絶賛した。

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「馬を1頭分下げると、ゴール前では2頭分伸びる」ハイブリッド騎乗

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「馬を1頭分下げると、ゴール前では2頭分伸びる」と武豊騎手が語っていたことを覚えている。道中のポジションを少し下げてスタミナやパワーを温存することで、最後の勝負どころでは2倍の爆発力として引き出せるということである。なぜかというと、連載の第15回にも書いたように、競馬のレースには、「前半のエネルギーのロスが後半に倍になって返ってくる」という原則があるからだ。前半に余計な動きをしたり、負荷を掛けることで、それが倍になって後半にはね返ってくる。逆に言うと、前半で無理をすることなく、エネルギーを節約することができれば、後半に倍の力に膨らませて使うことができるということになる。

私たち競馬ファンは、どうしても最後の直線における攻防に目が行ってしまうが、実は競馬のレースはどれだけ道中でエネルギーをロスすることなく直線に向くことができたかで勝負の大半は決している。もっと言うと、レースの前半をどのように騎乗するかによって、ジョッキーは騎乗馬の能力を完全に引き出すこともできれば、持てる力を発揮させないままレースを終えてしまうこともある。

今でも鮮やかに思い出すのは、武豊騎手がスペシャルウィークに騎乗して勝利した、1999年の天皇賞秋のこと。

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時代が変われば、ステップレースの意義も変わる。

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かつて共同通信杯は、日本ダービーの試走としての位置づけであった。特に関西馬にとっては、東京競馬場のコースを一度でも本番前に経験しておくことがプラスになるという発想のもと、実際にナリタブライアンやジャングルポケットが共同通信杯をステップレースにして頂点へと登り詰めた。しかし、それ以降、パタリと扉が閉じる音がしたように、共同通信杯の勝ち馬が日本ダービーにつながることはなくなった。それだけではなく、距離もローテーション的にも近い皐月賞ですら活躍できないという異常事態となり、もはやステップレースとしては機能しないのではと見なされるようにさえなった。空白の10年間がある。

ところが、時代が変われば、ステップレースの意義も変わる。2012年にゴールドシップが共同通信杯を勝ち、その後、皐月賞と菊花賞の2冠を制したのをきっかけとして、イスラボニータとディーマジェスティが皐月賞馬となり、この5年間において共同通信杯の勝ち馬から3頭の皐月賞馬が誕生することになった。しかも、2015年に至っては共同通信杯を勝ったリアルスティールは残念ながら皐月賞は2着であったが、2着したドゥラメンテが皐月賞馬になり、続けて日本ダービーの栄光までも手にしたのである。これだけでも、最近の共同通信杯が皐月賞や他のクラシックレースと連動してきていることが分かるだろう。

なぜこのような変化が起こったかというと、最初は偶然にも成功者が出たからである。共同通信杯からぶっつけで本番に臨んだゴールドシップが皐月賞を快勝したことで、たとえ2か月の間隔が開いたとしても、きっちりと仕上げ直すことさえできれば勝負になるということに、他の陣営も改めて気づいたのではないだろうか。共同通信杯が日本ダービーのための試走としてではなく、皐月賞へ向けてのステップレースのひとつとして、はっきりと認識されたということである。

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G1を勝つためには隙のないレースができる人馬を探せ

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岡部幸雄元騎手が、現役時代から週刊「Gallop」誌上に連載している「馬優先主義」というコラムにて、2005年の宝塚記念を制した池添謙一騎手とスイープトウショウのレース振りを評して、「〝G1を勝つには隙のない競馬をしなければならない〟という言葉を体言した完璧な競馬だった」と書いた。

〝G1を勝つには隙のない競馬をしなければならない〟とは、当たり前のようではあるが、改めて言葉にされると、G1を勝つことの厳しさ、そしてG1を予想することの難しさに突き当たる。

G1レースでは、トップレベルの馬と騎手が秒単位で凌ぎを削り、勝敗を争う以上、わずかな不利やミスが命取りになる。G1レースにおいてトップジョッキーに求められるのは、好騎乗をすることではなく、隙のないレースをすること。そういえば、岡部元騎手も現役時代には隙のない騎乗をしていたことを思い出す。

そして、予想をする際には、このことを念頭に入れなければならない。つまり、隙のないレースができる馬、そして騎手を探さなくてはならない。単に強いかどうかだけではなく、隙のない人馬かどうかということを問うてみる必要があるのだ。

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G1レースでは距離延長馬ではなく短縮馬を狙え

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競馬を始めたばかりの頃は、1200mと1600mの距離のレースの間には、それほど大きな違いがないと思っていた。同じように、1600mだろうが2400mだろうが、距離がレースの勝敗に与える影響はごくわずかだと感じていた。なぜかというと、オグリキャップがマイルチャンピオンシップや安田記念で他馬を圧倒しながらも、有馬記念を勝ち、ジャパンカップでは激闘を演じていたからだ。バンブーメモリーが安田記念を勝ち、マイルCSではそのオグリキャップとハナ差の勝負を演じながらも、スプリンターズSを突き抜けるのを目の当たりにした。走る馬は走るし、そうではない馬はそうではない。いわば距離不問の時代があった。

しかし、競走馬の距離体系が少しずつ整い始め、私も馬券と深くかかわるようになるにつれ、わずかな距離の違いが勝敗に大きな影響を及ぼすことを知ることになった。1ハロン(約200m)の違いはもちろんのこと、地方の競馬場に行けばその半分の100mでさえ、天国と地獄を隔ててしまう壁になるということを学んだのである。特にレースのレベルや格が高くなればなるほど、わずかな距離の差が勝ち負けを左右することになる。

距離延長について考えてみると、たとえば1200m→1400mと少しずつ距離を延ばしてレースを使われてきた馬は、実は距離に不安のある短距離馬であることが多い。私にこのことを教えてくれたのはリトルオードリーという牝馬であった。1996年の牝馬クラシック戦線にて、新馬戦(1200m)→紅梅賞(1200m)→4歳牝馬特別(1400m)と距離を延ばしつつ連勝し、本番の桜花賞では1番人気に推された。私は迷いなく本命を打っていたが、彼女は人気を裏切る形で9着と凡走した。このとき私は、馬券が外れた悲しみに暮れつつも、1400mとマイルの間にある壁は、1200mと1400mのそれ以上に厚い。たとえ1400mまではスピードだけで押し切れても、マイル戦は豊富なスタミナがなければ克服することができないと知った。

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かつてのインサイダー情報が身近に溢れている時代には

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インサイダー情報を頼りに馬券の予想をしていたのは、もはや戦前の話である。現在と比べると限られた情報しか与えられていなかった競馬ファンが、どこからともなく流れてくる風の噂を大きな根拠として、馬券を買わざるを得ない時代が確かにあった。「あの調教師が絶対に勝てると言っている」とか、「あの馬はエビ(屈腱炎)が出ているらしい」等々、聞き捨てならない情報がまことしやかに人口に膾炙したのである。予想する上での拠り所が、嘘か本当かわからないはずのインサイダー情報にしかなかったのである。

しかし、戦後、私たち競馬ファンは、自分たちのイマジネーションを用いて馬券を買うことができる、ということを知ることになる。故大川慶次郎氏による「展開」の発見である。「展開」という概念は、今となっては当たり前のように用いられているが、当時は画期的な予想法であった。それぞれの脚質を分析し、実際のレースが行われる前に、仮想上のレースを想定するのである。競馬ファンひとりひとりが、自分の頭の中で、あらゆるイマジネーションを活用して、レースを予想する。競馬予想の民主化の走りである。

とはいえ、やはりインサイダー情報という響きは魅力的で、私もその罠にハマリそうになったことがある。少し昔の話になるが、キングカメハメハのダービー祝勝会に行った時のこと。宴もたけなわ、私は席を外し、男性用のトイレで用を足していた。すると、若者二人が何やら楽しそうに話しながら一緒に入ってきて、私の隣でこんな会話をしながら用を足した。

「菊花賞はハーツクライで間違いないですよ。」

「確かにネ。」

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馬優先主義でデビュー戦から見る

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作曲家の坂本龍一氏は、「自分のやっていることの98%は10代に吸収したことでできている」と娘に宛てた手紙に書いたそうだ。98%とまではいかないが、私の競馬に対する考え方や知識なども、実は十代の頃に身につけたものがほとんどであり、その多くをミスター競馬と呼ばれた野平祐二氏、日本を代表するトップジョッキーであった岡部幸雄元騎手、そしてタイキシャトルなどの名馬を育てた藤沢和雄調教師という人物たちに大きく影響されている。彼らが語った言葉やその著作を通し、私は競馬を学んだのである。

岡部幸雄元騎手が提唱した「馬優先主義」は、私の心を大きく揺り動かしただけではなく、競馬関係者や競馬ファンの間にも深く広く浸透していった。今となっては当たりまえの考え方ではあるが、当時は馬や競馬に対する見方が180度変わったような気がした。馬を中心にすべてを考えてよいのだ、馬を尊敬・尊重すべきなのだと。世界中の競馬場に行って騎乗し、またシンボリルドルフなど数々の名馬の背に跨り、育てた岡部幸雄元騎手の言葉には重みがあった。

その後も長く現役生活を送り、ジョッキーを引退してからも競馬を語り続けてきた岡部幸雄元騎手の言葉には、今でもハッと気づかされることがある。もう20年以上も競馬を見続けている私にとっても、また新たな学びを与えてくれるのである。2月26日号の週刊Gallopにおける戸崎圭太騎手との対談記事がそうであった。少し長くなるが、引用させてもらいたい。

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名牝エアグルーヴの血を継ぐルーラシップ産駒の特徴とは

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90年台に競馬を始めた私の周りの競馬ファン世代は、今でもエアグルーヴを最強牝馬に挙げる人が圧倒的に多い。実は私もその一人である。エアグルーヴの強さは、「古馬になってから牡馬と真っ向勝負をして、互角以上に渡り合った」ということに集約される。牝馬にとって、古馬の牡馬と戦うことは非常にツラいことである。牝馬と牡馬では威圧感がまるで違うため、ほとんどの牝馬は古馬の牡馬と戦うともみくちゃにされてしまい、3歳時の輝きは色褪せ、古馬になって全く走らなくなってしまう。苛酷な戦いによって、心臓発作や心不全を起こしてしまうことさえある。それほど、古馬の牡馬と戦うこと自体が、牝馬にとっては厳しいことなのだ。

エアグルーヴが4歳時に勝利した天皇賞秋は、サイレンススズカが速く厳しいペースで引っ張り、長い直線でのバブルガムフェローとの叩き合いを制した激しいレース。充実期にあったバブルガムフェローを競り落としたことが衝撃的であった。しかも、牝馬特有の切れ味で差し切ったのではなく、スピードに任せて逃げ切ったのでもなく、最後まで牡馬の超一流とビッシリと叩き合い、競り落としての勝利であった。

写真家の藤原新也さんは、かつて標高4000mのチベットのこれ以上青くしようのない、真っ青な空の下で暮らして以来、下界に降りて、いかなる土地に行っても空が濁って見えるという宿病を背負ったという。私たちもエアグルーヴという牝馬と出会い、その走りを目の当たりにして以来、他の牝馬のいかなる走りを見せられても霞んで見えてしまうという宿病を背負った。私たちの名牝の時計は、エアグルーヴから止まったままなのである。

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大局観をもって予想する

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今から10年ほど前、私は将棋の研究をしていたことがある。実際に将棋を指していたわけではない。ほぼ無限の可能性の中から1つの手を選んでゆく思考プロセスにおいて、将棋と競馬(の予想)には通底するものがあり、一流棋士たちの考え方から何かを得ようとしていたのだ。

その中で知った“大局観”という言葉がある。“大局観”とは、物事の全体的な状況や成り行きに対する見方を意味する。つまり、全体を俯瞰すること。将棋でいうと、目の前の1手1手の良し悪しを吟味する“読み”に対して、盤面全体の状況や流れを把握することが“大局観”と呼ばれる。一流棋士たちは、“読み”と“大局観”をセットとしながらも時と場合によって使い分け、それらの比率は年齢や経験によっても変わってくる。

棋士の羽生善治氏は“大局観”についてこう語る。

一口に大局観といっても2通りあります。一つは序盤で使う大局観。対局の始まりからその時点までの流れを見て、次の一手としてどれが最も一貫性があるか、自然なものか、つじつまが合っているのかということを考えています。もう一つは終盤で使う大局観ですが、この時は「何となくこういう結末になるんじゃないかな」とイメージを浮かべています。(「ライフネットジャーナルオンライン―羽生善治さんに「大局観」の真髄を訊く―より」) 競馬の予想にも“大局観”はある。1頭1頭の力差を綿密に比較検討してゆくのが“読み”だとすれば、競馬界全体の流れやそのレースや馬が置かれている状況を見極めるのが“大局観”である。“大局観”を意識して予想をしてみると、レースの全体像がより鮮明に映ってくる。たとえば、今週行われる中山記念の2003年以降の勝ち馬と2、3着馬を見てみたい。

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キックバックを受けないポジションを走る馬を探せ

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ダート競馬における砂のキックバック(蹴り返し)は、競走馬の肉体面だけではなく精神面にも大きく影響を与える。芝のレースであれば、たまに前の馬によって掘られた芝と土がまとまって飛んでくる程度だが、ダートのレースになるとそうはいかない。蹴り上げられた砂が常に前からぶつかってくる。実はかなり痛く、それを我慢しなければならない。砂を被るのを嫌がったり、首を上げて避けようとする素振りをするような馬では到底勝ち目はない。ダートと芝の競馬における大きな違いはここにあり、ダート競馬を走る馬は、激しいキックバックに耐えることができなければならない。

どういう気性の馬がダート競馬に向いているのかというと、砂を被ってもひるまない、向こうっ気の強い馬である。元々、砂が顔に当たってもビクともしない気性の馬もいるし、また初戦は戸惑ったり嫌がったりしたとしても、2戦目からは慣れてきて、我慢が利くようになる馬もいる。そういった意味では、ダート競馬を走った経験が重要であることが分かる。たとえダート競馬向きの体型や走り方をする馬であっても、初戦は砂を被ることを嫌がって、思わぬ大敗を喫してしまうことだってある。

芝コースで圧倒的な実績を残している馬がダート初戦であっさりと敗れてしまうのは、キックバックにも大きな原因がある。

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ダービーに先回りすることで見えてくる今がある

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クラシックで活躍するような馬は年内にデビューしていることがほとんどだから、年が明けた時点で今年のクラシックを占うことは十分可能である。もちろん休養に入っている有力馬の冬の過ごし方によって誤差は出てきてしまうとしても、各馬のおおよその力関係は把握できるということだ。それは牡馬にも牝馬にも当てはまる。さすがに菊花賞や秋華賞までは難しいかもしれないが、皐月賞から日本ダービー、桜花賞からオークスへと続く春のクラシックロードはおぼろげながらも見え始めている。

そのことに気づいてから毎年、自身のブログ上で未来のダービー馬を占うコラムを書いてきた。たとえばロジユニヴァースに始まり、ディープブリランテやワンアンドオンリーを言い当ててきたし、昨年のサトノダイヤモンドのように惜しくも涙を飲んだ年もある。普通のレースであれば1週間前でも勝ち馬を当てるのは難しいのに対し、クラシック(特に日本ダービー)馬は数か月前に見えてしまうのだから不思議である。

と偉そうな前置きをしたものの、今年のクラシックを占うのは実に難しい。なぜなら、例年は朝日杯フューチュリティSやラジオNIKKEI杯2歳S(昨年からはホープフルS)、東京スポーツ杯2歳Sを勝った馬たちが有力候補として挙がるのだが、今年は一筋縄では収まらないような気がするのだ。混戦のクラシックを占うにあたって、せっかくなので本誌1月29日号の企画「2017クラシック大予想」に便乗し、番付(3歳牡馬編)という形でここに記しておきたい。

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早い時期の重賞は、早生まれの馬を狙え

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私は3月が誕生日のいわゆる早生まれ。1年を区切りとして見ると早生まれだが、学年という区切りで見ると遅生まれになる。前年の4月に生まれた子どもたちと、およそ1年近い成長期間の差があるにもかかわらず、同じ学年ということになる。今の私の年齢にもなればほとんど差はなくなるが、まだ小さい頃の成長過程における1年の差というものは意外に大きい。

だからということではないかもしれないが、私は小さい頃から何をやっても人並み以上にできたことはなかった。幼稚園の駆けっこでは、他の子どもたちが懸命にゴールを目指している中、ほとんど歩いて完走していた。両親いわく、なぜ競争するのかの意味さえ分かっていなかったそうだ。クラスで背の順に並ぶと、先頭から2、3番目が定位置であった。物心つくのも遅く、小学4年生より前の記憶がほとんどない。勉強もそれほどできた方ではなかったと思う。つまり、肉体的にも精神的にも、同世代の子どもたちとは周回遅れと言ってよいほどの完成度の差があったということだ。遅生まれの何が問題かというと、私たちの人間社会は学年で区切られるため、1年もの成長期間の差がある子どもたちが同じ土俵で競争し、評価されるということである。

競馬の世界にも同じことが当てはまる。基礎能力というものがあるため、早く生まれたらそれで良いということではないが、もし同じ能力を持って生まれたとしたら、早く生まれた方が圧倒的に有利ということである。その分、成長も早く、早くから馴致や育成に入れて、早くからデビューすることができる。勝って賞金を稼いでおくことで、その後のローテーションで無理をすることなく、馬の成長を促しながら調整を進めることもできる。だからこそ、早生まれの馬はクラシック戦線に乗りやすく、遅生まれの馬は若駒の頃はよほど能力が高くないと厳しい戦いを強いられる。

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道悪馬場での圧勝を信じてはいけない

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不良馬場を得意とする馬を、「水かきがついている」と表現していた時代があった。馬の蹄に水かきなどつきようもないのだが、水が浮いて田んぼのようになった馬場を1頭だけスイスイと走ってゴールしてしまう姿を見ると、まさに言い得て妙だと感心してしまう。水かきがついていると称された馬の代表格はレインボーアンバーであろうか。クラシック前哨戦である弥生賞にて、中山競馬場の不良馬場を2着馬に1.7秒の大差をつけて圧勝した。その水を得た魚のような走りを観て、競馬ファンがレインボーアンバーは不良馬場を滅法得意とすると考えたのは当然である。

しかし、レインボーアンバーが本当に不良馬場を得意としたかは甚だ疑問である。というのも、不良馬場が得意な馬などほとんどいないからである。雨が降って地盤が緩み、ぬかるんで滑ってしまうような馬場の方が、良馬場よりも上手に速く走れるという馬はさすがにいない。例外的には、安田記念を勝ったショウワモダンのように、雨が降ると喜んで走るという馬もいるかもしれないが、それは楽しんで走るという意味であって、速く走ることができるということでは決してない。むしろ雨が一滴でも体にかかると嫌がり、レースでも全く力を出し切れないサクラホクトオーのような馬の方が多い。つまり、不良馬場や道悪馬場が得意な馬などはいないのであり、得意そうに見える馬は他馬と比べると苦手としないということである。

不良馬場の巧拙を分けるのは、様々な要因が考えられる。

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精神的に燃え尽きた馬、充実している馬

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競走馬が途端に走らなくなってしまうのは、精神的な理由によることがほとんどである。アスリートとしての肉体が衰え、かつてのようなパフォーマンスができなくなるというよりも、死力を尽くそうとする気力が失われてしまう。つまり気持ちがついてこなくなってしまうのである。それは競走馬がレースで限界を超えて走らされていることの裏返しであり、特にレベルの高いレースで争う馬たちは頑張ってしまう分、その反動で燃え尽きてしまうことも多い。精神的に燃え尽きてしまった馬は、上位争いに加わることができなくなり、復活するにしても多大な時間を要することになる。上位の者たちの肉体的な資質の差はごくわずかであり、勝つか負けるかの一線を隔てるのは精神面によるところが大きいのである。

精神的に燃え尽きてしまった馬を見分けるには、調教では限界を超えて走る(走らされる)ことはないため、実際のレースを観てみるのが良い。追走で手一杯になってしまう馬もいれば(レースに参加したくないという気持ちが前面に出ている)、行きたがって騎手と喧嘩をしてしまう馬もいる(走りたいからではなくレースから逃げたいという心理がそうさせる)。また道中は手応え抜群で走っていたにもかかわらず、最後の直線では他馬に抵抗することなく、簡単に馬群に沈んでしまう馬もいる。こうした馬たちは、レースが終わってもすぐに息が入ってケロッとしていることが多い。つまり、持てる力を出し切っていない、力を余してしまっているのである。

私は競走馬が精神的に燃え尽きてしまうことを、ダンスパートナーという名牝の走りを通して教えてもらった。

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ホースマンの愛情に応えるために、サラブレッドはレースで限界を超えて走る

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2015年の週刊Gallopの特集「功労馬に会いに行こう」にナムラコクオーの名を見つけたとき、思わず前のめりになって読み入ってしまった。生きていたのかというのが正直な感想であり、土佐黒潮牧場で悠々自適な生活を送っていると知り、何とも言えない嬉しさがこみ上げて来た。牧場を走るナムラコクオーの後ろ姿を見て、私が自由な身であれば、今すぐにでも高知に飛んでいきたいとさえ思えた。現在ターフで闘う現役のサラブレッドに光が当たるのは当然として、かつての英雄たちのなつかしい表情を見ると、いかに自分が競馬と共に生きて来たかを思い知らされる。

現役を引退した競走馬はどこへ行くのか。素朴な疑問を抱く競馬ファンは多いだろう。ナムラコクオーのように功労馬として生活を送る馬もいれば、乗用馬としての新天地を切り開く馬もいる。もちろん、そうではない馬たちもたくさんいる。馬たちの余生はさまざま。走らなくなった馬を全て功労馬や乗用馬にすることが経済合理性に反することもよく理解できる。だからと言って、完全に割り切ってしまうことが正しいとも思えない。すべての競走馬たちを救うことは不可能だとしても、1頭でも多くの馬たちに手を差し伸べようとする気持ちを私たちは失ってはならない。

サラブレッドはしゃべれない。

どんな扱いを受けようが、ただ黙って、人間にすべてをゆだねて生きていく。
馬が生を受けるとき、父馬と母馬は、人間が人間の都合で選んだ種牡馬と繁殖牝馬である。生まれた子馬は、人間の都合で厳しい育成を受け、人間の都合で売買される。そして、人間の都合で激しいレースを闘わされ、これに勝ち抜いて生き残れば今度は、人間の都合で父馬や母馬として優れた血を伝えることを求められる。

彼らの生涯は、すべて人間の都合によって支配されているのである。

それでも、サラブレッドはしゃべれない。

何という儚い動物なのだろう。わずかなアクシデントでも命を失う過酷な宿命、熾烈な淘汰のための競争、人に委ねられた生活。そういう研ぎ澄まされた毎日を、まるで綱渡りでもするようにして、サラブレッドというガラス細工の芸術作品は、少しずつ少しずつ作り上げられていく。

この美しく儚い動物を守っていきたい、と私は思った。

私が競馬を仕事にしようと決めたのは、そういう思いが原点だった。
サラブレッドの人生を守り、より良い生涯を送れるように、私ができる限りのことをしたい。
牧場での毎日から生まれたそんな思いが出発点になって、私は競馬の世界に足を踏み入れていき、そして、サラブレッドと競馬の魅力の虜になって、離れられなくなった。
(「勝利の競馬、仕事の極意」角居勝彦著 より)

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京都芝コースはディープ&キンカメ産駒で決まり!

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昨年の天皇賞秋や香港カップなどを勝ち、華々しく引退したモーリスの母系を辿ってゆくと、私が競馬を始めた頃に活躍していたメジロモントレーを経て、あの寺山修司が愛したメジロボサツに行き着く。メジロ牧場が紡いできた重厚な血が、新星の種牡馬スクリーンヒーローによって活性化されたのであろうか。1歳時にはわずか150万円で取引されたように、決して良血とは言えないモーリスが、世界中のホースマンたちの誰もが認める、スピードとスタミナ、パワーに卓越した名馬になったのだから競馬は面白い。

競馬の血統は奥が深く、複雑であることは確かだが、1頭1頭の馬たちの母系や父系を遡ってみても、どの馬が走る(勝つ)のかを探すという命題においては迷宮入りしてしまう。かといって、血統をロマンだけのための材料にするのももったいない。もし競馬の予想に血統を用いるとすれば、できるだけシンプルな方法でそうするべきである。その中のひとつとして、最も統計的な母数が多い、種牡馬の実績や特性などの傾向を中心に見るというものがある。それだけでは競走馬の半分しか把握できていないことになるが、それでも半分は理解できているとも言える。

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有馬記念を当てるために押さえるべき基本は3つある

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スポーツでも学問でもビジネスでも、どのような世界にも基本がある。ここで言う基本とは、過去の実績や経験をもとに、良い結果を出すためには押さえておかなければならないポイントのこと。それは絶対的なものではなく、あくまでも確率が高いということである。競馬(予想)の世界にも同じことが当てはまり、基本に忠実に行うことで筋の良い結論を出す確率がグッと高まる。基本にこだわってばかりでは奇抜な予想を導くことは難しくなるのは確かだが、基本を押さえていないばかりに、的中を取り逃がしてしまうことの方がはるかに多い。

というわけで、今年最後のG1レースとなる有馬記念ぐらいは、何としてでも当てるために、基本に忠実に考えてみたい。有馬記念を当てるための基本的な考え方は以下の3つである。

1、 世代交代が行われる
2、 牝馬にとっては厳しいレース
3、 必ずしも強い馬が勝つとはいえない

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2歳戦~クラシックは抽選をクリアした馬を狙え

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歴史を振り返ってみると、抽選を見事クリアしてきた馬や、回避馬が出たことによって滑り込みでギリギリ出走できた馬が、本番でもアッと言わせてきた例は意外に多い。阪神ジュベナイルフィリーズでいうとあのウオッカやブエナビスタ、朝日杯フューチュリティSではダノンプラチナなどが抽選をクリアして優勝したクチである。また、私の記憶に今でも鮮明に残っているのは、これは抽選ではなくもう少し複雑な背景があるのだが、ギリギリ出走が叶った菊花賞を制したスーパークリークである。特に2歳戦〜クラシックレースにおいては、抽選をクリアした馬、滑り込み出走が叶った馬たちの活躍は枚挙に暇がない。なぜこれほどまでに、出走すら危うかった馬たちが本番で好走してしまうのだろうか?

それは抽選をクリアした馬、滑り込み出走が叶った馬たちは運がいいからである、ということではなく、彼ら彼女たちの「ローテーション」と「成長曲線」に秘密が隠されているのだ。

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厩舎の特徴を知れば相性の良いレースが見えてくる

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馬券を当てる上で、厩舎の特徴を知ることはひとつの重要な要素となる。厩舎の特徴とは、調教師を筆頭としたその厩舎のスタッフ・関係者が、どのような馬づくりを目指しているかということ。それは調教のスタイルや方法、ローテーションから外厩先の場所や飼料に至るまで、隅々まで浸透して競走馬に影響を与える。その競走馬が走った結果を受け、今度は入厩馬の選定や質が変わってくる。この馬はうちの厩舎に合っているから入厩させたい、こういう馬に育ててほしいからあの厩舎に入れようなど、厩舎の馬づくりの特徴を中心とした循環が生まれ、その傾向に拍車が掛かってゆく。

その結果、同じ厩舎に所属する馬たちは似てくる。たとえば、おっとりした馬が多い厩舎がある反面、気性の激しいタイプの馬が集まりやすい厩舎もある。また、あの厩舎は短距離が強い、この厩舎はダート戦で活躍する馬を多く出すなど。どの厩舎もその馬の資質に合わせて調教を施しているつもりでも、やはり厩舎の特徴は、濃淡の差こそあれ、長い目で見ると表出してしまうのである。そして当然のことながら、その厩舎の管理馬たちは、同じようなレースで結果を出しやすくなる。

たとえば、今週行われる阪神ジュベナイルフィリーズは、2006年から新設された阪神競馬場のマイルコースで行われ、角居勝彦厩舎の管理馬が2勝、須貝尚介厩舎が2勝、そして松田博資厩舎にいたっては何と3勝を挙げている。美浦と栗東に数ある厩舎の中で、わずか3つの厩舎だけで7割の勝ち馬を出しているのだ。これを独占といわずに何といおう。今春に松田博資調教師は定年で引退しており、単純に考えると、阪神ジュベナイルフィリーズでは角居厩舎か須貝厩舎の馬に賭けようということなのだが、それだけでは面白くないし、汎用性がないので、なぜこのような状況が生まれるのか考えてみたい。

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弱点を見せていないことこそが無敗馬の弱点だ

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「無敗という事実には無限の可能性がある」

競馬仲間である高校時代の友人から教えてもらったこの概念を、私は今でもはっきりと覚えている。彼は今や大学の教授になったほどの数学オタクで、人に教えるのも上手く、高校に入ってから数学が苦手になった私は、よく彼に教えてもらっていた。彼に補助線を引いてもらうと、それまでの霧が一気に晴れたように感じたものだ。
彼がこの言葉を発したのは、98年のNHKマイルCでのこと。新設されて間もないG1レースで、当時はスピードと仕上がりの速さに優る外国産馬の独壇場になっていた。そして、この年のNHKマイルCには、無敗の馬がなんと4頭も出走してきたのである。新馬戦から4連勝中のエルコンドルパサーが1番人気に推され、トキオパーフェクトやロードアックス、シンコウエドワードがそれに続いた。

無敗の馬たちの中でどの馬が本当に強いのか、私たちは嬉々として予想した。たとえ1度でも負けていたら、その馬の能力の限界はある程度において推測することができるが、事実として1度も負けたことがないのだから、能力の底がどこなのか分からない。彼が言いたかったのは、実無限とか可能無限とか、アルキメデスは亀に追いつくか追いつかないのか、そういう数学的なことだったのかもしれない。その隣で私は、もしかするとシンボリルドルフのような名馬が潜んでいるかもしれない、と果てしない空想に耽っていた。

結果としては、エルコンドルパサーが5連勝で危なげなくNHKマイルCを制し、2着にもシンコウエドワードが突っ込み、無敗馬同士のワンツーフィニッシュとなった。エルコンドルパサーはその後、ジャパンカップを3歳にして勝利し、海を渡って凱旋門賞ではモンジューの2着と、世界レベルの伝説の名馬となった。私は無敗の馬の無限の可能性を改めて体感したと共に、エルコンドルパサー以外の無敗の3頭が敗れ、その後は鳴かず飛ばずであった事実も同時に確認した。無敗とは、いつか負けるというサインでもあるということを。

今となっては、無敗であることはリスクでもあることを私は知っている。何と言っても、無敗であることの最大のリスクは、弱点が分からないまま、ここまで来てしまったことだ。無敗のキタノカチドキに跨って74年のダービーに出走した、武邦彦騎手のレース後のひと言に、そのことは表れている。

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一完歩を長く走らせる技術に秀でた″押せる”武豊騎手

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ジョッキーに求められる技術のひとつに、馬を追う技術がある。レースにおける勝負所からゴールまで、競走馬の持てる力を最大限に尽くして走らせる技術。もちろん、騎乗馬を勝たせるためには、馬を追う以外にもあらゆる技術が必要になるのだが、言ってみれば馬を追う技術は詰めの部分にあたる。将棋でいえば終盤。序盤、中盤でたくわえた力を終盤で発揮する。最近では、競馬の騎乗も将棋も、終盤よりも中盤、中盤よりも序盤の重要性が高まっているが、それでも終盤の詰めが甘ければ勝利を手にすることはできない。終盤を制する者がレース(ゲーム)を制するのである。

馬を追うことにも様々なスタイルや方法論がある。海外や地方の競馬場からジョッキーが参戦してきたことによって、中央競馬のターフの上で観られる騎手の追い方もバラエティに富んできた。どのスタイルや方法が正しいということではなく、ジョッキーそれぞれの肉体的資質に合わせたフォームで、コース形態や馬場に即した乗り方で、サラブレッドを適切に推進することができれば良いのである。

ちなみに、サラブレッドのスピードは、「一完歩の長さ(ストライド)×頻度(ピッチ)」で決まる。もちろん、疲労してバタバタになった馬は脚が伸びないように、同じ馬でも状況によって一完歩の長さは変わるが、走る頻度(ピッチ)が同じであれば、当然、一完歩(ストライド)を長く走った馬の方が先にゴール出来る。

一完歩の長さ(ストライド)は馬の持って生まれた肉体的特徴によるところが大きいのだが、数センチ位の長さであれば、実は騎手の技量によって補うことが出来る。ゴール前1ハロンの完歩数は平均27完歩であり、もし一完歩が10cm長くなったとすると、27完歩×10cm=270cmで2.7m。つまり、ゴール前1ハロンだけで、なんと約1馬身の差が生じることになる。このことからも、一完歩を少しでも長く走らせることが、一流騎手の仕事だといっても過言ではないだろう。

日本のジョッキーでは、やはり武豊騎手が、この一完歩を少しでも長く走らせる技術に長けている。たとえば、

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マイルチャンピオンはマイル戦の連対率50%以上が基準

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マイルチャンピオンシップはマイルのチャンピオンを決めるレースであり、チャンピオンマイラーはマイル戦での連対率が50%を切っていてはならない。競馬を始めた頃に思いついた、純粋かつシンプルな基準であるが、25年以上経った今でも、マイルチャンピオンシップを予想する際には重用している。

なぜ連対率50%なのかというと、マイルの距離で行われるレースを走って、2回のうち1回ぐらい連対できないようではマイラーとしての頂点には立てないのでは、という単純な論理である。サラブレッドだって生き物だから、体調が優れないこともあるし、気持ちが走ることに向いていないときもあるだろう。レースに行って展開が向かないこともあれば、思わぬ不利を受けてしまったり、最後の直線で前が開かなかったりすることもあるだろう。そうしたあらゆる要素を考慮しても、チャンピオンマイラーになるべき馬は連対率が50%を下回ってはいけないということである。

私は毎年、マイルチャンピオンシップを予想するときには、出走馬の馬柱のマイル戦における実績欄をチェックすることから始める。マイル戦の連対率が50%を超えている場合は赤ペンで線を引き、超えていなければ線を引かない。ここで線が引かれない馬はつまり消しということである。

今は昔、1995年のマイルチャンピオンシップを予想し始めたとき、私の心臓の鼓動は一気に高まった。

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スタミナと底力勝負ならエルコンドルパサーの名を探せ

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あの馬がもっと長く生きていたら、どのような産駒を出したのだろう。もしかすると競馬の世界が変わっていたかもしれない。サイレンススズカが不運に見舞われなければ、ナリタブライアンが病に倒れなければ、などなど。長く競馬を見ていると、ふとそのような感慨にふけることがある。競馬は血の歴史でもある以上、名馬が血をつなげないことは最大の損失であり、たとえ一滴でもその血が残ることには大きな価値がある。

エルコンドルパサーはまさにそうであった。全くその血を残せなかったということではない。2000年に種牡馬入りしてから、誕生したわずか3世代(出走頭数にして303頭)のデビューを待つことなく、2002年に腸ねん転によりこの世を去ってしまったのだ。もしあと10年、いや欲を言えば20年、種牡馬として生きることができたとしたら、おそらく日本の血統地図は大きく塗り替えられていたはずである。

サンデーサイレンスを父に持つ繁殖牝馬と配合できる種牡馬の最右翼であるキングカメハメハと同様に、エルコンドルパサーはミスタープロスペクター系のキングマンボを父に持つ。キングマンボ産駒は26頭のG1ホースを世界中に送り出したが、そのうちの最強馬である2頭が、日本馬として血を残しているのだから不思議である。キングカメハメハは芝・ダートを問わず、スプリンターからクラシックディスタンスを走る馬まで、万能な種牡馬としての地位を不動なものにしているが、エルコンドルパサーは果たしてどのような産駒を誕生させたのだろうか。

エルコンドルパサーを管理した二ノ宮敬宇調教師はこう語ってくれた。

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ハンデキャッパーになって考えてみる

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ハンデキャッパーとは、斤量を用いてレースの結果を操作する人のことである。強い馬には重い斤量を、力の劣る馬には軽い斤量を背負わせることで、出走全馬が横一線でゴールすることを目指している。そのようなことは現実的には不可能なので、どうしても勝ち負けが出てきてしまうが、勝ち馬から最下位の馬までの着差が僅かであればあるほど、ハンデ戦としては見ごたえがある(また馬券も売れやすくなる)。レースを荒らすのがハンデキャッパーの仕事のひとつである、と考えることもできる。誰もが思うような力どおりの決着であれば、ハンデ戦の意味はなくなるからである。

以前の連載でも書いたとおり、万国共通のモノサシとして、芝のマイル戦では1㎏の斤量(負担重量)増は1馬身のロスになるとされる。さらに、「背負う斤量が重ければ重いほどこたえる」、「距離が長ければ長いほどこたえる」、「馬場が重い方がこたえる」。「斤量が馬体重の12%を超えるとこたえる」という4つの条件の違いによって、馬にとっての斤量増に対する影響の大きさは異なってくる。たとえば、今週行われるアルゼンチン共和国杯は2500mで行われるため、距離の長さを考えると、斤量1kgの差は1馬身以上の重みがあるということになる。

これらの斤量に関する考え方を踏まえた上で、ハンデ戦を予想するにあたって、自らがハンデキャッパーになってみるという方法がある。まだハンデが決まっていない時点で予想を開始し、白紙の状態からハンデを1頭ずつ振り分けてみるのだ。それでは、アルゼンチン共和国杯の現時点での出走予定馬に対して、斤量を考えてみたい。

まずは出走予定馬の中で、基準となりそうなモノサシ馬を見つけると作業が楽になる。

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トップジョッキーは強い馬を選び間違えない

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この連載を書かせていただくにあたって、予想をするのが早くなった。速くなったのではなく、早くなった。天皇賞・秋の馬券のヒントを書いている今、私はまだ菊花賞の結果さえも知らない。レースが行われる前々週に編集部から提供される、出走登録馬の馬柱にある情報(馬名や騎手等)だけを頼りに予想を開始する。中には登録だけして出走してこない馬もいれば、抽選によって落ちてしまう馬も出てくるため、まずはどの馬が出走してくるのか(もしくは出走できる確率が高いのか)を予測するところから予想は始まる。最終追い切りの動きや馬体の仕上がり、枠順や当日の馬場状態などもちろん知るよしもない。

予想が当たらないことの言い訳をしたいのではない。投票締め切りのベルが鳴る寸前まで悩み続ける私が、翌々週のレースの予想を提出するのだから、そこにはいつもとは違った視点が要求されるのである。連載を開始してからのこの1年半、情報と時間の制約の中で予想をするうちに、たったひとつだけ発見した傾向がある。それはある特定のジョッキーに、2週間前の段階ですでに手綱を委ねることが確定している場合、または乗り替わりが決定している場合には、かなりの確率でその人馬が好走するということだ。そのことに気づいたおかげで、私は少しばかり先の未来を見ることができるようになった。

ある特定のジョッキーとは、

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菊花賞を勝つためのポジション=外から捲り切る馬を狙え

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この連載でも何度か述べてきたように、競馬のレースには勝つためのポジションがある。競馬は強い馬が勝つわけではなく、勝った馬が強いわけでもなく、勝つためのポジションを走った馬が勝つのだ。なぜ勝つためのポジションを走った馬が勝つのかというと、コースの構造上の理由もあれば、馬場の状態やそのレースにおけるペースや問われる資質の違いによることもある。またそれらの要素が複合的に組み合わさり、勝つためのポジションが決まることもある。そのポジションをめがけて各馬が殺到するため、枠順や脚質が合わなければ、そもそも勝つためのポジションを走るチャンスすらないという馬もいる。

勝つためのポジションを見極めるためには様々な方法があるが、最も簡単なそれは、過去のレースにおける勝ち馬の走ったポジションを見るということだ。たとえば、今週行われる菊花賞の過去10年間のレースにおいて、勝ち馬が走ったポジションをつぶさに観察してみると次のようになる。

2006年 ソングオブウインド
スタートで立ち遅れ、道中はほぼ最後方を進み、ラスト800mぐらいの地点から徐々に外をまくって追い上げ、最終コーナーでは先行集団を射程圏内に入れて、直線で差し切った。
→パターンA

2007年 アサクサキングス
道中は行きたがる数頭の馬たちを前に置き、自身は2番手集団の先頭に立ち、外目を回しながら追走、ラスト800m地点から動き、直線に向くときにはほぼ先頭に立って抜け出した。
→パターンB

2009年 スリーロールス
馬群に包まれながらも内ラチ沿いを追走し、道中は折り合いがつき、最後の直線では内から抜け出し、後方から差してきた馬を凌ぎ切った。
→パターンC

誌面の関係もあり、全てのレースを記載することはできないため、大まかにパターン分けをしてみると次のようになる。

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簡単には負けない脚の速い馬は最終コーナーで探せ

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競馬のレースにおいて、最もスピードが出る場所は最終コーナーである。競馬ファンの多くは、競走馬は最後の直線に向いてから全力疾走をすると思いがちだが、実はそうではない。最後の直線では、各馬はスタミナが尽き、脚が残っていないために、我慢比べになっている。また、他馬を大きく離して勝つような馬は、最後の直線では手綱を緩められ、スピードを落として走っている。競走馬がトップスピードに乗るのは、余力が残っていて、ここからレースが動き始めるというその瞬間である。もちろんコース形態によっても異なるが、最終コーナーこそが、最もスピードが出る勝負所であることが多いのだ。

特に、中山競馬場のコースは、最後の直線距離が短いということもあり、最終コーナー手前から各馬が激しく動き始める。逃げた馬は最後の力を振り絞り、先行馬は虎視眈々と勝機をうかがい、差し馬は猛然と差を詰め、どの馬もトップスピードに乗って、迫力満点の攻防が演じられるのである。

私がこれまでに観てきた中で、最も速いスピードで最終コーナーを回ってきたのは、ラストランとなった有馬記念におけるディープインパクトであった。道中はいつも通り後方からレースを進め、最終コーナー手前から動き出したディープインパクトが、大外を回りながら全馬を一気に飲み込んでしまったあの最終コーナーのスピードは圧巻であった。カメラがついていけないほどの速さ。武豊騎手はディープインパクトのことを「脚の速い馬」と評したが、これほどにも速い脚を使える馬は世界中のどこを探してもいないだろう。そう思わせるほどの躍動感であった。あの最終コーナーにおける世界最速の脚は、今でも私の脳裏に焼き付いている。

何が凄いのかというと、

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生き残っていれば、必ず最後はチャンピオンになれる

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競走馬には早熟の馬と晩成の馬がいる。早い時期から才能が開花するタイプと、時間を掛けて表舞台に立つタイプである。ペルーサやサンテミリオンらがG1レースで活躍し、種牡馬としては華々しくデビューしたゼンノロブロイだが、現役時代は晩成の馬であった。皐月賞には間に合わず、青葉賞を勝った勢いで挑戦したダービーでは2着に破れ、雪辱を期して臨んだ菊花賞では内に包まれてしまい4着と惨敗。続く有馬記念でも古馬の壁にぶつかり、健闘もむなしく3着と、結局3歳時には大きなレースを勝つことができなかった。年が明けた4歳の春も詰めの甘さは相変わらずで、天皇賞・春はイングランディーレに逃げ切られ2着、宝塚記念はタップダンスシチーの強さにひれ伏して4着という走りであった。

ところが、4歳の秋を迎え、ゼンノロブロイは覚醒した。休み明けの京都大賞典こそ2着と惜敗したが、その後の天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念と3連勝。それまでにはあのテイエムオペラオーしか成し遂げたことのない大記録を、勝ち味に遅かったゼンノロブロイがあっさりと達成してしまったのだ。この年はJRAの年度代表馬に選出された。

「いつも無敗の馬がいるわけじゃないし、さんざん負けても残っていればチャンピオンになれるんだ。その間にたくましくもなってくるし。あの馬のほうが強かったなんていうのは話にならない。無事にきているのがいいんだから」

ゼンノロブロイを管理した藤沢和雄調教師は上のように語った。この世代の筆頭格であり、皐月賞とダービーを制したネオユニヴァースは、天皇賞春で大敗を喫した後、宝塚記念を目標に調整されたが、右前浅屈腱炎と右前球節部亀裂骨折を同時に発症して引退してしまった。菊花賞馬かつジャパンカップを2着した実績を持つ同期のザッツザプレンティは、宝塚記念後に右前脚屈腱炎を発症し戦列を離れていた。そして、何よりも同厩舎の先輩であるシンボリクリスエスが、前年の有馬記念で引退していた。

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切るべきタイミングが難しいジョーカー=突然の逃げ

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「ジョーカーカードを切った」とレース後に語ったのは、今年の札幌記念でネオリアリズムを勝利に導いたクリストフ・ルメール騎手であった。それまで差す競馬をしてきた同馬を突然に先頭に立たせ、そのまま逃げ切らせてしまったのだ。モーリスやヌ―ヴォレコルトなど強い馬たちがいる中、どうすれば勝てるのかを考え抜いた末の戦略であった。その日は家族を競馬場に招いていたようで、何としても勝ちたかったのだろう。これだけを見れば、ネオリアリズムの快勝劇、またはルメールマジックのようだが、実はそうではない。ジョーカーという表現に示唆された真実について、私たちは深く考えなければならない。

ジョーカーとは、トランプの中に含まれる特別なカード。ゲームによってその役割は異なるが、ほとんどの場合は、ワイルドカードとしての万能性を持ち、最高の切り札として用いられる。ここぞという場面で使うと最大の効力を発揮するため、最後の局面まで手元に残しておくことが多い。その反面、一度使うと、しばらく(もしくは2度と)用いることができなくなってしまうという怖さもある。使う局面を間違うと、せっかくのジョーカーが無駄になったり、次の局面を悪くしてしまうこともある。ジョーカーは使い方が難しいのである。

ルメール騎手が競馬の逃げをジョーカーにたとえたのは、まさに逃げることは最高の切り札であり、かつその効果は一度しか有効でないことが多いからである。ここでの逃げるとは、突然逃げることを意味する。普段は控えて競馬をしている馬やこれまで一度も逃げたことのなかった馬が先頭に立つ、誰にも予期されなかった逃げ。

なぜ突然の逃げがジョーカーになるのかというと、

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特異なコースだからこそ、同じ舞台での好走実績を評価すべき

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想像してみてほしい。もし全てのレースが、直線だけのコースで行われたらどうなるだろうか。たとえば、2500mの有馬記念も、3200mの天皇賞・春も、直線だけの平坦なコースで行うのである。思い浮かべるだけで、壮観な光景である。どうなるかというと、有馬記念も天皇賞春も、どのレースでも、強い馬があっさりと勝ってしまうことになるだろう。直線だけのレースでは、コーナーをいくつも回るレースに比べて、展開、コース取り、コース適性などによる有利・不利がほとんど生まれないため、弱い馬が強い馬を出し抜くことが難しいからである。

いつも強い馬が勝ってばかりでは、馬券に対する私たちの興味は半減してしまう。ある程度の紛れがあってこそ競馬は面白いし、そこにドラマが生まれるのであろう。つまり、どのようなドラマが演じられるのかは、どのようなコースで行われるのかと密接なつながりを持っていて、コースとは、競馬を演出してくれる数々の仕掛けが施された舞台装置なのである。舞台装置を知らずして、演出されるレースを予想することは難しい。競馬というドラマをもっと楽しむためにも、私たちはコースについて知っておかなければならない。

世界各国の競馬場に目を向けると、様々な形状をしたアップダウンの激しいコースが数多くあるが、日本の競馬場のコースは基本的に楕円形で、それほど高低差が激しくない。それでも、スタートとゴール地点が違えば、内回りと外回りに分かれ、コーナーの角度や数、そしてアップダウンが異なる個性的なコースが生まれる。その中の特殊なコースのひとつとして、産経賞オールカマーが行われる中山競馬場の芝2200m(外回り)は存在する。

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レースの条件によって切れ方が違う「カミソリ」と「ナタ」

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「コダマはカミソリ、シンザンはナタの切れ味」という武田文吾調教師の有名な言葉がある。カミソリとナタはどちらも切れるのだが、その切れ方が違う。カミソリはスパッと切れるのに対し、ナタはザクッと切れる。つまり、カミソリの方がナタよりも鋭く切れる。かといって、カミソリの切れ味が良いかというと、そうとは限らない。たとえば大きな木をカミソリで切っても切れないように、切る対象物によっては、カミソリよりもナタの方が良く切れる。あくまでも切れ方が違うのである。

これをそのまま競馬に当てはめてしまうと、カミソリの切れ味とは、一瞬で鋭く切れる末脚のことで、対するナタの切れ味とは、良い脚を長く使える末脚ということになる。確かに間違ってはいないのだが、これだけではあまりにも抽象的で分かりにくい。もう少し具体的に述べると、以下のようになる。

カミソリとナタとの違いは、“スピードがスタミナに裏打ちされているかどうか”にある。分子がスピードで、分母がスタミナとすると分かりやすい。その馬のスピードに対してのスタミナの比重が軽ければ、末脚はカミソリの切れ味となり、スピードを支えているスタミナが豊富であれば、末脚はナタの切れ味となる。

たとえば、総合力は同じであっても、スピードとスタミナのバランスが違う2頭のサラブレッドがいるとする。Aという馬はスピードが勝っていて、そのスピードを後半の末脚に生かすタイプであり、Bという馬はスタミナが豊富で地脚が強いタイプ。この2頭が1000mのレースをすると、以下のラップが刻まれる。

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答えはなくとも「決断」を迫られる、それが競馬

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私は競馬の予想をすると、必ず自分の決断力のなさに辟易することになる。ああでもない、こうでもないと考えた挙げ句に、結局決まらない。一旦これだと決めても、すこし時間が経つと、やはり違うのではないかという疑惑が心の中に浮かび上がる。始めは思考という形を取っていた予想も、だんだんと悩みに姿を変え、ついには私を半狂乱の状態に陥らせる。

そんな「決断」できない私は、答えがある世界で生きてきたのかもしれない。ものごとの全てに答えがあり、その答えを見つけていけば幸せになれるという幻想を抱いていたのかもしれない。受験勉強などはそんな幻想の典型的な例だろう。設問には確実に答えが存在し(答えがなければ設問として成立しない)、ただひたすら答えを出すことに集中すればよかった。「氷が解けると何になるか?」という設問には、「水」という答えが前提としてあるわけで、間違っても「春」などと答えるような逸脱は許されなかった。答えを見つけた者は成功者で、見つけられなかった者は落ちこぼれと揶揄された。

それは社会に出ても変わらない。始めはどれだけ知的に見えた作業でも、自ら経験を積み、的確な判断ができるようになれば、本人にとっては右から左へとモノを動かすような単純な作業となんら変わりはなくなる。だからこそ、代わりの人間はいくらでもいるし、私たちは歯車として回り続けなければならない。もし私ではなく他の誰がやっても同じ答えに辿り着くのであれば、私の意志はそこにはない。つまり、答えのある世界では私は「決断」する必要がなく、「選択」を繰り返していけばいい。

けれども、本当のことを言うと、

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先輩が後輩を育て、後輩の存在もまた先輩を強くする

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リオオリンピックの卓球の女子団体で、福原愛、石川佳純、伊藤美誠の3人が胴メダルに輝いた。まだ幼い頃から卓球一筋に取り組み、その情熱と技術をオリンピックという大舞台で発揮する彼女たちの姿に目を奪われた。それだけではなく、彼女たちのチームワークの素晴らしさ、お互いに寄せる信頼や尊敬の強さが、地球の裏側から伝わってきて、心を動かされた人々も多かったのではないだろうか。私もその一人である。

3人のうち、最年長は「愛ちゃん」こと福原愛で、1988年生まれの27歳。次が石川佳純で、1993年生まれの23歳。最年少が2000年生まれの伊藤美誠でなんと15歳。まるで3人姉妹のよう。次女の石川も三女の伊藤も、長女の福原にあこがれ、目標として、小さな頃から卓球ボールを打ち続けてきたという。そんな3人が一緒に練習し、合宿で生活を共にして、オリンピックに向けてひとつになったのだ。同じ時間と場所を過ごすことで、お互いに刺激を与え合い、大きく成長を遂げた結果の銅メダルだと思う。

競馬でも同じようなことがある。馬は集団性の強い動物であり、周りにいる馬たちに大きく影響を受けやすい。強い馬と同じレースで走ることもそうだが、強い馬と一緒に稽古をすると、その馬も強くなる。たとえ、一緒に稽古をしないにしても、普段の生活を共にするだけで、きちんと歩いたり、人間の指示に従ったりという、競走馬としての振舞いを自然と学ぶことができる。つまり、同厩舎にどのような馬がいるかによって、良かれあしかれ、周りの馬たちの成長や競走実績さえも左右されてしまうのである。

日本を代表するトレーナーである藤沢和雄調教師は、「馬が馬に教える」と題して、厩舎の先輩・後輩の関係について、著書の中でこう書いている。

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キャリア1戦馬同士のレースは、直観的に考えてみる

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夏の時期の2歳重賞は、ほとんどがキャリア1戦しかない馬たちによる争いとなる。新馬戦でデビューを果たし、勝ち上がってきた素質馬たちによる出世への第一歩。明るい未来へと期待が高まるレースではあるが、予想する競馬ファンにとっては、わずか1回走っただけの馬たちに優劣をつけ、本命の1頭を決めなければならないのだから苦悩のレースともなる。

デビュー前からの評判、血統、勝ち上がったレースの内容や時計など、たった1度の実戦における走りを材料にして横の比較をするだけでも、ある程度の予測は可能かもしれない。それでも、2戦目にして大きな変わり身を示す馬も出て来るだろうし、逆に距離や環境が初戦と変わることで、大きくパフォーマンスを下げる馬もいるかもしれない。そう考えると、ほとんどがキャリア1戦の馬たちによる重賞は、他のレースとは少し異なった観点で予想しなければならないはずである。

今週行われる新潟2歳Sには、キャリア1戦の馬たちがこぞって出走してくる。

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難しい馬への乗り替わりこそルメール騎手の腕の見せどころ

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昨年、外国人として初のJRA所属騎手となったクリストフ・ルメール騎手は、今年度も引き続き素晴らしい成績を残している。昨年度は112勝を挙げ、連対率は0.353という安定感であった。今年度もすでに106勝を挙げ、連対率も0.357という快進撃を続けている(8月7日時点)。ある程度は予想されていたこととはいえ、ジョッキー群雄割拠の時代に、これだけ突出した成績を安定して収めるのだから、ルメール騎手にしかない何かがあるのだろう。たしかに勝てる(勝負が掛かった)馬が回ってきている流れはあっても、それだけではなく、実際に馬の力を十全に発揮させる技術があるということである。

そのひとつとして、行きたがる馬を抑える技術がある。ルメール騎手は、その柔らかな顔つきからは想像できないが、腕力が非常に強いと言われている。彼に乗り替わった馬が、それまでは後ろから行っていたにもかかわらず、スッと先行してピタリと折り合い、そのまま押し切ってしまうというレースを何度も見たことがあるだろう。

ハーツクライに乗ってディープインパクトを負かした2005年の有馬記念。リトルアマポーラに跨ってカラ馬をものともせず勝利した2008年のエリザベス女王杯。そして、ウオッカと共に府中の2400mを先行して後続の追撃を凌ぎ切った2009年のジャパンカップなど。どのレースも、観ているこちらがヒヤヒヤするほど、馬を前に出して行っての勝利であった。

私にとって最も鮮明な記憶として残っているのは、

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前年の覇者の取捨は人気で決める

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私たちが馬券の検討をする際に、前年の覇者をどう扱うかという問題に直面することがあるだろう。前年そのレースを勝った馬が今年も再び出走してくることができる重賞レースでは、そういった問題が起こりやすい。特に夏競馬や隙間の重賞で、その傾向は顕著である。ある特定の条件のレースに、ある特定の馬が目標を定めて、何度も出走してくることが多いからである。

前年の覇者について考えると、二面性が浮かび上がってくる。プラス面でいうと、前年の覇者はそのレースにおける適性が高い。その馬の特性(個性)が、その特定のレースで要求されているスピードやスタミナ、脚質や器用さ等と合致したからこそ、前年は勝てたのである。マイナス面でいえば、前年の覇者はひとつ歳を取っているということ。高齢まで活躍できる馬もいることは確かだが、1年という年月の経過によって、基本的には前年に比べると力が衰えているケースが多いだろう。また、前年の覇者ということで、今年はマークされる立場に回ることにもなる。

結論から述べると、

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心身両面のバイオリズムを読み解き、好走のタイミングを見極める

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「ダービースタリオン」というテレビゲームを知らない競馬ファンは少ないだろう。ダビスタ世代というものがあるとすれば、おそらく私はそれに当てはまる。競馬の本質を突いた完成度の高いゲームであり、学生時代に寝食を忘れて没頭したのを覚えている。ダビスタから学んだことはたくさんあり、そのひとつに競走馬の体調のバイオリズムがある。

体調のバイオリズムとは、波打つような軌跡を描く規則的な運動である。上がればいつか下がるし、上がったままや下がったままのこともない。その周期はそれぞれの馬によって異なる。アップダウンの周期が短い馬もいれば、長い馬もいる。上下動の幅が大きい馬もいれば、小さい馬もいる。競走馬は単なる走るマシーンではなく、ほんのわずかなことをきっかけとして調子が良くなったり、悪くなったりを繰り返す生き物なのである。

ダビスタにおいては、今にも体調が悪くなってしまいそうな馬を祈るように馬なり単走で流し、なかなか体調が上がらない馬を併せ馬一杯でビシビシと追ったりして、ゲームとはいえ一喜一憂した。競走馬の体調のバイオリズムを意識しながら調教し、目標とするレースに向けて馬を仕上げる難しさを疑似体験させてもらった。

それからというもの、

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大きく賭け続けた者だけが、馬券のべき乗則(power law)を味方につけることができる

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馬券の買い方について書いてきたが、今回で締めくくりたい。賭ける回数を少なくする、賭ける金額にめりはりをつける、賭ける点数を少なくする、そして穴(人気のない馬)を狙うという4つのルールを踏まえて、自分の馬券の買い方を見直してみようということだ。そのうちの最後のルール、穴馬を買うべき理由について、「べき乗則」という概念を用いつつ述べていきたい。競馬という知的なゲームを制する上で、非常に重要となる考え方である。

べき乗則は英語でpower lawと呼ばれ、統計モデルのひとつである。ある観測量がパラメーターのべき乗に比例する、もう少し分かりやすく解釈すると、わずかひと握りのものが全体に大きな影響を与える一方、それ以外のものは全体をほとんど左右しないということである。このべき乗則の考え方は、パレートの法則(80:20の法則)として経済界や自然界などにも応用されている。たとえば、2割の国民がイタリア国土の8割を所有していたり、畑のエンドウ豆のさやの2割から全体の8割のエンドウ豆が収穫される。つまり、全体の結果の大部分は、全体を構成するうちの一部分が生み出しているのである。

これを競馬の賭けに当てはめて考えてみると、

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分散を大きくするための3つのルール+1

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前回の連載にて、馬券の買い方について書いた。競馬の賭けにおいて大数の法則を避けて通ることができない以上、私たちが賭けた金額に対し、潜在的に20~30%のマイナスが生じる。しかし、あくまでも潜在的であり、自動的に確実に回収率が70~80%になるわけではない。私たちが少しでも長く競馬を楽しんでいくためには、大数の法則を逆手に取りつつ、潜在的なマイナスの表出を少しでも抑えることが必要なのである。

そのためには、「分散」という概念について今回は知ってもらいたい。「分散」とは、分かりやすく言うと、結果のばらつきのことである。試行回数が多くなればなるほど、結果のばらつきは小さくなり、理論上の期待値に収束していく。逆に試行回数が少なければ、それだけ分散は大きくなり、期待値どおりの結果は出にくくなる。この考え方のもと、まずはより早く、確実に負ける馬券の買い方から紹介すると、

1 賭ける回数を多くする
2 賭ける金額を一定にする
3 一度に何点も賭ける

となる。このような賭け方をすると、分散が小さくなり、大数の法則に飲み込まれ、回収率が70~80%の世界へ突入してしまう。そうではなく私たちは、右のような馬券の買い方とはまるで逆の、分散を大きくするような、以下3つのポイントを押さえた賭け方をしなければならない。

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馬券を買う際のポイントは「大数の法則」に飲み込まれないこと

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「どのような馬券の買い方をするべきですか?」という質問を頂戴することがある。どの馬を買うかは自分で選ぶ(選びたい)が、どの馬券の種類を選んで、何点ぐらいで賭けるべきなのか迷っている人が多いということである。狙った馬は正しくとも、馬券の買い方を間違ったばかりに当たらなかったという状況に直面したとき、私たちは馬券の買い方について考えざるをえないのである。すでにスタイルが固まっているベテランもいるだろうが、特に競馬を始めて数年の競馬ファンにとっては、どの馬に賭けるかと同様に、どのような馬券の買い方をするかは重要な問題となる。

私は競馬を始めてからほとんどの間、単勝を買い続けている。かつては枠連を買ったこともあるし、複勝にはまったこともある。馬単の破壊力に酔いしれたこともあれば、3連単の難しさに頭を悩ませたこともある。宝くじのようなWIN5で夢見たこともある。他の馬券の種類を知らないわけではなく、それらを否定しているわけでもないのだが、ほとんど全てのレースにおいて、単勝を買うことにしている。初心者の方にレクチャーする機会があれば、単勝という馬券があることを教え、まずは1頭を良く見ることをすすめる。もちろんそこには私なりのロジック(論理)もある。

なぜ私が単勝を選んだかを語る前に、競馬というゲームにおいて馬券を買うときの大前提となる「大数の法則」について説明したい。一般に「大数の法則」という概念を紹介したのは、ベルヌーイ(Jakob Bernoulli,1654~1705)という数学者である。

「大数の法則」とは、

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上がりが極端にかかるレースでは逃げ馬を狙え

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逃げ・先行馬にとって有利になるコース形態や馬場状態は多い。展開や各馬の能力に関係なく、明らかにコース形態や馬場状態のみが原因で、単純に前に行っている馬が有利になってしまうケースである。差し・追い込み馬に有利になるケースは案外少ないのに対し、逃げ・先行馬にとってのそれは数多く存在するのだ。そのうちのひとつに、上がり時計が極端に速いレースと、極端に掛かる(遅い)レースでは、逃げ・先行馬が有利になるというものがある。

たとえば、開幕週において芝のコンディションが絶好の良馬場は、逃げ・先行馬にとって有利になる。かなりの速いペースで飛ばしているように見えて、実は楽に走れて余力が残っているので、逃げ馬がそのまま逃げ切ってしまう、または先行馬が粘り込んでしまうという光景はよく見られる。騎手たちは多少の無理をしてでも前のポジションを取ろうと馬を出して行き、先行ポジション争いが激化してもなお、前に行った馬たち同士の決着になるのだ。このようなレースは、目安としては上り3ハロンが32秒台~33秒台の決着になることが多く、後ろから行った馬たちも伸びてはいるが、それと同じぐらい逃げ・先行馬も伸びる。つまり、前が止まらないレースである。

それに対して、コース形態や馬場状態の影響で、上がり3ハロンの時計が極端に掛かるレースがある。具体的に述べると、上り3ハロンが36秒台~37秒台の決着になる。このようなレースにおいては、逃げ・先行馬もバテているが、差し・追い込み馬も同じようにバテているため、前が止まらないのではなく、後ろも止まってしまっている展開になる。最後の直線で順位の入れ替わりが少なく、そのままゴールになだれこむため、逃げ・先行馬にとって有利になる。つまり、前も後ろも止まってしまうレースである。

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夏場の重賞はあえて高齢馬を狙ってみる

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今年の春のG1シリーズにおいて、ストレイトガールがヴィクトリアマイルを勝ち、7歳牝馬として初のJRAのG1を制するという快挙には驚かされた。7歳馬といえば、旧馬齢表記では8歳であり、私が競馬を始めた頃(今からおよそ25年前)には、8歳の牝馬がG1レースを圧勝するなんて想像すらできなかった。それもそのはず、当時は8歳以上の馬が平地重賞を勝つことすら極めて稀であったのである。

今でも覚えているのは、1994年の関屋記念をマイスーパーマンが勝ったときのこと。システィーナという美しい栗毛牝馬の単勝馬券を手に握っていた私は、まさかの8歳馬の強襲にハナ差で涙した。当時の表記で9歳馬であったマイスーパーマンの単勝はなんと92倍もついた。私は再び涙しつつ、まさに名前のとおりのスーパーマンだと感じたものだ。実はJRAが1954年に創設されてから、1985年のイナノラバージョン(アルゼンチン共和国杯)以来であり、40年間のうちわずか2頭目の8歳以上の馬による平地重賞制覇に私は立ち会うことができたのであった。

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サラブレッドの本当の強さは、血を残すことで証明される

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競馬ファンが集まると3強論争が始まる。同世代の3頭の名馬たちの誰が最強なのか、という議論のことである。オールドファンでいえばトウショウボーイ・テンポイント・グリーングラスであり、競馬人気が沸騰した時代のファンでいえばオグリキャップ・スーパークリーク・イナリワン、ミレニアム前後に競馬を始めた世代でいうとエルコンドルパサー・グラスワンダー・スペシャルウィークである。特に最後の3強論争においては、インターネットが急速に普及した時代とあいまって、それぞれのクラスタによる激しい意見のぶつかり合いが今でも見られる。

3強論争は、その難解さゆえに最後には水掛け論に終わってしまうことも多い。エルコンドルパサーが強いという意見も、グラスワンダー最強という主張も痛いほどよく理解できる。エルコンドルパサーとグラスワンダーに意見が二分するのは(スペシャルウィークは少数派)、サイレンススズカが逃げ切った毎日王冠を境として、この2頭が全く別の道を歩むことになったからである。凱旋門賞を目指してヨーロッパに渡ったエルコンドルパサーと、国内に専念したグラスワンダー。新しい環境に適応し、ヨーロッパの競馬でも結果を出したことを高く評価するか、またはマイルから2500mまで距離を問わず、国内のG1レースをいくつも勝ったことを上に取るか、ほとんど同じレースで走ったことのない2頭の比較は難しい。

それに対し、グラスワンダーとスペシャルウィークは

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鍵となるレースを見つけることで、出走馬の力関係が見えてくる

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同世代の中で争うクラシック戦線などは、有力馬たちは本番前にすでに顔を合わせていることが多い。たとえば新馬戦やトライアルレースなど、素質のある馬たちは同じようなローテーションを選択するため、その世代の有力馬たちが一堂に会するようなレースが生まれる。それゆえ、G1を勝った馬たちの足跡をたどってゆくと、あるひとつのレースに行き着くことがある。このようなレースを「鍵となるレース」と呼び、なるべく早く「鍵となるレース」を見つけることが、その世代の力関係を読み解く鍵となる。

かつて伝説の新馬戦と呼ばれたレースがあった。2008年10月26日、京都競馬場の芝1800mにて行われた2歳新馬戦には、多くのG1ホースたちが集まっていた。この新馬戦を勝ったのは、のちに皐月賞馬となったアンライバルド。2着には日本ダービーと菊花賞で2着したリーチザクラウン。そして3着には、牝馬2冠を制し、ジャパンカップや天皇賞秋を勝った名牝ブエナビスタ。さらに4着には、のちの菊花賞馬となるスリーロールスが入っていたのだから驚きである。

この伝説の新馬戦の場合は、あらかじめ素晴らしいメンバーが出走していることが分かっていたわけではない。このレースを起点として、それぞれの馬たちが違った道を歩み出し、勝利を積み重ねた結果、あとから振り返ってみると、実はこの新馬戦が極めてレベルの高いレースであったと気づかされたということだ。これぞ「鍵となるレース」である。

「鍵となるレース」をいち早く見つけることで、

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骨折をした馬はいつ復活を遂げるのか?

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骨折した馬ということで、真っ先に思い浮かぶのはヤマニングローバルである。ちょうど私が競馬を始めた頃に活躍した馬だったので、記憶が鮮明なのだろう。ヤマニングローバルは父ミスターシービー、母の父ニジンスキーという、当時においては超良血であり、デビュー前からかなりの評判を呼んでいた。その期待に応えるべく、デビュー戦からデイリー杯まで3連勝を飾った。どのレースも、武豊騎手がゴール前は抑える余裕を見せるほどの楽勝であった。

ところが、デイリー杯3歳Sをレコードタイムから0.2秒差という好タイムで勝利した直後、ヤマニングローバルを悲劇が襲った。武騎手が馬を止めようとした矢先、ヤマニングローバルが馬場の窪みに脚を取られ、バランスを崩して右前脚を骨折してしまったのである。競走中のアクシデントではなかったにもかかわらず、検査の結果として、右前種子骨が縦真っ二つに割れているという最悪の状況が判明した。通常ならば、安楽死が取られてもおかしくないケースである。

しかし、陣営は治療(手術)を選択した。クラシックの有力候補と謳われた逸材を、このような形で失うことに耐えられなかったのだろう。武騎手も「来年のG1レースを4つ損した」と、ヤマニングローバルに寄せていた期待の大きさを語った。割れた骨をボルトでつなぐという荒治療であったにもかかわらず、手術はなんとか成功した。一時は蹄葉炎を発症するなど、危険な状況はあったものの、関係者の献身的なケアとヤマニングローバル自身の持つ生命力によって、翌年の秋には調教を再開できるほどまでに奇跡的な回復を遂げたのだ。

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相性の良いレースの背景には、人馬との幸運な出会いがある

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競馬ファンならば誰しも、自分にとって相性の良いレースとそうではないレースがあるはずだ。たとえば、〇〇賞は毎年のように良く当たるのだけど、××ステークスはからきしダメなんだよね、といった具合に。その理由を追究していくと、自分の思考のクセや思い込みと密接な関係があることがわかる。つまり、相性の良いレースについては、その傾向や勝ち馬に求められる資質を正しく把握しており、相性の良くないレースについては、誤って認識していることが多い。私にとって、相性の良くないレースは挙げればきりがないほどあり(自分の思い込みを矯正することがいかに難しいか)、数少ない相性の良いレースのひとつに安田記念がある。

安田記念が私にとって相性の良いレースである理由のひとつに、ある人馬との出会いがあった。

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謎解きは皐月賞の後で…そして歴史は繰り返される!

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皐月賞は謎を残すレースであった。不可解というか、違和感があるというか、つまり何だか不思議なレースということである。明らかに間違っていると声高に叫ぶことはできないが、その結果をそのまま素直には受け入れがたい。体中のあらゆる感覚が静かにそうささやいている。

皐月賞を振り返ってみたい。前に行った馬が有利というジョッキーや関係者の意識の総和が飽和点に達した結果、誰もが想像した以上の激流となった。特にスタートしてから最初のコーナーを回り切るまでの2ハロンの攻防が凄まじかった。さらに4コーナー手前から、抑えきれなくなった○○○○が早めに動き、それをマークしていた◎◎◎◎などの有力馬が動き始めたこともハイペースに輪をかけた。そのため、前に行った組と後ろから行った組が、前半と後半でそっくり入れ替わる、典型的な前潰れのレースとなった。

外から一気にまくって直線で突き抜けた★★★★は実に鮮やかであった。他の有力馬の脚が直線で止まるのを尻目に、まるで1頭だけ違う脚を使って勝利したように私たちの目には映った。日本ダービーに向けて視界良好、3強ではなく実は1強なのではないか。そう思った人もいただろう。しかし、このレースには不可解な点があって、2着に突っ込んだ▲▲▲▲もほぼ最後方から追走した馬だったということだ。

このまま日本ダービーを迎えれば、必ずや★★★★と▲▲▲▲は人気馬として祭り上げられるだろう。あれだけ衝撃的なレースを見せつけられてしまっては、誰がこの2頭の引力に抗うことができるだろうか。皐月賞を勝った★★★★も2着に来た▲▲▲▲も、後ろから行ったことが功を奏し、前に行った馬たちがバテたところを差し切っただけで、実はそれほど力が抜けているわけではないよ、と誰が大きな声で言えるだろうか。たとえ心のどこかで疑っていたとしても、目の前で起こった圧倒的な事実に対して、私たちは口をつぐんでしまうのだ。

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ローテーション次第で競走馬の未来は変わる

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若駒の頃のローテーションは、人生の進路や岐路のようなものである。たとえ同じような資質や能力を持つ馬であっても、いつの時期にデビューし、どのようなレースを選んで走るかによって、その馬の辿るべき道や未来は大きく変わってくる。競走馬の歩んできたローテーションやその行く末を見てきて、特に競走馬がデビューしてから数戦目までのレース選択つまりローテーションが、その馬をいかに形づくり、馬生を大きく左右するかをつくづく思い知らされた。

コディーノ(父キングカメハメハ、母ハッピーパス)という牡馬がいた。

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関連エントリ
・「コディーノの憂鬱」前編中編後編の前編後編の後編

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VMは牡の古馬を相手に好走してきた女傑を狙うレース

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最近でこそ、調教技術やノウハウが向上したことに伴い、ウオッカやダイワスカーレット、ブエナビスタ、ジェンティルドンナなど、女傑と呼ばれる牝馬たちが一線級の牡馬に混じって好勝負を繰り広げ、ときには牡馬を圧倒する光景も見られるようになったが、やはり競走馬としての牝馬と牡馬の違いは歴然としてあると私は思う。性別を超越するほどの能力を秘めている一部の牝馬を別にして、牝馬と牡馬が一緒に走れば、総体的には前者に分が悪い。

それでは具体的に、牡馬だけで行われるレースと牝馬同士で行われるレースでは何が違うのか。その答えは、レース全体のタイムや1ハロンごとに刻まれるラップではなく、最後の直線で苦しくなったときに問われる根性でもなく、肉体的なぶつかり合いと威圧感である。

シンコウラブリイやダンスインザムードなど、多くの名牝を管理した藤沢和雄調教師は、牝馬が牡馬と戦うことについて、こう語っている。

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名馬は2度続けて負けない=同じ過ちを繰り返さない

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名馬とはどのような馬か?名馬の定義は様々であり、競馬にたずさわる者が10人いれば、10とおりの定義があるはずだ。競馬評論家の大川慶次郎氏は、「僕は、違う時代のどの馬が強いかって勝手に考えるのは、馬に対してちょっと気の毒なような気もするし、順番はつけにくいんだけど。ただ、馬は(中略)体調が悪くても、それを克服して、着外にならないのが強い馬だという考え方なんですよね。ですから、僕が選ぶのはシンボリルドルフ。3着が1回、ジャパンカップね。それから秋の天皇賞で2着、あとぜんぶ勝ったでしょ」と語った。その他、「2度続けて負けない」というものがあると私は思う。同じ相手にという枕詞言葉をつける場合もあるが、名馬は同じ過ちを2度繰り返さないという意味である。

大川慶次郎氏が名馬に挙げたシンボリルドルフは、その戦歴を見ると、たしかに大きく敗れることがなく、しかも続けて負けていない。これぞ名馬であることに異論はないだろう。そんな20世紀を代表する名馬でも、左前肢繋じん帯損傷で引退レースとなったアメリカのG1レースは除き、2度もレースで敗れたことがある。天皇賞・秋でギャロップダイナに敗れて馬房に戻ってきたシンボリルドルフの目に涙が浮かんでいるのを見て、写真家の今井壽惠氏が「ルドルフかわいそう、泣いている」と言った話は有名である。つまり、どんな名馬であっても、競馬が勝負ごとである以上、敗れてしまうこともあるということだ。

敗れたその次のレースこそが重要である。

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ステイヤーは前哨戦の調子を本番でもそのまま維持できる

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阪神大賞典の勝ち馬と2着馬の、天皇賞・春における成績を比較してみると、明確な傾向が見て取れる(過去20年間)。

阪神大賞典1着馬の天皇賞・春での成績【7・0・4・8】
阪神大賞典2着馬の天皇賞・春での成績【0・3・1・13】

以下の2点が導き出せるだろう。 1)阪神大賞典の勝ち馬は、本番である天皇賞・春と結びつきが強い 2)阪神大賞典の2着馬が、本番で逆転する(巻き返す)ことは難しい 最近でこそ、阪神大賞典の勝ち馬が天皇賞・春を制することは少なくなったが、昨年はゴールドシップが阪神大賞典と天皇賞・春を連勝したように、相変わらず2つのレースの結びつきは強く、2着馬の本番における巻き返しもない。

なぜこのような現象が起こるかというと、ステイヤー(長距離馬)のピークは長いからである。一般的に、ステイヤーは短距離馬に比べ、調子のピークが長い。いったん調子が上がってくると、調子の良さが長続きする。その反面、体調をピークに持っていくのに、短距離馬よりも時間を要する。叩かれつつ調子を上げていくのがステイヤーの特徴である。

ステイヤーのピークが長い理由は、

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一口馬主になることで馬券の見方も変わる

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私が競馬を始めてから20年以上の歳月が流れ、アウトサイダーとして競馬をたしなんできたからこそ、競馬の世界の移り変わりを外側から見つめ、競馬ファンの楽しみ方の変化を身体で感じるようになった。日本の競馬の世界は、馬券全盛だった時代から、(特にコアな競馬ファン層を中心として)一口馬主という独特の形を取って馬を所有して走らせる時代に移り変わりつつある。その流れはこれから加速し、さらにその中から生産にたずさわる者たちも出現するだろう。馬券→(一口)馬主→生産という競馬の楽しみ方のステップを、私たち日本の競馬ファンも一歩ずつ踏み出しつつある。

遅ればせながら、私も昨年に入ってようやく一口馬主を始めることにした。友だちを誘いつつも自分はやらないという矛盾を繰り返してはや20年が経ってしまったが、ついに私もクラブに入会し、サラブレッドに出資することに決めた。これといった明確な理由はない。機が熟したということでもない。勢いというか何というか、タイミングが合ったということであろう。私が生まれて初めて出資した馬は、ヒカルアマランサスの2番仔であるクインアマランサス(父キングカメハメハ)。今年夏のデビューを目指し、順調に育成が行われていると聞く。クラブから送られてくる状況報告のメールに一喜一憂している今日この頃である。

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3強対決はモンティ・ホール問題で解決する

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今年の牡馬クラシック戦線は非常にレベルが高く、特にサトノダイヤモンド、マカヒキ、リオンディーズの3頭の強さは傑出している。弥生賞でエアスピネルに騎乗した武豊騎手が、「負けている気はしないのに3着。今年は強いなぁ。いいレースをしていて、普通に勝っているレベルなのに」と嘆いたように、血統的にも実力的にも、普通の世代であれば頭ひとつ抜きん出ている存在の馬が何と3頭も、同世代のクラシック戦線に乗ってきたのだ。

私は新馬戦の走りを見たときから、サトノダイヤモンドが今年の世代の1番馬であると確信し、この連載の第45回でも未来のダービー馬と称した。朝日杯フューチュリティSを制したリオンディーズの強さは知っていたが、やや荒っぽい競馬をしたこともあり、サトノダイヤモンドのレースセンスの良さを上に見ていた。ところが、弥生賞が終わり、リオンディーズが皐月賞を勝つための競馬を試してきたことを評価しつつも、マカヒキという馬の美しさに心を奪われてしまった。ディープインパクトをひと回り大きくしたような、父にそっくりなマカヒキの走りに、もしかしたらこの馬が1番馬だったのかもしれないと考えを改めつつある。そう、私の心は3強の間で揺れ動いているのだ。

3頭のうち、どの馬を選ぶべきなのかを考えたとき、モンティ・ホール問題という確率論の話が思い浮かんだ。モンティ・ホールという人物が司会者を務めるアメリカのクイズ番組にて出題された、「扉が閉まった3つのドアがあり、ひとつのドア後ろには当たりを意味する新品の車が、残りの2つにはハズレを意味する山羊(やぎ)がいる。最初に解答者がひとつのドアを選び、次に残りの2つのドアのうち、ハズレの方のドアをモンティが開けてみせる。ここで解答者は、最初に選択したドアからもう1つのドアに変更してもよいと言われる。さあ、あなたならどうするか?」という問題である。

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速くて強い逃げ馬がいるときは、2着は穴を狙え【超・馬券のヒント第55回】

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馬単や3連単が全盛の時代において、もはや万馬券など珍しくなくなってしまったが、私が競馬を始めた頃は、万馬券という言葉には崇高な響きがあり、万馬券を獲ることはひとつのステータスであった。当然のことながら私も、万馬券に憑りつかれ、とにかく万馬券を当てることを目指して馬券を買っていた時期がある。後楽園ウインズに足繁く通っては、小さなモニターの画面を見上げながら、1日に1本出るか出ないか分からない万馬券を虎視眈々と狙っていた。

そんな私が初めて万馬券を手にしたのは、1992年の日本ダービーであった。戸山為夫調教師によって坂道で鍛え上げられたミホノブルボンが、皐月賞に続き日本ダービーも逃げ切ってみせたのである。2着には16番人気のライスシャワーが粘り込み、馬連で2万9580円という超万馬券であった。

マグニチュードの仔にとって2400mの距離は長いという声も多かったが、ミホノブルボンがバテて止まる姿を想像することは難しかった。ミホノブルボンは単なるスピード馬ではなく、スタミナとパワーも兼ね備えた、当時の私が知る限りにおいて最強の逃げ馬であったのだ。

そんなミホノブルボンも最初から逃げ馬であったわけではない。

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「どの騎手に乗り替わったか」と同じぐらい重要な「どの騎手から乗り替わったか」

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「あの騎手が乗ると馬が変わる」という競馬関係者の言葉を聞くことがある。他の騎手からの乗り替わりでその騎手が跨ると、まるで別馬のような走りを見せてレースで好走するという意味の“変わる”もあれば、その騎手がレースで騎乗したあと、普段の調教から実戦のレースに至るまで、馬が最後まで頑張るようになったり、上手に走れるようになったりするという意味での“変わる”もある。

前者の“変わる”については、かなり昔の話になるが、1993年に行われた第2回ヤングジョッキーワールドチャンピオンシップの出来事が忘れられない。当時、若干22歳のラフランコ・デットーリ騎手が、全4戦中3勝という成績を挙げ、(前年に次いで)ダントツで優勝したのである。しかも、第1戦は3番人気、第2戦では6番人気の馬を1着に導き、第4戦はL・デットーリ騎手が乗るということで1番人気になったホワイトアクセルにも勝利をもたらした。L・デットーリ騎手に叱咤激励されながら馬群から踊り出してきた白い馬体を観たとき初めて、騎手によって馬が“変わる”ことを衝撃と共に私は理解した。

後者の“変わる”についてよく言われるのは、

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出遅れという不運の中に眠っている幸運を見逃すな

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出遅れにはどうしても悪いイメージがつきまとう。出遅れてしまって逃げられない、または出遅れてしまい最後に伸びてはいるが届かない等々。特にわずか1分そこそこのタイムで決着してしまうスプリント戦において、出遅れは致命的である。ただし、ごく稀なケースではあるが、例外的に出遅れがプラスに働くこともある。出遅れたことによって、馬の走るリズムが変わるのだ。

キンシャサノキセキは2010年の春、4連勝で高松宮記念を制し、届きそうで届かなかったG1タイトルを手にした。この快進撃のきっかけとなったのは、09年の暮れに行われた阪神カップ。このレースで彼はスタートで大きく出遅れた。しかし、鞍上にいたM・デムーロ騎手は慌てることなく、キンシャサノキセキを最後方からゆっくりと走らせた。それまでの彼は行きたがる気持ちが前に出すぎて、いつも力んで先行し、最後の1ハロンだけ止まってしまうというレース振りであった。だからこそ、G1レースを勝つことができなかった。

デムーロ騎手に導かれたキンシャサノキセキは、馬群の外々を伸びやかに走り、最終コーナーでは先頭に踊り出るほどの手応えの良さで上がってゆき、最後の直線では他馬を突き放した。あれだけ手脚を伸ばして走るキンシャサノキセキを久し振りに見たと私は感じた。最も驚いたのは、彼自身だったのではないだろうか。こんなにゆっくりと走っていいのだ。競馬っていつも一生懸命に走らなくてもいいのだ。そう思ったに違いない。7歳にして力を抜いて走ることを覚えたキンシャサノキセキは、遂に覚醒したのだ。

キンシャサノキセキは偶然の出遅れであったが、意図的に出遅れさせ、後方をゆっくり走らせることで馬のリズムを変えてしまったケースもある。

・・・
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調教で動かないのはステイヤーの証【超・馬券のヒント第52回】

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競馬を始めたばかりのころ、予想をするにあたって、この言葉が関係者から出てきたら買わないという自分の中でのNGワードがあった。たとえば、「前走は度外視」、「気性が難しい」などの言葉が出てくると、その馬は馬券の対象から外した。今思えば笑ってしまうぐらい初心者らしい予想法ではあるが、その中にもひとつだけ真実が含まれていた。それは「調教は動かない」というNGワードである。なぜかというと、それは調教において「動き」が悪かったことを示唆しているからである。レースに臨むにあたっての調教で、陣営から「動かない」という主旨のコメントが出てきた馬は走らないのである。

実は、日経新春杯のシュヴァルグランがそうであった。栗東のCWコースにおける最終追い切りのタイムは、7ハロン99秒7―13秒6という、オープン馬とは思えない平凡な時計であった。この追い切りを受け、友道康夫調教師は「調教でそんなに動く馬じゃないから」とコメントした。この連載上でシュヴァルグランに本命を打っていた私は、この言葉を見て青ざめた。私の心配は見事に的中し、シュヴァルグランは断然の1番人気に応えることができず、レーヴミストラルの鬼脚の前に屈してしまった。連対を確保したものの、やや物足りない走りであったことは否めない。

調教で「動かない」ことには、いくつかの理由が存在する。
・・・


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本番につながらないステップレースの狙い方

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本番であるG1レースにつながるステップレースと、そうでないステップレースがある。たとえば今週行われるフィリーズレビューは、過去10年間において、ここを使って本番・桜花賞を制した馬はレジネッタのみ。1週間前に行われるチューリップ賞からは7頭の桜花賞馬(ダイワスカーレット、ブエナビスタ、アパパネ、ジェンティルドンナ、アユサン、ハープスター、レッツゴードンキ)が出ており、その差は歴然としている。チューリップ賞とフィリーズレビューを天秤にかけた場合、桜花賞へのつながりを意識すれば前者をステップにする方が望ましいのは明らかである。

にもかかわらず、フィリーズレビューを選択する馬がいるのは、距離(または折り合い)に不安を抱えている、もしくはフィリーズレビューの方に適性がある(勝つ可能性が高い)と陣営が考えているからである。いずれにしても、桜花賞につながりにくいステップレースであることは確かであり、フィリーズレビューはフィリーズレビューとして、つまり桜花賞へのステップレースではなく、芝1400mの競走に狙いを定めてきた短距離馬たちによるひとつの重賞として予想しなければならないのである。

フィリーズレビューというレースの特性が如実に現れたレースとして、アストンマーチャンが勝った2007年のそれが挙げられる。この年はアストンマーチャンだけではなく、ウオッカ、ダイワスカーレットという名牝が揃った、史上最強といっても過言ではない世代であり、牝馬たちによる極めてハイレベルの争いが繰り広げられた。この3頭は桜花賞に向けて、アストンマーチャンはフィリーズレビュー、ウオッカとダイワスカーレットはチューリップ賞に枝分かれすることになった。レースラップを見比べてみると、この2つのレースの違いが分かる。


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トライアルレースの狙い方ー各陣営の試みや思惑まで込みで予想する【超・馬券のヒント第50回】

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クラシック戦線に向けたトライアルレースが行わる季節になると胸が高鳴る。有力馬たちはどのようなレースを見せてくれるのか、果たして伏兵馬は現れるのか。私たち競馬ファンだけではなく、それぞれの関係者の想いが交錯し、織り成されるドラマの伏線となるのがトライアルレース。そして、その名のとおり、本番であるG1レースへ向けて、いろいろなことを試してみることができるのも、トライアルレースなのである。

たとえば新しい馬具を装着してみたり、調教のスタイルを変更してみたりという細かい試みから、騎手を交代してみたり、脚質を転換してみたりという大胆な試みまで。さすがに本番ではできないようなことを試してみる最後のチャンスとなる。やってみて失敗したら改めれば良いし、成功したらそのまま本番に向かう。

そのような試みの中で、“脚を測る”ということがある。前半ゆっくりと走らせたら、最後にどれぐらいの脚を使ってくれるのか。スタートから出して行き、これまでよりも前のポジションで追走させたら、直線に向いたときにどれほどの脚が残っているのか。さらに他のライバル馬たちは、どのような走りをして、どれほどの脚を持っているのか。自分の馬の脚はもちろん、本番でも対決することになるであろう他馬の脚もトライアルレースで測るのだ。

かつて武豊騎手は
・・・

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字づらにだまされてはいけない“典型”中山芝1800m

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私は総合格闘技を観るのが大好きで、その中でも柔術家マジシャンと称されたアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラの試合を手に汗を握りながら観た。彼は千の技を持つと言われ、多彩な寝技を駆使しながら対戦相手をタップアウトさせた。とはいえ一つの試合で千の技を使うわけではなく、そのうちのいくつかを相手や状況に応じて組み合わせることでフィニッシュまで持ち込む。実は競馬の予想も同じであり、数多くのヒントの中からいくつかを組み合わせることで的中に近づけることができる。もちろん競馬は複雑なゲームであり、そう簡単にいかないことも多いが、シンプルな組み合わせによってこそ答えを導き出せることもあるのだ。

第8回
の連載において、競馬場のカラクリとして、「小回り」、「スタートしてから第1コーナーまでの距離が短い」、「4つのコーナーを回る」という3つの要素が合わさることによって、字ズラの距離以上にスタミナを問われる、つまり距離に騙されてはいけない特殊なコース設定が生まれると書いた。たとえば中山競馬場の芝1800mコースはその典型で、道中で持続的に脚を使わされるため、上がり3ハロンが35秒~36秒も掛かる競馬になりやすい。ホワイトマズルやオペラハウスを代表とするヨーロッパ型のスタミナ血統が強く、反対にサンデーサイレンスの血を引く、スピードに長けている瞬発力タイプは苦手とする。重馬場や不良馬場になってしまうと、その傾向はより一層強まる。

私がこの競馬場のカラクリを知ることになった原初体験として、1996年の中山記念がある。1番人気に推されていたのは、皐月賞やのちのマイルCSを勝つことになるジェニュイン。休み明けにもかかわらず仕上がった馬体で登場し、レースの流れにも乗り、勝ったかと思いきや、最後の直線で外から9番人気のサクラローレルに豪快に差し切られてしまった。ジェニュインが霞むような末脚を見て、サクラローレルを中距離馬だと考えたのは私だけではなかったはず。その理屈で考えると、次走の天皇賞・春はサクラローレルにとっては長く、ナリタブライアンやマヤノトップガンを差し置いて本命を打つことなど思いも寄らなかった。


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デビュー2、3戦目に訪れる、競走人生を左右する分岐点

Rensai47

今でも親によく言われることなのだが、私は幼稚園の駆けっこではいつもビリだったらしい。ヨーイドンの合図で、他の子たちが一生懸命に走り出しても、私だけは一向に走ろうとしなかったという。その頃の私には、誰よりも速くゴールするという競走の意味が分かっていなかったのだ。人としての成長が遅いのは今も同じなのだが(笑)、他の子どもたちに比べて物心がつくのが遅かったのだろう。

競走馬のデビュー戦も幼稚園児の駆けっこのようなもので、訳もわからないうちに終わってしまうことが多い。もちろん、物心がつくのが早い馬と遅い馬がいて、デビュー前の調教から好タイムを連発し、新馬戦を圧勝するような馬は前者である。新馬戦では、身体の完成度が高いだけではなく、気持ちが走るということに向いているかどうかも問われるのである。

しかし、2~3戦目ともなると話は別で、レースでは他馬よりも速く走らなければならないことを、ほとんどの馬は理解し始める。そして、このあたりが競走馬としての分岐点となるのだ。レースや調教というものを理解し、ようやく競走馬としての本能が目覚める馬もいれば、反対に、レースに行くと目一杯に走らされて苦しいことを知るため、走ることを嫌がるようになる馬もいる。もちろん、後者の方が圧倒的に多いのだが、その苦しさを克服しない限り、能力を発揮できるようにはならない。

また、ソエが出たりと、競走馬としての疾病に悩まされ始めるのもこの時期である。ソエは若駒によくある症状で、骨が完全に化骨していない成長途上の馬の管骨に過度な負担が掛かると発症する。昔はソエが出たら赤飯を炊いていたらしいが、重症化すると腫れや痛みを伴って競走能力に大きな影響を与える。ソエが治っていない状態で違和感を抱えたまま出走することになれば、馬は痛がったり、走ることを嫌がったりする。競走馬が入れ込むのは、肉体的な苦痛が原因になっていることも多い。

(続きは週刊Gallopにて)

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その後の反動がないことも願いつつマッチレースを期待

Rensai46

きさらぎ賞の出走登録馬を見たとき、私は目を見張った。わずか5頭。その理由はすぐにわかった。厳寒期のレースということもあり、毎年多頭数にはならないのだが、今年はあの評判馬サトノダイヤモンドがいるからということだろう。さらにそのサトノダイヤモンドに新馬戦で敗れたものの、その後、負け知らずで連勝してきたロイカバードもいる。購買価格を合わせて約5億円対決と話題を呼んだだけではなく、この2頭は強い。ありえないことではあるが、他の登録馬たちが畏れをなして回避することがあれば、2頭のマッチレースが実現するかもしれないという妄想が膨らんだ。

18世紀以前の競馬では、同じ組み合わせの馬たちで複数回競走を行い、勝ち馬を決定するヒートレース(Heat race)という方式が採られていた。1回の競走を1ヒートと呼び、同じ馬が2回もしくは3回と続けて勝つまでレースは行われたという。18世紀以降は、主にアメリカにおいて、企画に賛同した馬主が、スタートからゴールまで協定条件下で2頭を競わせる1対1形式の競走をマッチレースと呼ぶようになった。古くは映画「シービスケット」で知られているシービスケットとウォーアドミラルの対決など。最近では、多頭数のレースであっても、2頭の馬が抜け出して、抜きつ抜かれつを繰り返し、勝敗を決することを広義にマッチレースと呼ぶようになった。

私が生で観た有名なマッチレースは1996年の阪神大賞典である。ナリタブライアンとマヤノトップガンが火の出るような追い比べを演じたレースである。このレースはデッドヒート(同着)にこそならなかったが、3着以下の馬との差がなんと9馬身もあったように、まさにマッチレースであった。ナリタブライアンの単勝馬券を手にしていた私は、いつものレースよりも長い、最後の直線における至福の時の流れを味わうことができた。それはマヤノトップガンの単勝を握っていた人も同じだったのかもしれない。

この話には続きがあって、当然のことながら、次走の天皇賞春において、ナリタブライアンは1.7倍、マヤノトップガンは2.8倍と、圧倒的な人気に推された。しかし、阪神大賞典で後続に9馬身もの差をつけたはずのナリタブライアンとマヤノトップガンが、本番の天皇賞春であっさりと負けてしまったのだ。ナリタブライアンは、最後の直線で先頭に立ったものの、サクラローレルに外から交わされると、すでに抵抗する力は残っていなかった。マヤノトップガンも、阪神大賞典で相手にしなかったはずのハギノリアルキングにも後ろから差されて5着と惨敗してしまった。

(続きは週刊Gallopにて)


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知的ゲームは考え続けた者のみが最終的な勝者になれる

Rensai45

競馬の予想をしていると、いつまで経っても結論が出ず、頭が沸騰しそうになることがある。最近でこそ、少し決断が早くなった気はするが、競馬を始めてからの20年間は、ピースの欠けているパズルを完成させようとするように、ああでもないこうでもないとあらゆる要素をくっつけたり外したりして考え抜いた。考え抜いたというと響きは良いが、それはほとんど混乱に近かった。そうして苦悩の末に導き出した予想も、当たったり当たらなかったりした。正解はなく、努力すれば報われるわけでもない。それでも、いや、だからこそ、答えのある世界に生きてきた私にとって、人智を超えた競馬というゲームは新鮮で知的に映ったのである。

今でも鮮明に記憶に残っているのは、ちょうど10年前の2006年フェブラリーSのこと。私はカネヒキリに本命を打つかどうか迷いに迷っていた。このわずか2.7倍の単勝を買うために、私はおよそ1週間、寝る間も惜しんで考え続けた。特にレース前日の土曜日などは、ほとんど丸1日をフェブラリーSの予想に費やした。今から思えば狂気の沙汰であるが、ようやく決断できたのは日曜日の朝であった。

フェブラリーSにおけるカネヒキリには、「能力を発揮できる状態にまで仕上がっているのか」、「スタートで立ち遅れることはないのか」という2つの不安点があったが、結局のところ、仕上がりについてはまだしも、スタートに関しては、実際にレースで走ってみないと分からないのであった。スタートした後になれば、あらゆる不安は全て解消されるか、もしくは見事に的中することになる。しかし、競馬の予想をする以上、ゲートが開く前に少しでも多くの不安要素を解消していかねばならない。カネヒキリが圧倒的な能力を持っていることがはっきりしている以上、2つの不安を解消できるかどうかが馬券の当たり外れに直結してくる。だからこそ、私は他のことを全て投げ打って考え続けたのだ。

しかし、どうしても私には分からなかった。それでも私は、「カネヒキリは完調とまではいかないが、能力を発揮できる状態にまで仕上がっていて、たとえ出遅れたとしても、なんとか差し切ることができるはず」という結論を下した。そして、実際のレースでは、カネヒキリは出遅れることもなく、私の結論を大きく上回る、他馬を寄せ付けない強さで圧勝した。結果的に馬券は当たったものの、決して私の考えが当たったわけではない。

レース後の安堵感の中、「なぜ、毎々レース、当たりもしない先を考えるのだろう?」とふと思った。

(続きは週刊Gallopにて)

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時代の流れに逆張りしたような血統=非SSの馬を狙うとき

Rensai44

アメリカンジョッキークラブカップ(以下、AJCC)の出走登録馬を見渡していると、サンデーサイレンス(以下、SS)の血を引く馬たちばかりであることに気がついた。SS直系の種牡馬の産駒、もしくは母の父にSSをもつ馬たちということである。今に始まったことではないのだが、2016年になっても勢いがとどまるどころか、さらに加速しているようにさえ思える。1991年にその血が日本に導入されて以来、SSは日本の競馬を大きく変容させてきた。そして、これから先も私たちの想像をはるかに超えるような変革を見せてくれるのではないだろうか。

日本の競馬がSSの血に席巻されてしまうことに対して、否定的な論調もあることは承知だが、私はどちらかというと肯定の考えである。短期的に見ると、SSの交配権を持っていた社台グループにとって有利に働き、市場の独占につながったことはたしかであるが、長期的に見ると、SSが生んだ仔たちからその血が零れ落ちることによって、日本競馬全体が潤うことになるはずである。その現象はすでに表出している。2015年度の中央競馬の平地G1競走22レース中、半分の11勝が日高地方の中小牧場で生産された馬たちによるものであった。

SS=社台グループという図式はすでに間違っていて、コパノリッキー、レッツゴードンキ、ゴールドシップ、クラリティスカイ、ストレイトガール、キタサンブラック、サンビスタといった社台グループ以外の生産G1馬にもSSの血が流れているのである。母の父にSSがいるスクリーンヒーローからも、モーリスやゴールドアクターという超一流馬が出てしまうのだから(もちろん母系の影響もある)、その血の影響力は恐ろしいほどだ。

その力があまりにも大きすぎることで、日高地方の中小牧場が恩恵を受けている一方、SSの血を引かない馬たちが活躍できる場は減少し、生産者たちはSSの血を持たない馬をつくることがますます難しくなるという弊害も生まれている。

(続きは週刊Gallopにて)

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負けパターンは馬体増…厳寒期の坂路調教に潜むわな

Rensai43

坂路コースは競馬界に大きな革命をもたらした調教コースである。1985年に栗東トレセンに新設されるや、確実に効果を上げ、それまでの関東馬優勢の潮流を一気にひっくり返し、その西高東低の流れは現在に至るまで続いている。一方、美浦トレセンでも1993年に坂路コースが新設されたが、当初から直線部分の短さや勾配などの問題があり、未だ関西馬優勢の流れを変えるまでには至っていない。最近では負荷の掛かる馬場にするなど、少しずつ改善されつつあるものの、G1を制した関東馬の多くは坂路コースをメインの調教コースとして使っていないのが現状である。

ちなみに、2015年の全体の勝利数は関東の1513勝に対して、関西は1943勝。皐月賞と日本ダービーの2冠を制したドゥラメンテも、安田記念とマイルCS、香港マイルを制した15年全勝のモーリスも、有馬記念を勝ったゴールドアクターも関東馬ではあるが、G1勝利数に限っても、関東の7に対して関西は16と倍以上の差がついている。ここ数十年にわたって続く西高東低の潮流だが、栗東トレセンに坂路コースが出来る直前まで、なんとJRA賞の各部門に関西馬が1頭も選出されない年もあったというから驚きだ。もちろん坂路コースが全てではないが、強いサラブレッドを作る大きな原動力となっていることには異論はないだろう。

坂路コースのメリットを挙げていけばきりがない。故障が少なくなる、心肺機能が鍛えられる(スタミナがつく)、引っ掛かる馬を落ち着かせる、運動時間が長くなる、ピッチ走法をマスター出来る、トモ(後躯)の強化につながる、頭が低くなる、などなど。今回は詳しく説明しないが、これらの利点を生かしつつ、強い関西馬はつくられてきたのであり、また世界に通用する日本馬たちも然り。坂路コースで競走馬を調教することの力は計り知れない。

そんな坂路コースにも、唯一といってよいほどのデメリットがある。

(続きは週刊Gallopにて)

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騎手にとって「1年の計はシンザン記念にあり」

Rensai42

競馬ファンにとって1年の計が金杯にあるとすれば、騎手にとってはシンザン記念にあると言っても過言ではない。過去のシンザン記念の勝利ジョッキーを見てみると、1997年から2006年の10年間で武豊騎手が6勝と独占し、その武豊騎手が落馬事故などによってスランプに陥ってからは、地方競馬出身の岩田康誠騎手が2勝、そして若手の浜中俊騎手が3勝を挙げている。武豊騎手の全盛期はいわずもがな、岩田康誠騎手は2008年には最多賞金獲得騎手としてJRA賞を受賞し、浜中俊騎手は優秀騎手賞を3年連続で受賞しているように、その年々の勢いがそのままシンザン記念の結果に反映されているのだ。昨年は武豊騎手が10年ぶりに勝利し、その復活と活躍を予感させてくれた。

なぜこのような現象が起こるかというと、その時々の勢いのある騎手に有力馬が集まるからである。シンザン記念を使う有力馬は、ここで賞金を加算しておいて、ひと休みをいれてからクラシックシーズンに向かおうと考えているはず。この寒い時期にレースを使う以上は、勝ち負けに持ち込んで確実に賞金を得なければならないし、あわよくばこの先々もお手馬として騎乗してもらえればという淡い期待も込められている。もちろん、トップジョッキーも依頼された馬たちの中から、勝利につながる確率が高く、しかも将来性の高い馬を選ぼうとするだろう。そうしたピラミッド構造が如実に現れるのがこのシンザン記念というレースなのである。

今年のシンザン記念はミルコ・デムーロ騎手と武豊騎手を狙いたい。ミルコ・デムーロ騎手は昨年、JRAの通年騎手免許を取得し、3月から実戦のレースで騎乗し始めたにもかかわらず、118勝を挙げてリーディングの3位まで登りつめた。いよいよ今年は外国人として初のJRAリーディングジョッキーとなる可能性は高い。

1999年に初来日して以来、毎年のように日本の競馬を盛り上げ、今や日本競馬には欠かせない、日本人以上に日本人らしいジョッキーとして評価されているが、当初ここまでの存在になると予感した人がどれだけいただろうか。私の記憶に残っているのは、ミスター競馬と呼ばれた故野平祐二さんによる、当時、若手ジョッキーのひとりにすぎなかったデムーロ騎手に対しての評論である。

(続きは週刊Gallopにて)


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厳しい戦いの経験が“最後のひと踏ん張り”につながる。

Rensai41

3歳馬が古馬相手のレースで揉まれたり、またオープン馬がG1レースのような大きな競走を経験したことにより、その後、見違えるほどに強くなる馬がいる。ここで言う古馬相手のレースや大きな競走とは、タイムが速かったり、ペースが速かったり、ラップが厳しかったり、ということではない。たとえG1であっても、タイムが遅く、スローペースで、ラップ的にも見るべきものがないレースだってあるだろう。それでも、強いメンバーが揃う、格の高いレースで走った馬が、突然に覚醒して、まるで別馬のように走り出すのはなぜだろうか。

最大の理由を挙げると、強い馬が集まるレースでは、最後の直線における各馬の踏ん張りが違うということに行き着く。踏ん張りとは、もはや走る余力などこれっぽっちも残っておらず、一杯いっぱいになってしまった極限状態でも、そこから我慢して、さらにもうひと伸びしようとするということである。速く走るために生まれてきたサラブレッドである以上、どの馬も潜在的なスピードやスタミナは持っているのだが、それでも強い馬と弱い馬に分かれるのは、最後の踏ん張りが違うから。最後にどれだけ踏ん張れるかが、ほとんどの大レースにおいては勝者と敗者を隔てているのである。

それまでは能力だけでトントンと勝ち進んできた馬が、初めてG1レースに挑戦し、あっさり負けてしまうのもそういうわけである。ゴール前で極限を超えてまで踏ん張るという経験をしたことがないだけに、能力的にはゆうにG1級であったとしても、あと一歩及ばずという結果になってしまうことがある。

たとえば、2010年の宝塚記念でG1レースに初めて挑戦したアーネストリーがそうであった。絶好のポジションを手応え良く追走し、自分の勝ちパターンに持ち込めたように見えたにもかかわらず、ブエナビスタには差し返されたばかりか、外からナカヤマフェスタの強襲に遭い、0.2秒差の惜しい3着に敗れてしまった。レース後の佐藤哲三元騎手の「最後のところで、もう少しガムシャラさがあれば」というコメントが印象的であった。2頭に先着を許してしまったのは、能力でも展開でも体調でもなく、最後の直線の攻防におけるガムシャラさだというのだ。

(続きは週刊Gallopにて)

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喜怒哀楽に緊張、リラックス、馬の精神状態は耳でわかる

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「レースやパドック、返し馬で馬のどこを見ているか?」と聞かれたら、迷うことなく「耳」と答える。私が耳フェチなわけではない。たくさんあるサラブレッドの身体の部位の中で、なぜ耳を中心に観察するかというと、馬の心理状態が最も端的に表れるからである。耳には馬の感情がストレートに表れてしまうので、私たちが馬の気持ちを知る手がかりとなることが多い。調教師や厩務員、ジョッキーなど、馬に携わる人々は、馬の耳の動きや向きを観察することによって、馬が今何を考えているのか、何を気にしているのか、何を恐れているのかを察するのである。

馬は両方の耳を前後左右に、しかもそれぞれを別々に動かすことができる。左右の耳を別々に動かすことで、聴覚的に周囲の環境を探索するのである。また、耳を動かすことで、仲間同士でサインを送ることにも使われる。仲間の耳の動かし方や位置を見ることで、相手の感情を読み取ることができるのである。

馬は怒りや不快感を覚えると左右の耳を絞る。絞るというと分かりにくいかもしれないので言い換えると、耳を頭の後方にピタリと張り付け、前からでは見えないようにした状態のことである。馬が攻撃衝動や優越感を抱いた時の典型的な姿勢である。なぜ耳を絞ることが攻撃衝動を表すのかというと、それはかつて仲間の攻撃から耳を守るためにとった姿勢に由来している。耳をピタリとつけてしまえば、かじられたり、引き裂かれたりすることが難しくなるからだ。

(続きは週刊Gallopにて)

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父譲りの差し返しを期待させるダイワメジャー産駒

Rensai38

サンデーサイレンス産駒と聞くと、瞬発力や鋭い末脚を連想するのは私だけではないはずだ。ディープインパクトを筆頭に、ダンスインザダーク、マンハッタンカフェ、アグネスタキオン、ハーツクライ、デュランダルなど、日本の競馬では勝ち味に遅かったステイゴールドは別として、距離の長短を問わず、ラスト3ハロン33秒台の脚を使って、届きそうもないところからでも差し切ってしまう。そして、これらのサンデーサイレンス産駒の大物たちは、種牡馬としても同じように、自身の仔たちに瞬発力や鋭い末脚を伝えている。

そんなサンデーサイレンス産駒の中でも異色な存在であったのは、スピードの持続力とパワーを武器としたダイワメジャーである。皐月賞を先行押し切りで勝利すると、その後、一時的なスランプに陥ったが、安藤勝已元騎手とのコンビ結成を機に復活を果たすや、天皇賞秋、安田記念を制し、マイルチャンピオンシップに至っては2連覇を達成した。とにかく馬体を併せてからがしぶとかった。輝かしい数々の勝利の中でも、最も私の記憶に残っている走りは、実は前述のG1レースではなく、2006年の毎日王冠での差し返しである。

毎日王冠の最後の直線、ダイワメジャーと同じくサンデーサイレンス産駒のダンスインザムードが馬体を併せた叩き合いになり、なんとダイワメジャーがダンスインザムードを差し返したのである。ここで言う“差し返し”とは、最後の直線でのマッチレースで、一旦は抜かされた馬が再び後ろから抜き返すということである。最後の直線における“差し返し”には、以下の2つのパターンがある。

1、先に先頭に立っていた馬が勝手にバテた
2、一度は先頭を譲っていた馬がもう一度伸びた

ほとんどの差し返しは1のパターンである。私は最初、毎日王冠の差し返しも1のパターンだと解釈していた。安藤勝己元騎手の「ダイワメジャーは抜かされてからやる気になった」というコメントはあったが、先頭に立っていた馬が急激にバテると、自分の馬が伸びたような錯覚に陥りやすいので、おそらくそういうことだろうと考えていた。

しかし、毎日王冠の差し返しは、なんと2のパターンであったのだ。もちろん次の天皇賞秋での勝利を見ての話ではあるが、ダイワメジャーの覚醒ぶりを見るにつけ、毎日王冠の差し返しは、ダンスインザムードがバテたのではなく、安藤勝己元騎手が言うように、ダイワメジャーが自らの力でもう一度伸びたということだったのだ。

(続きは週刊Gallopにて)

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ダート競馬の予想で迷ったら、馬体重の重い方を狙え

Rensai37

競馬を始めて3、4年目ぐらいから、地方競馬にも足繁く通うようになった。週末の中央競馬だけでは物足りなく、大井、川崎、船橋、浦和といった南関東の競馬場にも遠征した。最近も旅に出ると、その土地にある競馬場、たとえば金沢、盛岡、門別、園田といった競馬場にふらっと足を運ぶ。こうした競馬場で馬券を買うときは、出走馬たちの情報をほとんど知らないことが多い。パドックで歩いている姿を見たり、前走までの着順や着差を調べたり、オッズを参考にしたりして予想せざるを得ないのだが、どうしても迷ったとき、最後の決め手として用いているのが馬体重の大きさである。

馬体重の大きさを最終判断材料にするという考えを理解してもらうために、まずはダートを得意とする馬(以下、ダート馬)をダート馬たらしめる3つの特徴について述べたい。

ひとつ目は「走法」である。ダート馬は前肢を上に持ち上げて、叩きつけるような走法が要求される。いわゆる前肢のかき込みが強い馬ということである。なぜダートでは前肢のかき込みが重要かというと、ダートでは脚が砂の中に深く沈むので、前肢を投げ出すような走り方ではうまく走れないからである。かき込むように走ると前肢が伸びないため、一完歩の大きさは必然的に小さくなり、ピッチ走法になる。

2つ目は、「気性」である。どういう気性の馬がダート競馬に向いているのかというと、砂を被ってもひるまない、向こうっ気が強い馬である。ダートのレースでは、蹴り上げられた砂が常に前から飛んでくる状態が続く。実はかなり痛く、それに耐えなければならないのだ。砂を被るのを嫌がったり、首を上げて避けようとする素振りをするような馬では到底勝ち目はない。

3つ目は、「体つき」である。骨格から筋肉の付き方に至るまで、砂の上を走るのに適した馬体と、芝の上を走るのに適したそれとは異なるのだ。ダート馬は前肢のかき込みが強くなければならない以上、前躯(胸前から脇まで)の筋肉が発達していることが求められる。ダートでは芝に比べてパワーが問われるため、馬格があって(馬体が大きくて)、マッチョな馬が向いていることは確かであり、特に前躯の筋力の強さが重要である。筋肉の柔軟性という点においては、ダートを走る馬は筋肉の柔軟性よりも、筋肉の強さが求められる。

(続きは週刊Gallopにて)

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ジャパンCの外国勢は凱旋門賞で負けた馬を狙え

Rensai36

ほとんどと言ってよいほど季節感のない私が、11月も末になると底冷えのする寒さになることを知っているのは、1995年のジャパンカップの日、朝から東京競馬場のスタンドに座り続けていたからである。ヒシアマゾンという牝馬を応援するために、いやジャパンカップを勝つ場面に何としても居合わせたいという熱い想いを秘めて、始発の電車に乗り、開門と同時に門をくぐったのであった。

あの日は午前中からすでにたくさんの競馬ファンが詰めかけており、凄まじい熱狂ではあったが、寒風が吹きすさぶスタンドにいると、ジッとしていられないほどの寒さ。それでも私は、まるで金縛りにあったかのように、その場から一歩たりとも動かなかった。ヒシアマゾンが目の前で勝つ瞬間が、待ち遠しくて仕方がなかったのだと思う。

そんな私の想いを打ち砕くかのように、女傑ヒシアマゾンの前を1頭だけ走る馬がいた。最後の直線、追っても差が縮まらない、むしろ少しずつ離されていくよう。ゴール板を過ぎるまで、声を枯らして声援を送ったが、結局、ヒシアマゾンは届かず1馬身半差の2着に敗れてしまった。まさかヒシアマゾンが負けるとは思わず、私は茫然自失になりながらも、わずかに残っていた意識の助けを借りて馬柱を探し、勝った馬がランドという名前の外国馬であり、その年の凱旋門賞で4着、ブリーダーズCターフで12着と敗れてからジャパンカップに出走してきたことを知った。

ジャパンカップを予想するときに問題となってくるのが、外国馬と日本馬の比較である。近年は完全な日本馬の優勢であり、日本馬が掲示板を独占することがあっても驚かなくなってきた。ここ十数年で、血統や生産・調教の技術が飛躍的に向上したことによって、日本の競走馬のレベルそのものは、海外のそれと比較しても同等かそれ以上のところまで上がってきている。

(続きは週刊Gallopにて)

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サラブレッドの距離適性は年齢とともに変化する

Rensai35

サラブレッドには距離適性がある。距離適性は各馬の体つきや筋肉の質、また気性によっても異なる。短い距離を得意とするスプリンターから、長距離でこそ良さが生きるステイヤーまで、それぞれに適した距離で走ることで自身の持つ能力を最大限に発揮することができる。馬は自分で距離適性を主張することができないため、競走馬にたずさわる関係者たちの重要な仕事のひとつに、距離適性を見極めることがある。しかし、競走馬の距離適性は実は一定ではなく、時間の経過に伴って変化していくのである。

「以前は薄手の体形でしたが、成長するにつれて筋肉が付いてガッシリとした短距離向きの体に変わってきました」とは、2005年の高松宮記念を勝ったアドマイヤマックスを管理していた橋田満調教師の弁である。

アドマイヤマックスの戦歴を振り返ると、まず1600mの新馬戦を勝ち上がり、2戦目にして1800mの東京スポーツ杯2歳Sを快勝した。続いて2000mのラジオたんぱ杯2歳Sで惜敗(3着)した後、骨折が発覚して3歳の春を全休した。秋は2200mのセントライト記念で復帰し(2着)、3000mの菊花賞にも出走して2番人気に支持されたこともある。

3歳までの戦績だけを見れば中長距離馬の使われ方であるが、4歳になってからは1600mの安田記念を皮切りに、マイル以下の距離を使われ、6歳にして1200mの高松宮記念で念願のG1タイトルを手に入れた。

このように、成長するにつれアドマイヤマックス自身の距離適性が変化していることが分かる。短距離向きの筋肉が付いてきたことにより、持久力が必要とされる中長距離のレースには向かなくなってしまったのである。2、3歳時のアドマイヤマックスと古馬になってからのアドマイヤマックスでは、同じ馬でも違う馬なのである。

(続きは週刊Gallopにて)

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斤量の影響を考えるとき「馬体重の12%」がひとつの目安になる

Rensai34

凱旋門賞3連覇を狙ったトレヴは3歳馬ゴールデンホーンの前に力尽き、そのゴールデンホーンは史上初の凱旋門賞とブリーダーズカップターフの両制覇に挑んだものの、同じく3歳馬である牝馬ファウンドに敗れてしまった。3連覇や両制覇の難しさを感じると共に、大レースにおける3歳馬の強さを思い知らされた。

特に凱旋門賞は3歳馬にとって有利なレースとされ、実際に最も優勝回数が多く、過去10年間においても7勝を挙げている。その理由のひとつとして、斤量の問題がある。3歳馬が56㎏であるのに対し、4歳以上の古馬は59.5㎏を背負わされる。牝馬は1.5㎏減となるから、3歳牝馬であれば54.5㎏の斤量で出走できることになる。

万国共通のモノサシとして、芝のマイル戦では1㎏の斤量(負担重量)増は1馬身のロスになるとされる。たとえば、マイル戦で54.5㎏を背負った馬と59.5㎏の馬が同着したとすると、本来であれば、この2頭の馬の間には5馬身の力差があるということになる。もちろん、各馬の個体差があるので一律には扱えない部分はあるが、あくまでも一般的な統計として、芝のマイル戦では1㎏の斤量増=1馬身のロスということである。

実を言うと、この斤量についての考え方には応用編がある。たとえ同じ1㎏の斤量増でも、条件の違いによって、馬にとっての斤量増に対するこたえ方が違ってくるのだ。条件の違いとは以下の4つ。

(続きは週刊Gallopにて)

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“勝つためのポジション″を走った馬が勝つ

Rensai33

競馬には勝つためのポジション(以下、勝ちポジ)が存在する。競馬は強い馬が勝つわけでも、勝った馬が強いわけでもなく、勝ちポジを走った馬が勝つということである。そして、ダートレースは、芝のレースに比べて、勝ちポジが限定される。芝のレースよりもダートレースの方が勝つために走らなければならないポジションが少ないということだ。そのため、ジョッキーたちは勝ちポジを走らせようとしてポジション争いが激化し、当然のことながら、勝つチャンスがある馬も限られてしまう。走る能力の差というよりは、道中をどこのポジションで走られたかによって、勝つチャンスがある馬とない馬に分かれてしまうのだ。

勝ちポジという概念を私が発見したのもダートレースにおいてであった。2008年の平安Sで、角田晃一元騎手が騎乗した6番人気のクワイエットデイが、まるでそこに一本のライン(道)があるかのようにスタートからゴールまで駆け抜けた姿を見て、競馬には勝つためのポジションがあることを確信したのである。それ以来、京都1800mダート戦において何度も勝ちポジを走って勝つ馬を見続けてきた。人気馬であれ、人気薄の大穴であれ、勝つ馬はほとんどいつもと言ってよいほどに勝ちポジを走っているのだ。勝った馬がそのポジションを走っているのではなく、そのポジションを走ったからこそ勝ったのである。

笠松競馬場から中央競馬に移籍した安藤勝己元騎手は、中央競馬の特に芝のレースのバリエーションの豊富さについて語っていた。地方競馬に所属していた時代は、ほとんどのレースにおいて勝ちポジが同じであり、馬の競走能力の高低や騎手同士の駆け引きというよりは、どうやってそのポジションを目掛けて馬を走らせるかに集中しなければならなかった(するだけで良かった)。そういう競馬を何十年も続けていると、さすがに飽きてくる。対する中央競馬のレースでは、コース設定や道中の展開が多様であり、レースごとに勝ちポジが異なってくる。道中には騎手同士の駆け引きがあり、乗り方次第では騎乗馬の未知の能力を引き出したりすることもできる。安藤勝己元騎手にとって中央競馬のレースが新鮮に映ったのもうなずける。

(続きは週刊Gallopにて)

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同じカテゴリーのGⅠでも…ローテーションには相性がある

Rensai32

競馬には勝っていいレースと、勝ってはいけないレースがある。いきなりそんなことを書くと、八百長を疑われるかもしれないが、そうではない。競馬というスポーツは、たとえどれだけ強い馬であっても、同じ馬が全てのレースを勝つことができないようになっていて、時には上手に負けなければならないレースがあるということだ。勝利と敗北はいつもコインの裏表のように、今日の勝利が明日の敗北につながるのである。

たとえば、天皇賞・秋を勝つためには、宝塚記念を勝ってはいけない。なぜかというと、ローテーションの相性が悪いからである。宝塚記念は、これからすぐに夏競馬を迎えようとしている、春シーズンの最後に行なわれるレースである。宝塚記念を勝つべく仕上げられて勝った馬が、わずか4ヶ月後の秋シーズン最初のG1レースとなる天皇賞・秋を目標に万全の仕上がりで臨むことは難しい。その後にジャパンカップや有馬記念が控えていることを含め、一旦馬を緩めてそこから仕上げ直していくとすれば、どうしても中途半端な状態で出走せざるを得ないのだ。

過去10年間、宝塚記念の勝ち馬が天皇賞・秋に出走したときの成績は、以下のとおりである。

2005年 スイープトウショウ→5着
2007年 アドマイヤムーン→6着
2008年 エイシンデピュティ→9着
2009年 ドリームジャーニー→6着
2011年 アーネストリー→14着

同じ中距離で行われる春と秋のG1レースである宝塚記念と天皇賞・秋だが、恐ろしいほどに、宝塚記念の勝ち馬は天皇賞・秋で惨敗を繰り返している。違う適性を問われるレース(宝塚記念は馬場が重く、天皇賞秋は馬場が軽い)という反論もあるだろうし、それも正しくはあるのだが、適性の違いだけでG1馬がこんなにも大敗するとは思えない。適性よりもローテーションの相性の悪さが主な理由なのである。

シーズンオフに近い宝塚記念を勝つということは、春シーズンに一滴も残らず力を使い果たしてしまったということを意味する。休養を挟み、天皇賞・秋に無事に出走することはできたとしても、目に見えない疲れが残っていたり、精神的な消耗が回復していなかったりすることは案外多いのだ。同じことは宝塚記念と凱旋門賞の間にも当てはまり、実は凱旋門賞を勝つためには宝塚記念は勝ってはいけないレースなのである。

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ダートを走っているからといってダート馬とはかぎらない

Rensai31

私にとってのベストレースのひとつに、マヤノトップガンが勝った1997年の天皇賞・春がある。サクラローレル、マヤノトップガン、マーベラスサンデーという3強の争いになったこのレース。休み明けで気がはやる横山典弘騎手のサクラローレルを追いかけるように武豊騎手のマーベラスサンデーが仕掛け、2頭のデッドヒートで幕を閉じるかと思われた矢先に、最後まで死んだふりをしていた田原成貴元騎手のマヤノトップガンがゴール前で大外から強襲し大逆転した。3分14秒4という勝ち時計は、当時としては破格のレコードタイム。超一流馬同士の力と力のぶつかり合い、そして名騎手同士の心理戦や駆け引きが凝縮されたようなレースであった。あれから20年近くの歳月が流れたが、今、改めてレース映像を観ても心が震える。

マヤノトップガンにとっては、残念ながらこの天皇賞・春が最後のレースとなってしまい、その他、宝塚記念や有馬記念、そして菊花賞を含む、G1レースを計4勝して引退した。実績だけを振り返ると、どこからどう見ても芝のレースを得意とする長距離馬であるが、実はマヤノトップガンは新馬戦から7戦目までをダートのレースに出走した。のちに菊花賞を制し、天皇賞馬に登り詰めた馬が、ダートの1200m戦を6回も走ったのである。

なぜそこまでマヤノトップガンがダートにこだわったのかというと、ダートに向いていると思われていたからではなく、脚部にソエの症状が見られていたからである。陣営が大事をとってダートのレースを走らせていたわけだが、やはり勝ち上がるのに4戦を要してしまった。しかし、もしあの時点で芝を使っていたとしたら、マヤノトップガンの力を発揮できるようになる前に怪我をしたり、もしかするとターフを去らなくてはならないようなアクシデントに見舞われていたかもしれない。結局、ダートでは7戦して2勝しかできなかったが、その後の芝での活躍の礎となった時期であることは間違いない。

マヤノトップガンように、たとえダート戦を走っていてもダート馬ではない馬もいることに注意したい。ダート馬の特徴を持っているからダートのレースへ、芝馬だから芝のレースへという単純なことではない。特に、ダートのレースに出走する馬には、その時々の事情があることが多い。たとえば、本来は芝でこその馬なのだが、脚元に不安があったり、体が出来上がっていなかったりして、当面はダートを使うという選択をする馬もいるということである。こういった馬は、脚元が固まったり、もしくは体が出来上がったりして、芝のレースに出走してきたときこそが狙い目である。ダート馬だと思いきや、芝のレースに路線変更した途端、まるで別馬のように走り出す馬もいる。

(続きは週刊Gallopにて)


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騎手の総合力を示す連対率、“3割騎手”の手綱さばきに注目

Rensai30

メジャーリーグで3割打者が消えてしまうかもしれない、という記事を読んだ。今や150キロの速球を投げる投手はゴロゴロいて、そこにどう変化するか予測ができない変化球をちりばめられてしまうと、打者がそれを打つのは容易ではない。私も高校まで野球をやっていたから、手も足も出ないという打者の気持ちがよく分かる。さらに打球の方向性などを統計的に研究し、守備の位置を変えるという戦略も加わり、各打者は丸裸にされてしまった。昨シーズン、規定打席数に達した上で、打率が3割を超えたのはわずか17名。1995年度の55名と比べると、「3割打者は絶滅危惧種」という言葉もあながち大げさではない。投高打低、打者にとっては受難の時代がやってきたのだ。

3割という数字を聞いたとき、私の頭に浮かんだのは、騎手の連対率のことである。騎手の勝率はおよそ1割台であり、10回レースに乗っても勝てるのは1回か2回、つまり、どれだけ腕の立つ騎手であっても、10回に9回か8回は負けてしまうということだ。そう考えると、打率と近い確率にあるのは、騎手にとっての連対率だろう。私は騎手の総合力は勝率や連対率によって示されると考えていて、連対率に関していえば3割以上、言うならば、10頭に騎乗して、3頭を勝ち負けさせることができれば一流である。

連対率3割という観点から、ここ十数年のジョッキー界の移り変わりを見てみたい。2002年における武豊騎手は、なんと0.435という驚異の連対率をはじき出している。およそ2回に1回は連に絡み、勝率も0.291であるから、カラスが鳴かない日はあっても武豊騎手が勝たない日はない、という表現もウソではないほどの目覚ましい活躍ぶり。その後も、さすがに4割にこそ届かなかったが、毎年コンスタントに連対率3割を保ち続けた。途中、安藤勝已騎手が彗星のごとく登場し、連対率4割に至った年もあったり、横山典弘騎手がベテランの意地を見せて連対率3割を保った年もあったりしたが、大まかに言うと、武豊騎手への一極集中時代であった。つまり、連対率が3割に達するのは、武豊騎手ともうひとり他にいるかどうかという時代であり、それは2009年まで続いた。

流れが変わったのは2010年以降で、武豊騎手が落馬負傷を機にスランプに陥り、群雄割拠の時代が始まった。武豊騎手の代わりを担うように、横山典弘騎手や岩田康誠騎手がかろうじて連対率3割に達したが、ついに2013年にはそれも途絶え、連対率3割の騎手は誰1人としていなくなってしまった。腕の立つ騎手がいなくなったのではなく、全体のレベルが上がり、騎手間の競争が激しさを増したということだ。ついに3割騎手が消えたのである。

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休養明けの馬の取捨は、その休養への入り方も考慮すべし

Rensai29

競走馬はレースの間に休養を挟むことで心身を回復させる。トンネルの入口から入り、出口から出るように、休養に入り、休養を終えてレースに出走することを繰り返す。言葉にすると簡単に思えるが、実はこの休養に入ることに伴う問題は複雑であり、関係者たちが頭を悩ませるところでもある。それは休養中の過ごし方が休養明けの成績に直結するからであり、さらにさかのぼって考えてみると、休養への入り方が休養中の過ごし方、そして休養明けの成績に大きな影響を与えるからである。

休養への入り方の難しさを私が知ったのは、2005年の宝塚記念のこと。東の横綱であるゼンノロブロイは、2004年の秋シーズンにおいて、テイエムオペラオー以来、史上2頭目となる天皇賞・秋→ジャパンカップ→有馬記念という3連勝をやってのけたのち休養に入った。これだけの偉業を達成した名馬であり、たとえ休み明けであっても人気に推されたのは当然ではあったが、私にはゼンノロブロイが好走できるとは到底思えなかった。なぜなら、天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念の3戦で激走したのちに休養に入り、ぶっつけで宝塚記念というローテーションは、2003年に凡走した同厩馬シンボリクリスエスのそれと酷似していたからである。
 
2002年、当時3歳馬のシンボリクリスエスは、天皇賞・秋で古馬を一蹴すると、続くジャパンカップでも世界の強豪を相手に3着し、そして暮れの有馬記念ではタップダンスシチーを豪快に差し切って年度代表馬に輝いた。成績を見るだけでも、この秋、シンボリクリスエスにかなりの負担が掛かっていたことは想像に難くない。あらん限りの力を出し切った抜け殻の状態で、シンボリクリスエスは休養に入ったことになる。

翌年の宝塚記念では、半年間の休養を挟んで万全の体勢で臨んできたものの、1番人気を裏切り5着に敗れてしまった。実際にかなりの本数を乗り込んでいたし、当日の馬体を見ても、力を出せる状態にまでほぼ完全に仕上がっていたことは間違いない。休み明けとしては仕上がりに寸分の狂いもなかった。それでも敗れてしまったのは、目に見えない部分で、前年度の疲れが尾を引いていたからに他ならない。たとえどのような調教が施されたとしても、宝塚記念でシンボリクリスエスが凡走することは必然であったとも言える。

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凡走か巻き返しか…連勝がストップした馬の次走は危険

Rensai28

連勝をしてきた馬が、突如としてあっけなく負けてしまうことがある。その理由は2つあって、ひとつは勝利を重ねていくうちに相手が強くなってくるから、もうひとつは体調を維持することが難しいからである。そんな中でも、4連勝、5連勝できる稀な馬もいる。高い能力を秘めていることの証明であり、真似しようと思ってもできない芸当だろう。こうして何連勝もできる馬は間違いなく強い。

しかし、そんな強い馬でも、一度連勝が途切れてしまうと、その後が続かないことが案外多い。それまでの連勝がまるでウソのように、勝てなくなってしまったり、再び力を発揮できるようになるまで多大な時間が掛かったりする。

このことを初めて思い知らされたのは、今から25年前に遡る、1990年の天皇賞秋。実は私が競馬を始めた年でもあり、初めて競馬場に足を運んだ日であった。この年の天皇賞秋にはあのオグリキャップが出走していて、どのスポーツ新聞を見ても「オグリキャップ!」の文字が躍っていた。宝塚記念以来のぶっつけで臨んできたオグリキャップが、どのように劇的に復活するのか、そこに競馬ファンとマスコミの焦点は集まっていた。そんな逆らいがたい雰囲気に流されつつも、私には1頭だけどうしても気になる馬がいた。

マキバサイクロンという馬である。父オランテ、母の父テューダーペリオットという地味な血統(当時はそんなこと知る由もないが)ながらも、天皇賞秋の前哨戦である毎日王冠まで4連勝してきた馬であった。900万下条件を2度勝ち、安達太良Sを勝ち、返す刀で関屋記念を制した。4連勝の勢いで臨んだ毎日王冠は負けてしまったものの、勝ち馬とは僅差の2着。この強さは本物で、天皇賞秋でも勝つチャンスは十分にあると思えた。何よりも、競馬を始めたばかりの私にとって、競馬新聞の馬柱がほとんど1着で埋め尽くされていることと、竜巻という雄々しい名の響きに魅力を感じてしまったのだ。

ところが、私の期待に反して、マキバサイクロンは13着に大敗してしまった。オグリキャップが負けたことで騒然とする競馬場で、ただひとり、私は競馬新聞の馬柱をもう一度見直していた。あれほど強かったマキバサイクロンが、なぜこうもあっさりと惨敗してしまったのだろう。マキバサイクロンから、連勝していたときの輝きはなぜ失せてしまったのだろう。考えてみたものの、当然のことながら、その当時は答えに至ることはなかった。マキバサイクロンは、その後、1勝もすることなくターフを去った。マキバサイクロンの謎は謎のまま私に残った。

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G1のステップ=非根幹距離のレースはマイナー種牡馬の子を狙え

Rensai27

競馬には、根幹距離と非根幹距離という概念がある。根幹距離とはマイル(約1600m)を中心として、1200m、2000m、2400m、3200mと、400mごとに区切られる、世界のレース体系において中心的かつ重要な競走が行なわれる距離のことである。非根幹距離とは、それ以外の距離、1000m、1400m、1800m、2200m、2500m、3000mと考えてよい。

そして俗にいう、根幹距離では走るが非根幹距離では走らないという馬(その逆も然り)はたしかに存在する。しかし、結論から先に述べておくと、ほとんどの場合において、それは根幹距離、非根幹距離の問題ではなく、レース体系によるものなのである。

日本の競馬のレース体系を見ると、G1レースは根幹距離を基本としていることが分かる。非根幹距離で行なわれるG1レースは、宝塚記念(2200m)、菊花賞(3000m)、エリザベス女王杯(2200m)、ジャパンCダート(1800m)、有馬記念(2500m)の5つしかない。これら5つのレースにおいても、コースの設定上、たまたま非根幹距離になってしまっただけで、あえてそうしたものは少ない。もう一歩踏み込んで考えると、G1レースは根幹距離で行われ、それ以外のステップレースは非根幹距離でも行なわれるということである。

G1レースが根幹距離で行なわれる以上、生産の段階からすでに根幹距離を意識した配合がなされ、根幹距離で実績のあった種牡馬や繁殖牝馬が重視される。育成の段階においても、その馬の特性に合わせて調教が重ねられてゆき、この馬はスプリンター(1200m)、この馬はマイラー(1600m)、中距離馬(2000m)~クラシックディスタンスを得意とする馬(2400m)、ステイヤー(3200m)とある程度の区分けがされて、レースに送り出される。だからこそ、強い馬や能力の高い馬は必然的に根幹距離を得意とする馬となるのであって、元々、根幹距離を得意とする馬と非根幹距離を得意とする馬に分かれているわけではない。

それではなぜ非根幹距離を得意とする(ように見える)馬が出てくるのかというと、

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9月は夏競馬に出走していた逃げ・先行馬に妙味あり

Rensai26

夏競馬が終わり、ようやく中央に開催が戻ってきた。もう来月にはG1シリーズが始まるのだから、サラブレッドたちも忙しい。この9月いう時期は、秋のG1シリーズに向かうにあたっての過渡期にあたるシーズンである。そこで、期間限定ではあるが、9月競馬の攻略法について考えてみたい。

9月競馬で大切なポイントは2つある。ひとつは、休み明けの馬よりも夏競馬を使ってきた馬を狙うということだ。この時期はまだまだ暑く、休み明けの馬にとっては調整が難しく、レースに行っていきなり能力を発揮しづらい。ところが、休み明けの馬は実績のある馬であることが多いため、たとえ仕上がりが悪くても人気になってしまう。私たちは春競馬での強い姿を覚えているので、ある程度の期待と幻想を持って、休み明けにもかかわらず実績馬を人気に祭り上げてしまうのだ。

実績馬がひと叩きされた後(10月以降)は、夏競馬を使ってきた馬との力関係は逆転する。夏に酷使された馬たちは力を使い果たし、夏を休養にあてていた実績馬たちの体調が上向いてくるからだ。つまり、9月という時期は、秋のG1シリーズに向かうにあたっての過渡期であり、夏競馬の延長線上にあるということになる。確かに休み明けの実績馬の取捨は難しいが、人気的な妙味を考慮すると、夏競馬を使ってきた馬を狙う方が妙味だろう。夏競馬を使ってきた馬とは、厳密に言うと、8月にレースを走った馬のことを指す。

もうひとつは、前に行くことの出来る逃げ・先行馬を狙うということだ。普段は酷使されることの多い阪神競馬場や中山競馬場の芝だが、この時期だけは夏の間にじっくりと養生されたことで、芝がしっかりと根を張った野芝100%の状態になっている。どの馬にとっても走りやすい絶好の馬場であり、それゆえ速い時計が出やすい高速馬場でもある。マイル戦で1分32秒台の時計など当たり前で、全馬の上がり3ハロン時計が33秒台であるレースも珍しくない。

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馬の走りのリズムは出走レースの傾向に合致しているか?

Rensai25

競走馬にはリズムがある。どれぐらいのスピードで走るか、という体内時計と言い換えてもよい。気性が前向きな馬は他馬よりも前へ前へと、のんびりとした性格の馬はゆったりと走るように、それぞれの馬が持って生まれたリズムがある。一方では、調教で教え込まれたり、競馬のレースを経験するうちに自然と身に付いてしまうリズムもある。それらのリズムが相まって、競走馬のリズム(体内時計)は刻々と変化してゆく。

競走馬の後天的なリズムは、デビューしてから2、3戦目までのレースに大きく影響される。特に新馬戦でどのような距離のレースを使ったかは、その馬の将来を決めてしまうと言っても過言ではない。もし同じ素質を持った馬が1200m戦でデビューしたとすればスプリンターかマイラー、1800m戦でデビューしたとすれば中長距離馬へと成長するのではないだろうか。それぐらい走るリズムが刷り込まれやすい時期であり、関係者たちはレース選択には気を遣うべきである。単にメンバーが弱そうだからといって、スタミナを内包している馬を1200m戦でデビューさせるなんてことをしてはならないのだ。

あのシンボリルドルフが1000m戦でデビューする際に、故野平祐二先生が「距離は1000mだけど、1600mのつもりで」と告げ、岡部元騎手も「分かりました」と答え、実際にシンボリルドルフをマイル戦のリズムで走らせ、見事に1000mのデビュー戦を勝たせてしまったという。これはシンボリルドルフだからこそ出来た芸当である。

ほとんどの馬にとって、デビューしてから2、3戦目まで、特に新馬戦における、調教ではなく本番における極限の体験の影響は大きい。肉体的にも、精神的にも、走るリズムが深く刻み込まれるのである。若駒の頃に目先の勝利を優先してしまったばかりに、その馬の距離適性を狭めてしまったケースも少なくない。

もちろん、競走馬のリズムは、短期的には前走のレースに影響される。

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8歳でG1制覇も…キンシャサノキセキの本質は早熟馬

Rensai24

スプリンターはピークが短い、と第1回の連載で書いた。スプリンターにとって絶好調の期間を2シーズン保つことはなかなか難しく、まして1年以上となるとさらに難しい。しかし、キンシャサノキセキだけは例外中の例外、稀有な存在であった。2005年にデビューしたキンシャサノキセキは、5戦目にしてNHKマイルCに出走し、僅差の3着に好走するや、それ以降、5年以上にもわたってトップレベルのスプリント競走を走り続けたことになる。その間、何度か調子を崩したり、精神的に参ってしまったりしたこともあったが、その度に立ち直った。

2009年のスワンSから10年の高松宮記念までの4連勝には、誰もが目を見張った。堀宣行調教師の息長く馬を走らせる手腕に脱帽しつつも、キンシャサノキセキの生命力の高さにも驚かされる。これだけ長く、闘争心を維持できるスプリンターも珍しい。その軌跡だけを見ると、キンシャサノキセキは晩成のスプリンターであるように思えてしまう。なんと8歳まで走り続け、しかもラストランの高松宮記念を連覇して花道を飾ったのだから。

キンシャサノキセキが長く走り続けることができた最大の理由として、南半球生まれ(オーストラリア産馬)であったことが挙げられる。キンシャサノキセキの誕生日は9月24日。日本で誕生した同世代の馬たちと比べ、およそ半年遅れで競走馬としてのスタートを切った。いわゆる遅生まれということだ。

「天才!成功する人々の法則」(マルコム・グラッドウェル著)の中に、この早生まれ、遅生まれについての記述がある。カナダのアイスホッケーの強豪チームの年鑑を何気なく見ていた著者は、ある共通点に気づく。それは選抜選手たちの誕生日が1月~3月に集中していること。カナダでは1月~12月という学年の区切り方をしているので、1月~3月に早く生まれた子どもたちはその分、成長が早く、身体も大きくなり、身体能力も高くなり、競争に有利になる。そういった状況で選抜が進むことで、早く生まれた子どもたちはより優遇された環境やレベルの高い競争の中で訓練され、さらに高みを目指していける。一方、遅生まれの子どもたちは早々に競争から脱落し、そこから這い上がってゆくのは困難、という分かりやすい図式である。

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極めてシンプル、競走馬は全成績で4つのタイプに分けられる。

Rensai23

私は昔、地方競馬巡りをしていた時期があり、初めて見る、横の関係も縦の関係も全く分からない馬たちのレースを予想する際に、全成績を見るというテクニックを重宝していた。全成績とは、馬柱の一番下にある、【1着・2着・3着・それ以外】という、その馬のこれまでの戦績を表した数字列のことである。全成績を見るだけで、その馬の大まかなタイプや強さを把握することができるのである。

全成績の数字列は大きく4つのタイプに分けられる。

1、逆三角形型
2、三角形型
3、ダイヤ型
4、砂時計型

 1の逆三角形型とは、【5・3・2・1】のような数字列である。全成績を縦に並べたとして考えてほしい(通常、馬柱は縦に並んでいるので)。上に一番大きい数字が並んでいて、下に行くにつれ数字は小さくなってきている。こういう逆三角形の成績を残してきた馬は、紛れもなく強い馬である。勝ち切るだけの決め手を持っているし、どんな条件や相手だろうと、その力をいかんなく発揮できる馬である。こういう馬は安心して買っていい。

 2の三角形型とは、【1・2・3・5】のような数字列である。逆三角形型の正反対と考えてほしい。上の数字が一番小さくて、下に行くにつれ数字は大きくなる。こういう成績を残してきた馬は、あまり強くはない馬である。ほとんど勝ち負けに加われないことが多く、よほど条件や相手に恵まれた時だけ好走することが可能である。

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厳しい長距離GⅠでの経験を糧として生かせる馬を見極めろ

Rensai22

3000m以上の長距離G1レースを使うことには、メリットとデメリットが同居する。メリットは、レースに行って騎手の指示に忠実に従い我慢強く走ることができるようになること。一方のデメリットは、肉体的にも精神的にもダメージを負ってしまうことである。メリットとデメリットのどちらが大きいかはそれぞれの馬の状況によって異なるが、特に若駒の馬体ができていない時期にはデメリットの方が大きい。たとえば、3歳時に菊花賞のような激しいレースで勝つもしくは好走することは、大きな代償を伴うのだ。

ドリームジャーニーという馬が菊花賞を走った後にスランプに陥ったことがあった。ドリームジャーニーはご存じオルフェ―ヴルの全兄であり、血統的には長距離を走れなくはないはずだが、2歳時に強烈な末脚で朝日杯フューチュリティSを勝ったように、本質的にはマイルから中距離を得意とする馬であった。馬体も気性も、決して長距離向きのタイプではなかった。そのドリームジャーニーが菊花賞に出走し、負けはしたものの、あらん限りの力を振り絞って激走したことで、その後、凡走を繰り返すことになったのだ。

ようやくドリームジャーニー本来の姿に戻り始めたのは、菊花賞から半年以上が経った翌年の夏の小倉記念であった。それまでのチグハグなレースが嘘のように、ドリームジャーニーらしい鋭い差し脚が見られるようになり、少しずつ歯車がかみ合ってきた。菊花賞のダメージから回復した2009年には、宝塚記念を制しておよそ3年ぶりのG1レース勝利を収め、さらに暮れの有馬記念でも勝利を飾るほどに成長を遂げたのである。

ドリームジャーニーの競走成績を振り返ってみて、私が教えてもらったのは、距離適性のない若駒が長距離G1レースに出走し、勝つもしくは好走することで大きなダメージを負い、完全に回復するには比較的長い期間が必要であること。そして、ひとたび本来の姿を取り戻すと、肉体的にも精神的にも苦しいレースをした経験が生きて、道中では我慢強く走ることができるようになり、多少の厳しいレースを強いられてもへこたれなくなる。つまり、馬が大きく成長するということである。

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調教、馬具、不慣れなレース出走で刺激を受け覚醒した馬を狙え

Rensai21

人間がそうであるように、馬も慣れてしまう生き物である。同じような環境で、同じようなことを繰り返していると、次第に慣れてきてしまう。慣れることには良い面もあるが、悪い面もある。競走馬が競馬に慣れてしまうと、調教に行くのを嫌がったり、すぐに厩舎に返ろうとしたり、レースに行って本気で走らずに全力を出し切らなくなってしまう。毎回、手(脚?)を抜かずに、入れ込んで燃え尽きてしまう馬もそれはそれで大変だが、慣れることによって走らなくなってしまう馬がほとんどであるから、競走馬をいかに慣れさせない、飽きさせないようにするかは関係者にとっては大きな問題のひとつである。

慣れさせないために、または慣れてしまった馬を再び走る気にさせるために、馬に刺激を与えるという方法がある。決して電気ショックを与えるとか、痛みを味あわせるということではない。具体的には、今までに体験したことのないようなレースに出走させたり、新しい調教法を試したり、馬具をつけてみたりするということだ。刺激を与えることによって、競走馬は特に気持ちの面においてリフレッシュされ、活性化することになる。これまでになかった新しい面を見せる馬もいるし、再び能力を十全に発揮できるようになる馬もいる。

宝塚記念と有馬記念という両グランプリを逃げ切ったメジロパーマーは、障害レースを2戦走ったことがあるという異色の経歴を持つG1ホースである。メジロパーマーは、古馬になって札幌記念を制したものの、巴賞、函館記念、京都大賞典と目も当てられない大敗を繰り返したことで(特に京都大賞典は3分2秒差の最下位)、陣営は思い切って障害レースへの出走を試みた。障害レースで2戦走り、1着、2着と好成績を残したあと、再び平地のレースに戻ってきたメジロパーマーは見違えるような走りを見せるようになり、あのメジロマックイーンやライスシャワーとも互角に渡り合う名馬となったのである。

障害レースに向けて調教することで、トモに筋肉がついたり、前さばきが軽くなったり、また道中で息を抜いて走ることができるようになったりと、様々な効果があったと言われるが、何よりも馬に刺激が与えられたということが大きい。そもそも陣営は本気でメジロパーマーを障害路線に転向させようと思っていたわけではなく、障害レースに出走させることでこの馬の新たな面を引き出そうと考えていたのであろう。陣営の考えが吉と出て、メジロパーマーは肉体的に成長したばかりではなく、新しい刺激を受けたことで精神的にリフレッシュされ、走る気持ちを取り戻したのである。

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牝馬が夏に強い理由はパワーを必要としない平坦な競馬場にある。

Rensai20

夏競馬攻略法のひとつに、牝馬を狙うというものがある。これまで20年以上競馬を観てきて、夏競馬における牝馬の強さはよく分かっているつもりだが、牝馬が暑さに強い理由にはどうしても納得がいかない。生物学的に、牡馬に比べ牝馬は暑さや痛みなどに対して我慢強く、また環境の変化への対応力にも長けているとされる。本当だろうか。

人間で考えてみても、後者は確かにそうだろう。新しいコミュニティに放り込まれても、素早く自然に溶け込んでいくのはまず女性であることが多い。そうやって、我われ人間はコミュニティや文化を保ってきたという面もある。人間関係だけではなく、気候などの変化に対しても、女性の方がスムーズに適応しやすい。男性に比べ、生命力が強いという言い方もできる。

それでは、前者はどうだろうか。100歩譲って痛みに強いことは認める。女性は出産の際の激痛にも正気を保っていられるが、男性であれば気絶してしまうという。自分の股下からあれだけ大きなものが出てくることを想像するだけで、私には耐えられない。しかし、暑さとなると話は別である。私の知っている限りの女性は皆、男性である私よりも暑さに弱かったと思う。

これはあくまでも個人的な見解だが、なぜ女性が暑さに弱いかというと、肉体の構造上、男性よりも脂肪の割合が多いからである。寒い時期には脂肪は保温の役割を果たすが、暑い時期には熱を逃がさない作用をしてしまう。羽毛の布団をかけているようなものだ。もちろん、個人差があるので、一概に決め付けられないことは分かっている。それでも、暑さということに限って言えば、女性の方が男性よりも暑さに強いということはないのではないか。

夏競馬で牝馬が活躍するのは、実は別の理由がある。

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特異なラップを刻む“千直”は先行力、牝馬、そしてダート血統

Rensai019

日本国内で唯一、直線コースのみで行われる重賞競走であるアイビスサマーダッシュ。レースの設定だけではなく、その内容においても他のレースとは異なる特徴がある。牝馬の活躍が目立つこと、外枠から発走して埒を頼って走る馬が好走すること、ダート競馬を得意とする血統の馬が力を発揮しやすいことなど枚挙に暇がないが、その中のひとつとして、ラップバランスが他のレースとは全く異なるという特徴がある。

まずは過去5年間のアイビスサマーダッシュのラップを見てもらいたい。

2014年 11.6-10.1-10.5-10.5-11.6
2013年 11.9-10.4-10.6-10.3-11.0
2012年 11.6- 9.9-10.6-10.2-11.9
2011年 11.8-10.0-10.5-10.0-11.5
2010年 11.6- 9.9-10.3-10.1-12.0

ラップを見慣れている方ならばすぐに気づくだろうが、直線芝1000m戦のラップに特徴的なのは、ラスト2ハロンと1ハロンのギャップである。ラスト2ハロン目は10秒台とかなり速いにもかかわらず、ラスト1ハロンは11秒台~12秒台と大きく失速しており、大きな落差があるのだ。2013年は珍しく0.7秒しか差がなかったが、1秒以上の落差があるのは普通で、極端な年だと2秒近くの落差がある。

つまり、最後の1ハロンは、前に行った馬も後ろから来た馬も脚が上がってしまい、そこからは我慢比べになるということだ。一般的に、このようなラップバランスのレースでは、前に行った馬がそのまま残るという結果になりやすい。差そうと思っても、後ろから追走した馬にもすでに脚が残っていないからである。

次に、芝1200m戦のラップバランスを見てもらいたい。秋に行われるスプリンターズSの過去5年間を切り取ってみよう。

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2歳の短距離戦における牝馬の持ち時計は信頼できる

Rensai018

掲示板にレコードの赤い文字が灯ると、必ずと言ってよいほど、「オオー!」というため息にも似た驚きの声が上がる。競馬がコンマ1秒を争うレースである以上、これまでの誰よりも速くゴールを駆け抜けた馬を賞賛し、そのレースを高く評価するのは当然といえば当然のことである。そこに私たちの速さに対する幻想も加わって、レコードタイムに対する価値は否が応でも上がる。

この時点では、レコードタイムで勝った馬が次のレースで負ける姿を想像しがたいだろう。しかし、これだけレコードタイムが連発される今の競馬において、私たちはレコードタイムを本当に信じてよいのだろうか。レコードタイムで走ったという事実は、果たしてどのような意味を持つのだろうか。

結論から述べると、レコードタイムには信じてよいものと疑ってかかった方がよいものがある。両者を隔てる基準は、「2着以下の馬との差」と「自分で作ったものかどうか」である。

ひとつめの「2着以下の馬との差」について述べると、2着以下の馬との差が大きければ、そのレコードタイムには価値がある。つまり、その馬は強いレースをしたと考えてよい。反対に、2着以下との差が僅差であれば、そのレコードタイムの価値は疑問である。なぜかというと、2着以下の馬も同じような速いタイムで走ったということは、もしかすると速い時計の出やすい条件であった可能性が高いからだ。G1レースのような上級の競走でない限り、2着以下の他の馬たちもレコードに近いタイムで走られる強い馬であったとは考えにくい。

2つめの「自分で作ったものかどうか」については、そのレコードタイムをどこまで自分自身の能力で作ったかということである。昔から、逃げ馬が作ったレコードタイムは価値が高いと言われる。つまり、誰かに引っ張ってもらったのではなく、自らの力で刻んで作ったレコードタイムでないと、本当の意味において能力の証明にはならないということである。

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洋芝では欧州の名馬の遺伝子を受け継ぐ馬を狙え

Rensai017

芝コースの種類は大きく3つに分けられる。野芝100%の芝コースと洋芝100%の芝コース、そして野芝に洋芝をオーバーシードした芝コースだ。野芝100%のコースは新潟競馬場の全開催と小倉、中山、阪神競馬場の一部開催、洋芝100%の芝コースは札幌と函館競馬場、そしてオーバーシードした芝コースは東京、中山、阪神、京都、中京、福島、小倉競馬場がそれにあたる。

野芝は暖地性の芝草であって、気候が暖かくなる6月から成長を開始し、8月の一番暑い時期に最盛期を迎える。野芝は非常に強靭で、耐久性が高い。地面に地下茎を張り巡らせて横にネットワークを作るため、馬の蹄が当たって多少の衝撃があろうともビクともしない。野芝が生え揃った状態の馬場には、押すと弾き返すといったクッションが感じられ、蹄の掛かりが良く、スピードが出る。

野芝の弱点は、寒さに弱く冬枯れしてしまうということである。野芝しか使っていなかった昔の中山競馬場の馬場は、暮れになると芝がまるで土のような色になり、見映えは決して褒められたものではなかったことを思い出す。当時、ジャパンカップに来た外国人関係者が、「芝のコースはどこにあるのですか?」と尋ねたという笑い話は有名である。

洋芝は寒地性の芝草である。洋芝の葉の密度は野芝よりもずっと濃いため、馬の蹄が芝の上に着地してから、芝が倒れて足の裏が地面に着くまでに時間差があるように感じる。野芝が押すと弾き返すクッションであれば、それとは対照的に、洋芝は押すと凹んで力を吸収するスポンジである。それゆえ、洋芝の芝コースは重くて、パワーとスタミナが必要とされる。

しかし、強度と耐久性という点では野芝に劣る。馬の蹄が強く当たると、根こそぎ芝が剥がれてしまうこともあり、ポカっと穴があいてしまい危険である。また、高温の夏には夏枯れしてしまうことがあり、さらに雨が降ってしまうと途端に馬場が悪化することもある。だからこそ、洋芝100%の芝コースは札幌と函館競馬場のみでしか成立しない。

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絶対的な逃げ馬は目をつぶって狙い続けるべき

Rensai016

「ミホノブルボンは逃げ馬ではない」と故戸山為夫調教師は語ったことがある。1ハロン12秒という自分のペースを守って走ったら、たまたま逃げる形になったという意味である。それだけミホノブルボンのスピードが突出していたということであり、スピードのある強い馬は自然と逃げ馬になってしまう、というのが戸山調教師の思想であったと思う。タニノハローモアやレガシーワールドなど、戸山調教師が育てた名馬には逃げ馬が多い。

実際に、レースに行っても、逃げ馬は有利である。大きな不利を受けたりすることが少なく、アクシデントに巻き込まれにくい。馬場の良いところを選んで走ることができるし、相手の出方次第ではなく自らペースをつくり、動き始めることができる。逃げ馬はレースの主導権を握ることができるのである。また、馬場が逃げ馬に有利に働くケースも多い。上がりが極端に速かったり遅かったりする馬場は逃げ馬に有利になる。それ以外にも、逃げ馬のメリットは枚挙に暇がないだろう。

馬券的な観点からも、4コーナーを先頭で走った馬の単勝回収率は214%になるという2010年度のデータがある(芝のレースに限定すると193%、ダートでは236%)。この数字は2010年に限ったことではなく、どの年でもほぼ同じで、つまり4コーナーを先頭で走る馬の単勝を買い続けると儲かるということだ。どんな予想家でも予想理論でも継続的には達成できない回収率であり、まさに最強の必勝法と言っても過言ではなく、私もこの必勝法に異を唱えるつもりはない。

逃げ馬は最強であるという結論は当然の帰結であろう。

それでは、なぜ全ての馬が逃げ馬を目指そうとしないのか。肉体的な資質や気性の問題はとりあえず横に置いておいて、これだけ逃げ馬に有利な条件が揃っているというのに、なぜ調教師も騎手も抑える競馬を馬に教えようとするのだろうか。

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ハイレベルなレースは負け組の中にも逸材が潜む

Rensai015

拙ブログの読者(以下Aさん)から、今年の春先、共同通信杯のレースレベルに関する質問をいただいた。Aさんは最近、ラップの研究を始められたそうで、今年の共同通信杯もラップ分析をしようと調べているうちに、2013年共同通信杯のレースレベルに疑問を感じたとのこと。

2013年共同通信杯
13.0 - 11.2 - 11.8 - 12.1 - 12.1 - 11.8 - 11.3 - 11.2 - 11.5 1:46.0

過去5年の同レースのラップと比べてみると、2013年は前半600mが36秒0、中盤600mも36秒0、そして後半600mが34秒0と一貫して速く、中でも中盤の36秒0は過去の共同通信杯のレースと比べても極端に速く、また後半800mも11秒8、11秒3、11秒2、11秒5と11秒台を連発している。

「ラップ分析が未熟な私がみると、これだけでレベルの高いレースだと思いました。しかし、その後のメイケイペガスターは大きなレースを勝つことはなく、他の好走馬も活躍していないことからも、2013年共同通信杯のレベルは高くないことが分かります。なぜこのようなことが起こっているのでしょうか?」

それに対して、私は以下のように返答した。

「メイケイペガスターが勝った2013年度は馬場が速かったのだと思います。同日の他のレースタイムを見るとそれほど感じませんが、過去の共同通信杯と比べてみると明白です。これぐらいタイム差(馬場差)があると、ラップの単純比較が困難になりますね。前半・中盤・後半の比較で分かりにくいときは、前半・後半に分けることをお勧めします」

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舞台整った!ラキシスがゴールドシップの偉業を阻む

Rensai014

人間に右利きや左利きがあるように、馬にも右利き左利きがある。競走馬でいう右利きとは右手前で走ることが、左利きとは左手前で走ることが得意な馬ということだ。手前という言葉になじみのない読者もいるかもしれないので簡単に説明しておくと、人間は足を交互に前に動かすことによって走ることが出来るが、4本足の馬は左右どちらか2本の脚を軸にして走らなければならない。左脚を軸にする走り方を「左手前」、その逆を「右手前」と呼ぶ。左回りだと「左手前」で、右回りだと「右手前」でコーナーを回るが、実際のレースではスタートからゴールまでずっと一方の手前で走り切ってしまうことはまずない。片一方の脚だけを軸にして走っていると当然負担がそちら側だけに掛かってしまうため、騎手が意識的に手前を変えさせたり、馬が苦しくなって手前を変えてしまったりするからである。

道中を「左手前」で走れば、直線では手前を変えて「右手前」、道中が「右手前」であれば、直線では「左手前」で走る。たとえば、「左手前」で走るのが得意な馬がいるとすると、左回りのコースでは、道中は得意の「左手前」で進むことができるが、直線では「右手前」で走ることになる。左回りの競馬場でも、左手前だけで走るわけではなく、コーナーは左手前で回るが、向こう正面や最後の直線では右手前に替えて、どちらの手前もバランスよく使って走るのである。

今年の安田記念を制したモーリスの祖父にあたるグラスワンダーは、2歳時にG1朝日杯フューチュリティーS(当時の朝日杯3歳S)を勝利した。その後骨折してしまい、10ヶ月に及ぶ休養後、毎日王冠で復帰し5着。次走のアルゼンチン共和国杯では6着に敗れてしまった。ところが、休養後3戦目の有馬記念で見事に復活し、その頃から、左回りは苦手で右回りに強いと言われるようになった。

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人のために走る馬の気持ちを考え、心の声を聞こう

Rensai013

ローブティサージュが京阪杯でゲート入りを拒み、発送委員がムチを数回入れたことが朝日新聞でも取り上げられ、問題になった。この問題について考えるとき、私たちがまず想いを馳せるべきなのは、ローブティサージュの気持ちである。発送委員にムチを入れられたことは問題の一面であり、その背景にはもっと深い闇がありそうな気がするのだ。そもそも、なぜローブティサージュはあれほどまでにゲート入りを拒んだのだろうか。普通にゲートに入っていれば、発送委員もムチを振るってまで馬を追い込むことはしなかったし、あのようなことは起こらなかったはず。順番に考えていくと、ムチを振るわれる前からすでに、ローブティサージュはレースで走りたくなかったことになる。

レースや競走そのものが嫌いな馬もいるし、体調が優れないゆえに今回は走りたくないという馬もいる。肉体を極限まで酷使して走りたい馬など、ほとんどいないと言ってよい。あのメジロマックイーンがでさえ、ライスシャワーに負けた天皇賞春で枠入りを拒んだことは有名な話である。頭が良い馬ほど、これから自分の身に何が起こるのか知っているものだ。苦しい思いをするのが分かっているからこそ、ゲートに入ろうとしない。それは実に分かりやすい意思表示であり、私たちはまず彼ら彼女らの気持ちを理解しようとしなければならない。

世界的調教師にして、人が馬と話すことができることを示してくれたホースマンであるモンティ・ロバーツ氏は、著書「馬と話す男」の中でこう語った。

「忘れないでほしいのは、動物たちを自由にすることだ。押さえつけてはいけない。もしあなたから離れたがっていたら、馬にとって、あなたのそばにいること、仕事を与えられることがすばらしいものになるようにしてあげよう。痛みを与えてはいけない。もしあなたが以上の工程を達成したら、次は、わたしの目標に向かって、わたしとともに歩いてくれると信じている。わたしの求めるもの―それは、この世界が、馬にとって、もっと生きやすい場所となること」

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逃げ馬が逃げ残るための3つの条件

Rensai012

競馬は前に行ける馬の方が圧倒的に有利である。特に、逃げ馬はレースの主導権を握り、馬場の良いところを通って最短距離で走ることができ、アクシデントに巻き込まれることも少ない。追い込み馬とは比べ物にならないほどのアドバンテージを得て、逃げ馬は走ることができる。その反面、レースのレベルが高くなるほど、逃げて勝つことは次第に難しくなっていく。なぜなら、逃げ馬は自然と他馬の目標になってしまうからである。レースで目標になってしまうと、道中は楽に走らせてもらえないばかりではなく、勝負どころでは手応えのある他の馬が次々と襲い掛かってくる。余程の力差がない限り、逃げ馬は常に厳しいレースを強いられてしまうのだ。

だからこそ、本当に強い馬は逃げて勝つ馬だとも言える。とはいえ、ミホノブルボンやサイレンススズカのような強い逃げ馬ばかりではない以上、逃げ馬のレースにおける勝ち負けは、自分の実力の外にある何かによって支配されることは避けられない。そこで、逃げ馬が逃げ残るための3つの条件を挙げてみたい。

1、人気がない
2、突然逃げる
3、トップジョッキーが乗った人気馬が差し馬

「人気がない」は基本中の基本だが、人気がなければ、他馬から目標とされることが少なく、それだけマークも緩くなるということである。“あの馬を逃がしたら勝たれる”と思われれば、必要以上に競りかけられたり、早めに捕まえに来られたりするが、“どうせ最後までもたない”と思われれば、楽に逃がしてもらえる。逃げ馬の着順は、力の有無というよりは、人気による騎手の共通意識が創り上げていると言っても過言ではないだろう。つまり、人気がないことを確認してから、逃げ馬を狙うべきなのである。

「突然逃げる」は前もって予測するのが極めて難しいのだが、逃げるはずではなかった馬が逃げたり、これまで逃げたことのなかった馬が逃げたりした時ほど、逃げ残る確率が高い。また、今年のヴィクトリアマイルのミナレットのように、あっと驚く大逃げを打ったときも同じである。想定外の馬やペースで逃げた場合、その馬をマークするかどうかという騎手の共通意識が働きにくいからだ。各ジョッキーが他の騎手の動きをうかがっている内に、あれよあれよという間に逃げ粘ってしまうのである。

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前走の派手な追い込みに惑わされることなかれ

Rensai011

競馬において最もインパクトの強い勝ち方は、派手な追い込み勝ちだろう。どう見ても届かない位置から、直線だけで他馬をゴボウ抜きにするシーンは、見ているだけでも爽快である。今や伝説となっているマティリアルのスプリングS、マヤノトップガンの天皇賞春、ダンスインザダークの菊花賞、最近ではハープスターの桜花賞などが思い浮かぶ。派手な追い込み勝ちをした馬は、いかにも強いという印象を与えるが、その反面、次のレースでは力を発揮できずに凡走してしまうことがほとんどである。

最大の理由としては、豪脚を使ったことによる肉体的な負担が大きく、次のレースで反動が出るからである。他馬の上がりを1秒以上も凌ぐ末脚を使うことで、競走馬が被る肉体的な負担は想像以上に大きい。速い時計の出やすい馬場であれば、なおさらである。次走で凡走するならまだましで、脚元に負担が掛かったことにより故障してしまう馬も少なくない。冒頭に挙げた4頭は、いずれも次走で敗退、もしくはそれをきっかけに引退しており、まさにこのケースに該当する。

現代の日本競馬の馬場に当てはめて、より具体的に示すとすれば、ラスト3ハロンを33秒台の脚を使って差し切った次のレースは凡走しやすいと言い換えてもよい。サラブレッドにとって、スタートしてからある程度の速いペースで走り、レースの最後にさらにペースを上げ、1ハロン11秒台前半のラップを続けて3回刻むことは、(脚元を含め)肉体的な限界に近づくことを意味する。時計の出やすい絶好の馬場であるからこそラスト3ハロン33秒台という数字が出るのだが、それゆえに、勝つために能力を出し切った馬、もしくは能力以上のものを出し切った馬にとっては、レース後の反動が大きい。

このことを私に示唆してくれたのは、藤澤和雄調教師の管理馬であったスティンガーという牝馬であった。

(続きは週刊Gallopにて)

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現代のダービーにおいて「運が良い」とは内枠を引くこと

Rensai010

競馬は強い馬が勝つわけではなく、勝った馬が強いわけでもなく、勝つためのポジションを走った馬が勝つ。ほとんどの人は賛成しないかもしれないが、これは大切な真実である。力が抜けている馬であれば、どこのポジションを走ろうとも勝つことができる。後ろから行こうが、大外を回そうが、脚の速さの違いでねじ伏せることができる。しかし、各馬の実力が拮抗する重賞レース、特に世代の頂点に立つ馬を決める日本ダービーには、勝つために走るべき明確なポジションが存在する。

競馬には勝つために走るべきポジションがあることを最初に発明したのは、かつて府中2400mのスペシャリストと呼ばれた嶋田功元騎手であった。日本ダービーやジャパンカップ、オークスなどの大レースが行われる東京競馬場の芝2400mコースにおける勝ち方を、レースを観たり、実際のレースで試したり、とことん研究し、その結果、1972年から74年にかけて、タケフブキ、ナスノチグサ、トウコウエルザでオークスを3連覇するという偉業を成し遂げた。その3つのレースは、ほとんど同じようなポジションを走っての勝利であった。しかも、ナスノチグサの1973年には、翌週の日本ダービーまでタケホープで制してみせたのだ。そう、あのハイセイコーが敗れた日本ダービーでもある。

具体的な府中芝2400mを勝つためのポジションとは、スタートしてから第1、2コーナーは内ラチ沿いピッタリを距離ロスのないように回り、向こう正面で先行集団との差を詰めておく。第3~4コーナーは少しずつ外に出しながら回り、最後の直線では馬場の良い内から3~4頭目のところに持ち出して追い出すというものである。

近年の日本ダービーにおいては、勝つためのポジションを走った馬が勝つという傾向に拍車が掛かっている。過去10年の日本ダービー馬が走ったポジションを見ると、ディープインパクトやオルフェ―ヴルといった圧倒的な能力を誇る3冠馬を除いたほとんど全ての馬たちが、前述の府中芝2400mを勝つために走るべきポジションを走っていることが分かる。昨年のワンアンドオンリーの走りを思い浮かべた方もいるだろうし、メイショウサムソンが2冠に輝いたレース振りを思い出した人もいるだろう。勝つためのポジションを走る馬は、まるで1頭だけ無重力状態にいるかのように、ロスも負荷もなく道中を回ってくることができる。

(続きは週刊Gallopにて)

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オークスは「桜花賞で外を回らされて敗れた馬」が巻き返す

Rensai009

オグリキャップが引退した年に競馬を始めた私が、四半世紀にわたって日本の競馬を見つめてきた中で、大きな潮流の変化のひとつとして、レースのスローペース化がある。その根本の原因は定かではなく、またひとつでもないが、日本の競馬がヨーロッパの薫陶を受けてきたことの影響は大きい。日本の最強馬にとっての最終目標が凱旋門賞であることからも分かるように、日本の競馬関係者はヨーロッパに傾倒し、その傾向はますます強まっている。海外から輸入される種牡馬も繁殖牝馬も欧州の血を含んでいることが多く、M・デムーロ騎手やC・ルメール騎手を筆頭に、日本で騎乗している外国人も欧州のジョッキーがほとんどである。そういった流れの中で、少しずつであるが確実に、日本の競馬はスローペース化してきた。

レースがスローペース化すると、競走馬やジョッキーに問われる資質も違ってくるのはさることながら、実戦のレースにおいては、インのポジションを確保することが極めて重要となる。大前提として、スローペースの競馬においては、馬群が固まり、縦長ではなく横長の隊列になるため、馬群の内を走った馬と外を走った馬の距離ロスの差は大きい。内を走った馬が脚をためられる一方、外を回らされた馬は知らずのうちに脚を失ってしまうことになる。

馬群の内を走ることには、馬の資質や騎手の技術以上に、どの枠順(枠番)を引き当てたかが大きく影響する。どうしても内の枠順を引いた馬は内、外を引いた馬は外のポジションを走る(走らされる)ことが多く、そういった意味では、枠順が走るコースを規定していると考えることができる。上級のレースになればなるほど各馬の力差は拮抗していて、だからこそ余計に、枠順による走るポジションの差が勝敗を決してしまうことが少なくない。つまり、スローペースに流れるレースが増えてきている以上、外の枠順を引き、馬群の外々を走らされてしまったことで、力を発揮できずに敗れてしまう馬もまた増えているということだ。

(続きは週刊Gallopにて)

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東京マイル攻略の鍵「中山芝千八の実績にだまされるな」

Rensai008

ヴィクトリアマイルの出走登録馬の中にその名前を見て、嬉しく思ったのも束の間、ホエールキャプチャは左前脚に不安を発症してしまい、現役を引退して生まれ故郷の千代田牧場に戻ることが決まった。ホエールキャプチャは今年で7歳、ヴィクトリアマイルへの出走はこれで4年連続となるはずであった。4歳時にヴィクトリアマイルを制してから、その翌年もハナ差の2着、昨年は4着と年齢を感じさせない走りを見せていただけに残念である。ヴィクトリアマイルは、トップクラスの古馬牝馬ができるかぎり長く競走生活を送るための目標となるべく新設されたG1レースであり、ホエールキャプチャのような馬こそが活躍するに相応しい舞台である。

ホエールキャプチャは象徴としてだけではなく、ヴィクトリアマイルというレースの特徴を示唆してくれた馬でもある。2012年、ホエールキャプチャがヴィクトリアマイルを完勝したとき、呆気にとられた競馬ファンも多かったはず。牝馬のクラシック戦線では惜しいところで勝ち切れなかったホエールキャプチャが、いとも簡単にヴィクトリアマイルを勝利してしまったからだ。しかも、その前走の中山牝馬Sでは見せ場なく5着に敗れていただけに、余計にそう思えた。

中山牝馬Sが行われる中山競馬場の芝1800mは、スタミナを問われるコースである。違和感がある人は、上がりの速い競馬にならないコースと解釈してみてほしい。中山競馬場の芝1800mは、コーナーを4つ回る、内回りのコースであり、上がり3ハロンが35秒~36秒も掛かる競馬になりやすい。道中で持続的に脚を使わされるため、ホワイトマズルやオペラハウスを代表とするヨーロッパ型のスタミナ血統が強く、反対にサンデーサイレンスの血を引く、スピードに長けている瞬発力タイプは苦手とする。重馬場や不良馬場になってしまうと、その傾向はより一層強まる。スピードや瞬発力とは正反対の要素である、スタミナと持続力が求められる舞台ということだ。


(続きは週刊Gallopにて)

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NHKマイルCの鉄則は「NZTで負けた馬を狙え」

Rensai007

3歳馬のマイル戦におけるチャンピオンを決めるNHKマイルCと距離が同じであり、本番までの間隔も中3週と最適なニュージーランドT(以下、NZT)には、NHKマイルCを本気で狙う有力馬たちが集まり、互いに力を確かめ合う。しかし、これら2つのレースは条件が違う以上、そこでの着順や着差はあくまでも暫定的であるにもかかわらず、私たちはどうしてもその結果に目を奪われてしまう。

それで良かった時代もあった。1996年にNZTがNHKマイルCのトライアルに指定され、東京競馬場の1400mで行われていた4年間で、シーキングザパールとエルコンドルパサーの2頭がNZTとNHKマイルCを連勝した。本番まで距離が200m延びても全く関係なく、NZTの強さをNHKマイルCにコピーしたような走りを披露した。

しかし、2000年にNZTが中山競馬場に舞台を移してから、この流れはガラリと変わった。NZTの勝ち馬がNHKマイルCで勝てなくなったのだ。NZTでどれだけ強い勝ち方をしても、それがウソのようにNHKマイルCでは凡走してしまう。象徴的であったのは、前述のシーキングザパールの仔であるシーキングザダイヤが1分33秒5の時計でNZTを勝ち、母を超えることを期待されたにもかかわらず、本番のNHKマイルCでは7着に敗れたこと。この16年の間にNZTとNHKマイルCを連勝したのは、わずか2012年のカレンブラックヒルのみ。理由は単純明快で、中山競馬場の芝のマイル戦と東京競馬場のそれでは、コースの設定が全く異なるからである。

(続きは週刊Gallopにて)

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競走馬のスタミナと人間の薄毛は父よりも母の父の影響大

Rensai006

春の天皇賞はスタミナがなければ勝つことができない。とはいえ、現代の日本競馬では3000m級の距離のレースは数限られており、また古馬のG1級のメンバーで争われるようなレベルの高い長距離レースはほとんどないため、各馬の絶対的なスタミナの有無を見極めるのは案外難しい。実際のレースや走りからは見極めにくいとなれば、私たちに残された手がかりは血統、具体的に言うと、その馬の母の父を見るべきである。なぜなら、スタミナは主に母の父から受け継がれるからである。

スタミナは母の父から伝わることに気づいたのは、私に起こったある2つの非連続な出来事による。ひとつは、2009年の天皇賞春において、アサクサキングス、スクリーンヒーロー、ジャガーメイルといった、母父にサンデーサイレンスの血を持つ人気馬たちが、淀の最後の直線でバタバタと倒れていったこと。勝った馬は父チーフベアハート×母父サッカーボーイという血統構成のマイネルキッツであった。私は2年連続でアサクサキングスに本命を打っていただけに、あまりの無様な負け方に少なからずショックを受けた。そして、サラブレッドの血による支配を感じざるを得なかった。

前述の母父にサンデーサイレンスを持つ馬たちは、馬体だけを見ると、胴部や手脚に伸びがあり、長距離レースを走られそうなスタミナを有しているように思える。だからこそ、人気になったとも言える。実はジャガーメイルは2010年の同レースを制したが、このレースは勝ち馬の上がりが33秒7という、スローペースにおける瞬発力勝負というスタミナを問われない珍しい天皇賞春であった。その翌年は、母父にサンデーサイレンスを持つトゥザグローリーとローズキングダムは1番人気、2番人気に推されながらも、道中で引っ掛かってしまい、直線ではスタミナ切れを起こし、11着、13着と共に大敗を喫した。

日本競馬を席巻し、なお今も産駒の直仔を通して圧倒的な影響を及ぼし続けるサンデーサイレンスだが、唯一の弱点は母父に入ったときのスタミナのなさという点だろう。サンデーサイレンスは基本的にはスピードと瞬発力を伝える種牡馬である。その裏返しとして、母父に入ったときには、ジリジリと走らなければならない、スタミナを問われるレースを苦手とするのだ。

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データも大切だが、ときには人を見てみるのも面白い。

Rensai005

競馬はサラブレッドと人間が織り成すドラマである。主役は馬であり騎手であり、彼らが表舞台に立って演じる数分間のドラマを、私たちは観戦し、馬券を買って応援することができる。私たちの目に焼き付いて、記憶に残るのは、華やかな活躍を見せてくれた名馬や名ジョッキーたち。しかし、その光の陰には、1勝も挙げることなくターフを去った馬たちや名を知られることなく鞭を置いたジョッキーらが存在する。彼らは能力がなかったわけではなく、たまたまチャンスを掴み損ねたにすぎない。騎手としてはむしろ表舞台に立たない、という選択をした者もいるだろう。彼ら裏方の存在に支えられ、名馬や名騎手たちは光り輝くのだ。

平成23年に厩舎を開業した菊沢隆徳調教師と千田輝彦調教師は、その典型である。どちらも表舞台で活躍することはほとんどなかったが、知る人ぞ知る職人ジョッキーであった。かつて本誌上で行われた横山典弘騎手と武豊騎手との対談の中で、彼らが2人について言及したことがある。

横山典弘(以下、敬称略)
「中には職人みたいなオレらより馬を知っているジョッキーはいる。そういう騎手が調教にまたがって『この馬は走る』って言うと、ほとんど走る。菊(菊沢隆徳騎手)なんかそうだし、関西でもチー坊(千田輝彦騎手)とか」
武豊
「彼らの言うことは本当に信頼できる」
横山典弘
「ホントかよ、こんな血統でか?なんて馬が実際に走るんだから。だから競馬で勝っている人間が素晴らしいジョッキーと思われているかもしれないけど、それは違う。そういう表に出ないけど、素晴らしいジョッキーはたくさんいるよ」

菊沢調教師と千田調教師は、競馬学校を同じ時期に卒業している。同期の仲間には、岸滋彦元騎手、内田浩一元騎手、そして故岡潤一郎騎手などもいた。運命に翻弄された世代とも言えるかもしれない。菊沢調教師と千田調教師だけではなく、岸元騎手や内田元騎手も素晴らしいジョッキーであった。ほんの僅かな展開の綾や手綱捌きの違いで、もしかしたらトップジョッキーへと登り詰めていた可能性を秘めていた男たち。

(続きは週刊Gallopにて)

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弥生賞が皐月賞に直結しにくい3つの理由とは…?

Rensai004

3歳の有力馬たちがこぞって弥生賞をステップレースとし、皐月賞から日本ダービー、菊花賞へと続くクラシックロードを駆け抜けた時代があった。皐月賞と同じ舞台設定で行われる弥生賞が本番前の試走として最も相応しいと考えるのは、当時としては当然のことであり、弥生賞を勝つような馬がその世代の中でも一歩抜きんでた力を持つ存在であることは、誰の目にも明らかであった。たとえば、ウイニングチケットやダンスインザダーク、スペシャルウィークなど、のちにクラシックレースを勝ち、種牡馬としても活躍した名馬たちである。

しかし、ここ15年ぐらいの間に、その傾向は大きく変わってきている。弥生賞に有力馬が集中しなくなり、いつの間にか、弥生賞の勝ち馬もその後の大きなレースで活躍することが少なくなった。なぜ有力馬が弥生賞に向かわなくなったのか。端的に言うと、皐月賞につながりにくいからである。前述した名馬たちだけを見ても、皐月賞を勝った馬はいない。クラシック本番の第一弾である皐月賞と直結しにくいステップレースを、あえて選択する理由はないだろう。

それでは、なぜ弥生賞が皐月賞につながりにくいかというと、以下の3つの理由が考えられる。

A、弥生賞が行われるときの馬場状態と皐月賞が行われるときのそれは大きく異なるから
B、弥生賞から皐月賞までの中5週というレース間隔が適当ではないから
C、弥生賞のレースの内容と皐月賞のそれが乖離してしまうから


(続きは週刊「Gallop」にて)

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牡馬相手に1800mの重賞を勝ったという事実が意味すること

Rensai003

サラブレッドの競走は、人間のそれと違い、基本的には女馬と男馬が一緒になって走る。たとえばヴィクトリアマイルやクイーンSなどの牝馬限定のレースもあるにはあるが、JRAの競走でいうと全体の約15%弱程度であって、ほとんどのレースにおいては、新馬戦から有馬記念に至るまで、牝馬と牡馬が鎬を削って競走するのである。

最近ではジェンティルドンナやブエナビスタ、ウオッカ、ダイワスカーレットといった女傑であり名牝が続々と誕生したが、彼女たちは稀有なサラブレッドであり、同条件の下で走るとすれば、総体的には牝馬より牡馬の方が強い。それは性差による肉体的な発達、ときには精神的な性質の違いが理由となる。牡馬の方が骨格は大きく、飼葉も良く食べることが多いため、調教で負荷が掛けやすく、その分、筋肉がつき、馬体も大きく成長し、スピードやスタミナ、パワーに変換されやすい。そういった性差を考慮し、競走における均衡を図るため、負担重量に差をつけるセックスアローワンスがある。

日本の競馬では、牝馬と牡馬との間には2kg、つまり牝馬は牡馬よりも2kg軽い負担重量が課せられることになっている。ただし、2歳の9月までは牝馬も牡馬も同じ、10月から12月までは1kg差と、年齢や時期によって負担重量が微調整されているのも興味深い。年齢が低いうちは、牝馬と牡馬の成長の度合いにおける違いが、それほど顕著ではないということだ。たとえば人間でも、小学校ぐらいまでは女の子の成長の方が早いが、中学の高学年あたりから女の子は女らしく、男の子は男らしい肉体や精神に大きく変化を遂げるのと似ている。どこかで女と男がはっきりと分かれてしまう時点があるということだ。


(続きは「週刊Gallop」にて)

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見ればその馬のすべてが分かる、ウソをつかない立ち写真

Gallop20150405

馬の立ち写真を見ればすべてが分かる。その馬の肉体的特徴から距離適性、調子の良さ、気性に至るまで、たった1枚の写真の中には実に多くの情報が詰め込まれている。「調子が良いと言われていますが、どうやらピークを過ぎてしまったようです」、「精神的に参っています」など、馬体を通して馬は雄弁に語りかけてくる。私は馬券の予想における大きな部分を、馬の立ち写真を見ることに依っている。どうしても先入観や主観にまみれてしまいがちな私の予想を、立ち写真が矯正してくれると言ってもよい。先週号から大幅にリニューアルされた本誌の誌上パドックでは、今まで以上の頭数の立ち写真が、しかも大きなサイズで見られるようになったのだから嬉しい限り。

立ち写真をパッと見ることで分かるリアルタイムな情報も多いが、時系列に並べて見てみるとさらに伝わってくることもある。かつての立ち写真と今回のレースにおけるそれを見比べてみるのだ。そうすると、調子のアップダウンや馬体の成長の有無を把握できる。その馬が絶好調であったときの馬体を目に焼き付けておくと、今回の体調や仕上がりが手に取るように分かるし、若駒のころの馬体を覚えておくと、古馬になってからの成長の度合いが見て取れるのだ。何と言っても素晴らしいのは、立ち写真はリップサービスをしないし、決してウソをつかないことである。

今週の産経大阪杯に出走してくるキズナは、順調に行けば、今年かなりの活躍が見込める馬である。日本ダービー馬をつかまえて、活躍が見込めるという表現は失礼にあたるかもしれないが、世界を意識できるほどの走りを見せてくれるという意味である。昨年の春の天皇賞春後に骨折が判明し、前走の京都記念でおよそ9か月ぶりにターフに戻ってきたキズナの立ち写真を見て、私は驚きを隠せなかった。なぜなら、長期の休養を取れたことが功を奏し、キズナの馬体は大きな成長を遂げていたからである。

(続きは週刊Gallopにて)

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「短距離G1は若い馬」の常識にかからぬ騸馬

Rensai001

短距離のG1レースでは若い馬を狙うべきである。スプリンターズSでは4歳馬、高松宮記念では5歳馬が中心となる。短距離馬は競走馬として完成するのが早いため、4、5歳の時点でピークを迎える馬が多いからである。そして、短距離馬のピークは短い。ここで言うピークとは、絶好調である期間のこと。ピークが長い長距離馬に比べ、短距離馬はピークが圧倒的に短い。長距離馬を線香花火だとすると、短距離馬は打ち上げ花火のように、華やかに咲いては散ってゆく。

その理由は短距離馬の精神面にある。あらん限りの力を感情と共に爆発させることによって速く走ることができるため、短距離馬は燃えやすい気性を有している馬が多い。短距離馬の気性面での燃えやすさは、調教からレースに至るまで、その競走生活を貫いている。普段の生活でもちょっとしたことに敏感に反応してしまうし、持ったままの馬なり調教でも好時計が出てしまうため、精神的にも肉体的にも消耗が激しく、競走馬としてのピークが短いのだ。

しかし、騸馬においてはこの限りではない。2005年にスプリンターズSがグローバル・スプリント・チャレンジの1戦となるや、サイレントウィットネスという6歳の騸馬が圧倒的な強さと速さで優勝した。しかも、サイレントウィットネスは前日追いにおいて放馬し、馬場を1周も余計に走ってしまったにもかかわらずであった。その翌年には、テイクオーバーターゲットという、タクシードライバー兼調教師に育てられた7歳の騸馬がまたもや勝利した。さらに2010年のスプリンターズSをまんまと逃げ切ったのは、ウルトラファンタジーという8歳の騸馬であった。騸馬は高齢になっても能力が衰えるどころかますます盛ん、そして競走馬としてのピークも長いのである。


(続きは、週刊「Gallop」にてお読みください!)

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